●曰く「世界は在るべき姿に還るべし」 「世界はノイズに塗れているわ。ねえ私達」 「人間は増え過ぎ、星は悲鳴を上げているわね。ねえ私達」 「そもどうして、人だけが特別に護られないといけないのかしら? ねえ私達」 「答えは本当に簡単。人類と言う存在はそれだけで既に、世界にとっての異物だから」 東北地方のさる小都市。その中枢駅から凡そ2駅。 余り人通りの多く無い駅前の噴水の前に、その少女達と、その女は居た。 「人は原初、自然の一部だったのにね。ねえ私達」 「なのに在るがままを逸脱し繁殖し、遂に同族同士で貶めあうわね。ねえ私達」 「こんな生き物正しいとは言えない。なのに護る意味は何処にあるのかしら? ねえ私達」 「答えはどこまでも単純。適者生存を失った生物に、価値何て有る筈無いんですよね」 噴水縁に座り込む少女。ベンチに腰掛ける少女。立って周囲を見回す少女。 3人は皆同じセピア色のドレスに身を包み、明らかに周囲の風景から浮いている。 「人は、もうとっくにに分岐点に辿り着いているのですよ」 その中央に立つのは灰色髪の女。衣装は少女らのドレスに良く似たローブ。 すらりと佇むその様は、どこまでもどこまでも幻想的な程に儚げだ。 「このまま何もせず滅ぶか」 「それとも自らの手で未来を掴むか」 「生きるか、死ぬか。絶望するか、立ち上がるか」 「「「それを見て見ぬするのは、本当に本当に滑稽ね、私達」」」 声を揃えて微笑む少女達は、見れば分かる異国の風貌。 少し見ればその風貌は神が造形美を尽くした様に、非常に整って居る事が分かる。 けれどそれ故に、どれ一人とっても決して似てはいない。 それなのに、その表情は。中央に佇む灰色の女まで含めまるでそっくりだった。 全く同じ微笑を。全く同じタイミングで、揃って浮かべる様は異様ですら有った。 「このままの世界を続けていけば、いずれ望まずして人の世は終わるわね。私達」 「けれど、それは同時にこの世界の終わりでもある。そうよね私達」 「放って何ておけない、愛する世界の為に。ねえ私達」 「ええ、世界は救われなくてはならない」 少女らこそは魔女宗・人形学会(カヴン・ピグマリオ) 女こそは人形遣い(ドールマスター)ティエラ・オイレンシュピーゲル。 今だかつて、それ単独で観測された事の無い女達が姦しく己が人間論を語り合う。 一見しただけなら、華やかな光景だと言っても良かったろう。 それを遠回りに見守る人々は、余りに危機感が足りないと言わざるを得なかったろうが。 けれど、それも仕方の無い事。神秘は秘匿される物。 彼らはまるで知らなかった。世界には“悪意”が在るのだと。 「救済を始めましょう」 「在るべき者を、立ち上がる者を在るべき姿へ」 「去るべき者達を、その尽くを去るべき場所へ」 「間引きを、整理を、浄化を、分別を、世界に無菌室の秩序を」 少女ら3人が懐から取り出した糸巻き。そこから糸が放たれる。人には見えない人形の操り糸が。 そして中央に座す女の掌から、少女ら3人と比しても倍する、より多くの繰り糸が。 「さあさ絶望を始めましょう私達。天の上に天の下に学びの嚆矢を投げ問い掛けましょう。 真実は此処に――魔女宗・人形学会(カヴン・ピグマリオ)は世界を学問する』 ●人形遣いと人形達 「皆、集まってる?」 焦燥の色を強く滲ませる『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001) その声が意味するところは明快だ。状況は酷く切迫し、そして悪化の一途を辿っている。 「ごめん、急ぎで連絡が取れたのがこれだけだった」 場に集められた人数は6名。普段のチームより2人少ない。 そしてブリーフィングルームのモニターに映し出されたのは数を頼らねば厳しい相手。 灰色髪の魔女『人形遣い』及びにその下部組織『人形学会』 どちらも、本来ならそれぞれ相手に1チームを編成するべき強力なフィクサードだ。 だが、倫敦事変、裏野部の対応、そして同時期同地区で発生するテロ活動。 