転落・禍福無門
【相撲一代男】転落・禍福無門


●新時代の軋み
 ――両国国技館。
 その日は多くの人々が待ちに待った日。
 正常化した電波は人々の楽しみをまた一つ、全国へと届ける。

『相撲』

 土俵の上で男達が鍛えた体をぶつけ合う。神事にして国技と称されるスポーツ競技である。
 
『大相撲初場所』

 年の初めを飾る大舞台。土俵に先立つ行司が軍配を振るう。
「東ー、岩嵐ぃぃ!」
 名を呼ばれ、土俵脇の屈強な男が立ち上がり自ら戦場へと身を躍らせる。
 鋭い双眸は相対すべき男を真っ直ぐに見据えていた。
「西ー、轟雷鳳ぉぉ!」
 歓声が上がる。
 立ち姿、鳳の如し。歩く姿、王者の貫録。そして地を踏む力、雷が如し。
 幕内に来るや否や大活躍。時の横綱にも引けを取らないたぢからで相撲の世界、角界を駆け上がる。
 江戸時代最強の横綱の生まれ変わりとも語られる関取の登場に、会場は大いに盛り上がった。
「両者見合ってぇ……」
 互いに身を低く、気迫を纏って睨み合う。
「はっきょい!」
 行司が叫ぶ! お互いの手が土俵をなぞり、跳ね上がるように動きが起こる!
「のこったぁ!」
 二つの巨体がぶつかり合った。猛り、己の全体重を掛けての打ち合いとなる。
 タフさと怪力が自慢の岩嵐が、轟雷鳳と張り合い、押し込んでいく。
 大関としての意地が、覚悟が、彼の背中を押していた。
「ぐ、ぬぅ!」
 土俵際まで押し込まれ、轟雷鳳は呻く。だが、彼も勝負を諦めてはいない。
 踏みとどまり、踏みとどまり、粘りに粘って力を込める。
 そして、
「ぐ、おあああああああ!!」
 轟雷鳳が吼えた。同時に、彼の黒髪が赤銅を思わせる赤茶けた色へと変化した。
「!?!?」
 突然のことに驚く岩嵐は、さらに彼の瞳が金色に輝いたのを見た。
「がぁぁぁぁあ!」
 轟雷鳳の張り手が岩嵐の顔面を打つ。それは強烈な破砕音と共に、岩嵐の巨体を土俵の外へと吹き飛ばした。
「あがっ!」
 観客席まで吹っ飛んだ岩嵐はぐったりしたまま動かない。紫色の座布団に、濃い色の染みが広がっていく。
 シンと静まり返った客席は数瞬の間を置いて、
「……キャーーッ!?」
「うわああああ!?」
 阿鼻叫喚の渦の中へと変化した。
「そん、な……」
 その様子を、土俵の上の轟雷鳳はどこか虚ろな目で見つめていた。
「違う、俺は……!」
「ご、轟雷鳳!」
「!?」
 行司の呼びかけにハッとし視線を向ければ、初老の行司はしかし年季の籠もった強い視線を向けて。
「貴様! 覚者は土俵に上げてはならないという協会の決定を違えたか!」
 恐怖を感じていても、行司は土俵を守ろうと敵意を向ける。
「そんな、俺は……!」
 違う、と言いたかったが、轟雷鳳はそれをできなかった。
「ぐ、ぐあああああ!!」
「ひっ」
 力の暴走。その瞬間轟雷鳳は怒れる修羅、破綻者となった。
「止めろ、轟雷鳳! それ以上罪を重ねるな!」
「俺は、俺は力士だあああああ!!」
 己を制御できなくなった轟雷鳳は、会場を更なる地獄へと変えていくこととなる。
 そしてそれは、全国へ覚者とそうでない者の隔たりを更に致命的な物へと変えてしまうのだ。

