●双子の射手座 風が吹いた。冷たい。 暗闇に沈む遊具群が名残惜しそうに朽ちかけている。 「寒いね」 「寒いね」 ぶらぶらと揺れる観覧者。何時落ちるのかもわからない命綱無しの度胸試し。 「強いかな?」 「強いかな?」 懐で煌めく黄金色の液体。下弦の月に照らす射手座の加護。 「さあ撃ち合おう?」 「さあ撃ち合おう!」 ● 突如として、尋常ならざる魔力がその一帯を覆った。 連続は不連続へ。昼は夜へ。生は死へ。未来は過去へ。創造は崩壊へ。 上が下に。右が左になって、地図が逆さまになった。 『万華鏡』による観測タイミングよりも先に事態を把握した地方リベリスタ組織『ローゼンクランツ』がその初動に当たり、暗紫色にくすみ渦巻いた空を見上げた。フォーチュナを擁さない彼らが『アーク』に先んじることができたのは偶然の産物ではなく、むしろ必然的な帰結であった。その不吉な雲海が現れたのは彼らの拠点直上。訪れた『真昼の夜』に、『ローゼンクランツ』リベリスタたちはすぐさま厭な予感を感じた。そして、その対応に追われた。 『アーク』作戦部に『ローゼンクランツ』から連絡が入ったのは丁度その一時間後であった。会敵報告と現況報告のみに留まる慣例的で定型的なそれが事の危険性を過小評価した(それも、大きな過小評価を)ものであったことは、更にその三十分後に鳴った緊急連絡通信により明らかになった。応援要請と対応移管を強く提示するその『ローゼンクランツ』からの連絡に『アーク』はすぐさま承諾の意を示した。この時点で、後に『黄金結界』とコードされる強力な破界器、すなわちアーティファクトに纏わる大きな面倒事を『アーク』は抱えされることになった。 この対応移管についての二往復に渡る凡そ十五分間のやり取りの後、『ローゼンクランツ』との連絡は一方的に断たれた。『万華鏡』と『アーク』フォーチュナによる観測の下、作戦部は『ローゼンクランツ』壊滅を司令部へ報告、急遽として作戦内容は『ローゼンクランツ』制圧および奪回に変更された。 ● 緊急輸送列車が走っていく。普段は地下へ格納されている特殊路線が姿を現し、その車両の行く道を形成した。三両編成の深紅の車体が、異常な速度でトンネルを抜けていく。既に二十分以上、このトンネルの中を走り続けているが、敷き詰められた電灯が内部を明るく照らし、特有の暗さは一切感じられない。そもそも、その専用車両には窓が存在しなかったから、結局の所、乗り込んでいる『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)、『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)、『ラック・アンラック』禍原 福松(BNE003517)、『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)、『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)、『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)、『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)、『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)ら八名のリベリスタたちには無関係な配慮ではあったが。 『ローゼンクランツ』は小規模な地方リベリスタ組織であり、その構成は庶務に当たる非覚醒者を除いて凡そ三十名ほどのリベリスタたちが主戦力を成している。彼らの独特なところは、その拠点が棄てられた遊園地に置かれているという点にあった。嘗て興隆を誇ったその地は時代の波にのまれ廃業へと追い込まれた。