● この世界に罪が蔓延るのは致し方ない。人間の業は深いものであるからだ。一つ、望む事により世界からジャッジを下される。そのジャッジによって人は分類されるのだと言う。 詰まる所、『正義』と『悪』だ。 己が正義だと言った事はないし、己が悪だと誇示し続けた事は無い。 一般論から言えば己がダークサイドに当たる事は知っていたが、テレビゲームやアニメ、ノベルの世界の如く、己が強大な力を『最初』から持ち合わせて居ない事等分かっていたのだ。 鍛練が己を強固にしていく。しかして、其れが己の今居る場所に似合う思想であるかと言えば「NO」であった。研鑽を積むにはもっと向く場所があろうにと声をかける虹色の瞳の男も居たものだ。 「いいえ、いいえ、結構です」 そう告げて、彼から貰った剣へと手を伸ばす。 継澤イナミは剣士であった。義理難く、戦闘に命を燃やし、闘争に好意を抱く。 その様を人は戦闘狂とでも呼ぶのであろうか。 少なくとも俗世に塗れ、全てを飲み乾すその場所はイナミには広過ぎる檻だったのかもしれない。出口すら見えない場所で、描く刃紋が真っ直ぐに通らない事は仕方が無かったのかもしれない。 ――一筋、そう、たった一回で良い。己を誇示し、そして一閃するんだ。 その言葉が頭から離れない。 真っ直ぐの一筋。ビジネスの観点からも、力の観点からも、その全てから頂きを見据える。 自信過剰な主に預けられた『恋人の置き土産』――キマイラが鳴き声を上げて野を駆けだす背中を継澤イナミはぼんやりと見て居た。 ● 「キマイラが市街地で暴れて居るわ。至急、撃退をお願いしたいの」 資料を机に叩きつけ、周囲を見回した『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は何処か焦りを滲ませ、リベリスタへと応戦を願った。 「敵は逆凪――いいえ、『直刃』と名乗るフィクサードよ。 『直刃』は逆凪内に在る派閥。その規模は今、どうなっているかは不明ではあるのだけど……」 昨年末からフリーの革醒者や七派の面々を引き抜こうとスカウト等を行っていたのだと世恋は続ける。 「その『直刃』のフィクサードがキマイラを使用し、街で破壊活動を行っている。己の存在のアピールとでもいいましょうか……つまりは、アークへのご招待状よ」 ご丁寧に『アークが出動しなければならない』というシチュエーションを作り出して居るのだ。 「彼等が行いたいのは『直刃』のトップたる男が如何に優秀であるかを見せつける行為でしょう。その為には私達を呼び出して、私達を敗北させようとしている。何とも言えない行為ね。 簡単に言うなら、『アークを負かして俺らのトップは俺らより凄いんだぞ』をしようとする」 単純明快、解り易いでしょうと世恋が呆れたように紡いだ。 詰まりだ、彼等は『アークのリベリスタがどうしても出動しなければならないシチュエーションを作り出し、その存在をアピールしている』事となる。 武力を以ってその存在を知らしめると言うのはある意味、フィクサードの趣味だとも言えるのだが。 「『直刃』のフィクサードは幹部が二名。 継澤イナミという戦闘好きとその補佐で竜潜拓馬よ。それから、彼等が連れるキマイラの名前はアモソーゾ。どれも強敵ばかりだけど、不利な状況が続けば撤退させる事も出来るわ」 何とか、市街地での応戦を止めて欲しいの、と世恋は続けた。 楽団との騒ぎが済み、ゆっくりと亡霊が蠢きだすこのご時世にまるで、本格始動するタイミングを定める様に、アークの内情を探っているのだろう。 「『亡霊』といい、色々と忙しい時期に御免なさいね。 一つ、ご招待を受けて、此方の強さをアピールしてきてはくれないかしら」 どうぞよろしくね、と世恋は頭を下げ、リベリスタを見送った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月31日(金)00:58 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 色めく街角に月の光が差し込んだ。ネオンの色に混ざり合う月の下、何処となくテンションが高い『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)の目的はこの場のリベリスタとは何処かずれて居る様にも見受けられた。