≪初夢語≫古妖、落とし魂
●夢の中で
その日、久方 相馬(nCL2000004)が教室に入ると、教壇の上に見慣れぬ巾着が置いてあった。ちょうどコンビニのおでんで売っているのと同じサイズの、古びた茶色い巾着だ。布地の真ん中には、つぶらな瞳の目がふたつ、ちょこんと付いている。
「何だこれ。忘れ物か?」
ひとりごちて手を伸ばす相馬。
すると、彼の手から逃れるように、ふわりと巾着が浮かび上がった。
「よう人間。俺の名前は『落とし魂』。お前らの言う古妖ってやつだな」
巾着が喋った。目を可愛げに、くるくると回しながら。
「へえ、ずいぶん変わった名前だな」
しかし相馬は取り乱さなかった。彼とて、何十何百という古妖を見てきた夢見だ。目の前の相手が無害な存在であることくらい、すぐに察しがつく。
「それで? そんな可愛い古妖が、俺に何の用だ?」
「金、欲しくないか?」
単刀直入な申し出に、相馬は目を丸くする。
「金? それはまあ……欲しいけどな。幾らくらいだ?」
「幾らでも」
「本当に? 1万円でも?」
探るような表情の相馬に、プススッと巾着の口から空気が漏れた。どうやら笑っているらしい。
「遠慮なんかいらないぜ。100万でも1億でも、お前の好きなだけやる。俺は人間の金銭欲を食って生きてるからな、使う金が高ければ高いほど、俺としても有難い」
「ヘンな代償とかは……ないよな?」
「そんなものはない。金を返す必要もない。ただし、ふたつばかり条件がある」
「どんな条件だよ?」
相馬は興味津々の表情で、落とし魂に先を促す。
「1つ目は、3日以内に全額を使い切ること。先に言っとくが、貯金や博打、借金返済は駄目だぜ? 年の初めに、そんな辛気臭い使い方はされたくないんでね。あと、金を切ったり燃やしたりってのも勘弁してくれ」
「ふーん……だったら寄付はどうなんだ? 行きつけのラーメン屋が、あっちこっちガタがきててさ。改装のお金を寄付して、残った分でスマホを替えるたいんだ」
「寄付は問題ないぜ。だが、その使い道はちとNGだな」
「何でだよ?」
「2つ目の条件。金の用途は1つだけだ。あれもこれもは認められない」
「つまり、寄付かスマホか、どっちかにしろってワケか」
「そういうこと。理解が早くて助かるぜ」
「条件に反した場合のペナルティは?」
「金が全部消滅するくらいだな。取って食ったりはしないから、そこは安心してくれ」
「他には?」
「ない。後は俺に、欲しい金額と使い道を言うだけだ」
「オーケー」
相馬は落とし魂を手に乗せて、そっと語りかけた。
「100万円が欲しい」
「100万だな。使い道は?」
「行きつけのラーメン屋に行って、極上の食材で最高のラーメンを作ってもらう」
「1杯100万のラーメンか。いいねえ、持って行きな!」
落とし魂は愉快そうに笑うと、口から札束を吐き出した。
●続・夢の中で
覚者たちが教室に入ると、教壇に古い巾着が置いてあった。
普段ならば顔を合わせるはずの相馬の姿はなく、なにやら板書で書き残しがある。
それによれば、どうやら教壇の巾着は、お金をくれる古妖らしい。
肝心の依頼内容は、古妖のくれるお金を使い切ることで、幾つか守るべきルールがあるらしい。
「……というわけで、お年玉を貰って使い切ってくれ。年の初めだし、こんな依頼があってもいいだろ? あ、俺はラーメン食べに行ってくるから、後はそいつに聞いてくれ! よろしく!」
相馬の板書を読み終えたところで、教壇の巾着がふわりと浮かぶ。
「よう覚者たち。俺の名前は落とし魂。自己紹介は……必要なさそうだな。なら早速本題に入ろう。お前たちは幾ら欲しい? 手にした金を、何に使う? さあ俺に教えてくれ!」
つぶらな目で見つめてくる古妖に、覚者はそっと口を開いた――
その日、久方 相馬(nCL2000004)が教室に入ると、教壇の上に見慣れぬ巾着が置いてあった。ちょうどコンビニのおでんで売っているのと同じサイズの、古びた茶色い巾着だ。布地の真ん中には、つぶらな瞳の目がふたつ、ちょこんと付いている。
「何だこれ。忘れ物か?」
ひとりごちて手を伸ばす相馬。
すると、彼の手から逃れるように、ふわりと巾着が浮かび上がった。
「よう人間。俺の名前は『落とし魂』。お前らの言う古妖ってやつだな」
巾着が喋った。目を可愛げに、くるくると回しながら。
「へえ、ずいぶん変わった名前だな」
しかし相馬は取り乱さなかった。彼とて、何十何百という古妖を見てきた夢見だ。目の前の相手が無害な存在であることくらい、すぐに察しがつく。
「それで? そんな可愛い古妖が、俺に何の用だ?」
「金、欲しくないか?」
単刀直入な申し出に、相馬は目を丸くする。
「金? それはまあ……欲しいけどな。幾らくらいだ?」
