●機銃領域 “準備の程は如何です、ヴィルヘルム軍曹” 「どーもこーもねえよカール、何この地味な作業。突入警戒? 俺じゃなくても良くね?」 三池公園パークセンター。 園内の管理施設が集中するこのガラス張りの建物は、三池公園内のインフラの中枢であると言える。 電子設備などを持ち込むならこの周辺が最も適しており、離れれば離れる程困難になって行く。 其処に居を構える『狂犬番』カール・ブロックマイアーの平坦な電子音に対し、 『極緻猟兵』ヘルムート・フォン・ヴィルヘルムの声には如何にも覇気が無い。 それもそうだろう。北欧生まれの北欧育ちに日本の夏は余りにも酷と言う物。 生粋の兵士であればともかく、高々数十年前に鉄十字に転んだ“若造”では愚痴の一つも漏れる。 しかしでは、何故そんな彼がこの公園に残されているのかと言えば答えは易い。 “貴方以外誰がそんな物をまともに使いこなせると言うんです” 通信機からも露骨に分かるそれ、と言う呆れた様な指示代名詞。 市民の憩いの場として造られたパークセンターの直ぐ隣に設けられた即席のプレハブ。 押せば崩れそうな其処に設置されたのは、無茶な強化を施された“軍用ヘリコプターの機銃”である。 攻撃射程半径200m円周。 複雑怪奇な機器、及び回収されたコックピットと接続されたその建築物は、 設置式の地上掃射砲と呼んで些かの間違いも無い鉄の球体である。 それがパークセンターを中心として正門均衡、及び丘の上までの広大な敷地を射程圏に収めている。 破損した軍用ヘリのパーツをその場で防衛兵器に転用しようと考えたのは『狂犬番』のアイディアだ。 これにより守りに難く攻めに易い“だだっ広いだけの芝生”と言う、 軍事拠点として見た場合の一大ウィークポイントは大凡網羅出来たと言って良い。 その装置が――この、不真面目を絵に描いた様な男以外誰も十全に使いこなせないと言う点を除けば、だが。 「空からの掃射とは違うんだぜ、こんなん敵も味方も見分けつくかっての」 “むしろそれをいきなり実用段階に持っていける貴方が異常なんですけどね” 空中からの支援掃射と地上からの対地対空掃射はコツがまるで違う。 航空兵がいきなり装甲車両に乗り込んで狙い通り獲物を射抜けるか。と考えれば到底不可能だろう。 それを“狙って撃つだけならヘリと一緒”と言ってのける事が異能である事は、言うまでも無い。 「つか、お前さんとこの上官は」 “良いですかヴィルヘルム軍曹。現状予測される次の方舟の動きは逆撃であり、つまり防衛戦です” 拠点を守る。その用途に関して彼。『狂犬番』の上官に当たる人間。 『鉄錆雷光』ヴェンツェル・アイゼンベルクが如何に役に立たないかは態々言及するまでもない。 闘牛を1中隊用意して敵陣を突破するのは容易い。 だが同じ編成で拠点を防れと言われたら多くの将官は匙を投げる。 物事にはどうしようもない適材適所という物がある。『鉄錆雷光』とはつまり“猛牛(それ)”なのだ。 「……貧乏籤だ」 “言っても詮無い話かと。改めて上官として聞きます。準備の程は如何です、ヴィルヘルム軍曹” 「Jowohl、問題ねえよ。いつでも好きなだけ迷子の劣等共をかっ攫ってやるさ」 それは鉄と火薬に彩られた――銃弾と言う名の黒い森。 ●決戦前夜 「お集まり頂きありがとうございます。まず、本作戦概要を説明します」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)がモニターのスイッチを入れる。 表示されるのは言わずと知れた神奈川県立三ツ池公園。 かつてアークが守ろうとし、そして退かざるを得なかった因縁の地である。 「以前の戦いより三ツ池公園を制圧した『親衛隊』は神秘的特異点である『穴』を利用して 革醒新兵器の強化、及び新たな活動に着手しつつ有ります。 