●祭囃子に誘われて 夏の祭りというのは色々あるが、盆や七夕から由来したものや農耕の疲れを癒すのが大本となっているという。 幽霊をエリューションという形で認め、農耕に携わることの少ないアークのリベリスタにとって祭りの元がなんであるかは正直意味を成さない。山岳信仰の依りしろである山車や神事である神楽の一部といわれる祭囃子も、その起源は失われて等しい。 それでも祭りは行われる。日々の疲れを癒すために。代々受け継いできた祭りを。一度はナイトメアダウンで途絶えたとはいえ、それを復興させようという想いが街に火をともしたのだ。 ●祭り 「ま、難しい話はどうでもいいじゃないか」 『菊に杯』九条・徹(nBNE000200)は祭りの空気に当てられたのか大笑いしていた。既に酒が入っているのか顔も赤い。 「夜店に花火に神輿に祭囃子。一通りそろった三高平祭りってヤツだ。楽しまなきゃ損だろ?」 真夏の熱も夜になれば程よく冷える。花火を見るのにちょうどいい高台もある。三高平内なので地上の視界を遮らない程度に空を飛ぶのもOKだとか。ただし花火に近づきすぎるのは禁物。大怪我しますよ。 「ここのところ『親衛隊』騒ぎで色々大変だったろ? 骨休めにたのしもうや」 「で、ござる!」 わた飴を手にした『クノイチフュリエ』リシェナ・ミスカルフォ(nBNE000256)が元気よく手を上げる。相変わらず忍ばないクノイチである。 祭囃子が響く。境内は既に人であふれかえっていた。 さぁ、夏祭りの始まりだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月16日(金)23:36 |
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● 今日は夏祭り。道に並ぶ露店も既ににぎわっていた。 「寄ってキャッシュ見てパニッシュ、ってね。あ、300円になります」 景気のいい声を上げる翔護。皆とビールでも飲んで騒ぎたかったが、如何せん軍資金を使いすぎた。やむなく露店でバイトである。 「くじ引きの露店ってすごい楽だと思う。座ってるだけだし……おや?」 客引きをして座ってるだけの翔護に近づく二人の男。その動きはまるで翔護の逃げ道を塞ぐように。 「ちょっと確認をさせてもらいますよ」 「え? なに?」 「このくじ引き露店、あたりが出ないという報告がありまして」 「くじなんだから運任せに決まって……さっきからずっと見てた? クジを改める?」 翔護は汗を流し、すっと後ろに下がる。これって詐欺扱いになるんだっけ? 「逃げろー!」 「まてー!」 「……なんだぁ?」 コヨーテがそんな騒動を遠めで見ながら、売り物のホットドックを食べていた。日本のお祭りは初めてだが、追いかけっこがあるというのは始めて聞いた。そっちはそっちで楽しそうだと思いつつ、屋台に戻る。 『激辛屋台』 各種トウガラシ、葉ワサビ、カラシ、ブラックペッパー、キムチ……手に入る『辛い』系のスパイスをふんだんに使った屋台だ。そのスパイスにホットドックやパンなどをつけて食べる。 「直接食べてもいいけどな」 自前のブラックペッパーを食べながらコヨーテは客引きをしていた。……が、あまりの激辛ワールドを前に挑むものは少ない。 「なんでだろ? すっげェ美味ェのに……もう店畳んで遊びに行くかッ!」 そしてコヨーテは祭りの喧騒の中に身を躍らせる。 「……あれ? この店もうやってないのか?」 「しょうがねぇなぁ。他のところいくか」 翔太とツァインが財布を手に祭りを楽しんでいた。 「まさかこんな物を拾っちまうとはな~」 「いやぁこの財布の形状とか見つけた時にさ、どこかで見たことあると思ったんだよね」 二人が拾ったのは親友の優希の財布。遊びに行ったときに何度か見たことがある。困ってるだろうから届けてやろう、とツァインと翔太は優希を探し―― 「財布がないと奢る事も出来ないからなっ、早く届けてやろう。届ける間に財布が軽くなっているのは気のせいだな!」 「優希なら許してくれるだろう。なんたって俺達親友だしな!」 おい親友。今焼き鳥買ったお金はどこから出した? 「くじ引き! うわ、駄菓子かよ」 「輪投げ! ……ええい、弓をもて弓を!」 「最後は型抜きで勝負! ……って何だよその精巧な型抜き具合は!」 「型抜きは根気と集中力で丁寧に抜き取る。翔太には難しいみたいだな」 翔太とツァインが祭りを楽しむたびに、優希の財布が軽くなる。どれだけ使ったかなど覚えていない。まぁ優希も謝れば許してくれるさ。少し罪の意識を感じた二人は、お土産にとたこ焼きを買う。 「そろそろ財布を届けに行こうか」 「土産にたこ焼き買って行こう! 優希の金で!」 ツァインと翔太は親友を探すために人ごみを進む。そして露店の前で立ち止まり、また『土産』が増えた。 「たこ焼き美味しいでござるー」 「あ、リシェナっちだ! やほやほー」 たこ焼きを食べながら歩く眼帯フュリエのリシェナに向かって、手を振るマラファル。それに気づいてリシェナは近づいていく。 「マラファル殿、一人でござるかー?」 「そうなのよ。一緒に行かない?」 「行くでござるー!」 そんな流れで二人のフュリエがボトムチャンネルの祭りを歩いていた。そこにルナがやってくる。 「はーいっ! リシェナちゃん!」 「あ、ルナ殿」 ラ・ル・カーナでもかなり年上の姉であるルナは、祭りの熱気に当てられたのかかなり上機嫌であった。 「ふっふーん、お姉ちゃん。なんと! この日の為にお金を貯めておいたのです!」 「なんとー。さすがでござる!」 「だから、お店を見て回ろう? 欲しい物があったら言ってね? お姉ちゃん、奮発しちゃうから!」 ルナの太っ腹な発言に色めくフュリエたち。ルナも妹達のそんな様子に笑顔を見せる。異世界の姉妹達が三高平の祭りを行軍し始めた。りんご雨、わた飴、水風船に金魚掬い。ものめずらしいものは何でも堪能する。 「あ、ほら今度はアッチで何かしてるみたいだよ。いこっ!」 ルナは祭りを楽しみながら、妹達の顔を見る。大変な状況にあるアーク。それを乗り越えるために今は楽しもう。 「はい、焼きそば。一緒に食べよ」 マラファルは焼きそばを買って近くのベンチにリシェナを誘う。素直についてくるリシェナの動きに、保護欲に似た感情をマラファルは抱く。あーん、とかやってみたいっ! 「フュリエもきちんと浴衣を着るんだな」 「リシェナさんの場合、見よう見まねとことろがありますけど」 杏樹がベンチで騒ぐフュリエを見て、慧架がリシェナの着付けを評価する。 杏樹と慧架は共に浴衣を着ていた。杏樹は浴衣を着たことがないので、慧架に着付けてもらったのだ。着慣れない浴衣だが、しばらく祭りを歩いているうちに気にならなくなる。 「杏樹さんとこうやってお出かけする機会は殆どなかったので楽しみです」 「ここ最近は、ほとんど任務でしか一緒してなかったからな。息抜きにもちょうどいい」 『親衛隊』を初めとしてここしばらくは戦い続けていた。