●ユウタの夢 ねえ、しってる? もうすぐかぼちゃのおまつりなんだ。 ちっちゃな子でもとくべつに、ちょっぴり夜ふかししても「めっ」てされないんだ。 みんながだいだいいろの明かりを持って、なんだかふしぎなかんじになるから、いつもの夜とちがってこわくないよ。 その日はね、みんながいろんなものになるの。おばけになったり、てんしになったり。 だからぼくも、その日はぼくじゃなくなるんだ。 飛びはねても息がはあはあならなくて、走ってもしんぞうがくるしくならない、いつもとちがうぼくになるんだ。 ねえ、だからぼくも、かぼちゃのおまつりしてもいいでしょう? おもいっきり、あそんでもいいでしょう? ●真に楽しい祝祭を 「病院に、エリューションが出る」 行ってきて、と少女はいつものように端的に言った。 当然、エリューションを始末しろと、そういう意味だと解釈するリベリスタらに『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)はいつもと違う補足を付ける。 「いちばん簡単な方法は、ぶん殴ること。殴って、蹴って、斬り刻んで……それでおしまい。だけど——」 「そうでない方法も有る、と?」 傍らで興味深げに瞳を細めた夜色の青年に、フォーチュナのかすかな一瞥が向けられた。首肯代わりのゆるい瞬きをひとつ挟んで、託宣は続く。 「其れはエリューション・フォース。六歳の男の子の思念体。その子は、去年知った『かぼちゃのおまつり』を楽しみにしてた。カレンダーに毎日印を付けて心待ちにするほどに」 だからその日、病院の屋上に『出る』のだという。 伝え聞いた仮装行列が眼下の市街を通るのではないかと、寒い寒い北風に晒される屋上で柵にすがってじっと眺め待つという。 「だけど、その子の期待するものは現れない。だからその子は、自分でやろうと思うんでしょうね。赤く紅く燃える魔炎をその手に喚んで、小児病棟へ入り込んで、他の子たちにも『いっしょにおまつり、しよ』って……」 「それはいけませんね」 由々しき事態を危惧する言の葉を紡ぎながらも、『常闇の端倪』竜牙 狩生(nBNE000016)は答えを得たかのように椅子を引いて立ち上がる。 「では、彼の願いを叶えましょうか」 消毒液の匂いがするシーツを頭から被っただけの仮装で、魔炎という灯火を手にする狂祭ではあまりにも哀しすぎる。本当の『かぼちゃのおまつり』を教えてやれば、遠く眺めるだけでなく共に催して遊んでやれば、痛みなど生まぬ楽しい時を過ごせるはずだ。 「少年が満たされることが、もうひとつの方法、なのでしょう?」 問うた青年の微笑みに、少女はこくりと頷いた。 「その子はもう、思いきり遊べる『身体』は手に入れた。ささやかな願いが実現しさえすれば、思念がとどまる理由は無いもの」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:はとり栞 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月10日(木)23:00 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●備 「ハッピーハロウィン、です」 白く無機質なカウンターに華やかなオレンジと黒の包みが乗せられたそのとき、小児病棟の入口で小さな歓声が湧いた。 雪白 桐(BNE000185)がナースステーションに差し入れた菓子は、今日の催しに加われないスタッフの方々へのお裾分け。忙しなくもテキパキと出入りする看護士らは、パンプキンの甘い香りに顔を綻ばせては、地道にして重要な日々の業務に勤しんでいく。 事前に申し伝えてあったボランティアだと告げれば話は既に通っており、一行はすぐに担当者の元へ案内された。 「本日はよろしくお願いします」 顔を合わせた担当者は居並ぶ若者たちに丁寧に頭を下げ、素敵な企画に感謝し歓迎すると相好を崩した。 「私、子供大好きなんですぅ♪ だからぜひ病棟のみんなにも楽しいパーティーを教えてあげたくてぇ♪」 なにより自分が、仮装もお菓子も楽しみで堪らない。