●翅音 水槽に垂らした液体で一気に死滅する魚の様子を見て笑う女の後姿を夏生という少女はぼんやりと見詰めていた。 数少ない友達は全員悪趣味だ。無論、夏生だってアーティファクトが大好きであるし、そのアーティファクトを『効率よく利用』すれば更に素敵な『玩具』が手に入る事を知っているのだから、十分悪趣味なのだが。 「こもりちゃん。あのね、お魚死んじゃったよ?」 白衣を揺らす女はくつくつと厭らしく笑うのみだ。夏生はこの女のこういう『話を聞かない』所が大嫌いだ。別に自分は彼女の研究に興味はないから如何でも良いのだけれども。 「こもりちゃん。あのね、蝶ちゃんがお腹空いたって」 背後でがしゃがしゃと手錠を鳴らす夏生の可愛いお友達がキィと奇声をあげている。尤も、その友達はグロテスクな外見をしているのだが夏生は今日も可愛い子だなあとしか思わない。 鮮やかな蝶々の羽も、四本の手も、可愛い。12月の末に怪我をしてしまったけど、やはり可愛い。 「こもりちゃん……あのね」 遊びに行こうよ、とくい、と白衣を引っ張ればにい、と唇を歪めて女――花籠は笑う。毒瓶を片手に「うんうん」と頷いて、彼女はその瓶の中身を一気に水槽へと零していく。 身体をばたばたとさせ、次第にその生命活動を止めていく魚たちに女は幸せそうに笑って「Aha」と小さく笑みを漏らす。こういう所も夏生はあまり好きじゃない。なんだか、花籠は気持ち悪い。自分も十分気持ち悪いのだけれど。 「なっちゃん、『毒』を一般人に使って良いってこと? 良い気持ちだねえ」 「……こもりちゃんが、したいなら幾らだって試してみよう?」 研究の結果が楽しみだね、と首を傾げて笑えば、頷き続ける女に夏生は友達だけど、やっぱり気持ち悪いなと少しだけ思った。 ●ブリーフィング 「好きこそものの上手なれ。探究心はとても大事なのですよ。捻くれなければね」 せんせいとのお約束です、だなんて無い胸を張った『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は資料を片手にリベリスタを見回した。 「とある湖があるんだけど、其処に毒を撒こうとする動きを観測したわ。まあ、その前に市街で毒入りのドリンクとか配布しようとしてるフィクサードなのだけど。 例えで無く食中りね。絶対に美味しくないどころか、死に至るわ! 不味いもん」 べぇ、と舌を出して嫌々と首を振る様子は露骨な拒絶だった。世恋はフィクサードの主流七派の事を『食中り』と称する。そのうちの一つだと言う事を一言で告げたのだろう。 「――相手は六道。玩具を手に毒を振りまいて、自分の研究結果を見たいらしいわ。 毒に魅入られた気持ち悪い女が居るんだけど彼女と、その友人のフィクサード……と、その『トモダチ』ことキマイラが四体よ」 モニターに映し出されたキマイラの姿に数人のリベリスタがわあ、と小さく声をあげる。 美しい蝶々の羽を生やし、四本の腕を持った少女が獲物を欲しがるように奇声を発している。殺戮に特化しているのだろうか周辺住民を狙った攻撃を行う可能性があると世恋はじ、とキマイラを見つめていた。 「何にせよ一般人に被害が出る前に食い止めて欲しいわ。現状ではある程度の一般人の避難は済ませて在るけれど、それ以上の対応は出来て居ない。誰かが巻き込まれる可能性も否めないわ」 人通りが無い道を通ってくれているというのも此方からすれば好機ではあるのだが、其処に誰かが迷いこまない可能性も無いとは言い切れないのだと言う。 現に、彼女等が向かう湖には釣りを楽しむ住民らの姿も見受けられて居るのだから、フィクサードと一般人が出逢えば毒入りのドリンク譲渡などのイベントが発生してしまうだろう。 「六道はその性質上、自分の益を求めて動くわ。