●殺人鬼の作法 ××××××××××××。 どこで読んだか、何時に聞いたのか。覚えてはいるけれど口にしないことを誓っている。焦がれたあの人を思い出さないことを誓っている。 ただ、私はその頃からなんでもなく殺人鬼であったし、殺人鬼であった。 人間はなんて脆いんだろうとか、人間を殺すのはなんて楽しいんだとか、そんなことは考えたこともない。脳裏に潜んだこともない。彼等だって私と同じ人間だ。血も涙もあれば、家族も過去もある。当然ながら未来もあるだろう。あるべきだろう。そんなことはわかっているし、そもそも理解していなければ人間として問題だ。 ひねり上げた腕を軽く持ち上げる。あれ、千切れちゃった。ごめんごめん。悲鳴が上がる。もう、夜中に近所迷惑よ。 軽く小突いたらおとなしくなった。白目を剥いて泡を吹いているのは頭蓋が陥没したからだろう。声をかけても反応がないのは脳の一部が破裂したせいか。謝りながら、頭を握りつぶして命を絶った。無駄に苦しませるなど殺人鬼の風上にもおけない悪行である。力を持ちながらそれの行使を怠慢とするのも重罪だ。持つ者の責務は須らく存在する。権利には義務を持って誠実でなければならない。 ××××××××××××。 そうであり、そうであれと私に命令するただひとつの大前提。根幹。つまり自分。自分そのもの。 人の気配がして振り向くと、丁度通りかかった不孝者が今まさに悲鳴をあげる寸前であった。顔が見えない相手との距離を詰めて、声帯を握り潰す。ついでに首も消し飛んだので上下が別れていった。ほら、怖くない。だから叫ぶ必要はないのよ。そう教えてあげる必要もなくなったわけだが、まあ過程が省略されただけなのだから問題はないだろう。憐れ、知らない人。あ、こいつ隣の席のあいつじゃん。ごめん殺っちゃったよ。 反省と照れ隠しに鼻を掻くと、まだ形を残した元クラスメイトを蹴りつける。正確には、消し飛ばす。証拠隠滅終わり。 今日も頑張った。んっと伸びをして帰路につく。妙に大きな満月を、何故だか怖いと思った。 ●預言者の技法 「今回のフィクサードは、何かヒントを持っているかもしれない」 いつもより一層深刻な声音で、集まった彼等へと予言の少女は告げた。 殺人鬼。殺人鬼。理由不明。理解不能。正常性を見出すのも馬鹿らしく、行動に規則性を求めるのもくだらない人殺し。恨みでもなく、愉しむでもなく、興味本位でもなく、食うでもなく、盗むでもなく、売るでもなく。殺す。殺している。 共感不在の哲学と論理だけを共通点とも呼べない共通点とし、ナンバリングされる少女達。 「Gコード、そう名付けられたわ。彼女は自分のルーツを覚えているみたいだった」 振り上げられた拳を打ち下ろすのはいつだって殺意だが、拳を振り上げるそれはいつだって吐き気を催すものだろう。だってきっと、彼女らはそれを悪意だなんて呼ばないのだから。 「この殺人鬼を捕縛できれば、彼女達について何かわかるかもしれない。今回もけして楽な相手じゃないけれど。お願い、Gコードを捕まえて」 ぎゅっと、抱きしめられた兎のぬいぐるみ。布地の立てる音は、拳を握り締めるそれに似ていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:yakigote | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月20日(木)23:37 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●処刑人の方法 今更に分かりきったことではあるが、悦楽ではないのだ。 呼称、Gコード。 それを多少非人的な表現ではあると思うものの、殺人鬼であることに変わりはない。人であり、鬼である。故の呼び名なのやもしれぬ。これまでも、きっとこれからも。 上手く手加減できるように、と『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)は自分に言い聞かせる。体力を削り、捕縛する。殺してはいけない。そのための手心を忘れてはいけない。そんな余裕があればの話だが。 これまでに出会い、戦い続けてきた少女達。彼女らが持ち合わせた衝動とも呼吸とも言い表せぬ殺人原理。これらそれらを少女に植えつけた何か。そんなものがいる、その手がかりになるというのなら、Gコード。けして逃しはしまい。 それにしても、と。源 カイ(BNE000446)は感想する。