● ブレーメ・ゾエの戦死を知った時、イェンス・ザムエル・ヴェルトミュラーは一瞬言葉を失った。 次いで、口をついて出たのは「馬鹿野郎が」という悪態。 死ななければ負けではない、勝てばいいのだ――と口癖のように言っていた、殺しても死なぬような男が、自分よりも先に逝ったという事実が信じられなかった。 双子の兄、数多の同胞、そして、今度は僚友まで。 一体、この世界は自分からどれだけ奪えば気が済むのか。 暫しの潜伏を経て、イェンスの敬愛する上官――アルトマイヤー・ベーレンドルフは彼らに告げた。 『総員、好きにやりたまえ』 上官が持ち出したのは、運命を代償に自らの力を高める実験兵器。 使えばもう後には戻れぬそれを前にして、イェンスは迷わなかった。 我々は、何のために戦ったのか。 兄は、同胞は、友は、何のために死んだのか。 問う暇があるのなら。嘆く暇があるのなら。 今もなお存在し続ける敵を、一人でも多く屠る。それしか無いのだから――。 ● 「――『親衛隊』の残党が動いたぞ」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタに向けて、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は簡潔に切り出した。 『親衛隊』――それは、先の戦いでアークと矛を交えたフィクサード集団の名。 革醒兵器の量産により世界のミリタリーバランスを崩し、新たなる大戦を引き起こさんとした彼らは先日の決戦でアークに敗れ、主要幹部の殆どを失った。 その『親衛隊』の生き残りが、再び行動を起こしたというのである。 「……とはいえ、全員ってわけじゃないけどな。 幹部の一人、アルトマイヤー少尉は今も健在だが、組織としての力は以前とは比べるべくもない。 今回動いたのは、何が何でもアークに一矢を報いようという連中が殆どだ」 彼らは、『エインヘリャル・ミリテーア』というアーティファクトを用いて自らをノーフェイスと化し、力を大幅に高めるという手段に出た。文字通り『後が無い』彼らとの戦いは、激しいものになるだろう。 「皆に対応してもらう相手は、『イェンス・ザムエル・ヴェルトミュラー曹長』と『ウルリヒ・ツィーゲ軍曹』のノーフェイス二名と、自律型戦闘兵器『Ameise』が九体。 詳しくは資料に纏めたが……いくつか特殊な能力を持っている」 まず、ウルリヒ軍曹は『敵』と認識した複数の対象を戦場に封じ込めることが可能だ。 彼を倒さない限り、リベリスタは窮地に陥ったとしても撤退が出来ない。 アークか、自分達か、いずれかが全滅するまで戦うつもりなのだ。 「で、イェンス曹長だが。こいつは、スキルを含む全ての攻撃に厄介なおまけがついてくる。 通常の攻撃に加え、自分の血を触媒に生み出した“爆裂弾”を相手に撃ち込むんだ。 ターゲットの生命力と反応し、体内で爆発する――というな」 “爆裂弾”による追加ダメージは、対象が持つ生命力に比例する。 つまり、もともとの生命力が高い者ほど、威力が高くなるということだ。 「ノーフェイスになったとはいえ、知性や判断力は元のまま損なわれていない。 頭を使って、“効率良く”こちらの戦力を削ぎにかかるだろうな」 敵は今、山中に潜んでアークを待ち受けている。 ただ、それを察知した地元のリベリスタが、一足早く彼らに戦いを挑んだらしい。 「皆が着く頃には、既にカタがついている。……生存者は、ゼロだ」 苦い表情で、数史は説明を続ける。 「連中にとっては連戦になるが、消耗は無いものと思った方がいい。 万全の態勢であると前提で、作戦を練ってほしい」 そこまで言い終えると、黒髪黒翼のフォーチュナは資料から顔を上げた。 