●幸せオルガノン 1/2 聖堂に響く、美しき七色の調べ。 銀髪緑眼の修道女――外海アーティはピアノの鍵盤と躍る。 優雅に、さりげなく。 その音色は澄んでいる。淀みも迷いもなく、清らかだ。楽団員としての禍々しさとは無縁である。 しばし、アーティは音色の海を泳いでいた。 「アーティ、調子は良いようだね」 長身痩躯の牧師は聖書を携えていた。純朴そうな面長い顔立ちの男だ。ブラウンの髪にはところどころ老髪が帯を織り成している。 アーティは演奏をやめ、牧師に親しげに近寄った。 「はい、先生」 「それはよかった」 牧師はアーティの銀髪をくしゃくしゃ撫でてやる。少女はくすぐったそうにした。 「“フォルテ”はどうだい? 本番では、使えそうかい」 「はい、先生。3分ほどは安定稼動できるように」 「そうか、では、限界稼動は何分まで継続できそうだね?」 アーティは明るく、ほめて欲しいとばかりに言葉する。 「12分です」 牧師は、少しだけ眉根をしかめた。 「アーティ、その意味が分かるかね。“フォルテ”を稼動させ続ければ、君はたった12分で死んでしまうということだよ。トーストを一枚焼いて、目玉焼きをのっけて食べきる程度の時間だね。君は怖くはないのかい」 「いいえ、先生」 アーティは首を横に振って、まっすぐに答える。 「死ぬことは素晴らしいことです」 天真爛漫に笑って。 「パパもママもそばに居てくれる。生きてても、死んでても、ずっと一緒。ケイオス様は、そのことに気づかせてくれたの。心の絆さえ繋がっていれば、生きてるか死んでるかはささいなこと。仲間のために、そしてケイオス様のために死ねることは素敵なこと。 だって絆は永遠だけど、命は有限であっけないモノ。ならば誰かのために死になさいと、そう教えてくださったのは先生だよ?」 牧師は沈黙した。 長い年月、牧師は楽団の命により、外海アーティという“道具”を調律する役目をこなしてきた。その結果、パイプオルガン型の巨大破界器『オルガノン』をたったひとりで使いこなせるまでに少女は成長した。 洗脳は徹底していた。演奏を至上の喜びと刷り込むべく、うまくできたら褒めてあげた。次に、人を殺めさせた。うまくできたら褒めてあげた。すべてはその繰り返しだ。 多くの人間は、自己の価値を誰かに認めてほしいと願っている。 楽団の指揮者ケイオス・“コンダクター”・カントーリオ。 価値観の最上位に在る男のたった一言が、この世において最も重く尊い価値を持つ。もし彼の期待を裏切れば、世界のすべてに見捨てられるに等しい。――そう、教育してきた結果なのだ。 牧師は葛藤した。 “幸せな道具”として死地に送り出してあげるべきか。 それとも、真実を告げることで“不幸な少女”であると悟らせるか。 ――いずれにせよ、今更もう遅い。楽団から逃れる術はない。ケイオスは完全だ。牧師にとって、ケイオスの勝利は揺るぎない確定的な未来である。無事に帰ってくることに賭けた方が、幾分かマシだ。仮に死んだとて、きっと少女は幸せのうちに死ねる。 牧師は沈黙せざるをえなかった。 ●幸せオルガノン 2/2 アーティの再訪日が決まった。 組曲は、最終局面を迎えることになるだろう。 アーティは荷物をまとめて、聖堂の門前で牧師に見送られるところだ。 「必ず帰ってくるね、先生」 「ああ」 「屍になっても、パパやママみたいに死霊になって帰ってくるね」 「ああ」 「死体を拾ってもらえたら、ケイオス様の駒にしてもらえるよね?」 「そうだね」 名残惜しくも後ろめたい。牧師は、期待に胸一杯のアーティを止めることができなかった。 そこに一通の指令が届く。 「なんだろう?」 アーティはしばらく指令通達を読みふけり、一度ちらりと牧師の顔を確かめた。 「集合時間、ちょっとズレるって。もうすこしおしゃべりできるね」 あ、と何かを思い出したように声をあげて、アーティは荷物をごそごそさわりはじめる。 