つくづく、縁があると。人殺も不殺も自殺も自害も他害もひっくるめて。本当に、縁があると。 Aから始まって、Dを飛ばしてGに至った少女達。殺人鬼。殺人少女。それを何者かの調教であると、『下策士』門真 螢衣(BNE001036)は結論付ける。当然のそれとして日々行われる常内の連鎖行動。それらの一部として人を殺す。殺す。殺して、殺して、それが非常へと関連しない。関連させることのない少女達。 仕留めねばならぬと決意する。それがどれほどの難敵であれ。 快楽も感傷もない殺人鬼。死の意味合いを受け取り、ある意味で誠実とも言える殺人鬼。笑わせてくれる。『ナイトビジョン』秋月・瞳(BNE001876)は内心を吐き捨てた。ここまで歪んでいれば、最早人の形をしただけの現象と言ったほうが正しいではないか。人間として見ることも受け取る事も不可能だ。ならば、その現象を。不愉快な人形を創り上げた悪趣味なクリエイターに、落とし前を付けさせねばならぬだろう。嗚呼、なんかぐさっときたぞ。 殺人鬼。それそのものも看過できないが、と『不屈』神谷 要(BNE002861)。殺人鬼。悪行そのものにして何の余地も見出せない最低。それが神秘に関わるものであるとするならば尚の事。これを諫めれば、その全容の緒程度は見つけて克てるかもしれない。不幸を止められるのであればそれは幸いだ。どれほどの細糸であれ、必ず掴みとって見せよう。 殺人鬼。殺人。殺しあい。しかし、その極地においてなさねばならぬのは捕縛。つまるところ生けどりであるのだという。さじ加減が難しい所だと『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)は苦悩する。されど、こちらはかの人非人の様にひとりというわけではない。八人。撥人。その仲間たちと協力し合えば、きっと何とかなるに違いない。正体不明の誰かにして何か。それへの経路を有利に運べるというのであれば、どうにかしてやり遂げるしか無いのだから。 すぐに殺してしまうだなんて。何て勿体無いのだろうと『嗜虐の殺戮天使』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)は反論する。生死を分ける瀬戸際。悲鳴をあげ、悶え苦しむ姿こそ美しいのではないかと。勿体無い。実に勿体無い。悲楽という観点。形こそ、見つめる集約点こそ違えど。理解できぬ、理解叶わぬというそれにおいて、彼女もまた皆と同じであった。 さて、ひとり。殺人への個人感想でもなく、根源への決意表明でもなく。『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018)は別のことを考えていた。聞きたいことがある。誰も答えられぬ中で、もしかしたらという期待を込めて。 それでは鬼胎を髄意に孕み、人間にして人間でなくかつ人間である人間へと人間をしていこう。そろそろいつものことともなりそうなものだが。なんにせよ、夜は殺人鬼の時間なのだから。 ●通行者の兵法 復讐、優越、人種、誇示、絶望、脅迫。やはり、どれもピンとこないな。 例えばそこに。ひとりだけ、ぽつりと立っていたとして。夜に佇んでいたとして。それが何であるか、どういったものであるかの想像がついてしまうなど、それ自身を想定できるであろうか。 それは殺していなかった。ましてや、殺されてもいなかった。彼らがそこに辿りついた時、まだ悲劇は増える前であり、殺戮が殺戮をもって殺戮する平面上へ未だ到達していなかった。 傷はなく。白刃はなく。犠牲者はなく。血糊はなく。鉄錆の悪臭もないそこで。 ただひとり立つそれ。少女。少女。 そう思い立った瞬間が戦場の銅鑼であった。直感ではなく、確信する。りんごが落ちるみたいに確信を持って相対する。これだ、これが殺人鬼だ。犬を見て猫だと思わないのと同じくらいに。窓を見て扉だと思わないのと同じくらいに。それが殺人鬼を見つけた感慨であり、それこそが根幹であった。 取り囲む。敵はおぞましくも殺人鬼。今ここでこの場所においてこの時間。僅かにかけた黄色の月が、笑っているかのようだった。 ●保健係の骨法 殺人鬼だから殺人をしています。 孝平が飛ぶ。 斬込みから跳躍。加速させた身体性質を実感しながらも、そのスピードを更に上げていく。斬り、払い、舞う。踊りながら、人殺しを観察している。 注意すべきは必殺のそれ。預言者より渡された資料から、こちらの防護をやすやすと貫いてくるのだと聞いている。