●古城・白鷺 それは人ではなかった。 それは、人では無い“何か”だった。 「美しい。良い地だな、ここは」 兵庫県。姫路市姫路城。 紡ぐ言葉は柔らかく。黄金の髪に、黄金の冠を被った男が城を見上げている。なんとも日本の古風な風景に合わぬ外見だが――それだけだったならば、ただこの場にはそぐわぬ男がいた、と言うだけで終わっていただろう。 しかし。重要な事に、彼は“人”では無かった。 上半身……特に胸元の付近が異質を保っている。 蛙に、猫だろうか。双の顔面が身より突き出して。彼が人に在らざる人外である事を知らしめていれば。 「ふむ」 周囲を一瞥。 ここは姫路城。不戦の城として名を馳せた地であり、現代では多くの人々が集う観光の地だ。 であるならば、いるだろう。今。この瞬間にすらこの地を訪れる、一般人が。 「余が恐ろしいか。小さき者らよ」 そしているならば。当然の事として、溢れるのは恐れの伝播だ。 明らかに違う。己れらとは。その感情は誰しもに渦巻く。 助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ―― 「あぁ。そう怯えるでない……余は卿らの命を簡単に“愛でる”事はせぬよ。 キースは、箱舟が温ければ――とは言っていたが。余としてはそもそも気が進まぬのだ」 少なくとも、 「今はまだ、な」 背より生えし蜘蛛の脚が不気味に蠢くが、“彼”は優しげな微笑みと共に力無き人々へと声を発する。 何もしない。するつもりは無い。 そんな事をするなど己の“名”が廃る。虎が蟻を相手に武を振るって、一体誰に誇れると言うのだ。無論、キースの意向を完全に無視する気も無いのだが―― 「まぁ……どうなるにせよ。全ては箱舟の者ら次第だろう」 雨が降り始めた。 と、同時。人々が消える。一人、二人。波打つように“彼”を中心として、弾かれていく。 世界が塗りつぶされいるのだ。世界が変色し、ここが彼の世界に成ろうとしている。 邪魔な一般人を全て押し退けて。彼は、彼で満たされる世界を姫路城に現界させつつあれば。 「ふむ……だが、ああ。そうだな」 その時だ。彼が言う。 誰もいなくなった世界で。彼が、 「耳に挟んではいたがね。“コレ”はなんとも……奇妙な感覚を与えてくれるものだ」 “何”の事を言っているのか。“誰”に呟いているのか。“どこ”に発しているのか。 分からない。分からなかった。分かりたくなかった―― 刹那。 「――不敬だぞ。卿ら。“誰”を覗き見ていると思っている」 視線が、交差した。 そんな馬鹿な。これは、万華鏡越しの観察だ。分かる、筈が―― 「余の名を、知らぬか?」 亀裂が走る。万華鏡の目が、遮断されていく。 あり得ない。眼力だけで神秘の力を砕いている。いや、厳密に言えばこの特殊な雨の影響も大きいのか。 この雨は“彼”の味方だ。“彼”を害する万物を許しはしない。 例えそれが大蛇であろうが龍であろうが神であろうが、 森羅万象。例外は無い。 ノイズが走る。見えない。己れらの目が閉ざされていく。その彼方で、 「穿て■■■■」 異界の言葉が耳に届くと同時、閃光が世界を満たした。 硝子が強烈に砕ける様な音を皮切りに全てが途切れ、そして―― ●その名は 『月見草』望月・S・グラスクラフト (nBNE000254)には一切の余裕が無い。 「姫路城――そこに、一体の魔神が現れました。」 “親衛隊”との闘いが終わってまだそう日は経っていない。されど迎えてしまったのだ。“九月十日”を。 キース・ソロモンとの闘いの始まりの日を。 「日本各地の御城や戦場跡に、キース・ソロモン配下の魔神の出現を万華鏡が捉えました。……貴方達にはその一つ、姫路城に顕現した魔神の情報収集・およびその配下の撃破に当たってもらいます」 「情報収集?」 奇妙な話だ。アークには万華鏡がある。あれがあれば大抵の情報は掴めると言うのに。 「……残念ながら万華鏡では情報の取得が困難でした。 どうやら今回の目標の魔神は、情報収集を妨害する結界を貼れる様でして」 「成程――となると、エネミースキャンの類は?」 「無理、とは言いませんが。有効なレベルで運用するにはかなり接近する必要があります。ただ、“彼”は剣の達人ともされている人物です。下手な接近はそのまま命取りに繋がります……誇張では、ありませんよ」 冗談でも何でもない。純然たる事実として、彼女は述べている。 とは言え。それはあくまでも無策で、下手に接近すればの話だ。全てが全て死に繋がる訳ではない。 「“彼”は姫路城を今の所は散策しているだけの様ですが……放置していれば彼の気は結界の外――つまり、一般人に向くでしょう。それだけは阻止せねばなりません。一般人はこちらで遠ざけますので、結界内に侵入し目的を達して下さい」 「成程。話は分かったよ」 話は分かった。魔神の行動の妨害と、並びに情報収集。やり遂げてみせようと、望月に語れば。 「それで」 一息。 「アイツは、一体どの魔神なんだ」 ソロモン72柱。つまり、72の悪魔がキースには従っている。 その内の、いずれかの悪魔であるのは確かなのだろう。ならばどれだ。どの悪魔だ。 リベリスタは静かに望月に問い掛け―― 「ソロモン……72柱……」 沈黙した。 望月が、震えている。 あぁ。ああ。あの目が、恐ろしい。万華鏡越しにこちらを見据えた彼の目が、恐ろしい。 あれで本体はまだ“上位世界に居る”と言うのだから、尚の事。 