●凪の終わり・剣林 「……何と」 居住まいの正しい和装の男が正面上座にどっかと座る男の一言にその目を見開いた。 決して『有り得ない』話では無かったが、今このタイミングで想像していた話では無い。少なくともこの場の二人は『彼』の持つ意味を良く知っていたから、それが非常な手段であるという共通の認識は持ち合わせているのだから。 「驚く事かい」 この所、暑い日が続いている。 梅雨特有の湿度を多く含んだ陽気には、怖い者無しの『日本最強』も流石に堪えるものらしく、肩を竦めた男の着物は平素よりも着崩されたものになっている。 「おう、雪の字よ。現状を眺めてみりゃ、面白い筈もねぇだろ」 「……それは、確かに」 「そりゃあ、前にも手強い敵は居たさ。一筋縄でいかねぇ連中なんてのはむしろ歓迎だ。だがよ――」 男は――その身に聖獣の因子を宿した日本最強の革醒者は、剣林百虎はそこまで言って少し眩しいような、少し悔しいような顔をしてその口角を苦笑いのそれに変えていた。 「この日本で最強の『代紋』を背負って云十年。 こりゃあ、ウチに来た初めての――『危機らしい危機』じゃねぇのかい」 百虎の言を受けた和装の男はその言葉に彼と同じような表情を浮かべた。 成る程、組織には――個人にはアイデンティティというものがある。かの逆凪が日本フィクサード界隈で『最大シェア』を誇る事、恐山が自らキャスティングボードを握り続けようとする事、六道が己が探求を決して緩めない事。今は亡き裏野部がその凶暴性において他の追随を許さなかった事―― 主義信条により、その結論は様々ではあるが。 こと、彼等の参加する剣林は或る意味で最も分かり易い矜持を持っていた。それは、誰に憚る事も無く、誰に疑われる事も無く。唯、最強である事であった。 「……雪の字よ。このザマじゃ『その上』はどうなるよ?」 「……些か、口惜しくはございますな」 確かに日本一と呼ばれて長い。だが、百虎はその上を見据えていない訳では無かった。事実、剣林はその武力を練り上げ、蓄えてきた。その力を疑う者はかれこれ数年前まではこの日本には一人も居なかった筈である。 「ああ、まったく――天晴れと呼ぶ他ねぇ! だが、俺達も剣林だ!」 そう――あのアークが現れるまでは。 その華麗と呼ぶ他無い戦歴から世界的な声望を集めつつあるかのアークは、新興勢力ながら今まさに日本国内の神秘勢力図を書き換えんとする力を持っていた。 弱体化していた日本各地のリベリスタ組織も多く彼等に協力の意志を示し、遅々として進まなかった『リベリスタ再編』への道は着々と進められている。対するフィクサード――七派陣営と言えばその一角である裏野部が失陥したのはついこの間の出来事だ。 「潮目が変わった、と言いてぇのかねぇ。 これまで俺達が押さえつけてた連中も妙な動きを見せてやがる。 連中が凄ぇから、は言い訳にもなりゃしねぇ。 面白くはねぇが、『看板』が不甲斐無ぇからそうなった。間違いねぇな」 「申し訳も無く」 剣林は実力の比べ合いを好む。 あのアークとも比較的正々堂々とした『喧嘩』を結構な数こなしている訳だが、勝ったり負けたりの戦績(スコア)も『剣林的には』余り芳しく無いのは確かだ。 「この商売は舐められれば終わりだぜ。 だからよ――俺達もそろそろ『本気』で当たろうって寸法よ」 快活に言う百虎から立ち昇る見た事すら無い程の重い殺気に男は内心で戦慄した。彼が唯の人好きのする気持ちのいい大親分ではない事は嫌と言う程知っていたが、改めて目の当たりにしてみれば大嵐に直面した小船の気分にもさせられる。 男がこれ程のプレッシャーを受けたのは全盛の師を前にした時以来、否。これは間違いなくそれ以上なのだから――間違いなく初めての事になろう。 「……それで、梅泉殿を」 「おうよ。何年も遊ばせてやったんだ。そろそろ働いて貰おうと、よ」 獰猛な笑いを浮かべた百虎に男は複雑な感情を禁じ得なかった。 (確かに、かの方を呼び戻せば武力の補強の一環にはなろう。 しかし、梅泉殿は――若の御気性は――) ●<九極に到る> 濃い鉄分の臭いが否が応無く鼻を突く。 ねちゃり、ねちゃりと粘性を持つ『水溜り』に佇む長髪の男は、心底うんざりしたような溜息を吐き出した。 呼吸を乱す事も、汗をかく事も無く一仕事を終えた彼はどうしてか右目を頑なに閉じている。 「久方の呼び出しと思えば、かような屑の始末とは。 我ながら、全く――これ程の刻の無駄には頭痛が止まぬ」 冴え冴えとした月光が照らす、夜の路地には幾つもの『人間だったもの』が転がっている。見る人間が見れば一目で分かる『異常な切れ味の何者かに割られた斬殺死体』を、抜き身の日本刀をその左手にぶら下げる異質の男と結びつけて考えるのは余りにも容易い。 