●黒い波 「……E・ビーストの子供をを生産するE・ビースト。 識別名『クイーン』って言うのが、以前居たのね」 モニター前へと集められたリベリスタ達に状況を説明するのは、アークの誇る万華鏡の申し子。 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)である。 昨今珍しくも無くなった光景。けれどこの日、行われたブリーフィングは、今までとは少し趣が異なる。 と言うのも、集められたリベリスタ達の数が、多いのである。 「討伐不可の報告を受けて、別個討伐部隊を出したんだけど…… 巣はね、焼き払ったの。でも、どうも生き延びてたみたい」 淡々と、殊更に噛んで含める様に告げるイヴの額に一筋、汗が流れる。 良く見れば、顔も青白い。彼女が何を見て、どうしてそうなったのか。 それはこの時点ではまだ分からない。けれど、勘の良いリベリスタ達は何となく悟る。 緊急事態である。それも、特一級の。 「良く、見ててね」 言ったイヴがモニターを操作する。そこに映っていた物は―― 恐らく、地獄と呼ぶべき、それだった。 その数分前まで人であった物が、喰い千切られる。 街灯が倒れ、街中で悲鳴が上がる。老若男女の垣根を越えて人と言う人が黒い影に組み付かれている。 蟻だ。人の身長程もある巨大な蟻が人に噛み付き引き裂き部品へと代えては持ち去って行く。 アスファルトには噛み砕かれた無数の車、中身は果たしてどうなったのか考えるまでも無い。 駅には人が殺到する。けれどその多くは空から飛来した羽蟻に連れ去られ、 或いは一際大きな銀色の蟻に蹴散らされ肉片へと分解されて行く。 彼方此方から非業の断末魔が響き渡る。体躯の半分を潰され地面を這いずった少年が、潰され融ける。 この瞬間、世界の支配者は人間ではなかった。この街の、全ての命は餌へと成り果てた。 見渡す限りの蟻の群れ。数え切れない物と言うのは、無数ではなく無限である。 黒い波に覆われたその街は、僅か二時間で静寂を取り戻す。 全てを蝕まれ、あらゆる物を捻じ伏せられ、何もかもを奪われて。 隣人は死に、友人は死に、親族は死に、己すらも死に、そして異形の蟻達のみが君臨する。 其処には尊厳も無ければ摂理も無い、奇蹟すら起こらない。 一条の光明すら射さない、それは運命の祝福無き当然の、結末。 「万華鏡が予知したこの光景。今から正確に1週間後」 ――絶句、する。告げたイヴからして、その映像を見るのは何度目か。 最悪を、映像化するとこれほどまでに醜悪な物が出来上がるのかと言う成果物。 まるでB級ホラーである。規模が圧倒的過ぎて感覚が付いていかない。 けれど、これまで様々な事件を見て来たイヴをしてすら心胆寒からしめる映像。 ただの映像だけでそれを為すと言うのは唯事では、ない。 「このままだとこの街は、地図上から消滅する。だから――」 消滅。それは、かつてのナイトメアダウンを彷彿とさせる単語。 淡々としているからこそ、イヴの込めた想いは大きい。 こんな事件を覆す為に、アークは、万華鏡は、彼女は在るのだ。 運命をすら覆し支配してみせるとかつての惨劇にそう誓った。であれば―― 「私達が、止めるよ」 答えなんか、最初から決まっている。 ●二ノ陣 「皆は、二本目の矢」 スケッチブックにクレヨンで書いた矢を見せて、イヴが言う。 一本目、三本目とは微妙に違うらしいが、一見しただけでは分かり難い。 「敵は今回も地下に篭ってる。蟻をモチーフにしてるからかな、習性が似通ってるみたい」 小さく首を傾げていたものの、気を取り直しモニター画面を切り替える。 「廃棄された病院。階層は地上3階、地下2階の計5層。 『クイーン』は地下2階に居る。けど地上の3層には兵隊蟻がうじゃうじゃ」 何体居るかも分からない。恐らく100を切る事は先ず無いだろう。 