● 赫々と燃えていた。 喧騒に包まれるはずの街並みを彩った赫は焔。無機質なコンクリートで固められた景色を瓦解させるかの如く、その赫は無慈悲なまでに周囲を包み込む。 足元に広がった魔術陣は何時かの日、露西亜の国の魔術組織が培った技術を手にした時に脳裏に刻み込んだものだった。 「もう覚えた」と、幾人かのリベリスタの猛攻を振り切って手にしたその知識が生かされる場面が『こんな舞台』だと誰が考えた事だろう。 「王を目指すという気概は気に入った」 そう告げた剣林の焔の女は、菫の名に似合わぬ程に赫を背負って凍て付く寒さを感じさせる男と共に本社のビルへと足を運んだ。 「継澤、あの小僧っこも一皮剥けやがったって訳か。手位貸してやるってのも吝かじゃねえわな」 「――どの道、貴方とお会いするのもこれが最後でしょう」 太鼓を思わす武器を手にくつくつと咽喉を鳴らす老兵へと高く結い上げた髪を揺らした女は低く、冷めた様な声音で告げる。 継澤イナミは、凪聖四郎の懐刀はこの先に待ちうける現実を見据えたかのように夢見る女の顔をしては居なかった。 東海地方――静岡の隣県を狙ったのは逆凪拠点の営業所のうちの一つ、名古屋の壊滅を目指した事。そして、神秘界隈にその名を轟かせるリベリスタ集団『アーク』を呼び出す為の事だ。 凪聖四郎と言う男は、逆凪首領を務める『逆凪家』の三男坊にあたる。 現首領の『逆凪黒覇』や逆凪グループの専務を務める『逆凪邪鬼』とは母が異なる。 長兄達とは異なり、神秘の造詣が深いのはその血の違いを思わせるかのようだった。 生来から王になる事を約束された長兄と、その道から遠ざけられた末子。彼にとって、蔑にされたその運命は酷く呪われたものだったのだろう。 その才があったからこそ、彼は急速に力を付けた。トリガーは唯一己の居場所として存在していた恋人の死。 彼女を殺したのは『アーク』――それは、どちらも同じだ。 「世界を護るために、フィクサードを殺すのはアークにとっては正義の範疇でしょう。 我々が今から行う行動だって彼らの正義に反する物。邪魔をされる可能性は十分に高い」 倫敦の街で紫杏(こいびと)を殺したのは紛れもないアーク。 六道紫杏のように完璧を夢見るのも。 黄泉ヶ辻糾未のように恋情に魘されるのも。 すべては子供騙しな悪い夢。『完璧』な誰かの近くに居たからこそ抱いた劣情。 青年が、下らない夢を実現することが出来るのだと信用していられる内に―― 「『私が』彼に失望する前に、『私を』殺して頂けませんか? ……箱舟よ」 ● 「無謀、という言葉をお送りするわ」 普段と変わらぬ調子で吐き捨てた『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)はモニターに映された様子に深い溜め息を吐く。東海地方、静岡県に程近い場所で行われるフィクサードによる虐殺や横暴は許し難い行いであった。 何故その場所か――アークを呼び出して居るに他ならない。 フィクサードにとって邪魔になるのはアークと、そして―― 「逆凪を潰す。それはリベリスタとしての行動であれば評価したかったけれど……。 凪聖四郎と言う男が居るわ。逆凪派のフィクサードであって、逆凪家の三男坊。 簡単に言えば、正当な家督を継ぐことのできない妾腹の子。だからこそ、分家の凪家に養子に出されていた……。それって、良くある事なんでしょう?」 遡れば、家督を継ぐ事が出来ないからこそ、後々の争いを収める為に妾腹の子を分家に養子に出すと言う事は良くある事だ。聖四郎と言う男が養子に出されたのにもその理由が当てはまる。 「それでも、彼は諦めが付かなかったわ。蔑にされた人生を酷く恨み、悔やみ――そして、世界を欲した。 子供の様な夢ね。自分を蔑にした世界を、『家』を己の手中に収める事で己を認めさせたい」 それは、子供が親に褒めて欲しいと背伸びするかのよう。 生まれながらにしての魔術師は、王となるべく生まれた兄を酷く嫌悪していたのだろう。蛇が如く欲と毒を持った青年を兄は『実に逆凪らしい』と評したと言われている。 「だからこそ、この事例が発生するわけです」 あまりに突拍子もなくて、只の兄弟喧嘩のようで。 「『逆凪黒覇の暗殺』」 形骸化したフィクサードによる七派システムの形を保つ為に尽力していた逆凪黒覇。 彼と比べ、私利私欲のためにまさに『フィクサード』然とした活動を繰り返す凪聖四郎が逆凪の頂点をとった場合は、今後何が起こるかは分からない。 凪とは別ルートで警戒を促して来ていた直刃のフィクサード達は「三ツ池公園の奪取」を示唆してきた。危険な行いが増えることには違いはないだろう。 「聖四郎サイドは先ずは黒覇の元へと捨て駒とも言える足止め部隊をぶつけている。 その間に彼が行っているのが、アザーバイド召喚儀式。そこで、行われるのが一般人の虐殺よ」 一般人の虐殺は、アザーバイドの召喚儀式の贄の代わりに使われるそうだ。 現在戦力で逆凪黒覇の暗殺に成功したとしてもアークとの対決は避けられない物だと聖四郎は戦況を読んでいる。 敵性のアーク、逆凪を連覇する事を目論む彼はアーティファクトによる戦力拡充を狙っている事は確かだ。 「彼は己の血統――逆凪の王となるその血筋の為すカリスマによって直刃が急速に成長した事を理解している。 それゆえに、黒覇さえ破れば直刃は逆凪を吸収して巨大化し、日本をも手に入れられると考えているの」 それは無謀な考えなのではないかと世恋は言う。 裏野部による四国での動乱、国内から撤退した三尋木、霊峰富士で異界の力を手に入れんとした剣林。 主流七派と呼ばれたフィクサード集団は今やその影を残しては居ない。七派システムが形骸化した以上は、その舵取りが必要不可欠になる事は分かり切っている。 逆凪黒覇の暗殺が行われ更なる戦禍に見舞われる事になるならば、その要因を消し去ることは重要な任務にあたる。 「最初から彼は王となるべき道を閉ざされ、恋人を『私達』に殺された事で彼は自暴自棄になっているのだとは思うわ。 けれど、一般人を虐殺し、崩界因子を呼び出す事は許し難い物だわ」 秩序を重んじる黒覇と、己が欲望が為に進む聖四郎。護るのではない『協力する』だけなのだ。 恩を売ると表現すると難のある話だが、協力体制を作る事はアークにとっては悪い話ではないだろう。 何にせよ『虐殺』と『崩界因子の討伐』は速やかに行われるべき任務になるだろう。 「さあ、終わりにしましょうか。途方もない夢の終わり。誰かを喪う事は辛いでしょうね。 それは誰だって終わり――人を狂わせるのはとても簡単だわ。更生させるのは難しいけれど」 ご武運を、と付け加えてフォーチュナは小さく頭を下げた。 ● 何故、人を殺すのかと問われれば必要だから致し方が無いと答えるだろう。 大多数を護るために小を殺す。運命の寵愛を受ける事のなかったエリューションを殺すのとなんら変わりない。 力を持たなかった事こそが、彼らの罪なのだ。 神秘と言う才能を所有しなかった、その凡庸さこそが彼らの罪なのだ。 だからこそ、死んでしまった。自分の凡庸さを呪い、己を爪弾きにした世界を恨む事こそが彼らの出来るたった一つの行動だ。 「――捻くれてらっしゃること」 才能を持ったからには効率的に使うのが世の為だろう。 ビジネスの分野にその才を裂き、出来得る限りアークとの友好的な関係を築く恐山や『兄』は実に下らない。 この世界にそうあるべきと認められているからこそ、己が己としてその場所に居るのだと知った顔をしている。 ゴシックロリータのドレスを揺らし、女は丸い眸に好奇の色を浮かべる。 彼女が望むのは死に物狂いの闘争を――カンパネッラはアークのリベリスタが酷く愛おしいと笑みを浮かべる。 「わたくしは、構いません事よ。アークのリベリスタは、きっと良い声で啼いて下さるでしょうから」 彼女の声音を聞きながら、人を手にかけた感触を思い返す。 君が居ない世界にはどんな災難が訪れたって構いはしないだろう。 その眸に君が悲しい世界を映さない事がどれ程の幸運か。君の前では、「素敵なフィアンセ」の侭であれた事を喜ぼう。 狂気にも似た、その妄執は熱情へと変わっていく。 冷静と熱情は表裏一体。 落ちるべきは只の狂気。陸上の王子を焦がれる歌姫の如き狂気には程遠い、哀れな男の夢の果て。 誰ぞは笑うだろうか。血濡れた運命を、王にもなれない憐れな男を――噫、それも今日で終いだ。 「さあ――パーティの始まりだ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年02月16日(月)22:54 |
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●Ironie/1 赫々と。燻る煙さえも吹き飛ばさんと喧騒が巻き起こる。 無機質なコンクリートに塗り固められた景色を覆い隠さんとする赫は、今や空の色さえも変えてしまう。 嘆き惑う一般人へと「こっちだ」と声を荒げた遥平は咥え煙草をする暇もなく、市街地を覆った戦乱の気配を痛いほどに感じていた。 街の一角に掲げられた『逆凪カンパニー』の文字、その隣の硝子張りのビルは時村財閥が所有するものだったか。 「――やれやれ、これが天下の逆凪カンパニーのお坊ちゃんがやる『パーティー』か。 これじゃ、まるで裏野部や黄泉ヶ辻じゃないか。『らしく』なく見えるのは仕方ない事かね」 頬を掻き、周辺の警察詰所へと緊急要請を送った彼の瞳は俄かに困惑を抱いている。名古屋の街並みを染め上げた赫は、爆ぜる音は確かに戦場であるのだがどうにも『理解』しようにできない。 「所謂、『兄弟喧嘩』か。子供染みた真似をするのは構わないけど、オレの地元を巻き込むのはやめろ」 苛立ちを露わにしながら三徳極皇帝騎の柄へと手を這わせた義衛郎が赤茶色の瞳へと強い嫌悪感を乗せる。 街を襲った暴漢は『過激派』たる裏野部でもなければ、奇怪な行動を繰り返す『黄泉ヶ辻』でもない。 アークとは幾度も晩餐や交流を重ねた『逆凪』派の内部抗争なのだ。避難誘導を繰り返す遥平さえも「やれやれ」と肩を竦めるこの現状は逆凪頭首の暗殺計画と、日本一の称号を手に入れるべく行われた逆凪三兄弟の末子の不祥事に他ならない。 『直刃』と呼ばれる新興組織による大規模な魔術儀式成功の為の殺戮と呼べば聞こえはいいだろうが、実際には逆凪派の長兄と腹違いの弟による内部抗争なのだから救えない。 末子――凪聖四郎の様に自身の利益を優先し、己の自己顕示欲と更なる欲求の為に神秘バランスを崩す切欠を作り出す事を容認するのは難しい。 必要悪と認識される黒覇はまだしも、絶対的な悪事に手を染めた聖四郎に対して義衛郎が抱くのは、 「腹が立つ」 端的に、その言葉を漏らしたのは致し方が無いだろう。黄昏色の刃から降り注いだ雷撃に義衛郎が視線をくべればフィクサードが反撃する様に前進する。 追い縋る彼の鼓膜へと響いた呪葬の歌は後衛からのサポートを得意とする遥平お得意の術だ。一般人の命を護る民間人(おまわりさん)が小さく頷けば彼の目の前に黒い影がぐにゃりと伸びあがった。 「僕がやるより上手くできる人が居るなら頼りにする他は無い。いつだってそうしてきました」 激励とも取れる敏伍の言葉に遥平と義衛郎が小さく頷く。名古屋の市街地、義衛郎の故郷なるこの街が崩されて行くのは正義の味方たるリベリスタにとって大いなる苦痛であることには違いないのだろう。 帝都破壊計画書と名の付けられた書物へと視線を落とし流るる水の気配を静かに感じとった彼は卓越した陰陽術の知識を持ってこの戦場を支援する。 彼らにとって、一般人を保護し『敵』を撃滅するのは何時だって変わりがないことだ。 『裏野部』が賊軍と名を変えて四国を占拠した時も、『剣林』が富士山麓で新たな力を手に入れんとした時も。 「『直刃』――最近は何処も厄介事を運んでくる」 『直刃』が『逆凪』を乗っ取らんと謀反を企てたこの瞬間さえも。 白崎式双鉄扇をしかと握りしめた晃が小さく肩を竦める。彼の鋭い眼光が捉えたのは逃げ惑う一般人でも、傭兵として雇われ人殺しを勤しむフィクサードでもない。その奥、ぶくぶくと太った体躯を晒す『アザーバイド』その姿だけだ。 「アークは忙しいんだ。崩界因子には特段、早々に退場して貰うぜ!」 広い戦場で、周囲の仲間達に少しでもと与えた加護はすれ違う様に飛び交ったフィクサードの剣戟を跳ね返す。 彼が相手に取らんとするアザーバイド『混沌の欠片』は巨大な風船の様な柔らかな外見をしていながら、高い命中力を誇るのだと晃は認識していた。己に避ける能力が乏しくとも『受けとめる』事はクロスイージスの十八番だ。 「さぁ、廻すついでに跳ね返していくぜ!」 ぎらりと輝く黒曜石の瞳の色に、支援を行う様に水流が押し寄せる。 敏伍の作りだす玄武に背を押され、前進する晃へと伸ばされたアザーバイドの腕を切り裂いたフランシスカが唇に弧を描き地面を蹴る。 