グラス・イーター
グラス・イーター


●獣の習性
 そいつは大きく顎を開ける。
 そいつは激しく巨体を揺らす
 そいつは猛って嘶き吼える。
 そいつが駆ければ大地が震え、そいつが跳ねれば轟音が鳴る。
 そいつの角に加減はなく。
 そいつの欲に果てはない。
 暴虐的であることこそがそいつの理念。

●芝の上の壊し屋
「ナイスショット!」
 とても退屈な仕事だった。
 貴重な休日を、取引先の接待ゴルフで潰されるのは堪ったものじゃない。
 別にゴルフが嫌いなわけじゃないが、ティーショットで200ヤードも飛ばそうものなら今後の昇進に関わってくるレベルで印象が悪くなるのだから、とてもじゃないが心から楽しむなんてことは無理だ。
 爺さん連中を適度に立てるのは本当に骨が折れる。
「皆様、この10番ホールは攻略に少々コツがいります。微妙に曲がりくねった形をしていますので、私めの見立てでは……」
「なあに、このくらい然したる難易度じゃなかろう。真ん中奥に落としてツーオン。これしかあるまい」
 出来るものならやってみろ、と声を大にして言いたい気分だ。
 案の定、打った飛球は中途半端にフックして見当違いの方向に転がっていった。手前の池に落とされるよりはマシだが。
「ううむ、これは確かに厳しい。君が手本を見せてくれ」
「そうだそうだ」
 ほらきた。これで上手くいったらいったで機嫌を損ねてしまう。とりあえず場が白けない程度にミスショットして、愛想笑いを浮かべておいた。
「いや~、頑張ってみましたが難しいですね~」
 ああ、時間よ早く過ぎてくれ。もしくは天災でも起きて中止になってくれ。
 そんなことを考えながら次のティーショットを見守っている時。
 凄まじい勢いで吹き飛んでいったのはゴルフボールではなく、目の上の瘤こと重役達だった。
「……えっ?」
 圧倒的な質量が背後から突っ込んできたことに、気づく暇すらなかった。
「どうしてこんなところに、う、牛が?」
 突如として目の前に現れたのは、姿形からいって、牛としか判断しようのない生物であった。
 しかし、常識で考えられる範囲を遥かに超えてそれは巨大だった。図太い角の生えた頭だけでも人間一人分はあろうかというサイズで、肥大化した筋肉で固められた肉体は戦車のようですらある。
 血走った眼がついに唯一損害を被らなかったこちらに向く。今にも突進してこんばかりに。猛獣は鼻息を荒げ、前足の蹄で二度三度地面を掻き――
「う、うわあああっ!」
 ここまでの災厄は望んでいなかった。恐怖から思わず瞼を閉じ、死を覚悟する。
「……あれ?」
 だが、化物はぶつかってこなかった。
 そいつはゴルフ場の芝生を美味そうに貪っていた。

●緑を守ろう
「またまた嫌な夢を見ちまったぜ」
 資料をどっさりと抱えた久方 相馬(nCL2000004)が覚者達の待つ研究室へと入ってきた。
「まあ、妖事件の予知夢なんだけどさ。場所は京都府内にあるゴルフ場、現れた妖は……牛」
 配布された資料の中には『妖、生物系、ランク2』とある。欄外の補足に『猛牛』とも。
 恐らくは、どこかの牧場から逃げ出してきたものが放浪の最中で突然変異を起こしたのだろう。
「でもただの牛じゃない。かなり危険な妖だ! 図体もでかいし力も強い、その割に身のこなしだって見た感じだと俊敏そうだ……ある一瞬を除いて」
 それは。
「動き回って腹を空かせると、芝草を食べずにはいられないみたいだ。暴れてる間はかなり手を焼くだろうけど、食事中だけは大人しくしてるから、やりようはあると思うぜ」
 でも、と相馬は続ける。
「こいつの食べる量は半端ないんだ。人的被害の阻止も勿論だけど、このままだとせっかくの観光資源が禿山に変えられちまう! 皆、なんとかしてきてくれ!」
 