こういった平和な時間も重要だと改めて思う。 世間話をしながた屋台を歩く二人の視線は、金魚すくいの看板に止まる。 「金魚すくいやってみるか?」 「金魚すくいはやったことないですね。一応縁日とかお祭りの定番中の定番とは聞きますが」 杏樹の誘いに慧架が頷く。二人ともなんとなくやり方は分かる、ぐらいの知識しかない。紙製の網を渡され、隣の人のやり方を見ながら見よう見真似でしゃがみこむ。 初めての金魚すくいだが、何度か繰り返せばコツもつかめる。三回目で二匹ずつの金魚を掬うことができた。 「大事に育てないとな」 杏樹は袋に入った金魚を見ていた。店の人から育て方を教えてもらい、それを頭の中で反芻する。 「お店に水槽でも設置して飼ってみましょうか?」 慧架は紅茶館のスペースとレイアウトを考える。想像が広がり、笑みが浮かんだ。その横を一組のカップルが通り過ぎる。 「毎年、この時期になると太鼓の音とかが聞こえて来て、ああ夏祭りなんだって気分が来るものだぜ」 「ええ、今年も賑やかですね、本当に。……何処からか迷うくらい」 猛とリセリアが人ごみを歩く。沢山の人、沢山の店、沢山の賑わい。独特だがこれもまた日常の一つ。 「おっ、金魚掬いがあるじゃん。よし、ちょっとやってみようぜ」 「金魚すくい? ああ……」 猛がリセリアを連れて金魚すくいの屋台に近づく。この国で生まれ育つ猛にとっては馴染み深いものだが、リセリアから見れば始めてみるものだ。知識として知っていても、実際にやったことはない。 「あら……よっと」 猛の手つきはなれたものだ。金魚の動きをよく観察し、最小限の動きで金魚を救い上げる。 「折角ですから私もやってみましょう」 横で眺めていたリセリアも猛の動きを見て興味がわいた。お金を払い、浴衣の袖が濡れないように腕をまくる。 「なかなか……難しいですね……」 「無理に大きいのは狙わずにこういうのはゆっくりとやるんだ。焦らずに集中して……」 初めての金魚すくいに戸惑うリセリアに猛がアドバイスをする。その甲斐もあって、一匹掬うことが出来た。 「……掬ったからには、最後まで責任を持たないとね」 「そうだな。長生きできるようにちゃんと面倒見てやらなきゃな」 金魚の入った袋を見ながら、二人は祭りの喧騒に紛れていく。そんな金魚が視界に入ったのか、こんな声があがる。 「櫻霞様、櫻霞様っ! 櫻子は金魚すくいがしたいですぅ」 「わかったわかった。じゃあ行くぞ」 緑色で蝶柄の浴衣を着た櫻子が、金魚掬いの看板を指差しはしゃぐ。隣を歩いていた櫻霞は下駄を鳴らしながら金魚すくいの屋台に近づく。 嬉しそうに金魚すくいに励む櫻子。しかしその結果はというと、 「はぁ……。うまくいきません」 全敗であった。櫻霞は仕方ないなという顔をして、お金を払い紙の網を受け取る。 「水にずっと付けておくからそうなる。派手に動かさずに近くに来るのを待って取るんだ」 「わわっ! 櫻霞様、上手ですぅ」 慣れた手つきで金魚を掬う櫻霞。金魚三匹と色違いの出目金を皿に入れる。 「流石に食うなよ? この間寿司は散々食べただろう」 「き、金魚さんは食べたりしませんにゃ~……」 幻視で隠してこそいるが、櫻子はネコのアウトサイド。魚を見るとつい食べたくなるのは本能なのか。 その後二人は金魚を手に屋台を歩く。色違いの狐面を買って二人で被り、屋台軍を通り抜けて境内で一休みする。 「たまにしか食えないからな、確か好きだろう?」 「わぁ、りんご飴は大すきですぅ」 途中で買っていたりんご飴を櫻子に渡す櫻霞。渡された飴を食べながら櫻子は嬉しそうに口を開く。 「とっても優しい櫻霞様が櫻子は何よりも大好きです」 照れ笑い好意を示す恋人に、櫻霞はその表情が綻ぶ。祭りなど子供のころに来た以来だが着てよかったな、と心から思った。 「一緒に出かけるの、久しぶり……」 「そうだなー。とりあえずお帰り、羽音」 俊介の手を繋ぎたいけど、なんとなく距離を測りかねて服を掴む羽音。そんな態度について来てくれるならいいか、と納得する俊介。 微妙にギクシャクするも、なんだかんだで一緒にいる時間は心温まるものだった。二人は祭りの中を互いを意識しながら歩く。 「ねぇ……。久しぶりに、勝負しない……?」 羽音が射的屋の前で足を止めてそんな提案をする。 「的屋かー、いいね」 「ふふ、負けないよ」 沢山景品をゲットした方が勝ち。負けた方は何でも言うことを聞く。そんな条件をつけて二人は銃を受け取った。 「今こそ唸れ、ゴールドシード!」 「わっ。俊介、大人気ない……!」 「そういう羽音だってすごい集中重ねてるじゃん」 「時間制限設けなかったから……いいの……っ!」 「そんな羽音に体当たりだどーん!」 「きゃ……!」 そんなこんなで勝負は俊介の勝ちとなった。射的の腕とは全く無関係な戦いだったが。 「お姫様抱っこ、したかった……」 しゅん、となる羽音。その姿はかわいくはあるが、男のプライド的な意味で彼女にお姫様抱っこされるのはお断りな俊介であった。 「じゃあ俺の命令だけど……はの、パラサイトメイル着て依頼行こうぜ」 俊介の命令に、羽音は顔を真っ赤にして口をパクパクさせる。色々と想像してしまい、声にならないでいた。 ――この後、彼女が命令を素直に聞いたかどうかは別のお話。 「どこかで『えろえろはにゃーん』な波動を感じる」 梶がぞくりと何かに反応する。黒服の下に水着。ちょっと熱いけど脱ぐつもりはない。 「シエルたんとメイたんの水着! ヒュー! とか思ってたのにー」 ウーニャが梶の服装を見て不満な声を上げる。ウーニャ自身もピンクのビキニだ。その視線は同じく水着を着ているシエルに向く。 「え? え? あの、ウーニャさん?」 「大丈夫。シエルの事はオレが護るぞ」 「ああ、梶様ありがとうございます!」 ウーニャの視線からシエルを守るように梶が立ちふさがる。感謝の言葉を返すシエル。 「いつぞやのスクール水着で攻めるですよ!」 箱舟すくみず部隊ことシィンがスクール水具を着て腕を組む。胸を潰してアピールを行う。 「セクシーな水着で、サービス、サービス! はーい、あーんして」 きらきらと光エフェクトがつきそうなぐらいの笑顔で舞姫がかき氷を運んでくる。 「何でかき氷屋さんにせくしーを混ぜる必要があるの? ギャグ?」 黒服でかき氷を作りながら、終がこの状況に突っ込みを入れた。 説明が必要だろう。 舞姫を中心にベネ部の者が【ガールズバー熱海】を言う店を経営しているのだ。そのコンセプトは『店員が水着のカキ氷店! あと13歳以上になったのでえろえろもあるよ』である。 「後半部分まて!」 「梶様、えっちっちはリベリスタなら誰もがとおらなければならない儀式なのですよ。 あと夏休みのお小遣いも重要なんです」 「お金よりも己のてーそーってのが大事って誰かが言ってた!」 BNEは全年齢とはいえ、相応に酷い目に会うこともある。梶とシエルはそのことを思い出しながらため息をつく。 