●1945 正義はいつだってこの胸にあった。 幸福になれると信じていた。 敗北が悪いのだと思い知った。 勝てば良いのだと信仰した。 ●Ritterkreuz Bajonett 「Reich mir die Hand zum Scheidegruß Ade,ade,ade」 離別の握手をしておくれ。さようなら、さようなら、さようなら。 口ずさむ。クラシックなんざ趣味じゃねえと顔を顰めたら、呆れた様子で上官が教えてくれた歌。ああでもうろ覚えなんだ。歌詞も旋律も。続きは何だったか。思いながら、鈍く指輪の煌めく手で、きらきら輝くナイフをくるくると。 「……もしもしアルトマイヤー少尉? 俺がいなくっても寂しくないですか?」 『君は……もう少し真剣味を持ちたまえよ。生憎今日の私は優しくは無いぞ、取り返されれば無意味だからな』 「冗句ですよ冗句。……そちらは随分と大変なご様子で。こっちは万全ですよ、リヒャルト少佐からのご命令通り今日の俺は『番犬』でさあ。なに、いつも通り俺は『負けません』とも。我等の幸福な未来の為にも。 ――嗚呼、ナイフをギラッギラに研ぎ澄ませておいて本当に良かった。アンタに見せられないのが残念極まりねえや、この綺麗な『牙』をね」 『何を言っているんだね。まるで此れが最後の様な言い草じゃないか――『負けない』のなら、その美しい『牙』は幾らだってこの目に焼き付ける機会はあるだろうに。それともなんだね、自信がないのかね、Treuer Hund?』 「くくく。自信? ああ、自信、ねえ。そうだなあ。……少尉、少尉」 『……なんだね、未だ話足りないとでも?』 「今、俺の手が震えてるって言ったらどうします? 死ぬのが怖いって言ったら?」 『――――らしくない。死ぬ筈がないだろう、君は阿呆かね』 「あー。あはは。俺は負ける<死ぬ>のが嫌だ。死ぬ<負ける>のが嫌だ。嫌だ嫌だ。おお怖い怖い。生娘みてえにガタガタ震えてどうしようもねえや、あはははは!」 等と言う癖に物言いは先よりも露骨に冗句的で。けれど、へらへら笑う男を実際に見る者は本人しかいないのだ。震えているかは嘘か真か――しかし、だ。 敗北=死。彼は誰よりも勝ちを渇望する故に誰よりも負けを恐怖していた。 弱い犬ほど良く吼えると言うだろう。自分はただの人間だ、ただの兵隊だ、故に恐ろしいのだ。昔からそうだ。新兵の頃から恐怖は抜けぬ。死は恐ろしい。だからこそ戦えるのだ。戦うのだ。殺して踏み躙ってへらへら笑って殺して踏み躙るのだ。 怖いと思うのは人間として極自然な事だろう? 勝ちたいのは兵隊として超絶当たり前だろう? 何一つ狂っちゃいない。正しいのだ。自分は正しいのだ。いつだって。 『……、問題無い。君が負ける事は有り得ない。君が俺を信じる様に。俺が君の勝利を、生存を、疑いすらしていないのだから』 「貴方はいつだって嘘を吐かない。お前はいつだってそうだ。信仰に値する。裏切らない。負けない。絶対にね。アルトマイヤー。へへへ。アンタはいつだって俺の望むものをくれるんだ。 少尉。戦争は怖いですね、おっかないですね。 少尉。戦争は楽しいですね。わくわくしますね。 少尉。『勝ちましょう』。それ以外にないんですから。 少尉。『負けないで』下さいね。俺はアンタを信じてますから」 『私を誰だと思っているんだね? ブレーメ、いい事を教えてやろう。――Was nicht ist,kann noch werden、勝利は無いからこそ掴むものだ』 「Jawohl,Jawohl,Jawohl,Mein Lieblingsleutnant! どうかどうか御武運を。Sieg Heil!」 『Sieg Heil。精々無事を祈ってくれたまえよ』 ●牙が砕けたら歯茎で食い千切れば良い Ende. 通信機を仕舞って、ナイフを取り出す。 今日の役割は『番犬』。可愛い『鉄十字猟犬』様からの有難いご命令だ。 今日の戦場は大田重工埼玉工場。夜の中、見えるのは激しさを増してゆく戦い。 利口な方舟の事だ。時間と不利が比例すると理解したのか、もう攻めてきた。まあ実際、公園と工場と護る場所が増えた我等を攻めるなら今が好機なのだろう。前とは違って精鋭をたんと引き連れ万全の状態で。『世界の平和と正義の為に』と。ああ、分かっている、自分が方舟でもそうするもの。『善は急げ』だ。善なのは我々アーリア人だけれども。 つまりこれは必然的な戦い。ゾクゾクした。戦いだ。理性が本能が薄笑う。 きっと。三ッ池公園の『上官』も同じ気持ちをしているんだろう。 嗚呼。愛しい少尉に、可愛い少佐に、大好きな同胞達に、たくさんの阿鼻叫喚をプレゼントしよう。 このナイフで。 この牙で。 この『勝利偏執』の往き付く先を、魅せ付けてやろう。 徹底的に。 徹底的に徹底的に徹底的に徹底的に徹底的に徹底的に徹底的に徹底的に徹底的にだ! 「Soldaten!」 向き直る。愛すべき『我が精鋭部隊』へ。目に目に戦意を宿した犬共へ。 「目をギラギラさせて工場内にゾロゾロ入ってきやがった方舟劣等諸君が好き勝手している事はご存知だね? さて兵士諸君は思っただろう。『曹長、何故奴らをすぐに迎撃しなかったのです?』ってね。 なに、心配するな、作戦だ。俺達が今からやる事は、正門・裏門から一気に雪崩れ込んで今正に好き勝手してやがる方舟を強襲、一気に逆襲して奴等のケツに喰らい付く! 皆殺す! ぶっ殺す! かっ殺す! くそ殺す! 超絶殺す! 跡形も無く焼野原に変えてみせよう!!」 突きつけるナイフ。切っ先。その奥で笑いながら。へらへら。狂犬は部下達に問うた。 「諸君。負けるのは嫌か?」 「Ja!」 「諸君。死ぬのは嫌か?」 「Ja!」 「Soldaten.ならば勝利を! 勝利あるのみ! 何度糞尿に沈められようが、何度踏み躙られようが、何度蔑まれようが、白痴の廃人になろうが、最後に俺達が奴等の咽を食い千切れば良い! 己の負けを自ら認めるような敗北主義者は死にくされ! 負け<死な>なきゃいいのさ、どんな手を使おうが勝てば良い! そして我々は勝たなければならない! 平和の為に、幸福の為に、邪魔する奴ぁ皆殺しだ! さあ、Soldaten.戦争を。戦争をしよう。Sieg oder tot,勝利の為に。Sieg Heil!」 「Jawohl! Sieg Heil!」 歌にあるように。そうだ。栄光、栄光、栄光こそが肝要なのだ。 分かり合えないなら殺すしかない。そう、殺すしか、戦うしか。それが人間の歴史。 さぁ、いつもの言葉で激励しようじゃあないか。 「負ける奴ぁ死ね、勝った奴が正義だ! Sieg Heil Viktoria!」 万歳、万歳、勝利あれ! |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:HARD | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月11日(日)00:41 |
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●Es geht ums Vaterland 「Blitzblank ist unser Bajonett,Blitzsauber das Gewehr」 天雷の光は我等が銃剣。雷の清きは我等が心。 明日も見えない暗い空を仰いだ。軍靴。軍歌。口遊む。そうしてナイフを抜き放ち。 「Für Blut und Boden setzen wir Uns jedem Feind zur Wehr――♪」 血と土の為、我等は如何なる敵にも立ち向かう。 さあ 戦おう 何の為に? ショウリノタメニ。 ●正門・裏門null 激戦の続く大田重工埼玉工場。彼方此方で響く戦場音楽。 斯くして。 それは戦場が混沌の胃袋に飲み込まれた時だった。 目がある者は見よ。耳があるものは聞け。鼻があるものは啜れ。肌がある者は慄け。心ある者は震えよ。 「「「――!!」」」 ティセラは『迫り来る大量の熱源』を。葛葉は『敵のにおい』を。ジースと虎美と黎子と光介は『彼方に見える数多の人影』を。楓とメリアは『地面を踏み締める軍靴の音』を。ルナは『ナイフの様な悍ましい殺意』を。七は『人影とそれに伴う物音』を。杏樹と枯花は『ありとあらゆる感覚で敵の存在』を。 振り返る。 「来たか 潰しに行く手間省けんな」 「ココって敵地じゃーん? 当然じゃーん?」 動じないのは火車と甚内。『そうくる』と思って警戒していた。エンチャントで迎撃OK。覚悟は端から完了済。 「さーがんばってみよーかー? 生きて明日の御飯美味しく頂く為にーってねー♪」 甚内はからから笑った。いざ往かーん! ●正門eins ブレスは違和感を感じていた。拠点防衛に於いて『遊撃部隊』が居ないのはありえない。今まで施設防衛の部隊しか見ていない。外からか。いち早く気付いた。誰よりも速く。物影に隠れ。そして、見えた『それ』に大きく声を張った。 「敵襲!」 「Guten Abend! 斥候はお前一人かい?」 部隊の先頭。ニヤァと笑った『鉄牙狂犬』ブレーメ・ゾエ。同時に躍り出たブレス。正門突破は防いでみせる。たった一人剣を構えたその先には、『親衛隊正門遊撃部隊全軍』。 張り上げた鬨の声は――狂犬の哂い声と刃の光に、飲み込まれて。 「Hurraaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」 轟く。万歳。大気が揺らいだ。響き渡った。親衛隊が腹の底から張り上げる声、踏み締める軍靴、津波が如く。 嗚呼。来た。来たか。『来てしまった』。 それは確信。シックスセンス。銀の髪を揺らし。紅い目で見澄まして。『狂犬』の事を信じている。殺したいぐらいに。