●1999.8.13 「……ちょっと、これは冗談じゃ済まないんじゃないの?」 源兵島こづかの目の前に広がる光景は、リベリスタとしてそれ相応の修羅場も、鉄火場も経験してきた彼女をしても己を疑わざるを得なくなるものだった。 (……確かに、静岡県東部に比較的深刻度の高い神秘的問題が発生するのは分かっていた。 でも……それが堕天級(フォール・ダウン)だなんて想定外……!) 先の大戦以来、どうにも一枚岩とは言い難いリベリスタ達にとって、このこづかのような有力な情報屋は重要な存在だった。高いフェーズを数える『神秘的問題』に対処するべく彼女は今回の情報をその人脈で可能な限りの広範囲に拡散した。 (落ち着け、取り敢えず、落ち着こう。落ち着かないと駄目) 黒髪をわしゃわしゃと掻き毟った彼女は、努めて冷静さを取り戻さねばならない、と自らを戒める。こづかの主な活躍の場はここから遠い北陸地方だが――情報屋等をやっていれば、日本全国の噂や情報といった類も当然彼女の下には集積される。 そんな彼女の下に聞こえてきた噂の一つに『破滅の時を予言する謎のリベリスタ集団』というものがあったのは確かだった。所在も名前も知れない、誰も知らない――しかし、恐ろしく統率の取れた腕の立つリベリスタ達が、ここ暫く各地に出没し、同じリベリスタ達の窮地を救援した……という『噂』は彼女も知っている所だ。その彼等が口を揃えて警告したのが――この八月十三日であった。 こづかもそれは当然、情報の信憑性の中に加味していたのだが…… 「……まさか、とは思ったけど。まさかのまさかだった訳か」 ……或る程度、重篤な事態を予測していた彼女をしても、今回の事件(ナイトメア・ダウン)は、想像力の外だったのだ。空に浮かんだ次元の割れ目からは血走った眼球が眼窩の街をねめつけている。相当な高度に位置するにも関わらず、ハッキリと目視出来るレベルのそのサイズは切れ目の向こうの本体がどれ程の存在であるのかを確信させるに十分であった。 距離を隔てても、本体が切れ目の向こうにあったとしても。全身の肌を突き刺す、圧倒的な悪寒は――それが人間に敵うべくもない敵である事を彼女に告げていた。 敢えてその言葉を使うのだとしたらば。『神』を前に人は脆い。余りにも。 それが此方にその身を乗り出して来たならどうなるか――考えたくも無い! (……でも、これは不幸中の幸いか……?) 何かが起きる事自体は予期されていた事件である。『謎のリベリスタ集団』の活躍、彼等の忠告を合わせて。この場所に予め集まっていた戦力は相当のものである。 その中には情報通のこづかの知らない顔も見えるから――つまりそういう事なのだろう。 まだ本格的に動き始める事すらしていない、『それ』の気配に当てられてか。急進的にフェーズを上げた『エリューションのようなもの』がそこかしこで暴れ始めている。集まったリベリスタ達はまずはその対応に当たっているようだった。 「……こりゃ、大事だ。確かに大事だね。だけど」 こづかは乾いた声で呟いた。 その脳裏を過ぎるのはまだ幼い――可愛い盛りの娘の笑顔。 「この場に居れる事を感謝だね。だって、私はまだ――」 ――この手で、あの子を守れるチャンスを持っているじゃないか! ●2014.8.13 「……状況は知っているものと思う。 三高平市中心部に発生した次元の穴の向こうで、ナイトメア・ダウンが始まった」 『戦略司令室長』時村 沙織 (nBNE000500) の重い声にリベリスタは頷いた。 アーク司令本部が『十五年前の世界』に迫る破滅的結末(ナイトメア・ダウン)に干渉の方針を打ち出したのは、これが差し迫った数日前の出来事だった。多くの懸念材料を否めない結論ではあったが、沙織の結論はそれを鑑みてのものになる。 「ナイトメア・ダウンの発生、それそのものの阻止は不可能と判断した。 1999年、8月13日に生じた『エリューションの超急進的なフェーズ進化から生じた堕天現象(フォール・ダウン)』については、余りにも情報が不明瞭過ぎた。俺達が堕天級に対処する術も知識も持ち合わせていない事も含めてな」 ナイトメア・ダウンを生き残ったリベリスタは殆ど居ない。つまる所、この暑い夏の日に何が起きたのかを完全に把握している存在はほぼ皆無であるという事だ。当時のリベリスタ達が比較的早い段階でR-typeを補足し、この迎撃に移っている事から、彼等も何らかの兆候は予期していた事が推測されるが……それすらも詳細は定かではないのだ。 沙織の言は『次元の大爆発』とも考えられるフォール・ダウンにリベリスタ達を巻き込みかねない作戦のリスクを見てのものと言えるだろう。 「ナイトメア・ダウン発生当時の状況を現在、穴の向こう側から観測している。 記録には残されていなかったが、現状を鑑みるに、R-type(アイツ)はまだ動き出していないように見える。ラ・ル・カーナの時もそうだったが、アイツの影響に当てられたこの世界の生命体や物体がおかしな方向に変異しちまってるみたいだが」 「……まずはそれを食い止めるって事か?」 「そうだ。だが、それだけじゃナイトメア・ダウンは終わらない」 沙織はリベリスタの言葉に首肯したが、問題はその後である。 「状況から考えて、R-typeが最後まで大人しくしている可能性はゼロに等しい。 変異体はかなりの戦力だろうが、それだけであの被害が出るとは思えないからだ。 つまる所、発生当初休眠状態だったR-typeはこの後『起きる』。 それが本格的な『終わりの始まり』だったって事は想像に難くない」 沙織の言葉にやはりリベリスタは頷いた。 完全世界ラ・ル・カーナの『世界樹エクスィス』。恐怖神話にその名を記す最悪のトリックスター『ラトニャ・ル・テップ』。そして火の王『クトゥグァ』、偉大なる叡智の『ノーデンス』。 リベリスタ達が強く関わった神(ミラーミス)は片手で足りるが、その何れもが人智を超えた存在であった事に疑う余地は無い。なればこそ、より破壊と破滅に純化した破壊神の如き――憤怒の巨人がどれ程の危険を携えているか等、火を見るよりも明らかであった。 「エクスィスにしろ、ラトニャにしろそうだが…… ミラーミスはまともにやって倒せるような類の連中じゃねぇ。 『だが、アークはR-typeを食い止める為に造られた』。つまり、最初から起きない奇跡を起こす為に造り上げられた組織だって事なんだ。 この世界に有り得ない――強い、強過ぎる神秘の残滓を元に造られた強大なアーティファクトが二つある。一つ目は……お前達をこれまで支えてきた『万華鏡』だ」 口を挟んできた智親の言によれば、万華鏡の中核たる部分――アーティファクトをアーティファクトとして機能させる最大要因、魔力的要素に当たる部分は、R-typeによって産み落とされたものであるらしい。異常としか表現出来ない万華鏡のその性能は成る程、この世界の常識を遥かに超えている。 「もう一つが切り札か」 「名前を『神威』という」 智親の言葉に応じるようにブリーフィングのモニターに地下格納庫の様子が映し出された。息を呑む程の巨体である。見慣れない――酷く革新的で、酷く煩雑で、そして酷く美しい鉄のフォルムは、スペース・ファンタジーにおけるビーム砲をリベリスタに連想させた。 「コイツは、三高平市の中央に眠る『荷電粒子砲のアーティファクト』だ。 万華鏡の兄弟機。基本のシステムにはR-typeのギフトが使われている。 ……ああ、荷電粒子砲って分かるか? ものすげぇざっくり説明すれば、砲弾になる荷電粒子を、粒子加速器によって亜光速まで加速して……ああ、まぁ。そんな事はどうでもいいか。兎に角、すげぇビームを撃てる武器って思っときゃ間違いねぇ」 「……こんなもん、隠してやがったのか」 半ば呆れたように言うリベリスタに智親は苦笑した。 「何でもっと早く出さなかったって顔してるな?」 「そりゃそうだろ。ミラーミスと戦うのは初めてじゃないぜ」 ラトニャの恐怖は記憶に新しい。超兵器があると言うならば、他に取り得る手段があったのではないかと思うのも仕方ない所だろう。 「いや、コイツはそんなに使い易い品物じゃねぇんだよ」 しかし智親は溜息と共にそう告げた。 「まず、コイツはデカ過ぎて早々動かせない。三高平市内地上に浮上させる事でもかなりの手間を要する。で、そりゃ物理的な話なんだが。 構造的な意味でもかなり難しいんだよ。この化け物の起動に必要な条件が分かるか?」 「……エネルギー?」 「そう。例えば――数百万キロワット、いやさそれ以上にも及ぶ電気だ。 三高平市には時村資本による特別発電所が『複数』用意されている。瞬間的にコイツをフル稼働した分も含めて――それでも微妙なラインだぜ。大規模砲撃の軌道修正も含めた調整演算に万華鏡が必須なのも明白。 つまる所、『神威』は未だ未完成品なのさ。 理論上では人間に扱える威力の中じゃ比肩する手段の無い、馬鹿げた威力を持ちながら」 智親の言葉にリベリスタは苦笑で応えた。 成る程、そういう事ならば三高平市での戦い――例えばケイオスによる『混沌組曲』でも出番が無かったのは頷ける。取り回しの悪い砲撃を大雑把に放った所で、味方を薙ぎ払うのが関の山といった所なのだろう。 「……ちょっと待てよ」 「あん?」 「なら、どうやって使う。『神威』は動かせないんだろ? R-typeは、『1999年の静岡県東部』に居るのに……」 リベリスタはそこまで言ってから「まさか」と息を呑んだ。 『神威』は2014年の三高平にある。そして敵は1999年の静岡県東部にある。 本来交わらない二つの場所を有り得ない形で繋ぐのは―― 「そう、次元の穴だ」 沙織が言うとモニターの映像が目まぐるしく切り替わる。 「『神威』による砲撃はこの三高平から行われる。 件の穴を通して、過去世界のR-typeを撃ち抜くんだ。 しかし、状況はシビアだ。アーク本部を、万華鏡をフル回転させて直撃を支援するが、言うは易いが実行するのは難しい。少なくともR-typeを出現した初期座標から大きく動かせば命中率は下がるだろうな。ラトニャの時と同じだが、『倒し切れない』可能性を考えた時、奴を穴の向こうに押し戻すという手も使えなくなるから」 「つまり、少なくとも『神威』の準備が済むまでは――奴とドッグファイトするしかないって事か」 「残念ながらな」と沙織は答えた。 アークの作戦が紙一重でなかった事は殆どないが、今回もその例には漏れない。 「万が一、どうしようもない場合は退却も考えてくれ。 最終的な決断は状況に応じるが、今回については司令部からも指示を出す」 沙織は「退避、退却指示にだけは従ってくれ」と念を押す。『神威』にリベリスタを巻き込んでは最悪だ。又、危急の事態を生じた際には、リベリスタを三高平に退避させた上で次元の穴を破壊せざるを得なくなる可能性もある。その結果何が起きるか、何が起きないかの確証は無いが、これは元より想定はされている状況である。 「……それから……」 沙織は少し言い難そうにしてリベリスタを、智親を見た。 「……智親が、向こうに行くらしい。『神威』の射出座標を確実に計算する為って事だが――申し訳ないが、お前達にも宜しく頼みたい」 沙織の表情は『それ以上の意味』を否定していなかった。 鼻を膨らめた智親は何も言わない。だが、そこには亡くした愛妻が――『ロゼット』が居る。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月29日(金)23:24 |
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●絶望の日I 「前世紀最大の災厄。まさかこの目で見ることになるとは思いもしなかったわ……」 おおおおおおおおおおおお――! 遠雷の如く彼方まで響き渡る獣の咆哮は――容赦なく呟いたティオの鼓膜を打った。 声ならぬ音と称する他無いそれは、仮にも『人型の生物』の放ったものとは思えないものだった。 それを人間の常識で語る事は不可能だ。語ろうとする事自体がいっそ愚かである。人智の決して及ばぬ深淵、根源に到る最もゼロに近い存在。理解不能が司るものがあるとするならば――それの場合は破壊であり破滅であろう。 (……やはり、この神秘は人が扱うには暴力的すぎる。 干渉がない場合でも送り返すことはできたけれど、何かの間違いで失敗するかもしれないわ。世界を守らないと) ティオの全身を強い緊張感が駆け抜けていた。 約束された破滅は緩やかなる時の彼方を選択する事は無く。些か性急なる結論を愛し、求め、受け入れたという事。三度目の世界大戦が起きるのと、『神』なる巨人が起きる事には大きな意味の差は無い。人間風情でも起こし得る終末は、それにとっては児戯にも等しい――否、『寝返り』に過ぎないという事に他なるまい。 つまる所――運命なる大海に漂うが如き、人の世はきっとこの日終わる筈だったのだ。 前触れも、情け容赦も無く。当然拒否権も無く。 都合も、感情も、全ての希望さえ知らない顔をして――たった一つの結論を押し付けたのだ。 だが――世の中には、ティオを筆頭に「終わりだ」と告げられて素直に受け入れる人間ばかりでは無い。 理不尽なる結論に何の異も唱えずに、粛々と運命に従う人間ばかりでは無い。 それは、彼方の敵に「唸るな、うるさい」と吐き捨てた鷲祐も、 (……ぼくは、未来を変えたい。だから、この戦いに参加します……!) 確固たる決意を秘めてこの場所を選んだアリシアにしても同じである。 アリシアの脳裏を過ぎるのは、郷里を襲った破滅の時だ。 今回の事件は、彼女自体の痛みを再認させるに十分な意味を持っていた。 (もし、全てが終わったら――もし、叶うなら。 ヨーロッパから来ているリベリスタの人達に『あの事件』の事を伝えられたら) 宿命だと諭された所で――それを肯定する位ならば、今日まで彼等は生き延びられなかっただろう。彼等が反逆者(リベリスタ)である以上――この場(1999年)に存在する以上は、為すべき等決まっていた。 「やるべきことは極限まで簡略化『済』だ。なら、何を差し挟む必要もない。 いっそ――清々しい位じゃないか? なぁ」 「はは、やりてえことあんならやらせてやんよ。感謝しろよ、鷲祐!」 自分に丁々発止と応えた俊介に、鷲祐は満足気に薄い笑みを浮かべている。 「これが極東を神秘の空白地にした存在か。 これほどの存在の打倒を掲げるとはアークも大きく出たものだ。 否、やらねばならぬのは当然だが……」 「噂には聞いていたナイトメア・ダウンか。 別任務で最後まで自分が直接関わることはなかったものが見れるか…… この報告を閣下はどのように思われるのかな」 武者震いを自覚して俄然その士気を高めたヒルデガルド、「いや、今は生還する事だけを考えよう」。頭を振ったウラジミールの視線の先で概念たる破滅が形を成して蠢いている。 彼等を含めたアークが神に挑む事は初めてではないが、真の意味で運命を捻じ伏せんとしたのはこれが最初なのかも知れなかった。この世界(1999年)に訪れたアークの精鋭戦力が見据えた的はナイトメア・ダウン――即ち、既に起きた事件。痛ましい過去なる亡霊なのである。 宙空を裂く大穴からその半身だけを覗かせるR-typeはまるで真夏の陽炎だ。 それが幻であったならば――どんなにか良かったのに。 (それにしても頭が痛い。気持ちが悪い、吐く…… トラウマか、深層意識の? 警鐘が鳴りやまない。これが、トラウマってヤツかよ――) 勇ましい言葉とは裏腹に腹の底からせり上がる吐き気に俊介の表情は強張っていた。 常人ならばすぐに発狂する事も出来るだろう。力が無いならば気付かないかも知れない、或いは意識を失う事も出来ただろう。彼が只管に苛まれている不安と焦燥は、彼が霧島俊介であるが故だ。 「フッ、ビビるなよ。赤もやし」 「おい、青トカゲェ! もう俺の事、金輪際赤もやしって言わせねーぞ!」 鷲祐の煽りの御蔭もあってか、俊介の声は思いの他強さを取り戻していた。 だが、現場にある殆どのリベリスタ達が感じた感覚は、彼のものと大差ない。 人生において絶望と率先して対面したい人間は居ないからだ。それが―― 「くだらねぇ、過去に介入ってだけで反吐が出るのに、その上兵器で決着だと? そんなもん戦いですらねぇよ……」 ――吐き捨てるように言ったツァインのように、望まぬ、望む筈も無い戦いならば言うまでも無い。 「だが、そんな下らん物の為に無駄死にを出す訳にはいかねぇな!」 「R-Type……ナイトメアダウンに現れた怒りの巨人。 コレを倒す為にアークは出来て、倒すリベリスタを集める為に三高平市は作られて…… その戦力の為に、私達は居た……それが、時村の、リベリスタの、アークの選択……!」 悪夢めいたその姿を睥睨し、独白めいた糾華の動悸は早鐘のように鳴っていた。 この戦場ばかりは――勝ちが見えない。これまでもそうであったと言えばそれまでだが、それ以上に。 