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 夜の帳は落ち切った。
 神が不在の腐れた神社の境内。不気味さの中で、遊ぶのは少女だ。一定の拍節で、手鞠が地面と小さい手の間で踊る。
 が、ついた毬の打ち所悪く、手を離れて転がっていく。
 普段なら手鞠唄が終わるまで上手に鞠をつけるのだが、手が震えていてはそうもいかない。
「怖くない、怖くない。十歳の僕に出来なくても、彼女ならできる、できる……来た」
 鞠を追う事もせず、少女は気配の方へ顔を向けた。
「人を喰うとは、神使としていけない事だろう?」
 傍から見れば虚空に問いかける様。
 されどよく見ろ、社の中。障子の僅かな穴から覗く、影。
 刹那、障子扉は粉々に砕けた。奥より九つの尾を強調し、毛並み輝く狐が牙を見せて少女を喰わんと地を蹴った。
「お下がりください! お嬢様!」
 彼女の従者の声が響いた。
「下がれるものか! 相馬が僕に託した夢だ!」
 取り出した弓。其れを引く力さえ非力な少女のままでは皆無だ。
「僕は今、何もできなくても」
 しかし次の瞬間、弓矢を持つ腕が伸び、身長が伸び、短髪であった髪が伸び、遠慮な胸さえふっくらとした曲線を描く。
「私ならできる」
 一瞬にして数十年の歳を経た美しい女なら、弓が引ける。
「あら、やんちゃねぇ。神使を操るなどと、七星剣の仕業かしら?」
 狐にはなんらかの呪縛がかけられていると相馬は言っていた。人など襲うはずが無い神の使い――其れが走り迫って来る。
 女の指が上へ折り曲げられれば、合わせて地面から這い出てきた根が狐に絡み、動きを留めていく。更に女の掌の上の種が急成長し、咲いた花の香りは狐の身体に痺れを与えていく。
 一瞬の足止めにさえなれば、それで御の字だ。
「貴方が仕える神は、ここにはおりませんよ」
 矢を弓に乗せるのは狐を殺める為では無い。狐の背に着けられた呪符を討つ、たったそれだけの為の攻撃。
 そして呪符は射抜かれ、塵となり消えて行く。
「よしよし、良い仔。どうか、怒りを鎮めて」
 一歩二歩、狐へと歩む。
「さあさ、お帰りなさい。貴方が在るべき場所へと」
 周囲の草木が形を変え、凛と花を咲かせた。
 風が舞い、ほのかに漂う香が、狐に施された痺れと怒りをゆっくりと解かしていく。
 愚図るように暴れていた狐も少しずつ己を取り戻し、女の姿もまた、少しずつ時を戻っていく。
『ヒトの子よ、名は』
 もう、其処に居たのは少女。
 舞い上がる花弁たちが彼女の周囲を色鮮やかに彩った。
「樹神 枢(こだま くるる)だ、今は只の非力な少女さ」



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