●栄優証銘 英雄になりたい。 ぐずぐずに崩れたエリューションの前に跪いた少年は、喘ぐようにしてそう訴えかけてきた。 嗚呼、この少年は馬鹿である、と私は思った。英雄になりたい。つまりは『使い捨てにされたい』と同義のことを訴えかけてきたのだ。 しかも、更に周囲に視線を向ければ彼の仲間であったろう者の肉片も垣間見える。気遣ったり助けあったりよりも先に利己主義に走るとは、何とも度し難い。 するりと剥けた掌と片方を潰された脚とが痙攣を繰り返している。こちらへと伸ばしているのか。 「いいでしょう、不自然で不義理で不具合しかない君に英雄になる『資格』をあげましょう! ただ本物になれるかは保証しません、君次第ですが……『素材』は沢山あるのですから精々頑張ってください!」 分かっている。既に未来は一方通行で行き止まりであることぐらいは。 ただ、それを崩す逸材というのも知って居る。 取り敢えず今出来る事はといえば……そそのかし、彼に『そう』なってもらうことが優先だった。 (まあ、先ず間違いなく捨石になるでしょうが……英雄というのがどんなものか、魅せつけてあげる分には有効でしょうよ……) ●愚挙群雄 「『英雄』という単語は甘美ですね。だからこそ、空虚にも響く。それを求める者にとってはこれ以上無い光でありましょうが、それがどういった概念かというものを理解している側からすれば、他人をけしかける為に導き出した薄汚い口約束以外のなにものでもないことは明らかに理解できましょう。……そんなものを求めてしまう極限状態なんて、余り考えたくもありませんが」 「つまり? このビジョンに出てきた餓鬼は極限状態で英雄とかいう形のないものに縋った挙句、この男に何らかの措置を施された……と?」 「まあ、そういうことです。で、こちらが翌日の同現場です。因みに手を付けていない状態のナマの現場なのですが」 「……?」 表示された映像には、凡そ見て取れる肉片が存在しない。死者はリベリスタ三名と中型エリューション一体であることが資料で確認できるが、こぼれていたであろう血液すらもさして残っていないのはどういうことか……そこまで考えたところで、リベリスタの一人がその路面に着目する。 「コンクリートが抉れてる……? しかもこれ、爪でもこいつらの得物でも無いぞ。ごっそりと球状に……おい、まさか」 「……はい。革醒者『佐波 平助』が、エリューションと仲間のリベリスタ、周囲のコンクリート床ごと『捕食』しました」 リベリスタ達が息を呑む音が聞こえた。エリューションとしての『規格外』ではなく、革醒者……フェイトを確保したままの『規格内』での凶行。人としての常識と規格を一段踏み外した彼らであっても、この行動は理解に苦しむのは当然だろう。 強靭な胃を得たか? 多くを食むに足る顎部に神秘をつぎ込んだか? そんなレベルの話ではない。なら、それを為すに足る理由は先の男との接触と、英雄という概念にあるということになるが……。 「『英雄食罪』。肉体同化型アーティファクトで、革醒者のみが装備できるものです。装備、というよりは移植、が正しいでしょうね。これを装備すると、先ず異常なまでの食欲と貪食性……つまり『悪食になる』。 食べようと思えば概ねなんでも咀嚼・消化できるようになりますが、実際に満腹感を得られるのは『革醒存在のみ』。つまり、革醒者とエリューションを除いては空腹が満たされない。彼もそれを理解しているでしょうね。 次に、革醒存在に対し『深い罪悪感と共に食した場合のみ』、その能力を向上させ得ることができる。といっても、確実ではないらしいですけど。 しかも、食し、強化する際フェイトを喪失……結果的に、強くなる前にエリューション化するか、しなくても深い空腹感を抱え死に直行するか、何れかってことです。 君達が彼と接触するにあたって、まあ大体時間切れが近い。空腹で前後不覚に陥った上で、フェイトもほぼ無い。確実にノーフェイス化するでしょうね。捕まえる、切除、救済。どれも不可能に等しいです」 「英雄になる為に食って、最後には神秘性の爆弾になって特攻、か。なんとも……」 そう、何とも刹那的だ。英雄としての模範を身を持って見せつけている印象すら、ある。 「……それで、夜倉」 「何です?」 「お前、俺達に言ってないことがあるだろ。『こいつ』の事とか。情報、あるんだろ?」 