

俺はミスター・イクジ! トレジャーハンターさ!
世界のあちこちに隠れているワクワクのトレジャー、つまり冒険を追い求めているんだよ。
おおっと、冒険といっても美女への果敢なアプローチのことじゃあないぜ? ハーッハッハ!
僕が行く先々にはいつもトレジャーが待ち構えているんだ。
それは古代帝国の遺産が詰まった海底神殿だったり、宇宙の啓示によって生み出された超常迷宮だったりする。危険はいっぱいさ。死の予感だってたっぷりある!
けれど僕はいくのさ!
死んだファーザーが追い求めた古代遺産を探すため?
ライバルの美女が僕への挑戦状を送ってくるから?
いいやちがうね!
トレジャーには謎!
トレジャーには神秘!
トレジャーには挑戦!
トレジャーにはロマンス!
そしてなにより、トレジャーには人生があるんだ!
もちろん、トレジャーの先に何があるかは僕もわからない。
海でおぼれて知らない島に打ち上げられることもあるだろう。
樹海で遭難して飢えと暗闇にさいなまれることもあるだろう。
見知らぬ町の美女とひとときの恋に落ちることもあるだろう。
途方も無い財宝を見つけて国家組織との攻防に巻き込まれることもあるだろう。
それが僕の、ドキドキとワクワクになるんだ!
だからみんな!
僕と一緒に、レッツトレジャー!
「生地さん」
今日は悪魔の住む館へトレジャーを求めてやってきたんだ。
持ち主が次々と死ぬ呪われた館さ。
「生地獄太郎さん」
君も僕のトレジャーに加わりたいのかい?
いいとも、助手はいつだって歓迎さ! けれどこの一回だけだぜ? トレジャーの中には出会いと別れがある。
出会った美女とも、優秀な助手ともね。
だから僕は、一回で必ず別れることにしているんだ。
「その主張だと裁判で刑が重たくなりますよ?」
えっ……。
「そもそも、もう四十八でしょう? いい年なんだから。トレジャーハントとかおかしなこと言ってちゃだめですよ」
あ、はい……そうですよね。
「今回は注意だけにしておきますから。もう勝手に人の家に入って行っちゃだめですからね」
すみません、あの……つい……。
「それじゃあもう帰っていいですよ。お父さんとも連絡とれたし」
はい。お疲れ様です! はい!
生地・獄太郎(いくじ・ごくたろう)。
48歳独身。
身長183センチ、体重130キロ前後。
職業、不労無職(ニート)。
交番の高岡巡査に見送られ、生地はかんかんと照る太陽の下へと出た。
ウェスタンハットに革のジャケットという彼の格好はどう考えてもこの季節に着るものではないが、それ以前にこの見るからにデブな中年男性が着るものではない。海外からとりよせたデブ専用サイズの服でなければ二の腕すら通らないだろう。と言うか、買ったときより更に太っているので既に所々がパンパンだった。
じりじりとした太陽が彼の肌を焼いていく。じっとりとした汗が二十の顎に垂れ、ぽたりと胸に落ちた。
「あっ、だめだ。焼き豚になっちゃう! 焼き豚になっちゃう!」
生地はへこへこと首をもたげながら、すぐ近くの喫茶店に駆け込んだ。
まあ喫茶店ゆーてもシャレオツ店舗でもなくて、カトリーカフェとかいうそこらの一軒家をペンキでそれらしく塗ったくったようなお店である。
中に入ると、古めかしいガランガランというベルの音と共にしわくちゃのお化けみたいなババアが顔を出した。
「アーラッシャ! バーダオンメセッチャンガイヨ!」
いや。外国人じゃない。
宇宙人でもない。
元からきっつい地元訛りのババアだったものが、歯が色々抜けたり顎が弱ったりした結果人語から遠くかけ離れちゃってるやつである。
ちなみに今は、『ああいらっしゃい。またお巡りさんのお世話になったの?』と言っているはずである。
「はい……」
生地はしょぼくれたような仏頂面で頷いて、入り口に近い席に座った。
「イーズモッガ!」
「はい」
ババアの寄生に対してこくりと頷くと、ややあってからお好み焼きと焼きそば。ついでにチーズをごっそり挟んだパンが出てきた。あとコーヒーも。
カフェとか言ってるわりにおすすめメニューがお好み焼きというカオスな店だが、壁にぺたぺた貼られたメニューには『お好み焼き』『手作りピザ』『陶芸』『写真撮影』と書いてある。カオスの極地みたいなメニュー表だが、何の店なんだよとツッコミを入れるような新規客は、ここにはこない。
生地もお巡りさんのお世話になった後にお腹を満たすためだけに入る店である。