世界一の富豪である時村が、今や有力組織となったアークがどうしても看過出来ない復讐の相手は、『疑う余地も無い史上最悪の存在感』を隠さずにその場に佇んでいるのだから当然か。 三高平市に用意されたアークの切り札――荷電粒子砲のアーティファクト『神威』による砲撃は、次元の穴を通過してこの大仰な怪物を撃つ――そういう手筈になっているし、その為の準備は射撃任務を負うリベリスタ達のものも含めて急ピッチで進められている筈だ。 アークが唯一頼る勝機は、理論上では現在のアークの叩き出し得る最高の破壊力を秘めた一撃だが、この場合、理論上のアスタリスクが取れる事は決して無い。『神威』の実戦投入は初めてであり、状況は極めて重大なイレギュラーを多々含んでいるのが実情だからだ。 「簡単に言ってくれるから……いえ、『分かっている』のでしょうけど」 これからの『綱渡り』を想い、嘆息した糾華の口元が僅かに歪む。 プランでは現地のリベリスタに求められているのはR-typeを極力食い止め、この座標から動かさない事のみである。だが、これ程にまでこの言葉が似合う命令は珍しい。 ――言うは易し、行うは難し―― 馬鹿馬鹿しい位の一致。教科書に載せたくなるような実例だ。 「……過去改変の可能性……それらに通ずる穴。 どうにも何かの意思に誘導されている気がしてなりません。 人為か神意か……意外とこの世界そのものという事もありえるのか? これは突飛な発想でしょうか」 「さあ、それはどうでしょうねぇ。あ、言っておきますけど今回私は無関係ですからね!」 何とも神妙に言ったアラストールに対して、あくまでアシュレイの調子は緩いままであった。 「私の気持ちは『こんな終わりを認められる位、生易しくない』んです。 ですから、本当ですよ。今回に限っては特別出血大サービス。リベリスタと言っても過言じゃありません」 「……成る程。ともあれ、ここに至れば過去はただの過去ではなく、現在ですらある。 ならば突き進むのみ、此処なる数多の祈りのままに」 アラストールは魔女の言葉の全てを理解してはいなかったが、その言葉は『真』であると受け止めていた。 まるで嵐の前の静けさのようだった。 出現しただけでこの世界の法則を乱したそれは――必死で『前菜』の対処を終えたリベリスタを嘲っているのだろうか。それとも――気にも留めていないのだろうか。 仕掛ければ始まる。ましてや任務が時間稼ぎを帯びている以上は、仕掛けるのは万全を期してからである。 リベリスタは最後の猶予を戦力の再編成に使っているが、それも後僅かになるだろう。 巨体の表層から赤い何かが這い出そうとしている姿を認める。 それは糾華が、彼女の傍らにあるリンシードが―― 「ラ・ル・カーナでバイデンの変異した個体と似た様なものか。いや、あの戦士達と比べるのも失礼か。 あれは唯の敵。なれば、立ちはだかる全てを割断し、騎士の本分を果たそう」 惟を含めた【迎撃隊】のリベリスタ達が相手取らねばならない敵だ。 「おねーさま……」 不安気に自分を求めたリンシードの手を糾華は自然と握っていた。 「この年、私はまだ生まれていません。 ここで『改変』が起きたなら……私と姉様への影響……全く予測もできず、少し怖い所もあります」 「そうね」 リンシードが口にした危惧は多かれ少なかれリベリスタ達が感じている違和感であった。 2014年を生きるリベリスタ達が、1999年のナイトメア・ダウンに介入する事で生じる歴史のズレが何らかの影響を現在の自身に及ぼさないとは誰も言い切れまい。直接的にこの戦いで死すならば、それは普段の戦いと変わらないが――例えば。『ナイトメア・ダウンが起きなかった』場合のパラドクス等は深刻である。ナイトメア・ダウンが生じなければ、時村貴樹は総理大臣を辞任せず、シトリィン・フォン・ローエンヴァイスは彼に接触しない。つまり、アークが造られなければ、リベリスタ達の運命は激変する……といった具合だ。 (過ぎ去りし過去の改変。許されない事かもしれませんが…… この世界の出来事を通して何か情報を得られるかもしれませんし。 しかし、アークとしては……そうですね、時村室長からすれば当然の結論だったのでしょうね) 凛子にも葛藤が無い訳では無いのだが、それでも彼女は医者だった。 (少しでも命を助けることができるのならば……) 全力を尽くす以外の選択肢は何処にも無いのだ。 「この作戦が成功した時、リベリスタとしてのアタシという存在は消えてしまうんじゃないかって…… 普通の一般人として何も知らないまま生きてる事になるのかも知れないって…… それは多分、アタシであってアタシじゃない他の誰かで……そう思うと怖くて仕方ないよ」 「確かに、こればかりは保証は無い。沙織さんが何と言ってもね」 思わず呟いた陽菜に硬い表情の糾華が言った。 アーク戦略司令室長の時村沙織は、疑問を投げるリベリスタに「ナイトメア・ダウン自体は生じる。つまり、アークの設立自体には影響は無いだろう」という見解を答えたが、それは現段階では気休めに過ぎない。預言者ならぬ彼に未来を見通す力は無いし、よしんばあっても消せる類の不安ではない。 「――正直に言えば。過去の積み重ねの否定に繋がる行いは気が進まない面もあるのですが……」 柳眉を僅かに歪めた魔術師は――悠月は、その理知故に現状を危ぶむ気持ちを抑えられない。 だが、彼女が自身の中の危惧をも曲げて戦場に赴いたのは、話がそれで終わらないからだ。 「今回の敵は、アークの宿敵。お父様とお母様の仇でもあるR-type…… 此処でアレを倒しても、過去は変わらないのかも知れない。 それでも……私がリベリスタとしての道を選んだのは、ナイトメア・ダウンの様な悲劇を繰り返さない為。 一人一人の力はアレを揺るがすには弱いかも知れない。 けれど、此処には過去と現代の世界を守るべく立ち上がったリベリスタ達が居る。 臆する理由は何処にもありません……!」 「紫月……」 強く気を吐いた妹に、姉は凛とした表情で応えるのだ。 「貴女の気持ちは、室長達の気持ちは私にもよく解ります。 クェーサーご夫妻や弦真様……お父様やお母様達。 皆、戦っている筈の『この瞬間』を前にして何もせずに視ているだけなんて――出来ない、と。 いいえ、したくないのだと。それは私にしても同じ事ですから」 「しかし虎美が過去の私を殺しに走ったら面白いな? 一体どんな結果が何時現れるか興味があるが」 ユーヌの些か笑えない冗談はさて置いて。 「……これ倒して、未来は良い方向に転ぶんやろか……? それとも、強制力が働いて結局同じ未来なんやろか……?」 「さあな」 椿の台詞に軽く笑った影継が肩を竦めた。 「だが、見えてきたものがあるのも事実だぜ。 状況確定感謝だ、室長。ああ、そうだ。改変を恐れるなんざ俺達にゃ似合わねぇ――!」 「ボクはこの一月前の生れだから、ナイトメア・ダウンが盛大に起こった後しか知らない訳で…… 確かにコレを防いじゃったらアンタレスに会わなかったことになるかもだけど。 まぁ、確かにそれでムカつく奴を殴らない理由にはならないなー」 影継の言葉を受けた岬が実にシンプルなる理屈で見事な少女のスマイルを見せた。少女のなりには些か物騒すぎる禍々しい槍斧を構えた彼女は、神秘界隈の多くが知る強戦士。当代切ってのハルバードの使い手だ。 「さあ、暴れるよ! アンタレス!」 気付いた時には酷く落ち着いていた――糾華にも不思議と自信たっぷりに確信がある。 「大丈夫よ。コレを倒して、私達の『現在』にアークが無かったとしても。 きっと、私は貴女と出会えると信じてるわ、リンシード」 「私も……」 彼女の言葉を受けたリンシードの暗色の瞳には強い意志の力が漲っていた。 「でも、私も、そうも思えたんです。きっとまた出会い、一緒に日常を送れると……私も信じています。 私達の繋がり……もう一度確かめる為にも、負ける訳にはいきません!」 運命が変わるならば、出会い直せばいいじゃない――嘯く【黒蝶】の乙女達の決意は固い。 「……ま、間接的とはいえ、コイツ曾お祖父ちゃんの仇なんよな。 十三代目紅椿、私事ではあるんやけど、徹底的に敵討ちとさせて貰おか」 『オトシマエ』の一つも付けないでは、椿の代紋の沽券に関わるというものだ。 (R-type……あいつがお祖父様を…… あの頃より強くなった私を見て欲しい……だがそうも行かない。なら、今出来る事は――) 奇しくも似た事情を持つシルフィアの因縁も、 「この世の終わり様だと言うのは、こんな光景なんですかな? いやはや、おっかないですのう……」 嘯いた九十九の続けた、 「此処で撃退できたとしても、現在は何も変わらないかも知れませんが…… 少なくとも、今ここに居る人達の命を守ることは出来ますよな? だったら戦う意味は有りますかのう」 飄々としたそんな言葉も。 「この事件でリベリスタを目指し、そして今その人達と一緒の場所に立っている…… この感情を言葉にするのは難しいけど 何か 滾る物がある」 七海の持つ溢れ出さんばかりの感慨も、 (くそ……怖い……ものすごく……見ているだけで涙が滲んでくる…… 今すぐここを逃げ出したい……) でも! はは、わかってる。わかってるよ。 そんなこと、出来るわけがない。皆が、先輩達が命がけで戦ってるんだ…… その後を継いだ僕達が、みっともない姿を見せる訳には行かないよね!) 自らの頬を強く叩いた悠里も、 (自身の行動原理であり強迫観念でもある『役に立たせてほしい』という想いは、ある面即物的で。 つまりは時代を越えても何も変わりはなくて。ひょっとしたらエゴの類なのかも知れないけど…… でも、それでも。ボクは触れてしまったから。 失われた蔵書を思わせる過去のリベリスタの輝きに。うちの店長が愛した魔術師――七瀬川カスミさんに) 苦笑の混ざる光介の『強迫観念』―― 「もう機会は無いかと思ってたけどついに来た! 昔は沢山の物を奪われたがそのままで済ますものか…… 此処を逃せば今度こそ次はないかもだから今! まつ毛なり皮膚なり細胞の一遍でもいい! 今此処で――絶対奴から何かを盗むぞ!」 ――中にはぐるぐのように奇妙な情熱を燃やす珍しいタイプも居たが。 方向こそ違えど、想いが等しく彼等リベリスタ達を強くしている事自体は疑う余地もあるまい。 「だからこそ、この時代この場所で力を尽くすことに迷いはありません!」 眩暈がしそうな程の熱気が足元から空気を焦がしている。 獣の臭いより濃密な――生臭い臭気は、まるで空気を腐らせてしまったかのようだった。 変異体『赤の子』達を倒したリベリスタ達が、いよいよ動き出さんとするR-typeを前にその戦力の終結を終えようとしていた。彼等の奮闘の甲斐あってか、この時代のリベリスタ達も戦力を相応に残しているようだった。恐らくはこの戦場の何処かに、アークのリベリスタの大切な人も混ざっているのだろう。 「こんな形でこの時を迎えるとはな……判らないものだ。 再び現れるR-typeとの戦いではなく、まさか過去のナイトメアダウンに介入等と……」 「因果というものは、どこでどう絡まるか分からないものだな。 これがここにいる事も、両親と共闘した事も。そして、絡みついた先に何処へと向かうのか……」 冬弥の言葉に惟が応えた。 「ナイトメアダウン……か。 この戦い、僕も祖父を初め少なからずの親類縁者が参戦したと聞いていますが…… ……なんでしょうね、今一実感が湧かない様な、この妙な感覚は」 「ちょっと過去に戻ってR-type止めようぜって話だけど…… よくよく考えてみたら、此処、当時の俺居るんだよな。探せば両親も居るんじゃねーか」 「そっか……私の本当のお母さんとお姉ちゃんがどこかに、二人共いるんだよね……」 「私のパパもこの戦場にいるはず。 今もぴんぴんしてるから今回死ぬ心配はないけど、それより……ちょっと気になることがあるんだけどね」 薫や楓、そしてせおりやウーニャが言うまでも無くそれは真実だ。 (この戦場のどこかにいる、私を助けてくれたあの人、”ナイン”に恩返しをする時が来たのです) 直接的な血や縁の繋がりが無かったとしても、レイも同じ。 この場に居るのは失くした家族であり、師であり、友人、恩人達――在りし日の残影達だ。 「既に終わった過去の出来事だと切り捨てた……心算だったけど。 介入が僕達の世界に影響を及ぼすと知って……自覚しない動揺があるのかも知れませんね」 「切り替えないといけませんね」と呟いた薫はそれでも複雑な気持ちを帯びた無意識の苦笑いを禁じ得ない。 「この時期、本来の俺はどうしてたかな…… まだ神秘事件に巻き込まれることも無く、平和な日々を暮らしてたな…… まぁ、それも後僅かな間って感じだったか。 そういう点、余り俺にとっては思い入れが無い敵にはなるが…… まぁ、そこを差し引いたところで、神に仇なす存在を許すわけにはいかねぇな。 ミラーミスっていや、他チャンネルの神みたいなものだろ? だったら……あの存在は主への冒涜であり、討滅すべき対象って事だ」 不良とは言え、一応神父である以上――聖にも譲れない一線は存在している。 『敬虔なる信徒』は異端への断罪を全面的に肯定している。どう贔屓目に見てもそれは彼の有罪(ギルティ)だ。 「オレはナイトメア・ダウンの事は知らん。 R-typeを抑えることでどういう事になるかも知らん。 だが、身内を助けたいと思っている奴がいるのなら、手伝う位の事はしよう。 完全な運否天賦は好きではないが……たまにはいいだろう」 「ラトニャの次はR-TYPEか。ま、いいぜ。 やってやろうじゃねーか、神殺しをな。過去と現在、どっちの世界も救ってハッピーエンドだぜ!」 「そりゃそーだ。悩む必要なんてねぇよ」 ここに来て単純明快(ストレート)な福松やラヴィアンの言葉に、拳を強く握り込んだ火車がゴキゴキと腕をぶした。 千堂や彼の後を追いかける零児の働きが奏功したのか、丁度鬱陶しい国内六派も動きを見せていない所だ。 バロックナイツの動向は知れないが、腰の重い連中の事だ。すぐには来れまい。 全力全開で行くにはこれ程好都合なケースも中々無いのだから、これは火車にとって望む所なのである。 「成る程、これがR-Type。 すさまじい威容だ。NDで多数のリベリスタが犠牲になったのもさもあらん」 一方でしみじみと呟く臣はその流麗な顔に『蜂須賀らしい』表情を乗せていた。 「故にこそ! 我ら蜂須賀がここに正義を示さねばならない。 たとえこの身尽きるとも、未来に正義を繋ぐのだ。 迷う必要などない。考える必要などない。 敗北を恐れるな。死を恐れるな。 唯、正義の意思尽きる事のみを恐れよ。唯、偏に我が身を一刀と化し、全ての悪を根絶すべし!」 蜂須賀の体現者足る臣の言葉は宣誓であり、他者を奮い立たせる演説めいてもいる。 「正義とか悪とか御大層なのは兎も角よぉ……」 だが、元々ヤル気十分の火車には関係が無いか。頭をボリボリと掻きながら彼は笑った。 「こんなもん、思いがけねぇチャンスも良いトコだ。 ココでコイツぶっ潰せばどうなるか? 断然過ごしやすい日々が訪れるんだよ! そんなモン、理屈つけなくても分かり切ってらーな」 彼は正義を軽んじている訳ではない。『そういう理由』があっても構わないと思っている。 だが、彼にとって殴らなければならない相手は――それよりもっと重要に、気に入らないからだ。 実の所を言えば『たまたま』嫌いな奴に、迷惑な奴に、御機嫌じゃない奴に悪と呼ばれる連中が多いだけなのだ。 獰猛な獣のように歯を剥いた好戦的な彼は、もう十分な程に待っていた。 力を溜め過ぎる程に溜めて――その開放の時を待っていた筈だ。 「いいねぇ、いいねぇ。テメェも怒ってる。俺もかなり御機嫌だ――」 R-typeから波動のように迸る怒りの感情は、実は探査するまでもない程分かり切っている。だが、その感情を敢えて正面から受け止めた火車は溶けかけたアスファルトを蹴り割るように跳躍し―― 「テメェぶっ殺してチャンネル統合してやっからよおぉ――!!!」 声も限りに『可能な不可能』を吠えていた。 ●絶望の日II 「貴女が、源兵島こづか……?」 「廿九日……?」 「何ですか、それ」と嘯いたしのぎの脳裏にイメージが閃いた。 記憶の扉は時にあっさりとその秘密を解放する。望む、望まないに関わらず。 「とりあえず、あれなんとかしちゃお?」 「そうね」 「……そうだよ」 夏栖斗は己の行動が運命の横紙破りになる可能性を知っていた。 だが、それでも彼には後悔がある。 気高い彼女を――もし、『幸せ』に出来るなら、全ては。 「任務を開始する――」 そして厳しく、酷く端的な軍人の言葉――ウラジミールの声が戦いの始まりだった。 「……未来が変わるかどうかというのは兎も角として…… 黙って見て再び失われるのを見届ける等できないというのは解る話です」 その静かな声に凛とした意志を漲らせたリセリアが宙を奔る。 「R-type……ミラーミス。 恐怖神話の神々の如き正真正銘の化け物め。 