「先も言った通り、敵の狙いは『アークに一矢を報いること』だ。 一人でも多く、アークのリベリスタを葬るつもりでいる。 危険な任務だが……ここで誘いに乗らなければ、奴らはもっと派手な行動に出るだろう。 無関係の一般人を、『親衛隊』の脅威に晒すわけにはいかない」 資料を閉じ、数史はリベリスタ一人一人の顔を見る。 「――どうか気をつけて。必ず、全員で帰ってきてくれ」 ● 血と硝煙の臭いが、鼻腔を刺激した。 今しがた斃したばかりの屍体には目もくれず、イェンスは夜の闇を見据える。 「早く来い、方舟。――そう、長い間は待ってやれんぞ」 兄を、友を喪い、ついには運命までも失った。 それでも、怒りは“ここ”にある。炎はまだ、消えてはいない。 身体から伸びた鉄の鎖が、じゃらりと音を立てる。 右手に縛り付けられた『鉄の双子』が、鈍い輝きを放った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月19日(土)23:16 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 血と硝煙の臭いを孕んだ風が、鼻腔の奥を刺激する。 視界が開けた時、『Type:Fafnir』紅涙・いりす(BNE004136)の瞳に映ったのは地に伏すリベリスタの屍と、三色の蟻(Ameise)を従えた二人のノーフェイスだった。 うちの一人――イェンス・ザムエル・ヴェルトミュラー曹長がこちらを見る。 自らの肉体から伸びる鎖で銃を握る右手を縛った彼の姿に、いりすは失望を覚えた。 「何だ、その様は。何だ、その姿は」 本質とは、追い詰められた時にこそ現れる。寄る辺を失い、誇りを踏みにじられた男の“怒り”が、この期に及んでどのような輝きを見せるのか、期待してもいたのだが。 「……そんな鎖に頼らねば、得物の一つも持てんようになったか」 吐き捨てるようないりすの呟きを聞きながら、『攻勢ジェネラル』アンドレイ・ポポフキン(BNE004296)は『渇望の書』に踊らされていた『親衛隊』の絶望を思う。 あれが兵隊に対する侮辱でなくて、何だと言うのだ。彼らは一体、何の為に六十八年も戦った? (悲劇だと? 馬鹿馬鹿しい――) かの書を、それが齎した運命を腹の底から憎み、アンドレイは“断頭将軍”を握り締める。僅かな沈黙を破ったのは、『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)の声だった。 「どうあろうと違う道が選べないというのなら、ここで決着を付けるしかないわね」 己の半面を覆うピエロの仮面に触れ、『赫刃の道化師』春日部・宗二郎(BNE004462)が口を開く。 「──さて、終幕をはじめようか」 赤く染め上げられた死神の大鎌が、不吉な輝きを放った。 目標まで、約30メートル。全力で距離を詰めにかかるいりすを、前進したウルリヒ・ツィーゲ軍曹が迎え撃つ。自身を“最強の駒”と化した彼は、淀みない動きで長銃型アーティファクトの引金を絞った。 複数の銃口から放たれた弾丸が、いりすを含む射線上のリベリスタに襲い掛かる。間髪をいれず、イェンスが駆けた。 「待ちかねたぞ、方舟……!」 “敵”を全て射程に収め、銃撃の嵐を巻き起こす。実弾とともに撃ち込まれた血の弾丸が、リベリスタの体内で爆ぜた。 身を揺さぶる衝撃に、『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)が顔を歪める。 フィクサードに対する憎悪は今も彼の裡にあるが、不思議と頭は冷えていた。何も、焦って突っ込む必要はない。 「……自暴自棄な自慰行為に付き合うほど、人生に退屈はしてないさ」 彼我の中間点まで進み、地を蹴りつける。