七夕2015
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天高く、流れる星々の煌めき。
毎年毎年、七月の七日は天候の機嫌が悪いのが常だが……今宵は月夜。
土の香を乗せた心地良い風が吹く中だ。長くを生きる妖怪共は、織姫と彦星の一年ぶりの再会を祝い、酒を交わす頃であろう。
しかし是から語られるは、とある組織の七日の一部始終。
「――とまあ、こんなもんか。盛大じゃないか、楽しんでくれなきゃ金が勿体無い」
組織の財布を握っている存在でもある中・恭介は、何時もとは違う姿に変わった談話室「こもれび」を見回した。
ここに集まった者達が、誰一人として不自由無く過ごせる様にと願いを込めて作られた様なスペースは、まるで。
「ぱーてい、じゃの」
榊原・源蔵は自慢の白い髭を、骨ばった指で梳きながら応えた。
恭介は、仲間達が楽しそうなら悪くないと、両腕を組みながら顔を縦に振っている。頭の片隅では、今回のイベントの資金計算が、暗算の上に行われている最中であろうが。
「空高く流れる天の川。それを見ながら一献。たまにはこういうのもいいのぅ」
という源蔵の言葉に、恭介の頭の中の計算も苦笑混じりに止まったに違いない。
所変わり、七夕とは願い事を短冊に書くのが定番である。
「七夕かぁ……。とりあえず、書いておきましょうか……」
シルフィア・カレードが、桃色の短冊を片手に睨めっこを開始していた。
眩しく輝く様な金髪を頭の両側に結んではいるが、俯く顔に合わせて、流れ、垂れる髪が腕に絡む。それを一払いしてから顔を上げ、短冊へ示した願いは『結婚相手が二年以内に見つかればいい』。
何故、何故二年なのか今度詳しく聞かせて頂きたい。
「……落ち着いたら、丁度イベントか。折角だ、短冊……」
その隣では、葦原赤貴が顔を横に向けて唸っていた。考えた、頭が爆発するんじゃないかと思うくらいに考えた。頭をガリガリと掻き、両の眼を強く瞑ってみても、上半身を左右に振ってみても。
「――出てこない、浮かばない」
という結論が導き出されただけであった。しかしだ、それで終わるのも七夕を無駄にした様なもの。ならばとここで。
『↓の願いにオレの分もやってくれ』と書いた訳である。
その、↓に該当したのが、鹿ノ島・遥であったのだが。両腕で頭を抱えながら壁に頭をぶつけているあたり、こちらも願い事が行方不明になっている様。
その、更に↓であったのが石動・辰則だ。身長約二メートルの彼が持つ短冊は、他の子達と比べると小さく見える。
辰則は数分迷ったのであるが、願い事はすんなりと出て来た模様。『もっと筋肉と身長がほしい たつのり』と書かれた短冊を、備え付けの笹の、一番上へと着け。それから彼は両手の平をくっつけて叶いますようにと願う。
既に十分過ぎる程の恵まれた体格であろうが、更に飽きたらず、縦にも横にもでかくなるつもりか。だがしかし、短冊に書かれたたつのりという平仮名に愛らしさを感じたので、赤貴の願い事と相乗効果で叶うといいであろう。具体的には誕生日を待て。
深緋・恋呪郎は短冊を見ながら、が、次の瞬間、細かく破いていく。
「願い事。世界征服は自分でするしの。とくに無いの」
両目を瞑ってから、後ろへ紙の破片を投げ捨てていく。恋呪郎の歩んでいく軌跡に、舞う、短冊だった紙。
よし分った落ち着け。
どういう方向の世界征服か、答えによっては組織を敵に回しかねない。優しい王様になる系であればまだ可愛いものであるが、姉御肌をチラつかせるプロフィールを見れば気になるの四文字しか出ない。今度の彼女に期待である。
「世界中ノ皆サンノ脳内ガオ花畑ニナリマスヨウニッ!!!!」
テイパー・ヘイト・ラーフは叫んだ。叫んだ刹那、設置されていたワインの瓶や、グラスが一斉に砕け散っていく。
そして違う。願い事は短冊に書くんだ。文字にして言うのは少し違うぞ。
そんでもって願い事にも恋呪郎に負けない狂気を感じるが……恐らく戯れ好きなテイパーとしては狂気とは程遠いものであろう。と思いたい。
「にーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさま」
酒々井 数多は、(彼女にだけ見える)目の前の兄の胸の上で、「の」の字を描く。暫くしてから、(他の誰にも見えない)兄が、こらこら願い事は短冊に書かないと、と微笑むのを見てから我に返れた。
「あら、七夕って、短冊に書くと欲しいモノがもらえるんじゃなかったかしら?」
愛らしく顔を傾けた数多。その手に握られた短冊には、ミリ単位の文字でニーサマと兄様とニーサマという文字が交互に連なっていた、びっしりと。最早黒い紙に見える。
お兄さん、早く彼女を回収して。
「わー! もう始まってたんですね! まずは短冊を書きます!」
短冊を前にして、穴が空きそうな程見つめているウィチェ・F・ラダナン。
暫く考え込んでみたものの、頭の中で強調してくる文字は「恋」。いい加減に恋の文字から離れたいと頭を数回横に振れば、自慢のグラデーションがかった髪も揺れる。
ならばと一手。短冊の上から下までペンを動かし、書いた文字は『みんな無病息災でありますように』。
風織 紡の願いは一つ。『弟が元気で幸せに暮らせますように ムギ』。
笹に吊るし、凜とした表情を残してその場を後にする。心の中で、今日のギャンブル滅茶苦茶当たれと思いながら。
すれ違い様、熊守・小梅が短冊を目の前に両手を合わせて祈っていた。
「お賽銭と参拝客が増えますように増えますように増えますように増えますように……ぃぃいー!」
小梅の祈りは天まで届くか。届けば良い。届いてお願い。
守衛野 鈴鳴はこもれびと戸を開いてから、外に見える天の川を瞳に映す。自然と鈴鳴の瞳の中にも星が流れている様だ。
「わぁっ……キレイに晴れて、本当に良かったです」
「なかなか、賑わっているじゃないか」
輝く瞳は次に恭介を映した。自然と、瞳が合致し、条件反射に恭介は頭を下げた。
「恭介さん。素敵な催しを開いてくれて、ありがとうございますっ」
身体で振り向きながら、鈴鳴は今日一番の笑顔を見せる。満開の笑顔を見せられて、嬉しくない男がいるはずもない。
明石ミュエルの短冊には(突如音声が掠れてよく聞こえない)という名前が書かれていた。
しかし、我に返ったミュエルは短冊を折り曲げ、二、三、周囲を見回してからホっと息をついた。良かった、誰にも、まだ見られていない。
「……って、これ、誰かに、読まれる、可能性、あるん、だよね……。そ、それは…困る、かも……」
小声で、誰にも聞こえないように。短冊に書かれた秘密を消した後、再び願い事を考えるものの、名前の人物が暫く頭から離れなかった。
「あとはひたすら食べるのです~。星を見ながら食べるご飯はきっと、とっても美味しいです!」
なんてウィチェの声が聞こえたのか、環 大和の耳がぴくりと動いた。
目の前に並べられたクッキーの群。煌びやかに光り流れるチョコフォンデュ。未だ誰にも取られずホールで残るケーキの群。
ごくり、と。大和は唾を飲み込んだ。
「『一生太らない身体』……これでいくつスイーツを食べても大丈夫に違いないわ」
女子力が非常に高い。それから大和は、皿とフォークを握った、戦闘準備は万端である。
豪力 秀が壁か、それとも大木の様に立っている。短冊と一対一のタイマンだ。勝負が着くのは、願い事を出せるか出せないかで決まるであろう。
「こういう願い事って、いざ書こうと思うとけっこう真剣に悩んじゃうっすよな。早い者勝ちってわけじゃあないから、ゆっくり考えるっす」
凍傷宮・ニコのお面に籠る声が、秀の耳にも聞こえただろうか。それは秀に向けられた言葉か、それともニコ自身も願い事を捻り出すのが大変であるのかは知れないが。
ニコはニコで、短冊を見ながら守護使役とにらめっこ。同じ面と面が同じものを見て仲良しで。まいったなあ、とでも言いたげにニコは守護使役の頭を撫でた。
その、ニコとニコの守護使役の間を猛スピードで駆け抜けていく影。
「うおー! たなばただ! たなばただ!」
花蔭 ヤヒロは『いっちょまえにヒトダスケできるくらい、つよくなる!』と、彼らしい字で書かれた短冊を、身体いっぱい使い飛び跳ね……笹の中部あたりに短冊を引っかけ着地した。
