● 六道羅刹は、何よりも己の“道”を重んじる。 それは善悪という概念を越えた――あらゆる理屈に優先される彼の根幹だ。 羅刹は“己の進む道に居ない”存在に対しては寛容、あるいは無関心であり。 同時に、“己の道を阻む”存在に対して容赦するということを知らない。 フィクサード主流七派『六道』の長たる男が抱えた逸脱とは、つまりそういうものだった。 だから。羅刹にとっては、本来「どうでも良い」ことではあったのだが―― 「首領自ら、大手をふって動ける機会はそうそうありませんからね。 折角ですから、我々は我々の道を往くのが得策でしょう」 進言する腹心――三毒知前の声に、羅刹は黙して思考に耽る。 刃の如く鋭く研ぎ澄まされた眼光は、どこまでも“己の道”のみを見据えていた。 ● アーク本部のブリーフィングルーム。 集まったリベリスタ達を見る『どうしようもない男』奥地 数史 (nBNE000224) の表情は、硬い。 蒼白に近い顔色で、彼は唾を呑み込み。そして、“絶望的な”話を切り出した。 「……主流七派の首領が動いた。連中は日本各地で、それぞれ行動を起こそうとしている」 フィクサード主流七派――日本国内における、代表的な7つのフィクサード組織。 長たる首領達は、いずれも極めて強大な力を誇るフィクサードだ。その実力は、常識では測れない。 そんな彼らが、同時に動き出すというのか。ブリーフィングルームに、戦慄が走る。 「皆には、北海道の大雪山系に向かってもらいたい。 その一角では、『六道羅刹』率いる『六道』のフィクサードが実験的な儀式を行っている。 ディメンションホールを人為的に開き、短期間の安定を図る――というな」 儀式が完成した場合、何が起こるかは想像に難くない。 束の間の安定を得たディメンションホールからは強力なアザーバイドが溢れ出し、大雪山系を中心に各地に散る。仮に人里に対する直接的被害を免れたとしても、崩界を促すアザーバイドが大量に闊歩するとあっては、アークとして到底見過ごせない事態だ。 「任務は『儀式の破壊』と、『ディメンションホールから漏れ出したアザーバイドの殲滅』。 ただし、今回は大人数のチームを編成する余裕はない。 ……ここに居るメンバーだけで、対応してもらわなきゃならないんだ」 苦渋に満ちた表情で声を絞り出した後、数史はだが――と続けた。 「たった一つだけ、幸運と言えることがある。 六道羅刹だが、彼は最初から戦線に加わるわけじゃない。 儀式開始直後にディメンションホールから飛び出したアザーバイドと、少し離れた場所で戦っている」 アザーバイド、識別名『ウィンディゴ』。 桁外れの力を持つがゆえに、儀式の妨げになると見なされた存在。 無論、六道の首領たる羅刹の敵ではないだろう。ただ、ほんの少しの間、彼の足を止める楔にはなり得る筈だ。 羅刹が合流するまでの僅かな時間。それが、リベリスタ達にとっての勝利の鍵。 「儀式側のリーダーは『三毒知前(みどく・ちさき)』という男だ。 羅刹の腹心として六道の実務面を支えている人物で、いわゆるデスクワークの専門家だな。 滅多に前線に出てこないが、腹心と呼ばれるに相応しい実力は持っている。侮れないぞ」 そして、知前の指揮で儀式陣を構築する六道フィクサードが6人。 「ジョブ構成やら、詳しいところは資料に纏めたが――ここは儀式に関わってくるところなんで、先にそっちを説明する」 今回、儀式の核を担うのは『道々の鍵』と呼ばれる宝珠型のアーティファクトだ。 儀式のスターターである“親”と、儀式陣に必要な6個の“子”で構成され、前者は知前が、後者は6人のフィクサードが1個ずつ所持している。 “子”を持つ6人で六角形の儀式陣を構築し、その中央にディメンションホールを開くわけだ。 「どんなに急いで現場に向かっても、儀式が完成して穴が安定するまでには2分半ほどの猶予しかない。 阻止するには、それまでに6個のうち4個の“子”を破壊すること。 知前が持つ“親”を壊しても、儀式は止まらないのでそこは注意してくれ」 6人のフィクサードは、儀式中に移動することはない。 ただ、儀式陣の配置によって各々が特殊な加護を得ているという。 「それぞれの位置には、皆から見て最奥の1点を“天”として、時計回りに“修羅”“餓鬼”“地獄”“畜生”“人”と名前がついている。 地点ごとの効果は、“天”だと『自分が受けたダメージと状態異常をそのまま攻撃手にも跳ね返す』といった具合だな」 加えて、ディメンションホールからは絶えずアザーバイドが溢れ出してくる。 『ウィンディゴ』には遠く及ばない個体ばかりだが、それはあくまでも比較すればの話だ。1匹たりとも逃せないことを考えると、かなり厄介だろう。 「凶暴というか好戦的な性質のやつが多いから、出てきていきなり逃げるということは考え難いけどな。 こいつらはアーティファクトを持つ六道のフィクサードを襲わないんで、こっちにとっては不利な要素になる」 現場は山の中だ。少し開けた場所なので傾斜はあまり気にしなくても良いが、『ウィンディゴ』が操る風雪が一帯を覆い尽くしている。視界や足場の対策を怠れば、まともに戦うどころではなくなるだろう。 「……言うまでもなく、厳しい任務になる。 六道羅刹と三毒知前については、判明していない情報も多い。 この苦境に、万全の状態で皆を送り出せないのは非常に心苦しいが――」 一瞬目を伏せた後、数史は顔を上げて。 