「幾らでも」
「本当に? 1万円でも?」
探るような表情の相馬に、プススッと巾着の口から空気が漏れた。どうやら笑っているらしい。
「遠慮なんかいらないぜ。100万でも1億でも、お前の好きなだけやる。俺は人間の金銭欲を食って生きてるからな、使う金が高ければ高いほど、俺としても有難い」
「ヘンな代償とかは……ないよな?」
「そんなものはない。金を返す必要もない。ただし、ふたつばかり条件がある」
「どんな条件だよ?」
相馬は興味津々の表情で、落とし魂に先を促す。
「1つ目は、3日以内に全額を使い切ること。先に言っとくが、貯金や博打、借金返済は駄目だぜ? 年の初めに、そんな辛気臭い使い方はされたくないんでね。あと、金を切ったり燃やしたりってのも勘弁してくれ」
「ふーん……だったら寄付はどうなんだ? 行きつけのラーメン屋が、あっちこっちガタがきててさ。改装のお金を寄付して、残った分でスマホを替えるたいんだ」
「寄付は問題ないぜ。だが、その使い道はちとNGだな」
「何でだよ?」
「2つ目の条件。金の用途は1つだけだ。あれもこれもは認められない」
「つまり、寄付かスマホか、どっちかにしろってワケか」
「そういうこと。理解が早くて助かるぜ」
「条件に反した場合のペナルティは?」
「金が全部消滅するくらいだな。取って食ったりはしないから、そこは安心してくれ」
「他には?」
「ない。後は俺に、欲しい金額と使い道を言うだけだ」
「オーケー」
相馬は落とし魂を手に乗せて、そっと語りかけた。
「100万円が欲しい」
「100万だな。使い道は?」
「行きつけのラーメン屋に行って、極上の食材で最高のラーメンを作ってもらう」
「1杯100万のラーメンか。いいねえ、持って行きな!」
落とし魂は愉快そうに笑うと、口から札束を吐き出した。
●続・夢の中で
覚者たちが教室に入ると、教壇に古い巾着が置いてあった。
普段ならば顔を合わせるはずの相馬の姿はなく、なにやら板書で書き残しがある。
それによれば、どうやら教壇の巾着は、お金をくれる古妖らしい。
肝心の依頼内容は、古妖のくれるお金を使い切ることで、幾つか守るべきルールがあるらしい。
「……というわけで、お年玉を貰って使い切ってくれ。年の初めだし、こんな依頼があってもいいだろ? あ、俺はラーメン食べに行ってくるから、後はそいつに聞いてくれ! よろしく!」
相馬の板書を読み終えたところで、教壇の巾着がふわりと浮かぶ。
「よう覚者たち。俺の名前は落とし魂。自己紹介は……必要なさそうだな。なら早速本題に入ろう。お前たちは幾ら欲しい? 手にした金を、何に使う? さあ俺に教えてくれ!」
つぶらな目で見つめてくる古妖に、覚者はそっと口を開いた――

■シナリオ詳細
■成功条件
1.落とし魂のお年玉を使い切る
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
この依頼は参加者全員が見ている同じ夢の中での出来事となります。
その為世界観に沿わない設定、起こりえない情況での依頼となっている可能性が
ありますが全て夢ですので情況を楽しんでしまいしょう。
またこの依頼での出来事は全て夢のため、現実世界には一切染み出す事はありません。
※要約すると一夜限りの夢の出来事なので思いっきり楽しんじゃえ!です。
●概要
ピエロギです。
この依頼は、使い道(欲しいもの)と欲しい金額を決める「前半パート」、
お金を使う「後半パート」で構成されます。以下、簡単な説明を。
●前半パート
キャラクターの「欲しいもの」と「必要な金額」を、古妖に伝えます。
願い事を決めるのに悩んだり、お金を手にした時の描写があるとベターかもしれません。
なお、欲しいものは、1人につき1つまでとします。
●後半パート
手にしたお金を実際に使うパートです。
制限時間は、依頼開始から3日間。使う場所は、日本国内であればどこでもOKとします。
どのくらいのお金を、どこで、どんなことに、どんな風に使いたいかをご記入ください。
複数人で使う場合、同行者の名前とIDも併せてご記入ください。
名前とIDが未記入の場合はリプレイ中で描写されませんのでご注意願います。
●ルール
1.貰える金額に制限はなく、貰うかたちは紙幣でも貨幣でもよい。
2.貰ったお金は、3日以内に全額を使い切らなければならない。
3.貰ったお金は、欲しいもの以外の用途には使えない。
4.貯金、賭博、借金返済には使えない。また、紙貨幣を損傷する行為は不可とする。
5.2~4のルールに違反した場合、その時点でお金は消滅する。
説明は以上です。
手にしたお金は、全てあなたのものです。
あなたの欲しいものは、何ですか?