短冊を笹の上部に着ければ、願い事を見てくれるだろうと考えての事だが、中部でも満足気にヤヒロは頷いていた。
それをローザ 瑞千佳はサンドイッチ片手に見ていた。後でもう少し高い所に付け直してあげようと考えながら。
『エビフライいっぱい食べられますように……』なんて書かれた短冊を見ながら、工藤・奏空の顔が緩んでいく。今日の夜ご飯は、エビフライにしようか。おっきなおっきなエビフライが彼の頭を通過していき、消えた途端に顔を上げた。
「いやいや違う違うっ」
勢いで引いた射線は文字の上を引き裂いていく。この願いも、本当は叶って欲しいのだが。奏空の腹の奥から音が鳴り、しかしもう一度書き直すは『一人前の立派な探偵になれますよーに』。先を見越した願いを、誰が笑うというのか。
「七夕の願い事だぁ? しゃァねぇ、書いといてやるよ」
浅葱 枢紋も願いを短冊に込める。大して悩む時間も設けずに、思うが侭に連ねた言葉。『いつか家族や仲間以外に守りてぇ奴が出来ます様に……』。
敢えて、誰にも見られないように笹の奥側へ吊るされた枢紋のそれ。願いを手に取る相手が現れる日が楽しみである。恥ずかしそうに頬を染め、照れ隠しに頬を掻くのは、織姫を待ちわびる彦星の様だ。
陽渡・守夜は書く、『誰かの幸せ守りたい』。自分の幸せも是非守ってもらいたい所だが、彼の優しさの出具合に心が洗われるようだ。強くなれ、少年。目指すは誰かのヒーロー。手の甲の紋は勇気の証であろう。
「あらあら、もうだいぶにぎわっていますね。……ふむ、確かに願い事を書こうとすると確かに迷いますね」
喋り声、留まる事を知らぬこもれびの中。紅崎・誡女は人の多さに何度か目をぱちくりとさせた。
何度か迷い、短冊の上をペンが右往左往。因子への探求心が色濃く出て来る想像に、一度蓋をしてからヨシ、と書き上げた『よき出会いがありますように』。
彼女の様な凛とした雰囲気を持つ者でもやはり根は女性という事か。
それをチラりと見やる円 善司は顔の表情を変えずに、うむ、と頷いた。
(なんか皆ロマンチックなこと書いてんな)
背後では歌を歌うシスター、キリエ・E・トロープス。目が完全に正気を失っている様にも見えなくはないが触れてはいけない深淵がそこにある。
「あ、この紙片に願い事を書くのでございますね。ええと……」
『わたくしの かみさま でますように』。
日本の神は八百万と跋扈しているが、その中からキリエが狂信して止まない神は居そうではある。
腕を伸ばしキリエは高い位置に短冊を飾ろうとするが、これが中々届かない。かといって中段を見やれば、同じくらいの身長の者達が着けた短冊だらけ。これじゃあ願いを見て貰えないと、されど、志賀 行成がキリエの短冊を取ると高い高い位置へ引っかけた。
「ここらへんでいいか?」
「はい! ありがとうございます! 貴方に神の御加護があらんことを!!」
無邪気にお辞儀をした彼女に、行成は微笑を浮かべて応えた。
「早速、かなり賑やかな笹飾りになっているようだな。 願い事か……願い事な……」
本日何人目かの願い事難民である。
『彼女に夢でもいいから会……――』まで書かれて置きながら、少し紅潮した頬を隠す様に頭を抱えた。
「女々しいことは無しだな、ああ」
『誰かを守れるくらい強くなれますように。守られずにすみますように』。
鉛筆で書いた為か、薄らと残る彼女と夢の文字と一緒に。願い事を高い位置へと引っかけようとすれば、あまりにも短冊に目がいっていたか笹がある場所と間違え壁に頭を強打した彼であった。
呪文の様に「面倒くさいんだもん」を繰り返しながらも、今日は引きこもりを脱している平・夜。
背中にある赤色の羽を揺らしながら、『体が成長しますように』と書く為に動く腕。
歳ばかり重ねようが、身体の成長が止まってしまっては変化は無く。付き纏う様な諦めという言葉に反旗を翻して猛攻をするか。
「沢山食べれば、きっと大きくなりますよっ!」
と横から猫屋敷 真央は、近くも遠くも無い位置で食べ物を喰い散らかしていく仲間達を指差しながら言った。
「そんな簡単なら、苦労しないんだけどね」
夜の返しに、真央はえへへと笑った。
「願い事ねぇ……これしかないな。オレの神頼みは、死ぬときだけでいいよ」
トール・T・シュミットの書く願いは『来年も織姫と彦星が出会えるように』というもので。天高く流れる星の群の中で、織姫と彦星が愛を語り合っている、かは知れないが。
ふとトールの目に入った、『私の意思が、誰にも侵されることなく、惑わされることなく、そして揺らぐことなく……何よりも強く、誇り高く、在りますように』と名無し(冷泉 椿姫)で書かれた短冊。確固たる意志にトールの背筋がぞくりと震えるものの、書いた本人は周囲を見回しても存在せず。
なお、その下には真壁・美咲が書いた『今年は蚊に襲われませんように』という願いであるが、恐らくそれは叶わないような気がするとトールは内心ツッコミを入れた。
「ふふ、書けました」
明智 珠輝の細く長く伸びる二本の指の間に、短冊ひとつ。見ように寄れば呪符を持っている様な手付きである。
書かれた願いは『私のヤル気スイッチが見つかりますように』。なんのヤル気だと彼のプロフィールを見れば全力で警鐘を鳴らしたい所であるが、まだ何もしていないであろうからさておき。
「むっ、なんだか危険な気配がするぞ」
天楼院・聖華の脳天に生きるアホ毛が珠輝の方向を指差した。
「ふ、ふふ……! 紳士と、呼んでくれ」
珠輝の片手の中、薔薇の花が一輪咲いた。それで口元を隠しながら、流される目線。しかし聖華、これをスルー。
「願いっていうか、目標だぜ」
聖華が書いた願いは『世界最強になる』。なんだか武闘派が多い組織であるような気がしてきた。
「カミサマは大変だね。短冊に全部目を通さなきゃイケナイんだから」
雛見 玻璃の半目が笹に飾られた短冊の群を見ながら。そして背後では、小石・ころんの入れた茶を飲む鈴鳴とヤヒロとウィチェが同時に
「「「ねぇー」」」
と呟いた。
「……あれ。願いを叶えてくれるのってカミサマだっけ。それとも織姫? 彦星? ……まあいっか」
「さあ、どっちであろうな。その二名が神様であるかがまず分らん」
太刀風 紅刃の『精神一到』と書かれた短冊が笹の中に仲間入りした。
ビュッフェのチョコレートを盛った皿。玻璃はその中から大きい形のものを選んでは口に運んでいく。心なしか、短冊に少しチョコレートのくずが散らばっている事に気づけば、それを振って落とし、また願いを考える。
「思い浮かぶまで、チョコレート食べてよう」
「甘いものは頭にもいいというしな」
紅刃の口元が少し緩みながらそう言った。
そんな彼女らの後ろで仁王立ちしながら腕を組む那須川・夏実。クールでできる女を目指す彼女としては既に方向性が裏表逆な気がするが歳の至りはどうもできん。
「なるほど、なるほど! 願いに頼るより実力でって考えはトウトいわね!」
夏実は目を瞑りながら、気高くと、動く口を止めずに両手にはビュッフェからもって来たであろう料理が見える。
「けど、私はもらえるものは全部もらうし、利用できるものは利用させてもらうシュギよ! カミダノミだってちゃんと考えて計算と筋道を立てれば、一つのアプローチだわ。特に短冊なんて手間もコストも全然かかんないしね!」
とくるくると、器用に回すフォーク。巻かれていくパスタも何故だかプロく見えて来た。
「みんなのお願い、叶うといいなあ」
今日は比較的安全そうな七十里・神無が見つめる中。
「コーリツテキに考えるならテキザイテキショ! 餅は餅屋って考えるのが一番よね! つまり、普通の努力や工夫じゃどうしようもない部分のネガイ事! それなら、叶えば嬉しいし叶わなくても別に何も変わらない位で済むわ! そんな訳で……」
フォークひとつで皿無いのパスタを全部巻き取った夏実は未だにエンジン全開で喋り続ける。その間にころんが占拠したカウンターの上では、紅茶の大量生産がされていく。
「これでカンペキね!」
数十分後、漸く書き終えた短冊。パスタももう既に冷め切っている。書かれた願いは『背が伸びますように』という事で、全くスマートでは無かった事に誰かツッコミを入れてあげる人員が必要だと思ったので次回は相棒と一緒に来て頂きたい。
なお、暫くしてからイニス・オブレーデンに短冊を目撃され。
