●かけがえないもの 四歳の頃から一緒だった。 何をするにも離れた事なんて無く。 どんな大きな喧嘩をしても結局は元の通りにつるんでた。 真夏の埃っぽいグラウンド、反吐を吐きそうな位の猛練習を覚えている。 甲子園を目指した俺とお前は地区じゃちょっとは名の知れたバッテリーだった。 俺の暴投で負けた後、「取れなくてごめん」なんて。そりゃあどっちの台詞だよ? 一目見た時から、確実に運命を感じてた。 コイツは俺の相手なんだって。思い込みかも知れないけど、そう思ってたのはホントなんだぜ? 気の強い所も、案外抜けてる所も。涙もろい所もちょっと我侭な所だって。 お前の全てが好きなんだ。お前でなくちゃ駄目だったんだ。 指輪まで買わせといて……なんだよ、それ。 病院からの帰り道、篠崎市郎は重い重い溜息を吐き出した。 家族以外は面会謝絶――それは同じ事故で入院した二人、彼の親友・三池俊信と彼の恋人・佐々木真理奈の容態を表す至極端的な結論だった。 「俺が悪いのか……俺が」 どうしても外せない出張が入り、約束していたデートの代打を親友に頼んだ事。それが始まりだった。自慢の赤い新車を「貸しだぞ?」と意地悪く念を押す親友に貸して、むくれる恋人を何とか宥め――出先の携帯電話で聞いたのは信じ難い位の悪夢だった。 ――二人が、居眠り運転のトラックに追突されて―― 愛車が滅茶苦茶になったと聞いた。 でもそんな事はどうでも良かった。 全身の血の気が引いたのはその車に乗っていたのが彼の―― 「……ちくしょう……」 何にもかけがえのない親友と、運命の女。 どちらを失っても彼は彼のままでは生きていられないのに。 その両方が今、彼の前から居なくなろうとしている。 「ちくしょう……」 もう一度呟いた彼の目の前に―― 「……ん……? なんだこれ……」 不思議な赤いメダルが落ちていた。 ●Red or Black 「そういう訳で皆の出番」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の言葉は今日も端的なものだった。 「今見た通りの人――篠崎市郎さんがアーティファクトを手に入れたの。 任務はそのアーティファクト『Red or Black(ふたつにひとつ)』の回収になる」 「……まぁ、オーソドックスな展開だな。少し、気の毒な事情はあるみたいだが。 そのアーティファクトはどんな代物なんだ?」 「或る意味で篠崎さんの望みを叶えるもの。そして或る意味で叶えないもの」 「……何だそりゃ」 「名前の通り。『Red or Black』は或る条件において特別な力を発揮するアーティファクトなの。持ち主に同じ位大切なものが二つある場合。同じ位強く願う事が二つある場合。持ち主が決めた『どちらかだけ』を叶える力を生み出すの」 「……どちらかだけって……」 「選ばれなかった方は『必ず』最悪の結末を辿る。条件が『同じ位絶対的に大切なもの』を二つ並べる事』。結末は『どちらか片方だけを叶え、片方を完全に捨て去る事』なんだから……悪意の塊みたいなアーティファクトと言えると思う」 リベリスタは苦笑を浮かべた。 篠崎の置かれた状況からすればそれは余りに御誂え向き過ぎる。 まるで誰かが図ったみたいに。 「実は問題が二つあるの。 このアーティファクトをフィクサード集団が狙ってる。 或る条件に一致するアーティファクトをコレクションしてる連中みたいで…… 回収に来る連中は余り強くは無いと思うけど。放っておくと篠崎さんは殺されてしまうから、まずはこっちの対処が必要」 「もう一つは?」 「問題と言うか、何て言えばいいのかな。アーティファクトに意志がある事。 篠崎さんの前に現れたのもアーティファクト自身が持ち主を選んだからだと思う」 「いい性格してそうだ」 「分からないけどね。 皆に一つ付け加えておくなら……アークは篠崎さんの結論に関知しないという事」 「関知しないって?」 「『Red or Black』の魔力は本物。 それに篠崎さんの親友と恋人が普通なら助からない重傷を負っているのも事実。 篠崎さんがどちらかを選んで助けるのも自由。選ばないのも自由。 アークが求めるのはアーティファクトの回収だから彼が『使った』後でも構わない」 イヴの言葉は一種の残酷と一種の慈愛の両方を孕んでいた。 「勿論、皆が彼に何かを伝えるのも自由だよ。 