●9月19日は九条の誕生日なんだけど、正直偶然だったわけで(ST談) 旧暦8月15日。今夜の月は『中秋の名月』である。 とはいえこの日が必ず満月になるわけではない。少し欠けた月を見ながらの月見となる。 「そんなわけで月見に行こうや。バトルマニアなキースだってそんぐらい許してくれるさ」 『菊に杯』九条・徹(nBNE000200)は腕を組んで呵呵大笑。一昨年はジャックとの戦い。去年は異世界で戦争と大変な年だった。今年は悪魔か、と思うとあまりの多忙さに目を背けたくなる。 「背けるならお月様でも見よう。いい場所を押さえてあるんだ」 皆が悪魔退治のために全国に出張している間に、こっそり山の宿を押さえていたのである。 「食い物も酒も用意してあるぜ。未成年用にジュースもばっちりだ。騒ぐのが苦手なヤツには一人で静かになれる場所もある。物思いにふけるのも悪くないもんだぜ」 少し宿から離れたところに草原があるという。月下、風なびく草原で何かを思うのも悪くないだろう。 「ま、気が向いたら参加してくれや」 徹はそれだけ言って。笑いながら去っていった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月05日(土)23:37 |
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●観月の宴会。誕生日も祝うよ! 空には青く光る満月。 中秋の名月の名に恥じぬ鮮やかな月。開かれた障子から見える満月。 「秋刀魚! 松茸! 栗ごはん!」 それはそれとして、食欲の秋である。終は秋の味覚に箸を進めていた。大人数の宴会よろしく量は沢山ある。終は取れたての秋の味覚を十分に楽しんでいた。 「お月見もいいけれど……秋はやっぱりおなかが空くんです」 「秋に限らないだろうが、そういうのは」 「食欲の秋万歳! 月見酒とかも風流だけど、まだオレ未成年だもん」 終は一息つくためにお茶を飲みながら、ススキと満月、そして徹をみていた。ダブルの満月だ。口にしたら殺されそうだけど。 「九条さん……すこし良いかしら?」 「ウッス、いい夜だな」 「どうも……です」 糾華とリンシードとフツが徹のところにやってくる。その近くで氷璃が三人の様子を見ていた。 「こんな日だし、日ごろのお世話になってるお礼を兼ねて、私達と一緒にお花見はいかがかしら?」 糾華は徹を庭に連れ出す。フツもそれについていき、リンシードは床に座ってカメラを構えていた。 空には満月。そこに並ぶフツと徹。ススキと団子を用意して糾華はリンシードの隣に腰掛ける。 「これが、三高平三名月!」 糾華の角度からみれば、満月とフツと徹の坊主頭が並んで見える。見事な円である。 「ありがとう、九条さん。とても素敵なお月見だわ。もしかして怒ってる?」 「大丈夫だ! オレ達が今更頭のことで怒ったりするわけねえサ」 「まぁな。むしろ美女に月に例えられるなんて嬉しいぐらいだぜ」 「はっはっは。おやっさんも言うねぇ」 フツと徹は腕を組んで笑う。 「まさかねーさまがこんな事を画策するとは……最近ねーさまがよい感じに砕けて微笑ましいのです」 「そうね。表情豊かになったあの子達を眺めるのは楽しいわ」 リンシードと側にいた氷璃が糾華をみてそんな感想を言う。そのまま氷璃は徹に祝辞を告げた。 「何はともあれ、お誕生日おめでとう。三高平三名月が粋かどうかはちょっと判らないけれど」 「おう。四十過ぎるとまた年くったかって気持ちになるけどな」 「ふふ、まだ若いんだから成長したと思っておきなさい」 「確かに。経験豊富な姉さんにはかなわねぇな」 若く見えるが氷璃の年齢は徹よりも上である。 「九条徹と言う男が生を享けた記念すべきこの日に、中秋の名月を肴に月見で一杯だなんて粋な計らいね?」 「宴会の理由が重なるのは、もったいない気もするがな。 ところでそろそろ戻っていいか? ずっとそっぽ向いてるのは寂しいぜ」 「ええ、ありがとう。最高の月見になりそうだわ」 「よっしゃ、おやっさん酌するぜ。斬風とリンシードにやってもらった方がいいか。ウヒヒ」 「おいおい、俺が一杯だけで潰れるように見えるか? 折角だから一人ずつ酌してくれ」 「……じゃあ、私から……」 当人にその意図は無かったのだが、今年の中秋の名月と徹の誕生日が重なっていた。徹本人も宿の予約をするときに気づいたほどである。 ともあれ誕生日祝いとばかりに徹に絡んでくるものは多かった。 「月が二つあるだよ……ちと酔い過ぎただか?」 ほろ酔いの菫がやってくる。いつものアラビア風ローブではなく私服だが。 「残念だったな。少し前までは三つだったぜ」 「なんだと。それはさぞかし壮観だったんだろうなぁ」 はっはっは、と笑って酒を呑む菫。 「月見酒とは風流じゃないか、ええ? 菊に盃よ。料理も進むというものだ」 「おいおい、缶詰かよ。折角料理があるのに」 宿屋が料理を用意したのに、缶詰を開ける菫。それを見て徹が肩をすくめた。 「……いや、こういう所の味は、慣れんのだ。味の善し悪しがよくわからんのでな……」 「普段の生活が伺えるぜ。たしかに缶詰も馬鹿にはできないけどな」 新鮮味を維持できるという意味では、缶詰は酒の肴にもなる。 「乾杯~ッ! 今回も月が三つでめでてぇーや!」 