瞬時の加速により打撃力を増した拳が、空中からウルリヒのこめかみを掠めた。 「さぁ、戦争でゴザイマス。大胆不敵痛快素敵超常識的且つ超衝撃的に勝利シマショウ――!」 効率動作の共有で皆の戦闘攻撃力を高めるアンドレイの背を見やり、『ミックス』ユウ・バスタード(BNE003137)が「わお」と歓声を上げる。 「ポポさんの檄が効くー♪」 口調こそおどけているものの、その瞳は真剣だ。愛用の改造小銃を構え、己の動体視力を強化する。僅かに後退した彩歌が、両手を覆う「オルガノン」を「Mode-S」で起動した。サングラスの丸レンズ越しに標的を捉え、照準を合わせる。彼女の指先から放たれた気糸がウルリヒを射抜いた直後、『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)が彼に接近した。 「やあ、邪魔しにきたよ」 プログラムに従い、『Ameise』が一斉に動き出す。 三体の黒蟻がいりすとロアン、カルラの前に立ち塞がった瞬間、前線に並んだ黄蟻と赤蟻が攻撃を仕掛けた。異界の病原体を封じたアンプルと対神秘炸裂弾が彩歌を除く後衛を狙い撃つ中、『薄明』東雲 未明(BNE000340)が爆発を掻い潜って歩を進める。鋭く踏み切って細い身体を宙に舞わせると、彼女は黄蟻に向けて長剣を振り下ろした。 辛うじて麻痺を免れた『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)が、昂然と胸を張って敵を見据える。 「今宵で幕だ。往くぞ亡霊」 破界器に導かれ、運命を失いし戦士(エインヘリャル)たちよ。今こそ、神々の黄昏を知れ――! ● ラグナロクの発動で自由を取り戻した『ファッジコラージュ』館伝・永遠(BNE003920)が、ドレスの裾を軽く持ち上げる。 「ご機嫌よう、愛しき方。ノーフェイスだなんて素敵でございますね」 “敵”に対する愛憎を込めて黒き殺意を解き放つ少女に続いて、宗二郎が常闇のオーラを呼び起こした。身に纏った道化師の衣装をはためかせ、明けぬ夜を宿したカードを扇状にばら撒く。速度を活かして黒蟻を振り切ったいりすが、イェンスの正面に迫った。 懐に飛び込み、長さの異なる二刀で光散る刺突を繰り出す。敵が自分に火力を集中するなら、それも良い。囮として、攻撃を引き受けるまでだ。 「軍曹、俺に構うな。まず後衛を崩せ」 「Jawohl(了解です)、曹長殿」 上官とやり取りを交わした後、ウルリヒがシビリズを目掛けて手榴弾を投じる。宗二郎や永遠を巻き込んで炸裂した閃光魔術が三人の戦闘力を封じた刹那、『親衛隊』の軍曹は次なる行動に移っていた。 長銃から吐き出された弾丸が、中後列のリベリスタに喰らいつく。カルラは眼前の黒蟻を盾に射線を遮ると、その頭上を飛び越えてウルリヒを強襲した。 (……嫌悪も、行き着くと何も感じなくなるらしいな) 以前の戦いでは激情に駆られて突出したこともあるが、今は戦場がよく見えている。あの日の敗北を糧に、青年は新たなステージに進もうとしていた。 至近距離からの銃撃でいりすを牽制しつつ、イェンスが敵陣に視線を走らせる。神々の加護に守られたメンバーのうち傷の浅い数名を的から除外すると、彼は再び『鉄の双子・改』を構えた。 蜂の襲撃を思わせる猛攻を目の当たりにして、彩歌が独りごちる。 「ひとまず、この位置で正解かな」 今回、リベリスタ達は迅速に片を付けるべく『親衛隊』の二人を優先して狙う作戦を取っていた。 互いに距離を置き、かつイェンスから見て縦方向に並ぶのを避けた陣形は、範囲・貫通攻撃に巻き込まれる者を少なくし、目標への射線を確保しやすくするという意味を持つが、それは裏を返せば『敵からもよく見える』ということだ。