●序幕第一場 日が暮れてから外で歌を歌っちゃいけないって、ひいばあちゃんは言ってたんだ。 鬼が来るから、って。 歌の上手い子は鬼に連れて行かれてしまうし、歌の下手な子は舌を抜かれてしまう。ひいばあちゃんが子どもの頃、友達の一人がそうやっていなくなってしまったんだって。 もちろん僕は、そんなこと信じてなかった。鬼なんて、僕らに言うことを聞かせるための作り話だと思ってた。 でもやっぱり、ひいばあちゃんの言ったことは本当だったのかもしれない。 だって。もし、嘘だったのなら。 今僕を追いかけているこれは、一体何だというのだろう。 どろどろ。どろどろ。 耳元で、気味の悪い呼吸が聞こえる。 嫌な臭いの息が、首筋にかかる。 ずっと逃げてきたけれど、もうダメだ。 すぐ後ろにいたはずのショウ君の足音も、もう聞こえなくなってしまった。 ほら、鬼が僕を捕まえる。 ――おかあさぁん。 ●序幕第二場 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達を前にして、『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は、しばらく口を開かなかった。 歯切れのよい彼の、常とは異なる様子に、リベリスタ達の間にも緊張が走る。 やがて伸暁はひとつ大きく息を吐くと、迷いを振り払うようにして話し始めた。 「もう聞いているかもしれないが、ケイオス・"コンダクター"・カントーリオと『楽団』が、とんでもないことを企んでいる」 忌まわしいその名の響きに、リベリスタ達の顔から血の気が引いた。 ケイオスとその楽団が、アークという組織には甚大な被害を、リベリスタ達個人には深い傷を与えた『混沌組曲・破』事件から、さほどの日数は経ていない。誰もがまだ、あの陰惨な事件の記憶に苛まれていた。 『楽団』によって命を奪われたリベリスタ達は、その後『楽団』の操る『楽器』として、かつての仲間達の前に立ちはだかった。 泣けど叫べど祈れど、死者が蘇ることはない。引き裂かれた絆は、もう二度と元には戻らない。 かつての仲間の血潮に濡れる己の手。あるいは、彼らに倒されて新たな『楽器』となる仲間の姿。 悪夢の連鎖だった。 その状況を予見しながらリベリスタ達を死地へ送り出した、そして再び送り出さざるを得ないフォーチュナ達には、最前線で戦う者とはまた異なる思いがあるのだろう。 伸暁は、努めて感情を殺すようにして言葉を続ける。 「奴らの狙いは、ここ。アーク本部だ」 息を呑むリベリスタ達に、伸暁は『塔の魔女』アシュレイとアーク上層部の間で行われた会談の内容を説明した。 ケイオスが、アーク本部の直接制圧とジャック・ザ・リッパーの骨の奪取を目論んでいると考えられること。その状況に対してアシュレイからある提案が為されたこと。 会談後上層部は、ケイオス側の襲撃に備え、アーク本部を中心に三重の防衛ラインを敷き、各ポイントで『楽団』を迎え撃つ作戦を決定した。 「君達には、第一防衛ラインでの迎撃にあたってもらいたい。ポイントは、三高平野外劇場だ」 モニターに映された三高平市空撮地図の西、まばらに森林の広がる郊外に赤い点が灯った。 「第一防衛ラインは、消耗戦になる。ここでどれだけ敵の頭数を減らせるかが、勝負の分かれ目だ。 危険だが、……やってくれるか」 「ああ。引き受けよう」答えに迷いはなかった。 死者達を、これ以上フィクサードに弄ばせはしない。必ず、悪夢の連鎖を止めてみせる。 ●序幕第三場 「嫌だわ、寒いじゃない」 その人影はコートの前をかきあわせながら、憮然とした面持ちで呟いた。 石張りの客席が後方へ行くに連れてせり上がる、すり鉢の底にあたる舞台である。 