● 裏野部一二三は人間が好きだ。 餌として、玩具として、ありとあらゆる欲をぶつける相手として、人間以上の存在は無い。 少し褒めてやればふてぶてしい表情の奥に喜びや優越感を浮かべる部下を可愛いと思うし、自分の前で怯える美女を見ればその肌を思う存分に蹂躙したくなる。 気まぐれにTVを見て芸人の滑稽な姿に笑いもすれば、怯えて震える者を見れば哀れみすら覚える事もあるのだ。 繰り返しになるが、裏野部一二三は人間と言う生き物が好きだ。 ……けれど、だが、しかし、彼はありとあらゆる人間全てに対して、一度たりとも同種であると感じた事は無い。 生まれ出でてより、ずっと微かな違和感がへばりついて来た。 己より生まれ出でた子供達、その中でも最も出来の良かった、此処まで生き残れた四八や重に対してすらそうなのだ。 可愛いがっていた部下が失態を冒せば粛清するに躊躇いは無く、情を交わした、或いは嬲り終えた女を肉塊に変えるのも気まぐれに行なう。 並の人間ならば一瞬で発狂するであろう身の内に大量に溜め込んだ負の想念、怨念が四六時中発する囁きも、一二三の精神には爪痕を残さない。 最初は単に心が壊れている、何かが欠落して居るのだろうと思っていた。数少ない、友と呼べる人間、あの黄泉ヶ辻京介の様に。 だが手に入れた十種神宝を身に宿し、古のアザーバイド達を解放していくにあたり、一二三は漸く自分の違和感の原因に気付いた。 何の事は無い。単に自分は人間ではなかっただけなのだと。 一二三のルーツである物部、あの恨みに凝り固まった陰気な彼の一族は、古の神の流れを汲むと伝えられて来た。 その伝承の全てが真実だとは思わぬけれど、そう、その話は全く事実無根の事ではなかったのだろう。 遥か遠き祖先に、強力な力を持った異世界からの来訪者がおり、一二三はこれまでの一族の誰よりもその血を強く発現、つまりは先祖がえりをしただけの話だ。 十種神宝も神、遠き始祖が、一二三の様な先祖返り、或いは一二三個人が血の果てに出現する事を予測して残したのだと考えれば、あの陰気な一族の使命とやらにも納得がいく。 無論用意されていたから掴むのでは決してない。この欲も、激情も、全ては裏野部一二三と言う個体の内から発する物だ。他の誰の指図も受けるものか。 自らの意思で神に到り、思うが侭に力を振るう。有象無象を間引き、この国を我が物に。 裏野部のフィクサード達もまつろわぬ民達も、等しく隆盛を、繁栄を。日ノ本を弱き者は喰らわれ、強き者が嗤う闇の国に変えん。 沖津鏡、辺津鏡、両の眼は心魂を捉え。 八握剣、腕は破壊の力を宿す。 生玉、死返玉、足玉、道返玉、臓腑はうねり血肉を作り変えていく。 蛇比礼、身の刻印は生贄を求めて猛り。 蜂比礼、眷属達が励起する。 品物之比礼、最後の欠片は未だそろわねど。 「一二三四五六七八九十、布留部 由良由良止 布留部」 (ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり、ふるべ ゆらゆらと ふるべ) 準備は整い振り動く。 贄を喰らい、在るべき姿へ。求める姿へ。 さあ今宵こそは決戦にして大晩餐。 死の国と言う名の皿に載った有象無象を喰らい、止めに来るであろう箱舟、上物の馳走達も喰い散らかして覇を成さん。 我等賊軍、飢えに飢えた簒奪者なり。 ● 賊軍が勢力を終結させた四国の空を、巨大な雷雲が覆う。 昨年末に裏野部一二三に拠って誕生させられた意思を持つ巨大雷雲、E・エレメント『ヤクサイカヅチノカミ』の放つ雷により、四国へ出入りせんとする一般の艦船、航空機は航行不可能な状態にある。3つの本州四国連絡橋も賊軍の手で封鎖された。 つまり四国は完全にこの国より切り離された事になる。 けれど裏野部一二三の目的はこの国の全て。四国のみを手に入れて満足しよう筈もない。 故に彼等の目的は四国の支配には非ず。 裏野部一二三の、あまりに邪悪な最早人間とは掛け離れてしまった思考をする彼の目的は、四国の全ての民を残さず喰らって自らの力と化す事。 四国各地に『蜂比礼』と呼ばれるアーティファクトを其の身に刻まれ、裏野部一二三と力のパスを繋いだフィクサードを中心とした賊軍部隊が散って殺戮の時を待ちわびている。 四国を覆った『ヤクサイカヅチノカミ』の階位結界で通常の兵器は届かず、リベリスタに頼るほかに手段は無い。 賊軍が人々を虐殺すればする程、裏野部一二三は力を増すだろう。けれど首領から力を分け与えられたフィクサードが人々を虐殺できずに死ねば、分け与えた分の力は回収できずに裏野部一二三の力は減じる事になる。 フィクサードやアザーバイドといった雑多な集まりである賊軍を纏めているのは裏野部一二三と言う強力な個人だ。故に組織としては非常に脆い。 そもそも賊軍の母体となった裏野部を含む国内主流七派等という連中は存在感はあれど実態を掴み難い、鵺のような怪物共だ。 彼等はリベリスタ不在の日本で此の世の春を謳歌し力を蓄えてきた。 しかし『分類上国内主流七派の何れかに属するフィクサード』と『生粋の其れ』には大きな隔たりがある。 例えば裏野部で言うならば末端のチンピラの様な連中は、裏野部のフィクサード足り得るかどうかと問えば大いに疑問が残るだろう。 フィクサードはその活動柄、何かしらの組織の傘下に無い訳にはゆかぬ者も多いし、木っ端は木っ端なりの『使い方』も存在するが……、何より一二三は恐山斎翁の策略に代表される『効率的利益の追求』にはほとほとうんざりしていた。 事此処に至っては己に付き従うのは牙を持つ獣だけで良い。奪う事を知り、奪われる事を知る戦士のみで良い。消極的合流と、怠惰なる迎合を嫌った一二三が己が部下の全てを賊軍としなかったのにはそういう意味がある。 首領の存在はまとまりを欠くフィクサードを束ねる最大の武器ではあるが、漠然と広く肥大化した七派の最大の泣き所はまさにその首領の存在でもある。圧倒的な力をもって闇の世界を仕切る首領が万に一つでも敵に遅れを取るような事態になれば瓦解は必然、其れは無論裏野部だけに限らない。 「そう、つまりこの戦いを終らせ、裏野部、そして賊軍へと続いた悪意の禍根を断つには裏野部一二三の首を獲る事が必須だ」 集ったリベリスタ達を前に、『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)がその瞳を光らせる。 無論それは決して口にする程に容易くは無い。 まず四国各地で暴れる賊軍に対する勝利は必須であるし、その後にも幹部達の率いる大部隊が立ちはだかるだろう。 「いわば諸君は決死隊だな」 仲間達が幹部率いる大部隊と交戦する間を掻い潜り、裏野部一二三に決死の一矢を届かせる役割。多大な犠牲を払う覚悟を決めてかからねばならない、過酷な任務だ。 ならば本来は出来る限りの戦力を結集し、力を束ねる事でそれを成したい所だがそうもいかぬ事情が2つある。 「1つは先に述べた巨大雷雲、E・エレメント『ヤクサイカヅチノカミ』と裏野部のフォーチュナの存在だ」 あちらこちらで激しい戦いが繰り広げられるとは言え、多数が裏野部一二三を目指して動いたならば、その動きは確実に『びっち☆きゃっと』死葉と名乗るフォーチュナ、裏野部四八に察知されるだろう。 そして動きを察知されてしまえば次は上空の雷雲が無数の落雷を地に落とす。乱戦中ならば兎も角、移動中の部隊は落雷の格好の的だから。 動きが察知される程の多数の部隊を編成すれば、リベリスタ達は戦場に辿り着く以前から多大な消耗を強いられる事になる。 