魔神王に呼び出された、陽炎の様な存在であれほどとは。 「ソロモン……72、柱……! 序列は……ッ!!」 声が震える。だが、それでも言わねばならない。 「序列は、最高位の、1位……!!」 彼の、 「彼の、名は――!!」 ●その名は■■■ 「ああ、ここは東洋の国と言うらしいな?」 己が世界を作り上げた“彼”は、配下の騎士団を呼び起こす。 虚空より現れし重装甲騎士が10体。全てが彼の配下であり、場合によっては一般人の殺害に乗り出す忠実な下僕達である。目下の目的はアークの力を見る為の数合わせだが、どう動くかは先んじて言った様に“箱舟次第”。 不甲斐ない様ならそれはその時、だ。 「で、あるならば。東方を支配する余は、この地も治めるが筋よな」 無茶苦茶な理論だ、と誰もが思うだろう。お前は何を言っている、とも。 しかし彼はそれを言える。なぜならば、 「余は、王ぞ」 ウガリット神話最高の英雄神。東方支配者。地獄王国の最高君主。 ソロモン72柱。 序列1位。 その名は。 「――バアル――」 含み。笑うは一体何にか。 バアル。悪魔の貴公子、地獄の王子、蝿王国の皇帝、ベル・ゼブブ。 数多の異名を持つ魔神。大いなる王である。 「刻みたまえ。その魂に。余が名を。そして、卿らの輝きも見せるが良い」 いずこからか来る者らを心待ちに、バアルは歩く。 「余が見てやろう。案ずるな……見逃しなど、せぬよ。 卿らの実力。魂の輝き。その有り様。余の前に立ち、尚も挑む様を見せてくれるのならば――あぁ」 ただ、一言。 「王たる名に誓おう。小さき者らを、決して巻き込みはせぬとな」 フ、ハハハハ。ハハハハハ。ハハハハハ――! 「さぁ参れ。余は、ここだぞ?」 雷鳴轟く。バアルの心の臓の鼓動に合わせて、二条の光が一度ずつ。落ちて祝福と成す。 東方を支配する王の光臨を。 まるで、待ち望んでいたかのように。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:茶零四 | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年09月27日(金)22:51 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●姫路城 降り注ぐ雨が姫路城を濡らす。 冷たくは無い。と言うよりも、そもそも温度の類を感じない。 神秘の雨だからか。この世に存在せぬ魔性の雨だからか。 濡れた感触だけがこの場に存在する全てを包み込む。地も、空気も、城も、何もかも。 「嫌な、空気だね……」 全身を濡らす感触に慣れぬながらも『尽きせぬ想い』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は小さく呟く。 ソロモン72柱だの最高位だの。正直、彼女としては感覚的にあまり理解していない。そもそもが日本では無い、異国の地で語られる逸話達だ。ソロモンの名も、72柱も。馴染みは無く。知識として知りえども実感は薄い。 されど、そんな彼女でも分かっている事はある。それは、 「――ふむ。よくぞ来た。箱舟の者らよ」 彼らが“危険である”という事実だ。 声が聞こえる。目に見える。そこにいる。 ただそれだけで圧力が掛ってきている。目に見えぬ重圧がリベリスタ達を襲いかかっているのだ。未熟な者なればそれだけで脚が竦む。神秘の域に脚を踏み入れていない者なれば、下手をすればそれだけで圧死してしまうかのような重圧。 「一時とはいえ、今は紛れもなく余がこの地の主……歓迎しようではないか。 卿らの、登城をな。真に大義である」 言うは優しく。慈愛をもって。見下ろす様な視線をリベリスタ達へ注ぐ。 ああよくここまで来たと。それ自体が称賛に値すると。故に、 「余がバアル――ソロモン七十二柱第一位。大いなる王・バアルである」 名乗りを上げる。 それは開戦前の口上と同等だ。己の所属。己の名を相手に名乗る。 格式ばったそういうのを好むのは王であるが為か。周囲。王を護るべく布陣している蠅騎士団は喋りもせず、ただ殺意をリベリスタ達へと向けているが、 「これはご丁寧にどうも。一般人への配慮は感謝する。王」 殺意にも、重圧にも一切臆する事無く『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)は豁然と。 感謝はする。だが頭は下げない。屈さない。そんな理由も義理も無く、支配を受け入れるつもりは無い。 だから、言う。目線をバアルに。 貴様に王としての風格があろうがなかろうが―― 「この国に、王は要らない。王。貴方は要らないんだ」 「フッ――成程。余の寵愛は要らぬと申すか」 そんなモノ、欲しくも無い。 言うなり彼女は閃光弾のピンを抜く。瞬時に投げ込む先は、騎士団の中枢で。炸裂発光。 二体怯み、他は動く。王には近付けさせはしないと騎士らは前進。さすれば、 「バアル! 雷光の王者か!! ハンッ、会えて光栄だぜ!」 『一人焼肉マスター』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)も前に出る。 巨大な戦気を身に纏いつつ、狙うは騎士らの抑えだ。バアルの所持する黄金の剣に一瞬目を奪われそうになるも、今は剣や王に狙いを定めている時ではない。 最も重要なのは目的を果たす事。