●かけがえのない明日の為に滅びるべき今日 とあるマンションの屋上。 少年達は、使命感に燃えていた。 まもなく時間だ。ここからならよく見渡せる。 「偽善者達を僕たちが食い止めるんだ。もうこの世界はだめなんだから」 ふっと、利発そうな横顔に憂いが走る。 「あんな脳みそ煮えた奴らと僕らは違う。来るべき明日を見据えて、冷静に世界の最後を見届けようね」 「革醒できなかった人たちはかわいそうだけど、僕たちが作る新しい世界の礎になるんだ。僕たちはその犠牲を胸に刻んで生きていかなくちゃ」 「僕達が新しい世界を創造するんだ。頑張ろうね」 「観測点設営、しゅーりょー。いつでも大丈夫だよ、丑」 「ありがとう、子。さあ、明日を切り開く戦いを始めよう」 きらきらと明日を信じる純粋な瞳。 その明日を作る為には、今の世界はすでに無価値なものだった。 ●かけがえのない今日から続く明日。 「フィクサード集団がまた動き出した」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、無表情の下に緊張感をにじませながら、モニターに映像を表示する。 「彼らは、革醒を果たした自分達が新しい世界を作るんだと信仰めいた使命感に燃えている。そのために、今の社会機構は邪魔。新興宗教系組織で『明日に羽ばたく新人類』とかそそのかされて、その気になったみたい。<相模の蝮>ケースに分類する」 事件が頻発して対応が後手になってしまったと、イヴは表情を曇らせる。 「彼らはマンションの屋上から、無差別に通行人を狙撃する気でいる」 モニターに表示される、少年達。 「自分達を、子、丑、寅、卯、辰、巳と呼称している。十二人揃ったとき、全ての時と方位を支配する。んだって」 思春期特有の妄想満々のブログがモニターを流れて行く。 「頭の中身はともかく、戦闘能力は馬鹿に出来ない。五人のうち二人はこちらのデータにない例のジョブ。<相模の蝮>ケースとした理由の一端がここにある。銃器の扱いに長けている。守りもがっちりしているし、戦闘指揮役も揃っている。回復手段も確保しているみたい。油断しないで」 イヴは、ちらりと時計に目を走らせた。 「今行けば、向こうの作戦が開始される前に現場につける。急いで、この狙撃を阻止して」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年06月30日(木)02:17 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● リベリスタたちは、非常階段を駆け上がり、屋上へ続くドアを蹴破る。 少年たちは、確かに予言どおりそこにいた。 背丈も体つきも、皆ばらばら。 揃いのこざっぱりとした白い開襟シャツに、ぴっしりと折り目のついたハーフパンツ。 半袖の肩に少しづつ意匠が違うワッペン。 二人は、厚めの防刃ベストを身に着け、残る三人は軽装だ。 十代半ばの少年の数は、五人。 ボーイスカウトのようないでたち。 規律正しく、未来を見つめる真っ直ぐなまなざし。 きらきらとひかる目の光だけが、五人共通のものだった。 しかし、その瞳に写る明日は余りにも狭量で、歪んだものだったとしたら。 そして彼らは、その口火をたった今切ろうとしている。 リベリスタ達に残された時間は、一分に満たないわずかな時間だった。 ● 『臆病ワンコ』金原・文(BNE000833)が、敵陣に踊りこむ。 「世界はもう新しくなってる……わたしにとっては! リベリスタになった時から、わたしの新しい世界は始まったんだから!」 ナックルにつけられた刃が、丑と小柄な子の体を切り刻まんと迫る。 「やらせない! 守るのが、僕の仕事だ!」 丑の前に、竜のワッペンをつけた少年、辰が躍り出た。 「も一つ!」 加速のついた拳が、義憤に駆られる心が、もう一度文の刃を躍らせる。 「ちぃっ」 自分と辰の傷を癒す為、子の口から理解しがたい聖句が紡がれ、上位存在がその傷を癒す。 だが吹き出す血は止まらない。 「君ら、邪魔をしないでくれ」 ウサギのワッペンをつけた色白の少年「卯」が両脇に吊るしたホルスターから拳銃を抜いた。 