「ぶくぶく膨れて不細工なツラ晒してるよね」 武骨な風車(アヴァラブレイカー)を握りしめる少女の華奢な腕に力が籠められる。大きく開いた黒い翼は暴れる場所を欲する様に静かに揺れていた。 「凪のプリンスの叛乱ねぇ。で、あなたは『呼び出された』アザーバイドってわけか。 申し訳ないけど、あなたの主人のことを私は良く知らないし、どうとも思わないんだけど……さっ」 振り翳したアヴァラブレイカーが呪いを帯びて妖気を放つ。好戦的な色を灯したフランシスカの瞳に映されるぶよぶよとした黒いフォルムのアザーバイドは彼女の言葉を待つ様にじぃと見据えていた。 「……こう、やけっぱちにも似た行動に付き合わされるのって大変よね? 部下も『あなた』も。 ま、私は切って暴れて大騒ぎしに来た訳だし、『統率』が取れてないのは暴れやすいから好都合だけど」 「でも、大規模過ぎる巻き込み自殺だけは勘弁して欲しいよね」 からからと笑ったフランシスカの言葉に肩を竦めて返した理央は後方から符の力を持って仲間達を癒す。 軽微な傷であれど、アザーバイドが齎す損害はリベリスタ達だけではなく、一般人にも与えられるのだ。故に、【黒壁】は抜かれる事があってはならない。 「如何な神秘と言えど、殴れるものなら殺せぬ道理はなかろう」 「確かにっ!」 深淵へと歩み寄る伊吹の強気な言葉にもフランシスカは歯を覗かせて笑う。宙を舞った乾坤圏――続く、アヴァラブレイカーの風圧がアザーバイドの身体を押し返さんとする。 ふわり、と。風の中を進み『混沌の欠片』の眼前へと躍り出たメリッサは怜悧な眸を細めて唇を揺れ動かせた。 「貫き――通しますッ!」 蝶の様に舞い、蜂の様に刺す。欧州生まれの淑女はスカートのフリルを揺らし、剣戟を見舞う。 叶うならば味方に傷を負わせることもなく、只、貫くのみ。 「堅かろうが、防御を打ち砕き、崩界させましょう」 メリッサの言葉に昂揚する意識を感じ、フランシスカが「薙ぎ払うわ!」と声を張り上げる。 黒き瘴気に混ざり込み、鋭く伸びあがったブラックコードはアザーバイドに絡み付いて離さない。 「もう二度と、混沌様に傷つけられる方を出したくないってまおは思いました。 たとえ欠片でも、混沌様はこの世界から出て行って下さい」 強い意志を感じさせるまおの言葉は仲間達を激励する。彼女にとってアザーバイドは『気持ち悪く』て『ふよふよ』している存在であるかもしれない。それでも、他の誰かが傷つき倒れる事はあってはならないのだと少女は気を強く持ち、桃色の毛を揺らす。 「だから、お帰り下さい」 動きと共に吹き飛ばされるまおの小さな身体を受けとめて、義弘が侠気の鋼の感触を確かめる様に掌に力を込める。 優れた観察能力でアザーバイドを、そして周辺のフィクサードを確認した彼は唇を噛み締める。助けた女を身とった時の様に――二度と『誰か』の死に際を見たくはない。 「あの男の勝手な理屈で、この様な行いを許して良い訳がない。全力で行かせてもらう」 冷静であれ。そう願うのは頭に血が上っては周囲の仲間達が倒れる事を許してしまうから。 機械の身体を隠しながらも、不安を瞳に宿したモヨタは機煌大剣ギガントフレアを大きく振るう。 「奴らの望む大量虐殺なんてさせてたまるか」 強気な言葉は、傍迷惑な兄弟喧嘩への嫌悪感。年の近い弟の居るモヨタにとって兄弟喧嘩は日常茶飯事の現象であったことだろう。相手があってからこその喧嘩は今はその形をも正しくとっては居ない。 渾身の一撃を放った彼の腕が盛り上がる。破壊神の如き気配を感じさせたモヨタの背後で押し留めんと涼腕に力を込めた義弘が小さく唸った。 アザーバイドに張り付くまおへと懸念される事項を述べた伊吹の言葉に理央が小さく反応する。 「メリッサさん、今です!」 深淵に歩み寄り、氷を宿した輪を投げ入れた伊吹の姿に、卓越した知識を持ってその意味を解説した理央に。 メリッサは形の良い唇を歪めて地面を蹴り上げた。 「ありーでべるち!」 地面を踏みしめて、フィクサードの眼前へと差し迫った六花は八重歯を覗かせてにんまりと笑う。 頬を掠めた傷に、遠距離での戦闘を得意とする筈のマグメイガスは『ひーろー!』として前へ進む。 本日はゲストの『あららん』――アラストールを招いたことだ。仲間達を護るべく英雄はやる気を漲らせる。 「ひーろーはみんなを護る正義のじゃすてぃすっ! わるいやつらからふつーのひとをまもるのだ!」 いざ、と前進する彼女に付き従う様に騎士は刃の感触を確かめる。 混沌と耳にして、思い返す神(ミラーミス)。その強大なる存在に畏怖を感じた様にアラストールは刃を振るう。 「奇跡ならば幾度も起こした。私は人々を護る一振りの剣に過ぎない――だが、」 王を持たぬ騎士は己の誉れを刃に灯す――! 「うふふ、ひーろーひーろー言ってるあほの子とつよぉい騎士様が一緒なら怪我する事もないわね。 矢面に立って貰いましょ……ねぇ、聞いてた? 言ってる傍からなんでそうなの。莫迦なのね」 知って居たわと肩を竦めて、深淵を夢見る紅の瞳に呆れの色を灯した真名は美麗な九麗爪朱の感触を確かめる。 矢面に『立たされる』アラストールと前進していく猪突猛進ガール六花を眺める真名の隣でおろおろと彼女を眺めた依子は不安げにナナシさんを眺める。 「えと、これは……」 翼の加護を使用して、宙へと浮かび上がった依子は一般人の保護を優先しながらも猪突猛進に突撃していく六花と追い掛けながらも攻撃を重ねる真名を俯瞰する。伸びた白髪が揺れ、不安を宿した彼女の両手がきゅっと握りしめた「ナナシ」の魔道書は何か応えてくれるようで。 「……――だいじょうぶ、です」 頑張れますと小さく頷く依子へと差し迫った雷撃に彼女が目を見開く刹那、間に割り込んだアラストールが声を張り「推して参る」と宣言する。 「……ええっと」 頬を掻き、肩を竦めて笑った椿は警戒心を露わにする様に短剣を握りしめたヒイロの反応を伺った。 Retributionを握りしめ避難誘導を行っていた傍らで、出会ってしまった『責任者』級の人物。挨拶がてら、周辺の露払いに出向いていた椿にとっての幸運であり不運の様な存在だ。 「『十三代目紅椿』」 「何でそないな称号(なまえ)知ってるん!?」 ぼそりと呟かれた言葉に思わず反応を示した椿は調子を崩されながらも荒れ狂う蛇たちを呼び出した。 周囲のフィクサードやエリューションを払い、彼女が見据えたのはヒイロが使用する独自の技法。折角の窃盗技術だ。しっかりと見て学ぶ事は悪いことではないだろう。 結い上げた髪を揺らし、眼前へと迫らんとする椿に「ヤクザと逆凪カンパニーが繋がってるなんてスキャンダラスなのは結構です」と冗句めいた言葉を告げながら後退するヒイロ。 「見つけたーっ!」 びしっと指差したミリーは大きな瞳を煌めかせる。女子力・華を手にしたまま、全力で走り寄って行くミリーは焔(じょしりょく)を振り翳す。 「元気ッスね!?」 「というわけで、ちょいやー!」 相手の都合なんて関係ない、只、倒す。 ミリーの焔がその体を焼く様に降り注げば、傍らのの椿も咄嗟に攻撃を開始する。 慌てるヒイロが振り翳した刃から周囲へと木の葉の様に降り注がせた真空の刃に、少女二人の瞳が厳しくなる。 二人共に他社の能力を以って学ぶ。遠慮なしに焔を以って飛びこむミリーは『全部倒せば解決』と言わんばかりに心労が堪り掛けのヒイロへと攻撃を仕掛け続けた。 「……遊んでらっしゃるのでしょうか?」 こてん、と首を傾げたシエルの言葉に光介が肩を竦める。紫苑の髪を揺らしたシエルは傷寒論-写本-を量の手でぎゅっと抱きしめながら混乱を来たす戦場をぼんやりと眺めている。 恋人共に過ごす穏やかな日々の延長なのだろうか、いまいち『戦場』らしからぬヒイロ回りの様子に光介が緊張した様にそわそわと体を揺らす。 「お久しゅうございます……ヒイロ様。以前お話しした七色の霞の……店長代理さんを連れてきたのですが」 「い、今そんな話ししてる場合ッスか!?」 にこりと微笑みながらも光介を紹介するシエルに慌てた様に返す新入社員。 余りに『天然』な彼女の様子に顔を見合わせた光介と椿は律義に返すヒイロの様子にぴたりと手を止めた。 「戦いの後で……ナポリタン、食べて頂けませんか? お口に合うかは解り兼ねますが……」 シエルがどうしても会いたかった相手が目の前に居る。だからこそ、戦場へと赴いた光介にとって、ナポリタンを作って彼をアークに招き入れたいと言うシエルの意思は驚愕に値するのだろう。しかし、長い月日を共に過ごした以上、彼女の『不思議』な優しさは十分に理解している。 「ボクが戦場(ここ)に来たのは大切な人が、逢いたい人が居るから。 ……まぁ、ボクは……お店に来てくれるなら、作りますけどね。ナポリタン」 「光介様……」 柔らかく微笑む光介が与えた回復が、シエルが回復を行うことなく対話に集中できる様にと促している。 人類みな友達と、そのようにはいかないのだと重々承知しているとシエルが放った閃光は逃がすまいとヒイロの身を灼いた。 ●fragmentum/1 生まれながらにしての天才。魔術師。逆凪本家の出自。その名誉は己にとっての負債に他ならなかった。 母違い――本妻とは別の腹から生まれた事は名誉を得ることなく、忌み子として糾弾される切欠でしかなかった。 母を厭うた事は無い。母を嫌った事もない。だが、彼女はこの世界にはもう生きては居ないのだ。 「それで?」 相も変わらず冷めきった瞳を向けた継澤イナミは男の思い出話に興味もなさげに相槌を返す。 それで、と問うたのは惰性であったのかもしれない。激流が如く押し寄せるリベリスタ達を待ち望む暇潰し。 「逆凪の元老達は煩くてね。兄さんも苦労していたよ。口を挟まなければ気が済まないらしい。 だからこそ、妾腹(おれ)は分家送りだよ。本当は母子共々殺せと言われていたんだが……まあ、その辺りは彼女が何とかしてくれたんだ」 やけに饒舌な上司にイナミは黙したまま話を促した。背中越し、見えやしない表情は想像するに難くない。 「――……母は、殺されてしまったけれどね。逆凪と言う家に」 ●Ironie/2 「最近、この様な事件が非常に多い気がしますわ。一度大きな事件が発生すると、それに引き摺られて皆事件を起こすのかしら……」 カルディアの穂先を向けて、姫華は肩を竦める。神秘界隈に生きるリベリスタである彼女にとって『神秘』への対処は造作もない事だろう。こうして、逆凪の内乱が起きたとしても優雅に武器を取り、攻勢に転じる様子は正に、『リベリスタ』らしい。 「一般人は逃げるのみなのですから……傍迷惑ですわね」 小さく呟きながらも、全力でエリューションと一般人の間へと滑りこむ彼女のマントが大きく揺れる。 幻想纏いを通して、直刃の面々の動きをチェックする姫華を狙わんとした攻撃を弾き飛ばした畝傍は顔を上げる。 「大丈夫ですか? 私が皆さんをお守りしますから、頑張りましょう」 マイナスイオンを纏った畝傍の言葉に頷いて、姫華が誘導に当たれば、彼はそのまま攻撃を続けて行く。 無数の意思の弾丸は堅牢な護りを破壊する。誰かが傷つく事が無い様に―― 逆凪のお家騒動で『家族を喪う経験』を罪なき人が背負うのは好ましくないのだろ畝傍は強い意志を以って攻撃を続けて行く。 「さて、あえて『全てを救う』と言いましょう!」 「勿論、わたくしたちなら造作もない事ですわ」 堂々と胸を張った姫華がその名を歴史へと刻む様にしっかりと救護へ向かう。 「あたしが来たー!! かかってきな!」 胸を張り、ふんぞり返った比翼子は両翼をばさばさと羽ばたかせながら挑発のポーズ。 彼女に飛びこんでいく弾丸は一般人を狙う事がないようにとの配慮が施されている。 注目を集めた比翼子の間をすり抜けて救援を行うリベリスタ達に彼女はちらりと視線を送る。 (最強の名のもとに生まれた流星の様な我が奥義はこの場所には似合わない――!) 時を刻むその剣戟を放ち、比翼子は一人、戦い続ける。直接的な救援は周囲の仲間達が行う筈だ。 「絶対思い通りになんかさせねー。やりたいこと全部やらせずに吠え面かかす!」 挑発的な台詞は、この戦場を何としても制圧すると言う比翼子の意思そのもの。 『やりたいこと』が出来ずに、この様な戦況を作り出したのだとすれば―― 「まさに自暴自棄ね。何もかもを手に入れたいと願うのに、何もかもを壊そうとするなんて――矛盾してる」 サングラス越しに、蒼の瞳を細めた彩歌は論理演算機甲χ式「オルガノン Ver2.0」を使用し、演算能力を高めて行く。 周辺に跋扈するエリューションやフィクサード、アザーバイドの群れは余りにも滑稽に見え、精神波で威圧する事さえも容易い様に思えた。 明瞭な思考を阻害する様に――尤も、アザーバイド達に明確な『意識』と『思考回路』があるのかは定かではない。タブレットで地図を参照し、避難誘導を行う彩歌は戦場に置いての避難誘導の最前線に立っていた。 「国道沿い、あちらの方向が一番避難に向いているわ」 仲間達へと飛ばした支援に、小さく頷き翼を揺らした智夫が一般人達へと声をかける。 