怨念の炎
●怨念の炎
深夜。街外れにある小高い山。その頂には、小さな駐車場を備えた、小さな展望台があった。街でも一部の人間しか知らない、隠れた夜景スポットだ。展望台からは、空に浮かぶ満月と、眼下にひろがる街の夜景が美しく見渡せた。
駐車場に一台の車が現れ、停車した。
ドン、ドン、とウーファーが奏でる重低音が止み、一組の男女が姿を現す。
「晴れてるし、きれいな夜景がみられそうだ」
「たのしみだね」
二人は展望台に向かって歩き出す。だが、ほどなくして妙なことに気がついた。
展望台にある東屋のなかに、小さな明かりが灯っているのだ。
「誰かいるのかしら」
「さあ……。人の気配はないようだけど」
しかし、近づくにつれ明かりは小さくなり、二人が東屋についたときには、さきほどの明かりは完全に消えてなくなっていた。
「なんだったんだろう、さっきの明かりは」
「なんだったんだろうねえ」
「あ、それより見て」
目の前には、街の夜景がひろがっている。
「わあ、きれい」
明かりのことは忘れ、彼らはしばしその夜景に見入った。
そのときだ。二人は、背後に強い光と熱気が現れるのを感じた。
振り向くと、そこには大人の人間ほどのサイズの炎が二体、男女を睨めつけるように燃えていた。
そしてその炎は、驚いた二人が声をあげる間もなく、一瞬にして呑み込むように彼らを焼いてしまった。
●FiVE
「みなさん、今日は集まってくれてありがとうございます」
久方 真由美(nCL2000003)は、覚者の面々にゆっくりと視線をめぐらせた。それから穏やかな口調で任務の内容を告げる。
「今回は、ランク1の妖二体の討伐をお願いしたいと思います。炎の姿をした妖です」
炎の妖。ということは、自然系の妖だろうか。
「いえ、見た目は炎の形をしているのですが、心霊系の妖ですね。不幸な死を遂げた男女が妖化したもののようです」
炎の姿に生まれ変わり、夜な夜な幸せそうなカップルを襲う男女の怨念。
「それほど強い妖ではありません。ただすこし厄介なのは、この妖は、カップルが現れるまで姿を見せないことです。といっても、姿が見えないだけで存在自体はしているので、初撃を加えることができれば姿が見えるようになります。適当に攻撃をふりまいてもいいですし、もっとスマートな方法を取ってもらっても構いません。そこは皆さんの判断にお任せしたいと思います」
面倒そうではあるが、姿を見せるまで相手も攻撃はしてこないので、それほど心配する必要はないかもしれない。
「場所は、山頂の駐車場と展望台。敵はそれほど動かないので広さは問題ないと思います。外灯がひとつと、満月の明かりがあるので視界も良好です。それからここは、山の所有者が趣味でつくった私有の展望台なので、人はめったにきません。なのでみなさん、周りの心配はせず存分に戦ってください」
深夜。街外れにある小高い山。その頂には、小さな駐車場を備えた、小さな展望台があった。街でも一部の人間しか知らない、隠れた夜景スポットだ。展望台からは、空に浮かぶ満月と、眼下にひろがる街の夜景が美しく見渡せた。
駐車場に一台の車が現れ、停車した。
ドン、ドン、とウーファーが奏でる重低音が止み、一組の男女が姿を現す。
「晴れてるし、きれいな夜景がみられそうだ」
「たのしみだね」
二人は展望台に向かって歩き出す。だが、ほどなくして妙なことに気がついた。
展望台にある東屋のなかに、小さな明かりが灯っているのだ。
「誰かいるのかしら」
「さあ……。人の気配はないようだけど」
しかし、近づくにつれ明かりは小さくなり、二人が東屋についたときには、さきほどの明かりは完全に消えてなくなっていた。
「なんだったんだろう、さっきの明かりは」
