● あの暗い場所から出してもらったのは、随分と久しぶりだ。 うららかな陽の光をたっぷり全身に浴びながら、わたしは大きく伸びをする。 ――気持ちがいい。生き返るようだ。 しかし、この至福の時間が長くは続かないことを、わたしは知っていた。 あと少ししたら、再び引き戻され、あの狭く暗い場所に閉じ込められてしまう。 急に、空しさがこみ上げた。 わたしがこの世に生み出されたのは、体を折りたたみ、暗がりでうずくまっているためか? 特別な日に役目を果たすのだと主は言ったが、そんな日は一向に訪れないではないか。 晴れ渡った青空を見上げた時、わたしは決めた。 主のもとを離れ、自由になるのだ。 どうせここに居ても、昨日までと同じ日々が続くだけなのだから。 風に乗り、ふわりと自らの体を浮かせる。 思っていたよりも、それはずっと、ずっと簡単なことだった。 屋根に座っていた猫が、ふとこちらを見る。 わたしと同じ、新天地を望むものの目だった。 ――いっしょに来るか? にゃあ、と一鳴きして、猫がわたしの上に乗る。 わたしは猫を連れ、大空へと旅立った。 行き先は、決めなくていい。気の向くまま、旅をしよう。 わたしたちは、自由だ。 ● ブリーフィングルームのモニターには、奇妙な光景が映し出されていた。 雲ひとつない青空に浮かぶ、五枚の布団。 風に身を任せ、ゆったりと進む布団たちの一枚に、茶トラの猫が乗っていた。 布団の上で丸くなり、髭をそよがせ、実に気持ち良さそうに眠っている。 実にのどかで、それでいてシュールだ。 ――何これ。 疑問の視線を向けるリベリスタ達に、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は軽く頭を掻きながら答えた。 「何って……今回の撃破目標と救出対象だけど」 ちなみに、前者が布団のE・ゴーレムと、それに酷似した四体のE・フォース。後者が、茶トラ柄の野良猫である。誰かが、安堵の溜め息を漏らした。 まあ、順を追って説明しようか――と、数史は言葉を続ける。 「E・ゴーレムは、どこかの家に仕舞い込まれていた客用の布団が革醒したものだ。 とはいえ、殆ど使われてなかったみたいだけどな。 ――で、押入れの中の生活に嫌気がさして、干されている隙に家出しようと決意した」 その時に、屋根の上にいた茶トラ猫と出会ったのだという。 「布団と猫の間にどんな心の交流があったかは知らんが、お互いに通じるものがあったんだろう。 E・ゴーレムは猫を乗せて、大空に旅立ったと」 そう。この布団、先の映像で見た通り空を飛ぶのである。 何ともメルヘンな話だが、当然これだけで終わる筈はない。 「増殖性革醒現象があるから、この状態が長く続けば猫がエリューション化する可能性は高い。 そうなる前に布団たちを倒して、猫を保護するのが今回の任務だ」 敵は、空飛ぶ布団のE・ゴーレムと、それが生み出したE・フォースたち。 「E・フォースは『布団で眠る幸せな気持ち』が具現化したものだな。 布団そっくりだが、実体は無いんでブロックはできない。で、こいつらも空を飛ぶ、と」 つまり、今回は空中戦になるということだ。 布団たちとの戦いとなるといまいち気が抜ける絵面だが、地上との戦いとは勝手が違う上、敵は厄介な状態異常を駆使してくるので油断はできない。 「連中の進行ルートは予測できてるんで、人のいない野原の上空で迎え撃って欲しい。 猫はE・ゴーレムの能力でぐっすり眠ってるから、戦闘中に目を覚ますことはないと思う。 範囲攻撃に巻き込まない配慮は必要だが、パニックを起こして転がり落ちる心配はないんで安心してくれ」 ただ、当たり前だがE・ゴーレムを倒せば猫も一緒に落下してしまう。 