●一節 逸脱とは人間に与えられた最も効率的にして究極なる進化のプロセスである。 ――――『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュ ●夜光蝶セレーネ 「盗人にも三分の理って言うよな。 どんな悪党だってそいつが何かを考えて、行動しているなら一つ位は行為を正当化する理由がある……って話だが」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)の言葉は溜息交じりで吐き出されていた。 「中には――稀に。極稀に、そんな理屈さえ通用しないヤツも居る。 少なくとも『常識』の感覚で測ったら理解出来ないヤツも居る。 お前達の今日の相手は、残念ながらそういう『例外』の一人なんだな」 彼が顎で指したモニターの中――寝静まった夜の街には無数の燐光が瞬いている。ひらひらと舞い遊ぶ対の羽を動かして暗闇を幻想に染めるのは―― 「――蝶?」 「ザッツライト。これは蝶だ。蝶だが、まともな蝶じゃない。 見ての通り、七色の光をマーヴルして放つそれはそれは綺麗な蝶さ。 あんまり綺麗過ぎて『この世界には似合わない程に』、ね」 伸暁の暗喩にリベリスタは頷いた。 ボトム・チャンネルに上位世界の影響を引きこむ存在――即ちアザーバイドは決して看過出来ない世界の綻びの一つである。綻びを破綻へと変える危機の一つである。 「この蝶――夜光蝶は星のように輝く燐粉を辺りに撒く。お前達ならば幾らか耐えられない事も無い毒性だがね。街で眠る人々にとっては劇薬さ。優しい眠りが天国まで続いたんじゃ――そんなパッション目も当てられない」 「……仕事はこの夜光蝶を片付ける事?」 「いいや」 伸暁はリベリスタの言葉に頭を振った。 「元々、夜光蝶は悪意の無い連中だ。 リンク・チャンネルを通って元の世界に還る予定だったのさ。或る女が居なかったら、ね」 「女……?」 「女だ。『黒揚羽』セレーネの通り名を持つフィクサード。 最悪の偶然ってのはこの事を言うんだろうな。ヤツはアーティファクトの力で『蝶を操る』事が出来る。異世界の煌く蝶もどうもこの効果に掛かったらしい。 あの女はあろう事か夜光蝶が夜を騒がす意味を知りながら、街にそれを放つのさ。大好きな蝶が織り成す幻想の夜景が見たい――何て。そんな理由の為だけにね」 度の過ぎた感性は時に色濃い破滅を孕むものだ。 意識を尖らせ過ぎた小説家、唯一つの色の拘り過ぎた画家、絶望と不可能に挑む探求者――彼等は『逸脱』で本物と成り、本物が故に理解し難い事を為す。良い意味でも、悪い意味でも。 「仕事はフィクサードを止める事だな」 「ああ。セレーネは街が眠りについた頃、裏山から夜光蝶を放つだろう。 ヤツが夜光蝶を放つ前に、お前達が阻止する。単純な理屈さ。 但し、気をつけろよ。『黒揚羽』セレーネは唯性悪なだけじゃない。 無数にも等しい夜光蝶を引き連れたハートの女王(いつだつしゃ)なんだ。 油断はしないようにね。兎に角、どれだけ最悪でも夜光蝶だけは減らしてくれよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2011年09月04日(日)22:47 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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●今夜、月の丘で 「ごきげんよう」 月の丘の上で、黒衣の少女は微笑(わら)っていた。 「愉しいわ。一緒に如何?」 異界の毒をその指に遊ばせて。無垢なままに微笑(わら)っていた。 硝子玉のようなその目に、世界の何も映さずに。 ●境界線症候群(ボーダーライン・シンドローム) 世の中にはぐちゃぐちゃと線が伸びている。 例えば何が成功で何が失敗か。何が善い事で何が悪い事か。 