その喉元に届くかは判らないけれど、アークの渾身の一撃――必ず受けて頂きます!」 「大丈夫、カレーのことなら信じているから! きっと大丈夫に違いない!」 「そんじゃ、露払いといこうかねー」 リセリアに続き、小梢が、岬が動き出す。 「アタシにはあんま関係ねえんだけどな、ナイトメア・ダウン。 ま、仕事だっつーならしょうがねえ……やってやるよ!」 シンプルに状況を結論付けた瀬恋が、クリミナルスタアのアンタッチャブルを纏って飛び込めば、 「こっちくるてき全部燃やせばいいのね!」 更に暴力的かつ的確な結論を口にしたミリーは竜の如き火炎を放って戦いの始まりに赤い花を添えていた。 「――R-type、十五年前の悪夢…… 我々の介入を引き起こしたあの『穴』が誰の意図、何の必然があるものかは判らんが…… それでもこの時を迎えた以上、我等の全てをぶつけてくれよう。 我々を――『ボトムチャンネルの住人』を、舐めるな!」 気を吐いた冬弥もこれに負けじと業物を構えて敵に肉薄する。 「……智親は、何とかなるでしょ。それより『彼女』は――」 辺りに視線を配る綺沙羅はこの広大な戦場の何処かに居るロゼット・真白の姿を探していた。 そんな彼女が翼の加護を又新たに組み上げる。 (無事に彼女を護りきれたらご褒美に智親はキサにフィールドワーク以外の仕事もさせるべき。弟子の育成は早い方がいいよ) ヒューマニズムにドップリと浸りたい性格ではないのだが、この時代に一般人である智親が足を踏み入れた理由は分かっている。アーク最大の武器であり、同時に失う事許されぬ泣き所である智親なのだ。彼の功績からしても、今後の綺沙羅の願い――即ち研究開発室へ移る事――を考えても、こんな所で力を失くして貰う訳にはいかないというのが本音である。 (……見つかるといいけど) ……繰り返すが、それは自分自身の為である。そうしておくべき事もあろう。 「にゅっふっふ……このマリルちゃんがきたからにはどれだけ沢山こようとも全てこの超必殺技! 『破滅のオランジュミスト』で追い返してやるですぅ!」 枯れ木も山の賑わいよりは、マリルの手も借りたいと言った方がいいだろう。 「さあ、本番の始まりです」 「行っくわよぉ! うっふふぅ♪」 薫がクェーサードクトリンで戦闘に勝利のベクトルを与えたかと思えば、ばちんと大きなウィンクを飛ばしたステイシーはラグナロクの加護で仲間達を包み込んでいる。 リベリスタの混成軍たる現場部隊は多分に即席の連携を余儀なくされていた。だが、数百メートルでの高度を余儀なくされる戦いに誰からともなく多様な支援を回し始めた彼等は戦い慣れている。 「こりゃ、壮観だわねぇ♪」 支援をかける数も数ならば、かけられる方も同じである。 次から次へと敵に向かっていく友軍にステイシーは「ヒュゥ」と小さく口笛を吹いた。 その次の瞬間。ステイシーは「助かるよ!」と一言を残し、自身の横合いを駆け抜けた人影を思わず声を上げていた。 「あ、れぇ……?」 確認出来たのは一瞬の横顔。再び交わる暇もあるか知れないニアミスだ。 振り返る事無い彼女から確認出来るのは体型と、髪の長さ位のもの。 だが、『ジュリア』の源氏名を持つ佐々木百合香のその姿を少なくとも彼女は間違わない。 荒れた戦いの喧騒は、空一面に満ち満ちていた。 青空を覆い隠すのはR-typeより出でた毒々しい赤達。 コップの中の世界に広がるインクの染みはボタボタと垂れ続けている。 「最後まで見届け観察したいものだが。さて、過去に取り残されたらどうなるかは気になるが――」 淡々としたユーヌは怯えの類を全く見せていない。だが、状況が厳しい事は分かり切っている。ユーヌの敏捷と技量は多くの敵に勝っている。そんな彼女は玄武の術を紡ぎ、四方八方より呼び寄せた激流で敵を幾つもを封殺しているが、その効果も数が多すぎれば到底完全は望めない。 「確かに。こりゃ、大変だ」 シニカルな笑みで増え続ける敵に冷笑したのはミカサである。 その傍らには共に今日を出撃したエレオノーラの姿があった。 「囮役は任せてね。……頼ってくれると、嬉しいんだけど?」 「……勿論、頼っていますよ。だけれどそれは無理をしない理由にはなりませんよね」 「安心したような、逆のような」 「大丈夫ですよ」 苦笑したエレオノーラにミカサは言う。 「『俺達の世界』の崩界が僅かでも遠ざかるならば、それがいい。俺は、ただその為だけに此処へ来た。 でも……俺だって、死ぬ心算は……別に死にたい訳じゃありませんからね」 生きる事は此の世に因縁と宿業を刻むようなものである。 他の多くの人間に存在する程度には嘯くミカサも死ねない理由位は持ち合わせていた。 それは無論、そんな自身に少し大袈裟な溜息を見せたエレオノーラそれそのものでもあるのだが。 (この選択があたしには正しいか分からない。 ……いえ、少なくとも過ぎ去った運命に介入する事は正しくないでしょうね。 でも、そこに理由があるなら。そうしたいなら。そうしたいだけでも――それだけでいい。 アークがその為の組織であるように。あたしに幸せをくれた子達が、未来を向けるのであればそれでいい もしこの後未来が変わって、あたしの今の幸せを失ったとしてもね。でも……) エレオノーラは迫り来る『赤の子』の猪突をマタドールのマントのようにひらりを避けて、気を吐いた。 「その為に、誰かを連れて行かせるなんて真っ平だわ!」 R-typeより生じたオリジナルとも言うべき赤の子達とこれを迎撃に出たリベリスタ達の戦いは開始早々から乱戦の様を見せていた。半身とは言え、数百メートル以上の巨体を誇る巨人の体表から出現する赤の子は、大方の予想を裏切らず獰猛にリベリスタ側への敵対姿勢を見せていた。 『神威』射出の座標を死守せんとR-typeに肉薄せんとしたリベリスタ達を食い止める動きを見せたそれ等は、未だ本格的な動きを見せていない本体を守ろうとするかのように周囲の空へ展開したのである。 互いの意図が正面から衝突すれば必然的に生じるのは全面対決である。 多数のリベリスタと、多数の赤の子達はR-typeを取り囲むような状態で激しい空中戦を繰り広げていた。 「アークに来るまでナイトメアダウン自体知りませんでしたが。 まさか過去に来てR-Type撃退のお手伝いをする事になるなんて…… 人生、何があるのか分かったものではありませんわね。人生色々ってヤツですわね。 ですが、綾小路姫華、この戦いに参戦した以上、無事攻撃隊の皆様を守りきって見せますわ!」 武士は食わねど高楊枝。戦場においても華と優雅を忘れない――姫華の啖呵は景気が良い。 姫華の言が示す通りである。今主立って動いている【迎撃隊】はリベリスタ一の矢だ。彼女等は、本丸であるR-typeを強く叩く為の二の矢――【攻撃隊】の道を拓き、その安全を確保する重要な任務を負っていた。 【攻撃隊】は圧倒的な攻撃力を持つメンバーも多いが、その分防御能力が疎かであるケースも少なくない。ダメージディーラーたる彼等が十全に力を発揮するには、楔が必要不可欠なのは言うまでも無いだろう。 一の矢が切り拓き、二の矢で押し留め、終の矢『神威』で叩く。 三段構えの作戦はまず一、二の成功なくして肝心要の三には届かぬ。 故にどの役目も一つの例外も無く重要。 故に、果たして。一の矢のその役を誰よりも苛烈に遂行せんとする者がここに居た。 「有象無象どもに邪魔などさせない。 わたしがここで倒れようと、最後に立っているのは、わたしたちだ! ならば、この身が砕けるまで己を盾とするのみ――ッ!」 余りにも凄絶な覚悟を携えて、余りにも過酷な運命を飲み干す少女が叫んだ。眼を見開いた舞姫の体が超速にブレを見せた。敵の渦中に『出現』した彼女は全周の敵の注意を自身に向けて引き付ける。 (奪われた過去を取り返すッ! お父さん、おばあちゃん……わたしが、わたしたちが勝ったら……また一緒に、暮らせるのかな? 例えこの世界が、今に繋がっていなかったとしても――この世界のわたしに幸せな未来があるって信じたい!) 舞姫の脳裏に蘇ったのは朧な父の笑顔である。幼い自分の頭に手を置き「舞姫、よくやった」と褒めてくれた……それは最早願望(イメージ)に近いのかも知れなかったが。 何れにせよ、舞姫の時計を止めたのはこのナイトメア・ダウンに違いない。『誰かを守る為に死した父の誇り』は舞姫にとって羨望であり、憧憬であり、尊敬であり、妄信で呪縛だった。 彼女は父親を厭うた事は無いけれど、彼女の生き様は確かに何処か歪であった。 「ホントは怖い。今すぐにだって、パパの所に帰りたい! でも、リベリスタのこのチカラ……今ここで使わずに逃げるなんて、カッコ悪いよね! 見ててね。世界を救うヒロインになっちゃうんだから!」 真独楽の桃色の爪が空間に呪縛の糸を噴き出した。 囲まれた舞姫に更に襲い掛からんとした新手を表情を歪めた真独楽が何とか食い止める。そうした彼女も、その他のリベリスタ達も。横合いから次々と襲い掛かって来る敵に襲われたが――リベリスタ側には敵に勝る連携が存在している。 敵が単純な数、或いは暴威で勝るならば――対抗するのは自分達の役目と言わんばかり。 「簡単にはやらせない――!」 戦場を強く見据えるのは大粒のアメジスト。 緩やかにウェーブがかった銀色の髪が少女の動きに合わせて靡く。 「遥紀お兄さん、一緒に頑張ろうね! どんどん回復まわしちゃおう!」 「ああ、そうしよう。出来る事をやり切る――ここまで来たら、もうそれしかないからね」 アリステアの言葉に共に出撃した遥紀が応えた。 年長として、仲間として。少女の戦いに遅れを取るような事は御免であった。アークでも強力なホーリーメイガスである二人は、早くも激しさを増す戦いを支えるべくその力を尽くし始めていた。 「前に出てる皆。傷が深くなったら下がって体制を整えてね!」 「隊列が崩れ、戦線が崩壊しない様に注意を。下がる時は防御を意識してくれ!」 後背より届くアリステア、遥紀の力強い声に死線に身を晒すリベリスタ達の気迫は一層強まる。己の背後を確かに守る人間が居るという事が戦争にどれだけの勇気を与えるか等、言うにも及ぶまい。 「全く――デカイのもアレだけど、唯多いってのも十分アレだわね」 迫り来る赤の子達を正確無比なエナーシアの連射が撃ち抜いていく。敵性反応の本質を鋭く看破する彼女の眼力は厄介なものを優先して排除するというその動きをサポートするものだ。 視野の広い戦術眼と、鋭過ぎる直感はこういった戦場で彼女を守る。 彼女が時にダンスを強要されるドジ(ハードラック)はその代償のようなものとも言えるのだが。 (私は生涯で親が居たことなんて無いから……そういうのは、正直良く分からないのよね) 大抵のシーンで一緒に居る事が多い桃子を敢えて放っておいたのは今度の事件が彼女にとって特別であろうと慮っての事である。彼女の父親はこの戦場の何処かに居る。彼女がその父に会おうとしているか、それとも敢えて触れない心算なのかは聞いてすら居ないエナーシアではあったが…… 「だけど、まあ。周りの赤いのが邪魔だというのは凄く分かり易いわよね――」 そればかりはどちらにせよ。二十余年の人生で出来た数少ない友人の為とも思えば――そうでなくても常識的存在を自称しているエナーシアがこういった非常識を忌避しているのだが――技が冴えるのも当然だ。 (姉(あのひと)なら……どうしただろう) 防御に優れないイーゼリットが危険の想定される【迎撃隊】を志願したのは彼女が理由であったのかも知れない。イーゼリットは必死に考えた。今はもう居ない、あの姉ならどうしたか。剣を抜いて、高笑いをして。比較的安全だと言われた【救援隊】で動いたのだろうかと。 (いえ、きっと違う。あの人は、こういう時……出来ない、私にはそんな事……!) 異形の顔を憤怒に染めた赤の子が迫る度、イーゼリットは悲鳴を上げそうになる自分を自覚していた。 こんな鉄火場が自身にそぐわぬ事は知っていた。涼しい穴倉で研究をしている方が似合いなのは十分に自覚している。だが、あの妹は兎も角――姉までもが『あちら側』だった事を知った時。彼女の心に波風が立たなかったと言えばそれは完全な嘘になろう。 「……鬱陶しいのよ……!」 折れそうな自身を震い立たせんと虚勢めいた声を張る。 強い言葉を使う程に自分の弱さを自覚して、嫌悪して。だがイーゼリットは戦場に黒鎖を撒き散らした。 戦いは刻一刻と激しさを増していた。 赤い世界を切り開くのはリベリスタ。侵食を許さぬと圧力を強めるのは破壊の意志。 「ああ、嬉しい限りでございます! 突然の変異? それは恋慕のようなもの――」 狂喜したかのような永遠の声が辺りに響く。 見れば彼女の可愛らしいドレスはべっとりとした――血の色に染まっている。 「世界が姿を変え僕の敵となる……即ち僕が愛するものが増えるのです! 幸せの限りでございます! なんて幸福なのでせう? 心が躍ってしまうではありませんか! もっともっと殺し合って下さいまし。もっと僕を――僕は、何よりも皆様を愛しておりますから!」 狂気めいた笑い声を上げる永遠は赤の子達の集中打に傷み、ボロボロになって――それでも倒れなかった。 まるで言葉の通り、そうされる事が心地良く、嬉しい事であるかのように。冗談のような痛打に仰け反り、血を吐き――それでも何度でも姿勢を戻し、まだまだ崩れる様子を見せていないのだ。 そんな永遠の一方で、もう一人の壁として立ち塞がるのはシビリズだった。 「立つ。立つ。ただ只管に。私はこの戦いの末を見たい。 故に倒れてはやれんよ! 神威の一閃、戦場を跨ぐまでは少なくともな! さぁ死合おうではないか、赤の子よ! 諸君等がどうあろうと――生きて勝つのだ、我々は!!!」 傷付き、疲労する程に覚醒する。 痛みと戦場の空気にその感覚は研ぎ澄まされていく。 怪物めいた体力と、怪物めいた集中力を見せ付けるシビリズは赤の子に負けぬフリークスと化していた。 哄笑を上げる金髪の要塞が風車に挑むドン・キホーテを笑っている。 「左眼が疼き、何かを思い出しそうです。 あぁ、思考を放棄して持てる力を全てぶつけてやりたい…… しかし、自分の役割はそれではありません。 ここは少なくともR-type、お前の領域ではないんですよ。 故に、過度な怒りなどいらない。皆須らく、安息を忘るるべからず……!」 「決戦はいつも怖い――怖いけど、それで避けてちゃいけないから……!」 消耗戦を余儀なくされる戦いにシィンや真人のような存在は心強い存在になる。何時終わるかも、何時先が見えるかも知れない――保証されない戦いにおいては、様々なカードを持ち合わせる回復支援役の重要性はいよいよ高まるのだ。特にシィンは彼女が健在である限りは自陣に打ち止めはさせない、と豪語出来る程の強烈な継戦能力を持ち、与える事の出来る稀有なリベリスタである。 ヒルデガルドのエストックが敵を指し示し、気糸の一撃でそれを撃ち抜いた。 聖骸闘衣を纏った瑠璃の放つ聖なる光が、仲間達を蝕みかけた邪悪の気配を打ち払う。 まさに、多種多様。 多種多様、全ての力を結集して――リベリスタ達は己が任務を遂行していた。 「かつての悪夢。その元凶。 未来がどうなるかなんて分からないけど、これで少しでも失うはずだったものが戻るなら……」 「援護しよう」 「――――」 独白めいた呟いた杏樹を守るように一人の神父が彼女の前に立ち塞がった。 身に纏うカソックが上空の風にはためいている。身の丈程もあるボウガンを軽く扱う彼の体躯は引き締まっており、その姿からは堅牢な防御力を連想するに難くない。 「獅郎、神父……」 呟いた杏樹が頭を振る。 頭を振って――それから唇を噛み締める。 力の限り放たれたインドラの矢が上空に業火の花を咲かせ、炎の渦に赤の子達を飲み込んだ。 ……戦況を作り出しているのは、アークのリベリスタだけではない。この時代のリベリスタも、正体は不明ながら――凄まじいまでの奮闘を見せる彼等に魅せられ、負けじと力を発揮し続けていた。 「限りなく迫りくる暴虐に対し、我一人など如何程の役に立つと言うのか?」 カインは笑う。笑い飛ばす。 己の無力を知っている。人間の器を知っている。敵が神である事を知っている。 だが。 「無意味な思考よ。どんな事実も、我が歩みを止める要因になどなりはせぬ! 勝ち目が薄ければ逃げるか。 否! 敵が強大であれば怯むか。 否! 敵は――むしろ敵は強大なればこそ、敵也!」 吠えるカインの目には爛々とした光が宿る。 「そんな事よりも、何よりも。 立ち向かう勇気を持てぬ事こそが恥ずべき事! 我が誇りが穢れる事こそが恐れる事! 胸を張って愛する姉妹に会えぬ事、それが最も忌避すべき現実に他ならない! なれば、我は誓わん。我が力如何に及ばずとも、心は決して屈せはせぬと。 我が力は、この世界すべての弱き者のために。我が命は、愛する姉妹の生きるこの世界のために。 それが我が掲げるノブレス・オブリージュ。 