邪魔な蠅共を一掃し、王のベールをはぎ取る事であるとの自覚はある。 「だが、この地に置いてお前は所詮二番目だ! 二番煎じなんだよぉ!」 なぜならば、 「雷光天下第一等はこの男! 迸る魂の界雷――雷帝・設楽悠里とはこいつの事よォッ――!!!」 「えええええ――!? なんで!? なんでそこで僕なの!? そこ普通さぁ自分の名前言う所じゃないの!!?」 「いや、自分で雷帝とか名乗るの気恥ずかしいし……」 てめぇこの野郎! などと言いたくなる『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610) だが、あまり無駄話している余裕は無い。だから後でシメよう。そうしよう。うん。 ともあれ呼吸を整える。バアル、恐ろしい相手だ。出来る事ならば闘う事無く済ませたいが――どうにもそうはいかない。 ここで己れらが闘わねば誰が闘う。ここで己れらが闘わねば何人犠牲になる。 許容出来ない認めない。己で護る。己が通す。 その為にまず成すは情報収集。目の前に迫る蠅騎士団に視線を定め、“視る”のだ。雨がまるでノイズの様に。脳に入りこんでくる情報を散らすが、その雨は元々バアルのみのモノ。かの王の恩恵を騎士らも受けているとはいえ、見え辛くてもそれ以上では無い。 故に捉える。物神両面、僅かに物理の方が優れた防御である事と、近接主体であるその性質を。 「敵は……うん、全部揃ってるみたいだね。これなら大丈夫、かな?」 そして悠里の行った観察とほぼ同時。『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)が目視で確認したのは敵の“数”だ。 彼女が警戒したのは“透明化”である。かのバアルは伝承によれば、他者を透明にする能力を持つらしい。実際、伝承では無くここに居るバアルがその能力を持っているのかいないのか、それともただ単に使用していないだけなのか。特定は出来ないが――少なくともこの瞬間まで誰にも透明化の恩恵を与えていないのは確かだ。 伏兵の心配は無いだろう。なんとなしだが、この辺りにバアルの気質の一端が見える。 幾らでも出来た筈だ。伏兵も、会話も無しに攻撃も。リベリスタにとって邪魔な一般人。それらを陣地内に残す事も。 しかしその一切合財。バアルは行っていない。念の為にと彼女は数多の音を聞き洩らさぬ“耳”でも確認を試みるが、やはり伏兵の気配は無い。何故なのか。それもまた“王”であるが故なのか。 「足元の水溜りにも変化無し――ね。まぁ、隠れられるより断然良いのだけれども」 警戒していたのは旭だけでなく『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)。彼女もである。 透明化の懸念。ありはして、雨が降った後の水に変化は無いか注意はしたが何も無い。敵からの奇襲は無さそうで若干の安堵は得るが、即座に心は戦闘の気配へと転換。 「王様。今宵一幕、道化たる私が踊る道化劇。是非にご覧じて頂きたいのでせうが?」 「ほう。卿、自身を道化と名乗るのか。 良い。許そう。踊って見せろ。だが、途中で疲れ果てる道化に価値など無い」 「では、如何せよと?」 知れた事。 「“踊り切って”みせるが良い――さすれば余の眼前で無礼を働こうとも。万事。無礼講として恩赦を与えよう」 「恐悦至極」 短く言葉を切り上げて、己が銃の引き金を絞り上げる。事前所持したライトを銃にマウントさせ、視界を確保すれば、まず行うは神速の連射劇。目標は攻撃が集中するであろう蠅騎士。及びその周辺、己が目の届く範囲であるが―― そこから更に騎士らの関節部だ。重装甲とはいえ、如何なる鎧にも隙間はある。それは蠅共も例外ではなく。エナーシアの目が、視認し得る限りの鎧の隙間を疾く穿つのだ。 目は逃さない。引き金を絞る指は滑らかに、卓越した技量と経験の積み重ねが神速を生み出している。聞こえる銃声一度の間に何発撃っているのか。分かりもせぬが、それらが全て、見事に騎士らに命中しているのは確かな事で。 『――』 その時。騎士が一体、跳び出した。 剣だ。刃の長い、それでいて騎士の身の丈にあったサイズの剣を構え、突進。その重装甲振りから鈍重の様に見えるが、思ったよりは素早い様だ。瞬時の内に鞘から抜き放たれた剣撃は―― 「おおっとぉ。いきなり突っ込んでくるだなんて、王様の配下は随分短気なんですかねぇ?」 『灯探し』殖 ぐるぐ(BNE004311)を捉える。 剣の動きは上から下へ。ぐるぐの身長が小さいからだろう。頭上より降り注ぐ剣撃は本気の殺意が乗っている。が、 「あなた方も写し身か何かなんでしょうか? それとも本物? まぁどっちでも良いですけどね」 躱す。鼻先掠めるは剣先ではなく薙いだ風のみ。故に即座に反転攻勢。 騎士団後衛に魔法陣が発生する。それは、光だ。幾重もの魔力を内包した光弾が秒と掛らず膨れ上がって、 直後に炸裂。衝撃が円の形を描くかの様に響き広がり、敵を薙ぐ。 「ほう……攻守共に良い動きをするな。伊達に余の前に立った者らではないか」 「当然だ。あんまり俺らを舐めてんじゃねぇぞ、バアル」 エナーシアの卓越した攻に、ぐるぐの見せた回避。それらの見事な動きに自然と感嘆の声を漏らしたバアルに、口を挟むのは『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)。 伊達では無い。遊びに来たのでも無い。