「先生に渡すものがあったの。後ろ向いててくれますか」 「こうかい? さて、何をくれるのかな」 牧師は背を向けた。 にへへと愉しげなアーティの笑い声に、年甲斐もなく心が躍るのを牧師は感じた。 「引導だよ」 喉元と心臓を貫く、影の剣が二対。 アーティに憑いている父母の死霊だ。牧師の不幸は、即死できなかったことだろう。 「アーティ、どうして……!」 見下ろす少女、湛える微笑。 「ケイオス様の命令。先生は、もう要らない。新しい死徒にしなさい、て」 言葉を失う。 内心を見透かされていたのか。あるいは外海アーティという道具を調律する道具は、既に不要だったのか。いずれにしても自業自得だと牧師は自嘲する。 「先生と一緒に戦えて私、嬉しいよ」 笑う。笑う。笑う。 アーティは泣いていることを忘れようと笑おうとする。 「アーティ、君は……泣いているよ」 二対の影が消失する。動揺の証拠だ。心が乱れる時、音もまた乱れる。 命の灯火が尽きる。 何も言葉を返してはくれない。 「いいえ、先生。これは嬉し涙です」 事切れた牧師は、黙して二度と語ることはなかった。 ●風雲急 「本作戦の目的は、第二防衛ラインのひとつ“三高平川・南”の防衛です」 作戦司令部第三会議室。 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は真剣な眼差しで貴方たちの顔を見渡した。 「皆さんの迎撃目標は、楽団員・外海アーティ率いる死者の軍勢です」 資料が次々と立体投影される。 目立つのは天草五橋での戦いの映像だ。外海アーティ率いる百以上の死者の軍勢は、さらに死徒と呼ばれる八体の強力な革醒者の死兵を戦力の要として侵攻を行ってきた。 撃滅できたのは、うち四体。 『ソードミラージュ』“隼の”ピエール。 『デュランダル』“血断の”クララ。 『プロアデプト』ジョン。 『ホーリーメイガス』ミッシェル。 残るは四体。 『クロスイージス』“巌の”アントニオ。 『クロスイージス』“鉄球の”ベルナデット。 『ホーリーメイガス』マリエル。 『レイザータクト』“光剣の”ジェロニモ/天草四郎時貞。 前回の戦いにおける撃滅の功績は大きい。前衛、後衛ともに死徒の要を断っている。手強い相手だが、数的有利さえ得られれば前回より遥かに戦いやすいはずだ。 「破界器『オルガノン』は死徒や死者のコントロール数に応じて強固な防御フィールドを形成することが前回の戦いで判明しています。死徒四名、死者七十体前後の段階でバリアーの破壊に成功しています」 「では、今回は当初から破壊できると?」 「死者二百体以上、死徒六名。これが万華鏡により導き出された総数です。前回より死者数が増大しており、死徒にも二名分の補填が行われています。ただし、今回は三高平の一般人は避難済みのため、そちらの対応に手間取ることもなく、アーク側も予備戦力や増援を投入しますので、天草での戦いより勝算は高いです。ある一点を除いては」 場がざわつく。 「それはモード“フォルテ”と称するオルガノン最大稼動形態のことです。 フォルテ・オルガノンは奏でる要塞といいますか、単独での攻撃能力や全体支援が可能になり、防御フィールドの出力も向上します。 ――しかし敵も多大なリスクを背負っており、この奏でる要塞は術者の運命をわずかのうちに激減させてゆくようです。自滅もありえます。 総じて今回は敵に戦力の補給手段がなく、死者も死徒も有限です。短期決着を狙うか、持久戦を展開するか、判断は皆さんにお任せします」 最後に展開される資料は、外海アーティの素性調査資料だ。 前回、アーティの音楽を通じて意図せぬ共鳴のような現象が発生した。その際に得られた情報を元に諜報部はデータを掻き集めていたようだ。 「外海アーティは一般的に不幸といえる生い立ちです。