●今ある隔たり
「轟雷鳳関。彼は既に天行、暦の因子を発現しています」
 久方 真由美(nCL2000003)は開口一番、集まった覚者達へ事実を伝えた。
「彼が発現したのは前年の11月場所が終わってから。事件当日までは相当悩んでいたんだと思います」
 現在、相撲協会は因子を発現した人物の土俵入りを認めていない。
 理由としては安全面と、古来からの伝統を守るためだと公表されている。
 角界は覚者を切り外すことで、昔ながらの在り方を守っていた。
 しかしその強硬姿勢には疑問の声も多い。
「覚者となったら相撲は出来ない。そのストレスは彼を大いに追い込み蝕んでしまいました。破綻者となることは避けようがない物だと思います」
 今の彼は破裂寸前の爆弾だ。強いストレスを受ければ破綻者となることは避けられない。
「ですがもし夢見の通りになれば、日本は、そして世界は覚者への認識を更に改めることになってしまうでしょう。それも、悪い方向に」
 それは誰にとっても、勿論轟雷鳳本人にとっても望む物では決してない。
「そうなる前に、皆さんには彼を止めて欲しいんです」
 早期解決できれば破綻者回復の可能性は高い。
「彼に会えるのは当日朝から幕内の土俵入りが行われる15時頃までの間です。こちらはFiVEから彼の所属する相撲部屋へアポイントメントを取り、インタビューを行う名目で何とか時間を確保します」
 轟雷鳳と接触出来るチャンスは一度きり。
「彼の持つ元々のポテンシャルが、破綻者となった時に大きく影響することが予想されます。戦闘は気を引き締めて挑んで下さい」
 言葉の始まりと同じ面差しで真由美が覚者達を見つめる。
「どうか、皆さんの力を貸して下さい」
 守るべき物は大きくなった。だからこそ、やらねばならない。


■シナリオ詳細
種別:シリーズ
難易度:普通
■成功条件
1.轟・雷太の確保
2.なし
3.なし
初めましての方は初めまして、そうでない方は毎度ありがとうございます。
みちびきいなりと申します。
今回の依頼は破綻者となりうる人物の確保です。どうか彼の夢を守ってあげて下さい。
また、シリーズ物依頼となります。よろしくお願いします。

●舞台
場所の指定が出来ます。当日の天気は雨の降らない曇りです。
FiVEはAAAと協力することで、戦闘に適した広い野外または屋内、狭いが壁造りのしっかりした屋内を用意できます。
人払いに関しても、割り当てられたスタッフが人力で可能な範囲で尽力します。
時間の指定も出来ます。
午前8時から午後2時までなら自由に指定できます。

●対象について
前頭四枚目、轟雷鳳。本名を轟・雷太。歌舞伎映えする顔と、名に恥じぬ強気な相撲で人気を博する関取です。
覚者と出会う時点では発症していませんが、強いストレスを感じると破綻者になる可能性を持ちます。その深度は1です。
また現在時点で、過剰なストレスの中に居ます。覚者が何をしなくても破綻者となるのは時間の問題です。
暦の因子を持ち、天行の術式を扱う素養を持ちます。
破綻者となれば「相手に勝つ」「自分は力士」という事実に固執し相手を傷つける修羅となるでしょう。
また、素手を使った体術を扱う技術を持ちます。


覚者達が彼に敗れ会場へと行かせてしまえば、それは後々に大きな爪痕を残す結果となるでしょう。
覚者の脅威が必要以上に世界に広まらない為にも、頑張って下さい。
如何にして勝つか。覚者の皆様、どうかよろしくお願いします。
状態
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:1枚 銅:0枚
(2モルげっと♪)
相談日数
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/8
公開日
2017年01月15日

■メイン参加者 5人■

『アグニフィスト』
陽渡・守夜(CL2000528)
『花屋の装甲擲弾兵』
田場 義高(CL2001151)