「どうか。どうか――全員、無事に戻ってきてくれ」 真摯な表情で、彼は言葉を締め括った。 ● 知前が持つ『道々の鍵』が、六角形の儀式陣に力を注ぎ込む。 中央に開いたディメンションホールから飛び出したのは、全身を白い毛に覆われた巨人だった。 「門番のお出ましといったところでしょうか」 季節外れの氷雪が吹き荒れる嵐の中、慌てた様子もなく知前が呟く。 アーティファクトで御しきれないアザーバイドの出現は、事前に予想できたこと。 当然、その対応も定まっていた。 「儀式は主に任せる」 「了解致しました、羅刹様」 短いやり取りと同時に、羅刹が動く。 素足で雪を踏みしめた瞬間、彼は白き巨人に肉迫していた。 閃く足刀が、強烈な初撃を浴びせる。 “叩き斬られた”巨人の傷口から、しゅうしゅうと煙が上がった。 持ち前の再生力で自らを癒す巨人を、巧みに誘導しながら。 羅刹は己を睨む巨人の、肉食獣の如き瞳を見据えた。 「――来るが良い。主が道、我に示してみせよ」 何者をも寄せ付けぬ厳しさをもって、『六道を征く者』はただ、我が道を進む。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年07月03日(水)23:27 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 儀式陣の傍らに立つフィクサードの中で、最も早く気付いたのは彼だった。 「――“箱舟(アーク)”のご到着、ですか」 軽く視線を巡らせ、大きな鼻と比較すれば些か小さすぎる目を僅かに細める。 ここまでは、概ね予定通りだ。アークの精鋭で構成されるチームを遥か北の地に引き付けた時点で、目的の一つは達成したと言って良い。 とはいえ、折角ここまで来たからには相応の成果は欲しいところだ。 白き巨人と一騎打ちを繰り広げる主を顧みて、彼は独りごちる。 「できれば、あの方の手を煩わせることなく終わりたいものです」 主の進む“道”に“箱舟”は居ない。彼は、それを誰よりも熟知していた。 ● 叩き付けるような強風とともに、季節外れの六花が視界を白く染める。 分厚い氷雪のヴェール越しに、光り輝く六角形の儀式陣が見えた。 この場の誰よりも速く動いた『黒耀瞬神光九尾』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)が、仲間に先んじて彼我の中間地点に至る。蒼き雷光が小柄な体を覆い尽くすと同時に、彼女は己の神経系を完璧に掌握していた。 数瞬遅れて、『Type:Fafnir』紅涙・いりす(BNE004136)が駆ける。膨れ上がった瘴気が、漆黒の槍となって白一色の戦場に奔った。 ――オオオオオオオ……!! 刹那、獣の如き雄叫びが全員の鼓膜を震わせる。 吹雪の中で爛々と輝く赤や金の双眸は、ディメンションホールから生じたアザーバイドのもの。 儀式陣の中央に、ぽっかりと口を開けた異界の門――人為的にこじ開けた穴を儀式により安定させるのが六道派の目的であり、それを阻止するのがリベリスタ達の任務だった。 「……この戦い、決して負けられぬ」 眼光鋭く儀式陣を見据え、『閃拳』義桜 葛葉(BNE003637)が低く声を放つ。 危なげない足取りで追いついた彼は、集中を研ぎ澄ませて次なる行動に備えた。 さしあたり最大の障害となる七名のフィクサードのうち、六名は儀式陣の維持のため移動しないことが判明している。近接攻撃が届かない距離で、かつブロックの意味も薄いとなれば、慌てて接敵するメリットは皆無と言って良い。『一手たりとも無駄に出来ない』からこそ、リベリスタ達はまず態勢を整えることを選んだ。 「ハンデは少しでも減らしたいですからね」 仲間達の背に小さな翼をもたらしつつ、『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)がゴーグル越しに敵陣を観察する。この悪天候でも、フィクサード達はさほど不自由しているようには見えない。 ただ一人、儀式陣から離れて立つ男――三毒知前が、リベリスタ達に語りかけた。 「これはアークの皆様、お初にお目にかかります」 恭しく一礼した彼が自らの頭脳を活性化させたのを、同じプロアデプトである『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)は見逃さない。 口元から伸びた牙に巨大な鼻、ずんぐりとした体躯。まさに猪といった風情の容貌だが、やや左右に寄り過ぎた小さな瞳が全体のバランスを崩している。単純に醜いと評するか、これはこれで愛嬌があると思うかは個人の感覚に委ねられるところだろう。 極限の集中で動体視力を高めた『禍を斬る緋き剣』衣通姫・霧音(BNE004298)が、六道派の幹部とされる異相の男を眺めやる。 (六道……“道”を追求する者達) その首領たる六道羅刹こそ、『求道の六道』と呼ばれる組織の理念を体現する存在に違いない。 只管に“己の道”のみを追求し、脇目もふらず歩み続ける者――。 今、羅刹はこの先でアザーバイド『ウィンディゴ』と戦っている筈だ。 かの巨人が生み出した風雪に遮られて姿を見ることは叶わないが、威圧感だけは痛い程に伝わってくる。 