それらへの対応に手を割かれたアークはその実動戦力を著しく割かれていた。 その上件のフィクサードらはまるで万華鏡の神秘探査の隙間を縫う様に活動を開始した。 フォーチュナらもこの所次々ドミノ式に発生する危険度の高い案件で疲弊している。 そこを、突かれた。直ぐにでも動かないと対処に十分な時間が取れない。 「皆には、この4人を止めて貰わないといけない」 カレイドシステムの扱いに誰より慣れたイヴが、偶々動けたのは幸運だった。 モニター内のフィクサード4人は、これより目に付いた一般人を 片っ端から“人形”にしつつ2つ隣の駅まで移動するのだと言う。 そして2つ隣の駅では――今正に『千貌』トートによるテロ活動が始まろうとしている。 これらが合流したとしたら、致命的だ。神秘秘匿の面での悪影響は計り知れない。 場合によっては、神秘世界に於ける日本と言う国の立ち位置すらが悪化する。 「一応、援軍の用意もしてある。でも、戦力としては当てに出来ない」 アーク所属のリベリスタ。中でも経験的に乏しい者達。 彼らをも投下する体制を現在イヴ主動で構築中だ。数だけなら、多少何とかなるだろう。 「『人形遣い』と真っ向から勝負出来る機会何て稀有。多分私達は大分侮られてる。 本当は、彼女を討伐するチャンスかもしれない。でも、今は……」 今は神秘秘匿の方が大切だと、アークの立場からすれば言わざるを得ない。 余裕があれば、と。そんな言葉を許さないほどに敵は凶悪だ。 革醒者を操る。黄泉ヶ辻の首領にも近しい技巧の前には、並のリベリスタでは歯が立たない。 余裕が生まれる余地など無い。場合によっては命を賭ける必要すら出てくるだろう。 「万が一突破された時、電車を止められるのは5分が限界」 5分。戦闘中なら30手番。戦闘中であればそれは永遠にも等しい。 だが、車両内には幾らでもの一般人が居るだろう事を考えれば、それは―― 「絶対に、『千貌』と合流させちゃ駄目。その為なら、有る程度の犠牲は眼を瞑る」 操られ、人形遣いらを庇う一般人を殺せない、では話にならない。 それをはっきりと口にして、イヴはリベリスタ達を順繰りに見遣る。 「今年を無事に越せるかは、皆に掛かってる」 奇しくも、或いは誰かに仕組まれたとおりに。事件が起こるのは12月24日。 万華鏡の姫に背を押され血塗れの人形劇が幕を開く。 聖夜に浮かぶ宵の月は――きっと、血の様に赤い事だろう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月01日(水)23:08 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●人形と人間 「楽しそうだな、優越感で」 降った声。『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)のそれと共に風が吹いた。 一迅。誰よりも速く、駅から階下へ降りるのすら煩わしいとでも言う様に壁を大地に走り抜ける。 それは少女の様にも見え、それは青年の様にも見えた。 そしてそれは間違えようも無く――一匹の餓えた獣だった。 「全く、気持ち悪い」 かつて対峙した“道化師”が確か似た様な事を口にしていたか。 けれど彼には確かに何かが有った。青臭いとも人間臭いとも言える燻った何か。 『Type:Fafnir』紅涙・いりす(BNE004136)の食欲をそそる“熱”が有った。 似通った論理。映した様な理想。けれど眼前の相手にはそれが無い。 すん、と鼻を鳴らすも猟犬の嗅覚は何も告げない。“人間らしい香りがまるでしない” 「共感するモノがないではないが。お前らが『人間』を騙るな」 「ふふっ、あらあら」 魔女へ抜けるルートに『人形学会』の姿は無い。初手、最速の一手番だからこその奇襲。 けれど、“状況を整え待ち構える側”であった人形遣いもまた、その為の仕込みは済ませている。 振り抜かれる血と鉄。両の手から光速の剣戟に、如何にも私服の男性が割り込む。 