些細な事から重要な事まで、人は無意識、有意識、その善悪に関わらず無数の線で己を計って生きている。 もし仮に。 その線を忘れた人間が居たとしたら? もし仮に。 その線が見えなくなった人間が居たとしたならば。 それは境界(ボーダー)を越えた特別な人間に違いあるまい。 単なるサイコパスに留まらない、圧倒的な逸脱である。 「幻想の夜景が見たい、ねぇ? 女の子と見れれば、なんだ。ロマンチックかもしれんが、ね?」 今夜、幻想の丘の上で。 今夜、注ぐ月明かりを浴びるように立ちながら。 今夜、楽しくは無い邂逅を迎えたこの瞬間にも。 『冥滅騎』神城・涼(BNE001343)の見据える彼女(セレーネ)は――理屈でさえ、凶行の意味を理解出来ないのだから。 フォーチュナの語った事件の事情は実に単純なものだった。アザーバイド『夜光蝶』を支配する黒衣の少女は逸脱した魔人であると云う。己が為に世界を侵せる人間(フィクサード)は少なくは無いが、根源のレベルで悪の意識さえ持たない迷惑な純粋は珍しい。 「ずいぶん可愛らしい企みだね。人に害を与えるんじゃあ話は別だけどねぇ」 皮肉交じりに呟いた『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)の口元に苦笑いが浮かんでいた。 「こんばんは、蝶のよく似合うお姫様。少しダンスのお相手よろしいかしら?」 薄い唇から淡々と滑り落ちる『ナーサリィ・テイル』斬風 糾華(BNE000390)の言葉は声量に関わらず夜に奇妙に響いていた。 「仄かに光る蝶が夜空を、夜の街の空を飛び交う――さぞ素敵な光景でしょうね。見てみたい気持ちも、とても分かるわ」 共感を口にする――少女からはその実、その逆の意味が薫っていた。 「邪魔をされる意味が、解らないでしょうね。 超越してしまう事で、そんな簡単な事も理解出来なくなる位なら――私には、超越なんて必要無い」 唯、『美しい蝶の舞い遊ぶ光景を見たいが為』に数百、数千の人の命を犠牲に出来る…… リベリスタがそんな存在を捨て置く訳にはいかない所。 「……判らないの?」 「ええ」 セレーネの声に短く応じたのは『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)である。 「『逸脱』なんてね。そんな良いモノでも無かったわよ。 単純に素晴らしいモノの一面以外を見えてすらいないだけだもの」 「綺麗な景色は素敵だけど、何かを壊してまで見る価値なんて――とても共有出来るものではないわ。 簡単な話よ。あなたが見たい景色を、わたしは見たくないの。唯それだけの差が、余りに決定的だわね」 「可愛い女の子を殴るのは俺の美学に反するが――」 『プラグマティック』本条 沙由理(BNE000078)の言葉に涼が軽く頷いた。 元より互いに理解し合う心算も、理解出来る筈も無い関係である。 「出来れば、心を引き戻してやりたいけど……そんな甘い事を言ってる場合じゃないわね」 来栖・小夜香(BNE000038)の見るセレーネは美しくも禍々しい純粋な毒気と魔性に満ちていた。 『逸脱』を知らぬフィクサードに救いがあろうとも、彼女にはそれは無関係。 改めて見れば理解出来るその在り様と有様に女は幽かな溜息を吐き出した。 「……癒し手の本分を果たし、まずはしっかりと止めないとね」 気付けば夜には七色の光が溢れていた。 プリズムの帯のように幻想的な魔光が空を、空間を在り得ざる神秘へと染め変えていた。 丘の上に佇む少女を追い詰めたリベリスタ達の周囲を、ひらりひらりと光が舞う。はたはたと残滓を零し、嘲るように舞い踊っている。 「こんな仕事じゃなければさおりんと眺めたいロマンチックな風景なのに……」 『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)が僅かに唇を尖らせた。 