出せよ、と脅迫じみた視線を向けるリベリスタに対し、『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)はやれやれと首を振った。 映像に写っている男――ニット帽のそれは、確かにリベリスタの一部は『よく知る』顔だった。否、顔は特徴がなさすぎて覚えが悪いか。あるとすれば、その外観……幾度か一般人や革醒者をけしかけ、アークとも衝突がある人物、またはその組織の一人。 「フィクサード組織、もしくは新興宗教団体『黒心会』、その幹部と思われるフォーチュナです。『フィクサードとしての正義』を行動理念のひとつとして追求し、既存の正義や神秘暴露に際した概念を度外視して行動する姿が確認されていますね。彼が何を思ってこんな行動に出ているのかは分かりませんが、まあ……アークに対しては既に理解の及ぶところでしょうから、そろそろ明確に此方側を意識しているのは明らかでしょう」 「こいつの打倒は」 「難しいでしょうね。あえて彼が表に出てくる理由がない……平助少年が多く情報を得ているはずもない。これは完全に、あちらの当て馬みたいなものですから」 止めなければならない。少年の凶行が、取り返しの付かないバケモノを生む前に。 見極めなければならない。『黒心会』なる組織が狙う、次の手を。 「……ああ、ついでと言ってはなんですが」 「なんだよ、まだあるのか?」 「ええ、まあ……この際ですから、クミ君連れてってくれませんか。フィクサード絡みですし、元リベリスタの排除です。彼女にとってはこれ以上無く、感情的になる案件ですからね。資料見た時の彼女の顔、見せたいもんですよ……」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月15日(木)22:40 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 白くなるまで握りしめられた手は、今にも圧し折られそうな杖にその握力を伝えている。それがどのような感情から来るものなのか、など聞くまでもないだろう。 「宮美さん。その怒りは『黒心会』との戦いにとっておこう。今は英雄食罪を受け入れた彼の、その罪悪感への罰を示さなきゃならない」 目の前の惨状を前にして、一も二も無く魔力を向けようとした宮実に対し、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が軽く手を振って制する。彼女は飽くまでも支援であり、補助役だ。世界すべての理不尽に対し、自らが一番理解しているような顔で怒りを向けるべき少女ではない。 「だめだ……この程度じゃ駄目だ、これだけじゃ駄目だ、示しがつかない、犠牲に吊り合わない、『食べた』数だけ報いなきゃいけない……!」 どろどろに汚れたジャケットの汚濁は赤。口元を鈍い色のそれで染め上げた『食性英雄』佐波 平助の姿は、およそ革醒者と呼ぶには相応しくないと思えるほどに、人としての常識を逸脱した姿だった。 ……いや。確かにナリは人なのだ。姿のどこにも、人間離れした様子はない。『だから異常だ』。彼は、既に大量の命を喰らっているというのに。 「英雄という偶像に縛られるのは、まるで殉教者みたいですね」 「憧れるのは勝手じゃが、理想と現実の差はそんなものじゃ」 英雄に類する言葉に憧れる人間なんてそんなものだ、と諦観する『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)の言葉に添えるように、『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)の言葉が続く。 それぞれの得物、白翼天杖と天元・七星公主は既に彼女らの持つ力を受けており、何時どの程度の魔力が発現してもおかしくはない状況にある。 倒そうと思えば、『人としての』彼は幾ばくもない。 だが、平助が人としての尊厳を失ったままに一方的に殺戮を与えることが正義なのか? という疑念はあろう。 「まぁ、仲間の死で恐慌状態なのに同意も糞もないじゃろう……その辺りは宮実もよく知ってると思うがのぅ?」 「…………」 同意を求めた瑠琵に対し、激情を抑えた彼女は無言で首を振った。……思うところは多い。目の前で友人を殺された立場ならば尚の事。だからこそ、口を出してはならない一線があるのだと、彼女は暗に告げている。 