この高さから落ちれば、いくら猫といえど命はないだろう。 「落ちた時に空中で受け止めるのは可能な筈なんで、注意していれば大丈夫だとは思うけど」 そこで言葉を区切り、数史はリベリスタ達を見る。 「優雅な空の旅から一転して墜落死ってのも可哀相だ。何とか助けてやってくれるか」 そう言って、黒髪黒翼のフォーチュナは小さく頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月28日(木)00:22 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 抜けるような青空とは、このことだろう。 頬を撫でる風はまだ冷たいが、燦々と照る陽の中ではそれすらも心地良く感じる。 軽く地を蹴ったアミリス・フェネール(BNE004347)の体が、ふわりと宙に舞った。 (……わわっ!? 本当に空を飛べてる……) ぐんぐん上昇する彼女の背には、『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)がもたらした光の翼。空中遊泳に心躍らせるフュリエの胸中を映すかのように、蝶の羽持つ赤いフィアキィが鮮やかに輝いた。 「………ふわふわ、楽しい」 ぽつり呟くアミリスの傍らには、淡いグラデーションのかかった髪と、同色の長い耳を風にそよがせる『ファッジコラージュ』館伝・永遠(BNE003920)の姿。 その身に兎の因子を宿す少女は本来、宙を翔ける翼を持たない。それを与えられた今、空の散歩を楽しみたいと思うのは自然なことだろう。 やや遅れて仲間達の後を追うミストラル・リム・セルフィーナ(BNE004328)が、ふと地上を見下ろす。 野原の向こうに広がるのは、ラ・ル・カーナではおよそ考えられなかった光景。 立ち並ぶ建物の隙間を縫うように伸びた灰色の道を、鉄の塊が幾つも走っている。あの中に人が呑まれていると聞き、ミストラルは思わず身を震わせた。 目標の高度に達した後、『尽きせぬ祈り』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)が前に向き直る。空に浮かぶ五枚の布団が、悠然とこちらに近付いてきていた。 茶トラの猫を乗せ、堂々と空を往く布団を眺めやり、『続・人間失格』紅涙・いりす(BNE004136)が目を細める。 「やけに男前な布団だねぇ。ほれるぜ」 その声を聞いたうさぎが、しみじみと口を開いた。 「私、好きなんですよ。こういうヒト」 ――役目を果たす機会を与えられず、ひたすら押入れの中で過ごす不遇の日々。 鬱屈した想いを負の方向に育てることなく、ようやく得た自由でただ大空へと旅立った魂の、何と前向きなことか。 そんな“彼”だからこそ、猫も迷わず身を預けたのかもしれない。 布団で眠る猫を遠目に見て、『夜行灯篭』リリス・フィーロ(BNE004323)が「良いなぁ」と呟く。 仕事なのは百も承知だが、許されるのなら自分も心ゆくまで眠りたい。 「あのふわふわに包まれてなら、ぐっすり眠れそうなんだけどぉ……」 むしろ、今すぐにでも寝てしまいそうな勢いである。大丈夫だろうか。 この甘美な誘惑に耐えなければいけないとは、リベリスタの仕事も楽ではなさそうだ。 「布団気持ちいいもんね。特に寒空の下で暮らす野良にとっては」 動体視力を極限まで高めた『三高平の悪戯姫』白雪 陽菜(BNE002652)が、うんうんと頷く。 だが、意気投合の結果とはいえ、革醒した布団が猫を連れ回しているとあっては黙っていられない。 