先日の洗脳電波――通称雷神<Donnergott>作戦の一件は御存知の方も少なくは無いでしょう」 状況は刻一刻と悪化の一途を辿っている。このまま傍観していては取り返しが付かなくなる。 その上に問題はそれだけではない。『魔神王』キース・ソロモンの来日と宣戦布告。 時間的猶予は、もうまるで無い。 「乾坤一擲に動く以外、選択肢が無いと言うのが正直な所です」 其処に来て、『戦略司令室長』時村沙織(nBNE000500)が打った手はある意味でシンプルだ。 目には目を、牙には牙を。まず交渉で以って主流七派の筆頭、『逆凪』の動きを封じると、 先に『親衛隊』が用いた手法。即ち『守るべきものを多く持つ』アークの惰弱性を突く と言う戦術をそのままやり返す。正に意趣返しを絵に描いた様な“戦略家”時村沙織の本領である。 「今回アークは、敵本拠地と目される軍事工場群、及び三ツ池公園の同時攻撃を行います。 厳密には、公園奪還の大作戦を陽動に手薄になった本拠を制圧――」 先の戦い、『親衛隊』は明らかにアークを舐めてかかっていた。 それは彼らの攻略目標があくまで三ツ池公園の『閉じない穴』で有った事からも明らかだ。 対して、アークの側にそんなゆとりは一切存在しない。元より世界最悪と事を構えているのだ。 手法こそ意趣返しであるが、彼らの戦略目標はより苛烈の一言に尽きる。 「――その上で、『親衛隊』首脳陣の撃破を行います」 和泉の言葉をして撃破と告げる。その一点にかかる過負荷は今更言うまでも無い。 だが、それでも成し遂げなくてはならない。退路は既に無く、時間も無い。 『猟犬』の頭を潰す事。これを果たさずして、勝利は決して無いのだから。 「それでは、ここからブリーフィングを開始します。 今回集まって頂いた皆さんには、陽動である三ツ池公園攻略をお願いします」 其処に来て、続く陽動側で在ると言う言葉に気が抜ける者がどれ程居るか。 そしてもう一つ。その場に集められた人数の“不自然な多さ”が奇妙な違和感を植え付ける。 「攻略目標は、三池公園パークセンター。此処に設置された極めて厄介な革醒新兵器です」 続いて表示されるのは、黒い球体だ。 其処には馬鹿馬鹿しいサイズの機銃が据え付けられており、明らかに対人兵器でない事を示している。 「地上掃射砲、識別名“Schwarz strom”攻撃射程最長半径200m円周、最短30m」 モニター内に表示された数値に、集められたリベリスタの凡そ半数が息を飲む。 「はい、この兵器に“撃たれず近付く事は不可能”です」 続く和泉の残酷極まる発言に、戦い慣れしていないのだろう。数名のリベリスタが口元を抑える。 それでもこれを攻略しなければいけない。でなければ、正門は元より“閉じない穴”に近付けない。 いや、そればかりかその広大な射程圏が他の作戦に悪影響を及ぼす可能性が極めて高い。 「これの破壊が、任務の成功条件となります」 だが。其処に辿り着くまで一体どれだけの被害が出る物か。 「幸い、この兵器の近辺に敵兵士の姿は確認されませんでした――唯2人を除いて」 一人は当然の様に、兵器の操縦者。『極緻猟兵』ヘルムート・フォン・ヴィルヘルム軍曹。 そしてもう一人がその兵器が設置された施設、パークセンターの管理棟で情報管制を行っているらしい。 『狂犬番』カール・ブロックマイアー上級曹長。 「この両名……いえ、せめて1名でも撃破出来れば、戦況は大きく前進する事が期待出来ます」 その為に、数を集めた。決死隊として召集されたリベリスタは計20名。 内凡そ半数が、一流と呼ばれるには到底足りない者達である事には目を瞑らざるを得ない。 この戦いはアークの浮沈を占うだけではなく、世界平和をすら担う一戦なのだ。 