「へえ、これがタナバタ。あの紙に希望や願い事を書いて、木に吊るすんですね。皆さんいろんな物を書いていますが……あれは、夏実さん。はは、何だかかわいい願い事です」
と優しく苦笑されていた。
「願い事って言われると迷っちゃいますよね。 折角なので僕も皆様の願いを応援するといたしましょう」
新月・悛の願いは『みんなの思いが届きますように』。悛の願い事を書いても良かったが、あえて他者の願いを優先するあたりやさしさが見える。
会場はビュッフェスタイルというよりも、ころんによる紅茶の試飲会のような形に変貌しかけており、周囲には香りという香りが雅にも雰囲気を彩っていた。
「おや、お茶を飲みながらの七夕も……素敵ですね」
微笑を浮かべる悛の手前。
「う……うう……」
恐らくピンク色の短冊を取りたい光邑 リサが悛の後ろから手を伸ばしていた。
「はい。こちらですか」
「Oh! サンキューネ!」
にこっと笑ったリサの後姿を見送り。
「七夕のお祭りですネ。とってもロマンチックなお祭りだからワタシ大好きヨ。ねえケンゴ、ワタシたちも何か書きましょうヨ♪」
リサは光邑 研吾の肩を小突きながら言う。
対して頭を掻きながら、照れ隠しに目線を合わせない研吾。何を食べようかなーなんて口走って意識を逸らそうともしてみるが、矢張り隣の彼女が気になって仕方ない。
「あ、いや……俺は別に……願い事って人様に見られるの恥ずかしいがな」
とも言いつつ、さらっと書かれたリサの願いは非常に気になった。世界平和、とか、在り来たりな事でも書いてあるだろうかと思ってみれば。
リサの短冊に書かれた願いは『I LOVE KENGO♪』。滅茶苦茶ダイレクトであった。
「……て、おい。リサ、それ願い事やあらへん。……え? あ~まあ俺も。今でもリサにぞっこんや。アイ・ラブ・リサやで」
薄紅色に染まっていく頬。見つめ合う二人。何時しか二人のこもれびには甘い雰囲気が訪れ、やがて――次回からは会場に爆破スイッチを設置するようにしたいと思う。
口に挟んだ煙草が上を向いてから下を向く。それを何度も繰り返していく最中でも、出て来る願い事はひとつであった。
「んー願い事かー。僕はやっぱり『相棒が見つかりますようにー』やな」
瑛月・秋葉はそう言いつつ短冊を吊る。
「七夕かぁ……何を書こうかねぇ」
短冊に何を書くか迷い気味の月城・K・葵。こういうのは助言するよりも、自分のなかでじっくり考えた方が出て来るものであるに違いないと秋葉はあえて声をかけずに見守った。
隣では棚橋・悠が『せ・か・い・せ・い・ふ・く☆』と書いた短冊を鼻歌と共に笹へとくっつける作業に入っていた。どうにもこの組織は、世界を我が物にしたい方が多いようだ。身内で世界を巡って紛争しないかが心配になってきた、まだ始まってもいないのに。
葵こそ、悠の願い事を見て苦笑。
「いくつか物騒な願い事が見えるのは気のせいか……」
恐らく気のせいでは無い。
「願い事のう……道々悩んではみたものの思いつかなかったのよな」
葵の主でもある火紫 天音は、ひとさし指を咥えながら、短冊と向き合い睨めっこを始める。
鮮やかな青色の紙に、葵の指が通っていく。心地好さそうに目を瞑る天音であるが、目を瞑っても願いは出て来ず。むしろ頭を撫でられる感覚に溺れそうにならないように必死。
「天音は思いつかない、か……。一緒に何が出来るか考えようぜ?」
「一緒に、かの?」
「そそ、一緒に、二人で願い事をしようぜ。『駄菓子がいっぱい降ってきますように』とかな」
次の瞬間、瞑っていた目が開眼。見開く勢いで、そして目の中に沢山の星を連ねて。天音は葵の方向へと振り返る。
「駄菓子いっぱいかの! なかなか魅力的だの!」
沢山食べると言いたげな、四方八方に動く腕。願い事は決まったと見える。
幸せそうな雰囲気ではあるが、溜息を吐く者もいる。
「お願い事ですか、一つだけじゃないんですよねぇ。臆病が治りますようにとか、F.i.V.E.で頑張れますようにとか、マルさんに食べられませんようにとか……」
あまりにも切実な願い。兎月 セラフィノの瞳は段々と白眼を向いていく。
「さてどれを書きましょうかね」
「全部、書いてしまいましょう」
「はぁ、全部……」
『商売繁盛』とでかく書かれた新田・茂良の短冊が、セラフィノの目の前に掲げられていた。
悩みが無さそうでいいなあ……と心の中でごちたセラフィノであった。
「はい! 折角の七夕ですので願いなら全て書いてしまいましょう。レッツトライ。所でこの壷、今ならお買い得でして貴方の不幸を幸へと変えます。どうですか? これさえあれば嫌な奴の撃退から、お財布に入りきらない程のお金が稼げたりするかもだったり、隕石撃墜からなんやらこんやらで開運ですよ!」
「……」
セラフィノの溜息は続く。
「願い、ごと……」
一色ひなたは短冊を見つめながら祈っていた。書かれていたのは『みぃくんが幸せになりますように』との事。なお、後々弟がこの短冊を目撃して微笑するのであるがそれはまた先の出来事。
「なるほど、この紙に書くんだね。余、こういうのいつも人にやらせてたからなあ。ニポンおもしろいね! 「おそうまん 1 からあげ 1」っと。ハイヨロコンデー! そうめん早く来ないかな?」
一人、ロイヤルな雰囲気を醸し出すプリンス・オブ・グレイブルが短冊を手に取った。
「あ、はい。そこに、願い事を……書くと叶うかも、しれないですね」
「うむ、注文したぞ。そーめん」
ひなたは一瞬頭にハテナマークが浮かんだが、あえてこの王子を放置する事にした。
「待ていそこの金髪! それを書くなら「おそうめん」だし、しかも素麺と唐揚げはあっち!」
数秒も放置できなかった若松・拓哉。ビュッフェのある唐揚げと素麺を交互に指さしていくのだが、プリンスは今脳内で手足の生えた素麺ちゃんと唐揚げくんと踊っている為か全面的にスルーされてしまった。
「うーん、やっぱりこれでいいか。他に何か思い付いたらまた書きに来てすり替えよう」
桐条・刀弥の願いは『良縁求ム』。彼女としては異性というより同性に向けて書かれたものかもしれない。この組織、可愛い女の子沢山いるからね、仕方ないね。
「トーヤ、切実だなぁ」
「い、いいじゃないのっ! だって健康面は自分が気を付ければ済むし……物欲も特にないし……」
拓哉に言われて、段々と言葉が音量を失くしていく。最終的には物欲も特にないしあたりはごにょごにょとしていて聞こえ辛かった。
刀弥の両の人差し指がついたり離れたりする最中。
「彼女に会えますように、とかにしとけよ確率は高いぜ?」
フォローなのかアドバイスなのかどっちとも取れながら取れ無さそうな言葉を残して何時の間にかに拓哉は消えていた。
「願いと欲望が満ちてて素敵なイベントなんだよ。わたしも一筆したためておくんだよ」
ファル・ラリスは書いた。
『ここに書かれた願いと欲望が満たされますように』。
一斉に叶えば世界を巡って殴り合いを起こしかねない願いばかりであるが。
『エビチャーハン』と書かれた短冊があった。
文鳥 つららの目の前にチャーハンが運ばれてきた。米の上に豪快に伊勢海老が丸ごと一匹乗っかっているものだ。めでたし。
「うわぁ……カオス」
御堂 那岐が冷静にこもれび内の出来事を分析した。喉から出かかっていたカオスという言葉を代弁してくれた事に感謝したい。
「……とりあえず適当に食べ物でもつまんでいますか」
そんな那岐の目の前。つららが伊勢海老を殻ごと食べそうになっているのを見て見ぬふりを、……顔ごと目線を逸らしたのであった。
『1日100回いいことありますように!』
『プリン、欲しいのっ』
『天下泰平』
『何か面白いこと起これ。具体的には願い事書いた人全員が水着になるとか、隣の人とからだか入れ替わるとか』
上から、百道 千景、雪村 茉白、名嘉 弥音、沢渡 真奈歌と願い事が書かれていった。
四人が居たのはビュッフェのテーブルの手前。丁度書きやすいように机と椅子が置いてあり、四人で丸いテーブルを囲みながら願い事を書いていた……所なのだが。
「どういう事だ……この大福の中身、粒あんじゃないかッ……!!」
突如、水蓮寺 静護があげた咆哮と、テーブルがちゃぶ台返しさながらすっ飛んでいく。危うく静護は覚醒しそうであったが、他四人は椅子から一斉に倒れていく。
「落ち着け少年! 粒あんもこしあんも同じあんじゃないか!」