●インタビュー
 午前10時、都内。
 四方田部屋の稽古場にてそれは行われていた。
「それでは次の質問に移りたいと思います」
「ああ、いいぞ」
 用意された最低限の機材に囲まれた中、立ち姿凛々しく微笑んでいるのは関取の轟雷鳳関。マイクを彼の口元へ差し出し話を聞いているのは『二兎の救い手』秋津洲 いのり(CL2000268)である。
 大相撲初場所土俵入りを午後に控えたこの時間、親方に言われ彼はいのり達のインタビューに応えていた。
(世間が、俺に注目している)
 大きな雑誌記者に限らずこの手のインタビューを受けるようになったのは、自分の成長とこれまでの功績だと彼は考えていた。力士として土俵に立ち、並み居るライバル達と競い続けてきた結果がここなのだと、身が引き締まる思いを感じる。
「轟雷鳳関は、これからどんな力士でいたいとお考えですか?」
 いのりの問いかけに、その場に居た他の四人の男達の視線も轟雷鳳に集まる。中でも引率者のように立っていた『花屋の装甲擲弾兵』田場 義高(CL2001151)の視線は熱い。
「どんな、か」
 しばし考えを巡らせ、轟雷鳳は口を開く。
「会場を沸かせ、世界を沸かせ、晴れやかで、堂々とした佇まいの力士でいてぇなぁ」
 しみじみとここではないどこかを思い描きながら、轟雷鳳は呟くようにそう口にしていた。インタビューの返答といよりも思わず零れた物言いだったが、音響装置を支えていた『雷切』鹿ノ島・遥(CL2000227)は深く深く頷き、同意していた。
「勝って、勝って、勝ち続ける力士でいたい」
 土俵の上ならば誰にも負けない。そんな意地とも言えるプライドをこれからも持ち続けるのだと、答えながら轟雷鳳は考える。
(だから、ばれる訳にはいかねぇんだ)
 自分が既に土俵の上に立つ資格を失っていることは、絶対に知られてはいけない。世間にも、仲間にも、家族にも……誰一人として。
 そう思う度に心がざわつき、軋みをあげる。
 他の全てを壊してでも、この思いを貫かなければと、そればかりを考えてしまう。
「――関? 轟雷鳳関?」
「あ……悪ぃ悪ぃ。試合前で緊張してるみたいだ」
 呼びかけるいのりの声音に名を呼ばれたのが一回二回ではないとすぐに悟り、慌ててごまかす。子役と名乗ったいのりの傍、威風堂々プロデューサー然とする金髪の男の視線が、こちらではなく外に向いているのが妙に気になった。
 その様子をいのりと共にインタビュアーを務めていた『アグニフィスト』陽渡・守夜(CL2000528)は見逃さず、他の仲間達と静かにアイコンタクトを交わしていく。
「カノプー、頼めるかい?」
「おう」
 プロデューサー……もとい、プリンス・オブ・グレイブル(CL2000942)の呼びかけに、機材の電源をオフにして遥が動く。
「? どうしたんだ?」
 不思議に、そして不穏な気配を感じて首を傾げる轟雷鳳を前に、遥は真っ直ぐな視線を向けて言う。
「色々聞いて欲しいことがあってさ」
 真剣な瞳に引き込まれるように、轟雷鳳もまた遥を真っ直ぐに見返す。
「オレ達はFiVE。神秘について研究し、能力者と無能力者、覚者とそうじゃない人達の橋渡しをする組織の人間だ」
「FiVE……だと?」
 噂には聞いたことがある。妖や犯罪行為を働く者達を取り締まったりするAAAの後継のような組織があると。
「関取が能力者、既に覚者として発現してしまっているのは知っています。そしてその能力を持て余していることも」
 真摯な態度で語り続ける遥やいのりの言葉は、轟雷鳳の最も深い所に突き刺さる。
「このままじゃ暴走して、あんたは大変なことになってしまうんだ。破綻者って聞いたとこあるだろ?」
「俺が、暴走?」
 胸の奥がざわつく。目の前の少年達は何を言っている?
「このままでは対戦相手を殺してしまう事になります。関取もそれは望まないでしょう?」
「そこであんたが今後も相撲をやってく上で必要な、大事な提案があるんです。話を聞いて下さい。お願いします」
 相撲。この少年達は、能力を知って……バレ……?
「む、いかん!」
「破綻者にならないために、まず、ウチで力の―――ってうわあっ!?」
 咄嗟に義高が頭を下げいていた遥の首根っこを掴み轟雷鳳から距離をとらせた。それが幸いした。
 遥の鼻先を圧のこもった空気が流れていく。
「……戦いは、避けられないっていうのか!」
 守夜の悲痛な叫びが稽古場に響く。覚者達は一斉に己の力を解放した。
「俺は、オレハ……!!」
 恐らく無意識に手を出してしまったのだろう。張り手を前に突き出していた轟雷鳳の目は充血していた。
 髪の色は赤銅に、瞳は金色に染まっていく。
 ストレスは既に限界を越えていたのだろう。それを今日まで抑えていたのは、果たして幸か不幸か。
「俺ハ、ハツ場所ニ……出ルッ!」
 その瞬間、轟雷鳳は破綻者となった。
「まだ話は終わっちゃいないんだ……!」
 荒ぶる轟雷鳳を前に覚者達はそれぞれの得物を身構える。
 出来れば未然に防ぎたかった。だが、今ならまだ、十分に助ける目がある。
「ここで食い止めるんだ!」
 義高が叫びと共に遥に並び前衛が構築される。
「ウオオオオオオオ!」
 直後、理性を失い暴走を開始した轟雷鳳との衝突が起こった。

