●八百屋お七は火をつけて…… どこが住まいか、わからない。 火の粉が降る夜に互いを見初め。 いとしかわいと夜を明かし。 あね様方は、わたしを笑う。 契る男はその夜が限り。 恋しがるとはうぶなこと。 どこにいるかはわからない。 もしまた空に火がつけば。 恋しいあなたに会えるかも。 焦がれ焦がれて気がつけば、 ほむらあふれて、家焦がし、 あね様方も灰にした。 ●猫狩り 夜遅くに呼びつけてごめんなさい。から、ミーティングは始まった。 「一匹のメス猫が、E・ビーストになった」 『リンク・カレイド』真白イヴ(ID:nBNE000001)がキーボードを叩くと、ふわふわとした長い琥珀色の毛並みが美しく、愛らしい顔立ちの猫がモニターに映し出された。 「フェイズ2。体長は2メートルに巨大化。体表面に赤い炎を纏っている」 更に隣のモニターに現在の姿がうつしだされる。 姿も愛らしさもそのままに、体だけが大きくなり、ただ毛並みからふわりふわりと炎が立ち上がり、燃えている。 「ブリーディング用にペットショップに飼われている血統書付きの箱入り猫。表に出たのは、この店が火事になって、緊急避難でケージから放たれた一度きり。そこで運命の恋をした」 深層の令嬢が、街の若者と恋をする。 物語のような一夜だった。猫がただの猫のままなら、また逢うこともできたかもしれない。 「この猫は、夜中に火事になれば、また恋しい雄猫に逢えると思ってる」 獣の浅知恵。客観的に考えてそんな訳がない。 逆に近所に住んでいる猫ならば、炎に巻かれて命を落とす危険性も高い。 そもそも今の姿では、当の雄猫もとっとと逃げ出すだろう。 「残念ながら、事態は現在進行形。今から現場に急行しても、すでに済んでいたペットショップは小火が起きている。一緒に飼われている動物にも、若干の被害が出ている」 映し出される、ペットショップ。外観と近所の地図。 「雌猫は、雄猫が来るまで火付けをやめない。来るまで待つ道理はない」 倒して。と、イヴは言う。 「猫は今ペットショップから少し離れた空き地にいる。雄猫に逢った場所。火事に気を取られて人目も少ない」 映し出される広場の写真。ペットショップからの道順が赤く示される。 放置すれば火事が広がる。とめなくてはならない。 「身を焦がす炎で、不注意に触れればこちらが焼ける。気をつけていってらっしゃい」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年04月27日(水)22:52 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●春の闇に舞うは火の粉 春の空気は、むせ返るほど濃密だ。 月さえ潤む春の夜。 どうせならそぞろ歩きがよかろうに。 ことここに至っては、もはや一刻の猶予もなし。 狭い路地を駆け抜けて、リベリスタたちは先を急ぐ。 『兎闊者』天月・光(ID:BNE000490)が通りすがりの猫に聞いても、近隣の猫と付き合いがない恋グルヒを知る者はなかった。 「この界隈の雄猫は、根こそぎ姿を消しました」 光は、猫の言葉にうなずいた。 まじないと称して、人目をくらまし、先を急ぐ。 願わくば、月も照覧遊ばすな。血で汚すには忍びない。 ●恋とは、どんなものかしら 『BlessOfFirearm』エナーシア・ガトリング(ID:BNE000422)に問えば、 (所詮は自らの願望が産み出した錯覚に過ぎないわ) と、答えが返ってくるだろう。 (でもそれで十分。最も難しく勇気のいる第一歩を踏み出すための力となるのだから) 『百の獣』朱鷺島・雷音(ID:BNE000003)には、恋グルヒの動原理は分からない。 (戀いと言う字を解いてみれば、いとしいとしと言う心) 都都逸をそっと呟いてみても、少女には朧の如く不確かなものだ。 (運命の赤い糸というのが仮にあるのであれば、良い飼い主に買われて行った後でも再会して恋に落ちるというドラマチックな展開もあっただろうに) 『テクノパティシエ』如月・達哉 (ID:BNE001662) は、自分の考えを砂糖菓子のようだと思う。 (とんだロマンチストだな、僕も。それでも、恋に狂った猫にはしつけは必要だ) その場の誰もが考えていたことだった。 止めなくてはならないと。たとえ命を奪っても。 ●いとしかわいと 広場の真ん中に陣取るは、可愛い雌猫。 琥珀の毛並み、緑の目。身の丈実に六尺八分。 宿るは、紅蓮か、陽炎か。 称して赤猫恋グルヒ。 うるるる。 喉を鳴らして、恋しい雄猫を待っている。 うるるる。 声に惹かれて、雄猫たちが一匹、また一匹と巨大な雌猫の前に躍り出る。 うるるる。 恋しい雄猫以外など、うるさい羽虫と同じこと。 ふかふかした尻尾を振ると、ぼうと赤い炎が雄猫共を包み込んだ。 めらめらと燃え上がる雄猫。 小さな炎の塊が、よたよたと二三歩歩き、ころりころりと恋グルヒの足元に転がる。 うるるる。 恋グルヒが切ない声で鳴いている。 愛しの君よ、ご照覧あれ。赤猫恋グルヒ、ここにあり。 ●切ない吐息 雷音が、広場を恋グルヒとリベリスタだけのものにした。 これで何人もこの場に近づこうとは思いもしない。垣間見たとしても、春の朧のごとく頼りなく、すぐに記憶から消えるだろう。 「これで君の恋路を邪魔する舞台は整った。猫の恋を邪魔をしても馬に蹴られるのかな?」 雷音は、小さく呟く。 (想い人すら触れた途端に焼き尽くしてしまう炎じゃ、ハッピーエンドを迎えられないよ) 「悲恋は好みじゃないの」 『カチカチ山の誘毒少女』遠野うさ子(ID:BNE000863)は加速していく思考に身を任せながら、恋グルヒの鳴き声を取るため、レコーダーのスイッチを入れた。 闇を見通す赤い瞳。恋グルヒに近づくことなく、仲間からも間合いを取った位置につく。 (邪魔するのも無粋ではありますが、それが周囲に累を及ぼすというのであれば、捨て置けません) 「本当に許さざるべきは侵食因子なのでしょうけどね……」 『シスター』カルナ・ラレンティーナ( ID:BNE000562)は 白い翼を広げ、急ぎ自らの定めた位置につく。グリモワールを両手に抱え、体の中から湧き上がる魔力の泉を整える。 エナーシアも散開し、ショットガンを構え、マウントしたライトで恋グルヒを照らし出した。 ライトを浴びた琥珀に紅蓮を孕む雌猫。 これから狩られるとは露とも思っていない、とろりととろけた丸い瞳。 (猫さん、可哀想……本当に、雄猫さんのことが好きなんだね……でも、倒さないといけないんだよね……わたしはせめて、わたしに出来ることを……リベリスタとして……) 『臆病ワンコ』金原・文(ID:BNE000833)は、自らを鼓舞し、恋グルヒの前に正対した。 目をそらさないと決めた彼女の足元から影が伸び、励まし寄り添うように立つ。 『拍動する炎』アリア・ローゼンタール(ID:BNE000670)、達哉、光も、恋グルヒを取り囲み、広場から逃がさないように、各々準備を整えた。 恋グルヒは、闖入者たちを一瞥し、ふああと大きくあくびをした。 ●三千世界の烏を殺し主と朝寝をしてみたい 前衛四人に張り付かれた、赤猫恋グルヒ。 その命運は、風前の灯か。 巨大な猫の毛並みから小さな火の玉がふわふわと湧き上がり、恋グルヒ自身が大きな火の玉に姿を変えた。 光がけしかけた毛玉や猫じゃらしは、恋グルヒに届く前に灰になる。 溢れる思いを止められないとぷるぷる身を振るわせると、炎が飛礫となって尾を引き、空といわず地といわず、花よ咲けとばかりに飛び散った。 散開していたため、後衛の四人には届かなかったが、間近にいたものはそうはいかない。 避けきるには余りの数に、リベリスタ達も歯を食いしばる。 声もなく、文、達哉、光が炎に包まれる中、アリアはまとわりつく炎を苦もなく振り払う。 「……その甘い火を、悉く焼き尽くす!」 アリアからほとばしるまばゆい閃光が、仲間に絡みつく炎の赤を上書きした。 くるるる。 恋グルヒは短く唸り、パリパリと前肢で地面を掻いた。 その前肢を、無数の散弾が貫き、足先だけが白いくつしたアンヨに血の華を咲かせる。 辺りに漂っていた花の香りと火の匂いに、火薬の匂いが混じった。 