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
6/6
6/6
公開日
2017年01月13日
2017年01月13日
■メイン参加者 6人■

●
ここは五麟学園の一室。
依頼を受けに集まった6人の覚者は、黒板の書置きに目を疑った。
「金を貰って使うのが依頼? マジかよ?」
男子高校生の天乃 カナタ(CL2001451)は、教卓の古妖を狐につままれた顔で見つめた。
「なあ、こんな依頼ってアリか? ドッキリじゃねーよな?」
「久方相馬は夢見だ。未来を見通せる者が、こんな稚拙なドッキリなど仕掛けんだろう」
半信半疑のカナタに言葉を返すのは、『鴟梟』谷崎・結唯(CL2000305)だ。
「お前が金をくれるのか? 随分と気前のいい古妖もいたものだ」
「なに、あんたら人間とは持ちつ持たれつさ。幾らでも欲しい額を言ってくれ」
つぶらな目をくるくる回す落とし魂。
そんな彼(?)を『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)が掌に乗せ、細い指でそっと撫でる。
「可愛い古妖さんですね。いただいたお年玉……私は何に使いましょうか」
お年玉。なんと甘美な響きだろう。
その言葉を聞いて、ククル ミラノ(CL2001142)と『sylvatica』御影・きせき(CL2001110)は、すっかりその気で大はしゃぎだ。
「おとしだまー! おとしだまー!」
「わーい! お年玉だー! 何でも好きなことに使っていいの?」
そんな2人の横から、『研究所職員』紅崎・誡女(CL2000750)が落とし魂をしげしげと見た。
「欲を食べて生きる古妖ですか……なかなかに興味深いですが」
ひとつ確認です、と誡女は続ける。
「使える用途はひとつ。3日以内に全額を使う。この2つさえ守れば、限度額はないのですね?」
「その通り。ルールに外れた時点で金は消えるから、注意しろよ」
集まった6人の覚者に、落とし魂が笑い声で問いかけた。
「さあ、願いは何だ? 幾ら欲しい? 教えてくれ!」
●
「10億円ほしい」
カナタは、開口一番そう切り出した。
「欲しい物は孤児院。金は土地と建設費、人件費に使う。場所は五麟がいーな」
そっと目を伏せ、カナタは落とし魂に理由を告げる。
「去年、大規模な抗争があった場所に孤児院を建てて、子供たちと笑って新年を迎えたくてさ」
「よし、聞き届けたぜ。持っていきな!」
落とし魂の口から、カードがぽんと飛び出てきた。
「現金じゃ運ぶのに苦労しそうだからな、使ってくれ。で、お次が……」
続けて落とし魂が、書類を次々吐き出した。上等な紙質を見るに、重要な書類に違いない。
「土地の登記簿と建築業者の工事契約書類。お前がサインすれば、すぐ着工できるぜ」
「マジで!? サンキュー!」
カナタはさっそく、目を通した書類にペンを走らせ始めた。
「終わったか? では、次は私が頼もう」
結唯が、落とし魂の体――袋の端を、ひょいと摘み上げた。
「私は家を建て直したい。だいぶボロが来ているのでな。修繕だけでなく、増改築もしたい」
結唯はサングラスのリムを指先で正すと、希望をリストアップしていった。
「まずは、私が普段いる書斎。老朽化した部屋のリフォーム。それから、調理場とシャワー付きの大浴場が欲しい」
「了解。そうすると、金額はこんなところか?」
落とし魂から見積書を受け取ると、結唯は内容を吟味しはじめた。
「壁紙はこの素材がいい。浴場の石材はこれ、書斎の本棚はこれで……まあ、こんなものか」
こうして結唯が提示した金額は、5500万円。
「これだけ金がいる。これを元手に修理したい」
「オーケー、持っていきな!」
落とし魂の口から札束の山が飛び出し、きせきに番が回ってきた。
「僕かー。何にしようかなー、うーんうーん……」
金で買いたいものと言われても、きせきはなかなかイメージが浮かんでこない。
(いっそ、他の人に使うとしたら……まてよ?)
あれこれと思い悩む彼の脳裏に、ふと大事な友達の顔が浮かんだ。
「よし、決めた! 僕、日本一おいしいチョココロネ作って、みんなで食べたい!」
きっと友達も喜んでくれる。そう考えたきせきの顔が、ぱっと明るくなった。
「職人への日謝に交通費、食材と器具で……100万円くらいあれば足りるかな?」
「ああ、十分だろう。持っていきな!」
落とし魂の口から、札束が飛び出した。
残るは3人。金額を告げたのは、誡女だった。
「5000万円、クレジットで必要です。用途は研究用の機材購入に」
誡女の言葉は、簡潔で無駄がない。
さっそく落とし魂がカードを出そうとすると、彼女はそれをそっと止めた。
「ひとつ質問があります。同一用途で、複数の機材購入は認められますか?」
「ああ。問題ないぜ」
「助かります。購入と納入の手続きはこちらで行いますので」
「了解だ。それじゃ、持っていきな!」
これで残り2人。御菓子の番が回ってきた。
「欲しいものと必要な金額、ですか。うーん……」
御菓子は細い指を顎に当てて、あれこれ思い悩んだ。
音楽教師である彼女が最初に思い浮かべたのは、何といっても楽器と楽譜。
(でも一流の名品は持ち主の方が手放しませんし、そうなると演奏スペースか楽団でしょうか)
これならば、どちらも手が届く。しかし、やはり御菓子は踏ん切りがつかない。
(わたしだって庶民の子、王侯貴族じゃない。いくらでもいいといっても、さすがに高額となれば気が引けるし、そこまで厚かましくもなれないし……)
あれこれと悩む御菓子の脳裏に、ふと一緒に暮らす妹の顔が浮かんだ。
もうすぐ誕生日を迎える、料理が大好きな妹に、新しい調理器具を買おう。
自分のためではなく、妹のためにお金を使おう。
「わたし、決めました」