■シナリオ詳細
種別:通常
難易度:普通
担当ST:深鷹
■成功条件
1.妖一体の撃破
2.なし
3.なし
 OPを御覧いただきありがとうございます。
 今回の敵は結構強めです。が、直接戦闘のみなので存分に腕を振るっていただければ。

●目的
 ★妖の討伐

●地形について
 ★京都ゴルフ場、10番ホール
 370ヤード、パー4のミドルホール。緩やかにS字を描いたコースが特徴的。
 以下フィールドごとの特性。

 フェアウェイ
 →不自由なく行動できます。
 ラフ
 →伸びた芝に足を取られるため、速度に若干のマイナス補正。
 グリーン
 →丁寧に刈り込まれた芝のおかげで、速度に若干のプラス補正。
 バンカー
 →動きが大きく制限される砂地です。ここに踏み込むと命中・回避・速度にマイナス補正。
 池
 →なんらかの対処手段を持たない限り命中・回避・速度にマイナス補正が掛かる上、『移動』で陸に上がる以外の行動を取れません。落ちると大変です。所謂池ポチャ。

 池はコース中央、バンカーはグリーンの手前に二ヶ所あります。
 これらの補正は妖にも適応されます。
 妖は昼夜問わず出没するため、作戦開始時刻はいつでも大丈夫です。ゴルフ場はF.i.V.E.職員の申し出で終日営業停止となっており、一般人対策は必要ありません。

●敵について
 ★妖(生物系) ×1
 体長5m、体高3mの巨大な猛牛の姿をしています。
 筋骨隆々、二本の鋭い角、粗暴な性格……と、見たまんまの獰猛な生命体です。
 高耐久に加えてガードとブロックをぶち破って攻撃可能、と額面上のスペックは相当です。
 ただし『突進』は必ず移動を伴うため隙はあります。知能も然程ありません。
 初期配置ではグリーン上で寝そべっています。

 『かちあげ』 (物/近/単/ノックバック)
 『突進』 (物/近/単/貫通2) ※強制移動
 『草食』 (特/自/HP回復) ※フェアウェイ、ラフ、グリーン上でのみ可能

 ランク2


 それではご参加お待ちしております!
 
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(3モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
8/8
公開日
2015年09月25日

■メイン参加者 8人■


●ロングアイアン
 清々しいまでの晴れ模様だった。高原の澄んだ空気といい、気候条件は申し分ない。
 不死川 苦役(CL2000720)は芝をひとつまみして風に流すと。
「ふっふーん! これはツーオン出来たらかなりいい感じなホールですな!」
 それらしい所作でそれらしい台詞を高らかに述べた。
 此度の赴任地、ゴルフ場に相応しい言葉遊びではあった。
 覚者達の視界に広がるのは見渡す限りの緑地である。爽快感溢れる青空との対比で、より鮮やかな緑が映えている。目に付いて異様なのはただ一点のみだ。
「うへえ、聞いちゃいたがこいつはでかいな」
 遠巻きに眺める『だく足の雷鳥』風祭・雷鳥(CL2000909)が思わず声を漏らすのも無理はない。視線の先では、牛の姿をした妖が運搬用トラックほどはあろうかという巨躯をグリーン上に悠々横たえている。この長閑な風景の中に紛れるにしてはあまりにも物騒な出で立ちだ。
 あれだけの体格。真正面から当たる、となれば苦戦は避けられないだろう。
 しかしながらキャンディを咥える『彼誰行灯』麻弓 紡(CL2000623)の表情に焦燥の色は欠片もなかった。
「まあ、見た目強そうだとかは関係ないよね。牛さん退治と洒落込みますか」
 こちらには知恵があり。
 そして粗暴な猛獣が持ち得ぬ協調性がある。
 一行は幾度か目線を交わして作戦を再確認すると、二手に分かれて指定の場所に向かった。