「なんだったんだろうねえ」
「あ、それより見て」
目の前には、街の夜景がひろがっている。
「わあ、きれい」
明かりのことは忘れ、彼らはしばしその夜景に見入った。
そのときだ。二人は、背後に強い光と熱気が現れるのを感じた。
振り向くと、そこには大人の人間ほどのサイズの炎が二体、男女を睨めつけるように燃えていた。
そしてその炎は、驚いた二人が声をあげる間もなく、一瞬にして呑み込むように彼らを焼いてしまった。
●FiVE
「みなさん、今日は集まってくれてありがとうございます」
久方 真由美(nCL2000003)は、覚者の面々にゆっくりと視線をめぐらせた。それから穏やかな口調で任務の内容を告げる。
「今回は、ランク1の妖二体の討伐をお願いしたいと思います。炎の姿をした妖です」
炎の妖。ということは、自然系の妖だろうか。
「いえ、見た目は炎の形をしているのですが、心霊系の妖ですね。不幸な死を遂げた男女が妖化したもののようです」
炎の姿に生まれ変わり、夜な夜な幸せそうなカップルを襲う男女の怨念。
「それほど強い妖ではありません。ただすこし厄介なのは、この妖は、カップルが現れるまで姿を見せないことです。といっても、姿が見えないだけで存在自体はしているので、初撃を加えることができれば姿が見えるようになります。適当に攻撃をふりまいてもいいですし、もっとスマートな方法を取ってもらっても構いません。そこは皆さんの判断にお任せしたいと思います」
面倒そうではあるが、姿を見せるまで相手も攻撃はしてこないので、それほど心配する必要はないかもしれない。
「場所は、山頂の駐車場と展望台。敵はそれほど動かないので広さは問題ないと思います。外灯がひとつと、満月の明かりがあるので視界も良好です。それからここは、山の所有者が趣味でつくった私有の展望台なので、人はめったにきません。なのでみなさん、周りの心配はせず存分に戦ってください」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.妖二体の撃退
2.なし
3.なし
2.なし
3.なし
まずは簡単な妖の討伐をお願いしたいと思います。
●敵
心霊系の妖(ランク1)×2
体当たり……特近単(BS火傷)
業火……特近列(BS火傷)
火の粉……特遠全
不幸の死を遂げた男女が、炎の形に妖化したものです。大きさは人間大。展望台を訪れるカップルを夜な夜な襲っています。意思疎通をしたり、妖化を解くなどといったことはできません。見た目どおり、炎を駆使してきます。素早さはありませんが、攻撃力はそれなりにあるので注意してください。火系の攻撃や物理攻撃は効きづらいです。
変わった注意点がひとつだけ。 カップル以外には姿を現しません。存在自体はしているので、まずは初撃を与えるなどして、姿が見えるようにする必要があります。
●場所
車が6台止められる駐車場と東屋付きの展望台。
駐車場と展望台とは、10メートルほど離れています。
妖は必ずしも東屋付近に現れるわけではありません。
●状況
深夜ですが、視界は概ね良好です。満月の明かりと、駐車場に外灯が一つあります。
足場は悪くないです。ただし、駐車場と展望台のあいだは緩い段差の階段でつながっているので、ここで戦闘を行う場合は足を取られないように注意する必要があります。
被害者が到着するまで一時間ほどあるので、時間はそれほど気にする必要はないでしょう。
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
金:0枚 銀:0枚 銅:3枚
相談日数
7日
7日
参加費
100LP[+予約50LP]
100LP[+予約50LP]