陽気の良い頃には大規模なイベントが催されることも多い三高平野外劇場は、しかしこの時季のこととてしばらく使われた様子もなく、どこか寂れた空気を漂わせていた。 落葉が乾いた音を立てて、客席の間の通路を転がっていく。 「日本はあっちより暖かいって言うから、わざわざ出張ってきたっていうのに。これじゃ声が出ないわよ」 不機嫌そうに、指先を擦り合わせる。 聴く者の脳髄まで痺れさせるような妖艶な声。その主はしかし、どう見ても男であった。 長身で筋肉質な体躯。褐色の肌に、彫り深く線の太い容貌。化粧などは一切施さず、身に纏っているのは、ごくオーソドックスでありながら最上級の仕立てのタキシードとトレンチコートである。 容姿がどこまでも男性的であるだけに、声と口調の醸し出す違和感は凄まじい。 「それにしても久しぶりのお座敷ねえ。ケイちゃんもようやく、あたしに頼る気になったってことかしら」 言いながら、ごそごそとポケットの中を探る。 何かを取り出してぽんと口に放り込んだ彼は、その味が至極気に入ったらしく、にっこりと笑った。 「指揮者サマのご期待には、添わなくちゃね」 半開きになった口の中に、生命を失ったもう一つの舌がのぞいていた。 作:ケイオス・"コンダクター"・カントーリオ。 演出・主演:『楽団員』ソプラニスタ、アベラルド・“倒錯の鬼紳”・ペレス。 出演:死者。 おぞましい舞台が幕を開けようとしていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年04月01日(月)22:49 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 森の中を抜け、リベリスタ達は現場に急ぐ。 足元の落ち葉を踏みしめながら、『薄明』東雲 未明(BNE000340)が微かに眉を寄せた。 「家の近所がゾンビだらけとか、冗談じゃないわね」 アークの本拠地であり、そこに所属するリベリスタ達が居を構える三高平市は今、ケイオス・“コンダクター”・カントーリオ率いる『楽団』の脅威に晒されている。 戦えぬ一般人は本部に避難しているとはいえ、慣れ親しんだ街並みを死者たちが闊歩するのはぞっとしない。 「ハーメルンよろしく連れて出てってくれれば良いのに。笛吹きじゃないから無理か」 未明の後について走る『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)が、溜め息まじりに呟いた。 「折角、この街が気に入ってきたところですのに。 ――邪魔をされるのは些か心外、侵害でございます」 まさか、アークに来て僅か数ヶ月でホームに攻め込まれるとは。 後に退けぬこの状況は、まさしく背水の陣か。補助戦力として同行する予備役のリベリスタ達も、事が事だけに緊張を隠せない。 張り詰めた空気の中、『生還者』酒呑 雷慈慟(BNE002371)がおもむろに口を開いた。 「劣勢こそ好機」 ファミリアーの梟を上空に放ち、彼は続ける。 「事実、我々の上層部やフォーチュナは奮闘し、逆転の目は十分に有る。 応えねば。我々に期待し、信頼寄せるその姿勢に」 数多の戦場を潜り抜けてきた男の声は、どこまでも力強い。『閃刃斬魔』蜂須賀 朔(BNE004313)が、予備役のリベリスタ達を振り返った。 「君達の力は未熟だ。だが、戦う為に武器を取った心は我々に負けるものではない」 二人の言葉を聞いた彼らは、皆一様に士気を高めていく。陣形の最後尾を固める『超守る空飛ぶ不沈艦』姫宮・心(BNE002595)が、幼さの残る面差しに決意を秘めて前方を見据えた。 今回は防衛戦――何かを『守る』ための戦いは、彼女の最も得意とするところ。 そして、世界の最終防衛線を名乗る『境界最終防衛機構』の一員たる心は、“世界を護る為、自分自身を含む如何なる犠牲も厭わない”。 