● 一面が雪の白で覆われた山に、無邪気な笑い声が響く。 雪がはらはらと舞い散る中、子供たちは寒そうな顔一つ見せずに駆け回っていた。 それは、幼くして失われた魂の残滓。 神秘に満ちた世界が彼らに遊び場を与えたのは、いつもの気紛れだろうか――。 ● 「半日ほど、雪遊びに付き合ってくれないかな」 ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達を前に、『どうしようもない男』奥地 数史(nBNE000224)は開口一番にそう言った。 途端に、何人かが首を傾げる。 アンタ明らかに雪遊びって歳じゃないだろ、という内心の突っ込みを感じ取ったのか、数史は慌てたように説明を付け加えた。 「山の中にE・フォースが出たんだ。それも数十ほど。 幼くして命を落とした子供たちの思念――『雪ん子』とでも呼んでおこうか」 今のところ人に害を及ぼす気配はないが、崩界を促す以上は放置するわけにもいかない。 幸い、彼らの性質は穏やかで、思考も普通の子供と殆ど変わらない。 おまけに、半日ほど『人の温かさ』に触れることで自然に消滅してしまうという。 「――まあ、要は皆で楽しく過ごしていれば満足して消えるってこと」 雪ん子たちと遊んでやったり、仲間同士で鍋をつついたり。 方法は問わない。必ずしも、雪ん子たちに直接働きかける必要もない。 とにかく、雪ん子が消滅するまで現場に留まっていれば良いのである。 当然ながら寒いので、温かい格好をしないと半日過ごすのは辛いだろうが。 「鍋とかやるならアークの経費で落ちるし、仕事ってよりも遊びの感覚で来てもらえれば」 そう言って、黒髪黒翼のフォーチュナはリベリスタ達を見た。 「危険は特に無い筈なんで、今回は俺も同行する予定だ。 もし手が空いてたら、付き合ってもらえると助かるけど――どうかな?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:宮橋輝 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月16日(水)23:21 |
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● 雪がちらつく山道を進んでいくと、幾つもの笑い声が聞こえてきた。 視界が開けた先に、雪の中ではしゃぐ子供たちの姿が見える。 病や事故で命を落とした、幼子のE・フォース――『雪ん子』。その数は、ざっと五十体ほどだろうか。 無邪気に駆け回る彼らを眺め、輝が呟く。 「幼さ故に歪むことなく、こうして残っているのでしょうか」 死の恐怖を、苦痛を忘れて。あまりに短すぎた生の、幸せな思いだけを抱いて。 人が訪れないこの山で、ずっと終わらない雪遊びに興じているのだろうか。 いずれにしても、リベリスタとして放っては置けないのだけれど。 「E・フォースを還してあげる……」 雪ん子たちとほぼ変わらない背格好のとよが、固い声で言った。 足元の雪を踏みしめ、ゆっくりと歩を進める。 近付いてくるリベリスタを認めて、雪ん子たちが遊びの手を止めた。 歩み寄ったアンジェリカが、子供の目線に合わせて腰を屈める。 「お姉ちゃんとお友達になってくれるかな?」 優しく微笑みかけると、雪ん子たちは一斉に「うん!」と頷いた。 「それじゃ、一緒に歌おうか」 両手を差し出し、雪ん子たちと輪になって歌い始める。 『僕らは雪の子元気な子、寒風どか雪どんと来い♪』 思い出すのは、幼い頃の記憶。“神父様”が助けてくれなかったら、自分も彼らの仲間に加わっていたかもしれない。だから。 『――かまくら 雪ソリ 雪だるま♪ 皆で遊べば体はぽかぽか、心の中までぽっかぽか♪』 今日は、いっぱい遊ぼう。子供たちが、ずっと笑顔でいられるように。 降り積もる雪を眺め、ブリリアントは有名な童謡を口ずさむ。 歌詞の意味がわからん、と首を傾げるも、すぐに気を取り直して。 「よーし、雪ん子たちと遊ぶぞー!」 そう言って彼女が気合を入れた時、終が雪ん子たちに呼びかけた。 「雪合戦するものこの指とーまれ☆」 ――そう。雪遊びの定番といえば、まず雪合戦である。 子供たちが歓声を上げ、次々に終の指に掴まる。幼稚園児くらいの雪ん子を肩車した数史が、そこに通りがかった。 「数史さんはとまってくれないの……?」 いきなり捨てられた仔犬のような瞳を向けられ、「えっ」と慌てる数史。 その近くでは、竜一が雪山の陰で雪ん子たちに召集をかけていた。 「集え、雪ん子たち! ――全員整列!」 手始めに数史を雪に埋めてやれと、彼は雪玉作りを命じる。 「中に石とかは絶対入れるなよ! 絶対だぞ!」 ほら、それやったら雪塗れどころか血祭りだし。 ターゲットが射程に入ったら、竜一の合図で投擲開始! 「ってー!」 「え、ちょ、何この集中攻撃……っ!」 一斉に襲い来る雪玉になす術もなく、あっさり沈められる数史。 ちなみに、肩車されてた子はちゃっかり彼を盾にして無事でした。 「わーっはっはっ! 合戦とは、チームワークさ!」 勢いづいた竜一、今度は周囲のカップルに狙いを定める。 これは雪合戦。すなわち戦いだ。 