●ブリーフィング 「以上が砂潜りの蛇からの……伝言」 集まったリベリスタ達を、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が正面から見つめる。 「彼等は広い空き地の真ん中に建った、今は廃墟となったビルで皆を待っているわ」 そしてそのイヴの隣に並ぶのは、『戦略司令室長』時村沙織 (nBNE000500)と、……『相模の蝮』蝮原 咬兵だ。 異様な緊張感の中、それでもイヴは表情を変えずに言葉を続ける。 「ビルは3階建てで、それぞれの階に敵が居るの。空き地と一階に見えたのは多分砂人形が100体位。2階に見えたのは2つの棺桶と『夜駆け』のウィウ。そして3階には囚われた『相良・雪花』と、黄咬砂蛇に『岩喰らい』の匡」 けれど、そこまでは淡々と話していたイヴの口が急に止まる。 何か言い辛そうな彼女がちらりと視線を送ったのは、瞳を閉じたままに沈黙を守る蝮原 咬兵。 しかし彼女の使命はリベリスタ達に少しでも多くの情報を与える事。それだけが彼女に出来る戦い方。 「本当はもう一つ見えた物があるの。囚われの、相良雪花は、皆が到着すると同時に、砂蛇に手首を切られる……」 切られた手首より流れ落ちる鮮血。それがイヴの見た『確定された』未来。砂蛇の仕掛ける、相良雪花の命を賭けた復讐ゲーム。 拘束された雪花はその傷口を手で押さえる事も出来ずに、時間と共にやがて失血死するだろう。 ぎしり、と何かを擦り合わせる様な音が作戦室に響く。 ゆっくりと開かれた蝮原 咬兵の瞳は憤怒に燃えている。 「1Fは俺達が切り開く。……お嬢は、頼む」 搾り出された咬兵の懇願。本当は咬兵も自らの手で雪花を救い出したい。 けれど咬兵が3階に辿り着けば、恐らく砂蛇は雪花の命と引き換えにリベリスタ達を相手に戦えと要求してくるだろう。 そしてそうなれば、咬兵は断る事の出来ぬ自分を知っていた。砂蛇が約束を守らぬ事など承知の上でも。 故に咬兵は、 「俺達はお前達の作戦に口を出さない。俺達はお前達の作戦に聞き耳を立てない。ただ道を作るだけだ」 雪花の運命をリベリスタ達に託す。 「今回の件は凄く未来が揺らいでいて万華鏡も完全な未来は捉えれていないの。どんな事が起きるか判らないから充分に注意して」 「ん、まぁそう言う事だな。詳しくは今から配布する資料を読んでくれ。随分厄介な、手強い任務になると思うけど、まあお前等なら大丈夫。信頼してるさ」 ひらりと手を振り、張り詰めすぎた空気を切り裂いた沙織が、イヴと共にリベリスタ達を送り出した。 ●沙織の決断 「さて、今回の話はこれで御終いじゃあ無い」 逸る蝮原がブリーフィングを辞した後、沙織はそう断って新たな問いをリベリスタ達に切り出した。 「正直な話、どう思う?」 「どうって……?」 「砂蛇の戦力さ。滾る復讐心に相応しくこりゃ相当のモンだろう?」 「確かにな」 「蝮は一階を切り開き、食い止めるって豪語してたが……可能と思うか?」 沙織の言葉にリベリスタは思案顔を浮かべた。確かに『相模の蝮』蝮原咬兵は強力だ。並のリベリスタでは太刀打ちの出来ない力を持っている。彼が腕利きのフィクサードを連れて死力を尽くすならば相当の戦力になる事は間違い無いが。 「……不可能では無いと思うが、確実とはとても言い切れない……と思う」 リベリスタの返答は歯切れの悪いものになった。 一階戦力に相当する砂人形は実力以上に厄介なのである。『自爆』という特殊な能力を持つそれは格上を仕留めるには絶好の代物である。蝮原の戦い方が自分に負担を与える短期決戦型なのも不安材料。加えて言うならば今回の場合、蝮原自身に弱みがあるのも見過ごし難い点である。状況上、砂蛇が蝮原を脅迫する事は難しいとは考えられるが、万が一は常に考えなくてはならない点だ。一階の失敗は、万が一の場合、二階、そして三階本丸を攻略するリベリスタ達に退路が無くなる事を意味している。 「良い返事だ。