次第に開けてきた視界に、今回の戦場となる野外劇場が映る。 すり鉢状に傾斜した石張りの客席、その中央に位置する半円形の舞台に、上質のタキシードとトレンチコートを纏った長身の男が立っていた。 リベリスタ達の姿を認め、男はゆっくりと両手を広げる。 「ようこそ、アーク。――あたしの舞台へ」 厳つい容姿に見合わぬ艶やかな女声を響かせる彼こそ、『楽団』のソプラニスタ――アベラルド・“倒錯の鬼紳”・ペレス。 その周囲を固めるのは、濁った瞳の死者たち。舞台の上ばかりか、観客席にも整然と並んでいる。 「どうかしら、この演出。お気に召して?」 オペラの如く、歌声に乗せた台詞――それを聞いた『贖いの仔羊』綿谷 光介(BNE003658)の胸に、強い怒りが湧き上がった。 「何が演出ですか。こんなのは舞台じゃない」 墓の下に眠る最愛の家族を思い、愛用の魔道書を強く握り締める。いつも穏やかな表情を絶やさない『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)もまた、はっきりと『楽団』に対する嫌悪を滲ませていた。 鎮魂歌で死者に安らぎを与えるどころか、無理やり起こしてこき使うなんて――。 静かに怒りを燃やす癒し手たちの前で、海依音がアベラルドに呼びかける。 「ちょっと素敵なオーディエンスなんていかが? お一人で唄うのもさみしいでしょう?」 真紅の修道女服に身を包んだ“少女”は、全員に小さな翼を与えながら不遜に笑った。 「あ、その腐りかけのお人形遊びでさみしさを紛らせていましたか? それは失礼」 茶化すような口調に、アベラルドが眉を動かす。愛用のPDWを携えた『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)が、淡々と言った。 「そういえばパスタ野郎とは初顔合わせだわ」 以前に楽団員と戦ったことはあるものの、その時はロシヤーネが相手だった。褐色の肌のソプラニスタがイタリア出身であるかは定かではないが、この際、細かいことは良いだろう。 それでは、初めてで最後とさせて頂きませうか――。 視線を前方に固定したエナーシアの前で、陣形の先頭に立った雷慈慟が号令を放つ。 「征くぞ、諸君。勝利の為に」 身体能力のギアを上げた朔が、そう言って宙に身を躍らせた。 「――我流居合術、蜂須賀 朔。推して参る」 ● 翼の加護を得たリベリスタ達は、全員が一丸となって舞台を目指す。 アベラルドの妖艶な歌声で操られた死者たちが行く手を阻むも、それも想定の範囲内だ。 無防備な側面を補助戦力に守らせた、やや変則的な蜂矢の陣――先頭で指揮を執る雷慈慟のすぐ後ろを固める朔が、愛刀を鮮やかに抜き放った。 極限まで薄く鍛えられた刃が閃き、光の飛沫とともに無数の斬撃を繰り出す。 鏃の中心部に位置するエナーシアが、地面から3メートル弱の高度まで上昇して銃を構えた。 「小細工は抜きだわ。矢となって真直ぐ楽団の歌手を射止めませう」 PDWの銃口から吐き出される専用弾が、死者たちを次々に貫いていく。そこにタイミングを合わせ、海依音が厳然たる神気の閃光で敵を灼いた。 チームが選んだのは、どこまでもシンプルな正面突破。だが、勝算はある。 側面の味方を巻き込まぬよう前に出た雷慈慟が、思考の奔流で眼前の敵を吹き飛ばした。 「崩界を食い止める立場の我々だ。先ずは我々の手で、我々の拠点を守り……抜く!」 仲間達の戦意を鼓舞すべく叫ぶ彼の脇を抜けて、未明が開けた道に己の身を滑り込ませる。後方から押し寄せる死者たちを見て、彼女は剣を振るった。細く長い刀身を持つ名も無き愛剣は、今や手にしっくりと馴染み、未明の意のままに動く。残像を伴う横薙ぎの一閃が、周囲の敵を薙ぎ払った。 天まで届く、伸びやかな高い歌声。