●願いの果てに 音楽が好きだった。 昔から上手い上手いと褒められて。 実際、それ相応に才能はあったのだろう。自覚はある。 自負として。誇りとして。自覚はある。 だから音楽は好きだった。褒めてくれて。私を見てくれて。聞いてくれたから。 「止めろ!! これ以上、駅の方向に進ませるなッ!」 己の全力を尽くすのは好きだった。 たった一つ。クラリネットを吹く事しか取り得が無かったとしても。 その全力を。己の最善を。無駄とは言わせない。それが私だ。私の誇りだ。 「くっそぉ……! 死者が、死者が多すぎる……! 止められねぇぞ!!」 ……でも。 どうしてだろうか。 私はただ、必死だっただけなのに。頑張っただけなのに。 ――どうして皆が私を拒むの? 努力は悪なのか。才能は罪なのか。 そこまで突出している訳ではない。ただ“それなり”程度だったというのに。 それでもソレは駄目なのか。そんなに杭を打ちたいか。 止めろ止めろ止めろ排斥するな。私は演奏したいだけだ。なのに――何故誰も聞いてくれない。 止めてよ皆帰らないで。 私はここにいる。 席を立たないで。 一杯練習したんだよ。 だから―― 「くッ……! 後退しろ! 逃げるんだ! 本部からの応援を待――!?」 瞬間。迫る死者を相手に闘っていたリベリスタの動きが鈍くなる。 「許さない」 同時に響くは少女の声。 「誰も席立つ事は許さない……!」 霊魂操り、人の動きを縛りつける。 逃がさない逃がさない逃がさない。 「誰も逃がさないッ! 聞きなさいよ! 私の演奏を! ハ、ハハハ! アハハハハ!!」 例え血塗れた死者の手で無理やり押し留めようと。誰一人として逃がさない。 過去に存在した無垢なる少女の願いはねじ曲がり、たった一つの結末へと辿りつく。 “死者は逃げない” 血に濡れる悲鳴と言う名の歓声が、己を迎える世界。 あぁそうだこれで良い。こうすれば良かったんだ。聴いてくれて有難う。 だから殺す。だから死ね。死者と成りてソコに居ろ。 彼女は笑う。高らかに。 確かな、満足感を得ながら―― 「ニナ」 瞬間。声が聞こえた。 男の声だ。ああ誰かは分かる。同僚のエヴァルドだろう。 「気合いが入るのは良いですが、事を急いて逃がしてはなりませんよ? 前回の闘いで覚醒者を得られなかったのです……今の内幾らか補充しておかねば、後々が厳しい」 「――ッ……分かってるわよ。覚醒者が元から居れば、もっと楽だったんだけどね……」 迎撃に出てくるリベリスタ。 それらをいくつか狩る事で覚醒者の死体を彼らは稼いでいた――が、元々覚醒者が全く居なかったのは痛かった。ここに至るまでの小競り合いで相当数の死者を失ってしまったのだ。 資源がタダとは言え、いつどんな時でも即座に補充出来る訳ではない。これ以上の損失は流石に避けたい所だが。 「でもホントどーすんのよ。この辺り、色々舗装されてるから地中から死者はちょっと無理よ? 私のアーティファクトも霊魂操る事でなんとか代用してるけど……ちょっと出力低下してるわ」 「ふむ。覚醒者の死体は少なく、貴方の能力も多少劣化…… やれやれ。確かにこのままでは厳しいですね。だから――」 彼は言う。楽団員のエヴァルドが取りだすは、己のクラリネット。 商売道具だ。しかして、それはただの楽器では無い。これは、 「用意しました。……あまり、使いたくは無いですが」 「それって、アンタの――」 「ええ。アーティファクト“Riciclaggio(リサイクル)”。その名の通り、死者を再利用する為の道具ですよ。 ですので。ええ。死者を更に冒涜する様な事はしたくないのですが……」 彼は悲しい。死者を操る事が。 死者とは生を終えた者。で、あるが故にこそ本来ならば眠らせておくべきなのだ。叩き起こして、無理やりに動かして、あまつさえ人を襲わせるなどなんたる所業か。鬼畜であると理解して。理解して。理解して――しかし。 「仕方ありませんよねぇ。ケイオス様の御心を満たす為には。ええ。仕方ありませんッ! これは仕方のない事なのです!! アークを潰さんとするが為には、死者を最後の最後まで使い潰さねば!!」 泣きながら、笑う。心の底から、楽しそうに。 悲しいけれど仕方ない。嫌だけれども仕方ない。 なぜなら敬愛すべしケイオスの為に行動するのが彼にとっての最優先だから。 それ以外の事など所詮、全て“些事”だ。取るに足りぬ。彼の死者に対する思いすらゴミクズ同然で。 「さぁ。行きましょう。あまり時間を掛けては面倒だ……我らの演奏を、この地に響かせましょう」 「……ええそうね。そうよね。音楽を、聞かせなきゃ……!! アハ、アハハハハ!」 彼らは往く。笑いながら、笑いながら。 二つ。似ている様で、全く別種の笑いが木霊する。 場所は三高平居住地区。目指す先は三高平南駅。 死を振りまいて。彼らは進む。 己が演奏を、聞かせる為に。 ●ブリーフィング 「――アシュレイの予測に関して、皆聞いた?」 そう言葉を綴ったのは『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)だ。 アシュレイの予測。詰まる所“三高平の直接制圧”――実現されればアーク存亡の危機だ、が。何故アシュレイがそんな予測をしたのか。あてずっぽうでは無い。理由は勿論ある。 第一の理由としては“構成員の数の差”だ。楽団員はそのほとんどがフィクサードとして高いレベルを保持しているが、予備役も含めた数千に及ぶアーク戦力と比べると、流石に分が悪い。持久戦における戦力トレードなど、ケイオスにとっては避けたい事態である事。 第二として、アシュレイが横浜で見た“干渉力”がある。 「横浜で、首を刎ねられても笑っていた……“アレ”の力はケイオス本来のモノじゃない。 恐らく、の話には成るけれど“アレ”はソロモン七十二柱が一“ビフロンス”だと予測されるって」 ビフロンス。“死体を入れ替える”とされる存在だ。