落とし魂を手に乗せて、御菓子は言った。
「妹の誕生日プレゼントに、調理器具を買おうと思います。10万円ほしいです」
「そうか、いいもの買ってやれよ! 10万円、持っていきな!」
「ありがとう、喜んでもらえるものを買ってきますね」
御菓子はそっと、落とし魂の頭を撫でた。
こうして覚者たちが次々に願いを口にするなか、ひとり頭を抱える者がいた。ミラノだ。
「おかねおかね、ミラノがほしいもの……」
髪の色と同じピンクの獣耳をぴこぴこと動かしながら、眉間のしわを押さえるミラノ。
ふだん能天気に生きている彼女は、金銭的欲求に束縛されることに不慣れだったのだ。
「う~ん。う~~~ん…………ミラノ、かんがえすぎておなかすいたの……」
答えの出ない問答というのは、考えれば考えるほど袋小路にはまってしまう。
クゥゥ
答えを急かすように、ミラノの可愛い腹の虫がそっと鳴く。
「なにかたべたい……たべたい? そっか!」
グリーンの瞳をキラリと光らせるミラノ。どうやら何か閃いたらしい。
「ミラノ、おいしいものたべたいの! たくさん!」
彼女の話を要約すると、次のようなものだ。
楽しい毎日を過ごすため、自分のために料理を作ってくれるレストランがほしい。
自分が食べたいと思った料理を、1日3食、1年365日出してくれるレストランが――
「それでね、ミラノね、おともだちもよびたいの!」
「だったらまず、土地と建築、設備と意匠で2億は欲しいな」
「それとね、メニューもかいたの!」
いつの間に用意したのか、ミラノはノートの束を教卓にどさっと置いた。ノートの紙面には、ミラノの食べたい料理のメニューがびっしり書き連ねられている。
「なるほど。こいつを毎日、最高の状態で食いたいと。食い道楽だねえ、お嬢ちゃん」
正直、どの程度の金が必要なのか、何に幾ら使えばいいのか、ミラノには見当がつかなかった。なにしろ、1000を超えるメニューのリストには、どれひとつとして同じ料理がないのだ。そんな彼女の悩みを察してか、落とし魂がそっと助け舟を出す。
「腕のいい料理人を1年契約で雇うか。イタリアンとフレンチ、中華に和食に、他にいるか?」
「えっとね、パスティッチェーラとドルチェリアとパティシエール!」
「ケーキ職人1人、菓子職人2人だな。そしたら1人1億として、建築費と契約料、食材費からは酒代を抜いて……ぜんぶ合わせてざっと10億だな」
「わかったの! じゃあ10おくえんほしいの!」
「オッケー、持って行きな!」
レストラン経営者が聞いたら卒倒しそうな会話を交わしつつ、落とし魂は巾着の口から、契約書の束と小切手をむいっと吐き出した。
「じゃあ皆、楽しんで使ってこいよ!」
こうしてお年玉をもらった6人は、思い思いの場所へと散っていった。
●
「うちでパンを作りたい?」
パン職人の男は、大いに困惑していた。
職人として名の知られた彼のもとに朝一番、中学生くらいの少年――きせきがやって来て、
「授業料は払います。だから僕にパンの作り方を教えてください!」
いきなりこんな事を言うのだから。
「うーん、やる気は買うがねえ」
物分りの悪い子供に、どう断ったものだろう。そんな顔で職人の男は頭をかいた。
しかし、その時いかなる偶然か、男の鼻が不思議な小麦の香りを捉える。
(ん? こいつは……)
匂いの元を辿っていくと、どうやらきせきのリュックのようだ。
「坊主。その小麦粉、ひょっとしてゴリンノカオリか?」
「は……はい、そうです!」
男の見る目が変わったのを、きせきは見逃さなかった。
「僕、どうしてもチョココロネの作り方を教わりたいんです。ここに来る前に、必要な材料は全て揃えてきました!」
きせきの言葉に嘘はない。彼はお年玉を受け取った後、図書館に出向いて、パン作りに必要な情報を、材料から工程から目ぼしい職人の名前まで、博覧強記で片っ端から頭に叩き込んだ。
そして、その日のうちに金と行動力をフル活用し、必要な食材を全て揃えたのだ。
「コロネを……ね。チョコは何を使うつもりだ?」
「ゴギョウショコラです」
「東南アジア産のカカオ豆か。なるほど、面白そうじゃないか」
男はにっと笑うと、きせきの肩を叩いた。
「いいだろう。中に入りなさい」
「よろしくお願いします!」
きせきは腕まくりをして、調理場に入っていく男の背を追った。
一方、カナタは。
「働け働けー! 3日だからって、手抜き工事なんかしたら許さねーかんな!」
孤児院の建設予定地で声を張り上げ、現場の陣頭指揮を取っていた。
業者に差し入れの弁当を配り終え、建設中の孤児院を見上げれば、既に建物は完成間近。すでに躯体工事は完了し、仕上げを残すのみだ。
いささか急ピッチではあったが、決して安全面を疎かにしないよう、厳重なチェックを十重二十重に重ねてある。このペースなら、明日中には落成できるだろう。
「ちっくしょー、覚者のスキルってのも、肝心な時に使い勝手が悪いよなー」
癒しの霧で怪我人を治しつつ、カナタは額の汗をぬぐった。
「直せるのは外傷だけ? 病気や疲労回復はムリ? もうちょい便利ならいいのになー」
口を尖らせぼやくカナタ。
とは言え、休みの間も代打は入れている。進捗には何ら影響ない。
「天乃さん、TV局の方がお見えです」
「おっ、来たか!」
カナタの行動は、早くも世間の噂となっていた。
かつて悲劇が起こった土地に、謎の少年が巨額の資本を注ぎ込んでいる。それも抗争の被害者のため、孤児院を建てようとしているらしい――
こんな話をマスコミが放っておく道理はない。カナタはTVクルーと挨拶を交わすと、向けられたカメラに正面を切った。
「天乃カナタです。よろしく」
「よろしくお願いします。さて、カナタさんがこの場所に、孤児院を建てようと思った理由は?」
マスコミの質問に、カナタはそっと口を開く。
