● 『剣林最弱』大屋緑の朝は早い。 如雨露でさあさあと鉢にたっぷり水をかける。 ロゼッタ状にぎざぎざの葉を広げた中心からすっきりとした茎が頭をもたげようとしている。 「ふんふん、この花から怪しい黄色い花粉がでると――」 定点観察的に、朝の写真を撮る。 後は、夕方に撮って。 お年寄りから伝授してもらった通りに世話をしたら、すくすく育ってきた。 正確に言うと、余計な気を回していらんことを禁じられたのだが。 熊野のご老人の言うことには、緑は、植物を育てるには不向きな「火の手」なのだと言う。 「もしくは、刃の手じゃな」 「名実共に『削り鏨』 になっちまったなぁ」 「ほんとに『剣林最弱』 になっちまう前に、とっとと先を決めろ。な?」 先述の熊野老に住吉老と八幡老は、緑をせっつける数少ない存在だ。 「さて。困りましたねぇ……」 どうどうと、如雨露から水が注がれていく。 もし、その植物が底辺世界原産だったら、とっくに根腐れを起こしている。 ところが、幸か不幸か、その植物は一度根付けばこの上なく丈夫だった。 識別名を、『ダンデライオン・植物形態』 という。 ● 「――生えちゃった……っ!」 『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)は、聞き様によってはいやんな台詞を、手の中に顔を埋めながら言った。 「悪いんだけど、引っこ抜いてきてくれる? 植えた人が帰ってこない内に」 四門の顔色は紙のようだ。 「ちなみに、この依頼を受けると、この先すごぉく執念深く、地道にこつこつした人の不興を買う可能性があります。よく考えてね」 えいやっと気合を入れて、四門は資料を配り出した。 「とある貸し農園というか園芸スペースが作戦場所です。所有者は、大屋緑さんという女子高生です」 現実から目を背けたいのか、四門の情報は正確だが非常にあいまいだ。 どちらかというと、こういった方が通りがいい。 『剣林最弱』大屋緑。 過去数度、アークと接触を持ったフィクサード。 戦闘するとなると、非常に面倒な相手だ。 自他共に認める、『剣林』ラヴ。自分より無様な者が『剣林』を名乗ることを許さない。 新入りを試したり、『剣林』の名を汚したと判断した奴にヤキを入れに行く習性がある。 上層部は放置、というよりは、面白がっているのだろう。 緑もいなせないような輩は、剣林では必要ない。 緑自身がそう定義つけている。 それゆえ、自称は「最弱」だ。どれほど成長しようと、いつでも緑が「最弱」でなくてはならない。「剣林」は常に進歩しなくてはならない。 「第一関門」、「器用貧乏」、「十徳ナイフ」、「砥石」、「試金石」、「先任軍曹」、「ネメシス」、「懲罰係」 数々の異名を持つが、一番有名なのは、『削り鏨』 無様な者は、丁寧に痛めつけて『剣林』から放り出す。場合によっては、三途の川の向こうまで。 剣の林に生えてくる芽を見極め、剣とならぬと見るや容赦なく抜いて彼方に追いやる、厳然たる守人。 子供だから、妙に潔癖で融通が利かないし、大人の機微など読む気はない。 人は言う。 『あれが『最弱』なら、剣林は化け物しかいない」 然り。そうあれかし。 そして、女子高生らしく、無類のかわいい物好きなのだ。 この間は、かわいいという理由だけで、強暴なアザーバイド『ダンデライオン』の種を持って帰ってしまった。 ついにそれが芽吹いたというのだ。 「はい。10歳で剣林に入って、そろそろ16になりますが、まだ死んでません」 腕前、推して知るべし。 「皆さんには大屋さんの知らない内に『ダンデライオン』 を引っこ抜いてほしいと思うのですが」 そんなの、学校行ってる内に行けばいいんじゃ……。 「今から行くと確実に鉢合わせになるけど、そうしないとダンデライオンが動物形態になっちゃう」 万華鏡も万全ではない。 「『剣林最弱』の足止めとほっくり返しの二手に分かれて、ダンデライオンをほっくり返すのが基本方針になると思う。もちろん、全力で最弱をのして、ゆっくり掘るって手もあるけど、手間取ったら動物形態出てくるから。出てきたら、そっちも倒してね。逆に全力で堀りにかかって何とか終わらせるって手もあるけど、ダンデライオンは非常にでかいので、掘るのに時間が掛かります」 十株掘るのにかり出されたリベリスタは、曜日感覚を失ったという。 「根付いた胞子は草丈3メートル、円状に生えた歯の直径3メートル。根っこにいたっては最低10メートル。巨大たんぽぽもどきに成長し、根っこでは動物形態が育まれている――とあります」 同種を掘り返したときのデータを読み上げる四門。 「俺もそういうのが生えてるとお伝えします」 フォーチュナが裏づけしやがった。 「幸い、確認された株は1株です。が、このまま放置できません。すでに周囲の植生に影響が出てます。この農園の作物が枯れるのは時間の問題。