アシュレイとしてはこれを空間転移の一種と踏んでいて、更に最悪なのが、この能力は莫大な死者を操るケイオスと非常に親和性が高い事である。下手をすれば“軍勢”をこの三高平に送りこむ事も不可能では無い。いや、むしろ十二分に可能性としては高いと言えるとの事だ。 そして第三の理由。それは、 「三高平には、特別なモノがある」 ケイオスと同類。バロックナイツの一人だった存在。 「ジャック・ザ・リッパーの骨が、アーク本部地下にはあるの」 もしケイオスがそれを手に入れたら。 モーゼスでは無理だった。公園では骨が無い事もさることながら“格”の問題もあった。 しかしケイオスならば。一流はおろか、超一流と呼んで問題無いケイオスならば。 「……万が一の時は手のつけられない事態に成る。 だから、この事態を防ぐために、アシュレイは二つの提案をしてきたよ」 迎撃の為の提案。一つ目は三高平市に特殊な結界を張り、ケイオスの空間転移座標を“外周部”へとずらす事。アーク本部の直接襲撃を防ぎ、一気に王手を掛けられない様にする手段だ。 そして二つ目は。所在の知れない、しかして“何処か”には必ず存在するケイオスを捉える為に――万華鏡と、アークのフォーチュナをアシュレイに貸すと言う危険なモノだった。 「……事の是非はともかく。いずれにせよ楽団を迎撃しないといけない。向こうは死者の数が圧倒的に多い。だから物量戦を仕掛けてくるだろうけど、三高平に住む一般のリベリスタも楽団迎撃には協力してくれるらしいから、頑張って」 間違いなく激戦になるだろう。今まで楽団は死者を集める事に執着していたが、今回は“攻めて”来ている。今まで以上に明確な殺意と、攻撃性によってリベリスタを、アークを攻撃するだろうから。 「貴方達に向かってもらうのは――三高平南駅近くの居住地区だよ。 南駅の制圧を目論む楽団員を、迎撃してもらう。大通り辺りで接触する事になるかな。時間帯は夜だけど、まぁ一応闘うに支障無い明かりぐらいはあるよ」 楽団員は大量の死者を引き連れて、居住地区から南駅へと向かっている様だ。まだある程度距離はある為、そうすぐに制圧される事は無いだろうが……いずれにせよ危険な事に違いは無い。すぐに向かって貰う事になりそうだ。 「ここの楽団員は、特殊なアーティファクトをいくつか所有してる。 主に動きを制限するモノと、倒れた死者を再利用するモノだね。 詳しくは資料に記すから、目を通して置いて。危険だから、ね。それと――」 一息。 「とにかく南駅に【楽団員を到達させないで】。そして【楽団員を最低でも片方倒して】欲しい。 反対に【戦闘可能なリベリスタが四人】になるか、【南駅に楽団員が到達したら】無理しないで撤退して」 ここで、更に一息。勝利すべくの道と生きる為の道を彼女は示した後に、 「とにかく……生きて、帰ってきてね」 心の底からの願いを口にし、リベリスタ達を送り出した。 ■演奏 「さぁリベリスタの皆さん、死者を救ってください」 エヴァルドは言う。死者を操り、リベリスタに攻撃を仕掛けながら。 「そして死者の皆さんも救われなさい。幾万と……何度でも何度でも。“救われる為に蘇りなさい”。 で、あれば。彼らはまた、貴方方を殺してくれるでしょう……望まぬ新生を果たした貴方達は再び救われるのです……! 蘇る度に幾万と! 永劫に! あぁなんと素晴らしき事か!!」 永久救済。 そんなふざけた御題目を掲げながら、彼は指示する。 死ぬために、殺される為に、救われる為に――進撃せよと。 私の演奏を聴いてくれるのは死者だけ。 だから殺そう。そうすれば皆聴いてくれる。皆が私の全力を聴いてくれるから。 「そうよ……」 誰も席を立つ事は許さないッ! 逃がさない! 逃がしてたまるかッ!! 「Applauso del morto――!! 私には、死者の喝采で充分よッ!」 霊魂操り彼女は言う。 此処に居ろと。例え、そう。 死んだとしても。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:茶零四 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年03月14日(木)23:28 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●腐った音色 死者が列を成す。 三高平の居住地区。そこの一角に集うは二百の死者で、現在立ち向かっている生者はたったの八。 あぁ、絶望的とも言える物量差だ。如何に質で勝ろうとこれは流石に量が違いすぎる。“質と量”の何れが大事であるかという議論は時々起こるが、極論すればそんな議論に意味など無い。 なぜならば……例え百の量を倒せる一の質があろうと、千の量で挑まれれば質は負ける。 だが逆に千の量があろうと、万を倒せる一の質がソコにあれば量は負けるのだ。 故に意味無し。そしてここでは量が勝っているのだけは自明の理で。ならば結果は死者に呑み込まれて負ける。たったそれだけ。それだけの―― 筈が。 『――誰か、この声が聞こえるだろうか?』 各々が持つAFから声が通される。 男の声だ。さて、一体誰の声だったか。 『近くにいたら手を貸して欲しい。皆大変な事は分かっている――でも、それでも頼む。手を貸して、欲しい』 切実たる願いは皆に届き、 『この戦場は俺が、新田快が――“守護神”が請け負う。一緒に戦ってくれッ!』 名乗りの主は『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)。 あぁ、その名声は轟いている。故成るかな。その言葉には“実”が籠るモノだ。無意味ではない。知り得る者の中には彼と共に闘いたいと思う者が居てもおかしくは無い程に。 快自身はその“名”を使うのは避けたい気持ちもあったが――どうしても、やらねばならかった。