『俺は、戦いで行く場所を失った子供たちのため――』
「おや? あの声は」
施設の実験機材が拾ったカナタの声に、誡女は読んでいた書類から目を上げる。
彼女がお年玉で設置したのは、研究用の大型パラボラアンテナ。通信衛星と基地局からの無線をキャッチするものだ。品質重視で選んだだけあり、クリアな電波音声にはノイズひとつない。
「これが衛星通信……なるほど、たいへん興味深いですね」
昨年末の電波障害解消以降、日本の通信インフラは日進月歩の進化を遂げている。
とはいえ、これで全ての問題が解消したわけではない。覚醒状態の覚者は未だ電波機器を使えず、課題は山積だ。先行研究など皆無の現状を、手探りで進めていくしかないだろう。
(電波と因子の関係解明……今後はそちらの研究が、主な課題となるかも知れませんね)
誡女は将来の研究に思いを馳せつつ、カップのお茶をそっと啜った。
『この放送をお聞きの皆さんへ。この孤児院は全ての子供たちを歓迎します――』
御菓子が商品棚の品物を手にとって選んでいると、店のラジオからカナタの声が聞こえてきた。
(他の皆さんも、順調にお願いを叶えているみたいですね)
御菓子はいま、妹へのプレゼントを買いに、調理器具の問屋街に来ていた。
(あの子ももうすぐ高校生だし、いい道具を選んであげなくちゃ)
御菓子は洋菓子やお茶に関わる道具をメインに、あれこれと道具を選んでいく。
「タルト型に合わせトヨ型の新タイプ、ダイヤミルと陶器キャニスター。あとエプロンも買わないと」
包丁のコーナーでは見た事のない物が目白押しだったので、店員に質問する事にした。
「この先が割れた包丁は、何に使うんですか?」
「それはオメガナイフです。チーズ全般を切るのに便利ですよ」
「この細長い、ノコギリみたいな包丁は?」
「冷凍包丁です。冷凍食材を切るのに使います」
御菓子は店員から説明を受けながら、妹の好きなレパートリーを思い浮かべる。
「じゃあ、あれとあれを下さい。それと、品物に名前は入れられますか?」
「承っております」
「そしたら、お願いします。名前は……」
それからしばらくして、御菓子は店員に礼を言い、家へと向かった。
妹の笑顔を想像し、手に入れた品物に頬を緩ませながら――
●
数日後。
呼びかけの後、カナタの孤児院は、各地から集まった子供たちですぐに一杯になった。
「折角の正月だし、笑って新年を迎えたいよな!」
落成した孤児院を背に、カナタが呼びかける。
かつて孤児だった彼の、精一杯の恩返しだ。
「よーし、餅まきだ! 雑煮作るぞ! 高級おせちも用意した!」
過ぎたことを嘆いても、現実は変わらない。心が晴れることもない。
しかし体を動かせば、沈んだ心はやがて変わる。それはやがて、未来を変える。
「双六、福笑い、カルタもあるぞー!」
どんなに辛くとも、前を向いて生きていかねばならない。
悲しいことがあったからこそ、今年の門出は笑顔で行きたいではないか。
(他の奴ら、今ごろどうしてるかな?)
カナタは、羽子板で墨だらけの顔で、青空を見上げた。
「くしゅん」
五麟学園の共同屋内グラウンドで、スポーツウェア姿のミラノは小さくくしゃみをした。
「おひるまでに、もうすこしはしらなくちゃ、なの」
ミラノはあれから、仕事に運動に大忙しの日々を送っていた。
美味しい料理は人生を幸せにする。友達と一緒に食卓を囲めば、なおさらだ。
念願叶い、毎日友達を呼んで、食べたい料理を思う存分食べて……
ところが食べ過ぎが原因で、摂取カロリーが大幅にオーバーしてしまったのだ。
(これならスポーツジムもいっしょにすればよかったの)
そんな後悔をちょっぴり抱えつつ、ミラノはジョギングを再開した。
太るのが嫌だからと、食べたいものを我慢する選択肢は彼女の中には存在しない。
「げつよーびはイタリアりょうりー、かよーびはフランスりょうりー」
気晴らしに歌を歌いながら、グラウンドを走るミラノ。
「デリシャスボーノートレビアンー、おいしーおいしーすばらしいー」
美味しいランチが、すぐそこまでやって来ている。
ミラノは最後のスパートを、歌声とともに駆け抜けた。
一方、きせきは。
「できたっ!」
念願のチョココロネが、ついに完成。
見た目こそ不恰好だが、焼けた生地から立ち上る香ばしい匂いが、確かな美味を約束する。
「おめでとう、美味そうだな」
「ありがとうございます!」
職人の賞賛に、きせきは満面の笑みを浮かべた。
結局きせきは、あの後も職人のベーカリーに通い、パンを焼くことにした。
ベンチタイムは発酵時間の半分。成形後のホイロは、温度と湿度をコンマ単位で調整して……
こうした細かい作業は、家の設備では不可能だったからだ。
「大事なのは友達への気持ちだ。忘れるなよ」
「はい! さっそく皆で食べようー!!」
職人の言葉に頷いて、きせきがチョココロネを手にした、その時。
PiPiPi。PiPiPi。
「えっ?」
きせきは耳を疑った。目の前のコロネが――鳴っている。
PiPiPi。PiPiPi。
不思議に思い、きせきが首を傾げた瞬間……
●
PiPiPi。PiPiPi。
「はっ」
きせきのチョココロネは、目覚まし時計に変わっていた。
飛び起きて周囲を見回すと、そこはいつもと変わらない、自分の寝室。
「夢だったのか。はぁ……」
PiPiPi。Pi――
アラームを止めて、きせきが嘆息する。
たとえ夢と分かっていても、友達に気持ちを伝えられなかったのが、残念で仕方なかった。
「大事なのは気持ち……か。最高級のパンじゃなくても、皆への気持ちは伝えられるよね」
ふと、夢に出てきた職人の言葉が、きせきの口をついて出た。
大きく伸びをして、カーテンを開けて朝日を浴びる。
(これで、贈り物を買いに行こう)
きせきは着替えを済ませ、ズボンにしまったお年玉を手に家を出た。