宙を飛ぶ事に関してはメリットとデメリットが隣合わせだ。敵からは標的とされ易いだろうが、避難や誘導に関してはその効果がグッと上昇する。 恐慌状態なのだ。ナイチンゲールは仲間へと天使の歌を響かせながらも自信を勇気づけ続ける。 「神気閃光(ナイチンゲールフラッシュ)の出る幕がなければいいんだけど……」 困った様に告げる智夫の言葉にイスタルテが小さく笑う。白い翼を揺らし、眼鏡越しにしっかりと戦乱を眺めた彼女は駄々をこねる様に首を振る。 「彼氏が出来る前に死にたくないので混沌の欠片とか避けたいですよう、やーんっ」 混沌の欠片――そう名の付くだけで禍々しさを感じると言うのに、その王たる何かが召喚される事は如何しても避けたい。 仲間達と戦場を共にしながら避難を促すイスタルテの翼が魔力の渦を生み出し、周囲を飲み込まんとする傍らで、その視界に入ったのは―― 「混沌の欠片は、避けたいですし!」 見事に踏み抜いたフラグ。 蠢く混沌の欠片を相手にとった仲間達の様子はしっかりと彼女の両眼に捉えられていた。 爆ぜる焔の音を聞きながら、警鐘を鳴らす脳内に応える様に小さく舌を打った劫は掌に滲んだ汗で処刑人の剣が滑らぬ様にとしっかりと握り込む。 混沌の欠片の腕を受けとめながら彼がちらりと視線を送ったのは鬼神が如きオーラを身に纏い、Broken Justiceから弾丸を打ち出した拓真の姿。 漆黒のコートを靡かせながら、フィクサードやアザーバイドの遊撃を担った拓真の圧倒的な火力を最大限に引き出す為に、庇い手として戦場を走る劫は深海の色を宿した瞳を細めて「ったく、俺がカバーしなきゃならないレベルなら大人しくしてりゃいい物を」と悪態を吐く。 「命あっての物種――正義を貫く為には、伏しては居れんだろう?」 口元だけで笑みを浮かべ、弾丸を打ち出す拓真を狙う攻撃を全て吸い寄せる様に猛が声を張る。 果敢な勢いで攻め立てる彼の瞳に宿された蒼き炎は戦闘意欲を全面的に表して、今にも走りださん雰囲気を感じさせた。 「さぁて、凪の王子様がどうも癇癪を起こしたみたいだが…… 喧嘩だってんなら相手になるぜ! どっからでも掛かって来な!」 啖呵を切るのは得意だ。 声を張り上げ、雷の拳を打ち立てる彼の周囲に焔が落ちる。髪を靡かせ紫苑の瞳を細めた巫女は息を吸い弓を爪弾く。 「凪聖四郎――確かに今の彼はアークの敵として申し分ない実力なのかもしれませんね」 けれど、と繋げる紫月の言葉は怜悧なナイフを思わせる。魔術師の両親を持った彼女は己の父母を思い返す様に瞳を伏せ、唇を震わせた。 「黒覇にしろ、アークにしろ両方を相手取るのは失策と言わざるを得ない――選択を間違えましたね?」 嘲笑う事もなく、降り注ぐ焔の雨とすれ違いながら弾丸の中を進む猛が声を張り上げる。 逃げまどう一般人を庇いその手を伸ばす紫月へと視線をくべて劫は行く手を開く様にその刃を振るい上げた。 「奪われて堪るか――」 在り来たりな平穏。何気ない日常。繋がって行くはずの未来。 世界に在り触れている筈の何気ない日常は、彼が神秘の世界にその身を投じた時点で、最早手に入らないものに化したのかもしれない。白い頬に傷が付く。毀れた血を拭いながら劫は光の飛沫を発した刃を振り下ろす。 永遠なんて存在しない――だからこそ、『日常』を永遠に保つ様に。 響き渡った銃声に顔をあげた劫が口元だけで笑みを浮かべる。差し迫ったフィクサードを撃ち抜いて、拓真は漆黒の瞳を細めて刃の切っ先を向けた。 「生憎と此処から先は通行止めだ。通りたければ――決死の覚悟を抱いて来い!」 張り上げた声を耳にして、見失う事が無い様にと涼の背中を追い縋るアリステアの瞳が不安に揺らぐ。 「兄弟喧嘩なら巻き込まずにやってくれたらいいのに」と零した言葉に涼は血が居ないと小さく笑みを浮かべた。 レイヴンウィングの袖口から覗いたイノセント、そしてノットギルティ。 『断罪』を下すが為にフィクサードの間を掻い潜った彼の背を浮かびあがりながら追い掛けるアリステアが胸に抱いた不安は宙に浮かぶ事で狙いを取られる可能性か。 「あなた、ここにいたら危ないから。あっちへまっすぐ走って。大丈夫、大丈夫だから……!」 メリットとデメリットは隣合わせ。儀式の為に殺戮を以ってその力を贖おうとするのだ、より多く救う事こそが命題だ。柔らかく髪を揺らしたアリステアを狙わんとする攻撃を、地面を蹴りあげ受けとめた涼の瞳に俄かに走った色はあからさまなまでの戦意。 「涼、見つけたよ……!」 「OK、出し惜しみなく行こうぜ。ネームドを倒せば相手の士気も下がるだろうしな」 殺人鬼の名を冠したその殺戮技法は、周囲のアザーバイドを切り裂いた。頬を、腕を、掠めた攻撃を魔力杖から暖かな光りを生み出したアリステアが治癒していく。 「まーた増えたッスね……」 「よぉ。一般人が絡まないなら存分に争ってくれて良かったんだがな。一般人を巻き込むのがお前らのアホな所なんだよな」 シエルと光介、そして椿に囲われたヒイロが嫌悪を丸出しにした表情を涼へと向ける。 隠された刃が煌めいて、赫く燃える街に眩しい。唇を彼の目の前で、断罪の刃(エゴイズム)がちらついた。 「――だから、一丁死んでくれよ」 地面を踏みしめる。風の様に、光を纏った密色の刃はアザーバイドの身体を切り裂いて、その先へとその身を向かわせた。 『花風』の少女の背中を追ったのはヒンメルン・アレス。街の赫よりもより紅い髪を揺らしたジースが座り込んだ一般人の手を掴み上げる。 「立て! 生きてたいなら走れ!!」 震える足の一般人を激励するジースの声を聞きながら月のアゾットへと指先を這わしたイーゼリットが何時も通りのクスクス笑いを繰り返し、その紫苑の瞳に憂いを乗せる。 自信家にも見えたイーゼリットが抱いた不安はこの戦場が『ある兄弟の喧嘩』から派生したものだと知って居るから。 「兄弟喧嘩ね……正直、ぞっとしないかな」 彼女の瞳に映されたのは碧と紅。双子の姉弟の決して離れる事のない絆は、己と妹にも適応されているのだろうか。 戦場の最奥へと向かった勇者(いもうと)と何時まで共に居られるのか――不安が、胸を渦巻いた。 「イーゼリット!」 「――大丈夫よ」 生み出された赤黒い濁流。鎖と化した血液は周囲を捉えて離さない。その色さえも、彼女の心境を露わすかのようで、歪。 「掛かってきなよ、ノロマな亀さん」 振り仰ぎ、イーゼリットとジースへと一般人を託したルアが地面を蹴る。 誰よりも早く、誰よりもその手を伸ばす。信条はたったそれだけ。しかし、『それだけ』が難しい。 声を張り上げ、己へと標的を向けさせて、攻撃を避け続ける。髪を掠めた刃に、彼女の空色の瞳に不安が宿る。 「ルア! ッ――誇りのハルバードは折れねぇよ!」 命を掛けたって構わない。手段は沢山講じてきた。誰かの為に『手を伸ばす』姉を救う為ならば、何を慕って構わない。 ジースの放った居合いがフィクサードを切り裂き、障壁を張ったイーゼリットが目を細める。 親愛なる神父も、姉も居ない。掌に残った妹と何時まで傍にいられるのか――その手が掴むものは解らなくとも、少女は紅い空を眺め、只、笑った。 「お相手は此方よ? 来なさい、くすくす、蹴散らしてあげる」 伸び上がる腕を避けながらピュィと鳴き声を発した猛禽の声に雷慈慟が顔を上げる。 周辺警戒を行うファミリアーを通し、彼は周辺の仲間達へと幻想纏いで情報を提供し続ける。一般人の避難道となる道で彼が放った思考の濁流に押し返される様にフィクサードやアザーバイドの群れがその両端へと弾き飛ばされる。 「揃いも揃ってアザーバイド頼みとは芸の無い……。たとえどんな講釈を宣おうとコレは他力本願だ」 新緑を思わせる瞳に乗せた強気な色は普段の彼と幾分も変わりない。 己たちの力を絶対的に信じる指揮官にとって、この戦場に『異界の存在』を呼び込む行為は恥晒しに他ならない。 「天才と呼ばれた存在に期待する事もあったが……無念な事だ。落魄れた天才等、飛び方を忘れた鳥ではないか」 宙を舞う猛禽を見返して吐き出した雷慈慟の嘆息は誰にも聞えぬまま。 凪聖四郎と言う男が『天才』と呼ばれた事。魔術の才に秀でた存在であったことは今も尚、変わりないのだろう。 瞳を伏せり、連絡と指揮をとる青年の表情には、今はもうその憂いも消え去って居た。 ●Ironie/3 「さて、手薄な処と言っても、この乱戦では流石に手に余りますね」 何故か掌に良く馴染んだ無銘の太刀の感触を確かめながら流雨は『主人』から得た技法を余す処なく、フィクサード達へと疲労していた。 娼婦の様に甘く可憐に近づいたが最後、獣が如く骨まで貪る『猟犬』の目的は記憶の片隅に存在する六道に所属していたフィクサード。 「そこの元傭兵。私は人を探しているのです。丁度良い所に暇をしている人間を見つければ使わぬはずもないでしょう」 「……一体、何の事やら」 戦場にまで訪れて、人探しとは腑抜けた事をと肩を竦めた拓馬へと風が如く勢いで接近した流雨が唇の端から吸血種の牙を見せる。しかし、速度は拓馬とて負けはしない。 「鮫っぽい子を探すのです。支払われる対価は――そうですね、貴方の命で如何でしょう?」 重ねられた刃の感触に拓馬が小さく唇を歪める。周辺から加勢せんとした攻撃を弾いたラヴィアンは黒き鎖で狙うべき司令塔殲滅の邪魔をさせん様にと遊撃として立ち回る。 「このラヴィアン様が正義の鉄槌をくれてやるぜ!」 この行いが『下剋上』と呼ばれるならば、愚策でしかないだろう。足りない実力を満たす為に贄として一般人を使用する事に躊躇いを感じない事がフィクサードと言う事か。 弾け飛んだ攻撃に、思わず瞳を伏せったラヴィアンは、堅いアスファルトを踏みしめる。 靴底が、その感覚をしっかりと感じとった瞬間に伸びあがった鎖は瞬く間にフィクサード達を縛りつけた。 「滅びのブラックチェインストリーム!」 黒き鎖とすれ違う様に、プレインフェザーは黒革の表紙を撫でる。掌に馴染んだDisappear into a windの感覚は、戦場で心を落ち着かせるに十分の代物だ。 「食え喰え無様に相食め、そして何も得られず何者でもなく、朽ちろ」 散弾銃が打ち出した夜の畏怖はアザーバイドへと叩きつけられて行く。安全経路を確保しながらも、喜平が狙いを付けたのは流雨との闘争に勤しむ拓馬。 伸びあがった気糸が青年を掴もうと風が如く伸び上がる。マフラーが揺れ、指先を飾る蛇へと視線を落としてプレインフェザーが小さく笑う。 「速い――でも、速さは敵わなくてもあたしには『喜平』っていう、誰よりもカッコイイ最大最強の武器がある」 伸びた気糸を避けた青年の前へ、進み出た喜平の鋭い紫の瞳が速度狂と克ち合った。 振り翳す、呪いを帯びた武具は長く傍に置いた物だ――今更、その手元が狂うこともない。 「ッな――!?」 「迂闊だな。乱戦じゃ敵は一人じゃないぜ?」 恋人の作った隙は逃さない。プレインフェザーの最大最強の武器はその役目を全うする。 背には最愛の人、なれば、『武器』も畏れる物は無いのだと、息をする事も忘れる様な闘争にその身を委ねて行く。 「御立派な家じゃ、兄弟喧嘩のやり方も教えねえの? どっちかが倒れるまで殴り合えばいいのにね」 嫌見を含んだ様に告げるミス・ロンリーに拓馬は「そんなんじゃ気持ちも収まんねェだろ」と小さく笑う。 闘争を楽しむ彼の動きを止めんと攻撃を重ねるプレインフェザーの前で、『砕く』為に武器を振るい上げた喜平もまた、その意味を理解したかのように唇を歪めてみせた。 遊撃として浮かびあがった帶齒屆の悲鳴は突如として『真後ろ』からやってくる。 拓馬を支援しようとしたフィクサードが驚愕に肩を揺らせば、魔力の渦が突如として襲い来る。 「けひひ、こっちだぞー」 ふわふわと、正に『幽霊』の様にうろつく帶齒屆は一般人を手招きながら、ふわふわと敵陣から立ち去った。 只、速い。 目で追う事さえも敵わない――そう感じたのは翼を持った『彼』の事だった。 拓馬との面識があったのかは分からない。速度狂が好敵手と見込んだ彼をリュミエールが好敵手と取らぬ訳もない。 掌でくるりと回った髪伐。色違いの瞳は爛爛と輝いた。 「時ヨ加速シロ――ヤッテヤロウカ」 刃を手に、近寄るリュミエールに拓馬が「速い」と小さく呟く。速度狂を求めるのは、『時間』さえも追いこす程に、己の限界を見据えるリュミエールだからこそ。 脚の筋肉が悲鳴を上げる。その感覚さえも高みを求めるかのよう。唇を歪め、仲間達の影から飛び出すリュミエールの刃が振り翳された。 「速いだけじゃ意味がないんだぜ?」 「コッチのセリフってヤツダ」 にぃと唇を歪めたリュミエール。体を逸らせた向こう、飛び込んだのは黒い大きな鎌。 幼さに魔性を秘めたチコーリアは両手杖をしっかりと握りしめ、唇を尖らせる。鉄槌の星を降り注がせる事を中心に戦闘を続けていた彼女の視線は傭兵として永く傍に居た拓馬へと注がれている。 「どうして皆聖四郎さんの『自殺』に付き合うのだ? 