「なにぃ!? 本当に三つだったのか!」 既に出来上がっているツァインがコップ片手にやってくる。菫がその事実に驚き、徹が苦笑する。 「兄さぁ~ん! やっと! やっと一緒に飲めますよ酒ぇ~! あ、お注ぎします。ささ、グイっと」 「そういやツァインも二十歳か。よし、俺も返酌だ。今日は沢山呑めよ」 「へっへっへ。ありがとうございま~す」 同時に酒を嚥下し、息を吐く。 「月見とか花見しながら静かに一杯……っていうのを何度も思い描いてきたんだけど、いざその時になるとどういう気持ちで呑むと渋くなるのか分かんねぇなぁ……」 「酒に酔い、月に酔い、花に酔うってな。難しいことじゃねぇよ。お前達が守ってる日常を思いながら飲めばいいのさ。わかんなかったらとにかく飲め。それで騒ぐのも修行だ」 「かぁ~! さすが兄さんいいこというねぇ! 今は楽しく飲んでりゃいいか!」 「九条のおぢさま、はっぴーばーすでーつーゆー♪ ウサギさんから、お月見団子のプレゼント」 語尾にハートマークをつけてスピカが酌をしてくる。ウサミミにレオタード。色気の無いつるぺたバニーガールだ。一部の嗜好を持つ人には犯罪行為も辞さない程の破壊力である。 「おう、ありがとよ。どうしたんだ、今日はおめかししこんで」 「うふふ、ほら、今日はお月様がとっても綺麗でしょ。わたしの中に眠るウサギの血が覚醒して、こんな姿に!」 言ってポーズを決めるスピカ。 「ああ、月がきれいなら仕方ないわな」 スピカお前フライエンジェだろうが、という突っ込みは徹のスルー能力で回避された。 「お酌は任せてくださいね」 「ハッピーバースデーでござるよ! モテモテでござるな!」 酒瓶片手に虎鐵が徹の前にやってくる。もう片方の手には自分用のコップではなく、魚の炒め煮を乗せた皿を持ってきていた。 「ほれほれー徹飲むでござるよ! 酒を楽しむでござる」 「お。これ美味いな。イナカゴなんかお品書きにあったか?」 「ふっふっふ。拙者のお手製でござる!」 「相変わらず器用なヤツだな、お前は。さすが二児の父」 虎鐵が作った炒め煮を食べながら、徹は賞賛の声を上げる。 「そういえば息子娘はどうした?」 「さすがに酒盛り場には呼べないでござるよ」 「そうか。じゃあ今日はとことん呑むとしようか」 「いいでござるな。徹付き合うでござるよ!」 虎鐵と徹、二人のグラスがカチンとぶつかり合う。 「お誕生日おめでとうなのだわ、九条さん」 「今日はお呼びいただきありがとうございます」 エナーシアとテュルクが酒瓶と食べ物を持ってやってくる。テュルクは未成年なので、ジュースだが。 「甘いものが苦手でないなら、沢山食べるといいだろう」 ウラジミールが持ってきた月見団子をテュルクに渡す。酒が呑めずとも宴を楽しめるようにとの配慮だ。 「飲んで食べて、楽しんでくれりゃそれで月も満足するだろうよ」 「満月でなくとも飲んで食べますけどね」 「酒飲みの方々は食に関しても長けている事が多いですし、楽しみですね」 「若いのだから遠慮せずに食べるといい」 「まだ俺も若いつもりだけどな。つーてもティルクの三倍になるけど」 九条・徹、四十五歳(2013年9月時点)。これでもアークの中では若い方である。上には【塔の魔女の魔力で消されました】歳の魔女がいるわけだが。 「恒例となった行事でも毎度毎度ほんとに違うものよねぇ。面子もお酒も肴もすすき野も風も雲も当然主賓の満月も」 「月は変わり行くから月なんだよ」 「自分は月は夜戦における光源として見てしまうので、趣というものにはかけるのだろうな」 「むしろ夜にカチコミかけるときは新月のときを狙うから逆に月は見ねぇなぁ」 「神秘の加護が無い一般人からすれば、その工夫はあたり前なのですわ」 「……なんか物騒な会話になってません?」 『一般的な』ティルクは軍人&元フィクサード&銃が使える一般人の会話を聞いて、至極普通のツッコミを返した。 「そういえばテュルク殿、その衣装は?」 ウラジミールはティルクが着ている衣装を指す。人目を引く色の衣装は、演劇を想起させる。 「せっかく宴の席ですので、未熟ながら一曲披露仕りましょうと思いまして。一方的にいただくだけではあまりに不義理ですし」 ティルクは立ち上がる。録音してある音楽を流し、満月を背にゆっくりと舞い始めた。 「いいねぇ。綺麗なもんだ。酒も進むってもんよ」 舞い終わったティルクに感想を告げる徹。 「そういえば快はどうした? いつもならこのあたりで新酒持ってきそうなんだが」 「ああ、新田殿なら――」 ●飲めや歌えや枕投げや 「ちょいとばかし遅れたけど、竜一とくわっしゃんの成人祝い! ついでに九条さんも祝うか!」 「いや~、うれしいね! タダ酒の味は格別だろうなー!」 「まーこーしてタダ酒振舞われるってのも悪かぁねぇ」 「二人共、お手柔らかにね……?」 快、竜一、火車、悠里の四人が日本酒の入ったカップを掲げる。竜一と火車は成人ということでお酒解禁である。まぁ、問題なのは。 「僕もお酒にすごく詳しいって訳じゃないから、そこは三高平の酒護神こと快を呼んできたよ!」 「ようやく二人と酒が飲めるようになったね。南の島じゃタイミングが合わずじまいだったし。いやー、鍛え甲斐のある二人で楽しみだね」 快が鍛える気満々であるということと、 「いえーい! どんどんカモン!」 