「さあ、雪ん子たちよ! リア充たちを駆逐するぞー!」 特に体の小さな雪ん子を抱き上げ、先陣を切って駆け出す竜一。 ふわふわとした感触が、彼の腕に伝わった。 「雪玉いっぱい用意して……と」 大量の雪玉を作り終えたフランシスカが、これで準備は万端と頷く。 彼女は両手に雪玉を抱えると、立ち上がって宣戦布告した。 「雪ん子たちー、いざ勝負だー!」 黒翼を羽ばたかせて低空を舞い、雪玉を放る。キャッキャと雪玉を投げ返す雪ん子たちに、「負けるな~☆」と終が加勢した。 「――ひっさつ! メガクラッシュスイング!」 そこに投じられたブリリアントの超剛速球が、終の顔面に『ばふっ』とヒット。 すごーい、と大はしゃぎする雪ん子たちを眺め、フランシスカが表情を和ませた。 彼らが嬉しそうに笑うから、こんなにも楽しい。 「どんどんあっちこっちにいくよー! えいえいっ!」 リベリスタと雪ん子の間に、幾つもの雪玉が飛び交う。勢い余って雪山に突っ込んだブリリアントが、大きな声で叫んだ。 「やるなー! よし、次はやっぱり雪合戦だ!」 今日は前菜からデザートに至るまで、雪合戦のフルコース。 投げても投げても、まだまだ雪玉が降り止むことはなさそうだ。 「おーおー、クソガキ共がはしゃいじゃってまぁ……」 見守っていた火車が、パーカーのポケットに手を突っ込み呟く。 彼は近くで遊ぶ雪ん子たちに目をつけると、軽く手招きした。折角だ、肩車くらいしてやっても良い。 寄ってきた雪ん子が、長身の火車を見上げて目を輝かせる。 小さな体を肩に乗せると、彼は「ほぅれ大回転だ」とその場で回り始めた。 精々楽しんでゲロでも吐けよ、と冗談交じりに言えば、頭上で「ぉぇ」と声がして。 「いや待て、吐くなよ! 下ろす! 待て!!」 目を回した雪ん子を慌てて地上に下ろし、ほっと一息。 ● しばらく遊んでいると、甘い香りが漂ってきた。 一休みしようかと笑って、終は雪ん子を連れて即席の休憩所へと向かう。 リベリスタ達の作ったかまくらが立ち並ぶそこでは、快とキリエが皆に甘酒を振舞っていた。 「熱いから気をつけて飲んでね。零さないようにね」 快が、二枚重ねの紙コップに注いだ甘酒を雪ん子に渡す。 「このお兄さんのお店で作っている甘酒なんだよ。美味しいので評判なの」 別の子に紙コップを手渡しながら、キリエがそっと言葉を添えた。 酒粕は『新田酒店』提供、酒蔵直送の本物である。砂糖と生姜のみのシンプルな味付けだからこそ、市販品との違いが際立つというものだ。流石は、アークの“酒護神”と言うべきか。 美味しそうに甘酒を飲む雪ん子らを眺め、快が満足げに頷く。 「優しいから、パパだと思って甘えるといいよ」 不意に聞こえた言葉に、快は思わずキリエの方を見た。 「パパって、せめて、お兄ちゃんって紹介してくれないかな」 俺がパパなら柚木さんはママなの? と笑って言い返せば、意外にもキリエは満更でもない様子。 「……ママか、それもいいかな。 じゃあ、ママとアイスクリーム作りたい子は、この指とまれ」 早くも甘酒を飲み終えた雪ん子たちが、アイスー! と盛り上がる。 キリエが彼らを伴ってアイスクリームを作り始めた時、火車がやって来た。 「オレにも一献いただけやせんかねぇ?」 落ち着いたら急に寒くなったらしい。パーカー姿なら当然か。 熱い甘酒で体を温める彼の傍らで、快が美散に紙コップを手渡す。 顔を上げれば、早くも雪塗れになった数史の姿。 「奥地さんも一杯どう?」 甘酒を勧める快に続いて、美散が「少しくらい休んでいけ」と声をかけた。 かまくらで飲もうと考えていたが、独りというのも味気無い。 「――そういう事なら有難く」 笑って答えた後、数史が甘酒を受け取る。 かまくらの中から眺めると、雪原の様子はまた少し違って見えた。 「幼くして命を落とした子供達の無念、か」 ゆっくり甘酒を味わいつつ、美散が呟く。 僅か三歳でノーフェイスとなった妹もこの中にいるかもしれない――と告げた時、数史が彼を見た。 「もう十七年も前の話だが……今でもよく覚えている」 守ることはおろか、殺してやることすら出来ない無力。 美散の記憶に焼き付いているだろう『その日』を思い、数史は目を伏せる。 気持ちが想像できるからこそ、何も言えない。 「子供たちと遊ばないのか」 数史の問いに、美散は首を横に振る。 「遊んでやるには、些か血で汚れ過ぎた」 そう言って雪ん子たちを見守る美散の表情は、どこか優しく、哀しげに映った。 外では、キリエが雪ん子たちとアイスクリーム作り。 塩をまいた雪の上に、材料を入れたボウルを乗せて。あとは、交代でしっかり混ぜるだけ。 「寒かったら、かまくらの方で食べるといいよ」 完成したアイスを配りながら、キリエは雪ん子の頭を撫でた。 兄妹の前には、雪のように白い肌の男の子。 「こんにちは、君も一緒に遊ぼう」 うん、と頷く彼が寒くないようにと、雷音は手編みの手袋とマフラーをその身に着けてやる。 「そうだ、名前をつけてあげよう」 雪の結晶を意味する『六花』という名を与える妹を見て、夏栖斗は思わず苦笑した。 名前なんかつけたら、別れが辛くなるだけなのに――。 そんな心中はおくびにも出さず、彼は小さな雪玉を放る。 