だからこそ――迷わずリベリスタの生命線たる『回復手が居るだろう後衛』へ切り込まんとした転移の加速の前に、糾華は素早く躍り出て。 ザクリと刺さる。腹部。熱の様な激痛。零の距離。腕を掴んで。顔を上げた。目が合った。不敵に笑んでいた。どちらとも。 「必ず来ると信じていたわブレーメ・ゾエ。貴方は有能な戦争犬ですもの」 「よう、美学主義屋<ロマンチスト>。ここに居るって信じてたぜ? そうだ名前、教えてくれよ。未だ知らないんだ」 「斬風糾華――『狂犬』を殺す『屠殺者』の名よ」 口付けが出来る距離で交わす視線は殺意のみ。振るう刃で飛び退かせ。腹から血を零す糾華を護る様に身体のギアを引き上げたリンシードが立ちはだかる。 「お待ちしてました。もう会いたくはなかったですけど、貴方のせいでお姉様はこんな所へ来なければいけなくなったんです」 「お姉様を取られて悔しいかい?」 「……そうかもしれません。お姉様にこんなに興味をもたれるなんて、許せません」 「へへへ。じゃ、お嬢ちゃんのお姉様は俺様が貰っちまおう」 「ならば。どこからでもかかって来てください。貴方の刃、全て押さえ込んで見せます……お姉様と一緒に、ね」 「今日の相手は私達。ダンスの続きを踊りましょう? 私達は、手強いわよ」 狂犬の前に立ちはだかる蝶と人形。彼女らの使命は『ブレーメを封じる』事。蝶の乱舞が、氷の刃が、挑みかかる。雷光を纏うブレーメも躍り掛かる。命令を発しながら。 「お前等あ! 『妖精憑きの耳長』を狙え!」 耳の長いアザーバイドは面倒な全体攻撃に回復を行う。ブレーメをそれを知っていた。思い知らされた。だからこそ。厄介だからこそ。『回復手』だと分かり切っているからこそ。それを潰せと部下に命じた。 投げ付けられる手榴弾。自律型戦闘兵器『Ameise』が放つ猛射撃。降り注ぐ暴力。痛みが走る。苦しくて。けれどルナは前を、向いた。立って、最後まで戦いとおして魅せる為に。只々、信じるものと、信じてくれる皆の為に。 「さぁ、負けない為に、勝ちに行くよ!」 「往こう。戦おう!」 応えるヘンリエッタが矢を番えた。争いは嫌いだ。けれど失う事はもっと嫌いだ。だから戦おう。戦い抜こう。ひとりもひとりも失わせるものか! 「大切なんだ。他の誰のためでもなく、オレ自身が大切だと思えるようになったんだ!」 降る、矢の雨。殲滅の嵐。同時に咲き乱れるは爆炎の華。たとえ手の内を読まれて居ようと彼女達がやる事は極単純。 が――直後に彼女達の身体に走るは激痛。親衛隊のギラ・デルラが放ったラグナロクによる反射ダメージ。ルナのエル・バーストブレイクによって解除に成功したものもあるが、ハンヒェン・デルラの想起1945による確立回避で直撃に至らなかった者もあり。その上、直撃した者も齎された炎によって『絶対復讐システム改』が作動しその攻撃性をより凶暴なものとする。 ルナ、ヘンリエッタ、糾華、仁太。放った全体攻撃。それは例えば周りにたった10人いるだけでも凄まじい反射ダメージ。ましてや大挙して押し寄せてきた乱戦状態。致命的だった。 けれど彼等を、リベリスタを包むのは――癒しの光。光介のブレイクイービル、ルーメリアの聖神の息吹、よすかとサイケデリ子の天使の歌。 特に光介は親衛隊の状態異常をも撃ち砕き、その攻撃力を上げさせない。緊張に早打つ心臓を感じながら、彼は今、戦場に居る。怖くないと言えば嘘になる。けれど、その時に支えられる背中を支える事。そして、絶対的な主義を抱かない事。それが彼の在り方だから。 「相容れませんね。盲信の徒とは」 ボクには眼前の背中しか、見えない。だから。叫んだ。腹の底から。 「さぁ、存分に攻撃を!」 鳴りやまない戦闘音楽。交差する弾丸、武器、血潮、何処も彼処も。 人数比は親衛隊がやや上か。事前察知、通達のお陰で致命的な混乱に陥る事はなかった。けれど被害は零ではない。そも、リベリスタ達は『消耗状態』で戦わされる事を強いられたのだから。 「負けるの、嫌い」 最中によすかがポツリと呟いた。金の目で見遣った先は、糾華とリンシードを相手取るブレーメ。 「ブレーメ、ってのは、あの、フォルクハルト少尉と友達? そうなら、宜しく、言っててね」 返事は一寸やられた不敵な笑み。彼女へ踏み込もうとした狂犬を、されど血と傷を以て死に物狂いで食い止めるのは糾華達だ。 「よすか、割と、ちっちゃなことで幸せなの。でも、その幸せを壊すなら、容赦しない」 甘味中毒の少女は言う。弱いままじゃ居られないと。癒して歌って。運命だって、切り開いてみせる。 「それが、よすかが、出来る事」 小さな声のすぐ傍を、赤いAmeiseが放つ対神秘炸裂弾が唸りを上げて飛び過ぎた。狙いは回復手。回復手だと分かった者から潰すのが親衛隊の作戦だった。ブレーメはアルトマイヤーほど高度な戦闘指揮能力は持っていないが、その『統率力』は地位に見合うもの。戦いながらも下される命令は的確で、それに鉄牙愚連隊は忠実に従う。 が、ルーメリア狙いのそれを身を持って防いだのは小梢だ。爆発した炎に肌を焼かれながら、溜息一つ。うん、めんどくさいね。 「いまこそカレーの力を集中してどんな攻撃でも弾き返します」 「戦争なんて野蛮なの……平和が一番なの。誰かが傷つくのは辛い事なの」 こんなつまらない戦いささっと終わらせてやるの! ルーメリアは癒しの魔術を練り上げる。よーし。頑張ろう。攻撃のお手伝い。そんな彼女を護りながら、小梢はお腹をぐぅと鳴らした。あとでカレーを奢ってもらわねば。 「貴方たちの好きにはさせないのです。フレアバースト、いくですよっ」 二人の傍ではとよが炎を召喚していた。が、それを突っ切って迫る黒いロボ兵器。ズドンとショットガン。悲鳴は銃声に飲み込まれ。血が、運命が、飛び散った。 交差する死。 ハンヒェンを狙って進撃したのはミリー、ヘーベル、ぐるぐ。けれどハンヒェンを護るのはギラ、更に親衛隊にAmeise。回復手に簡単に手出しさせぬと立ちはだかる。が、そのギラに更に迫るのは和人と羽衣だ。 展開された魔法陣。羽衣の魔術砲撃が火花を散らして親衛隊戦力を押し退ける。それを縫って。ガツン。ぶつかり合うのは盾、改造銃より放たれた法の弾丸。ギラと和人の視線が搗ち合う。 「いー感じにブチ切れてんな。そんなに負けが気持ち良かったのかねえ?」 「我等の敗北は、我等の死。勝ったと悦に浸りたいのなら、どうぞ皆殺しにしてみて下さいまし。『たった曹長一人も倒す事も出来ない』貴方にそれが出来るか甚だ疑問もいいところですが」 露骨な挑発。無表情のまま鼻で笑う少女。手厳しい子だと和人は肩を竦めた。 「他が片付くまで踊ってようぜ?」 「Nein。知らない男について行くなって兄さんが言ってましたので」 やなこった。立ちはだかる『だけ』で鋼鉄処女<庇う者>は封じられない。ましてやほいほい彼について仲間から離れるなど愚の骨頂。『知能ある敵』とは遍く、リベリスタの思い通りとは正反対に動く者だ。 だからこそ羽衣がその補佐をする。仲間の道を開く為。癒しの歌声で。破壊の魔法で。 「御機嫌よう。『ハウス』とでも言えば帰って……嗚呼もうおうちはないんだっけ。 勝った先には何もないこと、貴方達は気付かないの? 牙を振り回すのは気付きたくないから?」 ねえ。少女の顔で、うっそり微笑んで、小首を傾げた。その言葉に応えたのはギラではなく、ほど近い場所で戦っているブレーメで。 「たとえ何も無くっても。俺は『勝ちたい』のさ。勝利さえできれば俺は、もう、それでいいんだ。それが全てだ」 「――何処までいっても何もないなんて、かわいそうなひとね」 「ああ。そうだろう? 全部全部戦争が悪いのさ」 なら戦争が終わる事がしあわせなのか。そうであるなら。終わらせよう。醒めない夢も開けない夜も無いのだから。 「さあ、今日も羽衣の歌は誰かのしあわせのために」 閃光。それと炎で切り開き、黒いAmeiseの散弾銃に肉を削がれながら、女子力・改に熱を込めてミリーは往く。回復手たるヘーベルを攻撃から庇い続けるのはぐるぐだ。視線の先。目指す先。五芒星の盾を張ったハンヒェンが、親衛隊へ淡々と聖神の息吹を繰り出している。 「何コイツ超堅そう」 「なんかガッチガチなのだわ」 「頭も堅そう!」 「ブチ抜いてやるのだわ。そんな装甲溶かしてやるってのよ!」 攻めまくれ、己は矛だ。頼もしい仲間の為にも。ミリーが振るう腕。広がる炎。羽衣の魔力砲撃に傷付いていたそれがスパークを上げて倒れ込む。が。同時。盾を掲げるハンヒェン。 「Asche Zu Asche」 灰は灰に。聖なる呪言がミリーを襲い、その身体を浄化の炎で焼き包む。 「ぐっ……ミリーが先に倒れるわけにはいかないのだわ!」 けれど運命を焼き捨てて。足を踏ん張って。飛び下がる。傍らにはぐるぐ。 「チェンジなのだわ!」 「やっと出番ら!」 バトンタッチ。さぁ道は作った。飛び出す少女。飛び下がる少女。今度はミリーがヘーベルを護る番。護る。防ぐ。仲間達が気兼ねなく暴れられるように全力で。 「頑張って、マイヒーロー!」 護って貰わなきゃロクに立てもしないけど、とヘーベルは思う。その分、皆の力になるのだ。支援するのだ。助けるのだ。加護でチャージで歌で。いつまでだって万全の体勢で挑めるように。 「ヒーローがヒーローらしく戦えるように……皆が諦めない限り、ヘーベルは応援し続けるよ!」 応援の声の先。可変双銃アクターをぶんぶんと取り回し残像の多重撃を繰り出すぐるぐ。だが、ハンヒェンを狙ったその刃はギラが庇って届かせない。反射のダメージ、そして『右の敵意・左の悪意』が神秘弾を放ってぐるぐを自動迎撃する。ハンヒェンの『己の喰らったダメージの8割を与える』ものとは違い、ギラのそれは1でもダメージを喰らえばまとまった一撃が発動する。 ぐるぐの小さな体が地面に叩きつけられる。