黒太子が誇り、覚えておくが良い――怒り吠えるしか脳のない、品性下劣な化け物よ!」 確かにカインがどれ程に常闇を繰り出しても、それは些細な力に過ぎまい。 彼でなくても同じ事だ。どんなリベリスタがどれ程の力を発揮したとしても――余りに相手が悪過ぎる。 全軍を足しても敵には遠く及ばない。撃破してもすぐに増殖する敵を前にすれば数的優位を作れない事は最初から分かっていた。だが、それでも――実際の所、現実は予想された当然の未来と乖離を始めていた。リベリスタ達は一時、R-typeの尖兵のその勢いを封じようとしていたのだ。 それは絶望の日に訪れた第一の奇跡と呼んでも過言では無かっただろう。 「生まれた頃に……何て、冗談や夢の類じゃねーかって思ってたが…… 自分の足で立って見ると……笑えねーわな」 時同じくして本格的覚醒の予兆を見せたR-typeを間近に駿河は乾いた声で言った。 「生まれた頃の世界を見れる……正しく虚構の世界ですね? ですが、奇妙な生物が跋扈するのは今昔変わりなく。貴方を護る事も現代と何ら変わりない」 一方でその従者たる葵は淡々と、何時もの彼女と変わりなくそんな風に嘯いた。 「さて、駿河坊ちゃま。戦う覚悟は出来ておりますか?」 敵の勢いが減じたのは任務の終わりではない。むしろ始まりである事を葵は確信している。 そしてもう一つ、己の問い掛けに返る答えの方も。 「当然。覚悟は出来てる。葵は……愚問かね?」 「愚問と言うより、愚鈍です」 ピシャリと言った葵の口元には、彼女を良く知る者で無ければ気付けない程の微笑が浮かんでいた。 駿河を育てたのは自分であるという自負もある。その実、育てたと言う程の歳の差は無いのだが、誰よりも近くに居たのは間違いないのだ。そんな『御主人様』が情けないようではメイドが廃るというものだから。 「護りたいと思える人が居る……なんて、まるで英雄の様ではないですか?」 「ちょっとした冗談です」と付け足した葵に駿河は「ココでそんな冗談……まっ、らしいっちゃらしいか」と僅かに苦笑混じりの答えを返した。 まるで二人の掛け合いは日常のそれだった。 命が酷く軽く消し飛ぶような――そんな場所にありながら。 恐らくは二人にとっては、互いが居る場所こそが日常に違いなかった。 「んじゃ、護りたい奴を護る為に。まだまだ大暴れしてみるとしようぜ――!」 気炎を上げた駿河の二歩後を葵は行く。 まるで――映画のようだった。 ●絶望の日III ――埋め尽くす有象無象。 立ち向かう英雄候補(ヒーローズ) 空を突き破る化け物の神…… 全てを見渡して、行きましょう。 あたしたちは、生きるのよ―― 「考えてみれば崩界を食い止めるのにこれほどわかりやすい方法はないわよね。骨禍珂珂禍!」 目を見開いたのは、骨の羽を広げ空を滑る亜婆羅である。 「今こそ失った過去(ミライ)を取り戻す時だ」 力強く言ったのは、サングラスの向こうの瞳に強い意志を宿した伊吹だ。 「チャンスです――皆さん、『次』をお願いします――ッ!」 声を張った真人の両目に彼女等――【迎撃隊】に後発して飛び立ったリベリスタ側の大戦力が映っている。 獅子奮迅の吶喊を見せた彼等先鋒――【迎撃隊】の攻勢に続くのは【攻撃隊】である。 「この威容、これがミラーミス、これがR-typeか! 面白れェ! カッカッカ、攻勢、攻勢攻勢攻勢だ。攻めなきゃあ城山じゃねェ! こんな鉄火場でじっとなんてしてられねェよなァ!」 銀次が高く笑う。 「じゃあくがうなってせかいがぴんち! みんなのへるぷがみちるとき! ひーろーさんじょー! それがあたいのじゃすてぃすなのだ!」 【ひーろーが集う会】を代表して名乗りを上げたのは六花。 先述の通り、防御やスピードに優れた【迎撃隊】に比して攻撃力が高めのメンバーが集まった【攻撃隊】は、最大の問題であるR-typeを強撃する為に編成された本作戦の主要戦力達であった。 「何やら、大掛かりな神器を用いる様だが。俺には、此方で動く方が性に合っている」 ニヒルにそう言う龍治にとっては『荷電粒子砲』なるものはどうも好みではない。 アーク有数とも、随一と言われる事もある射撃の名手が敢えて乱戦の場を選んだのは彼の矜持による所だ。 そしてそんな龍治がここに居るという事は、 「こんなにはっきりとコイツを見たのは初めてだぜ、本当なら戦いたくもない相手だな。 ……でも今は穿つだけだ!」 木蓮もこの場所に居るという事に相違ない。 周辺の迎撃戦力は一時的に減少傾向にあるが、状況は予断を許さない。 スナイパー・ラヴァーズの仕事は山と残されているが、今日の二人は実はデュオではない。 「ん? どうした? やっぱこっちに惚れたのか?」 ……デュオをトリオにした三人目は、龍治の耳をピクピクと動かさせる……何とも饒舌な男だった。 黒虎を思わせるその姿に帽子を被り、ベイカー銃を構えている。 この男を木蓮の父方の祖父――南方時頼という。龍治の口元が引き攣っているのはその所為だ。 「にゃっはっはっはっは! 妾がよく知っており、そして知らぬ時間! 『神威』の為にも、智親殿達の為にも、ここから! 一センチも! 動かさぬ!」 自身に向けられた玲の黒銃ドレッドノートを血走った――巨大な眼球が見つめている。 「『緋月の幻影』!アークの名の下に、いざ参る!」 おあああああああああああああああああ――! 身体の芯を、魂の底を揺るがすような『轟音』が耳を劈く。 次元の切れ目より姿を現した上半身がゆっくりと動き出している。 己に刃向かう全ての小さき者を、駆逐せんとでもしているかのように―― 「あの幼女は人間臭くて如何も憎み切れんかったが。此奴も餓鬼が駄々をこねとるようにしか見えんの」 呆れた調子で真珠郎が溜息を吐く。 「命は大事にしなければいけません。 でもですねー、ミラーミスと相対する何て早々無い上に。今回の敵はあのR-typeじゃないですかー。 カメラ越しでなく肉眼で見たい。直接この手で斬ってみたいって思うでしょう? そういう好奇心も――人生には結構大事だって思うんですよね」 好奇心は猫を殺すと言うが、猫のような気まぐれな表情を見せた珍粘はあくまで瀟洒に笑っていた。 美しいドレス姿の少女はクスクスと小さな笑い声を漏らして、絶望と破壊の権化を見つめている。 「世界を壊すほどの怒り、堪能させて頂きますね。私の怒りもこの位まで昇華出来ると良いんですけど」 まるでそれが――今日の自分が求めていたものだったとでも言わんとするかの如く。 「でも――いい加減に遊びは終わりって訳かしら?」 R-typeの気配に当てられ「おおぅ」と声を上げた六花の傍らで微笑む真名の切れ長の瞳にたゆたうのは確かな狂気。 剥き出しの筋繊維、まだらな皮膚とも言えないような皮膚、人型を下手に模した不出来な顔。 パーツそれぞれが人体を思わせても、その全てを総合した感想は決してそこには行き着かない。 「一度、私はあれを見たはずなのよね。 深淵を覗いて狂気におちる、らしい無様さね、今度も理解できるとは思えないけれど―― ――見せなさいな、あなたの存在を!」 「ラ・ル・カーナ以来でしょうかね。……尤も、此処から見れば未来の話ですが」 「極東の空白地帯を作っただけはあるな。流石にキツイぜ……」 双子だからと言うべきか――それとも誰が見てもそう思うからと言うべきなのか。 近距離でR-typeを目にした修一、修二、山田中兄弟の表情は何とも言えないものになった。 だが、彼等は元より化け物と相対する為にここに居る。 「この強大な力は、個がどうにかできるレベルではありませんね。 ……しかし、あの時ほどは離れてない。好きにはさせませんよ!」 「悲惨な過去を変えるため、あえて困難に身を投じるなんて……まるで本物のヒーローみたいじゃねーか。 この前線、なんとしても支えてやるぜ!」 修一が言えば、修二も負けずに言い放つ。二人で拳をガツンと合わせる。その視線は敵へと注がれていた。 「さあ、ここが二番目の勝負なのだ!」 勇壮な雷音の声は、自身を中心とした周囲のリベリスタ達を見事に統率する指揮の一声。素晴らしいカリスマと、鬼謀神算を併せ持つ少女はその姿からは想像も出来ない程の練達を戦いの中で積んでいる。 ……そして、人並み外れた痛みも傷も受けている。 「この世界(かこ)を改変することで、世界(いま)はきっと変わるだろう。 良くも、悪くも……けれどこの悪神を捨て置いたら、悲劇は繰り返される。 ナイトメア・ダウンは確定された悲劇だけれども、少しはマシには出来る筈だ」 「なってやろうじゃないか。最高のムービースターにさ!」 雷音の言葉に応えたのは中核になる彼女を守るように展開した快である。 「この戦いで多くの人の夢が守れるなら――それ位は役得だろ。 歴史を変えようっていうんだ。決まった運命の一つや二つ、捻じ曲げてみせる。 スクリーンでムービースターが最強なように。決戦(ぶたい)の上じゃ、俺達も最強なのさ!」 「過去は過去。今は今。未来は未来。 それはきっと理屈でしょうが、人は理屈だけで生きていくものでもないです。 だから、守りましょう、過去を。それから、今も」 敢えて強い言葉を使った快と諭すような畝傍に雷音はコクリと頷いた。 それすら出来ない程、運命が辛辣と思いたくはない――それは誰にも共通した想いである。 「……こりゃ、いい所見せねぇ訳にはいかねぇな」 ポツリと零した虎鐵が吠えた。 「色々と失ったものを取り戻す戦いでもあるんだよな。 俺は怪我してこの時代では参戦できなかったが……『今度こそ』R-typeにぶちかましてやるよ!」 ぐんと速力を上げた虎鐵は他の多くのリベリスタと同じように、渾身の一撃をビルよりも巨大なその体躯に打ち込んだ。 (……チッ、馬鹿げた化け物め――!) 斬魔・獅子護兼久――漆黒の刀身を跳ね返す鈍い手応えに虎鐵は臍を噛んだ。 元より回避等考える筈も無い巨体が相手だ。防御行動も皆無と言える。革醒者の中でも格別のパワーを誇る自分の一撃は、敵の強靭さを測る物差しになると踏んでいたのだが…… 「予想以上と言う訳だな」 「……ああ!」 タイミング良く言葉を挟んだ五月(メイ)に虎鐵は頷いた。 見ればデュランダルの彼女も、パートナーのフラウと共に一撃を打ち込んだ所らしかった。 「堅いって言えばいいのか、これは」 淡々とした調子で言ったメイの首筋には汗が伝っている。 それは生理的なものであると同時に彼女の内心を示すものでもある。 「『強い』っすね」 「ああ――比べて……弱音を吐くけどオレは弱いよ。 でも、君を護る為ならば強く在れる――オレは死にたくない。 君と生きる為ならそれこそどんな力だって沸いてくるんだ」 メイの臆面も無い言葉に少しだけ驚いたフラウは、それから表情を和らげた。 直近に破滅と絶望を臨む戦場であっても―― 「それは、うちも一緒っすよ。 君が居るから強く在れる。君を護りたいと願うから、きっと強くなれる。 過去がどうとかうちにはよく分かんないっすけど…… 今を生きて、明日へと繋いで行くために、神が邪魔なら、斬るだけっす!」 ――気負いは無い。 気負いがあったとしても、それはあくまで『心地良い緊張感』に他なるまい。 身体を軽くする高揚感は、格別のものだった。過去と現在、本来は交わる筈も無い交差点は未来に道を伸ばしている。生じ得るパラドクスは残酷な神には受け入れ難い結論なのやも知れないが――知った事では無い! 「ただでさえ怒りに満ちたこの世界に憎悪も憤怒も必要はない。 ましてこの世界に怒りの化身のいる場所はない、失せろ――!」 襲い来る赤の子の一体を振り切る――小雷の掌打が左右、連続して赤い肌に破壊的な気を叩き込む! 「お話でしか聞いたことのない、R-typeというバケモノ。 とっても楽しみで、怖くて、今こうして見たら尚更ドキドキするよね! ボクの全身全霊をかけて喰らいつく――イタダキマス!」 顔に喜色満面を張り付けて、大振りの三日月斧を振りかぶる真咲の辞書には今日出し惜しみの項が無い。己の持ち得る全身全霊を攻防の刹那に傾けて、なんども、なんどでも、折れるまで、砕けるまで。身体が持つ限り――全力の斬撃を叩き込む。 虚空に現れた『斬劇空間』は真咲の為だけのステージだ。 「存分に――私が支えます!」 鋭く声を発した紫月に応えるのは、彼女と戦場を共にする【閃】の三人。 「R-type、貴様の起こす所業は此処で食い止める……! 俺達がな……!」 「うむ、油断をすれば即命を落とす戦場。その意気。ああ、実に楽しいな」 「覚悟しろミラーミス。『剛刃断魔』、参る!」 三者三様、祖父・弦真より薫陶を受け、この時――誰よりも研ぎ澄まされた拓真と、死地に超然と艶めく女、蜂須賀の逸脱面を体現する女・朔。更には最も蜂須賀らしい――臣である。 「ついてこれるか? へばるなよ。合わせろ、蜂須賀!」 「言ってくれる……!」 普段よりは幾分か荒い調子で声を張り、激しく巨体を攻め始めた拓真に朔の口角が持ち上がる。 「そちらこそ遅れるなよ新城君! ラトニャはそこそこ楽しませてくれた。 遊んでいたラトニャ。半身のR-type。どちらのほうが楽しませてくれるか―― ――期待外れに終わって困るのは『君』も同じなのだぞ!?」 気の昂ぶりのままにスピードを増した朔の手数が異常に増えていく。 猛烈極まる二人の競争に、臣も遅れまいと力を振るい出した。 巨大極まる巨人の上半身――赤い大地のようなその場所に幾多の影が喰らいついている。攻めては退き、叩いては逃れる。攻撃を敢行した何れの戦士も余りにも堪えないそれに違和感を覚えている。 だが、リベリスタは無敵を信じない。 同じ神なる存在を二度までも破った彼等は――ミラーミスと戦う際の鉄則を知っている。 その答えは…… 「折れないし、諦めない――ッ!」 まさに歌手の美声も枯れよと叫んだアンジェリカの裂帛の気合そのものだ。 (確かに今まで戦ったどんな相手とも違う、こいつから感じる圧倒的な恐怖は別物だ。 だけど――だけど、この震える足は後ろじゃなく前へボクを運ぶんだ……) アンジェリカの大鎌のその刃が鉄のようなR-typeの皮膚をぞぶりと抉り、血よりも赤い混沌を噴き出させた。 「お前がどんな存在だろうと、ボク達は決して負けないよ!」 言い放った少女に応え、巨人が幾度目か咆哮した。 此処に到れば猶予も一杯。全身に突き刺さる『実に些細で軽微なダメージ』も、虫の一刺し位には作用したのかも知れない。纏わりつくリベリスタ達を少し嫌うようにR-typeの腕が空のステージを薙ぎ払った。 「退避――ッ!」 寸前で響いた雷慈慟の声が最高のタイミングで【攻撃隊】の面々を救った。 振り回される腕は単純なる暴力。だが、その圧力は人間の想定し得るそれを圧倒的に超えている。逃げ損ねた赤の子の数体が一撃で破壊され、空中に赤いジャムを撒き散らしていた。だが直撃せずとも暴威は止まらぬ。腕の軌道から巻き起こる烈風は、強靭な革醒者の肉体さえバラバラに出来るだけの威力をもっている。 「……貴方は……!」 直ぐ傍を走り抜けた濃密な死の気配より、ユーディスを庇ったのは彼女にとって特別な人物だった。 目を見開いた彼女は確かに彼を知っている。「危ない所でした。気をつけて」と彼女に告げ、敵に向かっていった彼は―― 「……来栖、誠一神父……」 ――ユーディスの父を母を討ったその友人。彼女を養育したリベリスタ。 最後までまともに言葉を交わす事も無かった恩讐の中の人だった。 「来るなと言われても、助けに来たぜ大叔父さん、お祖母ちゃん!」 「……は?」 「い、いや! 今のは気にしないでくれな!」 戦いの喧騒がスティーブとメアリーの二人を救援した守夜の『失言』を誤魔化してくれたようだ。 「……ッ、チッ……!」 「――おじさん大丈夫!?」 威力の余波を殺し切れなかったのかアバラを抑えて顔を歪めた一人の男にせおりが注意を向けた。 彼女のバイタルフォースが即座に彼をサポートする。 「すまんな。お前は……」 「せおり! おじさんも鮫なんだね。私は元鮫だよ!」 鋭い歯を剥き出しにした男はまさに鮫のように笑っていた。 「玉依冬記だ。まぁ、今はゆっくりと親交を温める時でも無いがな……!」 遂に生じたR-typeからの攻撃は予想以上にリベリスタ側の状況を掻き乱した。 直撃すれば無事で済むとは思えないような攻撃である。僅かな余波を浴びただけで戦況に影響が生じるのだから――これに浮き足立つなという方が無理である。 だが。 「……決して油断するな。だが、恐れるな。ゆめ、忘れるな」 現場指揮官の一人として機能する雷慈慟は、敢えて言い切る。 「今……この過去を攻略できない様であれば……我々の未来は無いも同然!」 そう、遥かな未来の何処かに『コレ』が現れたとするならば――世界は容易に終わってしまう。 これに勝てないならば、『これだけの好条件(かこのせかい)』でさえ、及ばぬのならば。 「絶大的好機だ! コレを逃して念願成就は有り得ないと知れ――ッ!」 