同情に値する反面、重ねた罪は重大です。混乱を廃すべく、アークの方針としては外海アーティの処遇は捕殺・撃滅を前提とします。ただし、現場判断による例外は認めます。 今回は個人情報を得たことでメンタル干渉の鍵を入手できており、精神的に揺さぶれば死者、死徒すべての能率低下を狙うことができます。音楽と心は密接な関係にありますからね。 相手は巨大な“ひとり”です。偽りの身体が幾つあろうと、心はひとつ」 和泉は表情を和らげて、貴方たちに微笑みかける。 「私たちはひとりではありません。絆の力で勝利を掴み、私たちの三高平を守り抜きましょう」 ● 「私はひとりじゃない。みんなとの絆があるから……」 物言わぬ屍人形にささやけど、ささやけど。 「ねえ、先生」 ●資料 以下の記述は、万華鏡や天草十字教団の情報、また前回の交戦を元にした敵戦力の詳細である。 参考にされたし。 ・“楽団員”外海アーティ 破界器『オルガノン』奏者。緒戦では謎が多かったものの、前回の交戦を元に詳細判明。 アーク諜報部の調査結果を以下に記す。 外海アーティ、年齢十四歳、出身:日本。 ごく一般的な家庭に生まれる。幼少時代よりピアノを嗜む。 ピアノの発表会に向かう途中、交通事故により両親を失い、革醒を経ることで生還する。 天涯孤独となり教会に身を寄せた後、国外に留学、そこで楽団員としての教育を受ける。 結果、楽団への献身を至上とする価値観を刷り込まれており、一般的善悪観を喪失している。 純粋ゆえに凶悪。清川に魚住まず。 また死霊使いとしての才覚は、彼女に憑いている両親の死霊に由来する。 ・Eフォース:フェーズ2『双影』 二対一体の死霊。外海アーティの両親の死霊であり、彼女に憑いている。 生前の自我はなく、ひたすらにアーティに憑き従う。実質的なアーティ本人の攻撃手段。 オルガノンの防御フィールドは双影が間接的に作り上げている。 ・破界器『オルガノン』 パイプオルガン型の破界器。死者を操る演奏は、大きさに比例してか広範囲に及ぶ。 教会等に設置されるパイプオルガンを原型とするため、とても大きく重い。 演奏中は防御フィールドを形成する。操る死者数、死徒数が多いほど強靭である。 ・『フォルテ・オルガノン』 オルガノンの最大稼動形態。奏でる要塞。奏者の運命を代償として死霊術を強化する。 安全稼動は3分、限界稼動域である12分経過以降は奏者はいつ死んでも不思議でない。 どのタイミングでフォルテに移行するかは敵の戦況判断に拠る。 同破界器の支援・妨害などは通常と異なり同戦場全域にまで広がってしまう。 フォルテ移行時、防御フィールドの強化と共に以下の行動が可能になる。 ・「連弾ガイスト」 パイプオルガンの管より死霊の弾丸を一斉発射する敵味方識別型の全体攻撃。 射程が極めて長く、敵最後列から味方最後列への攻撃も可能。チャージに1ターンを要する。 ・「葬装曲」 全体支援。一定時間、死者・死徒全体に武装を具現化させ、大幅な戦力強化を施す。 骨の剣と盾を手にした死者は手強く、物理攻防が飛躍的に上がる。継続時間は長め。 ・「昂心曲」 全体支援。一定時間、死者・死徒全体を昂ぶらせることで大幅な戦力強化を施す。 速度、命中、回避、CTなど挙動面が飛躍的に上がる。継続時間は長め。 ・「幻争曲」 全体妨害。戦場全域の敵を混乱に誘い、また幻を見せる。味方を死兵と錯覚したりする。 同士討ちと連携崩しを目的としている。要・対処。 ・「バベルの沈黙」 一定時間”音”を支配することで広範囲(戦場全域)に会話不能を与える。 ただし、魔術詠唱などの発声には干渉しない。発声はできるが、相手に届かないようだ。 ・死徒 天草十字教団の革醒者たちの成れの果て。以前の交戦結果により、四名に減少、補填二名。 全体的傾向として、堅守と手厚い回復を旨とする。 ・破界器『殉教ロザリオ』 死徒および天草十字教団の共通装備。