参加人数
5/6
5/6
公開日
2015年09月25日
2015年09月25日
■メイン参加者 5人■

●
とある街。
満月が照らす、ちいさな展望台。ちいさな駐車場。
これから起こる出来事などまったく予感させない、とても静かな夜。
外灯の明かりによって作り出された五つの黒い人影が、乾いたコンクリートの地面に這うように伸びていた。
ここにはいま、彼らのほかには誰もいない。
「二人とも気をつけてね!」
「敵が現れたらすぐにかけつけるわ」
そう囮役の二人に声をかけたのは、『蹴撃系女子』鐡之蔵 禊(CL2000029)と『ロンゴミアント』和歌那 若草(CL2000121)だ。
今回の任務は、カップル以外には姿を現さない奇異な妖の討伐。
普通であれば、不可視の敵をいかに露わにさせるのか、その戦闘以前の対策に頭を悩ますところだったはずだ。けれども今回は運に恵まれた。メンバーに本物のカップルがいたからだ。
『クライ・クロウ』碓氷 凛(CL2000208)とメルジーネ マルティエル(CL2000370)がその二人である。
「本物のカップルだなんてビックリだぜ。これなら妖も出てきてくれっだろ」
この偶然の幸運に、『わんぱく小僧』成瀬 翔(CL2000063)も思わず驚きと期待の声をあげた。
任務についてのひととおりの確認を終えたあとで、凛が言った。
「では行ってくる」
凛はごく自然なしぐさでマルティエルと手を繋ぎ、周囲に気をくばりながら、展望台のほうへとゆっくりと歩みを進めていった。二人の黒い影が、光源である外灯から遠ざかり展望台に近づくにつれて、徐々に周囲の暗闇に溶け込んでいった。空気は秋らしくひんやりとしている。
「夜景か、改めて見る機会なんてあんまりないよな」
「ああ、せっかくの機会だ。こんな厄介事はさっさと終わらせて、あとでゆっくり楽しむとしようじゃないか」
一方の見張り役の三人は、次第に小さくなっていく凛とマルティエルの後ろ姿を静かに見守っていた。
しばらくたってから、翔はうなずきこう言った。
「頃合いだな!」
彼の傍らには、守護使役の空丸が翼をぱたぱたと羽ばたかせ浮かんでいる。翔が命じると、空丸の小さな体は一気に夜空へと舞いあがっていった。
「これでよし! 空丸に上空から見張らせてるから、異変があったらすぐに駆け付けられるぜ」
それからまたすこしの時間がたった。
けれどもまだなにも起こらない。
凛とマルティエルは階段通路を渡り終え、展望台にたどり着こうとしている。
「やっぱり妖がでるのは展望台なのかしら……」
若草がつぶやいた。
「もうすこし近くに寄ってみましょう」
禊と翔は頷き、三人は展望台のほうへと忍び足で近づいていった。
凛とマルティエルは展望台の東屋に到着した。ここまで来るともう、外灯の明かりはほとんど届かない薄暗闇が広がっている。とはいえ、幸いにも今日は満月で、その月明かりがあるおかげで、ある程度の視界は確保されていた。
東屋の前方は、少しひらけた空間になっていた。石造りのベンチが並べられ、その間には観察用の双眼鏡が設えられていた。端は木柵に囲まれている。マイナーな展望台としては、ごく典型的な作りといえるだろう。
「やれやれ、やっと着いたか」
凛とマルティエルは歩みを止め、なにかを確認しあうかのように見つめ合った。
そのとき。
二人は背後に気配を感じた。続けて、強い明かりと熱気が押し寄せてくる。振り返るとそこには、二体の炎が嫉妬深げに燃えていた。
「でたぞ!」
空丸からの思念を受け取った翔たちは、視認するよりも早くにその異変を察知した。
「いそぎましょう!」
三人は足早に凛たちのもとへと駆けた。
●
凛とマルティエルの前に姿を現した怨念の炎。