けれどそこでいりすの手は止まらない。剣戟一閃、人がただの血袋(モノ)に変じて爆ぜる。 返り血を諸に被ったティエラが、それを目の当たりにして笑いを浮かべる。無機質に。 「それでは貴方は、自分が人間だとでも言う御心算なのでしょうか?」 振り抜いた手を引き戻す。いりすの動きは止まっていない。 そうだ、例え何人人の壁が立ち塞がろうと、“全部剥がせば必ず届く” 「いいや。小生はただの『人間失格』だよ」 2人目の一般人が血飛沫を上げて倒れ伏す。人形遣いの間近には、一般人はあと2人。 あと2つ。十分だ、予備枠はまだ7つもある。 「道化師、『人形遣い』とその弟子、そして『千貌』……救世劇団――全てそこに繋がる訳ですか」 呟くはいりすの後を追う『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511) 動線が立体を描くいりすに比して流石に一歩遅れたか、眼前には2つの遺体と赤く染まった魔女。 彼女は恐らく現状『劇団員』の全てと面識の有る数少ない存在だ。 だからこそ、彼女は“彼ら”のやり方を良く知っている。 その組織が確たる目的と勝算とを以って、組み立てる“劇”の最悪さを心底理解している。 ここで失態を演じれば、その禍根が何所まで響くかは計り知れない。 「ならば速攻勝負、一分一秒でも早く――!」 魔女の弟子達はまだ動けていない。リセリアの方が一歩、いや二歩速い。 振り抜いた「蒼銀」には不殺の神秘が宿っている。 切り裂かれ昏倒する一般人は、けれども死ぬ事だけは決して、無い。 「あら、吃驚する程強引。想定外ですね私達」 「偏った知識ばかり与えていれば学問も洗脳と同じ」 夜の帳を象った傘がゆらりと揺れ、冬の大気を割る様に冷えた声音がほつりと落ちる。 周囲を観察していた『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)の視界からは、 突然の惨劇に悲鳴を上げて逃げていく人々とまるで人形の様に動きを止めている人々。 その境界線が良く見える。距離にして各人から20m。そこから外は別世界だ。 人形の数は万華鏡の演算通り10名。いりすが斬った2人以外、各2人ずつが4人に張り付いている。 「魔女宗とは名ばかりのよく躾けられた“お人形達”ね」 そこまで確認して、けれど氷璃は瞳を細める。 彼女と『銀弾』が危惧した“正体不明の何か”の姿は無い様に見える。。 そして少なくとも次の電車が来るまでは、これ以上血塗れの駅前に人が増える事は無い。 狙い通りか、最初に犠牲を出す事によって稼いだ空白。その意義は、大きい。 「あのお人形も貴女の作品かしら?」 それは、些細な鎌掛けの筈だった。 「ええ、分かりました? 中々の出来でしょう、あの“キマイラ”は」 けれど予期せぬ人形遣いの言葉に、氷璃が思いがけぬ収穫を得る。 E・ゴーレムとも一般人とも取れぬ存在。そう、確かにその可能性は有った。 人形遣いは『六道』であり、そして人形を造る者でも在るならば―― あの認識阻害能力は、人形(ゴーレム)と人間の重複存在(キマイラ)だからこそか。 「やれやれ面倒だ」 そんな思索に被さるのは、氷璃にも近く冷え切った、一方で酷く情感の乏しい声。 助けられぬ者、助けられる者、何がそれらを分けるのかなど知った事ではないけれど。 ユーヌからすれば中途半端に救える状況は面倒意外の何物でもない。 「下手に助けられそうな辺り質が悪い」 呪いと魔を祓う浄化の加護。放たれた光に体躯の自由を縛られた一般人が自由を取り戻す。 「通り魔よ。この一帯は危険だから早く逃げなさい」 間髪入れず氷璃が声を掛ける。唯一の誤算は、凡そ半数が足が竦み動けなくなったと言う所か。 止む無し。引っ張ってでも連れ出さないと、と氷璃が動くに合わせる様に。 駅の階段から翻る黒と白のシスター服。その真逆からは赤い槍を携えた紺色の袈裟。 「覚えてないだろうけど、一年前は素敵な演出をどうもだ。