本人は分不相応だと思っているその“名”を使ってでも。絶対にここを、アークを、陥落させる訳にはいかないのだ。 「あぁ、ええなぁ。わしも知り合いに幾らか連絡入れ取ったさかい――」 そしてその手段は『人生博徒』坂東・仁太(BNE002354)も似た様な形で取っていた。 名声的な意味では流石に快程ではないものの、坂東・仁太の名も無名では無い。積み重なった年月は力と成り、数多の人々と会う機会を作った。故に知り合いは無論居て。だから、 「あいつら来てくれると、嬉しいなぁ」 馴染みの顔を思い出す。あちこちの楽団対処で忙しいだろうが、もし来てくれるのならば心強い事この上ないのは確かで。 期待を胸に狩人たらんとする集中力を高めれば――視る。 「……あら? 何。また増援かしら?」 死者の群れと共にいる楽団メンバーの一人、ニナを。 「奏者冥利に尽きるわね。満員御礼、これだけの人数に演奏を聞かせる事が出来るんだから――」 「あぁ? 何言ってんだ。誰がそんな汚い音を聴きに来ると思ってんだよお前?」 瞬間。ニナの言動に悪態付くのは――『合縁奇縁』結城 竜一(BNE000210)で。 彼は言葉を続ける。ニナの耳に届く様に、腹の底から声を振り絞って、 「つまらない音を垂れ流しやがってッ! なんだぁ? それで上手いつもりなのかよ! 俺らは仲間を助けに来ただけだからな……興味もねぇ雑音演奏なんて遠慮させてもらうぜ!」 「……言ってくれるわね。私の演奏を、無視出来るとでも思ってるの……!?」 ニナの注意を引く。 厳密に言えば無視する気は無い。と言うよりもここで倒す気は無論ある。だが、戦場においては常に本音ばかりを発言し続けるなど愚の骨頂。“本当の狙い”を誤魔化す為に言動を荒立てているのだ。 「聞く価値の無い連中の演奏を、わざわざご丁寧に清聴してやる必要はない。皆、下がろう」 「よく抑えてくれたわ――お疲れ様ね。後ろにまだ増援がいるから、一旦退いて立て直すわよ」 そして『九番目は風の客人』クルト・ノイン(BNE003299)に『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)もまたニナへも声が届く様に。既に前線展開していたリベリスタ達へと言葉を紡ぐ。 そう演技までして彼らが口には出さぬ本当の狙いとは何なのか。それは、 ……ニナを前へ釣り出さないと、ね。 エナーシアが思考するは“本当の狙い”だ。口にこそ出さないが、そう。ニナを少しでも前へと誘き寄せるのが目的である。 彼女の持つAFは出力が低下して効果範囲が制限されており、その現状を利用すべくの策。どうしても生者を逃がしたくないニナはリベリスタ達が逃げようとすれば前に出るだろう。“釣り出した”ソコへ、隙を見て討つ。成功するかはニナ次第だが―― 「何よ……! どいつもこいつも、これだから音楽に教養の無い連中は!」 “音色”に関した暴言を放った所為か、相当憤慨している様だ。 逃がさない、とばかりに死体の操作よりもAFの操作を優先。霊魂がリベリスタ達へと纏わりつけば、その動きを鈍らせて。 「あぁ? 何言ってんだテメェ。まーだ気付いてねぇのか?」 と、その時だ。霊魂を振り払うかのように右拳に炎を灯す『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)がそこに居た。中指を垂直に。嫌悪の表情を隠そうともせずに彼は言葉を、 「テメェはもう演者として完全に終わってんだよ! 生きてる連中無視して、人形相手に手ェ叩かせて! 聞き手をちっとも考えん演奏なんざ誰が聞くかボケェ!! 鏡にでも向かって弾いてろやぁッ!!」 「――ッ!!」 放つ。お前は己の事しか考えていないと。お前は所詮演者の器ですら無いと。 その言葉に、思う所が無かった訳ではないのか、ニナの表情が僅かに歪む。 何と言い返すか一瞬言い淀んだ――所へ、 「そう、同僚を苛めないで欲しいものですがね」 エヴァルドだ。 死者を盾に。後方からリベリスタ達を見据えて。 「本人が満足に演奏出来ていればそれで良いではありませんか。 生者であろうが死者であろうが、“些事”ですよ。我々の前では、特に――」 クラリネット片手に、一息。 「こんな風ですし、ね」 音色を響かせる。さすれば直後に殺到するのは、死者だ。 流石に二百の数全てが一気に来る訳ではないが、それでも膨大な量が視界を埋める程にリベリスタ達へと。無数の手が、無数の歯が。彼らに一斉に襲撃を行えば、 「イカン! 思ったよりも奴らの力は強い……! ここは戦略的撤退だ! 後方へと前進するんだ!」 『ジーニアス』神葬 陸駆(BNE004022)が自然な形で言葉を挟む。 同時。口に出す言葉とは別に、思考の電波をも仲間に飛ばし。 「それにこんな雑音を聴いていると頭が痛くなる! 天才たる僕の脳細胞が死んでしまうではないか! 人類の損失だぞ分かってるのかパスタ野郎――!!」 「御安心を。死亡なされたら死者として再度御救い致しますので。ええ、存分に死滅なさってください」 「そう言う意味では無――いッ!! ええい、これだからイタ公は!! 砂漠でパスタでも茹でてろ!」 現実の言葉は軽口に近い。が、思考の言葉として飛ばしたのは先の“釣り出し”策の説明だ。 一旦退く演技をして欲しいと。流石にこれを口で言う訳にはいかない為のハイテレパスである。突如として送られてきた思念に驚いた者もいるようだが、すぐさま事態を理解して承諾の旨を陸駆へと返す。 「うん、とりあえず撤退した方が良いよね。数が違い過ぎるもん」 そして『断罪狂』宵咲 灯璃(BNE004317)の言葉を最後に、リベリスタ達は一斉に後退を開始した。霊魂に脚を絡め取られ、後退しにくいが問題ない。なぜなら、 「だから、逃がすとでも……!」 ニナが前に出てくるからだ。 「ニナ――あまり前に出過ぎてはなりませんよ。