● 鳴り響くはチェロとヴァイオリンの二重奏。愛を謳い、恋を奏でる。 ケイオス率いる『楽団』が極東の空白地帯で暗躍しているという事はアークのリベリスタも周知の事実だ。 楽団員であるアリオーソは黒髪の少女を連れ、鹿児島県南さつま市で、演奏を行っていた。 日本の中央にほど近い場所でチェロを弾く愛おしい男の事を想い浮かべては嗚呼、と声を漏らすのみ。 「シェリー、私の愛しいシェリー。奏でる為には『楽器』が必要でしょう?」 「ええ、お母サマ。けれど、貴女の愛しのシェリーは他の物が欲しいの」 彼女らの『楽器』は、死体は何処にでもあるけれど、作らなくてはならないから。アリオーソにとっての『楽器』は愛おしいヴィオレンツァとの二重奏に欠かせないものだ。 其れに彼女とヴィオレンツァの最愛の娘――血は繋がっていない孤児――たるシェルルにとってもまた、愛を奏でる為に必要な『楽器』であった。 「お母サマ、シェリーが欲しいのはコンダクターの歌姫サマよ。シェリーがお母サマとお父サマの愛の形と言うなれば、歌姫サマの無形の愛が欲しいの」 貪欲なまでに愛を欲する。愛無き場所で、愛を得て、恋を知らぬままに愛を求めるシェルルという少女は『死体ですらも愛する』のだ。 日本の最南端。吹上浜海浜公園のサンセットブリッジの橋上で女は唇を歪める。 「ほら、シェリー。私の愛しいシェリー。街へ行きましょう? それから――」 「ええ、お母サマ。それから、それから、愛を頂きませう。シェリーは愛が欲しいのよ」 ● 日本全国で起こっている楽団の襲撃事件は一般人や革醒者の死体を得る事に成功しているのだろう。彼らの戦力は増強し、更に中規模都市への打撃を与える方向へとシフトしていた。 「死体が動くだとか都市伝説にしたってなんちゃってホラーでしかないわ」 吐き捨てるように紡いだ『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は事件よ、とモニターを指す。 「向かって欲しいのは鹿児島県南さつま市。吹上浜海浜公園よ」 地図上に映し出されたのは海浜公園にあるサンセットブリッジだ。夕方であれば沈む夕日を其処から見る事が出来る絶景ポイントでもあるのだが観光等行っている事態では無い。 「一言でいえば『楽団』が動いたわ。あとは――主流七派も動きを見せているの。 彼らだって駒になり得る可能性がある。静観していないという事ね。恐山の千堂さんが此方へとコンタクトをとってきたわ」 さらさらと情報を読み上げながら、何処か困った顔をした世恋は『裏野部』と『黄泉ヶ辻』と告げる。 「裏野部と黄泉ヶ辻以外はアークと遭遇しても当座の敵としない――つまりは事実上の友軍という形よ。 因みに、申し立てに室長も了承しているから、皆も従ってね? 良い? 裏野部と黄泉ヶ辻以外は友軍よ」 念を押すのは、相手のフィクサードが死んでも『楽団の楽器』になる可能性を示唆しているのだろう。それは何としても避けなければならない。戦闘時の損失が、死者が再度動き出すだなんて性質が悪すぎるのだ。 「公園ではアリオーソというヴァイオリニストとその義娘であるシェルルというチェリストが演奏しているわ。彼女等はサンセットブリッジを渡り終えた後、周辺の集落に向けて進軍。殺人を行いながら枕崎市の方向を目指しているの」 つまりは橋を渡り終えない様にして欲しいと言う事だ。ヴァイオリニストとチェリスト。二人の実力もそうだが彼女らが連れている死体等の実力も計り知れない所がある。 「――其処で何故だか応戦しているのが六道のフィクサードという訳ね」 彼らが喰いとめている時間の間に鹿児島県へと向かい、そして彼らと協力して楽団員を追っ払えばいい。