チームに回復スキルが乏しいことも鑑みると、長射程攻撃を有する彩歌はアウトレンジ戦法に徹する方が都合が良いだろう。イェンスに対しては必ずしも安全とは言い難いが、現状においては最後尾に居て傷の浅い者を狙撃する意義は薄い。 ポイントを調整し、彩歌は煌くオーラの糸を紡ぐ。味方の間を縫って奔った極細の糸が黄蟻の一体を破壊し、その先に立つウルリヒを抉った。 「鬱陶しいね」 纏わりつく黒蟻を一瞥して、ロアンが眉を寄せる。ウルリヒを再びブロックしに行くのは不可能ではないが、しつこく追ってこられるのも面倒だ。 「支援するわ。軍曹はお願いね」 前線に駆けつけた未明が、黒蟻の抑えを引き受けつつ声をかける。すかさず跳躍した彼女が“鶏鳴”の一閃で黄蟻を両断すると、ロアンは迷わずウルリヒの方に向かった。 「――今度こそ、お墓に戻って貰おう」 モノクル越しに『親衛隊』を睨み、集中を研ぎ澄ませる。“断頭将軍”を振り回して敵陣を突破したアンドレイが、ロアンに合流した。 「イェンス曹長、ウルリヒ軍曹、お久し振りデス。アンドレイ・ポポフキンでゴザイマス」 かつての仇敵を見詰め、静かに告げる。 長々と言葉を弄するつもりは無かった。それでどうにか出来るなら、六十八年前に解決している。 アンドレイはただ、戦いに来たのだ。肯定や否定という次元を超えて、彼らという存在を魂に刻みつけるために。 「……勝負デス」 万感の思いを込め、武器を構える。さあ、戦争をしよう。 「望むところだ、アンドレイ・ポポフキン」 返答は、厳かな響きに満ちていた。雄叫びを上げ、アンドレイはウルリヒに打ち掛かる。閃光手榴弾で“最強の駒”を破るには、まだ位置が良くない。相手に隙が生じるまで、大胆に、不敵に、攻めの一手あるのみ。 「やられる前にやれ――敵も味方も、つくづく前のめりのガチ編成ですよねえ」 しみじみと呟き、ユウが“Missionary&Doggy”の銃口を空に向ける。 「私も、ちょっと頑張っちゃおうかな」 天を貫く弾丸を燃え盛る矢に変えて、彼女は戦場にインドラの火を落とした。 炎に包まれた蟻たちが、負けじと反撃に移る。神聖なる光で全ての負を打ち払うシビリズから少し離れた所で、宗二郎が首を傾げた。 「『親衛隊』……もう、僕たちに突っかかってくる理由なんて無いはずなのに。 そこまで、自分たちのプライドが大事なのか?」 攻撃の命中精度を高めるため集中する彼に、シビリズが答える。 「人には、闘う理由がある。己の為。誇りの為。誰かの為―― 私にとっては、まぁ、どれでもいいのだがね」 視線の先には、イェンスの姿。因縁深き敵手を眺めやり、彼はいつになく低い声で囁いた。 「……置いて逝かれたのではない。君が、死にそびれただけだ」 畳み掛けるが如く、いりすが二刀を閃かせる。 「イェンス・ザムエル・ヴェルトミュラー。お前は、もっと早くに殺してやるべきだった」 名を呼ぶのは、これが最初で最後。事ここに至っては、騙る言葉も、語る言葉も互いにあるまい。 夜の闇に、光が舞う。交錯する刃と鎖が、悲鳴を上げるかのように軋んだ。 ● 「……削りあいの潰しあい、だな」 戦いは、カルラの言葉通りの様相を呈していた。 最も厄介な黄蟻は既に全滅したが、健在な赤蟻たちは今も後衛に向けて炸裂弾を撃ち続けている。急がねば、そろそろ倒されるメンバーが出てしまうだろう。 漆黒の瘴気に染まったカードを投じ、宗二郎が『親衛隊』の二人に攻撃を浴びせる。 絶対者と同様の力を持つ彼らに、不運を齎す常闇の呪詛は効かない。だが、それが何だと言うのだ。 命を懸けてアークに一矢報いるというなら、降りかかる火の粉は払うだけ。 「アンコールは存在しない。これ以上の喜劇は必要ない。