● 昔から、妹は恋に焦がれていた。 私がいくら可愛がっても、あの子が満たされることはなかった。 家族の愛と、男女のそれはまた違うのだと。 最初に妹に近付いたのは、とんでもない下衆な男だった。 女癖が悪い癖に、妹が自分から離れていくことだけは許さなかった。 あらゆる手を使って束縛し、時に暴力まで用いて意のままにしようとした。 妹もまた、それを愛と勘違いしてしまった。 雁字搦めに縛られ、散々に嬲られる痛みこそが、あの子にとっての恋だった。 家を飛び出した妹の行方を探し当てた時、あの子は男の死体を抱いて笑っていた。 男に殺されかけて革醒し、反射的に返り討ちにしたのだろう。 ――姉さん、見て。ようやく愛を手に入れたわ。 血濡れた顔で笑う妹の瞳は、うっすらと狂気を湛えていた。 私が男の死体に力を吹き込んでやると、あの子は嬉しい――と無邪気に微笑んだ。 今、私の前には、酷く傷ついた妹の姿がある。 真新しいワンピースを纏っても、左胸に穿たれた深い傷は隠せない。 物言わぬ妹は、なお微笑みを湛えており――それが余計に痛々しかった。 「ミーナ、少しだけ待っていておくれ」 白く冷たい頬を撫で、妹に囁きかける。 先の戦いで、『楽団』は偉大なる指揮者と木管パートリーダーを相次いで失い、多くの楽団員が命を落とした。妹のジェルソミーナも、その一人だ。 だが、まだ終わりではない。『第一バイオリン』の男と『歌姫』は今も健在であり、アークへの再戦を決めている。 たとえ指揮者が不在でも、『楽団』が奏でる混沌組曲は止まらない。この世に死がある限り、我々はいくらでも『楽器』を増やすことができる。追加公演は、充分に可能だ。 このアンコールをもって、私は妹に望むものを与えよう。 あれほどまでに恋焦がれたアークのリベリスタ――その亡骸と、永遠の夢を。 ● 「今回、皆に向かってもらうのは四国――高知県の高知市だ。そこに『楽団』の生き残りが現れた」 アーク本部のブリーフィングルームで、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)はそう言って話を切り出した。 過日、『混沌組曲』で日本全国を混乱に陥れた『楽団』。 彼らは三高平市の戦いで指揮者たるケイオス・“コンダクター”・カントーリオと、木管パートリーダーたるモーゼス・“インスティゲーター”・マカライネンをアークに討ち取られ、その他の楽団員も大幅に数を減じた。 だが、ケイオスの腹心であった『第一バイオリン』バレット・“パフォーマー”・バレンティーノと『歌姫』シアー・“シンガー”・シカリーの二名は生存しており、指揮者不在の『アンコール』を行うべく、残る楽団員に働きかけているらしい。 「楽団員はチューバ奏者の『ジェルトルデ・ラヴァネッリ』。 何度かアークと交戦経験があるが、先の戦いで妹のジェルソミーナを失っている。 今頃は、『妹を傷つけた』アークのリベリスタに復讐心を燃やしているだろう」 ジェルトルデは妹を含む死者たちを引き連れ、高知市の霊園に向かっている。 おそらくはそこに眠る者を揺り起こし、死霊として手勢に加えるつもりだろう。『楽団』にとって、死者とはすなわち戦力である。三高平市の戦いで失われたそれを補うべく、彼らは『楽団』による爪痕が強く残る近畿、中国、四国、沖縄の四地域に的を絞って動き出したのだ。 最終目標がアークへのリベンジであることは、もはや疑いようがない。 「ジェルトルデが連れている死者は、開始時点で15体。 うちの5体が、ジェルソミーナを含む元革醒者の死体だ」 言うまでもなく、元革醒者の死体は一般人のそれよりもかなり強力である。ジェルトルデ本人の実力も考えると、決して侮れない。 