濃霧警報発令中。或いは、霧の社の怪現象。
●濃霧警報発令中!?
視界は白に塗りつぶされた。
いつからこうだっただろうか? 少なくとも、30分ほど前、この神社の観光に訪れた時はまだ視界は良好だったと、近所の大学に通う青年、坂木 仁は歩みを止めて、冷や汗を流す。
大きな池に面した、小さな神社。歴史は長く、価値のある建造物ではあるが、京都の街においては、はこの程度の寺社仏閣はそう珍しいものでもない。
それでも彼がここを訪れたのは、大学の教授に提出するレポートの題材にするためだった。夏場にしては涼しく、それでいて快晴であったことを天に感謝したのは、二時間ほど前に家を出た頃のことだったろうか。
ノート片手に池の周りを歩いているうちに霧が出て来て「おや?」と思った数分後、彼の視界は真白く塗りつぶされていた。
霧だ。心なしか、気温も急激に下がって来たように思う。
人気のない神社ではある。今日はそれに輪をかけ、彼以外の人影は見当たらなかった。それを記憶していた仁は、誰にも助けを求めることなく、池の縁で歩みを止めた。
霧の中を不用意に歩き回ったが最後、二度と生きてここを出ることが出来ないのではないか。或いは、異世界にでも迷い込んでしまうのではないか、という恐怖心が彼の心を支配したのだ。
池の鯉も、水底に沈んだまま身じろぎひとつしないことが、彼を益々不安にさせた。
霧の中に佇んだまま、どれほどの時間が経過しただろうか。
ぴちょん、と水面に水滴が落ちる音が霧の中に木霊する。
音のした方向へと仁が顔を向けると、そこには人影。不可思議なのは、人影の立っている位置が池の中央付近だということだ。池の水深はさほど深くはないだろう。一番深い所で、成人男性の腰の位置までといった所か。それにしたって、解せない。こんな濃霧の中、誰が好き好んで、池の中を歩くものか。
人影から判断するに、背は高く、そしてその手足は針金のように細い。
奇妙な濃霧と、不気味な人影、膨れ上がった恐怖心。口から零れそうになる悲鳴を必死の思いで飲み込んで、仁はその場に座り込んだ。
声を出したら終わりだ、とその時、彼の本能が警告を告げる。
誰でもいいから助けて欲しい。
20年の生涯の中で、仁は初めて、神に祈った。
●霧の社の怪異譚
タンタンッ、と軽快な靴音を鳴らし久方 万里(nCL2000005)が前へ出る。
指令室には、彼女の他に数名の男女の姿。背格好、年齢、性別もバラバラの彼らは「FiVE」という組織のメンバーだ。彼らが指令室に集められる時。それはつまり、なにか、警察や自衛隊など一般の武力、権力では対処できない、妖絡みの事件が起こった時である。
「ふんふーん? 初めまして―、万里ちゃんだよー! 今回皆に集まって貰ったのは、とある神社に現れた妖を討伐して欲しいからなのね。相手は低級だけど、油断しちゃ駄目だよ?」
それじゃあ、詳しい説明を開始するね。
と、万里は告げてオーバーなアクションで背後のモニターを指さして見せる。
「モニターに注目! 場所はこの場所! プリントアウトした地図をあとで出すね! 小さな小さな神社の敷地内が、濃霧に覆われて大変なんだよ! 今現在、神社は立ち入り禁止にしてあるけど、敷地の中に大学生が1人取り残されているみたいだね!」
危ないよねー。
なんて、危機感にかける一言。
緊張感に満ちていた指令室の空気が僅かに緩む。
「霧を発生させたのは自然系の妖ね。ランク1の(水妖)が3体と、ランク2の(霧妖)が1体。1体討伐するごとに霧は薄くなるけど、濃霧の主な原因は霧妖だからね。濃霧の原因の7割は霧妖ねー」
今回の任務の中で、主となるのは霧妖の討伐と、大学生の救助であろうか。
「水妖は池から陸に出ることは出来ないけど、攻撃的である程度遠距離からの射撃攻撃を得意とするみたい。霧妖は、逃走や霧に紛れて姿を隠す程度の知能は持ち合わせているみたいだけど、霧の外で活動することはできないらしいねっ。近距離列貫通攻撃には気をつけて。背後からこっそり一撃、とか結構危ないから」
幸い、ターゲットの活動範囲と数はさほど多くはない。
任務の難度としてはさほど高くはないだろう。
「連携とか、まだ慣れていないかと思うけど頑張ってね。それと、FiVEのことは一般人には秘密だよ? 万里ちゃんとの約束だっ。それじゃあ、皆の活躍を期待してるね!」
視界は白に塗りつぶされた。
いつからこうだっただろうか? 少なくとも、30分ほど前、この神社の観光に訪れた時はまだ視界は良好だったと、近所の大学に通う青年、坂木 仁は歩みを止めて、冷や汗を流す。
大きな池に面した、小さな神社。歴史は長く、価値のある建造物ではあるが、京都の街においては、はこの程度の寺社仏閣はそう珍しいものでもない。
それでも彼がここを訪れたのは、大学の教授に提出するレポートの題材にするためだった。夏場にしては涼しく、それでいて快晴であったことを天に感謝したのは、二時間ほど前に家を出た頃のことだったろうか。
ノート片手に池の周りを歩いているうちに霧が出て来て「おや?」と思った数分後、彼の視界は真白く塗りつぶされていた。
霧だ。心なしか、気温も急激に下がって来たように思う。
