●神 「おお異なる神よ! おお我らが神よ! 今こそこの地に姿を現したまえ――!!」 誰かが“神”を呼んでいる。 狂気の声だ。複数の人間が一心不乱に天上に向かって叫ぶ様はとても正気と思えない。窓無き部屋、中心に血塗られた円状の魔法陣が描かれている場所で。延々唱えられる言葉と共に望むは――神の到来。 恐怖の神を呼ぼうとしているのだ。どの存在でもよい。我らの神。我らの神。その姿を今ぞここに。 降臨したまえと叫びながら。 「……」 一人の少女が座り込んでいた。魔法陣の中心。捧げられる贄、と言った所か。 虚ろな瞳で地を見つめる姿に力は無く、手足を鎖で縛られていれば逃げる事も出来ない。 胸から零れる絶え間ない流血が余命短い事も指し示せば、あと数分保つか否か―― 『ククッ。卿、長くはないな。こんな愚かな儀式の生贄にされるとは不運な事よ。 いや……元より“こうなる予定”であったのか? 卿に関して言うならば』 その時、どこからか声が聞こえた。 誰だろう。初めて聞く声だ。と言うよりも父以外の声を聴いた事などあまり無いのだが。 誰だろう。私を殴る人だろうか。蹴る人だろうか。お前は生贄の為だけに生まれたのだ、とかよく分からない言葉を繰り返す人だろうか。どことなく声色が違う気がするが、誰だろう? 『望みは無いのか卿? 井の中しか知らぬのも不憫だろう。外に出たくはないか? 卿を軽んじてきた者らに復讐したいとは思わぬか?』 望、み? 『そうだ。“余”が叶えてやろう。力を貸すに当たって代償はあるがな。 だが卿は中々運が良いぞ? 余は多少マシな方であるからなクククッ』 瞬間。部屋に亀裂が走る。 異変に気付いた男達がざわつき始めるが、まだ誰も気付いていない。己らが呼ぼうとしていた神とは別種の、とんでもない“神”がこの部屋を見ていることに。 『さぁ』 願いを言え。 こんな雑な術式で生み出した穴では満足に力は貸せぬが、それでも己が名に懸けて願いは叶えよう。 復讐したいのならば薙ぎ払う力を。他者の破滅を望むなら呪いの力を。 虐殺すらしたいのならばそれも良し。さぁなんだ言ってみるがいい幸運なる人間よ。 さぁ。 「…………じゃ……ぁ……」 さぁ。言え。さぁ、さぁ――!! 「……サンドイッチ……たべたい……」 ●依頼 『我が娘が……キーラが悪魔召喚の術を執り行ったのです! ああなんたる罪深き事か!!』 アーク本部。ブリーフィングルームにて通信を介すは、ロシアのとあるリベリスタ組織の長だ。 名をウィズ。三十代か四十代か。そのぐらいに見える男は恭しくもアークに言葉を紡いで、 『我が屋敷内部にいつの間にやら作られた秘密の間がありましてな…… そこで悪魔を召喚したようです。こちらが事態を把握した時には既に逃亡された後でした……』 「気付かれなかったのですかな。そのような部屋を作っていることに、貴方は」 『お恥ずかしき事ながら私は組織の長としてあちこち出向く必要がありましてな…… いや、それはいいのです。問題はその召喚された悪魔――いや、魔神です!!』 睦蔵・八雲(nBNE000203)が問うた言葉は軽く流して、 魔神。ウィズが言い直したその言葉は、アークにとっては聞き流し難い言葉だ。 悪魔でなく“魔神”。であるならばまさか―― 『召喚されたのは……あのキース・ソロモン配下。七十二柱の一位、バアルなのですッ!』 ――流石にその名が出た瞬間は息を呑むものも居た。 魔神バアル。かつての“九月十日”に現れた一柱であり、魔神の中でも特に強大である存在。 なぜそんな者が召喚されたのか……真実はウィズも“分からない”と言いつつ、 『奴めの力は儀式の未熟……いやキーラが愚かにも力不足だったことが原因でしょう。娘に憑りつきながらも大分力を殺がれている状態のようです。本来ならば身内で片を付けるべきですが、油断ならぬ存在故アークの皆さんにご助力をどうか……』 「話は分かった……が、その娘さんに関してはどうすれば良い?」 リベリスタの一人が聞いた。生かすべきか。それとも殺すべきか。 それで対応も難易度も遥かに話が違ってくる。流石に親の目の前で娘さんを殺すなどとは言い辛く、 しかし。 『娘? 自業自得ですな。殺して構いませぬ。 いや言葉を介す必要もございません! 魔神に乗っ取られた者の言葉など全て狂言!! 信ずるにも値しませんとも!!』 ウィズは即答した。何の感慨も無く、むしろ娘を侮蔑する感情を込めながら。 ……何か怪しい。どこが、と上手く口に出来ないが、この男は全てを話している訳ではなさそうだ。 「……彼の言に関してはこちらで調べておこう。叩いたら埃が出るやもしれんな」 八雲が言う。ウィズを調べてからでは時間が無い。彼と、彼の組織の事に関してはアークに任せよう。 しかし真実が如何であれバアルを放っておくわけにはいかない。魔神はそれぞれ己が分身の様な力の一片をこの世に送り込んでいるに過ぎないが、強力だ。