増殖性革醒現象も怖いし、それ以上にダンデライオン(動物形態)がコンニチハしてくるまで時間がありません。この世界に適応するかどうかは未知数だけれど、すでに害悪。ひげ根の一本も残さないで掘り返すのがよし。と、イヴちゃんからそれはもう、念を押されました」 四門の目が暗い。一体どんな指導を受けたんだ。 「参加メンバーによってだいぶ方針が代わると思うので、どうするかは任せるから」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月27日(水)22:46 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 女の子が一生懸命育てた植物はアザーバイドだから、こっそり引っこ抜いてきてくれ。 女の子の名前は、『剣林最弱』大屋緑。 植物の名前は、「ダンデライオン・植物形態」 剣林のフォーチュナの適当な予知に導かれ、親から採取された種は、ほっときゃ育つ丈夫なものだったが、サボテンも枯らす緑にかかると、夏の日陰に植えられたり、いじられ過ぎたり、何かの呪いでことごとく枯れ果てた。 緑は、口うるさい年寄りの力を借りたりしながら、最後に残った一粒の種を見上げるばかりの巨大なタンポポに育てあげた。 特務機関・アークのリベリスタは、それをこれから掘り返し、文字通り根絶。 アークは、崩界の敵。 凶暴極まりないアザーバイド「ダンデライオン」を見逃すわけには行かないのだ。 ● 管理人が施錠して去っていくのを見届けてから、アークのリベリスタ達は仮初の翼で柵を越えて行く。 一輪車やリアカーを持って空を飛ぶのは天使じゃない。アークのリベリスタだ。 「なるほど、難しいお仕事だな」 鶴嘴と大きなスコップ。LEDランタンを掲げた『立ち塞がる学徒』白崎・晃(BNE003937)は、その区画に足を踏み入れるなり言った。 夕闇の中、更に濃い影を落とす巨大なそれ。 「植物形態は、初めて見るのだ」 異相だ。この世界の植物ではないのは 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は、高さ3メートルのタンポポを見上げた。根っこは10メートルあるという。三階建ての建物と一緒だ。 これからそれを掘り返すのだ。 「相変わらずこの物体は……驚異ですね」 『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)は、春にあった獣の次世代にうつろな笑みを浮かべた。 「立派に育ったのだ」 雷音は、緑と同級の少女なので、彼女の気持ちがわかる。 (ただ、植物に愛情を注いでいるだけだというのに。その愛情を受けたダンデライオンは幸せなのだろうと思うのに) それは他愛もなく、故に無邪気だ。 「愛情注いでたんだろうな……可愛いもの好きだもんなぁ」 『腐敗の王』羽柴 壱也(BNE002639)が呟いたのが耳に入って、雷音の眉毛が八の字になる。 主語はないが、言わずと知れた大屋緑のことである。 (緑との仲が険悪になったとしても世界の綻びは正さないといけない。ボクはリベリスタだ) そして、そのために彼女はともすれば曇りがちになる顔をマスクで覆い、手にスコップを取る。 雷音の目が潤んでいるのは花粉のせいではないことは、壱也にはわかる。 少女というにはきつい年になったが、まだ心を失ったわけではないので。 (ここまで頑張って育てたものを、他人に根こそぎ壊されるのってすごいひどいと思うけど。ダンデライオンじゃあね……そうも言ってられない) 人語を解さぬ、あるのは捕食本能の塊。 野に放たれれば大惨事の人食い生物だ。崩界云々はおいておいても看過は出来ない。 「タンポポみな掘り返すべし、慈悲は無い」 必要なものは皆リアカーに積んで引いてきた『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)は、にべもなく言い切った。 植物形態の恐ろしさも、動物形態の恐ろしさも骨身にしみているのだ。 (因果応報とは良く言ったもので、先方の気分を害す気が無くても自分の失敗は行動で取り返すしかないのである) 春先、ダンデライオンは種で増えることを緑に教えてしまったのは彩歌なのである。 五十代には、十代のかわいいに向けての暴走を事前に察知することはできなかったのだ。 「――いいや、根絶やしにしよう」 底辺世界から、ダンデライオンの根絶を。 これが最後の根っこ掘りになりますように。 エキスパート呼ばわりなど、真っ平だ。 「うん、割と今回は歩み寄りの余地のない仕事ねえ……やるしか、ないか。アレは色々と放置できないし。個人的にも」 『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)としてもダンデライオンは存在が許せないのだ。 