ただ無言で、やるべきことを、仮初の翼を与える詠唱を紡ぐのみだ。 「英雄になりたいんだ。なるべきなんだ。ならなきゃ――」 「本当にそう思っている……いや、いたのかしら?」 何かに追い立てられるような義務感を口にする彼に対し、訝しげに視線を向けたのは『箱舟きょうえい水着部隊!』エナーシア・ガトリング(BNE000422)である。 英雄という言葉に込められた呪いが、彼を苛んでいるのだとしたら笑えぬ話だ。それに関しては、平助少年やエナーシアよりは、快にこそ一家言、あるのかもしれないが。 「別に感情的になっても構わないが。……五体を平常に動かすのならな?」 そんなやりとりを目の当たりする宮実に、『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)がちくりと釘を刺す。リベリスタが各々言い含めているとしても、感情的になるなというのは難しい。 表面では従えど、落ち着け、我慢しろ。そんな言葉が上滑りするだけだろうことはわかる。だからこそ、実践的な言葉に止めたのか。或いは、『普通の毒舌』の延長線上であったのか。どちらにせよ、深呼吸させる猶予は与えたようにも見えた。 「英雄になって立派になって皆に誰かに思いを遂げげげげげげげげ」 「小生と、きゃらが被っている」 既に正気を放棄しかねない領域に至った少年を指さし、心底苛立たしげに『Type:Fafnir』紅涙・いりす(BNE004136)の心中は如何ばかりか、察するに事欠くまい。悪性エリューション「きゃらかぶり」……といりすが呼ぶ現象に遭遇してしまった以上、全力で排除しなければならないだろう。 これは、そういう類だ。喰い尽くしてしまわねば。 「私たちラ・ル・カーナの住人にとっては、皆は本当の英雄……ヒーローだったの」 誰が名乗るでもなく何ら見返りを求めるでもなく、英雄として成立してしまうケースは往々にして存在する。『月奏』ルナ・グランツ(BNE004339)、ひいてはフュリエ全体にとってのアークのリベリスタがその好例である。 だが同時に、『降りてきた』フュリエが直面するのがその言葉の現実味というものでもある。 量産されたそれが使い潰される現実。その言葉を呼び水にして多くを奪うやり口。それらどれもが、理想としたものと何ら合致しないものだとしたら、それは悲しむべきだろうか。 「英雄、が、いる」 人としての言動にすら支障をきたした少年に向けられた『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)の視線は複雑極まりない。それも当然といえば当然なのだろう。 心の強さ、『正しい取捨選択』を行える資質が英雄としての必要条件だとするのであれば、迷い悩み選びとったそれの正誤判断を他人が容易く行えるものではない。 そういう意味では、確かに彼に同情する向きもあろう。だが、誰が指摘するでもなく、それは外道だ。 迷った末に選んだなどというものではない。目の前にぶら下げられたから手に取った。方法の良し悪しではなく、ただ最短距離だったから指をかけた。それ以外の何だというのだ、その歪みは。 「その様では語られず忘れ去られる愚物が精々。さらりと消えろ」 ユーヌの言葉を全て聞かぬままに、平助少年は弾かれたように飛び込んでくる。だが、リベリスタ側とて話し合いに来たわけではない。既にその準備は万全頑強。 彼の狂気混じりの高速連撃は、しかし快のガード・カスタムが正確にトレースし、一分も漏らさず受け止める。踵へと僅かに重心がかかるが、受け止めきれぬものではない。 死神に首筋を狙われながら積み重ねた守りが、一朝一夕の悪夢に貫かれて堪るか――最早、意地だ。 ● 「君の気持ちは、分かるよ」 「うる……さい、黙れ黙レ……!」 熱の篭った声と共に、その拳が炎を撒き散らす。二度にわたって振り払われたそれは、並のリベリスタが受け止めれば運命ごと蒸発させかねない威力を秘めていたことは想像に難くない。 だが、防御を固め、更にルナの防壁をまとった快の守りを貫かんとすれば、それこそ『ありえない隙』をついて一撃を見舞うしかない。 二人を中心にして炎が爆ぜ、地面を焦がす。だが、快を信じたリベリスタ達は誰一人その範囲には居ない。 「英雄なんてモノは、望んでなれる『者』でなく。望まれてなる『物』だと思うのだけどね」 炎の奥、正面の快に意識を集中させていた平助の死角から、いりすの斬撃が向けられる。