其れに限るのだが――言い辛そうに世恋はええと、と呟く。 「六道の観月と言う男ね。幾度かアークと応戦しているけど、協力してて気持ち良い相手ではないわけで……」 ブリーフィングルームに降りた何とも言えない空気の中、それでも、と世恋は続ける。 「今必要なのはこれ以上被害を出さない事と、楽団員を街へ進軍させない事。其れだけよ。 一つだけ、私から言える事があるわ。――どうか、死なないで。ご武運を……」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年02月06日(水)23:59 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● ひゅう。冬にしては生温かく感じる風がヴァイオリンの音色を響かせる。 その音色は何時か耳にした恋情の歌。『プリムヴェール』二階堂 櫻子(BNE000438)はヴァイオリニストを知っていた。 「アリオーソさん……」 その恋情だけであれば理解を示せるつもりであった。愛しい人の為なら何を切り捨てても構わないと思っていた。それは『彼女』と一緒であった筈なのに。 分かり合えない、と逸らした視線の先には『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)が立っていた。指先を、きゅ、と握りしめて呼び掛ける。愛しい人が共に居る。其れがどれ程に心強い事であるか。 恋人同士、優しい愛情を胸に抱いた二人の頬を撫でる風は気持ちが悪い程に生温かい。 鹿児島県南さつま市にある吹上浜サンセットブリッジの橋へと踏み出して、『続・人間失格』紅涙・いりす(BNE004136)は集音装置で周辺を把握しようと耳を澄ませた。 ――誰の意思だろう。 目の前で、肩で息をした少女が居る。鮫の因子をその身に得た六道のフィクサードだ。何故かいりすは『彼女』を護らなければいけないと胸に湧き上がるものを感じていた。 そうだ、約束した。ぼんやりと生きる意味を探していたから。約束を破ってしまった『誰か』が言うのだ。 「次は護るよ。護ってみせる。そのために『僕』は此処にいる」 ――僕? 嗚呼、いいんだ、無かった事の一つでも構わない。それでもいいから。 護らなきゃ、と真っ直ぐに走り込んだ。近接対応しか出来ない六道フィクサード、逢川夏生の腕をぐい、と掴みいりすは「駄目だ」と囁いた。 「誰……」 「君は魔女じゃない。お姫さまさ。回復を行うから、後ろに」 お姫様を奪う者は総て喰らい尽くす。広がった闇の瘴気はいりすの想いを顕現させたが如き深さを持っていた。彼女は奪わせない。誰にだって、それが『誰かの意思』で、『小生もそう望んでいる』のだから。 前進したいりすに続き、『燻る灰』御津代 鉅(BNE001657)は髪を掻く。日本全国津々浦々。こうも行ったり来たりであると出張旅費でも出てくれないものかなと唇を尖らせる。 「ボーナスを――ああ、いや、期待するなら戦果を上げるしかないかな」 前衛へと突出し、影を纏おうとして――手が止まる。無明を握りしめたまま、小さく舌打ちを零した。鉅は影を纏う事が出来ない。目の前の敵に対して放つ気糸は死体の動きを人形の様に阻害する。 「わあ、お母サマ、シェリーのお人形が本当にお人形のよう」 ころころと小鳥が囀る様に楽しげに笑う少女の声に『Lost Ray』椎名 影時(BNE003088)は眉を顔を顰める。前線に立って、空洞の様な黒い瞳が真っ直ぐに死体とその奥に居るであろう少女に向けられた。 「こんにちは、アークだよ。後は言わずとも、解るよね?」 