「……大障子、阿蘇に鞍馬に富士、奥州も巡ったか。 暫し見ない内に、此の世も随分と様変わりを果たしたものよの」 男が――一菱梅泉が諸国修行の旅に出たのは十年近くも前の出来事になる。『とある事件から』剣林を半ば出奔していた自分に、まさか『あの百虎』から召還の命があるとは思って居なかったのだが。 「まぁ良い。こんな連中、前座に過ぎぬ」 百虎の遣いより受け取った言葉は、少なからず梅泉に衝撃を走らせるものとなっていた。 一つは、師であり父である剣客・一菱桜鶴が死んだ事。 もう一つは、剣林と『最強』の名を競るだけの敵が現れたという知らせである。 (あの親父殿が死ぬとはな。斬りたい相手が又減ったわ) 親子の感傷とは程遠い感想を抱いた梅泉は、無論それに頓着していない。 この場所に近付いてくる気配を察知し、鉄火場の予感に胸を躍らせている。 剣林百虎の命は、剣林を裏切り例の――アークに寝返ろうとしたという傘下組織を斬る事だ。だが、彼が自身で口にした通りこれは『前座』に過ぎない。 彼等が取引を行おうとしたという事は、当然相手が居る話になる。 果たして。 「……ッ!」 取引場所に現れたリベリスタ達は惨劇の光景に息を呑んだ。 「ようこそ」 口元を歪めて――むしろ友好的な雰囲気さえ携えて、彼等を待ち受けたのは言わずと知れた梅泉だ。彼が『くだらない』仕事を請けた理由は二つしかない。 「主等が、噂の箱舟か?」 一方的で不親切な問いの真意を尋ねるより早く、リベリスタは戦闘態勢を取った。そうせざるを得ない――そうするだけの邪気がこの死地には漂っていた。 「ふむ。勘、構えの方はなかなか」 抜き身の刃を一振りして血を払った梅泉はほぼ同時に――後背に出現した気配に振り向かないで声をかけていた。 「……主等、小雪の手の者か。監視の心算か知れんがな。 邪魔をすれば一度に斬るぞ?」 剣林の剣客、数は八人。ぞっとしたのか僅かに空気がざわめいた。 梅泉は、目の前のリベリスタ達に親しげに言う。 「主等は、我が刻限を無駄にしてくれるな。期待しておるぞ、箱舟よ!」 ――改めよう。梅泉が仕事を請けた理由は二つしかない。 一つは、このアークを斬る事。もう一つは、『今度こそ』剣林百虎を斬る事だけ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月07日(月)22:25 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●一菱梅泉I (日本という国の危ういバランスはギリギリで保たれていただけに過ぎない。 裏野部という組織が無くなり、凪が終わりすべてが動き出す……) 眩暈がしそうな目の前の光景に『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)が抱いたイメージは全く正鵠だったと言えるだろう。 物事のバランスというものは極めて遠大かつシビアに作られている。 例えば多くの生態系がそうであるように、一度崩れれば簡単には戻らない――一種の不可逆性を持っている。或る瞬間において良い結果が勝る変更も、別の視点、別のタイミングにおいては必ずとも同様の状況を生みはしないのは当然で、人々は禍が福に転じる事も、幸運がより大きな不運を呼び込む事も大昔から嫌と言う程知っていた。 誰かは言うだろう。「だから人生は面白い」。 又、別の誰かは嘆くかも知れない。「故に人生はままならぬ」。 そのどちらもが完全な正解であり、完全な不正解である。 兎角、運命の大海を漂う笹舟のような人生というものは驚きと冒険に満ちているのだから。 「……第四位の騒ぎでそれどころではないというのに厄介な。詮無きことでも愚痴りたくなるのだ」 さて――詮無い戯言は兎も角として。 「主等が、噂の箱舟か?」 低く、恐ろしい位良く通る男の声が路地の惨劇を確認したリベリスタ達の鼓膜を揺らす。 今夜一同の眼前に現れた男は、『バランスが崩れた事』から姿を現した忘れられたキャストだ。国内外でその名声の伸張著しいアークに、謂わば押される格好となった国内主流七派剣林が特別に呼び寄せた戦力である。アークが勢力を強めなければ彼はこの場には居るまいが、アークが勢力を強めた結果、救われたモノ、得られたモノは決して小さくも少なくもない。選択の余地のない二者択一は乗り越えるべき壁に過ぎまい。 「ふむ。勘、構えの方はなかなか」 相対する一線級の戦士達に即座に応戦の構えを取らせた彼の名は一菱梅泉。同じ剣林陣営をして制御不能と言わしめる男は、かつて引き起こした『或る事件』を境に事実上剣林から出奔状態だったのだが…… 「よぉ、久しぶりじゃねぇか……つってもお前は俺の事を知らねぇだろうがな」 「うむ、知らぬ。