●何か突然廃墟に誘われた君は笑顔の天使(nBNE000014)に大型銃みたいなのを渡された。 「……何、これ……」 「すげぇ勢いで水の代わりに溶解したチョコを射出します」 「……………どうしろと?」 「今日はバレンタインじゃないですか。大丈夫、的は適当に見繕っておきましたからね!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年03月04日(火)22:53 |
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●本日、お日柄も良く…… 「えぇー、実に多くの皆様にお集まり頂きまして……」 通り一辺倒な至極どうでもいい挨拶を述べる桃子の左を熱い黒色の衝撃が駆け抜けた。 真冬の冷え込みをものともしない『焦げた匂い』は超人ならずとも知覚出来る戦場の空気を思わせる。 「……まぁ、つまり。今年も無事にバレンタイン・デイが開幕しまして。 本日のスイーツ・イヴェントを開催したこの桃子さん的にはとても嬉しい事なのでありました」 思いついたように設置された『解説席』には開幕の挨拶をする桃子のみならず数人の姿があった。 「あははー、日本の風習って結構色々ガラパゴスだって聞く時もありますけど! バレンタインは先鋭的なんですね、私感心しましたよ!」 「海外では男性がプレゼントする事が多いんだっけ……あんまり信じない方がいいよ、アシュレイちゃん」 その内の二人がわざとらしい声を上げてケタケタと笑うアシュレイであり、その彼女の頭上にそっと傘を差し出した義衛郎であった。 (全く安全じゃないな、此処) 水鉄砲ならぬチョコ鉄砲でサバイバルゲームしようという連中に言うのは遅きに失した感もあるが…… 「桃子様が別に面白くな……有り難い挨拶をなさってるだろ! 聞けよ!!!」 「ヒャッハー!」 「今日は何か無意味に刺々しいプロテクターに某戦闘民族チックなつんつんヘアーにしてみました☆ これで今日からオレも世紀末デビュー☆ ひゃっはー☆」 何故かは知らないが取り敢えずカップル殲滅に忠実な『桃子党』影継や、もう暴れられれば何でも良い舞姫と本日は彼女を『一人にしなかった』心優しい保護者――終の【世紀末熱海伝説】ペア等はもう存在からして分かり易い。かかりまくっているのは彼等のみならず、内心で苦笑した義衛郎の視界のあちこちには非常にお行儀の悪い参加者達の――もう我慢し切れず、偶発的に開始された戦闘の状況が広がっていた。 「ふっふっふ。このあたしがもぐりこんでいるとはおしゃかさまでも(以下略) おろかなりべれすたどもにひそやかにあっついちょこれーとをぶっかけてやるのです! あつくてべたべたになってのたうちまわるといいのです。 おじいちゃまにまけないくらいおそろしくもずのうはなかんがえかたなのです。 おじいちゃまがあたしはてんさいだといっていたのでしょうりはやくそくされているのです。 せんどーはこなかったですがあたしならひとりでぜんめつなのです」 お釈迦様でも気付かない企みも、全てを口に出せば犬でも気付くのです。 「ちょっくらイチゴのチョコがけ作るっす。持ってて良かったっす気配遮断。 イチゴチョコなら本望っす? そんなに美味いイチゴかチョコを食いたきゃ、アンタんとこのじーさんにサンバイガエシを狙いやがれっすこの乙女野郎」 「……あ゛―――!」 「一丁あがりっすね」 ケイティーからすればチョロすぎて笑えるレベルである。 「あーあ、ちょっと大丈夫です? 早速こんな面白……酷いチョコまみれになっちゃって…… あ、飴ちゃんいります? 苺味の」 早速背後から忍び寄ったケイティーがストロベリーをイチゴコーティングする一方で、彼女に駆け寄ったうさぎが手にしたハンカチでごしごしと彼女の顔を拭く。 「べ、べつにこれくらい……な、なんでもないのです。あたしはふめつなのですぅ! あといちごおいしいです」 殆ど涙目のストロベリーに困った顔のうさぎが相槌を打った。 「……てか怪盗が何でまたこんな乱世に参加してるんですか。 今流行のライトノベル展開ってヤツですか? ここに貴女が盗みたいようなものは…… あ、塩せんべいもどうぞ。 そうそう、早く避難した方が……何でもここには伝説の傭兵が無双する予定みたいですし。 ……あ、ほうじ茶もありますからね」 「もらっといてやるのですぅ!」 うさぎの言う伝説の傭兵とは優勝候補NO.1と目される天原和泉(フォーチュナ)を指している。 「伝説の傭兵って大概な呼び名よね……」 「……そーですね。でもあの人、ただのフォーチュナのはずじゃ……」 「何でもサバゲーの凄い大会に助っ人で出場してとんでもないスコアを挙げたとか」 「一人で敵チームを壊滅状態に追い込んだとかさっき聞いたんですけど……」 糾華の言葉にリンシードが応えた。【黒蝶】の二人は揃っての参戦だ。 「普段ぽややんとしてるのに、わからないものだけれど、実力は確かなようだわ。 つまり、あの人の首を取ればこの戦場のNo1であることは確定なのよね…… 行きましょうリンシード。実戦で鍛えられた覚醒者の力。その恐ろしさを見せてあげましょう」 「お姉様、燃えてますね……私もおねーさまの名誉の為に尽力しますよ……!) 元気良く頷くリンシードだが、 (何だか今日のおねーさますごい本気で驚きました……) 若干、ふんすと気合を入れる糾華のテンションには圧倒されていたりもする。 