「ふふ、シェリーにはなんの事か解らないわ」 嗚呼、なんとイラつく事か。無償の愛、母からの情愛。それは羨ましい。自分が得れなかったソレを得ているのに歪んでいる彼女等が気にくわない。興味なんて、無い筈だけど。 「死体動かして、亡霊起こして……楽しいのかな。これじゃあキマイラつくるやつらと変わらないよ」 零した言葉は存在する六道のフィクサードの耳に入る。やや顰められる表情に影時は構うことなく黒いオーラで死体へと攻撃を繰り出した。 欄干を蹴って、魔力鉄甲-Type:Hagalaz-を纏ったその足で風を起こす。虚空を切り裂き、死体を巻き込んだ。『九番目は風の客人』クルト・ノイン(BNE003299)の蹴撃は鉅や影時、いりすの傍を通り抜けて死体全てを巻き込むが、死体を盾にする楽団員の女へは届かない。 宙に飛びあがっていたクルトの目が、アリオーソと合わせられ――女は、ゆるりと笑った。 響くは混沌。奏でられる音色に『帳の夢』匂坂・羽衣(BNE004023)は首を傾げて「素敵ね」と微笑む。 「貴女達の旋律を聞くと死は甘美であると錯覚しそう――」 そんなこと、ないけれど。ぼんやりとした黒い瞳を向けて、幼い子供が喜ぶように甘い笑みを浮かべる、その手はl'endroit idéalの頁を捲くり、癒しを与えんと過去に得た縁を手繰る。 いりすの背に庇われた夏生の前へと降りたって癒しを与えながら柔らかく微笑んだ。夏の終わりに見た『夏』の子。覚えてなくても良い、傷が癒えるまでは隣に居て欲しいから。きゅ、と指先を包み込む。 「御機嫌よう。羽衣の事、覚えてる?……一緒に居て頂戴。貴女を護りたい人が居るの」 羽衣の視線が追うのは暗色のボディスーツを纏った鰐だ。鮫の中に宿った因子が濁り、愛し――愛して殺される事を望んでいた筈の『あの日の鮫』の目をして護る事に直向きになっている。 癒す翼の少女に続いて、歌った『ゲーマー人生』アーリィ・フラン・ベルジュ(BNE003082)により、癒しは確かに足りていた。櫻子、アーリィ、羽衣。三人の癒し手は確かに継続戦闘向きではあったのだろう。 最前線で五式荊棘を振るう『棘纏侍女』三島・五月(BNE002662)の炎の拳が総てを薙ぎ払わんと死体たちを巻き込む。狭苦しいそこでは仲間を巻き込む可能性がある事に彼女は少々の遣り辛さを隠さずには居られなかった。 「今度は全国単位で襲撃してくるとは。行動力高いですね、引きこもってくれていればいいのに」 呆れの色が濃い。一度、アリオーソと戦った事がある。その時、敗退したリベリスタからすれば、そう、これはリベンジだ。 「この国からとっとと追い出してしまいましょう」 ――故に、逃がしはしない。 ● 己は何だ、と言われれば『すもーる くらっしゃー』羽柴 壱也(BNE002639)が答えるべき言葉は何時も決まっている。何時か、異世界で囚われた時だって。何時か魔女の作った人形の相手をした時も。誰かの希望を絶やす様に笑う男の目の前でも。 観月、とその名を呼んだ。怒りが無い筈では無かった。前線ではしばぶれーどを握りしめて、覚悟を決める。 「……友軍なのが残念だね、お互い。ねえ、あの楽団が持ってる楽器、アーティファクトだってさ。 持ってって良いよ? 今日だけは、見逃してあげる!」 六道派が友軍であるというのはブリーフィングで聞かされていた。今は関係ない喧嘩をしている場合じゃない事を分かっている。解っている、決意は、固い。 「わたし達がここを護らなきゃ、誰が護るの。あんた達の手足になんかさせるわけない……」 問おう、自分が何であるか。彼女は真っ直ぐに死体の群れを見つめて答えるのだ。 