本気で来たのだ。彼らは。だから、 「俺もここに来れるまでには至れたんだ……このまま突っ走らせてもらうぜッ!!」 駆け抜ける。相手は強大。魔神の一柱。しかし臆する理由などどこにもない。 指一本一本。握る拳に力が入る。止まらない。止まらない。駆けて抜けて接近すれば、騎士の一人に拳を叩きこんで。 「そうさ――王様だからって、何も譲る気はないよ」 言うは『友の血に濡れて』霧島 俊介(BNE000082)。行うは己が魔力の高速循環。 慈愛の雨が降りしきる中、彼の赤き瞳はバアルを捉えている。そうだ、何も譲らない。何も渡さない。 「王様。俺達は、最大の誠意を以て。王様と限界ギリギリまで戦う事を誓うよ」 「勇ましいな。しかし言葉ではなんとでも言えよう。それこそ“夢想”など幾千とな」 「あぁ、だから……」 “現実”を見せてやろう。己れらは、蟻などでは決して無いのだから。 「万華鏡が見通せなくても、私達が見通してみせる」 バアルに包まれた謎のベールを。引き剥がし、己れらで成してみせようではないか。 決意は固く。王を目前にしても折れる事は無く。『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)は立ち向かう。 勝算など知った事では無い。やらねばならず、だからこそ成し遂げにきたのだから。 「写し見云々関係無いわ――伝承に乗る存在。それがここに“在る”のならば」 届かせてみせよう。自らの手を。 情報収集が目的ではあるが、“倒すな”とも言われていないのだから。 リベリスタ達の気概が伝わってくる。これでもかと言う程に。胸打つ程に。 故に、あぁ。 王は微笑む。 まるで、愛しき者らを見据える様に。 ●バアルの雷鳴・■■■■ ぶつかり合いから全ては始まった。 リベリスタ側の前衛となるは竜一、悠里、旭、糾華、カルラの五名。 全員が騎士をブロックし、その上で攻撃を一体に集中させている。ブロックを同時にしている為、位置関係上攻撃が届かない事もあるがそれは致し方ない。それでも攻撃をなるべく集中させているのには意味があった。それは、 「これは……やっぱり、再生能力があるみたいだね」 中衛に位置する綺沙羅が呟くは、“雨”の事だ。 バアルの魔術結界。かの王の能力に対する予想は幾らか出ていたが、再生・回復能力有りの懸念があった。それに対抗すべく攻撃を集中させ一体一体を落として行く作戦にした訳だが――この辺りは見事だった。 雨が騎士らの傷を癒している。かなり強力なリジェネレート、だろうか。敵の攻撃の勢いが擦り減らぬ事も考えるとチャージもあるのかもしれない。 だが厄介な事にそれだけではない。詳細はよく分からないが、リジェネレートとはまた別のタイミングでそれぞれ傷の再生が行われている。その回復量はどうやら個々に違う様だが、どういう基準で再生が行われているのか……今の所は不明である。 「厄介な能力ね……でも、この再生能力。防ぐ事が出来るのは幸い――なのかしらね」 雨が降り続ける限り傷が再生し続ける。 ああ確かに厄介だ。しかしそんな中で糾華は見つけた。 この再生能力は確かに強力ではあるが――致命は効くという事実を。 致命を付与出来た蠅騎士の傷が癒えていない。間違いない。目視ではあるが、その程度の確認は特別な手段が無くても出来る。ならばどうすべきか。 その一瞬を狙って、蠅騎士の剣撃が糾華を襲う 殺った――蠅騎士は手に伝わる感触からソレを確信した。が、 「迂闊ね。本命の前に露払い……とは思ったけれど、意外とそうでも無いのかしら?」 刺し貫いた筈の糾華の姿が消える。否、これは、残像だ。 質量すら伴う残像。五重に姿が別れ、騎士に迫るソレは高度な技量が有るが故に出せる技である。騎士も即座に反応し、手首を回して更に二体の糾華を斬り伏せるも。その二体すらやはり只の残像で、 直撃させる。最高の手札。ロイヤルストレートフラッシュを。 騎士の身が揺らぐ。二歩ほど下がって態勢を立て直すが、致命は付与出来た様だ。 ……危なかったわね。 思考を悟らせない様に顔はポーカーフェイスで。まさか一度不意を突いた状態から尚も対応してくるとは、騎士もやはり油断出来る存在では無い。一体一体確実に潰す必要がある。だから、 「ぉ、ぉ、お、お、おぉ――ッ!!」 雄叫び一つ。竜一が最も近くの騎士に、己が全力を叩きこむ。 リベリスタ達の狙いは“竜一が狙っている騎士”である。この場における単体攻撃力としては最高峰たる竜一の一撃。それを最も有効的に生かす為、彼が狙っている者に照準を定めているのだ。 彼の肉体から湯気が上がる。肉体の全てを酷使して、限界超えし一撃を出している証明だ。敵の鎧を砕き、今すぐにでも速殺せんとする気合いが宿っている。それは防に優れた騎士の体力を、再生するよりも速く削って行き、 「さぁ、って。それじゃあ皆であーそびまーしょー!」 そこを見逃さずに飛びこむのがぐるぐだ。 身体のギアを上げている。速度が初期よりも跳ね上がっている状態の彼女は、竜一が傷を付けた騎士に狙いを定めて、跳ぶ。 騎士も咄嗟に剣で防御すべく動くが、無駄だ。絶え間のない連続攻撃は剣の防御の隙間を狙い穿ち、一防いでる間に、三の攻撃を叩きこむ。やがてその動きに追い付けなくなり、混乱しそうになる騎士。 成程。致命も、混乱も。必ずではないが、付与は無理と言うレベルでは無い様だ。 「へぇ――なら、俺のでもいけそうだな。さぁ王様。