「ハァイ、かき氷い・か・が~? はい、あーんして」 シロップを色々混ぜで変な色になったカキ氷を出すウーニャ。この色はヤバイ。しかしウーニャの水着とかに色々目を奪われて、そんなことに気にならないお客。 「白くてべたべたなのですよ!」 シィンは乳白色のシロップを大量に用いていた。わざとなのか偶然なのか、水着で覆われたスィンの豊満な胸の上に白くてベタベタするシロップが大量にかけられていた。 「昔ながらの手回し式の製造機超楽しいー!」 終はカキ氷製造機のハンドルを一心不乱に回していた。単純作業をすれば目の前の現実から目を逸らせる。なんだろうこの大惨事。 「……おかしいです。人気殺到でDJポリス出動なくらいの大行列になる予定だったのに」 舞姫は途絶えてしまった客足を不思議に思う。いろんな意味でポリスが出動しかねないのだが、それをツッコむ者はいない。無駄と分かっているから。 「よろしい。ならば最終兵器だ。氷と魚を持て! 女体盛りだ!」 舞姫のその一言に驚きの声を上げる【ガールズバー熱海】の者達。 「にょたいもりってなんですかせんせ」 「ああ、メイちゃんは知らなくていい言葉だから気にしちゃダメだよ」 梶が言葉の恐ろしさに震えながら終に問いかけ、首を振りながら距離を離そうとする終。 「舞姫さんが伝説の『女体盛り』をやると! これは協力しないわけにはいかないですね!」 「凄いわ舞姫ちゃん、どうしたらそんなヨゴレな発想が出てくるのかしら。黙ってれば美少女なのに!」 スィンとウーニャがノリノリで氷と皿を用意する。って女体盛りの用意万端じゃねーか、お前等。 「舞姫様……それは最終手段過ぎます!」 「止めてくれるなシエルさん! これは真夏の聖戦、避けることのできない道なのようほひゃっ!?」 舞姫の口上は突如入れられた氷で中断された。 「ちゃんと氷屋さんで買った氷なのに、舞りゅんに無駄遣いさせるとか勿体ない。これでいっか」 「魚用の氷乗せれば良い? このまま埋めれば良い?」 「きゃはっはあ。たのしい! うわ生臭っ」 「氷なら任せてください。エル・フリーズで無限に生産して見せるですよ!」 「ちょ、氷が勿体ないからって、鮮魚用の余り物使わないで!? なんか生臭い! あと200点ぐらいダメージ食らった!?」 仲間達の暖かくも冷たい氷の応酬に舞姫は本気で震えだし……そして動かなくなる。 「氷に埋もれフェイドアウト……斜め上過ぎです……」 シエルが舞姫の瞳を閉じ、静かに祈る。先駆者が必ず成功するとは限らない。しかしこの失敗を受けてなお前に進むのが戦士なのだ。……まぁ、シエルは癒し手なのでこの後しっかり回復させるのだが。 かくして舞姫は救急車で運ばれ、【ガールズバー熱海】の儲けはプラスマイナスゼロで収まるのであった。 「なんだか騒がしいですね」 「ええ、何があったのでしょうか?」 桐とアルテミスが救急車のサイレンを聞きながら祭りを歩く。アルテミスは日本の祭りが初めてということで、桐が誘ったのだ。 「アメリカのお祭りと似ていて安心でした」 初めての異国の祭りで不安がっていたが、アルテミスは安堵したかのように祭りを楽しんでいた。 「祭りを参加側で楽しむのは久しぶりね」 「ふむ、三高平の祭りはここまでの規模なのか」 そんな二人の前に小夜と小鶴が歩いてくる。小夜はいつもの巫女服ではなく紺色の浴衣を着ていた。 「偶然ですね、お隣は妹さんですか?」 桐は小夜の隣にいる小鶴を指して問いかける。 「え、小鶴姉は伯父h――」 「そうなんです。小夜お姉様、この人は誰なんですか?」 説明を遮るように小鶴が妹のように振舞う。年齢的には小鶴の方が遥かに年上なのだが。 (小鶴姉……見た目が年下に見えるからって……) そんなこととは知らず、互いに紹介しあって一緒に祭りを回る。 「たまにはお祭りぐらい行かないと! 人生を楽しまない子は強くなれませんよ? 乾物乙女になっちゃいますわよ」 「干物乙女って何ですかー……私は任務と勉学以外にやる余裕などなくて」 セレナが佳恋を引っ張るように祭りの中を歩いていた。おそらく家にこもってばかりの佳恋を無理やり引っ張り出してきたのだろう。 「……ああ、はい、判りましたからフラッシュバンはやめてください」 佳恋のセリフから察するに、結構強行策だったらしい。 「楽しそうですね。セレナさんや佳恋さん」 「ああ、雪白さん。こんばんわ。水無瀬さんに遊びを教えてあげてもらえませんか?」 セレナのセリフに、何故か場が硬直する。女性に遊びを教える。その意味をはかりかねて。 「遊びですか? 今度さそってみましょうか」 桐はそんな空気に気づかずに笑顔で答えた。空気の緊張が、濃くなる。桐に悪意はないのだろうが。 「なんか女の子が集まってると思ったら師匠が!」 そんな空気などお構い無しにリンディルがやってくる。濃い緑色のミニ丈な浴衣をきて、ニーソックスによる絶対領域を形成している。 因みに師匠というのは桐のことである。 「なるほど、ハーレム。こちらの文化を垣間見たの!」 そして桐の周りにいる女性を見て、なんとなく納得する。ハーレムかどうかはともかく、女性の輪は確かに広がっていた。 「日本の皆さんは下着なしでも平気なのですね。私はどうも慣れなくて……フュリエの方もちゃんと着ているのに」 アルテミスは周りに集まった浴衣を見て、少しもじもじながら口にした。 「……え? 普通に下着つけてますけど」 「ええ!? 下着つけないのが伝統なので守るべき、と言われたのですが。そうでしたか、雪白さんの勘違いだったのですね……」 「雪白さん、そういうこと教えちゃうんですか? 何というか……まぁ、いいですけど」 ジト目で見てくる小夜の視線を、無表情で受け流す桐。 そしてそんな男一人、女性六人の輪を遠くから見ているものがいた。 「何かハーレム発見です!」 綾乃がデジカメ片手にガッツポーズをする。祭りのレポートとばかりに家を出てきたが、経費で落ちるので色々飲み食いしていたのだ。 「狐なほうの神谷さん、水無瀬さんは分かりますが……チャイナ服の人とかフュリエの娘とか金髪の女の子とか知らない子も居ますね」 むむむ、と唸るような声を上げる綾乃。こちとら二十代最後の夏なのに一人仕事で、あっちはハーレム。この差はなんなのか! 「よろしい、ならば戦争だ! どうやって妨害して王子様をかっさらってやりましょ……ぎゃん!?」 後ろから衝撃を受けて倒れる綾乃。霧たちがその声に気づくと、そこには沙希が立っていた。 「単に気分転換にふらふら歩いてたら、見知った顔を見かけただけなんだけど」 沙希は祭りを見に来たというよりは、テキ屋の口上や話し方などに興味がわいていた。舞台俳優として、声の出し方など参考になることも多い。 「何か挙動不審な女が彼女達を狙ってたんだけどのしといたわ」 「違うんです! 私、雪白さんの知り合いで!」 「殺気というか邪気がただ漏れだったわよ」 「出来心だったんですー!」 そんな綾乃と沙希に、まあまあと割ってはいる桐。ここは祭りの場だ。