が、それでも立ち上がった。一緒してくれる二人の為にも落ちやしない。根性なら負けるつもりはない。にへらーと無邪気に笑って。 「今を見てない奴が今を生きれるもんか」 「蓋し『今』の定義ほど難解なモノはないと存じますが」 「小難しいこといって、遠い目してんじゃねーれすよ」 「先も見えぬ者を愚者と言うのですよ。貴方の様にね」 「いったなこいつぅー。こーなったらアンタの頑丈ハートを凹むまれ延々と殴り続けてやるのら」 「ならば私の妹を殺してみて下さいまし」 回復は黄色のAmeiseと他の親衛隊に任せ、ハンヒェンは聖呪言をぐるぐに繰り出す。その彼に降る攻撃を、或いは羽衣の魔法射撃と和人の輝ける一撃を、ギラはその盾と敵意と悪意を以て防ぎ続ける。どこまでも堅固に。 戦場に、死と血の華が咲き続ける。 ●裏門eins 奇襲による致命的混乱は免れた。そして今は、混沌の真っ只中。 突っ込んでくるバイクの猛掃射に次々と血飛沫があがる。 怖い、とおもった。カチリ。でも、私<あたし>は、こんなの嫌いだ。 「傷つけあって、勝っても負けても、いつまでも繰り返すなんて馬鹿げてる! もう……やめてよ!」 叫んだカシスの声は心からのそれ。飛び交う銃声にも剣戟の音にも負けぬ様に張り上げた癒しの歌。癒したい。一人でも。掬うのだ。最後の最後まで。掠った様な傷だって、残したくはない。 その祈りに有紗は痛みが消えていくのを感じた。血みどろで。でも戦える。振り下ろされた親衛隊の銃剣の一撃を無銘の大剣で受け止めて。拮抗の中。思った。バロックナイツも3人目。随分と遠くまで来たものだ。国内だけど。色々な事があった。ピンチにも陥った。 「でも最後には反撃に移る……そういうものだよね?」 纏う戦気と共に跳ね上げる刃。そのまま轟と振るう斬撃の暴風。圧倒する。押し退ける。佳恋もそれに続いて長剣「白鳥乃羽々・改」を力強く振るった。どの敵と戦いたい、打ち倒したいという気持ちは無いけれど。戦意は旺盛。敵ならば潰す。 「切り倒し、切り開きましょう」 仲間の犠牲を少しでも減らす為に。魔神王との戦いに備えられる様に。 が、その時。彼女を、そして機械族のリベリスタの陣形が滅茶苦茶に乱される。前衛が押し退けられ、後衛が引っ張り出され。神秘の磁力。ゾルタン・コロンコのマグネットシステム。 その能力も武器も。厄介だ。故に杏樹が、その前に凛然と立ちはだかって。 「視力を奪われる、っていうのは厄介だな――だが、どこにも逃さない。しばらく、付き合ってもらおうか」 「Ja,Fraulein.それはこちらの台詞ですよ」 ニコリと厭味ったらしく笑んだ男と、魔銃バーニーの睥睨が交差する。刹那。周囲に満ち満ちる、赤い月光と赤い火矢。焼き尽くして燃やし尽くす。轟々と。 例え目を奪われようと。逃すものか。戦うのだ。弾が尽きようと命が尽きようと。 それを手伝う様に、一直線。走る気糸がゾルタンの暗殺用刺突ナイフ:クロガネ失楽園ver7を攻撃した。親衛隊が視界に捉えるのは三郎太。緊張と恐怖に歯を食い縛る少年。 この作戦。しっかと遂行せねばならぬ。間違いなく危険だろう。己は未熟だ。けれど。けれども! 「この手で活路を開くんですっ!!」 一つ一つの積み重ねが最終的に勝利を呼び込むと信じて。狙い続けるゾルタンの刃。 「ふむ、努力は認めますが、坊や。兵器は簡単に壊れないから『兵器』なのですよ?」 そもそも部位狙い自体が高難易度で。その上、あの親衛隊の『武器』だ。達成は困難極まりないか。それでも三郎太は食い下がった。再度集中を始め、何度も何度でも同じ場所へ叩き込んでみせる。 そんな彼等を支援するのはヘルガが奏でる癒しの歌だった。戦場は怖ろしい。ならばそこで頑張る人を一人でも多く救う事が己が使命。癒しの力だけでどうこう出来る次元ではないと知っているけれど。それでも。 「私は、戦う力でも皆を守りたい。私は、今より強くなりたい」 さぁ、立って。戦える。大丈夫。まだ、戦える。 杏樹の銃撃を腕で防御しつつゾルタンは眉根を寄せた。厄介だ。ならば。周囲の兵に命令を下す。『回復手から潰せ』。バイクのエンジン音が響く。銃撃ががなりたてる。 「まぁ、受けた以上はやるしかないよな……」 弾丸に身体を穿たれ血を流しながら、楓は溜息を吐いた。久々のまともな依頼だと思ったらまた決戦。前回は触手、前々回は海と肌色の素敵依頼。何でこんなに依頼の触れ幅でかいんだと自ツッコミ。とは言えここでギャグ気分は危険か。やれやれ。前々回はありがとうございました。さて。 「戦場に音楽は付き物だろ? たっぷり聴いてってくれよな」 アンコール絶賛受付中。安全圏のないこの死地で、少年は己が意識が途絶えるまで『癒し』を奏で続ける。 それに混じって虎美に届くのは――否、脳内で響くのは、愛しい『お兄ちゃん』の声。 「うん、そうだね、バリバリ撃てばいんだよね、お兄ちゃん。数を相手にするなら虎美が一番だってやだそんな照れるよーし虎美がんばっちゃうぞー!」 死地だろうとお兄ちゃんへの愛は揺るがない。Alcatrazz&Rising Force、その双銃は手にしただけで安心感と勇気とを与えてくれる。コマ送りの視界。腕を広げる様に素早く振るいつ引き金を押し込めば、放たれるのは星をも砕く脅威の光柱。軍用バイク『ヴィントシュトース改』に乗る親衛隊を貫き、攻める。 光、だ。無明は包帯の奥の朧な目を細める。電光刃を握り直した。その身体にはあちこち傷が刻まれているけれど。進もう。前へ。進まねばならぬ。『亡霊』の陰謀はこの国を、行く行くは世界の人々の道を暗闇に閉ざすだろうから。 「明かり無き道は希望無き道、それは人の心を蝕む害悪だろう……ならば私はそれを排除し、道を照らさなくてはいけない」 一筋の光明。それこそ、人々に希望を与える灯火なのだから! 地を蹴った。真正面からバイクに乗った親衛隊へ、迫る。轟音。機銃の掃射が、大量の弾丸が無明の身体に突き刺さる。けれど。前へ。身を捻り、すれ違い様。サッと親衛隊の身体を撫でるように振るった刃。集中で研ぎ澄まされた法の刃は親衛隊の腹を深く裂き、血の大輪を咲き誇らせる。 「夜道を照らすは手にした明かりと心の希望。そうだろう?」 諦めるものか。 方舟も。親衛隊も。 退く訳には、いかないのだ。 蓋し、不屈の闘志というのは美しいものである。尤もそれは成功者が秘訣として語るもので――相手を成功者にしてやる義理など何処にも無いけれど。 虚ろな目をして、『死んだ魚の目』を携えて。存人は組み上げた魔術の四重奏を撃ち放つ。その傍で巻き起こる手榴弾の爆発が、飛び散る破片が、暗い表情のままの男の肌に突き刺さった。だら、と赤い色。それでもやっぱり彼は死んだ目をしていて。ころころ。足元を転がる生首一つ。見開かれた死人の眼。今日は死人の目が多いらしい。そのまま見てて。見られてるなら、自分は死なないから。多分。きっと。 「……ま、生きて帰りましょう」 命を紡ぐ、詠唱一つ。 それを劈く轟音が響く。 後衛陣に斬り込んでくるバイクに乗った愚連隊。リベリスタも巧みに立ち回り回復手を庇ったりはしているが、それでも被害は零ではない。 「踏ん張らねば、なりませんね」 その白い肌を血に汚しながら、息を弾ませながら。ファウナは癒しの力を纏わせたフィアキィを仲間へ向かわせる。これが『遊撃』――自在に動ける纏まった戦力、親衛隊の牙。ここを制圧されれば、出入り口を塞がれてしまえば、きっと『良くない』。 故にファウナは戦う。仲間達と共に。仲間達の為に。目の前に迫る暴力にも怖けず、きっと見返して。 それにしてもけたたましいエンジン音。けれど、その中で一つ違うエンジン音――ヘルマンには聞き覚えがあった。そしてその主の名を知っていた。 「……アウグスト・アウアー!!」 思い切り空気を吸い込んで。大声で。呼んだ。刹那。リベリスタをかっ飛ばして迫るエンジン音。拳が空を切る音に振り返れば視界一杯に迫る拳。混濁視界。けれど直撃は免れた。ぶっ裂けた唇と鼻からボタボタ血を垂らして、けれど踏み止まったヘルマンは『彼』を――アウグスト・アウアーを真っ正面から見澄ました。 「お久しぶりってほどでもないですねランドセル野郎!」 「貴様かッ……今日という今日は挽肉にしてくれるッ、この……」 息を吸い込みアウグストが思い返すのは曹長のへらへら笑った顔。ナイフで己の生爪を剥ぎながら。彼はこう言った、『次にあんな馬鹿な挑発に乗ったら耳殺ぐぞ? そうだまた虐められたらこう言ってやれ――』 「『可愛い悲鳴のヘッポコちゃん』がッ!」 「い……言いたいだけ言うがいいですよ。わたくしは説得がしたいわけじゃない、説教をするためにここにいるわけでもない」 「ならば問おうッ、『何をしに来た』ッ!?」 「ただ戦いに。そんで勝つ為にっ!! アウグスト・アウアー! いざ尋常に、わたくしと『戦争』をしようぜ!」 「上等ッ――今日という今日こそケリを付けようではないかッ! 貴様、名は何だッ」 「ヘルマンです。ヘルマン・バルシュミーデです!」 「よろしい、ヘルマン・バルシュミーデッ! その『戦争』受けて立つッ殺してやるッ勝ってやるッ覚悟しろォオオッ!」 「わたくしは死なない!! 負けないからだあああああああ!!!」 強く強く地面を蹴る音。臨界点を超越したアウグストの拳がヘルマンの腹部に突き刺さり、回転を加えたヘルマンの重い蹴撃がアウグストの側頭部を叩きのめす。もう一度。攻撃だ。何度でも。攻撃を。どちらかが勝ち、どちらかが負けるまで。徹底的にインファイト。血みどろのデスマッチ。ケダモノの様な唸り声を上げて。 絶対に抑えるのだと、ヘルマンは怖さも痛さも歯を食い縛って飲み込んで。もし彼がただアウグストを貶すだけの『挑発』を行っていたらこうはならなかっただろう。