吠えた雷慈慟にリベリスタ達は再び攻勢を強めていく。 その肌の表層に攻撃を加えるのは当然の事。 「……みんなに混ざって本体叩きで行こうかな」 少し気の利いた腥等はR-typeの巨大な眼球に鉄の弾丸を叩き込んでいる。 どういう仕組みなのか、人体と同じと考えるだけ愚かなのか。この強烈なお見舞いも殊更に効いたという雰囲気は無かったが、リベリスタ達が更に集中し始めているのは確かであった。 「最初から言われるまでも無いんだ」 華美なる装飾に身を包んだ付喪にとって、今日という日は全くもって最良だ。 「こんな時に何だけどね。嬉しいんだよ、私は。 昔出来なかった事が今こうして出来るんだから……例え、現在に対して何の影響も無い過去の話だったとしてもね!」 無力だった自分はここには居ない。 破滅的終末を見過ごすしか無かった百舌鳥付喪はここには居ないのだ。 ここに居るのはアークでの長い戦いで、この巨人に一矢報いる術を得た現在の付喪なのだから。 「良いかい、皆。怒りも、絶望も伝播する。 あいつと同じ様に怒りに支配されるんじゃないよ――その先に待ってるのが、今のこの光景さ」 抜群の集中から放たれた星の大魔術が新たに出現しかけた赤の子ごとR-typeの身体を叩く。 彼だけでは無い。時に無謀とも称される勇気は、神に反逆する唯一の武器。 「とくと見な、屑星の煌きをッッ!」 福松の構えたオーバーナイト・ミリオネアの黄金の煌きが、銃声の歌を奏でてみせる。 「べつに、恨みがあるわけじゃない。でも、目の前のザマと、悲鳴をほっておきたたくはない」 飛び込んだ涼子が大蛇の暴威を叩きつける。 「……だいたい、そんなでかいナリして憤怒の化身だとか、ムカつくのさ。 その怒りで、わたしの怒りを殺せるか、試してみればいい。 神だろうが巨人だろうが、ここで張り合わなきゃ、どうして生きて、戦ってるって言える!?」 「だいねーやん……死んでしまったのです! でも私ここでR-typeを一発殴っておかないと後悔するのです! たぶん力は足りないです! でもこいつは絶対はいぱー強いのです!!!」 同じ姉妹でもこのイーリスとイーゼリットは事実への受け止め方が余りに違う。実の姉に「あの子は、怪物めいている」とまで言わしめるイーリスは、強敵に一撃を加えるその瞬間、確かに笑っていた。 「犠牲を出さずにすむなら、その方がいい――少女の泣き顔なんか見たくないしな!」 「あのねぇ」 啖呵を切った竜一に呆れたように応えたのは――この現場で一緒になったロゼットだった。 「私の方が年上だからね!」 ……衝撃の事実の方はさて置いて、竜一が言及したのはロゼットではない。イヴの方だ。 「色々あるんだよ」 竜一の投げた光柱がR-typeに直撃して威力の余波をばらまいた。 ロゼットを庇うかのような位置に立ったのは、端的な言葉に多くの意味を込めたゲルトだった。 「色々?」 「色々は、色々だ。お前を守ると――俺は決めた」 「……ちょっと。守られる位、弱い心算は無いんだけど?」 「……それでも、だ。 誰に頼まれた訳でもない。俺は、世界で一番お前を案ずる者を見ていられなかっただけだ」 「誰よ、それ」 「二人とだけ言っておこう。二人が、同着で一番だ」 「……………」 挑戦的な瞳に自信を宿すロゼットはイヴにそっくりの外見をしていながら、キャラクターは随分違う。 後の世にも名前が残る――ギガント・フレームの彼女は相当な腕前だったに違いない。 言葉は冗談めいているが本音でもあるのだろう。だが、それでもだ。この日の後にロゼットは残らない。 それは彼女の知らない――決められた未来に違いなかった。 (そーいや『お前』、あのデカブツとやり合いたかったんだっけな……) 問い掛けるように内心で呟いたクロトの言葉は己が内を向いていた。 かつでアークに存在した『源カイ』というリベリスタの想いが、どうしてか彼の全身に満ちていた。 どうしてか――それに応えねばならぬと、そう思う。 (そうだ。いいぜ……俺が手を貸してやるよ けどよ……もし俺の声が聞こえてるなら、死んでるからっておんぶでだっこは無しだ。 『お前』も根性見せてみろ!) 「R-type! その怒りも! その力も! 全部わたしの糧にさせて貰うわよ!」 狂乱の空気を堂々と言い放ったフランシスカの宣言が攪拌する。 「ラ・ル・カーナでは戦えなかったからね。今回は存分に暴れさせてもらうよ。 わたしの攻撃がどれだけ効くかは分からないけど、全力でぶっ飛ばす! それだけは決定ね!」 噴き上げる漆黒は彼女の操る奈落剣に纏わり付き、抱く痛みを一層強いものへと変える。 「時期が来ちまったんならしょうがねえ。 戦いなんざいつ起きるか何て解らねえんだ。 それを兎や角言う前に……俺は俺のやる事をすべきだろう!?」 再び唸りを上げたR-typeの怪腕を掻い潜り、加速した猛が全力の零式羅刹を叩き込む。 「最凶、の敵の相手、とは心が踊る、ね。最高の戦い、を続けよう」 相手が如何に堪えない存在であろうとも、それは天乃には関係ない。 一撃が無慈悲に跳ね返される程、自らの命が吹けば飛ぶように軽いと認識出来る程、素晴らしい。 それは絶望的に被虐的な――強敵を好む彼女にとっては御褒美のようなもの。 「さぁ、私と――踊ってくれる?」 天乃の爪先がトン、と軽い音を立て。R-typeの身体に着地した。 総ゆる現場を踏破する彼女の異能は直角の壁さえ自らの足場へと変えてしまう。 不得意な空中戦は、今の天乃には必要ない。 かつて見た『本物』の冴えには及ばずとも――彼女が憧憬した強者の再現(リプレイ)がそこにはあった。 踊る鋭利のステップは、間断なく敵を捉え、再び回転しては只管にそれを痛めつける。 敵に痛い等という感覚があるのかどうかは――彼女には分からない事だったが。 「ナイトメアダウンもR-Typeも、わりぃが良くは知らねえ。 けどよ、アイツが災厄だってことぐれぇは、オレだって解るぜ。 過去だろうが未来だろうが、知ったこっちゃねえ――気にくわねえ野郎は、ブッ潰す!」 非常に分かり易い正太郎に続くのは【ジェット団】の相棒――つまりは透だ。 「行くぜ、透! 遅れるんじゃねえぞ!」 「甘く見るなよ、正太郎。どっちが先にヤツを倒すか――勝負だぜ!」 言葉と共に速度を増した透が正太郎に先んじてR-typeに一撃を見舞う。 「全力で突き抜ける、そんな生き方こそ俺達だ。つーかよ、別に倒してもいいんだろ?」 「上等だぜ……!」 思った以上の言葉を吐いた相棒に正太郎のハートが熱くなる。 「とりあえずぶっ飛ばすかの。口で言って解らぬ奴には拳で語るのが一番じゃ。何ぞ我と色がかぶっとる!」 真珠郎に言わせれば「ヌシが怒りの化身と言うなら我は紅涙。暴虐にして暴食の一族よ」。正真正銘の神を目の前にしても全く臆面も無くその傲慢を崩さないのは流石と言えるのだろう。 両の刃が次々と赤い液体を噴き上げさせれば、真珠郎は赤い舌で唇を拭う。傷むならば、殺せる。分かり易い理屈は彼女のこれまでの人生が培ってきた絶対的な真理だった。 ――何も変わらなくても、本当に守りたいものを守れなくても、全てが徒労だったとしても。 壊すことしかできないこの手でも、どこかの誰かの道を作れるのなら! 燃え上がれ、あたしの運命! 「デスティニー、アークッ!」 大仰にも思えるアイカの気合の一撃がR-typeを深く抉った。 続け様に繰り出される超一級の攻撃は、多種多様の技で多角的に巨人に突き刺さり続けていた。 「オイラが生まれる前に起こった惨劇……その主役の化け物! 話では聞いていたけど、まさかその戦いの当事者になるとは考えてもなかったぜ。 でも、ここまで来た以上、全力で立ち向かうしか――無いよな!」 「お前が居なければ。私は――こんな人生では無かったのだ」 モヨタ渾身の斬撃然り、恨み言にも似た、煮詰めた怒りをその掌打に込めたレイ然り。 「倒せないのは解ってる。でも止める事は出来る。死ぬ人を減らす事も出来る!」 凄まじい気迫で幾度も弓鳴りを響かせる七海然りだ。 『並みの化け物』ならば数度以上倒されていてもおかしくない集中打を浴びながら、鬱陶しがる程度の変化しか見せていないそれは流石の存在であると言えたが、弾幕のように展開される集中打を前に流石に前進する事は出来ていない様子だった。 「成る程、これだけの相手なら他所のミラーミスが狂わされるというのも納得です。 ですがここは私達の世界。そう簡単に好き勝手ができるとは思わない事ですね――」 笑う黎子は戦場のジョーカーだ。 「全く、ラスボスはラスボスらしく最後までじっとしていればいいものを!」 大番狂わせこそ、鳳黎子の真骨頂。ならば、彼女の居るこの場こそ晴れ舞台。 「御見せして進ぜましょう、絢爛華麗にして究極完全なる鳳黎子の『魔法』を――!」 芝居掛かった口上が、筆舌尽くせぬ素晴らしい技の冴えを導けば、巨人の怒号の理由も分かろう。 おおおおおおおおおお……! 「煩ぇよ」 巨人の咆哮を吐き捨てたランディが嘲り笑う。 「……全ての元凶か? いや、お前は言う程大したタマじゃねぇよ。 元凶なのはこの世界の作りそのものだ。お前はあくまで『日本のリベリスタが壊滅した元凶』に過ぎない」 振りかぶったランディのその全身から破滅的なオーラが立ち昇っていた。 力を収束して投げつけた彼の一撃は大口を開けた巨人のその眉間に突き刺さる。 (……気持ち悪ぃな。何だこの違和感は……) 戦いに集中せんとするランディの全身を違和感が包んでいた。 彼はこの日ここで育ての親――益母遼子に拾われた。 つまりこの事件は彼にとっても重大な意味を秘めている筈で…… 「……チッ……!」 吐き気にも似た不快感を辛うじてランディは追い払った。長い思案をしている場合ではない。 次元の狭間から身を乗り出した格好でR-typeは押し止められている。 そしてそれはアーク側の――リベリスタ達の作戦が上手くいっている証明でもあった。 だが、戦いが時間を経過するにつれて極度の集中力を保つ事を強いられるリベリスタ陣営の疲労は高まる。 一撃貰えば終わりという強烈なプレッシャーに負ければ、待つのは死。よしんば集中力を保つ事に成功したとしても、ちょっとした判断のミスが致命的な状況を引き起こす事実は変わらない。 幾度目か豪腕が戦場を滅茶苦茶に掻き回す。 「ゾクゾクする……すっげェ楽しいッ!」 狂喜したかのようなコヨーテが吠えた。 「やっぱオレには戦い(コレ)しか、戦場(ココ)しかねェんだ。 イカした色の巨人よォ、お前はどォだ? たとえオレがココで死んでも、お前ェに勝てるだけの仲間たちがいる。 アイツらがいる限り―オレは、アークは、死んでも負けねェ!」 額から血を流し、少なくないダメージを負いながら目だけは爛々と輝いている。 そんな彼を仲間達の賦活の力が救援する。確かにこの場所には仲間が居た。 全てを呑み喰らうR-typeには決して無い――団結の力がここにはあった。 「支援を切らさずに! 何よりも、戦闘不能は危険です。今回の戦い、短期戦は不可能と判断して下さい!」 ミリィは押しては引くリベリスタ達の波を可能な範囲で効率的にコントロールしていた。 (――私達アークが今この為に作られたと言うのなら、今こそ役目を果たす時でしょう?) 問いに答える者は無いが、己が分かっていればそれでいい。 「アシュレイ!」 「はぁい」 一方で戦場あちこちに神出鬼没に出現するアシュレイに声を掛けたのは恵梨香だ。 場のコントロールに苦心するミリィをチラリと見やった彼女は言う。 「状況はかなり乱れているわ。支援を必要とする人は多い筈。貴方も手伝って」 「私は……」 「……これぐらいのお願いは聞いてくれるわよね? 友人だもの」 「ハイ、オトモダチだから頑張りますよー!」 最低限、戦闘を維持する為には翼の加護が不可欠だ。 空中戦を強いられる以上は、能力面の底上げもあるに越した事は無い。 戦場のリベリスタ達の数は多く、指揮能力や様々な支援能力を持つ人間には事欠かないが、整然とこれを順序良く展開出来る状況ではない。R-typeへの威圧を弱めれば、状況が変わる可能性を考えればロスは少ない程いい。つまる所、恵梨香の読みでは転移の術まで使いこなす魔女を支援役、或いはメッセンジャーに使い倒すというのは『理に叶った方法』という訳だ。 「ねぇ、アシュレイ君」 「……はい?」 声を掛けたもう一人――海依音に視線を向けたアシュレイは少し訝んだ顔をした。 「ねぇ、そんな関係ない顔していられるのかしら? 神に至る道をみて何も思わないはずはないのに―― アークをパートナーに選んだその理由、それにはこの時間の交差も関わってるのではなくて?」 「面白い考察ですねぇ」 アシュレイは恵梨香の命を事の他真面目にこなし、リベリスタ達に翼の加護をかけながら笑う。 「神を退ける力をもつ組織だと知っていたから――あのジャックを裏切った。 この悲劇を止めれなければ今のあなたがアークに到達は出来ない。 今更他を探すことは無理。だから今回は対処に前向きなのではなくて? 貴女ももう逃げれなくなってるのよ、この運命から」 「全ての道はローマに通ず、ですか? 何もかも、私が黒幕だと仰る? でも、いいえ。残念ながら私はそこまでの全能じゃありませんよ」 アシュレイは苦笑しながら海依音に告げた。 「信じて貰えるかは分かりませんけど、今回私がクソ真面目なのは唯の乙女心ですからね。 自分で言うのも何ですが、七百年熟成させた想いなんてのは、もう殆ど呪いですから? あ、ちなみに督戦隊らしー麗香様にビビッてる訳でもないですからね!」 「げんきはつらつ! 死ぬ寸前までぎりぎり戦おう!」 ブンブンと得物を振るう麗香はR-typeとドッグファイトをする傍ら、アシュレイのサボリを認める心算は無いらしい。 「兎に角、ええ、R-type(あんなもの)じゃ許せません。 他ならぬこの世界をあんなぽっと出が破壊するなんて、私は絶対に許せませんからね!」 当を得ないアシュレイの言葉に今度は海依音が苦笑する番になった。 「一つだけ、正解です。最後のお言葉はごもっとも。 でも、海依音様。楽しいお喋りは後で。今は真面目に支援しましょうね!」 「はぁい」と頷いた海依音がリベリスタ陣営を立て直すべく力を振るう。 二人の鍔迫り合いのようなやり取りを見ていたソウルは「女はおっかねぇ」と呟いた。 まるで火花が散るような緊張感は彼が戦場で感じるものとは全く別次元のものである。 海依音とアシュレイを守る役割としてここに来た彼は、だが紫煙を燻らせて呟いた。 (でも、どんな奴でもよ。女二人守れなくて、何が男だ。 心に流れる血を熱くしろ――ただ倒れない事、それが俺の戦いだ) ――男って、そういうもんだろう? ●絶望の日IV Y、作戦内容を理解しました。 成功率が低い事も理解しました。 しかし、アークでは『いつもの事』であるとイドは記憶しています。 アークに従う事、それが私の至上命令です。 アークの存続問題は私の存在意義を大きく揺るがす事象です。 私は成功率を上昇させるために行動します。 「Y、現状では、リベリスタ混成部隊が予定通りの座標にR-typeを押し止めています。 誤差は0・005%。砲撃に特に問題は生じないものと思われます。 損耗率、17・15%。予測継戦可能時間……これはリベリスタのデータ変動により、計測不能」 千里眼で彼方の様子を確認したイドに、コンソールを連打する智親が「サンキュ」と声を掛けた。 アーク側最大の切り札である『神威』の発動には難しい条件が多数ある。 一つは『神威』自体の起動。三高平市の電力を集中集約し、荷電粒子砲を起こすという事業。 二つに挙げられるのは的の座標の固定。持ち歩いて射撃出来るような気楽な兵器ではないから、『神威』を運用する場合、それを動かすより敵を動かさない事が重要になる。幸いにR-typeの出現座標は読めているから、これを砲撃する事自体は可能だが。緻密な計算の上で運用される『神威』にとってイレギュラーは問題だ。 「R-type、アークが設立された元凶。 いずれは相対するとは思ってたけど、まさかこちらが時を越えてとはね」 三つ目。即ちそれは理央が口にした事実である。今回、『神威』のターゲットは次元の穴の向こうに存在するという点が曲者だ。直接の目視での砲撃が可能ならばもう少し計算は立てやすくはなるが、今回の場合はそれが不可能だ。『神威』の砲撃は最低でも『曲がる』必要がある。詳細なデータを本体にフィードバックし、リベリスタの能力で打ち出す。曲げる事自体は不可能では無いらしいが、これが尋常ならざるシビアさを秘めているのは言うまでも無いだろう。 「……室長、具合はどう?」 「今、全力でやってるよ!」 しけた煙草を咥えながら猛烈な勢いで特別製のノートパソコンを叩く智親はダラダラと汗を流していた。彼だけではない。彼の周囲には複数のマシンが展開され、彼の要請を受けたリベリスタ達がめいめいに必死の助力を続けている。 ――ねーねー、博士博士! あのね、黄桜思ったの! 