「ガハハ! 量だけなら底無しよぉ! と……まぁ すぐバレる嘘は置いといて」 素人の竜一と火車がそれなりに強気であることである。まぁ、火車は一度酒宴を経験して自分の酒の弱さを自覚しているのだが。 「というわけで今日のお酒は『三高平』純米吟醸ひやおろし。 冷やおろしっていうのは、春先に絞ったお酒を夏の間寝かせてから出荷されるものを言うんだ。しっかり味が乗ってるから、秋の旬にぴったりの酒だよ」 冬に醸造して春から秋まで低温で寝かせるため、熟成のある味わいである。逆に寝かせる期間が長いため、新酒のようなフレッシュな味わいはない。 「今回は月見ってことで、里芋で衣かつぎを作ってきた。里芋の白くて丸い身を月に見立てて、中秋の名月に合わせて食べるんだ。お月見の団子の、里芋版だね」 快の説明を聞きながら悠里が頷く。そんな食べ方があったのか、と。 「月を見ながら月に似せた里芋を食べる、か。風流だね」 「それじゃ、二人のこれからの酒飲み人生に乾杯!」 「二人共成人おめでとう!かんぱーい!」 「九条だけで月も花も揃うじゃんな? かんぱーい」 「九条がいれば、菊に杯。これで月見酒の役がそろった感じだな! めでたいめでたい!」 快と悠里が杯を掲げ、火車と竜一が徹の肩を叩きながら酒を口にする。嚥下した酒が臓器に届き、熱を帯びる。脳に直接届くアルコールの衝撃が、気分をハイにしていく。 「ふむふむ、透き通るような味わい。これが吟醸というものか。ああ、肴の里芋の素朴な風味がまた……」 「ははーん成る程。良い酒良い肴良い風情と三拍子揃える訳だ」 「鼻を通る香りに華やかさすら感じる……」 「なんか…パカパカ飲んでた訳だが……ツマミってのは結構大事だな……」 快を初めとした酒飲み達のアドバイスで、つまみを食べながら酒を呑むという理想的な流れを持ってきていた竜一と火車。 しかし酒とは怖いものである。竜一の酒を呑むペースが少しずつ速くなってきていた。 「飲まなきゃ自分の限界なんて見えてこねえんだよ! タダだし!」 「うんうん。自分の限界を知ることはいいことだ。幸運なことに今日は泊まりありだしね」 かなりのペースで杯を傾ける快。それでいて酔った様子はない。 「あ、あの……そんなに飲んだらほら、体にも良くないし……程々がいいんじゃないかなぁ……?」 「そういう悠里も結構飲んでるじゃねぇか。 竜一も快もガブガブ行くなぁオイ。 ……オレもガンガン飲むわ。九条! 悠里払いだぁらもっと無闇に高い酒! 出せ!」 「ひぃぃぃぃぃぃ!?」 火車の言葉に顔を青ざめる悠里。その肩にぽんと手を置く快。 「大丈夫。ツケは認めるから」 「快、すごくいい笑顔! さてはこの流れを予想していた!?」 かくして成人祝いはいつしか飲み比べとなり……気がつけば竜一と火車は畳の上に転がっていた。 そして酔っ払いといえば、こんな集団も。 「なんじゃ……窓は開いておるのに、暑いのう。月はまんまるだし、胸は燃え盛るようじゃ」 「わあたいへんだ。うらべさんがつきのきょうきにおかされてえろえろになってしまったぞう」 「ちょっと卜部さん、お酒飲みすぎじゃないですか?!」 ハイペースで酒を呑み胸元をはだけた冬路と、そのそばで棒読みで状況を説明するうさぎ。そしてそれを開放する風斗である。 事の経緯は、こんなかんじだ。 「さあ、九条さんのあt……じゃなくて月を肴に騒ぎましょうか」 そんなうさぎに誘われて冬路と風斗が宿にやってくる。風斗はたまにはコンビニご飯以外のものを食べようとして。冬路はそんな理由で風斗がやってくることを心のどこかで期待して。 (期待してなかったと言えば嘘、じゃが。その後、恋話はどうなっておるのかのう) 冬時は風斗の恋の行方が気になり、そわそわしていた。しかし気軽に聞くこともできず、ただ日々を過ごしている。 「まあ、こんな殺伐とした時期だからこそ息抜きも必要か」 当の風斗はそんな心配などどこ吹く風とばかりに今日食べるご飯と、そして月見のことを考えていた。確かにここのところ魔神だのなんだのと殺伐している。ここで息を抜くのも悪くない。 「何そわそわしてますか卜部さん。気になる事は聞きなさいよ」 「む……気になることなど……」 そんな態度の冬時の背中をうさぎが押すように言葉をかける。もちろんこんな言葉で押せるとは思っていない。なので、 「そんな時ぁ酒です。貴女は呑んで良い歳なのですからガンガン呑んで奥手さを引っ込めなさい。ほれ呑めやれ吞めもっと呑め。良いから」 そんな感じでうさぎが酒を進め、その結果がこうである。 「ほれ、風斗。こんなに、熱いのじゃよ……」 「しっかりしてください! 胸元はだけて瞳も潤んで、だらしないですよ!」 しだれかかる冬時を抱き、普通に対応する風斗。もちろんここで風斗が全く動揺しない展開もうさぎは織り込み済みである。 「風斗さん、男性としてキッチリお世話なさい。泊まりの部屋につれてって」 「え? いやそれはなんというか」 「いいから」 無表情の圧力でうさぎが迫り、それに押される形で風斗が冬時に肩を貸して運んでいく。 (こんな綺麗な月の夜なんです。難しい事やややこしい事は抜きにして、皆で笑ってましょうよ) 月を見ながら、うさぎは思う。本当に大切なのは、こういう時間なのだ。 