死にはしないが、本体にある程度ダメージを与える意味でもバアルは倒しておきたい。 故に往く。舞台は北の国――ロシアである。 ●サンドイッチ とりあえずバアルは屋敷を吹っ飛ばしてサンドイッチ屋に直行した。 『如何に突発的な召喚だったとはいえこの様な願いを受けたのは他に何柱いるのだろうな』 過去を遡っても恐らくそうはいないだろう。まぁなんにせよ契約は契約だ。履行する。 キーラの体に憑依して。近隣の街まで数分程度。着いた。買った。店主に怪しまれたが知らぬ存ぜぬ。 「お金……は? たしか、ひつよう……なんでしょ?」 『フッ、余に抜かりはない。屋敷に頑丈そうな金庫があったのでな。 防犯用の術式諸共ぶち抜いて中の札束を奪ってきておいた。路銀に心配はいらんよ』 要らない分は焼いておいた。その瞬間に悲鳴が聞こえた気がしたが、まぁ気のせいだろう。 『だが卿の命が長くない事は忘れるな。死の直前、余が強引に延命させているに過ぎんからな。 まぁ……それぐらいは味わって食すが良い。卿の命が尽きるまでは、代価の徴収はせんよ』 「よく分かんないけど……いい、の?」 『良い悪いというよりも、これで魂を吸い取るのは余が吹っ掛け過ぎだ』 人それぞれの願いに重いも軽いもありはしない。が、それはそれとしてこれで魂を代価にするのはバアル個人として納得がいかないのだ。ならばせめて命尽きるまでは好きにさせてやろう。 どうせ死ぬのだ。焦る事は無い。 『……しかし流石にあの儀式からの顕現は強引過ぎた、か。』 バアルが思うは己の力。明らかに出力が足りないのだ。そもそもキースがゲーティアを介しても全力の魔神を呼べぬ現状。小規模の組織が行った儀式程度でバアルが、いや魔神そのものが本来なら呼べる筈が無い。 元より魔神召喚用の儀式でなかったことも含めて穴が小さいのだ。狭い。通れぬ。バアルが偶々穴を見つけ自ら出てこようとしていなければ、力の小さい悪魔程度しか召喚されていなかっただろう。 『まぁ、良い』 代わりに中々面白い魂を見る事が出来た。あれだけの環境下で“恨む”・“憎む”という感情が出てこないとは。喪失した……とは違いそうだ。恐らく元から“そう”なのだろう。面白い。輝きはキースと比べれば遥かに劣るが、それでも上質。 誰にも渡さん。この魂は余の物だ。モートめにくれてやるには惜しい。ああこれだから人類は面白いのだ!! キースが力蓄えるべく修行している最中にて、暇潰し程度のつもりだったが――中々どうして、動いてみるものである! 「…………」 バアルの気分が高揚しているのをキーラは知らない。 だがそれは別に良い。キーラにとっては初めてとも言える外の世界に目を奪われていた。 ここが外なのか。イメージすら出来なかった、己の知らぬ――“世界”なのか。 十年ぶり程に食べたサンドイッチは、美味しかった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:茶零四 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月26日(土)23:11 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 10人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●捜索 「――二手に分かれましょう。まずは早急に見つける事が重要かと」 ロシア。北の大国。その地に足を降ろした『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610) が開口一番放ったのは、別行動の考え。 それは彼も言った様に、とにもかくにもキーラ達を見つけねばならないからだ。彼女を見つけるのに手間取って結局逃がしてしまった――では笑い話にもなりはしない。“如何なる結末”が待ち受けていようとも。その結末に至る幾つかの道を、己らで閉ざすつもりは無い。 「む? しかし周辺の地の利は我らにあります……ここは共に行動する方が良いのでは?」 「いや。広い街だ。今日初めて会った者が組んで探すよりも二手に分かれた方が効率的に思える。それに」 「相手は人間と言うより魔神の側面が強いから……どう動いてるかは分かんない。 組織ごとに二手に分かれてた方が、見つけやすいと思うんだけど」 『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)に続けて、どうかな? と言葉を重ねたのは『尽きせぬ祈り』アリステア・ショーゼット(BNE000313)。 ここが地元である彼らと共に探すのは悪くは無い。 見つける事が出来れば即全力でぶつかる事が出来るのも悪くは無い。 だがそういう利点を差し引いても彼らと共に探す気は彼女にも、悠里にも無かったのが本音だ。 