「らーいおん! スキ有り!!」 いきなり飛んできた雪玉に、雷音が目を丸くした。 抗議の声にもそ知らぬ顔の兄に腹を立て、傍らの六花と共同戦線を張る。 「六花、ここはボクと君のタッグであのバカ兄をやっつけよう」 「ちょ? ダブルスなんてきいてねぇぞ!」 突如始まった雪合戦に夏栖斗が慌てるも、時既に遅し。 「あっ、そこの雪ん子、ちょっと手伝って!」 二人から飛んでくる雪玉を必死にかわしながら、彼は近くの雪ん子に助けを求めた。 一方、ベルカは嬉々として雪の中を走り回る。 「シベリア生まれのタイガ育ち! 三高平きってのツンドラこと、ベルカとは私の事だ、わははははー!!」 暑さにはめっぽう弱いが、寒さに強い彼女である。 一面の雪に心が躍り、勢い余ってゴロゴロと転がったとしても、誰にも責められまい。犬ビスハだし。 はしゃぎ過ぎて早くも息が上がっているものの、ベルカのテンションは留まるところを知らない。もういっそ水着でも平気だ、と彼女は上着を脱ぎ捨て―― \えっしょい/ 当然の結果として、特大のくしゃみ。 後は頼んだ、と力尽きる彼女に、駆け寄った数史が慌てて上着をかけた。 「いいから着ろ! 死ぬぞ!」 一緒に遊ぶ今日の思い出を、この冬の間、ずっと残しておけるように。 真独楽は、雪ん子たちを誘って大きな雪だるま作り。 ふと顔を上げれば、同じことを思いついたらしいフラウが、雪ん子らと力を合わせて雪玉を転がしていた。 「せっかくだから、コレとソレで体と頭にするっすか?」 フラウの申し出に、真独楽は喜んで頷きを返す。 だが、雪だるまの完成を目前にして、思わぬ落とし穴が待ち構えていた。 「むぅ……体おっきすぎて、頭がうまく乗せられないかも」 期待の眼差しを向ける雪ん子たちも、この局面では戦力にならない。 誰か暇な者はいないかとフラウが探せば、ベルカの救助を終えて戻ったフォーチュナの姿。 「あ、数史。手が空いてたら手伝ってくれないっすかね?」 「オトナだし飛べるでしょ?」 二人に頼まれては、彼も断れる筈がなく。微妙に危なっかしい場面を挟みつつも、何とか協力して雪だるまを形にすることができた。 フラウが目鼻をつけ、真独楽が木の葉で羽を作る。 「手伝ってくれたお礼。えへへ、けっこー似てない?」 お揃いの翼を指す真独楽に、数史は「上手い上手い」と笑みを返した。 ● ――それは、この世に生まれ、儚く散っていった幼子たちが遺した想い。 無邪気に遊ぶ雪ん子たちを見て、大和は今日の任務が彼らの討伐でなかった事を幸いと思う。 木の陰に視線を向けると、真紅の衣装に身を包んだ優希が颯爽と現れた。 「俺は赤鬼。悪い子供は食べてしまうぞ」 悪役がかった口調で凄む彼を見て、雪ん子たちが「きゃー」と盛り上がる。人差し指を立てた大和が、大きな声で呼びかけた。 「赤鬼退治する子、この指止まれ!」 たちまち、多くの雪ん子が彼女の周りに集まる。直後、優希が雪の中に駆けた。 「一切の遠慮も容赦もいらん。来るがいい!」 白一色の雪原で、赤尽くめの彼の姿はよく目立つ。雪ん子たちが投げる雪玉をマントで払いつつ、優希は軽めに雪玉を投げ返して反撃に出た。 「あかおにつえー!」 子供たちが叫ぶ中、大和の速球が優希を捉える。たちまち、わっと歓声が上がった。 「さあ、みんなも続い、ぷわっ!?」 お返しとばかりに飛来した優希の雪玉が、大和にヒット。 揃って雪塗れになるのも、雪合戦の醍醐味だろう。 寒くないのかと暁穂が問えば、「寒いに決まってるじゃない!」と焔の頼もしい返事。 防寒具に身を固めた二人の少女は、肩を並べて雪ん子らを眺める。 可哀想だと憐れむだけでは、救えない。 悲しむ暇があるのなら、一緒に楽しんでやれば良い。 それこそが、幼くして死した彼らの望みなのだろうから――。 ぴしゃ、と自分の頬を叩く焔の隣で、暁穂が声を上げる。 「焔、雪合戦よ!」 望むところと、焔が頷きを返した。 「……勝負よ、暁穂!」 手加減抜き、真正面からの全力勝負。 もちろん、雪玉に石を入れるような危ないお約束は無しだ。 白熱する戦いの中、暁穂の視界に映ったのは焔の両脇に並んだ雪ん子たちの姿。 「いつから二人の勝負と錯覚していたの……?」 目を見張る暁穂に、焔は勝ち誇った笑みを浮かべる。 「私達は、この子達とも遊びに来ていたはずよ。……言いたいことは、分かるわよね?」 「え、ちょ、確かにそうだけどそれは卑怯だわ!?」 ふためく暁穂を指差し、焔は雪ん子たちに号令をかけた。 「皆、準備は良いわね? ――今よ!」 一斉に投じられた雪玉が、瞬く間に暁穂を白に染める。 笑い声を響かせながら、焔と雪ん子たちが駆け出した。 「やったわね!」 全身雪塗れの姿で、その後を追いかける暁穂。 遊びに、細かい理由なんて不要だ。日が暮れるまで、この時をめいっぱい楽しめば良い。 追う者も、追われる者たちも、いつしか全員が笑っていた。 神秘がもたらす怪異の全ては、戦いで仕留めるしかないと思っていたけれど。 楽しげに笑う雪ん子たちの明るい表情を見て、雪佳は僅かな驚きを覚える。 この子らが穏やかに成仏できるなら、こういう仕事も悪くない――。 