軽度のBS耐性を常時付与する。 ・天草四郎時貞。 島原の乱に登場する、歴史上の人物。今回の敵は、そのレプリカといえる。 天草四郎信仰に基づくEフォースを革醒者の死体に宿して操っている。一番強力な個体。 素体はレイザータクト。前回はシャイニングウィザードが猛威を振るった。 ・『ホーリーメイガス』マリエル 癒し手の姉妹。姉のミッシェルは撃滅済み。金髪碧眼の敬虔なシスター。フライエンジュ。 死してなお仲間を守りたいという想いは歪んだ形で息づく。 ・『クロスイージス』“巌の”アントニオ 中年の旗手。本職は漁師。槍と旗の混成武器を振るい、日焼けした筋骨隆々の肉体を誇る。 上位陣。水上戦闘を得意とした。メタルフレーム。聖骸凱歌など回復も得意。 ・『クロスイージス』“鉄球の”ベルナデット 鉄球使いの老女。細身で背の低い年老いた修道女。実力は上位級。 ・『スターサジタリー』“大砲の”フランチェスカ 大砲少女。混沌組曲・破にて戦死、敵に死体を回収されていた。実力は高め。 長々射程の大砲による爆撃や狙撃を得意とする一方、ドデカイ大砲をぶんまわす膂力もある。 ・『ホーリーメイガス』牧師 外海アーティの育ての親。最後列で回復に徹する。実力はそこそこ。 殉教ロザリオ非装備。戦力としては一番削りやすい。姓名不明。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:カモメのジョナサン | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 3人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月16日(土)23:03 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 3人■ | |||||
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●夜想曲 月下の夜想曲はおだやかに。 これからはじまる死闘の幕開けと背反する、優雅で静かな曲が奏でられている。 三高平川下流一帯。西方より迫る死者の軍勢を向かえ打つべく戦士たちは整然と布陣している。 銀髪緑眼の修道女は躍るように鍵盤を弾く。 ――わたしは、必要とされている。 転調、疾奏。 怒号に湧きはじめた戦場を、荘厳なる『オルガノン』の奏波が抱擁する。 ●宮部wolf 投光機に明るむ橋上にて。 強襲する屍。その生前は女学生か、歪に変形した死人の爪腕とセーラー服との対比が傷ましい。 抉る爪。 死者の爪が、あるリベリスタの胴を貫く。――なれど残像。 金色の月影を背に、白貌黒瞳の人狼は戦慄の影を纏いて宙返る。 『第34話:戦隊の掃除しない方』宮部・香夏子(BNE003035)。 死者は無数だ。着地の間際を狙い、三方より死兵は剛腕を唸らせる。空振る。命中の刹那、香夏子は既に残像と化している。敵の挙動を先読み、狼の因子に根ざす超反射神経によって不意の一撃さえ空を切らせる。そこに実在するはずの少女が、生ける幻となる。死者の十数撃をすべて回避せしめる香夏子はもはや恐怖に値する。――空虚な死者に心があれば。 「……ちょっとだけ、本気なのです」 殲滅せよ。 伝承の紅月。悪夢の赤き波動を拡散させる。 引きつけ密集した死者の一群を、一網打尽にせんとする。一撃では死者を葬るに至らない。死者の軍勢は死者ゆえに死に遠い。活動維持に必要なモノが少なく、怪力としぶとさは並々ならぬ。香夏子とて、天草での戦いでソレは承知の上だ。 敵の一撃必倒に十が必要ならば、二十三十と過剰な威力は無用だ。十に至らぬ二や三の威力とて、狙い射抜く的が十あれば実質二十三十の威力がもたらす結果に値する。 狼の瞳は黙せど物語る。 