一見すごくかわいいのに、実は凶暴な肉食で、移動に触手を使って、本当の口は背中にある、全然かわいくないダンデライオン。あざといところが許せない。 握りしめたこぶしは、決意の表れだ。 「大屋さんや安藤さんとあまり対立したくないんだけど」 『ニケー(勝利の翼齎す者)』内薙・智夫(BNE001581)は、植物形態を見上げてじっとりと汗をかく。 「うああ、植物形態がこんなに大きく……」 これは、私情を差し挟んでいる場合ではない。と、智夫は大きく息をついた。 「増殖性革醒現象を引き起こす訳にはいかないし……ゴメンね」 誰に向けてのゴメンねなのか、智夫にも定かではなかったけれど、そう言わずにはいられなかった。 後葉、智夫は目的のためにしか動かない。 ダンデライオンを抜いて始末する。 「剣林、大屋緑。正面衝突となると相応の被害は出てしまうだろう」 『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)は、以前一合打ち合った緑についてそう言う。 何をしてくるか分からないのだ。 覇界闘士らしいが、符も使えば回復詠唱もして、刀も使うのだ。 「そうなる前に此方の用事を早々に済ませねばならんか」 最善は、大屋緑が現れる前に、ダンデライオンを掘り返し、動物形態が覚醒する前にスコップでめったざしにして息の根を止め、引っこ抜いたタンポポをリアカーに積んですたこらさっさと退場することだ。 「一時間で……?」 彩歌とアンナと智夫が沈痛な顔をして首を横に振った。無理。 「でも、そのくらいの気概でやらなくちゃ、だよね」 智夫は請う。 これは、聖戦です。僕らが途中でくじけませんように、どうぞ力をお貸し下さい。 「さぁ、廻していくぜ」 晃は言う。 今度の堀りは、戦争だ。 ● じゃくじゃくじゃくじゃく。 夜闇にまぎれて、不安定な足場を鍛え抜かれた三半規管を駆使して飛び回るリベリスタは、いつでも農家に嫁もしくは婿にいける。 一番ダンデライオン掘りに慣れている彩歌が率先して掘り進める。 掘られた土はすぐさま一輪車に乗せられ、智夫が移動させていく。 「掘った穴を塞がれるなんて冗談じゃない」 せっせとつるはしで硬い土を破砕している晃が定期的に凶事払いを続ける。 「うっかり埋め直しとか発生しないようにしないとね。土は取り除くに限るのよ」 強結界を張り、煌々と発光するアンナの解説に、普段戦闘してばかりでそれ以外のエリューション排除活動――スコップなど握ったこともないリベリスタは、訳も分からぬまま半ば呆然と頷くしかない。 訓練されたリベリスタは、まさしく訓練されているのだ。 「経験者のアドバイスに従うのが、効率のよい作業の第一歩だよね」 花粉避けのため、口鼻を布で覆い、外気にさらさないようにした『Type:Fafnir』紅涙・いりす(BNE004136)はちょっと古きよき時代のトレジャーハンターのようだ。 存外素直に、そこ掘って、こっち持っててという指示に従い、スコップを振るう。 朔は、一応掘る前に尋ねた。 「ここを掘り進めばいいんだな?」 「え、うん、まあ」 あいまいな答えをした智夫の顔に土塊がストライクした。 朔の動きはとにかく早い。 「あっ、あっ、バランス見ないと傾いちゃうから、ちょっと待ってぇ」 彩歌の戦闘計算ならぬダンデライオンの自重、掘る穴の大きさ、深さなどの経験則と艦で作業は進行していく。 「重機がほしいけど、時間がね……」 重機の搬入にかかる時間を考えたらリベリスタが掘った方が早い。特に、朔の様な高速回転DAシャフト付きは素晴らしい。 「中々厳しい作業の様だが、やってみる他無いか」 肩関節をほぐして、拓真参戦。 壱也もそうだが、なんだか背後が陽炎めいている。背後に破壊神様を召喚済みなのだ。 「アザーバイドとはいえ植物を枯らせるために掘り起こすというのはあまり気分のいいものではないが――」 雷音もせっせとスコップを振るう。 体幹がしっかりしているのか、思いのほか危なげない。 ● 時間の流れは止まらない。 最寄の駅に電車が入り、いそいそと降りてくる女子高生。 ダッフルコートにマフラーを巻き、標準より長めのスカートの下にジャージを折り込んではいているのだ。 大屋緑とのエンカウントは、不確定要素の領域に突入した。 ● 「地面に120%とかぶつけたらどうなるんだろう? 早く抜けたりしないかな」 壱也がぼそりと呟く。 そう言いながらも、耳は周囲の音を拾っている。 特に、駅方向からこちらに向かってくる足音。 「どうだね。羽柴君。そろそろ大屋君が来てもおかしくはないと思うのだが」 最後に促音がつく勢いだ。 朔の言い様は、待ち合わせ場所に姿を見せぬ恋人を待つのに痺れを切らせているようだ。 実際、朔は緑と再び刃を交えるのを楽しみにしているのだ。 アンナは、時計を確認する。 