●Knocking Looking 命の終着点がそこにある、と言うのは、転じて死の世界、『ここではない異界』への接続点であるということの帰結でもある。 人の病みとは心の闇であり、病(やまい)とは夜迷いである。つまりは、そこは夜が真に恐るべき時間であることを知っているので、確たる時間の割り振りが定められている、とは考えられまいか。 「……正直、戯言としては低俗も低俗、都市伝説の導入部にするのが関の山だろう。『あの方』の考えることは益体も無いな」 『其の尻馬に乗ったのは貴様だ、武の字。役目を果たせ』 「承知の上さ、貪狼。だからお前もお高いところで寛いでないで戦えよ」 『機ではない』 「……ああ、そうかい。じゃあ私は先に楽しませてもらうよ。『箱舟』にいいようにされるのは趣味でもない。箱舟ならそれらしく波にもまれている内に我々が全て掻っ攫うのだからね」 そう言って、男は通信機の電源を落とす。 『楽しむ』とは言ったものの、仕込みの殆どを終えてしまった以上、新しく何をばせんとする心持ちでは決して無い。 何であろうと、来るというなら来ればよいのだ。 迷い惑って、狂ってしまえ。革醒者同士が正面から正々堂々殴りあい、だなどと言うのは『杓』のあり方として程遠い。そんなものは貪狼が、『魁』の連中がやるべきだ。 では、門を叩こう。世界を開こう。 ●ななつのたましいつぶれてきえた 消灯後の病棟を忍び歩きで駆け抜ける。花崎 五花にとって、代わり映えしないここでの生活を彩るには、やはり適度な刺激が存在する必要があったのだ。 彼女は、人生を悲観するには猶予が長すぎ、世界の彩りを知るには体が脆弱に過ぎた。つまりは、この病院が終の棲家になるべき人種なのである。 ……果たして。いつもの通り道にいつもではありえない物があれば、彼女こそがそれに気づき得る存在であり。 好奇心はなんとやら。それが、終末医療に関わる病棟の某といったか、女性の患者だと気付いた時にはもう遅かった。 常々昏い色をしていたその瞳はいよいよ濁り、半開きの口から漏れる声は呪詛のよう。 彼女の肩口にぽっかりと開いた穴はこの世のものの存在感とは一線を画するものだ。近づいてはいけない。覗いてはいけない。だが、それを否定させられない吸引力があり。 その中からずるりと何かが這い出る音を最後に、少女にとって余りに長い余生は終わりを告げた。 ●七つ天穿つ 「病院を狙うとは、的を射ている……そして、悪意に満ちている。彼らの目的が分からない僕でも、これが悪意ありきであることぐらいはお伝えできます」 深々とため息をつきながら、『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)は画面をスクロールさせた。 屋上を含め、四階建ての病院。規模としてはごくごく小規模であるのだろうが、通常のそれよりも随分と……そう、例えるなら「時間が止まったような」施設に見えた。 「ホス……ピス?」 「ご明察。ターミナルケア専門施設、『長津門(ながつかど)第三ケアセンター』です。当然、ここに収容されている患者さんの殆どには未来が無い。あったとして、閉鎖的な世界。行き止まりってやつです」 「……お前」 それは言いすぎじゃないのか、と抗議しようとしたリベリスタは、しかし続けて投射された映像に口を噤まざるを得なかった。大きさにすればペンの先ほどの黒点。無数のそれが、廊下、階段、感覚を然程おかずに乱立している……これは、バグホールか。 「フィクサード組織『七天』。過去にいくつかの事件を起こしている手前、ご存知の方は少なくないとお見受けします。その中の幹部級、『武曲』によってこの施設がターゲットにされ、極小規模のバグホールが乱立している状況です。これらは放置していても自然と塞がりますが、何しろ数が多い。発生源……まあ、『武曲』ですね。彼が持つアーティファクトを破壊するか確保、制御しなければならないでしょう。加えて、彼はもうひとつ『仕掛け』を施している」 「それは、ここを選んだことに関係があるのか?」 「そりゃあ、もう。人類の傷病に対する対応策の終着点。一種の敗北宣言。日常に戻れない人々の感情。それは、果たして綺麗なものでしょうか? そんなところに押し込められることとなった彼らは、悪感情を持たないなんてこと、あり得ますか?」 「……あー、周りくどいなお前。つまり、アレか。絶望とか恨みとか、そういうマイナス感情をどうにかするアーティファクトを? 