必ず、皆して生きて帰るのだ、と。 ●彩歌オルガノン アーク主力の布陣は、前衛四名に後衛四名の配置だ。 『もう本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)と『むしろぴよこが本体?』アウラール・オーバル(BNE001406)の両護り手は橋を塞ぐように展開する。 堅牢で安定した両名は最前線、中間ラインに回避に長ける香夏子、この三名を機軸として後方に弓兵二名論者一名癒し手一名を配する。残る一名は遊撃だ。 この八名を筆頭として、サポート人員要請を受けた三名の率いる多数のアークのリベリスタ達および天草十字教団の面々が控え、肩を並べている。総勢はせいぜい四十名前後、敵勢二百、数にして五倍の差だ。なおかつうかつに死者を出せば敵戦力となってしまう。このため実力者が前方に展開、後方より回復や補給、他者付与、遠距離攻撃、敵侵攻のブロックが主となった。 安定して後方支援を受けられる状態での戦闘継続さえできれば、着実に敵勢を削り優勢になれる。無論、敵とて無策ではない。 外海アーティは戦場を俯瞰的に分析する。無数の戦力、ひとつの心。その統率力は完全だ。他人ではなく道具ならば、意のままに扱うことは容易いのだ。 その駒、六つの影はゆらゆら幽鬼のごとく前進する。 癒しの死徒、マリエルが聖典を天にかざす。死徒と死者たちは小さな白翼を広げて、飛翔の加護を受けて夜空へと舞い上がる。その狙いは――。 『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)は光翼を授ける。半径二十メートル、敵味方入り乱れる中で正確に所在を認識できる味方には限度がある。 「アマクサシロウ、たしか九州の伝承よね。それを三高平まで持ち込むなんて。 所詮は人形。面倒な上に愉しみ甲斐もない。大人しく眠っていてくださらないかしら?」 光る羽根の舞い落ちてくる中、ティアリアは仲間を見送った。 死徒の目標は、後方部隊の殲滅。 敵には数的優位がある。ブロックの制約上、多くの死者と死徒が雪崩れ込めばあっという間に前衛後衛という概念は崩壊する。ここで横幅の狭い橋上の地の利が働く。 が、死徒マリエルの翼の加護がその優位をふりだしに戻す。 今回アーク側には司令塔が不在だ。対する敵は一糸乱れぬ統率を誇る死者の軍勢。烏合の衆は心ない人形にすら見劣るのだ。後方部隊が集中攻撃を受けた場合、混乱は必至。戦線は崩壊する。 「戦術論的には、敗北必至ね」 戦闘論者『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)はシニカルに言葉した。 悠長に語る間など無い。彩歌は転進、東端へ全力移動する死徒を追走すべく夜を滑空する。 『輝く蜜色の毛並』虎 牙緑(BNE002333)もまた鬼気迫る表情で歯牙を剥き、死徒を追いかける。 「まわりくどいことしやがって……!」 「――ここが分岐点ね」 ビードロのような青い瞳が、未来を見通す。正確には、彼女の視神経に拡張現実インターフェースを投影している。視覚、聴覚、脳を含む神経系が機械化した彩歌には網膜投影すら無くても困るものでない。多目的戦術補助デバイス「エンネアデス」と演算手甲の並列演算は、脳に直接、彩歌の計算上の未来を宣告する。 「第一の選択。死徒撃滅を最優先として死者の排除を中断する。 第二の選択。死徒撃滅を最優先とせず死者の排除を徹底する。 第三の選択。オルガノンを最優先として死徒二名の撃滅後、特攻する。 ――こうして選択を選ぶ決定権が、誰の手にも委ねられていないのよ」 「任せる」 牙緑は即答した。 「……またひとつ、負けられない理由が増えてしまったわね」 彩歌はAFと連動した得物、手甲論理演算機甲χ式「オルガノン Ver2.0」をひと撫でする。 