●激突!
 最初の突撃を受け止めたのは義高でもなく遥でもなく、
「これは、なかなか……!」
 独特な形状の大槌を、因子の力で強化した腕に構えたプリンスだった。
「グ、グウウウ……」
 暴走する轟雷鳳の一撃を押されつつも正面で受け止めるプリンス。押し合いにあってその目は慈愛に満ちていた。
「その力自体はね、正直大したことないんだよ」
 大きく腕を振るい押し合いから逃れ、再び大槌……インフレブリンガーを振りかぶる。
「火や刃物と同じで、慣れないと民がケガするんだ、よ!」
 打ち下ろす。槌に刻まれたいい笑顔が轟雷鳳の肩を強かに叩いた。痛みは鋭く、そして彼の体を貫通する。
「ガアッ!?」
「そしてまだ、外し方がわからない」
 当てた反動で距離をとる刹那に囁かれた王子の言葉は、慈愛に混じって微かに別の感情があるようにも聞こえた。
「話をするには、力を削がねばなりませんわ!」
 現の因子の力で17歳の姿になったいのりは、全身、その美貌を艶やかに晒す衣装を身に纏い水気を練る。
「……ッ」
 戦いに入る前に僅かに視線を地面へと向けてから数歩、後ろへと下がる。
「はぁっ!」
 練り上げた水気を放てばそれは高密度の霧となり轟雷鳳を包み、言葉通りその力を削ぎ落とし虚弱を与える。
「ぐ、ウ……」
 力が抜け、轟雷鳳の身体がぐらりとよろめき、しかし……
「!? ガアアア!」
 膝を地につける前に思い切り地を踏みしめ、膝を折ることを拒絶する。
 それは彼が土俵の上で見せる踏ん張りそのもの。その様に守夜の心は更にざわめいた。
(力士として上り調子だって時に!!)
 相撲好きの彼はこの件に関わる以前から轟雷鳳を知っていた。彼の努力も、彼の積み上げてきた物も、仲間達の誰より知っている。
 前頭四枚目といえば横綱に次ぐ実力者の証である三役への昇進が見えてくる位置。関取としてとても大事な場面だ。
(これからって時に覚醒で夢が、人生が潰されるその絶望感)
 想像するだけでも背筋を冷たい物がはしる。が、きっと彼が感じているのはこれ以上だ。
「物思いに耽るのは今は後回しだ」
 知らずの内に苦々しい顔を浮かべていた守夜に声を掛け、義高が轟雷鳳へ相対する。
「会場を沸かせ、世界を沸かせ、晴れやかで、堂々とした佇まいの力士でいたい……お前はそう言ったな?」
 仲間達が牽制を仕掛ける間、彼は己を強化する術式を繰り返し使用していた。
 灼熱の炎を身の内に燃やし、舞い散る土煙は練り上げられた土気によって岩の鎧と化し彼の周囲を守る。更には己に反射の力を与えるシールドを展開した万全の構え。
「強さとはただ喧嘩が強けりゃいいってもんじゃない」
 一歩踏み込む。本能で動きを警戒して轟雷鳳が一歩足を下げる。
「!?」
 そこで彼は、自分が土俵際に踵を触れたのだと気付いた。
「心技体……力に溺れず、賢く、優しく、勇気あれという心。研鑽を重ね、いつでもその技能・技量を余すことなく思いのまま発揮できるようにせよという技」
 土俵入りした義高はゆっくりと身を屈め、右拳を地に付ける。
「そして怪我や病気知らずの屈強な体力を身に着け、常に充実の状態にあれという体」
 立ち合いの構えに、轟雷鳳はその意図を即座に理解し自らもその場に身を屈め右拳を地に付ける。
 根っからの相撲取りである彼の、本能からの反応。
「三要素全てを備え、正々堂々の勝負姿勢で臨むことこそが本当の強さだ。そうじゃないか?」
 その声は本当の意味で届いていないのかもしれない。だが義高は淀みなく諸々の動作をこなしていく。
「轟雷鳳、お前はまだ力士でいられているのか?」
「!!」
 目を合わせた二人。同時に左拳を地に付け、次の瞬間弾丸のように前へと飛び出す。
 激突。
 相撲取りの恵まれたポテンシャルと暴走によって高まった力を振るう轟雷鳳と、多くの経験を積んだ覚者の力を振るう義高。
 仲間の援護で弱体化、自らは強化に強化を重ねた。その結果、義高の挑戦は互角という結果を生んでいた。
「ふ、ぬぅ!」
「グ、ガアア!?」
 それは異様な光景だと言えた。
 力と力のぶつけ合い。破綻者と覚者……両者は今、真っ向勝負の相撲を取っていた。