「そして2つ目は、負の想念を喰らう裏野部一二三の力だ。恐怖だけでなく、悪辣に対する怒りや憎しみさえもが奴の糧だ。諸君が奴の前に立つだけで、奴は上質の餌を喰らい力を増す事になるだろう」 故にこの任務への参加は、裏野部一二三が増す以上の消耗を強いれる実力の持ち主のみに限られてしまう。 果てしなく面倒で厄介な2つの事情に、逆貫は深く溜息を吐く。 「非常に厄介で困難な任務だ。この任務を斡旋するのが諸君等以外であるならば、私の言葉は死ねと言うのと何ら変わりがないだろう」 …………けれど。 「そう、けれど私は知っている。諸君等が今までにもっと性質の悪い伝説を幾度も打ち破ってきた事を」 世界最悪の歪夜13使徒を幾人も葬ってきた事を。 例え裏野部一二三が日本で最も凶悪な男だったとしても、世界を相手に戦うアークがそれを乗り越えられぬ道理は無い。 「諸君等の健闘を祈る。戦友達よ生きてまた会おう」 資料 リベリスタ侵入方向から、外陣、内陣、本陣とわかれて敵が配置されている。更に空を飛ぶ遊撃部隊が存在し、陣を移動して攻撃を仕掛けてくる。 外陣で交戦に敗北すれば、内陣で戦う部隊が挟み撃ちを受け、内陣で交戦に敗北すれば本陣で戦う部隊が挟み撃ちを受ける。 賊軍外陣戦力 土隠の顎闇が率いる土隠五名と、両面宿儺の緋羅が率いる両面宿儺五名の『まつろわぬ民』混成部隊。合計12名。 ネームドアザーバイド1:土隠の顎闇 古い時代に封印されたまつろわぬ民と呼ばれるアザーバイドの一種、土隠(つちごもり)の、本来は長の近衛を務める実力者の個体。今までに殺して来た大勢の能力者の皮を束ねて頭から被っている。 面接着に似た力を持ちます。また糸により敵を捕縛し、捕まえた獲物を引き寄せる事が出来ます。 毒、肉体を変形させて作った顎門で挟み潰すなどの攻撃も行ないます。 ネームドアザーバイド2:両面宿儺の緋羅 古い時代に封印されたまつろわぬ民と呼ばれるアザーバイドの一種、両面宿儺(りょうめんすくな)の、本来は長の近衛を務める実力者の個体。鮮やかな朱色の肌の持ち主。 2つの頭に4本の腕、4本の足を持つ。 力が強く、更に身軽で、左右に剣を帯び、四つの手で二張りの弓矢を用いる。左右の頭部はそれぞれ別の人格が宿る模様。 ハイバランサーに似た力と再生能力を持ちます。また常時2回行動で、其の状態での戦闘に熟練しています。 土隠や両面宿儺の他の個体の能力はそれぞれリーダーに準じるが、実力はリーダーに比べれば控えめ。 賊軍内陣戦力 裏野部四八が率いる精鋭フィクサード部隊と、四八の護衛である『夜駆け』ウィウ。合計12名。全員に『蜂比礼』が刻まれている。 ネームドフィクサード1:『びっち☆きゃっと』死葉こと裏野部四八 裏野部一二三の実の娘にして賊軍の巫女。フォーチュナである為直接的な戦闘能力は低い。 EX『布瑠の言ver死葉』とEXP『裏野部ラジヲ』を所持。 『布瑠の言ver死葉』:溜1、神全遠付与、大幅能力上昇。他者の『蜂比礼』に働きかけ、その力を解放するスキル。 『裏野部ラジヲ』:裏野部四八が戦場に存在する限り、フィクサード達は命中と回避に大きな修正を得る。戦闘指揮とフォーチュナ能力の複合スキル。 ネームドフィクサード2:『夜駆け』ウィウ 裏野部首領に仕える暗殺者のフィクサード。ジョブはナイトクリーク。 所持EXは『灼熱の砂嵐』『歪夜を駆ける』『物部』、所持アーティファクトは『影潜りの腕輪』。気配遮断や物質透過を所持している事も判明。 『灼熱の砂嵐』コピー品。敵全体に業炎と麻痺効果付きの強力な攻撃。 『歪夜を駆ける』不明。 『物部』EXP。 『影潜りの腕輪』1ターンに1度EPを消費する事で影に潜って攻撃を完全に回避する事が可能。 残るフィクサードの編成はクロスイージス2、ホーリーメイガス2、マグメイガス2、スターサジタリー2、デュランダル2。 『蜂比礼』 裏野部一二三の蛇比礼とのパスを繋ぐ刺青型アーティファクト。負の想念の吸収や、蛇比礼への輸送、或いは逆に蛇比礼より力を受け取り、所持者を強化する機能を持つ。 蛇比礼との関係は宅電話の親機と子機のようなもの。 賊軍本陣戦力 裏野部一二三のみ。 裏野部一二三 裏野部首領にして、この国で最も凶悪と言われる男。 顔に彫られた刺青は『凶鬼の相』と言う名のアーティファクトで、怒りや恐怖等の負の想念を吸収して蓄え、一二三の力に変える。 所持EXは『布瑠の言』。溜1、自付。能力の大幅な上昇、攻撃範囲の拡大、攻撃回数増加、ブレイク非常に困難。 遊撃部隊 裏野部航空部隊。『爆撃機』久那重・佐里と『戦闘爆撃機』鬼弐・麗一に加え、遠2距離の攻撃スキルを所持するフライエンジェ・スターサジタリー3名。合計5名。全員に『蜂比礼』が刻まれている。 ネームドフィクサード1:『爆撃機』久那重・佐里 裏野部に所属する若い女性フィクサード。種族はフライエンジェでプロアデプト。 特徴としては攻撃性能と命中が非常に高い。 EXスキルとして『ナパーム』と『クラスター』を持つ。 EX『ナパーム』神遠2範。鈍化、業炎。 EX『クラスター』神遠域。無力、崩壊、連。 ネームドフィクサード2:『戦闘爆撃機』鬼弐・麗一 裏野部に所属する若い男性フィクサード。種族はフライエンジェでインヤンマスター。 命中と回避が高め。 EXスキルとして『火龍』を持つ。 EX『火龍』神遠2域。極炎。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月14日(金)23:37 |
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● 戦争である。 集った兵は僅か五十余名。 本来ならば戦と呼ぶもおこがましい、小競り合いに用いる程度の人数だ。 だがその誰もが人を超えた革醒者で、更にはアークの中でも精鋭、一騎当千の実力者達であるならば、戦力で言えば軽く一つの軍を凌駕する。 迎え撃つは賊軍、古の時代に封じられたこの国の民を恨むアザーバイドに、この国の闇であった元裏野部の、その中でも精鋭と言えるフィクサード達。 軍と軍が、国の命運を賭けてぶつかり合う。ならば矢張りこの戦いは戦争と呼ぶに相応しい。 地は朱に染まり、天には雷雲が立ち込める。 地獄と化した四国の中でも最も死の気配が濃厚なこの場所で、決戦の火蓋が切って落とされる。 賊軍の敷いた外陣に、アークの先鋒が喰らい付く。後続の仲間を内陣へと、そしてその更に奥の本陣に座す敵の首魁、裏野部一二三の元へと送り込む為に。 人数をギリギリまで絞って察知の危険を減らしたアークの部隊編成に、賊軍は雷雲『ヤクサイカヅチノカミ』を用いた迎撃の機会を逸した。 決して広いとは言いがたい四国の地で幾つもの衝突が起きた事で生まれた揺らぎは、賊軍の予知に目隠しをし、万華鏡を有すアークにのみ微笑んだ。 情報段階での勝利である。 けれど外陣の賊軍、アザーバイド達に動揺の色は見られない。『まつろわぬ民』、彼等は経験豊富な敗残兵にして、復讐に燃える異世界からの侵略者。 戦に想定外は付き物であり、元よりアザーバイド達にはフォーチュナの予知に頼る文化は無い。 故に彼等は現れたアークに対してよどみなく動き、一列に並んだ両面宿儺達が、それに倍する数の矢の雨をリベリスタ達に浴びせ始める。 この戦場にフィクサードは居ない。此れまでは現代を知らぬからという理由でフィクサードにつけられ、彼等の指示を仰いで来たが、それは多少の窮屈さをアザーバイド達に齎していた。 