「まんげつっ! おつきみっ! おだんごっ! たべほーだいっ!」 「食べ放題……ナノカ?」 大量の団子を確保して満月をみるテテロと、それを世話するリュミエール。別に食べ放題じゃないけど、十分な量は用意してあるようだ。 「ミーノのこーぶつはみたらしときなこっ。このふたつをめいんにほかもぱくぱく」 「あまりがっつくな。特にそういったのって頬トカニツキヤスイ。っツーカツイテルシ」 団子を大量にほうばるテテロの頬についている黄粉を、ハンカチで拭くリュミエール。手馴れたものである。テテロも拭かれるままに拭かれている。 そして十分な団子を食べたテテロは満足したのか酒瓶を手にポーズを決める。びし、と月を指差し腰に手を当てて、 「ちょう! せくしーミーノがおしゃくをするの~。くじょーさんもだいまんぞくのおつきみっ!」 「セクシー」 これにはリュミエールも無表情で苦笑い。器用な狐である。 「くじょーさん、はいっ! おさけっ!」 「お、どうしたテテロ。団子は美味しくなかったのか?」 そんなせくしーミーノのお酌の反応は、そんな感じだった。 「おだんごおいしかったよっ!」 「そりゃよかった。沢山あるからどんどん食べな」 「わーい!」 「ナンツーカ、イイようにあしらわれたナァ」 リュミエールはそんな様子を見て団子を頬張った。テテロを適当にあしらわれたのは少し不満だが、真剣に相手されるとそれはそれで。複雑な心境である。 「春は花見、んで秋と言ったらやっぱり月見だよな」 「お月見……もう秋ですし。そんな時期でしたね」 猛とリセリアが料理を口にしながらを月を見ていた。 「さって俺らは酒はまだ飲めないし、ジュースで乾杯といこうぜ」 「お酒……まあ、もう数年の辛抱です」 周りで酒を飲んでいる人たちを尻目に、猛とリセリアはコップにジュースを注ぐ。色々騒いだり倒れたりしている人を見ていると、本当に楽しいものなのだろうかとリセリアは疑問に思う。大人になれば分かるのだろうか。 「んじゃ、中秋の名月とこの旅館に誘ってくれた九条の旦那に乾杯!」 「こんな所を知ってるなんて、流石は九条さんです」 「褒めてもこれ以上はなにもでねぇぜ」 二人の乾杯の声が聞こえたのか、徹がそんな言葉を返してくる。財布をひっくり返し、赤貧のポーズを取った。 「酒はまだまだお預けで残念だが、此処の料理は絶品だな。美味い……」 「本当、美味しいお料理。それにベランダから景色に、月まで良く見えて。綺麗」 リセリアは舌鼓を打ちながら、夜空に浮かぶ月を見る。淡く青く光る満月。ただ綺麗、の一言しかなかった。 「景色も最高だよなあ。今回も満喫して帰るとしようぜ! な、リセリア」 「ええ、満喫していきましょう。お料理も景色も、夜空も月もすべて」 猛の言葉にリセリアが笑みを浮かべて答えた。 「もう秋なんだなあ……良い季節だねぇ」 「秋か。景色も綺麗で飯も美味い。いい季節だよな」 七と鷲祐が月を見ながら語り合っていた。 「わたしは秋が一番好きだから、これから美味しいものとか温泉とか楽しみだなー。司馬さんはどの季節が好き?」 「俺はそうだな……やっぱり、夏だな。仲間とバカをやるには最高だから」 そんな鳥と目のない会話をしながら、お互い酒を飲む。持ち込んだのか、テーブルの上にはかなりの数のお酒があった。 「何がいい? ビールに日本酒、リキュールにウイスキー。好きなモノで」 「おお、色々あるねえ……わたしは日本酒かな。お酌くらいするからね、はい、どうぞ」 「おっと、すまない。じゃあ、俺にもさせてくれ」 お互いに酌を返し、そして口に含む。五臓六腑に酒が届き、熱い息を吐く二人。 「皆いるし、混ざって騒ぐか。 お前ら、乾杯だ!」 「最速キター! かんぱーい!」 周りにいる仲間達の輪に混じり、コップを打ち合う鷲祐。 「ふふふ、こうして賑やかなのを眺めてるのも悪くないねぇ」 七はそんな様子を見て、微笑みながら酒を口に含む。 ふと視線を逸らせばそこには満月。その満月とグラスを打ち合わせるように、七はコップを持ち上げた。 「ルヴィちゃんとお月見デートなのですぅぅ」 「彼氏は放って置いていいのかー、櫻子ー」 五段重ねの重箱を前に、櫻子とルヴィアがお酒を飲んでいた。ちなみのこの五段重ねの重箱は櫻子の自作である。 「久し振りに腕を振るいましたわ、お肉もお魚もありますのよ」 「明らかに作りすぎだよなこれ」 ルヴィアもそれなりに食べるほうだが、二人分の量にしては作りすぎだ。仕方ねぇ、とばかりに気合を入れて箸を掴む。 「しゃーねーなー、根競べしに来た訳じゃねぇが酒片手に処分するか」 「は~い」 櫻子は嬉しそうに微笑む。どうあれ自分が作ったものを食べてくれるのは、嬉しいものだ。ハイペースで酒と料理を食べるルヴィアを見ながら、櫻子は口を開く。 「ほんとにルヴィちゃんはお酒強いですよね~」 「まー伊達に年食ってねぇよ、仲間で飲みに行くなんざ結構あったしな」 「ふ~ん」 相槌を打ちながら、櫻子は猪口で日本酒を口に入れている。あまりお酒には強くないのだが、ルヴィアの飲みっぷりに引っ張られていた。 それから半刻後、 「ふにゃぁ~……ルヴィちゃんの尻尾がふわふわで気持ちいいのですぅ~」 「酒に弱いくせに無理して飲むなって言ってんのに」 酔って倒れた櫻子の頬を軽く叩いて説教するルヴィアの姿があった。