「今、街では彼岸からご先祖の霊が還ってきてる。水を差すのは無粋だよ」 「追い詰められたのはどちらかの。……これは、過激な舞踏会になりそうじゃ」 まさに日常を遠ざけていく光景を油断無く見据え、『墓守』アンデッタ・ヴェールダンス(BNE000309)、『有翼の暗殺者』アルカナ・ネーティア(BNE001393)が冗句交じりに嘯いた。 「月が見降ろす丘に舞う蝶……確かに美学的。君も、崖から舞いあがってみたいとか思ったりするのかな?」 「蝶々は綺麗ですけどね、桜ちゃん、猫ですから。蝶々はじゃれて、それから殺す物ですよね?」 アンデッタに続いた朗らかな少女の笑みに獰猛な何かが混ざる。 『きまぐれキャット』譲葉 桜(BNE002312)の瞳は嗜虐的な猫のように細められていた。 「綺麗な……蝶だけれど……毒をもつ……以上……この世界に……似合わない……」 エリス・トワイニング(BNE002382)の言葉には二つ目の意味が込められていた。 世界を侵し、毒を撒くのは夜光蝶。但し彼女の言う蝶はその主人(セレーネ)をも指している。 「排除……しないと……」 「殺すの? 蝶を。私を」 セレーネの問いは愚問だ。 答えるまでも無く、長い時間を置く事無く。眠りの丘は命を削る確かな死地へと変わるだろう。 幕が上がるのだ。 『逸脱』と『残存』。『むこう側』と『こちら側』。 どちらが『現実』に相応しいかを決める、一夜の奇劇のその幕が―― 「人々の命、容易く消させはしない。『黒揚羽』セレーネ……お前は此処で――止める!」 目眩さえしそうな程の色彩を、その先に広がる暗闇を――『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)の一声が切り裂いた。 韻と、深く。暫しの沈黙にその身をたゆたわせたセレーネはやがて小さく頷いて「そう」とだけ言葉を返した。 ●暗黒夜光 戦場に毒の雨が降る。 きらきらと輝く、猛毒の雨が降る。 「さぁ、お仕置きの時間さね」 因果応報、三世因果。 「報いを受けな、お嬢ちゃん!」 見得を切る。瀬恋が手慣れて見得を切り、 「さてさて、まずは……と」 アンデッタが守護結界を展開する。 「自ずから逸脱したものに、差し伸べる手などありはしない。 傲岸不遜な女王はいずれ弑されるもの――いえ、今がその時よ!」 凛と吐き出された対決の言葉と共に沙由理の神気が迸る。 色彩と暗闇を同時に白く灼いた閃光は脆い蝶を一度に幾つも叩き落す。 「まったく、数ばかり多いのは趣味じゃないのよ。ギラギラって、風情も無い」 漂う夜光蝶目掛けて弾幕を展開するのはエナーシアも同じである。 難敵セレーネに相対するパーティは事前に一つの作戦を用意していた。それは全体攻撃に長ける沙由理、エナーシア、小夜香、桜を二つの班に分け連携を以って彼女への道を切り開くというものである。セレーネの周囲をたゆたう夜光蝶の数は多い。手数に勝るパーティでも彼女に肉薄を果たすにはそれなりの手段が必要なのは明白だった。 ――とは、言え。 「やっぱり、厄介な手合いだわね」 エナーシアの見つめる戦場にはまだまだ無数の光芒が瞬いていた。 彼女と沙由理の放った一撃に夜光蝶の帯はその厚みを減じてはいたが、弾幕を有効に働かせるにも敵の十全な視認が必要である。 夜光蝶の覆い隠したセレーネは言うまでもなく、夜光蝶自体もその集合が盾となり壁となり。その全てを撃ち抜くには到底至っていないのが現実である。 或いは『場』ごと薙ぎ払う手段があればより効いたのかも知れないが―― 「――十分だ!」 それでも気を吐いたのは涼である。 数を減じた夜光蝶の真横を滑り抜け、 「所謂トップギア、初っ端から入れさせて貰おうか……!」 全身の神経を研ぎ澄まし、最高の反応速度を手に入れた。 留まらぬ彼はそのままセレーネの元まで肉薄せんとして、目前の邪魔な夜光蝶を紅魔の軌跡で斬り落とす。 「此処で立ち止まっている訳には、行かない……っ!」 