自分達の戦いを知るは自分達のみ、鎖より解き放たれたまつろわぬ民、古の獣が牙を剥き出してアークに己が力をぶつけていく。 だが無論、アークのリベリスタとてむざむざ獣に喰い破られはしない。彼等は覚悟を持ってこの戦場に臨んだ精鋭達だ。 降り注ぐ矢の雨に、隊の前に立ち後続を護るのはアラストール、ユーディス、二人の騎士、クロスイージスに加え、ホーリーメイガスでありながら彼等に然程見劣りせぬ護り手であるエルヴィンだ。 あからさまに壁である彼等を射撃で狙う意義は乏しいが、それでもアラストールの身に纏う威風が、アザーバイド達に脅威として認識されて彼等の攻撃を引き付ける。 「我に迎撃の用意あり」 騎士の小さな宣言は、けれどもはっきりとまつろわぬ民の耳に届いた。 無論硬い彼等とて矢を身に受ければ傷を負う。鏃に返しの付いた矢を肉ごと無理矢理に引き抜いて、その損傷を埋めるのはエルヴィンの癒し。 前線に立ち続ける壁となり、更にはその危険地帯に於いて補給もこなせる。エルヴィン・ガーネットの本領が此処にある。 「――貴方達を退け、本隊を無事に進ませる。その戦いの邪魔はさせません!」 槍を回転させて矢を払ったユーディスの言葉に応じる様に、アークの誇る盾たる彼等を追い抜いて、今度はアークの剣達が、まつろわぬ民に牙を浴びせた。 両面宿儺に土隠、各パーツを見れば人に近しい姿を持ちながらも決定的に違うまつろわぬ民等の眼前に立ち、腕を振るは熾竜の伊吹。 その腕より飛翔した白い腕輪、宝具『乾坤圏』が敵陣を切り裂く。 「地獄ならば望む所。運命ならば共に征こう」 伊吹の言葉を背に、彼の攻撃で生じた敵陣の亀裂に、 「誠の双剣、罷り通る!」 疾く早く、拓真が両の手に握った二本の剣を叩き込み切り開いていく。 剣士として、唯一つでは無く二本と剣を握ったのはより多くに対応する為。右にも、左にも、伸ばした手を届かせる為。 拓真と言う男は、或いは流れる血は、とても欲張りなのだろう。より多くを掴む為に両の手で握ろうと言うのだから。 伊吹に拓真、二人の剣が痛撃を浴びせ、戦局は乱戦へと移行する。 だが此処からが地獄である。まつろわぬ民達の本領は、正に此処から発揮されるのだから。 ● 「うらのべ? う・ら・の・べ! いっち、にっの、さーん!!! ……、なんてね」 外陣を先鋒に任せて抜け、この内陣へと迫るリベリスタ達を眺めて、少女は皮肉に満ちて言葉を皮肉に歪めた唇にのせる。 組織が裏野部の名を捨てた今、その定型の決め台詞も随分と滑稽に聞こえてしまう。 弟はそれでも裏野部の名に随分と思い入れがあり、拠り所としている風だったが、彼女にとってのその単語は生まれてよりずっとこの身に絡み付く鎖の様な物であった。 少女が生まれた場所は闇の底だ。望んで其処で生まれた訳では無い。 力を、価値を示さねば、あっさりと切り捨てられる場所。絶対の暴君である父の気まぐれ、横暴、享楽は、哀れな犠牲者や部下に対してのみならず子にも等しく、或いは外への其れよりも遥かに苛烈に不出来な己の胤に降り注ぐ。 彼女も全てを把握出来ぬ程度には数多かったであろう兄弟姉妹も、今や自身と弟の1人のみ。 少女、裏野部が首領の娘、裏野部四八にとっての人生は始まった時には既に終っていたのだ。48番目では無く、死葉と自分で付けた名を名乗ろうとも其れは何も変わらない。 情報を握り、繰る事で価値を示して四八は此処まで生き残って来た。けれど裏野部で価値を示し続けたが故に、父と言う裏野部の柱が倒れた後は、因果が彼女に牙を剥くだろう。 弟の重、双子を重ねて生まれた優秀な戦士なら兎も角、四八に其れに抗う力は無い。彼女にとっての人生ゲームは何処までも詰んだゲームなのだ。 故に四八は道化の仮面を、死葉を深く被り直す。運命が求める彼女の役割を果たす為に。狂った舞台で役割を演じぬく為に。 さあいざや、いざゆかん。 「じゃあそろそろ、死葉ちゃんの裏野部ラジオ、はっじまっるよー☆」 「四八ちゃん! 四八ちゃん! うひょおおお! くんかくんかすーはすーはー! もふもふしたい! おへそぺろぺろしたいよお! くびれさわさわなでなですりすり。だっこしてむぎゅっとしてお持ち帰りするよおおお! はああ! ふがふが! きゅいききゅい!」 奇声と共に内陣の賊軍リーダーである死葉を目指して突貫するはアークでもTOPクラスに名の売れた男、結城竜一。 無論その名声は彼の変態性では無く実力を称えての物だけれど、伝聞のみでは伝わらぬ竜一の真の恐ろしさは先の発言が半ば以上に本気で発せられた事からもわかる……、空気の読まなさと雑草よりもしぶといメンタルの強さだ。 この地獄の様な狂った舞台で、他の誰にそんな言葉が吐けようか。 もし仮にこの場所でなければ、もっと別のシチュエーションであったなら、死葉は四八としてその発言に笑うか、或いはドン引きするかはさて置いても素の表情を見せたかも知れぬ。 だがけれど今この場所は、竜一の奇声をも掻き消して響くは銃声、賊軍のスターサジタリー達の放ったインドラの矢が、リベリスタ達を蹂躙していく……、戦場なのだ。 降り注ぐ炎を切り裂いて、前を駆ける竜一の頬を掠めて、死葉に向かって放たれたのは、 「我が白銀の閃光、死はその影となる」 その掌に多量のマナを収束させて弾丸を為した大魔道、シェリーのシルバーバレット。 宙を切り裂いた銀の魔弾は咄嗟に庇いに入った賊軍クロスイージスの腕に止められるも、その桁外れの威力は直撃せずとも敵の護り手の体力を削ぐ。 そしてその後を追う様に、 「全ての悪に等しく罰を」 リリの弾幕世界、先のシェリーのシルバーバレットを点での攻撃とするならば、今度は面に対しての圧倒的な制圧力を持った射撃が祈りと共に繰り出された。 しかし賊軍のフィクサード達とて決して木偶の棒ばかりでは無く……、否、寧ろ今賊軍のデュランダルと相対する壱也は、特に名も知れぬ相手の実力に僅かに表情をこわばらせた。 壱也が振るった剣は120%。己が肉体の限界を越えて正真正銘の全力を相手に叩き付ける、デュランダルの繰り出す技の中でも有数の威力を持った其れ。 並みのフィクサードであれば数発ぶつければ簡単に相手を肉塊に変える力を秘めたその攻撃を、賊軍フィクサードは……、無論無傷では無い物の直撃を避けて凌ぎ切って見せたのだ。防御よりも攻撃を得手とするデュランダルが、である。 そう、アークが精鋭をこの戦場に集めた様に、待ち受けた賊軍が揃えたのもまた彼等の精鋭。其処に死葉の『裏野部ラジヲ』による予知と指揮を組み合わせた支援が加われば、その力は計り知れない物と化す。 だが死葉の取る賊軍の指揮に、酒呑の雷慈慟が喰らい付く。 「フォーチュナに敵わなかろうとも一日の長がある。"現場裁量"だけはな」 未来予知の能力に抗うは、純粋なる知力での先読み。幾多の戦場経験と練り上げた智謀は盤面をも支配する鬼謀神算。 アーク、賊軍、戦いの天秤は大きく揺れつつも未だどちらにも傾きを見せぬ。 だが賊軍にはまだ一つ大きな切り札が存在するのだ。 指で肌に彫られた刺青をなぞりながら言の葉が紡がれる。そうこの戦場の鍵を握るのは矢張りどこまでも裏野部四八、『びっち☆きゃっと』死葉。 それは祝詞。ひふみ神言、或いは『布瑠の言』。 「―――ひと ふた み よ いつ む なな や ここのたり」 ● 「―――布留部 由良由良止 布留部」 沖津鏡、辺津鏡、両の眼は心魂を捉え。 八握剣、腕は破壊の力を宿す。 