確かにね、真白博士は護りたいものはあるかもだけれど! そんな大がかりな演算一人じゃあ大変じゃなあい? 始まりは魅零の言葉だった。 彼女の――そして他のリベリスタ達の考えていた事は、焦りで視野が狭くなっていた智親を少し冷静に引き戻したとも言える。リベリスタ達は天才ではないが、それを補える異能を持っているのだから。 「あの街でリベリスタしてられるの、博士のおかげでしょ。万華鏡には感謝してるし、だからお返しがしたいのよ」 極々素直に感謝を述べた魅零に智親は救われた気分だっただろう。 アークの大人のしている事は少年や少女を平気で死地に送り出す行為である。 無論年上も居るが、年少も少なくは無い。罪業を割り切った心算でも、割り切れないものはある。 特に智親は、年頃の娘(イヴ)を持つ親だから。 「一人でカッコつけないでよね、天才さん。おじさまの目として、手として、足として。好きに使って」 「人を殺すための技術であんなものを相手に出来るはずがない。 少なくともオレには無理だ。だが何もやらないわけにはいかない。 アークには世話になっているし、放っていたら寝覚めが悪そうだしな――」 胸を張ったうさ子、飄々と肩を竦めたクリス以下、【八咫烏】を名乗ったリベリスタ達は情報処理能力に高い適正を持つ部隊だった。彼女等は智親が過去世界に移動する時に護衛とその協力者を買って出たのである。確かに真白智親はそれ自体が異能と呼んでもおかしくない位の天才だ。流石のリベリスタでも彼と同じ働きは難しい。とは言え、強靭な身体と明敏な知性、そして土壇場に強い精神力、アイデアを持つリベリスタ達の存在は彼にとって実に頼もしい援軍となったのである。 「為せば成る為の石垣となろう。それが私が今できる最善の策だ」 幸蓮の用意した発電機を積んだ車を中心に『真白チーム』は展開している。 ボンネットの上にアクセス・ファンタズムを開いた幸蓮は刻一刻と変化する戦況と司令部のデータを面々に伝える為の伝達・通信役を買って出ている。 ちなみに幸蓮の兄は戦場に、 (姉ちゃんと久しぶりにお仕事やし、たまには真面目にやろか――) 妹の麻奈は共にこの現場にある。 「しっかし、とんでもない化け物やな。弱点なんて探す方が馬鹿馬鹿しいわ。分からへんもん、あんなの」 せめても砲撃の助けになれば、と目をこらした麻奈だったが――その努力が徒労だと理解したのは程無くの事だった。彼女の眼力(エネミースキャン)は敵の性質を読み取る基本性能を備えているが、ミラーミスなる対象にそれを向けて得られた調査結果は『理解不能』という結論である。言うなれば情報が多すぎて整理出来ないイメージか。ミラーミスはそれ自体が一つの世界であるというのも、あながち嘘や冗談の類では無いのかも知れなかった。 「けど、まぁ……ここからやな」 「そうだな……」 難しい顔をしたフツは、この土地に――悲劇の現場に染み付いた意思を、心を読み取らんと集中していた。 もし、何が重要な情報が――見落としてはならない情報があったならば、これは事である。 (……アンタ達の意思、確かに伝えるぜ!) 否、それは有用な情報であるかどうかだけに留まらない。 この場に染み付いた誰かの無念は、フツを――リベリスタの戦いを燃え上がらせる理由に十分なのだから。 「……うん、しかし……これはとんでもない計算だね。この場合、数式を作った人間がまずおかしい」 「ソイツはどーも」 うさ子の忌憚無き感想に画面に齧りついたままの智親が応えた。 ディスプレイの中に羅列される数字と数式を見るだけで嫌気がさすような煩雑さである。 それを一定に理解しているのは天才児のうさ子らしいと言えるが、これは確かに難題だ。 「砂糖菓子、食べながらだったらやる気出せるし。 解き明かせない神秘なんて、どこにも、ないよ? だって、全てを知るために、よすかは、この知識を手に入れた。 詳らかにして、全部じっくり調べあげましょ――なによりも、負けるのって、嫌いなの」 だが、却ってよすかの方はその反骨心に火がついたようである。 「あんたには敵わないがそれなりには出来る、任せておいてくれボス」 クリスはクリスで言うだけはあり、智親が行わなければならない作業の幾らかを負担する事でその作業全体のスピードを加速させる事に貢献している。リベリスタの異能『電子の妖精』によるコンピュータ操作は、技術的な面もさる事ながら、それを直感的に行えるという面においてかなり優秀であるという事だ。 「新たなデータ送信しますよ」 「あいよ、サンキュー!」 「室長さん、大丈夫ですか?」 「何がだい」 「……いえ、何でも。余り休んでいません、から」 「安易な考えで現実から逃げないで下さいね」。 智親を心から案じた一言だが、苦笑した早苗はこの瞬間それを口にするのを諦めた。 座標計算に不可欠な情報を獲得した彼女は、代わりに即座に智親のパソコンに重要情報を送付する。 混沌に満ちた街は俄かにコンピュータ・ルームのような様相を呈していた。 だが、言うまでも無くここはナイトメア・ダウンの直撃した1999年なのだ。彼等が或る意味安穏と、自分の作業だけに集中していられるのは――この場所を死守するリベリスタ達の奮闘によるものだった。 ベースになった車の外周を広く守るのは、直接的な護衛任務を負ったリベリスタ達だ。 その更に周辺を、理央等の作った式符・影人が哨戒するように動いている。 「手伝いたいのは山々だけど私の演算リソースも有限だからね」 「生憎と」と肩を竦めた彩歌が激しさを増す戦闘に参戦した。 「赤の子の迎撃を行うなら、そっちに全力だした方が良いでしょう?」 無論、彩歌はアークのリベリスタの中でも上位に位置する戦闘能力の持ち主だ。 「俺のカミさんが居たのはあの裂け目の真下でな。どの道助からなかったが…… あんたの方は、まだワンチャンスあるんだろ? なら、ここでチップをオールイン、しないとな」 「ありがとよ」 自身の肩を叩いた遥平の柔らかい言葉に智親は強がりを言う事をしなかった。 同じ境遇を持つ彼に――確かな親近感を感じていたからかも知れない。 「さあ、化け物共。お巡りサンを舐めるなよ! ここの現場は立入禁止だぜ!」 「俺はレイを直接援護することは難しいが…… 神威の発動を成功させることで、間接的に手助けする事は出来ますからね。 そんなわけで真白博士、ついでで悪いんですが護らせてもらいますんでよろしく!」 思わず智親を苦笑させたシスコン――妹想いのエルヴィンが、持ち前の防御力で壁となる。 「ここは絶対に護りぬく! 誰も死なせねぇし、邪魔はさせねぇ!」 ――後は頼むぜ、レイ! 「……また出たか……ッ!」 恋人のプレインフェザーとチーム【白南風】を組んだ喜平が鋭く気を吐き出した。 彼の視界の中に出現したのは、新手の赤の子達である。 R-type出現時に大量発生したそれ等の多くは、リベリスタ達の活躍で撃破されたが――当然それは全てではない。R-typeが存在する限り増え続けるであろうそれは、市街のあちこちに出現していた。 彼等が智親を狙っているのか、それとも偶然なのかは知れないが。 少なくない回数の襲撃を受けた『真白チーム』はこの場所が安全でない事を十分に理解している。 「……チッ……」 舌を打った喜平が四足で飛び掛かって来た『犬のようなもの』を避ける。 ややバランスを崩した彼に襲い掛かるのは『木だったように見えるもの』だ。 樹木のゴーレムのような姿を見せたそれに間一髪でプレインフェザーの放った太い気線が突き刺さる。 「へへ、命中!」 「助かる!」 「……さっきから、あたしが助けられた回数……数えてんのかよ」 唇を尖らせたプレインフェザーに喜平は惚けた顔をした。 成る程、彼女の危急を彼がカバーした回数は四回だ。 今度は彼女を狙い、再び動き出さんとした『犬のようなもの』に先んじて喜平の奈落が迸る。 「おっと、『そっち』は許せないな――」 二人が息の合った連携を見せたのは二人だけでは無い。 「クラリス様!」 「はい、亘さん!」 これだけ多くの実戦を共に過ごせば、二人の動きは殆どツーカーで通じるものになる。 亘はクラリスが動き易いように戦況を展開し、クラリスはその亘の意図を察して完璧に一手を掴み取る。 時には逆。クラリスが導くアシストを亘は決して見逃さない。 共に羽を持つスピードファイターの競演は、これを襲う赤の子達を見事に翻弄せしめていた。 「……クラリス様、自分は産みの親を知りません」 「亘さん……」 「唯、彼等はこの日を境に『消えた』と聞いています。 自分はその後、養子となり――自分ではそう不憫だったとは思っていませんが。 これは偶然なのでしょうか。それとも、何かの思し召しなのでしょうか?」 愛する人と、最悪の運命を斬り拓くチャンスを得た――この時間は。 囲みの間を抜けた赤の子の一体に疾走するのは敢えて外周を避けて、ポジションを取ったうさぎだ。 「無理は兎も角、最優先は室長の無事ですしね……全部払い斬る位の心算で露払いと行きましょうか!」 言葉と共に生じた神速の斬撃は惨たらしい傷を対象に幾つも刻み込む。 噴き出す返り血に目を細めたうさぎは、確かな必殺を確信。倒れた敵にそれ以上注意を向ける事をしていない。 間断なく続く襲撃はリベリスタ側にかなりの緊張を強いていた。 だが、自分達の任務に『絶対的成功』以外が許されないと知る面々は極めて高い集中でこれを遂行している。 「……気をつけて下さいね。何処から来るか分かりません」 うさぎの警告に周囲のメンバーがその姿勢を低くする。 地中より跳ね出たものもあった。鳥が変異すれば空から来る可能性もある。 赤の子の戦闘力やスペックは出鱈目にバラバラだが、故に対策は総当りをする他は無いのだ。 (イヴちゃんが一番つらいはずなんだ。僕は、彼女の目の前に来る悲劇を、それこそを。 『記載者の名において、その署名を省く』ピリオドだけは、はっきりと――) サマエルの戦いは、目の前の危険をあくまでベースに近付けない事であった。 かのバイデンがR-typeをある種模したものであると仮定するならば…… 赤の子がリベリスタたる強者に引き寄せられたのは必然なのかも知れないが。 どちらにせよ、本当の所は定かではない。 「嫌ァァ何コレ! 怖い怖い怖い! 1999年の8月? どういうこと? この頃私、女子大生だか女子高生だったけどー!?」 騒がしいヒロ子は案外頑丈なものらしく、悲鳴を上げながらも何とか敵をいなしている。 徐々に圧力を増す敵に対応するのは、 「AWACSのファイアアイ、本作戦の要の護衛を展開中……引き続き、徹底した任務に当たる」 「この状況では、最悪でも『ナイトメアダウン以上の災厄』にはなりますまい。 もう起こってしまった事態をよりよくできるというならば、後は若い人の情熱に任せるべきでしょうねえ。 僕はその意思を最大限発揮できるよう、サポートするのみでございます――」 「真白室長は三徳極の元となった柳刃の生みの親だからなあ。此処は親孝行と行きますかね」 「最悪R-type殺せんでも現状維持やけど、センセが死んだらアーク詰むやん…… マジ勘弁でやんすよセンセ。絶対無事で帰って貰わんと困るんすよホンマ!」 より一層の警戒を強める徨、達観したかのように言う敏伍や、彼らしく何処か飄々と軽妙な調子で呟いた義衛郎、死活問題だとばかりの夕奈も同じだった。 「……それに、ま。家族大事にするオヤジぁ、死なせれんわな……」 露悪的な少女の口から零れて落ちた『らしくない』台詞や、 「ねぇ、アシュレイちゃん」 と、何処からか現れるかも知れない魔女に言葉を投げた義衛郎の方はさて置いて。 「過去を変えるとか、過去の人間を助けるとか……正直、余り興味は無いけどね。 現在と未来だけで一杯一杯。過去の事まで気にする余裕なんて無いから。でもね……」 現在の人間に死なれる事は真っ平だ。それが、ソラ・ヴァイスハイトがここに居る理由。 R-typeを押し止めるリベリスタ達の様子からしても、現場に出現する敵の数からしても。 今の一行に長い時間的猶予が無いのは明白だった。 護衛に当たるリベリスタ達の戦闘力は相応だ。耐え凌ぐ位ならばまだ持つが、『水際で危険の全てを食い止め、絶対に真白智親に危険を与えない』というミッションは戦闘の勝利とはまるで難易度が別物だ。 夕奈の口にした通り――智親は間違っても失えない人材である。 ならば、退避の分水嶺は事の他近いタイミングの存在すると言わざるを得まい。 「真白せんせーの奥さん、ナイトメアダウンで死んじゃってたんだな。 先生がやるべきことを放り出して奥さん探しに行くとは思えないけど……」 向かってきた赤の子の牙を受け止めて、鋭い打撃でお返しをお見舞いした一悟が肩で息をしながら言った。 (……やるべき事が終わったら、ちょっと予測はつかないよな) 口にはしないが、彼の危惧は恐らく――あの沙織も含めて全員が持ち合わせているものである。 一人娘を溺愛する智親がどれだけ亡き妻を愛していたかは想像するに難くない。ならば…… 「嫁さんが心配か……そりゃあ、心配じゃない筈がないね」 蘭は何とも言えない表情で溜息を吐くように言った。 彼女は思う。恐らく、彼は今日という日程――己に戦う力が無い事を悔やんだ時は無いのだろうと。 「だが、常々私は思うんだ。前に立つだけが能じゃないし役割分担は大切だとね。 戦う力が全てじゃない。彼が居なけりゃ今回はパーティも始まらない。 そういう意味じゃ、あの人も十分嫁さんを助ける為の戦いをしているのさ」 蘭は出現した赤の子目掛けて自ら飛び込んで、宙空からの一撃を繰り出した。 「――二人の逢瀬を実現するために粉骨砕身頑張ろうじゃないか」 「成る程な」 相槌を打った吹雪は頭をボリボリと掻いて言った。 「この時代の俺は神秘なんて全く知らなかったのもあるんだろうが…… 過去のリベリスタ達と共闘ってのも今ひとつピンとこねぇんだよな。 やっぱり俺にとっては過去を守るより今の仲間を守る方が大事だと思ってたが…… 成る程、そうする事で今の連中が救われる事も確かにあるだろうな。おっさんも、それ以外も」 得物のナイフを握り直した彼は、回り込もうとした敵の前にまるで瞬間移動したかのように現れた。 「ここは行き止まりだって言ってんだろ」 飄々と言った彼が繰り出したその刃は全身を赤に染めた赤の子を、血の海へと叩き落す。 「オーケー。こっからはそう考えよう」 「それがいい」 パチパチ、と拍手の仕草を見せた蘭に吹雪は「フゥ」と息を吐く―― ●絶望の日V 「過去への干渉…正直、時間の改竄という行為が正しいのか分からない。 けれど、ここにも大勢の人がいる。大勢の人が――死ぬ。そういうのを、私は見過ごせない性質なの」 力強く宣言したミュゼーヌの凛を受け止めるのは、柔らかな微笑みを見せた三千の確かなる芯。 「私は、正しさよりも自分の意思に準じるわ」 「僕は、それでいいと思います。貴方があくまで貴方の意思で行動するなら――僕はそれを支えてみせる」 「……貴方との出逢いだけは、何も変わらない事を祈るばかりね」 クス、とこの時ばかりは少し艶めいた笑みを見せ、ミュゼーヌは目の前の絶望に向き直った。 「――さあ、幾らでもかかって来なさい!」 R-typeを食い止める為の一斉攻撃は長く続く展開となっていた。 彼等のプランでは『神威』を発動させる事は全ての作戦の根幹である。 司令本部より神の雷を射出予定の報告が来ない限り、退却は出来ないが――これが中々現れない。否。極限までの集中を強いられる戦いは時間感覚を現実のもの以上に引き伸ばして感じさせていると言った方が正しいだろうか。何事もせず、無為に過ごす一分は瞬く間に過ぎ去るが、今日の十秒は実に実に意地悪い。 戦いが続く程に、リベリスタ達の消耗は隠せないものになりつつある。 一級の戦力は相応に粘り強いが、この場に参戦したリベリスタの全てがアークのように強靭な訳ではない。中にはアークのトップ級以上の人間も居るが、そんなものばかりではないのだから脱落は不可避であった。 戦力が減じる程にR-typeには余裕が生まれてしまう。 それを完全に引き付けるには圧倒的な火力で迫撃を続ける他は無いのに、その手段の維持は難しい。しかし、倒されたリベリスタ達を――或いは傷付いたリベリスタ達を救わんとするもう一つの戦いは前線に立つ彼等と同じように重要に、今日という日に展開されていた。 R-typeの咆哮が衝撃波のように広がって、リベリスタを吹き飛ばし、聳えるビルを破壊する。 「ナイトメアダウンの凄まじさは分かったけど――ワタシはワタシの日常を守る為に、戦うぜ!」 意識を失って空中から落下した一人のリベリスタを宙で受け止めて救ったのは明奈であった。 「ちょっと、大丈夫?」 ナース服を着た明奈に抱き止められ「うう……」と呻いたリベリスタが目を開ける。 知らない顔だから、当時の誰かなのだろう。彼は胡乱とした意識で思わず「天使……?」と呟いた。 「まあ、天使だけどな!」 