この仕事……後味がどうなるかは分からないけど……お願いね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年09月22日(木)19:20 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●待ち伏せ 『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)は静かに云った。 「人生は常に――選択の連続だ」 『彼等』以外無人の地下駐車場に彼の低い声は良く通る。 そう、人生は選択の連続だ。 時に等価、時に不等価。時に望み、時に望まぬ選択さえ――人は選んで繰り返す。 不条理で気まぐれでシンプルなルールの積み重ねは悲喜こもごもにその『生』を彩る材料になるだろう。 「誰かの決断を迫る公正なジャッジか。はたまた、悲劇を喜劇として嗤う道化か……」 アーク所属のリベリスタ達の主目的はアーティファクト『Red or Black(ふたつにひとつ)』の回収である。 「選択の時と言うのは、何時も唐突に訪れるものなのでしょうね」 片目を閉じた『残念な』山田・珍粘(BNE002078)の口元には名前に似合わない瀟洒な微笑が浮かんでいる。 「果たして彼は愛情を取るのか、友情を取るのか、それとも僅かな可能性に賭けるのか。 苦悩の果てにどんな選択をするのか。興味深いです。ふふ」 薄い唇を、その口角を浅い三日月の形に吊り上げた彼女は『選択を強いられた男』の顔を思い浮かべ鈴鳴る声でそう言った。 神秘の世界等に何の縁もなく。それ相応の人生のドラマを積み上げて、それ相応の幸福を得る筈だった男――篠崎市郎が『選択』という人生の岐路に立たされたのは暫く前の事故が切っ掛けだった。悪夢のような事故は彼にとって最も大切な親友と恋人を同時に死の淵へと引き込んだのだ。何をしてやる事も出来ない市郎の前に現れたのはウラミジールの、珍粘の言う『選択』を迫る神秘に他ならなかった。 選ばれなかった方に降りかかるのは確実な厄災と破滅のみであると笑いながら、そのコインは云ったのだ。 ――親友と恋人、助けるならば……どっち? 「二者択一をハッキリ決めちゃうコインね…… 使ったら後悔は残るかも。だけどそれでも彼は使うかも知れない。大切な人を何もせずに全て失うのは嫌だもの」 『さくらさくら』桜田 国子(BNE002102)の表情が余り冴えない。 「アーティファクトに意思が宿る、か」 「二つに一つしか選べない。当然の事かも知れねぇが……最悪の結末ってのは余分だよな」 『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)の言葉に『やる気のない男』上沢 翔太(BNE000943)が相槌を打った。 アーティファクトの力は本物である。悪意と断じるべきなのか、救いと表現するべきなのか。赤と黒の判断は難しい。 「『願い』を叶える破界器群、なのかね? 思い返せば」 『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018)が咥えたままの煙草から紫煙をくゆらせる。 コインに刻まれたW・Pの文字と『何処か似た』その性質に想いを馳せれば、途端に蘇るのは夏の日にりりすの胸を焦がした輝かしい『逢瀬』の記憶である。不当な聖杯に願いを寄せ、命を注いだ男の姿。泣き崩れても折れなかった少女の生は、現在のりりすの胸を少女のように高鳴らせるに十分だった。褪せぬ光景は網膜に焼き付いている。呪いめいた愛の告白は耳朶の奥に住み着いて離れない。 「『W・P』印は聖杯同様、良い性格をしてるです。褒めてないです。照れるなです」 「あんな不幸と災厄をもたらす存在は許せません!」 『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が憤慨する。 「何事も、情熱的なのはいい事さ。 ま、何に願った処で、僕の願いは叶わないだろうけど」 彼女等の『瑞々しさ』には付き合わず、うっとりと独白めいたりりすの一方で、退屈そうに言い捨てたのは『#21:The World』八雲 蒼夜(BNE002384)だった。 「赤か黒かと問われると緑と答えたくなるな。人生は――与えられた選択肢が全てではない」 「全くだ」 ままならぬ運命は何処にもある。しかして、ままならぬ運命に従わねばならぬ理由は無い。 運命大いに結構、だが戯れにそれさえ捻じ伏せんと――傲岸な笑みを浮かべ、むしろ楽しそうに頷いたのは『ディアブロさん』ノアノア・アンダーテイカー(BNE002519)である。 