その腰の太刀でわしに知らせよ」 苦笑いする『元・剣林』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)。 「全く……まさかてめぇを出してくるとはな……」 かつて剣林に属していた彼は、爛々と目を輝かせる梅泉に些かうんざりする調子で呟いた。 当時、彼と直接的に深い交流を持っていた訳ではない虎鐵は、彼に纏わる事情の真相を知りはしない。しかし、当時の剣林に属する者ならば梅泉の名もその気質も――そして無責任な或る噂も耳にしない筈も無かったのである。 (いよいよ百虎も本気を出してきやがったって事か? しかし、百虎はあいつを御せるのか……?) 虎鐵が耳にした『無責任な噂』は梅泉謀叛の報である。最強を標榜する剣林――剣林百虎は、同門の部下に最強への挑戦を受ける旨を伝えているのだが、実行する人間は決して多くない。剣林百虎は伊達や酔狂では無く、伊達や酔狂を持つ人間が挑んだとしても、大抵の場合晒すのは哀れな骸になるだけだからだ。 十年程前、そんな百虎が『ちょっとした手傷』を負い、同時に梅泉が姿を消した事件は故に多彩なるゴシップを産んだという訳だ。曰く「百虎が危険な梅泉を先んじて手打ちにした」。曰く「百虎様が正々堂々とした挑戦で傷を負う筈が無い。梅泉の騙まし討ちが原因だ」といった具合。無論、真相は定かではない。 「有名人さん、実際の所は『どう』なの?」 「どう、とは?」 「最強という頂に届きうる可能性、ね。 ……先の事を考えさせてくれる余裕とか、欲しかったんだけどね」 軽口に深い回答は求めていなかったのだろう。思わず肩を竦めた『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)――そして仲間達は、虎鐵から或る程度の話を聞いていた。真相かどうかは微妙な所だが、重要なのは梅泉が何をしてもおかしくない人物であり、同時に『本気の剣林百虎』との斬り合いで生き残るような人間であるという部分なのだから問題はあるまい。 「裏五光か、数奇なめぐり合ワセダナ……」 或る剣豪の人生の凝縮された可変の妖刀を手にした『不可視の黒九尾』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)は少女の薄い唇の端に苦笑の色を乗せて呟いた。 「路六剣八ガ生キテレバ、戦イタカッタ相手ダッタハズ。 あっちは妖刀『血蛭地獄』。こっちは妖刀『難泰・乙』改め魔剣六八…… ナンツーカヤラナキャナラネエナ。フィクサード斬るしクルナラクルカ血蛭地獄……?」 噎せる程の鉄分の臭いは少なからず戦士を高揚させる。獣の因子を発現させたリュミエールのその九尾が逆立つように膨れたのは爆発的に高まる己が意志を受けてのものになろう。 (決して――) そしてこの瞬間を或る意味で誰よりも待ち望んでいたと言えるのは、他ならぬ 『陰月に哭く』ツァイン・ウォーレス(BNE001520)その人である。 (――決して、重ねてはならない、あの人と梅泉は違う) 重厚なる甲冑に身を包む騎士にとって、或る剣客との死闘は己が指針を定めさせる程の衝撃を持っていた。戦士の覚悟、その意味を痛烈に問うた老剣士は確かに敵だった。相容れぬ位置を立ち位置を持つ敵に過ぎなかった。だが、或る意味でその後のツァインの師のようでもあったと言える。 (あの日以来決めたのだ、彼にどう思われていても――剣林に全力を尽くして見せると) 目の前の男と同じく一菱の姓を持つ剣士は涅槃でこの光景を眺めているのだろうか。 重ねる心算は無いが、因縁は巡った。ツァインにとってみれば、この場所に自身が立っている事それそのものが、何某かの導きを受けてのものにすら感じるのは――否めない事実であった。 「……ま、どうあれやるしかないって感じだよな」 「主は知っておる。修験の道にも飛び込んできたその名故、期待外れは許さぬぞ?」 「変なプレッシャーはいらねぇけどな」 知られていたからではあるまいが――人好きのする『一人焼肉マスター』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)の面立ちに宿った何時に無く剣呑な色合いは、些かの緊迫感を帯びている。 晴れの舞台に曇りは無い。差し込む青い月光に照らされる梅泉は凄絶に美しく、凡そ三年の時を経て訪れたこの好機は、成る程。『剣林と全力でやる』舞台としては極上である。 (『死牡丹』一菱梅泉……確かに彼奴からは死の気配しか感じられん) 無造作に刀の血を払った彼の一挙一投足に視線を送る『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)の感覚は嫌と言う程冷え切っていた。