赤い炎と青い炎。
二対の炎は周囲の空気を焦がすかのように、ゴボゴボと煮えたぎる音を立て燃えている。
赤と青。色の違いが何を表わすのか、あえて考える必要はないだろう。いま目の前にいるのは、救うべき対象ではなく、倒すべき敵でしかないのだから。余計な情をかけるべきときではない。
「さて、始めようか」
凛の黒髪がふわりと逆立ち、きれいな銀色の髪へと変化を遂げた。
――錬覇法。
体の内から湧き出る闘気。それは白い湯気のように立ち昇っていく。凛は全身に力がみなぎるのを感じた。凛は続けて蔵王のスキルも発動させ、自身の防御力を向上させた。
「これが通ってくれれば最良なんだけど」
マルティエルがそう言うと、周囲に白い霧がたちこめはじめた。そして次第にその霧は、眼前の二体の炎を中心に、絡みつくように収縮していく。
――纏霧。
二体の炎はよろめくように後ずさった。
ダメージはないが、弱体化には成功したようだ。
攻撃を受け怒った赤い炎が、マルティエルをめがけて突進する。
マルティエルはその体当たりを、すんでのところで交わした。
わずかに掠めた右肩がじんと熱を帯びる。
「さすがに熱いな。まともに食らったら火傷しそうだ」
「俺にまかせろ」
攻撃の構えを見せている青い炎に向けて、凛は右腕を突き出した。
――隆槍。
地面がめりめりと裂け、隆起した土が鋭く槍状に変化した。そしてその土の槍は、青い炎に向かって一直線に伸びていく。炎はすばやく横に移動して、その攻撃を回避した。けれども槍は、炎が逃げた方向へとくるりと向きを転換し、ふたたび対象めがけて伸びていく。今度は炎は反応できず、その身体は見事に貫かれた。
青い炎は悶えるように揺らいだ。
動きが鈍る炎、そこにすかさずマルティエルが追い打ちをかける。
――召雷。
小さな黒雲が現れ、雷が一閃、青い炎を直撃した。
「デートの続きが待ってるんでね、さっさと倒れて貰うぞ」
青い炎との攻防の間に、赤い炎の様子が変わっていた。
上から押しつぶされたような形状になり、燃え方も、余裕なさげにちりちりと神経質な律動を刻んでいる。まるで爆発前の花火をスローモーションで見ているかのようだ。
「まずい」
二人はその危険性をすばやく察知した。
けれども逃げる間はなかった。
閃光と轟音。その爆風により凛とマルティエルははるか後方へと弾き飛ばされた。
業火による攻撃。
火傷は負わなかったものの、二人が受けたダメージは大きい。
爆発の影響で土煙が舞った。周囲に目を凝らすものの、視界の悪さは致命的だ。この好機を敵が逃すはずはなかった。赤い炎は土煙に紛れつつ接近し、死角からマルティエルを襲った。
凛が気づきすばやく反応した。
「まったく、無粋極まりないな」
とっさにあいだに入り、マルティエルを庇う。赤い炎と凛はともに土煙のなかに消えていった。
●
「凛っ!」
叫ぶマルティエルだがしかし、心配をかけている余裕はなかった。土煙に隠されていたもう一体の炎が、再び自分に殺気を向けているのをとっさに感じとる。今度は凛の助けは期待できない。
青い炎が視界の端からぬっと姿を現した。
マルティエルは攻撃に備え身構えた。
そのときだ。
三本の爪が炎とマルティエルのあいだに割って入り、土煙もろとも、青い炎を切り裂いた。
禊だった。
禊の腕にはめられたナックルの鉤爪が鈍く光る。
「さすがにダメージは少ないか」
禊の身体からは、ぼっぼっと間欠的に赤い炎がほとばしっていた。あらかじめかけていた醒の炎の影響だ。体内に宿る炎を活性化することで、いまの禊の身体能力は、通常時よりも大幅に強化されている。しかしとはいえ、相手は炎、物理攻撃は効きにくい。おまけに禊の術式属性は火行であり、まともに戦うには相性が悪かった。