「趣味の悪いコインに趣味の悪い連中。……悪趣味な依頼だ」 嘆息交じりに続けた蒼夜が救いをどれだけ信じているかは定かでは無かったが―― リベリスタの今為すべきは二つである。一つは先述の任務、アーティファクトの回収。もう一つは念のためと保険の護衛を買って出た『静かなる鉄腕』鬼ヶ島 正道(BNE000681)と戊 シンゲン(BNE002848)を除くリベリスタの面々が篠崎市郎の前では無くこの地下駐車場に密かに陣取る理由である。蒼夜が悪趣味な連中と称したアーティファクトを『コレクション』しようというフィクサード達の始末をつける事。 「篠崎のお兄ちゃんがベストだと思う結末を迎える為に。 ……それを邪魔するフィクサード達は一人として病院には近づけないんだから!」 少女らしい純粋さと、真白い優しさは時に誰かを思う力となる。 愛らしいその顔に格別の決意を浮かべた『おじさま好きな少女』アリステア・ショーゼット(BNE000313)が一つ「むん」と気合を入れた。 全てはそう。『選択』が後悔無く済むように。意地の悪いこの世界で市郎が悔いを残さないように――不可能でも、残さないように。 「結界の準備は出来ている」 蒼夜が言う。 「……ま、めんどくせぇけど仕事だしな」 『やる気の無い』翔太が頭をぼりぼりと掻きながらそんな風に嘯いた。 「戦闘になる箇所も分かっているし、隠れ場所も多い。しかも集団の相手が一度集まるとなれば、待ち伏せをしない理由が無いな」 全く鉅の言葉は何処までも理に叶っていた。 ウラミジールは清掃業者に扮して入り口付近を固め、舞姫、国子は駐車場の柱の影に身を隠し。珍粘、蒼夜等も『そこに集まってくるであろうフィクサード達を囲える位置』で時を待つ。 「彼等が来なければ、もう少し落ち着いた話になっていたのに。残念です」 「ま、一人も逃がさない方向で」 珍粘、翔太。 「私は回復係なので、援護の歌や風を送りますっ」 「出来れば、リーダー格は生け捕りで。どうせ大した情報ないだろうけど。0より1のがましってね」 アリステア、りりす、エリス・トワイニング(BNE002382)の姿もある。 リミットまではあと僅か。 「襲撃のタイミングは駐車場中央に集った瞬間だ――」 ちらりと時刻を確認したウラミジールはパーティ全体に向けて言葉を投げる。 「――では、作戦を開始する」 ●選択式 人気の無い病院の屋上に彼等は居た。 「どちらか助かるだけマシ。自分の判断で選べるだけマシ。そう考えるのは合理的ですし何よりも楽なのですが――」 究極の選択と一言で言ってしまえば簡単だ。 だが当人以外の誰がその究極を共有出来よう。理屈以上に理解し得よう? 「――当事者というのは中々そういう風にはなれませんよな」 故に正道は敢えて伝える言葉を選ばなかった。 厳然とした彼の言葉は乾いていて、同時に明瞭な事実を伝えている。 『W・P印のアーティファクト』に吹き込まれるであろう何よりも明確に状況を整理している。市郎と対面を果たした正道とシンゲンは程無く彼にその存在を受け入れられていた。元より此の世の影に片足を突っ込んでいる人物なのだ。正道のコンタクトは疑われるものでも、不足のあるものでもなかったと言える。 「……ああ、結構この世の中には……信じられない事もあるんだな」 市郎は茫洋と呟いた。 「こんなモンにすがるしかないなんて……」 「我等はその悪魔の産物を回収に来たのだ」 ――酷い話だ。ボクは願いを叶えるもの。虚言の王にそう認められた正真正銘の救いなんだぜ? シンゲンが言うと市郎の手の中のメダルがけたけたと笑い声を上げる。 異常な光景にも市郎が動じていないのはそれが言葉を発するのが珍しい事ではないという事実を表している。 「これの力は本物でしょう。但し――余り性質の良いものではありません。 似たような『作品』を見知った私の感想……ではありますがね」 包み隠さないのは正道の厳しさであり、優しさでさえある。 「それを使えばどちらかは救われるだろう。 選ばれざる者にどんな運命が待ってるかは知らんがな」 「市郎さんがどちらを『選ぶ』にしろ、或いはどちらも『選ばない』にしろキチンと自分で決めておくことをお勧めしたいですな。 後悔の無いように、というのも無理な話で御座いましょうが……選択出来るというのは確かに。それの言う通りの救いになるのかも知れません」 告げるシンゲンに正道が言葉を重ねた。 