鉄塊の如き愛銃「SUICIDAL/echo」を担ぎ上げて、『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)が足を速めた。 「まったくトンデモない展開だね、いつもの事ながら」 破壊神にも匹敵する戦気を纏った彼の傍らで、『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)が自らを超集中状態に導く。ファミリアのシロフクロウを高所に待機させてはいたが、悪天候による視界の不利を解消するには些か頼りない。確実に攻撃を当てていくなら、目標まで充分に接近する必要があるだろう。 ほぼ時を同じくして、儀式陣を構成する六人のフィクサードが動いた。 厳かに響く、ホーリーメイガスの詠唱。癒しの息吹がいりすの初撃で穿たれた傷を塞ぐ間に、レイザータクトが防御動作の共有で自陣の守りを固める。デュランダルとダークナイトがそれぞれ己を強化した直後、リベリスタの正面に位置するナイトクリークが赤き呪いを解き放った。 歪夜(バロックナイト)を再現する極小の月が、不吉な輝きをのせて“地獄”の業火を振り撒く。間髪をいれず、クリミナルスタアがフィンガーバレットから無数の弾丸を吐き出した。 『癒し系ナイトクリーク』アーサー・レオンハート(BNE004077)が、すかさず背の翼を羽ばたかせる。 仲間のすぐ後ろについた彼が大天使の微風で霧音を癒すと、十体を数えるアザーバイドが咆哮を上げてリベリスタに襲い掛かった。 ここまでタイミングを計っていたレイチェルと『Spritzenpferd』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)が、相次いで前進する。潜在能力を全開にして超人的な解析能力を得たレイチェルの前で、カルラが反応速度を高めるべくギアを上げた。 「……主流七派の首領や幹部っても、所詮はそんなもんかよ」 前方を睨み、軽く舌打ちする。バロックナイツが一人、リヒャルト・ユルゲン・アウフシュナイター率いる『親衛隊』が国内フィクサード主流七派と手を結んでいるのは周知の事実だ。 他ならぬ“この時期”に七派の首領たちが揃って行動を起こしたとなれば、裏に『親衛隊』の影があることは容易に想像がつく。 利害の一致があったとはいえ、余所者の都合でいいように動かされるなど――それが、気に食わない。 「どこのヤツでも、フィクサードはフィクサードか」 湧き上がる嫌悪感を隠そうともせず、カルラは短く吐き捨てた。 ● リベリスタが最優先目標としたのは、儀式陣の手前――“地獄”に位置するナイトクリークだった。 距離的に集中攻撃を行いやすいという理由もあるが、何よりその火力が脅威と見なされたためである。チーム内で回復スキルを有するのはアーサーのみであり、しかも彼が一度に癒せるのは一人だけだ。ただでさえ厄介な赤月の呪力に“地獄”の炎が上乗せされれば、癒すのが追いつかなくなる可能性は高い。 「余計な手間をカケタクネーカラナ」 この場で一番の実力者と思われる知前を一顧だにせず、リュミエールがナイトクリークに肉迫する。 弾ける紫電と、舞い散る光の飛沫。人間の限界を超えた神速から繰り出されるは、華麗にして瀟洒なる刺突の嵐。 道化の仮面で顔を覆ったいりすが、儀式陣のさらに奥へと視線を向けた。 六道羅刹――求める“敵”の姿を透かし見るように目を細めた後、意識を引き戻す。 メインディッシュを味わうのは、前菜を平らげてからだ。 「まずは証明せねばなるまいな。『道を阻む存在』か否かを」 暗黒の瘴気を解放するいりすに前後して、レイチェルが全身からオーラの糸を伸ばす。 射線上に捉えたフィクサードとアザーバイドを次々に貫いていく二人に続いて、カルラが構えた。 「どうせ動かない敵が相手だ、限界まで速度乗せてぶち当たってやる――!」 地面すれすれまで身を屈め、放たれた矢の如く翔ける。一瞬のうちに間合いを詰めた彼は、素早くナイトクリークの側面に回って淀みない手刀を繰り出した。 「……成る程、速さに特化してきましたか」 リベリスタの方針を把握した知前が、感心したかのように呟く。 スピードを活かして速攻を仕掛け、火力役から攻撃を集中させる――この状況においては、極めて有効な戦術だろう。 「柄にもない戦い方を強いられそうですね、これは」 苦笑して気糸を繰る知前に、雷慈慟が答えた。 「此方としても些か思い切った戦略だが、この際やむを得まい」 通常、多対多の戦いにおいては回復役から落とすのが定石。しかし、今回に限ってはリスクがメリットを上回る。あらゆるダメージと状態異常を反射する“天”の位置にホーリーメイガスが立っている以上、そこから狙い撃てばリベリスタ側も相応の損害を覚悟せねばならないからだ。 知前の放った気糸が、雷慈慟の身を守る二十二枚の金属板の隙間を正確に突く。バリアシステムで攻撃の一部を跳ね返すと、彼は前方のアザーバイドを思考の奔流で弾いた。 がら空きになったスペースに、喜平が滑り込む。ナイトクリークとダークナイトの二人を範囲攻撃の射程に収めた彼は、手にした得物を激しく旋回させた。 打撃系武器としても用いられる巨銃が唸りを上げ、戦鬼の烈風を巻き起こす。先にナイトクリークに接近していたリュミエールとカルラは、敵を挟んで反対側に陣取ることでその猛威からギリギリ逃れていた。 破壊の渦に呑まれた敵の動きが止まったのを見て、うさぎが大胆に踏み込む。