特にこの毒好き貴婦人……花籠は毒の為であればなんだってする様な女よ。女王様に頼まれて白雪姫を殺しに行く『魔女』だって、林檎に毒を仕込んでいい人の振りをしていたでしょ。……まあ、器用ってことかしらね。 花籠はどんなものだって使ってでも自分の研究結果を見ようとする。逆に言えば、他の物には全く持って興味が無い。彼女と共に居る夏生という少女だってそうよ。今回はつれている影蝶というキマイラに夢中よ」 彼女らのパーソナルデータは兎も角しても、何かの被害が出る前に止めて頂きたいの、とリベリスタを見回して世恋はお願いするわ、と頭を下げる。 「魚の入った水槽に毒を零すでしょ、そしたら一気に死んでしまうのね。其れを見てウフフですって。悪趣味……ううん、御免なさい。何でもないわ。 さあ、目を開けて。悪い夢を――毒入り林檎を勧める魔女なんて成敗しましょう?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年05月11日(土)00:13 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● まだ昼下がりだと言うのに湿っぽい空気が支配するのは近くに湖があるからか、それとも人通りが少ないがゆえに抜け穴の様になっているからであろうか。 所謂、『事件が起こり易い路地裏』で迎撃態勢を整えて居たリベリスタ達は目の前に迫りくるフィクサードを捉え武器を構えた。 葬刀魔喰から揺らめく魔力は『閃刃斬魔』蜂須賀 朔(BNE004313)の戦意でも映す様に真っ直ぐである。彼女の瞳がじ、と捉えたのは一人の少女だ。何処かぼんやりとした瞳の少女の手が気色悪い擬音を唇から漏らす『兇姫の玩具』の頭を撫でる。 「のぅ、夏生かえ? 伝言があるのじゃよ」 ゆっくりと唇を歪め、魔力を内包した天元・七星公主をゆっくりとフィクサードに向けた『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)の瞳は常と変らない遊戯を楽しむ子供の感情が宿っている。瑠琵に名前を呼ばれた少女へと一気に詰めよる朔がその身に纏う速さに、夏生が隣に立っている女を見据える。 「……こもりちゃん、遊びに行くの、後にしよ?」 「なっちゃん。遊び相手が沢山居るのに?」 その笑みに背筋に走るのは何時か喪った筈の記憶がその身の内で疼いたからであろうか。『境界のイミテーション』コーディ・N・アンドヴァラモフ(BNE004107)が「マッドサイエンティスト」と呼べば、白衣の女――花籠が幸せそうに笑う。浮き上がるコーディの足元で、『てるてる坊主』焦燥院 フツ(BNE001054)が数珠を握りしめた。じゃらり、音を立てるソレが周辺へと広めたのは一般人が近寄らない為の対処だ。広まる強結界に一般人はNGなのでせうと『自称一般人』の『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)は小さく頷いた。 「銃を使える一般人はお呼びじゃないかしら」 「貴方、一般人? 素敵ねえ!」 きらり、と女の瞳が輝いた。無論、この状況で銃を使える事は何らかの革醒者であるのだが、毒を盛る事を目的とした花籠には通じない。やや前衛寄り。出来うる限り湖から離れた位置での迎撃をと行った対処によりリベリスタとフィクサードは湖をその視界にうつす事は無い。地面を蹴り、吐き出す鉛玉が夏生のお友達の体へを抉っていく。 「キマイラね、気持ち悪いだけに見えるんだけど、それ、可愛いの?」 アヴァラブレイカーが音を立てる。吐き出す黒の瘴気がフィクサードやキマイラ、包み込める全てを倒そうとその暗闇を吐き出していく。