「胸を借りるつもりで行くぞ、アークの先輩方」 雪佳は雪合戦の輪に加わると、左足が義足であることを感じさせない動きで軽快に雪玉を放った。時には足の遅い雪ん子の盾となり、雪玉をその身で受け止めてやる。 「大丈夫か? ……さ、反撃してやれ」 庇った雪ん子の頭をぽんと撫でた後、そっと雪玉を手渡す。 その傍らを、フラウが持ち前の俊足で駆け抜けた。 雪ん子が動きを追えるよう加減して走りつつ、手にした雪玉を投げ返す。 すごーいと言って、雪ん子の一人が手を叩いた。 遊び疲れたら、魔法瓶に淹れてきた熱い珈琲で一息つこう。 その時は、あっちで雪玉をぶつけられているフォーチュナにも振舞ってやろうか。 悠里もまた、雪ん子とリベリスタが入り乱れる合戦場の只中にあった。 「うまいうまい! ナイスピッチング!」 見事に雪玉を当てた雪ん子の頭を撫で、手放しで褒めてやる。 撫でられた雪ん子が、「えへへ」と誇らしげに笑った。 暗いものを何も含んでいない、無垢な笑顔。 この子が光ある生を既に失っていると思えば、深い悲しみが胸を刺すけれど。 それでも、子供たちのために自分の手で出来ることがあるのは嬉しい。 誰も寂しい思いをしないようにと、悠里は周りの雪ん子たちに目を配る。上手く雪玉を作れない子を見れば、声をかけて一緒に作った。 大切なのは、勝ち負けじゃない。この子たち全員が、心の底から満たされて天に還ること。 近くには、雪ん子たちと三つ巴の戦いを楽しむ木蓮と亘の姿。 「ふふふ、このパワーに物を言わせた剛速球を避けられるか!?」 大きく振り被った木蓮が雪玉を投げるも、力を入れすぎたのか空中で呆気なく四散。 「しまっ……ちょ、タンマー!」 慌てる彼女に、待ったは無しとばかり亘が畳み掛ける。 「見よ、無駄に洗練されたこのうご……あれ?」 しかし、その彼も雪に足を取られて転倒。そこに、雪ん子たちが「すきありー!」と雪玉をぶつけた。 白熱する戦いを見守りつつ、二人に付き添ってきた龍治が呟く。 「……しかしまあ、あいつらは本当に仲が良いな」 暫く高みの見物を決め込んでいた龍治だが、流れ玉が彼の足元を直撃。 ぎょっとして顔を上げれば、何やらアイコンタクトを交わす木蓮と亘が。 「ふふ、せっかく一緒に遊びに来たのです」 「対たちゅのラブ入り雪玉をくらえー! そりゃー!」 直後、龍治のもとに襲い来る二人分の雪玉。 「や、やめんか……!」 制止しようとするも、もちろん攻撃が止む筈もない。 そのうち、アークきっての狙撃手のシューター魂に火が点いた。 黙々と雪玉を作った後、ゆらりと立ち上がる。 「雪玉だろうが、かわせると思うなよ……!」 やばい、目がガチだ。 雪ん子たちを連れて一目散に逃げる二人を追い、恐ろしいまでの正確さで雪玉を投じる龍治。 直撃を受けた木蓮が、「へぶっ」と気の抜けた声を上げた。 「うう、やっぱ雪玉でも龍治の命中狂っぷりが発揮されてるぅ……!」 「めっちゃ当てられてますね。――でも、やられっぱなしというわけには」 ここは、二人の連携が試される時。 背の翼を羽ばたかせる亘に木蓮が掴まり、龍治目掛けて発進! 「必殺……」 「ミサイルアターック!」 これには、流石の龍治も目を見張った。 抱きつくように飛んできた木蓮を受け止める形で、もろともに雪の中に突っ込む。 三人で揉みくちゃになって転がるうち、全員が雪塗れになっていた。 「ま、まったく……」 龍治が呆れ顔で上体を起こせば、視線の先には木蓮と亘の笑い顔。 やれやれ、とぼやきつつも、悪い気はしなかった。 ――賑やかで幸せなこの時間を、日が暮れるまで一緒に。 ● 遊ぶ子供は、疲れを知らない。 思い思いにはしゃぎ、駆け回り、雪に埋もれて笑う。 そんな雪ん子たちの姿を眺め、杏樹が僅かに目元を和ませた。 「雪ん子か。可愛いな」 毛皮のコートをしっかりと着込んだ氷璃が、そっと囁く。 「人の温かさに触れて消え去るだなんて、その名が示す通り泡雪のような子供達ね」 どこか他人事に思えないのは、彼女もまた『氷璃』を名乗っているから。 私もいずれ、沙織の熱で消えてしまうのかしら――? こちらを振り返る糾華に、「何でもないわ」と微笑む氷璃。 雪ん子に向き直った糾華が、小さく首を傾げた。 「遊んで想いを昇華できるのが救いかしら?」 戦うことなく、人の触れ合いだけで全てを解決する―― それは望んでも得られない一つの理想だと、ミリィが言った。 「小難しい話は此処までにして、今は彼等と遊びましょう」 ミリィの言葉に、糾華が頷く。こんな雪景色を見るのは、久しぶりだ。 「たまには、童心に返って遊び倒そうか」 持ってきたマフラーを三人に渡し終えた杏樹の手には、子供用のマフラーがいっぱい詰まった鞄。 この温もりを、あの子たちにも。 柔らかく固めた雪に、南天の実と笹の葉を添えて。 お盆の上には、長い耳と紅い瞳の雪うさぎ。 「おみやげよ、一緒に連れて行ってあげて」 糾華が差し出したそれを、雪ん子は大事そうに抱えて笑みを零す。 その傍らでは、杏樹が雪うさぎ型のかまくらを作っていた。 「子供って大きなの好きそうだからな」 そんな呟きを証明するかのように、彼女を手伝う雪ん子たちは一様に目を輝かせている。 ならば自分達は雪だるまにしようと、雪ん子たちと協力して雪玉を転がすミリィが、少し離れて見守る氷璃を誘った。 