ブレーメより釘を刺された彼は戦闘を有利に進める為にリベリスタの回復手へその拳を向けた筈だ。だがそうせずに、己の全てをヘルマンへ向けているのは。『戦争』には、『最大限の礼儀』には、それ相応に応えるべしと。真っ直ぐな宣戦布告に背を向けるなど『曲がれぬ男』には出来なかった。 激戦の音。もう一人の『強敵』へ、挑んだのは綺沙羅だった。 「生体CPUたる脳の演算処理を助ける魔力増幅コンピュータか……。洒落てる」 「Danke.素敵でしょう?」 くすりと含み笑うはイボンヌ・シュテルツェル。詠唱力をブーストし、撃ち放つのは黒い魔曲の二重奏。綺沙羅の周りに居た影人を遍く絡め捕り溺れさせ引き千切る。が、その鎖を縫って放たれた神秘の炸裂弾がイボンヌの目を眩ました。 「よく回る舌だね。欲しいな。引っこ抜いてもいい? 首ごと」 チャンスはもぎ取るものだよね。目に欲望。仲間の回復技に立ち直ったイボンヌが、皮肉たっぷりに薄笑んだ。 「おいで、『欲しがり猫ちゃん』。欲しいのなら無様に媚びて御覧」 あれもこれもそれも欲しいか。唱える魔法。踏み込む足。影人はもう居ない。綺沙羅へ伸ばすは、心身を根本より砕く虚無の手で―― ●正門zwei 激しさを増す戦闘音。倒れ伏す者。一人。また一人と。 糾華の放つ蝶が二度に渡って周囲を蹂躙する。そして、反射の呪いに彼女の身体もズタズタに引き裂いて。 「く ッ――」 既に運命も散っていた。すぐ傍のリンシードもまた、血だらけで。血みどろで。剣を持つ白い手が、血を失い過ぎて震えているのが視界の端に見えた。 「へへ。へへへ。えへへへへへへへへへへへへへへへへへ」 その前に、狂犬。糾華とリンシードの攻撃を前に無傷ではないけれど。へらへら、少女の血で染まりきったナイフを舐めていた。きゅうと目の玉を笑い浮かばせ。応えるように、糾華も不敵に薄笑う。 「貴方達との戦いは一勝一敗らしいけど……違うわよね。まだ決着は着いていない」 膝を突くものか。指先に構える蝶。生死の境。ここが、そうだ。ここが、そうなのだ。 「ブレーメ・ゾエ。戦争犬。勝ち殺してあげるわ」 「キリカゼアザカ。美学主義屋。俺は負けない」 「いいえ。貴方には一番解り易い、絶対完全敗北を差し上げます」 Prism Misdirection。『護り』をその手に、リンシードはブレーメを否定する。少女達が構えた。親衛隊が構えた。 「これで終わりです……行きます、お姉様……!」 「えぇ。さぁ――目に焼き付けなさい」 蝶々。人形。氷の刃。銀の色。赤の色。溢れる。溢れる。 ブレーメはアルトマイヤーの『異能』をその指輪から与えられている。即ち、当てるほどに鋭くなる刃。だがそれは糾華の『豪運による絶対回避』、そしてリンシードの『機動力』で危険水域にまで達する事には防いでいた。それは僥倖といえるだろう。だが。ギラのラグナロク。それによる反射。全体攻撃を行う糾華には凄まじい手傷となり、それだけでなく。『運』は不条理なまでに気紛れだ。たった一度――そう、たった一度でも『見放されて』しまえば。 爆風。飛び散った破片。それが糾華の脚を穿った。崩れるバランス。地面。転倒。 「――!」 少女達の胸に、薄ら寒い、心地。戦勝パラノイア。じわりじわりと。行き過ぎた『負けず嫌い』。歪んだ精神。負けたくないから、劣勢なんて嫌だから、その妄想が叫ぶのだ。『もっと強く』『足りない』『もっとだ』『もっと強くもっと速くもっと堅くもっと鋭くもっともっともっと』 360度から、少女達に幻影を纏う狂気の牙が襲い掛かる―― 広がった血。 倒れた二つ。 トドメを刺そうと笑う男。 が――その足元に弾丸。飛び退く曹長。「よう」と声をかけたのはパンツァーテュランを手にした仁太。彼もまた、重なる反射の棘に満身創痍だった。 「お。やっほうジンタ君。居たんだね」 「来たで、ブレーメ。……ほんとは殺すってあんまやりとうないんよな。二度とそいつと勝負を楽しめんようになるけん。 けど――死でしか負けを認めんなら言わせてもらう、殺しに来たぜよ」 「あー。結論が出きってるってやっと分かってくれた? そうそう、殺し合うしかないんだよ俺達」 「せやな、いつだって自分の正義の押し付け合いぜよ。せやから。死んでも勝つ、化けてでも殺しにいく。死も負けと限らんぜよ」 銃を構えるその隣。更に一歩出たのは、首をゴキンと鳴らした瀬恋で。 「この前は良くも顔面に刃物ぶち込んでくれたな。痕が残ったらどうしてくれんだコラ」 「残すつもりだったからねえ。次は左いく?」 「やれるもんならやってみな筋肉デブ」 「アルトマイヤー少尉がくれるお菓子がすっげえ美味しくってさ。幸せ太りかね?」 言ってろボケ。無頼少女は唾を吐く様に吐き捨てて。己が魂に血の掟を刻みこむ。 突き付ける拳。 「もーいいだろ? どうせ来んだろ? サッサと来いよ」 燃える拳に『爆』の文字。ブレーメを睨ね付ける火車の、真っ赤な瞳。 にぃ。ブレーメは両手のナイフをくるくる回して口角を吊った。 「はっはァ! 上等だ纏めてかかってきやがれ! ……と言いたい所だが、悪いね。俺にも『頼もしい仲間』がいてな?」 片手を上げる。ざっ、と現れる親衛隊がAmeiseがブレーメの前に立ちはだかった者の前に立ち塞がる。ブレーメの下へ向かおうとしていた和人もギラが往く手を阻む。ブレーメは、彼等は、勝つ為ならば手段を選ばない。1対多ではないのだから、その状況を最大限に使わねば。そう、『ブレーメは完全孤立戦力』ではないのだ。これは戦争、団体戦。そして将を護るのが兵の役割だ。 地位こそ曹長ながら。ブレーメはあのバロックナイツの、『戦闘型』と謳われる『あの』リヒャルトの幹部だ。68年間、勝利の為だけに戦い抜いてきた男だ。 けれど。『それなら仕方ない』と言い訳して諦めるなんて、リベリスタには決して決して出来なかった。 降り注ぐ銃撃、爆撃。 それでも『鋼の正義ここにあり』と。 「この世界を脅かす奴に容赦はしない。鋼の魂を胸に刻め! さあ、フルメタルファイターズ発進だ!」 「きゃーみんなかっこいい! いつかりんもあれくらいになれたらいいのになぁ。じゃ、りんはりんが出来る事をがんばりまーす」 「さあ戦える所まで戦うのじゃー」 鋼一家。剛毅、輪、節。「せいぜい壁になって貰わんとな」と節が剛毅にバリアを施し、彼が常闇を放ち、凛が刃と共に飛び出し。攻めて蹴散らすしかないのだろう。 だが――彼等を容赦なく飲み込む、暴力の渦。アルフォンソをも巻き込んで。血飛沫。 「夏休みだというのにゆっくり休んでる暇もないみたいですわね。モデルの仕事もキャンセルしてこっちに来たのですから皆しっかり頑張って下さいませ!」 「負けたくない、死ぬのが怖い。首くくるのも嫌だってンじゃなァ。じゃあ俺がその踏み台を蹴っ飛ばしてやるぜ! 優しいだろ?」 ナターシャの癒しの歌と、狄龍の【明天】【昨天】がぶっ放す銃撃音が重なって。抗った。だが。けれど。それでも。親衛隊の怒涛の攻勢は止め切れない――! ぜぇ。はぁ。 ギラの負傷は決して小さくはない。けれどどれだけ血みどろになろうが、彼女が背に護るハンヒェンが復讐の想起と癒しの術で倒れさせず。 「しぶといなぁ……」 「もう倒れてもいいのよ?」 「まだまだいくのらー」 和人、羽衣。それからぐるぐ。彼らとて無傷ではなく。ハンヒェンの祝詞が炎と成り、ギラへわらわら襲い掛かるぐるぐを焼き包んだ。悲鳴なく、頽れる小さな体を――受け止めたのはミリーの手。 「……死なせない」 護る様にしっかと抱き留めて。ヘーベルに目配せを。飛び下がる。撤退だ。死んだらそれで終わりなのだから。 「乗りなー★」 その傍らに、血みどろ甚内。『直情的な美女』と名付けたバイクに跨って。親指で示す後部座席。矛でちくちく吸血して戦っていたけれど、フェイトを使ってそっから『死ぬまで』戦うのは性に合わない。下がらず戦っていたらどうなったかなんて分からないけれど。そう言う訳で、女の子を乗っけて大遁走。遠退いて行くエンジン音。 見え始めてきた疲弊の色。 押されている。じわじわ、方舟は押され始めていた。じりじりと。倒れた者の数が目立ち始めている。 駄目なのだろうか? 勝てない? 諦める? 否! 決して、決して決して諦めるものか!! さぁ、ボーッと突っ立っている暇はない。遅れて駆け付けた七海が紫弓『告別』に矢を番える。 「自決の暇があるなら敵を殺せ。いいね、その通りだ。もっともそんな時間は与えないけどな!」 撃ち放つ。想いを打ち鳴らし命に線を引く。 自分に出来る事、それは只管敵を射抜く事。或いは癒しの術で仲間を癒す事。補給の技でその火力を保つ事。意志と覚悟を秘めた光の矢が、戦場を駆け抜ける。 最中に見るは、手榴弾を投げようとしている親衛隊。七海が「避けろ」と叫んだ。直後に、爆風。ずどん。 「うぐっ……」 肌を舐める高熱。肉の焼ける感覚。ゆうしゃのつるぎを防御に構えた光は激痛に顔を顰めた。けれど刃を一振るい、負けるものか。負けるものか! 勇者ってなんだろう。今はそんな疑問は飲み込んで。強敵と対峙したいけれど、自分には自分の役割がある。 「ボスと戦うだけが勇者の仕事ではないのです! 何だろうと――何があろうと――ボクは勇者になるのですよ!!」 決意を刃に。闘志を瞳に。いきます、と声を発し、裂帛の刃。 かいしんの いちげき ! まだ戦いは続いている。危険な状況だからこそ。ならば『こうげき』で切り開き、『まほう』で仲間を癒し鼓舞しよう。下がる事は出来ない。最前線。掲げる刃は何処までも、真っ直ぐな光を宿していて。 ズガン。響く。銃声。光りの弾丸。大型銃剣トゥリア。ティセラが持つその武器の名は、彼女がリベリスタである証。何時如何なる時も己がリベリスタである事を忘れぬ為の誓い。倒れた仲間を抱えて下がり、射撃の手を緩めないまま。 