「皆さんの健闘を……いえ」 真面目であり、控えめである筈の和泉が頭を振る。それでは駄目だと、見送る者の責務として。 「どうか、勝利を」 ●狂犬番の方程式 「やはりおかしい。これにクリスティナ中尉が気付いていない筈が……」 パークセンター内の通信設備を操作しながら、けれど『狂犬番』カール・ブロックマイアーは一人ごちる。 唯でさえ数に劣る鉄十字の猟犬が、事実こうして分散してしまっている現状を。 先の三ツ池公園攻略戦、彼らは勝利した。予定より被害は出た物の勝利に違いはない。しかし――だ。 戦術的勝利は戦略的勝利を覆し得ない。幾つ拠点を落とそうが、首脳が喪われれば求心力は消滅する。 それはかつての世界大戦で散々思い知った事象の筈だ。 未だ戦う余力を残しながら、総統無き第三帝国は第三帝国足り得なかった。 であるならば、主無き猟犬は猟犬足り得るかと問われれば――否だ。 方舟にはまだ十分な余力がある。削りが足りない。消耗が足りない。被害が足りない。 その上でゲリラ戦に長ける猟犬が拠点に縛られている状況。これは、全く以って“良くない”戦況である。 それに一体、果たしてどれだけの人間が気付いているか―― 「場合によっては、余力を残して撤収の必要も……」 『狂犬番』は脳内の方程式を弾く。全ては彼が忠誠を誓う、唯一人の主の為に。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年08月07日(水)22:44 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●何時かの夕暮れ 「やっぱパネェわ。御厨先輩マジ生き急いでるよな」 「それ言うならツァインさんや守護神だって大したもんなんだぜ。 やっぱ誰かを護る為に前に立つって格好良いよなあ」 「いやないわー。時代は飛び道具だよ飛び道具」 「こないだの猟犬との狙撃対決凄かったみたいだぜ。一撃必中は男の浪漫だよなあ」 「あら、別に狙撃イコール男の世界じゃないわよ。ガーネット先輩だって居るんだし」 「あ、富永さん御疲れ様でーす。お仕事帰りですか?」 「ちょ、誰かーっ! 星川さんまた重傷負って返って来たー、手空きのホリメ来てーっ!」 「あー……重傷かあ……」 「やっぱ頑丈でも怪我負い過ぎると死ぬんだよな」 「当たり前だろ、今更」 「……死にたくないよねえ」 「でもそれが俺達の仕事じゃん。違うか?」 「それは……そうだけどさ」 「……逃げてえー」 「そんな事言って、あなたも志願組でしょう」 「だって指令から直接頼まれたんだぜ、断れねーべ」 「義理や人情じゃ死ねないっしょ」 「そりゃさ、死にたくないよ。でもさあ」 「皆ボロボロですもん。魔神王の期日も迫ってる」 「逃げらんないよね。あーあ、あたしもここまでかー」 「やめろよそういうの。きっちり仕事果たしてさ」 「皆一緒に帰ってまた騒ごうぜ」 ●決死行軍 ――一人ずつ名を呼び、顔を確かめ、言葉を切る。 「僕達は誇りをもってこの戦いに挑むんだ。君達の力も期待してる」 各人の表情は、見て分かる程に堅い。当たり前だろう。何故かと問う事すらナンセンスだ。 『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)が拳を握る。 強く、強く、握り締める。その痛みを忘れぬ様に。その欺瞞を忘れぬ様に。 「力、を貸して……共に、いこう」 『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ)』星川・天乃(BNE000016)が後を継ぐ。 戦う事に全てを賭す彼女をして、その言葉は稀有極まる。 死線を求め闘争に踊る、彼女の生き方は余りにも一方通行だ。 自発的に助力を求めあt事などこれまで一体幾ら有った物か。 