『狂奔する黒き風車は標となりて』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)の黒髪が少女の体には巨大過ぎる黒き剣――巨鉈によって舞い上がる。 「残念だけど、わたしには可愛くみえない。わたしは風車。風を以って力の標とならん!」 ふわり、吹く風があの日に得た黒き風車を思い描く。戦士の矜持を胸に抱きフランシスカが剣を振り下ろす。 嗚呼、それを良い風だと『紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)はぼんやり思う。きゅ、と握りしめた紫苑乃数珠-祈-。体内に巡る魔力を感じながら、桜を纏うシエルがはて、と首を傾げた。 「何故、毒に魅せられたのでしょうか?」 任務を成せば分かるかしら、と色付く唇が紡ぐ声に可笑しそうに笑った『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)が両手をひらひらと揺らした後、怪人染みた衣装の中から銃を取り出した。仮面の奥、赤い瞳が小さく笑う。 「さてさて、ここは通行止めと言う奴な訳ですな」 お分かり頂けるだろうか、と囁く彼の目の前でキマイラの少女がキィと鳴いた。 ● また逢ったと夏生へと視線を遣ったエナーシアは呆れの色を灯したままにPDWを構え、弾丸を発射する。キマイラを狙い、撃ち抜くソレに夏生が踏み出す一歩、行方を遮る朔がその踏み込んだままに鞘から剣を抜きだした。光の飛沫をあげて、我流の居合い術を見せる朔に夏生の瞳が小さく瞬く。 「『閃刃斬魔』、推して参る。君はアーティファクトが好きらしいな?」 「その、刀、面白いね?」 朔にとって六道のフィクサードと相対するのは初めてだった。力、心を問わず強者には何かしらの好感を持つ彼女の性質上、剣林こそ尤も『好み』ではあるのだが、求道の徒たる六道とてその力を極めると言う意味では『強者』へと分類されるだろう。 「道具は使ってこそだ。私もこの刀を振るう。だからこそ、君もその道具を使って本気で来給え!」 しゃり、と音を立てる様に。夏生のブレスレットが氷を孕む。ナイフが真っ直ぐに朔の腹を目掛け、鞘に受け止められる。彼女の横腹を掠めるチェインライトニング。だが、素早く動きまわる事に特化している影蝶には掠めるのみで留まってしまう。 背後でくすくすと笑う女はまるで毒林檎を手にした魔女だ。何処かに女王様でも居るのかと錯覚するその様子に「面白いのぅ」と唇を歪めた瑠琵が指す様に指先を向ける。 揺らめく指先をじ、と見据えた花籠が興味深そうに瑠琵を見詰めるが、彼女は相変わらず夏生に興味を示していた。シュールなすれ違いの光景にもキィキィと気色悪い鳴き声を発するキマイラは気にとめない。真っ直ぐに飛び込むその体から精神力を奪い取る。 ノワールオルール。熟練のヴァンパイアの至る境地だ。宵咲当主として、何よりも歴戦のリベリスタとしての結果を今、示した瑠琵に花籠が「おもしろぉい」と柔らかく笑った。 「面白がってる暇はないと思うがね」 魔槍深緋がとん、とアスファルトを叩く。フツの周辺に広がる陣がフィクサードやキマイラの体を束縛した。ギィと鳴き声を発するキマイラにグレーのサングラスの向こうで黒い瞳を細めて槍を向ける。 「言葉を発せない以上、恨み事も聞けやしねえ。極楽浄土に送ってやるぜ」 「……友達に、手出しさせない」 一言発した声に面白そうに笑う九十九がコマ送りの視界の中で弾丸を打ち出し続ける。抉る弾丸がキマイラやフィクサードへと雨の様に降り注いだ。彼は『怪人』だ。その外見故に別チャンネルの生物かと疑われる事がある。それ故にキマイラ等、恐るるに足らず。 「やや、知っていますかな。