彼らは、ウィズは。リベリスタである云々以前に。 「…………ふむ。そうですな。ではこちらの連絡先を渡しておきますゆえ! もし見つかればすぐにご連絡を! それでは!!」 臭い。どうにも臭い。 目端を一瞬歪ませるのは『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)だ。確信めいた何かがある訳では無いが、とにかく彼らは胡散臭い。信用できないのだ。彼らの、態度は。 「……まぁ別行動を取れるなら、それで構いません、か」 「連中なんぞと一緒に居ても碌な事はなさそうだ――それよりも、彼女を探そう」 『質実傲拳』翔 小雷(BNE004728)の目は既にウィズ達を見ていない。 見ているのは夜の街並だ。この街のどこかに、バアルと共に彼女がいる。 「逃げ出してまだ間もないなら、まだ目立つ格好かしらね。 聞き込んでみましょうか。ロシア語なら、知り合いとの会話で慣れてるのだわさ」 なれば早速。『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)が行うのは聞き込みだ。ロシア語にはある知り合いとの付き合いで慣れている。問題は無い。 しかし時間は夜。ほとんどの者らは自宅にいる状態だ。無論人がいない訳では無いが、聞き込みの効果は自然と落ちる。時間はあまり多くない。キーラの自然死はそう遠くないのだ。捜索に掛かる時間が長くなればなるほど“死”が近付いている。 悠里とアリステアが千里眼で。遠方を見据えて捜索する。 空は雲が。月は微かに。 ロシアと言えど、夏に雪は降らない。 ●魔王 「――いた」 暫しの探索の後、呟いたのはアリステアだ。 いた。いた。見つけた。千里眼にて見据えた先。情報にあった姿にそっくりの――キーラだ。 急行する。ウィズ達には知らせぬまま、アークは彼女がいる場所へと駆け抜ける。場所は、 『……むっ? 卿らは……』 街中枢にある――教会前。 王が気付く。複数の気配。意志ある気配。複数の足音。 “闘う”気概を込めた者らが、やってきた。 「リベリスタ、新城拓真。バアル、それにキーラという少女だな」 到着。真っ先に言の葉放つは『月下美人』新城・拓真(BNE000644)。 双剣を構え、向けた先。乗せる殺意と言葉に偽りなく。 「君を、殺しに来た」 単刀直入。言い訳不要。一切合財真実から逃げはせぬ。 決めたのだ。殺すと。何があろうと。一度決めた事ならば、例え己であろうと迷いは挟ませない。 剣を握る力が自然と増して。情は、無い。 『ククッ。これはこれは……よもやアークとはな。予想外の者らが出張ってきたモノだ』 「まぁ私個人としては見逃したい気持ちも……あるけどね。でもバアルに力を与える訳にはいかないのよ」 一方で『谷間が本体』シルフィア・イアリティッケ・カレード(BNE001082)の様に、気持ちの上では見逃してやりたい者もいる。 如何なる形であれ少女の命を奪う事は気持ちの良いモノではない。拓真の如く覚悟と意思を決められれば話は別かもしれないが、万人が万人。割り切れる訳ではないのだ。実際に、 「やっほ。王様、また会いに来たよ」 『真夜中の太陽』霧島 俊介(BNE000082)。彼も、そうだ。 今の所おくびにも出さないが、何も知らない少女を手に掛けたくはない。それが彼の本心である。しかしながらアザーバイドは存在するだけで世界を崩界に導く存在なれば、長居させる訳には決していかない。 故に。感情を秘めて、言う。強結界を展開しながら、 「早速で悪いが――王様には、お帰り願いたい」 『フッ性急だな。後少しぐらい待てぬものかね。そうなれば、色々と都合が良いのだが』 「それはバアル。“そちらにとっては”の話だろう? 正直僕としては会いたくなかったけどね」 言葉重ねる悠里。以前、日本を襲ったキースらとの戦いで彼はバアルと戦闘を行った。その時の戦いを覚えている。奴の強さを。奴の脅威を。会いたくは無かったのは事実で、しかし見逃せなかったのも事実である。 戦闘は避けられない。分かってはいるがその前に――呼吸一つ。 見据える。バアルを、ではない。器となっている、 「キーラちゃん。何故バアルを呼び出したんだい?」 キーラの方を、だ。問いかける内容はバアル召喚の真意であれば、 「何故、悪魔召喚などという愚を犯したのですか? あらゆる望みを叶える王……バアル・ゼブブの力で、何を成そうとしているのですか?」 『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)も。尤もな疑問をキーラに投げかける。 何故召喚したのか。悪魔。魔神。しかもよりにもよってバアルなどという存在を。その“衰弱しきった体”で。 違和感がある。どうにも、事前にウィズからあった説明とは何かが違う。故に問う。 