敵の挑発に易々乗るなど……」 「分かってるから安心しなさい……ただ逃がさない様に少し行くだけよッ!」 流石にエヴァルドは挑発だと理解しているらしい。いや、頭ではニナも分かってはいるのだろうが、絶対に逃がしたくない思いが後ろに居るのを許さないのだろう。死者をも追い越すことこそしないが、それなりに前方へとニナは出た。 その、瞬間。跳び込む影があった。 「我流居合術――蜂須賀 朔」 短く己の名乗りを上げる。それは己の身体速度を強化した『閃刃斬魔』蜂須賀 朔(BNE004313)だ。 身を低く、地と平行に。鞘から刀身を晒して、 「――推して参る」 剣閃が、ニナの首筋へと走った。 ●Applauso del morto 『Trapezohedron』蘭堂・かるた(BNE001675)は、視た。 朔の剣筋。前へ出たニナの首から命を狩り取らんと向かったその一撃が―― 「残、念でしたって言っておこうかしらね……!」 「……まぁ、そう簡単には行かぬか。予測の内ではある」 大量の死者の壁によって阻まれた光景を。 庇った、と言うよりも純粋に数が多かった為か。まぁ朔も一瞬で決められるとは思っていない。壁を排除し、道を切り開く必要はどうしてもあるのだ。だから、 「しゃあッ! 焼くぞオメェ等――合わせろよぉおっ!」 火車が死者を、薙ぐ。 炎を纏って、眼前に布陣する死者群を拳撃と共に焼き払うのだ。戦場を灼熱に染め上げんとする勢いは数多の死者を呑み込んで。 「ほな、時間かけても仕方ないし――ぼちぼち行こか」 「わざわざ今居る場所を教えてくれるなんて、御親切にどうもって感じね」 仁太とエナーシアが同時に銃弾を放つ。片や巨銃から放たれる無数の銃弾に、片や小型の銃から放たれる神速の早撃ち。銃声が連続に連続を重ねて轟音と成っても、止まらない。 技を出す消費を考えぬ全力だ。本来ならば出来ない荒技だが、それを今回は可能とする。なぜならば、 「これ以上は絶対に通さない――この地点だけは、死守してみせる!」 彼が、快がいるからだ。 彼の放つ光は戦場にいるリベリスタに複数の回復能力を与え、その生存能力を高める。 体力でも精神の面でも。この光は随分と頼りに成る力と成っていた。更に、 「無駄撃ちこそ出来ませんが……今はそう言う事を言っている場合ではなさそうですね」 かるたが前衛からは少し離れた位置で回復役として動いているのも生存率を高めていた。 重機関砲を所持している為かその行動速度自体は早いものでは無い。されど回復手段の有無はそれ自体が重要な意味を秘めている。今回は快のラグナロクが強力であるが――かの技は瞬間的な回復力にまで優れている訳ではない故に。彼女が紡ぐ歌声は波打つように迫る死者に対しての対抗手段と成っていた。 「どうしてそんなに死体が好きなんだろうねー灯璃としてはサッパリ分からないよ。 動く死体なんてさ。全然痛がらないし、泣き喚かないし、それでいて動くだけでさー なんて言うか、つまんなくない?」 「ハハハ、我々に劣らぬ碌でも無い御方がアークにはいたものですね」 そしてそのかるたの直ぐ傍には灯璃がいた。 いつかるたが集中攻撃されても対処出来る様に。低空飛行を行いながら言葉を紡いで。 「ならば一つ。実際に死者を体験されてみてはいかがですかな? あぁ末には救済が得られるのですが……」 「そんな体験結構だよ――それよりも、そういうあなた達こそ何で生きてるのかな?」 彼女はエヴァルドに言う。何故生きているのかと。 死者を好み。死者と成り、そこから死ぬ事が救済に繋がると信望している癖に。何故生者で有り続けている。 「生きてなきゃいけない理由なんて無さそうだもんね。 だから、死体のお仲間に加えてあげるよ。御代は悲鳴と無様な命乞いの様子で良いよ――殺すけどね」 言うなり動く。蛇腹剣を振るって、刀身を分け隔て横薙ぎすれば、その名の通り剣が“蛇”の様に折れ曲がる。 垂直に。あるいは極度に撓りながら。通常の“剣”では不可能な動きを再現し、死者を絡め取らんとする動きを行う。さすれば、幾対かの死者が潰れて朽ちて。操る事が不可能になるレベルの損傷を受けた―― その時。 「ふむ。では、始めましょうか」 エヴァルドが呟けば、死者が再生する。 否。厳密な言い方をすれば――新生と言った方が正しいか。 死者は朽ちた。しかしその身に魂は無く、元々肉体だけで動いていた状態だ。 故に。その肉体の損傷や“本来人が人であるべき形”の一切合財を無視して無理やりに結合させれば。 四肢をもいで。骨を砕いて。肉を磨り潰して。 たった一体にその全てを注ぎこむ事が可能ならば。 「あぁ……素晴らしい」 文字通り、新生するのだ。 エヴァルドは感嘆する。己が能力の出来栄えに。作り上げられた“ソレ”は、通常の死者よりも僅かに大きい程度だが――果たしてこれを繰り返した末に作られた“モノ”は一体どれほどの強さを持つのか。 「人のホームで雑音流した揚句に、なんと趣味の悪いものを……!」 思考を働かせ、極限の集中状態へと己を昇華させている陸駆は、若干の嫌悪と共にソレを見ていた。 なんだこれは。こんなものがこの三高平に存在していていいのか。この街に。己のホームに。 「おのれこの街には我がご祖母堂もいると言うのにッ! こんな醜悪なもの、ご祖母堂には見せられん――! すぐに消し飛ばさせてもらうぞッ!」 瞬時。五つの斬撃が、死者の壁を超えて転移する。 憤慨の感情と共に放ったその一撃は巨大な死者を中心にして、不可視の斬撃で切り刻むのだ。寸刻みで、分解するかの如くの鋭い攻撃。かなり前方から放った為か、周辺のリベリスタ達を巻き込まずに済んだ様だ。 「やれやれ、しかしこいつは数が多いな……!」 されど居る。まだまだまだまだ。クルトが自身の周囲を纏わせた炎と共に焼き払うが、それでも。 「覚醒者の死体も所々にいるみたいだし、全く。ニート出来ないってのは辛いねぇ」 「引き籠りは身体を壊すだけよ? 