人気のない神社ではある。今日はそれに輪をかけ、彼以外の人影は見当たらなかった。それを記憶していた仁は、誰にも助けを求めることなく、池の縁で歩みを止めた。
霧の中を不用意に歩き回ったが最後、二度と生きてここを出ることが出来ないのではないか。或いは、異世界にでも迷い込んでしまうのではないか、という恐怖心が彼の心を支配したのだ。
池の鯉も、水底に沈んだまま身じろぎひとつしないことが、彼を益々不安にさせた。
霧の中に佇んだまま、どれほどの時間が経過しただろうか。
ぴちょん、と水面に水滴が落ちる音が霧の中に木霊する。
音のした方向へと仁が顔を向けると、そこには人影。不可思議なのは、人影の立っている位置が池の中央付近だということだ。池の水深はさほど深くはないだろう。一番深い所で、成人男性の腰の位置までといった所か。それにしたって、解せない。こんな濃霧の中、誰が好き好んで、池の中を歩くものか。
人影から判断するに、背は高く、そしてその手足は針金のように細い。
奇妙な濃霧と、不気味な人影、膨れ上がった恐怖心。口から零れそうになる悲鳴を必死の思いで飲み込んで、仁はその場に座り込んだ。
声を出したら終わりだ、とその時、彼の本能が警告を告げる。
誰でもいいから助けて欲しい。
20年の生涯の中で、仁は初めて、神に祈った。
●霧の社の怪異譚
タンタンッ、と軽快な靴音を鳴らし久方 万里(nCL2000005)が前へ出る。
指令室には、彼女の他に数名の男女の姿。背格好、年齢、性別もバラバラの彼らは「FiVE」という組織のメンバーだ。彼らが指令室に集められる時。それはつまり、なにか、警察や自衛隊など一般の武力、権力では対処できない、妖絡みの事件が起こった時である。
「ふんふーん? 初めまして―、万里ちゃんだよー! 今回皆に集まって貰ったのは、とある神社に現れた妖を討伐して欲しいからなのね。相手は低級だけど、油断しちゃ駄目だよ?」
それじゃあ、詳しい説明を開始するね。
と、万里は告げてオーバーなアクションで背後のモニターを指さして見せる。
「モニターに注目! 場所はこの場所! プリントアウトした地図をあとで出すね! 小さな小さな神社の敷地内が、濃霧に覆われて大変なんだよ! 今現在、神社は立ち入り禁止にしてあるけど、敷地の中に大学生が1人取り残されているみたいだね!」
危ないよねー。
なんて、危機感にかける一言。
緊張感に満ちていた指令室の空気が僅かに緩む。
「霧を発生させたのは自然系の妖ね。ランク1の(水妖)が3体と、ランク2の(霧妖)が1体。1体討伐するごとに霧は薄くなるけど、濃霧の主な原因は霧妖だからね。濃霧の原因の7割は霧妖ねー」
今回の任務の中で、主となるのは霧妖の討伐と、大学生の救助であろうか。
「水妖は池から陸に出ることは出来ないけど、攻撃的である程度遠距離からの射撃攻撃を得意とするみたい。霧妖は、逃走や霧に紛れて姿を隠す程度の知能は持ち合わせているみたいだけど、霧の外で活動することはできないらしいねっ。近距離列貫通攻撃には気をつけて。背後からこっそり一撃、とか結構危ないから」
幸い、ターゲットの活動範囲と数はさほど多くはない。
任務の難度としてはさほど高くはないだろう。
「連携とか、まだ慣れていないかと思うけど頑張ってね。それと、FiVEのことは一般人には秘密だよ? 万里ちゃんとの約束だっ。それじゃあ、皆の活躍を期待してるね!」

■シナリオ詳細
■成功条件
1.ターゲットの全滅
2.一般人の救助
3.なし
2.一般人の救助
3.なし
今回は、小さな神社に現れた自然系の妖がターゲットになります。
2種類のターゲット撃破と、人命救助が主な内容になります。
それでは、以下詳細。
●場所
小さな神社の敷地内。池と、それに面した社周辺が主な戦場。
周囲は濃霧に覆われていて、視界が悪い。ターゲットを撃破するごとに霧は薄くなる。
池の周辺のどこかに、一般人が1人取り残されている。
●ターゲット
・妖:自然系(水妖)×3
ランク1
水で出来た身体を持つ妖。身長2メートル程。長い手足を鞭のようにしならせ、遠距離からの攻撃を得意とする。攻撃的で、思考能力は低い。
池からほとんど出ることができない。また、水中に潜ることはできるが、その身を水と同化させて身を隠す、といった行動は出来ないので、よくよく観察すれば居場所は分かるだろう。
攻撃タイプ―特遠単
・妖:自然系(霧妖)×1
ランク2
霧で出来た身体を持つ妖。霧に紛れる、或いは霧を吸収するなどして身体の大きさを変えることができる。
逃げたり、霧を利用して相手の死角から攻撃したりという行動をとる。
敷地内を自由に動くことができるが、霧の外には出られない。
霧に紛れている間は、その姿を捉えることは難しいだろうが、攻撃に移る際などは姿を現す。
敷地内を包む濃霧の7割は、霧妖が生み出したもの。
攻撃タイプ―特近列貫通(凍傷)(負荷)
以上になります。
それでは、初任務よろしくお願いします。
(2015.08.07)攻撃範囲の表記の修正がございました。ご確認宜しくお願いいたします。