青空の初日が、目を覚ました6人を照らす。
新しい一年の始まりだ。
ここは五麟学園の一室。
依頼を受けに集まった6人の覚者は、黒板の書置きに目を疑った。
「金を貰って使うのが依頼? マジかよ?」
男子高校生の天乃 カナタ(CL2001451)は、教卓の古妖を狐につままれた顔で見つめた。
「なあ、こんな依頼ってアリか? ドッキリじゃねーよな?」
「久方相馬は夢見だ。未来を見通せる者が、こんな稚拙なドッキリなど仕掛けんだろう」
半信半疑のカナタに言葉を返すのは、『鴟梟』谷崎・結唯(CL2000305)だ。
「お前が金をくれるのか? 随分と気前のいい古妖もいたものだ」
「なに、あんたら人間とは持ちつ持たれつさ。幾らでも欲しい額を言ってくれ」
つぶらな目をくるくる回す落とし魂。
そんな彼(?)を『音楽教諭』向日葵 御菓子(CL2000429)が掌に乗せ、細い指でそっと撫でる。
「可愛い古妖さんですね。いただいたお年玉……私は何に使いましょうか」
お年玉。なんと甘美な響きだろう。
その言葉を聞いて、ククル ミラノ(CL2001142)と『sylvatica』御影・きせき(CL2001110)は、すっかりその気で大はしゃぎだ。
「おとしだまー! おとしだまー!」
「わーい! お年玉だー! 何でも好きなことに使っていいの?」
そんな2人の横から、『研究所職員』紅崎・誡女(CL2000750)が落とし魂をしげしげと見た。
「欲を食べて生きる古妖ですか……なかなかに興味深いですが」
ひとつ確認です、と誡女は続ける。
「使える用途はひとつ。3日以内に全額を使う。この2つさえ守れば、限度額はないのですね?」
「その通り。ルールに外れた時点で金は消えるから、注意しろよ」
集まった6人の覚者に、落とし魂が笑い声で問いかけた。
「さあ、願いは何だ? 幾ら欲しい? 教えてくれ!」
●
「10億円ほしい」
カナタは、開口一番そう切り出した。
「欲しい物は孤児院。金は土地と建設費、人件費に使う。場所は五麟がいーな」
そっと目を伏せ、カナタは落とし魂に理由を告げる。
「去年、大規模な抗争があった場所に孤児院を建てて、子供たちと笑って新年を迎えたくてさ」
「よし、聞き届けたぜ。持っていきな!」
落とし魂の口から、カードがぽんと飛び出てきた。
「現金じゃ運ぶのに苦労しそうだからな、使ってくれ。で、お次が……」
続けて落とし魂が、書類を次々吐き出した。上等な紙質を見るに、重要な書類に違いない。
「土地の登記簿と建築業者の工事契約書類。お前がサインすれば、すぐ着工できるぜ」
「マジで!? サンキュー!」
カナタはさっそく、目を通した書類にペンを走らせ始めた。
「終わったか? では、次は私が頼もう」
結唯が、落とし魂の体――袋の端を、ひょいと摘み上げた。
「私は家を建て直したい。だいぶボロが来ているのでな。修繕だけでなく、増改築もしたい」
結唯はサングラスのリムを指先で正すと、希望をリストアップしていった。
「まずは、私が普段いる書斎。老朽化した部屋のリフォーム。それから、調理場とシャワー付きの大浴場が欲しい」
「了解。そうすると、金額はこんなところか?」
落とし魂から見積書を受け取ると、結唯は内容を吟味しはじめた。
「壁紙はこの素材がいい。浴場の石材はこれ、書斎の本棚はこれで……まあ、こんなものか」
こうして結唯が提示した金額は、5500万円。
「これだけ金がいる。これを元手に修理したい」
「オーケー、持っていきな!」
落とし魂の口から札束の山が飛び出し、きせきに番が回ってきた。
「僕かー。何にしようかなー、うーんうーん……」
金で買いたいものと言われても、きせきはなかなかイメージが浮かんでこない。
(いっそ、他の人に使うとしたら……まてよ?)
あれこれと思い悩む彼の脳裏に、ふと大事な友達の顔が浮かんだ。
「よし、決めた! 僕、日本一おいしいチョココロネ作って、みんなで食べたい!」
きっと友達も喜んでくれる。そう考えたきせきの顔が、ぱっと明るくなった。
「職人への日謝に交通費、食材と器具で……100万円くらいあれば足りるかな?」
「ああ、十分だろう。持っていきな!」
落とし魂の口から、札束が飛び出した。
残るは3人。金額を告げたのは、誡女だった。
「5000万円、クレジットで必要です。用途は研究用の機材購入に」
誡女の言葉は、簡潔で無駄がない。
さっそく落とし魂がカードを出そうとすると、彼女はそれをそっと止めた。
「ひとつ質問があります。同一用途で、複数の機材購入は認められますか?」
「ああ。問題ないぜ」
「助かります。購入と納入の手続きはこちらで行いますので」
「了解だ。それじゃ、持っていきな!」
これで残り2人。御菓子の番が回ってきた。
「欲しいものと必要な金額、ですか。うーん……」
御菓子は細い指を顎に当てて、あれこれ思い悩んだ。
音楽教師である彼女が最初に思い浮かべたのは、何といっても楽器と楽譜。
(でも一流の名品は持ち主の方が手放しませんし、そうなると演奏スペースか楽団でしょうか)
これならば、どちらも手が届く。しかし、やはり御菓子は踏ん切りがつかない。
(わたしだって庶民の子、王侯貴族じゃない。いくらでもいいといっても、さすがに高額となれば気が引けるし、そこまで厚かましくもなれないし……)
あれこれと悩む御菓子の脳裏に、ふと一緒に暮らす妹の顔が浮かんだ。
もうすぐ誕生日を迎える、料理が大好きな妹に、新しい調理器具を買おう。
自分のためではなく、妹のためにお金を使おう。
「わたし、決めました」
落とし魂を手に乗せて、御菓子は言った。
「妹の誕生日プレゼントに、調理器具を買おうと思います。10万円ほしいです」
「そうか、いいもの買ってやれよ! 10万円、持っていきな!」