取り壊しもされずに放置されていたそこを買い取り、拠点としたのはある意味では賢い。 勿論、現在でもその中の遊戯設備は稼働されずに閉園の体を続けているが、神秘との『親和性』が高く結果として秘匿が容易なこと、そもそも周辺に住宅街などない辺鄙なこの地に訪れる人々が少ないことなどが大きな長所として認められていた。 その組織が壊滅したとはつまり、相手方にはそれだけの戦力があるということを示唆していた。それが量的なものなのか、質的なものなのかは別として、厄介な相手であるということは、子細を聞かずして理解できた。そして『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)からの通信は、それがその両方共を有する敵であることを伝えた。 ●ブリーフィング(車両内) 「今回はかなり急ぎの作戦だったから、こんな形になってしまって申し訳ないわね」 車両内のモニターにイヴの映像が現れ、音声が流れた。『こんな形』とは、移動しながらのブリーフィングという異例の形になったことを意味していた。 「一応、渡しておいた資料は読んでもらえたかしら? 『ローゼンクランツ』に関する情報は凡そがそこに書かれているのだけれど」 「こんな悪趣味なリベリスタ組織もあるものなんですかね」 モニカの無表情な感想に、イヴは頷きながら返した。 「個人の感想には敢えて肯定も否定もしないけれど、よく読んではいるようね。結構。今回の作戦では貴方達八名のリベリスタにお願いすることになったわ。突然だけれど、その共通点は?」 「射撃が得意、の皆さまですね」 ミュゼーヌの良く通る美しい声がすぐさまその答えを返した。 「ご明察。さっき『ローゼンクランツ』の拠点をして『悪趣味』と評して頂いたようだけれど、敵も然るもの。『悪趣味』度合いではむしろ、あちらの方が上かしら」 映像が現在の『ローゼンクランツ』拠点である遊園地のものに切り換わる。そこには、金色に輝くオーロラ様の膜で囲まれたその外観が映っている。 「なんだ、これは。確かに『悪趣味』じゃねえか」 福松はそう言うと加えていたキャンディーを一旦口から離した。オレンジの香りが微かに漂った。 「結界か何かだろう」 「同感だわ」 適度に細く、そして柔らかい髪を揺らしながら杏樹が答えると、エナーシアが首肯し、モニター越しのイヴも頷いた。 「解析上この魔力壁を『黄金結界』とコードしているわ。幸い、と言って良いのかは分からないけれど、『ローゼンクランツ』リベリスタたちの戦闘状況から、この正体、そして効果についてある程度判明した」 映像がさらに切り換わる。より遊園地内部に寄ったことで、その様子がより鮮明になった。 外側を覆う『黄金結界』の輝きに呼応するかのように、遊園地内部も金色に反射している。やけに眩しいかつての遊園地は、その朽ちた本体との対比に、何とも言えない不愉快さが充満していた。 「『ローゼンクランツ』たちが壊滅してしまったのも無理はない。この『黄金結界』内部では、射撃スキル以外が無効化されてしまうことが分かった。それを知らずに突入したリベリスタたちは無抵抗に攻撃を受ける結果となって、あとは知っての通りよ。だから今回、『アーク』の中でも手練の射撃手である貴方達にお願いした」 一瞬車両内を静寂が包んだ。それは同情などの感傷的なものではなく、むしろ各々が次手を考え込んだ為の無言だった。 「……ならば、問題は敵勢力の具体的内容になるな」 サングラス越しの伊吹の目は窺い知れない。彼の声を受けて映像が切り換わる。 「ええ。現在予測されている敵勢力は首謀者と見られるフィクサード二名、手下のフィクサードが約四十名。『ローゼンクランツ』もスターサジタリーやクリミナルスタアを投入して応戦して、手下のフィクサードについては何人か撃破に成功しているようだけれど、それにしても多数ね」 フィクサード、と聞いてカルラの指先がぴくりと動いた。