同じ剣を使うからこそ分かる。過去に幾人もの達人と刃を交わしてきた拓真だからこそ確信している。彼の間合いへ踏み込む事は死を掻き分けるイメージだ。第六感にも等しい彼の直観は進む事の愚かさを説いていたが…… 「この上は覚悟を決めて戦うまでか。剣を交わすなれば名乗ろう、リベリスタ……新城拓真」 同時に梅泉の後背に出現した知る顔に視線を送った拓真は、梅泉と同じく邪道とも言える我流の双剣の切っ先を敵の全てに向けていた。 「――リセリア・フォルン。お相手願います、凶剣士」 そしてそれは居住まい正しく凛として――揺らがぬ意志をその双眸に秘める『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)、 「どんな強敵が相手だろうとも必ず打ち倒す。それがアタシの存在意義なのだから……」 氷を思わせる蒼銀のイメージ、硬質のアメジストとは対照的な。大粒のルビーのような瞳に燃え盛る炎のような想いを秘める『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)にとっても同じ事。 (こんな危険なフィクサードは絶対に野放しに出来ない。アタシは――) 己の『過去』と、己の『現在』。その双方に絶対の理由を持ち合わせる彼女はここを決して譲る気が無い。 時間は一杯。望む望まぬにせよキャストは出揃っている。 「知っておろうが――わしが、一菱梅泉じゃ。 主等は、我が刻限を無駄にしてくれるな。期待しておるぞ、箱舟よ!」 「――死は常に側に有るというのに」 吠えた梅泉に『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)は温く、静かに微笑みかけた。 「何故に鉄火場等と特別なものであるかのように言うのでせう? 何故にそんな風に生きながら、それを特別に感じられ続けるのでせう?」 生まれた時から逸脱し、凶手である他無かった――女の問いは『少女』の無垢を思わせた。 「今ならお安くしとくのですよ? Bless Of Fire Arms(鉛弾の祝福)を!」 最高の死舞台は、韻と爆ぜる緊張感の開放と共に濃密に加速した時間を展開するだろう。 そして、今夜が始まった。 ●一菱梅泉II 此方、リベリスタが十人。 その先に一菱梅泉、その向こう側に剣林のフィクサードが八名。 数の上ではリベリスタ側が一名上回る編成だが、梅泉は言うに及ばず、彼と同門になろう剣林の門弟達も決して侮れる戦力ではないのだからこれは中々厳しい相手となろう。 とは言え、梅泉の性格を持て余す敵側には強い連携は感じられない。互いを信頼し、作戦行動を緻密に遂行する事が出来るリベリスタ側はこの点において確実に長じていると言えるだろうか。 「仕掛けます――後は、お願いします!」 自陣の誰よりも早く、そして速く。中央で突出した状態の梅泉に向けて地を蹴ったのはリセリアだ。パーティは、攻防において技量に優れる彼女をまず梅泉を食い止める為の第一の矢とする事を決めていた。 (先手を――取れる!) ぐんぐんと間合いを詰める瞬時の感覚の中でリセリアはそれを確信。 しかして、彼女のその判断は規格外の男の存在感に塗り返される事となる。 「――主が一番手か、面白い」 「――――!」 梅泉の草履が足元で摩擦の音を立てる。 彼の懐間際まで飛び込んだリセリアの全身に悪寒が走った。 夜闇に赤い魔力をたなびかせる妖刀・血蛭地獄は凡そ三尺三寸(九十九センチ)。 達人の手にした凡そ三メートル程でしかない円の間合いは、殺気の暴風地帯と呼称するに相応しい。 梅泉の技は一閃。 「来るぞ『血蛭』! 避けろッ!」 梅泉の太刀筋を睥睨していたツァインが眼を見開いて警告する。 彼の記憶には似た属性を持つ或る刀の印象が刻まれていた。事実は定かではないが、少なくともツァインは『刃金』という男が『血蛭Q』という男に与えた得物と似た臭いを目の前のそれに感じ取っていた。 「……ッ!」 リセリアを含めたリベリスタ陣営のあちこちに太刀より分離した『血蛭』が襲い掛かる。 強烈な痛みと失血の脱力感に声を漏らした者は少なくない。 だが、先手を打ち返されたとは言え――間近まで迫ったリセリアはこれに止まる事は無かった。 怯まぬ。頭を抑えられたとて、元より実力差は承知の上。食らい付く、泥試合は是非も無し! (……ここだ……!) 鋭く呼気を吐き出したリセリアの集中力が限界以上の挙動を引き出す。強敵を前に己がスピードのギアを引き上げた彼女は、無数に炸裂する飛沫の刺突で間合いに捉えた梅泉を猛襲する。 「ほう……!」 闇を射抜いた銀の光に梅泉は歓喜する。 避けた心算の、紙一重見切った心算の切っ先がもう一伸び。それは梅泉の想定を僅かに超えた証明だ。 