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幸せゲーム

●幸福な時間
 恋愛結婚って素敵よね。
 こんな事言ったら――何時まで新婚気分だ、なんて言われてしまいそうだけど。
 私は学生時代からずっと彼が好きだった。大学の新歓で顔を合わせて、不器用そうに面倒を見てくれて……一目惚れって言うのかしら、最初からずっとドキドキしてた。
 喧嘩もすれ違いもしたけれど、プロポーズされて――結婚して。
 大樹を授かった時は本当に、本当に嬉しかった。嬉しかったのよ?
「……ママ」
 新生児の頃は小さくて……保育器で私をはらはらさせた息子も今は随分大きくなった。
 来年は小学校に入るこの子は活発な子で外で遊ぶのが好きみたい。
「ママ、おたんじょうびやるの?」
「ええ。お友達もよぶし、ケーキも焼くわよ」
 台所に立つ私のエプロンの裾を小さな手でくいくいと引く。
 大樹に視線を半分位投げた私はその頭に手を置いて髪の毛をゆっくりと撫でてやる。
「パパもね、今日は午前中だけで帰ってきてくれるって」
「わぁい」
「午後からおたんじょうびしましょうね。大樹の六つのたんじょうび。
 プレゼントもあるわよ、きっと」
 可愛い盛りの男の子。
 家事や育児に理解のある優しい夫。
 私の日常は――怖い位の幸せばかりに満ちている。
 怖い位の幸せばかりに満ちていた。

●幸せゲーム
「彼女の名前は鈴村岬。専業主婦。今年で六歳になる子供が居る三十一歳の専業主婦よ」
 ブリーフィングでリベリスタを迎えた『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は不明瞭な世界を映すモニターにちらりと投げてからそんな風に言葉を吐き出した。
「今見た映像だと……仕事が絡む余地はなさそうなんだが……」
 リベリスタの言は尤もである。ブリーフィングで目の前の少女が語る『彼等の仕事』はこの世界の暗部に潜む神秘の打倒である。少なくとも人生を謳歌する幸せな女性におかしな影は無いように見えたのだが――
「見た映像、ではね」
 イヴの言葉はリベリスタの言葉を即座に否定した。
「岬さんには優しい夫と可愛い子供が居た。
 鈴村一樹さんと鈴村大樹君――二人はつい一週間前まで彼女の下に居た。居たのだけど。
 ……二人はもう居ない。死んでしまった。大樹君の誕生日の日に二人は彼女の目の前で――居眠り運転をしていた車に突っ込まれて……」
 それは此の世に蔓延る冗長な悲劇の形である。
 二人の死自体には何の神秘も関わらない。言われてみれば――何日か前の夕刊の片隅にそんな事件が載っていたのは確かなのだが、誰の気を引くものでも無かった。
「という事は……この映像は過去?」
 リベリスタの当然の類推にイヴはもう一度首を振った。
「この映像は『現在』よ。それが貴方達に頼まなくてはいけない仕事の理由。
 彼女は突然降りかかった不幸な現実に心を閉ざしてしまったの。彼女が心を閉ざしただけならば、それはまだいい。だけど、そこにアーティファクトが絡めば話は別」
 イヴの言葉は淡々としていたが少女の言葉は言葉程に冷徹では無いのだろう。揺れる二色の瞳は、未来を過去を見通すフォーチュナの瞳は複雑な感情の色を帯びている。
「どんな品物だ。想像は……つかないでもないが」
「アーティファクト『幸せゲーム』は一樹さんがかつて岬さんに贈ったプレゼントのオルゴールが変わったもの。『幸せゲーム』は触れた人物が心を壊す程の不幸に苛まれているならば持ち主をその中――完全な幸せの箱庭へと引き込むの」
「箱庭……」
「持ち主が望む世界に。
 それは願望に塗れた世界だったり、誰かが在りし日の世界――だったり。
 岬さんは行方不明になっているけれど、アーティファクトの中に篭っているだけ」
「……彼女を助けるのが仕事か?」
「それとアーティファクトの回収ね。
 普通ならば『幸せゲーム』の中に皆が入る事は出来ないけれど、今回だけは別」
「どうして?」
「岬さんは『大樹君の誕生日会』をするんだから。
 誕生日会にはお友達が必要だし、幸せな家には沢山のお客さんが訪れるもの。
 彼女の願望を吸い上げて完全な箱庭を作り出す『幸せゲーム』はだからルールに例外を架す」
 イヴの言葉に合点の言ったリベリスタは頷いた。
「……彼女を助けるにはその夢から覚めさせなくてはダメ。
 はっきり言えば彼女を納得させるのは難しいし――」
「難しいし――?」
「『幸せゲーム』の中では彼女にとって不幸せなモノは排除される。
 お誕生日会に参加する事は簡単だけど、彼女が誰かを否定したら――その誰かは箱庭から完全に排除されて……最初からやり直しになる。『排除された誰かの事』は世界自体が消失させるから内部に居る皆でも思い出す事は出来なくなるよ」
 世界も時間もループする。異物を無くした正しい形で。
「排除されても外に追い出されるだけだから死んだりはしないけど……
 大変な依頼だと思う。何とか、頑張って欲しい」
 イヴの言葉は何処か懇願するような色合いを秘めていた。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 4人 ■シナリオ終了日時
 2011年10月13日(木)23:45
 YAMIDEITEIっす。
 九月五本目、九月ボス。普通の主婦。
 以下詳細。

