そのカップルは慄いていた。いや、恐慌状態だった。 食べ終わったラーメン丼をそのままにして、立ち上がった途端、店に居た客がカップルを取り囲んだのである。 「ギールティ! ギールティ!」 と叫びながら。 「えっ、ちょ、なんなんですか、いったい」 彼氏が震えて裏返る声で尋ねる。 ふらっと寄った初見のラーメン店で、こんなことになれば怯えるのも当然だ。 「一つ! 店内での会話、ギルティ」 彼氏のすぐ後ろで並んでいたメガネの男が指を一本立てて言った。 「二つ! 写真の撮影、ギルティ」 彼女のすぐ後ろで並んでいたデブの男が指を一本立てて言った。 「三つ! ロット崩し、ギルティ」 カップルの右隣で食べていたハゲの男が指を一本立てて言った。 「四つ! コールしたのに残す、ギルティ」 カップルの左隣で食べていた長髪の男が指を一本立てて言った。 「五つ! フィニッシュしない、ギルティ」 カップルの奥で食券を買っていたニキビ面の男が指を一本立てて言った。 「そしてなにより……」 メガネが言い、 「「「「「女を連れてくる、超ギルティ!!!」」」」」 全員で合唱。 怯えきるカップルをよそに、客達は店主へと向き直り、最敬礼をとる。 「よろしくお願い申し上げますっ!!」 タオル鉢巻に黒いTシャツ姿で、腕組みする小太りの店主は深く一度頷く。 そして店主は壁のスイッチを押す。 カップルの足元に穴が開き、彼らは悲鳴と共に地下室へと落下。 「お仕置きの、時間だよ」 客と店員の割れんばかりの拍手と店主コールに見送られ、店主は地下へと降りていった――。 ひとしきり、今回解決すべき事案を説明し終え、『黄昏識る咎人』瀬良 闇璃(nBNE000242)は、ため息混じりにリベリスタに補足した。 「いま話した未来は、『頭老』というラーメン屋が舞台だ。店主がフィクサードでな」 ざわ……っ。 「ちなみに、この取り囲んでいる客は全員、一般人だ。ここの常連客なんだが、魔眼で催眠状態にされている」 店主以外の店員は四人全員が、ノーフェイスである。 つまり戦闘になれば、店主と店員がリベリスタに立ちはだかるということだ。 「どうもガチガチのルールを作っているらしい。他にも箸の先端を1センチ以上濡らすなとか、店主に会釈しないといけないとか。ルールを知らない初心者を断罪しては地下室で嬲り殺す……そういう店なんだ」 こわ……っ。 「ロット崩しって何?」 「モタモタ食うことらしい」 「コールって何?」 「トッピングを増やすように頼むことらしい」 「フィニッシュって何?」 「食べ終わったら、丼をカウンターの上において、テーブルを拭いて、挨拶しないといかんのだと」 うわ……っ。 「そんなの、初心者が分かるわけないよねぇー」 「ま、小汚い不味いラーメン屋がどうなろうが僕の知ったことではないが、お前たちがどうするかは自由だ」 ぱさぱさと鈍色の羽を鳴らし、闇璃は呟く。 「ところで、なんでラーメン屋の店主って腕組みしたがるんだ?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:あき缶 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月12日(火)23:07 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●空前絶後大盛況『頭老』 「ニンニク入れますか?」 と聞かれたら、コールのお時間。 「もやし、背脂多め、ニンニク」 「麺少なめ、脂少なめ、もやし多めでー」 「背脂ともやしを多めに」 「野菜マシマシニンニクマシカラメ?」 ぴくっと後ろにピッタリ並ぶ常連達の眉毛が動いた。 どどどどんと並んだドサッと山盛りのもやし……の中に入っているはずの縮れ太麺の丼。 「なにこれ、すごーい」 ぴろりーんと携帯電話で撮影する『』芝原・花梨(BNE003998)の表情は、笑いと言うよりもドン引きだ。 