別に美味くも何ともないが、『小麦粉をなんやかんやして焼いたもの』が大量に食えればそれでよい。
だいたい、カウンターにたって複雑な呪文を唱えなければならない店には入れない身分なのだ。あそこには絶対階級制度があると、生地は思っている。
学生時代にクラスカーストの上層部にいた連中だけのお店なのだ。
そうでない奴が入った途端店員の目が急に笑わなくなる……と、生地は思っている。
大体生地は他人と喋るのが苦手なのだ。
学校を中退してから色々あって、なんやかんやで深夜ラジオの番組をもっていたが……。
「あーれさーえなーければなーあ」
お好み焼きを限界まで頬張り、生地は窓の外の夕日を眺めた。
沈む夕日は、彼が通っていたラジオ局が畳まれる日を思い出させる。
時は90年代初頭。業界用語でAショックと呼ばれたアレがおきた。世の中には覚者がバーンして妖がポーンして妨害電波がズバーンしたのだ。
世の中の色んな人がテレビに映ってはすっごいしたり顔で時代の変化だとか革命だとか言っていたが、生地からしたらお前らそれどころじゃねえからな状態である。なんといっても日本中に電波が届いて当たり前だった時代が去り、テレビは砂嵐にまみれラジオは雑音発生器。普及しかけていた無線ネット端末なんかも当然ゴミと化した。
金を持っていた主要キー局とそのスポンサーは大金をはたいて有線環境を全国に伝達させるシステムを構築し、従来の構想とはやや異なるものの言葉の普及性から『地デジ』なんて呼ばれて現在のテレビを支えている。
しかしラジオは別である。無線であることが前提だったラジオの居所は有線インターネットくらいにしかない。ネットラジオなんてものが普及しているのは海外だけで、海外のネットプロバイダーに高い金を払ってまで自宅でパソコンをポチポチしたがる奴はあまりいない。日本ではいまだ、ネットはオタクの文化なのだ。
生地は自宅に小型の防音ブースを買い、海外動画サイトにラジオ動画をアップロードすることで僅かばかりの広告収入を得ているが、それだって雀の涙である。だって英語しゃべれないし。日本人のネットリスナーなんて大していないし。
このままでは人生が積む。
お金を貰ってお喋りするしか能がなく、プライベートでは仏頂面のデブでしかない生地がこれから生きていくには何か劇的なシフトチェンジが必要なのだ。
生地は焼きそばとご飯を交互にかっ込み、アイスコーヒーをごくごくと飲み干して全部空っぽすると、お金をテーブルにおいてそのまま店を出た。
「トレジャーハンター芸人としてなら、まだテレビに拾って貰えると思ったんだけどなあ……」
無理かあー。
生地は頭を抱えながら、炎天下の道を歩き始める。
かくして生地は路頭に迷い人生というトレジャーに幕を閉じたのでした。
とは、ならなかった。
運命とはかくも急激で、そして思いがけないものである。
時系列的には生地がカトリーカフェを出て一キロほど歩いた所で、突然呼び止められる形でその出来事はおこった。
「ヘルファイア生地さん、ですよねえ?」
今や生地を見てその名で呼ぶ人は少ない。
しかも好意的に接してくれるニュアンスでの呼び方だったので、生地は正直に驚いたものだが、本当に驚いたのはこの先だ。
呉羽と名乗ったその男は、ある五行組織の一員だと言った。
具体名は一切出さなかったが、生地の脳内データベースから引っ張り出すに、現在主要テレビ局のスポンサーとしてよく見る企業だろうというところまで絞り込めた。
会話のニュアンス的に、その子会社か提携会社のどこかだとは考えたが、言葉巧みに正体をくらます呉羽からそれ以上の情報を引き出すのは不可能だった。
そんな呉羽が、生地に対してある取引を持ちかけてきたのだ。
「あんた、たしかトレジャーハンター芸人で一山当てようとしてるんだよね。だーったらウチにいい話があるんだよー。あんたみたいなデブが果敢に未開の地を冒険するなんて絵になるじゃない。うちのボスがね、そういうタレントを欲しがっててさー」
テレビからの誘いだ。生地は硬く身構えた。
彼とて無駄に人生を過ごしてきたわけではない。
バブル期のように馬鹿でもテレビに出られた時代と違って、今は芸能氷河期だ。
テレビが全国放送可能になるまでにいくつものリストラが行なわれ、スポンサーは激しく切り替わり、ごく一部のタレントだけがテレビ局に出入りする状態である。