●任務達成条件
 ・鈴村岬の救出
 ・アーティファクト『幸せゲーム』の回収

●鈴村岬
 幸せだった女性。
 温和で気立てが良い家庭的な女性ですが精神的に脆い所があります。
 自らに訪れた悲劇を受け入れる事は出来ませんでした。

●鈴村一樹
 育児や家事に理解のある優しく真面目な夫。
 凡庸な所は凡庸ですが妻に深い愛情を持っていました。

●鈴村大樹
 六歳になる可愛い盛りの男の子。
 帰ってきた父親を出迎えようとして事故に巻き込まれました。

●鈴村邸
 地方都市の一軒家。
 幸せゲームはリビングのテーブルの上に置かれています。
 幸せゲームに入るには触れて入りたいと念じればOKです。

●アーティファクト『幸せゲーム』
 オルゴールのアーティファクト。
 酷い不幸に心を壊しかけた誰かを羽布団のように包むある意味優しい嘘の塊。
 幸せゲームに入った場合、鈴村邸宅の玄関の前から始まります。
 細かい整合性等は気にする必要はありません。アーティファクトの力で認識等は良いように修正されていくようです。
 持ち主である岬が『異物』と認めた存在は完全に世界から消失させられてしまいます。時間ごと巻き戻ってループ状態になる上、そこに残るリベリスタ達ですら消えた誰かがそこに居た事を認識出来なくなるのです。
 但しループをしても持ち主である岬の深層意識にだけは『事実』が残ります。


 台詞が肝。戦略が肝。
 如何に天岩戸の女性をその心地良い嘘の檻から引き出すか。
 完全に心情寄りですが故にの『ボス』です。ご注意を。
 以上、宜しければご参加下さいませませ。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
★MVP
覇界闘士
御厨・夏栖斗(BNE000004)
インヤンマスター
宵咲 瑠琵(BNE000129)
マグメイガス
雪白 音羽(BNE000194)
ホーリーメイガス
七布施・三千(BNE000346)
マグメイガス
ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)
ソードミラージュ
天月・光(BNE000490)
ソードミラージュ
仁科 孝平(BNE000933)
ソードミラージュ
紅涙・りりす(BNE001018)
プロアデプト
酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)
デュランダル
マリー・ゴールド(BNE002518)
■サポート参加者 4人■
ホーリーメイガス
悠木 そあら(BNE000020)
クロスイージス
新田・快(BNE000439)
マグメイガス
セッツァー・D・ハリーハウゼン(BNE002276)
ホーリーメイガス
エリス・トワイニング(BNE002382)