「でも、地下1階から先には兵隊蟻はあんまり居ない。1階に比べれば全然。 代わりに、もっと危ないのが居るけど」 映し出されたのは赤い蟻だ。全体的なフォルムがスマートであり、身体には棘が生えている。 「識別名『クリムゾン』この蟻は、戦闘に特化してる」 戦闘力とは、究極的に突き詰めると基礎能力である。 スキル等に見られる爆発力は、格上を倒す際には大きな意味を持つ。 しかし、同格であるなら爆発力を持つ者より、総合力が高い者の方が遥かに組し難い。 「特別な能力は1つだけ。ただ、個体戦闘力はアーミーとは比べ物にならない。 単体でも、平均的なアークのリベリスタより強い」 地下2階には女王が居るらしい。となると、この赤い蟻はさしずめ女王の近衛兵か。 「この『クリムゾン』を主力とした群れを阻みながら、三の矢を地下2階に送り届ける。 その上で、最後の矢が女王に届くまで守りきる。それが、皆の仕事」 一の矢が倒れれば二の矢に、二の矢が倒れれば三の矢に、それぞれ負担が行く。 そして三の矢が折れた時、地獄は地上に顕現される。 非常にシンプルで、それでいて、非情なまでの無茶振りである。 「地下1階は敵の総数自体はそれほど多くない。でも単体戦力は他の比じゃない。 多分一番被害が出易いと思う。細かい所にくれぐれも気をつけて」 一の矢が早々に折れたりしない限りは、二の矢の本番は地下1階へ着いてから。 戦う相手は量の上に質を兼ね備える。繊細なバランス感覚が求められるだろう。 「どれが折れても大打撃。3本の矢は、3本揃って始めて意味を持つ」 けれど、折れはしない。折れる筈が無い。イヴの信頼は真っ直ぐにリベリスタ達へ向けられる。 「大変な戦いになると思う。でも――」 こくりと頷く。無粋はいらない。 「勝って、生きて帰って来て」 小さな勝利の女神は、最小限の言葉で彼らの背中を送り出す。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月29日(金)23:26 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●波濤の二 束ねし柱は二十と四。彼らこそが蝕みの波濤。 三矢連ねて波間を割り、最奥に秘されし核を射る。 背を友に預け、身を固め駆け抜け、血と血で濡らした手が後を押す。 倒れる仲間が拓いた道を、続く鏃が走りて抜ける。 なればそう、彼ら一人一人は死兵かと問う。答えは否。 例え幾度地に伏そうと、唯の一本とて矢は折れじ。 生き残る事こそが正しく勝利であると、誰もが皆知っている。 人と蟻との生存競争。希望を繋ぐ波濤の二。 これは死すべき者達の戦いではない。 ――生きる為の、戦争である。 ●白き雷光 女は不機嫌だった。 女にはやりたい事があった。例えば雑兵を纏めて薙ぎ払うだとか。 例えば一度敗戦を喫した仇を討つだとか。 しかし女はどちらの選択肢も奪われた。選ばれなかった。故に女は不機嫌だった。 だが女は幸運だった。彼女に与えられた仕事は中間層の踏破と維持。 ならばそう、上へだろうと、下へだろうと行けるのだ。眼前の敵全てを滅ぼしさえすれば。 「さあ、さっさと片付けて、やりたいことやりに行くわよ!」 故に、彼女は武器を手に取った。愛する楽器ではなく、殺す為の武器を。 さあ、反撃を、逆襲を、そしてやりたいことを始めよう。 「アタシの歌を――聞けぇ―――ッ!!」 『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)が奏でるは、文字通り痺れる様なヘビーメタルソング。 朧気な闇を切り裂いて、真白き雷光が迸る。 「ちょ、ちょ、杏姉ちゃんストップストップ! 飛ばし過ぎ!」 『狡猾リコリス』霧島 俊介(BNE000082)が余りのテンションの高さに引き攣る。 