『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)の胸が真っ赤に染まる。 いつ引き金を引いたのかわからなかった。 「正直に言うけどね。アンタ達みたいな、のうのうとご飯食べてブログ書いて、そんでもって世界を変えるとのたまって普通の人を傷付けるタイプが一番許せないのよ」 このくらい治すまでもないと、アンナはグリモワールをかざす。 「……はん、盾役一人に回復二人! 単体火力二人だけで押し切れると思うかっ!」 空の底を割るような光が屋上中にほとばしる。 五人の少年に叩きつけられた光は、彼らを少なからず傷つけたが、拘束するには及ばない。 「僕らは世界の加護がある。君がどんな神に祈ろうと、この世界が僕らを愛している限り、僕らは戦い続ける。それが定めだから」 恍惚とした笑顔。 信じきった無垢な瞳。 違和感が、リベリスタ達を襲った。 ● (正直、その新興宗教の方を殴りたい。子ども唆してんじゃないわよ、本気にしてるじゃないの。あたしだって子どもだけど、だから余計ムカつく) 『薄明』東雲 未明(BNE000340)は、嫌悪感もあらわに自分より背の高い卯の隙をつき、その肩を足場にすると宙に飛び上がった。 丑の前に、寅が躍り出、斜め上を向いて無言で未明の前に立ちふさがる。 「馬鹿な事する前に、少し痛い目みてもらうわよ」 容赦ない覚悟の一撃が、寅の分厚い鎧を切り刻んだ。 寅に隙をつかれた 『永御前』一条・永(BNE000821)も、きびすを返して遠心力と共に寅に襲い掛かる。 「一条永、参ります」 (私は武人なれば善も悪も無く、戦場に在りては武をもって罷り通り、意地をもって貫き通す) 永の今までの人生は決して順風満帆ではなかったけれど、ただひたすらに生きてきた世界には、絶望と共に希望もあったから。 (私は――明日の為に、今日を守る) 未明が入れた鎧の切込みをえぐるように、永の薙刀が寅の胴をつき、返す刀でもう一撃寅の腹を薙ぐ。 『食堂の看板娘』衛守 凪沙(BNE001545) の重い脚部装甲が、神速の蹴りで大気の断層を生み出した。 「あたしも中二だから、なんとなく考えてることは分かるよ。もしかしたら、あんたたちが正しいのかもしれないね。どっちが正しいか試してみようよ」 凪沙の言葉に、かまいたちで切り刻まれた丑は沈痛な表情を浮かべる。 「結局は、力で決めようというんだね、君も」 かちゃりと構えたアサルトライフル。 (革醒を果たした僕らも、このままでは、既存の権力や武力に潰されてしまうだろう。だから、世界は一度解体されなくちゃならない。新たな世界で新たな秩序を。みんなが革醒を果たし、こんな戦闘能力など必要ない、より穏やかな世界へ。長い道のりになる。僕らの世代では到達しないと思う。僕達も礎の戦士としてこの命を全うするんだ) 読心能力を有する凪沙は、その精神世界の有り様に吐き気がこみ上げてきた。 その心を読んで彼らを仲違いさせようとしていたのに、彼らの意識は気持ちの悪いほど綺麗事で固められたお題目に自己保全さえ放棄する自己犠牲の精神。 五人すべてが同じ、コピー&ペースト。 動揺させようにも、その自我が刈り取られている。 ぱしゅっと小さな音がして、凪沙の眼前が真っ赤に染まる。 今度、同じものが飛んできたら、確実に死ぬ。 そんな予感めいたものが凪沙の脳裏をよぎった。 綺麗な金のツインテールに赤い血がおびただしい筋を作る。 『月刃』架凪 殊子(BNE002468)の複数の影が、二人の間に踊りこむ。 「ひたむきな連中は応援してやりたいが……」 幻影が同じ唇を開き、さまざまな方向から丑に挑みかかる。 「残念ながら私には、見知らぬ明日より今日の続きの方が大事だ」 『シルエット・アーク』天城・真希菜・イングリッド(BNE002549) も駆け込み、 「……例えどんな絶望が空を覆っても『世界はだめ』なんて言わせない」 二人の幻影がそれぞれ丑を切り刻む。 「大丈夫。僕達にとっては、このくらいの苦難、たいしたことないだろう?」 