●不条理にして美しいこの世界!
 生まれてくる事はやがて訪れる死までの苦しみを背負う事に等しい。
 運命なる不確定の織り成す『現実』は好んで悲劇を描く劇作家の『戯曲』を肯定する程度には残酷だ。
 火がつくまでは彼岸。此岸に到ればそれは既に死。
 我が身焼き尽くすまで人生の性悪さを分からないと言うならば――人間(ひと)は何時進歩出来るのだろう?
「エリスも……両親を……早くに……亡くしたから……分かる」
「心を壊すほどの悲しみ。でも、こんな逃避はダメだ。
 生者の慰みのみに死者を留める行為は、哀れみを誘う悲劇を唯の茶番と化してしまう」
「家族の中で唯一人取り残された――そう思わざるを得なくなるのは核家族化の弊害じゃのぅ」
 呟いたエリス・トワイニング(BNE002382)、『素兎』天月・光(BNE000490)に応えるように苦笑いにも似た妙な調子で呟いたのは『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)だった。
 閑静な住宅街の人気の無いリビングに彼女達リベリスタ十四人が集まっている。時間が止まっているかのような家の中は既にそこに『誰も居ない』事を意味している。
 家族三人で使うには少し大きすぎるテーブルに画用紙が広げられていた。描きかけの絵を散らばったクレヨンで描いていたのが誰かをリベリスタは知っていた。壁に掛けられたコルクボードに留められた写真には三つの笑顔が並んでいる。少なくともその内の二つはもう永遠に戻る事は無いのに、時間そのものを切り取った過去の残光は『幸せな世界』の名残を見せていた。
「こういう家庭、環境にいれば私も笑顔でいれただろうか。
 他人の夢に……それも失くした夢に夢を見る……か。感傷的だ」
『レッドキャップ』マリー・ゴールド(BNE002518)の言葉には熱の篭らない微熱がある。
「事故、か……」
 ぽつりと言葉を漏らしたのは『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)だった。
 幸せだったこの家を残骸に変えてしまったのは一つの事故である。居眠り運転という理不尽な事故で奪われた二つの命は残された妻、残された母――鈴村岬の心を壊してしまったのだ。
 ――アーティファクト『幸せゲーム』。
 幸福な主人を失ったリビングで、テーブルの中央で佇む在りし日の思い出(オルゴール)こそリベリスタ達が今日この場所を訪れた理由だった。害意は薄い。彼女を見かねた夫の愛が成した奇跡かも知れないアーティファクトである。『幸せゲーム』は取り込んだ使用者の望む箱庭を作り上げる。時間を止めた岬にとって或いはそれは本当の『幸せ』であると言えるのかも知れなかった。
 しかし、それでも。
「幸せゲームが善か悪か、今我々には必要無い事だ」
 半ば自分に言い聞かせるように雷慈慟は呟いた。
「救える命。想い。感情があるならば……救ってみせよう。その為の組織なのだからな」
「……何だか、やり切れない話だよね」
 己が身に課せられた使命に迷う事は無い。しかし、余りに不条理な此の世の作りには幾らか思う所があるのか――『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)が幾らか似合わない溜息を吐き出した。
「『幸せゲーム』は一筋縄ではいかないでしょうからね……」
「世界は『ループ』するんだろ? しかも気に入らないヤツは存在から消し去られちまう」
『宵闇に紛れる狩人』仁科 孝平(BNE000933)の声に雪白 音羽(BNE000194)が頷いた。
『幸せゲーム』を回収し、岬を救い出す事がリベリスタ達に与えられた任務である。しかし、『幸せゲーム』の絶大な魔力は『幸せでない異分子を許さない』。使用者の岬が『幸せな息子大樹の誕生パーティに相応しく客を望んでいるから』リベリスタ達は箱庭の内部に入る事は許されるのだが。彼女が何かを拒否したならば『不幸』は楽園から追放されシーンはループされるのだ。極めて不安定な状態にある岬の現状を考えれば箱庭を突き崩すのが難しいのは言うまでもないだろう。
「取り敢えず作戦通りに……ってか?」
 数度の失敗は織り込み済みである。『確実に仲間がループした事を確認する手段』としてパーティは幾つかの作戦を立てていた。
 その内の一つはこの音羽の用意した折り紙の花。仲間達がそれぞれ『大樹の喜ぶ幸せな花』を現場に残せたならば『何回目』であるかの判断はつく――という寸法だ。
「えっと、幸せゲームに突入するチームは……三つですね。
 一つ目がりりすさん、雷慈慟さん、そあらさん、セッツァーさん、エリスさん。
 二つ目が僕と音羽さん、考平さん、マリーさん、快さん。
 最後のグループが残りの夏栖斗さん、瑠琵さん、ウェスティアさん、光さん、で合ってますよね?」
 仲間達は確認を取った七布施・三千(BNE000346)の言葉に頷いた。
 より効率的に岬の認識に楔を打ち、正確にゲームを進める為にリベリスタ達は『戦力』を三つの班に分けたのだ。
「私は声(うた)の力を信じている」
 持ち前の絶対音感で音を零したオルゴールの節を口ずさむのは『「Sir」の称号を持つ美声紳士』セッツァー・D・ハリーハウゼン(BNE002276)。
「辛い現実から逃げてはいけないのです」
 何時になく複雑な顔で――それでも表情を引き締めて『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)が言った。
「ああ。それがどんなに――本当にどんなに、逃げ出してしまいたくなるものだったとしても」
 それでも俺達は生きている、と。『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は力強く首肯した。
 運命は残酷だ。けれど、その御手を恐れ続け、挫けてしまうならば――それは人の生足り得まい。
 普段は騒がしい位の少年が――『高校生イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)が口を開かず、その両目を閉じていた。