行かせて貰うぜ……!!」 アリステアより受け取った翼の加護で低空飛行を行いながら、俊介が放つは光。 全てを裁く。何もかもを裁く。ジャッジメントレイ。 騎士全てを捉え、そしてそれは範囲内のバアルすら捉える。敵後方で、こちらを窺うかの様に観察しているバアルに届かせんと。全力の光が王に迫れば、 『王ッ!』 異界の言葉で騎士が一人。バアルを庇いに跳び下がる。 触れさせぬ触れさせぬ。王は闘いをお望みだが、そう簡単に触れさせて成るものか。 我らは王を守護せし騎士である。王に触れたくば我らを退けよ。 「そうかい、なら……力尽くでも押し通らせてもらおうか!!」 言葉は解らない。しかし何を言いたいのかは悠里にも分かる。 だから、言葉と共に行動で返答。接敵し、舞うかのように、彼は攻撃を繋ぐ。 右脚で騎士の腹に蹴り込んで、そこを軸として身を捻る。さすれば地上と並列。騎士と直角に成る形で、上がった左脚を敵顔面に直撃させる。 直後、脚に全力を集中させて、下半身の力だけで横っ跳び。次なる騎士に拳を叩き込めば、一度に複数の敵へ被害を与える。勢いそのままに着地すれば速力と共に発生させた雷撃が彼の身を後追う。 瞬間。まずい、と思ったのはどの騎士だろうか。 リベリスタ達の攻勢が予想以上だ。王の加護が有るとはいえ、再生能力でどうにかなるレベルを超えている。楽な闘いを求めていた訳ではないが、王の前で不甲斐ない姿を晒す訳にはいかない。とは言え勢いはリベリスタ側が有利。 どうすべきか。焦る騎士らの感情は伝播して、動揺に繋がる。 勢いはリベリスタ達にある。間違いない。それは、間違いのない事だったが―― 「――静まれ」 王の一声で全てが覆った。 「卿らの奮闘は余が視ている。故、全力を尽くす事のみを考えよ。結果は咎めぬ。 それとも、余がここに視た過程を無視して結果だけを視る愚か者に見えるのかな?」 騎士らの纏う空気が変わる。 無様は晒せぬ。しかしそれに囚われ過ぎていた。 ただ。そうだ。ただ我らは王の為に動けば良い。 元の役目を思い出したかのように。騎士らは殺意で塗り固められる。僅か一瞬で統制を取り戻したその力量。66の軍団を率いる者として、戦闘指揮か何かの才があるのかもしれない。 「さぁ。箱舟よ。ここまでは見事だが、ここからどう凌ぐか……余が目に見せてみよ。でなくば――」 死、と続く言葉は呑み込んで。逆に笑みを作っている。 ……バアルが動く。 誰かが思った直後。響き渡ったのは雷の音だ。だが、かなり遠―― 「く、るぞぉ!! 躱わせッ――!!」 カルラが叫ぶ。気付いたのは偶々。暗視で気付いた遠くの異変に、気付けたのだ。 発言。刹那。直後。 雷が“真横”に走って来た。 「ま、た……無茶苦茶な動きだねホント……!!」 地表をなぞる様に。あるいは蛇の様に。リベリスタ達へと流れる様に雷が着弾した。 およそ通常の自然現象ではあり得ぬ動きだ。神秘の力を前に今更かもしれないが、それでも“通常”からかけ離れた動きには対処し辛い。何よりも、流れて来た場所が。着弾地点が。 全て、焼け焦げている。 これが雷。バアルの雷鳴・ヤグルシ。神たる身から放たれる至高の稲妻だ。 「当たったらまずいよね……だったらッ!」 ならば、と旭が選択したのは前進だ。 己が死ぬのは正直怖くない。だが己ではない、大切な他の誰かが死ぬのは――耐えられない。 だからだ。前に進む。己の命を投げ打ってでも。前に進んで敵を倒す。無論、別に殺されたい訳ではないが、どの道引いてはジリ貧だ。ならば皆を、そして自分を守る為に、 「前に進むよ! 皆でなかよくげんきに――帰るんだ!!」 雨を切り裂き進むは蠅騎士の元。鬼業紅蓮では味方への被害が大きすぎる。故に使うは焔腕。 前面に絞り、なるべく多くの騎士を捉える。纏う炎が巨大化し、範囲内の騎士を包んで。炎と腕力で鎧を砕き割ろうと死力を尽くす。 「皆で……帰る……ッ!」 旭の言葉に共感する様に、呟いたのはアリステア。 バアルは怖い。他の72柱も恐ろしいのだろう。キースは言わずもがな。今更にながらとんでも無い存在に挑んでいるのだと、先の雷を視て、その現実が伸し掛かってくる。 重い。重圧だ。怖い。どうしても、恐怖は抜けない。 それでも、 「そうだよね……闘うんだ。私達は……!」 恐怖を抑えつける。震える身を食いしばる。 敵を見据える目には力が宿る。決心が宿る。 全員無事に帰るのだ。家に。アークに。皆の所へ! 「譲らない。逃げたく無い。私の願いはたった一つ」 その願い。叶える為に。彼女が接続するは高位存在の意思。 強力な癒しの術だ。ここまでの闘いで疲弊したリベリスタ達の身を、傷を、癒して行く。バアル側も強力な再生能力は持つが、ここまで直接的な回復手段は無い。となれば雲泥化の恐れもあるのだが。 「その辺りは、どっちが先に削り切れるか……って所かしらね?」 前衛のブロックを数の論理で超えて、中衛の域にまで迫る騎士――を無視して。エナーシアは攻撃が集中している騎士に更に攻撃を重ねる。 事ここに至れば後・中衛への被害よりも数減らしが優先との判断だ。元より前衛を張れる数ではバアル側が圧倒的に有利。となればある程度の被害は元から覚悟せざるを得ない。 癒し手を潰すべく迫る騎士達。数を減らすべく動くリベリスタ。 どちらが先か。どちらが後か。勝敗分かつ、鍵があるとするならば。 「良いぞ。見せよ。余に、卿らの輝きを魅せてくれ。この程度ではまだ足りぬ……故に更なる輝きを」 バアルだろう。