● 「……『賊軍』を名乗る元『裏野部』の連中が、少し前から四国周辺で動いていた話は聞いてるかな」 アーク本部のブリーフィングルーム。集った面々を見回して、『どうしようもない男』奥地 数史 (nBNE000224)はそう言って話を切り出した。 日本国内におけるフィクサード主流七派の中でも、過激派と目されていた『裏野部』。 昨年末、その首領たる『裏野部一二三』はこの国の全てを手中にせんと動き出し、結果として古い時代に封印されたアザーバイドを解放するに至った。 奈良の『まつろわぬ民』、四国各地の魑魅魍魎を吸収して勢力を拡大した『裏野部』は主流七派を離脱して『賊軍』を名乗り、戦力を四国に集結させる動きを見せていたが、その過程で『アーク』のみならず、残りの主流七派のうち『黄泉ヶ辻』を除く五派とも衝突している。 このため、四国とその周辺地域における裏世界の緊張度合いは高まる一方だったのだが――ついに、『賊軍』は大規模な行動を開始したらしい。 「去年の暮れに一二三が生み出した巨大な雷雲……E・エレメント『ヤクサイカヅチノカミ』が、『賊軍』勢力が結集した四国の上空を覆い尽くした。 こいつが放つ雷で、四国に出入りする船や飛行機の類は残らずシャットアウトされてる」 さらに『賊軍』は本州と四国をつなぐ三つのルートも封鎖したため、現在、四国はこの国から完全に隔絶された状態にある。 「これだけでも既に大事だが、一二三は四国を支配して満足するようなタマじゃない。 奴の狙いは、四国に住む人間を餌として残らず喰らい尽くし、自分の力に変えることだ」 四国各地には、腕利きのフィクサードを中心とする『賊軍』の部隊が散っており、住人を主の贄とするべく虐殺の準備を整えている。『アーク』はこれから封鎖を突破して四国に入り、虐殺を食い止めた上で首魁たる裏野部一二三を討たねばならない。 「皆には、広島県の尾道市から愛媛県の今治市に入るルート――いわゆる『瀬戸内しまなみ海道』を抜けてもらうことになる。戦う相手は、『賊軍』に従うアザーバイド達だ」 数は、二つの頭に四本の腕と四本の足を持つ『両面宿儺』が二体に、燃え盛る炎の塊の姿をした『天火』が十体。いずれも戦意は高く、簡単に道を譲るような相手ではない。 「加えて、空の『ヤクサイカヅチノカミ』が数十秒に一回くらいの間隔で雷を落としてくる。 ただ、『賊軍』を巻き込みかねないポイントは狙わないようなので、これに関しては位置取りを工夫すれば防ぐことも可能だろう」 ここまで説明した後、数史は一拍置いて「それで、だ」と続ける。 「――皆が着いた時、現場には先客がいる。『剣林』のフィクサード達がな」 『賊軍』の動きを腹立たしく思っているのは、何も『アーク』だけではない。 残る主流七派の中には、四国の拠点を切り取られることを嫌う勢力も多く、それぞれが独自に行動を起こしている。 もっとも、七派屈指の武闘派とされる『剣林』には、単純に『強い奴と戦いたい』という理由で四国に赴いた者も多いようだが。 「確認出来た『剣林』のフィクサードは三人。うちの一人は『空閑拳壮(くが・けんそう)』という男で、近接戦に特化した武術家だ」 彼は、以前にも何度か『アーク』と交戦している。 一回だけ、共通の敵を相手に『アーク』と肩を並べて戦った経験があり、その際に結果として命を救われたことに恩義を感じている節もあるようだ。 「と言っても、敵には違いないから馴れ合う必要はないし、守ってやる義理もない。 だが、この場においては『封鎖を突破して先に進みたい』という点で利害は一致している。 こっちから攻撃を仕掛けたりしない限り、あっちも事を構えようとはしない筈だ」 ただでさえ厳しい状況で殊更に敵を増やせば、任務達成のハードルが上がることは確実である。 そのあたりを考え、上手く立ち回っていく必要があるだろう。 