己の目で、耳で。真実を見極める為に。されば、 「ばある……ぜぶぶ?」 キーラが示した反応は一つ。首を傾け疑問に疑問符を。 まるでその反応は、己が召喚した存在が“バアル”であるとすら知らなかった様で―― 『余が名の一つだ。だがその物言い……ああ成程? “そういう事”になっているのかね』 「…………ええ。まぁ“そういう事”なんですよ」 得心しているはキーラでなくバアル。そしてそんな王の言を聞き“そういう事”の内容をある程度ユーディスは察するが、口には出さない。言って意味はさほど無いし、どの道バアルは見過ごせないのだ。 ここでバアルを倒し、かの王に打撃を与える事に意味はあり、 力が削がれていると言えどその戦い方を情報として目に刻むは意味があり、 アークとして。意味がある。 なればこれ以上に必要なのは言葉ではなく行動だ。包囲すべく慎重に進める足取り。 逃がさない。バアルもキーラも。逃がすことは、出来ないのだ。 『ふむ……見逃してはくれんかな? 余に闘う気はさほど無いのだが』 「恨みがあるならば受けよう。故、駄目だと言ったら?」 『卿らを殺さねばならなくなる』 拒否する小雷。恨みつらみ受ける覚悟は出来ている。奪う覚悟は出来ている。 なれば怖気ぬ。バアルから発せられる、瞬時に膨れた殺意と闘気に。気圧されもせぬ。そして、 「そう――嫌なのね。なら、言葉を贈るわ王様とお嬢様」 エナーシアが応える。構えた銃を、向ける先にて。 見逃す気も。殺される気も。 「“No”よ。何を言われようと、幾度でも。私は“No”を突き付けるわ。 さぁ。その上で押し通してみせなさい。望む未来を手に入れたいなら」 殺し合いと書いてお話合いと往こうではありませうか。 引き金を絞り上げるは戦闘の始まり。一つの命が揺れ動く。 消えるが先か。消すが先か。 灯短く揺れ動く。 ●戦闘 始まりはゆるりとした言葉の交わり。 終わりて始まるは高速の世界だ。包囲を狙うリベリスタ。そうはさせぬと動くバアル。衰弱したキーラの体に見合わぬ速度はバアルの後押しか。宙より出現した黄金剣を掴み抜きて、バアルの意識が表層に。 「神々の王、バアルか。異界の神への礼儀は知らないけど、一つお相手願おうか」 『よい。礼儀など、戦いの最中には不要よ』 「それはありがたい。ついでに、キーラには肉体的な痛みが無いようにしてもらえると更にありがたいけどね」 杏樹は感じている。身勝手な事を言っている、と。 キーラを傷つけているのは己らだ。殺そうとしている。その上で痛みを消してほしいとは――傲慢だ、と。 それでも。可能ならば痛みが無いようにしてほしい。最後の最後が痛みの中と言うのは、あまりにも救いなく。何より、許せない。必要ならば己の運命でも差し出そうという決意の中、 『案ぜよその程度ならば容易い。気にせず、卿の至高を見せたまえ』 「それは、ああ本当に」 ありがたい。月の女神より得た加護を纏い、放つ銃弾。 空を裂く。針の穴すら狙い穿たんとする一撃がバアルを狙い、キーラの肉を弾き飛ばせば――包囲する。 悠里にユーディス、小雪と拓真がそれぞれ前衛を張り、他の者らが後衛の陣形。さすれば、 「加減は無しだ。行くぞ、バアル」 前衛の内、拓真が往く。 剣技求めし彼にとってみればバアルの様に剣の先達者との闘争は願ってもない事なのだ。正直、心躍る面が無い訳では無い。構えた左。踏み込む右足。瞬時跳躍して、 『――』 黄金の剣と交差する。短い金属音、衝突せれども打ち合いせず。緩めた力。滑る様に剣を受け流し、 返しの右を叩き込む。二刀を使うが故に可能な動きだ。獲物が一つでは一旦振るった剣を返す動きが必要になる以上必ずタイムラグが発生する。されど二つならば。そんなラグは必要ない。零に出来る。 狙う首先。一撃とばかりに狙った返し――だが。 『成程、良き一撃だ』 躱す。突き込む形で放たれた剣を、腰を捻り首を曲げて。致命となる様な一撃だけは回避して。 手応え無し。首筋から血が垂れるが、重傷と言うには程遠い。 「それだけの動きが出来る上で不完全なのか。化け物め」 『なれば。かく言う卿は一体何だ? 人間か? 化け物か? 卿、その剣技――どこで覚えた?』 「無論」 己が人生の中で。 見果てる程に夢見た剣技。追い求め、今なお追っている。姿求めて。 「拓真に同感だ。お前の様な奴を相手に、手を抜く暇はないな」 バアルが回避した先、位置的に背後から。タイミングを合わせて距離を詰めたのは、小雷だ。 拳に力を込める。形は掌底。踏み込み同時に気を込めて、腕を直線に。一閃して、 更にユーディスが合わせた。構えた槍の色は黄金で、刺突する輝きがバアルの目に留まり、 『……それは、ベレスの槍か。あの気難しき者がよく渡したものだ』 「複製品ですが、ね。貴方とは違う“王”から得た“黄金”ですよ」 黄金と黄金がぶつかり合う。一合、二合、三合。