黙々と食べる『無軌道の戦鬼(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)は、口に広がる不味さに無表情の奥で感心していた。 『……よくも、こんなにまずく出来る』 頭に響くほどスープが塩辛い上に、麺がロットなにそれ美味しいの状態なくらいドロドロにふやけて、コシもへったくれもあったものではない。小麦粉が細長く形成されているだけ、と言ってもいい。 ついでにもやしはなんだか焦げ臭い。脂はギトギトしてコクというよりもしつこいだけ。にんにくはやたら臭い。 それでも天乃は食べ物を粗末には出来ないから、必死に完食を目指し、食べても食べても減らないラーメンと戦った。 だが、彼女の胃袋にすべてが収まるとは到底誰にも思えない量であった。 想像以上の不味さに、花梨は既に半泣きである。 まさかのトッピングまで失敗している残念とか豚の餌とかを通り越して、生ゴミ状態のラーメンを向き合う『』新垣・杏里(BNE004256)は、悲しみを噛み締める。 『まさかの二口目で既にもう無理さー。沖縄そばの方が六万倍はおいしいさー』 そろそろ髪の毛をいれてやろうと杏里が、隠し持っていた自分の髪の毛を取り出そうとした時。 隣でドラマが始まった。 悲しみにくれている客三人を横目に、猛然とにんにく混じりの悪臭モヤシをガサガサガサーッと喰らい、持ち上げるだけでちぎれるレベルに伸びた麺をズゾズバァアーッとすすり上げ、飽和食塩水もかくやという血圧にダイレクトに響くスープをゴッゴッゴッと飲み干した『BlessOfFireArms』エナーシア・ガトリング(BNE000422)! ダァンッ!! と空っぽの丼をカウンターに叩きつけ、叫んだ。 「おかわり!!!」 どよっ。 さすがの常連だってスープは飲み干さないのである。 これには仲間のリベリスタ達も呆然。 「勇者だ……」 常連客の誰かが呟いた。 「彼女は立派なロッターだな」 「これはデュエルしたいところである」 なんと大絶賛。 ついでに店員も、 「てんちょー! はじめてスープまで飲んでくれたお客さんがぁあっ」 感動の嵐。 『あれ、まさかのギルティされない感じかしら』 エナーシアは予想外の展開に、少し動揺した。 「唯一つ『注文し食い尽くす』ロットやルール等どうでも良いのだわ」 とエナーシアは自論を持つが、それが店や常連に気に入られてしまうとは。 「勇者へのおかわりの前に、処刑をさっさと済ましちゃうねぇ~」 と店長がやってきて、案の定腕組みで仁王立ちしている。 「一つ。野菜じゃなくてもやし。コール方法を間違う、ギルティ」 「二つ。客が全員女子。女子どもは来るな、ギルティ」 「三つ。写真撮影。ギルティ」 「四つ。コールしたのに残す、ギルティ」 「五つ。ロットを乱す、ギルティ」 「六つ。スープを飲み干さない、ギルティ」 しれっとエナーシアが続けると、勇者へ拍手が巻き起こる。 「勇者、あぶないでござるよ!」 と常連がエナーシアの腕を引いた瞬間、カチッと店主がスイッチを押した。 ばごっ。 足元が開いて、エナーシア以外のリベリスタが落下する。 直後元に戻る床。 「お客さんにお代わり出しとけぇぃ。ちゃちゃっと殺ってくるからな」 店長は店員にそう言って、階下へと消えていった。 想定外の展開に、エナーシアは戸惑う。 どうしたものかと思っていた所、新たな客がやってきた。 顔色が悪い男と、幼い顔立ちの女性だ。 ●華麗壮麗大食漢 「……もうなんか意地で六日絶食してきた。なんだろうが美味いぞ、今の俺にはな!」 と鬼気迫る顔で食券を買い、カウンターにバチィンッと置く男は、瞳孔が開き、口から涎がたれかけている。 『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)、諸事情により現在ホームレス。 「コール! ヤサイマシマシマシマシニンニクゴバイアブラスクナメタレマシマシ!!」 