「――加えて、一定時間が経過するごとに、ジェルトルデの力で眠りから目覚めた死霊たちが加勢してくる」 一体一体はそれほど強くないものの、実体を持たない彼らはブロックが出来ない。際限なく数が増えていくのを放置した場合、思わぬ苦戦を強いられるかもしれない。 「現場は暗いから、明かりの準備を忘れないようにな。当然、あっちは夜だろうと支障なく動けるから」 説明を終えた後、数史はリベリスタ達を見る。 「皆が行けば、ジェルトルデはなりふり構わず命を狙ってくるだろう。 危険な任務だが、このまま放っておけば高知市の市街に死者の群れが溢れることになる。 これ以上『楽団』による被害が広がるのを、アークとして放ってはおけない」 悪いが頼まれてくれるか――と、黒髪黒翼のフォーチュナは言った。 「どうか気をつけて。必ず、全員でここに戻ってきてくれ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月11日(木)00:19 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 海の見える霊園に、チューバの音色が響く。 激しくも、どこか悲しい低音のリズム。ジェルトルデ・ラヴァネッリは今、切実に『楽器』を必要としていた。傍らで微笑む最愛の妹、ジェルソミーナのために。 音楽家として鍛えられた耳が、演奏に割り込んできたノイズを捉える。闇に目を凝らすと、こちらに走ってくる複数の人影が見えた。 ――やはり来たか、憎きアークのリベリスタ。 死者たちを従え、陣形を整える。敵が身構えたのを認めて、『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)が口を開いた。 「……また相見えましたね」 彼我の距離は、まだ20メートル以上。それにも拘らず、ジェルトルデの殺気はここまではっきりと伝わってくる。先日、姉妹揃って三高平市を襲撃した時より、なお凄まじい。 「覚えてるかな。アークのリベリスタ、メイだ」 慧架と同様、ジェルトルデと因縁のあるメンバーの一人――『刃の猫』梶・リュクターン・五月(BNE000267)が、鈴が鳴るような声で名乗る。 底無しの憎悪を孕んで響き渡る、チューバの低音。それを全身で受け止めながら、五月はジェルトルデと、その隣に佇むジェルソミーナの亡骸を真っ直ぐに見た。 ジェルトルデが復讐に燃えるのは、至ってまっとうな反応だろう。『楽団』の死生観が常人のそれと異なることを差し引いても、『最愛の妹に癒えない傷を負わせた』自分達を許す道理はない。 けれど。黙って仇を討たせてやる訳にいかないのも事実。五月が右側に視線を走らせると、彼女が『せんせ(先生)』と慕う『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)の横顔が見えた。 「こんばんは。さよならを言いに来たよ」 姉妹から目を逸らすことなく、彼はそっと囁く。終の静かな声と、怒りに満ちたチューバの音を同時に聞きながら、慧架はふと思いを馳せた。 殺し、殺されて。そこに生まれるのは、新たな恨みと悲しみばかりで。 そうまでして死者の遺した想いに囚われ続ける『楽団』とは、『混沌組曲』とは、果たして何なのか。今は考えても、仕方のないことだけれど。 「鈴宮慧架、参ります――!」 暗視ゴーグルの位置を直し、墓石の隙間を抜ける。そろそろ、互いの射程に入るだろうか。 身体能力のギアを上げた『続・人間失格』紅涙・いりす(BNE004136)が、顔を覆う道化の仮面からくぐもった声を漏らした。 「それじゃ、この三文芝居の幕を引こう。盛大に。