
イメージシーン

風が吹くと道の両脇に広がる竹林から波の様な葉擦れの音がする。茜色だった西の空も光が消え冥路の様に暗い道に長い黒髪を背に垂らした少女が立っていた。
「傷心旅行のOLさん狙いなら諦めなって。彼女は僕がナンパするんだから、邪魔せんといてや」
少女の背後30メートルほどのところに長い薄手のコートを着た学生風の男が立っていた。こんな時間にもかかわらず掛けていた濃い色の眼鏡を外すと、髪と同じ茶色の瞳が厳しく少女を睨め付けている。
「そら酷い言われようや」
ゆったりとした口調の少女の声が響く。
「邪魔なのはそっちではおまへんか」
次の瞬間、老婆の如きしゃがれ声が響くと少女は振り向きながら男へと飛びかかった。長い髪は更に長く乱れ伸び、一瞬で全身を覆い尽くし巨大な黒い塊となって道を転がる。ぐしゃりと男の身体が潰れる……筈であった。しかし、道の上に男はない。
「いつまでも同じ場所にぼーってしてると思ったんか? お前……アホやな?」
「なんやと!」
男の声は奇怪な黒い毛むくじゃらとなった少女の遥か頭上から響く。空へと長く伸びた竹の先、風に激しく揺れる葉の先に男が立っていた。
「ぬしは! その髪、その目……歴(かよみ)の者が何故ここに……」
毛むくじゃらが言葉に詰まる。男の髪は月光の様な銀に変わり、明るい茶の瞳も宵闇に潜む獣の様に妖しい翠に輝いている。それだけではない。身に着けている物も様変わりし手には幾つもの短剣を構えている。
「わからんか!」
言葉と同時に男が竹の葉を蹴った。飛び込み台からプールへと飛び込むように身を躍らせると、一際大きく強く風が吹く。風を帯びた無数の短剣が次々と放たれ毛むくじゃらを刈り取ってゆく。
「ぎゃああぁぁ」
その一閃ごとに悲鳴が響き空を切る風がとどめを刺す。幾百にと切り刻まれた毛むくじゃらはその一筋ごとに空気に溶けるようにして消え、消滅した。風をまとってふわりと浮かぶ男の身体は緩やかに元の姿へと戻りながら細い道の地面に着地した。
「ここはね、まだ人の領域なんや。あやかし風情が出しゃばると痛い目みるで」
再び口元に嘘くさい老獪な笑みを浮かべると、男は外していた眼鏡を掛け直しアンバランスな表情を隠す。
「……なーんてね」
暦(かよみ)の因子を持つ覚者(トゥルーサー)、風間 颯(かざま りゅう)は今度こそ年相応の笑顔を浮かべ、星空の様な灯がともり始めた街の方へと歩き始めた。