淡い光を放つ霊体がアベラルドのもとに舞い降り、彼の身に宿る。おそらく、あれはネクロマンサーが持つスキルの一つ――気紛れな運命(ドラマ)を味方につけ、自らの不死性を高める技だろう。 同時に、死者の群れがリベリスタ達に殺到する。癒し手として後方に控える光介が、自分達の左右を守るリベリスタ達に声をかけた。 「すみません、耐えてください!」 襲い来る死者たちの全てをブロックしきることはこの人数でも難しいが、外側で壁となる彼らが防御に徹すれば、一度に崩される可能性は低い。 さらに、回復の軸を担う二人には頼もしい守り手がついている。 「境界最終防衛機構が一員、姫宮心! いざ! 護らせて頂きますのデス!!」 重装備に身を固め、世界から借り受けた生命力で自らの傷を癒し続ける心が最後尾についている限り、陣形の後背を突かれて窮地に陥る心配は殆ど無いと言って良かった。 「ありがとう! 今治すわね」 心に庇われて死者たちの攻撃から逃れたニニギアが、聖神の息吹を呼び起こす。漂うマナを取り込んで魔力を高めた彼女の癒しは、たちまち全員の傷を塞いでいった。 特にダメージが大きい者には、光介が天使の吐息を届けて体力を取り戻す。厚い回復に支えられながら、リベリスタ達は敵陣に切り込んでいった。 「苦境は何時もの事だ!」 高所から戦場を俯瞰するファミリアーの視点をも駆使して状況把握に努める雷慈慟が、揺るがぬ声で叫ぶ。 行く手に立ち塞がるのは、魂無き抜け殻。数が多かろうと、そんなモノに挫かれるわけにはいかない。 「今こそ見せる時だ! 我々の魂……底意地を!」 絶えず炸裂する思考の奔流が、少しずつ、しかし確実に道を開いていく。 そこに連射されたエナーシアの弾丸が、傷ついた死者たちを凄まじい勢いで撃ち倒した。 ● 引きも切らず押し寄せる死者たちは、疲れというものを知らない。 数を減らしたところで、舞台裏に控えていたと思われるものが次々に現れ、戦線に加わってくる。 当然、全ての敵をまともに相手していたらキリがない。よって、リベリスタ達は『敵陣に穴を開けて突破する』ことのみに集中していた。 襲い来る死者を鞘で払い、朔が薄刃を振るう。生前よりも頑強さを増した屍を破壊し尽くすのは容易ではないが、四肢を落とせば少なくとも動きを鈍らせることは出来る。 藪の中で草を刈るように、邪魔なものを斬り払っていけば良い。この状況において、拙速は巧遅に勝る。 ソプラノの歌声にのせて放たれた霊魂の弾丸が、未明の脇腹を抉った。痺れが全身に広がるものの、すんでのところで耐える。 「クラシックとゾンビの競演ってミスマッチね」 死者の群れを眺めやり、遠慮なく言い放つ未明。その言葉の通り、彼女はアベラルドの“舞台”に何ら感銘を覚えてはいなかった。 「――ここはやっぱりポップスでしょ」 武器に集中したエネルギーを、一息に解き放つ。激しく吹き飛ばされた死者が後続を巻き込み、客席を転がり落ちていった。 聖なる癒しの息吹で全員の傷を塞ぐニニギアが、柳眉を微かに顰める。 極上の歌声も、群がる死者たちに囲まれて聴くのでは台無しだ。それが静かに眠る彼らを揺り起こしたと思えば、尚更のこと。 「せっかく、心揺さぶる美しい声を持っているのなら、 どうしてもっとあたたかく素敵なことに使えないのかしら」 宝の持ち腐れにしても、最悪の部類だ。自分を守るリベリスタ達に向かって、ニニギアは声をかける。 「危なくなったら逃げてね。これ以上、眠らぬ死者を増やすわけにはいかないわ!」 そのすぐ後ろでは、心が背後に回り込んだ敵を食い止めていた。 癒し手二人の中で比較的耐久力に劣る光介を重点的に守りつつ、死者たちの攻撃を大盾で防ぐ。 「お二人には指一本触れさせないのデス!」 戦線を支え、回復の二本柱であるニニギアと光介を死守するのが自分の役目。 