騎士らの後方にてゆるりと眺めていたバアルが本格的に動き出せば、状況はどうあれ一気に動く。 一歩進んだ。二歩進んだ。バアルが歩く。歩いて来る。 変わらぬ微笑み携えて。剣を抜いて、歩いて来る。 ただそれだけで。状況の変わる音が鳴る。 だから、 「――バアルッ!!」 見逃さない。間隙縫って、往くは悠里。 王の眼前に。リベリスタ達の手が遂に届く。 絶望か希望か。 如何なる意味で、あれこそあれ。 ●■■■■■の権能 抑えに走る。バアルを接近させた上でフリーにする訳にはいかない。 致命付与と攻撃集中により、幾対かの騎士を撃破したならば接近も不可能では無く。あくまでこれは想定通りだ。元々バアルが近付いて来れば彼が抑えに走るのは決めていたことであり、 「ッ――!」 呼吸を整える。事前に身体に張り巡らせた、金剛に適する気の集合が彼を更なる高みへと導いていれば、今の彼の調子は正しく万全。更にはアリステアから付与された翼の後押しがあれば尚に万万全。 気の制御。肉体への転換。己が最高点への到達。 全てを成した。これ以上は無い。自身の速力を武器として。雷撃伴い突進す。 彼の確固たる意思は、多いなる王へ“攻撃”を選択した―― その時。 「――」 バアルが、こちらを、視た。その時。 彼の全生命が“回避”を選択した。 黄金が突き走る。それが剣閃である事を自覚したのは、胸の肉が掠め抉られた直後。 「ほう。今のを、躱すか」 「ッ、たり前だ……!」 果たして躱した、と言えるのか。絶技と言って刺し支えないソレを。半ば勘。半ば反射的に。 とかく“致命傷だけは”避けようと言う考え頭を過ったが故の行動。胸元に走る鋭い痛みが、死の臭いを嗅ぎつけてくるが、 「君の稲妻の前では僕の攻撃なんて、霞んでしまうかもしれない……けれど!」 それでも恐れない。 暗視の目がバアルの姿をしかと捉える。魔神がこちらを見ている。その事実を、振るえそうになる“臆病”性を。奥歯で噛み殺して。 「ここから先へは絶対に進ませない! 僕が、僕がッ! 境界線だ!」 なお立ち向かう。 己より先には行かせない。己自身が境界線。命を守る、境界線。 後方ではまだ皆が闘っている。騎士らの数は未だ半数を割らねども、あともう少しだ。 「さ、っさと、ぶっ潰れろやぁ――!!」 カルラの叫びが雨を切り裂き。騎士の刃が腹を抉るも、代わりとばかりに顔面をぶち抜いた。 ゴーグル越しの目が僅かに歪む。幸いにして暗視は雨に妨害されない様であるが、そもそも暗視が役に立つ程の暗闇では無い。無いよりマシである事はあるが――極めて微少の効果。正しく“無いよりはマシ”だ。 「チッ……蠅共も妙にしぶといし、面倒だなぁオイ!」 「でもそれでも大分減って来たよ……これなら行けるッ!」 再度炎と共に。旭が残った騎士に拳を突き出す。 天より、雨と共に振り落ちてくる雷撃が時折己の身を焼くが、その程度ならばまだ頓着しない。とにかく騎士を。考えるよりも手を出して。殲滅し、バアルに対抗せんと意思をみせる。 しかし気のせいだろうか。段々と、段々と。雷撃の威力が上がってきている気がするのは。 「やれやれ。王様の御機嫌っぷりが更に拍車を掛けてきてるわ。 それに付き合わされる道化の身も、考えて欲しいモノだけど」 雷撃の強さはバアルの意思によって左右される。 放たれた刺突。騎士の一撃たる、ソレに合わせる様に。腕を伸ばして引き金を。 早撃ちだ。複数対象を捉える利便性は無いモノの、一体を狙うだけならばこちらの方が都合がよい。 首元の関節部を狙い撃ち。一・二・三・死の五に六発。砕き砕いて己が痛みよりも敵に与えた痛みが多く。 「詠唱は絶やさないよ……! 皆でぜったい――帰るんだから!」 そこからアリステアが仲間を高位存在の伊吹で癒せば差が広がる。 癒し手の有無はやはり大きい。今の所もう一人のホーリーメイガスたる俊介は攻撃に回っているが、いざとなれば回復手としていつでも支援可能だ。中々に盤石な態勢をリベリスタ達は備えて居て。 「いずれ王を簒奪するとすれば邪魔なのは貴様ら騎士だ! 野郎! ぶっ殺してやらぁあああ!!」 そんな中。相も変わらずと言うか真面目にと言うか、本気ではあるが。竜一は全力だった。 蠅騎士団の一体を常に狙って。特にモテそうな雰囲気の奴を(勘で)潰しに掛っているが――ともあれ再生能力が厄介だ。 幸いにして俊介と糾華がそれぞれ致命を付与する術を持っており、特に糾華が致命付与の為積極的に動いているのが功を奏しているが、それが無ければ今より遥かに時間が掛っていただろう。それほどまでにバアルの雨は強力だ。更に、 「庇いあうとかうぜえええええ!! なんだそれ、タダでさえかてーのに何してんだお前らああ!!」 騎士が、弱った騎士を庇う動きを見せれば尚更に。 煩わしい事この上ない。しかし逆の立場であればリベリスタらもそうしただろう。戦線を維持する為。あるいは仲間の命を守る為。なんでも良いが、とにかく脱落を早々に許す事が無いのはリベリスタも同様だ。 されど。庇う手段を封じる策――無いと言わない。そして、リベリスタ達はその手段を持っている。故に、 「それならそれで大丈夫。手は考えてあるから――ね」 その手段を使う。綺沙羅の放つ、鴉だ。 ソレが庇う騎士の注意を逸らし、引きつける。怒りによる庇い手の強制排除だ。防御に念を置く騎士が相手ではそう簡単に成功する様な手とは言えないが、それならそれで竜一にも手が有る。 