一緒に死んでいいと思う暗いなら、それこそ死んでも止めるべきだったとチコは思うのだけど……」 「生きるか死ぬかは問題じゃないんだよ。坊ちゃんがしたいかしたくないか。 心の平穏ってのは誰かが無理矢理齎せるモンじゃない、俺らにゃそれが『できない』だけなんだ」 じぃ、と見つめるチコーリアは首を傾げる。王となりたいと願った青年が王になれないのはその血が故ではないと彼女は唇を震わせた。 「人の縁を作れなかった、作らなかった聖四郎さん自身の問題だと思うのだ。 同情されるだけの拗ね子は王様にはなれないのだ。王様は、もっと素敵な人じゃなければ駄目なのだ」 「お嬢ちゃんはきっと、沢山の人に愛されてんだろな――『王子様』とは大違いだ」 小さく笑った拓馬目掛けて翳された光りの飛沫に、彼は小さく目を伏せる。 ●fragmentum/2 日本フィクサード主流七派。最大手たる逆凪を統率するのは並みの人間では無理難題であろう。 だからこそ、逆凪には代々の王が存在していた。逆凪本家の優秀な遺伝子は、血統として受け継がれて行く。 「出来損ない、ですか」 女の言葉は鋭いナイフの様に突き刺さる。憂いを乗せた聖四郎の瞳は、兄の朱とは違う、澄んだ青。 正妻の従者たる女を手篭にした逆凪頭首を恨む事はすれど、正妻や兄達を恨む事は間違いなのだと知って居た。 「逆凪の元老達は口々に俺や母を異端だと告げた。殺せとまで言うだなんて随分と前時代的だろう? 彼らは母、各務イスカを糾弾し続けた。勿論、イスカと俺を糾弾する事は間違いだと正妻、逆凪桔梗は何度も言っていたけれどね」 「その甲斐もなく、お母様は殺されたと? 『お可哀想に』とでも言えば宜しいのですか」 淡々と返す『従者』の言葉に聖四郎は肩を竦める。確かに身の上話は可哀想なだけの男なのだろう。 少なくとも己は、それでも己の存在を認識してくれる相手が居れば良かったのだ。 唯一無二の相手であった母を殺した逆凪の家を恨み、この様な兄弟喧嘩で一般人を巻き込んだ事を人は『愚策』だと称するだろう。 「可哀想で結構だ。それでもね、俺は『母』の所に行く前に一つ花火をあげなくてはいけなかったんだよ。 凪――逆凪聖四郎と言う逆凪本家の三男坊が、この世界に存在していた証として、ね」 ●Ironie/4 周囲の『目』の役割を行うフツはもちうる呪術の全てを並行同時発動していく。徳の高さを思わせる彼の印象とは真逆の悪辣の全てを吐くしたその術は周囲を包み込むように広がって行く。 クスクスと脳裏に響く少女の声音を振り払い、極楽浄土へと導く様に槍を突き刺した。 「広い戦場だ。『目』の役割は多い方がいい。 ――尤も、オレはただの『目』じゃねーけどな! オレに近づいた不運を呪うんだな。喰らえ、深緋!」 狂気を発する槍の穂先はフィクサードの身体を貫いた。千里眼で周囲を確認する彼の視界に止まったのはゴシックロリータのドレスを纏った小さな少女の姿。 「カンパネッラ・ビュシェルベルジェール……」 悪辣の全てを尽くすその攻撃は届いては居ない。日傘で出来た影の中、優雅な散歩を楽しむ様に殺戮の限りを尽くす彼女の姿を捉えたがその瞬間。 彼女へ向けて走り寄ったのは仲間達へと視線を行っていたソウル、その人。 「元気そうだな、お嬢ちゃん――いや、俺なんかより長い時を生きてきたんだろうからな。 お嬢ちゃんと呼ぶのは失礼に値するのかね。カンパネッラ・ビュシェルベルジェール」 「ええ、勿論……でも、『可愛いお嬢さん』と呼ばれるのは悪い気がしなくってよ?」 唇を歪めた『蝙蝠』はソウルのパイルバンカーをひらりと避けて柔らかく微笑んで見せる。 戦場に存在するにも関わらず余裕を感じさせる少女のかんばせは、『長き時』を過ごした魔性を秘めていた。 「俺のようなロートルは、血を流すより汗を流す側になっちまったって事かね。 若い奴らの台頭だ。嬉しくもあり、寂しくもあるもんだなあ。そうは思わねぇかよ、カンパネッラ」 饒舌に語ったソウルへと、吊り目がちの瞳を向けたカンパネッラは「貴方にとってのアークのリベリスタ、わたくしにとっての凪のプリンスと言った所かしら」と冗句めかして返して見せる。 ぐらり、と揺れた視界にソウルが両の足に力を込めた。トラウマ――幸福創造論理の名からは程遠い。 「戦場にいたんだ、幾らでもあるさ。だから、その過去を『心的外傷』なんかじゃ片付けやしねぇ」 隣に居た戦友の頭が弾け飛ぶ。目の前で爆撃が起きる。そんな『不運』が己を形造るのだと膝を震わせる。 女の余裕を感じさせる横顔に弾丸を撃ち込んだ七海は唇を震わせる。 「『健忘症』ねぇ。貴女はどなんでしょう?」 心的外傷が、心の中を渦巻いた。殺気を放つ七海の長い前髪の向こうで、その紺の瞳は揺れていた事だろう。 雷は、まっすぐに撃ち抜かんと攻撃を重ねて行く。しかし、その心に重圧をかけたのは、悪夢の様な世界。 (――息子じゃない……!) 否定され続けた存在と、愛しいあの人を喪ったその瞬間。胸の中に渦巻いたその『毒』を放つ様に彼は唇を震わせた。 「まだ、気にしてるよ。だからこそのトラウマなんだ」 「あら、素敵なお顔……もっと、わたくしにみせてくれませんこと?」 状態異常を感じとり、無神論者の大盾を手にしたままに進む境界線の戦乙女は声を張る。 善に無く、悪に無く、人の世を護るが為に、世界の境界線と神秘の探究を行いながらラインハルトは金の髪を揺らした。 ヒーラーとして、崩れる戦場の修復へと力を注ぐ。苛立ちに身を任せる七海を癒す様に、彼女は『神秘』の力を振るう。 「人は一人では何もできない。それは喩え天才であっても同じ事。 笑って人を殺せる様な方が、この国を統べ――そこで誰が生きるのでありますか!」 唇を震わせた。王たり得る事を望むなら切り捨ててきたもの全てを大切にすべきだった。 彼女は彼女の思う物差しを、境界線をそのレールの上に設置する。丸い瞳が擦れ違い、月色の瞳に流れ込んだ記憶は、遥か遠くの『心の重荷』 「人生から爪弾きにされたとして、貴女はどう生きるのかしら? 父にはその存在を隠され、母は『血統』として間違っていると生家の人間に糾弾される。 王となるその座に座る事さえ生まれながらに許されず――幼き頃にたった一人の『味方(はは)』と離れる」 情報屋は小さく笑いながらラインハルトへ手を伸ばす。白い頬に触れた指先は子供のもので。 長い睫毛が影を落として、少女は咽喉を震わせた。 「や、め――」 祖父の記憶が。父の困り顔が、流れ込む。 「見つけた」 『目』は確かに捉えていた。刻まれた悪魔と天使が涼子を嘲笑う。少女の残骸を振るい上げ、生み出された大蛇が飲み込まんと大口を開ける。 玲瓏なる瞳に宿された『理由』の解らない苛立ちをぶつける相手は只、目の前に存在していた。 「『ならず少女』――!」 「『ならず』のお嬢さんではありませんの……ふふ、わたくしと、お揃いですわね」 スカートを持ち上げて、手にした幸福創造論理を振り翳す。頬を裂く刃にも気を止めず、涼子はその拳を叩きこむ。 誰よりも前に踏み込めば、誰も巻き込む事は無い。捨て身の覚悟で、その心を痛めつける感傷さえも振り払う。 家族が死んだのも、初めてノーフェイスを殺したのも。雪のちらつくこの季節の事だった。 生きてれば、思い返したくもない事ばかり。毎日が痛くて、怖くて少しも『なって』なくて。 「……それでも、拳を握ろうって、そういうことじゃないのか」 「お優しい方」 くすりと笑みを浮かべたカンパネッラへと飛びこんだ。くたばれと奥歯を噛み締める。ぎり、と鳴った歯の軋む音さえも気にしない。 頬を殴り付けたその感触に涼子の掌に伝わる痛みと共に、その体に刻まれたステップが痛覚を刺激する。 物理的な刃を弾いたシールド。シエナはW-ADP専式アリアンフロドシールドを手に、カンパネッラの瞳を覗きこむ。 「トラウマって、まだ、わからない、けど――研究所から解放された瞬間の、あの不安定な浮遊感がそうなの……かも」 じぃ、と覗きこむシエナの探究心は『自由』を手にした女へと向けられる。心の傷を探る、それは『生(こころ)』を模索する彼女にとっては好都合な相手なのかもしれない。 電子光のように煌めく瞳は惑うこともなく、頼りない一歩が己を作り上げたのだと分かって居るとシエナはその力を振り翳す。 「怖く、ありませんの?」 「わたし、知りたい……の」 生き方を、もっと。人間らしさを、もっと。 永きを生きれば人間は崩れ去る。肉体の永遠を約束されようと精神は腐敗する。魂は、それほどまでに脆く、尊いのだとシエナは心の片隅で気付いていたのだろう。 「貴女はアークや直刃の人間らしさを愛(こわ)したがってる。それだって、きっと、果てしなく人間らしい、歪な生、でしょ?」 その探究心は底無しか。人間を知りたいと望む少女は嗜虐すら孕むその熱が己の糧になるのだと信じ込む。 神経毒を思わせる甘やかな無慈悲な『健忘症』。記憶さえも、蝕んでいくシールド越しに感じる熱量に、その体を震わせて、虚無の手で殴りつけた。 「うっ」 ぐるぐると回った視界に帶齒屆は『リモコンにジュースが掛かった』悲しみを思い出す。 渋い顔を浮かべたのはトラウママシーンが見せたトラウマが周囲と比べても随分とランクが違う様に思えたからだろうか。 「いったーーーい。いたいぞーーー」 ばたばたと暴れ、フィクサードの気を引く自由気ままな帶齒屆の様子にフィクサードが集いだす。 くん、と鼻を揺らし、魔力鉄甲に包まれた拳に力を込めたアイカの瞳に苛立ちが募る。短い蒼の髪を揺らし、勢いよく殴りつけたフィクサードの横面。運動靴の底が地面を蹴り、砂が立ち昇る。 帶齒屆の支援に入りながら、一般人を逃がす事を心がけたアイカの瞳に入りこんだのはリベリスタの心を傷つける事を楽しみながらも虐殺に勤しまんとするカンパネッラの姿。 「なんて……なんてくだらない理由で人を殺せるんだお前たちは……!!」 歯を剥き出しにして、怒りを露わにしたアイカは告死致命に足る『天国の階段』を駆け昇らせる様に間合いを詰める。 殴りつけた拳にカンパネッラが小さく怯み、アーティファクトで彼女に見せたのはこの現場よりもさらに過酷な『フィクサード』による『自分勝手』な殺戮。 「ッ――……」 砂塵舞う、その場所で。都合良く助けに来るヒーローなど存在しない。 瞳の奥、灼き付いた記憶が胸を打つ。叫び声、血の匂い、やけに温かいその場所。 「ああああああ―――!!!!!!」 声を張り上げるアイカ。膝を吐く彼女へと癒しを送った璃莉。祖母の形見の十字架を握りしめる。 七海の殺意と怒りに当てられたように回復役の璃莉の膝が小さく震える。視界を覆いこむ暗い影は、幼き日の己の姿。 『気持ち悪いんだよ!』 やめて、と唇が震えた。不気味だと、謗られ独りだけの世界を鎖す事はもう止めた。 「かみさま、お婆ちゃん、どうか力を貸して――!」 優しいだけでも、厳しいだけでも駄目。誰かを助ける時は『お婆ちゃん』のようにしっかりと両の足で立たなければ。 「……リリ、一緒に行こう」 肩を震わ汗た璃莉の傍をすり抜けて、カンパネッラへと「十戒」の銃口を向けたロアンは蒼き煌めきを撃ち出した。 妹の銃技、己の技。二人で遠くへ行こうと握りしめた指先――どんな敵にも『届かせる』 ブレた銃身を支える様に「ロアンさん!」と呼んだ風斗はデュランダルのを振り翳しカンパネッラの放った破滅のカードを切り裂いた。相手の痛みと同調する事は、即ち誰も喪わない為の一手。 「ッ――リリさん……!」 切り裂かれたその衝撃に、灼き付く記憶は、彼女の笑顔。照れ臭そうに、此方に伸ばした指先の細さは銃を握る掌には見えやしなかった。 愛を知り、破れ、彼女にとって己の存在は重荷』だったのではないだろうか。彼女に手を伸ばさなければ、彼女と共にいなければ。 「風斗くん!」 傷つく妹に何も出来なかった過去、喪った現在。無力さに打ちひしがれるのは――未だ、早い。 「女の子の前でこれじゃ恰好がつかないよ。お嬢さん、僕とも踊ってよ?」 『兄』がこれでは妹にも申し訳ない。大丈夫だよと叫ぶ璃莉の声に押されて風斗の刃かカンパネッラの笑みへと影を落としていく。 「彼女の思い出は、決して辛いことだけじゃなかった! その思い出を、笑顔を……汚すなッッ!」 どくり、と胸が高鳴った。重火器を手にナユタは唇を震わせる。 兄弟喧嘩は許せないと彼が浮かびあがりながらも仲間達を支援するのはその行いが許せないから。 「にーちゃん……ッ」 兄が覚醒する切欠となったあの日。目の前で飛び散る血肉の紅さが、切り裂く鋭い牙が今もなお記憶の底辺にこびり付く。 「だいじょうぶ……だから!」 「うん、にーちゃんは、ちゃんと生きてるもん!」 励まし続ける璃莉の声に頷いて、ナユタの小さな翼が周囲を覆う。魔力の渦を眺めた色違いの瞳に滲む涙は今は過去の物。 「カァァアンパネッラッチャアアァァン!」 漆黒の呪いは一直線に少女のなりをした女を狙う。暗黒の聖槍を当適しながらも黒い髪を揺らした魅零の瞳は恍惚に濡れている。 