● ――遠く、君を想う声を聞く。 それはどうにも頼りなくて、消え入るほどに小さな叫び。 その程度の意思で、私は世界に叛逆して。 その程度の意志が、私とセカイを繋いでいる。 「……要らないモノなんでしょう? 其れ」 無辜の少女に向ける剣は、その実、自らを貫く其れと同義でもあった。 凪いだ風。相対する彼女は昏んだ瞳をそのままに、此方へにこりと笑いかける。 「そうね。本当なら、あげてしまっても、いいのだけど」 双手に抱いたのは、ビーズの小箱。 その内に秘められた虹色の砂を、それでも彼女は、言葉とは裏腹に、愛おしげに抱いている。 「それでも、ねえ。 約束を、してしまったから。彼らと、彼女らに」 死人のような白さを湛えて、生者のように微笑む少女。 その言葉は、きっと本心なのだろう。 彼女が其れに想うものは何一つ無く、唯一つの約束をして、その身は生命の果てまで自らを磨り潰す。 「……そう」 頬を伝う熱を、気付かない振りをした。 上ずった声を、気付かない振りをした。 震える身体を、気付かない振りをした。 撓んだ意志を、気付かない振りをした。 叶わくば、 彼女のような機械であることを、この、ココロに。 「――さよなら」 ゆるりと振るった一刀が、真白の首を刎ね飛ばした。 ● 「……フィクサードの討伐。それが、今回の任務です」 幾許の瞑目の後、端を発した津雲・日明(nBNE000262)の言葉には、僅か、寂しさに似た感情が滲んでいる。 「対象は一名のフィクサードと、其れが従えるエリューション数体。 『彼女』は或るアーティファクト……正確にはその副産物を狙って、とある革醒者の命を奪わんと動いています」 「副産物?」 「ええ。『追憶の屑籠』と言うアーティファクトによって取り出された、先の革醒者の記憶、そのものです」 「……」 何時しか。 その名を、何処かで聞いたことが、あった気がする。 「……嘗て、復讐に駆られて闘い続けるリベリスタが居ました。 彼女はその最中に於いて、自らが望む記憶を廃するアーティファクトと出会い、それ故に――彼女は、憎しみの記憶と共に、生きる意志そのものも、失ってしまった」 以来、幽鬼の如く生きてきた彼女に、嘗てアークは、彼のアーティファクトの引き渡しを要した。 交渉は容易く終わり、アークは破界器を手に。少女は――アークから派遣されたリベリスタの嘆願に応じ、廃した記憶を、未だ自身の手元に置いている。 「今回、フィクサードが狙っている対象が、それです。 具体的な理由は解りませんが……恐らく、副産物であるそれを元に、其れを生み出したアーティファクトの復元を考えているのでは、無いでしょうか」 「敵の、戦力は?」 「先にも言ったとおり、先ず件のフィクサードが一人。此方はソードミラージュのジョブに在り、尚かつ特異なアーティファクトを手に攻撃を行ってきます。 また、彼女が何らかの手段を以て『呼び出す』E・ビーストが、最大十体。此方は敏捷性に重きを置いた性能で、逆を言えばそれ以外に目立った特徴は見受けられません」 一度、言葉を句切った日明は、「それと」と、小さく言葉を繋ぐ。 「例の、元リベリスタ……革醒者の少女は、フィクサードの攻撃に対して一切の抵抗を行いません。 ただ『アーティファクトを守る』ことだけしかせず、皆さんが介入しない場合、最終的に彼女は死亡するでしょう」 「何故?」 「……彼女自身に、生を見いだす価値が、未だ生まれていない――若しくは、それを取り戻していない為、と言うべきでしょうか」 目を逸らしながら、日明は言葉を紡ぐ。 責任をリベリスタ達に問うような言い回しとなった自らへの嫌悪が為だろう。対する彼らも、其れを解っているからこそ、何も言葉を返すことはない。 「……どうぞ、ご無事で」 実年齢に合わぬ背丈を、深々と下げながら、日明は唯一言を絞り出す。 