年の頃にして30手前そろそろ『色んな物』が気になる海依音ではあるのだが、その様子を見て、少しばかり小首を傾げる『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)の様子を否定する事は出来ない。 「やったわ! 聖四郎さんに近付くチャンス到来!! ワタシ超今テンション↑↑MAXです!」 きらきらと輝く海依音の瞳にエナーシアは「恋心とは解せぬものなのだわ」と小さく呟いた。現場に急行する八名のリベリスタは何れも何かの目的がある様にも思える。 その中でも、何処か恋心が如き想いを胸に抱きながら『Type:Fafnir』紅涙・いりす(BNE004136)は街の中を走っていた。眼鏡の奥で濁った灰色の瞳が常とは違い幸せそうに笑っている。その様子に首を傾げる『ましゅまろぽっぷこーん』殖 ぐるぐ(BNE004311)の色違いの瞳が映したのは小さな子犬がまだ見た事も無い生物であった。 「なんらー? あれ」 みめうるわしい女性の顔、首筋からは緑色の鱗におおわれたキマイラの姿に『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)が身構える。果て無き理想を握りしめ、金の瞳を細めたミリィは常の通り演奏を促した。 「――任務開始、さぁ、戦場を奏でましょう。パーティの招待には間に合いましたか?」 その言葉と共に『天の魔女』銀咲 嶺(BNE002104)の纏う絹布が舞いあがる。首筋で揺れる黒綾薔薇の感覚を感じながら、形の良い唇を釣り上げた嶺は一度出逢った『直刃』のフィクサードを思い出し、意志を強く固める。 騒ぐ一般人が存在する中、武器を握りしめた細身の革醒者が振り向いた。瞬間をついて、一歩、間合いを詰めたそのままに振り下ろした無銘の太刀を受け止める影がある。一直線。只、一途なままに突っ込んだいりすの背筋に走るのは戦闘行動における『震え』だった。それは恐怖ではない、快楽にも近い戦闘狂の性質だ。 「会えた……会えると思ってた。小生は楽しみで仕方なかった。ああ、腹が減ったなあ」 見据えられる瞳がぶつかり合う。剣を振るいいりすを受け止めた逆凪のフィクサード――凪聖四郎の側近にして、彼の率いるフィクサード集団『直刃』の継澤イナミは感じる戦気に奮い立たされるように己を鼓舞する。 「アーク……!」 「久慈君は、小生のことを紹介してくれたかしら?」 一度、久慈クロムという直刃のフィクサードと相見えた時にいりすはイナミへと自身を紹介してほしいと告げていた。戦闘狂いであることよりも何よりも、彼女が持つ獲物にいりすは興味を駆り立てられたのだ。 「逆凪――その直刃か。実際に刃を交えるのは久しいな。リベリスタ、新城拓真。そこまでにして貰おうか、逆凪の」 「直刃、と呼んでくれ」 体内の力全てを振り絞る様に。その闘気を振り絞る『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)が相対するキマイラ『アモソーゾ』が叫び声を上げる中、滑り込む様に小さな鼠が真っ直ぐにリベリスタ達へと突っ込んできた竜潜拓馬の目の前へと飛び出した。 「積み重ねた強さは憧れるッス。リルの目指す場所ッスから。初めまして、ッスね。リルッスよ」 「竜潜拓馬。珍しい格好だな?」 踊り子の衣装を纏った『小さな侵食者』リル・リトル・リトル(BNE001146)がLoDを振るうリルを避け拓馬はゆったりと笑った。 ● 強さこそが己の存在証明。己の『才能』を誰よりも過信する男をミリィがどう思うのか、彼女はその想いを表情には出して居ない。長い金髪を揺らし、中衛位置で指揮棒を振るう。戦場を奏でるミリィの指揮に従う様に仲間へと翼を与えた海依音が色付く唇を歪め、赤いシスター服の裾を揺らす。 「素敵なパーティにご招待有難うございます。継澤くーん。しっかり海依音ちゃんのこと覚えて帰って下さいね?」 結婚活動と銘打って己をアピールする海依音にちらりと視線を向けたイナミへと身体を屈めるように、一歩踏み込み、その視線を奪う様に下から伸びあがるいりすがにたりと笑う。流れる灰の髪は何処か赤く色づき、髪を飾る花が揺れる。 「この身、非才にして持たざる者なれば。