表情に変化は無い。 「その『黄金結界』ってのは、敵にも適用されるのか?」 「そのように考えられる。確証は無い。データからは、敵は遠距離攻撃を用いているのが殆どのようだし、メインフィクサード二名に至っては錬度の高いスターサジタリーであることが分かった。『ルール』としては向こうもこちらも同じようね」 表情はそのままに問うたカルラに、イヴが返した。 詰まる所、この作戦は、敵とリベリスタとの完全な『撃ち合い』になるということだった。 「敵個体の詳細については、すぐにデータを送るけれど。一つ伝えておきたいたのは、今回、『ローゼンクランツ』壊滅という被害の大きさ、敵の凶悪性を鑑みて、『アーク』としては敵の捕縛の必要性は無いと考えている。即ち、全力で……、敵を殲滅してきてほしい、ということ」 その言葉を待ちわびていたかのように、灯璃の口端が吊りあがった。 「このままこの輸送車両が拠点付近まで貴方達を輸送する。その後の行動については一任する」 無事を祈るわ、と続き、イヴからの通信が終了した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:HARD | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月19日(日)22:33 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 丁度真ん前に、回転木馬。その更に奥側に観覧車。左手に売店、右手にはジェットコースター。 ゆらりと揺れるカーテン。外側から見た『黄金結界』に、リベリスタたちは一様に目を瞬いた。 ああ、これは確かに趣味が悪い。 少なくともか弱そうな女の子が考える趣味じゃあない。『ラック・アンラック』禍原 福松(BNE003517)の腕が同じく黄金色に輝く愛銃を撫でた。俺の趣味じゃないかどうかは、別として。 ぎろりと一瞥。全てを見抜く福松の眼が鈍く輝く回転木馬を見つめた。 「匂うな」 頷くでもなく『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)が続ける様に言った。鼻を小さく啜る。 紛れもない硝煙の匂い。戦いの中で自らの体躯にも染みつき、良く知った香り。 風が舞った。 『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)により放たれた漆黒の猟犬が激しく哮るのと同時に、前に立つ『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)の右腕がマグナムリボルバーマスケットを構えていた。 向かい二十メートル先には見慣れない自動拳銃の銃口が交差する。 横一文字に薄く閉じられた唇。 重なる銃声。弾け飛ぶ弾丸。 あは、と笑い声。 「なんだ、強いんだ、貴方達」 白髪が揺れる。サジタリウスの加護を携えて。 たん、と羽蘭が宙を舞うのと同時に、先程まで彼女が居た場所を軌跡が過ぎていった。 轟音。大口径の反動を殺す超人染みた早撃ち。 「……?」 そしてそれを完全に避けた筈の羽蘭は首を傾げた。 「おかしいな」 『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)は間髪入れず引き金を引く。 金属音は一瞬の内に破砕音に代わり、木馬を吹き飛ばしていく。 「射手だと自称するのに随分と意識が低いのね。撃ち合う? 何故相手に手番があるのです?」 その様子を認めて、いよいよ羽蘭も理解した。 「撃って、それで終わらせる。それが射手のプライドというものじゃないのかしら?」 ―――これは、本気でいかなきゃ。 