彼の藍色の着流しにはリセリアの刻んだ斬劇の痕が確かに残されていた。 「なかなかやりおる。これは楽しめそうな相手よな!」 (この男……強い……! 剣林百虎に『五十文』……未だ、これ程の使い手が居るなんてね) 剣林はまるで魔窟だ。蟲毒の壷だ。伏魔殿からは最も遠いが、どんな怪物が出るかは分からない。 上機嫌に笑う梅泉と僅かに間合いを取るリセリア。彼我の感想は同じだが、表情は大分違う。 だが、リベリスタ陣営も黙ってはいない。 「今回、一番槍ハ譲ッタガ――」 梅泉の援護をせんと前に出た剣林のソードミラージュを抜群の反応を見せたリュミエールが抑えにかかった。先程の意趣返しと言わんばかりに先手を取り返した彼女は、持ち前の回避で敵の刃を翻弄する。 「――時ヨ加速シロ私ハ誰ヨリモ疾イノダカラ!」 一端の剣士の技量を持っても影しか追えぬリュミエールは雷光の如き存在感でそこに在る。 梅泉の横を駆け抜け、前に出たソードミラージュをかわし――敵陣のデュランダル目掛けて斬り込んだのは拓真だ。 「刃桐の部下か、お前達にも借りがあったな。一つ、一度に返してやる事としよう!」 敵陣の中で危険な敵を見定め、早い段階でダメージソースを奪い去る事が肝要だ。長期戦に強い準備を持たないパーティは、強力過ぎる梅泉に『構い過ぎる』事の愚を知っていた。梅泉の妖刀は、斬った周囲より体力気力を奪い去る能力を有している。彼の大技がリベリスタのみならずフィクサードをも巻き込む性質を持つ以上は、フィクサードは梅泉の緊急回復手段に他ならない。 加えて梅泉自身が追い込まれる程にしぶとく強くなるタイプであるという以上は、まず『如何様にも使える』取り巻きの数を減らさなければ勝ち目等あろう筈も無いという、実に的確な判断だった。 「おおおおおおおおお……!」 膨張した拓真の肉体が、膂力が一撃に真価を開放する。 暴虐めいた威力の一撃が敵ごと路地を叩いて地面にクレーターを作り出す。 咄嗟の構えで幾らかこの威力を減衰させた敵だったが、よろめく足取りはやや覚束無い。 「続くのだ――!」 拓真の一撃にどよめきの残る剣林陣営を雷音の視線が射抜いた。 その背の翼で宙空を自らの位置とした彼女は攻撃を受ければ防御には不都合のある状態だが、リベリスタ陣営の後衛に位置する彼女はこの緒戦において、梅泉、敵スターサジタリーを除く殆どの敵の射程の外にある。最大の問題である梅泉が先制攻撃を終えたこのタイミングは射線を奪うならば最上だった。 「――来々、朱雀っ!」 渾身の一声とその技の作り出す符術の奥義が力ある存在を呼び、業火の聖獣を顕現する。 夜の闇に赫々と現れた朱雀は間違う事無く敵の全てを焦熱地獄へと誘った。 「――はは、まるで地獄のようじゃな!」 炎の渦の最中にありながら、この暴威さえモノともしない。 涼しい顔の梅泉を除けばこの打撃は敵陣に衝撃を与えるものとなっている。 「――じゃが、娘。本当の地獄絵図とはこの程度では無いぞ? 主も一つ味おうてみるか?」 「抜かしやがれッ!」 梅泉の軽口に過剰な反応を示したのは言うまでも無い虎鐵である。 顔を紅潮させた彼の感情の昂ぶりに応えたのか、その全身には破壊的なオーラが満ちていた。止めねばならぬ、という強い決意が――我が身に、何に換えても愛娘を守り抜くという覚悟が、彼に格別の力を与えている。 「させねぇよ。それに言っておくがな――」 斬魔・獅子護兼久が夜さえ食らう濃密な暗黒を吐き散らす。 「――百虎は俺が倒す。俺が越えなくちゃいけねぇ壁なんでな!」 一つの小技さえ、並みの使い手の必殺にも相当する。虎鐵ほど隆々たるその巨体のイメージを裏切らず技を放つ使い手も少なかろう。暗黒の一撃は優れた技量を持つ数名にはかわされたが、これを受けた人間は例外なく痛打に顔を歪める結果となっている。 猛烈に攻め始めたリベリスタ陣営に対抗する形でフィクサード側も攻勢を始めていた。 「――ったく、ギリギリじゃねぇか!」 竜一の肉体と得物が躍動し、烈風の結界を作り出す。 下から突き上げるように渦を巻いた豪風は接近した敵に痛打を見舞い、その動きを奪いにかかる。 (……チッ、だがしつけぇな。どいつもこいつも流石に剣林か) だが、内心で竜一は臍を噛む。状況は言葉通りの『ギリギリ』だ。梅泉というJokerを中央に敵味方入り乱れる乱戦は剣林とアークの戦いらしく壮絶なものとなっている。敵は相応に精強だし、味方への誤爆をなしに無差別の大技を幾度撃てるかと問われれば、難しい所だ。逆に言えば、自分以外お構い無しの梅泉の強みはそこにあるとも言えるのだが。 「倒す……!」 中衛のツァインに敵の一人が斬り掛かる。 重い縦の斬撃を硬質の音で弾いたのはツァインが手にした魔力の盾だ。 