生玉、死返玉、足玉、道返玉、臓腑はうねり血肉を作り変えていく。 蛇比礼、身の刻印は生贄を求めて猛り。 蜂比礼、眷属達が励起する。 品物之比礼、最後の欠片は未だそろわねど。 「最高の気分だぜ。なァ、オマエ等もそう思わねェか?」 闇よりも濃く暗い、負の想念を身に纏った裏野部一二三はそう言い、哂う。 状況は一二三にとって決して良い物とは言えなかった。 人口凡そ400万人と言われる四国の人間を喰らって己が身を神へと至らせる筈の予定が、実際に命を搾り取った数はその数%に届くかどうかと言ったとこだろう。 部下の不手際を嘆くべきとは思わない。一二三は創り上げた賊軍と言う組織に大きな自信を持っている。 故に寧ろ部下達の虐殺の多くを食い止めたアークこそを褒めるべきだろう。 組織としての動きの早さ、情報の正確さ、そして何より構成員たるリベリスタ達の実力。 一二三は彼等と実際に相対する以前に、既に手負いにされていた。 けれど一二三は、だからこそ一二三は、『最高だ』と上機嫌に哂う。 果たして命のやり取りを行なう等、何時以来だろうか。一二三にとっての戦いは、大体が単なる一方的な蹂躙に終る。 稀に足掻いてみせる者が居ても、一二三の命に届きうる事は無い。 しかし今回ばかりは違う。あの情報精度に置いては国内の……、或いは世界中のどの組織にも勝る神の目を持つアークが、一二三を殺せると踏んで編成した連中が首を掻き獲りにやって来た。 対する一二三は贄が足りずに飢え、既に手負いも同然。だが獣にとっては飢えこそが、手負いこそが真価を発揮するベストコンディションだ。 されどそんな一二三に対し、本陣へと辿り着いたリベリスタの1人、悠月ははっきりと彼を『――違う』と否定した。 「十種神宝は……『そんな使い方』をする為に在るのでは無い筈です」 2つの鏡に一振りの剣、四つの玉に三の比礼。振るわせ言を唱えれば生と死すら逆転させると言う神宝が存在するのは、鎮魂の為だと悠月は語る。 渦巻く怨念に安息を与える事こそがその真の意味なのだと。 遥か古に裏野部の……、物部の祖神たる饒速日命が天下りて神宝を伝えしは、決してこの国に災厄を齎す為等では無かった筈だと。 それを物部の敗北、凋落が、長年に渡る恨みが歪めてしまったとするならば、 「裏野部一二三、貴方を討つ」 恐怖故の反撃でも、暴虐への怒りでも、恨み憎しみの連鎖でもなく、全ての死せる怨念と『裏野部一二三』と言う荒ぶる魂を鎮める為に。 豊富な知識を以て凡その背景を把握した上で行なわれた其れは、この戦いに、裏野部一二三に対するに相応しい、最高の宣戦布告。 ● 外陣のリベリスタ達は先ず両面宿儺を削る事を目標に定めていた。けれどまつろわぬ民達の戦術はリベリスタの目標に付き合わない。 果たしてこの攻防は幾度目か。狙い定めた両面宿儺がこちらの全力移動と同等の速度で下がりながら矢を放つ。 身体に幾本もの矢を受けた拓真の膝が、削られた体力に崩れ掛けた。 ユーディスの身体を捕らえた糸が、彼女を土隠の顎門へと引き寄せる。 リベリスタとアザーバイド、支援の豊富さや手札の多様さ、そして此処の実力を考慮すれば、正面からのぶつかり合いならば恐らくリベリスタ達に分があるのだろう。 けれど両面宿儺は二回行動と弓を、土隠は捕縛と引き寄せを駆使してリベリスタ達を撹乱するのだ。 幸い前線の戦士達は防御力に優れ、且つ土隠の捕縛を無効化出来る者が混じって居た為にまだ粘り持ち堪えている。 だがアラストールのラグナロクの加護に加えてエルヴィンが癒しに専念しても尚、徐々に前線は削れて行く。 しかしリベリスタは未だ誰も諦めてなど居ない。 「ミーノはすべておみとおしっ! このせんじょーはミーノがしはいするのっ!!」 わんだふるなさぽーたー、ミーノが発する戦闘指揮は幼児が聞いても理解出来る程に噛み砕かれて判りやすく、けれどその裏には鬼の謀り、神の算式が潜む。 尤もその言葉の内容が判り易いだけに敵からしてもミーノが、一見とてもそうとは見えぬ彼女が指揮者である事は露呈し隠しようが無い。 故に彼女の傍には、ミーノに伸びた土隠の糸を代わりに受けるリュミエール、頼もしい護衛が付いている。 前を、戦場見渡す彼女の視界を塞がず、けれど決して離れずに。 伊吹が乾坤圏で放つB-SSSに併せる様に降り注いだ火炎弾が炸裂し、まつろわぬ民達を弾き飛ばす。 それは両面宿儺の物とも土隠の物とも違う異世界の技法。技を放てしは人とは明らかに違う特徴、尖った耳を持つ一人の少女。 アークの危機に異世界から駆け付け加わった、フュリエが1人ルナ・グランツだ。彼女と、そのパートナーであるフィアキィが操るは炎の力ばかりでは無い。フィアキィが氷精と化して舞い踊れば冷気が集まり、エル・リブートやグリーン・ノアで精神や体力の賦活も行なう。 「私の力は微々たる物かもしれないけど、それでも守りたいの。だからお願い。皆、力を貸して? 私も皆を、守ってみせるからっ!」 ルナの言葉は願いにして誓い。多彩な技を繰りつつもその願いは実に単純で純粋だ。 そして中衛より後ろのリベリスタ達にとって最も頼もしい壁であったのは、小さく、華奢な、魔術師の少女だった。 放たれた矢を、前線を抜けて来た土隠の顎門を、少女、ラヴィアンの翳した手、……正確にはその前に展開された魔力の盾、ルーンシールドが止める。 「悪者は正義の味方が退治する。それがお約束だぜ!」 ラヴィアンは自分の勝利を疑う事無く、正しく当然の事として其れに手を伸ばす。敗残兵たるまつろわぬ民達にとって余りに眩しい、無垢な正しさを見せ付けて。 放たれた葬送曲に、伊吹に、ルナに削られていた両面宿儺が1人、地へと伏す。 ● 内陣では布瑠の言により蜂比礼の力を解放したフィクサード達がリベリスタ達に出血を強いて居た。 道化にして裏野部の巫女たる死葉は、布瑠の言に関してはある意味では父、一二三をも凌ぐ。 供給される負の想念の絶対量が違う為、一二三の様な超強化こそ起きぬ物の、他者の比礼に働きかけてその能力を引き出す事は裏野部の中でも死葉のみが可能とする。 そして死葉に布瑠の言で強化されたのは彼女を除くこの場のフィクサード11名。その効果の総計は唯一人の超強化よりも確実に重い。 膨れ上がった暴威に真っ先に磨り潰されたのは竜一だ。誰よりも勇敢に、誰よりも優しく目的に向かって前に出ていたから、彼は最も攻撃を集め、運命を消費しても尚も足りずに地に落ちた。死葉を狙い続けた事で賊軍フィクサードのヘイトを集めたシェリーもまた竜一に次いで同様に。 賊軍デュランダルが放つ攻撃は、前衛として豊富な体力を持ち、更には自己再生能力を備えた壱也をたった一撃で危うい所まで追い込むほどで……。 アークでも有数のホーリーメイガスの1人、俊介の回復支援があっても尚、リベリスタ達は削られて行く。 けれどリベリスタ達に諦めは無い。諦めれば唯死が待つのみなのは明白だ。それも自分達だけでなくこの四国の全ての人に対する死が。 リセリアが己の身体を掠めたデュランダルの斬撃、マグメイガスのマジックブラストに血を流し、肉を焦がされながらも凛としたその表情だけは崩さずに、返しの突き、光の飛沫が散るようなアルシャンパーニュを眼前の敵へと叩き込む。 彼女の一撃は確かに賊軍デュランダルの身に魅了の力を刻んだが、けれども敵は負の想念に底上げされた意志力で然程の時を必要とせずに正気を取り戻す。 雷慈慟が想像以上であった布瑠の言の効果に修正した対応プランが導き出す答えは、否、雷慈慟に在らずともそうせねばならぬ事は皆が肌に染みて感じるのだろう。 