つまり、『行きはよいよい、帰りはこわい』。俺はそれを危惧してる。 相良雪花を助けたいと思うのは俺も同じだ。しかしね、言っちゃ何だがこの俺からすれば彼女や蝮原自身よりもお前達の方が重要なんだな。 何せ俺はアーク司令代行だからね。思惑は当然そうなるさ。不確定要素の強い作戦にはいはいと従って手を打たないのは有り得ない」 「……まぁ、アンタらしいよ」 応えたリベリスタに沙織は口角を吊り上げる。 「状況を整理しよう。まず、黄咬砂蛇は組織のコントロールを外れて個人的な復讐に走っている。奴の持つ戦力は個人としては大きいが、アークという組織からすれば大したモノじゃない。しかし目的が相良雪花の救出である以上は大きな戦力を傾ける事は現実的じゃない。そんな事をしようものなら奴は雪花を連れて逃走するか、雪花ごと自爆しかねないからね。奴には復讐の完成という『希望』を残してやらなくちゃならない。 必然的に今回の作戦のように少数によるミッションが求められるのは分かるな?」 「ああ」 「蝮原はその辺りを当然承知している。だから手持ちの戦力から精鋭を集めて血路を開くという判断をしたんだろうが……俺はこの点について今言った通り懐疑的だ。奴等を信頼しないという意味じゃないが、確率上の問題でも危険は廃するべきと思うね。 さて、そこで俺は考えた。お前達に一階の制圧の後詰めをお願いしたい」 沙織の言葉にリベリスタは息を呑んだ。 「砂蛇の暴発が怖い蝮原は、この話を聞けばいい顔はすまい。 しかし、アークの作戦は奴の為のモノじゃない。『対等な交渉』で共闘する事にはなったがね。あくまで主導権はこちら側だ。アークは連中にこれを知らせず作戦を発動する」 沙織は全く悪びれずにそう言った。 確かにアークとしては蝮原に遠慮をする立場に無い。 アークに所属する戦力の命がかかっている以上、イレギュラーを嫌うのは当然か。 「お前達は蝮原の部隊と本隊に遅れて敵陣に突入するんだ。 一階以外についてはまぁ……余裕も無いだろうし、基本的に考えなくていい。下手に戦力を投入し過ぎれば『救出』という第一目標を損ねかねないからね。 あくまでお前達の任務は本隊と蝮原隊のバックアップだ。分かるな?」 頷いたリベリスタに沙織は満足そうに笑みを浮かべた。 「アークとしてもな、蝮原を死なせちゃ損が出る――」 それは冷静非情なる判断か、沙織の気遣いなのか。 リベリスタでも無いのにペルソナを被る彼の仕草からは読み取れない。 「――暴れてこい」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年07月16日(土)23:32 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●たかが、百八十秒の出来事。 長い間、人の手の入らなかった建物は自然に朽ち果てていくモノだ。 自己主張を強める七月の太陽の熱に晒されたビルの中は乾き切り、辺りに不快な熱を撒き散らしていた。 「……若頭!」 「あァ……」 剣呑とした空気の中、鋭い男の声が飛ぶ。 黒衣の男――蝮原咬兵は幾らかの疲労感を押し殺しその呼び掛けに呼気を漏らした。 予想通りと言うべきか、砂潜りの蛇――黄咬砂蛇の牙城は一筋縄ではいかなかった。咬兵の隙を突き、仁蝮組を急襲して相良雪花を拉致した彼が復讐なる決戦の舞台に選んだ場所なのだから当然である。人気の無い打ち捨てられた廃ビルはまさに彼の牙城と化していた。ビルの入り口に繋がる一階には砂蛇お得意の砂人形がこれでもかとばかりに配置されていた。紆余曲折を経てアークのリベリスタとこの作戦を共有する事となった咬兵達フィクサードの部隊はまずこの場所を『リベリスタ達に突破させる』のが目的だった。 「つまらん、木偶風情が」 アーティファクト『蝮の尾』を手にした咬兵の拳が正面の砂人形の頭を吹き飛ばす。 