「伝説とはいえ、フォーチュナ。身体能力の差をどこまで埋めれるか、お手並み拝見だな」 「伝説は今日で終わりだね。『天原和泉、貴女ではアタシ達に勝つことはできない。今日貴女に敗北の二文字を刻む。覚悟しておけ』っと。ちゃんと張り紙しといたからね!」 杏樹が自信満々でフラグらしきものを立てた陽菜に軽く苦笑した。【傭兵伝説】の名でチームを組んだ面々――二人に快と風斗を加えた四人の狙いもこの戦場のトップ・エースである。 そんなリベリスタ達の会話を聞いたストロベリーの顔が恐怖に引き攣っていた。 「……そ、そうなのです。せんどーのかわりにたたかえです、たたかわせてやるです、りべれすた!」 「はいはい。護衛しますからねー」 どうして素直に「助けて下さい、リベリスタさん」と言えないのかこの苺は……というアレはソレであるが、くすくす笑ったうさぎの方は先刻承知といった風だ。 (なんですかこれは――) 遠い目をして現場を眺め、何故ここに来てしまったのか自問自答を繰り返す薫の前の光景は早速悲惨の一言であった。 「バレンタインだから……と連れられて来てみれば…… まさか違う意味で殺気立った集団によるサバイバルゲームの戦場なんて誰が思うんです!?」 薫の座るのは『比較的安全』と称される解説席。 しかし、アークに染まり切った塔の魔女(アシュレイ)だの、元々何事にも無敵に余裕綽々な絶対執事(セバスチャン)やらに比べれば彼は実際の所まだこのおかしな空間に不慣れであった。 「……しかし、実戦でないとはいえこれだけの殺気。 チョコレート銃で撃ち殺さんとするかのような各々の気迫。 これも多人数が入り乱れる戦場のシミュレーション、演習として見てみれば…… ……うん、実戦の前に視れて良かったか、とも……」 何とか自分の中に折り合いをつけた薫の一方で、場はおかしな方向に盛り上がっている。 鼓膜を揺らすのは怒号と悲鳴。苺の断末魔。気合の戦闘音。苺の命乞い。 モヒカン共(雑呼称)やら苺野郎(雑呼称)周りを気にしないにしても、既にあちらこちらから放射状に撃ち放たれるチョコレートの雨はまさに阿鼻叫喚の乱戦の有様を思わせる。 「いやー、盛り上がってて素晴らしいですね!」 「そうだな。盛況で何よりだ」 敵も味方も、解説も主催もあったものじゃないとはこの事か――尤もニコニコと朗らかな笑顔を浮かべたまま、適当で雑なスピーチに勤しむ主催者(ももこ)は主催であると同時に優勝(?)候補の一角でもあるのだから、取り敢えず狙っておくのは戦略的に正しいと言えるのかも知れないが。 表情一つ変えずに相槌を打つユーヌの超越振りの何処が『普通の少女』なのだか小一時間。 (えーと、れーちゃんも近くにいるから……えーと、手が届けばそちらもガードと……) 実に忙しく三刀流宜しく両手に傘を装備して口に自分用の傘を咥えた雨合羽姿の公務員が奮闘している。 「何だか、微妙に釈然としない優先順位を設定されてた気がするんですが」 軽いジト目でそんな義衛郎に視線をやった嶺が一つ咳払いをした。 まぁ、忘れていないだけ良いとするべきだ。何せ今日はバレンタイン、どれ程に――そうこの場がそれらしくは無かったとしても。恋人同士の日に些細な事で目くじらを立てる必要は無い。あの魔女、どうせ男いねぇし。 「最近、特別なイベントの前に大きな戦いが多過ぎるのです」 「まぁ、年間スケジュールってヤツだね。仕方ないな」 「……? 兎に角、あたし達みたいにらぶらぶしたい人にとっては迷惑なのです。 さおりんも心労がたえないのです。でもあたしが支えるから安心してくれてもいいのですよ?」 唇を尖らせたそあらとしては『こういうしょうもない騒ぎ』は腹黒ぴんくにお任せしておけば十分というのが本音であった。第一、バレンタインにチョコレートガンで撃ち合う等とはロマンティックさが足りないにも程があるではないか。第二に三日後は沙織の誕生日だと言うのに案の定イベントシナリオがスルーされたではないか。 「ハッピーバレンタインです! 今年のチョコレートは一粒に想いを込めた特別なチョコレートなのです。 いつも特別でしたけれど去年よりも一昨年よりもずっとずっと特別なのです。 食べてみてほしいのです。今ならなんとあたしの特別でスペシャルなトッピングもつけちゃうですよ?」 尻尾をぱたぱたと振るそあらに軽く笑った沙織がチョコレートを摘んで口に放り込んだ。 成る程、料理は愛情と言うけれどチョコレートの甘さはそれ以上なのだろう。 「どうです? どうです?」と待ち切れないわんこのようなそあらの頭を沙織の大きな手が撫でた。 「あー、もうそろそろ良いですよね? 次姫様?」 「はーい」 誰も聞いていない挨拶に飽きたらしい桃子が飛び交う弾丸をヒョイヒョイと避けながら嶺の確認に応えた。 つまる所、事実上既に開戦しているのだからこれ以上は勿体をつける意味も無い。 「すぅ」と息を吸い込んだ嶺が事の外ノリ良くマイクを握って声を張った。 「さあ! 始まります、乙女の血と甘味の祭典、阿鼻叫喚の二月の中日! 第一回バレンタイン・サバイバル! 実況は貴方の私のアーク本部オペレーターこと、この銀咲が務めさせて頂きます。 本日は女子力(神秘)に長けた達人、ミス・ブラックモアを解説にお迎えしております。 ミス・ブラックモア、本日はどうぞよしなに!」 