期待に胸を膨らませる彼女は、子供たちと同じ笑顔で。 薄氷の色を映した青い目を氷璃が僅かに細めた時、糾華の頬に杏樹の指先が触れた。 ――雪遊びをしていると、つい悪戯がしたくなってしまって。 驚く少女の手を取り、掌で包む。冷えた手でも、握って息を吹きかければ暖かい。 氷璃がそこに歩み寄ると、ミリィも一度手を止めて三人の元へ。 「かまくらと雪だるまが完成したら、次は雪合戦なのです!」 皆の腕を引くミリィに、糾華が相手になるわよ、と声を返す。 氷璃が、不意に蝶の少女を抱き締めた。 銀世界で舞い踊る蝶も、それはそれで素敵だけれど。 「あまりはしゃぐと、身体を冷やしてしまうわよ?」 自分もまだ幼いのだと恥らう少女を、そっと翼で包む。 子供でいられるうちは、子供のままで良い。 「……ありがとう」 微笑む糾華の声は、温もりに吸い込まれて。 「まだ、今日は終わっていませんよ?」 もっと、もっと遊びましょう――と告げるミリィに、少女たちが頷いた。 しばらく雪ん子たちと遊んでいたら、靴はおろか服の中まで雪塗れで。 芯まで冷え切った体を抱いて、キノは身を震わせる。 「さ、寒イ」 雪を払うにしても、どこかで暖を取らなくては風邪を引いてしまうだろう。 勝負強いとは言い難い彼女だが、この一点に関しては賭けるまでもなかった。 周囲を見渡し、かまくらが並ぶ一帯に向かって歩く。 ふと顔を上げると、その一つに灰色のマフラーを首に巻いたシビリズが腰掛けていた。 かまくらに入らないのかと問えば、彼は酒杯を傾けながら言葉を返す。 「中で温かく過ごすも良いが…… 冬は、冬の寒さというのをあえて直に感じるべきだと思うのだ」 これも、逆境を好むシビリズならではの大らかさだろうか。 屋根を踏み抜いてしまわないかが気がかりだったが、リベリスタ達が作ったかまくらは流石に頑丈だ。上に乗っても、びくともしない。 肌を刺す風の中、日本酒の熱で体を温め。遊ぶ雪ん子たちの姿を、ゆっくりと眺める。 寒さを感じることはあっても、そこに冷たさは無い。 あぁ、まったく。“冷たくない寒さ”を味わう時間の、なんと贅沢なことか――。 小さなかまくらで、弥千代は一人鍋の準備。 姉が鍋焼きうどんの材料を持たせてくれたのだが、何が入っているやら。 うどんは当然として、まず餅巾着と椎茸。子供時代の好みをよく押さえたチョイスだ。 次につみれ、蒲鉾。後者はご丁寧に兎の飾り切りだが、まあ許す。 だが。隣のタコさんウインナーは一体どういう了見か。 「鍋に入れるもんじゃねーよな……」 最後にハート型の人参が見えた時、彼は姉に遊ばれていることを悟った。 気を取り直して、調理開始。 甘めの出汁で煮込む間、みかんを剥いて動物や花を作る。 ふと、外を走る雪ん子と目が合った。 手を振ると、笑顔で手を振り返してくる。寒くても、子供は元気だ。 大きなかまくらの中では、集まったリベリスタ達が鍋を囲んでいた。 紙袋を抱えたエーデルワイスが、そこに忍び寄る。 「鍋といえば……闇鍋ですよね♪」 怪盗の変身能力で黒髪黒翼のフォーチュナに化け、何食わぬ顔でかまくらの中へ。 軽い挨拶を交えつつ、差し入れと称して紙袋の中身を鍋に投入。 「じゃ、俺は外で雪ん子と遊んでくるから」 バレないうちに即時撤退、ミッション・コンプリート! 「? 忙しい奴だな」 鍋を取り分ける間もなく出て行った『数史』を見て、翔太が首を傾げた時。 今度は、本物が通りがかった。 「あ、数史。せっかくだから食べていけよ」 外で動いたら暖まるのも大事だぜ、と言う翔太の誘いに、「それじゃお言葉に甘えて」と数史。 小鉢を受け取った彼は、そのまま『謎の具材』をすくい取り。 直後、ものの見事に悶絶した。 「何これ……」 盛大な『自爆』に、周りのリベリスタ達は訳が分からないといった表情を浮かべ。 当のエーデルワイスは、上機嫌で散歩を楽しんでいた。 彼女が鍋に放り込んだのは、ハバネロの実。 「とっても辛くて温まるよー♪ 私ってば超優しい!!」 エーデルワイスの高笑いが、雪原に響き渡る。 そんな騒動を挟みつつ、リベリスタ達は仕切り直した鍋で一息。 肉をメインに、白滝とネギなどの具材を煮込んだ醤油ベースの鍋である。 「雪合戦とか、スキーとかで遊ぶのもいいんだけどね」 凍えた面子に鍋を振る舞いつつ、翔太が呟く。北国出身の彼だが、今日はかまくらでのんびり過ごすと決めていた。 「うむ、良い出来であった」 満腹になったシェリーが、隣の数史に声をかける。 「酒とやらを飲んでみたいのだが」 「未成年はダメ」 当然の如く却下されるも、彼女も簡単には引かない。 「人を外見で判断するでない。元は男なら誰もが瞳を奪われる淑女であったのだぞ」 「書類上は未成年でしょうが」 見かけと実年齢が一致しない人間が多いからこそ、『住民票の生年月日』は絶対だ。 そう説かれ、シェリーも渋々引き下がる。まあ、あと七年の辛抱だ。 「……今回飲めなかった恨みは忘れぬがな」 口調こそ冗談めかしているが、表情は本気だ。 「それ逆恨みって言うんじゃ……」 慄く数史をよそに、翔太が「飲めるなら飲みたいんだがなぁ」とぼやく。 