ここが、ラストシーンだ」 身を蝕む反動には構わず、仮面から覗く赤い瞳で戦場を見据える。 黒蟻を巧みに利用して敵の銃撃を防ぐカルラが、“ウルトラウィング”の魔力噴射機構を全開にして高く跳んだ。 「運命を手放したテメェらは迷いも無く強い。……が、それだけだ」 茶色の双眸で『親衛隊』を見下ろし、淡々と呟く。 もう、心は動かない。敵を倒すためだけの存在なんて、ここに並んだ機械と何が違うというのか。 次第に追い込まれつつある部下を横目に、イェンスが『鉄の双子・改』の銃口を永遠に向ける。本来ならばとっくに倒れている筈の少女は、気紛れな運命(ドラマ)に愛されて一向に膝を折ろうとしない。ならば、手数を犠牲にしてでも確実に仕留めるべきだ。 魔弾に貫かれた永遠が、初めて運命(フェイト)を削る。 「僕は永遠のトワです。僕の敵を、愛し続けます」 だいすき――と笑って暗黒の闇を放つ彼女を援護しようと、ユウが銃のトリガーに指をかけた。 天から降り注ぐ火矢が蟻たちを過たずに捉え、その数を減らしてゆく。 「……軍曹」 上官の張り詰めた声を聞き、ウルリヒが長銃を構えた。 「心得ております、曹長殿。『勝てば良い』のでしょう」 浅からぬ傷を負いながらも、“最強の駒”たる彼の攻撃力は衰えを見せない。自らを抑える前衛二人に至近から弾丸を叩き込み、射線上の後衛を撃ち抜く。 アンドレイと宗二郎が運命を代償にして己を支える中、なおも立ち上がろうとする永遠をイェンスが遂に沈めた。 「Sieg oder tot――負ける奴ぁ死ね、勝った奴が正義だ、デスカ」 今は亡きブレーメ・ゾエの口癖とされる言葉を諳んじるアンドレイに、イェンスが「そうだ」と答える。 道化の衣装を紅に染めた宗二郎が、呆れたように溜息を吐いた。 「全く、僕にはわからないね。生きている方がその数倍は価値があるだろうに」 死神の赫刃を横薙ぎに振るい、真空の衝撃波でウルリヒの身を斬り裂く。 口を閉ざした『親衛隊』に、アンドレイは続けて語りかけた。 「不思議なものでしてね、『彼』と似た言葉が我々にもアリマス」 Надо драться до победы,Без победы - жизни нет! (勝利まで戦い抜け、勝利なくば生命無し!) 祖先の遺訓を胸に、満を持して閃光手榴弾を投擲する。 「……負けませぬ。絶対に負けませぬ」 ウルリヒの背後で弾けたそれが彼の加護を砕いた瞬間、未明が仕掛けた。 「死なない限り負けじゃないなら、失くす事を恐れてはいけなかった」 形あるものに、“永遠”なんて存在しない。生きている以上、自分が先に死ぬか、相手に死なれるか、結末は二つに一つなのだから。 「でも、それでもと立ち向かう姿勢は好きよ」 ――たぶん、自分も彼らと同じくらい馬鹿なのだ。 宙に身を躍らせた未明の背で、尾長鶏を描いた鞘が揺れる。 しっくりと手に馴染んだ“鶏鳴”の柄を握り、彼女は力の限り刃を振り下ろした。 「終わりだよ――!」 待機していたロアンが、銀に煌く鋼糸で無慈悲なる三日月(クレッセント)の印を刻む。 一瞬の後、完璧なタイミングで放たれた彩歌の気糸がウルリヒの心臓を貫いた。 とうとう崩れ落ちた『親衛隊』の軍曹を見やり、彼女はそっと言葉を紡ぐ。 「世界の為、祖国の為。 リベリスタ、フィクサードって言ったって、結局は自分のやりたいようにやりたいもの」 分かるわ、と彩歌が囁いた時、部下の死を目の当たりにしたイェンスの双眸に烈しい炎が宿った。 果敢に打ち掛かるいりすとカルラの攻撃を鎖で防ぎ、『鉄の双子・改』を立て続けに撃つ。 反射ダメージを厭わぬ、渾身の連続射撃。リベリスタの体内に食い込んだ血の弾丸が一斉に炸裂した直後、宗二郎とアンドレイが相次いで倒れ伏した。 「……何故、でしょうね」 薄れゆく意識の中で、アンドレイが呟く。