「女子力(神秘)ならお任せ下さい! 乳だって膨らめます! 大好きなあの人のハートもこの薬でゲットです! ですが、女子力(物理)だけは勘弁な!」 「その辺色々根掘り葉掘り聞いていきたい所ですねー。最近、胸の所為か肩が凝って……」 「それならいいストレッチが! 但し殿方に見せちゃ駄目ですよ! 幻滅必至です! ちなみにジャック様は『俺の前でソレやったら次は殺す』と熱いメッセージを!」 ……何やら酷く軽いノリで始まった実況(ガールズトーク(笑))に義衛郎が頭痛を堪える顔をした。 とは言え、状況は動き出している。 参加者達はめいめいに駆け出し、散会した。実況席の桃子が戦場に降り立ち、彼女の号令に桃子党員達が「ぶっ殺せ」のシュプレヒコールを上げている。 一方で幾多の死戦を越え、アークのエースとも呼ばれ……この戦場に『彼女』を狙い定めた一人の男――竜一の鋭い視線が人気の無い森を見回した。 (……ちっ、どうやらとんでもない事に巻き込まれちまったみたいだぜ。 流石だな、『伝説の傭兵』。極めてリスクの高い緒戦の混乱を避け、もう何処かに潜伏してやがる。 だが、俺も『一人焼肉マスター』(※称号の悪意的な使用例)だ。 見つけ次第、この熱い弾丸(ホワイトチョコ)をぶち込んでやるぜ!) 「伝説の傭兵がいたら、この銃で撃てばいいのよね。暫く物陰から様子伺いましょ……きゃぁ!?」 竜一を振り返ったシュスカの顔に竜一の放った白くてどろどろした熱い液体が着弾した。 「竜一さん何するのよ! 狙うのは私じゃなくて伝説の傭兵でしょ!」 「しまった! 物音がしたと思ったらシュスたんにあたってしまった! 大変だ! シュスたんが白くてどろどろした熱い液体塗れに! くそっ! ひでえことしやがる! 許さないぞ、伝説の傭兵! シュスたんを白くてどろどろした熱い液体でベトベトにしやがって!!!」 明らかに不自然な弁明を繰り広げる竜一にシュスカの猫のようなアーモンドの瞳が細くなる。 「お兄ちゃんは知らないかも知れないけどね、これ『髪につくと取るの凄く大変』なんだから。 ……そうね、そう言えば今日はバレンタインだったわ。 愛という名の怒りを込めてお兄ちゃんにチョコをお見舞いしましょ。 ――伝説の傭兵より、とりあえず制裁が先よねっ!」 伝説の傭兵そっちのけで始まる竜一vsシュスカ。【シュスカ・ザ・ゲリラ】名前の通り早々内戦。 「この為に猟犬取った!」 「ぎゃー!?」 「あら、援軍?」 そこにくんかくんかと鼻を鳴らしながらお兄ちゃんを追跡してきた虎美(ハンター)が加われば状況は混沌の一言だ。竜一はガクガクと震え、シュスカは小首を傾げる。 「ポッと出の妹扱いの子とか彼女に負けない! お兄ちゃんの妹は私、私だけ! 結婚するのも私! ぶち殺すぞ雌猫! お兄ちゃんは私の傍にいればいいのっ!」 妹『だから』結婚する――虎美の主張は相変わらず支離滅裂で、『可愛いチョコレートガンで楽しくバレンタイン』と呼ぶにはその手に装備したスタンガンやクロロフォルムは物騒過ぎた。 「えーと、良く分からないけど……取り敢えずお兄ちゃんを撃ちましょ?」←白くて熱くてべたべたしている 「私の! お兄ちゃんを! お兄ちゃん言うな!!! でも賛成!」←状況を手早く察した妹 「ぎゃーッ!」←もうやめて! 竜一の社会的フェイトはとっくに0よ! ……げに恐ろしきは伝説の傭兵・天原和泉。会敵前に既に三人が壊滅状態である。 一番恐ろしいのはこんなのがアークの名声TOPな事であるけれども。 そこん所どうですかね、解説席のユーヌさん? 「竜一は可愛いな」 ……すげぇな、普通の少女(ユーヌ・プロメース)! ●戦場は焦げたチョコの香りI 「ひゃっはー☆」 「ヒャッハー!」 終の運転するバイクが森の中を爆走する。 サイドカーにふんぞり返る舞姫は棘の肩パットにわざわざモヒカンのカツラまで用意して準備は万端だ。 「逃げる奴はリア充だ、ヒャッハー! 逃げない奴は良く訓練されたリア充だ、ヒャッハー! ホント、バレンタインは地獄だぜ! ヒャッハー!」 ……世知辛い事も多いこの世の中、ストレス社会の病巣は深刻である。 黙っていれば可愛いのに、黙っていられない舞姫。 黙っていれば可愛いのに、彼氏が出来ない舞姫。 黙っていれば可愛いのに、ベルジァネッツォしてしまう彼女は今日も今日とて唯舞姫だっただけである。 「愛だと? 恋だと? そんなもの、幻想だぜ! ヒャッハー! そんなものは見えやしねー! このブリュンヒルデの目にうつるのは一つだけ――月蝕(イクリプス)!」 「愛や恋はファンタジー♪ 覚めない夢ならデスティニー♪ 全国のー幸せなリア充さん達ー末永くお幸せにー♪ という事で、ライスシャワーならぬチョコレートシャワーでもどうぞ! ご賞味ください☆」 古典を中途半端になぞりながらチョコレートガンを乱射する舞姫が『出来るだけ人様に迷惑をかけないように』密かにフォローしているのは運転席の終である。 「ひゃっはー(´・ω・`)」←ちょっと素 気苦労の多い終と安定の出落ち舞姫はほっといて。 序盤から場を荒らしていたのは彼女達を含めた桃子党の面々であった。 「さー、バレンタイン如きに浮かれた愚民共を粛清してやるのです! 斜堂メンバー!」 「はい、桃子様! でも何だかメンバーって呼び名は嫌なんですが!」 バレンタインに奇声を上げながらカップルを襲撃する少年A(18)が躍動する。 