「近距離複数攻撃には気をつけて」⇒「近距離列貫通攻撃には気をつけて」
「特近範」⇒「特近列貫通」
状態
完了
完了
報酬モルコイン
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
金:0枚 銀:0枚 銅:0枚
相談日数
7日
7日
参加費
0LP[+予約0LP]
0LP[+予約0LP]
参加人数
8/8
8/8
公開日
2015年08月16日
2015年08月16日
■メイン参加者 8人■

●霧の社に集うもの
霧の中、足音が響く。都合8名分の足音に反応し、池の中心で揺らぐ人影。
背は高く、手足の異様に長いその人影はしかし、音に反応しただけで池の中から陸へとは上がって来なかった。人影の正体は、妖と呼ばれる頂上の存在である。水で出来た身体を持つ(水妖)は、水中から外へと出てくることは出来ないようだ。
「さて、やろうかしらね」
と、そう呟いたのは『おっぱい天使』シルフィア・カレード(CL2000215) だ。手に持った本の表紙を優しく撫でて、ふぅ、と息苦しそうな溜め息を零す。
「あぁ……任務だな、まぁ、形だけでも宜しく頼むぞ」
霧に覆われた社に辿り着いてから暫く、天明 両慈(CL2000603)はここに来て初めて言葉を発した。
今回の任務で一緒になった仲間たちの方には視線も向けず、彼は言う。
「残念ながら俺は捜索班では無いのでな……。大学生の捜索は任せたぞ」
「残念ながらワタシは捜索も警戒も得意ではありませんネー……。でもでも、ワタシの火力はちょっと自信ありますヨ? ですから、それまでは守ってくださいネー♪」
両慈へと熱い視線を注ぎつつリーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)は、彼の傍へと身を寄せる。
「愛しの彼との初めて一緒の任務デスネ! 不謹慎ですが楽しみデスヨー!」
くっく、と笑いを噛み殺し囁いたリーネの声は、彼女が「愛しの彼」と呼ぶ両慈に届いただろうが、両慈は無言のまま、それをスル―。
「僕はまず【かぎわける】で救助対象を捜索かな。水妖には気をつけないとだけど」
捜索斑の一人である『見た目は美少女、頭脳はアラサー』萩村 知未(CL2000009)は、鼻をすんすんと鳴らし、霧の中から捜索対象の匂いを探す。そんな彼女の肩の傍では、ミトンを被った犬型の守護使役がくるくると回っている。
「あっ、もしかしてこれで霧妖の場所も特定できませんかね? 超視力を使って水妖の居場所を特定はできると思うのですけど」
知未と同じく犬型の守護使役の能力を用い『剣鬼』矢萩・咲(CL2000312)も大学生の捜索に加わる。
霧の中、遭難している坂木 仁と同じく、彼女の身分もまた大学生である。同じ大学生の身としては、仁を無事に救出してやりたいと、そう考えているのだろう。
「初めての実戦です。助けを待ってる人の為にこんな霧、吹き飛ばして道を拓きましょう!」
バサリ、と手に持った戦旗を一振りして『Little Flag』守衛野 鈴鳴(CL2000222)は自分自身に気合いを入れた。軽く目を瞑り、感覚の糸を霧の中へと張り巡らせる。彼女の持つ超直感のスキルを、最大限に活かし、霧の中でも敵の存在を即座に察知するための前準備、と言ったところか。
「だいじょーぶ!」
どこか緊張した面持ちの鈴鳴の肩を強めに叩き、声をあげたのは柴崎 瑠璃(CL2000934)である。
「それにしても、霧を発生させて視界が悪くなる上に広範囲攻撃をするなんて……いきなり厄介そうな相手ね。まーいいわ。強いヤツのほうが燃えるってもんよ」
機関銃を肩に担いで、瑠璃は黒髪を掻き上げる。
そんな彼女の背後で、ゆらり、と僅かに霧が揺れる。
「っ! 後ろ!」
鈴鳴が叫ぶと同時、両慈とリーネ、そして瑠璃が即座に武器を構え背後へと振り返る。
だが、そんな彼らよりもいち早く、そして一瞬の迷いも無く仲間達を庇うように跳び出した者が居た。
ダブルシールドを掲げ、霧の中からの強襲を受け止めたその男の名は『犬小屋の野獣』藤堂 仁(CL2000921)
彼の持った盾に衝撃が走る。空気の震えるような轟音。空気の弾けた音だろうか。
今回のターゲットである水妖は、水辺から離れることは出来ない。
すでに、霧の中に逃げこんだ後らしく、その姿を確認することはできないが、今し方一行を強襲して来たのは、社を覆い尽くす霧の主な発生源である(霧妖)に違いないだろう。
「俺が居る限り、簡単に仲間が落ちるとは思うなよ……?」
既に姿をくらませたターゲットに向け、仁は告げる。
●霧中の追走劇
「これは……」
「厄介な配置ですね」
霧の中を歩み続けること、十数分。ピタリと足を止め、知未と咲は顔を見合わせる。
ふたりの視線の向く先は、神社の庭にある大きな池の方向だ。他の仲間には見えないかもしれないが、強化された2人の嗅覚と、強化された知未の視力は真白い霧の向こうに、妖以外の存在を確認した。
鈴鳴と仁に背後の警戒を任せ、一同は進路を池へと変えた。
両慈、リーネは前へと移動。ターゲットを発見した以上、ここから先は彼らの領分だ。