●土俵の上の戦い
 義高と轟雷鳳の勝負は、最初の激突の後にお互いの衣服のベルト、腰帯を掴み合うがっぷり四つの構えになった。
「のこった! のこった!」
 自らの杖を軍配に見立て、いのりが行司の役目を負う。
 男同士の取り組みだからか、彼女は土俵の中には立たずに二人を囃し立てていた。
「うおおおおお!」
「ヌウウウウ!!」
 剛力の比べ合い。互いに汗でぐっしょりと体を濡らしながらぶつかり合う。
「フンッ!」
 力押しだけでは押しきれないと判断してか、轟雷鳳が組み合いを解き義高を払う。
「!?」
 次の瞬間、義高の顔面を轟雷鳳の張り手が打ち抜いた。
 相撲という形をとってこそいるが、その一撃は破綻者の暴走する力を一身に込めた、常人であれば即死するほどの一撃である。
 勝負に勝つために収まらない、相手を殺傷せしめんと欲する修羅の平手だ。
「が、ぁっ……!」
 万全に守りを固めた義高であっても、脳が揺さぶられる衝撃に足元がぐらつく。
「グゥッ!」
 反射によって与えられた痛みに手が引かれ、轟雷鳳の表情が歪む。だが、一度獲ったアドバンテージを手放すような真似はしない。
「ガアアアア!」
 自らも強引な体捌きにダメージを受けながら、義高の腕を取り、捻り、放り投げる。
「ぐはっ!?」
 土俵際、地面に叩きつけられた義高の背に土俵縄がめり込み、呻き声が上がった。
「勝、ツ……!」
 暴走する轟雷鳳は相手をより確実に仕留めるべく更に腕を振りかぶり、
「プッシュじゃなくて、マワシを取るんだっけ?」
 側面から不意を突くプリンスの一撃に妨害された。義高に追撃することよりも膝が折れることを嫌がった轟雷鳳は、土俵の中でたたらを踏みその一撃を凌いだ。
「両者見合って!」
 間髪入れずいのりが声を張る。土俵の内と外とを仕切るように、彼女の天の気が稲妻を奔らせた。
「余、ファインプレー」
「すまん、助かった」
 その間に義高を回収したプリンスは、彼と共に土俵から距離をとっていた。
「次はオレが相手だ! 轟雷鳳!」
 土俵の中には義高に倣って構えをとる遥の姿があった。
(できるだけ相撲の形になるように……『相手の土俵で勝負』だ!)
 その所作を見れば轟雷鳳は応えずにはいられない。関取であるという念に囚われた破綻者であれば尚更。
 遥に向かって突進を始めた轟雷鳳が、迷うことなく真っ直ぐなツッパリを放つ。
「おおお!!」
 対して遥は相手の手の高さを見極め身を屈め直撃を避ければ、その手首を取り相手の勢いを借りて密着する。
「ふんっ!」
 放った拳は握られておらず、代わりに手の平の腹を押し出した掌底として相手の顎を打ち抜く。その一打に勢いを削がれた轟雷鳳はその場に立ち止まることとなった。
「あああああっ!」
「オオオオオオオ!!」
 義高との戦いとは打って変わって、手数の多さを競うバチバチとした打ち合いが展開する。
「ウチに来て力の制御法を学んでほしいんだ! 必要ならこっちから出向いてもいい! その環境がオレ達には、ある!」
 打ちあいの最中にも、遥の心からの叫びが響く。
「コソコソ隠しながら相撲するのってストレス溜まるし、ぶっちゃけ、勝ってもあんま嬉しくないだろ?」