偶には外に出て、そうね、心地よい演奏に耳を傾けたら?」 「そいつは遠慮させてもらおう。耳を傾けた瞬間から死者の仲間入りだなんて千年引き籠ってた方がマシだね」 それにそもそも、 「そっちの演奏には興味無いって言ったろ? ――清聴する気なんかさらさら無いね」 冷酷な視線と共にニナを見据える。 彼女を釣り出す為の言葉ではあった。しかしさりとて、その言葉の数々は“嘘”ではない。本心から興味は無く、故に侮蔑の感情を込めて、 武技を彼女へと叩き込むのだ。飛翔する、死者の壁を突き抜けた特殊な武技を。明らかに通常の死者とは戦闘能力が違うデュランダルの死者を巻き込み、砕いて。 「クッ――でもこの程度で……!」 「あぁそうだろうなお前達はこの程度じゃ倒れないだろう」 声がした。誰の声か、は直ぐに分かる。 竜一だ。己が刀を手に、地を蹴り前進し。 「だから、もっと明確な一撃で――独りよがりな演奏を止めてやるよ」 死者を薙ぐ。刀を回し、“邪魔”な死者を押しのけるべく叩きつけるのだ。 邪魔とは何か。今更言うまでも無い。ニナへの道の“邪魔”だ。死者を幾ら斬り伏せようと操作する楽団員を倒さねば意味が無い。タイミングを計る必要はあるが、どこかで必ずやらねば成らぬから。 視る。たった一瞬であろうとも。最も死者の壁が薄くなった、その瞬間に―― 「聴きに来たぞ。君の演奏を」 朔が踏み込むのだ。 「折角だ。出来るだけ近くで聴きたいものなのだが。……あぁ、触れる程の特等席でな」 「あら、それは駄目よ。近くに来るのは良いけれど、踊り子や奏者に手を触れてはなりませんお客様ッ!」 されど拒絶される。精密操作は出来ぬなれど、死者で朔を包む様に。 足をAFの霊魂で絡み取り。動きを阻害して。こっちに寄るな、そこに居ろ。大人しく死者の仲間入りをしろと。 そう、しようとしたその時。 火が走る。攻撃を最優先とした朔も巻き込むが、それでも大多数の死者を主に薙ぐ火が、戦場を走ったのだ。 ――火車である。 「あーだこーだペラ回してるが、結局テメェが好きなのは音楽じゃねぇだろ? 褒められて、見られて、聞かれてる自分だろ!」 「何よ……! それの、何が、悪いのよ!! 賛美や称賛を求める事の何がッ!」 「あぁ結構結構ッ! 悪いたぁ言わねぇさ! オレだって手前の事ばっか考える事もある! だがなぁ……!」 死者の一体。その頭部を右手で掴み、炎と共に捩じ伏せて。 「テメェには肝心の“魂”が籠ってねぇ!! 人間としてあるべき魂がな! 魂篭ってない演奏なんざ、魂抜けた連中にお似合いじゃねぇか!! テメェら、もう死んでんだよッ!」 一喝する。魂が違うのだ。 後ろ向きにしか考えず、人を死者にして笑う事しか出来ない楽団は死んでいるにも等しい。リベリスタとは、火車とは―― 明日を視る者と彼らは、全く違うのだ。 「あんたの演奏は、ただの音の羅列だ! 音楽なんかじゃない! あんた自身が、音を楽しんでる様に聞こえないからな!」 そして。火車の放つ炎の中を、ダメージ覚悟で竜一が突っ切った。 「一体あんたは、自分の演奏を誰に聞かせて、誰に聞いて貰いたかったんだッ!」 範囲で穿った死者群の穴。 跳び込み、刀をニナに向けて、全身の力をただ一点に集中。地を踏み砕かんとする程の勢いで跳躍すれば、 一閃した。 左肩から右腰に掛けての斬撃。血が舞い、口からも大量の血液を吐き出して。 「グッ――! がっ! ぁ、まだ、まだよ……! この、程度で、私が――!!」 「いいえ。ここで終わりなのだわ、貴方は」 瞬間。ニナが己に施そうとした不死の強化を、エナーシアが打ち砕く。 的確な一撃だ。しぶとくも生き残ろうとした彼女の対応手段を奪い取る一撃。銃にライトを共としていた事も幸いしたか、より正確にその身を穿つ事に成功した。 「演奏が好きなのか。それとも喝采が好きなだけなのか。 己の本質を理解できず、理解しようとする事すら放棄している屍人使いは、愚かですね」 そして味方からの範囲攻撃を、承知の上とはいえ受けた傷を、かるたが癒せば、 「あなたの演奏、ちっとも楽しそうじゃないんだよねー。笑っているのに笑ってないって言うかさー」 何を間違っているのか。どこで間違ったのか。 灯璃は言う。笑顔が無いと。狂った様な笑みは所詮紛い物で。 楽しそうな表情を己が顔に張り付けているだけなのだ。仮面の様に。 喝采を求めるのは良いかもしれない。好きにすればいい。 だが喝采を最前提した時点でニナは三流以下と堕ち果てたのだ。 もはや終わらせようと、蛇腹剣を振るう。流石にAFへの攻撃は警戒されている故に周辺の死者を払う事を優先して。無数に枝分かれた刀身で死者の首を絡め取り、飛ばして行く。 「あぁぁぁぁああああ――ッ!!」 絶叫が周囲に響き渡る。ニナだ。周囲に漂う霊魂を武装として射出して抵抗を果たす。 終わってたまるか。朽ちてたまるか。死者と成るのはお前らだ。 もはや妄執の域に達する願いは始原の願いを忘却している。 「君の闘いは、その演奏だ」 そこへ彼女が、朔が言う。 「私の戦いは、この剣だ」 武器を構えて、踏み込んで。 「さぁ――二人で円舞曲を奏でよう」 往く。ただ一つ。ニナの首を取る為に。 快に言われたのだ。ニナの討伐は、任せると。 彼は今必死でエヴァルド側の死者を抑えている。増援組も向こうの抑えに回っているが、相当にキツイ筈だ。一刻も早く援護にいかねばならないし、その為にはニナを倒さなければならない。 それに。 任せると言われて。 任せろと言って。 成し遂げられぬなど―― 「女が、廃るッ――!」 放たれる霊魂に身を削られながらも頓着しない。 痛みを口奥で噛み殺して。速度を跳ね上げ刹那の一撃を狙う。 光の如く。剣筋を飛沫として。眼前の敵の防御の隙間を穿って。 「ォォ――ッ!!」 瞬時の交差。一呼吸の間に満たぬ、攻と防の応酬の果てに、 「――」 ニナの、柔らかな首筋が切断された。 