何でこの人こんなヤル気満々なの。 と言う以前にどうも自分が攻撃対象に選ばれていた気がするのが更に冷や汗物である。 とは言え此処は既に地下1階。敵の陣地のど真ん中。 寄って来ていた3匹のアーミーが身体に電撃を纏わせながら更に距離を詰めて来る。 既に戦端は開かれていた。そして彼らは護るべき三の矢の盾として展開している。 テンションの高低はともかくとして、遊んでいる猶予は無い。 「そんじゃま、プレゼントでも受け取れよ!」 気持ちを切り替え放つ閃光。聖なる光が放電する蟻を正確に打ち抜く。 其処に畳み掛ける様に―― 「\アリだー/」 『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018)が万歳しながら何か叫んでいる。 猶予は無い。筈であるが、様式美は大切である。 「蟻さんなんて大っきらい! いっくよー!」 改めて、『おじさま好きな少女』アリステア・ショーゼット(BNE000313)が、 更に光を投げ掛ける。3匹の動きが等しく見る間に緩慢になる様が、光源に照らされ見て取れる。 「桜ちゃんの投げナイフは、百発百中! だと良いなあって思ったりしてますよー!」 当然、リベリスタ達にその間を逃す理由は無い。 放たれたのは『きまぐれキャット』譲葉 桜(BNE002312)のスローイングダガー。 正確過ぎる綺麗に射抜かれたアーミーが、ぐしゃりと言う音と共に動きを止める。 一方その頃には滑り込む様に走り抜ける2つの影。1つは件のりりすである。 「守ってる相手を削る何てつまらない。僕と戦って死ぬなら、潔く死んでくれよ」 滑り込む様に踏み入っては弱点を正確に射抜く幻影の業。 性別不詳、少女にすら見える風貌に反し、その一撃は至極鋭く。 「どうも。アークが誇るアイドルメイドです」 ガシャーン、ガシャーンと、鋼鉄の音を響かせながら豪快なアームキャノンを構えた少女。 『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)が 蜂の巣を突いた様な騒音と共に視界の蟻を言葉通りに薙ぎ払う。 開けた道を壁沿いに進む。しかしすぐさまやって来る第二波。 その多くの黒いシルエットの中に、複数の赤を見て取り、彼らの足が侵入後初めて止まる。 事前に聞いていた、E・ビースト識別名『クリムゾン』目の当たりにすると良く分かる。 それは禍々しいとさえ言える歪んだフォルムをしていた。身体中に生えた棘。 生物としてあるまじき赤黒い体表。そして必要以上に輝く真紅の眼。 あくまで“蟻”の域に在るアーミーやフェザーとは一線を画す、先鋭化された体躯。 戦いに慣れた彼らには分かる。それが素早く外敵を殺す為だけに特化した生き物であると。 「興味深いね。羨ましくは無いけど」 『鷹の眼光』ウルザ・イース(BNE002218)が吐き捨てる様に口にする。 が、これは当然である。人間とは無駄を好む生き物だ。 生きる事ではなく殺す事に特化した生き物を見て、良い感情を抱ける筈も無い。 「まあどちらにせよ、やる事は同じなんだけど」 言っては放つ神気閃光。リベリスタ達に於いて最も精密な射撃に長けるウルザが、 すぐさま動けたのは僥倖である。これで赤い蟻達の動きが止まれば戦いは随分と楽になる。 ――然り、正しく僥倖である。この瞬間のお陰で、彼らは致命的なミスを侵さずに済んだ。 「な、」 当たらない。走り込んで来たのはクリムゾンが4体。内1匹にたりと直撃しない。 3匹に光が掠めたか、多少のダメージは与えた様子ながら反応が早過ぎる。 光が降り注いだ頃には、赤い蟻達は既に目視し狙った場所には居なかった。 「冗談、だろ――!?」 戦慄が走る。俊介が上げた声はほぼ全員の総意。 ウルザの一撃が掠める程度であるなら、果たして誰がこんな物を相手に出来ると言うのか。 