殆ど同時に左右から新たに現れた砂人形達が彼に掴みかかろうと試みるが、そんなもの『相模の蝮』に通用する筈も無い。 (期待してるぜ、リベリスタ……) 素早く動いた瞬間に痛んだ右足にちらりと視線を投げて咬兵は内心だけで呟いた。 相良雪花――彼にとってはお嬢である――という人質が居る以上、彼が彼自身の力を以って砂蛇との決戦に挑むのは愚策と言えた。元より彼が一階の露払いを買って出たのは、ほぼ同時に動き出したリベリスタ達が予定通りに一階を突破した以上は砂蛇とて階下(した)に構う余裕も心算も無いと考えての事である。事実ここまで、上の戦況は知れないが――一階の戦闘に敵からのちょっかいは入っていない。 「チッ……!」 新手の砂人形から繰り出された豪腕での一撃を舌打ちした蝮原は乱暴に薙ぎ払う。反動に傷んだ膝が僅かに震えた。 何せ敵の数は味方に十倍する。陣形を構え、壁を背に戦う形を整えた蝮原達だったが床から喰らった爆裂のような罠の類が何処に潜んでいるか分からない。たかが三分に満たない戦いに自然と陣形は乱され、先程から状況は完全に乱戦めいていた。 「若頭、出すぎです。少し退いて下さい!」 とは、言え。部下の声色の変化が彼にとっては鬱陶しかった。 「誰に、モノを言ってやがる」 咬兵の吐き出した息に生臭いモノが混じっていた。 全身の肌をひりつかせる独特の感覚は、死地特有の匂いを帯びている。 『望む所なのだ、こんなもの』は。初めから! ――なァ、咬兵。オマエ、俺と一緒に来るか? 出会いは――ぎらぎらと太陽の照り付ける暑い日の出来事だった。 逆光に良く見えなかった恩人の顔。節くれだった大きな手がクソチンピラの頭の上に乗った瞬間を今でも鮮明に覚えていた。 日本一の極道と駆け抜けた、長いようで短い時間。関東一の武闘派と呼ばれた若い、頃。 (思えば、遠くまで来たモンですねェ――) 鼓膜の奥にこびり付く懐かしい声に瞳をギラギラと輝かせ、咬兵は口元に笑みを浮かべた。 スローモーションのように動く木偶共をかわし、千切り、またかわす。 背負ったモノの数だけ錆び付いた動きが鋭く、鋭く、研ぎ澄まされる感覚を彼は覚えていた。 彼は与り知らぬ事だが砂蛇は負傷した蝮をして「時間の問題だ」と呟いた。しかし、それは果たして正解だったかどうか。 リベリスタ達を信頼して『お嬢』を任せた以上、今の彼は――『相模の蝮』と恐れられた全盛期に彼に違いない。 「懐かしいな、マムシ! それを出すか!」 攻めて、攻めて、攻めまくる。次々と砂人形を打ち壊す咬兵の『荒覇吐(あらはばき)』に九条は口の端を吊り上げていた。 突出する彼をフォローするようにその背を守るのは蘭子である。 (秘して花、燃えてこそ花、山楝蛇――!) 元より勝ち気で攻め手を得手とする彼女だが、極道の女は尽くすのだ。尽くすついでに強いのだ。 「ついてく旦那を死なせちゃあ、山楝蛇蘭子の名が廃る!」 惚れた旦那をついてく旦那と言い換えて、傷付きながらも彼女は止める。怒涛の如き攻めを、度重なる爆発を。 戦いは僅か三分に満たない出来事。猛烈な勢いで砂人形を崩しながらも、猛烈な勢いで傷付き命をすり減らす長く短い時間の出来事。 「加藤、伊東ォ――!」 一人、又一人と吹き飛ばされ抜けていく戦力。叫んでも怯まない。怯まず動く敵を一つ残らず叩き潰さんと蝮隊は暴れ回る。 そんな、どう転ぶかも分からない、運命削り合うかのような戦いの中に一石を投じたのは―― 「――勝手に死にかけてんじゃねぇよ」 ●リベリスタ! ――投じたのは一声。 「全員無事で、勝って帰る。何が有ろうと、絶対にだ。それに――お前等を含まない法は無いだろう?」 仁蝮組の西尾を追い詰めかかった砂人形の一体を疾風怒濤の一撃で斬り倒した『復讐者』雪白 凍夜(BNE000889)の白刃だった。 「あんたが言い出した条件だぜ。責任は取って貰わないと、な」 性根よりは随分悪ぶった笑みで口元を吊り上げて凍夜は続けた。 広々としたフロアに満ちる砂の波を掻き分け、切り裂く錐の如く。