向けられた視線に元よりその役割を果たす心算だったイスカリオテが、本当ならばこの後の一手の為にと集中を重ねていたファウナが頷き、其々に己の力を解放する。 フォルコメングラオ、貪欲なる神秘探求者イスカリオテが模倣改造した白にも黒にもなれなかった灰狼の渇望が生み出すファンタム・グレイの弾丸が、エル・バーストブレイク、ハイフュリエのミステランたるファウナが繰り出す雨の如く降り注ぐ火炎弾が、避け損ねた幾人かのフィクサードの負の想念を引き剥がして焼き尽くす。そう、死葉の繰る他者の力を引き出す布瑠の言は、自身に対しての其れよりもブレイクが容易いのだ。 そしてその付与を剥がされた幾人かには、決して回避を得手としない、リベリスタ達が最優先で倒すべしと定めたデュランダル達が含まれていた。 更に、二人のデュランダルに指示を届けていた耳のインカムが吹き飛び『裏野部ラジヲ』の効果が途切れる。彼等のインカムを『耳と一緒に』破壊したのは、エナーシアが神速で連射したペイロードライフルで放たれた銃撃、B-SS。 決して感情的にならず、世界に一歩距離を置いて俯瞰し、超直観をも用いて敵の小道具と隙を見逃さなかった彼女の行動で、死葉からの支援と切り離された2人のデュランダルが壱也とリセリアの手に拠って沈んだのはそれから程なくしての事。 放置しておけぬと判断した敵の火力を削り落とし、指揮者たる雷慈慟が次に下す合図は状況打破の一手の開始。 ● 空に炎の華が開く。 裏野部航空部隊、その名を聞けば苦く顔を顰める者も多い、賊軍の前身となった裏野部に於いて猛威を振るった空の覇者。 中でも『爆撃機』や『戦闘爆撃機』の異名を持つ久那重・佐里と鬼弐・麗一を中心とした部隊は上空から地上への一方的な攻撃を得手とし、この戦場に於いても戦況を一変させる脅威を秘めた切り札としてこの四国の空に配されて居た。 ……けれど、まるで蜂の巣を突いた後に起きる蜂の大群の様な密度の高い銃撃を、月杜・とらは掠らせ、或いは幾発を喰らい、身を血に染めながら潜り抜ける。 大きく回り込めば範囲から逃げる事も適ったかも知れないが、そうすれば追い込まれた先に別のスターサジタリーからの銃撃が待ちかえるであろう事をとらは察していたのだ。 空はどこまでも広いけれど、空での戦い方は相手の空を狭く削り取っていく戦いだ。シューティングゲームでは無いけれど、弾の雨を無理矢理にでも潜り抜ければ、今度は相手の空を削り取れる。 近接して頭の上を抑えたとらに動きを制限されたフィクサードが、豊かな谷間を空の冷たい空気に晒した魔術師、シルフィアが放ったフレアバーストに翼を焼かれた。 そう、外陣、内陣、本陣、その何処かに援軍として加わり地上攻撃を始めれば然程時をかけずしてその戦場を制圧する火力に成り得る裏野部航空部隊は、同じくアークの編成した航空部隊によって足止めを受けていたのだ。 自らが放ったフレアバーストの炎に唇に僅かな笑みを乗せたシルフィアが、けれど突如現れた炎の龍、麗一の放った極炎に呑まれ、とらが裏野部航空部隊のもう一方のリーダー、佐里のクラスターに痛撃を受ける。 シルフィアの天使の歌が減った体力をリカバリーするが、ダメージの全てを拭い去ることは到底出来ない。 だが今回、アークの編成した航空部隊の中には空戦に慣れた裏野部航空部隊以上に空への戦いに適正を持った者が居た。 「うふふ、あはははははっ!」 楽しげな、彼女の笑いが空に響く。宵咲の灯璃は闇を身に纏うダークナイトにして、フライエンジェの『飛行能力を更に進化させた』種、アークエンジェである。 今この空に灯璃より速く飛べる者は居ない。灯璃の急上昇、急下降に追随出来る敵は居ない。 故に容易く敵の頭を抑える彼女は、正にこの戦場の支配者であった。 そして上空の灯璃の圧力に高度を下げたなら、火点は2つ、同時に二箇所から放たれた銃撃、龍治のカースブリッドと木蓮の針穴通しが狙い違わずクロスに不幸で愚かなフィクサードを貫いた。 狙い澄ました唯一度限りの必殺の間。空中から地上へ攻撃が届く瞬間は、同様に地上からの攻撃も空へと届くタイミングと、じっと静かにスナイパーカップルは時を待っていたのだ。 無論この手は二度は通じない。戦場の空を自由に移動する敵は何処を狙っても良いのだから、もう二度と彼等に近付く事は無いだろう。 翼の加護の付与は一応受けてはいたものの……、木蓮の視線に龍治は首を横に振る。飛行性能が違う自分達が安易に追えば、狩る狩られるの立場は容易に逆転するだろう。 とりあえずの戦果は1つ。上空での戦いはまだまだ終る様子を見せない。 ● 外陣、内陣、本陣の中で最も賊軍の配置人数が少ないのが本陣だ。 けれど……、賊軍側の戦力が最も充実しているのも、またこの本陣である。 裏野部一二三、己が牙を剥き出しにしたその獣唯一人が、どの部隊よりも圧倒的な脅威なのだ。 荒れ狂う暴虐は、覚悟をもって臨む戦士ですらをも薙ぎ倒す。 「よう息子が世話になったそうじゃねぇか」 刃に怒りと未来への決意を籠めて。義理の息子と義理の娘と同じ戦場に立ち、父たる虎鐵は裏野部一二三に刃をぶつける。 裏野部と言う組織に、そして一二三自身に、幾度と無く息子は窮地に立たされた。 窮地に傍らに居られなかった自分も腹立たしいが、それ以上に矢張り息子を窮地に追い込んだ全ての元凶が許せない。 そしてもう一つ、こんな所で負けるようであれば必ず来るであろう主流七派が一派剣林が首領、剣林百虎との決着に勝利出来る筈が無い。 彼に百虎に届きうる刃を編み出す為に、虎鐵は一二三に挑むのだ。 しかし怒りをも含む負の想念を餌とし、沖津鏡に辺津鏡、心魂を捉える神宝を眼に有する一二三は虎鐵の感情や考えを半ばとは言え察した上で、 「知るか。子連れのピクニックやママゴト剣術は他所でやんな。アァ、お父ちャン?」 怒りも決意もまとめて踏み砕く。周辺ごと薙ぎ払う闇で形造られた左右の爪の連撃はあっさりと虎鐵の体力を吹き飛ばす。 本陣に集ったリベリスタの中には、運命を対価に踏み止まった虎鐵と同じく、一度踏み止まった後は下がって別の役割を果たそうと考えた者が多かった。 けれど一二三はその眼前で、上昇した能力で無理矢理に、つまりはダブルアクション、更に動く。 引く間など与えよう筈が無い。目の前でなく先を見て抗えよう筈が無い。 自身をフルに解放した裏野部一二三とは、要するにそう言う類の相手である。 眼前の一二三を倒さんと必死に刃を振るう楠神風斗も、覚悟は示せど壮絶な暴虐に飲み込まれた。 (こいつをここで殺さなくては、オレの『世界』が破壊される……絶対に、絶対に負けられないっ) 剣に想いを、覚悟を籠めて、決して大柄と言うには程遠い身体をリミッターを外す事で膨張させてまで、全てを注いで風斗は渾身の一撃を一二三に放つ。 自分を取り巻く大切な世界の為に、真っ直ぐに。 風斗の全霊を籠めた刃は一二三の肩口に食い込んで、……しかしそこで動きが止まる。押す事も、抜く事も出来ぬ剣。 そして風斗と一二三の視線が絡む。その時一二三が使用した技の名前はテラーテロール。眼光で対象を射抜き心身にダメージを与えるクリミナルスタアの技。 だが布瑠の言を解放した一二三のテラーテロールは溢れる負の想念を視線に乗せる事で、脳を物理的に潰す所か首から上を消し飛ばすほどの威力を持つに至る。 