フォーチュナの言った時間の10分前。いささか、速い。 (遠くから見つかって駆けて来られるかもだし) 「足止め、出発しましょう」 その表情は厳しい。 「少しだけ待ってくれ」 晃は、ラグナログをかけ直した。 せめて、仲間の活力になればいい。 「手が足りないようなら、私も行こうと思ってたんだけど……」 壱也が緑の足止めにと動いた面子のを見回す。 朔、いりす、慧架がいそいそとスコップを片付け、アンナが彩歌とダンデライオン出現時の打ち合わせをしていた。 後に残るのは、拓真、彩歌、智夫、晃、雷音。 ダンデライオン・動物形態の高い攻撃力を受け止め、それ以上の攻撃を叩き込むとなると前衛職は必ず必要になる。 「私は、こっちか」 直接うらまれちゃうかなぁ、と、壱也はある種の覚悟を決めた。 ● リベリスタは、ダンデライオンの殲滅を優先していた。 よって、緑の足止めには重きを置いていなかった。 どのようにすれば緑が止まるか、一人づつか、複数で掛かるか。それさえも決めてはいなかった。 「革醒者の女子高生まで、100メートル」 いりすは、いきなり走り出した。 「ちなみに小生はペットとか可愛がりすぎて殺してしまうタイプでな」 (まぁ、愛に加減とかできるわけないよね。可愛いモノとか、蹂躙しちゃうよね。だって可愛いもの。だから小生は悪くない) 緑としては枯らしたくて枯らしている訳ではないのだが。 無銘の太刀と無二のナイフが交錯して、金色の飛沫を照らす。 街灯もまばらな道路でさえ、その光はどこまでも美しい。 「――なんということでしょう。学校指定バックがこんなことに」 とっさに身代わりにしたバックは見事に真っ二つ。 緑のマフラーにコートも恐ろしいことになっている。 ばくりと緑の腹が割れた。 「やぁ。久方ぶりだな、大屋君」 およそ悠長な挨拶をする朔に緑は自分の腹に符を貼り付けた。 「蜂須賀様が殿方なら、少女マンガの一つも始まりそうなのですが、つくづく残念です。私も一応白馬の王子様を夢見ていい年頃ですので」 白馬の王子様は、少なくともお姫様よりナイスバディであってはいけないと思う。 「アークの皆さん、こんばんは」 大屋緑は、礼儀正しい。腹を割かれても、顔見知りに挨拶する程度には。 緑がとりあえずは話を聞く気でいるのは、気に入りの顔見知りが多いからだ。 「何か御用ですか? いたいけな女子高生に何かなさるというのなら――」 緑は、手に握り締めていたものを見せる。 「防犯ブザー、鳴らしちゃいますよ」 それは、剣林のフィクサードに必要なものだろうか。 どう反応したらいいものか。 アークの比較的リアクションの取り方がへたくそな人々の無反応に、緑は、こほんと咳払いした。 「うっかり当たれば、普通の方が死にますので」 避ければ激昂し、組んで止めれば更に手口は陰惨なものになるだろう。 故に、一般人の中にまぎれて生きようとする革醒者は、時々最弱者になることもある。 「私たちの目的は増殖性革醒現象の阻止! 残念ながら『今回は』 相談で解決不可能!」 アンナに取り付く島はない。 「なので、嫌だったら、前と同じよーに推し通りなさい!」 (ここんところは、なあなあにしたくないのできっちり宣言) びしりと指差す。 「つまり、私のタンポポさんを抜きに来た。と」 そう言うことですね? と、緑は事態を確認する。 その時、一部のリベリスタ――主に女子力が高い者に衝撃走る。 具体的に誰かは、本人の名誉のために特に秘す。 (どうしよう。名前付けてる) 女子が自分の所有物に名前をつけた場合、それに対する執着が非常にあるということを物語っているのだ。 愛用の武器に銘をつけるようなものだといえば、女子力がそれなり以下でも理解できるかもしれない。 「事が済めばアレは盛大に燃やす。君も見物していくか?」 朔は、挑発をした。 (今までは大屋君は遊びの面が大いに見えた。彼女の本気を引き出してみたい) 朔としては、緑が激高はしないまでも、その闘争本能に火をつけたかったのだが。 「――せっかく」 緑は、くすんと鼻を鳴らした。 「熊野様に教えていただいて、どうにかここまで育てましたのに。休耕田だらけの農園を紹介してもらって、多少周りを枯らしてもご迷惑にならないようにと――」 さめざめと涙を流す女子高生。それを取り囲む複数人。 いじめ、いくない。 「私個人へ、ですね? 剣林への示威行為ではなく?」 「前者だ」 「ならば、我を通しましょう」 失礼。と言って、緑は横を向いて鼻をかむ。 「後者だったら、どうした」 「りを通します」 理なのか利なのか区別がつかなかった。 (どうかな。楽しめるかな。何つうか、あんまり剣林っぽくない所もありそうだが) いりすは、初めて目にする緑を値踏みする。いりすの腕なら、たいてい『余分に』斬れるのだが、緑はそれを許さなかった。 (何にせよ。負けるわけにはいかんのだが。