弾き飛ばしのノックバックだ。ノックバック距離によっては、庇う行動は継続されてしまう恐れもあるが、これもまた庇い手の排除方法の一つに他ならない。どちらか片方なら騎士は耐えただろう。が、二つの方法に長時間抗う術は無く排除されてしまえば、 力が届く。疲弊した騎士の一体に。 減らす。減らせる。倒して行ける。さすればやがて数で勝るのはリベリスタ側となりて。もはや、蠅の騎士諸君に勝てるのは時間の問題とも言える範囲に成って来た。 「とは言え毎回致命を打ち込める訳じゃないし……中々厳しい所だけど、ね」 糾華の呟きは自問する様に。 致命付与。バアルの抑え。騎士庇いの対応策。癒し手。攻撃力。 全て揃った。ピースは揃った。勝利への道筋が、見えてきた。 ただ。一つ。 最後の最後。懸念はまだ残っている。 盤上。苦戦はあれど善手を彼らは踏んでいる。それは見事だ。見事だ。が、 この盤上には“盤を叩き潰す”事すら可能な“王”が居る事を忘れてはならない―― 「余の騎士らをよくぞ。卿ら、一人たりとも余すことなく真の英雄なり」 よくも。とは言わない。よくぞ。と言う。 騎士は倒せる。目前だ。しかしバアルは。バアルはほとんど無傷に近い。攻撃の範囲に巻き込めれば狙おうと思っていたエナーシアや俊介だったが、それらは全て騎士によって阻まれた。であるが故の無傷状態だ。 バアルは振るっていない。自身の力を。ヤグルシは振るったが、それだけだ。彼自身が追い込まれていないのだからヤグルシだけで十分と判断したのだろうか。そこは解らないが、 情報が少なすぎる。これでは撤退し切れない。 「……あれ。これって地味にまずかったりするんでしょうか?」 ぐるぐが見据えるは、バアルを抑えている悠里だ。 悠里は現状満身創痍。ただ只管に防御を行い、致命傷だけは避けて。耐え続けてきたが、全身に負う傷が彼の体力を奪って行く。いざ彼が運命消費すればいつでもぐるぐは蠅騎士の相手を止め、交代に向かうつもりではあるが。視て居て分かる事が有る。 バアルはおよそ本気を出していない。 こちらの実力を視る為でもあるのだろう。全身全霊を出していないのは恐らくそう言う事だ。それは良いが、情報を収集できないのが余りにも痛い。 かと言って蠅騎士殲滅後、総員掛りでバアルの本気が出てくれば。その時相対余力が残っているかも疑問だった。降り注ぐ雷撃が着々とこちらの体力を削り続けている。アリステアと俊介がいれば体力的な面ではまだ持つだろうが――二人の回復量かEPが限界を迎えた時どうなるか。想像に難くない所である。 全員で生きて帰らねばならぬのだ。ならばどうする。どうすれば良い。 何か手が無いだろうか。バアルの意識を本気にさせる。ヤグルシ以外を使わせる。そんな手が。 あと一手。あと一手なのだ。どうにかして届かぬかと。瞬時の内に無数の思案が交差して―― その時だ。 「王様。悪いんだけど、一言良いかな?」 言葉を紡いだのは、俊介だ。 「ん? 良かろう。何か言いたい事があるのならば言うが良い。余は聞こう」 自身を守りし騎士は壊滅寸前。それでもなお余裕の表情を保っているバアルに、 「言ったよな。俺達は、最大の誠意を持ってギリギリまで闘う――てさ」 だからさ、 「頼むよ王様」 失礼だと分かってはいるが、 「こっちが全開なんだぜ? 出し惜しみするなよ」 言おう。 「頼むよ」 「――王様も全力で頼む」 「――――」 時が止まる。 呆気に取られた様な。困惑した様な。そんな表情を一瞬、王は見せた後に。 「フッ――ハハ」 笑う。 「ハハ。ハハハハハ! ハハハハハッ! ハハハハハハハ――!! そうか! 言うか! 余に全力を出せと! 言うか! ハハ! ハハハハハ!」 笑う。笑う。笑い転げるかのように。バアルは笑う。 輝きを見せよと王は言った。余に見せよと高らかに。 よもやそこから己にたいして“そちらも全力で来い”などという言葉が来るとは想定していなかったのだろう。己は王だと自負すれば。常なる頃から与える立場であり、そして“挑まれる”側の立場である。王とは頂点であるが故にこそ。“そう”であるのだ。 だからこそこの言葉はバアルの耳には意外で。だからこそ。だからこそ。 だから、こそ―― 王が“構え”を取った。 『――マイムール』 異界の言葉が放たれる。捉えたのは異界の言葉を理解できるぐるぐのみ。 「まい、むーる……?」 口から漏れる。何の事だと、分からず反射的に漏れたのだろう。 名を捉えたのはぐるぐ。そして、意味を捉えたのは俊介と綺沙羅だ。 魔術知識がその単語の意味を引っ張り出す。伝承に残る、バアルの武器の単語だ。 マイムールとは。 「ッ――!? 皆、伏せなさ――」 超直観の目で捉えた糾華の叫びが飛ぶが、間に合わない。 魔技が唸る。超速の振るいが黄金の輝きを残像に。 ただ振るう。それだけで“当たる”のだ。 マイムール。バアルの持つ武器の一つにして、その“狙った相手に必ず当たる”という権能を振るえば。 「そうまで吠えたのなら、朽ちてくれるなよ? 祈っているぞ。余は、心の底からな」 轟音一喝。 振るった剣先が全てを抉る。姫路城の地を。空間を。そこに“あった”全てを。 刮目せよ人類。 ここからが、否。 ここが真実の分水嶺である。 ●名は…… 「ぐッ――う、ぉおお……!!?」 僅か数十秒。最後の闘いが始まった。 マイムールの衝撃に吹き飛ばされる悠里。致し方ない。元々バアルを暫しの間抑えている間に疲弊が溜まっていたのだ。