 覚者となって純粋に道を究めることを妨げられたのは轟雷鳳だけではない。遥もまた、空手の道に於いて大きな障害を得てしまっている。
 それでも、
「今の相撲協会で相撲を取るのは無理かもだけど、色々やりようはあると思うんだ!」
 彼は真っ直ぐに力を制御し、相対している。
 だから、救える。そう信じている。
「あんたにとって、相撲協会に所属してなきゃ力士たりえないのか!?」
 剛腕をいなし続けた遥が再び気持ちの良い一撃を轟雷鳳へ届ける。肉にめり込み深く内面を穿つ会心の一撃を。
「ゴッ、ガアアア!!」
「ぐっ」
 だが、それでも轟雷鳳は止まらない。自らがダメージを受けているその最中に遥の顔面目掛け張り手が飛ぶ。
(蹴り当てれば軌道を反らして避けられる……けど!)
 遂に遥は蹴り技を使わなかった。その結果、正面から直撃を受ける形になり、勢いを殺せないまま思い切り吹き飛ばされる。
「カノプー、無茶し過ぎ」
「ケハッ……は、へへ」
 仲間の、民のピンチを救ったのはまたもやプリンス。戦闘の早期決着を目指し常に戦局を見つめ対応していた故の鋭敏さである。
「両者見合って!」
「轟雷鳳!」
 ほのかの声が響き、次いで声を張り守夜が土俵入りする。対して轟雷鳳は、先程までの暴走がやや落ち着き始めているように見えた。
 修羅に染まりきっていた時と違い、その瞳の焦点が定まっているようにも感じる。
「オ、レ、ハ……!」
「俺の手で、正気に戻してみせる!」
 守夜の拳に炎が宿る。その炎の中で、彩の因子の紋様が太陽のように赤く輝いた。
「今、治療しますから!」
 守夜と轟雷鳳が相対する傍ら、土俵の外ではいのりが行司の手を止め義高と遥の治療を行なっている。
 轟雷鳳の一撃をどうにか耐えきり戦闘不能の一歩手前で踏みとどまることに成功していたようで、治療を受けた二人の様子は穏やかだ。
「イチチ、決まり手は突き出しって奴かな?」
「なら俺のは小手投げ、だな」
 暴走中であってもその技の冴えは相撲のそれを逸脱していない。それは轟雷鳳が本当に相撲を愛している証なのだろう。
(俺は戦いたかったわけじゃねぇ。気づきを与えたいんだ)
 戦局を見守る義高は祈りを込めて声を張る。
「やっちまえ、守夜!」
「おおおお!」
 応えるように吼えて守夜は挑んだ。自分の全部を込めた拳を轟雷鳳へと叩き込むべく身構える。
「我が拳に宿れ、火天の炎!」
 守夜の呼びかけに応え、拳に纏う炎は更に激しく燃え盛る。そして、
「だあああああ!」
 渾身の一撃は轟雷鳳の腹へと吸い込まれ、轟音と共に轟雷鳳に衝撃を通す。
「グアアアアッ!」
 焼け広がる炎に全身を痛めながら轟雷鳳は呻きをあげ、しかし倒れない。
「アア!!」
「ぐわぁっ!」
 守夜のベルトを下手に掴み、力任せに腕を振り全力で投げ飛ばす。
 土俵から弾き出された守夜もまた、義高や遥と同じく地に強かに体を打ち付け転がった。
 だがそこに追撃はない。
「……」
 炎が吹き消えた後、轟雷鳳は静かに立ち尽くしていた。
 充血し切っていた瞳からは涙が零れ、ゆっくりと彼の体に発生していた覚醒反応が消えていく。
「俺、は……?」
 そうして初めて、轟雷鳳は土俵の上に膝をついたのだった。