ブリーフィングルームを出て、依頼詳細を書いたファイルを読み進めるリベリスタ達の腕は――その中途で、止まった。 ● ――遠く、君を想う声を聞く。 「……私よ。目標の家に着いたわ」 「そうか。ま、俺等がくれてやったアーティファクトもあるし、そう難しい話でも無いだろ?」 「ええ。『絶対に入るであろう、余計な横槍が入らなければ』」 それはどうにも頼りなくて、消え入るほどに小さな叫び。 「ああ。それでもお前は為さざるを得ない」 「……」 「妹さんの様子、教えてやろうか? 酷いモンだぜ。居もしない化け物に叫び散らして、拘束衣に身体中擦りつけちゃあ血まみれだ。爪も歯も、こりゃボロボロってもんじゃ……」 「黙れ」 その程度の意思で、私は世界に叛逆して。 「確認するわ。私が件の『記憶』を貴方達の元に持ち帰れば、貴方は其れを元に記憶を奪うアーティファクトを作り出す」 「そうして、両親を無惨に殺された可愛い妹ちゃんの記憶(トラウマ)は無くなり、後には真っ新な家族が残る。良い取引だよなあ?」 「……確実なんでしょうね」 その程度の意志が、私とセカイを繋いでいる。 「最初に言ったぜ。九分九厘に於く可能性があろうと、俺達はそれを絶対と呼ばない。そのリスクを承知の上なら、魂を売りに来いってな」 「そうね。聞いた私が馬鹿だった」 「……こっちからも確認だ。もしお前が任務の途中で捕まるか、殺されれば――」 「彼の子は、殺して。……行ってくる」 ――遠く、君を想う声を聞く。 「……要らないモノなんでしょう? 其れ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月20日(火)22:30 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 暁暗は疾うに過ぎた。 泥濘のような闇の中で、私は彼女に剣を向ける。 「………………」 向けられる笑顔は、何処か、安堵にも似たものを感じる。 逃避か、と。 蔑むことが出来れば、どれほど良かっただろうか。 「……さよなら」 振るうのは一刀。 抵抗もない彼女を殺傷しうるには、それで十分、それこそが十全と言える。 首が落ちる。 破界器が、こぼれ落ちる。 其れを拾い上げて、去る。 ――言葉にすれば簡単なのに。 どうして、そんなことすら、サダメは許してくれないのだろう。 「ねえ、リベリスタ」 真白の少女の薄皮を裂いた血に、刀身をひたと濡らし、 苦笑混じりで、私は問う。 「貴方達にとって私は、殺す価値がある獲物なの?」 ● 「――――――」 『騎士の末裔』 ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)が、瞠目する。 騎士である彼女にとって、他を庇護することに自らを注ぎ続けてきた生涯に悔いは無く、故にその問いは絶対的だった。 柄を仲間に向ける決意を、鋒を敵に向ける勇気を、眼前のフィクサードは、薄ら笑いで彼女らに問う。 ……眩んだ身体を支えるように、ユーディスの肩に手を置く『折れぬ剣』 楠神 風斗(BNE001434)が前に出て、フィクサードに話しかけた。 「予知でそちらの事情は知っている。少し話を聞いてくれ」 「……」 濁った瞳で、少女が見据える。 言いたいなら勝手に言え、と言うことだろう。一つ首肯した風斗は、それに乗じて幻想纏いから一時、手を離し、ゆっくりと語りかける。 「まず、お前に『記憶』は絶対に渡せない。お前の組んでいる相手にそれが渡れば、ロクなことにならないことはお前にもわかるだろう」 「で?」 「アークが所持している記憶消去アイテムは、そこにいる覚醒者の同意が無い限り使えない。 オレの仲間が説得を行なっているが、使用可能になればお前の妹に使うことを約束する」 「……そう」 何処か歎息を交えて、あきれ果てた表情で――それでも、彼女は刀を収めた。 