平和に行きましょう、と。 そして桐を中心とした団体は、そのまま祭りを進んでいく。桐ははぐれないようにとアルテミスの方に手を伸ばした。 「『桐ハーレム』……酷いチーム名ね、これ」 沙希が今の状態を明確に示すような団体名を口にした。その名に偽りない集団は、祭りをゆっくりと歩いていく。 こんな騒ぎも祭りの喧騒の一つ。まだまだ祭りは終わらない。 ● 「さーって、何を食べようかなー」 フランシスカは屋台から漂ってくる様々な食べ物の香りに翻弄されていた。今ここで作っている。焼きたてほやほや。そんな香りが鼻をくすぐる。 「たこ焼きにイカ焼きにとうもろこしもいいな。全部買っちゃえ!」 気がつけばフランシスカの両手には多くの食べ物があった。 まずはイカ焼き。表面は焼けて固く、しかしそこから先はイカ独特の触感が伝わってくる。ソースと塩が程よくマッチし、噛むたびに味が広がっていく。 そしてトウモロコシ。噛り付けば醤油の味とトウモロコシの汁が混ざり合う。シャクシャクとした食感がたまらない。 最後にたこ焼き。あつあつの中身には弾力のあるタコ。ソースと青海苔のコラボレーションが熱と共に伝わってくる。 「次は何を食べようかなッ」 美味しそうに食べるフランシスカの隣を、元気よくテテロが走り抜ける。 「たべるよったべるよっ。ミーノ! ハイパー! ますたーふぁいヴ!」 立ち並ぶ屋台とそこで売られている数々の食べ物を見て、テテロは五感を研ぎ澄ます。視覚聴覚嗅覚味覚感覚を総動員し、美味しい屋台を探すのだ。 「マスターファイブすら美味い物巡りに使うとはダメダコイツ」 毎年のことながら風情のないヤツ。ため息をついてリュミエールがテテロの後を歩く。 「りゅみえーるもちゃんとたくさんたべとかないと、つぎのなつまつりまでもたないよっ」 「ヘーヘー。マァショウガネーヨナァ毎年コーダシ」 リュミエールが慣れた様子でテテロの後ろをついていく。だが、 「やきそばはこのおみせっ! おこのみやきはあっちの2けんめっ!」 あっちこっちと走り回るので追いかけるのが大変だ。いっそ抱えて走ったら楽じゃね、とリュミエールは思う。正確にはやろうとしたけどテテロがすばしっこく動くため諦めた。 沢山の食べ物を買い、近くのベンチに腰を下ろす。 「つぎのなつまつりまでがまんできるよーに、いちねんぶんたべるっ」 「ほら、食べるぞ。ソースほおにつけるな。汚れるぞ」 テテロの頬についたソースの汚れをふき取るリュミエール。その尻尾にテテロの好物を買い込んで持っているあたり、ぶっきらぼうな対応にみえて気にかけているのが分かる。 リュミエールの手持ちのティッシュが切れた。シカタナイナァ、と呟きリュミエールは舌を出してテテロの頬を―― 「ちょ、ちょっと宮部乃宮さん!? そんな大胆な……!」 黎子の叫び声が広場に響く。急に寄りかかった火車に驚き、声を上げたのだ。 「ヒック! ……zzz」 火車はというと完全に泥酔していた。黎子の肩に寄りかかるようにして眠り、それが酒の肴になっていた。 時間は少し遡る。リベリスタ同士で酒宴を開く徹のところに、火車を引っ張るように黎子がやってきたのだ。 「こんばんは九条さん! ラ・ル・カーナぶりですね。ちょっと聞いてくださいよ宮部乃宮さんがなんと先日二十歳になったんです! なのでお酒飲ませたとこ見てもらって、面白かったら後で指さして笑おうと思いまして。ご協力くださいな」 「離せ引っ張るな止めろ。よぉ九条のおっさ……あっ!? オイ余計な事言うな!」 「ほう。酒解禁か」 徹を初めとして酒宴に参加しているものの瞳が光った。これは楽しめそうだ、という顔で。 「無理はするなよ。最初は軽くビールから行こうか。口つけるだけでいいぞ」 酒初心者に対する優しい薦め。だが負けん気の強い火車は舐められてたまるかと近くにある日本酒の瓶を取り、それを掲げた。 「笑わせんのは良いが笑われんのはダッセェ……! 日本酒バーボンビールにアブサン焼酎どぶろくテキーラ! 何でも来い! 酒持ってこぉい!」 「どんどん注ぎますよ! のんでのんでー! ……あら? あらら? もしかしてもうダウンですか? 宮部乃宮さーん、寝たら祭終わっちゃいますよー。指さして笑いますよーいいんですかー」 そして現在に至るのであった。 「もー! 起きてくださいよー!」 「ありゃしばらく起きないな。そのまま寝かしとけ」 いい肴になったぜ、とばかりに日本酒を傾ける徹。【祭酒】と幟をつけた酒宴会は青年未成年問わずに盛り上がっていた。 「ふふ、九条さんこんばんはです。宜しければ久しぶりに飲みませんか?」 「よぅ、亘。まだまだ酒は駄目だぜ」 分かってますよ、とばかりに亘は甘酒を注ぐ。醤油を塗ったもぎ立て焼きトウモロコシを手に徹の側に座った。そのまま一気に甘酒を飲む。 「はふぅ、一緒に飲むとやっぱり美味しいですね」 「ああ、うまいものは一気に飲むのが一番だ」 「自分が大人になったらその時はぜひ同じ物を飲みたいですね」 「その日が来るのを待ってるぜ」 「その日、ですか」 常に戦火に身を晒すリベリスタは、死の可能性を持っている。日常を守るために勇敢に戦えば戦うほど、日常に帰ってこれなくなるかもしれない。 それでも徹はその日を待つという。ならばそれに答えるのがリベリスタだ。 亘は答えるように、杯を重ねて甘酒を飲んだ。 「この三人プラス九条さんでお酒っていうのも定番になってきたね」 白地の浴衣を着た快が日本酒を持ってやってくる。 「春のが異世界で趣が違ったから随分久方ぶりな気がするわねぇ」 海を思わせる青の浴衣を着たエナーシアがその後ろに続く。 「定刻通りの到着だ」 墨色の着流しに出目金の帯、オールバックにサングラス。そんな格好をしたウラジミールが下駄を鳴らしてやってくる。 「折角の夏祭りだから焼き鳥とかバターコーンとか買って来たし。準備はOK、Prosit!」 「というわけで今年もエナーシアさんが浴衣でお酌してくれるぞ! カワイイヤッター!」 「恋人のほうはいいのかね? 新田殿」 「恋人は恋人。それは置いといて可愛いものは可愛いのだ」 「あらあら。新田さんはもう酔っているのかしら」 「祭りと美女に酔わない男はいないぜ。っと、グラス空いてるぜ」 「すまない。では九条殿も一献」 酒飲み率が高いメンツであることもあり、かなりの速度で酒瓶が減っていく。 「そういや快が持ってきた酒って?」 「『三高平』の純米吟醸夏酒! さっきそこの出店に卸してきたから、封開けたての新品だよ」 「こういうのは職権乱用というのかしらん?」 「役得というのだろう」 首を傾げるエナーシアに、ヴォトカを口にしながら答える。確かに酒屋ならではの役得だ。 「日本の夏は慣れないが、こうして酒を飲むのは良いものだ」 「そっちの国とは勝手が違うからな。でも酒を呑むものがいるのは共通だぜ」 「ウラジミールさんから見たら日本酒はどんな感じなの?」 「日本酒は少し繊細だが、飲み比べて飲むとなかなかと楽しいものだよ」 ヴォトカを片手に快の質問に答えるウラジミール。