コマ送りの視界の果てで捉えたのは、挑みかかるリベリスタへナイフを振り翳す『鉄牙狂犬』。血に塗れて。血祭りに上げて。勝利偏執。ティセラは浅く息を吐いた。 あれほどまでに迷わずに信じられるものがあるとは――哀れましくも、少しだけ妬ましくなる。 「……掃除してやる」 一匹残らず。相手がフィクサードならば。そして己がリベリスタなら。いつだってそうだ。何も変わらない。身体から伸びる鎖状のエネルギーコードが緑の燐光を散らしていた。 交差するのは互いの命を奪う為の一撃。 「ッ――」 ぎりぎりぎり。枯花が手にした刃と、親衛隊の銃剣とが搗ち合って拮抗する。 びりびりびり。五感の遍くで感じるのは、誇りを託す牙に染み付いた死臭。肌に感じる圧力。彼らが勝利してきた証を奏でる鼓動の音。そして溢れんばかりの、『殺意』。 怖くないと言えば嘘になる。だって、私は、普通の女の子なんだもの。けど、嗚呼、鳴るな歯の根。震えるな脚。 「なめない――でッ!」 臆して気を抜けば怯めば油断すれば首を刎ねられる。息を弾ませながら、枯花は刃を撥ね上げた。自分も敵も傷だらけだ。それでも戦うしかないのだろう。戦わねばならないのだ。戦争だから。故に、クールに華麗に美しく。不敵に笑って、魅せるのだ。 「お馬鹿さんね。大戦中ならいざ知らず、今の世なら戦場を離れる道も在るでしょうに……ええ、分かってる。答えはもう、分かってる。貴方達が選ばないように、私も退かないわ」 振り上げる、制限を外した刃。 「Und deinen Mund zum Abschiedskuß」 そして別れの口付けを。 Ade,ade,ade. ●裏門zwei 「こういうときくらいは頑張りませんと……ラ・ル・カーナの仲間にも申し訳が立ちません」 己の力が役立つのなら何処ででも全力で。満身創痍で励むリイフィアだったが、その身体に容赦なく浴びせられるのは機銃掃射。あのバイク。厄介だ。寿々貴は肩を竦める。 「あーもー結局手伝いに来るしかなかったわけですよめんどくさいなぁってもアークだめになったら生活保障なくなるし結局面倒が増えると思うとほんとうぜぇぇすずきさんゆっくりなのに」 ここまで一息。バイクのフォーメーションがあるのか探るが、それらしいものはない。簡易落とし穴も作りたいがそんな暇も無い。ちぇっ。ならば聖神ぶっぱがお仕事。 「いきますよ」 最中、バイクを見澄まし現れたのはエリエリ率いる少女達。纏めて轢かれぬよう散開し、死角を補い合い、声を掛け合い、さぁ姉妹の力を見せてやろう。 「鬼さんこちら。えへへへへ」 ぱんぱん。手を叩いて、ふらりと誘う様に現れたのは羽を広げた美伊奈。この血みどろの戦場にはあまりにも不釣り合いな少女の笑みを浮かべて。放つのは暗黒の衝動。バイクの親衛隊を掠めるが、止めるには至らない。掃射。弾丸が突き刺さる。少女の身体に次々と。そしてそのまま撥ねようと。 「どっこい、そいつはやらせねェ!」 「ぶざまにいのちごいをするのです!」 が、飛び出したのはタヱとエリエリ。タヱは神秘熱に赤く輝く鋼糸『清姫』を、エリエリは気糸をそれぞれヴィントシュトース改のタイヤへ繰り出した。しかし。事前情報の通りそれは高い耐久を持つ。止まらぬ速度。しまった。誰もが狙われている美伊奈の名を呼んだ。 その少女は微笑む。そのままふわりと高度を上げて轢き難くしようと試みて。親衛隊の意識が上へ向く。その隙。伸ばした手。美伊奈が無理矢理親衛隊にしがみつく。タダでは済まなかった。車体にぶつけられた脚が、骨の砕けた細い二本が、ぶらんぶらんと宙に揺れている。けれど。 「えへ、負けませんよ?」 少しお茶目な笑顔を浮かべて。血だらけの儘、零距離の儘、さぁ我慢比べ。自らの痛みを悍ましき呪いに変えて、撃ち放つ。くぐもった悲鳴と揺らぐ車体。 「狙い目――」 今だ。空を裂いて梨音が躍り出る。その刃に氷を乗せて、一閃。凍て付かせる絶対零度。止まれ、兎に角止まれ。それは仲間<家族>を護る為。 「皆、無事に帰るよ」 「よっしゃあ! 生き延びてやらァ!」 抗ってやる。引き付けて夢中にさせてやる。生き残ってやる! 「大丈夫! 絶対に負けないよ!」 花風の二刀を手に、駆けるはルア。託す背にはスケキヨとジース。 「うひゃ、怖いな……」 でもビビッてられないね。コマ送りの視界でスケキヨが見遣るのは、『皆の命』を懸けた誇りのハルバードを掲げる少年。ずっとそうしてきたように、姉の事は命に替えても必ず護ると視線を鋭く。そんな大事な義弟が、大切な人が、勇敢に立ち向かっているんだから。小さな、けれどとても頼もしいルアの繋ぐ未来に、共に『生/行』きたいから。 「だから……消え失せろ、忌まわしい亡霊ども!」 構えるDelphinium。飛燕の様に獲物を捕らえる銀弩が流星の矢を放つ。二人の道を、切り開く。そこを双子は合図無く息ピッタリに踏み込んで。 「容赦しない」 「仲間の為に」 「道を拓くのだから」 「大切な人を護るために!」 「迷いなんて必要無い!」 「道を切り拓くの!!」 「だから負けねぇ!!」 護るんだ。刃に速度を。護るんだ。刃に力を。必ず護る。この手を血に濡らそうと。 それを、仲間を、鼓舞するように福音が響く。 目の前で仲間を失った。救えない命を、この手で断ち切ることもした。ひよりは親衛隊を前にすると心がざわつくけれど――その眼差しは揺るがない。ここで自分を見失ったら、もう。視線の先で百叢薙剣を振るう雪佳の傍には立てないだろう。 「誇れる自分でいたいから……みんな揃ってただいまが言えるように、折れずに支え続けるの……!」 ちりちりしゃらしゃら。ゆめもりのすず。涼やかな白銀の奏でる子守唄が、あなたを守りますように。 癒しの息吹に包まれて。息を弾ませ、血に塗れ、それでも雪佳は只管抗う。戦い続ける。 これまでの事件。参戦したくても予備役として控えていたが、彼等の行なってきた数々の所業は断じて許されるものではない。表情をキッと引き締め、刃を突き付けて。 「過去の亡霊よ、お前達が劣等などと蔑む者の力……思い知るがいい!」 吶喊の一撃。穿つ攻撃。銃弾の中、切り裂く様に。己が刃と成る事で、大切な人を護れるならば。 (ひよりは……大切な人だ) 君だけは。命に懸けても。 「――絶対に守ってみせる!」 煌めく、剣閃。 「ふっ……苦戦しているようだな?」 真打は遅れてくるもの。遅れて現れたイセリアは片手で薄輝の細身剣『ブロウ・ヒュムネII』を抜き放ち、もう片手は埼玉名物B級グルメ『芋スイーツ』を口に運びつつ。 「剣姫にして剣鬼たるこの私が出るまでもないと思ったが、敵は曲者揃いと聞いている……相手にとって不足はない! そう、お前だ! やらせはせんよ!」 身体のギアを引き上げて吶喊するは徒歩の親衛隊へ。一人でもブロックできればいい。戦えればそれで良い。繰り出すは光りをも切り裂く様な華麗なる美技。 「これがお前に見えるか? それは――私の残像だ」 謳え、『蒼き賛歌』。剣姫の名の下に。 現状、裏門における戦闘は拮抗状態であった。否、やや方舟が優勢か。 だが戦況とは極めて流転的。未来は混沌と、その姿を晦まして居て。 「さて、しっかりお仕事してくよー?」 ねむねむ意識をブーストさせて無理矢理目覚めさせ、リリスは魔力銃を天に構える。引金を押し込めば降り注ぐのは破壊の赤華。戦風に黒髪が靡く。直後にその細い身体を引き摺り倒したのは、すぐ傍で起きた手榴弾による爆発だ。 「あいたたた……」 良かった死んでない。身を起こしながら、見遣った。彼方では仲間達が将首と戦っている。 「Sieg oder tot! 『負ける奴ぁ死ね、勝った奴が正義だ!』なのですよ、お分かり頂けますかな?」 ブレーメの口癖を、皮肉に笑んだ口でゾルタンが言った。見下ろす目の先では、薄闇の修道服を血だらけにした杏樹が蹌踉めきながら立ち上がっていた。見えない。けれど。目に頼るな。五感で捉えろ。捕らえろ囚えろッ――匂いで音で肌に伝わる振動で、この弾丸の届く有象無象を逃すものか! 「全員……! 生きて帰るんだ……! 私はッ、負けられないんだぁあああーーーッ!!」 連れて帰るのだ。全員。打ち倒すのだ。全員。立ち塞がれ。先を焼き捨て捻じ曲げてでも。敗北を重ねても、守る為に悪足掻け。手を伸ばせ。貪欲に。不格好でも。 血だらけの手で銃を構え、撃った。Amen.祈れ。このクソッタレな糞神様に。降り注ぐは天罰の矢。 「ぐ――しぶといですねぇ!」 撃たれ穿たれ、ゾルタンは顔を顰める。その身体に刻まれた傷は零ではない。撃ち放つのは滅びの月光。紅い光が戦場に満ちて。 『二時の方向だ!』 零の視界を劈いたのは正太郎のテレパスだった。それに従い、氷花が脅威の斧を振るい暴風を撒き散らす。精度こそかなり落ちているとはいえ、全くの見えない状態よりは幾分かマシか。 「殲滅してさしあげますわ!」 「ブッ潰しに来たぜ。兵士どもの駒の連携じゃねえ、生きたチームの連携ってヤツをみせてやる!」 「ハッ! この程度だったら全然負ける気がしねえな。暴走するんならジェット団だって得意だ、最後まで戦いきってやるぜ!」 「みんな揃って三高平に帰ろうね……」 氷花、正太郎、透、遠子。敵波を切り裂き現れたのはジェット団の面々だ。 その最中、弾む息と心臓を感じながら遠子は眼鏡の奥から親衛隊達を見る。機銃の掃射が身体を掠め赤色を散らした。彼等が戦う理由は戦争の無い時代を生きてきた私自分には分からないけれど――自分にも戦いたい理由はある。 「護りたい場所が、護りたい人達が、護りたい今がある……!」 構える手から撃ち放つ気糸の嵐。そんな遠子を、そして前衛の二人を護る様に鉄手ヤールングレイプルに殺戮の気を込めて振るうのは透だ。暴走するジェット団のフォローの役目こそ彼の使命。 「美女に囲まれて最高だね。ここで死ぬなら本望かもな」 軽口一つ。