その多くは覚タレと呼ばれる覚者たちで、スポンサーが覚者の好感度向上を積極的に推し進めたために年々その割合は増えている。
憤怒者組織はこれに対して覚者との癒着だと日夜抗議をぶつけているが、生地の感想としては『その怒り方は違うんじゃねえ?』である。
テレビマンたちは人が見たくなるような映像を撮り続け、放送し続け、そして死んでいく人間たちだ。そのためには金も時間も人も要る。それを施す相手がいるのであれば、寄り添うのは必然のことだと、生地は考えているからだ。むしろ『タダで俺たちも優遇しろ』という意識が見え隠れしている憤怒者組織にこそ、強い反発を覚えていた。
なので、純粋に実力だけで非覚者の生地が評価される事態は願っても無いことなのだ。
それがいかな無理難題だとしてもだ。
して、呉羽が出してきた無理難題はこうだ。
「この土地にね、隠し遺跡があるんだよ。見えるでしょ、あのでっかい山脈。あの頂上に破棄されてる神社の地下にはね、あるお宝が隠されてるんだってさ。それを見つけ出してくれれば、ボスはあんたに看板番組を持たせるつもりだよ」
「看板番組!?」
大出世である。生地は自分がゴールデンタイム……とはいかなくても深夜の一枠をまるまる使って大冒険を繰り広げるさまを妄想した。
番組タイトルはなんだろう。
生地は二つ返事で引き受け、自宅からありとあらゆるトレジャーハンターグッズ(通販で購入した)を抱えて一路、山の廃神社を目指したのだった。
かくして生地は見事地下遺跡を発見し、お宝をゲット! 芸能界へ華々しく返り咲いたのでありました……とはならない!
運命とはかくも急激で、そして思いがけないものである。
「し、死ぬ! 死ぬうー!」
山中。熊に似た姿の妖にガンッガン追いかけ回されていた。それもなんとか木に登って凶悪ベアクローから逃れたはいいものの、下りるに下りれず色々積んでいるところである。
「武器、武器! なにかないかなにかないか!」
リュックサックやポケットを、まさぐっては引っ張りだし、そこら中に散らかしていく。が、特にない。出てきたのは大量の駄菓子である。
ウエハースチョコをむきむきし、あんぐりと頬張る。あまーい! あまーいなー!
って子供か!
などと自分に突っ込んでいる場合ではない。
このままじゃヤバイ。勝手に山に入って勝手に熊(妖)に殺されるデブとして人生が終わってしまう。看板番組どころか、ニュースに載ってしまう。しかも故・生地獄太郎(48)無職として報じられてしまう!
「う、うわー! だれかー!」
世界は非情である。
悲鳴の多くは誰にも届かず、悲劇の多くは報われない。
ゆえに世界に悲しみがあり、不幸がある。
だがもし。
もし全ての悲鳴を聞きつけ、すべての悲劇を報いる者がいるとしたら。
夢見の言葉を背に受けて、全ての悲しみと不幸に立ち向かう者たちがいるとしたら。
彼らはきっと、やってくる。
「呼んだ?」
全てを知った顔をして、前触れもなく突然現われるのだ。
……っていうか、生地がしがみついている木の更に上から逆さにぶら下がる形で現われた。
最初っからそこに居たとしか思えない登場っぷりである。
だが驚くべきはその出方ではなく、彼女……そう彼女のコスチュームである。
見た目は十代前半。どこかぼうっとした雰囲気のある白髪の少女ではあるが、着ている服がまさかのマイクロビキニだった。テレビでもやらんよそんなの。あらゆる方面から怒られるよ。
だがそのとてつもないインパクトから、生地は脳内で彼女を『マイクロちゃん』と呼ぶことにした。
マイクロちゃんはどうやら膝の力で上の枝からぶら下がっているらしく、鉄棒の要領でぴょいんと跳ねた。コンパクトに回転して、生地の隣に着地する。少なくない衝撃がかかる筈だが、枝はあまり揺れなかった。どうやら彼女の機械化手足に秘密がありそうだ。
そう、機械化手足。付喪の覚者だ。金属の手を翳して眼下を見やる。
「あー、熊だねー。あれが邪魔なら、倒しちゃう?」
「倒せるの?」
「倒せるねー」
「倒せるんですか!」
「倒せるよー」
「倒しましょう」
「倒そーかー」
マイクロちゃんは生地の鞄から棒付きキャンディを一個抜き取ると、包装を解いてぱくりと咥えた。
「じゃあやっちゃうねー」
飴舐めてるぼーっとした子供かと思えば、そんなことはない。
マイクロちゃんは枝から宙返りをかけて飛び降りると、熊の顔面に両足揃えのキックを叩き込んだ。