昔、テレビの戦隊モノで悪役がダムに毒を入れるとか言う話しが有りましたな。 フィクションではありますけど、結構非道な作戦ですよな」 「あら、それって私が『悪役』でリベリスタは宛ら『ヒーロー』と言う事?」 面白いねえ、と間延びした声で返す花籠の炎がちりちりと燃え盛る。視認が通る後衛位置に居るコーディやフツを巻き込むゲヘナの火に小さな舌打ちを漏らしたのはフランシスカだ。 とん、と蹴り上げるアスファルト。体を回転させるようにアヴァラブレイカーを振るっていく。黒き瘴気が彼女の周りを揺蕩いキマイラ達を包み込む。集中を挟んだ一撃は後衛位置へと攻撃を行うフィクサードへの苛立ちを込めた渾身の一撃だ。 「何かに魅せられるってのはね、良い事だと思うけどさ! 面倒な騒ぎ起こす前にお帰り頂きたいものね!」 「成果の確認が実験において大切なことなのだろうが、生憎、理解したくはないな」 少しばかりでも理解できている自分に嫌気がさすのだとコーディが口の中で呟いた。ガードロッドが地面を叩く。流れ込む思考に翻弄されながらも、浮かび上がる彼女が掌を花籠へと翳した。暴れるキマイラが前線位置に存在している。其れをも全て巻き込んで彼女が瞳を開いたと同時、放たれる雷撃。 「毒入りドリンクな……お世辞にも良い趣味とは言えんな!」 「飲んでみても良いのよ? 食わず――飲まず嫌いはイケナイのよう」 ひゅん、と霞めるナイフに朔が後ずさる。キマイラは一個体ごとに強力であることには違いない。じり、と下がる足に力を込めて、放ちだすアル・シャンパーニュ。光の飛沫が夏生の視界を覆う。彼女の体を癒す影蝶が鳴き声を上げた。 それは鼓膜を叩く『不快』な音色だ。この戦闘には似合わない音色に朔がす、と金の瞳を細めて、横へと突き刺した。 「邪魔をするな、羽虫風情が! 不愉快だ!」 「――ねえ、お友達に、何するの?」 今まで虚空を見つめていた夏生の瞳に灯るのは彼女からは想像できない殺意であった。嗚呼、けれど、其れさえも朔にとっては有意義な時間を過ごす為のスパイスでしかない。 その一方で、夏生の様子に溜め息をついたのはエナーシアだった。夏際に出逢った引きこもりが友達にするとしては随分趣味が悪い。けれど、誰とも繋がる事が無かった少女の『悪縁』に在るだけましなのかしらと首を傾げて弾丸を繰り出した。Gun Cleanerで丁寧に磨かれたPDWから撃ちだされる弾丸もやはり使用者の気持ちがこもるのか、真っ直ぐの軌道を保っている。 「少々悪い遊びとまいりませうか? こうして遊びたかったのでせう? お代は見てのお帰りなのだわ!」 「遊び――良いではないか。夏生! お主の友人から伝言じゃ!」 影を食いとめ、不吉を呼ぶ。瑠琵は真っ直ぐに夏生へと叫ぶ。朔へとナイフを突き刺す彼女の視線がちらり、と瑠琵へと向けられた。形良い唇から覗く牙。上がる口角から、瑠琵が純粋に楽しんでいるという事が解る。 「『小生が寂しくて死んでしまうので遊びに来るように』じゃと。死なれては困るし、わらわも大歓迎じゃよ?」 遊びに手招く瑠琵に視線を揺らして夏生は何時かの夏に出逢った鮫を思い出す。似た鰐を見た事も思い出した。けれど、それとこれとは別問題だ。 「六道は、六道らしく。己の研究の為に犠牲は厭わないのよう」 「――なれば止めさせて頂きましょう」 癒しを乞うシエルが緩やかに笑う。念仏でも唱える様に目を伏せていたフツがその体を花籠に貫かれていても、その作業を終える事は無い。 「極楽浄土へは連れてってやれないが、見せて遣る事はできるぜ?」 広がる気配に夏生が後ずさる。瞬時に、追いかける朔の切っ先が夏生の頬を切り裂いた。夏生を殺してはならん、と背後から瑠琵の声がかかる。 「出来れば怪我無く帰って頂きたんですがな。