死ぬ気も死なせる気も無いけれど。 響く死の音、血を流しつつ。正太郎は正面に現れたゾルタンに拳を突き付ける。 「借りを返しに来たぜ、ゾルタン。やられっぱなしは性に合わねえんだよ」 「よろしいでしょう。今度こそキッチリベッキリ捻り潰して差し上げますよ」 「上等。ブッかましてやるぜ!」 誇りを胸に見得を切り。拳に力をぐっと込めて。配下を引き連れ躍り掛かってきたゾルタンを真っ向から迎え撃つ――! 「そっちばっか見てんじゃねえぜ!」 一方、立ちはだかる者を撃破したイボンヌの前に躍り出たのは雅。繰り出される黒い二重奏を掠め躱し、或いは抉られながら、呪術剣『シキ』で不吉なる術式が刻まれたカードを切り裂けば恐るべき呪いが影となりてイボンヌに襲い掛かる。互いに血塗り合う二人の視線が搗ち合った。 「鈍らせてやるよ。その舌も動きも。行動を封じる手段は動けなくするだけじゃねえんだぜ?」 指先に持つは洋風カード。二度と失わぬ為に。強くなる。絶対に。 「――かかってこいよ。あたしが相手だ!」 暴力的な、音。 地面が見えた。零の距離で。倒れているからだと、ワンテンポ遅れて気が付いた。 血溜りの中。咳き込んで、血だらけで、ヘルマンは視線を動かした。己を殴り倒したアウグストが、顔から滴る血を拳で拭いつぜえぜえ息を弾ませている。そして標的を他の者へ移そうと――したのを、ヘルマンはその脚に両手でしがみついて引き止めて。 「逃が、さない……絶対に……絶対に、わたくしの脚のとどく範囲にいろ!」 喉笛に食らいついてでも運命を曲げ捨ててでも。離せ、とアウグストが彼の顔を蹴り飛ばす。何度でも。それでも。ヘルマンは彼を離さなかった。 その刹那である。 「今です……来るです! はいぱー馬です号!」 うまー。はいぱー馬です号と名付けた馬に乗って、一人の騎士が吶喊してくる。装飾が輝く細身の騎兵槍『ヒンメルン・ラージェ』を構えたイーリス。ばばーんと『すーぱーイーリス2(ツヴァイ)』状態――即ち身体制限を外し。 「お前は、曲がれないし、止まれないのです! お前と私の推進力で、私の最大の一撃をお見舞いするのです!!」 彼女は待っていた。我慢していた。この瞬間を。アウグストの臨界点超越が切れる瞬間を。ひとつ、ふたつ、時間を数え、ただ只管刃を集中に研ぎ澄ませて。 「ジェットエンジンとは! なんとめんような! ぐぬぬ――さぁくらうのです、イーリス・ドライバァアアアアアアアア!!!」 擦れ違い様の、一瞬。ヘルマンが喰らい付いて離さなかったアウグストへ。突き刺さる。一突の雷の如く、雷鳴を轟かせて。 惜しくも一撃で仕留めるまでは至らなくとも。それは間違いなくアウグストにとって致命的な一打となった。地面に叩きつけられ、血を吐いたアウグストが歯列を剥いてふらつきながら辛うじて立ち上がる。 「なんと! わたしっ! ゆーしゃなのですっ! あとはまかせるのですっ!」 ヘルマンを背に護り、馬上のイーリスは槍を敵へと突き付ける。 「何もかもを弾き飛ばして、それで自分を通した気でいるのなら、あたしが……あたし達が、曲げてみせる!」 声を張り上げるカシスが仲間達を癒しの魔法で奮い立たせた。己に出来る事。それは、歌い続けて一人でも多くを癒す事。 「さようなら。時代に流された過去の軍事の残り火達」 ここで全部終わらせよう。彼らの時代は終わったのだから。迫り迫る親衛隊へ。有紗は無銘の大剣を振り上げた―― ●正門drei 「何この数。数を叩くのは得意だけれど、頂けないわね」 「三ツ池奪還と敵本拠地の同時侵攻ですかー。アハハ、ウチらの司令官さんはお顔に似合わず大胆ですねぃ」 「ま、せいぜい頑張りましょうか」 顔を顰めつ魔法陣を展開させたシュスタイナに、態とらしく肩を竦めたサイケデリ子がカラカラ笑った。『殲滅隊』が見澄まし、火力を集中させるのはAmeise。 「行くぞオラーッ!!」 雷鳴が轟いた。魔獣双拳デーモンイーターで武装した拳で敵を圧倒的に切り開く美虎の壱式迅雷。 視線の端、彼方では、狂犬が見える。その思想を知り、美虎は思った。「つまりは勝つために戦ってるってことなんか」と。『目的が手段に変わる』とは正にこう言う事を言うのだろう。 実際、その通りだった。その狂犬はもう戦う理由がグチャグチャに成り果てていた。凄惨な戦争と68年の時間。それは、一人の人間を心の芯まで狂わせるには十分過ぎて。 「ただ勝つことだけが目的の奴なんかに、わたしは……わたし達は……絶対に負けない!!」 その身全てを武器にして。負けるものか。踏み込む彼女の後方にて、黒き詠唱を唱える魔法使い二人。 「アーク人使い粗いのよ。これ終わったらご褒美あるんでしょうね?」 「我が血を触媒と以って成さん……我紡ぎしは秘匿の粋、黒き血流に因る葬送曲!」 喰らえ。シュスタイナとレオポルトが撃ち放つは黒き鎖の恐るべき濁流。例えそれで状態異常にしてしまおうが、光介がすかさず破魔の光で敵の攻撃力の上昇を許さない。 そんな彼等に降り注ぐ、散弾。病原体入りアンプル。対神秘炸裂弾。どかんどかんと衝撃波。肉が抉られ皮膚が崩れて焼け爛れて。 癒さねば。さぁ自分の出番だ。絡み合った蛇の意匠の魔力杖『クンダリーニ』を握り直すサイケデリ子の手は、しかし緊張の汗に湿っていた。明らかにこの戦場に対して己の実力は追い付いていない気がするけれど。 「癒し手は求められてこそナンボのもん。誰一人として犠牲者を出させないために、根性見せてやります。それに――」 血が騒ぐんですよ、「精を食め、斃れ伏す兵の傷を癒せ」ってね。杖を振るい、紡ぎ出すのは癒しの旋律。そして声を張り上げる。鼓舞の声を。咽が魂が枯れ果てるまで。 「ねじ伏せる力は持っておりませんが……癒し役、任されました。進んで下さい!!」 前へ。前へ。前へ。前へ! 「テメェの言う勝ち負けってのは何だ? テメェ死ねば負けんだろ?」 「敵を皆殺しにして永久の平和の中で幸福に生きる事。それが俺の勝利。そして『それが出来ない事』が――お前さんの言う通り、『死ぬ事』が、俺の敗北だぜ」 「へーそうかい。あれだな。テメェとオレぁ良く似てるし勝ち負けの認識も言ってる事も近ぇけど……『近ぇだけ』だな?」 血達磨の火車は血唾を吐きつ鼻で笑った。立ちはだかる者を殴り伏せ辿り着いたブレーメの前。戦いの時間が立つ程に憎らしいほど攻撃の精度と地力を上げていく狂犬。火車に殴られ裂けた唇を、ニヤリと笑う序に舐め上げている彼へ火車は言葉を続けた。燃える拳を突き付けつ。 「オレは死んでも勝つんだよ。死んでも勝った奴がオレに付いてんだわ。 だから――テメェは! 一生! オレには勝てねぇ! 勝利出来ねぇなぁ! どうする!?」 「『お前を殺す』。いつだってそうさ、それだけさ。それ以外あるかい?」 「あぁそうだろうな。そうだろうよ。とどのつまり、オレ等の結論唯一つ……高が意地の張り合いよぉ!」 「そうとも、それが戦争さ。戦争なんて『所詮そんなもの』さ! あはははは! 来いよ『宮部乃宮火車』、戦争しよう!」 「上等だハゲ丸がぁ! テメェがバッキバキに折れるまで徹底的にヤってやるぁ!」 踏み込んだ同時。交差するナイフと拳。雷光を纏う男の頬を紅蓮が掠め、赤い男の胸をバツ字にナイフが切り裂く。けれどドラマで踏み止まって。業炎撃でアッパーカット。殴りつけて飛び退かせる。しかしそれも一瞬だった。ブレーメは火車が『生半可な攻撃では落ちない男』だと知っている。故に。『ゆらり』。告死の刃<ドッペルゲンガー>。けれど。火車は『待っていた』。 ぐさり。 「―― っッ!」 態と踏み込んで。打点をずらして。受け入れた。身体に深く沈んだナイフの感触×2。ず、ぶ。ナイフを握った手に力がこめられ。ずぶぶ。胴に沈んだナイフが動かされ、肉を骨を臓物を、切り裂いて、掻っ捌いて、ゆく。無理矢理に。火車の顔を見上げたブレーメがニヤニヤ笑んでいる。その刃が、彼の心臓に届く前。火車はブレーメを両手で力尽くで引っ捕まえ、爪を立て、声を張り上げた。 「俺ごとやれぇ!」 声。それに応えたのは、親衛隊に往く手を阻まれていた瀬恋と黎子だった。 「何してでも勝つなんてなぁ……全くお利口サンだよ、テメェは。アタシはお前とは違う。アタシは負けるのは御免だ。やるなら勝つ。だけど、敵にケツを振るのも砂を噛むのも御免だ」 「目的も言い分も納得しました。だが私とは相容れない。浪費家でね。売られた喧嘩も戦争も買いますよ――そして勝つ。貴方に勝つ」 拳をゴキリと鳴らし、無頼少女。その手に漆黒のカードの束『ノアールカルト』を構え悪運使者。 「真正面から堂々と! 打ち砕いでやる……アタシの拳<コイツ>で! テメェに完全に完璧に勝つ<殺す>!!」 腕が千切れりゃ足で! 足が千切れりゃ牙で! 何を使おうが、その首を食い千切ってやる! 打ち放つ断罪の魔弾が轟と唸りを上げた。52枚の黒いカードが立て続けに襲い掛かった。 閃光、轟音、硝煙。 びちっ、と。瀬恋の頬に返り血が散った。濛々と土煙。その中で。立っていた人影は、一つだけ。 「はは、ははははは」 哂い声――狂犬。その足元には力尽きた火車と、ブレーメを庇って無惨な肉塊と成り果てたギラ。ぐしゃり。兵隊だったモノを踏み締め一歩、ブレーメは血で染まりきったナイフを高揚感に歯列を剥きながら舐め上げ、唾液を滴らせ、げらげら笑った。 「なんだぁこいつ、死にくさりやがって、阿呆かね? 負ける<死ぬ>様な奴ぁ無価値だ!」 例え可愛い部下だろうが、愛しい上官だろうが。負け犬<死者>には何の意味も無い。いつだってそうだ。Sieg oder tot.勝利か死か。 「負ける奴ぁ死ね、勝った奴が正義だ! 俺は死なない、絶対に死なない!」 「いやいや、死なせる事だってできませんよ。死ぬほど負けて生きてる私もついてますからね」 死なせませんし。