人形遣い」 「例え楽土は遠くとも、これ以上地獄にゃさせねえよ」 階段を跳び下りたのは『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062) そして続く『てるてる坊主』 焦燥院 “Buddha” フツ(BNE001054) ユーヌと杏樹が人形学会の1人へそれぞれ立ち塞がり、フツがユーヌを庇う様に立つと、 まるで舞台は整ったと言うかの様に、打たれた拍手は正確に4度。 この瞬間まで彼女らは過不足無く、紛れも無くこの戦場を掌握していた。 こうとも言い換えられるだろう。この時点までは、まだ笑っていられたのだと。 ●人形と人形遣い 気糸が閃く。ただそれだけで戦況は一気に悪化する。 その光景をリセリアも、フツも、ユーヌも、人形遣いの弟子達に既に十分見せられて来た。 けれど灰色の魔女はその技巧を、精度を、もう一回り上回る。 「ようこそ私達の『人形劇』へ」 袖に隠れた掌より放たれた操り糸は文字通り、糸の檻の如く無数。 それぞれがいりす、リセリア、ユーヌ、杏樹、氷璃を正確に射線に捉えている。 それが『人形遣い』特有の神秘。生ける人を人形へ変える『繰殻惨昧』。 そうだと思っていた。それに対して誰もが備えていた。少なくとも、これまでは。 しかしこれもまた、氷璃がこの場に居た事で別の進展を見せる。 彼女の『魔術に関する知識』はその推論に明確にNoを突き付ける。 人形遣いの放つ気糸の檻。その術式を要約するならば、 “複数対象を呪縛する事にのみに特化した超高精度のトラップネスト”である。 (そう、こっちが『シンデレラケージ』だったのね) 其処まで解し、しかし気糸も使えず素地となる神秘と一切関連が無い氷璃が写し取るには、 今は荷が重い事も悟る。未解の神秘にも系譜は有る。前提が足りない、と言った所か。 そして同様に気糸の檻に捕えられた杏樹もまた、違和感を確信に変える。 おかしいとは思っていた。人形学会の人形繰りが人形遣いの劣化コピーであるなら、 一体“人形遣いはいつ状態異常を付与していたのか” (人形遣い……二重行動(ダブルアクション)活性者なのか) そして同時に理解する。生半可な回避能力ではこれを避ける事は叶わない事も。 高回避、高速度、或いは超遠距離からの狙撃。対策は幾つか浮かぶ。 けれど高水準の汎用性を誇る杏樹と、 その能力を命中ともう一つだけに絞ったティエラの相性は、1対1に限れば最悪に近い。 「……あら」 しかし言うなれば、今回は以前とは異なる点が幾つもあった。 「小生は無傷。そっちは?」 「大丈夫です、問題有りません」 1つに、彼らとて何時までも弱いままではない。 リベリスタらと人形遣いの力量差は、はっきりと縮まっていた。 特に回避に優れるリセリアといりすは、その気糸の網を間一髪掠めるに留める。 幸運の後押しこそあれ、以前であればこれが2度続くなどまず考えられない事だ。 秘匿性を重視するが故、時間の檻(シンデレラケージ)は縛り得ぬ者へ如何な痛痒も与えない。 「――すまない、助かった」 「なァに。お互い様だ」 そして2つに、絶対に邪魔はさせないとばかりに立ち塞がったフツが、 ユーヌへ向けられた気糸を肩代わりした事だ。 短期戦での決着に絞るなら、そして彼らの編成であれば、その決断は1つの最適解である。 「それなら、私達が!」 そして続く人形学会の動きは奇しくも、彼女らが初手を見に注いでいた事が大きく災う。 『人形学会』はその宿す神秘の性質から待ち構える形での戦いを好む。 それぞれが異なる種類の“状態異常無効”の神秘を宿し、誰がどう動くかを見極めてから動き出す。 故に庇われてしまえば手が出ない。フィクサードである以上傾向が有り、対策も有る。 全身から放たれた気糸がユーヌを除く5人を多少なりと傷付け、 戦闘態勢を崩す痛撃がフツの体躯に放たれ、直進する極細の気糸が守りを迂回し突き刺さろうと。 威力こそ一線を越えてはいても致命打には程遠い。フツの余力を考えれば、未だ保つ。 ならば稼がれた時間は殺し合うには十分過ぎよう。 