この一戦にかける想いは少なくとも遊興的な梅泉等に劣る筈も無い。 ツァインの紡ぐ殲滅の加護は、既に強力に仲間達を包み込んでいる。 リセリアが抑える梅泉、拓真、虎鐵が相対する敵以外の面々はツァインを含めたリベリスタ達の中衛、後衛にも攻撃を向けているが、堅牢な防御力を誇る彼は多少の攻撃に怯むような事は無い。 「簡単に倒せると思うなよ……!」 乱戦において格別の威力を発揮するのはやはり砲撃手達の存在である。 敵マグメイガス、スターサジタリー、インヤンマスター等による弾幕はリベリスタ達の余力を削ぎ落としたが、威力、攻撃力、精密性という面においては恵梨香、エナーシア等には及ばない。 剣林のフィクサード達――厳密に言うならば『一菱門下』は、スタンドアローンでの戦闘能力を重視している。つまり彼等は後衛でありながら前衛として動く事も想定した形で己が能力を練り上げているのだ。総合的な力がリベリスタ陣営と同じだったと仮定しても――実際には梅泉以外の面子はアークのトップ・リベリスタに力は及ばないだろうが――『振り分け』に『無駄』が生じる以上、純粋な破壊力では一歩も二歩も劣るのは当然である。天才・真白智親の助力もありアークのリベリスタはより実戦的に『研ぎ澄まされている』。 この魔術は正義と共に。 銀の弾丸は邪悪な怪物の息の根を止める聖なるピリオドだった筈だ。 高らかなる詠唱が闇の中に銀色を宿し、その力を集積していく。 目の前に立ち塞がるものは自分の、アークの、そして――の障害だ。 任務に極めて強い意志を見せる『ネメシスの熾火』は、少女らしからず、ある意味で怪物めいて。そこに在る敵を許さない。 「邪魔よ。長く相手をする気は無いの」 宣告めいた言葉と共に恵梨香の放った銀の弾丸が敵陣を貫いた。 薙ぎ払うかのような威力に顔を歪めたフィクサード達の動きの機先を制するように―― 「Bless You!」 少女の美声(じゅうせい)が鮮やかに祝福を紡ぎ出した。 エナーシアのペイロードライフルの吐き出す神速の連射は、驚く程の精密さと必殺性を併せ持つ。何発放たれたのか一瞬分からなくなる程の強烈な連射は防御さえままならぬフィクサードの足を厳しく撃ち抜いた。 梅泉の近くのフィクサードの足を撃った彼女は一つの企みを抱いている。 (戦場で一番の障害は負傷した戦友。軍隊なら仲間を決して見捨てる事は無いけれど。一菱梅泉はどうかしらね――) 言うに及ばない。彼は逃げ遅れた友軍を構うような性質では無い。 彼に言わせれば「邪魔をするな」が全てであり、味方である同門さえミス・キャストなのだから。 人間である以上、梅泉の仲間撃ちは敵陣の士気を大いに落とすに違いない――元・凶手は冷酷にそれを読む。 「全く、厄介な事この上無いから」 エナーシアの乱れ撃ちにたまらず運命を燃やしたフィクサードに溜息を吐く。 敢えてこのタイミングまで動かなかった彩歌は、あくまで敵の射程の外に陣取り、論理演算機甲――バージョンアップを果たした『オルガノン』を敵陣へと向けていた。 (重要なのはあの梅泉が何を考えて動くか――何が好みか。 前衛狙いで切り合いを望むか、楽しみを後に残して鬱陶しい後衛を一気に薙ぐか。 見境無くランダムに選んでくる可能性もある……まぁ、これは些か論理的ではないけれど) 灰色の頭脳を猛烈に回転させ、戦いに論理を筋道立てる。勝つべくして勝ち、運否天賦によらぬ結末を力強く引き寄せんとするのはプロアデプトである彼女からすれば当然のやり方だ。 (何れにしても梅泉を除けば攻撃力では上回っている――なら、後は) オルガノンが無数の光の糸を吐く。 梅泉の余裕の源が旺盛に奪い続ける体力ならば、まずはそれを堰き止めるのが重要になろう。 ●一菱梅泉III 「馬鹿げた騒ぎは御終いにして貰うわよ!」 恵梨香の強烈な魔術が幾度目か銀色の瞬きで敵を焼いた。 「邪魔すんなよ、なぁ!」 竜一の強撃が梅泉を防御せんとした敵を弾き飛ばす。 戦闘は苛烈にして壮絶なものとなっていた。 乱戦から始まった彼我の削り合いは、強烈に互いの命を脅かすひりつく展開を見せていた。 長いようで短い。だが、短いようで長い。 加速する時間は実時間以上に神経を磨耗させるまるで異界のようであった。 「大丈夫なのだ、しっかり――!」 「まだまだッ!」 リベリスタ陣営は雷音の操る天使の歌、式符・大傷痍、ツァインの与えたラグナロクの加護、そして高らかなる聖骸凱歌等で状況の立て直しを図っているが、梅泉の技は常にリベリスタ側を危険な領域から逃がしていない。 「……何と言う男なのだ」 攻撃力にやや上回るパーティは、敵陣を強かに叩き、少しずつその余力と数を削ぎ落としてはいたのだが、今回の戦いにおいて特筆するべきは、あくまで梅泉の存在である。