エナーシアのショットガンの銃口から煙がたなびき、ポンプアクションで薬莢が飛びだした。 雷音は、達哉に駆け寄り、癒しの符を施した。爆炎でえぐれた傷が乾いていく。 (少しでも彼らの怪我が少なく戦いやすいようにするのがボクの役目だ) それでも、回復の手は足りない。雷音は背後のカルナを振り返る。 控えていたカルナが、治癒を請う歌を口にする。 その調べは天に届いて、清らな者より祝福の言葉が降り、その場にいた者の肌に刻まれた火線を癒した。 「悲劇になる前にここで止めなきゃ、ね。」 アリアが凛と声を響かせた。 ●君が袖振る 恋グルヒ、糸の罠には嵌れども、恋の炎が強すぎて、糸は焼かれてどこへやら。 五臓六腑が毒で焼け、口から血の糸垂らしても。 袖を振り振り、にゃんと鳴く。 元の姿のままならば、可愛いアンヨであったろう。 血染めの前肢はさしづめ棍棒。 雷音めがけて振り下ろされる。 朧月夜によく映える、炎が長く尾を引いて、琥珀から白また紅。 ぼかし模様の大振袖が夜空にぱっとひらめいた。 雷音は幾度か咳き込みながらも踏みとどまった。導師服は無残に爪で引き裂かれ、じわりと赤く血がにじむ。 カルナは、空を仰いで魔道書を掲げ、癒しの聖句を詠唱した。 心地よい微風が雷音を包んだ。切迫していた呼吸が安らかなものに変わった。 ほぼ同時に、エナーシアはかっと目を見開きショットガンの仰角を跳ね上げ、恋グルヒの鼻面めがけて必中の一撃をぶち込んだ。 恋グルヒの目が潰れ、鼻先、頬がはじけ飛ぶ。 「男を待っているときに顔を傷つけられて黙ってられるかしら?」 口元に笑みを浮かべる容赦なき射手、『BlessOfFirearm』 ふーっ。 背中の毛を逆立てて、恋グルヒがエナーシアに頭を巡らせた。 ●疾風怒濤 エナーシアに突進する恋グルヒに追い縋るように、泣き出しそうになりながらも歯を食いしばった文の影が伸びて絡みつき、黒い光が恋グルヒの頭部を貫く。 ぎにゃあぁ!! 衝撃に苦鳴を上げる恋グルヒの目の前を、光が通る。 反射的に威嚇した恋グルヒの背後で声がした。 「なんてね、嘘うさ!」 跳ねるようにステップを踏んで、レイピアを恋グルヒの背に深々と突き刺し、近づく足音に後を託してさっと退いた。 「仲間もポリシーも守り抜いてみせる」 追いついたアリアの重たい得物が渾身の力で背骨も折れよと叩きつけられる。 がは……っ!! 恋グルヒが不自然なまでにのけぞった。 (燃費は悪いが、ノックバックを狙ってみようか) 達哉の周囲の空気が、負荷に耐え切れずに鳴動した。 ありとあらゆる事項を計算しつくし、最適のタイミング、最適の位置で脳内で渦巻いた息苦しいまでの高速思考が物質界で開放される。 ぎゃうん……っ!! 叩きつけられた思考波の奔流に高い声を上げ、宙を跳ねる鞠のように、恋グルヒはあさっての方向に吹き飛ばされた。 「今の内、立て直すぞ」 達哉が声を掛ける。 俯瞰で見ていたカルナの指示に従い、リベリスタ達は恋グルヒを逃がすまいとそれぞれ散開する。 無様に地面に転がるも、恋グルヒはすぐに顔を上げた。 ぺろぺろと舌を伸ばして、前肢をなめ、顔をこすり、背をなめ。 顔半分の毛並みは血に汚れたままだが、愛らしい顔を取り戻し、満足げに声を上げる。 癒えてなお白目まで真っ赤に染まった片目を細めて、恋グルヒは、にゃあ。と小さく鳴いた。 ●一目なりともあなたに会いたい 恋グルヒは何度も何度も身をよじり、時には振袖を振るった。 「この称号は伊達じゃないわ、そんな火一つじゃ揺るがない!」 アリアは、『拍動する炎』の名に懸けて、恋グルヒの前に立ちふさがり仲間を庇った。 雷音の鴉は舞うことなく、仲間を癒すための符を投げ続ける。 カルナは紡いだ魔力を癒しに置き換えた。 回復はうまく回っていた。誰も致命傷を受けることはなかった。 機敏ではない恋グルヒに攻撃を当てることはさして難しいことではなかった。 それでも、恋グルヒをしとめることが出来ない。 強靭な獣の肉の鎧をえぐり、骨を断つことが、麻痺させ、毒で蝕み、治癒を止める致命の有効打を振るうことが出来なかった。 