「お客さん、コールは、トッピング聞いた時にお願いします」 「知るかぁッ! さっさと出せ豚の餌だろうが生ゴミだろうが、今の俺は食ってみせる! 問題なのは食品であるか否か。炭水化物であるか否か。ただ、その一点のみぃっ!」 「は、はい」 鷲祐の勢いにのまれ、店員は慌ててラーメンの支度にかかった。 ようやく席についた鷲祐は、となりにちんまりと座っている連れの『紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)に、さっきまでの餓鬼じみた勢いが嘘のように、イケメン声を出した。 「やれやれ、狭いのも汚いのも構わんが……可愛い連れを満足させてくれるのかな。なぁ、シエル」 シエルも何ら動じること無く合わせる。 「司馬様……せっかくのお誘いの場でこう申し上げるのは心苦しいのですが……此処は、堅苦しゅうございますね……?」 デート設定だが別段この二人にそういう関係性はない。あくまでお仕事の関係である。 「とりあえず、おかわりのお客さん、おかわりですー。ニンニク入れますか?」 「野菜マシマシニンニクマシカラメ」 「あいよー」 仕方なしに二杯目のラーメン(殺人級である。良い子は真似しないように)に対峙するエナーシアのラーメンを、親指で指さして鷲祐はフッと笑いながらシエルに言う。 「見てみろ、あんな量が出てくるぞ。お前の小さな身体で食べきれるかな?」 いいながらも、口からの唾液分泌が止まらない。 「はぅ。すごい盛りでございますね。是は所持携帯電話用いて写真撮影致しましょう♪」 ぴろりーん。本日二枚目の写真撮影である。 「で、お客さんはニンニク入れますか?」 「だからさっき言ったろおが! ヤサイマシマシマシマシニンニクゴバイアブラスクナメタレマシマシだっっ!!」 「は、はい」 完全に押されている店員である。 カウンターよりもうず高く、もはやこれは『同サイズの直方体のパーツを組んで作ったタワーから崩さないように注意しながら片手で一片を抜き取り、最上段に積みあげる動作を交代で行うテーブルゲーム』じゃなかろうかと思われるラーメンが供される。 見上げ、鷲祐はゴクリと唾を飲んだ。武者震いすら湧く。 「行くぜ……」 格闘ゲームの試合開始ボイスもかくやというカッコイイ雰囲気だったが、やることといえば割り箸を割ってラーメンというよりもうず高く積まれたモヤシをかっこむことである。 空腹は最大の調味料! 奇跡的に、この食べ物が美味しく感じる鷲祐だ。 彼はソードミラージュ。最速の証明たる雷光の持ち主。 味覚を閉じた男の、食へ滾る欲望が彼を突き動かす!! 「はぅ……すごいでございます」 シエルも呆然とする猛然とした食の進み方は、もはや店員にも常連にも文句を言わせる余地がない。 みるみるうちに標高を下げていくモヤシチョモランマ! 彼の高速のフードファイトに、一同の目は釘付けであった。 なので、『カゲキに、イタい』街多米 生佐目(BNE004013)が入っているダンボールが、厨房めがけて恐れ多くも正面玄関からスススと忍び込んでいても誰も気づかないのであった。 エナーシアも、おかわりのラーメンを放置で見守りかけていたが、生佐目のダンボールに気づき、自分の使命をハタと思い出してこっそり立ち上がってカウンターへ向かう。 気配遮断しているとはいえ店内に動くダンボールと、厨房へ侵入しようとする客がいるという異常な光景が、どうでも良くなるような鷲祐の食べっぷり! 「ヒュゥ。こいつぁすげえ。絶食は世界を救うな」 店外でタバコをふかしながら、様子をうかがっていた『足らずの』晦 烏(BNE002858)も思わず感嘆の口笛を吹く。 さっきから、態度がでかいラーメン屋への不満をぐるぐる考えながら殺意を高めていたが、そんなものが吹っ飛ぶ勢いである。 だから、彼らは気づかなかった。 生佐目とエナーシアが、厨房から地下室へ続く道へ進んだのも、店主が必死に助けを呼んでいるのも……。 ●悲惨凄惨孤立無援 生佐目達が、挟み撃ちにすべく地下室へ潜った時、既に店主は劣勢であった。 