「先日の借り、とは言いませんが」 振り抜くセインディールが『人形学会』の少女のドレスと、その体躯を斬り裂く。 手応えが軽い。確かにダメージを与えているにも関わらず。まるで――血が流れて無いかの様に。 「っ、乱暴者! ここは学問の場ですよ!」 どんな訓練を積もうと、人は痛みに顔を顰める位はする。リセリアだってそうだ。 にも拘らず、学会員はまるで平然だ。その異様に以前アーク内で耳にした噂話を思い出す。 (――身体が無い、でしたか) しかし、余所事を考えられたのはそこまでだ。 「――っ」 操られた氷璃が動く。指先が手繰る氷の呪矢。 彼女の銘に相応しい白く輝く一矢がフツの体躯に突き刺さる。 相手の意図はここまで来れば明白だ。“癒し手”であるユーヌ。それを庇うフツを落とす。 「さて、そんなにノイズが嫌なら良い場所を紹介しよう」 それは逆説こうとも言える。今、場のアドバンテージはリベリスタ達が握っているのだと。 淡々と言葉を紡いだユーヌが浄化の光を放つ。影人による手駒を繰るに時間がまるで無い。 「賽の河原でのんびりと、バカンスを楽しみに消え失せろ」 けれど刻一刻と変化する戦場を、優位のまま支えているのは彼女の力だ。 漸く自由を取り戻した杏樹が、ブロックしていた学会員から距離を取る。 「好き勝手に操らせてたまるか。ここで喰い止める」 そう、彼女もまた対人形遣いに絞るのであればその手には確かな武器が有った。 後衛の維持を重視するが故初手をブロックに割いてしまったが、 本来は“気糸の射程圏外から仕留める”のが杏樹にとっての適解だ。 随分と手に馴染んだ黒兎の魔銃が翻る。技巧的戦闘は彼女の土俵。 射線を合わせ引き金を引くまでが流れる様に行われる。 「あっ」 途切れた声、絶つ銃声、針穴を通す精密射撃に気付くのが遅れたか。 学会員の1人が取り出そうとした糸巻きを撃たれ取り落としたか。 その瞬間、かくりと学会員が膝を折る。それはとても、見て分かる程奇妙な動きだった。 (……? 何だ、今の) けれどその瞬間を見ていたのは攻撃を担った杏樹だけだ。 そう、それはまるで―― ●人形遣いの人間論 「これは、駄目みたいですね」 思索が解に到るより前に、人形遣いが肩を竦めて声を上げる。 援軍は、まだ来ない。いや、元より彼らの戦術からして“そう言う物”だ。 数と言うリソースを切り捨てる代わりに得た物は、リベリスタ側から攻め立てる権利。 それを彼らは十全に使い戦いを優位に運んで来た。それ故に、到る結論もまた早い。 「正直甘く見ていました。私の200年を、貴方達はたったの数年で埋めてしまうんですね」 「ええ。貴女には、きっと分からないでしょうね」 独白の様なティエラの言葉に、氷璃が返す。 運命に抗う人々を愛する魔女と、運命を司る世界を愛する魔女。2人は絶対に相容れない。 「分からないですね、ええ、分からないですよ。人間何て大嫌い。 貴方達はいつだって我が物顔で自分達以外を迫害し差別する。 自分と関係の無い存在を道具だとしか見ていない。違いますか? 違わないでしょう」 饒舌に語る傍ら、人形遣いが動く。対するいりすが身構える。何が来ても動ける様に―― けれど繊手が体躯に触れたと思った瞬間、世界が反転していた。 「っ」 叩き込まれた魔力は余りに膨大だ。確かに事前に聞いていた。 エース3名に相当すると言う『人形遣い』の力量は。けれど、実の所。 誰も人形遣いの“攻撃”をまともに受けた者など今まで一人も居なかった。 支配者の時間は回避に優れるいりすを以って、運命を削る一撃をここに現界させる。 「おい、火力特化、だったのかよ……」 度重なる人形学会の攻撃を受け血塗れのフツに向け、更に人形遣いが進み出る。 「切り札は隠す物だと、歪夜の皆さんに聞きませんでしたか?」 重ねてもう一打。 特大の神秘を込めたルーラータイムに、遂にユーヌを庇い続けたフツが膝を折る。 (――おかしい) 相手がフィクサードである限り、成長法則と言うのはリベリスタと同じだ。 何かに特化すれば何かが不足する。