場所ではなく個人に?」 「そういうことです」 分かってるじゃないですか、とからからと嗤う男に、いよいよリベリスタは殴りかかりたくなった。 「アーティファクト『ヘイト・ダイアグラム』。液状・投与形アーティファクトです。『武曲』は、薬品の流通ルートを改ざんした上で、ここの患者全員にこれを投与することに成功しています。しかし、これだけでは効果を発揮しない。投与後反日もすれば効果を失うでしょう。投与された先の人間に、強い負の感情……そうですね、絶望とか、怒りとか。そういったものが継続的、ないし極度に強まった状態が続いた場合、発動する仕組みになっています。効果は、投与者を『鍵』として極地的なバグホールを開くこと」 「……死ぬのか」 「死にますね。あと、発動前に命を奪うことで、バグホールにならずに済む。尊厳は守られます。或いは、此方側で用意する薬液を注入後、一分ほど押さえつけるか」 そう言って夜倉が取り出したのは、ハイジェッター(鉄砲注射器)と呼ばれるもの。衣類の上から押し付けるようにして使用するもので、衣類の上からでも使える上に血管を探す必要がない。今回のようなケースでは強い効果を示すだろう。 「押さえつけなきゃ、駄目なのか?」 「暴れたら一緒ですよ。バグホールは開く。そして、其の規模も小さくはない。ホスピス内に無数に開く極小規模とはワケが違う。ひとつ放置しただけで大事です。ですから」 「殺すか、止めるか……屋上に往くまでに選択しろってことか」 「はい、そういうことです。幸い、フロア一つにつき効果が発現するのは一人。あちらから出向いてくれるのですから、選択は逐次可能でしょう」 十分な選択肢を前に、夜倉はくすりとも笑わずに、リベリスタの選択を待った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月03日(日)23:10 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「武曲様、こちらに向かってくる集団があります。確証はありませんが……ほぼ間違いなく『箱舟』の連中でしょうな」 「来たか。思ったより早かったな」 夜気が『終の棲家』に充満する中、武曲と名乗る男は給水塔にその身を置くアーティファクトに視線を向ける。神秘の波長を流し、周囲に極小の異界を作り続けるそれは、単独では何の効果もないに等しい。じきに消える歪みなど、世界にとって無いに等しいことを彼はよく知っている。返すに、消える運命を消失した歪みがどれほどの影響を与えるか、承知している、ということになろうが。 『箱舟』。自らが属する組織、その段階的な試策を数えること八度、うち七回。完全な形で邪魔をしてきた彼らを中途半端な敵とは呼ぶまい。 だが、飽く迄彼らはその殆どの工作を終えつつある。彼らの介入があれば、その成功率が極端に下がることも分かった上で行動に出ている。 やぶれかぶれと笑うだろうか。それはそれで、正しい推測だと頷くことも出来るだろう。ならば備えよう。一世一代無常無縁のこの争いで、砕くなら彼らの意思よりは世界の律だ。 「先がない人々、か……」 未来はそこにはない。未来と呼ばれるものは、実のところ行き止まりのどん詰まりでしかなく、それを認識してなお人らしい結末なぞを求める人間は、決して幸せを得られない。 より人らしい週末を。なんという欺瞞、なんという愚鈍。それは生き続ける側のエゴなのである。『境界のイミテーション』コーディ・N・アンドヴァラモフ(BNE004107)は決してその結論に辿り着く事はないかもしれないが、生き続ける側が理解しよう、と手を差し伸べるのは確かにエゴであり過ちを生む一因である。 世間を恨む気持ちは理解できる。だが、それを逆手に取って世界を歪めるのは間違っている。先が一日であれ一年であれ、それを悪戯に縮めてつきつけることは決して許されることではないのだ。 「人の命を弄んで良い道理はない!」 「うん……彼らのやる事は間違っている」 コーディの怒りに応じた『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)にとって、理由はさして多く無い。 気に入らない。間違っている。他人の命を悪戯に消費するカミサマ気取りの手合いは好きではない。そういったたぐいは、並のリベリスタ以上に見てきたはずである。 