「あたしはサポートに徹するのがベターだな。でもとにかく敵の注意は引けたみたい。若草! 二人のことをお願い!」
「わかったわ。任せて」
――癒しの霧。
若草がかざした両手の先に水泡があらわれて、刹那の滞留ののち、発散した。それと同時に霧状の膜が生成し、負傷しうずくまるようにしている凛とマルティエルをやさしく包み込んでいった。二人の傷口がかすかに白光を放ちながら、みるみる塞いでいく。
その間、禊が対峙している青い炎の背後では、赤い炎がまたなにやら仕掛けようとしていた。
ばりばりと空気が裂けるような音がして、身体から、おびただしい火の粉が飛び散った。
回避困難な広範囲攻撃。
展望台の全域に、赤い火の粉が流星のようにふりそそぐ。
「っ!!」
「あちちっ」
「くそ!」
覚者たちは悲痛の声をあげた。けれどもそれは、これまでの敵の攻撃に比べれば、遥かに弱い攻撃だった。
「このくらい、水でもかけてりゃ問題ないぜ!」
そういって翔は所持していたドリンクを、火の粉を浴びた箇所にどぼどぼとかけた。火傷には効き目はないだろうが、この程度ならばそれで十分だった。
「幸せな人たちの命を、八つ当たりで奪おうなんておかしいでしょう。……ううん、正当な理由があったとしても、そんな事はいけない。あなたたちには悪いけれど、今夜ここで、倒させてもらうわ」
若草の右腕から放たれた水のしずくが、赤い炎を撃ち貫いた。
赤い炎は深手を負ったようだ。苦しげに揺らいでいる。
他方、青い炎の側も、禊が注意を引きつけつつ、戦列に復帰した凛やマルティエルが攻撃を加えることで、着実にダメージを重ねていた。
あとは決定打を与えるのみだ。
●
翔は、先ほどから動きまわり、敵が縦になる位置を探っていた。
しかし単独ではなかなか思うような位置取りができない。
「オレがB.O.T.で決めるから、なんとか二体が縦になるように誘導してくれ!」
「まかせて」
この提案を買ってでたのは禊だった。たしかに素速さと体力のある禊は適任といえた。
禊は赤い炎が凛を攻撃する隙をつき、青い炎の注意を引いた。
赤い炎の背後にまわり、真後ろに来たところで立ち止まった。
青い炎は、しめたとばかりに急加速し、禊に向かって体当たりを試みる。
禊は青い炎の攻撃をまともにくらい、弾き飛ばされた。
防御がとれなかったので、ダメージは大きい。
けれども、
「いまだよっ! もう終わらせよう、明日を迎えるために!」
その瞬間、赤と青、二つの炎が、翔の一直線上に並んでいた。
――B.O.T.!!
翔の手から撃ち放たれた渾身の波動弾が、二体の炎を貫通した。
それで終わりだった。
攻撃を受けた炎の明かりは、みるみると弱まっていく。
一瞬だけ、呻くかのように大きく燃え上がったが、それが最後の灯火となった。
周囲に再び薄暗闇が戻った。
怨霊の炎が消えたのだ。
しばらく経ってから、若草がぽつりとつぶやいた。
「月が綺麗」
うえを見上げると、そこには満月が浮かんでいた。
そしてその真下には、街の夜景がひろがっている。
戦闘に集中していて、皆はいままでその存在を忘れていた。
幻想的な光景。
その光景を作り出しているのは、人々の日常の生活の明かり。先ほどまで行われていた非日常の出来事とは、あまりにかけ離れた世界にあるものだ。このギャップが生み出すコントラストが、戦闘を終えたばかりの覚者たちの心に、不思議な感慨をもたらした。
「せっかくだし、しばらく展望台で夜景でも眺めていかない?」
若草が言った。
もちろん反対するものは誰もいない。
それからしばらくのあいだ、面々は思い思いの仕方で、また明日からはじまる非日常の日々に備えるかのように、すこしばかりの癒やしのひとときを送ったのだった。