自由に動き回るカンパネッラの肢体にも幾つもの傷が傍からでも見てとれた。脚に巻かれた包帯が去り際の己が付けた『証』のようで、魅零はキヒヒと笑みを零す。 「あの日、愛おしいって、素敵って言ってくれたよね? ――そんな事、思ってもない癖に」 唇を歪め、思い出を抉られて、揺るぎない心を持った魅零は歯を見せ笑う。赫の瞳は相も変わらぬ恍惚を浮かべ、頭の上のリボンが大きく揺れた。 大業物の切っ先がカンパネッラへと掠めて行く。中身は骨と肉。殺せない奴は居ないのだから、『死ぬまで愛して』貰わねば仕様が無い。 「ね、カンパネッラちゃん。一方的に愛するだけで愛された事はある? 私が愛してあげちゃうヨン♪」 『物』だった頃を忘れて、唇から洩れた笑みをカンパネッラは「可愛い」と茶化して見せる。 頬を掠めた双子の月。身を灼く記憶は己の心等、とうに焼き尽くしてしまった。 「私が弱かったから朱子を護れなかった――だから私は強くなる」 妹の駄目だけではない。膝を抱える日々はもう止めたと黎子の瞳が爛々と光る。手にした赤と黒。 ぐるりと回った月は運命を支配する為の一手。黎子の身を穿った切っ先を受けとめて、彼女の形の良い唇が揺れ動く。 「――運命は私の手が支配する」 その手に在るのは黒(ロイヤル・ストレート・フラッシュ)。その意味をギャンブラーが知らぬ訳もない。 朱子の為だと生きる訳ではない、誰かを護るため。『魔法使い』は己を最後の切り札(ジョーカー)として常にその配置に気を配る。 美しい金の髪に引かれる様に珍粘――那由多の瞳が輝いた。虚ろな彼女の目に宿されたのは『可愛らしい少女』との逢瀬によって齎された幸運。 己の名前が心的外傷だと言うならば、与えられる苦痛さえも所有者のお陰で術になる。傷つけんと突き刺した槍の感触が、掌にダイレクトに伝わった。 「可愛い子にされてると思うと凄い幸せな気分になりますねー。 勿論、傷つけるのも大好きですよ? 殺し合いとかでも全然問題なしです!」 「素敵ね、わたくしも大好きでしてよ」 にっこりと微笑んだ珍粘が手を伸ばす。『幸福論』を打ち破らんと狙いを定めたその槍はカンパネッラの腹を掠め、肉をそぎ落とす。紅く、舞った仇花を受けとめて、色付く唇に舌を這わせて珍粘は幸せそうに首を傾げる。 「貴女の幸福論も是非聞いて学ばせて欲しいものです。くふふ」 赫々と――燃えるその景色さえも、幸福で。 魅零の刃がカンパネッラの腕を傷つけ、仕返しとばかりに放たれた神経毒を打ち払ったソウルが眼前へ通し迫る。 「若者へと世代交代だよ、カンパネッラ」 「わたくし、若作りしてたつもりでしたのに」 残念ですわ、と囁いて。幾人ものリベリスタの攻撃に――那由多の槍が貫いたその感触に、女は唇を震わせるのみ。 「凪聖四郎か……確かに、逆凪黒覇に匹敵するだけの才覚は眠って居たのだろう。 年月を経れば、黒覇を超える可能性あっただろうが、そうはならなかった。それだけの話しだろう」 溜め息混じりに呟いた拓真の言葉に紫月が瞳を伏せる。 流雨の雪の様に白い頬を彩る飛沫を拭いながら、沈静化されていく戦場を見て思う。 「それにしても、あの子は無理をしていないといいのですが……全く、誰に似たのか」 本陣へと向かっているのであろう愛娘――夏生の事を思いながら付いた溜め息は桜の散り際を思い起こさせる様で、嗚呼、今日の風はやけに冷たい。 ●Damnatio Memoriae/1 吹く風に、足元に広がる魔法陣を見下ろして影継は溜め息を吐く。殲滅式四十七粍速射砲の感触を確かめながら、彼の怜悧な紅い瞳に宿されたのは呆れとも取れる色。 「一般人蔑視か……凪聖四郎、思ったより小さい奴だったな」 彼の言葉に陣の中央で魔力の障壁を展開していた聖四郎が「中々に厳しい言葉だ」と友人へ語りかけるかのように柔らかく告げる。浮かんだ苦笑はこの惨事を齎した『張本人』であるとは思えない様なものだ。 「衣料食糧住居情報インフラetc、従事する一般人抜きでは現在は成り立たない。 出来ない事がある者達こそが世界を進歩させてきた。彼らこそが世界の主役、今の社会では神秘など徒花に過ぎない」 「逆凪カンパニーにも一般人の従業員は多数存在している。確かに彼らの労働力は素晴らしい物だよ」 影継の言葉に頷きながら聖四郎は傍らに控えた継澤イナミへと視線をくべた。饒舌な聖四郎と比べ、無口な女はその瞳をリベリスタへと向けている。 「偉い人って皆、なんで何かを召喚したがるの? 馬鹿の一つ覚えなの?」 悪態を吐くシュスタイナはMissionary&Doggy&Spoonsをしっかりと握りしめる。常の通りの毒舌に肩を竦めた聖は神罰の先を陣の中心に立つ聖四郎と――その背後に聳える腕へと向けていた。 「さぁ……どうなんですかね。ただ、召喚って他力に頼る部分が大きくなりますし、自分に自信が無いのかもしれませんね」 大仕事だと気を張って、戦場へと飛び出すシュスタイナを追い掛けて、わざわざこの場所に訪れたは良いが、此方の心配など他所の事の様に振る舞われては拍子抜けする。 軽口を叩くシュスタイナの様子に怯えることなく戦線で戦えるのであろうと判断できたのは十分な収穫だ。相槌として告げた言葉に「酷い人だわ」と冗句めかして笑ったシュスタイナはつい、と彼の袖を引く。 「成程ね、『自信のなさの表れ』ならさっさと片付けてしまいましょ。可哀想で見てらんないもの。 ――それと……済んだらどこか連れて行って下さる? この前、デートのお誘い頂いたのに、お返事して無かったわよね、私」 「ッ……え、えぇ、でしたら、お勧めのお店がありますから、そこでご飯でも……」 不意を吐いた小悪魔に聖が頬を掻く。卑怯だと毒づきたくなったその言葉を飲み込んで、真っ直ぐその刃を当適したのは名すら知らぬ『魔物』の腕。 「シュスカさん」 「大丈夫よ、貴方がいるじゃない?」 魔力の渦が、彼の放った刃に重なって行く。直刃派のフィクサードが攻め込むリベリスタへと刃を向けたその瞬間を悟った様に弾丸をバラまいた影継は聖四郎を、イナミを――そしてアザーバイドを視界に収め口元だけで小さく笑う。 「俺も今の生活は嫌いじゃないんでね。崩界要因となるなら何であろうと叩き潰させて貰う」 「それでは、素敵なパーティーを始めようじゃないか」 誘いの言葉を待ち望んでいたと言わんばかりのフェイスレスはその指を飾った漣の指輪の感触を確かめて虚を眺めるう紅い瞳を細める。 彼の足元に展開された儀式陣。伸び上がる深淵(アザーバイド)は成程、並みの術師のものではないだろう。 「卿は魔術師か。であれば秘する知を棄てる等、誰が赦そうと余が許さぬ」 貪欲に。前線に位置するイナミと誰ぞの刃がぶつかり合うその瞬間まで彼は集中を高め続ける。 この陣に存在するのは無数のフィクサードやリベリスタ、アザーバイドだけではない。諸悪の根源であり、フェイスレスが求めてやまない『術師』の叡智が存在しているのだ。 「容易く死ぬなよ、凪の王。魔術師は有限の資源なのだから」 赤の書が、指先で囁く漣が。魔術師たる青年の叡智を求めてフェイスレスを駆り立てた。 神秘の究明にその身を費やすのはティオとて同じ。神秘探究同盟はこの世界に跋扈する『神秘』を何ひとつ逃す事さえ許さない。 「貪欲はのは良い事だ。逆凪の男は蛇の様――俺と君達は似ている様だね?」 「どうでしょうね。優れた兄を越えようとする、その行いは間違っていないわ。 我々の知らぬ暦の中でだって、『下剋上』は為されていたんだもの。だけど、嫉妬と言うのかしら?」 理解できないと双界の杖の先から生み出された雷は、周囲に散り続ける欠片を撃ち落とす。触れる事で訪れる不運を払う事を念頭に置いたティオは唇だけに淡い笑みを浮かべて瞳を細める。 「十三月の悪夢。弾かれた者の呪い。風の刃と共に放つ多重の魔法。 こころを棄てた私にはその根本を為す者が理解できない。――けれどね、未知なる神秘を集めなければ、この世界は保たない」 「その通りだ。この世界を停滞されることに意味は無い。 燻ぶってばかりでは、心は、魔術は、己は何時か『死んで』しまうんだ」 聖四郎の言葉に柳眉を顰めたセレアが唇を引き結ぶ。毀れる吸血鬼の牙を隠すことなく遠雷を手にした『魔性の腐女子』は詠唱を必要としない鉄槌は速効魔法として強力な効果を生み出している。 「世界の停滞に意味がない? ここまで崩界が進んでいるのよ、停滞する前に崩壊するわ。 ビジネスだか何だか知らないけど、自分の世界がぶっ壊れたら商売も、王にも何にもなれないでしょうに」 砲台となって攻撃を撃ち続ける、その最中、持ち前の魔術知識を使用して出来得る限りの対処を取らんとするセレアへとフィクサードの攻撃が襲い来る。 ひらりと舞ったレイカは大業物で攻撃を弾き、セレアと、彼女と共に立ち回るセリカの護衛役として堅いアスファルトを踏みしめる。 「変な障壁、数もそれなり、挙句に『意味の解らない』ものも居るの? 二人庇えます、って位しか特技がないけど、他の人の壁になる仕事は嫌いじゃないわ」 結い上げた髪を揺らしてレイカが唇で弧を描く。ハイジャックにも果敢に立ちはだかる客室乗務員の肝の据わり方は堂々としたものだ。長い耳をぴこりと揺らしセリカは『お姉さま』たるセレアと同じ杖で地面をとんと叩く。 「長い耳――アザーバイドか」 「失礼しちゃう」 小さく浮かべた笑みは愛らしいセリカの美貌を更に知らしめる。世界樹『エクスィス』から借り受けた力はミステランとしてセリカが得た力の最高峰。かつて世界樹を蝕んだ呪いを外へと跳ね返す――死へと至らしめるが為に放つ何重もの呪いの重みにフィクサードが膝をつけば、辛うじて堪えたエリューションが大口開けて彼女へと食らい付く。 ――刹那、刃を以って受けとめてレイカが「言ったでしょ」と囁いた。 周辺を支援する降り注ぐ鉄槌。リベリスタ達の猛攻を眺め、魔力の障壁を張り巡らせた聖四郎とリューンの瞳が克ち合った。 「野心だか野望だか打算だか知らないし、興味はない。でも、胸糞悪いんだ。叩き潰そうじゃないか。 一般人を虐殺した。アザーバイドを呼び出した。成程ね、コッチが正義かどうかは分からなくとも構わない位に堂々と悪を貫いている」 フィクサードの放った雷撃が迫りくる。受けとめた花凛はリューンの護衛として最善の行動を見せた。 攻撃に徹する事は無い。日本刀を鞘から抜くその時間さえもごく僅か。鞘に響いた雷撃の感覚に凛とした射干玉の瞳が細められる。 「兄弟喧嘩というものは古今東西、どこにでもある話しだからねェ。 王族や貴族、権力者の兄弟喧嘩で、戦争、紛争、あるいは抗争なんて具合に他人様を巻き込んだ例なんてのは山ほどある」 花凛にとっては起こるべくして起こった事件として扱う事が出来るのだろう。逆凪同士が殺し合う事に関して、この現場のリベリスタ達が不都合を感じる事はないだろうが、問題はその方法だ。 聖四郎の後方部から飛び出す腕はアザーバイドのもの。その名前すら万華鏡で見る事が適わなかったとフォーチュナは告げていた。 アーティファクトを使用して、贄を集めより強大な存在を呼び出す。ボトムの人間一人だけの力では呼び出せぬとしても更なる贄が存在するだけでより強大な力を得る事が出来るだろう。現に聖四郎は欧州で廃棄されてたというウィルモフ・ペリーシュが作成したアーティファクトを使用していたこともある。 「世間様に迷惑をかけるとは正にこの事ね」 肩を竦める花凛の背後でリューンは懸命に周囲に飛び交う残滓を蹴散らしていく。霧散する粒子の如きアザーバイドの残骸が与える効果は微量であれど、継続戦闘に支障をきたす事は解り切って居るのだから。 回復役として翼を使用し、宙に浮かびあがったオーガスタは両手を組み合わせ仲間達へと癒しを送る。シスター服のスカートが風で捲り上がり、その素足が地面を蹴り付ける。 「私の役目は仲間が皆、無事に帰れるようにすること。それこそが役目であり、願いですので」 「頼りにしていますよ。私の役目は『護る事』ですから」 一般人を護る事を優先したいと、そう感じながらも被害を少なくする為により必要となる『回復役』の護衛をになったヴェネッサは尖った耳を隠す事もなく不機嫌そうに唇を尖らせた。 「バイデンにでもなってしまった気分ですよ。少数を切り捨てる考え方は好きではないですし」 仕方がないのだと、そう肩を竦める彼女はクロスイージスとしての行動を良く理解していた。守手として、継続戦闘を効率化させる。 魔力盾がアザーバイドの放った攻撃を弾く。衝撃に痺れた腕に力を込めて、彼女は歯を噛み締める。 「屈折してるっていうか、なーんか考え方が変なのよね。腑に落ちない」 「……ふむ」 魔力鉄甲に包まれた拳に力を込めて、飛び交う攻撃を受けとめた由香里が小さく首を傾げる。 セレスティアを護る事を中心に行動する由香里の視線は呪葬の歌を響かせる聖四郎へと向けられていた。 何が腑に落ちないか――責め立てる様な男の死線に由香里は肩を竦める。 