それでも余計な理論武装や理屈を重ねず、純粋な感情を維持している彼女はやはり、思考回路がボトムの人間よりずっとまっすぐなのかもしれない。 「……そうですな、フォーチュナの方々の苦悩に似てるのかも知れません」 未来を見ることができて、変えるだけの干渉力を持たぬフォーチュナ。アークが擁すフォーチュナは数あれ、善悪超えて『行動できない』フォーチュナは少なくないだろう。『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)には、結果が見えてしまっている苦悩は分からない。結果を塗り替えるのが、自分たちの役目だから、分かりたくもない。 心は真っ直ぐであらねば。歪めてしまう相手など、許せるわけがないのだ。 「感じる限りでは邪魔するとか、そういう感情は見えないけど……けど」 突入に備え、全員が準備を始めたタイミングでルナが眉根を寄せる。感情の大凡を感知出来る彼女の脳裏に飛び込んできたそれは、概ね全てがマイナスイメージだ。叩きこまれた絶望の質量は、蹈鞴を踏ませるには十分だ。 「彼らを救えるなどという思い上がりは私にはありません」 表情を曇らせたルナの傍ら、結論ありきの言葉であるかのように『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)はホスピスへ向け踏み込んだ。 思い上がるな。自分たちは救いの女神でも告死天使でもない、ただの一人の革醒者でしか無いのだ。 真っ先に世界の歪みを正す役割を担った彼女は、懐に収めたハイジェッターの感触を確かめる。多少強硬手段であり、現代医療として敬遠されるそれだが、元より相手がルールを破っている以上、四の五の言ってる暇はない。 「生かすも殺すもエゴでしかないが、鬱屈を溜め込むなら、贅沢な話だな?」 影人を召喚し、上階への階段に視線を向けた『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)にはホスピスの人間の感情の機微も、『七天』と名乗るフィクサード集団の感情も分からない。普通であるがゆえに誰に対しても平等で、昏い言葉を叩きつけるために自らの術を研鑽した彼女は、誰よりニュートラルであらねばならぬ。 少なくとも、彼女の耳に届く足音に病人特有のスリッパを引きずるそれ以外は無い。階段を二度上がれば、彩花と同じ役割を自分が担う。敵が出ないと確定はしていない分、警戒は許してはならないのだ。 「それじゃ皆、患者さん達はお願いね。屋上で、待ってるから!」 ルナに、仲間を案じる言葉はない。仲間を信じる言葉しか、無い。 彩花は背中を向けたまま頷き、ハイジェッターを構える。随伴する影人が、踏み込む。絶望の声に希望を重ね、夜を朝に導くために。 ● コーディが影人と『発動体』へと向かうのを見送りつつ次の階へ向かうリベリスタ達は、僅かな違和感を覚えていた。 相手がフィクサード組織、しかも搦手を主体とする連中であれば、この段階までで一切の動きがないというのは不自然だ。屋上で悠然と待ち構えて、何事もなく逃げ帰る……余りに無能に過ぎはしないか。 だが、『Type:Fafnir』紅涙・いりす(BNE004136)にとってはそんな腹の探り合いは実にどうでも良かった。いりすの目的は飽く迄武曲ただ一人。どこまで対応できるか、それがわかれば十分だと感じている。どこまで半端な策を持つ者とて、実力さえあれば十分なのだ。 非常階段から三階に昇ったところで、リベリスタ達は三手にわかれた。 ユーヌとその影人による、『発動体』の対処。 屋上へと、更に非常階段を昇る者。 そして、『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)と『悪童』藤倉 隆明(BNE003933)のように、窓から外へ、機先を制すべく壁伝いに屋上へ向かう者。 特に、三番目に位置する二人の意思は他のメンバーより強いものだった、かもしれない。 度重なる幹部級との衝突を経験している二人は、あらゆる感情が渦巻いて仕方のない状況にある。 「異界との接触、と狙い、は一貫してる、ようだけど……その辺り、の理由も聞いてみたい、ね」 「第二ラウンドだ、今回はあのスカした面ぶん殴ってやらぁ」 表向き、神秘拡大に対する調査でありながらその実、さらなる戦闘を楽しむことに注力する天乃。ただただ、感情を叩きつけることで相手を屈服させんと拳を握る隆明。 戦うことだけが存在意義。