戦いの気配を感じ、瑠璃は自身の守護使役を空へと飛ばす。自身の上空10メートル程から、周囲を俯瞰し、危険の察知と、遭難中の大学生の位置把握に努めることにしたのだ。
その手に握るのは、機関銃。安全装置を外し、即座に攻勢へと転じることができるよう体勢を整えた。
現在、件の大学生は池の縁に蹲ったままじっと動かないでいるようだ。
それゆえか、好戦的なはずの水妖も大学生の様子を窺うだけで、攻撃はしていない。彼が、池の近くという現在神社の敷地内で最も危険な位置にいて、未だ生存している理由はそれだろう。
自身の理解できる範疇を超えた非常事態に直面し、彼は思考を放棄したのだ。
だが、しかし……。
それはあくまで、霧に覆われたまま、なにも事態が変動しなかった場合の話。
「あれは、霧妖か?」
智未の目に映ったのは、霧の中から伸びる細い腕と、それに首を掴まれ地面から宙へと数十センチほども持ち上げられた大学生の姿だった。
「ウ、ぁァァァぁ! ぁああああああああああ!!!!」
静寂に包まれた霧の中に、大学生の悲鳴が木霊する。
その声に反応し、池の中央付近に佇んでいた水妖たちが一斉に動き始めた。目標はもちろん大学生。都合4体の妖に襲われては、彼の命など一瞬で奪い去られてしまうだろう。
「ど、どうすればいいんでしょう!?」
「ちっ……。お前はここで水妖たちを引き付けろ。大学生の護衛には俺が行く」
咲にその場を任せ、両慈は駆け出す。
「オー! 愛しの両慈だけを危険に晒せませんから、ワタシも彼をガードしますヨ!」
「私も行きます!」
両慈に続き、リーネと鈴鳴、シルフィアも走り出す。
大学生の救助が彼らの目的。
そして、その場に残った残る4人の役割は、水妖の注意を引き付けることだ。
「守衛野、そっちは任せたぞ。さぁ、来い! 妖共!」
盾を掲げ、仁が叫んだ。
それと同時に、鳴り響く銃声。知未が空へ向かってハンドガンの引き金を引いたのだ。空気の爆ぜる轟音に引き付けられたのか、水妖たちの動きが止まる。
ぐるん、と一斉に水妖の視線が池のほとりに残った仁達の方へと注がれる。
「霧で視界は悪いけどっ!」
「精一杯……頑張りたいと思います」
機関銃を構える瑠璃と、刀に手を伸ばす咲。
「来るぞ」
と、仁が呟いたその瞬間。
水面を滑るように移動しながら、水妖が水の弾丸を撃ち出した。
空気を切る鋭い音。白い霧を突き破り、水弾が仁の肩を穿つ。
一瞬遅れて、血と水の飛沫が舞った。仁の頬が朱に濡れる。盾を掲げ、続く2発の水弾を弾く。
仁の掲げた盾の下を、潜り抜けるようにして咲が跳び出す。
姿勢を低く、体と腕を目いっぱいに伸ばしたまま放つ鋭い斬撃。先頭を進んでいた水妖の片腕を切り落とした。水飛沫の中、後続の水妖が急停止。水で出来た腕を、鞭のように変化させて振り上げる。
水の鞭が振り下ろされるよりも早く、瑠璃の機関銃が火を吹いた。断続的な銃声と、空気の振動。穴だらけになって崩れ落ちる水の鞭の隙間を縫って、智未のハンドガンは正確に水妖の額を撃ち抜いた。
ばしゃん、と盛大な水音。身体を維持できなくなった水妖は、ただの水へと変化し消えた。
1体の水妖を倒し、次のターゲットへと視線を切りかえる咲であったが、刀を握る手がピタリと止まる。
いつの間にか……。
残る2体の水妖は、どこかへ姿を消していた。
錬覇法で強化した身体能力を駆使し、両慈は一気に、霧妖との距離を詰める。大学生の首を掴んで持ち上げる霧妖の身体に、体当たりを慣行した。
両慈の接近に気付いた霧妖は、その身を文字通り雲散霧消させて両慈の攻撃を回避。解放された大学生の身体が地面に落ちた。
大学生を庇うようにシルフィアと鈴鳴が移動。両慈の背後にはリーネが移動し、互いに死角を補い合うように陣形を整える。
気絶した大学生の身体をシルフィアがそっと地面に寝かせた。
「心配しないでください……あなたは、必ず私たちが守りますから!」
バサリ、と旗を掲げ鈴鳴が叫ぶ。
「空間、展開しますっ!」
彼女の掲げた旗を中心に、不可視の結界が展開されたのを、その場に居た仲間達は感じ取る。守護空間。妖を遠ざける、強固な結界陣。大学生の安全を確保するために、鈴鳴は自身の持つ旗を通して、結界を展開し続けることになる。
その間、彼女はほとんど身動きをとることはできない。
そんな彼女を庇う様に位置した、両慈とリーネは周囲へ視線を巡らせる。
霧妖も、水妖も、近くにはいるのだろうが姿を隠しているらしく、2人の視界には映らない。
こちらの様子を窺いつつ、攻勢に打って出る機会を窺っているのだろう。
可能ならば、水辺から離れた位置に移動したかったが、どうやらそんな時間は無さそうだ。
水妖を引き付けていた、他の仲間が合流するのとほぼ同時。池の中央に霧が集約し、先ほどまでよりも二周りほど大きくなった霧妖が姿を現した。
池の周囲だけ、幾分か霧が薄くなったように見える。大学生を庇う様に陣形を組んだじまま智未は思案する。ハンドガンを池の方向へと向けたまま、蔵王のスキルを発動。自身の身体を土の鎧で覆わせた。
遠距離からの水弾や、有効範囲の広い霧妖の攻撃に備えての行動だ。
「近くまで来たら、土の槍で貫いてやるのに……」