「アークのリベリスタ、見せてあげるよ」 ――それこそが、護る力であるから。 戦場であっても気丈に振る舞い、仲間達を支援する事に徹せられるのはひとえに愛しい人が傍にいるからだと櫻子は感じていた。 仲間達に与えた翼の加護。自在に動き回れる様にと祈る様にディオーネーを握りしめる。 「全く……フィクサードは病原菌か何かか?」 呆れの色を零しながら、櫻霞の漏らした言葉にフィクサードの目が止まる。幾ら『実質上の友軍』であろうとも、六道側への暴言は彼等にとってその協力体制を無に変えさせる可能性がある物だ。 「口を慎めよ、リベリスタ。この場を勝ち切ってから言って貰おう」 「ねえ、観月。一つお願いがあるの。わたしがタイミングを言うから、あんたの性格にぴったりな必殺技、見せてよ」 集中領域に達している櫻霞へと視線を送った六道フィクサード、観月に向かい、死体を一閃しながら壱也は背中越しに問いかける。幾度か戦ってきたからこそ、彼が編み出した技が協力だと言う事が壱也には痛いほどに解っていた。 「わたしの味方巻き込んだら落とすからね」 「落とされる前に飛んで逃げてやる」 くつくつと喉を鳴らして笑う声。アーティファクトは好きにしていいと収集癖の或る男へとハッキリと宣言した壱也に対してはある程度『協力体制』を敷いたのだろう。尤も、仲間すら顧みずに黒い羽を揺らす男を壱也は一度限りの友軍であるとしか見てはいないのだが―― 死体の群が真っ直ぐに襲い掛かる。何故だろうか、鉅の脳内に流れたのはよくあるテレビニュースのテロップだ。 ――殴る蹴る等の暴行を……。 「物量で磨り潰されるのを大人しく待ってやる必要もない」 無明で受け止める度に、自身が長く持ちこたえる様にと施したい法の準備不足を呪った。革醒者の死体や怨霊が混じっている敵陣衛に潜むであろうブレイク効果を持つ敵を見極める事が出来ない事に鉅は唇をかむ。 アーリィの与える癒しが仲間達を包み込む物の、前線は死体の群に対し、攻撃が行き届いていない。30体も存在している『死体』達を通り越して、楽団員を――アリオーソの愛娘であるシェルルを狙うのは遠距離攻撃を主体とする人員しか叶わないのだ。 雷を落としながらも、周辺のサポートに立ちまわる羽衣は夏生の手を握りしめた侭、少しだけで良いから、言う事を聞いてと囁きかけた声に彼女は頷いた。 誰かの為であるならば、それがリベリスタでも、今は味方であるから。夏生が万全の体制になれば前へ送り出すとそう決めていた。護りたい人が居るなら、失いたくはないから。 中衛位置にいる観月が放つ暗黒が死体を包み込む、その隙をついて壱也は真っ直ぐに死体たちを蹴散らせていく。振るうたびに死体が彼女の周囲を包み込む。補佐するように彼女のギリギリ横をクルトの蹴撃が切り裂いていく。櫻子の癒しを受けながらも、30体の死体からの一斉攻撃は彼女の攻撃の手を奪うには容易いのだろう。 「僕はさ、楽団が嫌い」 Banditがチチチと音を立てて刃を見せる。Scarletの切っ先が小さく音を立てながら、黒いオーラが包み込む。何度も何度も、其れを繰り返し繰り返し、人探しを影時は進めて行く。 「いちやちゃん、魔女は?」 「――ッ、いた! ミス・マテラメテロ。人形遣いが人形にされるなんて皮肉なものだね……」 二人の少女は真っ直ぐに進む。攻撃の手を休めることなく、死体に巻かれ、傷を増やしていく。癒しの届かぬ範囲まで突出していく影時にアーリィは手を伸ばす事しか出来なかった。全身が放つ気糸が魔女を絡みとる。魔女の笑みが影時に突き刺さる。 向かう壱也の手も未だ届かない。魔女と近接で見つめ合ったまま、影時は幾度も死体の拳を叩きつけられる。