「ああ! ぷりん!!」
「カオス……これが、F.i.V.E」
千景は椅子からよろりと起き上りながら言う。茉白は、空中で舞うプリンを追いかけ、弥音は苦笑しながら起き上らない。
「粒はこしかは、きのこかたけのこか、みたいなものだよきっと」
真奈歌が口から出るがままに言葉を連ねつつ、転がっていく丸テーブルをよいしょと元の位置へと戻した。
受付嬢スタイルの花園 小町が拡声器を取り出し、片腕を振った。まるでバスガイド。
「はーい、皆さ~ん。楽しんでおられますでしょうか~?」
「んっほう! ばいんばいんな人がいるぅー!」
「おっ、受付のお姉さんじゃん。こんちゃー! 今願い事ぶら下げたとこだぜ!」
久遠寺 星羅と遥は小町へと手を振り返した。
星羅こそ、星の形をしたゼリーやらが乗っているパフェを食べながらだが、小町の胸囲に口から食べカスが飛んでいく。
「皆さんこんばんは~。楽しんでいらっしゃるようで何よりですよ~。私も宣伝した甲斐がありましたね~」
続け様に久方 相馬が出入口から飛び込んで来て。
「おーっす! みんな俺の誕生日の為にあつまってくれてありがとな! あれ? ちげー?」
と顔を斜めに傾かせた。誕生日を祝う言葉と共に、宝生 初花は食べ物を乗せた皿を相馬の手前へと置いた。
「お! やさしーな!」
微笑む相馬は受け取れば、間髪言わずに箸を持つ。だがチャーハンの上にろうそくを刺したケーキが乗っかっているのは、つっこまずにはいられなかった。
俺は、試されているのか……と初花の方向を見ながら、それ盛ったのアタシでは無いと目が告げていた。
法条 霊姫は眠そうな目を擦りながら、短冊を見つめていた。そのうち顔が完全にテーブルの上に乗っかってから、目を閉じ、即座に目を開け寝まいとふんばる。
「にしても何やら賑やかじゃな。……今日は七夕か。とりあえず願い事くらいは書いていくかのう」
恭介が大きな看板を両手で持っている。看板には八月から、と書かれていた。
「わぁわぁ、とっても賑やかで素敵な雰囲気だね! ひとまず願い事、書こうかな……」
大きなごつごつとした尻尾をお供に、赤鈴いばらは短冊をゲット。黒の大きいペンで、キュッキュと書いていく文字もまた豪快に。
『兄が健康に過ごせますように』。と書かれた短冊を見て再び満面の笑みが咲いた。兄のサポート役として、否、それよりも兄を想う一妹としては、全うな願いである。狂気的な願いが多い有象無象した短冊の群の中でも、輝いて見えるのは何故だろうか。
直後『砂糖を入れたら甘く、塩を投入したらしょっぱくなる料理が作れますように。 雪○』と書かれた短冊が引っかけられた。
椿 雪丸が書いた短冊ではあるが、日々彼は何故か凄い事になる料理と葛藤中であるという。すぐ隣にいたいばらが、塩と砂糖を間違えたのかな?と頭の上でハテナを飛ばすが、真意は分からない。
「何故か……何故だろう……」
「何故でしょう……」
いばらの尻尾が風を斬る音だけが二人の間で木霊した。
賑やかなムードでもここだけは静かな空気が流れている。
「せっかくなので、書いてみましょうか」
ネフィリム・L・カナンは『本をもっとたくさん読めますように』と短冊に書いていく。学園にある図書館の主となっている彼女。夜中になると休憩室では無く、司書の机の上で突っ伏している姿が多く目撃されるという。
本も良いが、健康は大事にして欲しいと願ってしまう儚げな彼女に幸あれ。
「ところで余のそうめんまだ?」
「はあ……そうめんですか」
ここでプリンス。未だに素麺を待ちわびていた。そろそろ誰か、彼に素麺をもって来てやってほしい。誰か彼を世話する人物が必要では無かろうか。
十一零が短冊に願い事を書……書いていた、のだが、書く途中で何を書いていたのか忘れる珍事が発生した。
愛らしい見た目で、顔を右に左に傾けて。だが出てこない。歳も歳であるか、流石に百を超えると忘れ物も激しくなるのか。
「なんだっけ……」
思い出そうとして更に頭を振ってみるが出てこない。その刹那、会場で盛大な叫び声が木霊し、零は振り向いたが振り向いた瞬間に何故振り向いたのか解らなくなった。
読み方は違えど同じく零と名乗る鳴神零の叫び声であった。感情欄実装され早くも、諏訪刀嗣に玩具と断定されているのは日ごろの行いが悪いせいか。
「オイオイ。こんな場所で大声で騒ぐんじゃねえよ」
「諏訪くん! ちょっと! 鳴神、驚かされるのは好きじゃないんだからな!! 今願い事できたわ!!」
さらッと書かれた願いは『諏訪クンが優しくなりますように』。
「俺様は十分優しいぜ。こうやって飲み物取ってきてやる程度にはな。ほれ」
グラスの中で、氷がカランと鳴る。冷たくなっていた刀嗣の両手、それを温める様に彼は両手を擦った。
「うわ、願い事叶ったァァアアー!七夕すげえええ!!」
直後食べていたビュッフェを食べさせてくれるというこれまた珍事が発生して願い叶うも、七夕の願い事の無駄使いのようにも見える。
「よし。七夕の伝統も未だこうして残っている……素晴らしいことだな」
赤鈴炫矢はシンプルに『目標達成』と書いた短冊を吊るした。小さな紙に、ぎゅうぎゅうに詰め込んだ想いと文字に満足しながら、頷く。
しかしその隣で八百万 円が炫矢と同じ格好で立ちつつ。
「なるほど。これ書けばいいのか! ボクあたまいい!」
と呟けば、炫矢の心中で七夕を知らない者もいるんですね……と世界の不思議を発見した。
『だがし おいしいやつ ぷりんのやつ』と書かれた短冊を大量に作成しているのか、円の周囲には短冊が段々と増えていき、その内円が埋まってしまうのではないかと思うほど。
紙の山から円を助け出しながら、炫矢は教えて上げなければと一人思う。
「それからえーとーなにあるかなー」
「それは願い事では無く、注文ですね」
日はてっぺんを超え、七夕が終わってしまったものの。恭介が良いというまで七夕は続く。
「――出遅れてしまったな。まぁ、一日くらいの遅刻に目くじらを立てていれば、織姫さまも一年おきの恋愛なんて気の長いことをやってはいられないだろう。多分」
金木・犀は『良き糧を得られますように』と書かれた短冊を笹へと。故郷の子羊たちの事を思い出しながらであるか、静かな会場で一人ふける。
暫く帰っていないのか解らないが、何故だか恋しくなってきたあの場所へ想いを馳せ、けれども父を思えば心も震える。何故だか一層会場が静かになったような気がしたのであった。
「大丈夫?」
と話しかけて来たのは観嶋・亜李果であった。犀は一礼をするとすぐに出て行ってしまったのだが、後姿が見えなくなるまで彼女は手を振り続けた。
「うーん、FiVEは食べ放題イベントが多くていいね。思わぬ特典。 さて短冊短冊」
『これからも食べ放題のイベントがたくさんありますように』と書かれた短冊を、見えやすい位置へと吊るしてから、ふふんと笑った。
こうして見える場所に置かなければ、運営が見てくれな……おっと、誰かが来たようだ。
ごほんと咳払いしてから亜李果はその場を後にし、入れ替わりのように緒形 逝が短冊だらけの笹を見上げていた。
「……いやはや、沢山の願いが集まったねえ」
「はは、そうですな。では、この願いも叶えて頂くとしましょう」
「おっと、いつの間に」
逝の隣には新田成が立っていた。気配も無く、近づいていたとは。
最後に『願わくば、ここに描かれた願いが一つでも多く天に届かんことを』という短冊がかけられた所で、時刻は早朝の四時。
薄暗い会場内。出入口の扉が開き、会場に光が刺し、朝が来ていた事を告げる。
「なんだ。まだ居たのか……そろそろ遅いが……まだやるか?」
貫徹していた恭介が出入口に背に、逝と成へと声をかける。更にその置くに机に突っ伏していた状態から起き上がった人生谷・春が、欠伸をする。
「ふぁぁ……あ、朝?」
「ええ。では、帰りましょうか」
「そうですな、織姫と彦星も帰った事でしょうから」
三人が早朝の街へと消えて行く中、誰もいない会場で恭介は通信機を取り出す。
「頃合か…。じゃぁ片付けを宜しく頼む。俺も多くの願いが一つでもかなうように願うとしよう。七夕? ああ、皆楽しんくれたよ」
誰一人欠ける事のないように、また来年も。と書かれた短冊に苦笑しながら、恭介もその場を後にした―――。
天高く、流れる星々の煌めき。