 ――両親がいて、自分がいてそんなごく単純な『普通』のせかい。

 けど、世界はソレを赦さなかった。
 ちょっとバランスを失くしただけで――幸せなんて馬鹿みたいに壊れちゃうんだ。

 分かってる。分かってた事。
 岬だって僕だって……幸せだったあの頃へ戻れるなら。ああ、僕はどうするだろう?
 どれだけの、犠牲を払えるんだろう?

 考えても答えは無い。
「全く……」
『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018)は白い天井を見上げて大きな息を吐き出した。
 その大きな――紅玉のような瞳には不定形の感情がたゆたっている。肯定に非ず、かといって全ての否定には非ず。
 獰猛さと自嘲、虚無と嘲り、憐憫と侮蔑。色鮮やかな『汚れ』は澱のようにりりすの内心を覆い隠している。

 ――失って壊れるなら、作らなきゃイイのに。大切なモノなんて――

『永遠』なんて無いのだから。りりすは『永遠に理解出来ない』。そんな、もの。

●第一楽章
 さあさあ、パーティを始めましょう。
 待ちに待った誕生会。プレゼントを用意して、ケーキを焼いて。
 お友達を沢山呼んで、あなたの幸せを祝いましょう。
 今年も、来年も、その次もずっと。沢山笑って、幸せばかり積み重ねていきましょう――