決断は常に公正であるべきなのだ。 選ぶ罪、選ばない罪。どちらを被っても地獄なら。 「悪魔に運命を委ねるか否か。決断は君に委ねられてしまった。 しかし……それを使うかどうか、決めるのには……まだ少しばかりの猶予がある。 我等は君の結論を待つ事が出来る。君の希望(つみ)を摘む勤めを負わされてはいない。 君がそれを使うかどうかの未来には――関与しないで『済む』」 シンゲンの言葉は微妙なニュアンスの中で成り立っていた。イヴはハッキリと言ったのだ「アークが求めるのはアーティファクトの回収だから彼が『使った』後でも構わない」と。 決して長くは無い時間でもリベリスタは目の前でけたけたと笑い声を上げる神秘を見逃す『選択肢』を持っていた。 市郎に架された選択(つみ)と同じように、彼等にも『市郎の選択(つみ)を認める選択肢(すくい)』が与えられていた。 言葉が止めば酷く緩慢に流れているかのような時間は一層その重みを増していた。 頭を掻き毟り表情を酷く歪め、屋上の手すりを血色が変わる程に強く握り締めた市郎の様子は忙しない。 ――赤か黒。簡単な理屈だろ? いいじゃない。どっちかは残るんだから―― 雑音は赤に瞬く性悪(メダル)のみ。 ――長い付き合いだよなぁ。子供の頃から何時も一緒で、一番の理解者だった。 甲子園を目指した猛練習もアイツが居たから乗り切れたんだよな。あんなにいい奴は二度といないよ。 お前にとって三池俊信は特別さ。お前にとってアイツはいつだって半身だった。亡くしたら、困るよな? 雑音は黒に瞬く性悪(メダル)のみ。 ――本当にいいのか? あの女を諦めて。運命を感じたんだろう? 最高だって分かってたんだろう? 拗ねた顔が好きだろう? 素直じゃない所が可愛いって惚気てたじゃないか。告白した時、泣かれて泡を食ってたじゃないか。 お前にとって佐々木真理奈は特別さ。この先何十年生きてたって、アイツ以上に満足出来る女なんて居やしないよ。 錆びた音を立てて屋上に続く扉が開く。 そこにはフィクサード達を首尾良く片付けたリベリスタ達の姿があった。 「コインで『Red or Black』。0もないがジャックポッドもなし。皮肉なゲームでも気取りたいのか」 不快なコインの囁きにウラミジールが苦笑いを浮かべる。 「ペリーシュ・シリーズって言うのな。お前等。割ってやりたくなったけど」 翔太の言葉は何処まで本気か分からない。 好事家のフィクサードから得られた情報は単純だった。W・Pの刻印はアーティファクトの『作者』を表しているらしい。 ペリーシュ・シリーズ、或いはペリーシュ・コレクションと呼ばれるこれ等アーティファクトは絶大な魔力と性悪な性質を兼ね備える事で有名で本場欧州を中心に多くの『ファン』が居る『逸品』らしい。 「成る程、余り対面したくない人物ですな」 正道は合点がいったと一つ頷いた。 「命というものは奇跡の塊みたいなものだ」 一方で訥々と蒼夜が告げる。 「選択はあくまで君の自由だが―― 命さえあれば、あらゆる可能性はゼロにならない。 二人が揃って目覚める可能性は天文学的に低いとしてもゼロではない。 だが失くした命が帰って来る可能性はゼロだ。 二人はまだ死んでいない。ならば二人の命の灯火を信じたい。信じて欲しい――とは思う」 「片方を見捨てるのは……言い換えれば、片方を積極的に殺すに等しい。 選べないほど大事なら、選ばないのは逃げではないと、思うがな……」 鉅は深く嘆息し、 「同じ位大切なものが二つあるって、素敵な事だよね。 どっちも大事なのに、その両方が同時に自分の前から消えていっちゃう…… そんな時、わたしがどうなるかなんて想像も出来ない」 アリステアはその大きな瞳を心なしか潤ませて一生懸命な言葉を紡ぎ出した。 「出来ない、から。 篠崎のお兄ちゃんが何を考えて何を選択するのかわかんないけど。 それでも『選べる』のなら。自分で考えて決めたらいいと思うの」 拙い言葉は拙いが故に胸を打つだけの熱を帯びていた。 市郎は『見ず知らずのお人よし達』の顔を一人一人眺め回し天を仰いで息を吐き出した。 「……僕に言わせりゃ。 こんなモノに頼って、どっちか選んでも後悔は残ると思うけどね」 禁煙の院内から屋上に出て――煙草を咥え直したりりすが言った。 「誰かのため。何かのため。都合が悪くなりゃ、誰かのせい。何かのせい。それが人さ。 僕なら赤も黒も総取りだけどな。望み。欲し。焦燥に身を焦がし。手にした物だけが真実だ。