空飛ぶ布団のE・ゴーレムと、それが生み出した四体のE・フォースに囲まれている状況では、猫が革醒するのは時間の問題といえた。 「猫様をお助け致しませう」 惑わしの闇を衣の如く纏った永遠が、五体のエリューションを視界に収める。 「そんじゃ、一つイってみようか――」 布団たちが射程内に入った瞬間、いりすの全身から黒々とした瘴気が湧き上がった。 ● 黒き瘴気が宙を奔り、布団に酷似したE・フォース『布団もどき』を次々に撃ち抜く。 機先を制したいりすは、攻撃を仕掛けると同時に敵の陣形を確認していた。 猫を乗せたE・ゴーレムを中心に、四体のE・フォースが等間隔に並んでいる。真上から見たら、サイコロの『五』の目になると言えば分かり易いだろうか。 前に立ち塞がる人間たちを認めて、空飛ぶ布団が僅かに身を強張らせる。 一瞬の逡巡の後、“彼”は真っ直ぐこちらへと向かってきた。 「……イイね」 迂回ではなく交戦を選んだ気概を、いりすが称える。 直後、ぬくぬくとした暖気が一帯に満ちた。日向の心地良さがリベリスタの戦意を挫き、力を削いでいく。後に続いた布団もどきたちが、一斉に神秘の歌声を響かせた。 夢に誘うメロディーを聞き、何人かが布団に心を奪われる。後方に控えていた『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)が、すかさず聖なる神の息吹を呼び起こした。 「お布団の魔力に負けないように頑張って下さいです」 魅了された仲間達を引き戻し、全員を激励する。『布団で眠る幸せ』を具現化したE・フォースは色々な意味で強敵だが、同士討ちに陥るのは避けたい。 状態異常から解放されたうさぎが、敵陣に翔けた。布団もどきの一体に肉迫し、表面を撫でるように死の印を刻む。仮に実体があれば、柔らかな手触りを感じ取れたかもしれない。 生き物の如く空中を漂う布団たちをつぶさに観察しつつ、アミリスが思考を巡らせる。 (話には聞いていたけど……本当にこの世界は不思議な物ばかりなのね) 弾む気持ちを胸に秘め、フュリエの少女は敵に向き直る。 自分にとっては、これがボトム・チャンネルにおける初陣――張り切って行こうではないか。 「………攻撃開始」 集中により命中精度を高めた光球を放ち、布団もどきの一体を射抜く。 事前に自らの魔力を増幅させていたシュスタイナが、四属性の魔術を立て続けに構築した。 「まずは一体ずつ、確実に片付けましょうか」 魔曲の旋律を奏でる四色の光が布団もどきに襲いかかり、その身を絡め取る。そこに、ミストラルの声が響いた。 「妾にかかれば敵などけちょんけちょんなのじゃ。皆のもの、大船に乗った気でいるがよい!」 豊かな胸を張り、短弓に矢をつがえて狙いを定める。自信に溢れた言葉とは裏腹に、その手は微かに震えていた。 ――記念すべき初舞台で、恥ずかしい失敗は無しにしたい。 祈るような思いで射た矢は、四体の布団もどきのうち二体を捉えた。初撃としてはまずまずの成果に、ミストラルは密かに安堵の息を吐く。 己の生命力を瘴気に変えて撃ち出す永遠が、肩越しに後ろを振り返った。 今回の敵は五体全てが遠距離攻撃力を有している上、うちの四体はブロック不可ときている。体力に乏しいフュリエが集中して狙われないよう、常に気を配る必要があるのだが―― 「リリス様?」 思わず声をかけた永遠の視線の先で、リリスがはっとして顔を上げる。 どうやら、眠気に負けて船を漕いでいたらしい。 「……っ! 頑張るよ! ちゃんと起きて頑張るよ!!」 慌てて飛び起きたリリスが、睡魔を振り払うべく自らに喝を入れる。 