追い込まれる程に強くなるという特性、そして攻撃の度に余力を回復するという特性。二つの状況を併せ持つ彼は、リベリスタ側にとって酷く手を出し難い存在と化していた。痛み始めた陣営の一方で、殆ど無傷の梅泉は好き放題に暴れているのだ。 「はぁ、は、は――」 肩で息をするリセリアはリベリスタ達の中でも最も強烈に消耗している一人だった。 梅泉はその力の全てを相対するリセリアに向けていた訳では無い。だが、このリセリアは少なくとも彼に自身の存在を無視させる程生易しい使い手では無かったと言える。 (『五十文』が正統派の剣なら、この男はまるで唯斬る為に全てを突き詰めた邪剣。 狂剣……いや、凶剣か。とはいえ――唯鋭く、疾く刃を届かせ斬り刎ねる技。 此処までくればいっそ芸術的な冴えですね……) 最も強く、長い間、狂気的な技量と殺気の前に晒され続けた彼女は呆れる程に思い知っていた。 だが、彼女は最初から自分の役割が『そういうもの』だと分かっていた。 仕事は十分に果たしてきた。それはちらりと確認した周りの様子で分かる。フィクサードは既に四人が失陥し、リベリスタ陣営は自身を含め深手を負う者も居るが、まだ倒されては居ない。 仕掛けるなら、そろそろか――奇しくも、リセリアと梅泉は同時にそれに思い当たっていた。 梅泉の構えが変わればリセリアの肌が粟立った。 (話に聞く秘剣『裏五光』。 アレンジされているとは言え、『雨四光』亡き今に視られるとは思いませんでしたが…… 何としても見切って、そして――) 必殺の予感は最大の大技を否が応なしに警戒させた。 だが。この瞬間、繰り出されんとしたのは『裏五光・改』ではない。 それは或る意味で梅泉がリセリア・フォルンという剣士に向けた最大級の賛辞だったに違いない。我が身に少なからず傷を刻んだ使い手を、自陣を押し込むリベリスタ陣営を評価しての結論だったに違いない。 『一菱梅泉はこの時、隙を生じて敵多くを狙う大技では無く、確実に一個の敵を倒す手段を選択した』 「良き腕であったぞ、娘――いや、『リセリア』よ」 過去形でモノを言う傲慢を咎める者が夜に居ない。 穏やかとも言うべき表情で振るわれた邪剣に血が散った。 見てから避けたなら首が落ちていただろう。リセリアは瞬時の予感だけでその最悪の結末を回避した。 だが、首から血を散らした彼女がそれ以上立ち上がる事は無い。 一人が倒れれば状況は途端に加速する。 「規格外相手だが死ぬわけにはイカネーナ」 「その意気や良し、叶える謂れは無いがな!」 リセリアの穴を瞬時にリュミエールの青い影が埋めた。 一番手(リセリア)に続く技量的な二番手(リュミエール)の登場に梅泉がいよいよ狂喜する。 「相手シテ貰オウジャネーカ!」 卓越した身のこなしを持つ少女が防御に転じれば、流石の梅泉も攻め抜くに些か手を焼いている。 戦闘が加速する。 誰かの悲鳴が噛み殺される。 路地にはリベリスタ、フィクサードを問わぬ血の花が咲く。 それは攻められ始めた梅泉さえも例外では無い。 (おかしいな……) 膝立ちになったツァインは胡乱とした意識で黒髪を振り乱す梅泉の姿を見た。 (百虎さんやあの御仁の時のような畏怖を感じない…… いや、追い詰めた時の手の付けられなさはそれ以上…… ……俺など足元にも及ばない……斬られ過ぎでおかしくなったか……?) 高揚する精神が独特の浮遊感でツァインの全身を包んでいた。 青く運命が燃える。強烈に引き戻された意識が彼の両足に再び力を与えた。 正眼にブロードソードを構えたツァインは、やはり不思議と怖くない。 (惑うな。裏五光は一点に集約する連撃…… 見切る等おこがましい、ただこの体が覚えてる。 あの日のあの人の業……今日見たアンタの太刀……隙を埋め……居を合わせる……) 進んで死の色を嗅ぎ取って、しかし何ら怖くない。 ハッキリ結論付ければ、彼はおかしくなってなど居ない。 唯単に強くなっただけだ。一菱桜鶴と切り結んだ時、持ち得なかったかも知れない本当の強さを。 現在、一菱梅泉と相対する彼は持っている。手にする事が出来た。それだけの話なのだ。 リュミエールが鋭く踏み込む。 この上守り切れぬと判断すれば彼女の刃の冴えも実に素晴らしいものだった。 自在なる可変を見せる妖刀が血を啜る妖刀と絡む。 数合に渡る刃合わせは瞬間に起きた出来事だ。しかし。 (チッ、コノ化け物ガ――) やはり、力比べでは分が悪い。声にならぬ内心で悪態を吐いたリュミエールが背中から叩き付けられ、息が出来なくなる。 戦いは続く。 「もう、ここまで来たら覚悟の一択よねぇ」 こんな無茶をしたら友人は何と言うだろうか――エナーシアは頭を振って無駄な考えを追い払った。 敵陣は既に崩壊気味だ。リベリスタ陣営は激しく梅泉を攻め始めている。