「妾腹だから普通の方法じゃ逆凪のトップにつけない、ってのは判る。 恋人がアークに殺されたから、そういうのもきちんと把握してる訳じゃないし、それが理由なのかもしれない」 妾腹の子は、逆凪の血統に非ず。非難され、『逆凪』の名を喪った青年は由香里の言葉を待つ様にじぃ、とその虹の色にも煌めいて見せる瞳を向けた。 「アークからも逆凪からもぶん殴られる様な事をして死にたいって、なんかこう格好悪くない? まだ黒覇だっけ、逆凪のトップに1対1の殴り合いでもしてくればいいじゃない、河原の土手とかで夕方に」 「――君は、きっと幸福な人生を歩んできたのだろうね」 淡々と返した聖四郎の言葉に由香里は首を傾げる。眼前に差し迫った腕を受けとめて、彼女は言葉を詰まらせる。 頬を撫でた生温い風に、傷つく腕を庇いながら顔をあげたフィティは深紅の瞳を煌めかせる。『龍の巫女』はBlueSkyViewでアザーバイドの腕を振り払い、背後で『ASAT』の指揮を執り続けるソニアを護るべく地面を踏みしめる。 彼女らの火力は圧倒的。降り注ぐマレウス・ステルラの絶対的火力に罅が入る障壁に聖四郎の余裕を浮かべていた表情が歪んでいく。 「他人事、っていうつもりはないけど、アークってなんだかよくわからない状況だよね。 剣林百虎が来たと思えば凪(あなた)が来る。キースみたいなのはれ以外にしても、大体どれも粘着質というか……」 「酷い言われようだが――その『魔術師』との対戦は君達にとっては有意義だったんじゃないか?」 フィティの言葉に聖四郎は小さく笑みを漏らす。 キース・ソロモンがアシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアの離脱によって制御を不能としていた閉じない穴の支援に乗り出したのはアークとしても僥倖であっただろう。彼を一癖ある友人と呼ぶなれば、聖四郎や百虎といった日本の神秘組織はフィティにとってはストーカーでしかない。 「申し訳ないけど、あんまり興味を持たれても嬉しくないかな。戦う覚悟があるけど、ね……?」 小さく首を傾げて見せる。しっかりと頭の高い位置で縛った深海の色の髪がフィクサードの弾丸に掠れ、はらりと散る。 其れさえも厭わずにソニアの指揮に従いながらもチームを統率するセレスティアは灰真珠の瞳を細めて声を張り上げる。 「ASATの名を轟かせるのよ――!」 目標や野望ではない。単なる景気付け。周囲に舞う残滓を蹴散らして、出来得る限り諸悪の根源へと近づいて行く。 セレスティアが狙ったのは長期決戦でも短期決戦でも『誰一人も倒れない』物量作戦。ダメージコントロールが上手くいく内は制御可能なのであろうが、圧倒的物量はどちらも同じ。 負けじと戦線を押し上げる彼女の声を聞きながら、『何でも屋』なソニアはじぃ、と聖四郎を見据える。 「凪聖四郎の首を取る……。其れが出来ずとも障壁をぶち壊して『勝利』の土台を整える。 大丈夫よ。どうにもならない事は無いわ。その障壁って『本当にダメージ』で壊れるのね?」 ソニアの言葉に聖四郎の眉がぴくりと揺れた。 魔力障壁はマグメイガスが使用するルーンシールドと似て非なる物である。ASATの解析結果は一定のダメージが入り切るまで聖四郎自身に打撃を与える事が出来ないと言う者だ。 微量のダメージが入れども、障壁が存在する内は彼は防壁に守られ続ける状況となる。物量で彼と闘うのは割れた瞬間、生身の術師を叩く事こそが重要になるからだ。障壁を張りながら、避けることもできようが、聖四郎は前線での戦闘を行う事は無く、文佳のシルバーバレットを受けとめ続けるだけである。 「喩え聖四郎の技術や魔術知識が卓越して居ても、おおよそ攻撃であれば『避ける』か『いなす』ことが出来る筈です。 少なくとも『現実的に回避が困難』な実例があっても『発動の妨害も回避も根本的に不可能で致命的な攻撃』というのは聞いたことがありませんし」 「御名答だ。生憎ね、俺は前線で戦う魔術師ではない――君の言うとおり俺の攻撃を『現実的に回避が困難』であれど、根本的に不可能になるわけがない。 それは俺にだって適応される。悲しい物だね、兄達の様に前線で戦えればまだ『違った』のだろうに」 肩を竦めて見せた聖四郎に佳陽が瞬く。相方である文佳の放つ魔術師の弾丸とすれ違う様に聖四郎の放った弾丸が飛ぶ。 長く伸びた髪を揺らし、受けとめた佳陽が相棒へと合図を送れば文佳は支援役を行いながら対話で得た情報全てを共有していく。 「攻略法は只一つ――ぶん殴って黙らせる。これで決まりね? さあ、ASAT、突撃よ!」 ●amittimus/0.5 耳にこびり付く女の声は二つ。 甘い声で「聖四郎さん」と呼ぶ彼女を失ったのは寒い冬の日のことだった。 倫敦の街角は、日本の冬よりも寒く、膚を刺す痛みをやけに鮮明に覚えている。 ――どうか……。 掠れた声で呪いを残していった彼女を失ったのもまた、寒い冬の日の事だった。 頭に乗せられた掌はやけに冷え切って居て。青ざめた唇がかたかたと震えている。 ――どうか、幸せになって頂戴。わたしの、 急ぎ来て欲しいと逆凪桔梗からの連絡が入ったのはその次の日のことだっただろうか。 静まり返った逆凪本家はやけに冷たい空気が漂っていた。 「聖四郎」と掛けられた兄の声を振り払い、足は止まることなくずんずんと屋敷の奥へと向かっていく。 指先が赤らみ、小さく震えているのは寒さのせいだけでは無い様で。幼いながらに、気付いてしまったのだ。 「聖ちゃん、……ごめんな」 その声を、聞きたくないと。 声を振り払う様に走り出す。黙り切ったままの兄が、彼らの生みの親が。憎らしくて堪らない。 もう、母の言葉の真意は、解らない。 わたしの、たった一人の息子―― ●Damnatio Memoriae/2 紅桜花を手に、乱戦状態の戦場を駆ける夏栖斗は唇をかみしめる。 はらりと散る焔と血の中を走り、掠める攻撃さえも気に留めず、彼は月色の瞳に強い意志を灯して居る。 「あいつがここまで追い詰められたのは、逆凪のせいだけじゃない。アークの所為も……少なからずある」 その意味は、関わってきたからこそよく分かって居た。 ちらり、と視線を向けた先には日本刀を手にしたイナミの姿がある。相も変わらず冷め切った瞳が僅かに揺れた様に見えたのは――夏栖斗は瞳を伏せり、聖四郎へと向き直る。 「お前を認めて、お前について行きたいって仲間がいるのに、そいつら顧みずに、やけくそ起してめちゃくちゃやってんじゃねぇよ! バカ!」 声を張り上げ、襲い来るフィクサードを殴りつける。 王の座を。己が一番に。そんな子供染みた欲求が、彼の身の周りの人間を落胆させるのではないか。 「止めて欲しい」と聖四郎の事を頼まれたのだ。「約束」した以上は夏栖斗とて、それを無碍にはできない。 止めて欲しい――その言葉は何処に掛かるのだろうか。ランディにとっては『大切な場所』を護るために、誰かが手を伸ばした結果からくるものなのかと推測できた。 血を吸い続けたリーガル・デストロイヤー。巨大な斧を振り翳した『破壊者』は周囲を薙ぎ払い鎖された道を開く。 「気に入らないモン潰すのも、自分が欲するために外道と認める手段を使うのもなんでもいい 憎しみに理由なんて探すなよ、こう思ってほしいのか? 『そんな理由じゃあ無理もない』ってな」 『母を殺されたから逆凪に復讐を』『恋人を殺されたからアークに意趣返しを』 理由があれば、仕方がない。仇を討ちたいな討てばいい。そんな理屈を付けなければ動き出せないのは弱者の行うことだと彼は知って居た。根幹の部分で自分が間違っているからこそ、理由を付けたがる。 ランディが走る事に理由は無く、目的しか存在しない。彼の言葉に聖四郎は咽喉を震わせて小さく笑う。 「何時だって、理由は必要だ。俺は間違っているのだと思うよ。 でも、君と同じだろうか。彼女の眸に落ちぶれた俺が映らなくて良かった、と、そう思う」 聖四郎の言葉にランディは首を振る。護りたい場所があるからこそ、進む。 恋人と言う居場所を失くした。それがどれ程、彼の心に衝撃を与えたのか。 銃として使うことの無くなった『7』の祈り。セブンス・アポカリプスを手に、レオンハルトは唇に笑みを乗せる。 「人の身で神を望むだと?」 欲も恋もその惑いは神からは掛け離れた人間らしい感情だ。彼の心の中に渦巻く女(きおく)とて、その人間らしさを持っていたではないか。 「祈りの時間だ。悔い改めろ」 記憶の残滓さえも振り払う、最も効率の良い露払いとはどの様なものか――そう知らしめんとするのは記憶の中の誰かが己に語りかける故。 「制圧せよ! 圧倒せよ! 我は神の魔弾なり。高き山は頭を低くし、低き谷は腰を上げよ!」 踊り狂う様に刃がフィクサードを、エリューションを、アザーバイドを切り裂いた。 頬を掠める鮮血にに『暴君』は足りぬ祈りを求める様に刃を大きく振り翳す。 「私が傷つけ、私が癒す」 鋭く、その一声は戦場医として様々な戦場を見て回った凛子。物怖じすることなく出来得る限りを尽くすのは、生きて帰る事の大切さを誰よりも知っているからか。 王を目指す、神を目指す。レオンハルトが言う様に、凛子が言う様に、目的として添えられたその情報。 「彼は、その先に何を見ているのでしょうか……」 聖四郎の考える事を理解しようとは、彼女は思えなかった。生き様は何時まで経っても変わらない。 そう知らしめる行動はこの一連の流れだけでも十分だったからか。 只、走りながら。魔力のナイフの切っ先はアザーバイドだけを見据えている。死にたがりのピエロは長く携わり続けた『混沌』に思いをはせて頬を掻く。 「懐かしむ事はできるけど、それって兄弟喧嘩に持ち出していい代物じゃないから!」 苦笑交じりに、時さえも刻みこむ終わるのナイフが巨大な腕へと突き刺さる。ステップ一つ、巻き起こる砂埃をすり抜けて、周囲の音を拾いながら終は頬から流れた血を拭う。 「悲劇や惨劇なんてのは好きじゃない。オレが欲しいのはいつだってハッピーエンドなんだから!」 にぃ、と浮かべた笑顔は道化の物。しかし、目だけは真摯な侭。 終にとって、混沌の使者は運命さえも擲っても安い程に危険な存在には違いない。 吹き飛ばされた彼の身体を癒し、エルヴィンは声を張り上げる。手にした最後の教え、その教訓は今も彼の旨の中。 死にたがりの道化を勇気づけた『生かしたがり』は周囲になぎ倒されたフィクサード達をも回復し続ける。 「……こんな自殺みたいな戦いで死んでいくなんて、俺が許さねぇよ!」 彼の妹ならば死を以って贖えとでも言ったのだろうか。エルヴィンはアーティファクトの効果を作用させない為にと『理由』をつけて救い続ける。 宙を舞い、その眼窩に見下ろす聖四郎の魔力障壁には多くの罅が入って居る。周囲に蔓延るエリューションやアザーバイドは高い火力を以って制圧するリベリスタ達によってその数を減らし続けていた。 「ほんっと莫迦過ぎるだろ、お前はッ!」 「……いきなり、どうしたんだい?」 口を開けば、飛び出したのは罵声だった。唇を震わせて、エルヴィンは聖四郎を強い意志を以って睨みつける。 「結局のところ、何もかも諦めたくなくて。だから、諦めちまったのか。 聞き分けのない子供と一緒だ。自分にないから欲しがって、我慢できなくて、結局お前に何が残った?」 玩具が欲しいと泣く子供の掌には何も残らない。彼が真っ当な道を歩んでいたなれば、得れた未来は美しいものであったのかもしれない。 理性的であった男は逆凪黒覇とは別の意味で必要悪としての存在を確立できたかもしれないのだ。 尤も、其れが出来なかったのは彼の掌から全て、毀れおちてしまったが故。 「これで満足なのかよ、凪聖四郎――!」 「――満足している訳が、ないだろう?」 鋭い声で返した聖四郎へと烏は咽喉を鳴らして嗤う。二五式・真改の銃口を向けたのは聖四郎の障壁が破れ去る瞬間を狙うが為。 「結局、若大将は釈迦の掌を飛び出す事あたわずか」 やれやれと肩を竦めた烏へと聖四郎が視線を向ける。久方ぶりの逢瀬は親と子程の差がある様で、青年は歯噛みする。 「狙いは噂に聞く凪聖四郎!! ブッ倒して名声上げてしまいましょう!」 魔力剣を振り翳しながら麗香は瞳を輝かせる。周辺の『わずらわしい』相手を吹き飛ばし、狙うは本丸。 魔力障壁に集う仲間達へと視線を向けて何度も重ねた集中はその攻撃を届かせる為。 「王になれなかったのは貴方が弱いからですっ。貴方の止むに止まれぬ事情は存じ上げませんがっ! 弱い事が周りを不幸にしたっ!」 声を張り上げて麗香は言う。己の身体に降り注いだ魔力の鉄槌の痛みに血を吐けど、己の名を挙げる為ならば此処で倒れては名折れ。 リベリスタを狙い落とされる鉄槌を避け、怯えたように黒い瞳を細めた澪は「ええと」と小さく呟いた。 「アークにきてから大事件続きなんですけど……アークって呪われてるんですか……? そ、それとも私が呪われてるんですか……? で、でも、こんな状況って、行けないと思います」 ハイグリモアールを手にした澪が声を震わせる。