とある街。
満月が照らす、ちいさな展望台。ちいさな駐車場。
これから起こる出来事などまったく予感させない、とても静かな夜。
外灯の明かりによって作り出された五つの黒い人影が、乾いたコンクリートの地面に這うように伸びていた。
ここにはいま、彼らのほかには誰もいない。
「二人とも気をつけてね!」
「敵が現れたらすぐにかけつけるわ」
そう囮役の二人に声をかけたのは、『蹴撃系女子』鐡之蔵 禊(CL2000029)と『ロンゴミアント』和歌那 若草(CL2000121)だ。
今回の任務は、カップル以外には姿を現さない奇異な妖の討伐。
普通であれば、不可視の敵をいかに露わにさせるのか、その戦闘以前の対策に頭を悩ますところだったはずだ。けれども今回は運に恵まれた。メンバーに本物のカップルがいたからだ。
『クライ・クロウ』碓氷 凛(CL2000208)とメルジーネ マルティエル(CL2000370)がその二人である。
「本物のカップルだなんてビックリだぜ。これなら妖も出てきてくれっだろ」
この偶然の幸運に、『わんぱく小僧』成瀬 翔(CL2000063)も思わず驚きと期待の声をあげた。
任務についてのひととおりの確認を終えたあとで、凛が言った。
「では行ってくる」
凛はごく自然なしぐさでマルティエルと手を繋ぎ、周囲に気をくばりながら、展望台のほうへとゆっくりと歩みを進めていった。二人の黒い影が、光源である外灯から遠ざかり展望台に近づくにつれて、徐々に周囲の暗闇に溶け込んでいった。空気は秋らしくひんやりとしている。
「夜景か、改めて見る機会なんてあんまりないよな」
「ああ、せっかくの機会だ。こんな厄介事はさっさと終わらせて、あとでゆっくり楽しむとしようじゃないか」
一方の見張り役の三人は、次第に小さくなっていく凛とマルティエルの後ろ姿を静かに見守っていた。
しばらくたってから、翔はうなずきこう言った。
「頃合いだな!」
彼の傍らには、守護使役の空丸が翼をぱたぱたと羽ばたかせ浮かんでいる。翔が命じると、空丸の小さな体は一気に夜空へと舞いあがっていった。
「これでよし! 空丸に上空から見張らせてるから、異変があったらすぐに駆け付けられるぜ」
それからまたすこしの時間がたった。
けれどもまだなにも起こらない。
凛とマルティエルは階段通路を渡り終え、展望台にたどり着こうとしている。
「やっぱり妖がでるのは展望台なのかしら……」
若草がつぶやいた。
「もうすこし近くに寄ってみましょう」
禊と翔は頷き、三人は展望台のほうへと忍び足で近づいていった。
凛とマルティエルは展望台の東屋に到着した。ここまで来るともう、外灯の明かりはほとんど届かない薄暗闇が広がっている。とはいえ、幸いにも今日は満月で、その月明かりがあるおかげで、ある程度の視界は確保されていた。
東屋の前方は、少しひらけた空間になっていた。石造りのベンチが並べられ、その間には観察用の双眼鏡が設えられていた。端は木柵に囲まれている。マイナーな展望台としては、ごく典型的な作りといえるだろう。
「やれやれ、やっと着いたか」
凛とマルティエルは歩みを止め、なにかを確認しあうかのように見つめ合った。
そのとき。
二人は背後に気配を感じた。続けて、強い明かりと熱気が押し寄せてくる。振り返るとそこには、二体の炎が嫉妬深げに燃えていた。
「でたぞ!」
空丸からの思念を受け取った翔たちは、視認するよりも早くにその異変を察知した。
「いそぎましょう!」
三人は足早に凛たちのもとへと駆けた。
●
凛とマルティエルの前に姿を現した怨念の炎。
赤い炎と青い炎。
二対の炎は周囲の空気を焦がすかのように、ゴボゴボと煮えたぎる音を立て燃えている。