武器を一度握ろうにも、力が入らない。 こんなに悲しく、寂しい戦争は初めてだった。 何故、敵なのだろう。何故。何故。 自分が六十八年前のアーリア人であったなら、彼らと意気投合していたかもしれないのに―― イェンスの銃撃は、メンバー中でトップクラスの回避力を誇るいりすの体力をも奪い去っていた。 掠っただけでも効果を発揮する爆裂弾は、いりすにとって相性が悪い。 「『竜』を殺すのは。何時だって『人間』だ。今のお前に小生は殺せん」 赤黒い血を吐き捨ててイェンスを睨むいりすの後方で、同様に運命を燃やしたユウが小銃を構え直した。 「……曹長の炎と張り合えるのも、これが最後の筈ですしね」 気力を振り絞ってインドラの矢を落とし、残る敵を焼き焦がしてゆく。半身を紅に染めたシビリズが、さも愉しげに笑った。これこそが至高。血の流れぬ戦場など、戦場に非ず! 「さぁ、教えてくれたまえ。君の“勝利”はどこにある?」 逆境に昂るまま、シビリズは挑むような視線をイェンスに向ける。 「君の“勝利”を、私の“勝利”で叩き潰そう――!」 金と赤の瞳が互いを映した時、再来するは神々の運命(ラグナロク)。 「まだまだこれから、でしょう?」 凛と声を響かせた未明が、白刃を鮮やかに閃かせた。 ● 男の憤怒を宿して、灼熱の鎖が戦場を荒れ狂う。 破邪の光を輝かせて炎を消し去ったシビリズが、素晴らしい――と哄笑した。 「君の怒りは消えかかる亡霊のソレでは無い! 心の臓の鼓動すら聞こえるようだ!!」 ますます血を滾らせる彼の叫びを聞きながら、ユウは照準を『鉄の双子・改』に合わせる。 「貴方の黒髪は嫌いじゃないですけど、そろそろお兄さんの所へ行ってあげても良いのではないですか。 死に甲斐が欲しいのなら、出来る限り差し上げますけど……」 魔力と意志を固めた呪いの弾丸が“Missionary&Doggy”から撃ち出された刹那、イェンスの右手を縛る鎖が弾けた。 銃に備えられた二つの弾倉のうち、一つが凹む。 『双子の片割れ』を傷つけられたイェンスが、腹の底から吼えた。 「まだだ……ッ!!」 倒れたリベリスタに止めを刺そうと狙いを転じた彼の機先を制し、いりすが動く。 「臆病者の坊やめ」 自ら『人』たることを捨てた弱さは、唾棄すべきモノだ。 だが、最期まで戦うことを選んだ、その意志には、その決意には。 応えてやらねばなるまい。彼が、彼であるうちに。 命を惜しむな。刃が曇る―― 「その命。その破界器。貰い受ける」 血塗られたジャックナイフと銘無き太刀が、イェンスに突き込まれる。 すかさず距離を詰めたカルラの口元に、微かな笑みが浮かんだ。 「あんたらは随分と役に立ってくれた。礼を言うぜ。さすが優良様だ――」 かつての雪辱を果たすべく、光の翼を纏う拳を音速で繰り出す。 イェンスが命尽きたその瞬間、『鉄の双子・改』は自爆装置を作動させて主の死に殉じた。 「Auf Wiedersehen」 辛うじて残った銃把を握り締めて斃れた『親衛隊』曹長に、シビリズが母国語で別れを告げる。 Sieg Heil Viktoria――と謳う彼に続いて、未明が囁いた。 「貴方達は不服でしょうけど、ずっと覚えてるから」 誇りや思い出といった“形無きもの”は、人が去った後も残り続ける。 それは、とても大切なことだ。彼の怒りも、また――。 「……そうして、最後まで貫けたなら。ある意味では、『負けてはいない』という事よね」 手向けるように紡がれた彩歌の言葉が、戦いの夜を締め括った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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