鮮血が舞う。悲鳴すら出ぬごく一瞬の事だった。 誰かに己を見欲しかった少女の願いは終わりを迎えた。迎える事が、出来たのだ。己の死で。 ――だが、 「おっと。死者を無駄にしてはなりませんね」 まだだ。まだ終わっていない。 楽団の片割れは倒した。しかしながら死者の扱いに関しては、ニナと比べて隔絶した腕を持つエヴァルドがいる。ニナはAFを使う為に精密操作を諦めなければならなかったが、エヴァルドはAFを使いながら死者を操れるのだ。 ニナが倒れた事によって操作の手を離れた死者の肉体を、瞬時では無いこそ受け継いで。同僚の死になんら感じもしないエヴァルドはリベリスタを見据える。 楽団の一人は死んだ。 だが。まだ死の演奏は、終わっていない。 ●Riciclaggio 快は死者を押し留めていた。 主力の大半がニナ討伐に力を割いている中、彼は増援組と協力してエヴァルドにだけ集中。完全に防御に趣を置いて、耐え忍んでいたのである。 「くっ――!」 しかしながら、やはり死者の軍勢を押し留めるのは厳しい面があった。 彼や仁太が事前に連絡を介した甲斐があったか、そこそこに多い人数が援軍として来てくれているが限度はある。戦場も此処だけでは無いのだ。障害物などがあればもう少し楽に成ったかもしれないが、そもそも交通する事を前提に作られている大通りに障害物は少ない。なんとか南駅に行こうとする流れを遅めてはいれるが。 「それでも……俺がいる限り、先には進ませない。これ以上この街に被害を出させてたまるか……! なんとしても死守するんだ! ここだけは、なんとしてもッ!」 ラグナロクの光と共に、指揮を執る。 これ以上は行かせない。強い信念と共にエヴァルドの注意を引いて。 「ふむ。面倒な御方だ……中々、殺し辛いですねぇ」 やはりラグナロクは面倒だ。生存確率を高めるそのスキルは、殺せば戦力が増える楽団側にとっては相性が悪い。 と言っても、 「まぁ殺し辛いと言うだけで、無理ではありませんがね」 逃げようとする増援リベリスタを囲んで捕まえる。ニナが死んだ為に若干逃がしやすくは成っているが、それでもまだ数で圧倒している以上捕まえるのは不可能ではない。そうして死者の群に呑み込めば戦力が増えて往く。 ニナは倒れた。しかしリベリスタ達がニナを倒すのに集中している間に、エヴァルドは死者の指揮を執ってリベリスタ全体に被害を与えている。まだ戦況がどちらに転ぶかは分からない状態だった。双方に回復手が存在している現状では特に。 かるたとホーリーメイガス。いずれかが落ちるならともかく、泥沼に近い、持久戦が繰り広げられるかもしれない。そんな不安を誰かが抱いた――その時の事だった。 「永久救済だのなんでも好き勝手に言ってろ。絶対に、逃がしはしないからな」 クルトが、大多数の死者の体力を回復していたホーリーメイガスの死者を、砕く。 覚醒者の死体を正確に倒したその行動に、エヴァルドは疑問を抱く。外見からは他の死者とそう簡単に見分けはつかない筈だ。何故、倒せたのか。その答えは存外簡単で、 「後は――前方に何体か。後方にイージスが二体居るわね。出来ればそれらを優先的に倒しましょう!」 エナーシアである。エネミースキャンで事前に一度敵の種類を確認していた彼女は、そのまま超直観で覚醒者を視る事が出来た為、判別が付いたのだ。味方にその情報を伝えれば出来る限り覚醒者を優先しようと動くは必然である。 「おや……これはこれは。フフフ、また一体、死者が救済されましたか……フフフッ」 されど、エヴァルドは動じない。いや、むしろ喜んですらいる。 戦況の優劣だのなんだのは彼にとっては関係無いのだ。必要なのは死者の救済と、ケイオスの願いを叶える事。それ以外はすべて取るに足りない事なのだ。“些事”と言っていい。狂人の、理解できぬ思考の果てだ。 「……些事だなんて言葉だけは、嫌いなんだけれどもね」 「うん? お気に召しませんか?」 「ええ嫌いだわ。まるで私の前半生みたいだから、ね」 彼女は信仰している。世界を創った創造主を。 世界の全てが美しいから。何もかもが、奇跡の産物で固められたこの世界が。美しいから。 しかし信仰の余り彼女はその前半生、詰まる所人生の半分を“主以外はどうでも良い些事だ”と棒に振っていたのだ。今は少々考えが違う様だが――ともあれ、己が信仰以外の全てを“些事”と言うエヴァルドを見ると、まるで鏡を見ている様な錯覚に囚われて。 「死者を救うっちゅう考えは立派やと思うけど、壮絶に方向性を間違えとらんか? まぁわし自身どうやったら死者を救うっちゅう事になるんか分からんけどな」 死者を救うとはどうすればいいのだろうか。仁太は言う。 死者の一部と成る? 生前の望みを叶える? いくつか思考するも答えなど出る筈も無い。ただ、 「ただ、そう。確実に言えるんが一つあるな」 「ほぉう。それは?」 簡単な事ぜよ、と彼は述べる。 巨銃を構え、狙いを定めてから、 「――その操作から解放して自由にするんが、今ここにいる死者にとって救いに成る事は間違いないぜよ」 直後に射撃音。接近を試みる死者を穿ち、操作される輪廻から救っていく。 何が救いに成るのかなど分からないが、少なくとも己は死後に操られる御免被る所だ。故に解放こそが救いだと、エヴァルドに告げて。しかし、 「フ、フフ。そうですか。奇遇ですねぇ。私も彼らの事を解放したく思っているのですよ。 あぁこれは実に奇遇だ! よもや私と同じ考えの人にこんな場所で出会えるとは!!」 仁太の言う事が曲解されて彼の脳へと届く。 何を言っているのだろうか全く分からない。仁太は、エヴァルドとは全く違う意見を述べた筈なのに。何故だ。どうしてそうなるのだ。 「……あー分かりやすく駄目だなコイツ。 こんな奴に何か言っても無駄だろ。クズは、どこまでもクズなんだからよ」 火車の言うことこそが尤もだ。もしかしたら、もしかしたらニナには何か事情があったのかもしれない。