「白石部員! 彼は重傷だ、早く此方へ!」 「はーい、部長!」 ペアを組む美月に呼ばれた明奈に応え、美月が傷の回復を施した。 マナサイクルで準備を整えた美月は殆ど薬箱のように、只管、只管に天使の歌を紡いでいた。 「……今の人も昔の人も同じだね。 怪我をしてるのに違いはないし。生きててくれた方が絶対良いのも同じ。 ……皆、死んじゃ駄目だからね?」 「……部長、マジで天使だわ」 瞳を潤ませた美月の強い意志に明奈は一層の気合を入れる。 負傷者を救援し、戦闘を救援する。 少しでも長く作戦行動を支える――【救援隊】の仕事は、それからも時間を追う毎に激しさを増していた。 「こっちへ――大丈夫、きっと助けるから!」 負傷者を背負ったルアが走る。誰よりも速く、その速力を十分に発揮して。 「おっと、追撃は御免だよ」 そのルアが駆け抜けたのは彼女が誰よりも頼む――スケキヨだ。 ルアの影を追う赤の子に彼の花蜘蛛(クロスボウ)が狙いを定めていた。落下するコインさえ精密に射抜く一撃は、赤の子の眉間に白銀の矢を突き刺して――見事にこれを絶命させた。 「大丈夫?」 「ありがとう、スケキヨさん!」 ルアにスケキヨ、更にはジース、弓弦、牡丹で形成された【花蜘蛛】チームは、仲間達の救援を主任務にした部隊である。 「私が幼い頃リベリスタに助けられた様に――今度は私が弱き人々を助けなければならないのですから」 「この命に価値があるとすれば、生きるべき人間を生かす事に消費されることだ」 さながらノブレス・オブリージュのように高貴で崇高な決意を口にする弓弦、そして掛け値無く本気でそう語る牡丹は、傷付き、疲れながらも多くの仲間を救援して来た。その全てを助けられた訳では無いが――彼が居たから再び戦う事が出来た者が居た。彼が居たから、最悪の未来を免れた者も居た。 「この近くの一般人は――もう避難出来てると思うんだが……問題は……」 ジースの言葉にルアはこくりと頷いた。 逃げ遅れた誰か、或いは逃げる事が出来なかった誰か。 アークにだけ存在するバイタルウェイブの力を駆使したジースは前衛ながら回復役も努めている。 彼が見上げた戦いの空は、徐々にその局面を変え始めているような気がした。 技術とスピードで翻弄していたリベリスタ陣営の動きが『落ちている』のは明白だった。 酷く醜く原始的なR-typeには難しい芸は無い。だが、都合数百人以上に及ぶリベリスタ達の総攻撃を受け続けても倒される気配等微塵も無いそれの最大の恐ろしさが小手先の技等では無い事は分かり切っている。 押し寄せるのは不安。破滅の足音。余りに容易に人を飲み込み、塗り潰す絶望。 だが、リベリスタはそれに染まるような『やわ』では無いのだ! 「私はヒーローじゃないけれど、ヒーローの皆を支援する事は、出来る。 だから、皆、死なないで。全力でみんなの怪我、直すから……!」 恐怖が無い訳では無い。だが、依子はそれでも力を紡ぐ。 「ナナシさん」と呼びかけた魔術書を手に、出来る限りの回復の力を紡いでいる。 「……大丈夫、ボクらは――皆は絶対に負けないよ。 ボク達はボク達の出来る事を最後までやり抜くんだ。皆が勝つ、その時まで!」 スケキヨの言葉に仲間達が頷いた。 荒れた状況に奔走しているのは彼等【花蜘蛛】チームだけでは無い。 「僕ちゃん何時もこーゆー仕事せっせかしてるからー今回もやーるー★ 弱った女の子ってーなんていうんですかー高揚感? 興奮するしー…… なーんてなんて冗談なんかはさーてーおーいーてー★」 ……些か状況を預けるに不安を感じないでもない甚内は兎も角、 「ほら助けに来たよ、私より強いんだ、頑張ってくれよ。 ……あ、またあっちに敵が来たのか。大丈夫、連携すれば乗り越えられるさ」 せめて己に出来る事は、と。恐怖に打ち克って死地に参じた豊洋が居る。 「こんちは絶賛開店営業中の萵苣です。 過去にもナイトメアダウンにも関連も無いやる気少なめに見える僕ですが微力ながらお手伝いします」 言葉とは裏腹にそれなりに真面目に仲間の救援に従事する萵苣の姿もあれば、 「大丈夫だ、必ず助かるから……!」 力強い言葉で誰かを励まし、周りとの連携で何とか一人でも多くを救わんと尽力しているヒロムも居る。 「……………」 そのヒロムにはどうしても気になる人物が居た。 この街の何処かで起きる悲劇を――出来れば止めてやりたかったのだ。 だが、冗長なる悲劇は時にドラマを認めない。混乱と喧騒に満ちた現場は特定し得ない。 いや、もっと言ってしまえば――彼が食い止めたい事件は『もう起きた後なのかも知れなかった』。 「安心して、もう大丈夫」 圧倒的な恐怖に錯乱した市民を優しく微笑んだ七瀬の白い翼が包み込んだ。 彼女特有の柔らかい語り口と、マイナスイオンの効果は絶大で――彼は漸く人心地をついて気絶した。 「……無理もないよね。あんな、怖い思いをしたら……」 短い時間の間に一体何人が死んだか分からない。 リベリスタも、一般人も、恐らくはフィクサードも。 市街は未だ史実のような壊滅を見せてはいなかったが――歴史においても静岡が『何時』壊滅したのかは、定かでは無い。リベリスタの戦いがそれを遅延させただけなのか、それとも回避したのかは分からない事だ。 「そこ、チコがそれ以上はゆるさないのだー!」 「だぶぴー☆ あいしゃはプチデビルよ? 素敵なお知らせしちゃうんだから! あっつい乙女の攻撃受けていってね?」 空から地上に追い立てられ、挟撃を食らうような格好で孤立したリベリスタ達を救援したのは、手にしたスタッフを赤の子達に向けたチコーリアと、何とも独特な言い回しで敵に宣戦布告をしたあいしゃ、そして彼女の相棒である柚架だった。 「ここが、柚架が知らない昔だとしても! ミライにつながる風を止めないために―― ほんの少しの希望が未来をつくるなら、それを導く、助けるカゼになりますっ! 『今』ここにいるヒト達と、これから先の『未来』を生きるために!」 高らかに希望を謳う柚架の桜恋空咲が赤の子を打ち倒し、仲間を救う。 飛び掛かってきた敵の爪牙を彼女のはためかせたマントがあしらった。 【救援隊】の仕事は支援から救出、そして必要に応じての戦闘まで多岐に渡っていた。 名前こそ救援だが、言い換えればそれはどんなピンチにも対応しなければならない便利屋だ。矢面に立つ【迎撃隊】、【攻撃隊】ではないが――過酷極まる戦況を或る意味最も実感しているのは彼等だったと言えるだろう。 それに無論だが、彼等も安全という訳ではない。救援隊自体の怪我人も多く、状況は混沌としていた。 比較的等という曖昧な基準で保証されるのは、R-typeとの即座の直接対決が起きない程度の話である。 「神を奉るが信仰なれば、神を滅ぼすも信仰なり。 一条の光は儚くとも、十重二十重に束ねれば、無量の光に能いましょう」 厳然と言葉を紡ぐ冬は、人の子で親だった。この場所に蟠る痛みを少しでも和らげたいと思うのは当然だ。 「今回戦うR-typeって、世界樹をおかしくした存在だよねぇ……? そうやって考えるとぉ…リリス達にとっても、コレは敵討ちになるのかなぁ?」 少し間延びした調子で言ったリリスは彼方の『赤い空』に目を細めていた。 フュリエである彼女は、遠い時間の彼方――同じものを見ていた。 その後故郷を襲った災厄の結末を、誰よりも知り、誰よりも自覚している。 「……よし、目が覚めた」 普段は胡乱とした彼女の調子が少しだけ変わっている。 「この様な場所で朽ち果てても良いのですか? 立ち上がりなさい。そして戦うのですわ」 「ぼっちゃまの為に立つのです!」という本音やら後半は兎も角。 リリスの厳しい言葉は、本人の意図以上に恐らく戦士の心を奮い立たせただろう。 「君達は当分生きていて貰うよ。何しろまだまだ手伝ってくれないとね。僕が安心して遊べる未来の為にもね」 わざとらしいウィンクと共にそう告げた――ここに存在する事が実は既に命賭けである――イシュフェーンに、リベリスタは感じ入るものがあっただろう。 「せめてものお守り……になればいいんですけどね」 透真斗は傷付いた仲間を癒し、浄化の鎧をせめてもの手向けに再び彼を戦場に送り出した。 「皆様の勇姿に心打たれます。わたくし涙が止まりません。 今こそ戦わねばならぬ時。戦場で散る儚さ、人の夢の如く潰える瞬間は桜でしょうか…… しかしこの季節には無粋に過ぎます。 わたくしその様な悲劇は許しておけません。わたくし達はナイトメアダウンの悲劇と戦う為にここに居るのです 大団円を――誰も泣かないで済む、エンディングを目指そうではありませんか!」 滂沱の涙を流す黒は、自身の言葉が叶わない理想である事を恐らく知っていただろう。 だが、強くそれを言い切った彼の気持ちを分からない人間は居ないだろう。 「どんな困難な状況でも、皆さまは立ち向かっていくのですね。 ……私も、力の限りこの素敵な皆様とご一緒しましょう」 柔らかく微笑んだアガーテが、小さく頷いた。 「素敵な皆様と一緒なら、怖くありませんもの」 「ええ、ええ!」 黒は涙を流しながら激しく何度も首肯する。 「エフィカさんが見ていなくとも――わたくしはムービースターですッ!」 ……彼を含めた【素敵過ぎる俺ら】の面々は、せめて自分が出来る事に全力を尽くしていた。 役割の種別、その強さも問わず。現場の誰しもが己に出来る全ての仕事にその精力を注いでいた。 だが、世界は何時も変わらない。 少なくとも人間の手によっては変わろうとしない。 運命は彼等を省みる事無く――慢心するから時にその着地点を『変えられる』だけなのだ。 だが、それも良かろう。それが如何に傲慢であろうとも、認めなくとも勝利の結末は変わるまい。 「……『R-type』が齎した遺産、ねぇ……」 烏はバイクで戦場を駆け回り、手にしたカメラで怪物と勇者達の戦いの記録を撮っている。 もしかしたら遠く――未来の一助になるかも知れない映像をその手に残していた。 「……過去のお前さんの残したモノが、過去のお前さんを狙ってる。確かにこりゃパラドクスだわな」 何かに気付いたのか、何とも微妙な言い回しをした烏の真意は赤いマスクの所為で分からない。 「……ありゃ、悠木君?」 烏が見覚えのある人影を見つけ、その注意を向けたのは不意の出来事だった。 彼の言葉を受けて、振り返ったそあらは泣き笑いの表情をしていた。 「……どうし……」 「パパと、ママが居たです」 そあらの一言に烏は思わず息を呑んだ。 彼女の言葉から、彼女の様子から――何かを連想するのは余りに簡単で。 そあらの脳裏を過ぎるのは、遠い日に両親に告げた『些細なワガママ』だ。 永遠に謝る事も出来なくなってしまった――心の刺だった。 「……あたし、頑張るのです」 目元を手でゴシゴシとやったそあらは、烏がそれ以上何かを言うよりも早くその身を翻した。 この時代は確かにリベリスタ達を求めていた。 そあらは理屈よりも先に、ある種の本能で――何故自分達がこの場所にやって来たかを直感していた。 そして、奇しくもそれは烏がその心の奥に抱いていた漠然なる推論とほぼ同じ方向を見ていたのだった。 ●絶望の日VI 所変わって三高平市。 緊急事態宣言が発令された市内の電力は殆ど停止状態に陥っていた。 医療機関等、一部施設以外のサービスは一時的に停止。アーク本部すらも最低限の機能――アクセス・ファンタズムの担保、万華鏡等――を除けば事実上、機能していない状態にあった。 「……どうなってる?」 「最善を尽くしているとしか言えない」 難しい顔をした沙織に深春はにべもなく答えた。 三高平市本部前広場には、とんでもない怪物が鎮座していた。 黒光りする鉄の砲を目の前に息を呑んだ人間は数知れぬ。荷電粒子砲のアーティファクト『神威』は、かのR-typeが十五年前に残した残滓を元に造られた。今、アークの切り札として起動の時を待つそれは、既に必要なリベリスタ達の搭乗を済ませ、その威力を開放する時を今や遅しと待っていた。 「……威力出力は、凡そ六割だ。どう計算しても、此れがギリギリと言えるだろう」 「それ以上は……」 「確実に、現場のリベリスタ達を諸共吹き飛ばす」 深春の言葉に沙織は苦笑した。 強過ぎる力は、時に我が身を滅ぼすとはこの事である。 深春がギリギリと称した六割でさえ、向こうの市街がまともに済む保証は無いのだ。 故にリベリスタ達は全力を尽くして赤の子を倒し、周囲の人間を退避させているのだから。 「……しかし、まずいな」 『真白チーム』からの修正演算が届かない以上は、「撃て」の号令は下せない。 だが、司令本部に届く戦況は時間を追う毎に悪化の一途を辿っていた。沙織が把握している限りでもリベリスタ側の損耗率はとうに三割を超えていた。その三割に含まれない面々もボロボロである事は想像するだに難くない。 (……どうする……?) 沙織は沈思黙考して状況を考える。 未完成の『神威』が連続運用に耐えるのは精々二回までだ。逆を言えば、一打ならば――先に撃てなくも無い。命中率はかなり下がるだろうが、厳しい状況に楔を打つ効果は認められる可能性は無くは無い。 だが、そういう博打はギリギリまで控えるに越した事は無いのも事実である。 「……そっちの準備は万端なのか?」 沙織が手元の通信機にそう声を掛けると、 「朝町美伊奈、一生懸命お手伝いしてます!」 「クェーサー夫妻と真白の妻のロゼットか。彼等にはどうも世話になったようだからな」 「世界樹様が大変な事になった時にアークの皆に助けてもらったから……今度は私達の番だね」 「果たしてR-typeを倒してしまうことが良いことなのかどうか未だに判断はつかないけど…… まあ、アークで仕事すると決めた以上は、手伝える範囲で手伝おうか」 「姉さんが生きていれば、どんな強大な敵であっても迷い無く戦ったでしょう。 それが、過去の世界であっても。大好きな人々を、平和な世界を守るために。 私は、それを為す為の――最後の号令を待っているだけです」 何故か負傷している美伊奈、結唯、シンシア、スティーナ、セラフィーナ…… 司令室のモニターにはリベリスタ達の様子が次々とポップした。 合計十人を超えるリベリスタ達が乗り込んだ『神威』はその総力を結集させて放たれる。その全身に感覚フィードバック用の超リンク・システムを繋いだ彼等は自由に動ける状態では無い。 他の誰かが戦っている状況で、自分達の出番を待たなければならないのは中々焦る展開だろう。 「悪いな、待たせて」 「荷電粒子砲ってなら環境の影響を受けやすいだろうからな。 実体弾より細かい計算が必要なのも当然。今と過去、二つの重力や磁場とか諸々のデータと睨めっこして標的に直撃させるコースを導かねーとなんだろ? そりゃ、簡単な話じゃねぇぜ」 「少なくとも情報の数値、数式化は必須だわ。可能な限りサポートしようと思ってるけど。 ああ……博士からの情報を噛み砕くのも一手間ありそうだわね」 計算に強い所を見せたブレスとスティーナに沙織は「大凡その通りだ」と首肯した。 「しかし、これだけのものを用意されて、『外しました』じゃあ話にならないでしょうよ」 「そうそう、ストライクゾーンは広めに取らなくっちゃいけないわ! ……今回は、スライダーさせる必要があるんだっけ?」 野球で例示する必要があるかどうかは兎も角、でこの言っている事もそう間違ってはいない。 「全くだ。だから、お前等は一番重要だぜ」 状況を皮肉気に揶揄したあばたに沙織は苦笑した。 絶望を打ち砕く可能性があるとするならば、それは希望のみである。 リベリスタ側はこの『神威』を超える希望の手段を持っていないのだ。 「……ま、こうなった以上は腹を括っていますよ。それに、射手の方も万全です」 「プレッシャーをかけてくれますね」 目を閉じてそう言ったあばたに応えたのは今回『神威』のメイン・シューターを勤めるレイチェルだった。 「……あばたさんに言われると、それはもう」 ほぼ互角の技量を持つ二人故にという所もある。 しかし、こと当てるという事に関してはこのレイチェル以上の人材はここには居ない。 「大丈夫、レイなら出来るさ」 「……え、ええ。まぁ、その……」 難しい表情をしていたレイチェルにそう言葉をかけたのは夜鷹である。 敢えて『神威』の操作よりもレイチェルのフォローに回った彼が、彼女の髪をそっと撫でると。はにかんだ少女の褐色の肌はハッキリと分かる位に色付いた。 「レイならやれる。それに、俺が絶対に邪魔もさせない」 「……うん」 「兄貴も頑張ってるみたいだぜ」 「……沙織さん、少し楽しんでるでしょう」 「まさか」 唇を少しだけ尖らせたレイチェルは少女の顔から戦士の顔へとその居住まいを正した。 「研究開発室のバックアップで大体の感覚は掴めましたが――私も、皆もぶっつけ本番ですからね」 「ああ……」 「だが、モリアーティの時にVTSやカレイドに繋がるシステムを触らせて貰ったからな。