凄惨に」 ● 愛用の改造小銃を両手で構えた『ミックス』ユウ・バスタード(BNE003137)が、銃口を天に向ける。 時間が経過するごとに数を増やす敵に対して、長期戦は不利だ。よって、採るべき作戦は一つ。 「――ただ、速攻あるのみです!」 夜空を貫いた弾丸が魔力を散らし、数多の炎を生む。敵に降り注ぐ火矢を眺めながら、『足らずの』晦 烏(BNE002858)が両陣営の配置を分析した。 突出を避けるという方針上、一手で楽団員に近接するのは厳しい。烏に先んじて動いたいりすや慧架、五月といったメンバーは現状、彼我の中間点に留まっている。おそらく、敵は『壁』となる死者を前に出して、リベリスタを足止めしようとする筈だ。 「まずは、前衛組のフォローといくかね」 紫煙を燻らせ、“二四式・改”の引き金に指をかける。烏が死者たちに散弾を浴びせていく傍らで、『親不知』秋月・仁身(BNE004092)が投槍に呪いの力を注ぎ込んだ。 「こっちも痛いんです。そっちも気合入れて痛がってくださいね?」 自らの身をも削る断罪の一撃が、チューバのピストンを操るジェルトルデの肩口を掠める。直後、彼女の全身を淡い光が包んだ。霊体を憑依させ、気紛れな運命(ドラマ)の加護を得たのだろう。 二体の死者が姉妹を庇い、その前に立つ一体が無数の気糸でリベリスタを撃つ。残る十一体は、ブロックで前衛たちを抑えにかかった。 大剣を軽々と振るう一体が、真空の衝撃波で終を狙う。咄嗟に割り込んだ『やる気のない男』上沢 翔太(BNE000943)の脇腹が切り裂かれ、鮮血が飛沫を上げた。 「終、俺の事は気にするな」 続いて飛来した死のカードを逆手のマントで払いつつ、肩越しに声をかける。これまでの因縁から、終や自分が特に狙われるであろうことは予想がついていた。 来ると分かっていれば、防ぎようはある。『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)が、強靭な力場で終の身を覆った。 クロスイージスと思しき一体に庇われながら、ジェルソミーナが霊魂の弾丸を飛ばす。貴重な革醒者を自分ではなく妹の護衛に用いるあたり、ジェルトルデの想いの深さが窺えた。 墓石を盾にその一撃を凌いだ『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)が、二刀を構えて前進する。 白い面に虚ろな笑みを湛える、ジェルソミーナの亡骸。つい先日、彼はこれと良く似たものを見たことがあった。 地に倒れ伏す、幼い子供たち。歪んだ幸福に包まれたまま、呆気なく命を奪われた魂の抜け殻。 「守れなかった。守りたいものを。――その気持ちは、よくわかるさ」 大きく踏み込み、横薙ぎに二刀を振るう。巻き起こった烈風が、立ち塞がる死者たちを呑み込んだ。 ● 闇の中、赤と黒の道化が踊る。残像と共に繰り出された刃が、物言わぬ屍に喰らいついた。 「――妹さん、素敵な顔だね」 死者たちを切り刻みながら、いりすは皮肉げな口調でジェルトルデに語りかける。最前線で氷刃の霧を生み出す終が、そこに声を重ねた。 「お姉さんは恋の架け橋をする神父様の役かな? 物語では神父様は架け橋になれずに終わっちゃうけど☆」 自分を睨むジェルトルデの射殺すような視線を受け止め、胸の内でごめんなさい――と詫びる。 挑発も戦術のうちとはいえ、妹を喪った姉の悲しみを思うと、やはり心が痛んだ。 その身に疾風を纏った慧架が、雷撃の武舞を展開して周囲の敵を次々に打つ。チューバのベルから発射されたジェルトルデの弾丸が、怨念を込めてリベリスタを貫いた。 「随分と鼻息が荒いことで。おっかないねぇ」 墓石の陰に立って遮蔽を確保した烏が、憤懣やる方なしといった風情のジェルトルデを見て呟く。