名乗るなどと、おこがましいが――」 「私は継澤イナミ。直刃の継澤イナミ。――紹介等関係なく、あなたの名前をお聞かせ頂けますか?」 振るわれる厭世の櫻。その切っ先を受け流し、恍惚世界ニルヴァーナを纏ったいりすが鋭いきばを覗かせて、唇を釣り上げた。何処か熱情をも感じさせる灰の瞳が細められ、流れる髪がイナミの切っ先に攫われる。リッパーズエッジの纏う光の飛沫がイナミの前でチラついた。 「紅涙が一牙。紅涙いりす。貴女の全て。貰い受ける」 盛り上がっている、とそう感じたのは気持ちを抑え、計算領域に至った脳で周囲を見回す嶺だからであろうか。纏う天女の衣がふわりと揺れる。細めた銀の瞳が周囲の一般人の避難へと気を使いながら、後衛位置から気糸を放ち立つ。その目が収めたフィクサードの腕へと絡みつく気糸をくい、と引く。 「私は無名にして無銘の身なれど、無力と言う訳ではありませんよ?」 その気糸が狙う果てに居るのはアモソーゾ。嶺からすれば、そのキマイラは『気持ち悪いお人形』に他ならない。お人形は持ち主の手から離れて居る。そう、何時か日本を騒がせた兇姫のお人形遊びだ。 「姫様のお人形遊び、本当に気味の悪いこと……」 ふうん、と形のいい唇に浮かんだのは一種の嘲笑であった。エナーシアの目線の先に存在するキマイラは凪聖四郎の恋人の六道の兇姫の研究結果だ。彼女から貰い受けたキマイラを『己』が使わずに部下に持たせて道具とする。 「お姫様の置き土産をこういう扱いとは、吹っ切れたのかしら?」 エナーシアの言葉にイナミは己の主人のことを思い出し、小さく唇を歪める。一歩引いた場所へと振り下ろされるいりすの太刀。鳴き声を上げるアモソーゾの生前のままの美しいかんばせをエナーシアの弾丸が狙い撃つ。 「吹っ切れたのか、それともアクセルを踏み続けているのか? ああ、ブレーキかもしれないのだわ」 キマイラの叫び声の中、その目前に居た拓真の足もとが滑る。煌めく呪われた武器――glorious painに込めた渾身の一撃を込めた。生と死を分けるその力が裂帛の気合を込めて振り下ろされる。深々とアモソーゾの肩口に突き刺さる剣。その痛みから逃れる様に無茶に振り回した彼女の鉤爪が突き刺さった。 「あらゆる試練を踏破し、万難を排する力……その一端を見せてやる!」 一歩、引く拓真を狙う様にフィクサードが前線へと襲い来る。その目前、小さな子犬が地面を蹴り、くるりと姿を現した。白と桃色の髪が揺れ、大きなアホ毛が楽しげに震えた。手にしたはっぱがふわりと揺れながら、フィクサードへと突き刺さる。 「あんた、イナミ?」 その答えがノーである事をぐるぐは知っていた。高揚感はキマイラを始めてみたことからくるものであった。けれど、それが本当に始めてであるのかを『ぐるぐは知らない』。何処かで違う誰かが笑いながら、キマイラと戦った――「けど、そんなのしーらない」。何食わぬ顔で小さな子犬は笑った。 イナミと戦う事を望んだいりす。其方の相手をしたくなかったという訳でもない。だが、何でも殺せばソレでいいのだ。混乱を齎すそれがうまく作用しなくたってぐるぐは良かった。 「殺っちゃえばいっしょいっしょ」 「このっ――!」 振るわれる剣から跳ね上がり避けるぐるぐが『増えた』。否、それがぐるぐの術だ。増えた様に見せ掛けるぐるぐが幾重にも重なる幻で翻弄し続ける。惑う切っ先に零れる笑みが可愛らしい用事の物と言うよりも一つ、ゲームの悪役の如き声だった。 「GAME OVERをあげちゃう、けど、その前に。そっちはどーらい? たのしーかい?」 「直刃が楽しいかどうかよりも新婚生活の方がワタシは気になりますけれど、ね?」 くす、と唇を歪めた海依音が白翼天杖でトン、と地面を叩くと同時、広がった閃光は神聖なる裁きの光。神に見放されたと理不尽な神を嘲笑う海依音からすれば何とも皮肉な技でしかないのだが。それはそれ、結婚活動の中では己の身に付けた技を出さなければ相手へのアピールポイントにも欠けてしまうだろう。 「海依音ちゃんのジャッジはいかがです? 正義なんて誰かの悪でしかないのに」 そのアピールポイントに続き声を張り上げたミリィが呼び寄せるのは二人の魔術師だ。そのどちらかがアモソーゾの操縦を行っているとミリィは知っていた。