風斗の表情に、微かな生気が芽生えた、 と、同時。 「――――――ッ!!」 視角が追うことを放棄した速度で、納刀が彼の腹を捌いた。 否、そう見えただけ。 『デイアフタートゥモロー』 新田・快(BNE000439)。 左腕を支点に構えた双腕を砕く勢いで押しつけられた膂力に、守護神と誉れ高い彼が臍を噛んだ。 「なん――!」 「……良い幻想(ユメ)を見てるわね、貴方達」 二次行動。弾いた指に黒点が出で、其処から水のように小動物――E・ビーストがしたたり落ちる。 「今更善性に期待しないでよ。こちとら人殺しの真っ最中だったってのに。 それに、ええ? 成立するかも解らない契約に家族預けろっての? 正気?」 「……たかだか数分の交渉すら、貴方は待てないと?」 『ヴリルの魔導師』 レオポルト・フォン・ミュンヒハウゼン(BNE004096)の揶揄に対しても、フィクサードは唾棄するような口調で吐き捨てる。 「契約の内容じゃない。契約相手に空手形から始めるような不誠実な在り方よ。気にくわないのは」 ――無数のエリューションが、群れる。 先にいるのは『革醒者』。真白の衣服と翼を纏う、幽鬼のような少女。 「あの時の約束、守ってくれてたんだね」 それに、応える者が居た。 『ガントレット』 設楽 悠里(BNE001610)。曖昧な笑顔をそのままに、獣に隔たれた少女へ言葉を向ける。 「記憶を持ってるって事は、まだ答えは見つからないのかな」 「……そうね」 瞳を伏せる彼女に、それ以上の言葉はない。 ――或いは、見つける意志もないのか。 微かな弱音。其れを振り払うように、設楽悠里(おくびょうもの)は前に出る。 「……記憶が無ければ繋がりなんて無いに等しくて、 繋がりが無ければここまで生きてこられなかった」 『レーテイア』 彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)が、謳うように言葉を紡ぐ。 「つまり、私は、それが無ければ生きられない程度には幸せで、弱い」 自戒のようにも、或いは自虐のようにも、聞こえた。 何もない路をあるくように、とつ、とつとフローリングを音無く歩いて、精緻な術式が施された鉄甲――『論理演算機甲χ式「オルガノン Ver2.0」』を、振るった。 戦場を埋める気糸の群を、或いは受け、或いは避け、或いは喰らう者の中で。 「ああ、もう……」 フィクサードが、動く。 剣の先は、自らを塞ぐ悠里。 「……五月蠅い」 アル・シャンパーニュ。瀟洒なる剣閃を名付けられた其れに、彼が薙がれる――その、刹那。 その身が、跳ぶ。 違う。飛んだのだ。水を得た魚のように、若しくは―― 「みんなにつばさをっ!」 翼を得た、鳥のように。 『さいきょー(略)さぽーたー』 テテロ ミーノ(BNE000011)。 自らをそう称する彼女が『リュネット』の弦を持ち上げると、それだけでレンズに収めた全員が翼の加護を負う。 「みんながじつりきを100%はっきできるじょーたいをつくるのが、ミーノのいちばんのおしごとっ!」 舌を打つ。臍を噛む。 幸い、低空飛行の範囲にある敵に追撃を放とうとするフィクサードへ向けて、視界を覆うのは炎の在様。 『覇界闘士<アンブレイカブル>』 御厨・夏栖斗(BNE000004)が、笑いながらに鉤棍を振るう。 「どーも、貴方の街の便利屋アークだよ、ご機嫌麗しゅう」 「……全く、予測以上に酷い夜ね」 眇めた瞳が、闇を湛えた。 ● 「貴方は約束を守ってくれた。次は俺達が貴方を護る番だ」 ――視線を逸らした彼女に、せめて、言葉を届ける。 そうして、エリューションの壁に囲われた少女を救うべく、彼は真っ直ぐに突っ込んだ。 「我が魔力、万物万象の根幹へと至れ……」 無茶をしなさる、と笑ったレオポルトが、それを援じてマジックミサイルを放つ。 