「オルガノン、論理を以って導くもの」 AFを通じて各自に通達する。 「私の名は彩歌・D・ヴェイル、論理を以って導くものよ」 ●Sagittarius 彩歌により作戦が通達される。 第二の選択。死徒撃滅を最優先とせず死者の排除を徹底することだ。 アーク主力のうち五名は後方部隊に合流することで防戦を展開する。 サポート人員の三名は逆に繰り上がって前方へ。東西と前方・後方を逆転させることで前衛・後衛の役割を再構築しているのだ。ウロボロスの蛇が如く。 双弓が番うは星屑か、神炎か。 『三高平の悪戯姫』白雪 陽菜(BNE002652)。 『硝子色の幻想』アイリ・クレンス(BNE003000)。 烈火と星光のアローレイン、赤と青の弾雨は壮絶なまでに死者の軍勢を焼き尽くす。さらに香夏子の紅月の波動が地上を薙ぎ払い、火炎を激化させ呪殺する。両者を護るために若きクロスイージスが二名陣取り、戦闘論者の少女が消耗しやすい陽菜と精神を同調させ神秘の力を補填する。 絶大な殲滅力だ。 こと炎厄と呪殺はあたかも九頭竜蛇ヒュドラの如く混然となって死者を呑み喰らう。 その効率は、敵をいかに密集させ射程圏内に収めるかに拠る。 『こっちにおいで』 『続・人間失格』紅涙・いりす(BNE004136)の言霊が響く。神秘にまで昇華された言葉は、半強制的に死者を自らに誘導することで主力の射程圏に収める。鰐を象る暗黒の瘴気が喰らいつけば、積み重なった不吉と不運は如実に死者を翻弄した。 「こいつはいいぞ、どっちを向いても敵ばかりだってのは何処の提督のセリフだったかね」 『足らずの』晦 烏(BNE002858)はB-SSSで密集した敵を撃ち抜き、紫煙をくゆらす。神速にして正確無比な連射は時おり死者の頭骨を消し飛ばし、一撃で仕留めきることさえあった。 「羽衣は貴方達を壊すわ。未だ生きる仲間の為に」 『帳の夢』匂坂・羽衣(BNE004023)は一条の雷鎖を暴れ狂わせ、さらに畳み掛ける。 黒焦げた肉片が頬にへばりつく。 「ごめんなさいなんて言わない。……さよなら」 拭い、羽衣は屍の黒雲を翔ける雷龍となる。 そうした一連の〆に、紅月の波動があまねく死者を呪い殺さんとする。 「それでも、敵が多いですね……」 爪撃をかわした香夏子の足が掴まれたところを、運良く晦の銃撃で死者の頭は五階から投げ落としたカボチャになった。それでもなお深々と指爪が肌に突き刺さり、怪力のせいか剥がすのにも苦労した。その間にも襲い来る死者のホールドを双鉄扇で払いのける。 リベリスタも無傷ではない。主力勢はまだしも、未熟な友軍は負傷がかさむ。適時、友軍のホーリーメイガスが回復にあたるも、中には深手を負って死亡を避けるため戦線離脱する友軍も目立ちはじめてきた。 挑発役のいりすの消耗は激しく防御に徹して耐え凌ぎ、その回復に務めるために羽衣の雷鎖も沈黙する。持久力の切れてきた晦が合図を送るが、友軍の戦闘論者はすでに手一杯。 死者の軍勢は未だ多数だ。しかし総計百二十余りを屠り、六割は掃討できている。彼我の戦力推移は、優勢といえる。 「外海アーティ……、これで今度こそ終止符を打てる」 一抹の同情、隠しきれぬ憤怒。アイリの激情に、並び立つ陽菜は困惑する。 「幾人だ。罪なき人々をどれほど殺めた……! 情状酌量に値する罪の重さではないぞ」 「……アイリ」 何も言えず、陽菜はただ、今は裁きの焔を射るに徹した。もしもアーティの命を救えたら――。 その時、不意にAF通信が届く。 『避けろ! 狙わ――』 轟く砲声。 “大砲の”フランチェスカ。五番目の死徒による狙撃が、陽菜を庇った護り手の青年を粉砕した。 仏狼機砲「国崩し」のレプリカ破界器「仏狼」。攻城用カノン砲による、死神の魔弾。 「無駄だ」 陽菜がとっさに開始した回復行使を制止して即座にアイリは青年の剣を奪い、首を刎ねた。