無論、死者を操る外道に落ちた時点でソレを考慮するつもりは一切ないが。それでも彼女はまだ人としてマシな部類ではあったのかもしれない。 だが、目の前の存在は明確に違う。 理由が無い。理屈が通じない。同じ人間の様に見えて、根底が違う。 ハッキリと、分かるのだ。“これは駄目だ”と。 「やれやれ。この様な死体を使役し闘う方法はあまり好みでは無いのだがな。 とは言え、強さの一つだと理解は出来ん事も無い。ならば……私の敵たる資格はあろう」 戦闘好きたる朔も、楽団の闘い方は好みでは無いらしい。使役術も技能の一つであるとは思い、理解は示すが。心の底から納得している訳ではない。まぁ、闘えるのならばそれも良しと考えて、居合の形で死者を薙ぐ。 で、あれば――発生する。 砕かれた死者がエヴァルドの操作によって新生し、更に巨大な死者として生まれ変わった個体が。 「フン! こんなもの、全くもってB級はおろかD級ホラーの子供騙しだ。 そんなのでは小学生の僕でも怖がらないぞ!」 嘘では無い、と証明するかの如く陸駆が即座に。 鋭い眼光で巨大死者を射抜く。何が弱いのか。何が通じるのか。 全て曝け出さんとする眼力でかの死者を弱めれば、 「だが合体して強くなるのはヒーロータイムっぽくていいぞ。まぁ悪役の合体巨大化はヒーローと違って、負けると相場が決まっているのだがなッ!」 再度不可視の斬撃を放って、切り刻む。 力を弱めた所に放つ攻撃はなんであろうと強力と成るもので。流石に一撃で打倒し得る程ではないが、効力が強化されるのは言うまでも無い事だ。 しかしこの段階にまで至るとリベリスタ達の消耗も激しい。幸いにしてスキルを繰り出す余裕はまだあるが、それでも体力的な限界は近かった。増援があるとは言え、どのタイミングで来るかすら不確定では、頼りにするには辛い。 一方で楽団側は数が少なくなる程に死者の指示能力が強化され、AFの効果で強くなる。持久戦に強いのは果たしてどちらか。と、なれば。 「私の命は、世界に救われたんです」 かるただ。 彼女は本来なら病気で死ぬ筈だった。 それは本来なら抗えぬ定めで。本来ならもうこの世には居ない―― そんな筈の運命を、世界は救ってくれたのだ。 「あの時世界が救ってくれなければ、今、私はこの場には居ないでしょう。だから」 だから、 「この命は世界の為に使いましょう」 必要であるならば運命を捻じ曲げる事すら彼女は願う。 命の賭け時は常に世界の為に。戦況の天秤が揺れるこの瞬間にこそ、彼女は恐れも無く運命に願いを込めたのだ。 されど――運命が必ず微笑む訳では無い。 過去に一度運命が微笑んでフェイトを得たとはいえ、現状の残量では少々発生には分が悪かったか。致し方ない所である。 そして、死者と生者の激突は更に激しさを増す。南駅は近く、さりとて近付けさせぬという意思が楽団を阻むのだ。 「生きて……生きて、喝采を浴びるのは、この俺さ! 悪いが此処で死ぬ気なんざさらさら無いねッ!」 「しゃあ! その意気だ……! オラァッ、ぃ、くぞぉ――!!」 そう。例え一度倒れても。竜一は腹の底から声を張り上げて、死者らに相対する。 同時。火車に至っては、纏い続ける炎の勢いが此処に来て更に苛烈に。更に至高に向けて輝きを見せる。 あぁ強化される死者の攻撃で、後方から攻撃を加えてくるエヴァルドの攻撃で、血反吐を吐きそうだ。だからどうした。喉を伝って逆流してくる血液を無理やりに呑み込んで、それでも彼らは闘い続ける。 「あれは……来たかッ!」 クルトが、視た。死者の強化を。 されど只の強化だと思ってはいない。余りにも巨大な個体が、リベリスタ達の眼前に登場したのだ。情報に照らして考えれば、恐らく、これが最終形態。 ――正念場であると誰もが感じた。 「あのデカブツは俺に任せてくれ。情報通りなら、封殺も出来る筈だ……!」 前に出る。狙いは言った通りの、封殺だ。 氷を纏う一撃を放ち、行動を不能にする。あぁ良い策だ。全体的な能力が上がる代わりに、速度と回避の力が落ちている以上、それも不可能ではないだろう。 だが、一つ見落としている事が彼らにはあった。 「甘いですね――そうはいきませんよ」 直後。エヴァルドの護衛に付いていたイージスの死者二人が、光を放つ。 邪気を祓う光を。巨大な死者の動きを止めんとした、氷の邪気を、祓うのだ。 イージス系統の者にとってその光は、初期から持つ事の出来る技。生前のスキルをエヴァルドの操作によって使える以上、不思議は無いだろう。 動きは止まらない。 打破するのならば、せめてイージス系統を倒さなければならない。しかし、どうする。普通に目視したかぎりでは外見上、死者の区別が付かない。ならば誰なら出来る。誰なら倒せる。 いなければ、終わりだ。巨大な死者を軸としてこの一帯は呑み込まれる事だろう。 絶望が南駅周辺に置いて、広がろうとしていた―― 正にその時。 「全く、嫌になるわね――」 銃撃音が、響いた。それは、 「知った顔を死者として見ても何も感じないだなんて、ホント嫌になるわ……」 ――エナーシアだ。神速の連撃が覚醒者の死体を、穿つ。 見知った顔だった。さて、どこで会ったかはよく覚えていないが、しかし感覚的にはその者を殺す事になんの躊躇いも。何の感情も彼女は抱かなかった。 その上で抱いたのは嫌悪の感情だ。後付けで植え付けられた理性が、その無感情を嫌っている。“昔”と一緒なのではないかと。自問自答して、 言葉を投げる。 「言ったでしょ。私はね、些事って言葉、嫌いなのよ」 なぜならば、 「世界は全て美しい」 自然が。人工物が。天候が。気候が。 動物が。植物が。水が。空気が。鉱物が。 信仰が。社会が。無機物が。有機物が。科学が。魔術が。神秘が。 不条理が。残酷が。優しさが。感情が。人間が。アークが。三高平が。銃が。皆が。 それら全て。否、此処に挙げていないモノも、含めて、全てッ! 