そんなものかね、という徹の言葉は、水音で阻まれた。エナーシアが投げた水ヨーヨーが、徹の頭に当たり破裂したのだ 「Bless You! 水ヨーヨーを喰らうが良いです!」 「冷てぇ! やりやがったな!」 買って来た水ヨーヨーを手にするエナーシア。それに付き合う徹。 「今日は加減無しだ。浴衣が濡れても後悔するなよ」 「浴衣の下は水着を着ているのですよ、私は!」 「うわ、用意周到か!」 徹とエナーシアが水ヨーヨーを投げあいながら、叫びあう。その様を楽しむように快とウラジミールは杯を傾けた。 「何々、喧嘩?」 そんな様子を見てやってきたのは杏香。右手に日本酒、左手にイカ焼き。そんないでたちで喧嘩の匂いを察してやってくる。 「篠ヶ瀬さん。お久しぶり」 「ああ、新田。黒木屋以来?」 以前依頼で知り合った快と杏香は手を上げて挨拶し、そのまま酒宴に混じる。目の前で広げられている戦いは、喧嘩というよりは祭りの延長と判断し、放置することにした。 「なんか食うもんある?」 「鮎の燻製や鱧の南蛮漬けとかどう? さすがに刺身は無理なんで諦めて」 「わざわざ作ってきたのか。マメだな」 「お酒を美味しく呑むには必須だよ」 快の差し出したツマミを杏香は口にして日本酒を飲む。意外といけるのか、箸が進む。取り留めのない雑談を交わしながら、杏香の酒は進む。 「うふふ、九条のおぢさまもいらしてたの! 随分といい具合に酔っていらっしゃるわね?」 お酒には五年ほど早いスピカが笑顔で近づいてくる。いつものゴシックな服装ではなく浴衣を着て、手にしたグラスにはりんごソーダ。 「ご機嫌だな、スピカ。まだまだほろ酔いだぜ」 「お祭りですもの。この空気、この喧騒、このテンション! 昔ながらのお祭りって、ロマンがあって素敵っ!」 「はは、違いねぇ」 徹は笑いながら杯を傾けた。スピカとは一度刃を構えた仲だ。あれからもう二年以上になるのか。 「そう考えると、お前が酒を呑めるようになるのもそう遠くないように思えるな」 「ふふ、いまはお酌で我慢してくださいね。小娘のお酌じゃ味わいが薄い?」 スピカはくすくす笑いながら徳利を持って徹の杯に酒を注ぐ。 「レディの酌は最高のもてなしだぜ。そいつを薄いって言っちゃ、バチがあたる」 「うむ、確かに」 徹の言葉に同意する雷慈慟。いつもは一人で静かに飲むのだが、大人数で飲むのも悪くないと酒を嚥下する。 「酒は大勢で呑むのが美味いものだ。華のある席ならば尚のこと、だな」 伊吹が持ち込んだどぶろくを空いているグラスに注ぐ。白く濁った酒が、なみなみと注がれた。 「結構堅物と思ってたが、伊吹もわかってるじゃねぇか」 「祭りの熱だ。つい口も滑らかになる」 「この熱気なら、自分の子を宿すことを承諾するものも出てこようものだ」 雷慈慟は変わらぬ口調で頷きながら言う。実際、この祭りの中成立する恋人達もいる。だが雷慈慟の口説き方を受け入れる女性は、まだいなかった。そんな友をたしなめる伊吹。 「そなたも懲りないな」 「ストレートだが、ロマンと風情がなきゃ女はなびかねぇぜ」 あってもなびかねぇこともあるがな、と徹は付け加える。 「ご忠告痛みいる」 雷慈慟は一礼してからタバコを取り出す。ライターを探してポケットをまさぐるが、見つからない。息吹が火を取り出し、雷慈慟に渡す。 「九条も一服どうだ?」 「ありがてぇ。一服いただくぜ」 祭りの酒宴に赤い蛍が三つ光り、そして白煙が夜空にそよぐ。 「そう言えば九条殿、日本酒に合う様々な肴を頂きましたが取っておき等あるのでしょうか」 「今夜のとっておきは花火と祭囃子さ。ま、それまでは適度に呑んでようや」 問いかけた雷慈慟は然りとばかりに頷いて紫煙を吐き出す。伊吹もそれにあわせてタバコに口をつけた。 「ふふ。休憩は終りですか?」 リサリサが戻ってきた徹たちを受け入れるように酌をする。黒髪に青い瞳の優しい笑顔が、酒のペースを加速させる。 「そういえばアークの皆様とこのようにゆっくりとお話しするのは初めてですね……」 「確かにそうかもな」 リサリサのアーク戦歴は長いほうだ。防御に回復に、誰かを守るためにその身を削っていた。 「こういう機会ですから、皆様の事をもっと知りたいです。ワタシが護ってゆきたいモノを命をかけて一緒に護ってくださる皆様の事を……」 「たいしたことはねぇよ。リサリサが誰かを守りたいように、俺にも戦う理由はある。とりあえずは、秋祭りの酒のためかね」 「それは……」 ふざけているように見えるが、徹の言葉は意味深だ。九月には『魔神王』との戦いが控えている。秋祭りが無事に始まるかどうかは、この戦いの結果次第なのだ。 「私は、私を守ってくれた母のようになりたい……いえ、きっとなって見せます……」 リサリサの決意を聞きながら、徹は静かに酒を口にした。 「はっはっは。きっとなれるでござるよ!」 その夢はかなう、とばかりに豪快に笑う虎鐵。酒が回っているのか、いつもより派手に騒いでいた。 「お、徹。お久でござるよ! 夏でござるな! 暑い時は酒を飲むのが一番でござるな!」 「どうした、虎鐵。今日は息子と娘は一緒じゃないのか?」 「……っ、はっはっは! 酒を呑めないから置いてきたでござるよ」 この家族思いの男が息子娘を置いてきたというのは、ありえない話だ。徹はなにも言わずに、虎鐵の杯に酒を注いだ。 虚勢なのは分かってる。それを隠そうとしているのも分かる。 「いやー拙者も柄にもなく酔ってしまったでござる」 「そうだな。まあ今日は呑もうや」 だから徹はなにも聞かない。虎鐵は自らの役割とばかりに、場を盛り上げるために明るく騒ぐ。 ● 悠里と雷音が祭りの中を歩いていた。遠くには山車の奏でる音。鈴の音に似た音色だけが二人の耳に届く。 悠里も雷音も一言も口を開かなかった。りんご飴を手に、しかしそれもあまり口にせずにただ歩く。 守ってくれた人がいた。助けることが出来ない命があった。 自分を守ってなくなった命。親しい人の喪失。雷音の心はその瞬間から止まっている。 「悲しい時、辛い時に泣くことは悪いことじゃない、と思うんだ」 そんなに悠里が声をかける。 「そんなに、無理してるように、みえるかな?」 雷音は笑顔で悠里に答える。笑おう、笑顔でいれば大丈夫だからと自分に言い聞かせて。 「彼女が守りたかったのはそんな無理している笑顔じゃない。雷音ちゃんや夏栖斗の本当の笑顔を守りたかったと思うんだ」 悠里の手が優しく雷音の頭をなでる。そのまま悠里は言葉を続けた。 「今じゃなくていい。『笑わないといけない』じゃなくて『笑いたい』って思えるようになったら笑おう」 「あ、ああああ」 雷音の瞳から、堰を切ったように流れる涙。無理して溜め込んだ、悲しみ。 「彼女が、何をしたかったのか解らないわけじゃないんです。でも、でもっ!」 『あの子の家族は、もう失わせない』……脳裏に蘇る彼女の言葉。その意味も、決意も、全て理解できる。だけど。 自分を守ってなくなった命。