おっと、目に見えずとも」 「――そう、目に見えずとも、捉えた」 九十九の声に続き、コーディの声が掛かる。目を凝らし、その姿を捉えられなくなったとしても超直観が告げ、しっかりと認識した。繰り出される四重奏。白衣をはためかせる花籠の体を貫くソレに続くフランシスカが剣を振るう。 「どうする? 気持ち悪い生物は何匹かお休みなさいしちゃったようだけど!」 ● 討ちだされ続ける弾丸は雨の様だ。怪人の噂。雨の日に傘を持たぬ人の前に現れる怪人。――ああ、今ならその雨が弾丸の事ではないかと後衛で攻撃を続けるコーディはぼんやりと思う。彼女の繰り出す雷撃が着実に敵を無力化させていった。 「これぞトリガーハッピー」と笑った九十九に花籠が小さく舌打ちを零す。女子供を傷つけるのは本心からでは無い。くつくつ笑う九十九達全てを包み込もうと花籠が猛攻を行う。 「申し訳御座いませんが、ここを通す訳には参りません」 シエルの表情からは笑みは消えない。回復手の多かった六道側と比べ、やや疲れを浮かべるシエルであるが、継続戦闘は彼女の回復のお陰であるとも言えよう。 無力化された影蝶が眠る様に地面へと這い蹲る。キマイラ――友達の死を目の当たりにし、夏生は更に攻勢を強めた。一方で、早く湖に向かいたい花籠は行く手を遮るリベリスタを退かそうと焦りを浮かべていた。 庇い手の無いシエルが懸命に耐える様に回復を続けていく。マグメイガスである女は後衛位置にストレートで攻撃を与え続けていたのだ。 「っ……花籠様、私、毒ペッパー好きです。花籠様は?」 「……なあに、それ?」 「自称清涼飲料水です」 痛みを堪えながらもふわり、笑うシエルは己の空気を壊さない。あくまで自分は自分。そのペースを壊せばこの戦闘にも亀裂が入るだろう。毒の入ったドリンクが花籠の鞄から零れ落ちる。じ、と見詰めたエナーシアが一つくださらないと笑った。 「知ってる? 鉛弾というのは結構な毒なそうよ? 遠慮うせずタップリ喰らって頂けたかしら?」 「十分。ほぅら、お飲みになって」 に、と唇が歪む。花籠の持っている『花毒の林檎』目掛けて繰り出されたコーディの魔術。弾け飛ぶソレに花籠が目を見開いた。 その瞬間、蓋をあけ、飲み干した。咽喉へと落ちる毒の味に舌がしびれるような感覚がしてもエナーシアは舌をべ、と出して笑う。 「うぎぎ、一般人に毒を盛るなんて酷いのです。な、なあに、かえって免疫が付くのです」 ぴい、と泣くような仕草を見せる彼女にお味は、と聞くシエルが癒しを乞う。前線で戦う朔の腹が抉れる。だが、その勢いは止まらない。回復手の居るリベリスタは態々とフィクサードを殺そうとは思わなかったのだろう。 花籠が唇を噛み締める。黒き瘴気を纏ったフランシスカの体力が尽きてしまうが、彼女を補佐する様に背後で四色の光をはじき出すコーディがその往く手を遮った。 「そのような『毒』を完成させて如何する! それとも実験がしたいだけ、という類か!」 「毒こそが至高! なればこそ――」 己の道を進む事こそが六道だ、と胸を張る。嗚呼、その様にも九十九は肩をすくめた。撃ち続けて花籠の足がじり、と後退する。逃げ道の無い場所で、シエルが翼を揺らして小さく微笑んだ。 腕で揺れる数珠。癒しの術を研鑽し続けたからこその自分の存在意義。只管に癒し続ける彼女を援護するエナーシアの足がアスファルトを滑った。 「口の毒の方が猛毒? 一般人は有毒じゃないのですよ?」 「良く言うわあっ!」 ある意味では毒舌であろうか。言葉から感じる毒に花籠が吠える。言葉が毒を孕む事を瑠琵も知っていた。朔との戦闘に近付いていく彼女はあくまで夏生に止めを刺させない。ソレは瑠琵自身の大切な友人が懇意にしている少女だからという理由だ。 「良いかぇ? 