ダチが剣林にいるが勝ち越してるし。肩身狭くなっちゃうだろ。此処で小生が負けたら) 剣林との友情は、なめられないことが大前提だ。切磋琢磨とも言う。鈍らの方が削れて折れる。 (貸しは多ければ多いほどいい) 「あと柵のとこにお土産隠しといたから、後で持って帰んなさい! どっちが勝つにしろ!」 アンナが場のいたたまれなさに語気を荒げる。 「それは、なんでしょう。クロストンさんのご高名は聞き及んでますよ。私が喜びそうなものですね。なんでしょう。非常に、非常に気になります」 むやみに、緑の食いつきがいい。 「――見てのお楽しみということで――」 ここは、教えた方がいいだろうか。それともじらして交渉の材料にした方がいいのだろうか。 よって、スタンドプレーの応酬となり、事態は緑のペースに巻き込まれていったのだ。 「では、皆さんを出し抜いてタンポポちゃんを救出するといたしましょう。皆様のことですから、残りの方は掘ってらっしゃるのでしょう?」 緑は、その身を金剛に変える。 柔らかな、けれどその心はダイヤモンド。 (前回は協力しようとしましたが聞いてくれませんでしたし、ちゃんと戦わないといけませんね) 「此方は武器が前と違いますよ。さぁ、舞いましょう」 鉄の扇を両手に構え、慧架は走り出した。 目的は、足止めなのだ。 仲間が、ダンデライオンを掘り出すまで時間を稼がなくてはならない。 ● 黄色い花粉が粉雪のように降りしきる。 ふと、智夫はバケツの中に大量に詰められた土を穴の中に放り込みたくなった。 「ダメだ、内薙さん!」 晃が急いで凶事を祓う。 「あ、危なかった。ありがと、晃君」 今まで掘っていた人数が半分になった。 しかし、根の先端に向かって掘り進めていく過程で必要なのは、実は土という支えをなくし、自重を支えきれないタンポポを支えることなのだ。ファイト一発。 掘り作業の遅延はいかんともしがたい。 更に、体の大きな者が穴に入るということは、より大きな穴を掘らなくてはいけない。そのため、掘るのは、比較的小柄なものになるのだ。 かつて、炭鉱堀りに少年が駆り出された理由をこんなところで体感する羽目になるとは、リベリスタも思っていなかっただろう。 「掘り起しが完了したら、燃やす……!」 最深部。小柄な雷音はせっせと手を動かす。額に浮いた汗はすぐ冷える。それでも、掘った。掘り進めた。 雷音は、ダンデライオンには色々裏切られている。 破壊衝動と捕食のことだけで構成された凶悪な猛獣であるダンデライオンとは意思を通じ合うことは出来ないとわかった二年前の正月。 今、雷音が耳を澄ましてダンデライオンの声を聞こうとしているのは、モニタリングのためだ。 土の下から万一にでも声が聞こえたら――。 「がう」 ぶじゃぶじゃと地面の下で大量の水が染み出してくる気配がする。 「吸い込んでる音が――」 水音に混じって聞こえる、ダンデライオンの唸り声と咀嚼音。それは、異界の生物の言葉を雷音にも理解可能な概念に組み上げ直す異能。 『おっぱい、うまうま。つぎは、にくにく』 猫は子供に胎盤を食べさせる。それと同じようにダンデライオンは今まで自分をはぐくんだ植物形態を食って最初の栄養と抗体とするのだ。 「来るぞ! 動物形態が生まれた! 戦闘に移行する!」 AFのスイッチをオンにして、雷音が叫ぶ。 これで、緑の足止めに言った者達にも知らせることが出来たはずだ。 ぼこぼこと地面が下から突き上げられる。 タンポポのがくによく似た鉤爪が雷音の足をつかむ。 「――っ!!」 とっさに、スコップを突き刺した。 「――経験上、怒りが有効なのは分かってるのよ」 反対側を掘っていた彩歌がフンと鼻を鳴らす。 指先からは、触手を貫く気糸。 わずかに緩むタイミングで、雷音は羽ばたく。 背中に翼があってよかった。 その雷音の体温を追って、ダンデライオンが飛び出してくる。 「まるぼうずなのだっ! おみみがちょこんとしているのだっ……!」 雷音はあくまでダンデライオンの状態をみなに知らせたかったのであって、ダンデライオンのくりくり頭がつぼにはまった訳ではない。断じてない。 目指すは穴の外。 「來來、鴉群……っ!」 きびすを返す雷音の指から、千兇の符。 放たれた途端にばらりと割れ、黒いカラスの群れと化す。 雷音を逃がしてくれた彩歌に向かうダンデライオンの運気をみなカラスについばませる。 「彩歌、上がってくるのだ、はやくっ!」 10メートル未満なら、移動は可能だ。 次のダンデライオンの攻撃さえしのいでしまえれば――。 雷音の眼前に、植物の鉤爪、硬い棘。 まつげに堅い感触が触れた。 穴の底を覗き込む視界に入るのは、肩口を貫かれた彩歌の血をまとって伸びてきている四本の触手を駆使して、穴から出てくる。 ところどころ変色した毛皮。 「がう」 かわいらしく鳴く口。目があう。 『ツギハ、オマエノノドブエニカミツク』 と、言っている。 