敵の気を引きつけるべく翼を広げた心の姿は、いつもより一回り大きく見えた。 「術式、迷える羊の博愛!」 綴られた物語の一節一節が術式(ワード)として機能する魔道書「迷える羊の誓約」を携え、光介が詠唱を響かせる。 回復に徹しつつも、彼は千里を見通す瞳で戦場全体に注意を払っていた。単純な戦略だからこそ、あらゆる手を尽くして万全を期す。 リベリスタ達は、着実に前進しつつあった。 絶え間なく撃ち出されるエナーシアの弾丸が死者を穿ち、海依音の閃光が血を流さぬ傷口ごとこれを焼き払う。素早い動きで残像を生み出した未明が、前線の道を開いた。 死者たちに自らの守りを固めさせているアベラルドにまだ攻撃は届かないが、彼との距離は次第に縮まっている。舞台に辿り着いた時こそ、本当の勝負だ。 「中々いい声だ――」 光の剣閃で死者を細切れにした朔が、金色の瞳でアベラルドを見る。 屍を自在に操る『楽団』のネクロマンサーは、その能力の性質上、直接戦闘を不得手とする者が多い。強者との戦いを好む彼女にとってはそれが不満の種だったが、果たしてあの男はどうだろうか。 いずれにしても、殺す際に“楽しみ”が加わるかどうかの違いでしかないが――。 死者の波に呑まれ、側面を守っていたリベリスタのうち何名かが倒される。事前に受けていた指示の通り、まだ体力に余裕のある者が戦闘不能者を抱えて撤退に移った。 戦力の減少が倍になるのは痛いが、死者を出して敵を増やすよりは良い。 「大丈夫なのデス! 今のうちに退いてください!」 最後尾で敵を押し止める心が、彼らをフォローしつつ離脱を促す。 直後、飛来した霊魂の弾丸が海依音の胸を貫いた。 「……退けないんですよ、ワタシ達。アンコールさせていただきますよ」 運命をもって己の身を支え、彼女は黒く塗り潰した“白翼天杖”を構え直す。補助戦力たる予備役のリベリスタ達が残らず退却したとしても、自分達まで引き返すわけにはいかない。 Point of No Return――ここまで来たら、ひたすら前に進むのみだ。 行く手には、『楽団』の歌手に続く道が見えているのだから。 この場に残るリベリスタと意識をリンクさせた雷慈慟が、全員に活力を注ぎ込む。 「――どんな状況でも生還して来た。ソレは君達の様な、勇者の助力があるからだ!」 自ら陣頭に立って危険に身を晒し続ける男の言葉は、聞く者の心を強く奮い立たせた。 大きな喚声が上がる中、エナーシアが立ち塞がる死者たちを射線上に捉える。 「最初から最後までフルオートで行かせて貰うのだわ」 失われた力を供給する雷慈慟がいる限り、彼女の掃射が止むことは無い。翼持つ黒き杖を掲げた海依音が、謡うように声を紡いだ。 「歌のない鬼を狩ってみせましょう。 捕まえた獲物が噛み付くことも在ることを教えて差し上げましょう」 ――アレルヤ! 信仰を失いし克肖女の放った聖なる光が、戦場を白く染め上げる。 「回復はボクが引き受けます。ニニギアさんは攻撃を!」 治癒の術式で全員の傷を塞いだ光介が、傍らのニニギアに声をかけた。 羊の少年に頷きを返し、彼女は破邪の詠唱を響かせる。 灰は灰に、塵は塵に――全てを無に還す呪言が、浄化の火で死者を包んだ。 炎に抱かれ、瞬く間に燃え尽きていく屍。 憂いを帯びた瞳でそれを見送り、ニニギアはそっと祈りの言葉を口にした。 「どうぞ、安らかに眠ってね」 ● アベラルドが立つ舞台は、もうすぐそこだ。 残る力を結集し、リベリスタ達は道を開きにかかる。 「背中は私が守るのデス!」 後方から追いすがる死者たちを払いのけながら、心が叫んだ。回復役を護り続ける彼女は今も健在であり、揺らぐ気配すら見せない。 仲間達に先んじて前に出た雷慈慟が、思考の奔流で死者たちを吹き飛ばす。楽団員に攻撃を届かせるべく、まず庇い手を引き剥がさなくては。 