それゆえ、恋グルヒは全身傷だらけになりながらも、炎を撒き散らし続けているのだ。 ほんの少しのずれが重なり、気がつけば、リベリスタの消耗は著しいものになっていた。 達哉や文には、もはや技を振るう力は残っていなかった。 アリアの無限機関は彼女に力を供給を続けていたが、仲間の誰かに常にまとわりつく炎を消すのに忙殺されていた。 だが、回復の手を休めることは出来ない。 止めたら、次は誰かが落ちる。 事態が千日手の様相を見せ始めたとき、ふと、恋グルヒが後ろを振り返った。 にゃうん。 一声鳴き、大きく尻尾が振られる。全身から喜びが溢れた。 その隙あらばこそ。 それまで千切られても千切られても糸を放ち続けていたうさ子の罠が、再び恋グルヒの四肢を今度こそ確かな手応えで縛り上げた。 無数の糸が美しい毛並みを乱して、全身に食い込む。 毒で恋グルヒの赤い舌がどす黒く変色し、巨大な猫はいよいよもって化け猫じみていた。 ぐぎゃああああああ……っ!! 頭を打ち振り、暴れる恋グルヒに、それぞれが持てる技を駆使して恋グルヒを叩きに叩く。 ここで、この化け猫を逃す訳には行かない。 それぞれが声を上げながら、六尺八分の巨大な猫に己が力を叩きつける。 達哉は、愛用のショルダーキーボードで恋グルヒを打ち据える。 「ごめんね、身づくろい、させてあげられないの……!」 声を詰まらせながら、文は手甲についた刃を猫に捻じ込んだ。 誰も彼もが、何度も何度も。 そのたびに、恋グルヒの巨体がばうんばうんと跳ね上がる。 最後にエナーシアが容赦なく心臓めがけて、ショットガンの引き金を引いた。 血と毒に染まり、美しかった毛並みもぼろぼろに成り果てた恋グルヒは、そこでようやく動きを止めた。 奇跡のように、愛らしい顔立ちだけはそのままに。 めら、めらめらめら。 もはや制御不可能の恋グルヒの恋の炎は、命を失ったその身を焼き始めた。 「さようなら。次に生まれてくるときは……せいぜい良い恋を。こんな燃え盛るだけで後に何も残らないのじゃないのをね」 エナーシアが呟いた。 もし、恋グルヒが振り返らなかったら。 恋グルヒの恋心が招いた辛勝だった。 ●後に残るは 待機していた別働隊が恋グルヒの骸を消火していた。 うさ子は、録音していた恋グルヒの声を辺りに流してみた。 (せめて雄猫に会わせてあげたい。相手の猫だって、会いに来てるかもしれない) たとえ、恋グルヒが変わり果てた姿でも。 ふと見ると、一匹の猫がベンチから塀の向こうに降りていった。 件の雄猫かどうか、うさ子にはわからなかった。 先程まで強結界がかかっていた。猫が結界を破れるだろうか。だが、恋グルヒは確かに……。 「さ、急いで戻りましょう」 別働隊が引き上げるのを確認すると、住民の目を気にして、アリアは速やかな撤退を促した。 カルナ、エナーシアが続く。 うさ子も後に続いた。 「救いのない恋物語は、好みじゃないのだよ」 「ぼくは解らない。だって、燃える恋なんて御伽話しだもん」 光も、にゃははっと笑って走っていく。 雷音も後に続く。ぽちぽちとメールを打ちながら。 『今回も無事任務完了です』 ふと恋グルヒに引き裂かれ、血にまみれた導師服を見下ろす。それでもあえて無事と書いた。 『愛らしい猫さんを倒すのは少し心が痛かったです。お買い物してかえります』 いつか恋に焦がれて身を焼く心がわかる日が来るでしょうか。 少しだけ。と、文はその場に留まった。 「猫さんの心は、きっとこの空き地に残るよね……」 広場の隅にしゃがみこみ、文はそっと花を置いた。 その横に猫缶が置かれる。仰ぎ見ると、達哉が線香に火をつけていた。 「これは僕なりのけじめのつけ方だ」 文は小さく頷いた。 「これ、撫子です。花言葉は、『純粋な愛』」 春の空気は、むせ返るほど濃密だ。 沈丁花、火の粉の匂い、火薬の匂い。それに撫子と線香の香りも加えて、いつまでも辺りに漂っていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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