赤と黒の先遣隊が走り寄る。其処へ割り込んだのは『紅茶館店長』 鈴宮・慧架(BNE000666) 「ここは、通しませんよ!」 流水の構えから放たれる流麗な蹴りから風の刃が放たれる。 けれどそれを受け止めたのは黒い甲殻を持つ影。 庇われた、気付いた瞬間視線を周囲に巡らせる。良く見回せば光に照らされる真っ暗闇の向こう。 居る。確と確かめられる程近くは無いものの、白く浮かび上がる一際大きな影。 ジェネラル。アーミー達の動きを司る司令塔が、既に彼らの動きを制御している。 彼らの予期した未来に置ける、ミスはたったの1つである。 「きゃーっ!」 アリステアに四方の赤い蟻から鋭い棘が放たれる。小さな体躯が傷と血で汚れる。 背に三の矢を囲う為に展開したが故の負債。後衛を庇う者が、居ない。 「くそ、何だよ、何でこいつら――」 俊介が視線を巡らせ、相手の意図に気付く。 立ち塞がる、黒と赤。赤が攻め、黒が守る。動線をブロックする防衛の布陣。 そして圧し掛かる、足止めをされた場合の対応の欠如。 かつてそれに一人の少年が孤立させられた様に、蟻達はクイーンを守る為にのみ存在する。 リスクを恐れ、無傷で突破する事は余りに……難しい。 ●赤い壁 「このっ、ちょろちょろと!」 「全く、大した結束力ですね」 杏のボウガンから稲光が轟き、モニカのアームキャノンから弾幕が降り注ぐ。 じわじわと、距離を進めてはいる物の、その歩みは余りに遅い。 ジェネラルに支配された蟻達は非生物的な程に効率を重視して押し寄せて来る。 繰り返す電撃の網を赤い蟻はいっそ目を見張る程の頻度でかわし、一撃入れては距離を取る。 「クソっ、回避型なめんな! この野郎!」 クリムゾンの一撃を間一髪交わすもイラついたりりすが罵声を上げながら反撃を加える。 しかし振るった剣は掠る程度。赤い甲殻を削ぎ落としつつ、弱点を突ける域にはない。 おまけに近接攻撃に尖ったりりすはヒット&アウェイを用いるクリムゾンを、 追いかけなくては攻撃出来ない。自然と突出気味になっては気付いて戦列に戻る。 その迂遠さが更にイライラを加速する。 「戦闘に特化した蟻、前評判に偽り無しって事ですか……」 慧架もまた襲い来るクリムゾンの攻撃を受け止めていた。 耐久力に自信がある訳では決してない。しかし三の矢の被害を考えるとかわす訳には行かない。 ジレンマを抱えつつも放つ斬風脚は彼方の銀の大蟻を狙う。けれどアーミーがこれを庇う。 先ほどからこの繰り返しである。じりじりと、時間だけが過ぎていく。 「むむ、これは厳しそうですね……」 呟いた桜はと言えば、実の所、現状最もダメージを叩き出しているのは彼女であろう。 元々命中に長ける所をクリムゾンの動きが想定以上と知るや、 即集中を加える方向へ切り換えている。放ったダガーが正確にクリムゾンへ突き刺さる。 触覚を射抜かれた赤い蟻の動きが若干鈍り、それを見たウルザが追撃する。 「なら、もう一回!」 待機の上で放たれる神気閃光、白い閃光が漸くクリムゾンの一体を焼き払う。 だが――そう。これでは、死なない。神の光は、外敵すらも殺さない。 傷付き死に瀕したクリムゾンが大きく距離を取る。そして噛みつく。間近に控えたアーミーへと。 噛み付き、啜り、呑み下す。瞬く間に傷が癒えて行く。振り出しに戻る。 これによってアーミーが1匹減った事を喜ぶ声は無い。 当てる事が難しい敵を前が、当てる事が容易い敵を喰って再生する。喜べる筈も、無い。 彼らの後ろには未だ三の矢が居る。立ち直ったクリムゾンが戦線に戻る前に進むべきか。 否。それをすれば動きを止められた、ブロックされている前衛が取り残される。 結局の所近くの敵を払いながら徐々に、徐々に、進むしかない。 「こうしてる間にも一陣が……っ」 焦る。