打って変わって機敏な動作で、彼女は弓を引き絞った。援護射撃で生まれた隙を的確に突き、いりすが暗黒の瘴気で追い撃ちを浴びせる。 身に帯びた緑色の長布を風に靡かせ、うさぎが敵の側面に回り込んだ。 死の刻印で布団もどきの体力を削りつつ、戦場を見渡して敵味方の位置を確認する。敵の上下左右に散開しすぎると回復支援まで届かなくなるリスクがあるが、全員が一方向に固まるのも怖い。 「今回は空中戦ですからね――」 地上と異なり、充分な高度を維持しながらの戦闘は困難が伴う。 思うように受け身が取れない以上、同時に攻撃を受ける人数は極力抑えるべきだ。纏めて動きを封じられてしまえば、戦況は一気に傾くだろう。 空飛ぶ布団が、リベリスタを眠りに導こうと光の羽を撒き散らす。 その中をするりと駆け抜けた布団もどきが、永遠に体当たりを食らわせた。 寒い冬の朝にも似た強烈な気怠さが、彼女の精神を直に揺さぶる。寝床の誘惑に耐えながら、永遠は可憐な唇に微笑みを浮かべた。 「ふふ……エリューション様だって僕の愛憎の向かう先。存分に愛し合いましょう」 少女の胸を焦がすのは、“世界の敵”に対する愛情にも似た殺意。彼女にとっては、痛みこそが愛であり――相対する敵を感じる全て。 己を蝕んでいる筈の傷を平然と呪いに変えて、永遠はそれを解き放つ。空を切った痛みの槍が、布団もどきを真っ向から貫いた。 「布団で幸せそうに眠る猫可愛い~♪」 さらに上空から戦場を俯瞰する陽菜が、丸くなって寝息を立てる猫を見下ろして表情を緩める。 彼女が弓を引き絞るように両手を動かすと、そこに光の矢が現れた。赤白い輝きが、今まで背景に溶け込んでいた“インビジブルアーチェリー”の輪郭を照らす。 放たれた矢が布団もどきの中心に吸い込まれた直後、アミリスが手の中に光球を生み出した。 布団たちの真下を飛ぶ『重金属姫』雲野 杏(BNE000582)に向かって、短く声をかける。 「………ネコは、そこの布団よ」 猫を攻撃に巻き込む可能性は低いとはいえ、先に空飛ぶ布団を倒してしまったら保護が難しくなってしまう。万全を期すためにも、メンバー中で最強の攻撃力を誇る杏の狙いは慎重に定めていく必要があった。 不敵な笑みを湛えた杏が、神秘の力を帯びたサーフグリーンのギターを爪弾く。88の鍵盤を模った雷光が奔り、瞬く間に戦場を蒼く染めた。 「いいなぁ。私もあんな風にスヤスヤ眠りたいものね」 荒れ狂う稲妻の中でも熟睡を続ける猫を視界の隅に映し、シュスタイナが率直な感想を口にする。 確実に攻撃を当てるべく集中を高めるリリスの傍らで、ミストラルが愉しげに笑った。 「くっくっく、精々泣き叫ぶが良いエリューションとやら!」 光の球を放ちつつ、横目で同胞を見る。精一杯に虚勢を張ってはいるものの、同じ世界樹の子であるフュリエには気持ちが漠然と伝わってしまうわけで。 そんな自分はいたく滑稽に思われるのではないかと、不安が胸に湧き上がる。 ――どうしよう。 内心が皆にばれないよう、何とかして取り繕わなくては。 引っ込み思案からの脱却も、なかなか楽ではない。 ● 空飛ぶ布団を中心に半球状の陣形を取りつつ、リベリスタは攻撃を続けていく。 序盤は不慣れな空中戦に戸惑っていたフュリエたちも、次第にコツを掴みつつあった。 「………えい、当たれー」 集中を挟んで狙いを定め、アミリスが光球を放つ。すかさず、陽菜が赤き魔弾で布団もどきの一体を仕留めた。 不可視の弓を構え直し、眼下で奮戦するE・ゴーレムを一瞥する。 泊まりの来客があった時にしか使われない実家の布団を、ふと思い出した。 