感情を隠さないことが有り様そのもの。血気盛んというには余りに尖すぎる戦意を、二人は纏っている。……無論、不意打ちを企図したそれが相手にバレていることを前提とする冷静さも。 「いらっしゃい、来るとは……概ね、思ってたよ」 「貴方たちが何の目的でこんな事を行ったのかは知らないけれど、全力で止めさせて貰うよ」 「あまり時間を稼がれても面倒だ。いっきにヤらせてもらおう」 屋上に突入したリベリスタ達へ向けられた武曲の表情は、こころなしか楽しげであった。武装を施していない側の手、『リライド・マーカー』を掲げて部下たちに指示を飛ばした彼は、背後から飛び込んだ銃弾を武装手甲で弾こうとするが、隆明の感情を載せたそれは甘くない。刃を登り、跳ね、彼の頬をしたたかに切り裂いて抜けていく。散開していなければ、危険だった。 「よぉ武曲、第二ラウンドだぜ? 楽しんでくれや」 「いいね。前みたいな腑抜けた拳を振り回すだけの木偶だったら殺してしまおうかと思っていた」 隆明の視線を受けてなお、その評定は揺らがない。否、彼へ向けた視線の敵意は、ぎらぎらした感情の澱。対峙するには、強固すぎる。 「久しぶり……さあ、踊って、くれる?」 「参ったね。私はこの歳まで、そこまで感情を向けられたことが無かった。実際問題、少々動揺してしまう」 天乃の登場にも、油断はせずとも明確な焦りを見せた武曲。……どこまでが本心かは、分からないが。 「箱舟は、アークはただ荒波に飲み込まれるだけの弱い船じゃないんだから!」 「波に揉まれて――船底に穴でも空けばいいじゃぁないか」 ルナの言葉に皮肉を重ね、武曲は構える。各々が付与を行う中、銃弾が掠めたアーティファクトが、奇妙な音を立てたところだった。 ● 「廉貞、文曲、破軍……あんたのご同輩には三人ほど会ってるが、やっぱりテメェが一番いけ好かねぇ」 「っ……いけ好かない、か。感情だけで先走っては居ないかい? 破軍にでも絆されたかな? 彼女は情に、篤すぎてならん!」 隆明の全力の一撃に、武曲は身を捻った。だが、回避のためではない。クリーンヒットの反動は、確かに拳に残ったからだ。ィィン、と甲高いモーター音は、三分割された刃が開き、彼の肉を抉ろうと迫るそれだ。頭部から血をまき散らしながら、胴を強かに切り裂いた感触に隆明は目を瞠る。 ダメージはそこまで高くはない。守りを固めた以上、容易に徹されはすまい。だが、血管を傷つけることに注力したそれが強いた出血量は少なくない。スカした顔で騙しつつ、こいつはとんだ厄介者だ……! 「人の命を好き勝手に弄るのも、バグホールを開くのも、間違ってる。だから、止めるよ」 「そう悲観的になるもんじゃないぜ、お嬢ちゃん。死ぬしか無いってんなら有効利用のひとつもしたくなるもんさ。勿体ねえよ。ああ、とんでもなく勿体ねえさ! そんな薄暗がりに引っ込んだ感情のまま、世界になんの影響も残さず死んでいく惨めな惨めな一般人なんてなァ!」 「良し悪しに関係無く、心を弄ぶというのは許し難い行為ですのう」 アーティファクトの盾となり、ルナと九十九の一撃を凌ぎ、大きく後退した男の言葉、その理屈は理不尽であり利己的だ。 誰かのために生きているわけではないのに、誰かのための命であることを強要する。自分のための死であるはずなのに、誰かに利用される終末を強要される。それのどこが有効活用なのか。それの何が正しいというのか。 損得利益で人の感情を弄ぶというのか? 九十九以上に、ルナにはそれが許せない。 「そんなの皆望んでないよ! あの人達だけの命をどうこうしていい理由にはならない!」 叫びと共に、次なる火炎弾が中空を覆い隠そうとしていた。手が白くなるほどに握りしめた杖が、その存在感を示している。 「……動く、な」 ルナのバーストブレイク、加えて隆明の不意打ちに近い速射を受けたフィクサード陣営の傷は浅くはなかった。高位に至ろうとする者も少なくはない布陣で、しかし突出した性能を持たない彼らには彼らの対処で荷が勝つのは当然だ。 懇親の魔力で癒やしを送った神聖術師は、背後から絡めとった感覚に指先一つ動かせなくなる。威力はトップクラスのそれに及ばなくとも、動きを止めるための精度は極めて高いそれから逃れる術はない。 「なんで、異界に拘るのか……教えて」 「おいおい、『輔星』サマについてべらべらと喋れって言いてぇのか? そりゃ宜しくねえぜ。あの方の深遠な思慮なんて俺ら下っ端じゃ分かるワケがねえ」 「では、武曲本人に聞かせて頂きましょうか。