お任せを〜と『ラブ ウォリアー』一堂 愛華(BNE002290)が胸を叩けば、ハロウィンを通じて入院中の子供たちの触れ合いの機会になれば良い、と『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018)も言い添える。 「子供たちの体調もあるでしょうし、あまり遅い時間まではお邪魔しませんので」 僕みたいのが奉仕活動なんてと己の偽善を蔑む心は内に秘め、先手を打った気遣いも滲ませた。 続いて桐や『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)らが子供たちの病状についてのレクチャーを乞い注意点を尋ねると、担当者はまなじりを下げて深く頷く。 「本当に、お若いのにしっかりしてますねぇ……」 「ええ、見目よりもずっと成熟した子も居りますよ」 初見らしからぬ様子で担当者と談笑した『常闇の端倪』竜牙 狩生(nBNE000016)は、物問いたげな視線に気付くと「責任者の役を仰せ付かりましたからね」と密やかにりりすへ目配せする。子を預かる病院の立場からすれば、電話連絡のみよりも、事前に『責任者』が挨拶に出向き対面していたほうが信頼感も増すだろう。 ……まぁ、今回は願いさえすればアークの根回しでボランティアの許可は簡単に下りたでしょうが。 彼はさらりと告げると共に、看護士らとも打ち合わせを進める一同を見遣って唇に薄い笑みを刷く。皆さんが良く気を配っておられるので、私もひとつ誠意を足してみただけのこと、と。 「みんなも飾りのお手伝い、してくれるかな〜?」 レクリエーション室に集った比較的元気な子供を相手に、終は色とりどりの紙とハサミを両手に掲げた。 はい、はい、はぁーい。 我先にと手を挙げる子らに紙を配ると、描いておいた切り取り線に沿ってちょきちょきと切り紙の実演をしてみせる。 「ほら! 蝙蝠リースの出来上がり!」 わぁ、と声を上げ僕も私もと終に殺到するさまは、『外』の健康な子となんら変わらない。だがガラガラ引く点滴台や、鼻に付けた酸素の管を目にすれば、やはり患者なのだと思い知らされる。はしゃぎがちな幼子には元来テンションの低いりりすが相手をし、本番前に疲れ果てぬよう落ち着かせてやったりもした。 一方、ベッドから離れられない子らの病室には『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)が顔を出した。 「見ておるだけではつまらんじゃろうて」 折り紙と糊を差し出すと、携帯用ゲーム機にも飽きたような子の瞳にも輝きが宿る。 引き寄せたベッドサイドテーブルの上で、短冊状に切った折り紙を輪にして繋げる鎖飾り。 「ゆっくりのんびりマイペースで良いからのぅ?」 細腕に注射痕のガーゼをいくつも貼った少女の頭を撫でてやれば、少女はウンと頷きつつも目も逸らさず、次に繋げる鎖の色を真剣に吟味した。 「ここぉ〜?」 「もちょっと上っ」 「ちがーう、行きすぎぃ」 「あ、あ、そこそこ!」 飾り付けはどーんとボランティアのみんなでやっちゃいますぅ! と胸を張った愛華らが、ああだこうだと言う子らの指示も聞きながら、皆の作った紙飾りの数々で殺風景な病棟を彩っていく。 きらきらの金のかぼちゃが扉を飾り、緑の蔦めいた鎖飾りが壁を這って、カーテンレールから様々なコウモリがぶら下がって揺れる。おほしさまにハート、ロケットやでんしゃ、好き放題な飾りも混じるのは子供ならではのご愛嬌。訪れた親を、看護士を捕まえては、子供たちは自ら作った飾りを得意げに指差して満面の笑みを浮かべた。 ●迎 それはまるで、はためく白壁に囲まれたラビリンス。屋上に列をなして干された大きなシーツの陰から、純白の長い耳がぴょこりと飛び出す。 「やはぁ、迎えに来たよ!」 爪先立って柵越しに市街を見詰めていた幼い少年は、ぴくりと肩を揺らして振り向いた。 そこに居たのは、もふもふの兎の着ぐるみに燕尾服を着た『素兎』天月・光(BNE000490)。 「ぼくは魔法の国からやってきた兎だよ!」 