お前もか、と溜息をつくフォーチュナを見て、彼は缶ジュースを手に取った。 「わかってるよ、未成年だからジュースにしておくさ」 雪ん子たちを眺めていたシェリーが、ぽつりと呟く。 「あの子らも、家族に会いたいのだろうか?」 それとも、自分のように忘れてしまっているだろうか――? 投げかけた問いに、答えられる者はいなかった。 自分を連れ出しても、何の得にもならないのに。 どうして、彼は自分を誘うのだろう。 不思議に思うリンシードの隣で、ロアンは雪ん子たちを見つめる。 子供が神秘の犠牲になるのは、いつも歯痒い。 せめて、彼らにひと時の温もりを。そして、傍らの笑えぬ少女にも。 「――その格好で寒くない?」 ロアンの問いに、リンシードは首を横に振る。 彼は足元に屈むと、あっという間に小さな雪うさぎを作ってみせた。 「君だったら、雪合戦よりこっちかな」 「……綺麗ですね」 差し出された雪うさぎを眺め、リンシードが感心して目を見張る。 自分も作ってみようと挑戦するも、彼のようにはいかなくて。 「もっと……大きくしてみましょう……」 眉根を寄せて立ち上がり、雪玉を転がす。 雪ん子たちと遊ぶロアンがふと顔を上げると、そこには少女の身長を上回る巨大な雪うさぎ。 「どうです、大きいでしょう……?」 驚くロアンに、リンシードは少しだけ得意げな顔でそう言って。 それは、ほんの僅かな変化に過ぎなかったけれど。 少女の『心』を映した表情を見られたことが、ロアンには嬉しい。 その時、リンシードが小さなくしゃみをした。 「やっぱり寒いんじゃないか」 歩み寄り、幅広のストールを肩にかけてやる。 黙って自分を見上げる少女に、ロアンはどうぞ、とカフェオレ入りのタンブラーを差し出した。 「えと、頂きます……」 少女を見守るロアンの瞳は、どこまでも優しい。 「ランディ、雪で滑り台作りましょ!」 声を弾ませるニニギアに誘われ、ランディは雪を大量に集める。 二人で土台をしっかり固め、斜面を滑らかに整えて。 子供が潜り抜けられるトンネルを下に掘ったら、真っ白な滑り台が完成。 「こんなモンでいいのか?」 ランディがニニギアを振り返れば、彼女は「すごいすごい」とご満悦。 「これなら私たちが滑っても壊れないくらい頑丈そうね」 近くの雪ん子たちに声をかけると、彼らは大喜びで滑り台に駆けた。 順番に並んで遊ぶ様子が、何とも微笑ましい。 体が小さすぎて滑り台に上れない子は、ランディが抱き上げて乗せてやった。 下で待つニニギアが、勢い良く滑ってきた子を受け止める。 かつて喪った幼い家族たちの姿が、そこに重なった。 この子も、あの子たちも、もっともっと遊びたかった筈なのに――。 零れかけた涙を拭い、愛おしさを込めて雪ん子を抱きしめる。 「なんだ? 俺にひっついても面白い事なんてねぇぞ」 恋人の声に顔を上げると、すっかり懐かれたらしいランディが雪ん子を肩に乗せてやっていた。 歩み寄ったニニギアを、彼は包むように抱き寄せて。 「……寒いから、ニニもくっつけよ」 そっと囁き、彼女の頭を撫でる。 優しい温もりの中で、ニニギアは恋人に強くしがみついた。 「あひる達と一緒に……大きな雪だるま、つくりましょ」 呼びかけに答え、あひるの周りに雪ん子が集う。 「雪の精と遊べる機会なんて、そうそうないもんな」 彼らに冬を満喫させてやろう、と張り切るフツに、あひるは笑って頷いた。 雪ん子たちと一緒に、二人で雪玉を転がす。 別々に作った方が早いだろうけど、肩を並べて笑い合うこの時間には代え難いから。 自分の歩幅に合わせて歩いてくれるフツの優しさに触れ、あひるが表情を綻ばせる。雪ん子が転ばないよう、彼女も皆に目を配って。 胴体を作ったら、次は頭だ。 雪玉の形を整えた後、雪ん子たちを手招き。 「上に乗せてあげるね」 一人ずつ抱き上げ、頭に掴まらせる。ここからが本番だ。 「待ってろよ。いいもの見せてやるからな」 「暴れちゃダメよ……!」 革醒者の身体能力に物を言わせ、せーの、の合図で雪ん子ごと頭を持ち上げる。 「おも……っ!」 「大丈夫かあひる!?」 「ゆ、雪玉くらい、楽勝……!」 予想以上の重さに負けそうになるも、そこは気合と根性。 えいやっと、頭を胴体に乗せる。雪ん子が、わっと歓声を上げた。 二人の共同作業の結晶は、フツの身長と同じくらい大きい。 「どうだい、雪だるまの上からの眺めは」 子供たちに問うフツの向かい側で、あひるがはしゃぐ。 「すっごいね、たっかいね……!」 そのまま雪だるまを挟み、全員で記念撮影。 今日という日が終わっても、思い出はずっと写真の中に。 ● 雪合戦は、まだまだ終わる気配を見せない。 小脇に雪玉を抱え、魅ヶ利は縦横無尽に戦場を駆ける。 遊びとはいえ、手心を加える気など毛頭無い。 日が暮れるまで雪玉を投げ続け、雪ん子らを一網打尽にする覚悟である。 「背後は貰ったぁー!」 雪ん子もリベリスタも分け隔てなく、誰かの背中が目に入った瞬間に雪玉を投じる魅ヶ利。 「逃げも隠れもせん、わしを倒したくば、まとめてかかってこんかーい!」 勢いに乗った彼女が大声を上げた時、四方から雪玉が襲い掛かった。 止めの一撃をすこんと食らい、雪原に沈没。 