「大学生はひとまず安全みたいだし、一転攻勢! まずは水妖を殲滅デスネ! ワタシのB.O.T.で纏めて貫通してあげますヨ!」
リーネは手にした書物のページを捲り、スキルの発動に備える。
相手は、池の中。不用意に近づけば、一方的な攻撃を受ける可能性さえある。その上、水妖は遠距離攻撃を得意とする相手だ。現状、姿を隠しているのでこちらからは攻撃のしようもない。
「霧が薄くなった今なら」
瑠璃の肩から、彼女の守護使役が宙へと飛び立つ。上空十メートルからの俯瞰風景。霧で霞んだ池の水面が、ゆらりと僅かに揺らぐのを瑠璃の目は捉えた。
「いた! 池の左右! 撃ってくるつもりよ!」
瑠璃の警告と同時。ざばり、と水面が隆起し水妖が姿を現した。水弾の射出ど同時に、霧妖がこちらへと接近を開始。巨大化した両腕を、まるで魚のひれのような形に変えて、大上段へと振り上げている。
力を溜めて、一気に対象全員を薙ぎ払うつもりのようだ。
「自分がなるべく皆さんを庇う様に動きます! 霧妖はお願いしますね」
「守衛野は守護空間の維持を頼んだぞ。なに、俺でも少しの間くらい皆を守るくらいはできるさ」
水弾の射出と同時に、咲は右へ。仁は左へと跳び出した。
弾丸のような勢いで放たれた水弾を、咲の刀が切り裂く。完全に防ぐことはできなかったが、軌道を逸らすことには成功する。大きく逸れた水弾が咲の脇腹を穿つ。
一方で仁は、盾を掲げて水弾を弾くことに成功。先ほど、一度水弾を受けたことで正確な見切りが可能となったのだろう。
水妖が次弾を放つよりも早く、動いたものが居た。
地面に膝を突いた咲の背後から、瑠璃が機関銃を突き出し引き金を引く。銃口から撃ち出されたのは、鉛弾ではなく圧縮した空気の弾丸。再び、水の中へと姿を眩ませようとする水妖だが、眉間に受けた空気弾が弾け、水妖はその場で力尽きた。
一方、仁の隣に移動したリーネは手にした書物に右手を添えて、ふふんと得意気に笑って見せた。彼女の視線は両慈へと向いているが、生憎と彼はリーネの方を見ていない。小さな溜め息を零し、それでもリーネは笑って見せた。
「フフン? ワタシの火力はちょっと自信ありますヨ?」
広げた書物を中心に、波動の弾丸が解き放たれる。空気を切り裂き、リーネの放った波動弾は水妖の胸に命中。大きくよろけた水妖は再度水の弾丸を撃ち出す。
だが、弾丸がリーネのもとに届くことはない。仁の投げた盾が、空中で水弾を弾き進路を逸らした。
再度、リーネの放った2発目のB.O.T.が水妖の喉を撃ち抜くと同時、水妖は消滅。
残る敵は、霧妖だけだ。
●雲散霧消の怪現象
遠距離から攻撃される心配がなくなった以上、大学生の護衛は必要最低限で問題ない。
そう判断した両慈と智未は池の縁まで駆け出した。
2人を応援するように、守護空間の中心で鈴鳴は大きく旗を翻して踊っている。
「護衛は任せたぞ。霧妖は俺が引き受けた。こう見えて火力はあるのでな」
後ろを振り返ることすらしないまま、両慈は駆ける。長い時間ではないが、それでも背後に控えているのは共に死地へと赴いた仲間達だ。いつの間にかそんな彼らのことを、信頼している自分に気付き、両慈は僅かに口元を緩めた。
背後を気にせず戦える、というのはいいものだ。
そして、一人ではない、というそれだけでどれほど戦いが楽になるだろうか。
両慈に先んじて、智未が池の縁へと辿り着いた。地面に両の拳を押し当て、力を込める。
「僕はダメージを与える事に専念するよ」
周囲の霧を吸収し、霧妖の身体はさらに一回りほど巨大化。大きく振り上げた両腕を、智未目がけて振り下ろす。智未と霧妖との距離が縮まり、ゼロになった。
霧妖の両腕が、地面ごと智未の身体を薙ぎ払う。
それと同時、地面から跳び出した土の槍が、霧妖の身体を貫いた。
霧妖の両腕に打ち据えられた智未の身体が地面を跳ねて、背後へと弾き飛ばされる。
智未と霧妖との力比べは、霧妖に軍配があがったようだ。しかし、その代償として霧妖の両腕は、土槍に貫かれて雲散霧消していた。
霧妖は、周囲の霧を吸い込んで失われた両腕を再構築する。
「……ふん」
バチッ、と空気の爆ぜる音。
霧妖の頭上……否、その身を包囲するようにいつの間にか雷雲が浮かんでいた。
『………………………!?』
霧妖は、声にならない悲鳴を上げる。霧と一緒に、雷雲をも吸収してしまったらしい。再構築した両腕は内側から、爆ぜ、放電しながら消滅した。
それだけではない。霧妖の全身を、落雷が貫く。
水分が蒸発し、辺りは一瞬で濃い霧に覆い尽くされた。視界を覆い尽くすのは白。
池を、境内を覆い尽くす霧は、やがて風に吹かれてどこかへ消えた。
霧が再び、人に似た姿をとることはなく……。
霧の晴れた社は、ただただ静かだった。
一度は目を覚ました大学生であったが、今は再び気を失って、社の隅に寝かされている。
記憶を消し去られた反動で、意識を失ってしまったらしい。優しい風に頬を撫でられ、その寝顔は安らかなものだった。
「これで大丈夫ですね。怖い記憶は忘れて、穏やかな日常に戻るのが一番でしょうから」
最後にそっと、大学生の頬に触れ鈴鳴はその場を立ち去った。