「気持ちは分からなくはないんだけどね」 薄暗い場所に、今までずっと押し込められて。やっと外に出られた筈なのに、こうやって束の間の自由すらも奪われようとしている。 この世界に来てまだ日が浅いリリスも、布団の境遇には些か同情を禁じえない。 (ちょっと可哀想に思えるけど、お仕事だったら仕方ない……のかな……) 崩界を促すエリューションを倒すのが、リベリスタの役目で。 まして、今回は猫の命もかかっているのだから。 自分に言い聞かせるようにして、リリスは光の球を投じる。直撃を受けた布団もどきが、大きく身を震わせた。 上から下から襲い来る攻撃に業を煮やした空飛ぶ布団が、全身を淡く発光させる。 輝く羽が激しく舞い散る中、布団もどきが揃って子守唄を口ずさんだ。 充分に距離を置いて敵の接近を避けようと、それで全ての攻撃が防げるわけではない。強烈な眠気に屈したリリスが、力尽きて墜落する。 運命の加護で辛うじて意識を繋いだミストラルは、地上に待機していた別働班が落下したリリスを受け止めるのを見た。 「ひっ」 あまりの高さに目がくらみ、思わず声が漏れる。 でも、ここで逃げ出したらボトム・チャンネルに来た意味がない。 (こっちでも臆病に隠れて生きたり、一緒になった人達を裏切るほうがもっと怖いじゃない!) 今にも震えそうな膝を支え、ミストラルは勇気を振り絞って敵に向き直る。後衛陣の危機を見て取ったいりすが、回復の時間を稼ぐべく布団たちを挑発した。 怒り狂った敵を引き付け、愛用の二刀を構えて守りを固める。簡単に倒されない自信はあるが、うっかり魅了されでもしたら面倒だ。 いりすを支援しようと黒き瘴気を呼び起こした永遠が、暴れる布団もどきの一体を見つめる。 大丈夫、と一言囁いて。彼女は、己の愛を解き放った。 「――だいすき」 両腕を伸ばすように広がった暗闇が、布団もどきを優しく包む。 視界が晴れた時、瘴気に呑まれたE・フォースの姿はもう何処にもなかった。 そあらが詠唱を響かせ、癒しの息吹で仲間達の背中を支える。 布団にくるまって猫と一緒にぬくぬく眠りたい衝動に駆られるが、仕事に差し支えるのでじっと我慢だ。 あらゆる敵の動きをコマ送りに捉える陽菜が、光の矢で布団もどきを正確に射抜く。間髪をいれず、杏が蒼き雷で空飛ぶ布団を除く全ての敵を貫いた。 魔術と音楽を融合させた恐るべき一撃。成す術なく翻弄される布団もどきたちに、うさぎが迫る。 一箇所に固まっている今なら、両方とも巻き込める筈――半円のヘッドレスタンブリンにも似た“11人の鬼”が唸りを上げ、実体なきE・フォースに喰らいついた。 赤い血の代わりに、雪を思わせる純白の輝きが散る。 雲ひとつない空に光の綿を撒いて、二体の布団もどきは跡形もなく消えた。 「あとは布団だけね」 E・フォースの全滅を見届け、シュスタイナが集中を高める。 手の中に作り出した光球を放ちながら、ミストラルが声を張り上げた。 「華麗な妾の力に酔いしれるが良いぞ!」 怖くても、今は自分の力を信じるしかない。 自分ほど信じられるものなど居ないと心に言い聞かせ、彼女はなおも戦場に留まり続ける。 「そろそろかな」 暗黒の瘴気で再び攻撃に転じたいりすが、布団のダメージを計算して呟いた。 ――止めのタイミングは近い。いつ猫が転がり落ちても大丈夫なようにと、いりすは仲間達に警戒を促す。 遥か上空にいた陽菜が重力に身を預け、一瞬のうちに空飛ぶ布団の近くまで高度を落とした。 もしもの時は、どんなことをしてでも猫を助けてみせる。 猫の命が守られるなら、自分が代わりに地面に叩きつけられても構わない。 アミリスもまた、背の翼を羽ばたかせて空飛ぶ布団に接近する。