一通りの説明を終えた後、数史は全員の顔を見る。 「四国で行われる虐殺を阻止するには、ここで道を開かないといけない。 楽な戦いじゃあないが、頼まれてくれるか」 どうか気をつけて――と告げて、黒髪黒翼のフォーチュナはブリーフィングを締め括った。 ● 重く垂れ込めた雲の下、地上で生まれた雷が猛る。 行く手を阻む炎の塊たちを疾風迅雷の武技で纏めて打った刹那、男――空閑拳壮の肩に一本の矢が突き立った。本来ならば動きを縫い止める筈のそれを意にも介さず、後方の敵を見て微かに舌打ちする。 八本の四肢を自在に操る双頭のアザーバイドを睨んで、彼は口の端を持ち上げた。 「腰に差してる剣(そいつ)は飾りか? あ?」 拳壮は、遠距離攻撃をもってして戦う者を嫌っている訳ではない。 別のルートから四国を目指している筈の彼の親友は、屈指の弓使いだ。 それが本人の選んだスタイルなら、好きにすれば良いと思う。 ただ、拳壮にとっては、敵と距離を置いて戦うことが『死ぬほど性に合わない』。 殺るのも殺されるのも、直に手を合わせた奴じゃなきゃ嫌だ――というのが、彼の口癖である。 「……邪魔だな」 己の求める“強者”はこの場には居ない。そう判断して、拳壮は再び身構える。 興が湧かない相手とはいえ、容易い敵でないことに違いはない。頭数の差と、連中の自己再生能力を考えると潰すのはなかなか骨が折れそうだが、無論、ここで退くような選択肢は無かった。 「前菜で腹一杯になる程、馬鹿馬鹿しいことはねえ。 とっとと平らげて、メインディッシュを食いに行くぞ」 その場の僚友たちに告げて、不敵に笑う。 一年半ほど前、今は亡き仲間達と共に『アーク』と手合わせした時のことが不意に思い出された。 ――嗚呼、あの喧嘩は実に良かった。 虎の双眸を爛々と輝かせて、男は吼える。 闘いを求める獣は、ひたすらに己を満たす“獲物”に飢えていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月13日(木)22:33 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 雷鳴が轟く中、六人のリベリスタは車の往来が途絶えた道をひた走っていた。 通称『瀬戸内しまなみ海道』――広島県の尾道市と愛媛県の今治市とを結ぶ道路である。 空をびっしりと覆い尽くした雷雲を見上げて、ユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672)が口を開いた。 「四国乗っ取りだなんて~、裏野部さんも頑張りましたね~」 かの雲の正体は、E・エレメント『ヤクサイカヅチノカミ』。主流七派を離脱した『裏野部』――現在は『賊軍』と呼ばれる勢力の長、『裏野部一二三』により生み出された存在である。上空で四国全土に睨みを利かせるそれが『賊軍』以外の通行を許さないため、既に民間の海路と空路は封鎖されているという。 後に残るは、本州と四国を繋ぐ三つの陸路のみ。いずれのルートも『賊軍』の戦力で固められており、通り抜けるのは決して容易いことではないが、他に方法が無い以上は致し方ない。 「先往く為、突破しなければなりませんね。……彼らも、私達も」 決意を込めて囁き、『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)が進路上に目を凝らす。『賊軍』の番人たるアザーバイドの群れに交ざって、三人の男達の背中が見えた。 数の不利をものともせず果敢に戦う彼らは、主流七派『剣林』に属するフィクサードである。 (たった三人、無茶をする) ユーディスが微かに苦笑した時、男の一人が咆哮を上げた。 空閑拳壮――近接戦闘(インファイト)を何より好み、それを己の誇りとする武術家。