 机の上に黄色い折り紙の花が乗せられた。
「オードブルのクラッカー、ジャムとカマンベールチーズが乗ってるな。
 ローストビーフに、大きなショートケーキ。お菓子はいっぱい。成る程、こりゃ御馳走だ」
『ゲームの流れ』を確認するように出てくる料理を、パーティの様子を確認するのはりりすである。
 完全で幸せな世界に幸せでない異物なんて存在しない。
 当然のように幸せな客として迎え入れられた第一陣のリベリスタ達は虚構に過ぎない『幸せなパーティ』の中に居た。
「喜んでくれたかな? お母さんにも自慢してくるといいよ」
 大樹の手に『発売日前のゲーム』を手渡し、りりすが温く笑った。
 ニコニコと笑う岬は知りたくない事実を最初から否定しているかのよう。
「良い音色だろう? 音というのは記憶に結びつくと言うからな」
 はしゃいだ笑顔を見せる大樹に更に螺子を巻いたオルゴールを手渡したのは雷慈慟である。
「お前には少し早いかも知れないが。思い出話も合わせて贈ろうか。
 ……自分には志を共にする仲間が居た。お互いに信頼し、能力を認め合う仲間がな」
 首を傾げる大樹に難しい雷慈慟の話は分からない。
 しかし彼が本当にその言葉を伝えたいのは――『優しいお兄さんに遊んでもらっている幸せな大樹を見守る幸せな岬』の方にである。
「しかし、何事も上手く行く筈は無いのよな。
 例え何を信じ切っていたとしても運命は時に誰をも手酷く裏切るのだ。
 ……自分の指示は間違っては居なかった。しかし、生き残ったのは少数だった。
 帰還出来た仲間はこう言った あれは事故だった、と。
 慰めになるものか。それでも、世界は回っているのだ。生き残った我々には出来る事があったんだ。
 墓前に酒を持って行く事が出来る、仲間が成し得なかった事が出来る、生きている限りなんでも出来る……」
 ジ、ジ、と。ノイズがかった音がリベリスタの耳朶を叩いた、そんな気がした。
「貴女のことを……今も心配している……人が……居ないと……思うの?」
 甘いケーキに銀色のフォークを落とし、かすかにクリームを残したエリスの薄い唇が茫洋と言葉を紡いだ。
 ノイズが強くなる。セピア色の世界が急速に現実感を失っていくのが、誰にも分かった。
 インターフォンが鳴る。蒼褪めた笑顔を浮かべ「ご苦労様」と出迎える岬の瞳に映ったのはプレゼントボックスを抱えたそあらの笑顔。
「そういえばこの近くで居眠り運転の事故があったみたい。
 その子は誕生日に事故に亡くなってしまったようなのです。可哀想。
 ああ、でも『その子は』幸せですね。何度も六歳の誕生日をして貰えて――これで何回目なのかしら?」
 回転。流転。崩壊。再生。
 悲しい愛の調律に委ねられた世界は余りに呆気なく引き歪む。
 優しい嘘で塗り固められた脆く堅牢な世界は嗚呼、異物を許さない。

 ――音は常にそばにある。
 あなたにもきっとできるはずだ。前進が。
 全身全霊の魂の声(うた)を捧ぐ――貴女の未来に光あれ!

 セッツァーの声が届かない。届かない。きっと、届かない。
 世界は白く漂白した。

●第二楽章
 さあさあ、パーティを始めましょう。
 待ちに待った誕生会。プレゼントを用意して、ケーキを焼いて。
 お友達を沢山呼んで、あなたの幸せを祝いましょう。
 今年も、来年も、その次もずっと……? 沢山笑って……