彼女の背後で終焉世界を嵌めた指先に力を込めた俊介は聖四郎の眼前に存在する傷だらけの魔力障壁を目掛け、神聖なる裁きの光りを繰り出した。 「波の穏やかな状態を凪という。逆凪はその裏返しの意味だろう。 そんな名前のお前がまた、どうしてそういうことになるんだろうな?」 俊介にとって、聖四郎でさえも救いたいと願える相手。神秘に対する造詣の深い彼が放った閃光が、魔力の障壁に更なる一撃を加えて行く。入り続けた罅に、青年の端正な顔立ちが徐々に歪みゆくのが見てとれた。 「おい!! 無理だって解ったら死ぬ前に降伏しろよ、凪の字!」 声を張り上げる。俊介の瞳に映る聖四郎と言う男は紛れもなく『逆凪』の男だ。 彼を認めると、己が声を張ろうとも、彼は納得しないのだろう――兄を越えたいのだと、その想いがある内は。 童子切の切っ先が揺れる。澪と俊介の支援を受けながらも前線へと躍り出た臣は竜眼とかした金の瞳を細め、さも興味もなさそうに息を吐いた。 ぶつかりあった金と蒼。ゆっくりと――剣士の才を持たぬ己に恥じる事もない様に、臣は姿勢を整える。 「凪聖四郎。お前は王の器ではない」 「君は素直だな。どうして、そう思うんだい?」 爆ぜる音が鼓膜を揺する。俊介の治癒で痛みの引く傷口へと視線を落とし、剣士はゆっくりと口を開いた。 「力に溺れ、その力の使い道を見出せぬが故に暴走を起こした憐れな男。 ――今のお前は崇高な理想を掲げてる訳でも、野望に身を焦がしているのでもない。只の、子供だ」 少年の刃が聖四郎の魔力障壁へ傷を付ける。障壁を破り、スキルを再度発動させるその刹那、それだけがあればいい。 聖四郎へと加勢せんと集うフィクサードを払い除ける焔の雨は澪が慌てながら生み出したもの。歯を食い縛り、辞めろと声をかける俊介が首を振る。 「ッ――なぁ、死んで意味があるのかよ!」 「生きてて意味が、あるのかい?」 淡々と返した青年へ澪は声を張り上げた。違う、と。こんなのはいけない、と。 蜂須賀らしからぬ少女は不安げに眉を下げ、俊介を庇うべく両の手を広げたまま、後方に立っている。 「王さまって国民を幸せにする人がなるべきだと、思います。私には聖四郎さんは王冠を欲しがっているだけの人に見えます……!」 その王の座はどれ程に虚しいものだろうか。 奪った座を人々は非難するだろう。逆凪黒覇が作り上げた黒き摩天楼の上は、聖四郎には似合わぬ孤独が存在しているのだろう。父を殺し、母に後押しされ『作り上げた』王座は黒覇のものでしかないのだと、彼女は感じとってしまった。 「そんな王冠を手に入れても、満足できませんよ……? 貴方が欲しいのは、貴方をずっと見てくれる人なんですから」 ――あの丘の上で会いましょう。きっと、きっと来て下さいましね? アタクシ、待ってますから。 「見てくれる人なんて……どこにもいないだろう?」 自暴自棄だ、と人はそう呼ぶのだろう。柔らかなスカビオサ。 兇姫が手渡したストックの花のペアリングは何処へやってしまったか――もう、付けることもないだろうと記憶の外。 「王とは、人を導き、人に見せる希望の導であるべきだ。それは断じて! 貴様ではない!!!」 張り上げた声が、咽喉から血が滲みそうな程の叫声へと変化する。 踏みしめたアスファルトは堅く、舞い散る粒子は己の手元を狂わせんと淡々と降り積もる。 魔力障壁に、至近距離で放たれた『逸れ者』の悪夢。己の身に降り注ぐ災厄をものともせずに臣は声を張り上げた。 「チェストオオオオオ!」 弾け飛ぶ、障壁の合間から烏の『告死の弾丸』が飛びだした。聖四郎の手にするアーティファクトを狙い穿つ――只、その瞬間に青年は身を捩る。 「餓鬼がァッ――!」 地面を踏みしめる。障壁の合間を抜けて狙撃手の身の内で血液が沸騰する。 血の滲む程に固めた拳は、呆気ない程に『凪』の青年の頬を殴り付けた。 「歯ぁ食いしばれ!!!」 ●Damnatio Memoriae/3 頬を伝う汗を拭いイナミは座り込んだ主へと視線を向ける。眼前で相も変わらず『真面目な時こそ不真面目に』を気取った竜一が間合いを測る様にイナミを見詰めていた。 「これがアークのリベリスタって奴だよ」 にぃ、とワザとらしく笑って見せた竜一は宝刀露草を手に全力の一手を打つ。纏う鬼神の如きオーラは『デュランダル』らしさが滲み出る。同じく、剣士としてその刃を握る彼女の命を尽くす相手として不足のない様にとの計らいだ。 「結城 竜一。いろいろ思う所があるだろう。出し尽くせ、絞りつくしてやるよ。 俺には誰かを救う力なんてない。俺が出来るのは壊す事位だ。だから、全部受けとめ――殺してやるよ」 踏みしめた一歩。鋭い気合で放たれた抜き打ちが竜一の刃にぶつかった。黒い瞳は彼女の一太刀を捉えて離さない。 速度を纏い、『時』をも超えてリセリアは抜き身の刃を打ち鳴らす。青みがかったセインディールが残した軌跡に視線をくべ、イナミは「『蒼銀』」と彼女を呼んだ。 「依浪さん、貴女……」 唇が揺れ動く。不安を宿したリセリアの瞳はイナミの口から毀れ落ちた言葉の真意を探る様で。 彼女の主たる聖四郎が立つ事を決めた時、主の意向に彼女は楽しげに笑っていた。挑発的な態度を崩さない姿は王に使える騎士が如く堂々としていたと言うのに。今になってみれば、その面影も残らない。 「我々(フィクサード)は貴方の敵だ。それは紛れもない真実でしょう。 何を躊躇う事がある。私にとっての王は凪聖四郎、只一人。目の前で王が死ぬなど、騎士として情けない」 「――だからこそ、」 『殺して下さい』と。その言葉を告げたのか。竜一と刃を合わせ、地面を踏み締めながらも口元に笑みを浮かべたイナミの姿にリセリアは突き動かされる。 蒼銀の名の通り、蒼い軌跡を残した刃を握り、立ち昇る土煙の中を往く。彼女の様子を見る限り、察する事は出来ていた。覚悟など、とうの昔に決めていたのだろう。 「今迄手を抜いてきた訳ではありませんけど……今の私の全力で参ります」 最後まで戦い抜くと言うならば――応じる手段は『一つ』 「だから――継澤・依浪。貴女の全て、見せて下さい」 降り注ぐ火の粉等気にも留めない。結い上げた髪に掠めた刃など、意識の外。 朔の視線の先にあるのは紛れもない『イナミ』、只一人のみ。 「愚かな事だ。それに付き従う君もまた愚かだ。――そうだろう? 『イナミ』」 「驚いた。名を、呼ぶ様な女でしたか? 蜂須賀 朔」 揺らめき立つ妖気。魔を飲み喰らう刀が何時もより重く感じたのは、この戦場に対する昂揚からか。 鈍色に煌めいて見せた朔の瞳は、どの時よりも輝いている。目の前の好敵手と呼んだ女と死闘を繰り広げられる、その舞台の幕が開けたのだ。 「君の愚直な所を、私は気に入っている。継澤イナミ、そういう君だからこそ、ずっと死闘を望んでいたのだ」 仲間達が撤退しようとも、彼女を殺すまで朔の中ではその戦闘は続いていたのだろう。 竜一、リセリア、朔。三人が三人共に継澤イナミに求める物がある。 「君と戦い、勝ち、君の全てを今日ここで奪い去る」 愛の告白ともとれる朔の言葉にイナミは笑う。体も技も、血も肉も眸も唇も髪の一本魂の一片まで誰にも私はしない。 握られた厭世の櫻ひ入る罅を気にせずに彼女は――女は声を張り上げる。 「『リベリスタ』――!」 「貴女は、満足しましたか?」 ふわり、と至近距離で覗きこむリセリアの瞳にイナミは唇を噛み締める。鞘を叩きつける様に振り翳したその腕を竜一は受けとめ小さく首を振った。 「全てを一人抱えて散っていくか、俺達に託すか。全てをこの戦い一戦に集中し、武人として散るか。 何を選ぼうと構わない。只、あんたの人生の集大成を、俺に見せてくれよ。イナミ」 竜一の声音は只、優しい。舞い散る花弁のように――周囲に吹き荒れた烈風。 華麗なる抜き打ちの衝撃にリセリアが膝をつき、血濡れの女を見上げた。結い上げた髪は腰まで長く、怜悧な眸に浮かんだ熱量は矢張り剣士のもの。 「散る桜の儚さ。それでも、桜は人の心を引き付ける。いや、だからこそなのかもな」 死ぬわけにはいかないと竜一が囁けば、イナミの刃が鋭い勢いで振り翳された。 受けとめて、視線が克ち合うその瞬間。朔の唇が僅かに揺れ動く。女が、目を見開いたのはその刹那、 「――この戦いが永遠に続けば良いと思える程に愛おしい。 だからこそ、この永遠を終わらせよう。さらば、『我が愛しき強敵(ひと)』」 手を伸ばし、攻撃を続ける名もなきアザーバイドを警戒する様に恵梨香は攻撃を重ねて行く。 常と違わず冷静な彼女は詠唱を行うことなく魔力の鉄槌で周囲の制圧に躍り出た。結い上げた金の髪は湿った風に揺らされる。 「どんな理由は信条であれ、これ以上の殺戮と崩界を許すわけにはいかないわ」 魔力の障壁を破り、ついで周囲の対応を繰り返す。『異世界』の住民が生み出される事こそがこの世界の崩壊要因なのだと恵梨香は知って居た。 彼女が相手にとってきた『敵』には異世界の住民も存在していた。 ラトニャ・ル・テップやウィルモフ・ペリーシュ達と比べれば彼等、小物だと認識する事さえできた。 しかし、手を抜かぬのは『理由』と『信条』がその胸にはあるからこそ。 『瀬織津姫』は災厄を払う女神。その名の元となった刃を手にせおりはアザーバイドへと接敵した。 倒す為ではなく、『救う』為。伸ばした白い指先は刃を握るにしては余りにも細い。 「あなたは誰? 何をしにきたの? ここにはあなたをいじめる人しか居ないから、帰った方がいいよ」 海色の瞳に、真摯な色を灯して。騎士が如き洋装を纏ったせおりの唇から鋭い牙が覗く。 人魚を思わせる生命力を纏った彼女へアザーバイドは『―――我、来ル』と小さく返すのみだ。 「あの人に言う事を聞かされているの? それともあなたの意思?」 彼女の言葉に巨大な腕は返さない。只、せおり目掛けてその腕を振るい上げる。 アザーバイドの姿は先ほどよりもより克明にその形を露わしていた。召喚陣からずるずると腕を伸ばし上げ、後衛として支援を行う恵梨香へと狙いを定める。 「駄目だよ」 とん、とその腕を止めた太刀の重みにせおりは柳眉を寄せる。苛めないから、と囁く声音にアザーバイドはさも可笑しそうにくつくつと笑って見せた。 周囲に舞う魔力の渦。愛しい妹を思えば思うほどに、その攻撃は鋭さを増していく。 せおりが与えた一撃に重ねる様にカインが放った魔力の渦は、『万全』の出来を誇っていた。 「倒そうなどとは思っておらぬ。我は皆が追いかえすまで『止める』。味方を信じて立ち回るのが我の役目よ」 「殺しちゃうのは可哀想だもんね! 追いかえしちゃおう」 頷くせおりの瞳に蒼い焔が宿る。己が使える全てをぶつけるとカインは痛みを攻撃へと変化させた。 為すべきを為す――それは、護るべきものののため、護りたいものの為。 アザーバイド召喚を完遂する事を阻止するべきと心象ブリューナクの切っ先は焔を纏う。 悩ましげなユーディスは「逆凪黒覇は利害で話をできる人物の様ですが、凪は違いましたか」と己の抱いていた印象とは随分と掛け離れた青年を眺めていた。 「世界がこれほどまでに不安定になっているにもかかわらず強い力を持った異世界の者を強制的に召喚して世界を傷つける……」 生まれは違えど、アークと共に過ごした年月がこの『ボトム』へと与えられる悪影響を厭うのか。 カルディアの感触を確かめながらファウナは遠いラ・ル・カーナを思い浮かべて嘆息する。異種の生まれたその世界を救済した戦士達の世界が崩壊するのはフュリエである彼女には見過ごす事が出来ない。 「フィクサードと呼ばれてる方々でも、大半は気にせずとも滅びても良いとは思っていない筈ですが……」 それほどまでに凪聖四郎を追い立てる物があったのか。本陣の聖四郎を眺めるファウナが支援を送りながらも、理解し難い人間の感情から視線を逸らす様に、彼女は陣から腕を伸ばすアザーバイドへと焔の雨を降り注がせる。 「『――――』!」 その名を呼んだのは聖四郎。生まれ出ずるアザーバイドへと迫る危機を感じとったが故か。 眼前に迫るリベリスタを払う様に放った彼の技を物ともせずに走るユーディスは齎される不運を癒す力に優れている。 赤く腫れた頬。再度張られた障壁を打ち破る様にメイは和歌集・写本のページを捲る。 小さな彼女の圧倒的な攻撃は、裁きの焔をより燃え上がらせた。切なげに細めた瞳の向こう、青年が求めた物が何であるか、察知した様に彼女は色付く唇を震わせる。 「存在価値って言うのを示したかったんだね。そういう意味じゃ、ボクも同じだね」 「君には、見つけられたかい? レゾンデートルは――」 淡く浮かんだ笑み。ゴシックロリータのワンピースのフリルを揺らした彼女の『否定の嘲笑』はその手元を寸分にも狂わせることもない。 当てるだけなら自信はある。それ以上に『精度を上げる』なら渾身の一撃を放つ必要があるだろう。 攻撃を出し惜しみさせるのは『支援役』の名折れだ。修二と共に本陣の支援に徹する修一は英霊聖遺物を手に、声を張り上げる。 