「ヒャッハー! カップルは消毒だー!」 「ヒャッハーデース! ワタシもお供するデスよ! 一人残さずチョコまみれにしましょう!」 此方も古式ゆかしい名言を口にしながらチョコレートを撒き散らす勢いは凄まじく、何故か混沌の海に紛れ込んでしまった『平和』という名の異分子である所のシュエシアと共に参加者達を追い立てている。 「物陰に隠れているカップルも、果敢に向かってくるカップルも! カップルじゃないって否定してくるカップルも、全部やっつけちゃうデス!」 「その意気ですよ、でも時村のじじいはいいんですか!」 「え、貴樹は……この後貴樹にチョコレート渡しに行きますし……エヘヘ」 「うおおおおおおおおおおおお、これが斜堂流だ! つまり無敵ッ!」 シュエシアの心無い発言に黒い何かが強さを増した。 桃子党が大暴れを始めたのはやはり一にも二にも数である。つまる所、今回のこのサバイバルは別にチーム戦を推奨されていない。勿論、友人やカップルで組んでもいいが、カップルという組み合わせは必然的に少数に留まるものだし、友人同士ならば撃ち合って遊ぶ方向にも思案は向く。 つまる所、桃子本人も含め、舞姫、終、影継、シュエシア、キンバレイ、鏡月と七人もの人員を集めた彼等は必然的に場の最大勢力であり――まさに戦争は数であるという老け顔兄貴か、ランチェスターの法則のようなうんたらかんたら。 ――とは言えだ。七人集めた桃子党も動いているのは五人程である。 激戦の中、攻撃を受けてやられたかと言えばそうでもない。元より互いの武装はチョコレートガンだ。違法臭い改造を施された桃子本人の武装の威力は推して知るべしではあるが(※反則)、一般に配布されたそれは相手を叩きのめす程ではない。 何故欠員が出ているかと言えば簡単である。 桃子に「ど淫乱ピンク様! 敵がっ!」と報告したキンバレイがブン殴られた。 ついでに「二十歳も過ぎた事ですし、おとーさんが社会的に青少年に見せたら駄目な映像集に出ないかと誘ってこいと言われたんですが、梅子さんと一緒にどうですか? なんなら桜子様と……」と、まぁ。その辺まで言った時点で動かなくなるまで蹴りを受けた何時もの事であり、 (ま、まさかこの俺が気圧されていたと言うのか……!?) もう一人はもう一人で何を思ったか――桃子の噂(?)を聞きつけ、密かに彼女の命を狙った(?)鏡月が右ストレートに綺麗なクロスカウンターを合わされて轟沈した程度の話である。 以下、『桃子党』期待の新人・鏡月さんの主張。 俺が目指す境地に、既に到達しているホリメがアークにいると聞いた。 この俺を差し置いて許さん、どっちが優れているのかそいつの身体に刻んでやる! ま??? 俺が???? 勝ちますけど???!!!! 桃子??? ハッ、名前からして?? 小物じゃないスかwwwwwwwwwwwwwwwwwww 「酷い事を! 天原和泉! この尊い犠牲を無駄にしないで一致団結頑張りましょうねー」 白々しく激励した桃子がブチ倒れた鏡月にチョコレートを垂らしながら(※死体蹴り)笑っていた。 人はこれを恐怖政治と呼ぶのだろうか? 「――この距離ならバリアは張れないな!」 「貴方は! 司馬・ポエマー・男は青い世界を統べる・鷲祐さん!」 彼の備える熱感知は視界の悪い環境でのスニーキングに最適だ。 周辺オブジェクトに潜む敵影は確認済み。本丸金星の桃子を挙げるには今が好機。 まさにファイターとしてスピードを武器に桃子党に決死の強襲を果たした鷲祐が吠えた。 「蜥蜴の脚はしなやかに大地を握りしめ音を削ぐ。 近づき、手を伸ばせ。掴みとった刹那繰り出すは歴戦の戦士の妙技―― 捕まえろ、C! Q! C! クローズ・クォーター・コンバット……使いこなしてみせる!」 「何だか分からないですが、凄い迫力だ!」 「クノイチの術を駆使して皆を血まみれ……チョコ塗れにするでござるよ!」 日本……というかボトム文化を勘違いしたリシェナを止める者は居なかったのか。 フュリエという異種に生まれ、アークという特殊な環境でこの世界を学んだ彼女は悲しいかな。恐らくはきっと『バレンタインとは何だか良く分からないけどあれこれ騒ぐ日』と認識しているのかも知れない。 「風下に立ったがうぬの不覚でござる!」 忍法・チョコ風の術は多分あれ、風上から毒とかを流す要領でチョコレートの香りを届けるものなのだが。辺りに充満しまくったチョコレートの匂いは今更補強されるまでもなくチョコ全開で、ついでに香りを届けられても特に何が起きる訳でも無く。 「うきゃーっ!?」 かくてリシェナは格好の的になり、チョコレートの十字砲火を浴びる事となった。 「こいつは所謂……サバゲ? ま、白ビキニで完全武装のワタシに死角は無いけどな!」 ヨゴレとかバラドルとか言う勿れ。アイドルは目立ったもの勝ちである。親切な豚Pもそう言っていた。 「……寒くない! 汚れても洗える! お、美月部長だ。しっかし、相変わらず無防備だぜウヒヒ……」 数十分前には美月はこんな事を言っていた。 ――チョコなら当たっても痛くないだろうし。 チョコレートガンの性能は皆一緒。これなら僕でも思う存分無双出来そうだね! 再会した美月はと言えば、既にふるふる震え、頭を抱えて現実逃避している状態だ。 何が起きたか等、彼女を良く知る明奈でなくとも想像はつく。 具体的に言うならば「ひゃやあああ!」