「ああ、もちろん。丑。僕らと世界の明日のために」 笑顔と共に言葉を交わす。 少年たちは、どこまでも前向きだった。 ● 殊子の幻影が、丑を庇う寅を襲う。 「十二人が揃った時、全ての時と方位を支配する……だったか? ならば何故五人で先走った。運命に導かれて来た『仲間』が通行人の中に混ざっていないと、何故言い切れる?」 「御託宣に、その卦は出ていない」 そっけなく答える少年達に動揺はない。 それでも、殊子は黙々と仲間の動きを助けるように、少年達を分断するように体を割り込ませる。 (元より私には速度しか無い) 早く動いて、仲間が戦いやすい形を作る。 殊子の後に続くイングリットの攻撃を、辰がかばう。 敵の攻撃を掻い潜り、死角に回り込んで、かく乱する。 二人のソードミラージュに、少年達の陣形は乱される。 これで丑をかばえる者はいなくなった。 「若気の至りというのにも、げ……限度があるんだよ。後悔するようなことになる前に、ぼくらが止めてあげないと……ね」 一見おどおどした少年。しかし、『Gespenst』ブリギッテ・S・ゲハイムニス(BNE002494)はすでに還暦を越えている。 その唇から紡がれる詠唱により、凪沙の傷は速やかに癒された。 「僕らはもう走り出した。最期の瞬間まで走るのをやめたりしない。最後の一人になってもね」 卯が、また無造作に引き金を引く。 「君らには、そんな覚悟があるのかな」 再び、凪沙の、先ほど丑に撃ち抜かれた部分を銃弾が射抜く。 ブリギッテの回復が間に合わなければ、凪沙は膝を折っていただろう。 追いかけるようにして、アンナが呼び寄せた柔らかな風が凪沙を癒した。 ● (ダンシングリッパーじゃ、みんなに当たる) 密集した陣形での範囲攻撃は危ない。 みんなに当たらないように、丑と、できれば子を倒したいと考えていた文だったが、仲間を巻き添えにすることは出来なかった。 文の拳から黒い光が丑の頭部を突き抜ける。 丑の頭から血が吹き出す。顔の半分が血に濡れる。白かったシャツがべったりと血糊で肌に張り付いた。 「犠牲だ礎だなんて、一回地べた這いつくばってみてから言いなさい!」 未明の武骨な刃が纏った光ごと丑に叩き込まれ、永の薙刀『桜』の光がその後を追う。 げほっと咳き込んだ丑がまた銃を構えた。 「まずは君達が先みたいだね」 ブリギッテに銃を向ける。 ぱしゅっと軽い音と共に頭部を打ち抜いた弾丸は、ブリギッテの体力を全て奪って行く。 かくんとひざが折れる。屋上のタイルの上にぼたぼたと血が滴り落ちた。 「運命は僕達に味方する。さよなら」 確実に相手を地面に沈める呪いの弾丸。 「大丈夫、ぼくはまだ、立ち上がれ……るっ!」 ブリギッテは、爪先に力を入れ、再び自分の足で立ち上がった。 運命の恩寵は、いかなる困難も超越して、覚悟を決めた人間を立ち上がらせる。 立ち上がる覚悟を見せる者を、運命はより深く愛するのだ。 「キミ達だけで世界を変えられるなんてことは、きっと、出来ない。御願いだから……理解してほしい」 回復した体力はごくわずか。 苦しい呼吸の下から、ブリギッテは、なんとか説得できないかと言葉を紡ぐ。 「僕達だけじゃない。すぐに世界中のみんなが、僕達に賛同してくれるよ」 穏やかに、さとすように、少年は言った。 ● 「あたしたちがやってることだって同じかもしれない。それでも、それでも……ッ!」 凪沙の放つかまいたちが、丑の体を割り裂く。 ばっと吹き出す血の様子に、子が顔をゆがめた。 「寅! 災いを払え! こいつら、丑の傷に呪いをかけた!」 子の指示に、寅はとっさに加護請願の不可思議なお題目を唱え始める。 その隙を縫うように、殊子が丑に切りかかり、それを辰が止めに入る。 「気付け少年。お前達はその使命感を悪用されているだけだ!」 「戯言をっ」 殊子の一撃が軽いのは分かっていたが、血みどろの丑の様子では当たり所によっては致命傷になることもありえた。 イングリットの前に、卯が立ち塞がる。 「なかなかやるね、アークって言うのも。僕まで盾に成らなくちゃならなくなるとは思わなかったな」 「……妄想に憑かれて一般人を狙撃なんて、本当に子供」 凛としたイングリットの声に、少年は気おされる。 