ヘッドレスタンブリンにも似た“11人の鬼”が閃き、雪に覆われた地面に鮮血の花を咲かせた。 「ここは一人ずつの方が良いかしらね」 味方との距離を測りつつ、霧音が愛刀の柄に手をかける。白銀の刃が抜き放たれた瞬間、不可視の斬撃がナイトクリークの脇腹を裂いた。 麻痺と致命の呪いに縛られた同胞を救うべく、ホーリーメイガスが激励の風を届ける。次いで、レイザータクトの挑発がリベリスタの精神に揺さぶりをかけた。 怒りに囚われたメンバーに向けて、クリミナルスタアが銃撃を浴びせる。知前の指示を受けたデュランダルが、強力なエネルギー弾でカルラを吹き飛ばした。 「……動きに無駄がないな」 回復に動いたアーサーが、男らしい眉を僅かに顰める。全体・複数攻撃をばら撒き、避け損ねた者にはさらに大砲を叩き込む――理に適った連携だ。状態異常の殆どを無効化できる絶対者でなければ、自分が標的にされていたかもしれない。 体の自由を取り戻したナイトクリークに、葛葉が接近する。仲間が範囲攻撃を行いやすいようにと、あえて待機していたのだ。 「閃拳、義桜葛葉──推して参る!」 堂々たる名乗りを上げ、俊足を活かして幾多の残像を生み出す。眼前の敵も、周囲に群がるアザーバイドも区別することなく、彼は鍛え抜いた拳を繰り出した。 その直後、六門に導かれし異界の住人が深淵より姿を現す。 一体、また一体と這い出てくるアザーバイドには目もくれず、リュミエールは幻惑の武技で混乱に陥ったナイトクリークに“ミラージュエッジ”の切先を向けた。 「脅エロ竦メ――数分モ満タヌ時間ニ世界ハ加速ニ狂ウ」 緑と銀の双眸が妖しく輝き、九本の尾が風に踊る。彼女は連撃でナイトクリークを穿つと、すぐさま宙を蹴って次なる標的に襲い掛かった。激しい吹雪の中にあっても、そのスピードは些かも衰えない。虚を突かれたダークナイトは、煌く光の粒に思わず目を奪われた。 幾本もの気糸を同時に操るレイチェルが、恐ろしいまでの正確さで急所を狙い撃つ。畳み掛けるように放たれたいりすの瘴気が、傷ついた敵を纏めて薙ぎ払った。 体勢を立て直したカルラが、再びナイトクリークを強襲する。アーサーの回復で状態異常は消えても、フィクサードに対する怒りと憎悪は決して尽きることはない。 「何があろうと、俺はテメェらを認めねぇ。絶対にな……!」 音速を纏った拳で顎を砕き、ナイトクリークを地に沈める。だが、これで終わりではない。 「――犬束、頼む!」 その一言でリベリスタの意図を悟った知前の眼前に、雷慈慟が立ち塞がった。 「貴君等が退かないのは理解している。かと言って、我々も退けぬ道がある」 機先を制して移動を封じ、物理的な圧力を伴う思考の奔流をぶつける。知前は軽く肩を竦めると、邪を払う神の光で戦場を包んだ。致命の呪いで癒しを封じられていたアザーバイド達が、フィクサードともども楔から解放される。己が自由に動けぬ分、アザーバイドを支援して間接的にリベリスタ側の障害を増やす狙いだろう。 倒れたナイトクリークの懐を探っていたうさぎが、ごく淡い輝きを放つ宝珠を発見する。 アーティファクト『道々の鍵』――儀式陣の核となる“子”の一個だ。 宝珠を左掌に乗せ、うさぎは感情の篭らない瞳で知前を見詰める。 「私は兎も角、仲間には道がある。 今回は其方の道とどちらが押し退けられるか……観察者なら黙って見てなさいませ」 静かに告げられた声に対し、知前が口の端を持ち上げる。 「観察や観測といった行為は、時にそれ自体が対象に影響を及ぼしてしまいます。 ゆえに、『観察者』たることを決めた時点で、私はこの世界に関わらざるを得ないのですよ。 それこそが、私の“道”なのですから」 氷雪吹き荒れる戦場で、決して美声と呼べぬ知前の言葉は不思議と良く通った。 「――“道”、か」 霧音が、思わず呟きを漏らす。 六道の幹部が語る“道”、首領が目指す“道”。 自分にもあるのだろうか。只管に追い求め、貫き通す“剣の道”が。 (あの子……霧香だったら、どう思ったのかしら) 澄んだ蒼の右目と、その記憶を自分に遺して逝った少女の姿を、脳裏に思い描く。 最期まで、己の“剣の道”に殉じた彼女なら――答えを出してくれただろうか? リュミエールの後を追ってダークナイトに迫った葛葉が、周りのアザーバイドもろとも惑わしの拳を叩き込む。数瞬遅れて、喜平がさらに奥――“餓鬼”と“修羅”の間に駆けた。 熱源を頼りに敵の位置を確かめ、恐るべき頑強さを誇る愛銃を構え直す。 「俺は臆病で弱っちい大人だから、自分がやれる事しか出来ないのよ」 ありがちな暗い過去も、格別の理由もなく。流されるままに現実と向き合う羽目に陥った彼が戦ってきたのは、ひとえに『やれるからやる』というシンプルな理屈ゆえだ。 だから。ここでも、彼は銃を取る。 「大仰な理屈を捏ねて、俺が私がと周りの迷惑も顧みない…… おいたが過ぎるガキを叱ってやるのも、まぁ、そんな『やれる事』の一つだ」 再び巻き起こった破壊の烈風が、ダークナイトとデュランダルを同時に捉えた。 ● 空間を越えて敵を断ち切る居合の秘技をもって、霧音がダークナイトの腕を切り裂く。 ホーリーメイガスの呼んだ聖神の息吹が状態異常に陥ったフィクサードを引き戻していく中、息を吹き返したアザーバイドの群れがリベリスタ達を襲った。 「大丈夫か?」 傷ついたレイチェルを大天使の吐息で癒しながら、アーサーが彼女を気遣う。 