戦いの最中であろうと、飄々とした言動は変わらない。 「……ただ、そこいらに付け込む隙はありそうだがね」 紫煙を薄く吐いて、姉妹の前に立つ一体に視線を移す。庇い手を除いて唯一後列に残ったあれは、おそらくプロアデプト。常に急所を狙い撃つオーラの糸は、こちらにとって脅威だ。 神秘の罠を展開し、プロアデプトの屍を雁字搦めに縛り上げる。そこに断罪の魔弾を撃ち込んだ仁身が、素っ気無く言った。 「大切な妹さんを、貴女が一番踏みにじっているような気がしますが」 眼鏡のレンズ越しにジェルトルデを眺め、どこまでも辛辣に言葉を紡ぐ。 「貴女にとって人とは何ですか? 肉が、運命の残滓がうろつき回っていればそれで満足なんですか?」 ジェルトルデの表情が、はっきりと怒りに歪んだ。マウスピースで口を塞がれていなければ、悪罵の一つや二つ叩き返していたかもしれない。 仁身に続いて挑発を口にしかけたユウが、寸前でそれを飲み込む。自分がジェルトルデを煽っても、現状においてメリットは薄い。このまま火力に専念する方が、よほど貢献できる筈だ。 表情を引き締め、青い瞳で敵を見据える。空から落ちるインドラの火が死者たちを炎に包む中、五月が仲間に呼びかけた。 「出来る限り、周りを固めた方がいいと思うのだ」 姉妹が得意とする霊魂の弾丸は、おそらく範囲攻撃ではなく複数攻撃の類だろう。それなら、散開するより密集していた方が守りやすく、こちらの攻撃も集中させやすい。もっとも、障害物が多いこの場所では一塊になるにしても限界はあるだろうが。 アメシストの如き輝きを帯びた“紫花石”の刀身を閃かせ、五月が死者たちを薙ぎ払う。彼女の反対側、陣形の右翼を担う竜一が、戦鬼の一撃で敵を纏めて叩いた。 前衛がブロックされている以上、壁となる死者たちの大半を除かねばならない。一体や二体を吹き飛ばしたところで、全員の道を開くことは難しいからだ。 迅速に。そして、確実に。死体の数を減らしにかかるリベリスタの前に、『楽団』の援軍が姿を現す。 墓場から揺り起こされ、次々に浮かび上がる死霊の群れを眺めやり、烏が口を開いた。 「ケイオス死すとも楽団は死せず、か」 己の身に取り込んだ魔的要素を強力に増幅させたエフェメラが、弓に矢をつがえて頷く。 「勝ったからって、休んでる暇は無いね!」 優れた判断力に裏打ちされた彼女の援護射撃を受けて、烏が愛用の村田式散弾銃を再び構えた。数歩下がって全ての敵を視界に収め、死霊たちを蜂の巣にする。 それで難を逃れた仁身が、軽く頭を振った。後衛に立っていても、死霊たちは容赦なく攻撃を仕掛けてくる。回復スキルに乏しいこのチームにあって、己の身を削り続ける仁身の戦い方は彼にとって負担が大きい。 「そっちが死人なら、こっちは半死半生だ」 誇りを胸に見得を切り、九死に一生あたりからが本番と嘯く。引き寄せた運命は、彼の身体を強力に支える筈だ。 微笑みを面に貼りつかせたジェルソミーナが、終を、翔太を見る。その瞳は生前のまま、恋する少女の想いを湛えてはいたが――そこに当然ある筈の熱は、何も感じられなかった。 氷の棺に封じられた死体を盾に、終は霊魂の弾丸をかわす。かつての戦いでジェルソミーナに告げられた言葉が、ふと脳裏をよぎった。 ――ずっと、一緒にいて。いいでしょう? 切なげに、ひたむきに、最期の瞬間まで寄り添うものを求め続けた少女。 「……ごめんね」 あの時と同じく、青年はどこまでも優しく彼女を拒む。自分の命に価値なんてなくても、自分の生に意味なんてなくても、ここで斃れてやるわけにはいかない。 「申し訳ありませんが、貴女のお望みの『モノ』にはなれません」 恋に焦がれる少女を視界の隅に映し、ユウが“Missionary&Doggy”で天を撃つ。