ユーディス本人も含め、この場には彼と面識のある者が多い。『Type:Fafnir』紅涙・いりす(BNE004136)も、その一人だ。 「やれやれ。利子をつけてもらえるはずだったのだが。また浮気かね?」 虎の瞳を輝かせて闘う拳壮を眺め、これだから男というやつは……と零す。 「尤も。それを許すのも甲斐性だがな」 愛用の二刀を携え足を速めるいりすの後方で、『お砂糖ひと匙』冬青・よすか(BNE003661)が呟いた。 「……ん、暑苦しいのって、嫌いじゃない、よ?」 口中で飴玉を転がしつつ、『賊軍』の陣形を把握する。前方、約20メートル地点に剣林派と接敵する『天火』の群れ。より強敵とされる二体の『両面宿儺』は、そこからさらに10メートルほど奥に居た。遠矢の射程を考えると、あの位置からでも充分こちらを狙えるだろう。 「それじゃ、行こーか☆」 「ええ、いつもの通りに」 併走する『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)と、『赤錆皓姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)が、互いに声をかけ合う。 二人の脇を抜けて前進したいりすが、神秘の挑発を戦場に響かせた。 ● 怒り狂った『天火』たちが、俄かに炎の勢いを増す。 「――『人間失格』……じゃねぇ、今は『Fafnir』か。 久し振りに会ったってのに、浮気者呼ばわりたぁつれないね。聞こえてたぜ?」 肩越しに振り向いた拳壮がそう言って自分の耳を指差すと、いりすは構わず答えた。 「その雑魚は小生が喰っちまうからさ。虎さんは、先に行きなよ。なに。すぐに追いつく」 四本の腕で二張りの弓を操る二体の『両面宿儺』が、現れた新手(アーク)をも巻き込んで矢の雨を浴びせかける。己の身に突き立つ矢を一顧だにせず、拳壮は鼻で笑った。 「ハ、知ってるか? そういう台詞を吐く奴ぁ早死にすんだよ」 両の拳に迅雷を纏い、疾風の武舞で『天火』の群れを打つ。命知らずという点では、この男も決して人のことを言えた義理ではない。 今しがた『両面宿儺』の矢が掠めていった肩口の傷を見やり、ユーフォリアが背の翼を羽ばたかせる。 「あまり大きなのは当たりたくないですからね~」 低空を滑るようにしていりすと同列に並んだ後、彼女は身体能力のギアを上げて反応速度を強化した。敵の瞬間火力が馬鹿にならない以上、可能な限り回避率は高めておきたい。 少し遅れて、20メートルの距離を一気に駆け抜けたユーディスが拳壮に声をかけた。 「空閑拳壮――でしたね、御健勝何よりです」 「騎士の嬢ちゃんか。覚えてるぜ」 知った顔を認めて、拳壮が口の端を持ち上げる。 思えば、以前に彼と矛を交えたのも海の近くだった。あの時、天に輝いていた月はすっかり隠れてしまっているけれど。 「相方の射手とは一緒ではないのですか?」 「奴ぁ別行動だ、今頃は他所から四国に入ってるだろうよ」 軽く挨拶を交わしながら、怪訝な顔でこちらを窺う『剣林』の二人――クリミナルスタアとダークナイトであると聞いている――に視線を走らせる。 過去、『楽団』との戦いで命を救われた経験を持つ拳壮はともかく、大多数の剣林派フィクサードにとって『アーク』は敵以外の何者でもない。ここは、自分達の立場を明確にする必要があった。 「この橋は私達も突破したい所でして。――勝手に御助勢させていただきます」 手短に述べ、片手槍を構える。刹那、『天火』がざわめいた。いりす目掛けて飛び出した半数の後を追うかのように、その場に留まった残りの半数が呪詛を放つ。 群れの注意が『剣林』の三人から完全に逸れたのを認めて、よすかが動いた。フィクサードらも対象に含めて神聖なる光を輝かせ、全員の状態異常を払う。敵意が無いことを証明するには、何よりも態度で示すのが手っ取り早い。