「雷音ちゃん、さがって!」 智夫のジャベリンが触手に突き刺さる。凍結の呪いを帯びた穂先はびしびしと植物を凍らせる。 そこから、触手がばきりと折れた。 「さあ、穴から出てらっしゃい!!」 仮初の翼で急上昇する彩歌は痛みに歯を食いしばりながらも、ちぎれた触手をつかんで穴の外に引きずり出す。 「生まれたばかりで悪いけど、これ以上ボトムの生態系とリベリスタの胃を削る訳にはいかないわ」 宙空に放り出された生誕数十秒の異界の獣は、「がお」 とかわいらしく吼えた。 「長期戦を行う心算は、毛頭無い。早々に事を終わらせる!」 そこには拓真の双刀が待っている。 黒いコートが限界まで盛り上がる。腕の筋肉ははじけた筋繊維と毛細血管で皮膚の下に赤い霞を纏っているようだ。 赤くねじれた刃を手にする壱也の肩が普段より目に見えて盛り上がっているという訳ではない。 だが、体から吹き上がる水蒸気は、拓真のそれをはるかに超えている。 限界を超え、損傷した部分を端から再生しているのだ。 再生能力は、戦闘継続性に加え、強力な技を駆使するデュランダルに多い肉体的磨耗を押さえる意味合いを帯びてきていた。 「わたしは持久戦でも構わないんだ。でも、緑ちゃんが来る前に何とかしたいから、てきぱき行くね!」 雷音の符の檻が、ダンデライオンを閉じ込める。 「できる限り緑が来る前に倒すのだ」 不確定要素は少ない方がいい。というのは建前で、緑との仲が険悪になるのを決定的に思い知りたくはないのだ。 ● 慧架の双鉄扇が、緑の視界を阻みつつ宵闇を舞う。 朔といりすのアル・シャンパーニュが、異なる輝きを放ちながら襲い掛かる。 これがただの演舞ならば最高なのだが、木戸銭は緑自身の血で払わなくてはならない。 回避に専念しなければ、痛いのをもらう。 緑はここまで終始防戦一方だ。 「まあ、どうぞゆるりと。温かい紅茶でも差し上げましょう」 魔法瓶を持ってきております。と、慧架は言う。 「京なまりの方にお茶でもと言われて、真に受けるのはいかがなものかと……っ!」 紅茶とぶぶ漬けを同一視するのはいかがなものか。審議の必要がありそうだ。 叩きつけられる連続攻撃に、さすがの緑も無傷というわけには行かない。 「私は、多分あなたに勝ちもしませんが、『負けも』 しませんよ」 春に、慧架は緑の動きを見ている。 どちらかというとサポート系だった。 (ある程度動きを把握できるはず) それを念頭に、緑からの攻撃は最低限の損害でいなそうと慧架は考えていた。 「手の内をご存知。一番面倒な相手ですね」 緑の手には、移植ごて。かわいい巾着袋入りのエッジが研いであるとは普通は思うまい。 「では、ご存じないので。いやですね、アークの方は。どんどん持ち札が減らされていきます」 あの時は、『辻蹴り』安藤ジュンが一緒で、緑の目的はジュンの動きを堪能することだったのだ。 それに、予期せずアークの面々も混じっていた。 だから、緑は余計な手は出さなかった。 緑は地面を蹴った。 速い。ソードミラージュ張りの加速だ。 三人の間をすり抜ける。 「良くしていただいているので心苦しいことこの上ないのですが、優秀な癒し手を先にやるのは定石なので」 緑は、後方に控えていたアンナの腹を真横一文字。派手に血がしぶいた。 「クロストン様、思いの他頑丈でいらっしゃる。あわよくば一撃でと思っていたのですが」 鎧がなければ、あるいは当たり所がもう少し悪ければ。 「アークは容赦ないですね。私一人に怪獣三匹も」 死んで花実が咲くものか。と、緑は嘆息する。 「小手先まで使わないと、逃げられないじゃありませんか」 気糸で紡がれた毒の罠が、慧架の死角に仕掛けられていた。 「鈴宮様、捕まえた。です。かなり分の悪い賭けだったのですが――」 そう言って、緑は深々とため息をつく。 「後、二人もいる」 緑は、足を止める。ひどく顔色が悪い。 アークの精鋭四人相手に一人でどれだけ持たせられるかという話だ。 「その必要はないわ」 アンナは、高位存在を召喚しながら言う。 「ダンデライオン・動物形態、討伐完了のお知らせよ」 100メートル先の農園から、白い煙が上がるのが見えた。 「最後まできっちりケリつけたいんだけどな」 いりすはまだ気が済んでいない。 「ダンデライオンは、ほっとくとどんどん胞子ばら撒くから速攻処理しなくちゃなんないのよっ!」 アンナちゃん、こわぁい。 「私のタンポポちゃん、お顔も見られませんでした」 くすんと緑は鼻を鳴らす。 「いや、見ないほうがいいわよ。多分、絶対。裏切られるんだから」 アンナの言葉には、相応の重みがあった。 ● 「急いで撤収、急いで撤収、うわぁまにあわなかった大屋さんゴメンねだけどもこれは仕方がないことなんだ!」 とっちらかった智夫の叫び。 彩歌は、積み忘れがないことを確認して、トラックに乗り込んだ。 