それを押して尚紡いだ鼓舞の言葉に幾人かの、少年と言って良い歳の男達が小さく頷く。 「あの、」 そこに、真面目そうな風貌の少女が手を挙げる。視線が揺らぎ、一所に落ち着かない。 「えっと、今回の、作戦は――」 「進む、其れしかない。俺達は僅かばかりの時間と距離を稼ぐだけの唯の駒だ」 『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)の言葉に少女の瞳が大きく揺れる。 この戦場は、シンプルだ。目標を壊せば勝ち。全滅すれば、負け。 当然全滅、と言う語意には死が内包される。文字通りの決死行軍だ。一度踏み出せば退路は無い。 「ならば完遂してみせつけてやろう、凡骨にも意地が在ると」 つまりは“ここで死ね”と言っているに等しいその言葉を、紡ぐ喜平は揺るがない。 奥歯を噛み締めた少女が、喉の奥から「はい」の言葉を搾り出す。 覚悟を、固めてやって来た。彼ら、彼女ら12名は、けれど。 一歩踏み込めば死ぬと言う瞬間まで冷静で居られる筈も無く、そしてそれが当然ですらある。 (覚悟があろうが。なかろうが。人は死ぬ) 『Type:Fafnir』紅涙・いりす(BNE004136)の呟きは、余りにも非情な事実だ。 けれどだからこそ、敢えてそれを示す事無く。代わりに見回し告げるのは別の言葉。 「――任せておけ」 それを聞いて、幾人かの震えが止まった。 視線を合わせて、口を横一文字に噛み締める。デュランダルの男が苦く笑った。 「我々は同じ過ちを繰り返すだけの亡霊とは違うのだ」 「死に物狂いで、殺しにいきましょう」 死と殺しが同平面上に並べられる残酷さに、日本戦史上最悪の強行軍を頭に浮かべながら、 『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)の光輪が夜闇を裂く様に光を放つ。 他方継いだ言葉は平坦に、けれど柘榴石の瞳には確かな火を灯し。 『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)が手に愛銃を顕現する。 時間的猶予は有る。各人がそれぞれ自らの神秘を身に纏う。 それが何の慰めにもならないと分かっていても、其々が其々の全力を尽くす。 「一発喰らってまだ動けるなら俺の後ろに下がって着いて来い、吶喊はダメだからな?」 ツァイン・ウォーレス(BNE001520)の掛けた言葉には、 彼と共に突撃を仕掛ける男女一組が瞬いては怪訝そうに眉を寄せる。 「役立たずって言ってんじゃねぇ、その一発で俺達が届かせるって言ってんだ。信じろよ」 その言葉は強く。同時にその強さが血塗れの道程で鍛えられた物で有る事を証明する。 頷く2人の眼差しに浮かんだ信頼を、面映く思ってかツァインもまた笑う。 「そろそろ時間だね、準備はイイかな? 覚悟はできたかな? それじゃあ皆さん、お待ちかね。懲罰ゲィムをイってみよう!」 『骸』黄桜 魅零(BNE003845)が明る過ぎる程明るい声を上げると、 集められた誰もが困った様に瞳を細めていた。 表情の堅かった幾人かも、口元を僅か苦い色に歪めていた。 「よし、武器出せ。景気付けやっとくぞ。恥ずかしがるなよっ」 ツァインが音頭を取る。掲げられた剣、槍、銃口、その種類こそ様々であれ。 一つだけ間違いの無い事は、彼は、彼女は、彼らは誰もがリベリスタだった。 世界を救う為に、命懸けでやって来た。 「数多の地より集いし剣よ 束ねて掲げ誓うは一つ 我等この地の守護者なり!」 「「「「「「応ッ!!」」」」」」 声と共に散開、目的地を中心に200m圏外同心円上9箇所に展開。 必要踏破距離は180m。順当に行ったなら9箇所が各1撃を被る計算である。 黒い嵐は物言わず座す。