両者に攻撃を食らわしながら、エナーシアの口が吐くのは弾丸よりも深く抉る言葉の『毒』だ。 「随分と乱暴な広告の打ち方するのねぇ。賭け事とか弱そうなタイプだわ。もっとマシなやり方があるでしょうにね」 ただ、真っ直ぐ直向きに。それが不器用で在るように思えてならないエナーシアの毒にイナミがぴくりと反応する。ソレが、己の主――エナーシアに言わせれば『凪のPrince』に向けられた言葉である様にも思えた。 「まっすぐ、良いわね? けれどね、まっすぐさんが万能なのは、残念ながらフィクションの中だけだわ」 ソレ共に弾きだされる弾丸。合わせて振るう拓真の剣がアモソーゾの傷が癒え切らぬうちに絶えず攻撃を与え続ける。 「我が双剣、そう容易く耐え得る物では無いぞ。……直ぐに、終わらせてやる!」 その言葉に人間らしく答える声など無かった。ただ、奇声を発し鉤爪を振るうソレは女の顔を苦しげに歪めて居た。無理やりの生命に、終わりの見えない玩具の体に拓真が唇を噛み締める。己の正義が全てを救うことだと拓真は知っていた。己が何のためにこの場にいるか――誰が為の正義であるか! 「もうこれ以上、君は戦わなくて良いんだ。……悪夢は今日、この瞬間で終わりを告げる!」 踏み込んだその先が真っ直ぐにアモソーゾへと振り下ろされる。形の良い二重瞼の中で、一度人間であるかのように瞳を瞬いたアモソーゾがその両手を広げたままに拓真の剣を甘受した。 その双剣は真っ直ぐに落とされる。力と己の意気を籠め、全力で振り下ろされた。 「一つが終わるってのは中々カッコいいッスね。魅せる技は好きッスよ? でも、惑わされるのは嫌いッス」 この戦場のもう一人の『タクマ』――力ではなく速度に特化した拓馬が駿馬が如き勢いでリルへと突っ込んだ。其れを避けるのは踊子の極意だ。氷を纏ったソレが変化する。質量をもつ分身が死角ゼロの場所から真っ直ぐに飛び込んだ。 「直刃ってワクワクするッスね? イナミさんの強さは何度も見た。拓馬さんも強いッスか? ――自由に動かしはしないッス。リルと踊って貰うッスから」 直接戦えない事に悔しさを覚えながらもリルは真っ直ぐに拓馬を殴りつける。その速さに心が躍らない等と嘘になる。速さに魅せられる。其れは拓真の友人が「あの速度に憧れた」と言った事もある。そう、速度は竜潜拓馬その物の武器であった。 「――さっき、言ったッスよ? 存分にリルと踊って貰う。逃がさないッスよ!」 しかし、速度に特化した拓馬では、リルの拳全てを受け流しきることには叶わない。傷つきたじろぐ彼が後衛に戻ったその時に、デュランダルの体目掛けて飛びこんでいたぐるぐがにぃ、と瞳を歪めた。 「ほら、力を示すならもっともっと一杯楽しませてくれなきゃらめらよ? たのしもーぜ?」 良い場所ならアークに飽きたら『ボク達』だって。冗談半分の言葉に、ソレは素敵ですねと嶺もくすりと笑う。天女はあくまで誰かに魅せられ続ける事は無い。 「そうそう、以前、お仲間のクロム様という方と一戦交えまして。お元気かしら?」 形の良い唇を歪めた嶺が思い出した様にイナミへと問いかける。その言葉にイナミが小さく頷いて「そうだな、覚えて居るよ?」と囁いた。そして、彼女が絡め取る気糸は美貌で全てを捉える様に真っ直ぐに絡め取る。その糸に絡まるフィクサードが一歩下がったところへとミリィがぎ、と睨みつけた。彼女や海依音といった自身の力を大幅に削りながらも攻撃を行う仲間を支援するのも嶺の仕事だ。 「銀咲君フォローはおねがいしますよ!」 「はい。了解ですよ。ミリィちゃん、海依音さん、支援致します」 オペレーターとしてアークに所属して居る彼女だからこそその視野は広い。全員の力でキマイラを落とし切った事で、直刃のフィクサードが撤退を始めようとしている事にエナーシアは気付いていた。 「一般人を襲う? そんなのわざわざ襲いに行ったりしなくても一般人ならここに居るですよ? 銃を使えるだけの『一般人』なら、ね?」 打ち出される弾丸を受け止めた拓馬へと飛び込んだリルがにい、と笑う。その目が向けられたのはいりすと応戦するイナミ。リルの目的はイナミが極めた技であった。見てみたいと思う。見たいけれど――同時に、それを己が習得したいと言う探究心の方が極めて高かったのだ。 「リルはイナミさんの本気を見て居ない。