『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)が構える。一斉に増えた殺気が、幾多の戦場を超えてきた彼の肌を焦がす。 (さながらゲリラの潜伏するジャングルのようなものか。確かにブラックジョークとしては趣味が悪い) 伊吹の思考を肯定するかのような、あはは、と耳障りの悪い笑い声。 「それじゃあ、パレードの開幕だ」 ● 囲まれた。円陣中ほどに位置する『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)はすぐに、その禍々しい速射砲で狙いを定める。 回転木馬、数種類のジョットコースター、売店、コーヒーカップ。 時代に忘れられた記憶が黄金色に輝き再生する。一夜限りのアトラクションはその撃鉄の音を持ってして鼓動を思い出す。悪夢のパレードが行進を始め、盛大な開幕を告げた。 「全く以て悪趣味な空間ですが、銃は何よりも強し。その精神だけは共感出来なくもありませんよ」 一瞬の内に戦闘は始まった。敵は多数。三百六十度囲まれた観客泣かせ、難易度ハードのシューテングゲーム。 モニカの火器が、比喩でも何でもなく、実際的に火を噴いた。無表情に引かれた引き金は、無数の弾丸をばら撒く。その一陣だけで多くの叫び声が各地であがる。 頬を、肩を、敵の銃弾が掠めていく。ここは敵の間合いであると同時に、こちらの間合い。 無秩序に降り注ぎ始めた弾丸に、リベリスタたちは遮蔽物へと身を隠し射線を塞ぐ。それにしても、敵の射撃手がどこに居るのか、完全な把握は難しい。全方位敵だらけ。杏樹と福松の得たデータを上手く戦況と融合させることが極めて重要であり、逆に言えば……、何処にだって、敵は居た。 向かって右側のジェットコースターの待合場の影から、『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)が躍り出る。目に入るのは物陰に身を隠す五体のフィクサード。 「援護するわ」 ミュゼーヌのマスケットが暴れる。その銃声を背に、白い翼の天使が振るう双剣。 柔らかく舞うその姿に、フィクサード達は真実それが降りてきた『天使』であるかのように錯覚した。この馬鹿げたシチュエーションが、その幻覚を見させた。 そしてそれが勘違い甚だしいことを、残念ながら彼らが思い知ることは無かった。 「拠点を攻め落とされてもう壊滅~? 小規模組織はこれだからつまらない」 ミュゼーヌが放つ精確な弾幕の中、灯璃が踊る。 「だから今度は灯璃達が遊んであげるね!」 銃弾と見紛う速度で振るわれる赤と黒の双剣。瞬時に詰められる、刀身と体躯の間合い。 嫌な音が響く。肉が断たれ骨が折れる音と、時々叫び声。 塵になるまで。 戻ってきた双剣を手に、舌なめずり。 だん、だん、だんと銃声。 引き金を引いて弾倉換装。鉛弾を打ち込んでフィクサードが弾ける。 くるりと翻して焦点。目測良し風良し殺意良し。 撃鉄を下して、次弾。跳ねて落ちる薬莢。 余りに鮮やかな銃撃戦。 ミュゼーヌや灯璃とは丁度反対側。回転木馬を挟んで、杏樹の自動拳銃が心地よい音を奏でて応戦していく。その眼には、白い髪を揺らす少女の姿がしっかりと映っている。 「射手座の結界か。面白そうなものを持ってるんだな。不謹慎だが、同じ射手として興味深い。 どちらが射手として最後まで立っていられるか。勝負と行こう!」 清々しい宣言だった。リベリスタは少数であって、地の利を活かし、数で押す事こそ良策。……そんなことが分かっていても、射撃手としての心を擽られてしまう。撃ち合いたい、と感じさせられてしまう、正しく射手然としたその心意気。 羽蘭とてその本質は射撃に全てを捧げた正真正銘の射手。その言葉に心が躍った。 翻るポンチョ。一瞬止まる時間。自動拳銃と自動拳銃。 