櫻子はルヴィアの尻尾に顔をうずめ、自分の尻尾を嬉しそうに振っている。 「送るのが大変じゃねぇか全く」 いいながらもルヴィアは櫻子を離すことはなかった。 「ボトムでは、みんなでお泊りしたら枕投げするのが伝統なんだって」 リリィのそんな一言が、 「お月様見ながら枕を投げるとかなんとかぁ……ボトムって本当に変わった風習があるよねぇ……」 と伝言ゲームよろしく間違って伝わったからさあ大変。大部屋を貸しきってのフュリエだらけの枕投げ大会の始まりである。 「ふふーっ。お月様を見て、皆とお泊り! これだけで何だか楽しいよね?」 ルナが自分用の枕を手にドキドキしていた。 「怪我しないようにね。宿にも迷惑かけないようにするの」 リリィが柔らかい枕を手にルールの確認をする。とりあえず器物破損話とかそういうい程度だが。 「枕は、眠る為にあるものだと思っておりましたが……こうやって投げて遊ぶものだったのですね。一つ勉強になりましたわ。ふふ」 アガーテが首をかしげながら枕を構える。フュリエに常識を教えた教育担当者出てこい。 「お月見なのに月も見ずに枕投げっていうのも首を傾げちゃうけど……ま、楽しければいいよね」 カメリアが低反発枕を手に構える。少し前まではフュリエの村で皆一緒に寝るのは当たり前だった。今ではそうでもないのだ。これも変化ということか。 「いつもと違った場所に集まって不思議な気分です」 持参したマイ枕を掲げてシーヴが言う。フュリエだらけのボトムチャンネルお泊り大会。初めての遠足気分にうきうきしていた。 「リリスも普段使ってる枕を持ってきたんだけどぉ……」 自分と同じ大きさの抱き枕を手にリリスが口を開く。幸い、宿にも枕はある。それを使うことにした。 「オレも自宅から持って来たよ。うさぎクッション、かえるクッション、いかクッション」 多彩なクッションを持ってきたのはヘンリエッタ。何かを模したものが大好きなヘンリッタは、気がつけば部屋の中はそんなものばかりになっていた。 下の階に迷惑が掛からないように布団を敷き、その区画内だけが移動範囲。枕以外の攻撃禁止。そんな戦いだ。 「じゃあ、始めようか」 リリィの一言が、開戦の合図となる。わー、と叫び声が上がり、枕が飛び交った。 「お姉ちゃん、今日は遠慮しないからねっ! って、わっぷ!?」 「本気でいくよー! レシーブ、スパイク!」 「私より非力な子はそんなにいないっ。えいっ!」 「も、もうっ! 私も負けないんだからねっ!」 「あはははは! いたくないぞー。そーらっ!」 「なんだかこういうのも楽しいね」 「そもそも枕投げって、ぶつけるための物なのでしょうか?」 「浴衣って裾が邪魔で動きにくいわ。……ええい、少しぐらいなら!」 「あ~……カメリアが……脱いでるぅ……」 「裾を少し開いただけだ!」 「まだまだ行くわよ……って、え? ちょっと待って私枕じゃないって、わーっ!?」 「なんか、ぽんぽん宙を飛んでるような感覚がぁ……投げられてる枕って、こんな感じなのかなぁ……?」 「リリスおねえちゃんきゃーっち」 どったんばったん。途中枕じゃないものも飛び交ったが、枕投げは一時間もしないうちに終了した。遊び疲れて皆ぐったりしている。 「冷たいものでも飲みませんか?」 アガーテが火照ったフュリエたちの喉を潤すために玲茶を配る。既に布団で寝ているリリィとリリス以外はそれを飲み、休憩モードが一気に休戦モードになった。 「おやすみ。また、明日」 一人、また一人と布団の中に入り、眠りにつく。姉妹達と散々遊んだ。きっと今日はよく眠れそうだ。 ●月光に照らされた夜の舞台 「月か……月ね」 エルルは草原の中、月を見上げていた。会場から見る月は素晴らしいが、その美しさは地上から見ても変わらない。 遠くには宿。宴の喧騒から離れた場所は静かで、物思いにふけるにはちょうどいい。 「ま、物思いに耽るのはちょっと違う気がするからよ。飯食ったりするのもいいけど……こういう時こそ逆に殴り合って見るのも面白いかもしれないな。 そういうわけでそこのあんた、殴りあおう! 御託はいらん!」 「ふむ……月を見上げての酒も風流ですが、月下を舞台に戦うのもまた風流」 応じたのはセバスチャン。左腕が完全に武器となったパーフェクト執事。 エルルは拳を構え、間合をつめる。同じメタルフレーム同士の戦いだ。相手にとって不足などあろうものか。 「どこからでもかかってきてください」 「いくぜぇ!」 エルルが地を駆ける。セバスチャンはその拳を見据え―― 「騒がしいな」 結唯は遠く聞こえる喧騒を耳にしながら、月見団子を口にする。 杯に日本酒を注ぎ、月を写す。蒼穹の円が酒に輝き、その蒼を一気に口に含んだ。淡い光が黒髪を照らす。 物言わず、漆黒の服を着る結唯は風景と同化している。誰も寄せ付けず、ただ静かに酒を飲む。 「こんな風に、月を見上げるのも……最後、になるかもしれないし、ね」 天乃もまた、一人で酒を飲んでいた。 肴は月と、後に控えた戦い。『魔神王』キース・ソロモンとの戦い。 「思えば、色々あった……ね」 一献口に含むたびに、死線と死闘を思い出す。様々な敵、様々な戦場。瞳をつぶればお鮮やかに思い出される戦いの数々。 「ここで戦い、死ぬ、のもまた一興。