革醒者の生前スキルが彼女を甚振る。其れを避けきる事が出来ず、苛むものが何もない彼女はただ痛みに耐えるのみ。 癒し手として後方に位置していた櫻子は必死に目を凝らす。ハッキリとその動向を把握しなければ、彼女の回復対象に含む事が出来ないのだ。死体は増える。減らしても減らしても、前線で死体よりも楽団員を狙おうとするリベリスタ達とその支援的行動を行う六道では戦闘の勝敗をはっきりと見極める事が櫻子には難しく思えた。 「お願い致します、私達は――」 何としても帰るのだと、愛しい人と揃ってまた優しい日々を過ごす事を祈る様に癒しを与えんとする。隣にいる櫻霞が可能な限り、と狙った気糸が死体を狙い撃つ。何度も何度もその気糸が狙い撃つ先は死体――其れを越えた楽団員の少女だ。 「有象無象が、大人しくしていろ!」 「櫻霞様、私の力は貴方の為に」 櫻子が祈る様に恋人に与えるインスタントチャージ。届かない気糸は死体を絡め取り続けた。 前線で壁役となっている鉅とて、回復を受けて辛うじて立っているには違いなかった。戸惑った攻撃は目の前の敵を人形の様にと死に至らしめる。 背後から響き続けるヴァイオリンとチェロの音色に五月の表情は曇る。メイド服のフリルがひらりと揺れ、彼女は前進する。最前線での前線の押し上げ、突出するでなく、後方の仲間達へと攻撃が行かぬ様にとした彼女の布陣は適切であった。 厄介な相手だ、と彼女は思う。目の前で傷を負いながらも迫る相手にむかって棘を叩きつけた。紺色の瞳が灯すのは戦いの色のみだ。 ふ、と彼女の隣を真っ直ぐに走るのは夏生。ナイフを構えて、風の様に五月の戦いを補佐する。彼女の隣に位置したいりすが澱んだ瞳でへらりと笑う。 「お姫様、大丈夫。小生が護るよ」 「何処かで会った……?」 きっと、他人の空似かな、と首を傾げる夏生にいりすは解らなくてもいいよ、と囁く様に、無銘の太刀を握りしめて踏み出した。突出しない様に、と六道のフィクサード達に気を配り、暗闇で死体たちを巻き込んでいく。 良いんだ、解らなくたって。護り切れるなら、それで良いから。 ● 魔女に向かってカッターナイフを向けた。橋の中央、死体の群のなかで影時は思う。 嫌いだ、と。愛を貰ってる癖に、何故、無い物を持ってる癖に――突出した自身を癒す手が足りないことだって気付いている。傷を負って、運命を払って、真っ直ぐに進んでいく。 魔女なんて、どうでもいい、最終的にはシェルルの所まで迎えれば、それでいい。真っ直ぐ進む、傷だらけのその身を引き摺って。壱也が一閃するその傷に魔女は笑い声を上げるのみだ。 「シェルル、僕は椎名影時。覚えておいてよ、忘れないでよ」 届け、届けと手を伸ばす。届かないその指先は死体の群れの中、一瞬、見えた幼い少女の笑みに向けられる。 愛されて、恵まれて、其れでもそれ以上を求める図々しさも、人の命を弄ぶ歪み切った彼女へと唇で言葉を作る。 四文字、罵り文句は少女には届かないまま死体の群に覆われる。 「駄目――!」 壱也が走り寄る。ぐらりと揺れた影時の体を受け止めて、ゆっくりと、後退する。前線で抑えに回っていた五月の運命も消費されていた。熱感知等でその距離を伝えていたクルトは敵陣の後ろに羽衣と共に回りこもうとする。橋の裏を伝ってクルトと羽衣が見据えたのはヴァイオリニストとチェリストだ。 蹴撃がシェルルの体を突き抜けて、死体を切り裂いていく。同時に、シェルルと共にアリオーソも巻き込む羽衣の魔炎が周囲を照らす。別行動をとったのは二人だけであったが、此れで挟み打ち状態だと笑ったクルトと羽衣に向けて放たれるのはシェルルの霊魂を打ち出すかの如き弾丸だ。 