橙の瞳と、紫の瞳が交差する。 立っているのはどちらかと、交差する。 その静寂を引き裂く着弾音。 即座に視線を巡らせる杏樹の瞳。 「貴方の悪い癖よ、羽蘭」 観覧車の上に立つ青髪の少女。 無造作に構えられた不釣合いなレミントン製ロングバレル。 「っ……」 射手座の聖弾は、爆発する。 ● 「弾幕を絶やすな!」 伊吹の叫びが、膝を付いたエナーシアの代わりにすぐさま乾坤圏を打ち出す。無駄撃ちは出来るだけ避けたいところだが、敵側の掃射が近くまで迫ってきていた。加えて、長距離からの楓蘭の狙撃が陣形を乱す。 銃撃に求められる性能は、貫通力ではない。無論、その身体に穴を空けない以上は飛び道具としての意味を消失するが、貫通してしまっては殺傷能力が落ちる。サジタリウスの聖弾というのはそういう意味で最悪の殺傷能力を持っていた。 命中精度は言わずとも、それは体躯で止まって、爆砕する。 むしろ膝を付いた程度で済ませたエナーシアの精神力は並大抵では無かった。右脇腹が大大と抉られているのだから。杏樹を庇うように、着弾直前に体躯をずらした彼女の人間離れした身のこなしが無ければ、直撃だった。 「大丈夫か、エナーシア!」 あくまでも視線は切らぬまま、杏樹がエナーシアに声を掛ける。 「ええ、大丈夫なのだわ」 左腕で脇腹を押さえながら、エナーシアは口の端を歪めた。 「―――なんて怠惰。随分と意識が低いのね」 それは自分を一撃で仕留め損ねた敵への失望。 負け惜しみでも何でもなく、自分に次手を残してしまった敵への嘲笑。 「俺が行く。援護射撃を。楓蘭が厄介だ」 一瞬空いたエネーシアの立ち位置。そこを埋めるべく言ったカルラの声に、福松とモニカが頷く。 「雑魚と誘導は任せろ」 悪いな、オレの趣味はスパゲッティ・ウェスタンなんだ。 ―――そのちょっとばかり足りてない頭をぶち抜かれたいのは、一体どの間抜けだ? 構えから撃鉄を起こすまで、照準を合わせて引き金を引くまで。その動作の驚異的な速さ。 福松の射撃の横ではモニカの虐殺的な掃射が無数の銃痕を創っていく。 かと思うと、一瞬止む銃撃。身を隠していたフィクサードからの散発的な攻撃をやり過ごし、今度はその起点を中心に単発弾を打ち込んでいく。 福松とモニカが作った隙の中カルラが走る。円形の回転木馬の、向かって左円部分を通り反対側へと向かい、その途中で大きく負傷したエナーシア、傍らに立つ杏樹の前へと立つ。 「伏せろ! そこは楓蘭の射線上だ!」 杏樹の声に、カルラは咄嗟に身を屈める。回転木馬と観覧車の間には小さな売店が幾つかと、案内所、向かって左側に巨大船を揺らすアトラクション。 その巨大船の方角から銃声。売店を盾に、羽蘭への攻撃機会を伺う。その超長距離な精密『打撃』が羽蘭を捉えるも、楓蘭の射線が邪魔をして十分な角度が取れない。 「こっちまでおいでよ!」 羽蘭が観覧車の方角へと後退し、姿を消した。 周囲への攻撃を行いつつも、ある程度前線を押し上げる必要がある。そうすれば、あちらの三十メートル射程攻撃が届く以上は、こちらからの射撃も射程に入るはずである。必然的に、羽蘭も。伊吹がそう感じるのと同時に、丁度回転木馬の反対側、リベリスタたちの背後を担っていたミュゼーヌと灯璃がほぼ真後ろまで前進してきた。 「そちらは片付いたか」 「こちら側は殆ど。……そろそろ反撃と行きましょうか?」 「メインディッシュ、まだ残ってる? 灯璃、素敵な殺し方思いついちゃったからー」 「頼もしい限りだ」 伊吹がよし、と呟くと、前方の福松へと声を掛ける。 「羽蘭と楓蘭の位置を特定しつつ、仕上げといこう。その間の敵火力への援護は任せてくれ」 「ああ、分かった」 殲滅力には極めて優れるものの、モニカは敵の攻撃を直撃する可能性が大きい。 その火力を押し上げる。伊吹、灯璃、ミュゼーヌがモニカを庇うようにして立ち、応戦しながら回転木馬向かって左部分を進む。