望んだ闘い、の果ての死なら……それも望むところだから、ね」 我戦う。故に我は在り。天乃が掲げる信念。戦いこそが人生。 「ここで終わる、のか……まだ、続くのか。楽しみ、だね」 天乃の言葉に死の恐怖は無い。ただ戦いを求める修羅の声。 「月下の草原に座して月を見上げるも良い」 アラストールは月を見ながら草原に腰を下ろしていた。頬をなでる風が心地よい。 今年成人したアラストールは、自分で買ってきた酒を飲みながら団子を口にしていた。全く酔わないのか、それともそういう酔い方なのか。まるで水を飲むように酒を飲んでいた。 アラストールには記憶がない。記憶も戸籍も不明瞭なのだ。自分の性別すら正確に認識できずにいた。見た目だけを考えれば、十五歳位の少女だ。 それでもアラストールは揺らぐことが無い。それは細かいことを気にしない性格もあるのだろうが、己の中に確固たる『騎士道』が存在するからだ。 「うむ、いい月だ」 自分が何者か分からずとも、道が確かで月が綺麗なら問題ない。杯に注いだ酒を、こくりと飲み干した。 涼子は静かに月を見上げていた。 何も食べず、何も飲まず。ただ空に浮かぶ青い月を、言葉無く鑑賞していた。 (この月のことを考えたり、月のむこうに何かを考えたりするのもわるくないけど) 目を閉じる。網膜に残る月の残滓。 (今日はそういうきぶんじゃない) 何も考えず、ただ月だけを見たい。傷だらけの人生の中に、そんな一夜があってもいいだろう。 「お酒が飲めたら菫さんを誘いたかったんだけどなぁ」 琥珀は酒を飲んでいる薫を見ながら、外に出た。酒が飲めるまであと数ヶ月。そのときに縁があれば誘おうと決意する。バランスをとりながらベランダから桟を伝って屋根に上り、そこで腰を下ろす。 「明かりが必要ない程に月が明るい夜ってあるんだなー」 団子を手に月を眺める。自然があって生命が育まれて文化が生まれる。今は地上に無数の光が溢れてるが、やっぱり月明かりや星空に勝るものは無い。 それは光の強さやいつでも使えるという利便性ではない。生まれたときから存在し、そばにある日常。その美しさにある。そんなことを考えながら琥珀は団子を―― 「温めたからくっついて離れない……だと!? 美味いと思ったのに食えなくて苦労するとはなんてこった!」 遠く月を眺めて、夏栖斗は夜風を感じていた。秋口の風は油断すると風邪を引きそうだ。 夏栖斗のそばには誰もいない。たまには一人がいいと思い、宿を抜け出てきたのだ。 「去年も月を見たかな。一年でいろんなことがあったよ……っていうよりありすぎた」 本当に色々会った。神秘の戦いを駆け抜けて、様々な敵と相対し、様々な絆を結び――そして失った。 あの日、手を繋いだ大切な人はもういない。死に慣れることなんて出来はしない。 「でもさ『憶う』ことを忘れたらダメなんだって思うよ」 忘れない。この痛みも、この辛さも。それは一人では得られなかったぬくもりと笑顔の裏返し。もうその手をつかむことはできないけど、あの日の笑顔を忘れないと夏栖斗は目を閉じた。 月は静かに、夏栖斗を照らしていた。 「日本ではお団子を備えたり食べたりしつつ月を愛でる習慣があるのですよ」 そんな桐の言葉に誘われてアルテミスは月見に誘われた。アルテミスが住んでいた国でも月に冠する神話・伝承は多い。 「でも、観賞する、というのは考えたこともありませんでした」 月を愛でる、という文化は少数派である。場所によっては月は魔的なイメージが強く、むしろ太陽のほうを身近に感じる国が多い。アルテミスの国もそんな感じだったのだろう。 「不思議なものですね、今はこれが普通に思えてしまうのが」 「日々の作業の合間、季節が移り変わる中で息抜きを含めこういう習慣が出来たのかもしれませんね」 桐がシートを敷き、団子を用意する。そこに腰掛け、二人は月を見上げていた。 「そういえばアルテミスさんの名前も月の女神の名前ですね」 「え、私の名前、ですか?」 アルテミスは――正確にはアルテミスを演じている少女は複雑な思いを篭めて、笑みを返す。偽りの神。だけどかつての仲間のために名乗り続ける名前。狩猟と純潔の女神は、わずかに目を伏せて言葉を返した。 「きっと、そんな名を名乗る資格なんて本当はないんです。でも、名乗らなければきっと、私で居られなくなるから――」 「アルテミスさん……」 月下、偽りの女神の心に一人の男性が触れた。夜の帳がこの後の二人を闇に隠す。 「葬ちゃんと泊まったら朝には首がないないしてそうだから、月もこれで見納めかも解らんなぁ」 「大丈夫、うっかり寝ぼけて切っちゃうかもだけど」 物騒な会話をする俊介と葬識。アカン、と判断した俊介は葬識の武器を取り上げた。っていうか宿屋に何持ってきてるんだこの殺人鬼。 「アークは殺人OKだけど、人使い荒いよねぇ。規制も厳しいし」 「月見な! 月見るからな!」 念を押して月見に移行する二人。空に浮かぶ月を見ながら、近況を話し合う。 「俺の友達のフィクサード、死んじゃったんだ……」 「ふぅん、そっかぁー。死んじゃったのかぁ」 話の流れで口に出た俊介の訃報に、相槌を打つ葬識。 「さみしい、っていうの? こういう感情。俺様ちゃんにはよくわからないけど。俺様ちゃんはいつも殺す側だからね」 「俺は生かす側だから誰が死んでも悲しいんさ。