『アーク』に対する不審の目を隠そうともしなかった剣林派の二人も、それで幾許か警戒を緩めたようだった。 ここまで待機していた終が、いりすに群がる『天火』に接近する。 二振りのナイフが閃いた瞬間、生じた氷刃の霧が宙に漂う炎の塊を呑み込み、芯まで凍りつかせた。 「拳壮さーん☆ お久しぶりー☆」 「よう、『ハッピーエンド』。相変わらず楽しそうだなぁ、お前はよ」 陽気に手を振る青年を振り返り、拳壮が相好を崩す。そんな彼に、終は道の遥か前方を指し示した。 「拳壮さん達も、この先のメインディッシュ目指してるんだよね? じゃあ、前菜でお腹いっぱいになっちゃダメだよね☆」 すかさず、よすかがテレパシーで言葉を重ねる。 『よすか達は、目の前の、ツマンナイのを倒しに来たん、だ。先ずは、あれを倒そう、よ? 強敵と闘う為に、ここは生きて貰わ、なきゃ――』 完全に味方とは言い難くても、少なくともこの場で積極的に敵対する理由は無い。利用出来るものは利用した方が、互いにとって目的達成の近道になる筈だ。 「……ったくよ、随分と見くびられたもんだぜ。 お前も同意見か? 『戦姫』、いや『赤錆皓姫』……まぁ、この際どっちでもいいか」 続けて走り寄ってきた舞姫を見て、片眉を上げる拳壮。 対する舞姫はすぐには答えず、充分に近付いてから彼に囁いた。 「賊軍の狙いは、我々の足止め。戦闘を長引かせるよう、奴らは指示されています」 『両面宿儺』が持つとされる通信機に声を拾われぬよう細心の注意を払い、彼女は拳壮に提案する。 「邪魔をされないよう、通信機の破壊に協力してください。 フィクサードからの指示が無くなれば、真っ向勝負で正面から殴り合える――貴方もわたしも、その方が性に合っている、でしょう?」 「しち面倒臭ぇあれこれは知らねぇよ。要は片っ端から殴り倒せば良いんだろ? 足並みは揃えてやっから、細けぇ話は抜きにしようや」 事も無げにそう返され、舞姫も口を噤む。あわよくば剣林派のクリミナルスタアに通信機を破壊させるつもりでいたが、流石にそこまでは望めないか。仮に要請が受け入れられたとしても、そもそも通信機が視認出来ないのでは狙うどころではない。相手も、それを隠し持つ程度には知恵が回るということか。 ともあれ、剣林派と事を構えずに済むだけでも良しとすべきだろう。 「お互い頑張っていこー☆」 “時”すらも超越する神速をもって空間を刻む終が、『天火』を追撃する。その攻撃範囲から僅かに外れたいりすが再び群れを引き付けると、舞姫が矢の如く駆けた。 いりすに気を取られた『天火』たちの間を抜け、『両面宿儺』に肉迫する。 「――貴様らに打ち合う気概があるなら、わたしを切り伏せてみろ!」 彼女の一喝が大気を震わせた時、『両面宿儺』たちの四つの面が憤怒に染まった。 挑発が奏効したことを確かめ、己の身を蒼き雷光で覆う。体内を巡る電気信号すらも完全に掌握し切った今、生半可な攻撃ではそうそう傷つけられない自信があった。 「裏野部さんの頑張りも~、今日でおじゃんにしますよ~」 あくまでもマイペースを貫くユーフォリアが、しなやかな肢体をふわりと宙に舞わせる。 間延びした口調にまるでそぐわぬ速力で敵陣に分け入ると、彼女は左右で一対となる戦輪(チャクラム)を鮮やかに回転させた。 「お久しぶりの~、分身殺法です~」 幾重にも展開されたユーフォリアの幻影が、間断なく斬撃を浴びせて『天火』たちを翻弄する。 拳壮が称賛の口笛を響かせる中、彼女は軽やかに武闘のダンスを踊った。 ● 左右同時に振るわれた『両面宿儺』の剣が、舞姫の金髪を掠めて空を切る。 矢を射かけるもう一体に拳壮が迫り、雪崩の勢いでこれを地に叩き付けた。 とりあえず、『天火』の壁を崩して『両面宿儺』に近接するという第一目標は問題なく果たせそうである。