もし風斗が運命を残していなければ正にその通りに首から上は消し飛んで居ただろうし、或いは風斗が折れぬ剣、心に決して折れぬ鋼の刃を抱えた者でなければ、運命を対価に踏み止まっても心が粉々になっていただろう。 しかし一二三は己の視線に耐えた風斗を、追加の行動で腹を抉ってトドメを刺す。 だが己等の持ち味を活かした組み合わせで、その化物と対等に渡り合った者等が居た。 一二三に飛び掛ったのは真っ赤な炎の塊。否、良く見ればその炎の中に人影が透けて見えるだろう。 其れは技で言うならば覇界闘士ならば誰でも使える、炎を拳に纏って放つ業炎撃だ。しかし術者の闘気故か、或いは業炎撃のみを振るって極まったか、炎は拳のみならず宮部乃宮の火車、彼の全身を包み込んだ。 とは言え、其れでもその攻撃が一二三に届く事は無い。冷静に腕を掴まれ、そして振り回された火車の体は地へと叩き付けられる。 踏み固められた硬い地面はクッションとはならず、大きな凹みをこしらえながらも火車の骨を砕き散らす。更には一二三が其処へ全力の踏み潰しを行なってきたのだから……、本来ならば運命どころか一気に命すら消し飛んでも可笑しくは無い。 そう、本来ならば。 されど火車は運命を消費する事すらなく、己が力と敵を潰さんとする闘志を支えにドラマティックに踏み止まった。 そして起き上がってからの彼は無傷の時よりも遥かに動きは鋭くて、故に一二三の注意を引き、彼女の攻撃の隙を作った。 火車は1人で一二三に挑んだのでは無い。鳳が姉、黎子と、彼女が持つ朱子の記憶、そして火車が懐に在る消えない火とあわせれば、そう、一二三に挑んだは計三名だ。 火車が常ならぬ手段、防御力や耐久力では無く踏み止まりで耐え抜き、黎子がカジノロワイヤルを使用して上昇させたクリティカルで攻撃を命中させ、一二三の防御を貫いて行く。そして2人に加護を与えているのが彼等の大切なもう1人の家族。 一二三からの攻撃を避ける事も、防御力で耐える事も至難だ。一二三に攻撃を当てる事も、その防御力を貫く事も同じく至難。 けれど彼等は己の持ち味を活かして暴虐と渡り合い、火車が運命を消費した後も倒れる事無く後続への交代を果たす。 悪漢、城山の銀次も火車と同様だ。当たれば消し飛ぶ一二三の攻撃に博打の様に踏み止まりで耐え抜く。 無論耐えた者ばかりが偉い訳では無い。稼ぐ時間も大事だが、それ以上にリベリスタ達の作戦を悟らせず己等に注意を引き付ける事こそが最も肝要なのだ。 「楽しいな、裏野部一二三」 銀次と同時に一二三の抑えに走った狂った正義、蜂須賀家の朔は正気を疑う言葉を口にする。 裏野部一二三という恐怖の権化と相対し、一体どんな脳の構造をしていたら楽しい等と言う感情が転がり出て来ると言うのか。 ましてや朔は一度一二三の暴虐を其の身に刻まれたと言うのに。 「そいつは何よりだな。閃刃斬魔の!」 以前の朔の名乗りを覚えていた一二三の振う攻撃を銀次が受け、彼の反撃のナイアガラバックスタブと共に朔がダブルアクション、高速移動が分身すら作り出しての殺陣・斬劇空間が二度閃く。 しかし彼等のポテンシャルを十二分に発揮したその攻撃も布瑠の言で強化された一二三には届かず、そして賊軍の首領は何度も同じ撤退の仕方を許さない。 一呼吸の間に四度振るわれた闇の爪は、遂に賽の目が裏返った銀次と朔を地に沈める。 だがリベリスタ達に倒れた仲間を振り返る余裕は無い。 「神だろうが何だろうが関係ねえよ」 次に一二三の前に立ちはだかるのは、異様な威容と言う意味では一二三に負けず劣らずの姿をしたノアノア。 一二三が神を名乗るなら、彼女は魔王を名乗る。 例え彼我の力の差が明白であろうとも決して引かずに。 そして更にもう1人。 「お嬢様の前で無様な戦いは見せられません」 毅然と立つは戦場には不似合いなメイド姿の、リコル・ツァーネ。 一二三を前にしても揺らがぬその心を支えるのはお嬢様、ミリィ・トムソンへの忠誠心が故に。 リコルは今お嬢様の、ミリィの指揮やクェーサードクトリンの加護を受けている。 ならば何を恐れる必要があろうか。お嬢様の加護を受けて敵に怯むはお嬢様の指揮を疑うも同じ。 「わたくしはお嬢様の盾にして剣。お嬢様とお嬢様が護らんとする全ての為に」 揺らがず怯まず、メイドは主の為に悪鬼に挑む。 ● 外陣の戦況はリベリスタにとって決して良いとは言えない物だ。 膠着状態ではあるけれど、それはアザーバイド達の攻勢をなんとか凌いでいるから膠着しているだけ。 事態を打開する手は未だ見えない。 「チェァッ!」 鋭い呼気と共に突き出されたフツの緋色の長槍を、両面宿儺がリーダー緋羅が剣で受け流す。 何時もなら時折耳朶を打つ少女の声、魔槍深緋も今は主であるフツと共に緋羅の挙動に集中している。 「「中々、イイ腕ヲしてイルナ。呪イ師」」 緋羅の2つの頭が同時に言葉を発し、フツを褒めるがそれは裏返せば余裕のあらわれだ。 緋羅が過去の戦いを振り返れど、この精度で術を繰れる者は決して多くは無かった。しかしそれでもその幾多の戦いを生き抜いて彼は此処に立っている。 呪印封縛に式符・鴉に魔槍深緋、そのどれもが決して効果を上げぬ訳では無いけれど、それでも全てを駆使しても尚及ばぬほどこの古のアザーバイドの戦士は強力だった。 弓に剣、遠近どちらもこなす癖に、人に倍する移動力でそのどちらで戦うかの選択権も譲らない。 速度と移動力に上回られている為、呪印封縛では封殺できず、追いつくも許されず、離れるもまた許されず。 斬られ、矢に貫かれ、フツは徐々に限界へと追い込まれていく。 けれど……、『南無阿弥陀仏』とフツは小さく呟いた。安易な負けは許されない。こいつを此処に少しでも引き止めねば、圧されている仲間達は更に窮地に陥るだろう。 フツの決意に火の粉が舞う。呼びかけるは四神、天の四方を司る霊獣、その南。 「緋は火。緋は朱。招来するは深緋の雀。これぞ焦燥院が最秘奥――」 「悪いが負けられねえ……此処で、こんな所で躓く様じゃどうせ最後まで勝ち抜けやしねえんだ!」 強気な言葉を吐いては見せても、其れが既に強がりでしか無い事は誰の目にも明らかだ。 だがその言葉を吐いた葛木が猛は、その言葉通りに未だ勝利を諦めていない。 それは単に彼の諦めが悪いからのみには非ず、相手の土隠のリーダー、顎闇は幾度の攻撃にも表情を変えず、動きも鈍らせはしなかったけれど、猛はその表情や動きよりも己の拳に感じた攻撃の手応えを信じたのだ。 怯んでなど居られない。自分を疑ってなど居られない。『喧嘩はびびったほうが負ける』其れが猛の信条だから。 迷う暇があるのなら、弐式鉄山、間合いさえ越えて相手を捕まえる投げ技で地に顎闇を叩きつけ、更に零式羅刹、羅刹の如き闘気を纏った連続武闘で叩きのめす。 例え腹を突き破った顎門、顎闇の反撃が致命傷だとしても、力尽きる最後の瞬間まで猛は技を放つ事を諦めない。 ● 内陣の戦況を変えんとする一手を放ったのは、一二三に宣戦布告した悠月を姉に持つ風宮が妹、紫月だった。 異世界の大樹、ユグドラシルにリンクし、更に集中に集中を重ねた取って置きの、紫月の渾身の一撃、死葉を庇う取り巻きを引き剥がす為のエル・バーストブレイク。 火勢に賊軍のクロスイージスが弾かれ、吹き寄せた熱気に死葉が思わず腕で顔を庇う。 紫月は完璧に仕事を果たし、リベリスタ達に死葉への道が開かれる。 この内陣での賊軍のキーは何処までも彼女、死葉だ。裏野部ラジヲも、布瑠の言も非常に強力だ。 だが故に其れが失われれば戦局は大きく変化する。 ロアンが、桜庭劫が、死葉を目指して開いた道を駆ける。ロアンは死葉を殺す為に。