レイザータクトに閃光弾を使わせないため、レイチェルは敵からほぼ四メートル圏内に立ち続けていたが、それゆえに攻撃も受けやすい。複数対象に致命の呪いを付与出来る彼女はフィクサードの手数を減らすためになくてはならない人材であり、よって最優先で守らねばならなかった。 「助かります」 礼を述べるレイチェルに頷きを返し、アーサーは儀式陣に視線を移す。 事前に定めた作戦は、今のところ問題なく機能していると言って良いだろう。しかし、アザーバイドが予想以上にしぶといのもあり、こちらのダメージも次第に蓄積しつつある。視界を遮り、体力を奪い去っていく吹雪も鬱陶しいことこの上ない。 (もっとも、これが止んだ時こそ正念場だがな……) 戦場を覆い尽くす雪は、奥で羅刹と戦うアザーバイド『ウィンディゴ』が降らせているもの。 裏を返せば、リベリスタ達はフィールドの不便と引き換えに時間の猶予を得たに等しい。国内フィクサード主流七派の首領と直接矛を交える危険に比べれば、これしきの風雪が及ぼす影響などまるで問題にならないだろう。 纏わりつくアザーバイドを『髪伐』でいなし、リュミエールがダークナイトに仕掛ける。 元より、あまり長期戦には向かない。出し惜しみをする暇があるなら、一手でも多く攻撃を浴びせる――それが、彼女に課せられた役割だった。 「そのままの位置でお願いします!」 うさぎに声をかけつつ、レイチェルがオーラの糸を放つ。 無数に枝分かれした糸の一本が、うさぎの左掌に乗った『道々の鍵』を貫いた。 まずは一個。あと三個、これを砕けば儀式の完成は阻止することが出来る。 「しかし、いちいち探すのも面倒よな」 暗黒の瘴気でアザーバイド数体を屠ったいりすが、赤と黒に塗り分けた仮面の奥で呟いた。 アーティファクトが放つ輝きは極めて微弱で、着衣の上から所在を特定することは難しい。つまり、今後も破壊の前に手番を割く必要があるということだ。 まったく手間をかけさせやがる――と、カルラが悪態をつく。速力を乗せて連撃を浴びせる彼に続いて、葛葉が固く両手を握った。 「世界を守護する為に鍛えた我が拳……容易く止められる物ではないぞ!」 白と青の上着を纏った彼の姿が、幾重にも分身する。その動きを捉えるのは、常人はおろか、革醒者ですら容易ではない。 鋭く研ぎ澄まされた両の拳が閃き、凄まじい打撃の嵐を見舞う。 ダークナイトが膝を折った直後、うさぎが『道々の鍵』を懐から引っ張り出した。 「――此方に!」 雷慈慟の声に従い、宝珠を地面に転がす。刹那、炸裂した思考の奔流が二個目の鍵を粉々に砕いた。 ぐるりと回り込んで“修羅”の位置を射程に収めた霧音が、“妖刀・櫻嵐”を抜く。純白の雪を背にして、緋色の着物が艶やかに舞った。 白銀の刀身に秘められた魔力が、激しい風を生み出す。桜の花弁にも似た淡い光を散らしながら、霧音は範囲内のデュランダルとアザーバイドを一度に切り刻んだ。 一方、喜平はバックステップでデュランダルとの間合いを離す。この戦いで初めて射撃の構えを取った彼は、全身のエネルギーを集めて「SUICIDAL/echo」のトリガーを絞った。 轟音とともに撃ち出された巨大な弾丸が、デュランダルの長身を揺らす。『道々の鍵』と儀式陣の加護がなければ、ディメンションホールまで弾き飛ばされていたことだろう。 ホーリーメイガスの回復、そして“修羅”の特殊効果で齎された治癒の力を受け、デュランダルが体の自由を取り戻す。レイザータクトの放った絶対零度の視線と同時に叩き込まれた戦気の砲撃が、カルラの胸骨を砕いた。 「狩りは死ぬまで続けるが……ここは、終着には下の下だ」 血の塊を吐き出しながら、カルラは激しい敵意を湛えてフィクサードを睨む。 自らを“フィクサード狩り”と称する彼を突き動かすのは、今もありありと蘇る忌まわしき記憶。 ――こんな所で、終われやしない。ヤツらを、残らず潰すまで。 運命を燃やし、空中でトンボを切ってバランスを取る。 アーサーが届けた大いなる激励の風が、傷を瞬く間に癒して彼の背を強力に支えた。 短く礼を告げ、再び構えるカルラ。 「……手早く済ませて帰んぜ」 吹雪が、不意に勢いを増した。 ● 悲鳴にも聞こえる風の音は、追い詰められた者の足掻きであったかもしれなかった。 全身から蒸気を噴き上げながら、氷雪の巨人『ウィンディゴ』は地面からゆっくり起き上がる。 雪の如く白かった体毛は、既に赤黒い血の色に染まっていた。 対する羅刹は、息一つ乱していない。 素足で雪を踏みしめ、文字通り涼しい顔で巨人を見詰めている。 『ウィンディゴ』は咆哮を上げ、不動の構えを崩さぬ男に再び躍りかかった。 巨腕を振り下ろし、地面を空間ごと抉って握り潰す。 攻撃の余波を浴びた樹木が、枯れ枝のように吹き飛んで視界の外に消えた。 並の革醒者であれば、無傷では済まないであろう一撃。 しかし、羅刹の反応はそれを遥かに上回っていた。 根元から断たれた巨人の腕が、ごろりと転がる。 狼狽した『ウィンディゴ』の絶叫が、数瞬遅れて響いた。 「失った四肢は再生できぬか」 苦しみ悶える巨人を紫紺の双眸に映し、淡々と呟く羅刹。 決着の時は、すぐそこまで迫っていた。 ● 地響きにも似た衝撃と、耳をつんざく絶叫。 それは、もう一つの戦いが終わりに近付いていることを示していた。 氷雪のヴェールに遮られた“向こう側”で何が起こっているのか――正確に把握出来る者は、少なくともリベリスタには居ない。 