親しい人の喪失。雷音の心はその瞬間から止まっている。 悠里は泣きじゃくる少女を撫でながら、この手の小ささを痛感していた。それでもこの手を伸ばすことは、止めないだろう。 拳を握り、力をこめる。感情に任せて夏栖斗は竜一を殴りつけた。 「すまない」 事の起こりは竜一の一言だった。 リベリスタは命を賭けた戦いに身を投じる。夏栖斗の彼女もそういった戦いに身を投じ……そして帰らぬ人となった。竜一は彼女と一緒にその戦いに参加していたのだ。 夏栖斗はそのことで誰かを攻めることはしなかった。仕方ない。皆最善を尽くした結果なんだと言って全てを飲み込んだ。 「俺に力があれば……」 そして竜一はそんな夏栖斗を見るに耐えなかった。 「……黙れよ」 「俺の、責任だ」 「黙れっつーってんだろ!」 気がつけば夏栖斗は竜一に拳を振り上げていた。今まで溜め込んできた感情を叩きつけるように、何度も何度も。 これでいい。こいつに鬱屈した感情は抱えさせるべきじゃない。竜一は歯を食いしばり、拳の痛みに耐えていた。 「何時だって何があったって余裕の振りをしてるのに、そんなの言われたら崩れるじゃねぇか!」 「知るか! そんなもん!」 いいながら竜一は殴り返す。知らないわけがない。短い付き合いじゃないのだ。行き場のない感情をぶつけさせないと本当に潰れちまう。それが自分に出来るカズトに対する唯一の事だ。 二人はしばらく殴りあい、そして双方同時に倒れこんだ。 「ハッ。お互い、傷つかなきゃ前に進めないなんて、度し難いよな」 「うるせー。人をMみたいに言うな。……痛ぇ」 「泣いてるのか?」 「泣いてねーよ、バーカ!」 「……そうか」 「泣いてねーよ……」 「義弘さんは、普段の恰好もステキだけど、浴衣姿も似合うわね」 「そうか。ありがとう」 義弘と祥子が石畳の上を歩く。浴衣の柄は二人とも違うが、団扇の柄は合わせたように同じである。 「久しぶりに浴衣見てみたんだけど、どうかな?」 恥ずかしげに問いかける祥子を、義弘は黙ってなでる。それを返事と受け取ったのか、照れるように祥子は微笑んだ。 二人の隣を山車が通り過ぎる。山車を掲げるのは下は成人したての若者、上は六十を超える老人まで。掛け声と共に山車は進んでいく。 (一度担いでみたいものだ。……だが今は祥子と二人、この雰囲気を楽しもう) (義弘さんがあのかっこをしたら似合いそうだなー) 義弘と祥子がお互いを見ながら、そんなことを思う。そのまま二人は手を取り合い、ゆっくりと歩き出す。 明日どうなるか分からない身だ。なら今日という日を精一杯楽しもう。とりとめのない話をしながら、二人は掌から伝わる互いの温もりを感じ取っていた。 「雰囲気変えてみたけど……似合うかな……?」 「ウム、すげえ似合ってるぜ。髪型もいつもと違う感じだな」 「えへへ……。ありがとう」 あひるが自分をアピールするように浴衣を着て回転すれば、フツは素直に感想を口にした。こういう気遣いが女の子には嬉しいもので、あひるは顔を緩ませて祭りを歩いていた。 「おお、あひる! 見ろ、目の前を山車が通るぜ!」 「わ! 山車、おおきい……! 大迫力っ!」 赤と黒で構成された山車。一説にはこの神社一体の山に住む神様の顕現だとか、その力が宿って無病息災に一役買ってるとか。その威光を示すように山車は大きく、そしてその行軍を彩るように祭囃子が響く。 「祭り囃子を聞いてると、自然とテンションが上がってくるぜ」 「夏祭り来たーって、肌で感じるね!」 フツにつられて興奮しているのか、あひるのテンションもあがっていた。露店で買ったものを食べながら、目の前を通り過ぎる山車に魅了される。 「フツの方が格好良いけど……なんちって!」 あひるの不意打ちにフツは一瞬言葉が詰まる。その後であひるの手を握り締めた。 「また来年も、一緒に来ようね」 「オウ、また来年もな」 あひるとフツ。二人の手はずっと握られていた。 「ふふ。髪型は壱和さんとお揃いっぽいわね」 「シュスカさんとお揃いっぽくて嬉しいです」 シュスタイナと壱和が互いの姿を見ながら、微笑みあう。シュスタイナは藍色の浴衣で髪は全部纏めてお団子に。壱和は金魚柄の浴衣に金魚のお財布。茶色と紺色のお団子が歩くたびに揺れる。 「金魚のお財布可愛い。浴衣と小物を合わせるのって素敵よね」 「小物と合わせるのも選ぶのも楽しいですよね」 そんな同年代の会話をしながら二人は祭りを歩いていた。屋台や山車も気を引いたが、それよりも笛の音の中心が二人を呼び寄せる。 櫓を中心に踊る人たち。太鼓と笛の音にあわせて、回るように踊る人たち。 「シュスカさん。楽しそうですし、一緒に踊ってみませんか?」 「……え、私達も踊るの? 一緒に? そういうのは。あの」 突然の壱和の誘いに戸惑うシュスタイナ。 恥ずかしいから見てるだけで。そう言いかけたシュスタイナの手を取り、微笑む壱和。それだけでシュスタイナの言葉は止まってしまう。頬が緩むのを止めることができない。 「じゃあ踊りましょうか、折角だものね」 「はい」 そして二人は輪の中で踊る。二人のお揃いが、また一つ増えた。お揃いの夏の思い出。 「祭りだ」 そしてここに皆と祭りの思い出を作ろうと知り合いを誘った男がいた。風斗である。 「妹達といっしょに祭りをみるです」 風斗をおにいちゃん(意味深)と慕うエリエリが続く。 「お祭りは見て楽しむのが好きなんです」 エリエリの妹である美伊奈がその後に続く。 「やれやれ人気者め」 風斗に続くメンバーを見ながらアンナが呟く。 「うわ、一発殴りてぇ!」 同じくメンバーを見てアンナよりは大声で言う明奈。 「わあ、うわあ……! 賑やかだね!」 周りを見ながら美月が騒ぐ。主に集まった人たちを見て。 「……大所帯になったものです」 無表情でうさぎが呟く。平坦な声からはその感情までは読み取れない。 「わ、私が混ざって良いんじゃろうか……」 若干離れ気味に冬路が最後尾を歩く。 男一人、女性七人。そんな周りのものがうらやむ構成だ。 「友達と集まってワイワイ騒ぐ……それだけでも得難い幸福というものだ」 その中心にいる風斗は周りにいる女性を『友達』と言い、祭りを楽しんでいた。 「いやしかし何なのこの女性率。ほぼ9割っつーか楠神しかいねえじゃん男。まったハーレム発動してんの? 節操ない奴だなーそろそろ絞れよー」 「あーあー、子供まで引き連れちゃってまあ……こりゃ『誰か一人』なんて考えてない顔だわね」 そんな風斗を見ながら明奈とアンナが言う。 「何度も言うが、女友達はいても恋愛感情は無いというに!」 はっきりきっぱりと風斗が言い放つ。その一言に悶々と考える女性たち。 (姉さんはああ言うけど風斗兄さんはもう十九歳。女の人と仲良くなるのは当たり前で……) 美伊奈が風斗の背中を見ながら、思う。心臓の鼓動が静かに響く。 (風斗さんの状況が動けば、周りも相応の反応をするのが当然。焦ったり、悩んだり……自分の感情を再認識したり) うさぎがその横顔を見ながら考える。