「不思議な声をしてるのね、歌姫のようだわ」 しつこく立ち塞がる敵に高速の斬撃を浴びせる未明が、皮肉を込めてアベラルドに呼びかける。追い撃ちをかけるように、エナーシアが言葉を重ねた。 「申し訳ないけど貴方の歌声、好みじゃあないのよね。自意識過剰なのだわ」 絶対命中(クリティカル)のフルオート射撃――通常よりさらに倍の数撃ち出された弾丸の嵐が、アベラルドの周囲を固める死者たちを蜂の巣にする。 「あは、聖なるかな聖なるかな」 素早く魔方陣を展開した海依音が、無防備な姿を晒す楽団員に聖なる魔法の矢を射た。 アベラルドの肩口に突き立った矢の後を追うようにして、朔が彼に肉迫する。 「――私の戦いとはこれだ」 煌く薄刃が光の飛沫を散らし、刹那の時に千刃を刻むが如くアベラルドに傷を穿っていく。 強敵を求む金色の瞳が、炯々と輝いた。 「君の戦いは歌う事だろう。歌え。この闘争の彩りとして覚えていてやろう」 気圧されたか、アベラルドが僅かに後ずさる。それを見咎めた未明が、すかさず宙を蹴った。 「名高き楽団の一員が、お客から逃げるとは何事よ」 頭上から一撃を浴びせて牽制しつつ、彼の退路を塞ぐ。混乱を免れたアベラルドが残る死者を引き寄せようと歌声を響かせた時、雷慈慟がその口中にオーラの糸を放った。 「幕間だ演者、この舞台は悲劇を持って淘汰される」 気糸に舌を貫かれながらも、アベラルドは歌を止めない。彼を衝き動かすのは、『楽団』のソプラニスタたる矜持だろうか。 「死体を楽器だなどと洒落てはいますが、雑音装置は要らないんですよ」 形の良い唇から毒を吐き、海依音が再び聖なる矢を放つ。 「ド三流の演出なんて必要ではございません。 何ならもっと面白い筋書きを、その五線譜にしたためましょうか?」 輝ける矢がアベラルドの心臓を射抜いた瞬間、男の体を燐光が包んだ。 舞台に踏み止まるソプラニスタを守らんと、死者たちがリベリスタに殺到する。ニニギアが癒しの息吹で戦線を支える中、エナーシアが魔力の弾丸を放った。 「世に永遠に生きるものはない、のだわ」 銃火器の祝福を宿す一射が、アベラルドに憑依していた霊を消し去る。それを見て、ここまで回復に徹してきた光介が攻勢に移った。 意思無き死体を踊らせ、魂を冒涜するだけの舞台。 そんなものを、光介は決して認めない。そんなもので、姉たちを穢させはしない。 だから―― 「その幕、降ろして差し上げます」 アベラルドに止めを刺さんと、躊躇無く魔法の矢を撃つ。 それは、心優しき羊の少年が生まれて初めて抱いた殺意だった。 運命を削って耐え抜いたアベラルドが、目に付く限りの対象に霊魂の弾丸を放つ。追い込まれてなお伸びやかな歌声にのせた一撃が、受け身を取り損ねた朔の胴に風穴を開けた。 「自分の戦い方を貫く者は好感が持てる。それでこそ戦士というものだ」 溢れる鮮血で腹部を紅に染め、朔が己の運命を燃やす。 「――この闘争を楽しんで死ぬが良い」 踏み込みと共に繰り出された太刀は、さらに勢いを増していた。 疾く。もっと疾く――! 光輝く神速の連撃が、『楽団』のソプラニスタをついに討ち取る。 ゆっくりと崩れ落ちるアベラルドに、ニニギアが冷ややかな視線を向けた。 「アンコールの拍手もスタンディングオベーションもないわ。 あなたに相応しいのはブーイングよ」 喝采なき舞台が、厳かに幕を下ろす。アベラルドの死とともに、残る死者たちもその動きを止めた。 軽く息を吐き、心は東の方角――市街の中心部に視線を向ける。 これで終わりではない。赤き月の夜は、まだ始まったばかりだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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