前から後ろから襲い来る火矢に貫かれた死者が、一体、また一体と炎の中に崩れ落ちていった。 敵は、次第に数を減じつつある。いかにしぶといとはいえ、所詮それは有限だ。時間とともに増える死霊も、烏とユウ、二人の射撃手にかかればそこまで恐ろしい相手ではない。 折れず、曲がらず、切れ味を保ち続ける無銘の太刀。 夥しい量の血を啜った、呪われしジャックナイフ。 その二刀を振るういりすが死者の首を刈り、腕を落とす。素早く地を蹴った慧架が、淀みない動きで連撃を鮮やかに重ねた。 「妹さんの事で怒るのも恨むのも分かりますが、 貴方達がしてきた事はソノ感情の連鎖を広げる行為だと覚えてください」 今更、『楽団』に道理を説いても聞く耳は持たないだろうが、慧架とて己の意思を曲げるつもりはない。これだけは言っておかないと、気が済まなかった。 一方で、竜一は黙したまま刃を振るう。深刻な時こそ不真面目を装う彼も、今は軽口を叩く気にはなれない。脳裏に焼きついた光景が、竜一を前へ、前へと駆り立てる。 あの時、自分は守ることが出来なかった。名も知らぬ子供達ではあったが、なす術なく彼らを殺された時に湧き上がった感情は、おそらくジェルトルデが妹を喪った時に感じたものと同じだろう。 悲しみ、悔しさ、そして――天を衝くほどの怒り。 違いがあるとすれば、竜一のそれは、他でもない自分自身へと向けられていることか。 「……終わらせてやる」 決意とともに、『かつて雷を切った』愛刀で烈風を起こす。リーチ差を活かして残る死者たちの攻撃を受け流すいりすが、仮面の奥でせせら笑った。 「動機は復讐? 嘘だよ。単に君は嫉妬しているんだろう?」 鋭い舌鋒が、ジェルトルデの内に潜むもう一つの闇を暴く。たちまち表情を凍らせた『楽団』の奏者に、いりすは容赦なく言葉を叩き付けた。 「おかしいな。おかしいね。大した道化だ。大した喜劇だ」 これまで規則正しくリズムを刻んでいたチューバの音色が、ぴたりと止まる。 「貴、様……ッ!」 激しい怒りに震えながら、ジェルトルデは血走った目でいりすを睨んだ。 生ける姉と死せる妹が、同時に霊魂の弾丸を乱射する。見境のない攻撃に晒され、仁身が、ユウが、相次いで運命を削った。 直撃を避け、その場に踏み止まった五月が、澄んだ瞳をジェルトルデに向ける。 「ごめん、オレは誰よりも護る事に貪欲だから」 身に纏った和風のゴスロリドレスは血に濡れ、袖口で揺れるフリルも、各所にあしらったレェスと紫丁香花(ライラック)も、赤黒く汚れてはいたが――黒猫の少女が抱く刃は折れない。 誰かを喪うなんて、懲り懲りだ。そして、自分も倒れるわけにはいかない。 一緒に帰ろうと、そう誓ったから。 「――あの子の為に、負けられないんだ」 裂帛の気合を込めて、一刀を振るう。胴を断ち割られた死者が、その場に崩れ落ちた。 傷が深いユウをフォローすべく、烏が彼女を背に庇う。『キィ』と名付けられたエフェメラのフィアキィが、癒しの力でユウの心身を支えた。 「貴女がたは混ぜちゃいけないモノを混ぜたんです。紛れも無く私達の敵だ」 辛うじて体勢を立て直したユウが、決然と声を放つ。 死者たちを灰燼に帰すべく、彼女は業火の矢を地に落とした。 ● 自らを庇っていた死者を撃ち倒され、ジェルトルデが舌打ちする。 いりすの残像が前線に残っていた敵を一掃してのけた直後、終が声を響かせた。 「一気に距離を詰めるよ!」 終と翔太の姿が忽然と消え、一瞬のうちにジェルトルデに迫る。相次いで鋭い斬撃を浴びせられた彼女の奥歯が、ぎり、と音を立てた。 「ミーナ! お前の恋人達が目の前にいるぞ! その手で永遠を刻んでやれ!」 叫び声とともに乱れ飛ぶ、霊魂の弾丸。猛攻の前に、今度は翔太と五月が運命を燃やした。 