舞姫と二人で一体を抑えにかかりながら、ユーディスは現状で最もダメージが大きい剣林派のダークナイトに英霊の加護を届けて彼の傷を塞いだ。 『両面宿儺』の後退を封じてしまえば、こちらの射程外から一方的に撃たれ続けるという危険はなくなる。あとは戦線を維持した上で、敵の数を確実に減らしていくだけ。 清らかなる存在に祈って癒しの福音を響かせるよすかの頭上に、電閃が奔る。誰かが警告を上げる間もなく、稲妻が彼女を貫いた。 魔術書(グリモアール)を握る両手に力を込め、辛うじて踏み止まる。雷に撃たれた者が他に居ないことを確認すると、彼女は気丈に口を開いた。 「……存分に、狙って?」 己の打たれ弱さは、元より承知している。敵の指揮系統が生きていれば、真っ先に集中砲火を浴びるのはおそらく自分だろう。それでも、よすかの心に恐れはなかった。 狙うなら狙えばいい。その分だけ、味方が自由に動ける。いざという時は仲間が駆けつけてくれることを、彼女は疑っていない。 事実、終と舞姫は戦いの最中もよすかの現在位置を頭に入れていた。『両面宿儺』と彼女の間に己の身を置き、なるべく射線を遮るように努めている。たとえ怒りに我を忘れていようと、遠矢の連射に巻き込まれるリスクは消せないからだ。 味方を巻き込まないよう慎重に距離を測り、終が仕掛ける。 既に弱っていた『天火』たちを纏めて氷葬にすると、彼は間髪をいれず転回して別の数体を凍てつく霧に封じた。そこにユーフォリアが接近し、二つの戦輪で周囲を薙ぎ払う。 「ピカゴロドッカーン! はヤですからね~。雷避けは逃がしませんよ~」 今のところ、概ねはリベリスタ達の思惑通りに事が運びつつあるようだった。 落雷により体力を削られるよすかをフォローすべく、舞姫は敵の精神をかき乱し続ける。 通信機の破壊が叶わずとも、指示を受ける側が正常な判断力を失っている限り結果は変わらない。『天火』の意識が自分に向いており、かつ『両面宿儺』の流れ矢が飛ばぬように気を配れば、よすかが追撃を喰らう道理は無かった。 無論、敵の攻撃を一手に引き受ける舞姫の負担たるや凄まじいものがあるが、究極の領域まで反応速度を引き上げた彼女は人知を超えた身のこなしで痛打を避けている。積み重なっていく細かな傷も、仲間の回復で充分にリカバリがきく範囲だ。 「――誰も倒れさせません」 護り抜くという決意を込めて、ユーディスが英霊たちの魂に呼びかける。敢然たる彼らの誇りと力が舞姫に宿り、彼女の背を支えた。 扇状に放たれた暗黒の瘴気が、残る『天火』を一掃する。 「ふん。射撃は如何にもまどろっこしい。殺し合いは、やはり白兵だな」 雑魚の殲滅を終えたいりすが二刀を構え直すと、拳壮が我が意を得たりと笑った。 「だから言ってんだろ。殺るのも殺られるも、直に手を合わせた奴じゃなきゃ嫌だってよ」 彼の傍らに舞い降りたユーフォリアが、冗談めかして囁く。 「空閑さ~ん、巻き込んじゃヤーですよ~」 「おいおい、俺ぁそんなに節操なしに見えるか? 傷つくじゃねえか」 口を尖らせる拳壮にゆるりと微笑みを返し、彼女は再び空中へと身を躍らせた。 多角的な軌道を描いて『両面宿儺』の死角を突き、至近から戦輪を投じる。円形の刃が異形のアザーバイドの四肢を傷つけ、胴を切り刻んだ。 猛り狂う『両面宿儺』が、猛然と反撃する。剛剣が唸りを上げて舞姫に襲い掛かった瞬間、無数の矢が雨の如く前衛たちに降り注いだ。 よすかの詠唱により具現化した癒しの福音が戦場を満たし、『アーク』の仲間と『剣林』の男たちを包んでいく。両手に携えた得物――無銘の太刀と血塗られたジャックナイフで矢を弾いたいりすが、虚ろな瞳で『両面宿儺』を見据えた。 「つまらん相手ではあるが。油断のできる相手というわけでも無い」 長さの異なる二刀で巧みに間合いを調整し、即座に音速の連撃を見舞う。