●ここからが始まり
 担架に載せられながら、轟雷鳳は傍に立つ覚者達を見ていた。
「お前らの声、頭の奥の方に聞こえてたぜ。新しい道……復帰したら俺なりに探してみることにするさ」
 ボロボロになりながらも、その表情は憑き物が落ちたかのように晴れやかで。
「協会と話し合って規定を改正するか、覚者による相撲団体を作る、色々考えもあります」
 威風を纏いいのりが微笑みながら語りかける。
「貴方が力士として相撲を取り続けたいという思いをいのり達も尊重したいのです。その為のお手伝いも致しますわ」
 祖父と共に相撲に親しんでいた。そんないのりの誠実な提案に、護送車に載せられる直前だった轟雷鳳は満面の笑みで頷いていた。

「……」
 そうしたやり取りの裏、プリンスは一人周囲への警戒と考察を行っていた。
(戦闘中に送受心による精神干渉などは無し、狙撃も無し。ということは今回の件は完全に偶発的な出来事だった?)
 そもそも、どうして協会はここまで能力者を拒絶しているのか。
(余がガイジンだから思うわけじゃないけど、アスリートを潰すのが二ポンの伝統だなんて言わないで欲しいな)
 何か裏がある。そう思えて仕方がないプリンスは、小さく頷き覚悟を決めた。

 数日後。轟雷鳳の因子発現と初場所の休場、そして協会からの脱会が報じられた。
 これを報じたスポーツ紙は同時に相撲協会の現在を疑問視する声を改めて報じ、過去の会議で異議を唱えた理事についても言及したという。
 世間に新たに生まれた波紋は、静かに、また世界の真実を明らかにし始めていた。

■シナリオ結果■

成功

■詳細■

MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし



■あとがき■

依頼完了、覚者の皆様はお疲れ様でした。
破綻者となった轟雷鳳の心の傷を最小限に抑えた文句なしの成功です。
彼は覚者の言葉を受けてこれからどうするのか。物語は動き出します。
今回のお話、楽しんでいただけたなら幸いです。
また機会ございましたらよろしくお願いします。




 
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