「よぉ久しぶり、大樹の六歳の誕生日おめでとう」
 机の上には折り紙の黄色い花が乗っていた。
 青い折り紙の花をその横に重ねたのは言わずと知れた音羽である。
「大樹君の六歳の誕生日プレゼントです」
 快はりりすの渡した『発売日前のゲーム』を再び岬へと手渡した。
 岬は「ありがとう」と笑いながらも小さく首を傾げている。殆ど、良く見なければ気付かない位の変化ではあったが。
 繰り返す世界は幸せに麻痺している。何処を見渡しても平和で、はしゃぐ大樹は楽しそうで。見守る岬と一樹は唯にこにこと笑っている。
「誕生日ってのはいいもんだな。まったく『何回やっても』楽しいもんだ」
 音羽の言葉は楔である。
 岬は何度も見ている筈なのだ。訪れるには不自然な客の顔を。
 彼を含めて見慣れない筈の誰かが――口々に祝福と現実を携えてこの世界を乱す様を。
「……ええ。楽しいわ。それに幸せ」
 岬は小さく頭を振った。
 それは歪。ある筈も無い世界が単純に繰り返されるのは――理解すれば理解する程に余りに歪な光景だった。
(錯覚、なのだろうな)
 マリーは小さく苦笑いした。
 誕生日会というものは楽しいものだ。
 今までの人生が嘘だったかのように平和で、部外者なのに世界の一部であるかのように『錯覚』してしまう。
「誕生日おめでとう。私からはこの帽子をやろう。
 お前の大切な者を救えるようになるんだぞ。『約束』だ」
 大樹の頭の上にマリーの父の赤い帽子が乗った。
『現実』をこの『非現実』に残していく。彼女にとっての意味は大きい。
「――君の大切な母を、この甘美な夢から救ってやってくれ」
 長居すれば現実を捨ててしまいそうになる彼女の、微かな怯え。その言葉が大樹に届く事はなくとも。
「何のジョークなの?」
 乾いた声で呟く岬に考平は首を振った。
 机の上に広げられた『未来の日付の新聞』は痛ましい事故を伝えていた。しかし、そんな事在り得る筈は無い。大樹も一樹もそこでニコニコと笑っている。間違いに決まっている。
「いいえ、これは現実です」
 考平は言った。
「事故で一度に愛する人を亡くしたことは悲しいことです。
 幸せだった過去にすがりたい気持ちは分かります。
 誰しも辛いことには背をそむけたくなるもの。
 ですが、貴女は一人ではなく、今もなお心配し続ける人が居るのです――」
 いやいやと頭を振る岬の挙動にあわせてノイズが走る。世界が色を失っていく。
「貴女は温かな陽だまりで干された布団の優しい香りと温もりに包まれてまどろんでいる様なもの。
 人間はいつか眠りから覚めるもの。覚めなくてはいけないもの。
 ほら、聞こえませんか? 貴女を必要とする人達の声が――」
 回転。流転。崩壊。再生。
 悲しい愛の調律に委ねられた世界は惑いながら引き歪む。
 世界が、割れた。

●第三楽章
 さあさあ、パーティを始めましょう。
 待ちに待った誕生会。プレゼントを用意して、ケーキを焼いて。
 お友達を沢山呼んで、あなたの幸せを祝いましょう。
 今年も、来年も、でも……あなたはもう大きくならないの?