傷を再生する暇を与えまいと、舞姫が地を蹴った。 一瞬にして標的の懐に潜り、“黒曜”を繰り出す。 「いずれにせよ、道を譲るつもりも無いのでしょう。ならば――押し通る!」 瀟洒なる光の刺突が、『両面宿儺』の鳩尾を鋭く穿った。 ● 戦いが終局に向かいつつある中、よすかは『全員の傷を癒す』一点のみに全霊を傾ける。 仲間は勿論、剣林派の三人も倒させるつもりはなかった。 「メインディッシュの為……此処では絶対、止まん、ない」 「こんな所で死んじゃったら、つまんないもんね☆」 うんうんと頷きを返した終の姿が、不意に掻き消える。完全に敵の虚を突いた彼が再び皆の目に留まった時、止めを刺された『両面宿儺』がゆっくりと地に崩れ落ちた。 「この野郎、美味しいとこ持っていきやがって」 悪態をつきながらも、拳壮はそれ以上拘らずに残る一体へと向かう。雪崩の威力を孕んだ彼の拳が双頭のアザーバイドを捉えた瞬間、ユーフォリアが背後からこれを挟撃した。 「攻撃は~、前ばかりじゃありませんよ~」 敵が振り向くよりも先に戦輪を回転させ、攻め手を封じていく。すらりと伸びたユーディスの指先が『両面宿儺』の精神力を啜り、それが持つ再生能力に重く蓋をした。 ここまで来れば、後は時間の問題だ。二刀を鮮やかに閃かせたいりすが、剣と弓を操る八本の四肢を悉く縫い止める。敵が揺らいだ隙を逃さず、舞姫が跳んだ。 立ち塞がる者を両断する戦姫の一太刀が、眩い光を散らしてアザーバイドの胸に吸い込まれる。 断末魔の絶叫を上げることすら許されずに、『両面宿儺』はあえなく討ち取られた。 「ち、やっぱり暴れ足りねぇな」 腹を空かせた獣の貌(かお)で、拳壮が不平を漏らす。 手にした魔術書を閉じたよすかが、ゆっくりと彼に歩み寄った。 「……万全の状態じゃない獲物なんて、味付けのない物と一緒、でしょ?」 ここに来て『アーク』を相手に第二ラウンドに突入するとは考え難いが、釘は刺しておく必要がある。 「んな目で見んなよ。俺を狂犬か何かだと勘違いしてねぇか?」 露骨に眉を顰め、よすかを睨む拳壮。 この場で戦いを挑む意思が無いことを改めて示してから、彼は四国の方角へと向き直った。 「礼は言わねぇぜ。お前らとの決着はまた今度だ」 今にも走り出さんとするその背に、いりすが言葉を投げかける。 「ふん。無茶をするなと言って聞くタイプでもお互いあるまい。 だから、無茶をするなら小生のいる時にしたまえ」 その一言を聞き、拳壮がいりすを振り返った。 「――そいつは出来ねぇ相談だぜ、『Fafnir』よ」 面に笑みを湛えつつも、虎の双眸には真剣な輝きがある。 「逆の立場で考えてみろよ。お前だって、俺の居ないとこでさんざ無茶してるんじゃねえか。 知らないとでも思ってんのか?」 数瞬の間を置いて、彼は続けた。 「……破るに決まってる約束はしねぇ主義だ。だが、これだけは誓う。 お前らときっちり決着つけるまで、他の奴と“喧嘩”はしねぇよ」 そう告げてから、拳壮は固めた拳で己の胸を叩く。 おそらく、彼は約束を果たす日まで『インファイト・フリークス』を使うつもりは無いのだろう。 「賊軍を討ち果たした後――生き延びて縁あれば、戦場で相見えたいものですね」 黙ってやり取りを聞いていたユーディスが、拳壮に声をかける。 「ああ。それまでは、殺されても死ぬんじゃねえぞ。借りっ放しは御免だからな」 話が纏まった以上、これ以上の長居は無用だ。 急がなければ、『賊軍』主催の大晩餐会に乗り遅れてしまう。 「拳壮さん達またね~☆」 先頭に立って駆け出した終の声が、立ち込める雷雲の下に明るく響いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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