で「や、止めt(ベシャ)」で「わわっぷ、待って口に入っ(ベシャ)」で「助け(ベシャ)」で「ぢゅあーーー!?(ベシャ)」だったという事だ。 「はっ、あそこにいるのは白石部員! 地獄に仏、いや菩薩だ! おーい、白石部員助け(ベシャ)」 思わず特別に用意した白いチョコレート弾を撃ってしまった明奈を誰が責められようものか。 「……う、うう……ひどい…… こんなに汚されるなんて……もうグチョグチョだよう……」 「ごめん、つい……」 あざとい台詞の美月と罰が悪そうな明奈のやり取りはカップルのようである。 「悠里はバレンタインのチョコレートはどれくらいもらえたのだ? 悠里は格好良いし、優しいし、たくさんもらったのだろう?」 「カルナと、あと何人かかな?そんなに沢山貰ってはないと思うよ?」 「妹分としては兄貴分のそんな浮いた話は興味があるのだぞ。大切な彼女に内緒でいくつもらったのかとか」 「い、いや! 別にカルナにも隠してなんてないし! やましいことなんてないし!」 のんびりと話す雷音と悠里。 「みんな、元気なのだな。はしゃぎすぎて怪我をしないといいのだが」 「ほんと、この前倫敦で頑張ったばっかりなのに元気だね。 桃子ちゃんの場合、騒いでるのは案外気分転換用の――わざとなのかも知れないけど」 雷音の心配は今回のイベントを見ているようで、実は『最近又無理を始めた悠里』の方を向いていた所もあった。二人の微妙なやり取りを他所に、次々と参戦を果たしたリベリスタ達によってバレンタイン・サバイバルは本格化の時を迎えていた。 「ふぉふぉふぉっなゆなゆとミーノのちょうぜつれんけいをとくとあじわうの~」 「二人で連携すれば…上手くいく気が、するの。 それに、バレンタインは……女性が男性に、チョコを渡す日って聞いたから……」。 キャラクターからは到底想像の出来ない鬼謀神算の持ち主であるテテロは実に上手く自身とペアの那雪を使い、挟み撃ちに移動攻撃と中々息の合った連携を見せていた。 「……あら、あそこに居るのは……」 「NOBU!」 シャツにチョコレートの被弾跡を残す伸暁を見た那雪の白い肌に朱色が差した。 日本のバレンタインは成る程、女性が意中の男性にチョコレートを送る日である。この場合の『意中』なる表現が恋愛的展望なのか、面白目当てなのかは実際酷く微妙だが、ともあれ那雪は伸暁をシュートする心算だったらしい。合図を受けたテテロが伸暁の背後に回り追い詰める。 「受け取らないのは、男と認めないのよ…… ついでに、面白い……間違えたの…。カッコイイポーズも、期待するのよ……」 チョコレートガンを手にジリジリと彼を追い詰める(やっぱり面白目当てだったらしい)那雪が呟く。 彼女の言葉に大仰に肩を竦め、手にした武器を放り捨てたNOBUAKIはウィンクを一つして言った。 「オーケー。じゃあ、痛くしないようにしてね、子猫ちゃん(リトル・キャット)」←この後顔面被弾 「NOBUご! なまNOBUごがきけたの~><*」 楽しそうにはしゃぐテテロの姿をキラリと光る眼鏡が狙う…… 森の各所では超人的とも言える身体能力を持ったリベリスタ達の熱戦が繰り広げられていた。 (クラリス様、実は思う存分砂りたいこの想い……!) だけど言えない、そうとは言えないこの微妙な男心。 森の中だけではなく空をも駆ける高速戦を展開しているのは亘であった。 曰く「クラリス様のチョコ以外は食べない」。そんな誓いを打ち立てた彼は男からも女からも盛大に放たれる対空砲火の中を掻い潜り、愛しいフロイラインだけを見つめていた。 もし、願いが叶うなら彼女からチョコレートが欲しい。 しかし、彼女を誰かの攻撃に晒すのはどうしても嫌なのだ。 (うー……独占欲。なのでしょうか) 恋愛とは不思議なものだ。昨日無かった感情が今日生まれ出たりもする。 亘は嫉妬深い方ではないが、アイドルめいた彼女が時に歯痒い―― クラリスをあくまで守り抜こうとする亘の決意は、 「亘さん」 「クラリスさ……うわっ!?」 奇しくも彼女自身の手によって破られた。 「ふふっ、本日初めて『当て』ましたのよ?」 「え……」 「射撃って難しいですわあ!」 彼の顔面に直撃したのはクラリスの放った甘い弾丸だ。自分を指差して笑う彼女に果たして『チョコを渡した』という意味があるのか無いのか、亘は少し混乱した。 頭脳派とも呼べる戦いを展開しているのは真澄とコヨーテのペアだった。 「ま、兵站は戦闘の基本だからね。単純化された状況でも敵は迎撃するに越した事は無い」 「今日のリーダーは真澄だなッ! 流石、カッコイイぜッ!」 二人は補給エリアとされた洋館の台所近辺に早い段階でベースを構え、弾丸切れを起こした敵を的確に攻撃し続けていた。余裕の風でサバイバルを楽しむ様子の真澄の一方、コヨーテの方はガスマスクを装備する重装備である。これは極端に甘いものが苦手という彼の嗜好を原因にしているのだが…… 「ビビッてねェぞ! アレだ武者震いだよコレ、多分……」 「あはは、そうだね。突っ込むのもいいけど今回は慎重にね…… 甘いのが苦手なコヨーテだとショック死しかねないからねぇ、うん」 コヨーテの頭をぽんぽんと撫でた真澄はいざとなれば自分が盾になる覚悟である。 「……あーん、和泉さん来ない!」 トラップに掛かるのは本命の外ばかり。 挑発をかわされ、焦れた陽菜の声が響けば、真澄とコヨーテの表情は引き締まった。 