それが正しいと、陽菜は受け入れることができなかった。 その時、フォルテは発動した。 ●牙緑tiger 葬装曲がもたらした白骨の剣が友軍を切り裂き、盾はその嘆きさえ遮る。 昂心曲によって昂ぶる死者の軍勢は六割を失った陰りを見せず。 幻争曲の虚偽が敵味方の識別を狂わせ、戦場をまさしく混沌に陥れる。 その対処を、バベルの沈黙がより困難とする。 熾烈に、高らかに。 外海アーティの命を代償とする激奏がはじまった。 水上にて。 「鉄鉱石の塊かよ、お前は」 虎 牙緑が対峙するのは死徒“巌の”アントニオだ。大衝撃で橋から叩き落としたところを追撃、その足止めを計っていた。 水上歩行によって夜の三高平川を疾走する両者。旗槍をかわして虎爪の劍で薙ぎ、手甲で防がれた刹那に蹴り飛ばすも強固な鎧には通じず。 「一対一だな。全く、孤立は避けたかったんだけどよ。おかげで味方と見間違えずに済むぜ」 巌は格上。異名通り、巨大な岩塊を殴ってる気分だ。昂心と葬装のもたらす強化の末、もはや牙緑の手で撃滅することは不可能といっていい。 「確かにオレはお前を倒せない」 幾度となく、激しく両雄は攻防を繰り返す。 「だけどな、オレには仲間ってもんが居るんだよ」 疾風居合い斬り。殉教ロザリオも絶対者ですら防げぬ出血には意味をなさない。聖骸凱歌で自己回復できるアントニオにも意味をなさない。 不意に巌が橋上へ戻ろうとした。即座に緑光を宿した大型ナイフを叩きつけ、衝撃力を解放、叩き落とす。 「悪いな」 水面へ這い上がってくる巌は健在だ。が、牙緑は二度と彼を登らせまい。 「虎の牙は一度喰らいつきゃー離さねえんだぜ」 ●逆走 東端から西端へ進軍していた死者の軍勢は、いつしか西端から東端へ逆走していた。 敗走に見せかけ、手薄になった前方・東端――敵本陣へ逃げるように攻め上ってゆく。先んじて前方の死者を殲滅すればこそ、この逆転した構図が成り立つ。 その進軍は撤退戦に酷似する。 前方では、活路を開くべくアイリと陽菜、香夏子らが突破口を開く。敵に接触しない中間では移動しつつティアリアと彩歌らが回復と補給を施す。そして殿では、アウラールと春津見らが後退しつつ死徒の追撃をどうにかいなしていた。 降り注ぐ死霊の雨、連弾ガイスト。 「ほいっと」 ティアを庇って春津見は大きなカレー皿を盾にやり過ごす。「クロスジハード!」死霊の邪に苛まれる友軍を、アウラールの聖光が救った。 幸いにして幻争曲とバベルの沈黙は解呪が通じる。手の空いた友軍が相互に解呪を施すことで連弾ガイストも含めて戦線維持はできている。が、神秘の消耗スピードや手数の減少は大きい。 天草四郎のシャイニングウィザード。ベルナデッドの鉄球リーガル。骨剣を手に殺到する死者の軍勢。それら熾烈な猛攻を、ひたすらに耐え凌ぐ。 すでに彩歌の気糸が四郎以外の殉教ロザリオを破壊している。十字光で“鉄球の”の怒りを買い、アウラールはうまくその激しい攻撃を防ぎ、回復支援で持ち応えていた。 が、フランチェスカの仏狼大砲は例外だ。死神の魔弾は防御を貫く。魔力盾すら紙同然とばかりに、黒鉄の砲弾がアウラールの臓腑を弄った。 「かはぁッ」 意識が消し飛ぶ。並みの革醒者ならば即死だ。されど運命を代価に立ち上がる。 「俺がくたばるかよ、この程度で!」 一分、二分、三分。橋の東端に辿り着いた頃には、誰もが疲弊しきっていた。特に神秘の消費が激しく、友軍の補給役さえ底を尽きていた。戦線離脱した友軍も多く、もはや当初の半数だ。しかし死者の軍勢も残り四十を切った。ここまで削れば、死徒を無理に狙わずとも防御フィールドを砕きうる。 一瞬の安堵は不幸をもたらす。 轟く大砲。狙いは、ティアリア。 満身創痍の春津見が、その射線軸上に毅然と立ちはだかった。 ●春津見Knightmare カレーを食べる夢を見た。 とっても美味しいカレーを、香夏子や牙緑、陽菜たち皆と一緒に食べている。 