つんのめるようにしてダメージを認識した彼に、再び工法へ弾く様にルナの放った光弾が突き抜ける。 傍目からすれば、奇妙この上ないダンスを踊っているようですらある。 「快さんのダメージは軽微。タイミングとして回復は不適。余裕は十分……」 「言いたいことを吐き出すならご自由に。ただ、先の打ち合わせ通りに動いてもらうぞ?」 「失礼しました……少し、気が急いていました」 「話が通じる様でなによりだ。守るための壁に羽交い絞めにされたくはないだろう?」 自らの魔力の流れを適正化するより早く、攻撃態勢に入った宮実にユーヌはやんわりと牽制する。今回に限らず、飽くまでも彼女は補助役だ。自らの感情で動く駒など無いほうがマシというものである。 「本当に、体力不足なのね。虫の息だわ。それでも覇界闘士なのかしら……それとも、『胃の代わりになったそれ』にその辺も食べられた?」 海依音の魔力を受け、蹈鞴を踏んだ平助を睥睨するエナーシアの表情はどこか訝しげだ。たった数合のみで、平均的なアークの覇界闘士よりはやや上……命中精度と回避能力だけを見ればその程度と判断しても、それに釣り合う体力ではありえない。多少守りに偏重した神聖術師の方がまだ死ににくいくらいだ。 「……厄介じゃな。そのまま食わせてやれば消化してしまうと思うたのに、まさか消化そのものと一体とは」 言葉に反し、瑠琵の表情には余裕の色が強く浮かぶ。 それもそのはずだ。特段、それが重要な策ではなかった。言葉をかけて、ノーフェイスになる前にそうなったら儲けもの、程度の次善の策だ。 「我が双剣、そう容易く躱せる物ではないぞ!」 「っ、ぐぁァ……!」 その言葉を聞くが早いか、拓真の刃が風を切って平助の胴を大きくなぎ払う。双剣が半身は、平助が求めた姿に『成り果てた』者の呪いの武器だ。呪いそのものが、自らに呪いを定義化した相手を貫くという、皮肉。 大きく息を吐き出した平助が、喉奥から吐き出した声と呼気は、遠目から見ても明らかな異物である。毒々しい色に染まった悪意である。 「一敗地に塗れ動転して無様な自分以外の何かになりたい。その何かに、々英雄という言葉が漠然と思いついただけではないのかしら」 物事の真実を知らぬものは、自身が信じたい側面を見る傾向にある。栄光を妬むならその裏の顔を。素直に羨むだけならその栄光だけを。 被った泥など見ない。蹴りあげた泥が巷の奴隷にかかっても知ることはない。 一般的な存在に終始するエナーシアには理解できるようで、遠いものだ。『一般的に』しか見ない彼女は、その願いに鉛玉をくれてやることしか思いつかない。 「英雄になれなかったモノは、何になるか。答えは簡単だ」 自らに向けられた虚空……と呼ぶにはあまりにも苛烈すぎるそれを薄皮一つで回避しながら、いりすは相手を品定めするように見据える。 誰にも望まれず求められずに怪物になる。英雄という頂を望んで、それが逃げ水同然だったような感覚。だが、さて。彼は怪物と呼ぶに値する存在であろうか? 「悲しくて腹が減る。恋しくて腹ガ減ル。嘆かわしくて飢エ渇ク。この恐怖を植え付ケル……!」 「……こちらを、向けェッ!」 振り上げた足を重々しく打ち下ろし、拳を突き出す動作から掌で魂をえぐり取る。宮実を照準したその一撃は、影人が無ければ彼女の運命を奪いにいってもおかしくはない一撃だった。 ノーフェイスとなっても、一定の理性はあるように見える。むしろ、より効率的に無差別に、リベリスタを襲いに来ている。 快の一撃を、一歩踏み込んで軸心をずらすことすらやってのける。英雄になるために食することを選択していた先ほどまでとはまるで、違う。 「本当なら、こんな事になる前に君と―君達と出会いたかった。守りたかった」 ルナの眼前から、影人が消失する。正味、危険な一撃であることは明らかだ。だが、そんなものに怯えてなど居られない。 みんなに前を向いていて欲しいから、英雄という言葉の真価から目を逸らさず見据えたいから、後ろに立って声を上げるのに。 弱音なんて、吐いてやるものか。 ● 「今日の海依音ちゃんは愛たっぷりですよ。簡単には倒れさせて上げませんから」 「すみません、私が至らないばかりに……」 無念さを噛み締めながら、宮実が海依音に視線を向ける。彼女が回復に参加する――結果、快と拓真の財政が困窮する――結果として、アーク最上位戦力の戦力更新が停滞する。