相手は『本職』のサジタリー。腹芸は得意ではあるまいが、紛う事無い強敵だ。 「……ごくり」 「大丈夫だって、きっと勝てるさ」 真澄の言葉にコヨーテが「だよなッ!」と応えた。 さて、ダンボールを積み上げた偽装の行き止まりに潜むハンターは『守るものがあるから強い』のか…… 「室長! 此方へ!」 至極真剣な顔で沙織をサポートし、自身が安全な経路を切り開く…… 恵梨香の顔には一つの迷いも曇りも無い。何時か来るかも知れない『時村沙織を巻き込んだ実戦』に備えるかのように彼に毛程の傷を与える事も許さぬとばかりにその辣腕を振るっている。 「守らせて下さい」と彼女が言えば彼は惚けて「守らせてよ」と答えるのだ。 (……この戦いで室長に被弾を許す訳にはいかない。だって、チョコレートの弾丸なんて……) たかがチョコレートがどうしたって、と恵梨香は考えてから頭を振った。 「……目に入ったら危ないじゃないですか」 「どうかしたの?」 「別にやきもちとかじゃありません!」 「ああ、仕事だもんな」 「そうです。他意何て全くありません。要人警護は――『貴方の護衛』は、私の任務です!」 語るに落ちるとはきっとこの事を言うのだろう。 解説席のユーヌが方々の激しい展開に含み笑う。 「飛び交う銃弾、消えゆく悲鳴、下らない争いで最後に生き残るのは誰なのか さて現在、もっとも馬鹿らしく本気を出してるのが――ううん、これは多数かな?」 「えー、人民書房『伝説の傭兵その戦跡』によれば、天原和泉居る所には唯死体の山と。 そこん所、どうなんですかね、ブラックモアちゃん」 「人民書房『適当書きやがってこの野郎』によれば和泉様は四打数六安打当たり前だそうですよ!」 紅茶をずずーっと啜りながら腥がしみじみと言った。 「……さすがは『伝説の傭兵』、容赦が無い。マジで恐いわー。 前にも後ろにも立ちたくないですねー、ブラックモアちゃん」 「そうですねぇ。きっと真の恐怖が見れるんでしょうねぇ」 時折飛んでくる流れチョコをガードしつつ、アシュレイと腥がのんびり雑談している。 「俺が危なくなったらユーヌ! 庇ってくれよ! 甘いもの嫌いなんだ。しかもチョコレートは特に嫌いだぞ! もう全部チョコ塗れで正直辛い! うーぬはチョコ好きか? なら守ってくれよ、なぁ!」 気高く美しい真澄や恵梨香の誓いと対照的に実況中のユーヌに我が身可愛いとすがりつく俊介の様を見れば、割と先の問いの答えになるのかも知れない。まぁすけしゅんだから仕方ないけど。 「ふむ、チョコは流石に嫌だったか」 こくこく。 「すけしゅんシールド使いたかったが仕方ない。影人を使ってやる事にしよう。 ホリメを庇うのは戦場の常だが……チョコは嫌いではないが、仕方ない。 飛んでくるチョコからは庇ってやろう。落ちているチョコからまでは知らないけどな?」 「うおお、何でこんなに殺伐としているんだ!」 ……俊介を無表情で席の下に踏みつけるユーヌはある意味でボーナスステージである。 「……俺達は、廃墟見学でもするか。邪魔にならない範囲で」 「これはまた……こうして見れば中々風情がありますね」 「悠月達の実家もこの様な感じだったのか? もう少し大きそうなイメージもあるが……」 「似ていると言えば似ていますね。大きさは……『工房』等も含めれば、それなりには」 自身の実家を何処か彷彿とさせる古い洋館に悠月が目を細めれば、拓真は微かな笑顔を見せた。 離れて数年程度しか経っていないのに悠月は出た実家に奇妙な懐かしさを感じていた。 今は厳重に封印され、ほぼ無人の実家。妹はあの家の事をどれ位覚えているのだろうかと考える。 「何時か――そうだな、何時か。悠月の家に足を運ぶのもいいかも知れない。挨拶も……きちんとしておきたいしな」 「……はい」 悠月は静かに頷く。 「悠月」 「はい」 「何時か……必ず。約束だ」 微かに触れた唇の温もりに月の少女の表情が綻んだ。 参考までに言えば拓真は「銃なんてくれてやるから勝手に使え」。悠月は「来たら返り討ちな」である。 確定的に言える事は、こいつ等はこいつ等で燃え尽きろ!(※今回すら砂である) 「ちょっと、あの人本当にフォーチュナなの!?」 足元に立て続けに着弾する正確無比なチョコの銃撃に前に飛び込むように身を投げ出し、一回転して態勢を立て直した糾華が声を上げる。傍らで「た、多分……」と呟いたリンシードの呼吸が荒い。 日頃の武器をチョコレートガンに持ち替えて果敢な戦闘を挑んだ糾華とリンシードの二人だったが、立ち回りの差というものはサバゲーでかくも重大なものかという圧倒的な現実を突きつけられていた。 攻めていた筈が後退を余儀なくされている。撃った弾の数は弾が不足気味の自分達の方が多い――つまり敵の手数が少ないのは間違いないのにその攻勢の悉くが恐ろしく効果的なのである。 「一旦態勢を立て直して――」 「――お、おねーさま! あちらからも敵が!」 和泉の射程から離れんと急ぐ二人の行く手に杏樹、快、風斗等が現れた。 同じ和泉を狙うチーム同士であるが、いざ戦場で遭えば敵は敵である。 「悪いけど、やらせて貰う」 「くっ……!」 「わぷっ!?」 杏樹の精密な射撃が糾華の衣装を掠め、リンシードの小さな口に飛び込んだ。 風斗と快の援護に反撃の糸口を掴めない糾華は電撃的にその事実に閃いた。 (――和泉さん、もしかしてこの場に私達を『追い込んだ』!?) 