「シェリーは、痛いのきらいよ」 お母サマを傷つけるだなんて、と真っ直ぐに突き抜ける其れがクルトの頬を掠め、羽衣の翼を撃つ。 「痛くなんてないわ、羽衣の歌は何時だって、誰かのしあわせの為に。ほら、聞いて?」 「それがしあわせの愛の歌なら聞いてあげる、リベリスタ」 シェリーには解らないわ、とアリオーソの服の裾を掴んでにこりと笑う。アリオーソの演奏が続く、増え続ける怨霊は橋を渡しきろうと前線を押し続けていた。 前線で突出し、仲間の回復が間に合わないままであった影時と、その体を引き摺っている壱也を補佐する様に鉅は立ち回る。彼等を攻撃しようとするその手を櫻霞は止めるが、同時に飛んでい来る攻撃で彼の体も傷ついていた。 癒しを歌い続ける櫻子の癒しも届かず、前線で立ち回る五月の意識が失われる。その身を引き摺る様に六道のフィクサードは交代した。どちらも解っているからだ、『敵となると危険』だと言う事を。 アーリィがハイ・グリモアールの頁をめくる。燃やした運命。遠距離攻撃総てを避ける事が出来ない彼女は震える膝で自身を激励しながら歌い続ける。 「ッ、怖いよ……正直、怖い……」 でも、勝たなきゃ、と力を込めた所へと襲いかかる亡霊の生前馴染んだであろう黒き瘴気。あ、と思った瞬間に呑み込まれる。解放する様に、と櫻子がアーリィの体を抱き止めて、癒しを謳う。 影時、アーリィ、五月。其れに加え、背後からの攻撃、フィクサードからの直接手を下されている羽衣やクルトの体力も限界に近い。癒しを続ける羽衣では、攻撃手がクルトしか居ない為に不安定な戦場でしかなかった。 「――観月ッ!!」 「我儘なリベリスタだな」 ふと、広がった鮮烈な攻撃。壱也の声に反応し、飛び出した其れに死体の身が瞬時に難くなる。隙をついて影時の体を鉅へ預け、壱也は剣を振るう。 「眠らせてあげるから!」 一歩、赤いドレスを切り裂く様に、はしばぶれーどを振るって壱也は襲い来る死体の群に飛びかかる意識を何とか保ち続けた。 死ぬのが怖い、とそう思った。何が怖いって、愛しい人が居なくなる事だ。 「櫻霞様――!」 伸ばす指先が櫻霞を求め彷徨った。傷が深い事だって、解っている。仲間の負傷も激しい。5人、その数に達してしまっていたのだ。 歪んだ愛情の娘と恋を奏でる女。ちょっとした寸劇の様ではないか! 「アリオーソ俺達は此処で終る訳には行かない」 「わたくしも終る訳には行きませんわ」 嗚呼、全ては愛しのヴィオレンツァの為だから! 橋を前進するソレにリベリスタは駄目だ、とその足を背後に向ける、やむを得ない撤退にいりすは夏生の背を押す。息を吸い込んで、声を張る。アッパーユアハート。 「夏生。次は、おままごとしようぜ。約束だ。ほら、早く――!」 逃げろ、とそういう様に声を荒げたと同時、背後に回り込んでいたクルトと羽衣が仲間達との合流を果たす。夏生と手を引いて、橋を戻る。六道のフィクサード達も同時に撤退を始めた 「観月、あなたを殺すのはわたしだよ……!」 響き渡るヴァイオリンとチェロの二重奏。重なる様に愛を求める少女がくすくすと笑った。このまま橋を渡り、市中を蹂躙すれば、もっともっと素敵な楽器が手に入る。そうすれば、もっと愛を貰う事ができるから。 「嗚呼、シアーサマ」 ――ねえ、これで、愛してくれる? 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■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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