振るう剣閃、槍に凌がれ振るう槍閃、剣に凌がれ。 一撃を探り合う。力落ちようとも剣技通ずる近接戦闘においてバアルは未だ、強い。だから、 「どのような形であれ……一人の少女を死の淵から一時でも救い、願いを叶えた事には……感謝を、述べるべきなのだろうな」 後衛は重要な一要素となる。 戦闘が激しくなるにつれ段々と口調が変わるシルフィア。彼女が紡ぐ言葉と共に、高速の詠唱により瞬時に完成した魔法陣から放たれる。黒鎖。濁流の様に、回避する空間を押しつぶす様に。戦場に躍り出る黒鎖がバアルを狙い、 「それでも私たちは見逃せない。恨むなら恨め。踏み越えて、私たちは先に往く」 「世界は優しくないわよ。常に。常に、ね」 黒鎖の波。その間を縫い、エナーシアの放った銃弾が抜き撃たれる。 いや、それだけではない。黒鎖に。壁に。地を。あらゆる面を跳弾してその銃弾はバアルを狙う。神速なる銃弾は無数の反射を得て、黒鎖の中に隠れて、バアルの死角外にすら回り込めば、 「全ての死角より迫る鉛弾の祝福。罷り通って見せるが良いのだわ」 『……成程。これは、躱せんな』 面を潰されればどうしようも無い。躱せない。躱しようがない。動ける先が無ければ、回避などしようも無いのだから―― だから。 “作った”。 薙ぐ剣閃が鎖を弾く。一閃、二閃。己に当たる鎖にのみ狙いを絞り、空間を作り出す。更にその上で己の背後に回った銃弾を斬り落とす。三閃、四閃五閃六閃。金属の衝突音が数度に鳴り響き、王の健在を示している。 それが王の剣技なのか。バアルは弾道を見ていない。見えていない。それで尚対応している。 死角に回る銃弾を。兆速の反応と―― 『ただの勘だ。気にするな』 魔神として、闘争の中で培ってきた経験を回避力としているのだ。 しかし。如何にバアルが反応出来ようと、その反応にキーラの体が付いていけない。攻撃を弾いた、とは言ったが無効化出来ている訳でなくあくまで回避の一環。全ての攻撃に対応出来る訳はなく、直撃する攻撃も幾つか存在する。 「強大ですね。それほどの力を持ち、この世に降り立っているのですか」 リリは思う。これは敵だ、と。強大なる神様の敵だ、と。 ああだから、 「さぁ――“お祈り”を始めましょう」 己にとって良い“お祈り”の対象となるだろう。 E現象究明の血が疼く。構えた銃から火吹く一撃。後衛、と言うよりは中衛の位置にて放つ一撃は、呪いの弾丸だ。 ついで。本気の一撃の中に混ぜてペイントダンを射出する。かの王、透明化なる秘儀を持つならば可視化が可能な様にしておかねばならぬ。思った通りにペイントダンは斬り落とされるが、それでいい。色さえつけば後は分かる。 『これは……ほう? 良い観察眼と注意だ――しかしな。“ソレ”も含めて余は使えぬのだよ。この程度の顕現ではな』 バアルが言った言葉。リリは思考し、即座に理解。 恐らくは非戦に該当する能力がある、のだろう。伝承によれば透明化。幻想殺しならば無効化出来るだろうか。そこまでは分からないが、リリの注意は決して無駄ではなかった。バアルからその様な言を、引き摺り出せたのだから。 「王様。出し惜しみはしないよ。……俺としてはその子が死ぬのも、殺すのも嫌だけどね」 『では退くか? それも悪くは無い。誰も責めはすまいよ。命の重さを知る故ならば』 俊介の言葉。先にも述べた通り偽りは無い。嫌だ。何も知らない少女が何も知らない内に消えてしまうなど。いや、もっと言うならばバアルも、ウィズすらも。誰も彼も死ぬものではない。 それでも一心がある。皆を。世界を。守りたい。護りたい。ただ只管なるその心がある限り。 「俺は闘うよ」 光が放たれる。 神聖なる裁きの光がバアルを包むのだ。秘めた決意が敵を逃さぬ。 多重。無数。四方八方全方位。繰り出される攻撃に、流石のバアルも凌ぎ切れぬ。返す刃は幾千の如く放っているが、その度にリベリスタが負う傷は、 「大丈夫、だよ。皆安心して――今回も“全力”で闘うから」 アリステアが片っ端から癒していく。 低空を飛行しながら全体を視野に収めるのだ。繋ぐ印。成す魔法陣。息吹く力が皆に満ちる。 同時。思考するはこの範囲にキーラを含める事が出来ない事。 これは殺し合いだ。命を巡る、殺し合い。きっとそれは、キーラに怖い思いをさせているのだろう。そも、殺し合いなど耐えられる者が一体何人いるのか。例えリベリスタやフィクサードであろうと耐えられない者はいるのだ。 「だから、ごめんね」 「……? なん、で 謝る、の?」 キーラの体から漏れた言葉は、バアルではない。キーラだ。 「私は生きてちゃ、ダメ、なんだよね? だから」 良いよ。 別に、殺しても。 笑顔で言う。微笑んで言う。 彼女は恨まず。彼女は怒らず。彼女は受け入れる。 死を。リベリスタの想いを。全て理解し受け入れた上で負の感情を“何も抱かない”。ともすれば異常足りうる精神性。 