相手の事を気持ち悪いと思ったり、耳を貸してくれなかったりする。 それは果たして『友』と呼べるのか? わらわは呼べぬと思うのじゃ」 だからこそだ、瑠琵は逢川夏生に興味がある。それは、単純な興味であるけれど。 友人とは互いに興味を持ち、想い出を共有するものだ。想い出という言葉にエナーシアがぴくり、と反応する。残暑、エナーシアが夏生に「想い出はやれない」とハッキリと言い渡した事が彼女の記憶にもあったのだろうか。 ナイフが朔を目掛けて振り下ろされる。避け、再び繰り出す剣戟に夏生が浅く息を吐いた。 構えた銃は真っ直ぐに夏生と花籠を狙っている。ふらつく足で後ずさる花籠の体を支えた夏生は小さく首を振った。『悪役』と認定されたフィクサードが『ヒーロー』であるリベリスタと分かり合えるか――応えは。 「――ううん。アークも、十分気持ち悪いよ」 ぼんやりと、自分が気持ち悪いし、皆気持ち悪い。けれど、夏生にとっては花籠も友人なのだろう。 リベリスタとフィクサードには思想の違いが生じる。それにより、勧誘は余りに上手くゆく事は無いだろう。言葉のみで簡単に手をとるのはレアケースであるのかもしれない。 夏生という少女は六道だ。己の進むべき道を、己でしっかりと自覚していた。 「私は二人を斬ることだけを考えている。逢川くん、君も『己の為すべき』を果たしたいのだろう?」 「……そう、為さねば何が六道? 何が探究者?」 「ならば全力で、首をとるのみ!」 朔は己の思うが道を進む。その姿は剣林にも似ているが、六道にも似ているのだろうか。 己を思うまま、光る飛沫をあげる切っ先が、敵を目掛けて更にその精度を増していく。 「私は思うがまま。己を信ずるままに!」 真っ直ぐ走る朔の葬刀魔喰が振り下ろされる。 アスファルトを下駄が蹴る。なつお、と名を呼んだ。飛びこむのは陰陽を分けし齢八十の幼女だ。身を挺してでも庇うと、そう決めていたのだ。それが彼女の選んだある種の『己の道』なのであろうか。 ――ぎん。 音を立てるソレが瑠琵の天元・七星公主へと受け止められた。ならぬ、と小さく首を振る。その様子を見詰めながらフツが解いた陣地。空の色が変わる様な錯覚を覚えながら、じ、と見据える仲間達の中で瑠琵は朔を見つめ、もう一度ならぬと囁いた。 「夏生、如何じゃ。アークに来て、皆と一緒に想い出作らんかぇ?」 瑠琵の言葉にぼんやりとした瞳で夏生は見据えてから首を振った。景色が溶ける。何処か、遠くで水音がする。嗚呼、けれど湖は未だに遠い。これ以上は、と意識を失った花籠の体を支えて、夏生は引き摺りながら背を向けた。 ぽたぽた、と血が滴る中で少女は逃げ往く。その背を誰も追いやしない。救うと決めていた瑠琵が名を呼んだ。 振り仰ぎ、鮫の牙を覗かせた夏生はぼんやりとした瞳で瑠琵を見つめ、己と相対し続けた朔を見据えてから、小さく笑った。 「……ねえ、また、逢おう? リベリスタとフィクサードは何時だって、敵同士だから。楽しみに、してる」 遠くから聞こえるざわめきに、シエルが小さく囁いた。 一般人が現れるのでしょう、と。強結界や陣地作成のお陰で現れなかった一般人。被害なく、終れた事に安堵しながらも、伸ばした指先を降ろして瑠琵は溜め息をつく。 「ところで、どんな味じゃった?」 エナーシアの飲み干したドリンクをじ、と見詰める赤い瞳に、肩を竦めてエナーシアは笑った。 空になった『毒入りジュース』。花籠という女の作品は未だ最高傑作には遠いのだろう。 「お世辞にも美味しいとはいえないのだわ。30点位でせう」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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