そしてその一歩先では、福松、杏樹が再度索敵を行い、エナーシア、カルラが射線を防ぐように立つ。 客観的に見て、敵フィクサードの数はここまできてかなり減少しているように判断できた。それに従い、敵方の攻撃スタイルも数に物言わせた掃射型から、一発必中を狙う散発型へと変わりつつあった。 ● 「―――」 どすとやはり鈍い音。伊吹の動作が一瞬停止する。モニカを庇った結果だった。 体内で爆裂する。 びしゃと伊吹の血肉が噴出した。駆け寄るよりも先に、その聖弾を撃ち込んだ本人を見つけ、 「観覧車の根本、売店の裏だ!」 その射線延長線上、杏樹が感覚を辿った先、福松の眼が羽蘭の姿を認めた。 敵の射程は長い。カルラと灯璃が羽蘭の抑えへ、そして杏樹がその間の楓蘭への牽制を行いに走った。 福松、エナーシア、ミュゼーヌ、モニカ、そして再度立ち上がった伊吹が前進しながらその援護を行う。 (後方に隠れたり逃げ回ったりする敵を『殴る』ために、俺はこの技を身につけた) それは形容矛盾と捉えられかねない不可思議の戦闘形態。テスタロッサは、敵を穿つ。 カルラと灯璃には四方から残存するフィクサードからの純弾が浴びせられ、後方からモニカの弾幕がそれを黙らせていく。全身に銃創を創り上げていきながらも、止まることは無い。止まればそれこそ敵の良い的になる。羽蘭との間に遮蔽物が無い以上、味方を信じ、自分を信じるしかない。 羽蘭のその笑顔。こっちまで来いと誘う笑顔。 「精々笑ってろ……笑い続けて見せろ」 砕いてやるから。 カルラのそこ拳が唸る。その精密長距離打撃が羽蘭のポンチョを狙い打つ。 「―――」 羽蘭はそれを正面から受けた。しかし、聖衣は剥がれない。そして、敢えて受けた彼女の自動拳銃が、カルラを捉えた。 その聖弾を撃てるのは、楓蘭だけでは無い。聖衣に愛されていれば。 がこん、と発射された聖弾はそのままカルラを撃ち抜く。長い赤茶色の髪が揺れて、彼の右肩が吹き飛んだ。 「っ!」 大丈夫、行ける。カルラは体勢を崩しながら次の攻撃に移ろうとして、 「まだあるよ」 連撃。カルラの腿に捻じ込まれた聖弾が、爆砕する。 流石に足を止めたカルラの横を灯璃が抜けていく。 「まだあるのはこっちだって同じさ!」 灯璃のそれとは対照的に、羽蘭の表情が歪む。次の攻撃にまでは時間が――― 「あ」 灯璃の双剣が彼女の意志のままに羽蘭を襲い、その聖衣が落ちた。 ● 羽蘭の聖衣が剥がれた。これで彼女は聖弾を撃てない。 (全く、この年頃の娘は苦手だ) 伊吹の乾坤圏がこれを好機にとばかりに羽蘭を襲う。舌打ちしながらも、羽蘭の拳銃が応戦するように火を噴く。 (お姉ちゃんは……) 視線は切らない。視界の端で、背後の観覧車を伺う。銃撃の音。 援護は期待できない。 ああ、これはしょうがない。 羽蘭は、次第に近づいてくるリベリスタ達を視界に収め、溜め息を一つ吐いた。そして、懐からもう一丁の自動拳銃を取り出す。 結局私には、撃ち合いしか無いのだから! 構えられた二丁拳銃の引き金を引く、白い指。羽蘭の放つ、無数の魔弾。 それは孤独の弾幕。彼女がむしろリベリスタの方へと駆ける。 「さあ、どっちが立っていられるのかな!」 「させるか!」 再度立ち上がったカルラと灯璃は脇目も振らずに、こちらへと駆ける羽蘭へと撃ち込む。 一発、二発。灯璃の双剣が羽蘭の左手首を吹き飛ばし、自動拳銃が一丁転がり落ちる。カルラの長距離打撃が羽蘭の右腕を狙うが、皮肉にも左手を吹き飛ばされた反動でその狙いが外れ、代わりに右脇腹の肉を吹き飛ばした。腹部のほぼ半分となる肉を。 (まあ、私は射手などじゃなくて只の銃が扱える程度の一般人。 百発百中の弾を撃つより百分の壱でも当たる弾を百発撃ちませう) エナーシアがそのまま羽蘭の残った右手首を狙う。