●きよしこのよる 「星は光り……ってね」 何時如何なる時でも自分を飾るという事に余念の無い、何時如何なる時でも全くある種の独特の空気を崩す心算の無い『戦略司令室長』時村 沙織(nBNE000500)はやはりこの日も何時もと何ら変わらない軽い調子でリベリスタの一人に『軽い』声を掛けてきた。 「クリスマスだぞ?」 「勿論、知ってる」 プレイボーイを自他共に認める彼の場合、それは『歳末総決算』とも言うべき一大イベントだという気もしそうなものだが―― 「だから、はい。招待状」 「……『みんな』にね」 「そう、『みんな』に」 ――遊び人も遊び人なりに色々気を使うものらしい。取り敢えず誰にでも本気で相対する彼は、誰かに本気にはなり切らない――或いはなり切れない――ようだから、それも当然と言えば当然なのか。リベリスタが受け取った招待状は三高平センタービルで行われるセントラル・パーティへの誘いである。 「日頃、結構無理もさせてるからな。 取り敢えず俺も開催(ときむらさおりぷれぜんつ)してみる事にした。 パーティ会場は主に二つ。クリスマス・キャロルを聴きながら、歓談とビュッフェ形式での飲み食いを楽しんで頂くメイン会場と、意中の誰かと踊るのも、一時の幻に酔うのも自由なダンス会場。勿論、壁の花はお望みなら俺がエスコートさせて頂きますとも。何れも『楽団』の生演奏つき。音楽は本来楽しむもんだから」 『楽団』の響きに一瞬ぎょっとした顔を見せたリベリスタに沙織は笑う。 「窓の外を見ればドジなサンタが見つかるかも。 それからもう一つ、クライマックスもあるよ」 「……何それ?」 「或る意味、クリスマスプレゼント。 日付が変わったら、三高平センタービルそのものを一斉にライトアップするのさ。 この街を代表するランドマークを煌びやかに飾るって訳。 ま、誰かと一緒に見るのも過ごすのも――結構『効果的』なんじゃない?」 悪戯気な言葉が宙に浮かぶ。 はてさて、聖夜の一時をどう過ごすかが問題だ―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年01月04日(金)22:14 |
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●パーティ 年の瀬も差し迫った頃、何時もと同じで少しだけ違う一日が訪れる。 『本来その日が持っている大きな意味は必ずしも一時を過ごす誰かに当て嵌まる事は無いけれど』。信仰心の極端に薄い極東の島国で企業各社が脈々と努力をし続けてきた『究極のマーケティング』は『それ以上の意味』を多くの人間に感じさせていると言える。 十二月二十四日――クリスマス・イヴ。 キリスト教徒ならぬ人間にはそれは特別な日では無い筈なのだが、それを今更特別でないと思う者も少ない。 街の装いは何処か余所行きの風で居て、空からちらちらと白いものが舞い始めれば舞台装置の方は十二分である。 特に多国籍で雑多な人々が住む三高平市ならば尚の事、今日という日は実に――実に華やいでいると言えた。 そんな市内で一番高い、一番大きな建物――地下にまさにアーク本部を備える三高平市のランドマーク、つまり三高平センタービルの一室は今夜『こういうイベントが大好きな』とある人物によってパーティ会場へと姿を変えていた。 「ようこそ、待ったよ」 ――勿体をつける必要も実は無い。要するにそれは時村沙織その人である。 「今年もまた豪勢に開催してくれたものね。そこは『時村』の沽券と言うか、『沙織』さん自身の性分なのかしら」 「まぁね。何事も何かするなら或る程度は拘らないと面白くないし」 自前の青いドレスから微かに覗く白い肌は全く眼福というものなのである。女性らしい色気と凛とした佇まいを全く程々に同居させたミュゼーヌの着こなしはある種『この手の場所に慣れている』が故のものでもあろう。不躾でない程度に視線を投げて「綺麗だね」等とのたまう困った上司の悪癖を涼やかな微笑みで流した彼女はやはりいい所のお嬢様という風である。 「それから、お前も」 「あら、ありがとうございます。てっきりお呼びでは無いかと思いましたけれど」 ミュゼーヌからその傍らへ――視線を移した沙織に冗句めいて応えたのは真紅のパーティドレスに白の毛皮をコーディネイトした彩花であった。長い黒髪を軽く指で払った彼女も又こんな場所が良く似合う。勝気な美貌の自信家はスポットライトに良く映える。 「一応お礼を言っておきます。……正直に言うと普段の服装の方が楽でいいんですけど」 「いやいや、今夜はそれで正解だ。たまに畏まったお前達を見るのも決して悪い時間じゃない」 その手のドレスコードを気にするのは育ちが故か、黒いタキシードを着た沙織自身も全くパーティのホスト役といった風で堂々としたものである。顔を出す見知った顔を幾らか畏まって迎える様は幾らかは絵になるものであった。 