連絡を取り合わせた行軍タイミングまで、残3秒。 「3、2、1、ゴーッ!!」 魅零のハイテンションな声が響いてより5歩。爆ぜる様な音が連続して響く。 進行方向より左。その視界の端でまず、3人が蜂の巣の様になって死んだ。 ●奇獣領域 “ヴィルヘルム軍曹、応答願います” 「はいはいっと、照準良ーし」 “敵影確認出来ました、私見ですが半分以上雑兵です” 「そりゃ楽で結構。そんじゃ数減らし優先だな」 “いえ、20名中5名程が名簿に引っかかりました。 例の御厨夏栖斗含め、どうも内3名程は軍曹とかなり相性が悪い様です。 まず第一射は足止めを兼ねて雑兵掃討。続く二射は――” 戦いに慣れた者、死線を幾度も潜った者すらが、その一瞬言葉を喪った。 「足を止めるな、行けっ!」 絶句する2人を背に、喜平が声を上げた。 「……っ、前だ。僕らは、前に進むしかない」 夏栖斗が奥歯を噛み締めて、仲間と共に一歩分の距離を縮めた。 「届かせる、届かせてやる。絶対に。絶対にだっ!」 ツァインの声に2人が頷く。その瞳は、心は、けれども決して折れてなどいなかった。 (行ける……私の方が、速い) そんな決死線の上をレイチェルが駆ける。この場に於いてヘルムートを封殺し得る可能性。 命中と速度に長ける彼女が確信を深める。その動きは機銃の動きを大凡上回る。 距離さえ詰められたならそれは大きなアドバンテージだ。 けれど一方で、この場においてこの2人だけがエース級のペアであると言う事実。 そしてレイチェルの声望は、既に敵方に彼女の存在を知られるには十分であったと言う事情。 この2つの噛み合せが結論として、彼女にとっての不幸だった。 向けられる機銃の銃口、放たれる掃射。その精度は非情極まる。 「ッ――しまっ!」 その上で、本来この事態に備えていた筈の伊吹は一つ大きな見落としをしていた。 ヘルムートの射撃は確かにレイチェルよりは遅い。だが、“伊吹よりは速い”のだ。 両者の速度は余りにも離れ過ぎている。その上でレイチェルが全力移動をしたならば。 ノックバックと同じだ。彼は彼女を物理的に庇えない。 爆ぜる。血飛沫が血飛沫で上塗りされる。暴風に攫われた様に小柄な体躯が黒い森を踊る。 運命を削る、立ち上がる。だが、だが――彼我の距離は余りに遠い。 「レイ、無事か!?」 「これ……は……本当に、厄介な兵器ですね……」 こほ、と血を吐く。余力は無い。いや、このまま逃がしてはくれないだろう。 けれど、それでも。だとしても―― 「まだ、止まってなんていられない……!」 再度の射撃、伊吹がレイチェルを庇う。“もう誰一人くれてやるものか” その意志は貴く、その決意は強く。だが。 「――ああ、「思い」だけでは、圧倒的な力の差など埋めようがない」 瞳を伏せたいりすが呟く。一つの見落としが致命に至るが故の、死線。 2人の稼いだ時間は30秒。距離にして60m。だが、それは決して無駄ではない。 「案の定、次は小生か。いや――」 重苦しい音を立てて軋む銃口。それが既に見える距離に、黄金の餓竜は既に立っている。 距離を詰めるのが突出して速い。間違いなく、いりすは誰より早くこの射線の森を抜ける。 これを見逃す理由が無い。そして、それはむしろ。 「上等だ。そのために小生は「此処」にいる」 本懐と、牙を剥き出しに笑ってみせる。前へ、前へ、今はただ、前へ。 例え思いだけでは足りずとも。死兵の背を押すそれが想いでなくて何だと言うのか。 「命を惜しむな。刃が曇る」 鰐の様に、竜の様に、刃の様に。銃弾の雨に降られ、血線を引きながら駆ける。 駆ける。ただひたむきに。待ってろよ天才野郎。砲塔の次はお前だ。 後30秒も有ったなら、或いはその牙は『極緻猟兵』の喉元に喰い込んだろう。 膝が折れる。前のめりに倒れる。手が芝生を掻く。