黄昏時が引く糸

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 暗天の中に浮かぶ月に手を伸ばすが如く、そびえ立つビルの最上階。
 本来ならば此処は……特に休日の夜には愛を語る恋人達や、稀にでも会う友人で溢れる名の知れたバーである。
 しかし、今日という日は静寂で包まれていた。
 広々とした、程良く暗い空間に灯る蝋燭。黒も白も動いていない、争う前のチェス盤がテーブルの上に置かれたまま物音ひとつ主張せず。
 賞賛に値する満天の星も、女性なら誰しも甘い溜息を吐く夜景も、『三人』にとっては只の風景の一部に過ぎないのだ。気にすべきものは、三者三様、別に存在するのだから。
 最初に静寂を崩したのは、今にも飛びかからんと獲物を待ち焦がれる獣の形相を持った男であった。
「七星の王……はさておき、都市伝説の餓鬼か。クソ退屈な会談なんてさせやがって、それなりの戦場は用意してあるんだろうな」
 疑う余地なんて確率として1%も無かったが。そうで無くては困ると言いたげな目線は、この場では一番小柄な風貌の男に向けられた。
「ははーん、さぁっすがヒノマル陸軍の首魁サマ! 『そっち』に関しては隠し事はできないねぇ!」
 注目された事に細やかな満足感を感じ、肩を揺らして笑った小柄な男。向けられた獣の目線に脅える事無く返した目線は、仲間というものに向けたものでは無く、何か違う、別の企みを宿していた。
「首魁サマにはとっておきの情報を、敬愛の意を込めて込めまくって逢魔ヶ時より。戦争がしたいなら、今すぐ京都へ行ってくれない? 駄目?」
「京都だぁ……?」
 逢魔ヶ時と名乗る男から受け取った薄っぺらい封筒の中身は、人名や能力、組織規模や彼等がいる場所が精密に書かれた紙と写真が数枚。
「正義の覚者組織『黎明』の情報だぜー。魅力的な能力者揃いの組織だが……だからこそ『血雨』の情報を、『泣き虫の子竜』にうっかり奪われちゃってね、困ってんだ」
「ガキの尻ぬぐいに俺様を使うたぁ、乳母車に戦車使うようなもんだぜ。クソつまらん」
「えええ、言葉悪すぎィ!! でもさでもさ、よ~く考えてみて? 俺の組織はお世辞にも、首魁サマの組織より強くは無い。それにそっちは戦争がシたいでしょ? 助け合おうよ、同じ『七星剣』じゃん!」
「助け合いがしたかったら仲良しクラブに行きやがれ。利用したきゃあそれなりのモンを持ってこい」
 頬に朱を注ぎ逆毛立つ獣のオーラに屈しず、男は詭弁に続けた。
「京都なのには理由があるワケ。今、俺の流す血雨の噂に負けず劣らず秀でる『新興覚者組織』。必ず、こいつらが止めに来る。黎明と新興組織、纏めて潰せる。お得だよ?」 「新興組織な……」
 静寂が続いてから奮い立つようにして席を立った男は、更に彩を増した瞳を滾らせ、急ぐ足取りでこの場を後にした。手を振りながら見送る影が、今、薄暗い中でもよく見える程に口端が吊り上がったのを知らぬまま。
「暴力坂乱暴さんにはすっごく期待してるよぉ! いってらっしゃーい! ……さて、と」
 これまで沈黙を貫き続けていた七星の王は、溜めこんだ肺の空気を一度入れ替えてから笑う。
「同じ七星剣、か。紫雨、手前の考えている事くらい手に取るように分るぜ。それが手前の美徳だがな」
「知ってて止めないとは、八神さんが何考えてるのか俺にはわかんねっすよ」
 全ての意図を悟っている王――八神勇雄に、小柄な男――逢魔ヶ時紫雨は苦虫を潰したように顔を顰めた。
「暴力坂も俺の兄弟だ。ここで終わるとは思ってない」
「そりゃ、あいつに負ける程度の組織なら潰れてしまえ。けど、違うってンなら……」
 勇雄の歴戦を重ねた鋭い眼光が紫雨を射抜いた瞬間、周囲の雰囲気が凍り付く。
「紫雨、俺の座が……欲しいか?」
 笑みが消え、何度か真顔で瞳を瞬きさせ、そして再び。先よりも遥かに満面となる笑みを浮かべて『今更?』と紫雨は続けた。
「ハァイ! 俺は、八神さんの王の座……狙ってるんで! 新興組織だろうが、夢見だろうが、簡単に『七星剣』にあげたくねぇっすよ」
「『チサメ』を盾に、他幹部へ件の組織に手を出すなと警告したのはお前か」
「ハァイ!」
「ま、いいがな。好きにしろ。他に、報告は?」
 神父への懲罰が邪魔されてから、手を尽くして頻繁に事件を起こした紫雨。
 結果、彼は新興組織に少しずつ近づいていた。
 場所は近畿、数百人規模の大型。血雨も勘付いておきながら、実体さえ、名前さえ、不明のまま派手に動いている。それでいて、大量の夢見を飲み込める運と力があるとは誰が予想出来たというのか。
 これは間違い無く、強大な力がそこにある事を示していた。
「こいつらは、俺のですから。手、出さないで下さいよ、八神さん!」
 今が楽しいと言わんばかりの含み笑いに、危な気の隠せない未熟さを孕む紫雨だ。若さ故の傲慢なのだろうか。久々に勇雄が感じた不安の二文字は、虚実になる事を願いたいものであった。
「ここで終わるならその程度。初めから俺の『駒』になる価値もないということだ。
 お手並み拝見……といこうか。『どっちも』な」
 勇雄はチェス盤の黒のキングを取り、紫雨に重ねてから白のキングの手前に移動させた。
 ルールなんてあったものでは無い。
 要は勝てば良いのだ。賭けにも、戦争にも。


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