旗を肩に担ぎなおし、仲間達の待つ社の裏へと歩を進める。霧がなくなったことで、直にここにもまた、参拝客や、関係者が戻ってくるだろう。
誰にも知られることはなく。
誰にも感謝されることもなく。
彼らは静かに、FiVEへと戻る。
霧の中、足音が響く。都合8名分の足音に反応し、池の中心で揺らぐ人影。
背は高く、手足の異様に長いその人影はしかし、音に反応しただけで池の中から陸へとは上がって来なかった。人影の正体は、妖と呼ばれる頂上の存在である。水で出来た身体を持つ(水妖)は、水中から外へと出てくることは出来ないようだ。
「さて、やろうかしらね」
と、そう呟いたのは『おっぱい天使』シルフィア・カレード(CL2000215) だ。手に持った本の表紙を優しく撫でて、ふぅ、と息苦しそうな溜め息を零す。
「あぁ……任務だな、まぁ、形だけでも宜しく頼むぞ」
霧に覆われた社に辿り着いてから暫く、天明 両慈(CL2000603)はここに来て初めて言葉を発した。
今回の任務で一緒になった仲間たちの方には視線も向けず、彼は言う。
「残念ながら俺は捜索班では無いのでな……。大学生の捜索は任せたぞ」
「残念ながらワタシは捜索も警戒も得意ではありませんネー……。でもでも、ワタシの火力はちょっと自信ありますヨ? ですから、それまでは守ってくださいネー♪」
両慈へと熱い視線を注ぎつつリーネ・ブルツェンスカ(CL2000862)は、彼の傍へと身を寄せる。
「愛しの彼との初めて一緒の任務デスネ! 不謹慎ですが楽しみデスヨー!」
くっく、と笑いを噛み殺し囁いたリーネの声は、彼女が「愛しの彼」と呼ぶ両慈に届いただろうが、両慈は無言のまま、それをスル―。
「僕はまず【かぎわける】で救助対象を捜索かな。水妖には気をつけないとだけど」
捜索斑の一人である『見た目は美少女、頭脳はアラサー』萩村 知未(CL2000009)は、鼻をすんすんと鳴らし、霧の中から捜索対象の匂いを探す。そんな彼女の肩の傍では、ミトンを被った犬型の守護使役がくるくると回っている。
「あっ、もしかしてこれで霧妖の場所も特定できませんかね? 超視力を使って水妖の居場所を特定はできると思うのですけど」
知未と同じく犬型の守護使役の能力を用い『剣鬼』矢萩・咲(CL2000312)も大学生の捜索に加わる。
霧の中、遭難している坂木 仁と同じく、彼女の身分もまた大学生である。同じ大学生の身としては、仁を無事に救出してやりたいと、そう考えているのだろう。
「初めての実戦です。助けを待ってる人の為にこんな霧、吹き飛ばして道を拓きましょう!」
バサリ、と手に持った戦旗を一振りして『Little Flag』守衛野 鈴鳴(CL2000222)は自分自身に気合いを入れた。軽く目を瞑り、感覚の糸を霧の中へと張り巡らせる。彼女の持つ超直感のスキルを、最大限に活かし、霧の中でも敵の存在を即座に察知するための前準備、と言ったところか。
「だいじょーぶ!」
どこか緊張した面持ちの鈴鳴の肩を強めに叩き、声をあげたのは柴崎 瑠璃(CL2000934)である。
「それにしても、霧を発生させて視界が悪くなる上に広範囲攻撃をするなんて……いきなり厄介そうな相手ね。まーいいわ。強いヤツのほうが燃えるってもんよ」
機関銃を肩に担いで、瑠璃は黒髪を掻き上げる。
そんな彼女の背後で、ゆらり、と僅かに霧が揺れる。
「っ! 後ろ!」
鈴鳴が叫ぶと同時、両慈とリーネ、そして瑠璃が即座に武器を構え背後へと振り返る。
だが、そんな彼らよりもいち早く、そして一瞬の迷いも無く仲間達を庇うように跳び出した者が居た。
ダブルシールドを掲げ、霧の中からの強襲を受け止めたその男の名は『犬小屋の野獣』藤堂 仁(CL2000921)
彼の持った盾に衝撃が走る。空気の震えるような轟音。空気の弾けた音だろうか。
今回のターゲットである水妖は、水辺から離れることは出来ない。
すでに、霧の中に逃げこんだ後らしく、その姿を確認することはできないが、今し方一行を強襲して来たのは、社を覆い尽くす霧の主な発生源である(霧妖)に違いないだろう。
「俺が居る限り、簡単に仲間が落ちるとは思うなよ……?」
既に姿をくらませたターゲットに向け、仁は告げる。
●霧中の追走劇
「これは……」
「厄介な配置ですね」
霧の中を歩み続けること、十数分。ピタリと足を止め、知未と咲は顔を見合わせる。
ふたりの視線の向く先は、神社の庭にある大きな池の方向だ。他の仲間には見えないかもしれないが、強化された2人の嗅覚と、強化された知未の視力は真白い霧の向こうに、妖以外の存在を確認した。
鈴鳴と仁に背後の警戒を任せ、一同は進路を池へと変えた。
両慈、リーネは前へと移動。ターゲットを発見した以上、ここから先は彼らの領分だ。
戦いの気配を感じ、瑠璃は自身の守護使役を空へと飛ばす。自身の上空10メートル程から、周囲を俯瞰し、危険の察知と、遭難中の大学生の位置把握に努めることにしたのだ。
その手に握るのは、機関銃。安全装置を外し、即座に攻勢へと転じることができるよう体勢を整えた。
現在、件の大学生は池の縁に蹲ったままじっと動かないでいるようだ。