「――森羅万象。無駄なモノなんて何もなく、無駄に見えるモノは“無駄であるからこそ”意味がある」 創造主が作り上げた全てが、全てが美しい。だから、 「些事なんて一つも有りはしないのよ。だから、嫌い。そんな言葉必要ないから」 前半生は些事だらけと、無為と過ごした。 では今は。今、は―― 「……!」 思考を振り払い、腕を伸ばす。 多数を倒したとは言えなお数が多い、眼前に殺到する死者達。その僅かな隙間を見つけ、腕を突っ込むのだ。 直後に痛みが走る。激痛だ。捕食せんとする死者らの口が彼女の腕を噛んでいる。だが知らない。どうでも良い。 それよりも見据えるは。死者の群。その先。一点。 僅か。 ほんの僅か。 彼女の目に――エヴァルドの姿が、映った。 引き金に力を込める。傷付いた身体の力を振り絞って。霞む視界を気力で維持して。 引き金を、絞り上げた。 「ヌッ――?! ぐ、ぉおぉおお!?」 脇腹を削り取る。不死の属性を己に対して強化していたにも関わらず、その一撃は全てを粉砕。 常に安全圏に居続けた男の守護が、今解けたのだ。 「隙、みっけー! いただきぃ!!」 瞬間的に動いたのは、灯璃だ。 低空飛行を止め、かるたの庇いに徹していたが、チャンスと見て蛇腹剣を真っすぐに。遠距離へと刺突。 死者を超えて狙うはエヴァルドのクラリネットで―― 「お――とっ、そうまでは行きませんとも……!」 されどそう簡単にはいかない。流石にAFに関しては警戒を解いていない様で、身を呈しての防御を実行。破砕を防ぐ。 「ちぇ……失敗したかぁ。ま、やっぱり直接本体倒した方が手っ取り早いのかな?」 「なら、直接狙うとしよかッ!」 次いで仁太が放つは、禍々しき影の塊だ。 死者の数が少なくなっている為にか、エヴァルドに段々と攻撃が届き始めている様だ。 「おのれ、負けるものか……! こんな所で、救済の足を止める訳には……!!」 「何が救済だ! お前は、誰も救ってなんかいやしない! 護る所か、殺しているじゃないか!」 快が鋭く言葉を挟む。増援組と共に死者の動きを必死に抑えながら、お前は何も救っていないと。すると、 「味方へ死守せよと。死ねと言っておいて。そちらこそ何が我々と違うのですか……所詮死を許容する同じ穴の――」 「いいや違うね! 違うに決まっている!」 彼は言う。同じである筈が無いと。なぜならば、 「俺達は皆を護る為に、手を伸ばしているんだ! お前は皆を殺す為に、手を伸ばしているんじゃないかッ! 何が同じだッ! お前らが俺らと同じならさっさと武器を捨てて人を護れ! 馬鹿にするのも大概にしろよ楽団ッ!!」 一緒にされるなど憤慨モノである。何が一緒だ。何が同じ穴だ。 見て居る場所が違う。共に立っている者が違う。 同じに見るなと、一喝。 彼の言葉にエヴァルドは眉を顰めるも反論を示さず、 「砕きなさい……! 眼前の生者を、ケイオス様に捧げるのですッ――!!」 指示を出す。 破れかぶれ、と言う訳ではない。この状況を打開する為に強力な覚醒者を殺して取り込もうとするのは自然だ。故に、最大戦力の巨大な死者に殺せと言う指示を行った。狙いは、 クルトだ。 「ッ――! おいおい、でかいなマジで……!」 迫りくる巨大な影に、流石に息を飲むが即座に対応。 腰を回し、脚に若干の力を。そして右の拳に全力を込めて。 直後、巨大な拳と氷の属性を纏った拳が交差する。 相殺? 否、否。これはただ単純な力のぶつけ合いだ。 双方ともにそのままダメージを受け、後はどちらが敗れるか。それだけの、単純な、 「ただの……」 単、純な―― 「骸の……塊にィ――」 全身に伝わる衝撃に口の端から血が零れても、頓着しない。 身体が厳しい? ――知った事か。 「負ける訳には、いかないんだよ――ッ!!」 拳が潰れる。だが、それでも、死者の動きだけは縛る。 氷を伝播し、動きを制限して。正しく身命を賭して、彼はやり遂げたのだ。己の、役目を。 「なッ――!?」 「驚いてる暇はねぇぞクソ野郎――!!」 「機は逃さん……朽ちろッ!」 瞬時。火車が炎と共に拳を、朔が高速の居合を振り抜いて、エヴァルドへと追撃を駆ける。 絶好の機会だ。これを逃す訳にはいかない、楽団を殲滅する為に、彼らは危険を承知で踏み込んで、そして―― 「ケイオスなんて存在に惑わされやがって……この、馬鹿野郎がッ!」 竜一が止めとばかりに、往った。 エナーシアに砕かれた強化能力が致命的だった。アレがあれば、まだ最悪でも逃げる事は出来たかもしれないが、 「お、せぇええええ――!!」 そう。もう遅い。 ケイオスへの執着が狂わせたのか。ケイオスが居たから、狂いたくて狂人へと成り果てたのだろうか。 眼前の男に対して、竜一は刹那の時に様々な思考を巡らせる。 しかし、真実がなんであれ、もう遅いのだ。 何もかも――遅い。 「ぐッ、こんな、所で――!!」 絶叫にも似た反撃が来るが、構わない。 そのまま、彼は、剣を大振りに――振るう。 人影と人影が交差を果たして、一拍の間。後に、 「ご……ぉぉ……!」 エヴァルドが、地に倒れ伏す。 同時。死者が、止まる。倒れて、逝く。 巨大な死者もその身を保てず、砂に成る様に少しずつ。その身を段々と崩して行って。 「…………あぁ」 エナーシアが呟く。全身疲弊状態で、喉奥から血液が競り上がってくる。 気持ち悪い。が、同時に思う事もある。巨人の死体が砂の様に散りゆく、その様すら。 「やっぱり些事なんて出来事は、何処にも無いわね」 美しいとすら思えるのならば、己は勝ったのだろう。 己は生者。感情を、魂持ちし――人間なのだから。 響き続ける心臓の鼓動が、リベリスタ達の勝利を告げていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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