けれど、誰も何も言わない。美味しいとも、まずいとも言わず、銀の匙を口に運ぶ。そして席を立ち去る。真白い部屋に残っていたのは、汚れひとつない白い皿が八つ。 悪夢より目覚める。 「また、助けられたね」 真っ二つに割れてしまった制圧型防弾カレールーを見つめ、春津見は立ち上がった。 絶対絶命の戦況である。 そびえたつ巨塔オルガノンを前に、弾尽き矢折れ手負い揃い。防御フィールド一枚を隔てて演奏する外海アーティに、あと一歩で届かないのだ。 そう、言葉も届かない。アウラールが厳しく、陽菜が優しく問いかけても奏楽は乱れていない。 激昂するアイリは亡き護り手の剣を手に、再び神秘の壁を斬り刻む。 「恩師を手にかけ何を想った! 涙を流すほど辛かった筈だ! 笑わなくては心が砕けそうだった筈だ! 絆だと? 息づいた心が、温かい命がお前のそばにあるものか! 柔らかな笑顔も、熱い涙も、絆もだ! お前は、自分で恩師との絆を消し去ったのだぞ!!」 凍てつく心、閉ざされた世界には何も共鳴しない。 双影が、死者の軍勢が、五名の死徒が、着実にアークの勇士たちを追い詰めてゆく。 聖神の息吹が、春津見の傷を優しく撫ぜた。 「もう、わたくしの前で誰一人連れて行かせはしないわ」 ティアリアの手を借りて春津見は立つ。ほんのり無理した微笑みが、とても素敵に想えた。 「さ、全力で守るわよ」 ぐーぱーと手を開いては閉じて、春津見は今しがたのぬくもりを再確認する。 「きっと、コレなんだ」 全軍を挙げて、死力を尽くす。 そんな中、ほんの一時だけ春津見は武器を収め、アーティと対峙する。 ぽんわりと、彼女らしい風味を利かせて。 「私はね、カレーが大好き。けれど、なんで大好きなんだか知ってる? 実はね、カレーには魔法のスパイスがあるんだよ」 答えず。 「“絆”はね、最高のスパイスなの。私が一番大好きなカレーはみんなと一緒に食べる一皿」 応えず。 「絆っているのはね、一緒にカレー食べたりカレー食べたりカレー食べたりすることなんだよ」 堪えず。 奏楽が、乱れる。 自らは“幸せな道具”ではないと悟る。記憶の片隅の、誰にでもありうる思い出が混沌の魔法を解いた。音楽という幸せの断片に縋りつかずともよかったのだ。 「わたしは、幸せな道具でも、不幸な人間でもなかった。どこにでもいる――」 死者の軍勢、その全てが沈黙する。それは奇跡じみていた。 「さながら北風と太陽、か」 アイリは自嘲する。陽菜が察して止めようとした時には、手遅れだ。アイリの血断はあの戦いで既に下されていた。 白黒の鍵盤に、鮮血が滴る。 こぽこぽと真裏より貫かれた喉元が赤い泡を吹く。立ち消えゆく双影と物言わぬ牧師が見届ける中、光を失う。 「孤独に負けた咎人よ、死して閻魔の沙汰を待て」 見つけた幸福と死にゆく不幸の狭間に、少女は堕ちてゆく。 ――終止符は打たれた。 ● 「早く帰ってカレーが食べたいね」 「お家でごろごろしたいです 「なにのんきなこと言ってんだよ、お前ら」 春津見と香夏子に牙緑だが、ともすれば帰る場所はないかもしれない。 戦士たちの安息には、まだ早い。 安らかな死の眠りさえ今はまだ許されず、戦い続ける他にない。 「……次は、もっと愉しい依頼がいいものね」 「これで……よかったのかな」 陽菜とティアは傷ついた戦士たちを手当てしつつ、ひとり葛藤する。 「カレーねぇ」 彩歌は手甲を弄り、網膜にある映像を投影した。 「なにしてるんだ?」 『ぴよっ』 「ナイショ」 首をかしげるアウラール。彩歌は、妙に嬉しげにひとり微笑んだ。 「いわゆる人生の香辛料よ」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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