『直刃の継澤イナミ』を見せて欲しいッスよ」 見せて、魅せてくれるならば喰らうのは覚悟している。その攻撃を真っ正面から全力で受け止めたい。イナミの術はリルにとっては『魅せる戦い』だった。まっすぐで綺麗な達筋。それを真っ正面から見たいと思う。 「――リベリスタ、名前は?」 「リル。……リル・リトル・リトルッス。見せてくれないならまた今度。絶対に受け止めて見せるッスから」 その時は、とイナミは小さく笑う。その時になったら見せてやると告げるイナミの目は目の前で攻勢に転じるいりすへと向いていた。 戦場であるその隙に仕掛けるというのもアリだ。『告白』は自分の口でしなければ意味がない。己のけじめとして、真っ直ぐに言葉を伝える。全て他人の伝達などナンセンスではないか! 「小生は会いたかったよ。小生が好きになると大概死ぬんだ。君は死なないかい?」 「この身が尽きはてる時は今では無い。私はそう知っています」 真っ直ぐに振るわれる剣が渾身の一撃といりすへと叩きつける。ひゅ、と咽喉から息が漏れる。握り直した無銘の太刀の切っ先をイナミの腹へと突き立てた。一歩下がるその足、その隙をつく様にいりすが近寄って、イナミの瞳と瞳をぶつけあう。 「折れず、曲がらず、貫くのみ。剣とはそうあるべきだ」 「その通り、なればこそ私は此処であなたを倒して見せましょう。紅涙いりす!」 ギン、と弾けるように剣がぶつかり合う。赤黒い軌跡を残し、飛沫を上げるいりすの攻撃にもイナミは屈さなかった。 ● 一般人を逃がす事に対して、エナーシアの誘導を中心に、フィクサードへの対応を徹底していたリベリスタ達によりその被害は彼等が到着してからはゼロに等しかった。 長らく続いた戦闘を結果的に云えば、六道の兇姫の置き土産たるキマイラ『アモソーゾ』を倒し切り、直刃のフィクサード達とも上手く交戦で来ていたと言えよう。 その最中、ミリィは如何してここで『アモソーゾ』を使ったのであろうか。己の証明をしたいのか。自身等が暗躍している事を示したいのか――ソレは聊か見当違いだとミリィは憐れんだ。 「継澤イナミ、あなたの己が存在を保持する為の刃は借り物の力なのだと、そう証明して魅せたかったのですか?」 「私の力の誇示ではない、私の存在の保持では無い。ただ、彼が――凪聖四郎が居る事を知って居ればそれでいい」 唯それだけだと、告げる彼女もリベリスタも傷だらけであった。これ以上は無理でしょう、とミリィが告げる声に聡明なる凪聖四郎の懐刀は傷ついた竜潜拓馬へと視線を送り、撤退を促した。 「退くならば追わん。お前達ばかりに構っては居れんのでな。 ……それと竜潜──天風からお前に伝言だ。また何れ縁が有れば戦いを……だと」 「ああ、じゃあ、こう伝えてくれ。――俺は何時でも待っている、と」 その声のまま、真っ直ぐに去る拓馬を見詰めた拓真が武器を降ろし息を付く。 「覚えてくれましたか? 継澤イナミ君」 その殿、去っていくイナミの背中に甘ったるく投げかける声。それが宣戦布告の言葉で無い事をその場の全員は知っていたのかもしれなかった。細められるブラウンに浮かんだのは何処か偽善的な笑みだ。 「うふふ、聖四郎さんに伝えて貰えませんか? 聖四郎さんを慰められる女がアークにいると」 何時か、彼が失恋した、恋人が倫敦へと旅立ったと風の噂に聞いた時に玉の輿だと笑ったものだ。それが女の情としての誘い文句であるか、それともアークのリベリスタとしての言葉であるのかを分からないまま、イナミは立ち上がり、海依音の巧妙に本心を隠した優しげな『聖女の笑み』を見詰めている。 「ワタシは神裂海依音。素敵なお返事待っています」 デートのお誘いなら幾らだって、そう告げる声に重なる様にいりすがゆったりと笑みを浮かべ傷を負ったイナミへと唇で紡いだのは約束だ。格好付け、負けも全てを認めない。 唯、闘争の果てに彼女の手にしている剣を手に居れたくて堪らない。収集癖と重なり合った愛情に唇を釣り上げて覗いた牙はイナミへと噛み付く事を楽しみにする様にぎらりと光っていた。 残ったのは華やかな歓楽街を照らし続ける電光の色だけだった―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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