 黄色と青の花の隣に赤い折り紙の花が座った。
 色とりどりの花が幸せな世界に鮮やかに咲き誇る。
「良い音でしょ、一生懸命選んだから同じ物はなかなかないよ」
 リビングに響くオルゴールの音色はあの雷慈慟が奏でたものと同じ。
『信じ難い程の偶然』を自覚したのは少なくとも喜ぶ少年ではないだろう。
「私ね今日凄く楽しいんだ。実は私最近以外の記憶が無いから……」
 蒼褪める母にウェスティアは笑いかけた。
「こういうお誕生日会とか初めてで参加出来て嬉しいし、それと少し羨ましいなって。
 そういう経験をしてたとしても、それを覚えてない私は寂しいなってね。
 だからね、覚えてるって事それ自体が私にとってはそれだけで凄い幸せな事だと思えるんだ」
 言葉を紡ぐ。必死で、届けと。
「二人を覚えている岬さんがこんな所で目を瞑ってちゃ駄目だよ。
 二人の事を覚えている人が頑張らないと、思い出してあげる人が居なくなっちゃんだよ!
 それは、凄く寂しいよ……」
「一樹さんと大樹くんはもう亡くなっています。
 だからこそ、岬さんは、ここにいてはいけないんです。
 ちゃんと目を覚まして、本当の世界で、お二人のお墓参りをしましょう。
 お二人と、話をしましょうよ」
 突き付けられたウェスティアの、三千のナイフのような言葉(げんじつ)にも世界はもうすぐには壊れない。
「世界は言う程冷たくないよ」
 泣きそうな想いを噛み殺して、笑顔を作って夏栖斗は言った。
「世界は言う程冷たくないんだ。僕達がここに居るのは、きっと世界の優しさなんだ」
 綻びを見せる幸せの世界に岬が戸惑う。
 相変わらず愛しい夫と可愛い息子は素晴らしい笑顔を浮かべていたけれど。
 相変わらず世界は平穏で、『事故なんて起きはしていなかった』けれど!
「子の心配をせぬ親は居らぬ。子の不幸を嘆かぬ親は居らぬ。
 お主に訪れた悲劇は耐え難いものじゃ。じゃが、お主一人に訪れた悲劇ではない。
 お主と一樹が大樹を授かったように、お主や一樹の両親もお主や一樹を授かり。
 お主が一樹と大樹を喪ったように、お主と一樹の両親も一樹と大樹を喪った。
 悲しみは独りで背負えるものではない。岬よ、お主はまだ独りではない。悲しみを分かち合える者達が居る。
 お主は、愛する者が生きた、お主を愛してくれた者が生きた世界を――永遠に否定するのかぇ?」
 ノイズが、遅い。
 ジ、ジ、と鼓膜に届く不快な音が弱くなっていた。
 箱庭の間違いを語りかけ、真摯に言葉を投げた瑠琵の言葉はその外見にはとても似合わぬ程、重い。深い。
 セピアの緞帳が降り切らない。
「君にはまだ周りに心配する人がいるんだ。その人達の為にも前を向いて欲しい」
 凛と光が言った。
「生き残ったのは一人だけ。その人に忘れられたら――愛した人達はどこにいけばいいの?
 悲しみに、叫んで、泣いて、疲れ果て、それでもまだ、君は生きている。
 死者には無い、生があるんだ。あなたと生きた彼らと生きて――!」
 回転。流転。崩壊。再生。
 悲しい愛の調律に委ねられた世界は躊躇い揺れる。
 異物を拒否すれば世界は幸せな元通り。

 ――でも、それは、幸せなの?

 涙を溜めた岬に涙を流した夏栖斗が叫んだ。
「過去に、戻れるとしても……僕はこの世界で生きていく!
 生きていれば幸せがあるなんて無責任なことは言わない。
 ただ、生きていて欲しい。ただ、母さんには生きていて欲しい。そうだよ! 僕のわがままなんだ!」
 夏栖斗はその実、岬だけを見ていなかったのかも知れない。
 彼の金色の瞳に映るのは悔やんでも悔やみ切れない、過去。
 優しかった母の面影。
 まったく、感情的な彼は無茶苦茶に声を張った。
 助けたい。どうしても、それだけで。

「――ここは、楽園なんかじゃない!」

 世界が揺らめく。崩れ落ちる。
 熟しすぎた果実のように、割れたステンドグラスのように。
「……そうか」
 岬の呟きは誰の耳にもやけにハッキリと響いていた。
「もう、パパも大樹も居ないんだ……」
 救いは無い。何処にも無い。しかしそれでも、未来は紡がれていく――それが決まった瞬間だった。

■シナリオ結果■
大成功
■あとがき■
 YAMIDEITEIです。

 怜悧な相手との交渉という行為において理路整然としたロジックが求められるのと同じように感情的な相手には冷静さ、論理と共にその感情に敗れざる強い感情が必要なのです。
 YAMIDEITEIは感傷的な人が嫌いではありません。
 少しだけおまけですが十分良かったと思うので大成功を出しておきます。

 MVPは恐らく一番熱かった貴方に。まぁ、分かり易いですね。
 色んな意味でシナリオに最もそぐう人物だったという事です。

 シナリオ、お疲れ様でした。