毎年毎年、七月の七日は天候の機嫌が悪いのが常だが……今宵は月夜。
土の香を乗せた心地良い風が吹く中だ。長くを生きる妖怪共は、織姫と彦星の一年ぶりの再会を祝い、酒を交わす頃であろう。
しかし是から語られるは、とある組織の七日の一部始終。
「――とまあ、こんなもんか。盛大じゃないか、楽しんでくれなきゃ金が勿体無い」
組織の財布を握っている存在でもある中・恭介は、何時もとは違う姿に変わった談話室「こもれび」を見回した。
ここに集まった者達が、誰一人として不自由無く過ごせる様にと願いを込めて作られた様なスペースは、まるで。
「ぱーてい、じゃの」
榊原・源蔵は自慢の白い髭を、骨ばった指で梳きながら応えた。
恭介は、仲間達が楽しそうなら悪くないと、両腕を組みながら顔を縦に振っている。頭の片隅では、今回のイベントの資金計算が、暗算の上に行われている最中であろうが。
「空高く流れる天の川。それを見ながら一献。たまにはこういうのもいいのぅ」
という源蔵の言葉に、恭介の頭の中の計算も苦笑混じりに止まったに違いない。
所変わり、七夕とは願い事を短冊に書くのが定番である。
「七夕かぁ……。とりあえず、書いておきましょうか……」
シルフィア・カレードが、桃色の短冊を片手に睨めっこを開始していた。
眩しく輝く様な金髪を頭の両側に結んではいるが、俯く顔に合わせて、流れ、垂れる髪が腕に絡む。それを一払いしてから顔を上げ、短冊へ示した願いは『結婚相手が二年以内に見つかればいい』。
何故、何故二年なのか今度詳しく聞かせて頂きたい。
「……落ち着いたら、丁度イベントか。折角だ、短冊……」
その隣では、葦原赤貴が顔を横に向けて唸っていた。考えた、頭が爆発するんじゃないかと思うくらいに考えた。頭をガリガリと掻き、両の眼を強く瞑ってみても、上半身を左右に振ってみても。
「――出てこない、浮かばない」
という結論が導き出されただけであった。しかしだ、それで終わるのも七夕を無駄にした様なもの。ならばとここで。
『↓の願いにオレの分もやってくれ』と書いた訳である。
その、↓に該当したのが、鹿ノ島・遥であったのだが。両腕で頭を抱えながら壁に頭をぶつけているあたり、こちらも願い事が行方不明になっている様。
その、更に↓であったのが石動・辰則だ。身長約二メートルの彼が持つ短冊は、他の子達と比べると小さく見える。
辰則は数分迷ったのであるが、願い事はすんなりと出て来た模様。『もっと筋肉と身長がほしい たつのり』と書かれた短冊を、備え付けの笹の、一番上へと着け。それから彼は両手の平をくっつけて叶いますようにと願う。
既に十分過ぎる程の恵まれた体格であろうが、更に飽きたらず、縦にも横にもでかくなるつもりか。だがしかし、短冊に書かれたたつのりという平仮名に愛らしさを感じたので、赤貴の願い事と相乗効果で叶うといいであろう。具体的には誕生日を待て。
深緋・恋呪郎は短冊を見ながら、が、次の瞬間、細かく破いていく。
「願い事。世界征服は自分でするしの。とくに無いの」
両目を瞑ってから、後ろへ紙の破片を投げ捨てていく。恋呪郎の歩んでいく軌跡に、舞う、短冊だった紙。
よし分った落ち着け。
どういう方向の世界征服か、答えによっては組織を敵に回しかねない。優しい王様になる系であればまだ可愛いものであるが、姉御肌をチラつかせるプロフィールを見れば気になるの四文字しか出ない。今度の彼女に期待である。
「世界中ノ皆サンノ脳内ガオ花畑ニナリマスヨウニッ!!!!」
テイパー・ヘイト・ラーフは叫んだ。叫んだ刹那、設置されていたワインの瓶や、グラスが一斉に砕け散っていく。
そして違う。願い事は短冊に書くんだ。文字にして言うのは少し違うぞ。
そんでもって願い事にも恋呪郎に負けない狂気を感じるが……恐らく戯れ好きなテイパーとしては狂気とは程遠いものであろう。と思いたい。
「にーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさまにーさま」
酒々井 数多は、(彼女にだけ見える)目の前の兄の胸の上で、「の」の字を描く。暫くしてから、(他の誰にも見えない)兄が、こらこら願い事は短冊に書かないと、と微笑むのを見てから我に返れた。
「あら、七夕って、短冊に書くと欲しいモノがもらえるんじゃなかったかしら?」
愛らしく顔を傾けた数多。その手に握られた短冊には、ミリ単位の文字でニーサマと兄様とニーサマという文字が交互に連なっていた、びっしりと。最早黒い紙に見える。
お兄さん、早く彼女を回収して。
「わー! もう始まってたんですね! まずは短冊を書きます!」
短冊を前にして、穴が空きそうな程見つめているウィチェ・F・ラダナン。
暫く考え込んでみたものの、頭の中で強調してくる文字は「恋」。いい加減に恋の文字から離れたいと頭を数回横に振れば、自慢のグラデーションがかった髪も揺れる。
ならばと一手。短冊の上から下までペンを動かし、書いた文字は『みんな無病息災でありますように』。
風織 紡の願いは一つ。『弟が元気で幸せに暮らせますように ムギ』。
笹に吊るし、凜とした表情を残してその場を後にする。心の中で、今日のギャンブル滅茶苦茶当たれと思いながら。
すれ違い様、熊守・小梅が短冊を目の前に両手を合わせて祈っていた。
「お賽銭と参拝客が増えますように増えますように増えますように増えますように……ぃぃいー!」
小梅の祈りは天まで届くか。届けば良い。届いてお願い。
守衛野 鈴鳴はこもれびと戸を開いてから、外に見える天の川を瞳に映す。自然と鈴鳴の瞳の中にも星が流れている様だ。
「わぁっ……キレイに晴れて、本当に良かったです」
「なかなか、賑わっているじゃないか」
輝く瞳は次に恭介を映した。自然と、瞳が合致し、条件反射に恭介は頭を下げた。
「恭介さん。素敵な催しを開いてくれて、ありがとうございますっ」
身体で振り向きながら、鈴鳴は今日一番の笑顔を見せる。満開の笑顔を見せられて、嬉しくない男がいるはずもない。
明石ミュエルの短冊には(突如音声が掠れてよく聞こえない)という名前が書かれていた。
しかし、我に返ったミュエルは短冊を折り曲げ、二、三、周囲を見回してからホっと息をついた。良かった、誰にも、まだ見られていない。
「……って、これ、誰かに、読まれる、可能性、あるん、だよね……。そ、それは…困る、かも……」
小声で、誰にも聞こえないように。短冊に書かれた秘密を消した後、再び願い事を考えるものの、名前の人物が暫く頭から離れなかった。
「あとはひたすら食べるのです~。星を見ながら食べるご飯はきっと、とっても美味しいです!」
なんてウィチェの声が聞こえたのか、環 大和の耳がぴくりと動いた。
目の前に並べられたクッキーの群。煌びやかに光り流れるチョコフォンデュ。未だ誰にも取られずホールで残るケーキの群。
ごくり、と。大和は唾を飲み込んだ。
「『一生太らない身体』……これでいくつスイーツを食べても大丈夫に違いないわ」
女子力が非常に高い。それから大和は、皿とフォークを握った、戦闘準備は万端である。
豪力 秀が壁か、それとも大木の様に立っている。短冊と一対一のタイマンだ。勝負が着くのは、願い事を出せるか出せないかで決まるであろう。
「こういう願い事って、いざ書こうと思うとけっこう真剣に悩んじゃうっすよな。早い者勝ちってわけじゃあないから、ゆっくり考えるっす」
凍傷宮・ニコのお面に籠る声が、秀の耳にも聞こえただろうか。それは秀に向けられた言葉か、それともニコ自身も願い事を捻り出すのが大変であるのかは知れないが。
ニコはニコで、短冊を見ながら守護使役とにらめっこ。同じ面と面が同じものを見て仲良しで。まいったなあ、とでも言いたげにニコは守護使役の頭を撫でた。
その、ニコとニコの守護使役の間を猛スピードで駆け抜けていく影。
「うおー! たなばただ! たなばただ!」
花蔭 ヤヒロは『いっちょまえにヒトダスケできるくらい、つよくなる!』と、彼らしい字で書かれた短冊を、身体いっぱい使い飛び跳ね……笹の中部あたりに短冊を引っかけ着地した。
短冊を笹の上部に着ければ、願い事を見てくれるだろうと考えての事だが、中部でも満足気にヤヒロは頷いていた。
それをローザ 瑞千佳はサンドイッチ片手に見ていた。後でもう少し高い所に付け直してあげようと考えながら。