自分もそうだが、後衛に位置する仲間からすれば致命傷にもなりうるだろう。情報はあったほうがいい。一度でもそれを見ることができたならば、次弾以降の予備動作に気づけるやもしれぬ。 そう思う孝平ではあったが、その認識が間違いであるとすぐにわかった。殺人鬼より繰り出された何気ない殴打。振りかぶってのそれではなく、ジャブの一種でしか無い。肘から先のスナップだけで打ち出される弾丸。思わず腕で防いだことを、大きく後悔した。 激痛。驚愕。距離を取り、受けた片腕を凝視する。青く腫れ、動かす度に刺すような痛みが正常な思考を狂わせる。間違いない、折れていた。認識の修正を行わなければならない。それはまさしく暴力である。繰り出す拳、打ち上げる俊脚。その全てが貫通仕込みの銃弾か。 孝平の折れた腕を癒すと、螢衣は攻撃へと移る前に全神経をそれへと傾けた。一撃一撃はおろか、所作の全てが人殺しともなりかねない少女。殺人鬼。Gコード。では自分のやるべきは、その殴殺を減らしてしまうことだろう。 傾けた視線は全身を走る回路と直結し、脳内で思い描く理想のそれを架空の現実に書き換える。呪印。呪言。自由自列を奪うために展開されるそれは、書き記すようにではなく、流しこむように殺到した。縛陣。拘束。絡みついた文言の群れが殺人鬼の行動に制限をかける。身体に写り込んだ印字の羅列は、耳なしの坊主を彷彿とさせた。 これで良い。一息ついたのもつかの間、その視線に気づいて意識を戻す。目が合った。次には目前にいた。 速い。顔も見えぬ距離から声を上げる前に殺した殺人鬼。その進軍は縮地のそれか。自分の首に、人殺しの腕が伸びる。 螢衣へ向けられる死の一手。それを止めたのはカイであった。軋む音。その膂力を前に、彼の右腕が悲鳴をあげている。肉が潰れ、骨が砕けることへの心配はない。これは義手だ。流石に、これを目の当たりにして生身で受けたりするものか。 「圧倒的な腕力……堪えて下さい僕の右手」 微音。恐らくは、自分のそれに罅が走った音だろう。長くは持たない。次は左という選択肢がない以上、ここで動かねばならない。ついぞへし折れたそれと同じく、空いた腕を振りかぶり殺人鬼へと叩きつけた。お前のそれも折れろ。折れてしまえ。 痛みに、少女が顔を歪めている。愛らしいそれが狂うことは嘆かわしいが、構わず痛恨に打ち付ける。打ち付けようとして、突然身体が軽くなった。捻じ取られてしまったのかと機腕に目を移すも、そうではない。では何が。思う前に、口から赤いものが咳き込んだ。 崩折れる。嗚呼なんだ。減ったのは腕じゃない、腹じゃあないか。蹴り破られて弾け飛んだ腹ん中じゃあないか。他人ごとのように後ろから見つめるも、痛覚はそれを許さない。悲鳴を噛んで堪え、意識が途切れる前に未来を消費した。 起き上がる。起き上がる。驚愕の表情で己を見つめる彼女に、覚悟と気概を見せつけてやる。全ての吐き気を目の当たりにして、なおも相対する高潔を見せつけてやる。 「別件で貴女の同類に敗北を期してますからね……簡単に倒れる訳にはいかないんですよ」 一に敗北して、どうして二が越えられようと。 ティアリアの歌に乗せたそれが、カイの傷を癒していく。 「あらあら、酷い状況ね。大丈夫?」 一撃が致命打となりうる以上、どれほど治癒しようとも重なり積み上がるそれには追いつかない。それでも受けた端から治していくしかないだろう。命が摘み取られてしまうなど、なんだ、ほら。勿体無いじゃないか。 自然、笑みが零れていくのが自分でもわかる。それが苦痛に歪む顔を見た快楽と分かりきっていても、 如何にと何故にと自問することにした。ともすれば笑声も漏れてしまいそうなものだが、それは意識して抑えることにする。なに、響かせてしまってもそれはそれで良いのだが。 「ふぅ……ふふ、殺せない心境ってどういうものかしら、殺人鬼」 同じ、ではない。ありえない。しかし、彼女もまた異端のそれだ。肌が奮える。くすぐられる悦感。これが恐怖でないと自覚しながら、それでも如何にと何故にと自問を続けた。 紅涙・りりす。これも異端のそれか。 「触ったモノを硝子に変えちゃう友達とか居る? 居たら紹介してくれないかしら?」 僕、その子のことが好きかもしれない。冗談とも本気ともつかぬ声音で問う。殺しあいながら。殺しあいながら。でもきっと、心からの言葉なのだろう。殺し愛えるだろうかと思うぐらいには。 「んー……知らないわねえ。そんな子居るの?」 緊張感がない。