天原和泉はフォーチュナ。フォーチュナは運命を見るもの。 己を狙う敵同士を潰し合わせれば一石二鳥である。否、敵同士が対戦していたならばそこには大きな隙が生まれるだろう。つまり、自分達を追撃していた和泉の狙いは―― 「……ッ!?」 糾華を撃ち抜いた杏樹の超聴覚が動き出したその気配を捉えていた。 「これは――罠か!」 「だが、残念だが貴方はフォーチュナ。最前線で戦うオレとは根本的に鍛え方が違う。 どれ、ここはひとつ、彼女に実戦の厳しさというものを教えてあげるとしよう――」 銃を構え猛烈な勢いでアタックを仕掛けてくる和泉に偉ぶった風斗が銃撃を加えるが、 「――あれ?」 確かに実戦とゲームは大分違う。この武器を扱うに彼は余りに不慣れで、和泉の読みは冴えに冴えている。動きは恐ろしい程に鋭かった。恐らくそれは理屈では無いのだ。分かるから分かる。フォーチュナとしての能力と言うより、天原和泉が天原和泉として身につけた天性の―― 「ちくしょう、来るな! 来るなああぁぁぁ――!!!」 喚いて乱射した風斗がチョコレートの弾丸を立て続けに浴びて吹き飛ばされた。 糾華から咄嗟にターゲットを変更した杏樹が彼女を迎撃するも掠めたまで。 「和泉さん、補給はどうしたの!? 台所には陽菜さんが居た筈だけど――」 「あからさまな補給ポイントにおいそれと近付くのは危険なだけです。 背後を取って『交渉』すれば、弾丸のカートリッジを集める位、そう難しい話ではありませんよ」 成る程、洋館に罠を張っていたのは危険な真澄・コヨーテのペアと陽菜の双方である。 「これが伝説の傭兵……笑う女豹(ラフィングパンサー)と呼ばれた天原和泉、か……!」 感嘆の声を上げた快が「ならば」と腰からチョコレート・ナイフを抜き放ち肉弾戦を挑み掛かる。 「伝説の傭兵といえど、格闘戦ではなぁっ!」 上段からナイフを繰り出した快の上半身が消えた和泉に前に泳いだ。身を低く沈める事で体格に勝る彼の一瞬の死角に入り込んだ彼女はその勢いを利用して快の体を綺麗に投げ飛ばした。強かに背中を打ち、呼吸を乱した快の視界に自身を見下ろす和泉の笑みが飛び込んできた。 ガンガンガン! 連続音が短く響き、快の顔面にチョコレートが張り付いた。 笑う眼鏡の光はいよいよ異彩を帯びており、流石の杏樹もこれには後退を余儀なくされた。 「成る程」 背後からかけられた声に和泉の身体がバネのように跳ねた。 咄嗟に手近な木という遮蔽を背にした彼女は現れた新手の正体を素早く確認している。 「ナイフ・アタックならどうかと思ったが発想は同じだったようだな。 しかし、天原君。君は素晴らしい。常時の君は敵ではないが、今はまるで別人だ。 互いに不意を突けぬ今ならば、さぞいい勝負が出来るだろう。『閃刃斬魔』、推して参る――!」 「ふぅ、りべれすため。ひどいめにあったのですぅ」←通りがかった一秒後に蜂の巣にされる悲惨な係 ●バレンタイン・エトセトラ 「……べ、別にあんたの為ちゃうからな? ただその……折角やし試しに作って見ただけで…… どや! な……で、出来栄えが凄く良くてな! 流石あたいってか……自慢や! 味もごっつ美味いもんやから! ……ほら、人に食わせたらんと勿体ないやん?」 早口で言い訳めいた夕奈の視線は明後日の方に泳いでいる。 その瞳が少し潤んでいるのは気のせいだろうか? 頬が紅潮しているように見えたのも――気のせいに違いない。 「だからたまたま……いやその、まあ、比較的な? 仲が良い言うたらあんたやし……だから……有難く食え言うかその…… どうせ、碌に貰ってないやろ? ボランティアって言うか、何て言うか…… あの……だから……ん!」 きっと、気のせいなのだ。 夕奈がぶっきらぼうにそれを差し出した先には―― ――誰もいないのだから。 「……って感じの相手がおったら、この状況でも平気やのになあ」 しみじみと呟いた芸人枠(ゆうな)の顔面に又チョコが炸裂した。 「よし! 死ぬか!」 夕奈の心は心SOSが解決してくれると熱く信じて。 いよいよ宴もたけなわ、戦いはあちらこちらでクライマックスを迎えていた。 「辺りが騒がしいけど――チョコレート色の結界でも張りましょうか?」 「神秘ってのは都合良く出来ているモンなんだな」 「神秘に限らないわ。大抵の事は恋する女に都合良く作られているものだから」 瀟洒なやり取りをするのは文字通り『辺りの喧騒』からは隔絶された氷璃と沙織の組み合わせである。 「でも、今日と言う日は――愛し合う恋人達にとって大切な日だと言うのに。 桃子に押し切られるなんて、何だか貴方らしくないわね」 少しだけ不満気に呟いた氷璃に沙織は肩を竦めた。大抵こういう催しの時は沙織は自分で音頭を取る。季節毎に彼が主催するパーティなりイベントは氷璃にとってはアークで最も大切な時間の一つなのだ。 「……ま、たまにはかな。面白おかしく騒ぐのもいいかと思って」 「確かに。思いのほか乗り気で、得意気に戦果を上げる姿も嫌いではないけれどね」 「アメリカで良く銃を撃っていた」とは沙織本人の言である。腕前の方は何でもソツ無くこなす彼らしく……といった風ではあるが、特別強い訳ではないだろう。その彼のシャツが殆ど被弾した様子が無いのには氷璃も少なからず驚いた事だった。 「恵梨香がかなり頑張ったみたいね」 「まぁね。お蔭様でクリーニングは要らなくなった」 「私が撃ってあげましょうか?」 