「ありがとう、喜んでもらえるものを買ってきますね」
御菓子はそっと、落とし魂の頭を撫でた。
こうして覚者たちが次々に願いを口にするなか、ひとり頭を抱える者がいた。ミラノだ。
「おかねおかね、ミラノがほしいもの……」
髪の色と同じピンクの獣耳をぴこぴこと動かしながら、眉間のしわを押さえるミラノ。
ふだん能天気に生きている彼女は、金銭的欲求に束縛されることに不慣れだったのだ。
「う~ん。う~~~ん…………ミラノ、かんがえすぎておなかすいたの……」
答えの出ない問答というのは、考えれば考えるほど袋小路にはまってしまう。
クゥゥ
答えを急かすように、ミラノの可愛い腹の虫がそっと鳴く。
「なにかたべたい……たべたい? そっか!」
グリーンの瞳をキラリと光らせるミラノ。どうやら何か閃いたらしい。
「ミラノ、おいしいものたべたいの! たくさん!」
彼女の話を要約すると、次のようなものだ。
楽しい毎日を過ごすため、自分のために料理を作ってくれるレストランがほしい。
自分が食べたいと思った料理を、1日3食、1年365日出してくれるレストランが――
「それでね、ミラノね、おともだちもよびたいの!」
「だったらまず、土地と建築、設備と意匠で2億は欲しいな」
「それとね、メニューもかいたの!」
いつの間に用意したのか、ミラノはノートの束を教卓にどさっと置いた。ノートの紙面には、ミラノの食べたい料理のメニューがびっしり書き連ねられている。
「なるほど。こいつを毎日、最高の状態で食いたいと。食い道楽だねえ、お嬢ちゃん」
正直、どの程度の金が必要なのか、何に幾ら使えばいいのか、ミラノには見当がつかなかった。なにしろ、1000を超えるメニューのリストには、どれひとつとして同じ料理がないのだ。そんな彼女の悩みを察してか、落とし魂がそっと助け舟を出す。
「腕のいい料理人を1年契約で雇うか。イタリアンとフレンチ、中華に和食に、他にいるか?」
「えっとね、パスティッチェーラとドルチェリアとパティシエール!」
「ケーキ職人1人、菓子職人2人だな。そしたら1人1億として、建築費と契約料、食材費からは酒代を抜いて……ぜんぶ合わせてざっと10億だな」
「わかったの! じゃあ10おくえんほしいの!」
「オッケー、持って行きな!」
レストラン経営者が聞いたら卒倒しそうな会話を交わしつつ、落とし魂は巾着の口から、契約書の束と小切手をむいっと吐き出した。
「じゃあ皆、楽しんで使ってこいよ!」
こうしてお年玉をもらった6人は、思い思いの場所へと散っていった。
●
「うちでパンを作りたい?」
パン職人の男は、大いに困惑していた。
職人として名の知られた彼のもとに朝一番、中学生くらいの少年――きせきがやって来て、
「授業料は払います。だから僕にパンの作り方を教えてください!」
いきなりこんな事を言うのだから。
「うーん、やる気は買うがねえ」
物分りの悪い子供に、どう断ったものだろう。そんな顔で職人の男は頭をかいた。
しかし、その時いかなる偶然か、男の鼻が不思議な小麦の香りを捉える。
(ん? こいつは……)
匂いの元を辿っていくと、どうやらきせきのリュックのようだ。
「坊主。その小麦粉、ひょっとしてゴリンノカオリか?」
「は……はい、そうです!」
男の見る目が変わったのを、きせきは見逃さなかった。
「僕、どうしてもチョココロネの作り方を教わりたいんです。ここに来る前に、必要な材料は全て揃えてきました!」
きせきの言葉に嘘はない。彼はお年玉を受け取った後、図書館に出向いて、パン作りに必要な情報を、材料から工程から目ぼしい職人の名前まで、博覧強記で片っ端から頭に叩き込んだ。
そして、その日のうちに金と行動力をフル活用し、必要な食材を全て揃えたのだ。
「コロネを……ね。チョコは何を使うつもりだ?」
「ゴギョウショコラです」
「東南アジア産のカカオ豆か。なるほど、面白そうじゃないか」
男はにっと笑うと、きせきの肩を叩いた。
「いいだろう。中に入りなさい」
「よろしくお願いします!」
きせきは腕まくりをして、調理場に入っていく男の背を追った。
一方、カナタは。
「働け働けー! 3日だからって、手抜き工事なんかしたら許さねーかんな!」
孤児院の建設予定地で声を張り上げ、現場の陣頭指揮を取っていた。
業者に差し入れの弁当を配り終え、建設中の孤児院を見上げれば、既に建物は完成間近。すでに躯体工事は完了し、仕上げを残すのみだ。
いささか急ピッチではあったが、決して安全面を疎かにしないよう、厳重なチェックを十重二十重に重ねてある。このペースなら、明日中には落成できるだろう。
「ちっくしょー、覚者のスキルってのも、肝心な時に使い勝手が悪いよなー」
癒しの霧で怪我人を治しつつ、カナタは額の汗をぬぐった。
「直せるのは外傷だけ? 病気や疲労回復はムリ? もうちょい便利ならいいのになー」
口を尖らせぼやくカナタ。
とは言え、休みの間も代打は入れている。進捗には何ら影響ない。
「天乃さん、TV局の方がお見えです」
「おっ、来たか!」
カナタの行動は、早くも世間の噂となっていた。
かつて悲劇が起こった土地に、謎の少年が巨額の資本を注ぎ込んでいる。それも抗争の被害者のため、孤児院を建てようとしているらしい――
こんな話をマスコミが放っておく道理はない。カナタはTVクルーと挨拶を交わすと、向けられたカメラに正面を切った。
「天乃カナタです。よろしく」
「よろしくお願いします。さて、カナタさんがこの場所に、孤児院を建てようと思った理由は?」
マスコミの質問に、カナタはそっと口を開く。
『俺は、戦いで行く場所を失った子供たちのため――』
「おや? あの声は」
施設の実験機材が拾ったカナタの声に、誡女は読んでいた書類から目を上げる。