●サンドウェッジ
 各々の布陣が完了した時、自然と緊迫の糸が張られた。
 とりわけバンカーに誘い込む役目を請け負った覚者には予断が許されなかった。あの巨体と一時的にとはいえ正対する必要があるのだから、警戒を強めておくに越したことはない。
 まずは有利な区域に引きずり込んでから。そのことを全員が最優先事項として念頭に入れていた。
 念には念を入れて『研究所職員』紅崎・誡女(CL2000750)はバンカー内に薬品に浸した牧草を撒き、砂地からの脱出を食い止める可能性を残す。
 手筈は整っている。あとは実行に移すだけだ。
「さぁ、一番槍を務めるかっこいい民は誰だい? ……遠慮しないで。ほら。ねえ?」
 グリーン手前で妖の動向を窺うプリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)の掛け声は不発に終わる。それもそのはずで、そもそもプリンス自身が妖を誘い出す先行部隊である。
「いや知ってたよ? 知ってたけどさあ、こう、ほら、助け合いの精神ってのが欲しかったね」
 冗談っぽく笑いつつも、ちゃっかりと覚醒した左腕部を硬質化させているあたり、元より矢面に立つ覚悟は決まっていたようだ。
「おいおい頼むぜ殿下。俺だって痛いのは御免なんだからよ」
 呆れ気味に言いながらも、椎野 天(CL2000864)はメカニカルな四肢の耐久度をプリンス同様防護術式で更に向上させ、いずれ迫るであろう衝撃に備える。
「おっしゃ、準備完了! 管巻いてないでさっさと始めっか。苦役ちゃん、一発かましてやんな」
「拝承! 拝承! 任せとけオジさん! 筋切って柔らかジューシーに仕上げてやんぜー!」
 寝そべる妖の臀部に向けて、一粒のごく小さな種を射出する。皮下に植え付けられたその種は、瞬く間に芽吹いて患部に絡みつく茨となり、夥しいまでの本数の棘が妖に突き刺さった。
 激痛をその身に受ける妖からしてみれば堪ったものではない。地響きを伴って大きく跳ね起きると、ゴルフ場全体に響き渡る声で吼え、怒気を露にする。突然襲ってきた痛覚に我を忘れて激昂し、内に秘めていた獰猛性を一気に剥き出しにしていた。
「これ、来ちゃう雰囲気かな~?」
 湧き上がる闘争心とは裏腹な抑揚のない口調で呟く八百万 円(CL2000681)は、鼻息荒く前足で地面を蹴る妖の様子を察して『蔵王』による身体強化を施す。
「来ちゃう、じゃない。来る!」
 向かってくる気配を感じ取った雷鳥は愛用のランスを握り締め臨戦態勢に入る。だがそれは迎撃というよりは、逃避を第一にした構えだ。
「ッ! 速い!」
 刈り込んだ芝の上は余程走りやすいのか、妖が突き進む速度は凄まじいものがあった。その鈍重そうな外見からは想像もつかない躍動感に満ちた疾駆。
 圧倒的な質量が爆発的なエネルギーの後押しを受けて、覚者達と激突する。
「がふっ……!」
 大きく吹き飛ばされたのは、雷鳥とプリンスの二名。秀でた俊敏性ゆえ、かろうじて後退の間に合った雷鳥ではあったが、突進の余波を回避できる距離までには下がれなかった。
「……死ぬかと思った。でかくて強そうなだけはあるわ、あの牛」
 受身を取り、即座に立ち上がる。
 減衰していたというのにこの威力。防御面に不安を抱える彼女にとっては看過できないダメージだ。
「けど、更にやる気にはなったね」
 猛禽めいた表情で唇の端から零れる血を拭う雷鳥。体の各箇所に打撲の痛みは少なからずあるが、折れてはいない。潰れてもいない。ならば引き下がる理由がどこにあろうか。
 他方、防御姿勢と補助術式のおかげで致命傷にはならなかったとはいえ、妖の突進をモロに受けたプリンスの被害も軽微ではなかった。
「ああ、下が芝生で良かったよ。アスファルトなら下手したら余、死んでたよね?」
 起き上がりながら衣服の汚れを払う。
「出来得る限り射線が重ならないように努めましょう。さもないと被害の拡大に繋がります」
 猛牛の突進の威力を目の当たりにした誡女が注意喚起する。同時に、味方の自然治癒力を瞬間的に高めて傷を塞がせる。自軍で治療手段を持つのは彼女ただ一人、回復の手が追いつかないという事態に陥らないためにも、無用なダメージの蓄積は避けておきたい。
「こっちこっち。おーい、こっちにも来てよー」
 土行の心得を活かして地形を把握しつつ戦場を駆け回る円を筆頭に、誘引役の覚者達は、敵を動かす目的でなるべく距離を置いて行動する。戦力の分散している現状では接近戦を挑む意味は薄い。
「オラァ! かかってきやがれ!」
 二ヶ所のバンカーの前に、それぞれ天とプリンスが立つ。
「余のところにはもういいよ! もう十分堪能したからね! 来ないで結構!」
「そういうこと言うと来るもんなんだぜ」
 案の定と言うべきか、妖はプリンス目掛けて疾走を開始した。
「……まあ、だと思ったけどさ」
 プリンスは僅かに苦笑を漏らすと、一切狼狽する様子もなく、予測済みとばかりにさっと身を引いた。
 突進の勢いは驚異的である。それゆえに、制止も効かない。
 妖は進路を切り替えることなくただひたすらに直進し、そのままバンカーへと転落した。
「殿ってフラグ回収上手いよね。なんかもう『知ってた』って感じだったし」
 中空を飛行していた紡が高度を下げてプリンスに近寄る。
「ま、王族の豊富な経験知の賜物ってやつだね。じゃ、ツム姫あとはお願いね! 余は逃げ……嘘だよ! ちゃんといますよ!」
 早々と次なる計画の実行に向かう紡を見て、プリンスもそれを追った。