「メイド服ですが何か?」 「知ってるよ」 「場の空気を読めと言われましても……メイドはメイドですから。 もにもには絶対に職業メイドをやめへんで~」 「はいはい、メイドの仕業。メイドの仕業」 モニカの実に面白で実にメイドな主張を軽くあしらった沙織は一声ウェイターの一人を呼びつけた。 「快」 「はいはい。只今!」 偉い人と沼野陽生さんがミドルネームについて議論したが結果が出たとか出ないとか。 クリスマスだと言うのに『どうしてか』フロアスタッフを志願した快は沙織の一声に銀色の盆を片手にやって来た。 「赤ワインならこちらがお勧めです。 この年は世界的に評価の高いグレートヴィンテージ。和牛の旨味やグレイビーソースのコクを引き立てると思いますよ」 「流石、分かってるじゃん」 時分は丁度、夕食時。しかし、沙織が快を褒めた理由は単に自分の為のワインを用意したからでは無かった。 銀色の盆で小さな気泡を立てる上等なシャンパンはノーアルコールである。『沙織が今、誰と歓談していて何の為に自分を呼んだかを快は心得て見せた』のである。パーティの始まりに賓客と乾杯の一つもしようとするのだ。中々どうして気は利いている。 「……成る程な」 クリスマスを前に無理が祟って――遂には『禁戦令』を出されてしまった美散が様子を眺めてしみじみと呟いた。 戦いもウェイターも『コツ』というものがあるのは明白であった。手持ち無沙汰な彼がこの場所でウェイターの真似事をしているのは暇潰しと実益と――なまって仕方ない身体を取り敢えず動かしておくかというアルバイトである。 (作法は氷璃さんから一通り聞いておいたが……実戦は何時でもこんなものか) 案外、それをそつなくこなせるのは彼が戦闘狂でありながら――実に女系家族で『女が強い』宵咲の家で『鍛えられている』からであろう。成る程、雰囲気は大切なものである。美散にパーティの作法を教授したらしい冬色の魔女はそつがないを通り越して小憎らしい程に手馴れた時村沙織の在り方を実にこの上なく愛している。 「この後の予定は?」 「私はのんびりと時間を過ごす予定だわ。室長からの誘いを受けたら、誰かに恨まれてしまいそうだし」 軽いキスをしたグラスの涼しい音色に眼を細め、透明感のあるシャンパンを一口舐めたミュゼーヌがやんわりと断りの釘を刺した。 「お時間あればお話にお付き合い頂けると嬉しいです……まあ、程々にですけどね。 ホント。私だけであまり独占していたら要らぬ不和を買いそうですしね、ふふ」 「まぁ、じゃあ少し――そうだな。『少し』付き合って貰おうかな」 ミュゼーヌの答えに肩を竦めて見せた沙織だったが、一方の彩花の答えには満足したらしい。 『彼と同じように何事もそつなくこなす』彩花がつれない親友を見てバランスを取って見せた……というのは或る意味考えられる部分ではあるが、そんなミュゼーヌはと言えば彩花の返答に「ふふ」と小さな笑みを浮かべるばかりであった。確かにこの鉄壁の彩花お嬢様の場合、この程度のやり取りも中々発生し得ない部分はあるのである。凛としていながら女性的なミュゼーヌ曰くの所では「私達ももうじき高等部卒業だし、彩花さんも浮いた話の一つでもあって良いと思うのに。私個人としては、時村と大御堂の縁談を応援するのも吝かでないのよ」との事。尤も―― 「それにしても遊びも結構ですが、室長もそろそろ人生の墓に入る覚悟した方がいいんじゃないですかね。 おっさん期の若手枠からもそろそろ卒業して本格的なおっさん人生ですよ。 上がいつまでもイイ歳した独身のおっさんのままだと下に居る我々まで虚しくなってきますよ」 ――毒舌に余念の無いモニカに言わせれば「似たタイプの人間同士の付き合いは絶対に上手くいかない」そうであるが。 彼女の珍しい(?)素直な忠告を素直に聞き入れるようなタイプであれば沙織は最初から沙織ではないのだろう。そこに山があるから登る。城は陥落し得ないからこそ攻略の甲斐がある――実に傍迷惑なポリシーは呆れるモニカに構わず如何なく発揮されている。 でもたまにはデレてくれてもいいのよ? パーティの会場には少しずつ人が増えてきた。 「沙織殿、時に私は小腹が減ったのですが」 「うんうん、待っててね。今食べ切れない位用意してあげるからね」 「ふむ……それは興味深い。我が胃袋への挑戦か。決闘なのか」 グルメ・デ・フォアグラ(早食い必殺技)にいつの間にか開眼したのかも知れませぬ――アラストールさんである。 「時村沙織、遊びにきたぞ、アークの天才神葬陸駆だ」 「はいはい、こんばんは。迷子にならないでここまで来れた?」 「何だか心外な一言が聞こえた気がするが不問にしてやる! 僕はまだ武勲は大して上げてはいないが、そのうち天才的に武勲をあげるので楽しみにまっておくのがいいのだ」 「頑張ってね」 「そうだ! 