その驚くべき早打ちを、咄嗟に左腕を犠牲にすることで羽蘭は防いだ。これで彼女は左肩から先を全て失った。 それでも、その微笑みは消えない。それでも、その右腕は引き金を引く。 かちりと音がして、瞬間、凄絶な弾幕がリベリスタたちを襲った。リベリスタだけでなく、羽蘭の前にある全てのものがその魔弾の雨を浴びた。 刹那の閃光。 「……あは、やったよ、お姉ちゃん」 こふ、と漏れる血は彼女の服を濡らした。上から下から、全身血塗れ。 それでもまだ死にはしない。羽蘭は見えない腕を強くイメージする。まだ大丈夫……。 ずどんと。 異様な音が遊園地に響いた。羽蘭も思わず瞬いた。 瞬こうとして、違和感に気が付いた。 左側の視界が、欠如している。 「威力だけが取り柄だと思っていたら酷い目に遭いますよ」 遠くに聞こえる、無感情な声。今さっき、自分の左顔面を貫いた精緻なる魔弾。 目の前には蒼い妖精。マスケット銃を構えた碧い妖精。 「跪きなさい」 周りが何となしに五月蠅い。姉の声が聴こえるような気がするが、酷い耳鳴りがして、羽蘭にはその青い妖精の言葉だけが妙にはっきりと耳に残った。 「―――撃ち抜いてあげる」 額から血を流したその妖精の口元は歪んでいた。その顔は血に塗れてもやはり凛々しい。 それは、パレードの中心で踊る黒銀の零距離射撃。 羽蘭の攻撃は、しかし、リベリスタ側に大きな被害を残した。 これまでの多数体少数の戦いで消耗された体力、そこに来ての追い打ちに、彼女の射程内に居たリベリスタ、そして長射程距離を有する者を庇ったリベリスタの多くは膝を地に付けざるを得なかった。 「こういう時、気の利いた言葉の一つでも言えれば良いんですが……。生憎、持ち合わせが無くてですね」 射撃手ながら前衛を担った仲間の多くは激しい傷を負い、あるものは倒れた。同情するその代わりに、自分に出来る事なら容易く思いついた。 杏樹が応戦している、観覧車へと。 ● 次第に忘却は進んでいく。盛者必衰の断りは本来の色を取り戻して、静けさで染め上げていく。 黄金色の壁だけは未だ顕在する。 正真正銘、撃ち合いと撃ち合い。観覧車を軽やかに移動していく楓蘭の聖弾が杏樹を掠めていけば、杏樹もその魔銃から正確無比な弾丸を撃ちこんでいく。 だん、だん、だんと。杏樹とは別方向から、また銃声が響く。血塗れの福松がリボルバーで応戦しながら、モニカがとことこと近づいてきた。 上方。黒い雲に覆われたその空の一番近く。寂れた遊具頂上に佇む、青髪の少女。 どちらが先に当てるか―――。 無言のまま、一発と一発。 「引き金を引くって事は、自分もまた撃たれる位置にいるって事です」 「―――」 細い長いロングバレルと、物々しい重火器。その口から吐き出された、一対の弾丸。 発射音は同時に、ゆっくりと邂逅。すれ違って、別離。 互い三十メートルの長射程。凡そゼロコンマゼロ六秒の刹那的な永遠。 サジタリウスの聖弾と、射手座殺しの死神の魔弾。 モニカの体躯が後ろへと弾かれたのを確認して、杏樹の跳躍。 「……防御無視が無効だろうと、威力で破れれば問題ありませんよ」 ぽかんと口をあけた少女。倒れたのはあっちで、立っているのはこっちなのに、 だってそれは過去最高の撃ち合いで、 「とっておきの魔弾を見せてやる」 やはり、―――最低な撃ち合いで。 一発の銃声。杏樹の特殊銃弾に撃ち抜かれた楓蘭は羽のように観覧車から落ちて、 「百舌の早贄なんてどう?」 最後に視たのは、深紅と漆黒の双剣。 はらりと撒かれた黄金色の結界<えきたい>。 悪趣味なテーマパークは元通り静まり返り、 晴天の下、血染めの廃園が美しく煌めいた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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