 濛々と噴き上がる砂煙こそが、ラフの茂みに身を隠していた『アイティオトミア』氷門・有為(CL2000042)の飛び出す合図であった。
「この足場で全対応は不可能でしょう」
 内なる炎を焚き上がらせた有為は妖の背後を取るべく一気呵成にひた走る。バンカーに辿り着いた頃には、既に先行部隊が反撃に出ていた。負けじとばかりに大斧を振り翳し、妖の後背部に照準を合わせて力強い一太刀を浴びせる。恐ろしく硬い筋骨の、金属質の感触が掌全体に伝わる。
「お、有為ーやっほー」
 砂場の地面を鋭角に隆起させて妖の皮膚を貫く傍ら、円はやってきた有為に手を振った。
「そんな余裕ないですよ。今ので私も攻撃対象として認識されましたから」
 推察通り、妖がバンカー越しに有為へと振り向く。
「猛牛のような動物に対しては……虚を衝いた一撃を眉間に入れるのが有効と聞きますが」
 妖は顎を大きくしゃくり、自慢の角で眼前に立ち塞がる障害を弾き飛ばそうとする。
「いや……遅い!」
 やはり砂地に足を取られて踏ん張りが効かないのか、明らかに活動が鈍っている。弧を描く角が有為の体を持ち上げるよりも早く、有為の刃は妖の広く空いた眉間を裂いていた。返り血の飛沫が降りかかる頃には、既にその場に有為はいない。ましてや角が届くことなど夢にも等しかった。
 妖はよろめき、砂の上で一瞬膝を折る。
「お見事です」
 一撃離脱した先に陣取っていた誡女がグレネードランチャー片手に喝采を送る。
「いえ、紅崎さんの御助力がありましたから」
 体術の切れにはそれなりの自負があったが、これほどまでに効果を発揮したのは事前に誡女が『纏霧』で敵の抵抗を弱めていたからであろう。
「ケツ向けてる暇なんてないぜ、牛さんよ」
 脚部のローラーを駆動させて背後に回った天が、異貌の膝関節目掛けて正拳突きをお見舞いする。
「その調子でいこうか。足は積極的に狙っていきたいね」
 雷鳥もまた槍の穂先を脚部へと突き刺す。敵も不利を悟ったらしく、バンカーからの脱出を試みて巨体を揺らしもがいているが、可能であればここで仕留めておきたい。
「逃がすか! チェェストォォォォォ!!」
 黒煙と共に大きく飛び上がった天は渾身の力をこめて鋼鉄の手刀を振り下ろす。超硬度同士の衝突は彼自身の腕にも激しい痺れを流したが、大角の一本を断ち切るに足る、強烈な一撃であった。
「イ、イテェ、なんつー硬さだ。だがよ、ちょいと俺のほうが勝ってたみたいだぜ」
 満足げに角を掲げる天。妖の頭部には角の折れた無惨な傷跡が残る。
 そこまでしてもなお、猛獣の戦闘意欲は削がれない。
 周辺の覚者を軽く突き飛ばし、強引にバンカーから這い上がる。