「自由な選択肢があると言うのに、何故、その選択肢をとったのか――! 重荷を背負って王となる険しい道しか見えないのは、只、物悲しいだけではないですか」 「俺には、もう他の選択肢は見えやしないんだッ」 荒げた感情に、ぐ、と言葉を飲みこむ修一の肩を叩いた修二がメイを支援して唇を噛み締める。 兄と比べれば、彼の方が『より好戦的』であったのだろう。この戦いに命を掛けたのは世界の崩界を防ぐため。閉じない穴の事を顧みるならば、この場で敗北する事を容認する事は出来ない。 「好き勝手にはさせねぇよ!」 「弟の言うとおり。始まって早々ですが、パーティーはお開きとしましょうか」 これを『楽しいパーティー』と題するのはあばたにとっては不服な事態だ。掃除屋たる彼女から見れば『粗大ごみ』掃除でしかない。 「聞く限り、直刃の軍勢は黄泉ヶ辻や裏野部の様な暴れる理由が欲しいだけのチンピラでは無く、忠誠と命令で動く狗の様ですから」 「ああ、そこまで褒めて頂けるとは喜ばしい限りだよ」 周辺にバラまかれる弾丸。あばたの鼓膜を叩く呪葬の歌は苦痛を誘う。しかし、彼女は歯を見せて笑みを浮かべた。 その手にはシュレーディンガー。静かなる死を与える『音無き福音』。相手を殺す事に特化したその弾丸は『倫敦で二番目に危険な男』の模倣品。しかし、すでに彼女の手に馴染んでしまったその攻撃は、一層の威力を増して聖四郎の障壁へと打ち放たれる。 「――謝る位ならどうしてこの様な事を? 僭越ながらリーディングで読ませていただきましたよ、その心」 「勿論、『読んで』貰えるなら光栄なことだ」 硝子が如き煌めきを持つ瞳は感情の色を映さない。あばたの歪んだ表情に聖四郎は困った様に肩を竦めた。 リーディングで聖四郎の考えを掴む事。あばたにとってはそれこそが仲間達の心の重荷を下ろせるのではないかという狙いだった。 ――ごめんね、私がお母さんで。 男の心に渦巻く女々しい感情は、あばたも良く知る『普通の青年』だったのだろう。 20と幾つか。まだそれ程に生きていない青年は、幼き頃の想いを未だに胸に宿し続けているか。 「マザコンってやつですか。女々しい」 歯に衣着せぬ彼女の言葉に青年は肩を竦める。きっと、女々しいと言われるだろう。 そんな事は、とうに知って居た。 母を失い、恋人を失い、己を認めてくれる相手は何処にも居ないのだと――そう、思ってしまった事が間違いだったのだろうから。 ●Damnatio Memoriae/4 宙を舞い、霊刀東雲を手にしたセラフィーナは赤い眸に怒りを浮かべている。 光の飛沫を上げながら、その刃は止まる所を知らない。金の髪を掠めた魔力の矢等、彼女の意識の外。 強い憎悪は少女のかんばせには似合わぬ感情でありながら、その胸にしこりを残し続けていたのだろう。 「凪聖四郎……」 その名を呼んだのは、余りに久々だったのではないだろうか。 傷つく魔力障壁に、破れたスーツはビジネスマンとしては失格だ。頬にできた擦り傷は折角の好漢であることを台無しにしていた。 「貴方の記憶にあるのかどうか、私には変わりませんが倫敦では紫杏に大切な仲間を奪われました。 もう随分と時間が経ちますが、私の中には怒りの感情がまだ、残っています。貴方もそうでしょう?」 靴底に張り付く砂さえも煩わしい。セラフィーナの瞳に宿された強い憎悪を受けとめて聖四郎は小さく頷いた。 寒い冬の日。ピカデリーサーカスに隠された蜘蛛の巣への襲撃作戦を打ち立てたアークにとっての関門は、日本が作り出した『兇姫』への対応だった。 キマイラを連れ笑みを零す我儘姫を迎えにと市街地を駆けたこの男とて、その日を忘れた事は無いのだ。 「聖四郎も、紫杏と同じです。他人を殺す事を躊躇しないフィクサード。 貴方は、私の大切なモノを壊し奪って行く――ならば、そうされないうちに斬るだけです!」 意趣返しなのだと少女は声を張り上げる。青年の瞳に僅かに抱かれた希望はどうしようもないほどに、彼女の一撃を欲して居て。 「貴方達は多くの人を殺しました。その報いを受けて貰います! この戦場で散りなさい、フィクサード!」 弾かれる音に、セラフィーナが眉を寄せる。彼女の背後からふわりと顔を出した真咲が愛らしいかんばせに笑みを乗せ、スキュラを振り翳した。 「ボクらにとっては個人的な感傷(きょうだいけんか)なんてのは迷惑極まりないんだよね」 恋人を失った、母を殺された、世界征服を行う為に――兄を殺す。 どれをとっても自己満足でしかないのだと、真咲は知っていた。弾かれる感触に、確かに入った罅を確認し、小さな真咲はステップを踏む。 「これで一枚! ――そして、もう一枚ッ!」 重ねて叩くのは何度だって出来る。確率論でも良い。『ごちそう』を目の前にして我慢できること真咲は大人ではない。 結った髪が揺れ、至近距離で放たれた悪夢さえも振り払う。歯を覗かせて笑った真咲の背後からヒンメルン・アルスが覗く。 「なんと! これが、すーぱーイーリスなのです! 真! イーリススマッシャー!」 勢いよく叩きつけたハルバードが魔力障壁を貫く。もう一撃、耐え忍んだとしても魔術師である彼が多勢を一人で受け持つのは分が悪い。 丸い瞳を細めたイーリスは姉の心配など知る由もなくマイペースに笑みを浮かべて見せた。 「凪聖四郎、はじめましてです。プリンス、私はお前を一方的に知っています」 「へえ……それは光栄だ。今日は良い事ばかりだね。 可愛いお嬢さんに出会え、『アークに敵だと認識され』、イナミもとても楽しそうだ」 くすくすと笑った青年に真咲は首を傾げる。相も変わらず、幼さを感じさせるイーリスの双眸は聖四郎を睨みつけていた。 「今日はお前の話をします。もう少し機会はあった筈です。 なぜ、今なのですか。こうなる事は解って居た筈なのです。嫌味ではなく、純粋に興味があるのです」 淡々と告げるイーリスの言葉に聖四郎は一度引き結んだ唇を震わせた。 恋人に見せる姿としては落第点だろうかと己を眺める素振りを見せた彼の耳に届いたのは逆凪黒覇に対してッ先遣隊として派遣していた誰花トオコからの緊急連絡。 『――プリンス』 「……すまないね。トオコ」 言葉が無くとも、状況を理解していた。イーリスの言う通り『こうなる事は解って居た』のだから。 力を持たなかった事こそが、一般人の罪ならば『妾腹から生まれた己はその出自こそが罪なのだ』 凡庸なる彼等を尊ぶなれば、凡庸でもなく、生まれを謗られた己は世界から爪弾きにされた者。 「俺が出来るのは『たった一つ』これだけだったんだ。 もう、何にもなれやしない、何処にも行けやしない。最期位は俺だって、血濡れた運命を愛してみたかった」 「……そうですか。わたしにはよくわかりません」 唇を尖らせたイーリスは聞かない振りをして見せた。興味の範疇。聞いた所で救いを与えられる訳でもない。 突き刺したハルバードが再度、強い力で引き抜かれる。割れた障壁の向こう側は、未だに赫く燃えていた。 召喚の儀も止まり、後は返されるだけなのだろうとアザーバイドを振り仰ぐ。 「アハハ! 凪ちゃん、このたびは葬式の御依頼有難う。道士として最後の供養までする事を約束するよ」 「それは有り難いな。恋人の墓があるんだが、その隣に作って貰いたい物だ」 くすくすと笑みを零した聖四郎の虹の瞳に紅く、焔の色が映る。 からからと笑って見せた腥は深淵の呼び声を手にしたまま青年の出方を伺っている。 「本当に誰も認めてないとお思いかね。 お兄さんはお宅を評価したじゃない、『最も逆凪らしい』って……分かるかね?」 「さぁ……解り兼ねるな」 肩を竦める聖四郎の眼前に腥が飛びこんだ。禍々しい黒光を帯びた告死の呪いは魔術師の体へと掠める。 腥が狙ったその効果を与える事は適わずとも、慌てて体を逸らしたその頭上に落とされた魔力弾は確かな痛みを与えていた。 「六道紫杏の存在が一種の枷になっていた、という見立ては間違いではなかったようですね。 結局、共依存という名の沼から抜け出す事が出来ませんでしたか。貴方の可能性を鎖したのは紛れもなく彼女だったのかもしれませんね」 護符を手に悠月は囁いた。魔術師然とした彼女を相手にとる聖四郎もまた、魔術師。 魔術に精通するのはどちらも同じ。しかし、両極端な彼女達は同じ神秘を探求しようと、行きつく先は別の者。 「貴方の行いが悪いという心算は無いし、復讐ならば受けて立ちますが ――違う結末に至れなかった事は残念に思います、凪聖四郎。貴方に期待し、煽った身としては、私はこの始末を責任を以って付けねばならない」 「背負いこむのは良いことではないよ。風宮 悠月」 只、怜悧な瞳向けた悠月に聖四郎は小さく笑う。物語の結末は何時だってドラマチックでなくてはならない。 彼の往く道が、少なくともそうであればと願ったのは嘘ではない紛れもない真実だったのだから。 「その『盾』、その『悪夢』。今こそ破らせて頂きます」 青年の頬を掠める焔は、何よりも紅い。鬼暴は使用者の想いを反映したかのように激しい焔を抱いていた。 冬の倫敦で、目の前で友人を失ったのは何もセラフィーナだけではない。火車とて、その現場に居た。 「よォ、凪聖四郎。覚えてっかな? 眼中になかったか? 喜んでくれりゃ嬉しいねえ? 最後の最期キチ姫を寝取った男さ 悲鳴も無かったぜえ? 茫然自失のまま撲殺よ。なあ? どんな気分よ大将?」 くつくつと咽喉を鳴らす。放たれた悠月のマジックミサイルを避け、姿勢を立て治した聖四郎の打ちだした魔術師の弾丸が火車の身体を貫いた。 その痛みさえも興奮剤。攻撃を受けとめて、くつくつと咽喉を鳴らす火車の前で魔力の障壁すら張らずに青年はその眸に彼を捉える。 「結構結構……! 結構だ! ざまあみろバカ野郎! 無能はどうあがいても無能だなあ!」 「幸運だよ、君と会えるとは思っても見なかった」 重ねられる攻撃は熾烈。魔力弾に、その身を打ち抜かれ、膝に力を込めて煽り続ける火車はこの場では死なぬと強い意志を抱き続けている。 鋭く放たれる魔力弾に青年は顔を上げ、唇を噛み締めた。赫く燃える世界の中で、ふわりとドレスを揺らして滑り込んだ旭は眉を寄せ「せいしろうさん」と小さく呼んだ。 「聖四郎さんのこと、きらいじゃなかったよ。あなたの『すき』をまもれなくて、ごめんなさい。 すきって気持ちが、これ以上変わっちゃう前に――わたしは、あなたを殺してでも止めるから」 運命にさえも干渉する強い意志は高潔な宿命の一撃を与えて行く。 爆ぜる音に目が眩む、存在するアザーバイドが達は消えて行く。彼の手にしたアーティファクトさえも、烏の放った一撃で弾け飛んだ。 血濡れの視界で青年が呼んだ名に旭が小さく首を振る。 「ごめんね――」 あのひとじゃなくて、と囁く声音は遠くなる。 指先に力を込めて、紅く染まるその肢体を旭は切なげに見下ろした。もう、彼は起きあがる事が出来ないのだと、そう感じる。 「つっまんない八つ当たりよねぇ。世界を詰まらないなんて言うだなんて恐らく初めての事なのだわ」 その細い指先には武器も何も握られてはいない。 赫く染まる世界と、爆ぜる音の中、ゆっくりと歩み寄ったエナーシアは紫苑の瞳を細めて「Prince」と彼を呼んだ。 「浮遊したガラクタの地獄の渦中に過ぎず、硝子の障壁は音速を緩める事も出来ない。 認められない事を押し潰す為に弱かったのが悪いとすり替えて、 大きく大きく悪い事に感情の侭をぶちまければ命を掛けた大作戦って――笑わせるのだわ」 武器を持たなければ『一般人』。そう名乗り続けていたエナーシアの足元で聖四郎はゆっくりと腕に力を込めて起きあがる。 縋る様に腕さえ伸ばさずに、青年は唇を微かに震わせる。 「―――」 「益体も無い泣き言は聞き飽きたのだわ」 立ち上がり、放たれた魔力弾を避け、エナーシアは地面を蹴る。 固めた拳にぶつかる衝撃は生まれて初めてのもの。銃を手にした事が速かったからか、その拳の痛みは神にも許されぬ禁忌であるかのようにも感じた。 殴り付けた頬に、勢いと共に倒れ込んだ青年を見下ろして、エナーシアは手を伸ばす。 「そろそろ起きて語って頂こうかしら? こんな下らないお芝居じゃなくって世界を揺り動かす様な陰謀を! 別に完璧なんて、求めていないからさ」 ――完璧がいいんですの。 耳鳴りの様に、彼女の声がする。 完璧を求めた彼女が霞み、悲しげに眉を寄せた女の顔も消えて行く。 力の入らぬ掌を握りしめた彼女は少女のかんばせを寄せて「行きましょう」と小さく笑いかけた。 その声すらも、鼓膜を叩かぬままに、握り返されぬ掌からは力が抜けて行く。 「目を開けなさい。貴方はもっと、上手くやれたはずなのだから」 一度伏せり、開いた瞼の向こう、広がる赫は何時も通りの蒼に代わっていた―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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