農園にやってきた緑と目が合う。 (フィクサードに怒られるのは慣れてるけど、こうなるのは予定調和だったでしょう? 数日ぶっ通しで穴を掘ってみれば分かるわ) 穴掘りは、人を哲学者にするのだ。 植えて育っているのが分かれば、アークが引っこ抜きにくるなど、お日様が東から上って西に沈む暗い当たり前のことなのだから。 農園から大急ぎでトラックが出て行く。 燃やしたら飛散しそうなダンデライオンの植物形態のぶつ切りがシートにがっちり包まれて荷台に載っていた。 戦う理由もなくなったリベリスタと緑は、なんとも微妙な空気の只中にいた。 いりすは、このまま緑が怒り出して、弔い合戦と言い出すかどうか様子を見ている。 口火を切ったのは緑だ。 「こういうものへの感性が鋭い朱鷺島様におたずねしたいのですが――」 雷音の顔を見下ろす緑は無表情だ。 「かわいかったですか?」 「――っ!」 雷音の目がまん丸になる。 「大きさはどのくらいだったのでしょう。お目目は黒ですか? 触手は何色? やっぱり赤ちゃんだと泣き声も高い? 肉球はピンクでしたか?」 緑は、小首を傾げている。 ひどい格好だ。コートも制服も破れているのに無理やりボタンをかけて体裁を整えている。 「大きさは、このくらいだったのだ」 雷音は、小型犬位を手で示す。 「毛並みは羊水が乾いていなかったからぺったんこだったけれど、乾いたらきっときれいな蜂蜜色になったらろう。目も良く見えていないみたいだったが、色は黒だった。まだたてがみは生えてないくりくり頭で、その分お耳が目立っていた。触手は淡い黄緑色だった。声は高かったが、『がお』 って鳴いてた。とってもとってもかわいかった! ボクは穴の中にいたので肉球の色までは見ていなかったけれど、手足が太くておっきくて、きっと大きくなると思った」 誠心誠意、雷音は答えた。 「アザーバイド『ダンデライオン・戦闘種』 は、非常に強暴だ。たとえ、緑がすごくうまく飼ったとしても底辺世界に綻びを生じさせる。どんなにかわいかろうと、緑が失敗しながら一生懸命育てたものだろうと、倒さなくてはならない」 緑は、無表情だ。 「ボクは、リベリスタだ」 そう言う雷音に、緑は一つ頷いた。 「分かりました。タンポポちゃんのかわいらしさは朱鷺島様に今後も語っていただくとして、今回は手を打ちましょう。その代わり、制服・コート・バッグの弁済はアークに請求します。明日ジャージで登校しなくてはならない私への慰謝料だと思って下さい。それでは」 そう言って、きびすを返そうとする緑を引き止める者がいる。 「待ちたまえ、大屋君。私は、君ともう少しいたいな」 蜂須賀朔とのご歓談には、手合いがついてくる。基本だ。 殺し合いになりそうなら、仲間を引きずってでも強制撤収しようと覚悟を決めている晃が。はらはらと両者の顔を見ている。 「私、これから、タンポポちゃんの喪に服そうと思っているのです」 「何、大した手間もとらせない」 「私、あなた方にいいように斬られて、おなか痛いんですけど」 「君もうちのクロストンを斬っただろう。待っていてやるから、さっさと治したまえ」 「悲しみで、テンション駄々下がりなんです」 「そんなの、アークでは日常茶飯事だ。甘えるな、剣林」 数瞬の沈黙。 「難しいな。私は君の本気が見たいんだが、なかなかその気になってもらえない」 緑は、呆れてものも言えません。と、深々とため息をついた。今日一番深いため息だ。 「蜂須賀様は、女の方でようございました。殿方だと、世間の女性に迷惑だったでしょうから」 諦めて、緑は、無手で構えを取った。 「お互いに死なないなら手出しはしないが――」 いいのか、それで。と、晃は緑に声をかける。 「お気遣い痛み入ります。お付き合いしないと、家までついてきそうで怖いので」 「――あの時のお菓子、美味しかったです」 ここを逃せば礼も言えないと、晃は唐突にそんなことを言う。 (恨まれるのは当然だが、ここまで強くなれたのはあの依頼のお蔭だ。一発の虚空が、俺の弱さを教えてくれた。……いや、今回も一番弱いのは俺だけどさ) 彼が、今回のダンデライオン堀りのリベリスタの正気を支えた立役者であることを、本人だけが気づいていない。 「わたしは見てるけど、いりすちゃんは?」 壱也は、フェンスに寄りかかる。 「最後までやりたいんだけどな。譲ってくれるかな」 それは、朔に聞かねばなるまい。 ● 朔は、強者との戦いを至上の喜びとしているので、緑の気持ちがわかるのだ。 「君は強い。戦うのは中々に楽しい。だが君はもっと上を目指せるだろう」 血まみれの賛辞は、嘘をつかない。 (もっと、もっと強くなった君と戦いたい) 朔は、知らず微笑んでいた。 「君は剣林を愛していると聞いた。相違ないかね?」 「はい」 「では問おう。より強く、より高みに登ろうとしない者に、果たして剣林たる資格はあるのか?」 