不敵に笑んで。黎子は指先を突き付けた。 「かまってあげますよワンコさん! 無傷で、圧倒的に!」 「その前に私を殺してみて下さいまし。出来るものならね」 ギラの代わりに今度はハンヒェンが。妹が目の前で死のうと顔色一つ変えていない。彼の精神もまたブレーメと同じ。死人に口無し、死者には何の意味も無い。そして『勝つ為には手段を選ばない』。勝つ為にはどうすればいいか。自分達の中で一番強く統率力もある『大将』が死なない事。それを護る事。 リベリスタがそうするように、フィクサードだってそうする。けれども。 「知ったこっちゃねえ」 反動の傷も恐れず、瀬恋は最悪な災厄の銃口を向けた。己の姿をして迫り来るブレーメへと。 けれど綻びた戦況。下げられてゆく戦線。あまりにも倒れ過ぎていて――リベリスタは今、決断を迫られていた。 ●裏門drei 「負けられない戦いです、私も全力を尽くしましょう」 「もう俺は慣れたぞ……ったく、毎度毎度大きな戦になったら俺を引っ張りだしやがって」 「老骨に鞭を撃って戦う時が来た様じゃのう! 御爺ちゃん、まだまだ弱いけど頑張るのじゃよ! 主に盾としてじゃけどねー!」 「翁は何時も通りだな。まあ、その方がらしいと言えばらしいが」 「さあ来ましたよ、回復は任せて下さい! 倒れない限りは、何度でも治してあげます!」 決戦の時。射手としての感覚を研ぎ澄ませた紫月の言葉に、イリアスが顔を顰めつ魔法陣を展開させた。そんな二人を護るのは、ドヤァしている翁と「出来る事があるのならやってやるさ」と表情を引き締める嚆矢。回復役の雪菜も皆に翼の加護を施し準備万端。最中にふむ、と翁が顎髭を一つ撫でた。 「やっぱり痛いのは嫌なのじゃ、帰っても良いかのう? あ、やっぱり駄目なのじゃ?」 仕方ないのう。やってやれん事もなかろうと――飛んできた手榴弾の爆炎からその身を呈して紫月を護りつつ。 「一つ、教えておいてやろう。どうしても失いたくないものがあった時……それでもなお格好をつけようとする奴は、格好悪いぞ。無様でも良い、大切な者の為に動ける人間はとても格好良い物じゃて」 尤も、本当に痛いのは勘弁だけれどもと冗句めいて。身体を張るぐらいしか出来ないから。 「……使い潰すがええ、未来の為じゃ」 「おい、爺。勝手に一人で物事を考えて何もかも進めようとするんじゃない」 が、そこでイリアスの蹴りが翁の尻に決まる。傍らでは嚆矢が薄い苦笑を浮かべていて。 「稀にこの老人は真面な事を言うから困るな。クソ、解ったよ、やってるさ」 恰好良く行こうなんて端から思っちゃいなかったけれど。彼にそんな事を言われては、やるっきゃない。 (……俺の命など所詮、ゲームのカードの一枚だ) けれど、それで盤面を引っ繰り返せるなら上等。 そんな彼等に紫月は溜息一つ。 「全く、何時までもじゃれ合っていないで。来ましたよ」 言葉と共に引き絞るはカムロミの弓。きりきり、と狙い定めて。 「勝たせて頂きますよ。……護衛は任せました。故に、攻撃は此方にお任せ下さい」 「我が破壊の魔力よ、浄化の雷となりて……我が前に立ち塞がる戒めを打ち破れ!」 どうせ戦うんなら、誰も死なずに最高のハッピーエンドを。ロマンチストでも何でもないが、それが最上だろう。イリアスも術式を組み上げ、掌を構え。 「――だったら、それを目指して俺達は突っ走るまでだ!」 撃ち放つ。 炎の雨と、雷の嵐。 その中を真っ直ぐ駆けるのはメリアだった。何やら後ろの仲間達は随分と和気藹々としている様だが、己には油断も隙もない。 (な、仲間外れにされてなんてないんだからな!) 言葉はぐっと飲み込んで。集中する騎士少女は脚に速度をぐっと乗せた。 「さあ、我が剣を受けたい者は居るか! お相手願おう!」 言下の加速。メリアの姿がブレる。早々に攻撃をして早々に目の前の存在を倒してやるまで。裂帛の気合と共に振るう刃。その剣は諦めず、後悔してなお進む者達の為に。 そんな仲間達の為に雪菜は祈る。ただ祈る。自分の癒しの力が誰かの役に立てるのなら。 「私達は負ける訳にはいかないのです。此処で負けたら、これまでの亡くなってしまった方々の想いを踏み躙る事に為ります!」 怖くないと言えば嘘になるけれど。戦おう。自分もここで、戦おう。 「……だって此処が、私の戦場なんですから!」 戦おう。――戦おう! 「来いよ、負け犬ども。お前らは『負ける』。何故なら俺達が『勝つ』からだ。ガキでも解る簡単なリクツを教えてやんぜ」 「負けるのが嫌なのはこっちだって同じだよ。勝てないというのなら勝つまで戦うだけだ」 「まだまだ若い者には負けんよ。……辛い時程、笑顔でおらねばのぅ。皆で元気に帰るために、最後まで諦めずに頑張るのじゃよ」 ユーニア、七、咲夜。尚も怒涛の攻勢の緩めぬ親衛隊に抗いながら、血に塗れながら、運命を削りながら、それでもそれでも戦い続ける。 「誰一人かけさせないのじゃよ」 故に。大人しくしてしろ。額から赤々と伝う血を拭う暇も無く、咲夜は優しい気持ちと希望が込められた童話集『優哀の書』に掌を翳した。放たれるは動きを縛る結界陣。動きの鈍った親衛隊へ、迫ったのは真澄だった。不敵に笑みながら。 「無視せず私たちの相手をしておくれよ、退屈はさせないからさ」 超大型拳銃に炎を宿し。その銃床で殴り付ける一撃。戦おう。護るのだ。己の子が生きる世界を。仲間達を。生かす為に。戦おう。 「怖くないわけじゃないけど……そんな事言ってる場合じゃないね」 さあ、行こうか。毒と薬。甘いと苦い。右と左。七は緩く傾げた首で敵を見澄まし。くるんと回り、踊り躍る。次々切り裂く死の舞踏。銃弾の中。頬を染める血は己のそれか返り血か。 彼等殲滅隊の使命は改造バイクに乗っていない親衛隊の足止めだ。 その為の決定力は己には無いけれど――ペインキングの棘を構え、ユーニアは弾む心臓を深呼吸で落ち付けた。決定力は仲間に任せよう。その代わり。 「あんた達の背中は、俺が守る」 銃剣の一突に腹を貫かれながらも。ぐっと奥歯を噛み締めて。倒れない。倒れたとしても、何度でも立ち上がってやるさ。 「それで『勝った』つもりか? こっちはまだ『負けて』ねーぞ」 絶対者は倒れない。突かれた剣を握って捉えて、零の距離。血を啜る赤い色を棘に纏い。貫いた。命を貪る痛打を叩き込む。 衰えを知らぬ激闘、加速して激化してゆく死闘の中。 赤いマフラーが、「死んでも負けねェ」の覚悟を表明した『決死の風』が、コヨーテの居場所を知らせる様に戦場で翻った。彼は自覚する。己の拳が、腕が、足が、身体が、震えている事に。 恐怖? ――否、楽しいからに決まっているだろうが! 「へへッ、退屈しなくて済みそうじゃン。誰が相手でも構やしねェ、遊んでくれよッ!」 両腕に武装した革命のダイアモンドに灼熱を纏わせ。牙を剥いて豪快に笑いながら、殴られ刺され斬られ撃たれながら、殴る。殴る。殴り続ける。超絶笑顔で、楽しそうに。 「ははははははははははは! すっげェ! すっげェ楽しいッ! なァ、オレも、お前ェらのボスとおんなじ位ェ、負けンの大っ嫌いでさァ」 『きょうけん<狂/凶/拳/犬>』。戦闘バカ。弱い事は死ぬ理由として十分。強くある為に躊躇いはない。死ぬより負けるのが嫌。 『鉄牙狂犬』。戦争の犬。負ける弱者は死んで良い。勝利の為なら躊躇いはない。敗北=死が大嫌い。 他人の空似とは正に。逞しくて知的な男性やロボットが好きなのも似通っていた。唯一絶対的に違う点は、コヨーテは超辛党で甘い物を食べると死ぬが、ブレーメは甘い物が大好きで辛い物はそこまで好きじゃない事ぐらいか。 「――だから決めてンだ、死んでも負けねェって!!」 そう、似通っているからこそ。負けるものか。絶対に絶対に絶対に絶対に! 例え倒れようとも喰らい付く。牙が砕けりゃ歯茎を使ってでも食い千切る! 激しい、 激しい、 激しい、 激しい、 激しい、戦いだった。 ゾルタン率いる親衛隊とぶつかり合うジェット団だったが、半数が倒れた事で戦線離脱し。天守の少女達も、意識を失い戦場で無防備に転がる前に撤退を選択した。 「ひくっすよ。負けてもいいけど死ぬのはいやっす」 「死んだら元も子もないです」 タヱとエリエリが言い、それに従う少女達。命あってこそ。彼女等は死にに来たのではないのだから。 「もう芋がない」 イセリアもそんな一人。悠然と、去って行く。 戦線離脱したリベリスタに、倒れたリベリスタ。それを合わせればかなりの数で。戦局は劣悪なものと変わり果てていた。 けれどそんな中でも、イーリスと激しい撃ち合いを繰り広げていたアウグストが後方より放たれたインドラの矢に焼かれ、無視できぬ深い傷に片膝を突いた。庇いに躍り出た親衛隊達が意識を朦朧とさせた彼を下がらせてゆく。 ゾルタンも激しい傷を負っているが健在。イボンヌもまた、魔法の二重奏を戦場に響かせていた。 そんな中、幻想纏いにて正門のリベリスタより裏門のリベリスタへ届けられたのは――『撤退』の言葉で。 「…… っ、退くよ。急いで!」 唇を噛み締め。真澄は倒れた仲間を抱え上げる。虎美、雅、イリアス、紫月、咲夜は下がる者の為に牽制の攻撃を行い、他の動ける者は傷を負った仲間に手を貸して。 親衛隊は射撃牽制こそ行ってきたがそれ以上深追いしてくる事はなかった。彼等は『防衛戦』をしている以上、戦力の消耗を抑えるが吉と判断したのだろう。 リベリスタは走った。走って、走って、只々――走り、続けた。後ろを振り返る暇も無く。 ●正門vier――『世界の守護者』 騒乱。正にその言葉が当てはまった。 撤退が始まる前から、何人ものリベリスタが戦いながら倒れた者を下げていた事が不幸中の幸いか。動ける者は動けぬ者に手を貸して、或いは殿として牽制攻撃を行いながら、走る。走る。 大いなる癒しを施しながら、駆けるルーメリアもその一人。