赤と青。色の違いが何を表わすのか、あえて考える必要はないだろう。いま目の前にいるのは、救うべき対象ではなく、倒すべき敵でしかないのだから。余計な情をかけるべきときではない。
「さて、始めようか」
凛の黒髪がふわりと逆立ち、きれいな銀色の髪へと変化を遂げた。
――錬覇法。
体の内から湧き出る闘気。それは白い湯気のように立ち昇っていく。凛は全身に力がみなぎるのを感じた。凛は続けて蔵王のスキルも発動させ、自身の防御力を向上させた。
「これが通ってくれれば最良なんだけど」
マルティエルがそう言うと、周囲に白い霧がたちこめはじめた。そして次第にその霧は、眼前の二体の炎を中心に、絡みつくように収縮していく。
――纏霧。
二体の炎はよろめくように後ずさった。
ダメージはないが、弱体化には成功したようだ。
攻撃を受け怒った赤い炎が、マルティエルをめがけて突進する。
マルティエルはその体当たりを、すんでのところで交わした。
わずかに掠めた右肩がじんと熱を帯びる。
「さすがに熱いな。まともに食らったら火傷しそうだ」
「俺にまかせろ」
攻撃の構えを見せている青い炎に向けて、凛は右腕を突き出した。
――隆槍。
地面がめりめりと裂け、隆起した土が鋭く槍状に変化した。そしてその土の槍は、青い炎に向かって一直線に伸びていく。炎はすばやく横に移動して、その攻撃を回避した。けれども槍は、炎が逃げた方向へとくるりと向きを転換し、ふたたび対象めがけて伸びていく。今度は炎は反応できず、その身体は見事に貫かれた。
青い炎は悶えるように揺らいだ。
動きが鈍る炎、そこにすかさずマルティエルが追い打ちをかける。
――召雷。
小さな黒雲が現れ、雷が一閃、青い炎を直撃した。
「デートの続きが待ってるんでね、さっさと倒れて貰うぞ」
青い炎との攻防の間に、赤い炎の様子が変わっていた。
上から押しつぶされたような形状になり、燃え方も、余裕なさげにちりちりと神経質な律動を刻んでいる。まるで爆発前の花火をスローモーションで見ているかのようだ。
「まずい」
二人はその危険性をすばやく察知した。
けれども逃げる間はなかった。
閃光と轟音。その爆風により凛とマルティエルははるか後方へと弾き飛ばされた。
業火による攻撃。
火傷は負わなかったものの、二人が受けたダメージは大きい。
爆発の影響で土煙が舞った。周囲に目を凝らすものの、視界の悪さは致命的だ。この好機を敵が逃すはずはなかった。赤い炎は土煙に紛れつつ接近し、死角からマルティエルを襲った。
凛が気づきすばやく反応した。
「まったく、無粋極まりないな」
とっさにあいだに入り、マルティエルを庇う。赤い炎と凛はともに土煙のなかに消えていった。
●
「凛っ!」
叫ぶマルティエルだがしかし、心配をかけている余裕はなかった。土煙に隠されていたもう一体の炎が、再び自分に殺気を向けているのをとっさに感じとる。今度は凛の助けは期待できない。
青い炎が視界の端からぬっと姿を現した。
マルティエルは攻撃に備え身構えた。
そのときだ。
三本の爪が炎とマルティエルのあいだに割って入り、土煙もろとも、青い炎を切り裂いた。
禊だった。
禊の腕にはめられたナックルの鉤爪が鈍く光る。
「さすがにダメージは少ないか」
禊の身体からは、ぼっぼっと間欠的に赤い炎がほとばしっていた。あらかじめかけていた醒の炎の影響だ。体内に宿る炎を活性化することで、いまの禊の身体能力は、通常時よりも大幅に強化されている。しかしとはいえ、相手は炎、物理攻撃は効きにくい。おまけに禊の術式属性は火行であり、まともに戦うには相性が悪かった。
「あたしはサポートに徹するのがベターだな。でもとにかく敵の注意は引けたみたい。若草! 二人のことをお願い!」