「……僕からすれば、ただ“知らない”だけなんじゃないかと思うけど――ねッ!」 されど逡巡している暇はない。 言葉を叫びながら、悠里の拳が唸る。氷の念を纏い、打ち込んだ一撃が鎖となってキーラに纏わりつく。バアルが強引に高めた治癒力で氷を打ち払うも、これは完全に捕えらればバアルにとっては面倒だろう。周囲の前衛状況を考えるに、そう何度も巻き込まずに撃てるものではなさそうだが。 一進一退。いや、与えたダメージを考えればリベリスタが有利と言える戦況。 その時。 「おお! アークの皆様方、ご無事ですか――私達も参戦しますぞ!」 クズがやってきた。 ●勝利とは この瞬間に、恐らくバアルが押し切るのは無理になった。 ウィズ達だけならなんとでもなった。アークが来ても弱ければまだなんとかなっただろう。しかしアークの者らは実に精強だ。勝率0とは言わないが、かの王に有利面は流石に無い。 同時。アークの面々のAFに反応が起こる。連絡文だ。内容は―― ――かの組織残虐性あり。組織の表面は偽装。悪魔崇拝の歴史を持つ模様。現在、本拠がバアルの召喚によって破壊状態に陥っている為、次々と証拠が発見されている。故―― その場において討伐するかは、諸君らの判断に任す。 予想出来た。ああそんな事ではないか、と思っていた者も勿論いる。やはりか。 されど情報が来ても表情には皆出さない。今、最も優先すべき事は彼らの討伐ではないからだ。それは、後でも出来る。 今は、 「……ええ。そうですね。共に討ちましょう。かの王、バアルを」 ユーディスの言うように、バアルの討伐が優先だ。 仲間割れ……などでは決して無いが。ここでウィズらと同時に戦闘を行っても益は無い。今は何も悟らず、見せず、共闘する事こそが肝要である。気持ちの上では……ともあれ。 『ふむ、流石に十六対一の差では……無理だなこれは』 「ではどうする。逃げるのか?」 『ああ。そうさせてもらう』 バアルの跳躍。逃がしはせぬと小雷が放つは蹴りの鎌鼬だ。 狙うは足。脚部を裂いて、少しでも足止めせんと放つ一撃であれば、 「逃がすかこの状況から。大人しく滅べ。それが最善だ」 シルフィアが再び黒鎖で場を満たす。 ついでにウィズらも巻き込んでしまおうかとも思ったがやはりそれは後だ。バアルを狙い、圧殺せんとして。 捉える。 風が。鎖が。この場を切り抜けんとするバアルを捉え、傷を付けていく。 「王よ。最後だ。キーラの為にその剣舞、もっと見せてもらえるかな?」 更に杏樹が。構えられる黒兎の魔銃から、正確無比な銃弾が放たれて。 しかし同時に思いもする。 ……まだ倒れてくれるな。 キーラはまだ世界を見ていない。例え先無かろうが、せめて。 せめて。朝日を。 思考しながら、しかし攻撃を緩める事は出来ない。緩めれば今度は倒せなくなってしまうから。穿つ一撃。思考と行動の矛盾。剥離。自覚して、それでも戦いはやめられない。 その時。 (バアル、頼み……いや、違う。僕と契約しろ) どこからか声が聞こえた。 只なる声ではない。意思を直接相手に伝えるこれは、テレパス。 否、より正確にはその上位のハイテレパスか。 (僕達が勝ったら、キーラちゃんの魂を解放してくれ。 そして彼女に……僕の魂の半分を分け与えて欲しい) 声の主は悠里。澄んだ瞳でバアルを見据える様に、冗談の色は含まれていない。 彼は本気だ。バアル召喚の真相を知り、それで尚に望んだ。命を。 対価が必要だというのならくれてやろう。きっとそれは、そのやり方は間違っているだろうと自覚しながら。 けれども、それでも。 彼は。世界を護るよりも、世界に生きる人の幸せを護りたい。 だから、 ――いつか、僕が死んだら。 (僕の魂を……持っていけ!!) 覚悟は決めた。揺るがぬ意思が彼を満たす。 自身が間違う事でキーラを生かす事が出来るのならば、喜んで己は間違えよう。 だが。 『甘いな卿。ソレでは駄目だ。駄目だとも。差し出すのなら“今”余の前に出したまえ』 ハイテレパスに返したテレパスでの言葉は――拒否の一言だった。 『“いつか”死んだ時ではなく“今”死にたまえ。魂は一つだ。一つが全ての価値となる。 巨大なダイアはそれが千金の価値だ。半ばに砕けたダイアに、同価値があると思うか?』 魂は須らく一つであることに価値があると。それはバアルの考えだ。 強固であれ、輝きがあれ、先が短かれ、まずはそこが最前提。半ばに砕き、半分をキーラに。もう半分をバアルに、などと言う事をバアルは決して許さない。一つの命を救うのならば一つの命が必要だ。 それはバアル個人の考えであり、読めぬのは致し方ない。尤も、初めから全て差し出すつもりだったとしても余興の契約に契約を重ねる二重契約を王が行ったかは――それも、疑問であるが。 「王様……でも、このまま終わる筈無いよね」 アリステアは思う。今の戦況はリベリスタに有利だが、バアルがこのまま終わる筈が無いと。 バアルは強い。