思考を止めてしまえば楽なのだが、それができないでいた。 (最近、急に仲良くなった相手がおると聞いてなあ。老体の身、若者に道を譲るつもりではあったが……) 冬路が思考と同時にため息をつく。この距離感は子離れできぬ親のものなのか、あるいは……。 「ところでここ最近異教の徒とイチャコラしてるという報告が信頼出来る情報源からリークされておりますが、おにいちゃんはどうおもっておるですか」 エリエリは隠すことなく堂々と聞いた。美伊奈が慌てるが、答えを聞きたいのかその様子を伺っている。 「どこの情報源か教えなさい。おにいちゃんが優しく説教してくるから」 「風斗さん、拳で殴ることは説教とはいいませんよ」 「安心しろ、うさぎ。フェイト復活までなら説教の範疇だ」 「拳で説教じゃな。間違っておるが」 「あのさ、君は女友達はいても恋愛感情はないって言ってたけどそれってきっとすごく勿体ないって思うよ」 美月の言葉が風斗の怒りを一気に冷やす。 「僕も正直恋愛とかよくわかんないんだけど、君はカッコ良いと思うもん。何時も凄く頑張ってるしさ! 憧れてる子はいっぱいいるんじゃないかなあ」 そして女性たちに新たな火を注ぎ込む。色々再認識し、それが口火を切る。 「ま、人が良くて真面目だし、馬鹿だけど良いやつよ。周りに人が集まるのも分かる話ね」 「全く、こんな煮え切らないちゃらんぽらんの白黒野郎のどこがいいんだか」 「まったくじゃ。じゃがまぁ男子というものはかくあるべきというところもあるしのぅ」 「エリエリは宗教裁判もじさない。……本気なら仕方ないですけど」 「ケケッ、全部掻っ攫えばいいんだヨ! 欲望のままにナ。女はそれを待ってるンだゼ」 「おおおい!? 今絶対いちゃいけないヤツの声が聞こえたぞ!」 「真夏の幻影です」 「もし風斗兄さんが誰かと付き合ったら、私は、私の気持ちは……まるで最初から無かった見たいに……」 「楠神部員は気になる子とかいないの?」 「だあああああ! ああもう! この話終わり! 終わり! ちょっと太鼓叩いてくる!」 女性たちの攻勢に耐えかねた風斗は、逃げるように太古のほうに走っていく。……事実逃げているのだが。 そして残された六人の女性たちは、そのまま走り去る風斗を見送った。 (……はは、、それでも動けない私、か) うさぎは露店のパンフレットで顔を隠していた。 (ワタシはあんな奴どうでもいいし……早く誰か一人に絞れよ、とは思う。でも友達が彼女になったら……どうかな。応援、できっかなー……) 明奈がありえそうな未来を想像し、悩みが深まる。 (私『達』が過ごした時は、それ程薄く軽い物じゃったか? 何十年の人生の中のほんの数年、確かに短かろうが……) 冬路が髪の毛を弄りながら、過ごしてきた時を思う。短くもしかし確実に会った時間を。 (私も、覚悟決めるかな) アンナが何かを決意し、瞳を閉じる。いつ命を落すかわからない状況だ。覚悟を決めたら行動は早いほうがいい。 (……おにいちゃん) エリエリは両手に開いた穴を見る。その穴のように心に丸い穴が開いていた。 (手紙……渡せなかった……) 勇気を出して風斗に渡そうと思った便箋は、美伊奈が躊躇している間に渡す相手が居なくなってしまった。 「ねえねえ、もうすぐ花火始まるよ!」 美月は突如黙り込んだ女性たちなど露知らずにはしゃいでいた。。その無邪気な笑顔に他意はない。 夜の空に、火の花が開く。 ● 「あの花は火でできてると聴いたとですが、イメとシルフィも強くなればあんな花が咲かせられるとですかねー?」 木の上にのぼって打ちあがる花火を見ながら、イメンティが問う。相手は自分のフィアキィのシルフィへと、今腰掛けている樹木に。 「友等の世界は摩訶不思議。空に花が咲くとはイメは知らなかったとですよ」 箱舟のものを友と呼ぶイメンティ。異世界の不思議はボトムチャンネルにきてずっと感じているが、花火は美しくもありそして感動でもあった。「ラ・ル・カーナの姉妹達にも見せたいとですが、びっくりさせてしまうとです?」 いつか自分の世界が再生したときに、あの空にこの花を咲かせたい。風のようにつかみどころのないイメンティだが、仲間に対する思いは揺れることはなかった。 「うわー! わたし、こんな近くで花火見る事なかったよ。音大きいねっ。綺麗だねっ」 「打ち上げの花火をこんな近くで見ると音が凄いね」 穴場の広場でアリステアと涼が手を取り合い、花火を見ていた。遮るもののない花火の音は大きく、そして色とりどりの火が夜空を染める。 「涼の浴衣姿は、いつもと雰囲気が全然違うね。すごく似合っててかっこいいね」 涼は黒の浴衣を着ていた。いつも(理由は残念だが)黒系の服を着るのだが、それが和服になると印象も異なる、 「アリステアもちゃんと似合ってるよ。凄く可愛い」 浴衣が似合ってるか不安だったアリステアへ、涼が優しく告げる。淡い水色に、花柄の浴衣。優しい言葉にさらに一輪、アリステアの笑顔の花が咲く。 二人はそのまま黙って花火を見上げる。その美しさに魅了され、言葉もない。 「ずっとこんな風に、楽しい時間が続けばいいのになぁ」 「続くよ。まだ夏は長いんだ」 アリステアの言葉に涼が言葉を返す。 「今年の夏は君と一緒に色々過ごしたいし、忙しくなりそうだ。けれども、今はのんびりと花火を眺めようよ」 この花火は今だけなんだからさ? そう微笑む涼に頷くアリステア。ずっとずっと、この時間が続きますようにと願いながら、夜空の大輪を見ていた。 「わあ……! すごい、すごい! お空も賑やかなの!」 頭にはお面、手にはわたあめたこ焼きの浴衣姿。そんな祭り攻略完了のひよりが花火を見上げて喜んでいる。 「これぞ夏の風物詩。流石の迫力だ。ほら、あっちでも沢山花が咲いているぞ」 そんなひよりのうしろを雪佳が歩く。浴衣姿に杖。歩くたびに杖が石畳を踏む音が響く。 「きらきらこっちに落ちてこないかなあ」 「こ、こっちに落ちてきたら大損害だ!?」 「きらきら熱いの? それはだめなの」 しょぼんとするひよりだが、それも続いてあがる花火の度に明るくなっていく。 「だが、本当に綺麗だな……この厳しい時勢に、決して負けないという人々の強い意志を感じるな」 「うん、ほんとうにきれいなの」 ゆきよしさんの隣で見るからなおさら。ひよりは花火の音に背中を押されるように、雪佳の手を握る。 来年も、いっしょに見れたらいいの。 ひよりの言葉はか細く、花火の音にまぎれて消える。 だが雪佳はその行動で彼女の気持ちと意図を察したのか、ひよりの手を強く握り返す。 (……俺も、答えを出さなくちゃな) 空には花火。地には妖精。今はこの美しさをかみ締めよう。 「良かったわね。一匹でも掬えて」 「もうちょっと、掬ってあげた方が、賑やかで良かったですかね……?」 糾華とリンシードが湖のほとりを歩く。ついさっきまで金魚すくいをやっていたのだが、不慣れなこともあり成果はあまりよくなかった。 「黒蝶館の新しい家族ね」 糾華はリンシードが持つ金魚を見ながら微笑んだ。