「ありません。剣林にいて強さを求めないなど、どこかおかしい人と思いますが?」 朔は言外に緑を示唆したのだろう。しかし、それは緑には思いも及ばないことで、だから少し話がずれる。 「どうして高みを目指さずにいられましょう。蜂須賀様も剣林にいらっしゃればよろしいのに。なぜアークにおられるのか、緑にはとても不思議です」 剣林でもっともなりふり構わないのは誰かと聞かれたら、誰もかれもがこう答えるだろう。緑だと。 大人の事情も派閥も考えず、気になる相手にすがり付いて教えを請うていた小学生は今でも少しも変わっていない。 その身で味わって覚えろと、いきなり切り捨てられたのも一度や二度ではない。 「私は私に出来る成長の極みを目指しております。その上で申し上げます。私が『剣林最弱』 です。私より先に剣林に名を連ね、私より弱い方は剣林を名乗らない方が幸せになれます」 そういう者は、いろいろな意味で緑に葬られる。 古の忍は麻の上を飛んだという。麻は成長が早い。うかうかしていては飛び越せなくなる。故に鍛錬となる。 彼女は、剣林の麻。うさぎを追い立てる犬。追いつかれたら、食い殺される。 実際彼女より弱い者は剣林にはたくさんいる。彼らは『猶予期間』 を与えられているのだ。 まだ、入って日が浅いから。革醒して間もないから。 と。 怠れば、ある日、緑が来て言うのだ。 『あなたは、剣林にふさわしくありませんね』 その後どうなるかは、どれだけ心意気が見せられるかによる。 猶予が長くなるか、剣林から放り出されるか、三途の川を渡るか。 「蜂須賀様。私が強くなればなるほど、剣林は強くなるのです。この愉悦は余人には譲れません」 弱きをふるい落として、不純物を取り除き、剣林は強くなる。 ダイヤモンドを削るのはダイヤモンドだ。 「有象無象をまとめて抱え込むアークと剣林は有り様が違います」 それが、緑の喜びなのだ。 「蜂須賀様。大屋緑は、あなたを落胆させることはありません」 ですので。と、ざきざきに切り刻まれた頬で緑はようやく笑うのだ。 「どうぞ『剣林最弱』 と名乗る意味と私の覚悟を、どうかあなた様だけは見誤って下さいますな」 ちょっと失礼。と現れた拓真に、緑は露骨に顔をしかめた。 この後、この人の相手とか、明日は一日授業中に居眠り決定だ。と、露骨に顔に書いてある。 「今日は俺は戦うのは遠慮しておく。だが、言っておきたい事があってな」 このときの拓真は、彼の祖父によく似た顔をしていた。 「最近、例のご老人達の気持ちが解る様になって来た。先を決める時があれば、その時を俺は楽しみにしておこう」 緑は、彼の顔をまじまじと見た。 「新城様。例の方々と同じような顔をなさって。老け込むのは、五十年はようございますよ。」 ● まさか、じゃあねと手を振って別れる訳にも行かない。 互いの間合いから完全に離脱するまで、たっぷり闘気を放ちあいつつのサヨナラだ。 フェンスの下、紙袋が二つ。 これをあげるのだっ!と言って、パタパタと去っていった雷音の背中がずいぶん小さくなった。 『この子も可愛くて丈夫な子だ。代わりにはならないだろうが育てて上げて欲しい。育て方もメモに書いておいた。ダンデライオンを育て上げた君なら出来ると思う』 かわいいカードに書かれたメッセージ。 ピラカンサの赤い実が房になって垂れ下がっている。 「火棘ですね。春には雪柳のような白い花が咲く――花言葉は、美しさはあなたの魅力、燃ゆる想い――ま。どうしましょう。がんばって育てないと。」 言うまでもないことだが、雷音はそんなことは考えていない。きっと、園芸が壊滅的に向いていない緑でも枯れない丈夫でかわいい花を探したらそうなっただけだ。他意はない。 「私が、この鉢を叩き割るとは考えないのですね。私の頭の鉢は割ってくれそうですが」 体中がずきずき痛む。 「どうせなら、この目で見たかったです。タンポポちゃん――」 寒風が身に染みる。 「もうひとつは、アンナさんですかね」 大きさと質感の割には、ちと重い。 「こ、これはっ! 悦楽リス・スペシャルエディション! しかも、ぬくぬくタイプ!」 昨年発売され、平日ショップに並ばないと買えないというので、受験生の緑は泣く泣くスタンダードで我慢したのだ。 ちなみに、アンナがこれを手に入れたいきさつ、詳しくはWEBで。 「なんていい人なのでしょう。うっかり斬ってしまいました。嫌われてなければいいのですが。お見舞いにお菓子を贈らなくては!」 剣林の息が掛かったタクシーを呼びながら、緑は空を見上げる。 初冬の空に満天の星。 生まれたてのダンデライオンの煙は、とうに消え果ている。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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