以前に一度闘った時にそれはよく分かっている。今でも思い起こせる程に。記憶に刻まれている。 その戦闘力が。精神が。堂々とした振る舞いに――恐れつつも見惚れたのだから。 「……うん……やっぱり……ッ!」 忘れよう筈も無い。あの日、幾千と降り注いでいたバアルの技。 杏樹も気付く。マスターファイブによって研ぎ澄まされた感覚が―― “雷”を、捉えた。 『――ヤグルシ』 空の雲から一つの雷が直下する。 バアルの狙いはたった一つ。全滅が不可能になった以上、この場をどうにかして脱出する事だ。それはウィズらも陣形に加わるその前に突破口を切り開くしかない。故にここでヤグルシ。バアルの雷鳴。 杏樹が回復役のアリステアを庇い、小雪は前に出てヤグルシを防がんとする。エナーシアは咄嗟に物陰に隠れ、各々ヤグルシに備えを取らんとする――が。 狙った先は回復役ではない。 「な、クッ――こちらですか……!!」 防御を固めた側ではなく、防御を“固めないであろう”側を狙った一撃。そして、この場において最も突破できうる可能性が高いとバアルが見た――陣形の一ヶ所。 神気すら帯びた一撃を放ち続けていたユーディスと、近辺に中衛位置していたリリ、そしてシルフィアの範囲が纏めて痺れる。動きがほんの一時束縛される。 その一瞬で、ブロックを抜―― 「逃がすかッ!!」 ――かせない。バアルに狙い定めていた拓真が瞬時に回り込み、己が肉体に闘気を固めて。 交差する視線。両者の中では未来の剣筋が生み出される。こう振り下ろしてくるだろう。さすればこう防ぐだろう。ならばこう切り返せばこう突き返してくるだろう。幾度の打ち合いのシミュレートは瞬時に。かつ、その上で。時無くば。 放った剣閃はたった一つ。 「バアァァァァルッ!!」 軋む体。100%の限界を超える程に力を溜めて。血沸く。その熱を、冷めるよりも早くに。 一足抜刀。バアルの剣と衝突する。 『卿』 結果は、 『その首、残す。また挑め』 拓真が弾き飛ばされる。アルティメットキャノンだ。 その攻撃力如何は問題ではない。ノックバックの攻撃、であった事が重要だ。ブロックを、陣形に穴を開けるその攻撃が、バアルにとっての道を開く。往く。拓真は力が入らない。あるいは運命が消費されればまた立てたかもしれないが。仮定は詮無き事だ。 「――まだ、殺し合いは終わりでないでせうよ?」 されどまだだ。エナーシアが銃を構えて待ち構えている。 しかし建物を遮蔽にした行動が僅かばかりブロックに届かない。届くは銃撃。死角を反射し、されどバアルにしかと命中する様、放たれている恐るべき銃撃。 強引に突破する。痛みを無視し、足を進め。目指すは路地裏方面。 「おおおおおッ愚かなるキーラよ! その命、ここで終焉を迎えよ――!!」 直後。ウィズらが戦闘に参加するが、その力はアークの者らと比べれば劣る。 元より来たばかりなのも含めて彼らの陣形は安定していない。故にバアルはこのタイミングしかないと狙ったのだ。切り札を切り、アークの一部を崩し、そこから突き走る。 『愚かな男だ。その愚かさも余にとっては面白いがな』 「ハッ――自分勝手だろ? 欲ばかりだろ? 感情塗れだろ!? これが人間だよ王様! 誰しも心に闇を抱えて生きてるんよ!!」 俊介が叫ぶ。向けた指先から精神力を吸い取りつつ、語る内容は“人間”。 それでも。それでも必死で生きている者もいるのだと。 「キーラは、まだその入り口に立った時なんよ……立って、終わりなのかもしれんけど……」 それでも。 「贄用の家畜では無く、人として残り少ない時間を生かしてあげて」 ――ありがとう。 礼を述べる。バアルに、キーラの耳にその言葉は届いている。 しかし振り返る事は、応える事はしない。感謝の言葉に何を思ったかまでは――誰にも悟らせない。 そうして。バアルは突破した。いや、まだ彼らは追ってくるだろう。完全に振り払う事は恐らくできない。 だが。戦闘はもうこれ以上続かない。 路地裏に入った、戦闘域より抜け出そうとした瞬間。 元より短かった命が、ここで尽き果てる。 『……幕だな。卿の言うように朝日が出るまでなんとかしたかったが、無理か』 糸が切れた様に地に倒れるバアル。もとい、キーラの体。その全身は血に濡れている。 痛々しい姿だが、バアルにより痛みの感覚はキーラにも無いだろう。それだけは救いである。 「魂は……持っていくつもりか?」 『無論だ。契約は契約。始まりと終わりが成った以上、誰にも違えさせぬ』 そうか。とシルフィアは呟く。 終わりが成った。“成った”だけで言えばサンドイッチを食べ終わった時点でそうだが――それはバアルが納得していなかった為、まだ王は契約遂行と見ていなかった。故、魂の問題は自然死するかしないか。その瞬間まで持ち越されていたが、最早事ここに至った以上妨害は不可能だろう。 バアルとはもっと、違う形で戦いたかったものだ。