葬ちゃんがいなくなったら、きっともっと寂しいな」 「さみしい? そっか、俺様ちゃんもそう言われるようになったんだね」 癒す者と殺す者。違う価値観の二人が、命について語り合う。悲しみから俊介は近くにあったお酒を手にして―― 「っと、霧島ちゃんだーめ、ぜったいだーめ。成人まであと三ヶ月でしょ。それまではがーまーん」 「ぁあん! 殺人鬼なのに意外と常識あるんだなぁ」 死は悲しく、喪失は戻らない。 だが今あるモノがあれば、きっと明日も笑っていられるだろう。 宿の屋根の上、羽根を使って飛ぶものとそれに抱えられるものがいた。 「移動完了。今日の月は見事ね」 「シェスカさん、ありがとうございます」 シュスタイナと壱和が屋根の上に降り、月を見上げる。高いところから見る月は大きく、そして美しかった。まるで映画のシーンを切り抜いたかのような、吸い込まれそうな深さを感じる。 「月見団子作ってきたので、どうぞ。実は少し失敗しちゃったのもあるのですけど」 「そうなの? とても美味しいわ。ありがとう」 壱和が作ってきた団子をシュスタイナと二人で食べる。屋根の縁に腰掛けて、月を見ながら団子の食感を味わっていた。 「私、こんな性格だし仏頂面だし……。付き合いづらかったらごめんなさいね。壱和さんを見習って温和にって思っててもなかなか難しいわ」 話はいつしかシュスタイナの人付き合いの事になっていた。普段迷惑をかけていないかと思っていたことが、こぼれ出てしまう。 「ボクは今のシュスカさんも好きですよ。凛として格好いいです」 「そ、そう」 壱和の言葉にシュスタイナが照れたように視線をそらす。月が綺麗でよかった。目のやり場に困らずにすむ。 「ボク、臆病なんです。だから、シュスカさんやみんなに勇気もらってるだけですけど、もっと勇気づけれたら、とか」 「壱和さんは臆病じゃないわ。一緒にお仕事した事あるから知ってるもの。勇気だってちゃんとしっかり、貰ってるわ」 「シェスカさん……」 月下、二人の内緒話。心の内を話せたのは、月の魔力か小さな勇気か。 ●月が綺麗ですね 問:『I LOVE YOU』を訳してください。 答:『我、君ヲ愛ス』 「日本人がそんな台詞口にするか。『月が綺麗ですね』とでも訳しておけ。 それで伝わるものだ」 といったのはとある文豪であるとか。 「つ、月が綺麗ですねっ……!」 「そうね、私も愛してるわよ。リンシード」 突然のリンシードの言葉に驚きつつも、糾華は微笑みを返す。その言葉に頬が緩み、リンシードは笑みを浮かべた。 「部屋の明かりつけてなくても、十分明るいね。今日のお月さま綺麗だね」 「確かに、月が綺麗だ。流石中秋の名月と言うことなのかな」 アリステアと涼は部屋で電気を消して月を見上げていた。二十歳になった涼は酒を飲みながら、隣にいるアリステアの顔を見る。 「ひょっとして改めて愛の告白をされてる? 俺?」 「愛の告白ってなぁに? わたし、何か言ったかな」 首を傾げるアリステア。純粋に月が美しいと思ったようである。そんなアリステアの動作を可愛いと思いながら涼は酒を口にする。 その様子を羨ましいと持ったのか、指折り年数を数えるアリステア。 「二十歳まであと七年。お酒飲めるのはだいぶ先だなぁ。七年後のわたし達が何をしてるかなんて想像もつかないよね……わふっ」 「そうだなあ。何をしているかわからないけれども。少なくとも俺は七年後もキミと一緒にいれたらいいな。て思うよ」 涼はアリステアの頭を撫でながら微笑む。七年後。遠い未来を夢想しながら今ある幸せをかみ締めて。 「月をゆっくり見るってのも、悪くないなぁ。これが戦場だと月明かりでどうこうとか色々考えなきゃいかんのだが」 「そうですね。アークもかなり立て込んできて居ますけど」 剛とセレナが並んで月を見ていた。付き合い始めてまだ間がないのか、お互い少しぎこちない。 (リベリスタになって早々、女性と付き合うことになるとはなぁ。高校の時以来って考えると結構なもんだ) 剛はセレナの顔を見ながらそんなことを思う。自衛隊で女性から離れていた時期に比べると、なんとも平和なものだ。もっとも、自衛隊のころよりも死に近い場所にいるわけだが。 「……うーん。こういうのって大丈夫なのかな、って少し心配だったりします」 「こういうのって?」 「私達だけ浮かれてて、いいんでしょうか」 『親衛隊』残党にキース・ソロモンに。アークを取り巻く環境は剣呑としたものだ。そんな中付き合うというのは如何なものか。 「いいんじゃないのか」 剛の答えは軽く、しかしはっきりとしたものだった 「お互い、いつどこで死ぬかなんて判らない仕事ではあるけどな、だからこそこういう時間って大切だと思うぞ。誰かを愛してるってのは、弱点にもなり得るけど、なんだかんだ言って強いからな」 「ああ、そうですわね」 それも確かに、とセレナは頷いた。 「そういう理屈とか関係ない、お前のこと好きだよ」 安堵した不意をつくように、剛の言葉がかぶさる。セレナは驚きの表情を浮かべ、すぐに表情が綻んだ。 この宿から月を見るのは、宴会場のベランダがベストポジションなのだが、 「あの騒ぎの中では、静かに楽しめそうもないからな」 という龍治の意見により、個室から月を眺めることにした。