乱戦の場に飛び込んできたのは彼だけでは無い。 「大切な人を守りたい、その気持ちにリベリスタもフィクサードもない。 蝮原さん、九条さん、蘭子さん、仁蝮組の皆さん。わたしは、あなた達を信じます。信じています。 なればこそ――ただそれだけで今は十分。戦場ヶ原舞姫、推して参る!」 立ち塞がる者あらば、これを斬れ。『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)の刃には僅かばかりの曇りも無く。 「辛そうだな咬兵。助けにきたぜ」 同じ元極道で十三の娘を持つ男としては――己が境遇と我が身が被る部分も大きいのか。死なせてなるかと駆けつけた『自称・雷音の夫』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)が有無は言わせず、荒れた戦陣の中に潜り込んだ。 「俺達は散歩の途中『たまたま』通りかかったんだ。 で、まぁ。楽しそうなことしてるじゃねぇか? ちょいと、オレ達も混ぜてもらうぜ!」 対照的にクールに言ったラキ・レヴィナス(BNE000216)のピンポイントが敵一体の胸を穿ち、 「怖いけど……今日は負けないから!」 新手の影に集まりかけた砂人形達の中央に踏み込んだ『臆病ワンコ』金原・文(BNE000833)が踊るように両手に備えた刃を振るう。 「……時村の……食えねェ男だ」 リベリスタ達の数は合わせて十人。当然、それは蝮が死力を尽くして見送った本隊の面々とはまた違う顔である。 予期せぬ援軍の出現に一瞬面食らったかのような咬兵だったがその表情は一瞬後には苦笑いへと変わっていた。 彼はこの短い時間であの秀才が何を考えたのかを理解したのだろう。 しかし、今更だ。作戦の前ならば難色を示したかも知れないが、こうなった以上は何より心強い友軍の出現である事には疑いが無い。 「顔を合わせるのは初めて、かな。任せといて!」 「お前は……」 咬兵は聞き覚えのある声に僅かな反応を示した。 『だんまく☆しすたぁ』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)と彼のコンタクトは時村邸の電話越し。 彼女とて、リベリスタとて。事件への因縁は伊達では無いのだ。場に急行する為に出来る事は全てやった心算。 「砂蛇との決着は……本隊の皆に任せて。ちょっと悔しいけど、別の形でぎゃふんと言わせてやらないとね」 虎美のイーグルアイと透視は建物の外からでもパーティに進むべき道を教えていた。 「私には敵の数が多いこっちの方が向いてるし、ね」 咬兵と同じ二丁拳銃の乱射は距離をおいた位置からでも視界内に在る敵達を次々と撃ち抜き砂塵を散らす。 「室長は思ったより『男の子』よねぇ」 虎美に少し遅れて連動するようにその手に備えた砲を怯んだ敵に向けたのは『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)だった。 「出し惜しみは無しで行くわよ。ある意味で、こんなに分かり易い的も中々居ないわ――」 強烈な反動に女の足が突っ張った。見た目程には冷めていない、それでも冷笑癖を隠さない――エナーシアの繰り出した渾身の弾幕は、彼女の意図を察してか、素晴らしい精度で砂人形達に穴を開けた。 「まだまだ! リロードでおかわりね!」 アームキャノンががちゃんと音を立て、次の弾丸を装填する。 熱を帯びた砲身は更に大量の弾幕を敵陣へと吐き出した。 「お掃除捗ってるかしら? もう少し手伝ってあげても構わないけど――」 涼しげに吐き出された少し皮肉なその声は、彼女一流の美学主義。 貫通力のみを期待した陣は彼女達の弾幕の力もあり、先鋭として道を切り開いた虎鐵、舞姫、凍夜、『不退転火薬庫』宮部乃宮 火車(BNE001845)等の活躍もあり十分に機能したと言えた。 「突出し過ぎんな、焦んなよ。