「良く、心臓を狙ってな」 その心を見通そうとするかのように氷璃は沙織の瞳の中を覗き込んだ。彼女は思うのだ。彼は負けず嫌いだから、ひょっとしてこの間の戦いで『智親が戦った事』を気にしているのではなかろうかと。 「Joyeuse Saint-Valentin Mon chéri」 理解と看破を諦めた氷璃は沙織の頬からチョコレートを掬い取る仕草をした。 「ふふっ――沙織もまだまだ鍛錬不足のようね? 完璧な佇まいの彼の頬にはチョコレートなんてついてはいなかったけれど…… 「――減らず口を塞ぎたければ、塞いでくれても良いのよ?」 その言葉は『凍ったシャンパンのような仏蘭西女』の精一杯と呼べるのだろう。 奇妙な関係と言えば、奇妙な『再会』から何とも呼べない関係を作っているのは夏栖斗としのぎも同じである。 「バレンタインってそわそわするよね」 「……そう? バレンタインってよくわからないんだよね」 「好きなら好きでそう思った時に言えばいいでしょ?」と言うしのぎは何とも微妙な表情である。 ある意味『イベントに言わされている』状況というのは弱さにも思えるし、時間が誰にとっても平等でない事も、運命が誰にとっても優しい訳ではないという事を彼女は『嫌と言う程知っていたから』かも知れない。 「好きとか嫌いとかそういうのじゃなくって――イベントが好きとか、単純なのでいいじゃん。 そうやって騒ぐのは僕楽しいと思うしね」 努めて明るく言った夏栖斗に少しだけ皮肉気に微笑んだしのぎは「確かに」と頷いた。 「ま、そんな重いことは置いておいて、これはこれで楽しむっていうのもしのぎさん的にはポイント高いからね。 そうそう、既製品だけどチョコをどうぞ」 「――!」 喜色満面とばかりの夏栖斗にしのぎはもう一言を付け足した。 「あれ? プレゼントはしのぎさんの方が良かった? なんちて!」 「……っ!? と、ととととつぜん何を仰ってるんですか?! しのぎさん!」 「いやぁ、実は」 真剣な顔から一転、しのぎの表情が愉快気に崩れた。 「実はウィスキーボンボンを食べてしまってね。 メタ的に言うと完全に酔っ払っているわけなんだよ。 だからこそまあ、素直にというかなんというかなのだけれど…… これでも君には幸せになって欲しいと思っているんだよ。これだけは本当さ」 言葉を失くした夏栖斗は言葉に何と答えて良いか分からなかった。しかし、『久し振りのこういうの』は決して居心地の悪いものではなく、彼は彼女に困らされる事すら心地良く感じでいた。 『懐かしい』と呼べる程、薄情ではなく。『嬉しくない』と誤魔化せる程、割り切れていない。 人間の心はまるで万華鏡のようだと――『二人は』思った。 物事に始まりの時があるのと同じように、終わりの時も必ずある。 たかが数時間の酷い有様はやがて収束の時を迎えようとしていた。 何でそうなったのかは兎も角、結果的に天原和泉率いるレジスタンスが遂に魔王を追い詰めたのだ。 「ヘ、何が伝説の傭兵だ。伝説なんて古ぼけた代物は額にでも入れて飾っておきゃいいんだよ! ここはひとつ桃子党の凄さってやつを思い知らせてやらにゃなりませんぜ桃子様!」 影継の十秒前。 「ぐああああああ! だが、一つ忠告してやるぜ伝説の傭兵さんよ! 芸風固まって取り返しつかなくなる前にどうにかするんだ。 それが……俺からの……たったひとつの願いです……」 影継の十秒後。 和泉が暗い笑みで呟いた。 「『普通の使い易いフォーチュナ』が要るのに、何故サバゲー好きなんて要素が必要だったと言うんですか」 枕を並べて討ち死にするモヒカン達。 終わりを迎えんとする戦場で最後に出番を持ってきたのは、これはもう宿命と言うべきか今回なんと【砂】のタグを使用したエナーシアであった。 (まずは地形の把握と標的の発見に努めたわ。 他の人を避けるよう廃墟の外を周り、『目標』を発見したら忍びつつ良く観察。 標的の動きのパターンから狙える位置と狙うタイミングを割り出した結果――今、私はここに居る) 斜角は十分。狙いも集中も際立っている。無防備な『彼女』を捉えるエナーシアのスコープは引き金を引き絞るという最大のクライマックスを直前に震え一つ無く制止している。 ……所で、何をしているの? エナちゃん。 「え……【砂】ってスナイパーの略称のことですよね? 天原さんが凄いサバゲーの格好をしていますし。 スコープ越しの標的の一挙手一投足を注視し最適の時を待つ…… 周囲の雑音全てを意識より締め出した二人だけの世界なのですよ!」 ……そうだね! 兎に角、静かに――限界以上にポンプを加圧するエナーシア。 一射持てば十分だ。【砂】たる彼女にはそれで十分なのだ。 運命の時が訪れる。桃子の注意が窓際から完全に逸れたその瞬間―― 「そのきれいな顔をふっ飛ばしてやるのです! 桃子さん!」 持ち方がヘンだよ、えなたん! 「うぎぎ、背が足りないのです!」 死屍累々の戦場に立て札を持った影継が倒れている。 『消費したチョコレートは、アーク裏方スタッフがあとで美味しく頂きました』。 兎に角、そんなバレンタインなのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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