生憎と、敵を掃しうる火力には至っていない。 それでも、未だ。 「貴女の事情は兎も角として……」 決然とした瞳はそのままに。 抜いた槍を、剥いた盾を、凛と構えたユーディスが、フィクサードに向かって構えを取る。 「彼女と、そして彼女の記憶。貴女の好きにさせる訳には行かない」 「お題目は良いわ。殺しなさい。イヤなら殺されなさい」 剛剣を刀が逸らした。 紙一重を往く力量差。事実フィクサードの肩口は避けきれなかった攻手に血を流し、その表情は微かな苦悶に傷んでいる。 だが、それだけ。 返す刀の一撃。繰り出された刺突が脇腹を貫き、ユーディスが小さく咳き込んだ。 「貴様……!」 「っ!!」 メガクラッシュ。剣閃ではなく単純な質量で圧し、叩く剣技に、フィクサードも堪らず室外に吹き飛ばされた。 宙を舞う身体。飛距離からして危うくリベリスタ等が密かに守らんとしている花壇へ突っ込むかと思われたが、地に突き立てた刀でその慣性に強引に抗う姿に、微かな安堵を覚えた。 「屑籠が使えない場合でも、妹の身柄をアークに預けてくれればできる限りの対処を行なう。だから……!」 「その、理想をッ!!」 軋んだ骨は幾らだろうか。些少では済まぬ痛みを振り切り、それでもフィクサードは喧々と咆える。 「私に、私達に、押しつけるな!!」 ――その軌跡は、まるで、子供の駄々にも見えて。 薄氷を踏むような攻防だった。 総体で見ればフィクサードの不利は否めない。それでも――個々人の戦闘に於いて、成る程、確かに彼女は群を抜いている。 「おねがい、せーしんのいぶきっ!」 一合の斬り合いで、誰かが必ず膝を屈する。 その精度が高まれば高まるほど、或いは誰かを一極に狙うほど、唯一人癒術を行使し続けるミーノの表情に精彩が抜けていく。 「みんなっ!きをつけてねっ……!」 だのに、彼女は笑う。 その身を、その動きを、補うだけでなく、心までも。 其れが、彼女の最たる矜恃なのか。 「……! 邪魔を……」 風斗によって取られた距離により、フィクサードより群体を相手取った悠里の面持ちが、微かな焦燥に歪む。 「するなあッ!」 壱式迅雷。 踏み込んだ脚に纏わる紫電を、感情の侭に解放する。 薄衣を裂くように、革醒者の少女を精緻に逸れた稲光がエリューションを灼き、 「あ――――――」 「――もう、大丈夫だ」 僅かな間隙を縫い、少女に肉迫した快が、その身を抱きしめることで身を覆う殻とする。 「安い正義の味方が……!」 が。それ故、少女に――正確には破界器の副産物に、攻撃を当てる心配を失したフィクサードが、手にした『雑刀』より飯綱を出す。 しかし、けれど。 「……ゼロじゃないんだ」 その動作が、ぴたり、止んだ。 フィクサードの後頭部に拳を押し当てる夏栖斗。 仇花が咲く一歩手前。その状態を留めたままに、彼は、淡々と自己の思いを打ち明ける。 「狂ってしまうほどの辛い記憶を消した所で、君の中にその記憶がある限りは」 「私が言わなければ良い。それだけの話」 「妹のためって言って誰かから何かを奪う、そんなのは欺瞞だよ」 「聖人様はご立派ね。貴方は大切な人を幾ら見殺しにしようが、悪に手を染めない事を選ぶんでしょうよ」 「……本当は、妹を諦めたいんじゃないの?」 「――ハ、」 嘲笑う声が、耳朶に響く。 「諦めたいのは、彼の子を何時までも救えない、弱い私だ」 虚を、突かれる。 泣いた赤子のような面持ちに、僅か、その双手が機能を止めると同時。 身をかがめ、身体毎舞わした一刀は、しかし夏栖斗のこめかみを薄く裂いたのみ。 「死、ね――――――!」 が、二次行動。 態勢の眩んだ彼に対して、更なる一撃が襲い来る。 急所を的確に穿つ一撃を視て、『彼女』は。 「……何も知らなかった頃に戻れたら、と思う時もある」 それよりも早く、その背を、討った。 