だが、結果だけは疑いようがなかった。 異界から出でし白き巨人も、六道を統べる首領の敵ではない。 傷らしい傷も負わぬまま、こちらに合流することだろう。 「もう少し仕事を進めておかねば、あの方に合わせる顔がありませんね」 意識をリンクして部下の気力を補いつつ、知前が零す。 リベリスタの間に緊張が走った瞬間、ディメンションホールから新たなアザーバイドが現れた。 「六道羅刹ナア……。 自分の道に忠実ッテノハイーガ、『私ノ道ヲ妨ゲル奴は振り抜く』ミテェナモンダシナ」 黒い狐耳を風に靡かせ、リュミエールが“向こう側”を一瞥する。決して立ち止まることなく、彼女はデュランダルに向けて跳んだ。 「――マァ、邪魔サセテモラウトシヨーカ」 光散る刺突が、屈強なる戦士に無数の傷を穿つ。己が身に九尾を宿す少女の加速は、なお留まるところを知らない。間断なく猛攻を浴びせ、体力を奪っていく。 持ち前の観察眼で風向きを読み切ったレイチェルが、吹き荒れる雪の隙間を縫ってオーラの糸を飛ばす。 メンバーでもトップクラスの命中力を誇る彼女の攻撃は、ここに来てますます冴えていた。 前線で指揮を執りながらアザーバイドの対応に奔走する雷慈慟が、新手を含む数体を押し戻す。力尽きた一体の亡骸が異界の穴に吸い込まれ、やがて見えなくなった。 戦場に幾多の軌跡を描く気糸の一本が、うさぎの肩に突き刺さる。 牙を剥くアザーバイドの横っ面を逆手の緑布ではたきつつ、うさぎは背の小さな翼を羽ばたかせた。 空中でステップを踏み、“11人の鬼”で鮮血のロンドを踊る。デュランダルに喰らいついた涙滴型の刃が、近くに居たアザーバイドもろとも肉を引き千切り、不規則に抉り取った。 「要は、回復される前に倒してしまえば問題はないわけでして――」 その言葉通り、リベリスタ達は“修羅”の治癒力を上回る勢いで攻撃を仕掛けていく。喜平の砲撃がデュランダルの急所を撃ち抜いた直後、霧音が不可視の斬撃でこれを斬り伏せた。 「……今はこちらで」 三人目が倒されたのを認め、知前がホーリーメイガスに短く合図を送る。 刹那、強烈な閃光が視界を灼いた。加護を打ち砕くその輝きは、卓越した癒し手のみが操る裁きの光(ジャッジメントレイ)。 「くっ……!」 僅かに体勢を崩したリベリスタを狙い、クリミナルスタアが脅威の連続射撃を浴びせる。 レイチェルとアーサーが、相次いで運命を削った。 「相手も形振り構わなくなってきたな」 二挺一組の大型拳銃“レイディアント・レクイエム”のグリップを握り、低く詠唱を響かせるアーサー。重量と攻撃力を大幅に増した武器を魔力の媒体にして、彼は偉大なる高位存在へと呼びかけた。 己の傷を顧みることなく、レイチェルに清浄な癒しの風を届ける。 最後の標的――“人”に位置するレイザータクト目掛けて、リュミエールが駆けた。 まだ、まだ足りない。早く、さらに速く。 もっともっともっともっと早く早く速く速く速く疾く――誰にも追いつけぬ高みまで! 速度のみに特化した“ソードミラージュの刃”が、蒼き火花を散らしてレイザータクトを脅かす。 儀式陣の奥に歩を進めたいりすが暗黒の瘴気を奔らせ、傷の深いアザーバイドを纏めて呑み込んだ。 「猟犬のパシリに譲ってやる道なんざねぇ……!」 「たとえ首領と相対することになろうと、覚悟ならば出来ている」 瞬時に加速したカルラがスピードを乗せた突撃を敢行し、宙を蹴った葛葉が頭上から強襲を仕掛ける。 超人的な五感を研ぎ澄ませて前方の様子を窺っていたアーサーが、重々しく口を開いた。 「――『ウィンディゴ』が落ちたな」 リベリスタ達が到着してから一分余り。概ね予想通りか。 傷ついたレイチェルを背に庇った雷慈慟が、“ARM-バインダー”を展開して彼女の守りを固める。 開けた視界の先に、黒の道着に身を包んだ壮年の男が見えた。 数十メートル先からでも伝わる、圧倒的な存在感。あれが、六道羅刹なのか。 その足元には、断末魔の声を上げる間もなく事切れた『ウィンディゴ』の屍骸。 片腕を喪い、胴を両断された白き巨体は、血塗れた肉の塊と成り果てている。 深く抉られた地面と、根こそぎ薙ぎ倒された木々が、人智を超えた闘いの壮絶さを物語っていた。 デュランダルから奪った『道々の鍵』を手に、うさぎが呟く。 「もう何年も立ち止まっている私は、きっと眼中にすら入らない路傍の石でしょうね――」 でも、だからこそ。その足元をすくう余地は、充分に残されている筈。 「……貴方には、ここで蹴躓いて頂く」 無表情の裡に決意を秘めて、うさぎは宝珠を握る指に力を込めた。 ● 雷慈慟に守られながら、レイチェルが気糸を連射する。 破壊した『道々の鍵』は三個。儀式の阻止に王手(チェック)をかけてはいるが、状況は未だ予断を許さない。 儀式陣の中央に開いた次元の穴は、およそ二十秒ごとにアザーバイドの群れを吐き出している。全体攻撃を持たない者が、出現の度にこれを倒しきるのはまず不可能だった。 そして、今回の任務にはアザーバイドの掃討も含まれている。目標が一体でも存在する限り、簡単に撤退するわけにはいかないのだ。 こちらに迫り来る羅刹を睨み、レイチェルは決然と口を開く。 「私達は、これまでも絶望を乗り越えてきた」 生ける伝説と謳われたジャック・ザ・リッパーを討ち、鬼道の驀進を食い止め。 