俺達が崩れちゃ元も子もねえ!」 凍夜の指示が鋭く飛んだ。 結果として最短時間でこの場に合流する事に成功したパーティは突入時、錐の形を取った陣形を応変に操り半円の形を取るようにして傷んだ蝮原隊を効率的にフォローしながら戦闘を継続する形を整えていた。 そして、当然ながら――パーティの訪れがもたらした恩恵は火力の追加ばかりでは無い。 二人に代わるように『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス、エリス・トワイニングが存在感を示す。 「しっかりして、もう大丈夫だからね!」 道中は錐の中程でフレアバーストを解き放ち敵を切り分けたウェスティアがこの局面では天使の歌を紡ぎ出す。 「数だけは多いんだから……」 未だ大して減らぬ敵の軍勢に小さく呟く。 彼女の対応力が長丁場を確実とするこの戦場でどれだけの威力を発揮するかは言うまでも無いだろう。 「……蝮原咬兵の事……良く知らない。 ……でも……普通の女の子を……人質にとることは……許せない」 ぽつり、ぽつりと言葉を漏らす何時もの調子はここも変わらず。しかし声に僅かばかりの熱を込めたエリスは傷付いた『仲間達』をじっと見つめた。 「……この手助けをすることは……嫌じゃない。 先に行った……助けに行った人達の……安全をここで確保する」 小柄な少女の開いたグリモアールは場に大きな活力を与えていた。 傷付いた仁蝮組の構成員達が、九条が、蘭子が、咬兵にとってこの支援は砂漠に落ちた雨粒のようなもの。 「九条、蘭子! それにお前等! リベリスタ共を計算に入れ直しだ! 死ぬような喧嘩じゃねぇぞ! 粘り強く行け!」 蝮原の檄に面々から「応!」の声が上がる。 戦いの趨勢はそれを再度傾けたリベリスタ達の出現により大きな転換点を迎えようとしていた。 「蝮さん、こいつら――どう動くか分かる?」 「リベリスタ! 固まり過ぎるなよ、砂蛇のヤツ――固まった的に自爆する命令を仕込んでやがる!」 「やっぱりね。ありがとっ!」 情報を共有したウェスティアは、リベリスタ達は声に応える。 砂が散る。 爆風が頬を撫でる。 一瞬前までと敵の数は大して変わってはいない。厳しい状況には違いない。 だが、それでも――蝮原隊の面々の覚悟と戦意が別の方向を向いている。 死んでも倒す、では無く、砂蛇如きに命をやるまい――そんな決意に変わっていた。 それはこの戦場を共有する彼等が本当の意味で信頼関係を結べた事実に違いあるまい。 「悪かねえ……こういうのは悪かねえよなあ?」 その獰猛さを隠さずに一撃で熱砂を灼いた火車が不敵に笑った。 わらわらと集まり出す砂人形達の顔の一つ一つを睨みつけ、 「因縁を終わらせに行った奴等が居る。 暴れて来いっツー号令出した奴が居る。 いいよなぁ、最高だ。お前等、山程ぶっ壊せると思うと流石に滾るぜェ……!」 ガンガンとガントレットを打ち合わせた彼は見栄を切った。 「さぁ、かかって来い! ゴミ人形のガラクタ共っ!」 広い戦場に山のような敵。例え多くの仲間達が居たとしても相手に困る事は無い。 火車と同じように各々の戦いは続く。 「お前は俺に良く似てるんだよ」 背を預ける格好になった咬兵に虎鐵は言った。 無骨な太刀で大立ち回りを繰り広げながら、自身も傷付きながらそれでも闘志を些かも衰えさせる事は無く。 「守るべき存在が居て――見栄を張れるから任侠者だ。 同じ道を歩いた『先輩』として助けてやりてぇって思うんだよ――」 砂人形を縦に割った虎鐵は年上の咬兵に敢えて『先輩』の表現を使っていた。 これを越えて蝮は何処に行くのだろうか。彼の中にはその答えがあった。自身が同じであったが故に疑う意味も無い一つの答えが。 「――本隊には息子も居る事だしな。父親が、頑張らない訳には行かねぇだろ?」 「ああ、全く……やり難い奴等だぜ」 呆れたような咬兵の声にはしかし嫌悪感は含まれていない。 