「わ……わしを倒しても、まだ第二第三のわしが……」 ――撃墜フラグ回収、お疲れ様です。 正確な狙い撃ちで魅ヶ利を沈めたレイチェルが、不敵な笑みを浮かべた。 「ふふふ、当てるのは得意なんですよ……!」 兄に誘われるまま来た彼女も、今はすっかり遊び倒す構えである。 最初は、たまにはこういうのも悪くないか、などと言っていたものだが――。 あぶれた子がいないか、持ち前の観察眼で周囲を見渡すレイチェルの視界に、木の陰に隠れている二体の雪ん子が映る。飛び交う雪玉を見て、ちょっと気後れしているらしい。 「ほらほら、こっちおいで」 笑顔で手招きする彼女に、雪ん子たちが駆け寄る。 このおにーさんが守ってくれるからさ、と兄を示せば、エルヴィンが「よっしゃ」と胸を張った。 「俺に任せとけ、護り抜いてやるぜ!」 人を安心させる彼の雰囲気によるものか、途端に元気になった雪ん子らを両脇に抱え、エルヴィンは肩越しに妹を振り返る。 「――よし、合体技で攻め込むぞ! 攻撃は任せた!」 レイチェルが頷きを返すと、彼は戦車の如く突進を始めた。 抱えられた雪ん子たちがキャッキャと喜ぶ後ろで、レイチェルが雪玉を投じて兄を援護する。 一丸となった突撃の行方は――見事な玉砕。 「あはは、やっぱダメだったわ、悪ィ悪ィ」 大の字で転がったエルヴィンが、子供たちの頭を撫でる。 満面の笑顔で兄に甘える雪ん子らの姿に、レイチェルも思わず表情を綻ばせた。 祥子と雪ん子を乗せたソリが、風を切って斜面を滑る。 麓に辿り着くと、彼女が持参した米袋のソリに腰掛けた雪ん子が猛スピードで突っ込んできた。 後ろの木にぶつからないよう、慌てて受け止めてやる。 「そりすべりってテンション上がるのよね」 雪ん子たちの中には、こんな風に外で遊ぶことなく逝ってしまった子供も含まれているのだろう。だから、今日は全員の気が済むまで。 ふと顔を上げれば、雪山の頂上で雪ん子をソリに乗せる義弘の姿。 ソリの後ろに乗った彼が今まさに滑ろうとした瞬間、こちらを見る祥子と目が合った。 笑顔で手を振る彼女に、義弘も手を振り返し――その直後、ソリが不意に滑り出す。 「――!?」 バランスを取り損ねた彼は、そのままソリごとひっくり返ってしまった。 やはり、北国育ちの祥子のようにはいかないか。 雪に埋もれて笑う雪ん子の手を取り、そっと助け起こしてやる。 そんな彼の姿に、祥子はつい見とれた。 楽しそうに子供と遊ぶ男の人って、どうしてこんなに萌えるんだろう? 祥子の隣にいた少女が、ねえ、と彼女の袖を引いた。 「おねえちゃん、あのおにいちゃんすきなの?」 こんなに小さくても、女の子の恋話(コイバナ)好きは共通らしい。 微笑んだ祥子は、少女にそっと耳打ちして答えを告げた。 やんちゃな雪ん子たちを誘って、七花は雪だるまを作る。 上手い下手は考えず、彼らの心赴くままに。少しくらい形が崩れても、そこはご愛嬌だろう。 「雪といえば、雪だるまですよね」 機械化されていない左手が冷えるけれど、じっと我慢。 ちょっと歪なだるまが出来上がったら、雪ん子たちの手で最後の仕上げ。 やがて、バケツの帽子を被った雪だるまが完成した。 左右で少し上下がずれたボールの目が、こちらを見つめる。 「あはは、ヘンなかお!」 楽しげに笑う子供たちの声を聞き、七花はそっと表情を綻ばせた。 輝の前には、綺麗に並んだ雪うさぎ達。 「可愛いでしょう?」 無邪気に喜ぶ雪ん子たちの姿に、幼い頃の自分が重なる。 雪が降る度にはしゃいでいた、冬の思い出。 こんな風に、たくさんの雪うさぎを作っては家の前に並べて。 春には消えてしまうと知っていても、とても楽しかった。 だから、雪は好きなんです――と語る輝を、雪ん子たちが見上げる。 「あなた達も、雪は好きでしたか?」 幾つもの笑顔が、彼女の声に答えた。 かまくらの中から数史を呼んだのは、真紅の修道服を纏う新顔の『少女』。 「――海依音・レヒニッツ・神裂と申します。 方舟に身を寄せるゴフェルの木の一つとしてよろしくお願いしますよ」 丁重に名乗った後、海依音は数史を鍋に誘う。 一人鍋も寂しくなってきましたんでね、と告げられ、彼は「俺で良ければ喜んで」と御相伴に与ることにした。 鍋を囲みつつ、杯を傾ける。雪ん子たちを眺め、海依音が目を細めた。 「あの子らもワタシと一緒で、救われなかった子なんですかね。 一体、神ってなんなんでしょうね?」 僅かに目を伏せ、「……神、か」と数史が呟く。 本当に居るのだとしても、それは人が求めるほど優しくはない。 雪ん子の顕現は、彼らにとって『一縷の救い』なのだろうか――? ● 長く続いた雪合戦も、そろそろ終幕。 ついに雪ん子の攻勢に屈した優希が、雪の中から這い出した。 「よくぞ鬼を打ち倒した。褒美をやろう」 子供たちに飴を配り、大和の上着についた雪を払って感謝を述べる。 「赤鬼さんもお疲れ様でした」 大和は悪戯っぽく笑うと、彼の髪から滴る水滴をタオルで拭き取った。 「鬼に情けをかけるとは殊勝な事だな!」 赤くなった顔を隠すように、優希はついと横を向く。 ――まったく、大和には敵わない。 雪景色を眺め、雷慈慟は煙管を手に紫煙を燻らせる。 「うむ……冷えた空気で煙草も美味い」 少し離れた所では、ファミリアーの牧羊犬が雪ん子たちにじゃれつかれていた。 