左翼より攻めた涼に対して右翼から踏み込むのは拓真である。 爆砕の戦気をその身に纏い、その裂帛の気合で低い確率を引き当てて刃を振るう。 回り込むように動いた彼の連続の斬撃に光の壁が花に散る。 戦いは最初から激しく動き始めていた。 蝶の壁を専ら散らすのは全体攻撃を放つ四人。 距離を潰し左右両翼より挟撃の形を作り出そうとするのが残る十人。 パーティの狙いは限定的な成功に留まっていたが、まずは素早く動き出せたのは奏功したと言えるだろうか。 「麻痺も混乱も俺には効かないぜ。守りは任せてもらおうか!」 敵は無数。浮かぶ光の数だけパーティに困難をもたらす蝶の毒を、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が一喝した。 積極的に前に出る彼には夜光蝶の能力が通用しない。 昏闇(くらやみ)に沈みかかる――仲間の意識を彼のブレイクフィアーが苛烈な現実に引き戻した。 「何時までも、邪魔はさせないわ――」 クロスより鮮烈な光を放った小夜香に、 「今日の桜ちゃんは、くればーに行きますよっ!」 桜の弾幕が続く。 撃ち落とされ一時的に戦場に数を減らした夜光蝶をかい潜り、 「どうも、狸のビーストハーフのうさぎです」 惚けたような顔のまま。間合いを奪う、うさぎが続く。 うさぎの繰り出すその一撃は対象に死の刻印を刻む蕩けるキス。 驚きに小さく息を呑んだ廃銀の少女とうさぎのシルエットが交錯する。 「そもそもね――」 低い姿勢で少女が飛び込んだ。 「――キャラがかぶって不愉快なのよ!」 確かに言う通り。黒衣に銀色の印象を残す糾華である。 荊棘姫の指し示す少女の影に黒い槌が振り下ろされた。 ひらりと身をかわした彼女は音も無く着地して温い笑みを浮かべている。 「こりゃ苦労しそうだねぇ」 瀬恋がはん、と鼻で笑う。 技量差は明白。しかしそれは集められた戦力を考えれば当然の事。 「駄々っ子が過ぎた力(おもちゃ)を持つからツマラナイ事を考えるのさ――」 ウインチボウガンより放たれた矢が間合いを抜ける。セレーネの銀色を一房散らした一矢は闇の彼方へ飛んで消えた。 ●魔性と蝶 戦いは激しさを増していた。 パーティは良く健闘していたが、無数とも言われていた夜光蝶を統べるセレーネは侮れる敵では無い。 『蝶律』がセレーネの弄ぶ銀色のペンダントである事は糾華が超直観で見抜いたが――破壊は実際難しい。 簡単に仕留められると思えばそれは間違い。 ズルズルと長引く展開はパーティ側にも大きな消耗を与え始めていた。 「……悉く意見が合わないわね、実際」 「何としてもここで終わりにしたいんだけど、ね」 「桜ちゃん、実は虫ってあんまり好きじゃないのでした」 夜光蝶を次々と叩き落すエナーシア、沙由理、桜の攻撃は十分な破壊力を発揮していたが、 「これは――なかなか――」 当初は火力として活躍していた小夜香、アルカナ等が回復に回らざるを得なくなった部分は些か痛かった。 夜光蝶の舞は実に、実に厄介である。限り無く降り注ぐ燐粉はパーティを凶悪なまでの毒に侵し、単純ながら身体の自由を奪い、混乱をもたらす羽ばたきは容易にパーティを追い詰めかねない危険な遊戯であった。 快やアンデッタといった面々はこの攻撃に耐性を持ち良く堪えていたが、全員がこれを防げる訳では無い。 「これで、何とか――」 マナサイクルを纏いながらも天使の息を紡ぐ小夜香の息が上がり始めていた。 混戦の中で死力を尽くすのは彼女ばかりでは無い。それは、エリスもそあらも同じくである。 ――――♪ 寡黙な少女の願いが清かな歌声を戦場に響かせた。 夜光蝶の被害を快が振り払い、エリスが賦活する。 戦場を縦横と動き回り、被害を出来るだけ避けながら戦線を支える彼女はまさに奮闘を見せていた。 だが、パーティが押され始めた最大の理由は夜光蝶の存在では無い。 パーティが真に恐れるべきは、パーティを真の危険に晒すのは。 