それでも尚―― 運命の歯車は加速しない。けれど、確かに時は動いたのだ。 「オオォォォァァァアアアッ!!!」 倒れていく。仲間達が。倒れていく。一体その内どれだけが逝っただろう。 「来いよ! この格好は伊達じゃねぇんだ! かかって来やがれっ!」 護れない。それがどれ程の苦痛か。祈りすら込めてツァインが叫ぶ。 「砲撃される事、そんなの当ったり前で解りきってるっ!」 見逃される事。無傷で駆け続けられる事。それが、苦しい。 「クソがッ! それで良い! 私はデコイで構わない! 祝福何て惜しくないっ!」 苦しくて苦しくて、視界が滲む。辿り着く為に駆けている。勝利する為に近付いている。 諦めの悪さが魅零の取り柄だ。けれどどんなに狂気を模倣しても、彼女の心は音も無く軋む。 「明日生きるのに希望を失くした事はあるか! 自分が売られる悲しみに途方に暮れた事はあるか! 温室育ちの箱入りが、外の世界を知らない癖して粋がってんじゃねえよ! こっちの凡人共はなあ、天才のクセして軍曹程度に甘んじてるお前の百倍も良い男共なんだっ!」 その思いが、背中を押すのだ。足を止めるなと、その命を、無駄にするなと。 けれど、残酷なまでに淡々と――砲塔は巡る。 この戦いに難しいことは無い、一歩でも遠く、一秒でも早く、進み稼ぐのが仕事。 だがそれをし続けるのが、どれだけ“難しいか”等、分かっていた。 「馬鹿、突出するなっ! 俺が――」 「馬鹿は喜平さんの方だろ、勝ちたくないんすかっ!」 砲口が向いているのだ。次の瞬間には射撃が来るのだ。 自分か彼らか、どちらが生き延びた方が勝ちが近付くか。分かっている。分かっていた。 そう。彼より20も若いだろう餓鬼の方が、分かっていたのだ。射線が奔る。轟音が地を揺らす。 体中に血が飛び散った。返り血で四肢が染まる。人型すら保っちゃいない。 「――畜、生」 未来があった筈だ。明日には、きっと自分より強くなる。そう思えた仲間達が死ぬ。 目の前で、護れたかもしれないのに。その犠牲を踏んで先へ進む。 「畜生、畜生、殺してやる。必ず、殺してやる――!!」 また20m、前へ進む。 ●想いの至る先 「やべ、雑兵共思った以上に邪魔だわ。おいカール、カ――ル」 距離、60m圏に敵影が10。残り二射で射抜けるとなると精々が後6名。 まるでゲーム感覚で額を抑えるヘルムート。その呼び掛けに無線機が反応を示す。 “どうしました、詰められそうですか” 「や、詰んだ。逃げても良いか?」 “……、はあ” 誰も一切矛先を向けなかったが為に、『狂犬番』の情報収集は順調に進んでいた。 結論は一つ。公園への侵攻は数の割に精鋭が少な過ぎる。 そしてもう一つ。彼の知る“アーク”は死兵を無駄撃ちする様な組織ではない。 偶々に、敵を劣等と断じない彼の精神性とアークの作戦が噛み合ってしまったと言う不運。 戦略視野を持つ職業軍人の、戦況判断は早い。 “――30秒稼いで下さい。拠点を奪われたと言う事にして撤収します” 「こういうのも、悪くない」 鋭敏化した五感が砲塔の動きを探知する。鋼の殺意が身を貫く。 天乃の口元が自然と絞られる。コックピット内の操縦者こそ見えない物の、動きは無駄が無い。 「被弾面積、を少なく……腕は、まあ……良いか」 奔った射線、音と火花が的確に彼女が一瞬前まで居た場所を射抜く。 けれど、一刹那の単位で砲口を見つめていた天乃の反応は早い。 前傾姿勢のまま真横へ転がる。射線が追う。予測通りの弾道軌道上。 残された左手が一瞬で血達磨にされて吹き飛ぶ。激しく流血するそれを残った右手で抑える。 重傷だ。即手当てが必要だろう。が――それよりも、凌ぎ切った事に浮かぶ凄絶な笑い。 「駆ける脚と、頭……さえあれば、食い……千切れる」 その言葉が、果たして届いたか。 