「わたしは魔女なの」 「うむ、ボクは天使なのだぞ」 可愛く膨らんだスカートからふさふさ尻尾を、ツンと尖った帽子からは大きなわんこ耳を覗かせた『臆病ワンコ』金原・文(BNE000833)も、箒片手に並んで微笑む。 さらに可憐な天使が三人、本物と見紛うばかりの翼を背負って現れた。 「仮装よ仮装。ええ、エレーナはこれが仮装なの」 のびのび翼を広げた『蒙昧主義のケファ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)はしれっと言い切ったが、『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)自慢の羽根に思わず少年の手が伸びると「こ、こら引っぱるな」とやや痛そうにする辺りなど、とっても本格的。 すごくすごく本物っぽい格好のなんだかすごい人たちを前にして、少年は自分の姿を見下ろすと語尾が消え入るように言い淀んだ。 「えっと、ぼくは……ユウタ。……なんだけど……」 ユウタは物干しから拝借した一枚のシーツをかぶっただけ。しかも、シーツの下はいつもと変わらぬ病院のパジャマに、素足に履いた病院のスリッパ。 だが、 「ふっふっふっ……兎はなんでもお見通しなのだ!」 じゃーん、と光は鮮やかなオレンジの衣装を取り出した。渡されるまま衣装を受け取ったユウタは、きみの衣装だと告げられて数度目を瞬いたあと、花開くように破顔する。 「あ、あり……ありがとう兎さん!」 ——今、其れは着ぐるみの下に隠れているが——絆創膏を何枚も貼った指をぐっと握り、光は返事代わりに拳を突き出す。促され、ユウタが頭にクエスチョンマークを浮かべつつも同様に拳を作ると、 「友達同士はこうするんだ!」 光はコツンと拳をぶつけ合わせ、ニッと笑った。 「僕たちは友達だ!」 ぎざぎざの口を開けたかぼちゃの仮面を付けて、シュバッとポーズを取るジャック・オー・ランタン。 「かっこいいよ、ユウタくん♪」 いつもならちょっぴり照れるところだが、今日はいつもと違う自分なのだ。ぱちぱち拍手する文に駆け寄ると、少年はえっへんと胸を張った。 翻るマントの裏地にはユウタ自身で描いた絵や柄が所狭しと踊り、当初の無地よりだいぶ賑やかなことになっている。自分の手が入っただけ思い入れも増すのだろう、借りた手鏡を覗き込んでは、なかなか返さない。 「さあ、そろそろ行こっ」 本番の、ハロウィンパーティーへ。 暮れなずむ空は夕焼けに染まり、炎のごとく橙色に燃えている。ハッと思い出したようにユウタが自分の両手を見下ろすと、その手にかぼちゃの張りぼてで飾った灯りが乗せられた。 魔炎なんて喚ぶ必要は無い。文が渡したかぼちゃランプに、ユウタの顔にみるみる笑顔が広がっていく。みてみて、と屋上の全員にかぼちゃランプを見せびらかして回る少年に笑みを零しながら、一行は階下へ続くドアを開けた。 ●酣 「こっちだよっ」 右手にかぼちゃランプを掲げ、左手を繋いだ雷音を引っぱって、少年は屋上からの道を慣れた様子でぐいぐい進む。小児病棟に辿り着けば、そこは既に立派なパーティー会場と化していた。 「とりっくおあとりーとぉ!」 まず出迎えたのはかぼちゃ色の着物に身を包み、チーターな耳と尻尾を揺らした『さくらのゆめ』桜田 京子(BNE003066)の猫又さん。 「えっと、えぇっと……」 今のはたしか、屋上で教わった合い言葉だ。それを言われたら「これをあげたらいいわ」って巻き角の天使さんが教えてくれた。 ユウタはぽっけをゴソゴソまさぐると、猫又さんの肉球の上にちゃあんと飴を渡してあげる。 「がおー☆ 血ぃ吸うたろか~なのじゃ♪」 そこへ襲い来た吸血鬼。剥き出した牙は地味ながらも本当にギラリと尖っていたが、少年は牙に怯えるよりもその妙な動きに喜声を上げる。きゃあきゃあと天使の後ろに逃げ込んでみると、頭上に天使の輪を付けたエリス・トワイニング(BNE002382)は、抱えていたかぼちゃの器を開けて言った。 「……エリスも……カボチャの、クッキー……作ってきた、から……。