それゆえか、好戦的なはずの水妖も大学生の様子を窺うだけで、攻撃はしていない。彼が、池の近くという現在神社の敷地内で最も危険な位置にいて、未だ生存している理由はそれだろう。
自身の理解できる範疇を超えた非常事態に直面し、彼は思考を放棄したのだ。
だが、しかし……。
それはあくまで、霧に覆われたまま、なにも事態が変動しなかった場合の話。
「あれは、霧妖か?」
智未の目に映ったのは、霧の中から伸びる細い腕と、それに首を掴まれ地面から宙へと数十センチほども持ち上げられた大学生の姿だった。
「ウ、ぁァァァぁ! ぁああああああああああ!!!!」
静寂に包まれた霧の中に、大学生の悲鳴が木霊する。
その声に反応し、池の中央付近に佇んでいた水妖たちが一斉に動き始めた。目標はもちろん大学生。都合4体の妖に襲われては、彼の命など一瞬で奪い去られてしまうだろう。
「ど、どうすればいいんでしょう!?」
「ちっ……。お前はここで水妖たちを引き付けろ。大学生の護衛には俺が行く」
咲にその場を任せ、両慈は駆け出す。
「オー! 愛しの両慈だけを危険に晒せませんから、ワタシも彼をガードしますヨ!」
「私も行きます!」
両慈に続き、リーネと鈴鳴、シルフィアも走り出す。
大学生の救助が彼らの目的。
そして、その場に残った残る4人の役割は、水妖の注意を引き付けることだ。
「守衛野、そっちは任せたぞ。さぁ、来い! 妖共!」
盾を掲げ、仁が叫んだ。
それと同時に、鳴り響く銃声。知未が空へ向かってハンドガンの引き金を引いたのだ。空気の爆ぜる轟音に引き付けられたのか、水妖たちの動きが止まる。
ぐるん、と一斉に水妖の視線が池のほとりに残った仁達の方へと注がれる。
「霧で視界は悪いけどっ!」
「精一杯……頑張りたいと思います」
機関銃を構える瑠璃と、刀に手を伸ばす咲。
「来るぞ」
と、仁が呟いたその瞬間。
水面を滑るように移動しながら、水妖が水の弾丸を撃ち出した。
空気を切る鋭い音。白い霧を突き破り、水弾が仁の肩を穿つ。
一瞬遅れて、血と水の飛沫が舞った。仁の頬が朱に濡れる。盾を掲げ、続く2発の水弾を弾く。
仁の掲げた盾の下を、潜り抜けるようにして咲が跳び出す。
姿勢を低く、体と腕を目いっぱいに伸ばしたまま放つ鋭い斬撃。先頭を進んでいた水妖の片腕を切り落とした。水飛沫の中、後続の水妖が急停止。水で出来た腕を、鞭のように変化させて振り上げる。
水の鞭が振り下ろされるよりも早く、瑠璃の機関銃が火を吹いた。断続的な銃声と、空気の振動。穴だらけになって崩れ落ちる水の鞭の隙間を縫って、智未のハンドガンは正確に水妖の額を撃ち抜いた。
ばしゃん、と盛大な水音。身体を維持できなくなった水妖は、ただの水へと変化し消えた。
1体の水妖を倒し、次のターゲットへと視線を切りかえる咲であったが、刀を握る手がピタリと止まる。
いつの間にか……。
残る2体の水妖は、どこかへ姿を消していた。
錬覇法で強化した身体能力を駆使し、両慈は一気に、霧妖との距離を詰める。大学生の首を掴んで持ち上げる霧妖の身体に、体当たりを慣行した。
両慈の接近に気付いた霧妖は、その身を文字通り雲散霧消させて両慈の攻撃を回避。解放された大学生の身体が地面に落ちた。
大学生を庇うようにシルフィアと鈴鳴が移動。両慈の背後にはリーネが移動し、互いに死角を補い合うように陣形を整える。
気絶した大学生の身体をシルフィアがそっと地面に寝かせた。
「心配しないでください……あなたは、必ず私たちが守りますから!」
バサリ、と旗を掲げ鈴鳴が叫ぶ。
「空間、展開しますっ!」
彼女の掲げた旗を中心に、不可視の結界が展開されたのを、その場に居た仲間達は感じ取る。守護空間。妖を遠ざける、強固な結界陣。大学生の安全を確保するために、鈴鳴は自身の持つ旗を通して、結界を展開し続けることになる。
その間、彼女はほとんど身動きをとることはできない。
そんな彼女を庇う様に位置した、両慈とリーネは周囲へ視線を巡らせる。
霧妖も、水妖も、近くにはいるのだろうが姿を隠しているらしく、2人の視界には映らない。
こちらの様子を窺いつつ、攻勢に打って出る機会を窺っているのだろう。
可能ならば、水辺から離れた位置に移動したかったが、どうやらそんな時間は無さそうだ。
水妖を引き付けていた、他の仲間が合流するのとほぼ同時。池の中央に霧が集約し、先ほどまでよりも二周りほど大きくなった霧妖が姿を現した。
池の周囲だけ、幾分か霧が薄くなったように見える。大学生を庇う様に陣形を組んだじまま智未は思案する。ハンドガンを池の方向へと向けたまま、蔵王のスキルを発動。自身の身体を土の鎧で覆わせた。
遠距離からの水弾や、有効範囲の広い霧妖の攻撃に備えての行動だ。
「近くまで来たら、土の槍で貫いてやるのに……」
「大学生はひとまず安全みたいだし、一転攻勢! まずは水妖を殲滅デスネ! ワタシのB.O.T.で纏めて貫通してあげますヨ!」
リーネは手にした書物のページを捲り、スキルの発動に備える。
相手は、池の中。不用意に近づけば、一方的な攻撃を受ける可能性さえある。その上、水妖は遠距離攻撃を得意とする相手だ。現状、姿を隠しているのでこちらからは攻撃のしようもない。