なんて誰が咎められよう。それでも殺している。殺し合っている。切り結び、死を掻い潜っている。 顔の横を拳が通り過ぎた。当たってもないのに頬が裂け、顔を赤くする。かすりでもしたらどうなるのかと、心臓がバクバク悲鳴をあげていた。きっと致命傷だ。致命傷になるんだ。ヤバいドキドキしてきた。 「名前聞いたら好きになりそうだから、別な事を聞くね。僕が勝ったら君のぱんつちょーだい?」 「えっち」 味方の傷が目立ちだした頃を見計らい、要が前へ出る。大盾を構え、仲間が自分の横を過ぎて下がるのを、視線を動かさずに確認した。 十字に編んだ気烈が殺人鬼の肌を焼く。仕返しと突出された蹴り足を必死の思いで避けた。鎧の割れる音。ほんの少しすれただけで、防中の皮も切れている。どくんどくんと高鳴る心臓が喧しい。高鳴るな。それすら思うな。意識を少しでもずらすんじゃない。少女の矛先を、こちらへと向けることには成功したのだ。思惑通りじゃないか。このまま生き残れればの話だが。 避ける、避ける。防ぐな。受けるな。けして肌を重ね合わせるな。どれもこれも死だ。死そのもの。死でしか無い。 衣服が避け、赤いものが筋を作っている。それでも屈服しない。恐怖は大群をなして血河を渡る。その流れに押しつぶされてなどやるものか。 危機感だけを頼りに首を捻れば、髪の一房を失った。どれだ、次はどこから死がやってくる。 死が、向こう側にも見えてきた。星龍は、その匂いを敏感に感じ取ると仲間に知らせて引き金を引いた。腕に当たる。両腕を使えなく出来ればと思ったが、安易にはいかぬようだ。見た目は少女の細腕に過ぎぬそれが、鉛の銃弾に抗を見せている。 もう一度、腕に。それを繰り返し、繰り返し。攻撃のタイミング。それを見ることはやめてしまっていた。最初の一度でやめてしまっていた。あれを技などと想定していた事自体が間違いであったのだから。暴力。常人にあらざるが故にエクストラ。あれが技術でなどあるものか。何から何まで全てが全て暴力の塊でしかないのなら、それと相対するしかないのなら、常時として訂正されぬそれを見やるに何の意味があろう。 撃つ。もう一度。撃つ。ようやっと顔をしかめた殺人鬼に、次は足ぞと弾を込める。 瞳のそれが動いた。頭部の硬質が景色を仲間を殺人鬼を戮場を0と1に還元し、世界を機械的に羅列へと落とし込んでいく。 「私の眼からは逃げられん、諦めろ」 戦闘に終りが見えてきているのだ。彼女の機部は、直結する脳髄に殺人鬼の限界が近いことを伝えていた。逃走を警戒しつつも、それまで続けていた歌を再開する。功を急いてはならない。今回のように、敵の生存を目的とするならば尚更だ。傷を癒し、癒し、癒す。誰一人として欠けさせはせぬ。 互いに疲弊し、それでも立ち上がるリベリスタと、傷の増えていく殺人鬼。その差が顕著に見えて、誰の目にも終戦が近いことを明らかにしていた。 ●殺人鬼の作法 少女。 「酷いなぁ……」 傷ついた身体で、殺人鬼が苦笑する。麻痺糸と呪文列でがんじがらめに拘束された自分。立ってはいるものの、満身創痍も相まって碌に動くことも叶わない。酷い。本当に酷いと少女は嘆く。ほら、これじゃあ自分を殺せないじゃないか。なんてことするんだ、私は殺人鬼なのに。 しかし、リベリスタ達が警戒しているのもまさにそれであった。凶行の阻止。それは無論であるが、今回のこれは情報の取得も目的に加味されている。ここで死なれても、殺されても困るのだ。 周囲の警戒をする者も居たが、どうにも他に誰かがいるわけでもないようだ。口封じ。救出。黒幕なんてものが居るのだとすれば、そういった妨害があってもよさそうなものだが。 と。 舌を噛み切ろうとした殺人鬼を、誰かが殴りつけて昏倒させた。抵抗する素振りも見せず、そのまま素直に意識を閉ざしていく。それはまるでなんてことのない普通の少女のようで。否。表情に、口振りにおいて言うのであれば、彼女は彼らと相対してこれより全くもって凡その少女であった。 ロジカルを当てはめてはいけない殺人鬼。行動が理由である殺人鬼。鬼が心根を泥沼に沈めたことで、ひとつの悲劇が打ち切られていく。安堵に胸を撫で下ろす中、最後のそれがいつまでも耳にこびりついて離れなかった。 「先生……」 了。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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