根本的な基礎能力が高くてもその原則は変わらない。 ティエラの神秘的攻撃力、命中精度はとても高い。速度も低くは無い。が――であれば。 不足している筈なのだ、“何か”が。 (攻撃にこれだけ力を割いて……なら、それ以外は?) あくまで仮説。だが、今前衛として動けるのはリセリアだけだ。 抑えていた学会員を放り出し、剣を握り直す。呼気一拍――踏み込みは僅か、剣戟距離。 「『ドールマスター』……その言葉の意味、確かめさせていただきます」 光芒を帯びて蒼銀が奏でられる。纏ったローブを刃が貫き、先へ。更に、先へ。 「……だから私達は、貴方達にも知って貰おうと思っただけの事よ」 「意志持つ者が道具にされる事がどれ程苦痛か」 「尊厳在る者が使役されるだけに成り下がる事がどれ程の憎悪か」 「痛みを知らぬ者に痛みを。不運を知らぬ者に不運を。照らしてあげるのよ、学問の光の下に」 唱和する、声。人形学会と人形遣い。4名が其々に同時に声を上げる。 壊れたラジオの様に。混線した電話の様に。空っぽの蓄音機の様に。 「―――え」 リセリアの剣に、手応えは無かった。空っぽだった。その“人形”は“人の剥製”だった。 けれど、剣の先に何かが引っ掛かる。何かに弾かれた。ローブの下で薄ぼんやりと光る物。 それは。 「糸?」 それは、脊椎に張り付いた一本の糸。その銘を、彼女は既に知っていた。 人形学会の面々が携える物と同じ――いや恐らくは本体の“魔女の繰り糸(ドールマスター)” 「見ましたね」 ぞくりと、先に倍する殺気がリセリアへ向けられる。 見ていた。人形学会の3人が、じっと彼女の一挙手一動を。硝子玉の瞳で笑みを浮かべながら。 「ないと」 「は、壊さないと」 「出来損ないは、壊さないと」 「人形の出来損ないは、壊さな――――」 フツは倒れリセリアも動けない。ユーヌが浄化の神秘を止めれば氷璃がケージに捕えられる。 杏樹は距離を詰める訳にはいかない。“壊される”と言う語彙が現実味を以って迫る。 けれど。 「やかましい」 けれどそんな物、関係無いと、餓えた竜は牙を剥いて斬り捨てる。 なるほど道理だ。人形であるなら熱など感じられる筈も無い。とんだゲテモノだ。 だが、だからと言ってここで倒れていてやる程いりすは親切ではない。 元より惜しむモノなど何もない。いりすにできるのは食い殺す事だけだ。 血が足りない。命が足りない。力が足りない。足りない足りない足りない。 けれど高々人形一体噛み殺すのに、一体どれほどの力が必要だと言うのか。 「――そんな貴方、確かに」 右手に鋼、左手に血。一瞬動ければ、それで十分だ。 膝よ折れろ。指よ砕けろ。魂も祝福もくれてやる。弱さを殺せ。諦観を殺せ。怠惰を殺せ。 届け届け届け。腕が上がるならば、後は重力のままに突き立てれば――良い、だけ、 ――――だ。 「確かに……壊した、筈じゃ」 運命? 歪曲? 祝福の加護? いいや、そんな物であって溜まる物か。 立てた牙は命の刃。惜しむ事無きいりすの中のほんのちっぽけなプライドだ。 振り下ろした切っ先は、魔女を庇った学会員の頭部に突き刺さっていた。 誰がどう見ても致命傷だ。そして、彼女らが――人形学会と言う物が“そういう物”であるならば。 「時に、君は“本物”か?」 「――――」 絶句と共に、頭を振る。まるで、理解出来ない物を目の当たりにした様に。 それはとても“人間じみていて”いりすは血を吐きながら口元を歪めた。 「……――退きます、支援なさい」 それこそが、アークが灰色髪の魔女から明確に勝利をもぎ取った瞬間である。 退く人形学会を追撃し、絡め取った学会員は計2名。消費した時間は実に2分30秒。 月は赤く染まる事無く深夜の帳が落ちる頃、駅前は既に元の喧騒を取り戻していたと言う。 聖夜は静かに、今宵も街へとやって来る。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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