「タフな野郎だね、まったく。ちょっとは心も折れてほしいよ」
 芝の感覚を懐かしむように前足で掻き均す妖を見て、雷鳥はうんざりしたようにぼやく。
「お? ありゃー。抜け出しちゃったか。そんじゃ次いっとく?」
 拡声器で皆に次なる策へと移行すべきか苦役が伺う。覚者達は全員それに応じた。
「よし、二次作戦、池への誘導! こいつは大一番だぜ!」
 苦役は不適に笑った。

●バーディトライ
 池に誘い込むにあたり、まず第一に考えねばならないのは、逃走経路に関してである。
 単純に池近辺まで一目散に逃げたところで、それに乗ってきてくれなければ意味を成さない。あからさまに不穏な気配を漂わせてはならないのだ。いくら知能が低かろうと、野生の勘は軽視できない。
「池へと逃げるのではなく、逃げた先に池がある、といった体で遂行すればいいのでしょうか」
 交戦を中断し、『韋駄天足』の機動性を活かして逃げに徹する有為は、周囲をよくよく観察する。兎にも角にも、こちらに向かってきてくれないことには始まらない。
 そのためのリスクは、紡が率先して冒している。
「さあ、おいでよ。命懸けで遊んであげるからさ」
 赤い長襦袢を腰に巻き、ひらひらと誘うように妖の周りを飛行している。どこか蝶を思わせる姿である。しかしながら近接攻撃の届かない高度で飛行している分、身の守りを大きく犠牲にしているため、油断ならない状況が続いていた。
 付かず離れず、というのは実に難しい。離れすぎれば敵は足を止め、近づきすぎれば攻撃を一身に受けることになる。集団で足並みを揃えての行動となれば尚更の話である。
「休んでないで、早くしなよ」
 移動の疲れか立ち止まって芝を食み始めた妖に雷鳥が横槍を入れる。無論、反撃されないよう即時離脱を心がけて、だ。
「むしゃむしゃ。うーん、あんま美味しくないかも」
 一緒になって芝生を噛む円は至ってマイペースを保っている。
 じっくりと時間をかけて、覚者達はひとまず池前へと妖を連れてくることには成功した。後はどうにかして池へと突っ込ませるだけだが、それが最大の難所であるのは言うまでもない。
「なんで止まってるのかなー? あれ、もしかして俺らにびびってたり? ビーフのくせにチキンだなんて変な話だぜ!」
 微細な種子をまたしても発射し、臆することなく巨獣を煽る苦役。
 妖の瞳に苛立ちの色が浮かび出す。
「ほらほら、こっち来いよ!」
 尚も続く苦役の挑発行為。それに加えて。
「ロデオだぞー」
 密かに妖の背中によじ登った円が、残る一本の角を掴んでその神経を逆撫でしていた。
 ありとあらゆる煩わしさに堪えかね、ついに――妖は溜め込んだ激情を爆発させて猛進を始めた。
「来ます!」
 誡女と有為が突進に巻き込まれないよう立ち位置をずらす。
「来たのはいいけど……どうするの?」
「もちろん間際で避ける!」
「マジかよ!」
「失敗したら流石にボク、体力的に死んじゃうかもなんだけど」
「ええい、しゃあねえ! どいてろい!」