その為に、あなたには倒れて頂きますが」 拘束されたそれを、横合いから拳が叩きつける。上階へと踏み込んだ彩花の一撃が、一瞬にしてその意識を刈り取ったのだ。 次の動きへ準備するタイミングで、屋上へと雪崩るコーディとユーヌの影。状況は、リベリスタ達の優位に動きつつあった。 「…………!」 すう、とアーティファクトから引き剥がされた男が息を吸う。弾かれ、戻りを数度繰り返し、神聖術師の回復でも追いつかぬダメージ量で消耗は少なく無いが、それでも覚悟は決めた表情だ。そして、その動きは……全くの別ベクトルへと動く。 「調子に乗ってんじゃ――」 「避けろ」 武曲へ殺到するリベリスタへと向けた一撃が閃くのと、武曲が大きく、『自分へ向けて』振りかぶったのとは同タイミングだった。空中を駆けるそれが中空で炸裂したのを、その意図を、光の中で彼は認識できなかった。 膝から崩れ落ちた男は、命こそ奪われはしなかったし、ダメージも無いが、事象に対するショックで動けない。 振り返った灰色の瞳とかち合った時点で、彼は己の敗北を静かに悟った。一瞬自分へと向けた意識の重さがこれほどとは、理解できぬままに。 「お前達の企みは阻ませてもらう!」 屋上に身を晒し、魔力杖を真っ直ぐつきつけたコーディの一撃は、守り手を失ったアーティファクトには容赦無い。十分な耐久を持っていたと思しきそれは、しかし一気呵成と向けられた集中砲火の前には余りに無力であったに違いない。崩れる、壊れる。解けて消える。 「寒い中ご苦労、差し入れだ」 続けざま、ユーヌが放った缶コーヒーに隠れて閃光弾が炸裂する。程度の差こそあれ、動きを止めるそれが連続で放られた世界が並大抵の状況に置かれているわけではないこと、それだけは確か。 「上部組織、に、ついて……教えて、もらう」 「……『上部組織』? 何を勘違いしているんだ、君は」 隆明の一撃を弾き、距離をとった武曲は心底不思議そうに言葉を紡いだ。リベリスタ達のダメージも相応、彼を含め僅か二名を残すのみの『七天』側は明らかに不利だが、それでも死ぬとは思っていない表情だ。 「…………?」 「嗚呼、そうか廉貞か。奴は自分を演じるのが上手いのに、そういうとこばかり疎い。『輔星』についてぼかしたのだろうが、勘働きが疎い相手には仇となったか」 くつくつと笑う彼の表情は底が見えない。 全身の裂傷から、隆明に一度膝をつかせる程度までの激戦の跡が伺える。が、彩花が回復に専念してしまえばそれも難しかろう。 もう一人……魔術師に目配せをし、武曲は左手を掲げる。 「私の役割も潰されて、私が死なぬよう彼女を捨て石に使って、君たちに余裕ぶっていられるか? そんな訳はない。私だって死にそうで、死にたくはない」 「ふざけんな、もう一発……!」 「だから、これは手向けだよ箱舟。君たちを敵として認めよう。止めざるを止める善意として認めよう。私の目的? 全ては『輔星』の為に決まっている。上部組織? あるわけがない。我々全ては、『輔星』一人の願望の為に共にある。……廉貞も、そう言ったはずだがね?」 「夏休みの自由研究以下の代物しか持たないお前が、逃げられると思うのか?」 「思うし、出来る。……やれ」 バックステップでフェンスに足をかけた武曲が跳ぶのと、残された魔術師が暗澹たる光に目を染め、最大出力の爆発を屋上中心に放ったのとはほぼ同時だった。 炎柱が立ち上る先で、いりすの放った一撃が武曲を掠めたが、落下までを見送ることは叶わなかった。 夜闇が薄くなる気配はなく。 世界はただそこにあるだけで。 ホスピスのフェンスと壁面の一部に残された武曲の血痕だけが、彼がそこに居たという証明だった。 ● 夜のホスピスは終末を感じさせる。 だが、結末ではないことを少女は知っていた。 終りへと向かう道に、どん詰まりなど無いことを知っていた。 「こん、ばんは……どうして?」 「なんでかしらね、眠れなかったの」 夢遊病から醒めたかのような、茫洋とした瞳をした少女が向かい合っていたのは、キャンパス。 闇に沈む水平線が、彼女の将来の暗示のようで物悲しかったけれど。 それはとてもとても、綺麗だなと。 『五花』は『何時か』を想って泣いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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