「妹をまだ戦わせるのかよ。いい加減眠らせてやれ」 剣を地に突き立て、翔太が己の身を支える。終の分も攻撃を受け止めてきた彼の傷は浅くないが、戦う力はまだ残っていた。 「永遠は何処にも存在しない。オレはそう思う」 ジェルトルデに向かって踏み込んだ五月が、真摯に言葉を紡ぐ。 望むものを与えたとしても、ジェルソミーナは紛い物の笑顔しか浮かべてくれない。 それは、どこまでも哀しいだけだ。 「オレは君の痛みを受け止める。君の想いを守るためだ、ジェルトルデ」 誇りを胸に、五月は“紫花石”を一閃させる。全てを懸けた一撃が、ジェルトルデの身を揺らした。 死角に回り込んだいりすが、すかさず追い打ちを加える。 「どれだけ男の恰好をしようと。君は『男』になれないよ」 光の飛沫を散らして突き込まれる、二振りの刃。 「誰が……、男になどなるものかッ!!」 憑依する霊体の力を借りて命を繋いだジェルトルデが、血を吐きながら声を絞り出す。 「父も、近寄る男どもも! 私達を嬲るだけだったッ!! ミーナを愛して、守れるのは私だけなのに……どうして……ッ!」 激情のまま言葉をぶつける女の前で、いりすは太刀の切先でジェルソミーナを指し示した。 死してなお恋に焦がれ、姉にも見せたことのない微笑みを浮かべ続ける少女を。 「君は彼女の『一番』にはなれないのさ。最早。永遠に」 非情な宣告を受けて、ジェルトルデの表情が歪む。気紛れな運命(ドラマ)の加護で戦場に立ち続ける仁身が、吐き捨てるように叫んだ。 「そんなに死体が、妹が好きなら、ここで死んで来世で番雛にでもなるんですね!」 彼が断罪の槍を投じた直後、烏が神速の早撃ちでジェルトルデの全身に風穴を開ける。 それでもなお、彼女は運命を代償に差し出してまで戦うことを選んだ。 「取り扱っている死体同様、なんともしぶといもんさな」 凄まじい執念に嘆息する烏に続いて、慧架が己の身を迅雷と化す。 「出来れば、貴方達を全うな意味で救済できたらいいのにと思います」 口の中で呟かれた彼女の声は、狂乱するジェルトルデの耳に届くことはなかった。 「手向けだ、あの世で妹さんと仲良く暮らせ」 全身の闘気を爆発させた竜一が、二条の剣閃で止めを刺す。 文字通り“生死を分かたれた”ジェルトルデが息絶えた直後、ジェルソミーナが姉の後を追うように倒れた。 「――死ねるアンタは、幸せだ」 ジェルトルデの亡骸を見下ろし、竜一が呟く。銃を下ろしたユウが、静かに言葉を紡いだ。 「永遠の夢とかって言うのは、妹さんと貴女にこそ相応しいと思いますよ。 ……嫌味じゃなく、ね」 これから、彼女たちは眠り続けるのだろう。誰からも傷つけられることのない、安息の世界で。 「二人で仲良く、おやすみなさい。ゴッドスピード」 瞼を閉じ、旅立った姉妹に祈りを捧げる。五月が、そっと声を重ねた。 「優しいジェルトルデ、君が思ってくれるだけでジェルソミーナは幸せだね。 君みたいなお姉さんが、オレは欲しかった」 お疲れ様、と五月が囁いた時、終が彼女に声をかけた。 「メイちゃん、ちょっとあっち見ててくれる?」 仲間達に背を向け、終は眼帯を外す。露出した自らの左目を、彼は迷わず抉り出した。 「オレの全部はあげられないけど、持って行っていいよ」 ジェルソミーナの手に握らせたそれは、ジュリエットの後を追えないロミオからの餞。 ――また会う日まで、さようなら。 微笑む少女は、宝物を手に眠る。 永遠の夢に沈む彼女の顔は、どこまでも穏やかだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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