『エビフライいっぱい食べられますように……』なんて書かれた短冊を見ながら、工藤・奏空の顔が緩んでいく。今日の夜ご飯は、エビフライにしようか。おっきなおっきなエビフライが彼の頭を通過していき、消えた途端に顔を上げた。
「いやいや違う違うっ」
勢いで引いた射線は文字の上を引き裂いていく。この願いも、本当は叶って欲しいのだが。奏空の腹の奥から音が鳴り、しかしもう一度書き直すは『一人前の立派な探偵になれますよーに』。先を見越した願いを、誰が笑うというのか。
「七夕の願い事だぁ? しゃァねぇ、書いといてやるよ」
浅葱 枢紋も願いを短冊に込める。大して悩む時間も設けずに、思うが侭に連ねた言葉。『いつか家族や仲間以外に守りてぇ奴が出来ます様に……』。
敢えて、誰にも見られないように笹の奥側へ吊るされた枢紋のそれ。願いを手に取る相手が現れる日が楽しみである。恥ずかしそうに頬を染め、照れ隠しに頬を掻くのは、織姫を待ちわびる彦星の様だ。
陽渡・守夜は書く、『誰かの幸せ守りたい』。自分の幸せも是非守ってもらいたい所だが、彼の優しさの出具合に心が洗われるようだ。強くなれ、少年。目指すは誰かのヒーロー。手の甲の紋は勇気の証であろう。
「あらあら、もうだいぶにぎわっていますね。……ふむ、確かに願い事を書こうとすると確かに迷いますね」
喋り声、留まる事を知らぬこもれびの中。紅崎・誡女は人の多さに何度か目をぱちくりとさせた。
何度か迷い、短冊の上をペンが右往左往。因子への探求心が色濃く出て来る想像に、一度蓋をしてからヨシ、と書き上げた『よき出会いがありますように』。
彼女の様な凛とした雰囲気を持つ者でもやはり根は女性という事か。
それをチラりと見やる円 善司は顔の表情を変えずに、うむ、と頷いた。
(なんか皆ロマンチックなこと書いてんな)
背後では歌を歌うシスター、キリエ・E・トロープス。目が完全に正気を失っている様にも見えなくはないが触れてはいけない深淵がそこにある。
「あ、この紙片に願い事を書くのでございますね。ええと……」
『わたくしの かみさま でますように』。
日本の神は八百万と跋扈しているが、その中からキリエが狂信して止まない神は居そうではある。
腕を伸ばしキリエは高い位置に短冊を飾ろうとするが、これが中々届かない。かといって中段を見やれば、同じくらいの身長の者達が着けた短冊だらけ。これじゃあ願いを見て貰えないと、されど、志賀 行成がキリエの短冊を取ると高い高い位置へ引っかけた。
「ここらへんでいいか?」
「はい! ありがとうございます! 貴方に神の御加護があらんことを!!」
無邪気にお辞儀をした彼女に、行成は微笑を浮かべて応えた。
「早速、かなり賑やかな笹飾りになっているようだな。 願い事か……願い事な……」
本日何人目かの願い事難民である。
『彼女に夢でもいいから会……――』まで書かれて置きながら、少し紅潮した頬を隠す様に頭を抱えた。
「女々しいことは無しだな、ああ」
『誰かを守れるくらい強くなれますように。守られずにすみますように』。
鉛筆で書いた為か、薄らと残る彼女と夢の文字と一緒に。願い事を高い位置へと引っかけようとすれば、あまりにも短冊に目がいっていたか笹がある場所と間違え壁に頭を強打した彼であった。
呪文の様に「面倒くさいんだもん」を繰り返しながらも、今日は引きこもりを脱している平・夜。
背中にある赤色の羽を揺らしながら、『体が成長しますように』と書く為に動く腕。
歳ばかり重ねようが、身体の成長が止まってしまっては変化は無く。付き纏う様な諦めという言葉に反旗を翻して猛攻をするか。
「沢山食べれば、きっと大きくなりますよっ!」
と横から猫屋敷 真央は、近くも遠くも無い位置で食べ物を喰い散らかしていく仲間達を指差しながら言った。
「そんな簡単なら、苦労しないんだけどね」
夜の返しに、真央はえへへと笑った。
「願い事ねぇ……これしかないな。オレの神頼みは、死ぬときだけでいいよ」
トール・T・シュミットの書く願いは『来年も織姫と彦星が出会えるように』というもので。天高く流れる星の群の中で、織姫と彦星が愛を語り合っている、かは知れないが。
ふとトールの目に入った、『私の意思が、誰にも侵されることなく、惑わされることなく、そして揺らぐことなく……何よりも強く、誇り高く、在りますように』と名無し(冷泉 椿姫)で書かれた短冊。確固たる意志にトールの背筋がぞくりと震えるものの、書いた本人は周囲を見回しても存在せず。
なお、その下には真壁・美咲が書いた『今年は蚊に襲われませんように』という願いであるが、恐らくそれは叶わないような気がするとトールは内心ツッコミを入れた。
「ふふ、書けました」
明智 珠輝の細く長く伸びる二本の指の間に、短冊ひとつ。見ように寄れば呪符を持っている様な手付きである。
書かれた願いは『私のヤル気スイッチが見つかりますように』。なんのヤル気だと彼のプロフィールを見れば全力で警鐘を鳴らしたい所であるが、まだ何もしていないであろうからさておき。
「むっ、なんだか危険な気配がするぞ」
天楼院・聖華の脳天に生きるアホ毛が珠輝の方向を指差した。
「ふ、ふふ……! 紳士と、呼んでくれ」
珠輝の片手の中、薔薇の花が一輪咲いた。それで口元を隠しながら、流される目線。しかし聖華、これをスルー。
「願いっていうか、目標だぜ」
聖華が書いた願いは『世界最強になる』。なんだか武闘派が多い組織であるような気がしてきた。
「カミサマは大変だね。短冊に全部目を通さなきゃイケナイんだから」
雛見 玻璃の半目が笹に飾られた短冊の群を見ながら。そして背後では、小石・ころんの入れた茶を飲む鈴鳴とヤヒロとウィチェが同時に
「「「ねぇー」」」
と呟いた。
「……あれ。願いを叶えてくれるのってカミサマだっけ。それとも織姫? 彦星? ……まあいっか」
「さあ、どっちであろうな。その二名が神様であるかがまず分らん」
太刀風 紅刃の『精神一到』と書かれた短冊が笹の中に仲間入りした。
ビュッフェのチョコレートを盛った皿。玻璃はその中から大きい形のものを選んでは口に運んでいく。心なしか、短冊に少しチョコレートのくずが散らばっている事に気づけば、それを振って落とし、また願いを考える。
「思い浮かぶまで、チョコレート食べてよう」
「甘いものは頭にもいいというしな」
紅刃の口元が少し緩みながらそう言った。
そんな彼女らの後ろで仁王立ちしながら腕を組む那須川・夏実。クールでできる女を目指す彼女としては既に方向性が裏表逆な気がするが歳の至りはどうもできん。
「なるほど、なるほど! 願いに頼るより実力でって考えはトウトいわね!」
夏実は目を瞑りながら、気高くと、動く口を止めずに両手にはビュッフェからもって来たであろう料理が見える。
「けど、私はもらえるものは全部もらうし、利用できるものは利用させてもらうシュギよ! カミダノミだってちゃんと考えて計算と筋道を立てれば、一つのアプローチだわ。特に短冊なんて手間もコストも全然かかんないしね!」
とくるくると、器用に回すフォーク。巻かれていくパスタも何故だかプロく見えて来た。
「みんなのお願い、叶うといいなあ」
今日は比較的安全そうな七十里・神無が見つめる中。
「コーリツテキに考えるならテキザイテキショ! 餅は餅屋って考えるのが一番よね! つまり、普通の努力や工夫じゃどうしようもない部分のネガイ事! それなら、叶えば嬉しいし叶わなくても別に何も変わらない位で済むわ! そんな訳で……」
フォークひとつで皿無いのパスタを全部巻き取った夏実は未だにエンジン全開で喋り続ける。その間にころんが占拠したカウンターの上では、紅茶の大量生産がされていく。
「これでカンペキね!」
数十分後、漸く書き終えた短冊。パスタももう既に冷め切っている。書かれた願いは『背が伸びますように』という事で、全くスマートでは無かった事に誰かツッコミを入れてあげる人員が必要だと思ったので次回は相棒と一緒に来て頂きたい。
なお、暫くしてからイニス・オブレーデンに短冊を目撃され。
「へえ、これがタナバタ。あの紙に希望や願い事を書いて、木に吊るすんですね。皆さんいろんな物を書いていますが……あれは、夏実さん。はは、何だかかわいい願い事です」
と優しく苦笑されていた。