「わかったわ。任せて」
――癒しの霧。
若草がかざした両手の先に水泡があらわれて、刹那の滞留ののち、発散した。それと同時に霧状の膜が生成し、負傷しうずくまるようにしている凛とマルティエルをやさしく包み込んでいった。二人の傷口がかすかに白光を放ちながら、みるみる塞いでいく。
その間、禊が対峙している青い炎の背後では、赤い炎がまたなにやら仕掛けようとしていた。
ばりばりと空気が裂けるような音がして、身体から、おびただしい火の粉が飛び散った。
回避困難な広範囲攻撃。
展望台の全域に、赤い火の粉が流星のようにふりそそぐ。
「っ!!」
「あちちっ」
「くそ!」
覚者たちは悲痛の声をあげた。けれどもそれは、これまでの敵の攻撃に比べれば、遥かに弱い攻撃だった。
「このくらい、水でもかけてりゃ問題ないぜ!」
そういって翔は所持していたドリンクを、火の粉を浴びた箇所にどぼどぼとかけた。火傷には効き目はないだろうが、この程度ならばそれで十分だった。
「幸せな人たちの命を、八つ当たりで奪おうなんておかしいでしょう。……ううん、正当な理由があったとしても、そんな事はいけない。あなたたちには悪いけれど、今夜ここで、倒させてもらうわ」
若草の右腕から放たれた水のしずくが、赤い炎を撃ち貫いた。
赤い炎は深手を負ったようだ。苦しげに揺らいでいる。
他方、青い炎の側も、禊が注意を引きつけつつ、戦列に復帰した凛やマルティエルが攻撃を加えることで、着実にダメージを重ねていた。
あとは決定打を与えるのみだ。
●
翔は、先ほどから動きまわり、敵が縦になる位置を探っていた。
しかし単独ではなかなか思うような位置取りができない。
「オレがB.O.T.で決めるから、なんとか二体が縦になるように誘導してくれ!」
「まかせて」
この提案を買ってでたのは禊だった。たしかに素速さと体力のある禊は適任といえた。
禊は赤い炎が凛を攻撃する隙をつき、青い炎の注意を引いた。
赤い炎の背後にまわり、真後ろに来たところで立ち止まった。
青い炎は、しめたとばかりに急加速し、禊に向かって体当たりを試みる。
禊は青い炎の攻撃をまともにくらい、弾き飛ばされた。
防御がとれなかったので、ダメージは大きい。
けれども、
「いまだよっ! もう終わらせよう、明日を迎えるために!」
その瞬間、赤と青、二つの炎が、翔の一直線上に並んでいた。
――B.O.T.!!
翔の手から撃ち放たれた渾身の波動弾が、二体の炎を貫通した。
それで終わりだった。
攻撃を受けた炎の明かりは、みるみると弱まっていく。
一瞬だけ、呻くかのように大きく燃え上がったが、それが最後の灯火となった。
周囲に再び薄暗闇が戻った。
怨霊の炎が消えたのだ。
しばらく経ってから、若草がぽつりとつぶやいた。
「月が綺麗」
うえを見上げると、そこには満月が浮かんでいた。
そしてその真下には、街の夜景がひろがっている。
戦闘に集中していて、皆はいままでその存在を忘れていた。
幻想的な光景。
その光景を作り出しているのは、人々の日常の生活の明かり。先ほどまで行われていた非日常の出来事とは、あまりにかけ離れた世界にあるものだ。このギャップが生み出すコントラストが、戦闘を終えたばかりの覚者たちの心に、不思議な感慨をもたらした。
「せっかくだし、しばらく展望台で夜景でも眺めていかない?」
若草が言った。
もちろん反対するものは誰もいない。
それからしばらくのあいだ、面々は思い思いの仕方で、また明日からはじまる非日常の日々に備えるかのように、すこしばかりの癒やしのひとときを送ったのだった。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