劫は死葉を確保する為に。 例え戦う力に乏しい少女のフォーチュナだとしてもロアンに躊躇いは無い。殺し合いは応報だ。殺そうとするものはいつか殺される。けれど殺しを躊躇うものは、大切な人が殺される。 ロアンの手の中で光を放つは鋼糸、命を刈り取る道具。 一方の劫は至ってドライだ。自身で戦う力なく、けれど様々な技術にフォーチュナとしての能力を持つ死葉を捕らえれば何らかの形でアークの役に立つだろうと考えて。 「裏野部四八、アンタどういう考えかは知らないが。俺達が勝って、生きてたらアークに来て貰うぜ」 駆ける劫はロアンよりも尚早く。 『一時の刹那を誰よりも早く駆け抜けろ。何度でも俺は君に囁こう、日常よ止まれ。俺は、誰よりも君を愛しているから!』 遮る物無き道に心が叫ぶ。 しかし、だ。闘う事をせず、物も言わず、呼吸をしていたかどうかも怪しい程に静かに、ただ死葉の背後に控えていた男がこの状況で動く。 翳した手から舞うは砂。全ては風化し砂と化す。劫の、ロアンの、視界を塞いで彼等を飲み込んだのは灼熱の砂嵐。目を、鼻を、喉を、焼いて毒で満たす蛇の技。 「ウィウ!」 漸く前に、手の届く場所へと出てきた宿敵の姿に新田快が怒号を上げ、同じフィクサードから術を模倣した神秘探求者のイスカリオテが布瑠の言で強化されたその技の冴えに顔の眼鏡を押し上げ哂う。 そしてウィウに強い視線を向けるのはもう1人、学生服の大人しげな少年、常盤・青だった。 けれど青のその瞳には強い意思が満ちている。青がウィウに興味を持ったのはウィウが死神の様に変幻自在に敵を屠る暗殺者だと聞いたから。 一度死神に見放された自分だから、夜を駆ける死神を見たいと青は願った。 三つの視線に、ウィウは物を言わずに前へ出る。快のブレイクイービルで麻痺から抜けたロアンに劫は再び死葉を狙う構えだ。 幻想殺しを持つ快がこの場に居る限り、ウィウの物質透過は封じられている。……否、例え快が倒れても後方に控えるリリもまた幻想殺しの持ち主だ。 状況は賊軍側が圧されていると言えるだろう。 「相良邸から3年……決着の時だな、ウィウ」 快の言葉にウィウは、あの時から未だ3年しか経過していない事に僅かな驚きを感じる。 そう、多分きっと、あの時からだ。裏野部の運命が大きく変化を見せはじめたのは。 ならば自分は、変革者たるアークに、運命を連れてきた彼等に感謝の一つもしなければなら無いと、ウィウは覆面の下の唇を小さく歪める。 どうせこの戦いが最後になるだろう。アークに賊軍が敗れても、裏野部一二三が勝利し神へと至っても、ウィウの役割は終る。 刺青を受け継ぐ一二三の従者として育てられたが為、一族を滅ぼす一二三に加担し命を拾った。 それからも唯、裏野部には似合わぬ忠のみで一二三に付き従って此処まで来たのだ。 「行くぞ物部の末裔、『夜駆け』……ウィウ!」 快の言葉に呼応する様に、ウィウの頭上に赤い月が現れた。 アークと賊軍入り乱れる混戦に、死葉との距離が縮まった俊介が呼びかける。 「もういいだろ? 俺に攫われてくれない?」 血はもう飽きるほどに流れた。それが甘えに過ぎないとわかっても、せめて誰かを救いたかった。 俊介は死葉の本質を本当は優しいお姉さんだと思ったから。 「弟残して死んでいいのか!?」 叫ぶ。 けれど死葉は笑む、死葉の仮面を被ったままで。 弟は可愛い。あの同じ生き物とは思えぬ男を除けばたった一人残った肉親にして、万に一つの道標。 彼の代わりに、彼を蹴落として、死葉は今此処に立っている。 死葉は絶望しない。絶える程の望みが無いから。生まれてこの方希望を抱いた事等無いから。 裏野部の外を知らぬ少女にとって、人が信じれた事は無い。だから優しい言葉は仮面の上を滑っていく。 死葉の指の動きに従って、放たれた複数の弾丸が俊介の胸を貫き、肺から溢れた血液が喉を詰まらせ言葉が途切れる。 運命を対価に踏み止まれど、同様のことがもう一度起きれば内陣は支えの柱たる癒し手を失う。 仲間の命と敵の命を天秤にかける事は出来ず、甘く優しい男は唇を噛み締め下がるより他になし。 そうして、複数の実力者の波状攻撃を受けた歪夜の暗殺者は砕かれたが、その間に裏野部の巫女はフィクサード達の体勢を立て直す。 戦いの終わりはまだまだ見えない。 ● 外陣は圧され、内陣は膠着し、空での戦いには勝っている。 それがアーク側の状況だ。戦況は決して良いとは言えないだろう。 けれど其れで構わない。外陣も、内陣も、崩壊せねば充分だ。戦力を一番多く傾けた、この本陣での決着に邪魔が入らぬよう粘れれば。 無論この本陣での戦いにアークが勝利すればの話ではあるけれど。 値千金と言う言葉の通りに、今この戦場で流れる時は金よりも重い。 前衛達が小出しにやられながら必死に時を稼いだ時間は、正に削れた命の価値を持つ。 その貴重な時間を使い、鳩目・ラプラース・あばたはギリギリまで集中を重ねて束ねる。 一二三の動きの癖を少しでも掴まんと、神経を研ぎ澄ます。 けれど其れはあばたが思う以上に、精神を削る作業だった。 一二三の放つプレッシャーは彼女の心臓を鷲掴みにする。もし仮に銃撃を外せば、一二三はダッシュであばたを殺しに来るだろう。 更に、一二三はあばたが想定していたよりも遥かに多く動き回るのだ。踏み込んでからの銃撃を有効に届かせ得るのは、通常の射撃距離より長い彼女のサイレントデスを用いても33mが限度。 つまり理想はその距離を保ち続ける事であるが、ほぼ常にダブルアクションによる2回行動を繰り返す一二三との相対距離はめまぐるしく変化するのだ。 朱鷺島・雷音が符でこしらえた影人が幾体も前線をコントロールしようと差し向けられるが、複数回攻撃をこなす一二三の前では影は紙切れよりも薄く頼りない。 「天下の御厨・夏栖斗にお守をして貰えるとは、わたしも出世したものです」 おどけた言葉を唇にのせては見ても、その唇が酷く乾いている事に気付かされてしまう。 そして丁度その時、傍らであばたの護りに付く夏栖斗の背に緊張が走る。 裏野部一二三とて馬鹿では無い。小出しに動きを止めに来る連中が何らかの狙いの為の時間稼ぎである事はすぐに察した。 戦いを重ねながらもつぶさに戦場を観察すれば、其れは牙ある獣の勘か、或いは想念喰らう者であり鏡を瞳に宿す者だからか、一二三はあばたを見つけ出す。 撃たずとも、ダッシュであばたを殺しに来た一二三の前を、残った前衛達が壁となって必死に塞ぐ。あと少しの時を稼ぐ為に。 ウラジミールは何時もと変わらず、けれど何処か、一二三に対する親しみの様なものを漂わせ、 「どのような姿になろうと、貴殿は貴殿だからな」 悪鬼の様な一二三の前に立つ。 ウラジミールが最初に一二三と相対したのは動く死者が溢れかえった大阪のビジネスパーク。 次の機会、中部地方のビルでの戦いは、ウラジミールは一二三の居る屋上へと辿り着けはしなかった。 吹き付ける圧力に折れず、ウラジミールはコンバットナイフを振るう。 けれど1人で一二三を止めれよう筈が無い。並び進路を防ぐは設楽悠里だ。 震えに合わぬ歯の根を無理矢理噛み潰し、悠里は一二三に拳を繰り出す。 恐怖が一二三の餌となる事は知っている。だが知っているからと言って其れを容易く止めれはしない。 何故なら恐怖とは生き物が生きる為の本能であるから。恐怖の無い生き物は危険を避けれずに死ぬ。 恐怖は消えない、消せない。悠里は臆病なのではなく危険に聡いが故に感じる恐怖は他者より大きい。 けれど、けれどけれどけれど、消せない恐怖も乗り越えることは叶う。