「でも、戦う事を選んだのは私だから」 敵が倒れたことを見て、彩歌は静かに瞑目する。 つと、変異した耳が、室内の音が止んだことを察知した。 彼方も、此方と同様、その戦いを終えたのだろう。 ● 拘束された状態で、フィクサードはリベリスタ達の前に居る。 装備は外された。残るのは後の対処だけ。 「今から俺は、身勝手で酷い事を言う」 口火を切ったのは、快だった。 結局、あの戦いの後、些少のダメージを除いてはさしたる被害もなくエリューション達を倒した快達ではあるが、その分フィクサード側の対応を行ったリベリスタ側の被害は些か大きく、何名かは応急処置を施された状態で床で横になっている。 その甲斐あってか――対する少女の側は無事だった。 少なくとも、今は未だ。 「その記憶、貴方に取り戻して欲しいと思う」 「……」 瞑目は疑問の呈示と同義だ。 快はゆっくりとその理由を説明し始める。 一つ、彼女が記憶を取り戻せば、戦いの理由が無くなる。これ以上誰も傷つかなくなる。 二つ目は、彼女がその記憶を取り戻せば、追憶の屑籠によって救われるかもしれない人がいる。 そして、最後の三つ目は―― 「……3つ目は俺の個人的な思いだ」 「それは、どういう?」 興味ではなく、確認のための質問。 あくまでも、その心に、未だ変わりはないのだろう。 「貴方は約束を守ってくれた仲間だ。 けれど、その名を、心を取り戻し、共に何かを守るために手を取り合えるなら」 ――これほど嬉しいことはない。 そう言おうとした彼を、小さく、首を振るった少女が、苦笑する。 「ねえ、ニッタさん。わたし、こわいわ」 「……」 「自分を取り戻すこと? 誰かに大切なものを捧げること? 違う。違うの。怖いことはね。誰かと心を通わせること」 とん、と。 その胸板に、小柄な頭が、当てられる。 「何時か言ったかしら。大切なものを知った人が、また其れを失うとき、その人は、その人で居られないって。 ねえ、ニッタさん。わたし、貴方のことが好きよ。他のみんなも、大好き。けれど、貴方達は大きな敵と戦っている」 「それは――」 主流七派、バロックナイツ。 今に於いて『最強』を関する二者と争い、並びに、彼らは何らかの神秘事件が関わる度、其の地にかり出される。 その、長きに渡る――若しくは生涯に渡る苛烈な争いに、彼らが生き延びることは、本当に出来るのか。 少女は、自らの『たいせつなひと』が、また居なくならないかを問うているのだ。 嘗て、大切な者を失い、復讐に手を汚し、果てに生気を無くした自らが、また同じ道を辿ることを恐れて。 「誓ってくれるのでしょう。貴方は、死なないと。 けれど、そう信じていた貴方のともだちは、一体何人死んでしまったの?」 「……」 紡ぐコトバを、失する。 垂れた頭は未だ上がらず、其れを見遣ることしか、快には出来なくて。 「全てを忘れて得た安寧……しかし、本当にそれでいいのですか?」 その綻びを、縫うつもりで語りかけたのが、レオポルトだ。 「人と人との繋がりは、結局のところ『記憶』です。 例え二度と逢えない状況になったとしても、相手を覚えている事こそが、その人がこの世に生きていた証となるのですが……」 「その痛みを」 言いかけた言葉を、少女が止めた。 「味わいたくないから、私は、貴方が言う繋がりを捨てたのよ。 ねえ、ミュンヒハウゼンさん。その繋がりを大切にしない私は、貴方にとってきらいなひと?」 困ったように、少女が笑う。 それを――何処か、沈んだ面持ちで見遣る彼には、年齢相応の慈しみと、微かな哀れみが湛えられていた。 「僕は、君が記憶を取り戻すのがどうしても嫌ならそれでいいと思う」 唐突な声の主は、悠里だった。 目線の高さを少女と同じにして、真剣な表情の侭、彼は淡々と言葉を告げていく。 「君が生きる理由は、君自身が見つけるべきだ。 