「常連に魔眼とかギルティー!」 と杏里が氷雨を降らせ、天乃の全身から気糸が店主に巻き付く。 「くぅ~、正直言うとさ、あんたのラーメン不味すぎなのよ! あたしにこんなおもいさせた報い、あんたをボッコボコにして贖ってもらうわよ!」 八つ当たりの裂帛の気合で殴りつける花梨の拳に舞い飛ぶ店主の顔は既にボコボコである。 回復は杏里が担当していた。 「あら、一人だと意外と弱いのだわ?」 エナーシアはくすっと笑うと、対物ライフルを構える。目にも留まらぬ速度で放たれる弾丸が店主を射抜く。 「ぎゃあっ?」 そこに近づく生佐目が、漆黒の霧で店主を包み込み、四角い黒い箱へと押し込める。 「如何ですか、これが私のチメイナシメイチュウマシドクカエンシュッケツトウケツカンデンマヒダメージスクナメです!」 「マジ助けて、バイト君……」 泣きながら陰陽・結界縛を展開する店主だが、リベリスタの加勢もあり、劣勢に変わりはない。 「バイト君来ません!」 がっしと店主にアームロックをかます生佐目がバッサリ切り落とす。 「なんでぇ……」 泣きじゃくる小太りのおっさんって結構絵面的に厳しい生佐目は思いながらも、教えてあげた。 「上で、美しいまでの大食いをやっていましてねー」 「仲間が来ないなら、最後まで、やっちゃおっか。……爆ぜろ」 天乃はオーラを練り、死の爆弾を形成、恐怖に鼻水すら垂らすフィクサードに設置した。 ちゅどーん! 大爆発する店主。それが最期だった。 「客に、注文をつける前、に……注文、を美味しくまともに作れるよう、になるといい、よ。ま……もう、作れないだろうけど、ね」 ●一方的雑魚掃討 爆発の音を聞き、烏は階下ですべてが終わったことを悟る。 「おいおい、おじさんの出番はなしかよ」 肩をすくめ、乾いた笑いをこぼし、それでも、烏は新しいタバコに火をつける。 「じゃ、ザコも掃討しとくか。こんな店とっとと潰すのが世の為、人の為だ」 ずかずかと烏は入店し、いきなり平成二十四年制定 大日本帝國村田散弾銃を構えると、蜂の巣にする勢いで撃ちに撃ちまくった。 なにこのVシネ。 「ぎゃーっ」 たまらず一般人の常連達が逃げ出した。 「む」 じゅるんと麺を吸い込み、鷲祐が振り向く。 「司馬君がラーメン食ってる間に、下で店主やられちまってるぜ」 「なっ。マジか」 「つーわけで、あとはこの店員どもを殺っちまえば任務完了ってなわけだな」 「なにぃー!?」 さすがの店員もこれにはびっくりしつつ、烏と鷲祐を始末すべく、厨房から出てくる。 「こんなの、おかしゅうございます……」 思わずシエルが呟いた。 呟きついでに、こそりと厨房へ行って、床のスイッチをオン。 「シエルゥー! 落とす前に落とすって言えー!!」 という鷲祐の叫び声を残して、シエル以外の面々が地下室へ落ちていく。 当のシエルは、てこてこと厨房の地下室への階段を落ち着いて降りていった。 落下したノーフェイスを待ち構えているのは、五人の今だ戦意高揚中のリベリスタである。 加えて、シエルはすぐに聖神の息吹を発動、全員を癒して万全に整える。 あとは何が起きているか――、それはただただ一方的な、虐殺。 最後のノーフェイスを刺突で殺し、ゆらりと立ち上がった鷲祐は呟く。 「……牛丼でも食って帰るか」 「まだ食べるのか? おじさん、年の功で言っといてやるけど、絶食の後にドカ食いすると、後悔すんぞ?」 烏が紫煙を吐きながら、助言する。 烏の危惧はすぐに顕現した。 「うぶっ」 鷲祐の髪の色よりも青くなった頬がぶわりと膨らむ。 「そーら、いわんこっちゃない」 地下室の隅へ、ラーメンだったものを滝のように吐き出す鷲祐の背を撫でながら、シエルは天使の息を気休めに発動してあげるのであった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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