抗うのではなく、受け入れ、勇気をもって恐怖を飲み込む。 息子の重ですら止められなかったのに、より強大な父親である一二三を止めれるのか? 自問した悠里の口から笑いが漏れる。酷く渇いていたけれど、確かに、笑いが。笑いが出れば、次の言葉は自然に出てきた。 「これ以上、お前に誰も殺させない! 誰にも涙を流させない!」 心の内をぶつけるように。 無様でも不恰好でも恐怖を乗り越え、 「裏野部の悪夢はここで終わらせる!」 悠里は一二三を食い止める。 ウラジミールに悠里二人の背中があばたの射線を遮った。 事此処に至っては背後を気にする余裕すらが無いのだろう。けれど確かに一二三は其処で一度足を止める。 あばたが勢いのままに引き裂かれる事は防がれた。夏栖斗が身を挺して彼女を庇う構えは見せていたけれど、優秀でタフな覇界闘士たる彼とて一二三の攻撃の前には幾度其れを防げたかは判らない。 あばたはウラジミールと悠里の決死に、最後にもう一度集中を重ねた。 彼等が倒れ、一二三が顔を出すその瞬間の為に。 そうして待ちに待って放たれた弾丸は、サイレントデス、確かに一二三が身に纏う負の想念を引き剥がして殺して見せた。 ● 闇の衣を剥がれた悪の王、一二三が真っ先に行なったのがあばたへの報復。 己が役割を果たして気を抜いたその瞬間、あばたの首に憎悪の鎖、絶対絞首が巻き付き彼女の首を圧し折った。 だが運命を対価にしたあばたは即死を免れ、……そしてそれ以上は彼女の仲間が許さない。 ランディの翳した掌から持てる全力を集約したエネルギー弾が放たれる。アルティメットキャノン、破壊力に満ちた其れを一二三は咄嗟に右手で受け止め握り潰すが、その際に起こった爆発が彼の右半身を大きく焼く。 其れはランディの怒りの発露だ。しかし其れは一二三に向けた物では無い。 ランディが誰よりも怒りを感じていたのは、あの時大阪ビジネスパークでの戦いの際に力足りなかった自分に対して。 楽団幹部モーゼスが企んだ爆発も止めれず、一二三に腹部を貫かれた戦友を亡くしながらも撤退することしか出来なかった不甲斐なさ。 けれどその怒りは力となり、今一二三に確かに届く。 布留の言を解除された一二三は、リベリスタ達の想像を超えて消耗していた。 四国各地で展開された戦いで重ねた勝利の成果が、今漸く顔を出し始めたのだ。 無理をし、身を削れば後一度の布留の言の展開は叶うかも知れない。しかしあばたを殺し損ねた事と、更にはもう見れば判るが今も油断無く彼に対して集中を重ねて何かを狙っているセラフィーナの存在が一二三に其れをさせなかった。 其れが判るからこそ裏野部と言う存在その物を憎むセラフィーナも敢えて動かず集中を続ける。 本当は己の手で一太刀入れる事を願うのに。牽制を続ける事こそが仲間達を勝利に導けるのだと信じて。 一二三は戦術を誤ったのだ。もし仮に彼が早い段階から絶対絞首に布留の言の力を載せて後衛の排除を優先していれば展開は全く違ったものとなっただろう。 だが後衛が何かを狙っている事が判っても、一二三に其れをさせなかったのは身を張って彼の注意を引き続けた、今は倒れた前衛達の気迫故。 そして布留の言が剥がれれば、指揮者ミリィに、癒し手アリステアが生きて来る。 これまでは圧倒的が過ぎた故にミリィの指揮の加護があっても一二三に有効打を得るには至らず、誰もがほんの僅かな間に地に落ちるが故に折角の優れたアリステアの力も振るう暇が存在しなかった。 けれど今は違う、もう違う。 これまでの展開の鬱憤を晴らすかのようにミリィの指揮は冴え、支援出来ずに倒れた仲間への哀しみを詠唱に載せて、アリステアの癒しが仲間を支えた。 そしてその二人に攻撃が伸びたとしても、雷音が指揮、回復共に予備としての機能を果たす。 歪んだ神などこの日本に必要はないと、少女はその瞳に主張を籠めて、裏方の、更に裏方を粛々と務める。 ランディと並んで一二三とぶつかり合うは夏栖斗だ。 「裏野部は絶対にここで終わらせる!」 強い意思は拳に、蹴りに力を与える。反撃の一二三の拳が腹にめり込むも、しかし夏栖斗はそれに耐え切って見せた。 以前、隕石を地に落とさんとする一二三と相対した時は、文字通り手も足も出ずに踏み潰されかけたあの頃とは違って。 放たれた悠月のソウルクラッシュに、一二三の憎悪の鎖が絡みぶつかる。威力の余波に地が裂けた。 消耗し、追い込まれても一二三はそれでもしぶとく手強い。アリステアの回復を受けても尚、夏栖斗が地に倒れ悠月が運命を消費する。 ランディのアルティメットキャノンは一二三を限界近くまで削り、削り、削り、運命を消費させて更に削り、削り、けれどもそこでランディまでが倒れ。 されどもそこまで追い込まれて眼前の敵を打ち倒して漸く見せた一二三のほんの僅かな隙を、貫いたのは銃弾。 ある最高のスナイパーの告死の弾丸を模倣し改造した、溜めに溜め、集中に集中を重ねたSchach und matt、無駄を嫌う最適解、晦の烏が放ちうる最高の一手が、一二三の体を這う大蛇を思わせる刺青の、その巧妙に隠された頭部を正確に捉えた。 ● 雨が降る、雷鳴が鳴る。 けれども血が止まらない。血に倒れた一二三の身体は今ゆっくりと熱を失いつつあった。 どれほど巨悪であろうとも、人を外れた存在になった心算でも、いざ目前に迫った死には抗う術が欠片も無い。 実に呆気ないものだと、一二三は他人事の様に思う。これが自分の野望の幕切れか。 銃口を向けた烏がこちらに歩いてくるのが見える。何か言葉を発している様だが、残念な事に既にもう耳は聞こえない。 数え切れぬほどの命をこの手で奪ったが、命を奪われるのはこれが初めてだ。 自分も殺されれば死ぬ程度の生き物だった事を残念に思い、ほんの少しだけ安堵する。 烏が引き金に指をかけた。 走馬灯代わりに思い出したのは、この決戦前に交わした黄泉ヶ辻京介との電話でのやり取り。 …………アークも随分哀れな事だ。この裏野部一二三を討ち取った祝いに、何か一言でも残してやろうとも思ったが、残念もう唇も動かない。 まあ自分を倒した連中だ。京介相手でも何とかする事だろう。 七派協定に縛られていた間は随分とつまらない思いをしたが、アークとの遊びは楽しめた。 最後の戦いは、一二三の人生で最も充実した闘争だったと言えるだろう。 だからだろうか、随分と疲れた。少し眠ろう。目が覚めれば、次は根の国での戦いだ。 例え死しても裏野部一二三の欲は尽きない。何時かこいつ等が落ちて来るまでに根の国位は制圧しておこう。 そしてその時は、また楽しい戦いになるだろう。 銃声が鳴り、命が消える。 その後に響くのは、律儀な事に宣言どおりの悠月の鎮魂の祝詞。 一 二 三 四 五 六 七 八 九十、布留部 由良由良止 布留部 (ひと ふた み よ いつ む なな や ここのたり、ふるべ ゆらゆらと ふるべ) 主を失った賊軍は瓦解し、ある者は討ち取られある者は逃げた。 混乱した戦場で、全ての首を確認する事は不可能だったから。 人の心に悪は尽きない。『裏野部』の如き心根の持ち主も尽きる事は無いだろう。 けれど裏野部一二三はもう居ない。 この日アークの手で闇の柱の一つが崩され、この国の闇の在り方がまた少し変化した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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