癒しの歌を奏でながらも、歯噛みせずにはいられない。 こうして手間取っている時間は全て一の矢が受ける負担の増加に繋がるのだ。 仲間を信じている。折れる筈が無いと。けれど、それとこれとは話が別だ。気持ちが焦れる。 「落ち着いて、俊介お兄ちゃん」 隣り合わせに癒しを施していたアリステアに声を掛けられ、歯を食い縛る。 敵と戦うのは怖いし、傷付くのも傷付かれるのも嫌いだ。 けれど、役割を果たせないのはもっと怖い。心の奥の弱い自分を飲み下し、周囲を見る。 「何よすけしゅん、こっち見んな!」 偶々視線が合いがーっと吼える杏に、 「余所見をしている暇が有るとは、流石に余裕ですか、羨ましい」 しれっと毒を吐くモニカが反応を返す。 本来は後衛である彼女らも、身体を血で濡らしながら必死で戦っている。 けれどそれはあくまで、自分らしく。混乱に飲まれては、勝てない。 焦りを臓腑に落とし込む。自分で自分の頬を叩く。癒し手はクールに、クレバーに。 「どんな大きい蟻でも蟻は蟻、ですよ」 かかった桜の声に、落ち着きを取り戻す。そして一歩。今は一歩ずつ。 「お前ら皆、目一杯やれよ! 俺が癒すから――紡ぐから、勝利の歌を!」 それを聞いてりりすが笑う。文字通りに鮫の様に笑う。回復量を懸念していた彼が吹っ切れる。 そもそも自分は、そんなシステマティックな人間ではない。柄じゃ無かったのだと。 「何を勘違いしてたんだろうね、僕は」 「ん? 何が」 隣で聞いたウルザが怪訝そうに首を傾げる。その間も、閃光による攻撃は止まらない。 りりすもまた、組み付かれていた赤い蟻を振り払ったばかり。腕には痛々しい噛み跡と流血が残る。 「こんなのは、僕の『敵』じゃない。『敵』と認める価値も無い」 倒れても、立ち上がる者が美しい。それは自分にだって当てはまる筈だ。 「覚悟も無い、信念も無い、潔さも絢爛さも無縁な僕だけどね」 一歩踏み出す。また一歩。避けて殺す。シンプルさこそが本来の彼のスタイル。 「『敵』でも無い物に負けるのは、嫌だ」 瞬間、彼の姿がぶれた様に霞む。あたかもりりすが何人も居るかの様に。 切り込み、斬り捨てる。それは鮫の狩りをも彷彿として。 「同感。蟻に負けたら、鷹の眼何て名乗れなくなって来るよ」 一方のウルザには戦いがパズルに見える。彼は典型的な論理戦闘者だ。 同感と、言いはしても視界は刻一刻と変わり行く戦場を冷淡に見つめている。 であればこそ、既に気付いている。現状の攻め方は、間違っていない。 三の矢に負担を掛けない様にじりじり進む。それは達成されている。 結果として一の矢の負担がかかる事を度外視すれば、目的通り、階段へ辿り着ける。 であれば、焦りは文字通り足を引っ張るだけの意味しかない。 頭の中で戦い方を整理する。後は一の矢の粘り次第だ。地下の彼らに出来る事は、無い。 割り切れば一気に視界が開ける。急がなくて良い。けれど、確実に。 「確かに大した反応力だね。でも、これならどうだ!」 放った気糸の網が、クリムゾンの体躯を確かに縛り上げ、 「良い加減――燃え尽きなさい!」 動きが止まった赤い蟻の顔面へと、慧架の炎を纏った拳が叩き込まれる。 遂に、一匹。彼らに立ちはだかり続けた赤い壁の一角が、動きを止める。 「私たちも頑張るから、頑張ってね!」 「お前らちゃんと勝って帰って来いよ!」 そうして、16人が2階へ突入して後、実に5分弱もの激戦の末。 「勿論よ、その為に来たんだから」 「誰に物を言ってるんデス、余裕デスヨ」 言っては拳をぶつけ合い、三の矢は漸くに階下へ到る。癒し手2人に見送られながら。 彼らは駆ける、巣の最奥へ。余りにも長い戦いを他所に――けれどほぼ、無傷のままに。 ●黒き波は去りぬ 三の矢を送り届けて後、彼らに強いられたのは消耗戦である。 立ち塞がる赤い壁は数を増し、繰り返し繰り返し襲い来る。 