三段論法的な窮地は、彼女もわからぬ身ではない。故に、自分が請け負うべき責任ではないにしろ、謝ってしまうのも道理だろうか。 「感情的になるなとは言わぬが平助と同じ轍を踏むでないぞ。全てなんとかできるなど、ただの革醒者には傲慢もいいところじゃ」 「……はい……!」 ことを重く考えすぎるきらいのある宮実をどうにかするには、目の前の現実との対比で強引に理解させるほかはない。当主として培った他者の操り方は、納得を促す際にも効率的に働く。 こと、感情を前面に押し出すタイプを御す経験は少なからずあったろうから、道理といえば道理だろうか。 「分かりやすい強化なのだわ。単純に堅固になってるけれど、挙動は大して変わらない当たりが何とも」 エナーシアの視界に入った平助だったものは、自らの堅固性を強化したはいいが、結果としてそれ以外に大した変化があるようには思えなかった、単純火力ならば、当然のごとく上がっていようが……運動性が変わらないのは、バカにされているのか彼が望んだことなのか。 「英雄の業を理解出来ず、只なりたいと言うのであればその思いは身を滅ぼす事になる……もう、遅きに失してしまったのだがな」 人としての器を捨てた彼は、既に英雄でもなく人ですらなく、ただの明確な敵となった。双剣をあらん限りの力で叩きつけ、その部位が即座に修復を始める様に呻きながら、しかし人の器を昇華させた拓真にとっては、彼はもう慮るに値しない。 圧倒的な火力と防御力。だが機動力がその姿に比してに足りないそれは、鈍重な移動砲台にすら思われる。 それを補う回復力で、さらなる攻撃を行い、消耗戦の後にリベリスタを仕留める……消耗を実質なかったことにすらし得る彼は、確かにリベリスタにとって厄介だった。 「運が良かったな? 早く違えて踏み外し、小物なら害も微少だ」 ならば、そもそも攻撃の機会を与えなければいい。動かなければ攻め手などひとつもなく。 続けざまに放たれた夜の住民による魔力、そして回復力の強奪は、彼を更に苛立たせたのは間違いあるまい。 「どうしてそこまで英雄であろうとするのかしら? 仲間を助けることが出来なかったから? 贖罪のために食材を求めるだなんて、笑い話じゃないですか」 結局は世界から目を背ければ、その運命ごと背負わされるだけだったのに、と。 英雄なんて聞こえのいい言葉、結局は体の良い駒集めに過ぎないのだから。 あなたは使い捨ての英雄(コマ)でしかありません」 現実を告げる目は冷たい。呪縛をこともなく破り、傷口を覆う新しい皮膚などの姿が、コマにすらなれるか不思議なものだが。 「英雄――何もかもをすく、う……あれ……」 「あぁ、つまらんな。つまらん。こんな残飯処理みたいな仕事は」 英雄の定義とは何だったか。そこまでの奇跡だったか。平助は、手当たりしだいに攻撃を繰り返した果てで、誰もが口にする疑念に自ら引っかかってしまったのだ。 何もかもを救いたくて英雄になろうとしたろうに、掴んだ手を闇に引きずり込むような自分が誰を救うというのだろうか。自己矛盾で動きを止めた彼を狙うことも狩ることも、誰憚らずそれを面倒ということも。常のいりす通りなのである。 暴れて、壊して、狂って舞って。 ほんの僅かな意思疎通のチャンスは、自己矛盾を解消しきれないままに暴れていた平助に大し、たたきつけられた言葉はあまりに冷たかったのだ。 現実という絶対零度は、彼を食いつぶす。 そして、一も二もなく殺すのだ。 ● 腹部……事実として胃の腑とすり替わった形になった『英雄食罪』の摘出は、困難ではなかった。 平助の死と連動して砕け散ったそれは、細かい破片を残すのみとなっている。 海依音が、その断片を拾い上げる。残された記憶を引きずり出そうとして……小さな苦鳴を上げる。 杖のような刃に重なったのは、太く頑強な脚のイメージ。 腕から、脚から、死体から、あるいは生きたまま。奪われたそれらが奪った者の手に収まり、絶望とともに精錬される。 ……人の体と心を砕く。それは人の心、そのものだったのだから。 神様は嫌いである。 こんな理不尽を突きつけてくる神様など、なおのことだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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