与えられた奇跡に何の意味がある。欲しけりゃ奪え。願いとは、ただ己のためにあれば良い――でも、理想論かもね」 市郎にも、りりすにも、リベリスタの誰にも奇跡を起こす術は無い。 敢えて獰猛な牙を剥き出したりりすは或る意味で分かって言っていた。 その言葉は或いは―― 「もし、どちらを選ぶかお悩みなようでしたら。 どちらも選ばなくても良い――その上、素晴らしい方法がありますよ?」 ――幽かな笑みを含んだまま蟲惑の言葉を投げた珍粘と同じ方向を向いていたのかも知れなかった。 「ご自分の命を賭ければ良いんです。それなら、きっと天秤も釣り合うことでしょう。 怖いですか? でも、『選んだ』なら。それが貴方がどちらかに強いる事ですし……」 珍粘の言葉は正鵠を射ている。彼女が言いたいのは「その覚悟無くば、選択は幸せを齎さないでしょう」というもの。 しかし、市郎の返答は彼女が言葉の先を続けるより早かった。 「案外皆、同じ事を考え付くもんなんだなぁ」 泣き笑いに似た表情で彼は珍粘の言葉を肯定していた。 「なぁ、メダル。選択肢の作り直しは、出来るのかい?」 ――リベリスタの口車に乗る気かい? 「馬鹿言えよ。人に死ねって言われて死ぬ気になるもんか」 市郎はメダルの言葉を跳ね除けた。 市郎は誰に強いられた訳でも無く、最初から選択の一つとしてそれを持っていた。天佑の如く閃いたのか、踏ん切りがつかなったのかはリベリスタには分からなかったが。 「ああ、そんな結論を出す気がしてたぜ……」 翔太の中にもそんな予感はあったのだ。もし自身が同じ選択を迫られたとしたら――『それが一番マシ』と思ったから。 ――まぁ、構わないけど。選択肢は赤と黒。君が自分の命を賭けても助かるのは一人だよ? 「構わないさ。 ……あんた達には嫌な仕事にさせてしまって申し訳ないと思うけど……」 市郎はリベリスタ達に小さく頭を下げた。 リベリスタ達の選択は『市郎にRed or blackを使わせる』。市郎の選択は――この通り。止めようにも最早、止まるまい。 ――じゃあ、最終確認だ。Red、篠崎市郎の命。Blackは? 「佐々木真理奈の命。 トシなら根性で何とかするさ。後で殴られるかも知れねぇけど。 ああ、そうだ。一つだけいいか? リベリスタ――の人達」 「何でしょうか」 問い返す正道に市郎はやはり申し訳なさそうに告げてきた。 「本当に悪いと思うんだが、あんた達すごい組織なんだろう? 迷惑ついでにもう一つだけ、頼みがあるんだが――」 ●ワイルド・ピッチ 「……あれ……ここ……」 白い天井がぐらぐら揺れている。 焦点の合わないぼやけた世界の中に知った顔が飛び込んできた。 「トシ!」 胡乱とした頭は良く働かなかったけれど。 親友の彼女は付き合いが長いから――見間違える筈も無い。 「……ああ、そうか。病院、か……」 殆ど自由にならない全身と鈍い痛みに俺は遅れてあの『瞬間』を思い出す。 一緒に乗っていた真理奈が無事で良かったとまずは安心した。 イチローに末代まで恨まれたらたまらない。 「私達、すごい事故にあって……それで病院に運ばれて。 今、トシのお母さんが先生とお話している所。何でも奇跡的な回復だって――」 泣きじゃくる真理奈には大きな外傷は無いようだった。あれだけの事故でこれは『奇跡』だと思った。 生きてた事にも感謝だし、大怪我をしたのが自分だけで良かったと――それにも安心。 「そ……だ、イチローは……?」 そう言えば――薄情者の姿が無い。 眼球だけを動かして病室の中を見回すけれど、そこにはやっぱり親友の姿が無かった。 「……何か、仕事で海外に行ったって……」 そう言う真理奈はありありと不満の色を浮かべていた。 「酷いよね。私もトシも大変だったって言うのに……」 「は、は……」 唇を尖らせる真理奈の顔が何だか無性に子供っぽくて俺はつい笑ってしまった。 「何がおかしいのよ!」 「イチローは……結構プレッシャーに弱いんだよ。心配過ぎて……多分、我慢出来なかったんだろ」 病室の窓から青空を見上げ、終わりかけの夏を肌で感じて。俺はささやかな仕返しをする。 ――ここだけの話な。 最後の試合、本当はパスボールじゃなくて……あいつのワイルドピッチだったんだぜ―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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