それは、例えばこの庭の花を育てたいとかそんなささやかな事でもいいんだ。立派な理由なんて要らない」 ――僕は君に、生きて幸せになって欲しいんだ。 「……君の記憶を、彼女の為に取り戻せとは言わない。 君自身の意志でその道を選ばないと、意味がないんだ」 「シタラ、さん」 胸をうつ痛みを知っている。 瞳から滴る熱を知っている。 それだけだ。 彼女が知っているのは、その『事象』だけだ。 その理由を、根源を、彼女は奥底に封じている。 だから、どうか、と。快は問うて。 否、それでも、と。悠里は問うた。 そして、殊に。 「世界は、君が否定するほどに残酷じゃあないよ」 褐色の吸血鬼が、少女に向けて手を伸ばす。 開かれた手のひらには、小さな花の種。 紫羅欄花。その花に込められた想いを、少女は知っていただろうか。 「心を開けとは言わない、でも少しだけ手を伸ばしてみない?」 恐れているのだろう。怯えているのだろう。 其れを覚悟して、終ぞ開く花もあるだろう。 夏栖斗が笑う。 対する少女は、泣いていた。 ● 「……気付いているのか?」 遠目に見遣る風斗が、傍らに頽れていたフィクサードに言葉を向ける。 「お前が殺そうとしているのは、助けようとしている妹の未来の姿だということに」 「……今更、私をヒトだと思ってるのね。アンタ」 疲れたような笑みで、フィクサードは言った。 「私はフィクサードで『在った』んじゃない。フィクサードに『成った』のよ。 自分が望むモノが、望む通りであれば良い。そう言う人種。御為ごかしで翻意できるなんて、思わないでよ」 ふらついた身体で、それでも拘束された侭、彼女は立ち上がる。 「何を――」 「いえ。敵意はありません。」 思わず、幻想纏いを構えかけた彼に対し、監視としてフィクサードの傍にいたユーディスが冷静にその気力を見極める。 その言葉通り、封じられた身体の侭に、緩慢な動作で零れた装備や、多少の応急処置を自前で施した彼女は、『見抜かされた』ユーディスに小さく鼻を鳴らして、くるりと背を向けた。 「帰るわ。……二度と会いたくはないわね」 「フィクサードとの交渉は?」 「余計な節介は結構よ。身一つでも売れる物は幾らでもあるんだから」 問うた彩歌に返された答えは、彼女が条理の裏側に位置したことを指し示していた。 去る背中を、レオポルトが数歩、追う。 彼も彼なりの交渉を用意していた。が、前提となる『フィクサードが自身等の誘いに乗る』ことを満たせなかったことで、その大半を説得として費やすことになったが、それでも一つだけ。 「貴方は――妹さんを救う最善手が我々とは、考えられなかったのですか」 「……」 足が、止まった。 沈黙は僅か。それでも奇妙な重圧を伴うその空間で、彼が言葉を続けるか悩んだところで。 「正直、怖いわ。アンタ達は」 片眼だけをちらと見せる形で、小さくフィクサードが振り返る。 「人を助けることを当然と思う。何かを守ることを当然と思う。 その為に潤沢な運命を尽きるまで削る。大切な人がいようが容赦なく命を捨てる。それはね、意志なんかじゃない――狂気よ」 だから、と、彼女は告げて。 「そんな眩しいセカイ、私には耐えられない」 ゆるりと、今度こそその場から消えていった。 自身等を狂気の群と呼んだフィクサード。 その背中を目で追いながら、しかし。 「……それでも、ミーノはね」 桃髪の少女は、小さな拳を硬く握り、届かぬ言葉を口にする。 「ミーノは、アークのみんながまもろうとするものこそが、なによりいちばんにまもるべきものだと――しんじているから」 凪いだ風が、また吹こうとしていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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