その衝撃でバックジャンプをかけると、木の幹を蹴って再び上昇。空中で身をひねり、スピンキックを繰り出した。
金属のつま先が熊の側頭部に直撃。オギャーといって熊はぶっ倒れ、ぴくりとも動かなくなった。
「マイクロちゃ……マイクロさん!」
生地の中で彼女の呼び名がさん付けになった。
「おー、決まった。早く行こ」
「え、でもあのー、僕はいまから……」
助けてもらったことはありがたいんですが僕はこれから行くところがありまして、と頭の中で唱えていると、マイクロちゃんはさも当たり前のように言った。
「遺跡探索、するんでしょ?」
「こういう遺跡、最近増えたよね」
「そうなの? あいや、そうなんですか?」
「うん。なんなんだろーねー」
生地とマイクロさんは山の頂上にあるという廃神社を見つけ、地下移籍を探し当てた。
ちなみに、探し当てるまでに本棚パズルだとか意味のわかんない石像を移動する仕掛けだとか、作った人は相当暇だったんだろうなと思えるような仕掛けをまるで最初から全部知ってるかの如く解いていった。
なんでそんなことが分かるのかと思ったら、マイクロさんは飴をもごもごしながら『バンリ君がこうしろってさ』と教えてくれた。いや、何も教えてないようなもんだが、生地からしたらそれで充分である。この遺跡の仕掛けを熟知した人のサポートを、このマイクロさんは受けているのだろうさ。
が、この現状はちょっとどうかと思う。
「落ちないでよね?」
「……はい」
生地はマイクロさんの腰にしがみついていた。それはもう、お巡りさんが見たら逮捕を通り越して実刑が下っちゃうような光景である。ここが誰にも知られていない秘密の地下遺跡で本当によかった。
町中だったら社会的に死ぬ。
でもって、今手を離したら、肉体的に死ぬ。
「……」
生地は下を見た。横幅三メートル程度の通路だが、床がぽっかり抜けている。下はまさかのマグマである。
マグマってなんだよ。
普通にあるんじゃねえよ。
どういう原理でここに滞留してるんだよ。
「人から長年発見されなかったってことは、それだけ放置されてたってことなのに……なんで凝固せずに残ってるの?」
「さあ? そういう場所なんじゃない?」
「へー、ふっしぎーい」
生地は細かく考えるのをやめた。
なぜならマイクロさんの邪魔をしたら大変なことになるからだ。
現状から分かるとおもうが、マイクロさんが天井を『掴んで』移動している。生地はその腰にがっしりつかまっている状態だ。
天井に掴むものなど本当は無いのだが、覚者技能がひとつの『面接着』という技で掴んでいるらしい。
速度は一般的なクライマーのロッククライミング程度だ。
「壁にくっつけるなら、天井に両足をつけて走り抜けるとかできないんですか?」
「無理でしょ。勢いつけてがーっといくならできるかもだけど、かなり集中力いるしねー。今は重量もあるし、これが精一杯っぽいよ」
「そんなものですかあ」
「そんなものだねえ」
生地が観察したところ、マイクロさんには覚者の能力を人体のオプション程度にしかとらえていない節があった。
壁を駆け上がるのも、丸太を担いで走るのも、一般人(公的には非覚者と呼ぶ)でも鍛えれば可能だ。なんなら90度よりこっち側に傾いた断崖絶壁を素手で登ることだってできるだろう。走行中のトラックの側面にぴったり張り付いて移動するのもできるはずだ。だってヴァンダムがやってたもの。ジャッキーもやってたもの。
そんななかで、マイクロさんにとっては面接着もバランサーも、我々にとってのセーフティーベルトや滑り止め剤の変わりぐらいに扱っているのだ。
そりゃあそうだ。壁に両足くっつけられるからといって誰もがジャッキーにはなれない。技術の上に積み重なった訓練と、ここ一番に対する集中力。これらを併せてやっと動きだけマネられるのだ。ミスターテルヨシも言ってた。
野球選手がばかすか打つのは高級なバットを持っているからじゃあないのと一緒で、覚者だから特別なわけではないのだ。
……などと仏のような顔をしながら考えていたら、なんとか溶岩コースの先まで到達できた。
「しかし、とんでもない所だなあ。罠という罠があるもの」
生地が遺跡に入ってから経験した罠といえば……。
即死系落とし穴。
壁から出る槍。
落ちてくる天井。
転がってくる大岩。
ガン見してくる石像。
などなどである。
非覚者なら最低でも四回は死んでいたところだが、そこは訓練を積んだ覚者のマイクロさんである。