緩やかに時が流れる日々に、掛け替えの無い物が少しずつ少しずつ積み重なっていく。なんと素晴らしきことか。 「……金魚って、どうやって飼うんでしょうか……?」 とりあえず水槽? そんな風にリンシードが考えていると、空に花火が上がる。尾を引くように高く上がったかと思うと、体中に響き渡るほどの音と夜空を照らす炎の華が開く。 夜空と湖面に花火が開く。二重の花に糾華とリンシードは魅入っていた。 「……凄いわね」 糾華はリンシードの手を取り、大輪開く光景を見上げていた。この瞬間もまたかけがえのないものの一つ。 「綺麗、ですね……」 握られた手のぬくもりを感じながら、リンシードは糾華と花火を見る。花火に照らされる糾華の顔に鼓動が早くなる。 「ねえ、リンシード……」 糾華の瞳がリンシードを射抜く。花火の音の中だが、糾華の声だけはよく聞こえる。その唇が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。 「この子の名前、何が良いかしら?」 「名前、ですか……どうしましょう……?」 あれ、何で今金魚の名前のこと聞いたんだろう? 真剣に考え始めたリンシードを前に糾華は考え直した。 (ま、いいか) これもかけがえのない日常だ。 「思い返せばこうして二人でお出掛けするのも何だか久しぶりですね」 「いつも身の回りのお世話をさせて頂いておりますのでそんな気はしておりませんでしたが」 ミリィとリコルが祭りを歩く。ミリィはリコルが着付けた浴衣で、リコルはいつもと変わらぬメイド服である。 「しかし意外と勝てるものだな」 ミリィは屋台を回って手に入れた品物を見る。食べ物と、景品。射的も輪投げも結構簡単に商品が手に入った。 「良心的な屋台だったんでしょう。もちろんお嬢様の実力もありますが」 ミリィが獲得した品物を手に、リコルが言葉を返す。 「リコル、リコル! これ、凄く美味しいですよ! リコルも一つ食べてみませんか?」 「まぁ、それはようございました。お言葉に甘えて一つ頂きます」 戦利品を食べながら、二人は花火を見るために公園にシートを敷く。景品をおいて一息ついたところで、花火が上がった。 「ひゃう!? すごい音……! でも、綺麗……」 花火の音に身をすくませたミリィだが、派手に咲く大輪に言葉を失う。 「これが日本の花火でございますか……素晴らしゅうございますね!」 来日して始めてみる花火の美しさに、胸に手を当てて感動するリコル。 色とりどりの花火に、主従ともども見入っていた。 「また花火を一緒に見ましょう、リコル。その……約束ですよ?」 幾ら綺麗な物でも一人で見るのは寂しいから。ミリィは約束を交わすべくリコルを見る。 「ええ、また参りましょうね。お嬢様と素晴らしい風景を見る事ができて、わたくしは果報者でございます」 お世辞でもなく本気でリコルは果報者だと、自らの幸せをかみ締めた。 「ナイトメアダウンでは多くのものが失われたって聞いたよ。このお祭りも、その一つだったんだよね」 「うむ。そして土地が活気づき人々の笑顔が見られるだけでも価値は大きい」 「人の生きる力ってすごいね!」 瑞樹と優希が祭りを歩く。優希が日ごろの息抜きとばかりに瑞樹を祭りに誘ったのだ。雑踏の中、手を取り合い歩く二人。 優希が瑞樹の歩調を気遣うように境内を歩きながら、人がまばらな場所を探す。祠の近くに立つ一本木。そこで二人は空を見上げる。 「見て見て、優希さん! おっきな花火!」 「ああ、綺麗だな」 はしゃぐ瑞樹にぶっきらぼうに答える優希。優希に気がないのではなく、気の効いたセリフを思いつかないだけだ。握った手の強さとぬくもりが、言葉なくとも気持ちを伝えてくれる。 「思い出を共有するというのも、楽しいものだな。今宵は瑞樹と花火を見れて良かった」 そんな優希が言葉を選ぶように瑞樹に口を開く。 「もっと瑞樹の喜ぶもの、好きな事を、色々知りたい。これから時間をかけて、教えて貰っても良いだろうか?」 その遠まわしな誘いに瑞樹は微笑んで答える。不器用な誘いに焔優希という人間の心を感じる。 「いいですよ。でもね?」 花火の光が二人を照らす。その光の中、瑞樹は優希を見た。 「私ばかりじゃ不公平だから、優希さんもキチンと教えてね!」 「む……。了解だ」 花火が咲く。二人の夏は、まだ終わらない。 影時は撃ちあがる花火を一人で見ていた。色とりどりの花火。上がっては消える刹那の芸術。 「あ、兄さん居たんだ。奇遇だね」 「うん。随分前から」 真昼がいつものやり取りを交わす。少し気に入ったらしい。 「僕が誘った気がしなくもないがそんな事は無かった。まあ、隣に座ってもいいよ」 「白夜もごらん。ほら綺麗」 真昼が連れていた蛇を腕に絡ませ、夜空を見させる。 「白夜ちゃんは僕のとこきてもいいんでちゅよチチチチチチ可愛いでちゅねえへへへ」 「影時と白夜は仲良くて良いな」 その蛇にものすごい勢いでじゃれる影時。それを見て微笑む真昼。 そんな何気ない会話。だが、影時の言葉で空気が変わる。 「兄さん、人殺しデビューしたってね。報告書に書いてあったよ」 「少し知られたくなかったけど……そういうことだ。相手はーフェイスで外道だったけど、オレは自分で決めて殺したんだ」 人を殺す。神秘の世界では生命の価値が軽くなりがちだ。 「人の命壊すのって嫌だよね、僕は作業だと思っているからそうでも無いけど」 「そうだな。だがおかげで覚悟が決まったよ。もうオレの居場所はここだ」 手を汚してもこの街に留まる。真昼はきっぱりと影時に告げる。 「僕は良い所だと思うよ、あは」 影時は覚悟を決めた真昼に微笑んだ。つらいことがあっても大丈夫。そんな微笑が花火に照らされた。 「夏祭りに、花火か……」 鷲祐は樹木の上から花火を見ていた。なれないタバコに火をつけ、花火を見る。 花火の音と光。そして紫煙。それが鷲祐の視界に写る。 眼下には祭りを楽しむ人たち。樹上から見ればそれは小さな点だが、その一つ一つにドラマがあることを鷲祐は知っている。 次々と打ち上げられる花火は、まさに夏の花。咲いては消え、また咲いては消え。その一瞬の輝きこそが花火の価値。 派手であり、そして儚くもある。そんな存在だからこそ、人は心惹かれるのだろう。 魅入られるもの、心和むもの、背中押されるもの、様々だ。 鷲祐はその花火を見て―― 「……俺らしくもない」 タバコを消し、夜空を見る。木から飛び降り、止めてある車で寝ている妻に声をかけた。 「おい、祭りへ行くぞ!」 いずれ花火は終り、祭囃子も消えるだろう。 しかし夏はまたやってくる。そして祭りもまた開かれる。 祭りは終わらない。人がそこにいて、楽しむ心がある限り。 さぁ、夏祭りにいこう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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