「――アナタにも、タナトスの囁きが聞こえるかしら?」 噴き出す呪いの鎖、その濁流。 セレーネの紡ぎ出す葬送曲はエリスの、小夜香の、そあらの尽力を嘲り笑うかのように一撃で仲間達の体力を削り取るのだ。 「……っ……」 誰の声か苦痛の音が幾つも漏れる。 戦いの中で避け切れずまともに貰ったアンデッタが崩れかけた。脅威を受けたのは脆い小夜香も例外では無い。 「この程度で――」 まさに仁王立ち。気を吐く瀬恋も一度は運命に縋った身である事には変わらない。 「折角の月夜に幻想の蝶の荘列なのだからダンスのチケット(フェイト)は惜しまないけど――」 エナーシアは皮肉めいた笑みを浮かべた。 「無粋な横車(ちょうりつ)の所為で列が乱れてしまっているのが残念だわ……」 運命を燃やし、ドラマに縋り、それでもセレーネの攻めは容赦無い。 パーティの奮戦で夜光蝶は減っている。セレーネとて決して無傷では無い。 だがそれでも長い戦いが不可能なのは誰にも分かっていた。 それが望むものなのか、望まないものなのかは別にして――決着の時が近付いている事は誰にも分かっていた。 「幻想的な夜景、見れなくなっちゃうと良いですよ」 光を散らす空を眺めて、場を見据えて。幾度目か桜の弾幕が壁を破る。 (今度こそ――) 走り出したのは糾華。月の丘に少女と少女の影が躍る。 「貴女には、過ぎた玩具よ?」 何とか肉薄した糾華の繰り出した一撃が蝶律を僅かに掠めた。セレーネの表情が僅かに歪む。 やや突出した糾華目掛けて夜光蝶が殺到した。 「あ――!」 声は刹那の苦鳴を示す。 振り下ろされた漆黒の大鎌に脆い少女の肢体が今度こそ崩れ落ちた。地面に、黒々と血の川を横たえる。 「この……っ!」 拓真が吠えた。目前で倒された糾華を見て、セレーネを見て。 「無数の斬撃、躱せるか……っ!」 傷付き、血を流しながらも。呼吸を乱しながらも今一度、大瀑布の如き威力の切っ先がセレーネを飲み込まんと暴れ回る。 小さな悲鳴、切り裂かれる黒衣。掠めた刃が少女の身体と蝶律に傷を刻む。 パーティはここぞと攻める。悪辣なる――悪辣と呼ぶのも間違いである魔性を砕かんと、最後の死力を振り絞る。 反撃に小夜香が倒された。 「……何とか……頑張って……」 小さな両肩に戦場を背負って、エリスがさせじと展開を引き戻す。 それでも尚、今度こそ瀬恋が倒された。 しかし、パーティは怯まなかった。パーティの剣はセレーネを追い詰めるだけの鋭さを秘めていた。 「この――」 セレーネの繰り出した必殺の大鎌を、 「――何度も見れば、俺なら見切れる」 見事に、涼が避け切った。 加速し、加速し、加速する。少女の胸を貫かんと繰り出された音速の刃は後退しかかった少女の胸を浅く衝く。 「逃がさない、あなたに『次』は必要ないわ」 「さあ、一緒に墓穴を超え棺を貫き地獄まで墜ちようか?」 崖の方に身をよろめかせるセレーネを沙由理のトラップネスト、アンデッタの式符が追いかけた。 しかしこれが僅かに届かない――ぐらりと崖から身を躍らせたセレーネを庇うようにひらりと舞った夜光蝶がそれを受けるまでに留まった。 ――強いのね、アナタ達―― 笑っていた。 壊れた笑みのまま、堕ちて行く。 セレーネは空を見上げたまま、地面に向けて堕ちて行く。 しかし、終わらない。終わっていない。 残った僅かな夜光蝶が落下する彼女を支える籠になる――空を滑る車となる。 パーティに追撃する余力は無く、セレーネに悪夢を望む力は無い。数を減じた夜光蝶は望んだ悪夢にまるで足りない。 だから、彷徨う逸脱は夜の向こう。月の向こう。 ――今は、沈黙のまま。 一時の休息を経て、黒揚羽はまた笑うのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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