勿論というか当然というか、 「じっくり愛でたい綺麗な月だけれど、俺様はお前と月見を楽しみたいから…個室で正解だな?」 木蓮がくすくすと笑いながらそれについていく。階段を上がり、部屋の障子を開ければそこから見える満月。 「月見団子ってシンプルだけど美味しいよなぁ。飾るのも良いけど食欲の秋だ、ありがたく頂こうぜ!」 「本来は飾るものだそうだが、まあ、勿体無い」 会場から持ってきた月見団子を食べながら月を見る龍治と木蓮。 「そういえば……龍治って、その、狼男ってことになるんだよな? もしかして満月を見てたら変身したりするんだろうか……」 「確かに、俺は狼の因子を持っているが。満月を見て化けたりなどはしない」 「変身しろよー。もっとモフモフできるじゃないかー!」 「無茶を言うんじゃない」 言いながら龍治の耳をいじる木蓮。龍治も弄られるままになっている。 「大体、変化したとしてどうすると言うのだ。喰われたいのか?」 「変身したらもふもふして、なでなでして……喰われ……!?」 何気ない龍治の一言に赤面する木蓮。その赤面に会話が止まる。 「……酒がなくなったら、考えなくもない」 「う、うむ……じゃあ、……ん」 そんな会話と共に黙々と酒を飲み続ける龍治と、酌をする木蓮であった。 「凛子さんはお酒大丈夫なんスかね。ジュースもあるッス」 「ええ、お酒でお願いします」 リルと凛子が部屋から月を眺めていた。リルはまだ未成年のためジュースを手に、微妙に距離を離して月を見ている。 (この距離が詰め切れないッス) おおよそ人一人分。つめようと思えば詰めれる距離が、凛子と二人きりという状況のために微妙に詰めにくい空気になっていた。 (空いた間を詰めるのは私の方からがいいのでしょうか……) その間を詰めたのは凛子。すっと近づき、リルの手を握る。 「…………凛子さん」 「リルさん……」 余裕があるように見えて、実際のところ凛子の心臓も早鐘のように動いていた。月下、見つめあう二人。 リルは咥えていた月見団子を凛子に突き出した。凛子はその団子に唇を寄せて口に含み―― 甘い感触が唇から伝わる。月光が重なる二人の影を写していた。 「……月が綺麗っスね」 「ええ、とても」 「中秋の名月か。なかなかどうして、秋の到来とは思えない気候に忘れていたが」 「大潮、少し欠けてしまいましたが……中秋の名月の名に恥じない姿です」 拓真と悠月が部屋で浴衣に着替え、月を見上げていた。日々の忙しさと夏を思わせる気候が忘れさせていたが、青い月が秋を感じさせる。 「今年の月は満月ではなかったか。とはいえ、これもまた趣のある景色だな」 「ええ。観てて飽きないですわね」 雲ひとつ無い夜空に浮かぶ月。その美しさに魅了されるように二人は月を見上げていた。わずかに掛かった雲に現実に戻され、拓真は猪口を取る。 「折角の月だ。この景色を肴に、月見酒と洒落込むとするか……悠月もどうだ、一献」 「ご一緒させていただきます」 徳利を持ち、拓真の猪口に酌をする悠月。月を見ながら酒を飲む。自分のペースを保ちながら、しかし月に誘われるように次々と。 「美味いな、今日の酒は。格別に」 拓真は満月とそして隣にいる悠月を見ながら呟く。遠くにある満月と、近くにある悠月。日常を思わせるそれら。 「来年も……こうして過ごせる事が出来ればな」 猪口を傾け、酒を呑む。明日消える命かもしれないからこそ、今日という日が尊いのだ。今はこの日常をかみ締めよう。 「折角だ。表で月見酒はどうだ?」 「いいねぇ。しんみり呑むのも悪くない」 伊吹は徹を誘って庭に出る。外には青く大きな月が浮かんでいる。 「今宵の月は美しいな。『あの時』と同じ月とは思えない」 「……ナイトメア・ダウンか」 日本において、その災害の名を知らぬ革醒者はいない。十四年前のミラーミス襲来。多くの革醒者が死に、その跡地に三高平がある。 「戦いの中で自分が生きている意味を問われる度に、あの時のことを思わずにはいられない。死んでいった仲間の分も……とはいえ、こうしている間にもどこかで崩界は進む」 月を見上げながら、伊吹は拳を握る。あの日の記憶は薄れることは無く、むしろ戦いのたびに鮮明になっていく。 「結局、あの時死んでいても何も変わらなかった。俺はあまりに無力だ。無様なものだな」 「無力でも無様いいのさ。その全てを諦めないのなら」 伊吹の吐露に徹が答える。そんなことはないと否定するでもなく、それでいいと肯定した。 「お月様からすれば俺たちは小さな存在だ。精々足掻いてやろうや。不条理様相手に」 「……ふ、確かにな。今日は愚痴が過ぎたようだ」 「今日は月が綺麗だからな。少しぐらい狂うこともあるさ」 「違いない。月に酔うより酒に酔うとしよう。付き合ってもらえるか?」 おうよ、とばかりに伊吹が掲げた杯に、徹は杯を重ねた。 やがて宴は終りを告げる。 一人、また一人と眠りにつき、宿はいつの間にか静かになった。 セバスチャンが後片付けに回り、最後の部屋が消灯された。夜は沈黙に包まれる。 青く淡く光る月だけが、静かに宿を照らしていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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