「霧が薄くなった今なら」
瑠璃の肩から、彼女の守護使役が宙へと飛び立つ。上空十メートルからの俯瞰風景。霧で霞んだ池の水面が、ゆらりと僅かに揺らぐのを瑠璃の目は捉えた。
「いた! 池の左右! 撃ってくるつもりよ!」
瑠璃の警告と同時。ざばり、と水面が隆起し水妖が姿を現した。水弾の射出ど同時に、霧妖がこちらへと接近を開始。巨大化した両腕を、まるで魚のひれのような形に変えて、大上段へと振り上げている。
力を溜めて、一気に対象全員を薙ぎ払うつもりのようだ。
「自分がなるべく皆さんを庇う様に動きます! 霧妖はお願いしますね」
「守衛野は守護空間の維持を頼んだぞ。なに、俺でも少しの間くらい皆を守るくらいはできるさ」
水弾の射出と同時に、咲は右へ。仁は左へと跳び出した。
弾丸のような勢いで放たれた水弾を、咲の刀が切り裂く。完全に防ぐことはできなかったが、軌道を逸らすことには成功する。大きく逸れた水弾が咲の脇腹を穿つ。
一方で仁は、盾を掲げて水弾を弾くことに成功。先ほど、一度水弾を受けたことで正確な見切りが可能となったのだろう。
水妖が次弾を放つよりも早く、動いたものが居た。
地面に膝を突いた咲の背後から、瑠璃が機関銃を突き出し引き金を引く。銃口から撃ち出されたのは、鉛弾ではなく圧縮した空気の弾丸。再び、水の中へと姿を眩ませようとする水妖だが、眉間に受けた空気弾が弾け、水妖はその場で力尽きた。
一方、仁の隣に移動したリーネは手にした書物に右手を添えて、ふふんと得意気に笑って見せた。彼女の視線は両慈へと向いているが、生憎と彼はリーネの方を見ていない。小さな溜め息を零し、それでもリーネは笑って見せた。
「フフン? ワタシの火力はちょっと自信ありますヨ?」
広げた書物を中心に、波動の弾丸が解き放たれる。空気を切り裂き、リーネの放った波動弾は水妖の胸に命中。大きくよろけた水妖は再度水の弾丸を撃ち出す。
だが、弾丸がリーネのもとに届くことはない。仁の投げた盾が、空中で水弾を弾き進路を逸らした。
再度、リーネの放った2発目のB.O.T.が水妖の喉を撃ち抜くと同時、水妖は消滅。
残る敵は、霧妖だけだ。
●雲散霧消の怪現象
遠距離から攻撃される心配がなくなった以上、大学生の護衛は必要最低限で問題ない。
そう判断した両慈と智未は池の縁まで駆け出した。
2人を応援するように、守護空間の中心で鈴鳴は大きく旗を翻して踊っている。
「護衛は任せたぞ。霧妖は俺が引き受けた。こう見えて火力はあるのでな」
後ろを振り返ることすらしないまま、両慈は駆ける。長い時間ではないが、それでも背後に控えているのは共に死地へと赴いた仲間達だ。いつの間にかそんな彼らのことを、信頼している自分に気付き、両慈は僅かに口元を緩めた。
背後を気にせず戦える、というのはいいものだ。
そして、一人ではない、というそれだけでどれほど戦いが楽になるだろうか。
両慈に先んじて、智未が池の縁へと辿り着いた。地面に両の拳を押し当て、力を込める。
「僕はダメージを与える事に専念するよ」
周囲の霧を吸収し、霧妖の身体はさらに一回りほど巨大化。大きく振り上げた両腕を、智未目がけて振り下ろす。智未と霧妖との距離が縮まり、ゼロになった。
霧妖の両腕が、地面ごと智未の身体を薙ぎ払う。
それと同時、地面から跳び出した土の槍が、霧妖の身体を貫いた。
霧妖の両腕に打ち据えられた智未の身体が地面を跳ねて、背後へと弾き飛ばされる。
智未と霧妖との力比べは、霧妖に軍配があがったようだ。しかし、その代償として霧妖の両腕は、土槍に貫かれて雲散霧消していた。
霧妖は、周囲の霧を吸い込んで失われた両腕を再構築する。
「……ふん」
バチッ、と空気の爆ぜる音。
霧妖の頭上……否、その身を包囲するようにいつの間にか雷雲が浮かんでいた。
『………………………!?』
霧妖は、声にならない悲鳴を上げる。霧と一緒に、雷雲をも吸収してしまったらしい。再構築した両腕は内側から、爆ぜ、放電しながら消滅した。
それだけではない。霧妖の全身を、落雷が貫く。
水分が蒸発し、辺りは一瞬で濃い霧に覆い尽くされた。視界を覆い尽くすのは白。
池を、境内を覆い尽くす霧は、やがて風に吹かれてどこかへ消えた。
霧が再び、人に似た姿をとることはなく……。
霧の晴れた社は、ただただ静かだった。
一度は目を覚ました大学生であったが、今は再び気を失って、社の隅に寝かされている。
記憶を消し去られた反動で、意識を失ってしまったらしい。優しい風に頬を撫でられ、その寝顔は安らかなものだった。
「これで大丈夫ですね。怖い記憶は忘れて、穏やかな日常に戻るのが一番でしょうから」
最後にそっと、大学生の頬に触れ鈴鳴はその場を立ち去った。
旗を肩に担ぎなおし、仲間達の待つ社の裏へと歩を進める。霧がなくなったことで、直にここにもまた、参拝客や、関係者が戻ってくるだろう。
誰にも知られることはなく。
誰にも感謝されることもなく。
彼らは静かに、FiVEへと戻る。
■シナリオ結果■
成功
■詳細■
MVP
なし
軽傷
なし
重傷
なし
死亡
なし
称号付与
なし
特殊成果
なし