どうせ自分は狙われたならば『奇跡(クリティカル)』なくして、梅泉の攻撃を捌く事等出来はしない。 (他のフィクサードだとか、戦況だとか、戦線維持だとか、防御だとか、そういうのは皆に任せるわ) あろう事か伏射姿勢を取ったエナーシアは梅泉(ひょうてき)以外の何をもその視界に入れていない。 元より自分は銃を扱える程度の一般人、出来る事等多くは無い――嘯く彼女はその一撃に己が全てをかけていた。 火を噴いた祝福の銃器が梅泉の眉間を狙う。 「キェエエエエエエエエエエエエ――!」 鳥の如き奇声を発した彼は信じられない反応速度でこれを避ける。 エナーシアは止まらない。 「Reload!」 次なる銃弾は横薙ぎされた妖刀に弾かれる。 だが、三度目はどうか。三度目の正直が梅泉に直撃し、彼の体をくの字に折った。 「勝負所よ」 彩歌の言葉は全員が共有する事実だった。 彼女の気糸がこの瞬間、梅泉に『致命的状況』を生じさせた。 恐らくは最初で最後のチャンスに猛烈な攻め手が寄せる。 リベリスタ陣営が元より頼んでいたのは――最高の破壊力を有する三人のデュランダル。 「『避けて』ね」 「頼むぜ、皆ッ!」 援護に回るのは砲撃手たる恵梨香であり、壁であり回復手になるツァインだった。 拓真、竜一、そして虎鐵。届かぬ技量を集中で埋めた三人はこの瞬間を待っていた。梅泉が手のつけられない状態になる前に――『安全状態から致命傷までを届かせる』最大の賭けに出られる瞬間を! 「一菱梅泉、貴様はこれまで俺が相対して来たどの剣林よりも危険な男。 百虎とは別の意味で――貴様は明確に我が双剣の敵だ。 貴様は多く死を積み、多くの悲劇を生む……貴様な生業、俺は決して許さん!」 「――囀りよって、若造が!」 苦痛をその表情に残した梅泉が拓真の言葉を大喝する。 (剣士であればこそ理解する……! 目の前の敵は死に足を踏み込んでこそ勝利を掴む事が出来る相手なのだと) リセリアも感じた梅泉の間合いは覚悟を問う『結界』の如し。 されど、拓真は躊躇わぬ。 (だが、故に――俺は踏み込む!) 水無月や 逃れぬ宿命 刃鳴散らす 静けさ来れば 折れるは刃 交錯する運命が――僅かばかりリベリスタに傾いた気がした。 「革醒してたかが数年の俺が、ここまで来るのには死線が必要だった。 わかるだろう? あんたなら、分かる筈さ――」 ニヤリと笑む竜一の顔には血がこびり付いている。 常人ならば一歩も動けない程の血を失っている。 「あんたとのこの戦いも、俺には糧さ。”無駄な刻限”なんて存在しねえ。 あんたはどこまで昇る気だ? 死牡丹さんよ。俺はどこまでも昇るぜ。竜だからな!」 文字通り竜の咆哮のような一撃が防御姿勢を取った梅泉を強かに叩く。 呻いた彼に決め手を叩き込めるのは、恐らく――最強の一撃を見舞わんとする虎鐵である。 だが、梅泉は彼に先んじた。辛うじて体勢を立て直し、己が命脈を絶たんとする最大の危険に立ち向かう。 「主等は、最高じゃな――!」 血蛭地獄が閃く。 あのリセリアさえも倒した落首山茶花を守りに優れぬ虎鐵が受けられる筈は無い。 だが、結末は予想外に裏切られた。 間合いに血に染まった白い羽が散る。彼我の間に割って入り、虎鐵に抱き付くように――己の身を盾にしたのは他ならぬ彼が誰よりも守り抜きたいと考える娘、雷音だった。 梅泉は肉親の情を一顧だにしなかった。しかし、雷音と虎鐵は違う。そうではない。 「……テメェ……!」 爆発的な殺気が虎鐵より立ち昇る。動揺すまいとは考えていた。 だが、震える唇で彼にだけ届く『何か』を呟いた彼女を見れば、彼の頭の中は煮えざるを得なかった。 至上の剛剣が梅泉を襲う。 猛打を受け切れず、青い炎に包まれた邪剣士は「見事」と呟いて大きく飛び退いた。 「逃げるの……!?」 影を追う恵梨香の非難めいた声に梅泉は「まさか」と笑う。 「引き分けなぞ――退屈な結末、真っ平じゃろう? 末期まで臨まばわしも死ぬが、主等もきっと冥土の供じゃ。 故に機を改めるまで。もう飛騨の山奥に篭らずとも、良い。 今の世には――百虎のみならず、主等が居ると分かれば上出来故にな!」 梅泉の言葉に残った二名のフィクサードが頷く姿を見せた。 成る程、これ以上の消耗戦は互いに利益が無いという事か。 「楽しかったぞ、箱舟よ。他所でくたばるな。主等はきっとわしが斬る!」 一方的なラブ・コールは何時の世にも迷惑千万なものである。 「冗談じゃないわよ」 溜息を吐く彩歌に『乙女心』なるものがあるかどうかは微妙な所。 だが、取り敢えず遠慮したいのは確かだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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