動物との触れ合いが、彼らの慰めになれば良い。 雷慈慟が僅かに目を細めた時、数史の姿が視界に映った。 犬と遊ぶ雪ん子たちを見守る彼に、いりすが声をかける。 「如何でもイイけど、奥地君。この手の依頼好きよな」 少し困ったように笑い、「そりゃあね」と答える数史。 まあ、彼という人間を考えれば、気持ちは何となく解らないでもないのだが。 「何にせよ、平和なのはいい事だよ」 そう言って、いりすは踵を返す。 血を流さずに済むなら、それが良い。自身の嗜好はともかく。 いりすが去った後、雷慈慟が数史を呼び止めた。 「どうです、此方で一献……と一服など」 運命を視るフォーチュナも、心身を削る仕事には違いない。 猪口に燗酒を注いで差し出せば、数史もその心遣いを有難く受け。 煙草の煙が揺れる中、雷慈慟が言う。 「穏便に済む仕事は良いモノです」 この手の依頼を救いとしているのは、自分達も同じ。 「やはり、貴方の能力は素晴らしいモノでありますよ」 雷慈慟の言葉に、数史はありがとう――と言って笑った。 一方、いりすは雪ん子たちに飴を配る。 「よしよし、少年少女たち。お食べなさい。お食べなさい」 加減がきかぬ己の性質を鑑みれば、遊ぶのは自重した方が良かろう。 「次に会った時は、たくさん遊んであげるからナ」 自分もまた、長生きするタイプではないだろうから。 きっと、すぐに会えるよ――。 雪合戦で走り回ったり、一緒に雪だるまを作ったり。 一通り遊んで体力を使い果たしたとよが、雪の中に倒れこむ。 「どうしたの?」 心配そうな雪ん子たちの声に、はっと目を開いて。 「……ちょっと待っててね?」 起き上がり、荷物置き場から愛用のグリモアールを持って来る。 彼女は座って本を開くと、絵本を読み聞かせるようにして音読を始めた。 それは、魂にまつわる言葉のみを選んだ、ただの単語の羅列。 無意味だからこそ、一つ一つの音に想いを込めて。 遊びましょう、遊びましょう。優しくない世界で。 優しくない時の中で、優しい時間を過ごしましょう――。 雪ん子たちと手を繋ぎ、ライサは歌うように言葉を紡ぐ。 「生とは緩やかに滅びに向かうこと。アナタ達は先に着いただけ」 人は死ぬ。人だけでなく、世界もいつかは死ぬ。 死を悲しむ必要はない。そこに流れる時はないから、ただ穏やかに過ごせばいい。 「あったかいね」 傍らの雪ん子が、そう言ってライサに無垢な瞳を向ける。 言葉が伝わってなくても構わない。こうやって触れ合える、それだけで充分。 先に逝った者も、後に逝く者も。 約束された終わりが来る、その時まで――ただ、望むままに。 ● 雪原のどこからか、リベリスタの声が聞こえた。 遊んでいた雪ん子たちが、淡い光に包まれていく。 もう大丈夫だよ――と、終が傍らの雪ん子に告げた。 「天国には優しい人達がいっぱいいるから、向こうでもたくさん遊んでもらえるよ!」 だから。何も寂しいことなんてない。 「ばいばい、また会う日まで☆」 笑顔で手を振る終の前で、雪ん子が光に還る。 アンジェリカが天高く歌声を響かせる中、輝が雪ん子の手を取り微笑んだ。 「また、遊びましょうね」 真独楽も、笑顔で言葉を重ねる。 「ダイジョブ! みんなのこと忘れないもん!」 次に会った時も、絶対にわかる筈。 「……ありがとね」 「楽しかったよ、サンキュ」 ガーネット兄妹が揃って礼を述べた時、雪原が光に染まった。 雪ん子の消滅を見届け、とよが安堵したように息をつく。 「ふぅ……よかった」 ニニギアに寄り添うランディが、そっと口を開いた。 「これで、少しはガキ共も救われれば良いな」 涙を堪えつつ、ニニギアが頷く。 雪ん子を見送った糾華が、振っていた手を静かに下ろした。 「こうして穏やかに昇っていけるなら、神様の気まぐれもいいものだな」 空を見上げ、杏樹が呟く。 どこかで温まりましょう――と氷璃が告げると、ミリィが魔法瓶を手に微笑んだ。 きっと、凍えた体に丁度良い筈。 六花がいた場所には、マフラーと手袋。 持っていってもらって良かったのにと呟く雷音の前で、夏栖斗がそれを拾い上げる。 「……六花はたのしんでくれたかな? ほかの雪ん子たちも幸せだったかな?」 妹の問いに、夏栖斗は「当たり前だろ」と声を返した。 「あいつら笑顔だったじゃん。楽しく消えていったんだよ」 くしゃりと兄に頭を撫でられ、こくりと頷く雷音。 弟いたらあんな感じだったのかな――と、夏栖斗が呟く。 いつの間にか、雪は止んでいた。 完全に陽が沈めば、そこには数多の星が輝くのだろう。 天に還った、幼子たちの想いの欠片が。 「次に命を得る時は、幸せになると良いな」 遊んだ雪ん子たちの姿を思い描きながら、雪佳が囁くように言った。 「来年の冬も、こうして雪と過ごしたいですね……」 輝が、静かに瞼を閉じる。 「――さよなら。良きネクストを」 幼子たちに別れを告げた後、ライサは踵を返した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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