仲間を抱え、護りながら。猛烈な追撃を仕掛けてくる敵をキッと見据えて。 「死んだら負けって……じゃあ何時勝つの? 貴方にとっての勝利って、一体なんなの? 生きてれば勝ち……それはそれで、なんだか味気ないと思うの」 「結局のところ、伯林が燃え落ちたあの日から……あの年に生まれた赤子が、ご覧のような老いぼれになる程の時間が経過しているにも関わらず、貴殿は一歩も前に進めていないのですな」 ルーメリアの言葉に続き、牽制の劫火を放つレオポルトが腹に深く刻まれた傷口を抑えつ静かに言う。 「貴殿の勝利を望む民衆など……否、勝利に興味を持つ民衆さえも、最早この地上には存在致しませぬのに。 退き際を誤った軍人程、傍から見て痛ましいものはありませぬ。どうか……もうお退き下さい」 レオポルトのその言葉に。ブレーメが脚を止める。彼の目を見て。ナイフを持つ手をだらんと下げて。黙していた。『無表情』で。 「退くって何処に? 俺の家を燃やしたのは連合国の糞共だぜ? 味気なかろうが勝利は勝利だろ? 俺の勝利を望む者なら俺が居る。可愛い可愛いリヒャルト少佐が、愛しい愛しいアルトマイヤー少尉が、素敵で愉快な仲間がいる! 俺は独りじゃない。進む先が前でも後でも『何も無くっても』構わない。俺は。俺はただ……敵の居ない平和な世界でもう誰にも蔑まれずに仲間達と幸せに生きたいだけなんだよう……!」 俯く。噛み締める唇。震える肩。感情の滲んだ泣きそうな声。 が。ぐりん。顔を上げた。狂ったように笑いながら。歯列を剥き出して、へらへらケタケタ首を揺らして。 「とかあ? 言ったら? 可哀想って? 油断してくれる? ひゃはははははははははははは! 敵を皆殺して勝てば幸せになれるんだ。敵の居ない世界は幸せだ。それが俺の勝利だ。俺はそう信じている。だから俺はお前さん達を『殺す』! もう、理由も理屈も論理も倫理も聞き飽きた! 言葉でどうこう出来るなら68年前にそうしてくれよう!」 幸福論を吐いて、刃を振り上げて加速するブレーメ。逃げるリベリスタに斬りこまんと。 けれど――それが、止まる。『止められる』。 「やはり……行儀良く纏まっている事など有り得ぬ、か」 防御に構えた腕を貫いたナイフ。そして間近のブレーメを見澄ましたのは、葛葉だった。 『勝利偏執』。彼は以前、それを思い知らさた。遠くない、赤い記憶。ならば。その執着と真っ向から戦ってやる。 誰かが、己の名を呼ぶ声が聞こえた。一緒に帰るのだと。生きて帰るのだと。しかし。葛葉は『一歩も動かず』、少しだけ振り返って微笑んだのだった。 「例え死すとも、世界は続いていく……ならば、それで良い。済まんが、後は託す。重ければ捨てて行け」 向け直す視線。降り抜いた拳にブレーメが飛び下がる。「へぇ」と曹長が小さく声を上げた。ああ確かあの時の、と思い返しつ。 「お前さん、『覚悟』があってのその行動なんだな? まさか『すっごい奇跡が起きて生きて帰れる』とでも?」 「『覚悟』ならば出来ている。故に多くは語るまい。──全てこの拳にて、対応するのみ!」 突き付ける拳。ひゅるりとナイフを回したブレーメは己が前に立ちはだかった葛葉の目を見た。逃げずに。独り。『死も厭わぬ』と。悲壮的英雄感に酔った? 自己満足の独善? 否、違う。決して違う。 ブレーメはその目を、知っている。『覚悟』の目。アルトマイヤーだってそうだ。護るべきもの――それは『誇り』であり愛すべきもの――の為ならば躊躇なく己の頭を吹き飛ばせる者。如何なる敵にも牙を向け続ける者。そして、その『目』を持つ者の怖ろしさを、ブレーメは知っている。 黙したままナイフの切っ先で部下達に命令を送った。『こいつの相手は俺がやるから、お前等はリベリスタを追え』。Jawohl(了解)の声と共に、親衛隊が『二人』を残して走り出す。 ゴキリ。拳を鳴らし。牙を構えた狂犬を見据え。『覚悟の男』は拳を構えた。高揚感が無いと言えば嘘になるけれど――その心は、清水の如く落ち着いていて。 「行くぞ、ブレーメ・ゾエ。閃拳、義桜葛葉……押して参る!」 「来いよ、ギオウクズハ。SS-Oberscharführer Brehme Zoe――お前を『殺す』」 地を蹴る。 己の全てを懸けて。 この拳に、全て全て。 拳と刃。 赤い色。 叫んだ。 戦った。 赤い色。 現実は、無情。 勝負は悲しい程に見え切っていた。 親衛隊との戦いで疲弊し切った上に孤立無援である葛葉の一方。危機――己の傷、仲間の死、状態異常――を認めず歪める『パラノイア』は危機が重なるほどその妄執を強くする。アルトマイヤーの異能を借り受けて刃を何処までも鋭くする。 それでも、幾度ナイフに刺され切られても、葛葉は『立っていた』。血を失い見えぬ目で、もう痛みすら感じなくなった身体で、感覚の無い脚で踏み込んで。目に頼らずとも29年間叩き込み続けた勘。突き出す拳がブレーメの顔面を確かに捉える。執念のダブルアクション。もう一発。今度は腹部。 「ぐが っごほ……!?」 血交じり胃酸。距離を開ける曹長。ボタボタボタ。血。その顔に、常の人を食った様な余裕の笑みはない。 何故だ。 何故こいつは倒れない。 何度弱点を刺したと思っている。 何度急所を裂いたと思っている。 なのに何故、こいつはまだ戦っているのだ。 戦況は己の圧倒的有利。なのに。何故。何故? じり。じり。ちり。ちり。 葛葉の放つ異様な闘気が空気を震わせる。 構えられた拳。そこに――闘志が、決意が、覚悟が、魂が、運命が、命が、葛葉の全てが、宿り、燃える。 深呼吸一つ。空気は生温い。霞んだ目で見上げた夜空。星が、見えた。奇麗だと、思った。 嗚呼―― 「――我が名が背負う義にして桜、止められる物ならば止めてみよ!」 運命よ。 歪んで曲がって、――現れよ。 「上等だ……上等だ上等だ止めてやる!!」 歯列を剥いたブレーメがゆらりと踏み込んだ。ドッペルゲンガー。告死の一撃。 けれど。刹那。 ばきん。音を立てて。 振り抜いた拳が。葛葉の『全て』が。 貫いた。全てを照らす光となりて。 ありとあらゆる不条理を、劣勢を、そして――ブレーメを。 世界の守護者に、なるのだ。 約束したのだ。 誓ったのだ。 護るのだ。この世界を、愛すべき仲間達を。 『絶対』に―― 『絶対』に―― 『絶対』に―― ――全てが白い光の中で。 葛葉の目の先に、差し延ばされる手が見えた。 見覚えのある、掌だった。 「ああ。……今、そっちに逝く」 待たせたな、相棒。 そして、世界よ。愛すべき世界よ。この、捩じれて歪んで狂っていて、それでも、素晴らしい、嗚呼、世界よ。 ――さようなら。 さようなら、 さようなら――…… 斯くして。 義桜葛葉は、その運命を代価にで『本来なら斃せぬ筈の敵』を撃ち砕き。 倒れる事なく。 その場から一歩も下がる事なく。 仁王の如く立ったまま。 拳をきっと構えたまま。 視線を前に据えたまま。 息を、止めた。 永遠に。 ●正門fünf――Sieg Heil! Sieg Heil! Viktoria! 光に貫かれたブレーメの周囲には驚愕に包まれた親衛隊が集まっていた。もう追撃どころではない。衛生兵、と呼ぶ声。血溜を真ん中にして。 「げほ。……げほ。うぐ、痛ぇ……痛ぇよ痛ぇよくっそぉ……!」 夥しい出血。激痛の感覚。ブレーメは血を吐いた。何が起こった? 光が見えた。それが、己を貫いて。どうして俺の脚が無い? 腹から下は? なんで身体の半分が『無い』んだ? でもまだ戦える。そう思い。目を血走らせ。牙を剥いて。暴れ出す。血が臓物が溢れ出すのも構い無く。 「戦える……俺はまだ! まだ戦える! 俺はまだ戦える! 死んでねえぞ! 俺はまだ戦える!!」 「曹長、おやめ下さい! 傷が――」 「離せ! 兵隊なら戦え! 勝利の為に戦え! 俺は戦う! 俺はまだ戦えるんだぁあ゛ぁア゛ア゛ア゛!!」 凡そ人のものとは思えぬ声を張り上げて。死にたくない、死ぬのは嫌だ。その為には戦って、敵を殺さなければならぬ。咆哮。けれどそれを切り裂いたのは、通信機より流れる静かな声で。 『――何をしているんだね』 「! ……アルトマイヤーか……! 分かるだ、ろ、せんそう……だぁ……!」 痛みに歪み、血を吹き湿った声で、噛み付く様に。それに溜息を、アルトマイヤーは返し。いつものように、『君は阿呆かね?』と。皮肉めいて。けれど彼がどんな顔をしているのか、その場に居るものは誰も知らない。 『死んだら負けだ、そう言ったのは何処の誰だったのか。それともそれを思い出す為の頭がやられたのか?』 「……。ああ……あはは。あはははは。そうだな。そうだったな。俺は。そうだ。まだ戦える。まだ生きてる。なあんだ、俺はまだ負けてないじゃないか」 そうか。そうか。なんだそうか、そうだった。だから、嗚呼、笑うのだ。いつものようにへらへらと。 「良かったー。本当に良かった。少尉少尉。あの歌が聞きたい。Sieg Heil Viktoria。あれが一番好きなんだあ……ねえ。少尉。少尉ってば。アルトマイヤー少尉」 そんなに呼ばなくても聞こえている。苦笑交じりの声が聞こえて。歌が聞こえた。自分の低い濁った声とは違ってよく通るきれいな声だ。我らは眠りも休みもしない。悪しき暴戻どもが潰えるまでは。栄光、栄光、栄光こそが肝要なのだ。万歳! 万歳! 勝利あれ―― 「―― 、」 名前を呼んだ。彼に言おう。もっと戦争を。そうだ戦争をしよう。幸せの為に。幸せになるんだ。みんないっしょに。 だから……負ける訳には――いかない の だ …… 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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