ラ・ル・カーナにおいては、一つの世界を滅亡から救った。 死者の軍勢を率いた『楽団』も、三高平市を陥落させることはとうとう叶わなかったのだ。 主流七派と『親衛隊』が手を結んだところで、彼らの思い通りになどさせはしない。 「ただ蹂躙されるだけのアークだと思うな……!」 恐れずに言い放ったレイチェルを見て、知前が目を細める。反動を顧みず闇の瘴気を生み出すいりすの背に、アーサーが大天使の吐息を届けた。 アーサーの傷も、決して浅くはない。巨きな翼は、自らの血で赤く染まりつつある。 だが、まだ倒れるわけにはいかなかった。羅刹がこの場に到着してしまえば、戦況は極めて厳しくなるだろう。抑えを担当する仲間の体力は、可能な限り万全にしておきたい。 己の役割は敵を倒すことではなく、味方を癒すこと。そう心得ていた。 ――そして、ここにも挑む者が一人。 「人を知るには、先ず敬意を表す事から……」 傷だらけの巨銃を構えた喜平が、左目のみで羅刹に照準を合わせる。 機械の両腕が支えるは打撃系散弾銃「SUICIDAL/echo」、永劫に特異を知らぬ無数の一。 唸りを上げる永久炉が、体内を巡るエネルギーの全てをそこに流し込んだ。 「之がそう――久遠の彼方の御前に贈る、俺の最大級の其れだ」 乾坤一擲。極限まで膨れ上がった巨大な弾丸が、戦鬼の魂を宿して撃ち出される。 羅刹は、それを避けようとはしなかった。自らエネルギーの渦に飛び込み、力の流れを僅かに逸らして強引に突っ切る。 なおも止まらぬ男を見据え、雷慈慟は“黒の書(ネームレス・カルト)”を開いた。 「己が意思を達成する為には何モノをも厭わない――解らない理屈では無い。 だが、ソレは世界の中での一つの個として執るべき所作だ」 仲間の全員と意識を同調させ、自らの異能を分け与える。 彼の支援で活力を取り戻したリュミエールが、光散る連撃でレイザータクトを仕留めた。 アーティファクトの破壊に動いた葛葉の背後に、とうとう辿り着いた羅刹が迫る。二刀を抜いたいりすが、その正面に立ち塞がった。 「――何処にも行かせん。全力で潰す。それだけさ」 仮面の奥で羅刹を睨み、刺突の嵐を繰り出す。 一瞬遅れて、葛葉が四個目となる『道々の鍵』に拳を叩き付けた。 儀式陣から輝きが失われると同時に、中央に開いたディメンションホールが閉じる。 あとは、残るアザーバイドを殲滅するのみ。 戦場を見渡して目標の位置を確認したレイチェルが、仲間に声をかけた。 「まとめます、狙ってください!」 彼女の挑発にかかった一体を、カルラが音速の打撃で屠る。 直後、死角から放たれたオーラの糸が彼を貫いた。 「騙し討ちのようで恐縮ですが、これも我々の仕事ですので――」 地に崩れ落ちたカルラを視界に映し、知前が悪びれずに囁く。 儀式の完成を阻まれた彼らは、アークの余力を削る方向に方針をシフトしたのだった。 リベリスタがアザーバイドに攻撃の矛先を変えるというなら、この状況を利用しない手は無い。 アザーバイドを盾にレイチェルからの射線を遮ったクリミナルスタアが、フィンガーバレットの連射でアーサーを撃ち倒す。運命の恩寵で自らを支えた霧音が、“妖刀・櫻嵐”の柄に手を添えた。 「まだ退けないなら仕方ないわね。気力ある限り、舞い続けましょう」 抜き放った白銀の刀身から、桜の花弁が散る。吹雪に代わり巻き起こった風が、アザーバイドの群れを斬り裂いた。 数多の残像を従え、葛葉が敵陣に切り込む。いざとなれば、運命を投げ出してでも目的を果たすつもりでいた。この拳は、何よりも世界を守護する為にあるのだから――。 「好きですけどね、貴方みたいな人」 いりすと打ち合う羅刹を横目に見て、うさぎが“11人の鬼”を振るう。 初めて相対する首領に興味はあっても、今はこれ以上関わっている暇は無い。 戦場に留まる時間が長くなればなるほど、命の危険は増えていくのだから。 「……死ぬのは御免蒙ります」 アザーバイドの胴を横薙ぎにして、宙に鮮血の弧を描く。離れた一体を斬り捨てた霧音が、紅と蒼の双眸を羅刹に向けた。 「今日、貴方がこの場に居る理由は何かしら? 開いた『穴』に、何を見出そうとしたの?」 彼女の問いに答える必要を認めないのか、羅刹は口を噤んだまま沈黙を貫く。 雷慈慟の表情が、俄かに鋭さを増した。 「如何様であれ、自分の道は崩界を食い止める事―― 多元世界の片鱗を利用し、全てを己が力と慢心するなよ六道羅刹」 敵の攻撃からレイチェルを庇いつつ、オーラの糸で一体に止めを刺す。 戦場を縦横無尽に駆けるリュミエールが、羅刹に一瞥をくれた。 「私ノ道ハ誰よりも速く、前ニハダレモイナイ。 お前の道を踏んだかもシレネーガ、私ノ道の邪魔ダッタダケダ」 文句ハネーヨナ――と告げて、立て続けに二体を倒す。 厳めしい表情を崩さぬ主の代わりに、知前が笑った。 ● 唯一の回復手であるアーサーを欠いたことで、リベリスタの損害は加速度的に増えていた。 運命を代償に立ち上がったうさぎが、口の端から流れる血もそのままに顔を上げる。 「……石ころにも意地があります。そう易々と砕かせる気は、無い」 既に霧音は地に伏し、リュミエールも自らに宿る運命を削っている。羅刹を単身で抑えるいりすなど、まだ立っているのが不思議なくらいだ。 エネルギー弾で最後の一体を葬り去った喜平が、仲間達を促す。 「とっとと逃げよう。