飛び込んできた砂人形の炸裂に対して、彼は虎鐵を庇うように身を挺した。 「――見縊るなよ、リベリスタ。借りておく程、安い男じゃねぇんだよ」 「おっと、バテるには早いんじゃねぇか?」 そして、長く続く戦いを底から支えようと奮闘するのはラキだった。 彼が持つインスタントチャージは主に消耗の深い蝮原隊の主力、咬兵本人や蘭子、九条を良く助けていた。 さしもの彼等も囲まれれば大技を放たざるを得ない。枯渇しかけた気力を強力に支援する彼の存在は戦いの中で一つの楔になっている。 「蝮さんよ、持ってんだろ。見せてくれよ、関東にその人ありと謳われた――『相模の蝮』の暴れっぷりってヤツをよ!」 次々と軽快なるラキの言葉は気負う蝮を気遣ってのモノでもあった。 同時にもう一つ、彼には思惑が存在していた。 その身に力を巡らせた咬兵が迸る無数の蛇の如き覇気で目前の敵を飲み込んだ。 ひらめきは突然。届かぬ時は決して届かずとも、奇跡が起きるならば余りに容易い。 「――成る程、ああ。こんな風にか」 続くのはラキ。威力、精度こそ蝮原当人のものには劣るがその動きはまさに、 「おいおい……マジかよ」 仁蝮組の松川が驚きの声を上げる程度には『相模の蝮』を模倣していた。 ●砂塵へ還れ! 木っ端微塵の砂人形。寄せては返す砂の波。 戦いは続く。如何に戦力を増したとしても、敵の数は多く。人間である以上、どれ程の技量を備えてもその消耗は否めない。 「誰にでも守りたいものはあるわ。ねぇ、そうでしょう?」 傷み始めた前衛をフォローする為にエナーシアが前に出た。 繰り出される砂の手足が彼女を強かに叩くも、 「一ゾロ降る度経験点貰ってたら、今頃無双してると思うのよ、こいつ等位」 言葉とは裏腹に正確な狙撃が敵を叩いた。彼女の消耗は重いが気力は萎えていなかった。 声を掛けた九条が冷静さを発揮して、すかさず彼女の危急を救う。 「戦いの才能なんざこれっぽっちも無いんでな。ま、弱者の知恵って奴さ」 凍夜の戦い方は実に効率的なものだった。 広い視野で戦場全体をカバーしながら、壊れかけを通常攻撃で崩していく。 それなりの戦力ではあるが所詮格下の砂人形が相手である。後衛の弾幕の撃ち漏らしを素早く破壊する彼の動きは長い戦いを覚悟したそれだった。 「舐めんな、こちとら二千人以上の誇り、背負ってんだ 手も足もある、目も見える、こんな程度で死んでられるか――!」 炸裂する爆音に意識が飛び掛った。それでも彼は起き上がる。 咬兵を、仲間を死なせてなるものかと幾度も立ち上がり、盾となる。剣となる。 (わたしは、二つを繋ぐ鎹。絶対に折れないし、倒れない。 いつか二つが一つになれると、信じて――) 舞姫の金色のポニーテールが熱砂の風に揺れていた。 疾風の如く避けては斬り、斬っては退がる。 既に乱れてはいたがリベリスタ達と蝮原隊の中程に陣取って刃の風で敵を巻く彼女はリベリスタとフィクサードという本来相容れない存在同士の連携が見違える程良くなっている事の証左となった。 「はっ――!」 瞬時に三閃。裂帛の気合を込めた残影の剣戟に揺れる砂人形。 それでも彼女に向かってきたしぶとい一体の頭を、 「しっかりしろよ、リベリスタ!」 にやりと笑った山田が吹き飛ばした。 「ありがとうございます!」と笑った彼女に彼は「よせよ」と素っ気無い。 だが、潤滑を増した連携が戦闘を滑らかなものに変え始めているのは明白だった。 (蘭子さんは、二度戦って……互いにフェイトがなければ死んでいた所までやりあった) 歯を食いしばり痛みに耐え、絶え間なく襲い来る死の危険に耐え続ける。 ――だからこそ、言える。 わたしは蘭子さんに背中を預けられる。わたしも蘭子さんの背中を守りたいって、思う―― 文の敵を蘭子が叩く。蘭子を狙った死角の敵を文のブラックジャックが打ち砕いた。 「あたしは敵も味方も多い程『得意』なんだけど――」 少し場違いな小さな笑みが蘭子に浮かぶ。 