心底彼女はそう思いながら。 「……キーラ様」 痺れが取れ、追いついたリリが抱いた感情は何か。上手く言葉には出来ない。 しかし長く外を知らず、外の情景、機敏に動く人の心――見た事の無いモノばかりの世界。そういった感覚を、彼女は知っている。己にとっても他人事ではない。彼女の事が、分かってしまう。 「悲しい……のでしょうか」 痛む。胸が。まるで、どこかの“誰か”を見ている様で。 ――瞬間。気付く。キーラが、こちらを見ていることに。こちらの“感情”を見ていることに。 咳を一つ。血が混じった、妙な咳を一つ。そして口を、僅かに動かせば。 「みんな、やさしいね」 そんな人も、外にはいたんだと呟いて。 目を、閉じた。 神の膝元足りうる教会の、前で。 二の句告げぬ。誰も告げえぬ。 王の気配も今は無く、誰も何も言えぬ中で―― 「いやぁ~アークの皆さまお見事でした! 畜生が生意気にもご迷惑をおかけしまして……このお礼は後ほど……」 口を開いたクズが居た。 「おい」 一歩前へ。小雷が出る。 なんだ、お前は。今一体どこの誰が死んだと思っている? 「貴様も血の通った人間なら娘の死を悼み、悲しんでみせろ! それすら出来んのかぁ!」 出来ぬのならば貴様は、いや貴様こそが只の畜生だ。人に非ず。 胸倉掴み上げて怒りも隠さず言い放つ。なんなんだこいつは。なんなんだお前は。 何か言って見せろ。娘の前で。何か言ってみせろ! 問うた言葉。返す言葉は、 「…………はっ?」 たった一言。たった一言。 何を言っているのか分からない。そんな一言だけをウィズは漏らして。 だから。 「こ、の、人非人があッ――!!」 糸の切れる音がした。炎の拳がウィズに飛ぶ。 ここから先は魔神も少女も関係ない。しかしそれでも、 許せぬ蛇足の物語。 ●―― 「ぐぉ――!? な、何を!?」 「何をも何もありませんよ。悪魔召喚の真相は既にこちらの本部が抑えているのです」 「ばれてない、とでも思ってたのかい? 甘いんだよ!!」 黄金たる槍を構えるユーディス。拳を繰り出す悠里。 キーラはこの親の元では救われなかった。ある意味で生き地獄だったのだ。彼女にとってのこの世界は。ならば。唯一彼女に興味を示し気まぐれの契約とは言え望みを叶えたバアルの元へ往く事は、 ……どちらが彼女にとっての幸せだったのでしょうか。 思考し、しかしもはや意味は無いと振り払い、 「詰みです――さて、申し開くことはありますか」 「ま、待て貴方達はなにか勘違いを……」 「あらそう。じゃあ大人しく投降しなさい」 言うなりエナーシアがウィズらの腕を狙う。バアルの様な捌き方を彼らが出来よう筈も無い。唐突なる、奇襲にも似た一撃を受けた彼らの中には――武器を一瞬、落とし掛けてしまう者もいた。 同時。天から降り注ぐ火の属性。これは―― 「殺しはしない。腐り果てていようが、貴様はキーラの親だ」 「ええ。ですが覚えておきなさい。本当の悪魔は……貴方達の方です」 杏樹とリリのインドラだ。その攻撃は、ウィズら全員を捉えている。 悪魔共め。何が畜生だ。少女を犠牲に、身代わりにすらして。恥すら知らんか。 攻撃を放ち続ける。容赦は無い。必要ない。ただ、キーラには。 Amen と、小さく言の葉を紡いで。 「なあ、おい……何処に、行こうっつーんだ?」 その時。リリらの攻撃に溜まらず逃げ出そうとした一部も含めて。俊介の陣地結界が全て包み込む。逃がすか。絶対に逃がすものか。キーラと対峙した時に抱いた“逃がすか”とは全く異なる感情を湧き上がらせながら、 「お前は、父親なんかじゃねぇ……」 悪魔だ。 一斉なる攻撃が始まる。ウィズらの疲労は軽微なものだが、いかんせんアークの者らとは練度も心も違いすぎる。初手が奇襲に近くなった事も含めて、最も強いウィズさえ押さえればなんとかなるだろう。 故に。ヤグルシの傷を、“全ての救い”とすら称されるデウスを用いてアリステアが癒していく。彼女のおかげで、アークの総合被害は比較的軽いものに収まっている。 同時。目線を移すはキーラだ。後で彼女の身体を拭かねば。衣服も整えよう。 僅かなる時だったが。彼女は外に出られて幸せだっただろうか。少なくとも、 「儀式で命を使い潰されるよりは……」 きっと、幸せだったよね……? 答えは、もう返ってこない。 「王よ。まだ聞こえているか?」 拓真は言う。今はもう気配の消えた、王へと向けて。 誰かを救えぬ事が理不尽だと嘆き、諦めて立ち止まる事はしない。 そんな暇は無く、既に業は多く背負っている。背負いすぎている程に。 故に止まらぬ。俺は何があっても歩み続ける、必ず。だから、 「次に戦う事があれば……その全力、剣士として挑ませて貰う。 この力は己が信を貫く為にある故に」 次は、競り負けぬ。 次は、勝つ。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|