これ以上、嫌がらせで被害を増やされたら堪ったもんじゃない」 まだ動けるメンバーで重傷者を抱えつつ、リベリスタは速やかに撤退に移った。ただ、一人を残して。 (本来であれば、全員での帰還が望ましいのだがな……) 羅刹と相対するいりすの背を見て、雷慈慟の胸中に苦いものがよぎる。 任務の成否に拘らず、結果が確定した後は好きにさせてもらう――それが、出発前にいりすが同行者たちと交わした約束だった。 スキニシロ、の一言でそれを容認したリュミエールは、戦場を振り返ることなく歩を進める。 六道風に述べれば、『他人の道に口を出す権利は無い』というのが彼女の考え方だった。 動けぬ仲間を担いだうさぎが、唇を噛み締めながらその後に続く。 できれば頃合を見て逃げてほしいところだが、いりすがそれを選ばないだろうことも承知している。後は、祈るしかなかった。 仕事を完璧にこなそうとも。仲間を一人でも喪えば、うさぎにとっては失敗に等しいのだから。 撤退の殿を務める葛葉の前で、レイチェルが足を止める。 「……届くかどうか、試させてもらいます」 振り向いた彼女の手には、愛用のハンドガン。一瞬の隙を作ることが出来れば、それでいい。 思わず口を開きかけた葛葉の背に、鋭い痛みが走る。気糸に貫かれたレイチェルが、彼の眼前で倒れた。 「お仲間の覚悟に泥を塗るおつもりですか」 静かだが、有無を言わせぬ口調で知前が告げる。 葛葉が、すかさずレイチェルを抱え上げた。 己の全てを懸けて死地に臨む戦士を止めるような真似は、自分には出来ない。 (──貴殿の道に後悔が残らぬ事を) 胸中で囁き、全力で戦場を離脱する。 二人の姿が見えなくなると、知前は軽く肩を竦めて主の方へと視線を戻した。 本音を言えば避けたい事態ではあったのだが、事ここに至った以上は致し方あるまい。互いの“道”が交わったのなら、その結果は見届ける必要がある。 たとえそれが、勝敗の分かりきった無意味な戦いであったとしても――。 ● 極論すれば。この日のいりすは、『六道羅刹と戦う』その一点のみを目的としていた。 先日から巷を騒がす『親衛隊』も、いりすに言わせれば「つまらん狗っころ」に過ぎず。 只管に“喰い甲斐のある獲物”を求めた結果、この地を訪れたと言っても過言ではなかった。 そして今――いりすの眼前には、この男が立っている。 七派を統べる首領の一人、己の“道”を追い求める逸脱者。 「六道羅刹。喰うぜ。喰うよ。喰い殺す」 その名を呼ぶいりすの声には、狂喜すら秘められていたかもしれない。 手に馴染んだ二刀を間断なく振るい、光の飛沫を闇に散らす。 小細工はしない。全力をもって喉元に喰らい付く、ただそれだけ。 羅刹の足刀が、いりすの脇腹から肩口にかけてを袈裟懸けに斬り裂く。 たちまち噴き上がった鮮血が、暗色のボディスーツを紅に染めた。 「……命を惜しむな。刃が曇る」 執念のみで気紛れな運命(ドラマ)を引き寄せ、幾度目かの連撃を繰り出す。 力の差は歴然としていたが、いりすの闘志はまだ潰えてはいなかった。 簡単に膝を折る程度の覚悟なら、最初からこの場に立ちはしない。 自分の力が及ばぬことなど、とうに承知している。 だが――『負けると解って戦う愚か者』になろうとも。『負けると思って戦う臆病者』にだけは、決してなりたくなかった。 “道”を切り拓き、作っていくのは何時だって人間だ。 我が前に道はなく、我が後に道はない。 運命を捻じ曲げること叶わずとも――勝つ。 極限まで研ぎ澄まされた一刀が、羅刹の右腕を貫く。 「――主が道、見せて貰った」 紫紺の双眸に、いりすの姿を映して。求道の魔人は、再び足刀を閃かせた。 ● 雲間から覗いた月が、地に咲いた大輪の花を照らす。 いりすの血が描いたそれは、ひときわ赤く、鮮烈に咲き誇っていた。 倒れ伏す瞬間まで、とうとう一歩も退かなかった“貪欲なる竜(Fafnir)”の奮戦を讃えるかのように。 その姿を視界の隅に映し、知前は胸中で独りごちる。 (……まったく、無茶な方だ) 己の前に立ち塞がる者に対して、主が手心を加える筈が無い。 『倒した相手の生死に頓着しない』性質ゆえ、わざわざ止めを刺すような真似もしないだろうが――あと少しタイミングがずれていたら、今頃は首と胴が別れを告げていた筈だ。 まあ、死ななければアークがそのうち回収に来るだろう。その前に、こちらの仕事を済ませようか。 通信機を取り出して諸々の手配を始める知前に、羅刹が声をかけた。 「今宵の儀式、一定の成果はあったようだな」 「ええ。ディメンションホールの安定こそ叶いませんでしたが、データは今後に活かせるでしょう」 短いやり取りの後、再び口を噤んだ主の隣で知前は思索を巡らせる。 主が進む“道”に“箱舟”は居ない。 リベリスタの一人が口にしていたように、彼らは“路傍の石”でしかなく。 足元に転がったそれを蹴り飛ばすことがあったとしても、どかした後はすぐに忘れられる。 そんな、取るに足りない存在だった筈なのだが――。 (どうやら、認識を改める必要があるようですね) いずれまた、二本の“道”は交わるだろう。 その時、“箱舟”が主の“道”を脅かす存在になっているかどうか――それが、今から楽しみだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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