一緒に……配ろ」 渡された小袋を吸血鬼さんにあげるのに、ユウタが少し迷ったのは、美味しそうな匂いがふわりと鼻先で漂ったから。 「あげるばっかじゃなくて、もらいっこしよう!」 わたしにも、お菓子ちょーだいっ♪ と、まず文が洋菓子を差し出し、えへへとはにかむ。 「ぼ、ぼくもっ」 ユウタもそれに力を得たように飴玉を差し出し、二人は見事お菓子をゲットして嬉しげに顔を見合わせた。 「トリック・オア・トリートぉ! みんなでお菓子を渡し合うの、楽しいねぇ♪」 続いて、ふっくら丸いかぼちゃパンツの魔女っ子がちびっこ使い魔を引き連れてやってきた。傍らには夜の住人が従者のごとく佇んでもいる。 愛華から借り受けた三角帽子を胸に当て、狩生が優美にこうべを垂れてみせると、猫耳、犬耳、熊耳……と、好き好きに選んだカチューシャを着けた子供たちも、見よう見まねで客人を迎えるおじぎを披露する。 「やあ、ハロウィンの同士諸君!!」 ざ、と真紅のマントが翻れば、華麗なマジックショーの幕開けだ。 「今日は諸君に私の魔法を見せてあげよう……!」 偉大なる魔法使い『エンド』が取り出しましたるシルクハット。中はからっぽなのを確認させてから、くるんと帽子を回してみせると、あら不思議。トランプが飛び出し、ぬいぐるみが現れて、みんなへのお菓子だって生み出せちゃう。 最後に可愛いコウモリがばさりと一周、室内を飛行して紅いマントの内に飛び込めば、もう一度広げたときには跡形も無い。 幻想纏いに幻影と、本当は種も仕掛けもあるものの、子供たちには魔法そのもの。不思議そうにマントを撫でたり、透かしたり。 「みんなー! おねーちゃんたちとも、あそぼ♪」 「戦場ヶ原先輩のお菓子も、美味しいですよっ」 『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)と京子の手招きに、今度はベッドに座ったままの子の周りにもお友達が集まった。 カイくんはババ抜きで勝ったから。たーちゃんはあやとりが上手だから。露出度抜群の魔女姿で密かに鳥肌を立てていた舞姫に、「おなか冷やしちゃダメなのよぅ」とブランケットを貸してくれたリエちゃんの優しさにも。みんなにそれぞれの理由で配った可愛いラッピングの中から、コウモリにかぼちゃ、ゆうれいさん、とどんな形のクッキーが転げ出るかも楽しみのひとつ。 七並べでチカコちゃんが勝ったときには、桐がさり気なくお菓子を手渡した。みんなに配ったものと同じようでいて、それは糖分量やアレルギー成分にまで配慮した特別なパンプキンパイ。 部屋の片隅で見守る親御さんと桐が微笑み合ったその瞬間、 「とぅっ! スキありっなのだ!」 「なのだ!!」 不思議の国の兎さんとジャック・オー・ランタンの二人組が、トランプの騎士に扮した桐の膝裏を強襲し、かくっと膝を折らせて逃げていく。 だが、脱兎のごとくレクリエーション室に駆け込んで「やったね☆」と拳を合わせる二人の背後に、じゃーじゃん、じゃーじゃん、と不穏なBGMが迫り来る。 「……どうも。ユウタ君、……と妖怪兔詐欺」 妖怪たんぱんまんは出し抜けても僕からは逃れられない。そんな野鮫ことりりすがパチンと指を鳴らすと、周囲の子供たちが「はぁい」と一斉に何かを差し出した。 それはお菓子ではなく、思い思いに描かれたハロウィンの絵。画用紙からはみ出さんばかりの大きなかぼちゃ、黒地に白で塗りたくられたゆうれいのパレード、左右が反転してしまった平仮名で「ゆうたくんへ」と大書きされたものもある。 「ユウタって、ぼくのおともだちにも、いるんだよ」 「まえ、いっしょに絵本よんだのー」 「おなまえ、おんなじだねえ」 そんな子らの後ろの壁には、印の付いたカレンダーが掛けられていた。ひと月ほど前までは毎日同じ人物が同じように付けたと思しき印が並び、途中から急に、多種多様な印が付けられるようになって、今日の花丸の印に繋がっている。 抱えきれぬほどの絵を受け取った少年は、何も言わない。かぼちゃの仮面を着けた顔をぐっと伏せて、何も、言えなかった。 ただ、 「みなも、今日から友達じゃな」 ぽんと肩に手を置いた瑠琵の言葉には、黙り込んだまま、何度も何度も頷いた。 ●送 カチリと時計の針が進みオルゴールのような院内放送が流れはじめると、宴の時間はおしまいだ。 「ユウタくん、楽しかった?」 文が屈み込んで尋ねると、こくりと少年の頷きが返る。 「わぁ、いっぱいもらったねぇ♪」 愛華が今日の収穫を一袋にまとめて讃えると、やはりこくりと頷いた。 けれど何処か、しゅんと火が消えたような気配は否めない。祭りが終わる寂しさも然ることながら、ユウタの眼差しは病室に戻る子らと家に帰る親たちが手を振って別れる姿に注がれていた。もう慣れているのか、駄々を捏ねて別れを嫌がるような子はあまり見当たらない。 屋上へ行って、もっと遊ぼうか。 幾人かが声をかけるも、少年は初めて、首を横に振った。 「やだ」 小声で初めて、わがままを言った。 「かえる」 帰り、たい。 弾けるように出口へ駆けだす少年を、一同は慌てて追いかける。懸念を抱いての目配せが交わされたが、ひとまず、と桐が口を開いた。 「彼がやりたかったことをさせてあげましょうか」 桐が注視する先、少年の手足は既に末端から透けるように消えはじめていた。 病院の大きな玄関を飛び出し、すっかり暗くなった道を走って、走って、走って。いくら走っても苦しくもないはずなのに、少年の足は次第に勢いを失っていった。 いくら走れても、徒歩でどうにかなる距離ではないのだ。 「安心したまえ、ハロウィンの同士!」 そのとき、再び真紅のマントを翻した終が幻想纏いを高々と掲げた。 カツ、と蹄の音が響き、メルヘンなかぼちゃの馬車が登場する。幻影で何に誤摩化すかも思いつかぬまま馬車は馬車のまま現れたが、一般の人々の反応が本格的なハロウィンのイベントかと感嘆する程度であったのは幸いだ。 先程、楽しかったと頷いた答えは真実なのだろう。馬車に揺られている間にも少年の身体は淡く薄れていく。 「私も、ちいさい頃はおねぇとハロウィンでお菓子貰ったりして……楽しかったなぁ……」 ふと、深い吐息に交えて、京子が独り言のように呟いた。 「おねぇは、もう死んじゃったけど……、思い出は凄く大切なものだって教えてくれた」 友達と一緒にご飯を食べたこと。クレープをかじったこと。すっごくすっごく楽しかったから、いまだに思い出す。 だから、今日のハロウィンも忘れない。ユウタと、皆と遊んだ今日を忘れない。 言い切る京子のまっすぐな瞳に、ユウタは照れたように口ごもる。もごもごと言葉を探したあと、ぼくも、と短い一語だけを見つけ出した。 「……ユウタよ」 見る見る存在が希薄になる少年へ、瑠琵は同じ方向を眺める視線のままで呼びかける。ひとつお願いがあるのじゃ、と。 「今日の子供達のなかには、近々、おぬしと同じ場所へゆく者が居るかも知れぬ」 「うん」 少年は淡々と頷いた。あそこの子供たちには、何十回、何百回と考えたことのある話なのかもしれない。 「そのときは面倒を見てやって欲しいのじゃが、頼めるかぇ?」 「うん」 答えはあまりにあっさりと、迷いも無く返される。迷う余地など無いかのように。 「ぼく……」 ここでいい、と立ち上がった少年は、もう輪郭すらも曖昧だった。持ち上げたはずのお菓子の袋がぱさりと落ちる。「帰れるの?」と問う眼差しに頷き、「いく」と答える。 「あの。……ありがと。あと——」 ばいばい。 小さく振ったであろう手も、もはや見えない。 「違うぞ、ユウタ!」 微笑んだ少年の面影に、光が叫んだ。 バイバイは別れの、別離の言葉。だから、ぼくたちの挨拶は『バイバイ』じゃない。 「『またね」だ!」 また今度。また、会う日まで。再会を願う、約束の言葉だ。 そして完全に消え失せてしまった少年の姿へ、もう一度告げる。大きな声で。 「またね、ユウタ!!」 虚空へ突き出した拳が、コツン、と揺れた。 まるで突き返されたかのように。 そうして、幼い少年が夢見たおまつりの日は、そっと幕を閉じたのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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