そこに、いきなり特大の一撃が叩き込まれればどうしようもない。歯を食いしばり、運命を削ってでも意地を見せれば。 「おーうさまー! ボク達とも遊んで下さいよ!!」 瞬時にぐるぐがブロックの交代に移る。 己が動きで翻弄すべく、スピードは極力落とさない。時折不規則にブレーキを掛け、あるいは方向を急転換しバアルに対抗する。 近くに立てば肌に伝わってくるおっかなさ。しかし、その感覚こそが、 ……素敵ですねぇ。 思考する。もし味方か、あるいは本体であったならば、己が群れ。グリムハウンドに加えたく思う程に。異界の王とて例外では決して無いのだ。己が一部に加えたいと思う欲求は。 「よく跳ねるな。卿」 刹那。思考しつつも攻撃態勢に移ったぐるぐに、バアルが先制。 マイムールを振るう。多少の間合いやフェイントなど必命中の権能が捻り潰す。 己の身体が遅くなるかのような錯覚を得てからの――直撃。 これは回避が高い者との相性が悪い。まず当たる事ありきからの結末がいきなり来るからだ。躱すにはそれこそマイムールの範囲外にいるか、絶対的な回避を繰り出すか…… ともあれこの一撃は強力だった。それこそぐるぐを一撃で打ち倒す程に。とは言え彼女も蠅騎士との闘いで疲労はある。万全ならばもう少し話は別だっただろう。 「拝謁の光栄、敢えて不敬に潰して参る! 相手してもらうぜぇ王様よぉ!」 その様子を見て即座に飛び出すは、カルラ。 今、二人が運命を消費した。ならば己が前に飛びださねば彼らが危ない。多少強引だとしても、それでも。命は失わせたくないから。 前に出る。今の。騎士を相手に疲弊した己では幾分持つか分からないが、それでも往く。 マイムールを見る為に。仲間を守る為に。 しかし彼ら三人のおかげで。マイムールの詳細も見えてきた。 雨の効果。ヤグルシ。マイムール。そしてバアルのあり様…… いくつかのスキル構成は見えてきた。これならば目標は達したと言える。後は、 「どういう風に退くか――だが、おいおいマジかよ……!!」 雷撃の量が桁違いに膨れ上がっている。 竜一の目に移る稲妻は一ではない。十でもない。二十か。三十か。遠目に見えるのも合わせれば百を、あるいは更に―― 「くっ……! 全く、面倒な環境に様変わりしたわね本当に……!」 瞬間。糾華が雷の中を駆け抜けて向かうは、最後の騎士だ。 雷撃の痛みに身が焼かれる思いがするも、これだけは成さねばならない。致命の付与と同時に相手を殺害すべく五重の残像を繰り出して。質量共に殺意をも。鎧の中へと捻じ込み炸裂。 倒す。倒した。倒し切った。しかしそれでも雷は止まない所か勢いを増す。 鼓膜が破けそうに成るほどの轟音。絶え間のない稲妻の嵐。リベリスタ達が寸での所で耐えられているのはひとえに。 「なんと――卿。しかと踊り切るつもりか。この稲妻の中で」 「勿論。私は一般人の皮を被る」 道化なれば。踊り切って見せると言ったならば。稲妻如きで止められはせぬ。 そう思考するエナーシアと、アリステアの功績に他ならない。 アリステアは麻痺無効を所持している。であれば、雷撃降り注ぐ中でもダメージはともかく。動きを縛られる事は無いのが大きかった。運命消費すれば更に立てて。また、エナーシアは絶対者の属性を持っている。その身を盾に。もう一人の癒し手。俊介を庇い続けていれば。 「役目は果たすよ……ここまで来たんだから、あともう少しだけでも……!!」 「帰るぞ……! 誰も死ぬな! 生きろ!」 双方のデウス・エクス・マキナが発動する。 全体回復としては最高峰の秘儀。体力を癒すばかりか負なる属性を打ち払って。皆の動きを縛る根底を撃ち砕けば、退路へと身体が向かえる。 バアルの本気からここに至るまでに二十秒程度。密度が濃い。生死の臭いが揺れ動く。 しかし、それでも。 生き残る意思が。皆にあった。 「傷付いたのなら俺が埋めればいいさ……!!」 なぁ花染――! もう何も失いたくない。その思いが俊介を突き動かし、己が武具たる護りの願いを握りしめる。 さすれば、 「ククク。可愛いな。卿ら。生を求める様は嫌いでは無いぞ?」 バアルが言う。退いて行くリベリスタ達の背中を見据えて、 「良い。案ぜよ。ここまで楽しませてくれた礼に、卿らのその命……余が恵んでやろう」 言葉とは裏腹に高まる殺意がリベリスタ達に突き刺さっている。何が恵むだ。 恐らくもう一撃来る。それを耐えてみせろと。これが王なりの慈愛なのだろうか。ふざけるな。 「ねぇ」 半回転。撤退途中の綺沙羅が後ろを振り返り、バアルを見つめて、 「蟻を、あんまり甘く見ない方が良いよ――蟻の一噛みが、獅子を殺す事だってあるんだから」 「そうか。では、是非とも魅せて貰いたいものだ……蟻の一噛みで、獅子を殺す事が出来るのか、な」 獅子の一撃が地を薙いで。 遥か遠く。30m地点先まで薙ぎ倒し、 空間が破裂する。 バアルの張った魔術結界が解除され、そして―― 「余が名は、バアル。バアル……ゼブブ」 脳裏に響く。ナニカの声が。 「また会おう。箱舟の者ら。小さき英雄諸君よ」 ハハハハハハ。 ハハハハハハハハハ。ハハハハハハハ! ハハハ、ハハハハハッ! ハハハハハハハ――! |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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