「――やるねぇ、あんたも」 そんな彼女に文はぎこちなく笑みを返した。 「今あなたは、大事な人を泣かせないために戦っているんでしょう? わたしも、きっと同じだから」 戦いは続く。終わらない。 絶叫と共に倒された筈の―― 「あいつらが上で戦ってんだ……死んでられっかあぁ!」 ――火車がドラマティックに起き上がる。 逆境こそ、彼の戦場。ドラマこそ、彼の信条。 折れぬ限り敗れる事は無いその確信は満身創痍の彼に澱み無く新たな力を与えていた。 「徹底的に虱っ潰しにしてやる! 徹底的になぁ! 俺は――」 業火を纏う彼の拳が砂人形の腹を貫き、砂さえも消し炭へと変えていた。 「――何が何でもヤルんだよ……勝つまではなあ!」 誰がこんな光景を予想しただろう。 二陣営に分かれ戦っていた筈の敵同士が、まさに一つの目標に向かっている。 万華鏡さえ予測し得ない――人同士の織り成す奇跡は、まさにこの戦場の光明に違いあるまい。 「へ、倒れる訳にはいかねぇんでな。これから仲間になる奴の為にもな!」 運命を燃やして虎鐵が吠える。 「こんな所で……お兄ちゃんとちゃんと帰るって約束したんだから!」 倒れた虎美がフェイトを糧に戦いへ戻る。 日頃の態度も何処へやら。脳裏に兄の――少し間の抜けた――笑顔を描けば彼女はまだまだ戦えた。 「行くよっ!」 光の尾を引く弾丸が複数、目前の砂人形を撃ち抜いた。 彼等は立場こそ違えど信じているのだ。 上へ行ったリベリスタがあの砂蛇を討ち果たすだろうと。必ず、やってくれるだろうと。 「簡単に自爆なんてさせないよ」 呪を紡ぐは可憐なる唇。 たおやかなる指先が魔術書をめくる。黒翼が小さくはためく。 ウェスティアの赤い双眸が見切った砂人形の動きを食い止めた。 「これで――落とすっ!」 宙空に生まれた赤い魔方陣より炎の舌が伸びて炸裂した。 余波に揺れる彼女の銀色の髪は火の朱色を映して赤く揺れる。 「はぁ、はぁ、はぁ、は――」 上がる息、乱れる呼吸は誰のものとも知れない。 隠せない消耗を必死で支えるのは――ある意味で一番の貢献を果たしているのは一人の少女だ。 「……まだまだ……やれる……」 決して突出はせず、ウェスティアと連携して戦線を支えるのはホーリーメイガスのエリスだった。 マナサイクルという継戦手段の存在はラキと並んでパーティが戦いを続ける為の生命線となっていた。 ――……お願い、頑張って……―― 清かなる福音は少女の呼び声に応えてのものだろう。 幾度も、幾度も。戦場に傷痍の歌が響き渡る。 戦え、戦えと。敗れるな、敗れざる者達よと。 力強く呼びかけるエリスの戦いは、敵を倒す事では無く味方を癒す事で続いていた。 終わらない。 終わらない。 終わらない。 終わらない、けれど――それでも! 望む未来(さき)には後どれ位の血が必要だろう。 どれ程の苦難を踏み倒し、どれ程の死を掻い潜らねばならぬだろう。 その答えを明白に知る者はこの場に一人たりとも存在はしなかった。 されど、彼等が確率の中から最も良い結末を掬うのは掬ったのは奇跡では無い。 「拙者の名前は鬼蔭虎鐵、元は任侠者でござった。これからはよろしくでござるよ」 馬鹿馬鹿しい程の今更で、『何時もの口調』に戻った虎鐵が咬兵に右手を差し出したのは、 「……あァ。蝮原、咬兵だ。変な縁になったが……悪かった。それと有難う、な」 不器用な蝮が罰が悪そうにその手を取ったのは、安直な奇跡等に頼らぬリベリスタ達が為した功績だった。 朽ちたビルが熱砂に塗れて崩れていく。 黄咬砂蛇なる男の最後の意地で、この俺の死に面、貴様等に晒すまいと。 彼等が信じた上階(うえ)の仲間は、上階(うえ)の信じた彼等によって生かされたのだ。 ――決着の、時。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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