 衝突音が幾重にも重なって共鳴した。

「にょわー!」
 数刻の静寂の末、最初に上がったのは回避し切れず吹き飛ばされた苦役の叫び声である。
 それから、池に転落した彼の手を取り空中へと引き上げる紡の姿があった。
「水も滴るイイ男だね、大丈夫?」
「助かるぜソバカス! ちくしょー、F.i.V.E.にクリーニング代水増し請求してやる!」
「ボクはボクで、あっちにお礼言わなきゃだし」
 紡が見つめた先には、自分を突き飛ばして突進の軌道から外してくれた天がいた。代わりに直撃を受けたせいで少なからず負傷している。
「へへ、これで俺の人気もストップ高間違いなしだな!」
 こちらに向けて親指を立てる天の強がりに苦笑する紡だったが、それが物事を深刻にさせたくないための気遣いだということは理解していた。
 続いて、池から顔を飛び出して息継ぎをする円。
 そして最後に――浮上してきた妖が水面でばしゃばしゃと荒々しくもがく様が、覚者達の視野に入った。
「上手くいった……みたいですね。なんとか」
 負傷者の治療に当たりつつも誡女がふうと一息吐く。
「民の素晴らしい働きぶりに余も大満足だよ!」
「こら、殿、きみもまだ仕事あるでしょっ」
「あ、やっぱり?」
 しかしこうなっては袋の鼠、俎板の鯉、そして池中の牛だ。陸地に上がろうと必死にもがく以外に妖が取れる行動はない。即ち、絶好の機会である。
「……はっ!」
 水面を駆る有為が目指す先は、言うまでもなく妖本体。その身に斧による重厚な斬撃を刻み込む。
 プリンスもまた召雷で追撃。
 溺れる獣が難から逃れるべく陸地に向かおうとすると、待ってましたとばかりに近接攻撃を得手とする雷鳥と苦役の迎撃を受け、水中へと押し戻される。
 かろうじて妖が上陸した時には既に瀕死を迎えていた。しかし、まだ攻撃の手は止まない。
 池のほとりで待ち受けていたのは円である。
「うおーホールインワンだー」
 よく分からない台詞を発しながら駆け出し、勢いを維持して全力で頭突きをぶつける。
「あてて。やっぱりボクじゃ大きさが足りないのかなー」
 角を持つ同志である以上やっておきたいことではあったが、十分な威力にはならなかった。疼痛の走る頭を抑えて円は体勢を立て直す。
「それじゃあ……」
 打刀と小太刀を両手に構える。流派のない、野性の衝動に突き動かされるままの実戦的な構えで。
「いっけー!」
 二本の銀刃が順を追って妖の肉体を切り刻む。
 唸りを上げた『地烈』。それはまさしく、大地が烈しく弾けるがごとき剣閃であった。

「民のみんなお疲れ! それじゃ、パーッとよきにはからおうよ!」
 討伐を終えると、妖の死骸は通常の牛と変わらぬ姿にまで縮んでいた。残ったのは新鮮な肉塊でしかない。となれば考えることはひとつ。
「食べるのであれば、ちゃんと防疫は徹底してからにしましょうね」
「え、この牛食べれないの?」
「少なくとも、今すぐには」
 有為の言葉に困った顔を見せるプリンス。
「わたし、終わったら焼肉の気分で来てるんだけど」
「王! パーッっといこうって言ったよね? 言ったな!」
「言質は取られてますね……お気の毒ですが」
「おにくーうしのおにくー」
「あ、殿。焼き肉の追加予算は来月以降のお小遣いだからね」
「プリンス! ロイヤルゴチ!」
 自然は恐ろしいが、自然な成り行きはもっとも恐ろしい。プリンスは今日、身に沁みて痛感した。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
『雄牛の角』
カテゴリ:アクセサリ
取得者:椎野 天(CL2000864)




 
ここはミラーサイトです