彼女がお年玉で設置したのは、研究用の大型パラボラアンテナ。通信衛星と基地局からの無線をキャッチするものだ。品質重視で選んだだけあり、クリアな電波音声にはノイズひとつない。
「これが衛星通信……なるほど、たいへん興味深いですね」
昨年末の電波障害解消以降、日本の通信インフラは日進月歩の進化を遂げている。
とはいえ、これで全ての問題が解消したわけではない。覚醒状態の覚者は未だ電波機器を使えず、課題は山積だ。先行研究など皆無の現状を、手探りで進めていくしかないだろう。
(電波と因子の関係解明……今後はそちらの研究が、主な課題となるかも知れませんね)
誡女は将来の研究に思いを馳せつつ、カップのお茶をそっと啜った。
『この放送をお聞きの皆さんへ。この孤児院は全ての子供たちを歓迎します――』
御菓子が商品棚の品物を手にとって選んでいると、店のラジオからカナタの声が聞こえてきた。
(他の皆さんも、順調にお願いを叶えているみたいですね)
御菓子はいま、妹へのプレゼントを買いに、調理器具の問屋街に来ていた。
(あの子ももうすぐ高校生だし、いい道具を選んであげなくちゃ)
御菓子は洋菓子やお茶に関わる道具をメインに、あれこれと道具を選んでいく。
「タルト型に合わせトヨ型の新タイプ、ダイヤミルと陶器キャニスター。あとエプロンも買わないと」
包丁のコーナーでは見た事のない物が目白押しだったので、店員に質問する事にした。
「この先が割れた包丁は、何に使うんですか?」
「それはオメガナイフです。チーズ全般を切るのに便利ですよ」
「この細長い、ノコギリみたいな包丁は?」
「冷凍包丁です。冷凍食材を切るのに使います」
御菓子は店員から説明を受けながら、妹の好きなレパートリーを思い浮かべる。
「じゃあ、あれとあれを下さい。それと、品物に名前は入れられますか?」
「承っております」
「そしたら、お願いします。名前は……」
それからしばらくして、御菓子は店員に礼を言い、家へと向かった。
妹の笑顔を想像し、手に入れた品物に頬を緩ませながら――
●
数日後。
呼びかけの後、カナタの孤児院は、各地から集まった子供たちですぐに一杯になった。
「折角の正月だし、笑って新年を迎えたいよな!」
落成した孤児院を背に、カナタが呼びかける。
かつて孤児だった彼の、精一杯の恩返しだ。
「よーし、餅まきだ! 雑煮作るぞ! 高級おせちも用意した!」
過ぎたことを嘆いても、現実は変わらない。心が晴れることもない。
しかし体を動かせば、沈んだ心はやがて変わる。それはやがて、未来を変える。
「双六、福笑い、カルタもあるぞー!」
どんなに辛くとも、前を向いて生きていかねばならない。
悲しいことがあったからこそ、今年の門出は笑顔で行きたいではないか。
(他の奴ら、今ごろどうしてるかな?)
カナタは、羽子板で墨だらけの顔で、青空を見上げた。
「くしゅん」
五麟学園の共同屋内グラウンドで、スポーツウェア姿のミラノは小さくくしゃみをした。
「おひるまでに、もうすこしはしらなくちゃ、なの」
ミラノはあれから、仕事に運動に大忙しの日々を送っていた。
美味しい料理は人生を幸せにする。友達と一緒に食卓を囲めば、なおさらだ。
念願叶い、毎日友達を呼んで、食べたい料理を思う存分食べて……
ところが食べ過ぎが原因で、摂取カロリーが大幅にオーバーしてしまったのだ。
(これならスポーツジムもいっしょにすればよかったの)
そんな後悔をちょっぴり抱えつつ、ミラノはジョギングを再開した。
太るのが嫌だからと、食べたいものを我慢する選択肢は彼女の中には存在しない。
「げつよーびはイタリアりょうりー、かよーびはフランスりょうりー」
気晴らしに歌を歌いながら、グラウンドを走るミラノ。
「デリシャスボーノートレビアンー、おいしーおいしーすばらしいー」
美味しいランチが、すぐそこまでやって来ている。
ミラノは最後のスパートを、歌声とともに駆け抜けた。
一方、きせきは。
「できたっ!」
念願のチョココロネが、ついに完成。
見た目こそ不恰好だが、焼けた生地から立ち上る香ばしい匂いが、確かな美味を約束する。
「おめでとう、美味そうだな」
「ありがとうございます!」
職人の賞賛に、きせきは満面の笑みを浮かべた。
結局きせきは、あの後も職人のベーカリーに通い、パンを焼くことにした。
ベンチタイムは発酵時間の半分。成形後のホイロは、温度と湿度をコンマ単位で調整して……
こうした細かい作業は、家の設備では不可能だったからだ。
「大事なのは友達への気持ちだ。忘れるなよ」
「はい! さっそく皆で食べようー!!」
職人の言葉に頷いて、きせきがチョココロネを手にした、その時。
PiPiPi。PiPiPi。
「えっ?」
きせきは耳を疑った。目の前のコロネが――鳴っている。
PiPiPi。PiPiPi。
不思議に思い、きせきが首を傾げた瞬間……
●
PiPiPi。PiPiPi。
「はっ」
きせきのチョココロネは、目覚まし時計に変わっていた。
飛び起きて周囲を見回すと、そこはいつもと変わらない、自分の寝室。
「夢だったのか。はぁ……」
PiPiPi。Pi――
アラームを止めて、きせきが嘆息する。
たとえ夢と分かっていても、友達に気持ちを伝えられなかったのが、残念で仕方なかった。
「大事なのは気持ち……か。最高級のパンじゃなくても、皆への気持ちは伝えられるよね」
ふと、夢に出てきた職人の言葉が、きせきの口をついて出た。
大きく伸びをして、カーテンを開けて朝日を浴びる。
(これで、贈り物を買いに行こう)
きせきは着替えを済ませ、ズボンにしまったお年玉を手に家を出た。
青空の初日が、目を覚ました6人を照らす。
新しい一年の始まりだ。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
特殊成果
なし