「願い事って言われると迷っちゃいますよね。 折角なので僕も皆様の願いを応援するといたしましょう」
新月・悛の願いは『みんなの思いが届きますように』。悛の願い事を書いても良かったが、あえて他者の願いを優先するあたりやさしさが見える。
会場はビュッフェスタイルというよりも、ころんによる紅茶の試飲会のような形に変貌しかけており、周囲には香りという香りが雅にも雰囲気を彩っていた。
「おや、お茶を飲みながらの七夕も……素敵ですね」
微笑を浮かべる悛の手前。
「う……うう……」
恐らくピンク色の短冊を取りたい光邑 リサが悛の後ろから手を伸ばしていた。
「はい。こちらですか」
「Oh! サンキューネ!」
にこっと笑ったリサの後姿を見送り。
「七夕のお祭りですネ。とってもロマンチックなお祭りだからワタシ大好きヨ。ねえケンゴ、ワタシたちも何か書きましょうヨ♪」
リサは光邑 研吾の肩を小突きながら言う。
対して頭を掻きながら、照れ隠しに目線を合わせない研吾。何を食べようかなーなんて口走って意識を逸らそうともしてみるが、矢張り隣の彼女が気になって仕方ない。
「あ、いや……俺は別に……願い事って人様に見られるの恥ずかしいがな」
とも言いつつ、さらっと書かれたリサの願いは非常に気になった。世界平和、とか、在り来たりな事でも書いてあるだろうかと思ってみれば。
リサの短冊に書かれた願いは『I LOVE KENGO♪』。滅茶苦茶ダイレクトであった。
「……て、おい。リサ、それ願い事やあらへん。……え? あ~まあ俺も。今でもリサにぞっこんや。アイ・ラブ・リサやで」
薄紅色に染まっていく頬。見つめ合う二人。何時しか二人のこもれびには甘い雰囲気が訪れ、やがて――次回からは会場に爆破スイッチを設置するようにしたいと思う。
口に挟んだ煙草が上を向いてから下を向く。それを何度も繰り返していく最中でも、出て来る願い事はひとつであった。
「んー願い事かー。僕はやっぱり『相棒が見つかりますようにー』やな」
瑛月・秋葉はそう言いつつ短冊を吊る。
「七夕かぁ……何を書こうかねぇ」
短冊に何を書くか迷い気味の月城・K・葵。こういうのは助言するよりも、自分のなかでじっくり考えた方が出て来るものであるに違いないと秋葉はあえて声をかけずに見守った。
隣では棚橋・悠が『せ・か・い・せ・い・ふ・く☆』と書いた短冊を鼻歌と共に笹へとくっつける作業に入っていた。どうにもこの組織は、世界を我が物にしたい方が多いようだ。身内で世界を巡って紛争しないかが心配になってきた、まだ始まってもいないのに。
葵こそ、悠の願い事を見て苦笑。
「いくつか物騒な願い事が見えるのは気のせいか……」
恐らく気のせいでは無い。
「願い事のう……道々悩んではみたものの思いつかなかったのよな」
葵の主でもある火紫 天音は、ひとさし指を咥えながら、短冊と向き合い睨めっこを始める。
鮮やかな青色の紙に、葵の指が通っていく。心地好さそうに目を瞑る天音であるが、目を瞑っても願いは出て来ず。むしろ頭を撫でられる感覚に溺れそうにならないように必死。
「天音は思いつかない、か……。一緒に何が出来るか考えようぜ?」
「一緒に、かの?」
「そそ、一緒に、二人で願い事をしようぜ。『駄菓子がいっぱい降ってきますように』とかな」
次の瞬間、瞑っていた目が開眼。見開く勢いで、そして目の中に沢山の星を連ねて。天音は葵の方向へと振り返る。
「駄菓子いっぱいかの! なかなか魅力的だの!」
沢山食べると言いたげな、四方八方に動く腕。願い事は決まったと見える。
幸せそうな雰囲気ではあるが、溜息を吐く者もいる。
「お願い事ですか、一つだけじゃないんですよねぇ。臆病が治りますようにとか、F.i.V.E.で頑張れますようにとか、マルさんに食べられませんようにとか……」
あまりにも切実な願い。兎月 セラフィノの瞳は段々と白眼を向いていく。
「さてどれを書きましょうかね」
「全部、書いてしまいましょう」
「はぁ、全部……」
『商売繁盛』とでかく書かれた新田・茂良の短冊が、セラフィノの目の前に掲げられていた。
悩みが無さそうでいいなあ……と心の中でごちたセラフィノであった。
「はい! 折角の七夕ですので願いなら全て書いてしまいましょう。レッツトライ。所でこの壷、今ならお買い得でして貴方の不幸を幸へと変えます。どうですか? これさえあれば嫌な奴の撃退から、お財布に入りきらない程のお金が稼げたりするかもだったり、隕石撃墜からなんやらこんやらで開運ですよ!」
「……」
セラフィノの溜息は続く。
「願い、ごと……」
一色ひなたは短冊を見つめながら祈っていた。書かれていたのは『みぃくんが幸せになりますように』との事。なお、後々弟がこの短冊を目撃して微笑するのであるがそれはまた先の出来事。
「なるほど、この紙に書くんだね。余、こういうのいつも人にやらせてたからなあ。ニポンおもしろいね! 「おそうまん 1 からあげ 1」っと。ハイヨロコンデー! そうめん早く来ないかな?」
一人、ロイヤルな雰囲気を醸し出すプリンス・オブ・グレイブルが短冊を手に取った。
「あ、はい。そこに、願い事を……書くと叶うかも、しれないですね」
「うむ、注文したぞ。そーめん」
ひなたは一瞬頭にハテナマークが浮かんだが、あえてこの王子を放置する事にした。
「待ていそこの金髪! それを書くなら「おそうめん」だし、しかも素麺と唐揚げはあっち!」
数秒も放置できなかった若松・拓哉。ビュッフェのある唐揚げと素麺を交互に指さしていくのだが、プリンスは今脳内で手足の生えた素麺ちゃんと唐揚げくんと踊っている為か全面的にスルーされてしまった。
「うーん、やっぱりこれでいいか。他に何か思い付いたらまた書きに来てすり替えよう」
桐条・刀弥の願いは『良縁求ム』。彼女としては異性というより同性に向けて書かれたものかもしれない。この組織、可愛い女の子沢山いるからね、仕方ないね。
「トーヤ、切実だなぁ」
「い、いいじゃないのっ! だって健康面は自分が気を付ければ済むし……物欲も特にないし……」
拓哉に言われて、段々と言葉が音量を失くしていく。最終的には物欲も特にないしあたりはごにょごにょとしていて聞こえ辛かった。
刀弥の両の人差し指がついたり離れたりする最中。
「彼女に会えますように、とかにしとけよ確率は高いぜ?」
フォローなのかアドバイスなのかどっちとも取れながら取れ無さそうな言葉を残して何時の間にかに拓哉は消えていた。
「願いと欲望が満ちてて素敵なイベントなんだよ。わたしも一筆したためておくんだよ」
ファル・ラリスは書いた。
『ここに書かれた願いと欲望が満たされますように』。
一斉に叶えば世界を巡って殴り合いを起こしかねない願いばかりであるが。
『エビチャーハン』と書かれた短冊があった。
文鳥 つららの目の前にチャーハンが運ばれてきた。米の上に豪快に伊勢海老が丸ごと一匹乗っかっているものだ。めでたし。
「うわぁ……カオス」
御堂 那岐が冷静にこもれび内の出来事を分析した。喉から出かかっていたカオスという言葉を代弁してくれた事に感謝したい。
「……とりあえず適当に食べ物でもつまんでいますか」
そんな那岐の目の前。つららが伊勢海老を殻ごと食べそうになっているのを見て見ぬふりを、……顔ごと目線を逸らしたのであった。
『1日100回いいことありますように!』
『プリン、欲しいのっ』
『天下泰平』
『何か面白いこと起これ。具体的には願い事書いた人全員が水着になるとか、隣の人とからだか入れ替わるとか』
上から、百道 千景、雪村 茉白、名嘉 弥音、沢渡 真奈歌と願い事が書かれていった。
四人が居たのはビュッフェのテーブルの手前。丁度書きやすいように机と椅子が置いてあり、四人で丸いテーブルを囲みながら願い事を書いていた……所なのだが。
「どういう事だ……この大福の中身、粒あんじゃないかッ……!!」
突如、水蓮寺 静護があげた咆哮と、テーブルがちゃぶ台返しさながらすっ飛んでいく。危うく静護は覚醒しそうであったが、他四人は椅子から一斉に倒れていく。
「落ち着け少年! 粒あんもこしあんも同じあんじゃないか!」
「ああ! ぷりん!!」
「カオス……これが、F.i.V.E」
千景は椅子からよろりと起き上りながら言う。茉白は、空中で舞うプリンを追いかけ、弥音は苦笑しながら起き上らない。