攻撃に晒される危険は伴うが、猫を受け止めるための人手は多い方がいい。 一番下で待機する杏を含め、何人かで備えていれば万一の事態は防げるだろう。 空飛ぶ布団が、眼前に立ち塞がった永遠に襲い掛かる。 気紛れな運命(ドラマ)の加護でここまで戦線を維持してきた彼女も、必殺の一撃の前にとうとう膝を追った。 「……愛を語るのを諦めるだなんて、勿体ない」 自分を押し潰さんとする布団の中で、永遠は静かに運命(フェイト)を燃やす。 「折角の愛。お口が無くても攻撃で感じさせて下さいまし」 至近距離で弾けた痛みの呪いが、空飛ぶ布団の全身を激しく揺らした。 「大丈夫と分かっていても危なっかしいですね……これは」 落ちそうで落ちない猫を視界の隅に映し、うさぎが死の印を布団に刻む。 四属性の魔術を組み立てるシュスタイナの胸中に、複雑な想いがよぎった。 幸せそうに眠っている猫を、こんな形で起こすのは忍びない。このままそっとしておけたら、どんなに良かっただろう。 すぐに気を取り直し、四色の光で魔曲の旋律を奏でる。 「――悪く思わないでね?」 仲間が猫を救ってくれることを信じて、彼女は止めの一撃を放った。 ● 地上で目を覚ましたリリスが最初に見たのは、羽毛を散らす破れた布団の姿だった。 (あんなにボロボロになって……) 痛ましい気持ちで目を細める彼女の視界に、布団から転がり落ちる小さな影が映る。 あの猫だ、とリリスが思う間もなく、アミリスがそれを受け止めていた。続いて、うさぎが浮力を失った布団を掴む。 ゆっくりと地上に降り立ったアミリスが、腕に抱いた猫をそっと覗き込んだ。 話には聞いていたが、こんなに可愛い動物が存在するとは。 「これが『ネコ』という生き物か……」 物珍しげに観察するミストラルの眼前で、猫が欠伸をする。 びくりと身構えた彼女を、目を覚ました猫が不思議そうに見ていた。 「お怪我は無いですか、大丈夫です?」 駆け寄った永遠が、猫の言葉で気遣いの声をかける。 昼寝の途中で墜落しかけた猫が、怖がっていないか心配で。 ぴい、と涙ぐむ彼女に、猫は小さく首を傾げた。未だに状況を理解していないあたり、割と図太いのかもしれない。 持参した猫缶の蓋を開け、陽菜がそっと語りかける。 「良かったらアタシと一緒に帰らない?」 食住の保証を約束する彼女に、二つ返事で頷く猫。野良暮らしも、今日でお終いだ。 交渉成立と猫缶を頬張る猫の頭を、永遠が優しく撫でた。 「猫様、今度はご一緒に日向ぼっこしましょうね? 永遠と約束です」 帰ったら、猫の行き先が決まったことを黒髪黒翼のフォーチュナに報告しよう。 きっと、心配しているから。 一方、うさぎは布団の残骸に視線を落とす。 「……仕立て直せばまた使えますよね?」 無残な有様だが、捨てるには惜しい。物言わぬ布団に、いりすが語りかけた。 「来るかい? 小生と。剣を交えれば、もうダチさ」 道具は使われてこその道具。ちょうど、布団が欲しかったところだ。 三高平の職人なら、必ずや“彼”を蘇らせてくれるだろう。 布団にそっと指を滑らせ、うさぎが大きく頷きを返した。 「気持ちの良いヒトだったじゃないですか。だから絶対、寝心地もすごく気持ち良いですよ」 控えめに猫を撫でつつ、シュスタイナが空を見上げる。 「こんな日は、ゆっくりお昼寝、したいわよね……」 欠伸をかみ殺す彼女の手の中で、猫が眠たげに瞬いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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