あらゆる罠をあえて踏み抜き、わざと作動させつつ突破していた。
大岩なんかパンチでどかーんだもの。
自分が設計者だったら泣いてたもの。
「この奥だねえ」
マイクロさんはキャンディを咥えたまま、石版に彫り込まれた『汝太陽のなんたらかんたら』っていうくっそ長い呪文かなにかを完璧スルーして、最初から知ってたかのようにパネルを操作して重い扉を開いた。この遺跡作った人ほんと可哀想だなって、生地は思った。
さておき。
ごとごとと音を立てて開いた扉の先には、金銀財宝が……というわけではない。
簡素で狭い部屋があり、その奥に一個だけぽつんと小箱が設置されているだけだ。
が、生地にはそれで充分だ。
「お、お宝だー!」
わーいと言って小箱に駆け寄る生地。
とその時、彼の頬を銃弾がかすめていった。
ズキューンという音と共に壁に弾丸がめり込んで止まる。
ゆーっくり振り向くと、そこには上等なスーツに身を包んだ男が立っていた。
「遺跡の発見と攻略、ご苦労だった。俺は呉羽に雇われた殺し屋……人呼んで青き流せ」
「ぱるくーるぱーんち」
「へぶしっ!?」
マイクロさんがロンダートジャンプからの360度キックとかいう冗談みたいな技で青きなんとかさんを瞬殺した。
あと全然ぱんちじゃなかった。
「かわいそうに……」
おのれーとか言いながら奈落の底(たぶん)に落ちていく青きなんとかさんを見送ってから、生地は小箱を開けてみる。
中に入っていたのは、勾玉だった。
あの9の字型に削られた石である。とはいえ、ただの石にしては色や艶が美しい。もしかしたら宝石かなにかかも知れない。
「なんだこれ? お宝って、宝石のことなのかな」
「んー、なんかミョーな雰囲気してるね」
勾玉をつまみ上げてしげしげと眺めるマイクロさん。
「持って帰ったらわかるかも」
「ふうん?」
持って帰ったらとさも当たり前のように言ったが、生地はその内容を詮索することはなかった。
恐らく彼女の組織にはこういったことに詳しい専門の技師がいて、相応の期間をかけて入念に研究することで詳しい利用方法を把握できるようになるのだろう、が。
「んー……」
一方マイクロさんは飴を食べ終わったようで、棒だけ口から出してじーっと見つめていた。ちらりと生地を見る。
「それでさ、勾玉いる?」
「いや……べつに……」
非覚者の生地にはまずいらない品だ。
良い値で売れそうではあるが、それによって嫌なコネクションが生まれる危険もある。
……というか。
ンなもんここに入る前から決まっている。
「あげるよ。持って行きなよ」
生地は小箱を差し出した。
「いいの?」
「そりゃあ……わざわざここまで連れてきてくれたから」
この遺跡を攻略するにあたって、生地は完璧にいらない子であった。
連れてくる必要なんて全くないし、なんなら入り口のあたりで後頭部をガッとやったり眠くなる薬をガッとやったりして放置しておいてもかまわんのだ。まあ、ドラマや映画と違ってアレは人体に深刻な影響が出ることがあるのでやめて欲しいけど。
「あのさ、なんで、僕をここまで連れてきてくれたの?」
「ん? んー」
マイクロさんは生地のバッグから新しい飴を引っ張りだして言った。
「なんとなく?」
とはいえ。マイクロさんの中には確かな理由があったのではなかろうか。
彼女の身のこなしは偶然天から授かったものではない。この格好にしろ、あの技術にしろ、彼女が積み重ねてきたものだ。じゃあなぜ積み重ねたかといえば、困難な壁に挑戦するために他ならない。
彼女の技術は、そういうたぐいの技術なのだ。
ゆえに、まず困難な遺跡探索に乗り出した無職のデブを、彼女なりに応援したかったのではなかろうか。
すべて推測の域を出ないが。
「じゃ、帰ろっか」
「……はい!」
来た道を戻り始めるマイクロさん。
彼女の背中を見て、生地は背筋を伸ばした。
遺跡探索と引き替えの看板番組なんて嘘だったろうし、明日もきっとしょぼくれたドブ生活が待っているだろう。
けれど大丈夫だ。
生地には今、挑戦する心がしっかりと芽生えている。
壁にぶつかり立ち止まっても、乗り越える力をつけられるだろう。
マイクロさん。彼女のように。
第漆話:遺跡探索(ダンジョンシーカー)

※世界観ノベルにはFiVEメンバーと思しきキャラクターが登場いたします。
ノベル上でのみの特別演出としてお楽しみ下さい。