「粒はこしかは、きのこかたけのこか、みたいなものだよきっと」
真奈歌が口から出るがままに言葉を連ねつつ、転がっていく丸テーブルをよいしょと元の位置へと戻した。
受付嬢スタイルの花園 小町が拡声器を取り出し、片腕を振った。まるでバスガイド。
「はーい、皆さ~ん。楽しんでおられますでしょうか~?」
「んっほう! ばいんばいんな人がいるぅー!」
「おっ、受付のお姉さんじゃん。こんちゃー! 今願い事ぶら下げたとこだぜ!」
久遠寺 星羅と遥は小町へと手を振り返した。
星羅こそ、星の形をしたゼリーやらが乗っているパフェを食べながらだが、小町の胸囲に口から食べカスが飛んでいく。
「皆さんこんばんは~。楽しんでいらっしゃるようで何よりですよ~。私も宣伝した甲斐がありましたね~」
続け様に久方 相馬が出入口から飛び込んで来て。
「おーっす! みんな俺の誕生日の為にあつまってくれてありがとな! あれ? ちげー?」
と顔を斜めに傾かせた。誕生日を祝う言葉と共に、宝生 初花は食べ物を乗せた皿を相馬の手前へと置いた。
「お! やさしーな!」
微笑む相馬は受け取れば、間髪言わずに箸を持つ。だがチャーハンの上にろうそくを刺したケーキが乗っかっているのは、つっこまずにはいられなかった。
俺は、試されているのか……と初花の方向を見ながら、それ盛ったのアタシでは無いと目が告げていた。
法条 霊姫は眠そうな目を擦りながら、短冊を見つめていた。そのうち顔が完全にテーブルの上に乗っかってから、目を閉じ、即座に目を開け寝まいとふんばる。
「にしても何やら賑やかじゃな。……今日は七夕か。とりあえず願い事くらいは書いていくかのう」
恭介が大きな看板を両手で持っている。看板には八月から、と書かれていた。
「わぁわぁ、とっても賑やかで素敵な雰囲気だね! ひとまず願い事、書こうかな……」
大きなごつごつとした尻尾をお供に、赤鈴いばらは短冊をゲット。黒の大きいペンで、キュッキュと書いていく文字もまた豪快に。
『兄が健康に過ごせますように』。と書かれた短冊を見て再び満面の笑みが咲いた。兄のサポート役として、否、それよりも兄を想う一妹としては、全うな願いである。狂気的な願いが多い有象無象した短冊の群の中でも、輝いて見えるのは何故だろうか。
直後『砂糖を入れたら甘く、塩を投入したらしょっぱくなる料理が作れますように。 雪○』と書かれた短冊が引っかけられた。
椿 雪丸が書いた短冊ではあるが、日々彼は何故か凄い事になる料理と葛藤中であるという。すぐ隣にいたいばらが、塩と砂糖を間違えたのかな?と頭の上でハテナを飛ばすが、真意は分からない。
「何故か……何故だろう……」
「何故でしょう……」
いばらの尻尾が風を斬る音だけが二人の間で木霊した。
賑やかなムードでもここだけは静かな空気が流れている。
「せっかくなので、書いてみましょうか」
ネフィリム・L・カナンは『本をもっとたくさん読めますように』と短冊に書いていく。学園にある図書館の主となっている彼女。夜中になると休憩室では無く、司書の机の上で突っ伏している姿が多く目撃されるという。
本も良いが、健康は大事にして欲しいと願ってしまう儚げな彼女に幸あれ。
「ところで余のそうめんまだ?」
「はあ……そうめんですか」
ここでプリンス。未だに素麺を待ちわびていた。そろそろ誰か、彼に素麺をもって来てやってほしい。誰か彼を世話する人物が必要では無かろうか。
十一零が短冊に願い事を書……書いていた、のだが、書く途中で何を書いていたのか忘れる珍事が発生した。
愛らしい見た目で、顔を右に左に傾けて。だが出てこない。歳も歳であるか、流石に百を超えると忘れ物も激しくなるのか。
「なんだっけ……」
思い出そうとして更に頭を振ってみるが出てこない。その刹那、会場で盛大な叫び声が木霊し、零は振り向いたが振り向いた瞬間に何故振り向いたのか解らなくなった。
読み方は違えど同じく零と名乗る鳴神零の叫び声であった。感情欄実装され早くも、諏訪刀嗣に玩具と断定されているのは日ごろの行いが悪いせいか。
「オイオイ。こんな場所で大声で騒ぐんじゃねえよ」
「諏訪くん! ちょっと! 鳴神、驚かされるのは好きじゃないんだからな!! 今願い事できたわ!!」
さらッと書かれた願いは『諏訪クンが優しくなりますように』。
「俺様は十分優しいぜ。こうやって飲み物取ってきてやる程度にはな。ほれ」
グラスの中で、氷がカランと鳴る。冷たくなっていた刀嗣の両手、それを温める様に彼は両手を擦った。
「うわ、願い事叶ったァァアアー!七夕すげえええ!!」
直後食べていたビュッフェを食べさせてくれるというこれまた珍事が発生して願い叶うも、七夕の願い事の無駄使いのようにも見える。
「よし。七夕の伝統も未だこうして残っている……素晴らしいことだな」
赤鈴炫矢はシンプルに『目標達成』と書いた短冊を吊るした。小さな紙に、ぎゅうぎゅうに詰め込んだ想いと文字に満足しながら、頷く。
しかしその隣で八百万 円が炫矢と同じ格好で立ちつつ。
「なるほど。これ書けばいいのか! ボクあたまいい!」
と呟けば、炫矢の心中で七夕を知らない者もいるんですね……と世界の不思議を発見した。
『だがし おいしいやつ ぷりんのやつ』と書かれた短冊を大量に作成しているのか、円の周囲には短冊が段々と増えていき、その内円が埋まってしまうのではないかと思うほど。
紙の山から円を助け出しながら、炫矢は教えて上げなければと一人思う。
「それからえーとーなにあるかなー」
「それは願い事では無く、注文ですね」
日はてっぺんを超え、七夕が終わってしまったものの。恭介が良いというまで七夕は続く。
「――出遅れてしまったな。まぁ、一日くらいの遅刻に目くじらを立てていれば、織姫さまも一年おきの恋愛なんて気の長いことをやってはいられないだろう。多分」
金木・犀は『良き糧を得られますように』と書かれた短冊を笹へと。故郷の子羊たちの事を思い出しながらであるか、静かな会場で一人ふける。
暫く帰っていないのか解らないが、何故だか恋しくなってきたあの場所へ想いを馳せ、けれども父を思えば心も震える。何故だか一層会場が静かになったような気がしたのであった。
「大丈夫?」
と話しかけて来たのは観嶋・亜李果であった。犀は一礼をするとすぐに出て行ってしまったのだが、後姿が見えなくなるまで彼女は手を振り続けた。
「うーん、FiVEは食べ放題イベントが多くていいね。思わぬ特典。 さて短冊短冊」
『これからも食べ放題のイベントがたくさんありますように』と書かれた短冊を、見えやすい位置へと吊るしてから、ふふんと笑った。
こうして見える場所に置かなければ、運営が見てくれな……おっと、誰かが来たようだ。
ごほんと咳払いしてから亜李果はその場を後にし、入れ替わりのように緒形 逝が短冊だらけの笹を見上げていた。
「……いやはや、沢山の願いが集まったねえ」
「はは、そうですな。では、この願いも叶えて頂くとしましょう」
「おっと、いつの間に」
逝の隣には新田成が立っていた。気配も無く、近づいていたとは。
最後に『願わくば、ここに描かれた願いが一つでも多く天に届かんことを』という短冊がかけられた所で、時刻は早朝の四時。
薄暗い会場内。出入口の扉が開き、会場に光が刺し、朝が来ていた事を告げる。
「なんだ。まだ居たのか……そろそろ遅いが……まだやるか?」
貫徹していた恭介が出入口に背に、逝と成へと声をかける。更にその置くに机に突っ伏していた状態から起き上がった人生谷・春が、欠伸をする。
「ふぁぁ……あ、朝?」
「ええ。では、帰りましょうか」
「そうですな、織姫と彦星も帰った事でしょうから」
三人が早朝の街へと消えて行く中、誰もいない会場で恭介は通信機を取り出す。
「頃合か…。じゃぁ片付けを宜しく頼む。俺も多くの願いが一つでもかなうように願うとしよう。七夕? ああ、皆楽しんくれたよ」
誰一人欠ける事のないように、また来年も。と書かれた短冊に苦笑しながら、恭介もその場を後にした―――。
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ST/工藤狂斎
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