それでも随分マシってもんだぜ」 「助かってます」 ジェイドは電子の妖精を利用して、システムの類似点を探る事で面々の感覚を調整する役割を果たした。 射手としてはそう腕前の立つ方では無いが、要するにやりようという典型的な例であった。 「……」 難しい顔をしたメイに沙織は「どうした?」と声を掛けた。 「……何でもないよ。ちょっと、考え事をしていただけ」 メイも又、今回の事件について――少し思う所があった。 彼女が頭に思い描いた可能性が、果たして事実であるとするならば――この作戦は。 ●絶望の日VII 「――――」 言葉も無い。声も無い。 R-typeの放った何気ない一撃が、真の小さな身体を余りに無慈悲に吹き飛ばした。 力を失って吹き飛ばされた彼は、まるでモノのように地上の奈落へと墜ちて逝く。 「……チィッ……!」 サーマデューク・ヴァンセット・カレードの放った魔術がシルフィアの網膜に焼き付いた。 合わせるように――殆ど無意識の内に動き出した彼女の雷撃が、現れた赤の子ごとR-typeの体表を灼く。 煮詰まった戦場はいよいよ正念場を迎えていた。【天羽々矢】の面々はこれまで連携良く厳しい戦いを乗り越えていたが――継戦の限界点がありありと見え始めていたのは否定できない事実である。 「……私達の『永遠』に姿を現したのも……十五年前、になりますか。 なれば、これは我々の背負った運命なのやも知れませんね……!」 ラ・ル・カーナの落日を知るファウナはこの奇妙な一致が偶然ばかりだとはどうしても思えなかった。 時系列が一致している以上、ラ・ル・カーナに現れた巨人は、この後か前なのか……大き過ぎる歴史の地殻変動が引き起こすパラドクスが現在の彼女にどんな影響を与えるかは知れないが。もし、ラ・ル・カーナの事件が『後だとするならば』。あのバイデンによる蹂躙は避け得る運命なのかも知れない。 ――この場所で、巨人を討ち果たす事が出来たなら。 (シェルン様、そして『母なる永遠』よ。送り出してくださった事、感謝致します。 ――どうか。私達に、奇跡に届く力をお貸しください……!) 祈るような心持ちでファウナの放った緑色のオーロラが、疲れ果てた戦士達を優しく包む。 「ひょっとしたら今日が最後かもしれないから、いつもの奴だけど気合い入れるよ! もっと入れるよ! 準備はいいかい? それじゃ、キャッシュからの――パニッシュ☆☆」 どんな時でもマイペースの崩れない翔護である。 彼の放った雨あられのような銃撃が【天羽々矢】の新たな総攻撃の合図になった。 「この戦いで何が変わるかはわかんないけど……少しでもいい方に進んでくれたらいいよな!」 「援護します。細かい事は気にせず、桜庭様や兄様は本体へ全力をぶつけて下さい――!」 必死の表情を見せたナユタの放った光弾が戦場に軌跡を引く。 声を振り絞るリリが本日幾度目か知れない魔弾(いのり)の弾幕を展開する。 「神様……的なものを直接殴りに行けるなんて、ある意味ツイてるって言えるのかもね!」 「まあ、俺は別にアレに何か物思ってる訳でもないし、どうでも良い ……が、強いて言うなら、だ。勝手に人様の世界に来といて派手に暴れてくれてんじゃねえよ、ってだけだろ」 彼女の要請に応えて間合いを奔るのはロアンであり、劫である。 鮮やかな暗殺術と無数の刺突が巨体を襲う。人を倒す為に練り上げられた技は、練達の領域に到ってさえ、化け物を仕留めるには足りないのだろうが―― 「……それでも、随分みっともない姿になったものだね?」 薄く酷薄に笑んだロアンは『神』を嘲った。 数え切れない位の猛攻を受けたR-typeの体表は相応に傷付き、ダラダラと赤い混沌を垂れ流している。加えてそれはこの世界に乗り出そうとしながらも、未だその上半身を半分出現させた時点で止められているのだ。矮小なる人間如きに、少なくともこの時間。神が自在を許されていないというならば、これは胸のすく気持ちであった。 (……でも、最後って言っといてアレだけど。玉砕させる心算は無いんだよねぇ) 荒い呼吸で敵を見据える翔護は『攻撃力以外の算段がついていない現状』に危惧を覚えていた。能ある鷹は爪を隠すとは言わない。キャラクターは生来のものである。だが、彼は案外に冷静に後の事も思案していた。 (……最悪の場合は、撤退の為の退路を開かないといけない) 現時点では誰も諦めようとはしないだろう。だが、それを考えさせる位には状況は厳しい。下馬評通りと言えばそれまでだが、『神威』なくてはR-typeは倒せまい。そして、その『神威』発動のカウントダウンは未だ本部から届いていないのだから。 一方で、あくまでR-typeを仕留めなければならないと考えている人間も居る。 それは彼の寄る辺だった。他の何を置いても、どれ程の犠牲を払っても。成し遂げる必要がある宿命と言えた。 「やっと会えたんだ、R-typeよ。この時を俺がどれ程望んでいたか。 お前に分かるか? 分かるまいな。分かって貰おうとも思わんが――!」 流麗なその美貌に獰猛な怒りを貼り付けた櫻霞は、平素の彼では無かった。 両親と友人を殺し、平穏だった日常を破壊し、この修羅の世界に櫻霞を引き込んだ全ての元凶。 幾度夢見たか知れない、それを殺す日の事を――なれば、彼には迷いも何も一つも無い。 「今ここで出し惜しめば、俺は一生後悔するだろう。 全てを掛けて貴様に消えない傷をくれてやる。髪の一筋程であろうとも、貴様に恐怖を見せてやるッ!」 彼は――自らが前に進む為には、櫻子と進む未来を確実にする為にはこの戦いが不可欠である事を確信していた。故に、過去だろうが現在だろうが未来だろうが――この地獄だけは許さない。 何度でも繰り返す。 「絶対に――貴様を許さない!」 猛攻を見せる櫻霞と共に戦場に立つ【朧月】の面々も全ての力をこの瞬間に尽くしていた。 (ずっと、ずっと思っていました。 櫻霞様と出会ってから共に歩んだ復讐を成し遂げる為の日々。 過去に囚われ続ける彼を見続けるのは辛かった。 過去に縛られ続ける彼を私だけでは解放出来ない事実が今だって辛い。 それでも彼を失う位なら私は何だってやってみせる――自分の運命を失う事なんて怖くない!) 言わずもがな。長い睫を一瞬だけ伏せた櫻子は、吠える櫻霞の心を誰よりも良く知っている。 面を上げ、最愛の人と最大の敵をねめつけた彼女の唇から確かな決意が紡がれた。 「此処で最愛の貴方を失うわけにはいかないから……!」 命を賭けて戦いに挑む櫻霞を一人で行かせるような心算は櫻子には無い。 そしてそれは、 「綺麗事に興味は無い。所詮この手は二本、それ以上は救えない。 だが、救える者を救えなければ――俺に残るのは後悔だけだろう?」 必死の攻めを、必死の援護を見せる櫻霞、そして櫻子を守り続ける凜も同じだった筈だ。 「目は見えずとも解ります、アレは危険な存在です」 この戦場の何処かに居る『蓮華』を想い、白蓮は後悔にも似た――複雑な感情を禁じ得なかった。 前線に出て行く娘を見守るしか無かった、暑い日の出来事。無力に泣いた事が無かったとは言えない日々。 「ああ。全く――所詮また聞きだったからな、細かく知らない事件だったが…… 流石に直に見て肌で体感するとヤバ過ぎるの一言だわ」 「歴史は繰り返す、と言いますけれど……アークは一部だとしてもソレを塗り替えられるかしら?」 「さあな。だが、出来ると思ってるから――ここに居るんだろ」 「成る程、道理ですわね」 ルヴィアの言葉に傷付いた杏子は破顔した。 R-typeが吠える。その手を開き、突撃する小さな人間を握り潰そうとしている。 だが、小さな彼は――風斗は、全身から赤ならぬ、緑色のオーラを迸らせて。 「ボトムから……出ていけええええ!!!」 力の限りに己のデュランダルを一撃した。 ――果たして。アクセス・ファンタズムが知らせの合図を届けたのは彼等リベリスタの気迫に無関係だっただろうか? 「未来から――奴に特大の雷を落とす。生憎DMC-12は無いがな!」 血濡れた口元を手の甲で拭い、影継が不敵なる笑みを浮かべた。 待ち望んだ歓喜の合図は、絶望の戦いを希望に変えるそれ。 ミリィ、雷音、雷慈慟等、辛くも残った彼等の的確な指示も効いている。リベリスタ達は――アークでない者も含めてだ――見事な動きで退避行動を開始した。 それは僅かな時間の出来事。 猛攻から解放されたR-typeは驚く程呆気無く、ずるりとその身体をボトム・チャンネルに乗り出した。 四つ這いの巨人は、ゆっくりと世界を見回した。距離を離したリベリスタ達は――固唾を呑んでその瞬間を見守っていた。 青く。 青く。 青く。 彼方より――神の雷が飛来する。 途中に存在する全ての障害物を蒸発させ、上空から巨体目掛けて降り注がんとした。 赤い巨人が大きく吠える。向かってくるそれが、神域の己を冒す害悪であると認識したのだろうか。 威嚇するように吠え、青い光に向き直り。その大口をパカリと開けた。 迸るのは、赤光。 青と赤は互いを侵食し――強烈な光と音の波で周囲を浚った。 目を開けていられる者は無く、目を開けたその後には――リベリスタ達の望まぬ展開が残されていた。 ●絶望の日VIII 「……倒し切れなかっただと……!?」 驚愕に目を見開いた智親は思わず手元のキーボードにその拳を叩き付けていた。 「R-type……ッ!」 沙織はその瞬間、口惜しさと怒りを隠す事が出来なかった。 『神威』の射手達は――完璧な仕事を果たした筈だった。 足りなかったのは誰もが想定しなかった威力の方だ。照準ではなく…… 「……信じられない、バケモノだわ」 思わず零した深雪に、ハインツは「フン」と鼻を鳴らした。 『謎の援軍』の持つ切り札は、成る程、壮絶なものだった。すんでの所で迎撃したR-typeではあったが、流石のそれも完全な相殺は出来なかったらしい。表面を焼け焦げさせたそれは初めてダメージらしいダメージを受けているように見えた。 「……だが、これからだろう?」 「ええ」 茫然自失の感もある他のリベリスタ達に先んじて、クェーサーの二人が動き出した。 程無く彼等は再びそれを食い止めるべく、総攻撃を開始した。 「……どうする……ッ!」 頭を掻き毟った沙織がモニターの中の戦況を見つめて吐き捨てるように言った。 リベリスタ達の限界は近い。『神威』の射出が可能なのは後一度。 だが、状況からしてそれを倒し切るのは困難だ。今のままの威力では。 (……しかし、R-typeを食い止めなければ、今度は照準の問題が生じる。 奴をこのポイントに釘付けなければ、命中は望めない。だが、釘付けさせれば……) 十割の『神威』は確実にリベリスタ達を消滅させる。 究極の状況に口を挟める人間は居ない。撤退か、それとも他に手段があるのか……? 自問する司令部のモニターに、予想外の人物が映り込んだ。 「そちらが、援軍さんの上でいいのかしら」 「……ロゼット、真白……?」 「有名人みたいね、私は。今となれば……何となくその理由は分かるけど。 今、私はゲルト君というリベリスタの通信機を借りて、貴方と話している。 時間が無いから早速用件で悪いんだけど――今のが貴方達の『切り札』ね?」 「ああ。細かい話は省くが……そうだ、俺達の砲撃だ」 「もう一発撃てる?」 「もう一発『なら』何とかな」 モニターの背後から響く轟音はその酷さを増していた。 画面におかしなノイズが走るのは――戦闘が理由なのだろう。 「……一発じゃ倒せない。質問を変えるわ、今のは今ので目一杯かしら」 「……正直に言えば、安全運用の限界だ。これ以上は」 「巻き込む、という事であっているわね?」 聡明なロゼットは戦闘以前にある程度の話を聞いていたからという事もあるだろう。 実に手早く状況を自身の中で纏めていた。 「全力を出して頂戴……というか、それ以外方法は無さそうだわ」 予想外の、そして予想通りの言葉に沙織は歯噛みする。 「だから、そうすればお前達が――」 「――但し、謎の援軍の皆には、もう退いて貰う」 ロゼットの言葉に沙織は絶句した。 「色々な人に話を聞いたわ。特にこづかさんは多くの話を集めていたから。 貴方達は不思議で、貴方達は強くて――貴方達は、余りいい役者じゃなかったみたい。 私だけじゃない。皆、何となく気付いてる。まるで、家族のような――大切な人に似た空気を持った貴方達に。だから、つまりは……そういう事なんでしょう?」 ロゼットの穏やかな語り口は、全てを察した者のそれだった。 彼女等はそれに気付いた。そして、沙織もそれに気付いた。 メイや、烏や、或いはそあらといったリベリスタ達は戦いの中でそれを感じてしまった。 ――この事件にパラドクスは存在しなかったこと。 真にパラドクスと言える状況は、ナイトメア・ダウンでこの世界が滅びなかった正史の方なのだと。 卵が先なのか、鶏が先なのか。 しかし、『アークのリベリスタなしに、ナイトメア・ダウンは止まらなかった』。 故に後の世には一つも答えが残らなかったのだ。何故、勝てたのか。 そのミステリーの真相は、十五年を経るまで、解き明かす方法は無かったから。 「……旦那は、そこに居るの? そんなもの、彼以外が作れるとは思えないわ」 「いいや、居ない。唯――切り札を作ったのは奴だ。それから、アイツも戦ってる」 「そう。イヴは?」 彼女がそう口にしたのと、息を切らせたイヴがその場に現れたのは同時だった。 ほんの僅かな対面。見つめるだけでイヴの大きな瞳に涙が溢れる。 「泣かないで。愛してる」 目を閉じたロゼットは満足そうに頷いた。 ●希望の日 (……やれやれ、しかし感謝する他はありませんね。私達は、彼等のお蔭で勝機を得た) 全ては『彼等』のお陰だ。 そうでなければこんな望外の結果、望めたものか。 墜落していくラルフ・ウォルター・エインズワースは、途切れかけた意識の中で妻と幼い娘と、金髪の少女の事を思い出していた。 「……ロゼット、どうする?」 「どうするも何も」 ロゼットは一瞬だけその問いに答える事を躊躇った。 既に幾多が傷付き、死に果て、その痕跡すら残さずに消え失せた者さえ多数。 仮に『それ』に一矢を報いたとしても――自分達に『未来』が無い事は戦う誰もが知っていた。 ならば、どうなると言うのだ。一体、どうなると言うのだろうと―― 「……ロゼット!」 強い呼び声にロゼットは我に返った。 そして「馬鹿ね」と吐き出した一言は自嘲の響きを秘めていた。 この世界には守るべき『何か』がある。守らなければならない『誰か』が居る―― ここに立つ前に私はそれを知っていた筈なのに、と。 「決まってるわ。刺し違えてでも――アレを『穴』に押し返す」 その為の手段は分かっている。その為のコストは分かっている。 (ゲルト君に、つくづく感謝ね) 最後に見た夫の顔は随分と老けていた。あんなに泣くから――おかしくなる。 「付き合ってやるか。無事戻れたら今度はお前が付き合えよ」 更にもう一人が傷付いた腕で銃を構えた。 「まだロゼットに執心なのかよ、お前は」 「人妻は辞めとけって――」 「――野球は九回ツーアウトからって言うだろが!」 「完全にスリーアウトでしょ」 「酷ぇ女だな、お前は!」 軽妙な言葉達が重過ぎる運命の上でステップを踏んだ。 恐らくは今生の別れ、最後の戯れ。それを知るが故に誰も悲壮感を匂わせる事はしない。 唯一つ、『有り得るかも知れない未来への可能性』を自ら否定するような者は誰一人居なかった。 「さあ、勝負よ! ミラーミス!」 「クェーサーの名に敗北は、無い」 「クェーサーの名には撤退も、無い」 まるで冗談のような本気の一言。夫の言葉を妻が継いだ。 「違って?」 華やかに笑った深雪にハインツは似た表情で言葉を投げた。 「愛しているぞ、深雪」 「私も。愛してるわ、ハインツ」 戯言と共に瓦礫の街を蹴り上げた。 見ているだけで心が悲鳴をあげる。 魂が削られているような気さえする。 けれど、私の周りには仲間がいる。 恐れることはなにもない。ただ撃鉄を上げろ。 引けば良い。何よりも重く、何よりも辛い。この運命の引き金(トリガー)を。 全ての業と、全ての希望と、何もかもの無茶苦茶をレイチェルの細い指が終末に向かわせる。 「これがアークの――リベリスタの、意地です! その想いを、強さを存分に味わえ、R-type(バケモノ)――ッ!」 深い青の光が、今度こそ世界を舐め尽す。 抵抗を見せた赤光さえ呑み込んで、貫いた赤い巨人のその巨体を次元の彼方へと押し飛ばした。 それが滅びたのかは分からない。ミラーミスは決して滅びないものなのかも知れない。 だが、想いを、先に。歴史を、先に。 時間が先に繋がるならば、戦う事で愛する誰かの未来を紡ぐ事が出来るとするならば。 犠牲も、全ては―― ――こんなのって、まるでムービースターみたいじゃない? |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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