「――いや、頭おかしいだろ」 ぞくりと、背筋に寒い物が走ったヘルムートが射線を変える。雑兵を、3騎狩り殺す。 それは逃げか。それは動揺か。いや、一射で祝福を削れなかった以上天乃の到着は確定だ。 であるなら、数減らしを優先するのは当然。合理的、その筈――なのだが、 「お待たせ……さあ、踊ろう」 慌ててコックピットから外に出たヘルムートの視界の中。 西より血塗れの戦姫が声を掛ける。 「人の痛みを知らねぇやつが……勝てると思うなよ」 その隣。北西より夏栖斗と決死隊2人。 「劣等と笑った事、泣いて謝れ糞餓鬼!」 「着いた……着いてやったぜ、畜生ッ!」 東より魅零、そして、真逆よりツァインと更に2人。――計、8名。 目標に辿り着いたのは僅か初期の5分の2だ。それ以外がどうなったのかと問う声は無い。 だがその内唯の一人も、誰一人、自らが踏み越えた屍の意味を見失って居ない事は明白だった。 無言で愛銃を構えるヘルムートの眼前に、夏栖斗が跳び出す。 「不器用な僕は真っ直ぐにしか進めない」 「何だそりゃ、銃弾の話か?」 「いいや――痛め付けられて、敗北を識って強くなろうとしてる、僕達の話だよっ!」 飛翔する蹴撃が突き刺さり、返る様に放たれる死神の魔弾。 炎の牙が穿たれると同時に、傷一つ無い軍服に灼熱色の仇花が、咲く。 「全力で駆け、撃たれ穿たれた……さあ、ここからは……殴りつける、番」 「可哀想だな天才ざまぁみろ! お前の天才を、こっちは努力と絆で上回ったんだ!!」 元が軍用ヘリの装甲だけあってか、黒い球体は頑丈だ。 4人の決死隊が幾ら攻撃を仕掛けようと、多少傷付きはする物の余りに時間が掛かり過ぎる。 天乃が鉄甲と共に気糸の奔流を叩き込み、魅零の無明が抉っても一朝一夕では壊れない。 けれど、それがどうしたと言うのか。執念が違う。想いが違う。 窮地となれば逃げる様な輩とは――覚悟の時点で、まるで比較にならない。 「この一刀はなぁ……全員で届かせてんだよぉぉぉ――ッ!!」 光を帯びたツァインの刃が突き刺さる。その叫びは、戦場の何処まで届いたか。 銃弾を受け続ける夏栖斗の体躯が朱に染まると共に、ヘルムートの傷も増えて行く。 そしてそれを倍する速度で、あれ程の威容と脅威を誇った“Schwarz strom”が壊れて行く。 “――施設の破壊が完了しました” そこに、響く電子音。 「チッ、何だよこりゃ。まるでスマートじゃねえ。ああくそっ、これだから極東の劣等は。 まるで猿じゃねぇか、やってられるか!」 「思い知れ、才能なんて薄っぺらいプライドでできることなんてたかが知れているんだよ!」 合図に合わせ、後方に飛び退るヘルムートに夏栖斗が更に追い縋る。 だが、それにより広がった視界。 コックピット破壊に専念する彼らを正確に射抜くなど『極緻猟兵』にとっては容易極まる。 「知るかばぁーか。まあ良い。どうせまた逢うだろうしよ」 白い羽根が舞う。純白の光が降り注ぐ。何事か、と瞠目した魅零が決死隊2人を押し伏せる。 「伏せて、何かヤバいっ!」 お人よしで恐がりな骸はその身を投げ打つ事を厭わない。 羽根がぺたりと落ちた地点。其処に引かれたのは真白の裂光。 立っていた4人がその光芒に吹き飛ばされ――そして、視界を取り戻した頃には。 黒い嵐を置き去りに、誰も、何も、居なくなっていた。 ●緊急電信 アルトマイヤー・ベーレンドルフ少尉に緊急連絡。 本隊は地上掃射砲“Schwarz strom”及びポイント、三池公園パークセンターを喪失。 この際方舟の工作員により通信手段を破壊された模様。 揮下部隊は敗残兵を再編の後、緊急処置として埼玉工場本部に合流を果たします。 Over―――――― |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|