「僕は、負けず嫌いでね」 前線に立ち続けたりりすが連続した赤い牙に切り刻まれ、血溜りに倒れる。 だが、倒れない。運命の祝福を消費してでも半ば意地で立ち上がる。 「終われません、まだ、先が有るんですから」 慧架が自身を森羅行で癒しながら、一度は崩れかかった戦線を立て直す。 余裕を持ちながら戦いたかった彼女をして、けれどこの戦いに余裕など有りはしない。 「その程度噛まれた位で倒れないで欲しい物です」 一方、同じ位噛まれた筈のモニカは持ち前の頑丈さで平然とアームキャノンを操る。 冗談の様な光景であるが、この頑丈さも含めて彼女の持ち味。心も身体も鉄壁である。 「絶対諦めない、皆、頑張って!」 そしてアリステアの澄んだ歌声が戦場に木霊する。傷付いては癒し、癒しては傷付く。 2人で交互に担当しても、前半の長期戦で癒し手の魔力は極端に枯渇している。 「桜ちゃん猫ですからね、」 けれど、常に慎重策を取り続けた桜がそれを引っ繰り返す。 集中し、狙いを付けては触覚へと投げるスローイングダガー。 百発百中とは行かないまでも、その命中精度自体は二の矢の中でもトップクラスを数える。 「哺乳類の端くれとして、昆虫に負ける訳にはいかないですよ……!」 これによって感覚の一部を遮断されたクリムゾンを、杏が、更に集中を加えた魔炎で焼き払う。 「遠慮なんかしないわよ、其処を、除け――!」 魔力が尽き始めたが為の方策。これが思わぬ、功を奏す。 燃え上がるクリムゾン。一度火が付いてしまえば、蟻達にこれを癒す術は無い。 そして元より赤い蟻達に耐久度はそれほど無いのである。 徐々に徐々に削られた、彼らの戦線が崩壊して行く。それは命を燃やす様な光景だった。 最後の突貫を試みる様に、残った蟻達が迫り来る。 「殲滅再開、そろそろ、終わりにしましょう」 これを迎え撃つは補充の完了したモニカ。果たして何度目かになる掃射を始める。 赤、黒、そして銀の大蟻をも射線に捉えての大掃討。 ここに来て、彼らを阻む壁は遂に崩れて落ちる。訪れたのは、振って沸いた様な静寂。 誰もが皆、呼気を溢す。精魂尽き果てた様に膝を付く。 余りに長い戦いは、彼らから余力と言う余力を奪い取った。 結局の所、最後の一手を押したのは杏とモニカによる圧倒的なまでの火力である。 しかしそれに到るまでの道を繋いだ前衛たるりりすと慧架。 クリムゾンを追い詰めた桜とウルザ。そして戦線を支え続けたと俊介とアリステア。 不恰好であれ、8人が互いに支えあっての勝利である事に、変わりは無い。 だが。 「……どーする」 「どうしましょうね」 「ちょっと帰りたい気もしますけど」 声を上げたのは杏。応えたのはモニカと桜。正直を言えば、もう終わらせたい。 これ以上蟻のシルエットを見るだけで吐きそうである。 けれど、彼女らにはやりたい事があった。付けたい格好が有った。 思いもかけず、彼らの誰もが同じ思いを胸に抱いてこの二の矢へ志願して来ていた。 であれば、答えは最初から決まっているのだ。例えどれほど苦しくても。辛くても。 地下一層を踏破した以上は。 「本当にもう、無茶ばっかりですよね、私達」 「だよね、そうなると思ってた」 ふわふわと、困った様に笑みながら慧架が血で汚れきった服の裾を叩き、ウルザが髪を掻く。 どうするもこうするも、無い。 「ここからが、本番だよな」 流血が大嫌いな吸血鬼が血塗れの戦地で苦笑いを浮かべ、鮫が剣を握り直す。 恐らくは、きっと自分達以上に苦戦しているだろう戦友達の元へ。 「浅ましく生き伸びて、華々しく――救おう」 二の矢はもう一度、放たれる。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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