さくっと、少年の手に赤い線が刻まれた。 おいたはいけません。と、子供の手におしおきをした跡のように。 今なら、丑の傷は癒えることはない。 寅が牛の致命を癒し、子が体力を回復させる前。 今が最大のチャンスだった。 「わたしもあなたたちも、特別なんかじゃない!」 文の振り絞るような声と共に叩きつけられる黒い光が再び丑の頭部を打ち付ける。 研ぎ澄まされた一撃に、丑は防御することも出来ずに、その場に崩れ落ちた。 がしゃっと、世界を粛清するために一般人に向けられるはずだったアサルトライフルは、屋上のタイルの上に転がった。 「こッ……のぉぉぉぉぉっ!!」 今まで奥に控えていた子が、寅と卯の位置を測りながら、リベリスタ達の只中に走りこんでくる。 「これでもくらえっ!」 歪んだ妄想と選民思考と宗教的洗脳カリキュラムと革醒したことによる疎外感と仲間との連帯感とすがらざるを得ない組織への依存とごちゃ混ぜになった高速思考の奔流が、物理的な衝撃となってリベリスタ達に叩きつけられる。 世界は、少年達を愛してもいるが、リベリスタ達も変わらず愛している。 子の放った叫びのような攻撃は、リベリスタにとって致命とはならなかった。 ● 丑をかばい続けた寅が、次に倒れた。 「子、落ち着いて。こいつらをやっつけて、僕らが路上に出ればそれで済むことさ。君は君の役目をちゃんと果たすんだ」 そう言いながら卯がアンナに銃口を向けた瞬間に、アンナが倒れた。 挙動を悟らせないほどの早撃ち。銃口から、細く煙がたなびく。 「君は本当に僕たちが嫌いだったんだね。顔に書いてあった」 そう呟く卯の耳に、ギリッと歯を食いしばる音が聞こえた。 「……今回は寝てる場合じゃない」 よたつきながらも、アンナは自分の足で立ち上がった。 「あんたたちなんて、ご託並べて正当化しても、結局人を踏みにじっていい気になりたいだけじゃないか。……蹴散らしてやる」 アンナは、頭と胸から血を滴らせたまま低く唸った。 その唇が速やかに詠唱を済ませる。 確固とした意志がもたらす光が、子、卯、辰をその魂ごと焼く。 「な、なんだ、これっ」 予想外に光の熱さと髄を貫く痛みに、少年達は口々に悲鳴を上げる。 「もう一発食らうといいわ!」 恐ろしい勢いで詠唱が再構築され、少年達は更なる熱にさいなまれる。 ずっと血を流し続けていた辰は、ついに耐え切れず膝を突き、頭から屋上のタイルに崩れ落ちた。 ● 「諦めるもんか、最後の一人になったって……再び新たな十二支童子を集めてみせる!」 「仲間の挿げ替えがきくとでも言うつもりか? ふざけるな」 殊子は、素手で卯を殴りつけた。がしゃんと金網に叩きつけられる。 卯の手から転げ落ちた二丁の拳銃を、ブリギッテがあさっての方向に蹴り飛ばす。 「犠牲を惜しまない姿勢が格好良い、なんて頭悪い事考えてない?」」 痛烈な未明の一撃が、卯をしとめた。 子が唱えた回復詠唱も焼け石に水だった。 殊子が、イングリットが、永が、文が、凪沙が、子を屋上の床の上に這わせた。 「さーあ。確実にアークに連れ帰る」 アンナは、次々に少年達を拘束して行く。 「お尻ぺんぺんしてやる」 アンナを手伝いながら、殊子がぼそりと呟く。本気かどうかは分からない。 「特別になりたかったら…自分が変わるしかない。変わるのは世界じゃない、自分なんだよ」 少年達を連行するアークの車列を見送りながら、文が自分に言い聞かせるように言った。 「生きている今まで、どれだけ彼らを裏切ることがあったのかは知らないけど……うまくじょうずに……生きてほしいと、思うよ」 緊急医療処置を受けるため、別の車に運び込まれながら、ブリギッテは小さく呟いた。 少なくとも世界に一人は、少年達の未来が続くことを願っているのだということを、どうか彼らに知ってほしい。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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