何時も叙勲してばかりのお前の為に僕が勲章を作ってやったのだ」 「おー、冬休みの工作だな」 「ち、違う! これは栄誉ある『IQ53万天才勲章』なのだぞ!」 からかわれている陸駆の向こうから糾華とリンシードがやって来る。 「こんばんは、沙織さん」 「ああ、こんばんは。糾――」 「――ごきげんよう、です……時村さん……」 「どうしてお前は微妙に俺を警戒しているんだ」 沙織と自分の間に割り込み、自身を庇うような様子を見せたリンシードを見て糾華が困ったように笑った。 「……ちょっと、リンシード? 沙織さん、その、ゴメンナサイね」 「いえ、その……桃子さんが、糾華お姉様も、射程圏内って言ってたので…… お姉様を、攫ったり持っていったりしなければ、いいのです……」 「しねぇよ、俺を何だと思ってる!」 ロリコン、と答えてはいけない場所である。 「ロリコン」 と、答えたモニカが居たがそれは無視して。 糾華にリンシード、少女達の間にも色々な事情があるようだ。 「いくら射程圏内って言っても私なんて子供相手するわけ無いでしょ。もー……」 「失礼しました……お詫びにこのケーキ……食べますか? いえ、大丈夫です、何か仕込んだりはしてません……はい、あーん……」 微笑ましい少女達の小劇場を閑話休題。会場を見回せば面々はもう自由にゆっくりと――各々の時間を過ごし始めていた。 「桃子、何処に居るのかしら?」 元々は超然とした所のあるティアリアである。 しかし、これもある意味で――クリスマスの魔力なのだろうか? (……何だか、退屈だわ。何処に居るのかしら、わたくしのお姫様は) 少しの時間を共にして、また別れる。繰り返し。 普段、それで残念だという事は無いのだが――今夜ばかりは情緒の天秤が揺れている。 ティアリアは自身の髪をくるりと指で巻いてそんな自分を自覚していた。 「いヴたんいヴたん! メリークリスマぁス! あーんどお誕生日おめでとうなのだぁ。どんどん可愛くなるねぇ!」 「うん、ありがとう」 「てなわけで今日はプレゼント持ってきたのだぁ!」 御龍が用意したのはドヤ顔うさぎのニューアイテムである。 「ほらぁ、これ運び屋ドヤうさぎと走り屋ドヤうさぎぃ。こっちの運び屋ドヤうさぎはデコトラに乗っててぇ、走り屋ドヤうさぎはスポーツカーに乗ってるんだよぉ。うさぎグッツ多しともなかなか無いでしょこんなのぉ。キーホールダーになってるから付けて付けて!」 「うん、つける。いつもありがとう。私、あなたのこと結構好きだよ」 「……おっとイヴちゃん何食べたい? ケーキかなぁ?あたし取ってくるよぉ!」 照れ隠しにか大声で言ってその場をすぅと離れる御龍である。 一方で何時もの二人も何時もの通りの姿を見せていた。 「宮部乃宮さんは放っておくとずっと土手で焚き火してそうですからねえ」 「なんだそりゃ!? してそう っつぅかしょっちゅうしてるし! してたわ!」 「日本のクリスマスを友人とすら過ごせないのがあまりにも耐え難いというわけでは……多少、ありましたが。 ……この私ともあろうものが、国外逃亡しようかと一瞬思いましたよう」 「……クリスマスなんて国外の方が 気合入ってそうで 更に耐え難そうじゃね……」 相変わらずの何とも言えないやり取り――会場の片隅で『夫婦漫才』をしているのは複雑な関係の二人、火車と黎子である。 「今は嫌なことや煩わしい事は忘れて、とりあえずお酒でも……」 「いや……何? 酒? オマエ酒飲むんか……?」 「……って宮部乃宮さんって未成年でしたっけ。シャンパンにしておきましょうか」 「……ん、ああ……」 何気ない黎子の一言に火車は『そう言えば彼女が年上である事を思い出して』曖昧に頷いて頬を掻いた。 その辺はさて置いてもこの女に酒を飲ませるのは何処と無く不安だ、という事実もやはり否めない。 手の掛かる女は気に掛かる女でもある。 (……あれ? 要するにオレから誘えって事か? うーんでもなぁ。ついこの間みっともないトコ見られたばっかだし……) 小首を傾げたままニコニコと笑う黎子の内心は読めないが火車はブンブンと首を振ってその思考を追い払った。 一方で珍しいお客を構ってやっている一団もあった。 (こういう時にナンセンスなのは分かってるんだけど……) そんな思考を片隅に追いやって、窓の外を見るエウリスに最初に声を掛けたのはツァインだった。 「や、メリークリスマス。その……この間はごめんなっ、なんか滅茶苦茶になっちまって…… 俺達……ああいう組織だからさ、それぞれが好き勝手動いて…… エウリス達とは真逆……だよな……ハハ。 ……でも逆だから見えてくるものもあるっていうか、反面教師というか…… 何かできる事があるんじゃないかって……あ~……上手く言えねぇな……! 言えねぇけど、ごめん!」 沙織がエウリスをボトム・チャンネルのクリスマスに招いた理由は知れないが、少なくともそこに何も意味が無いという事は無いだろう。ツァインの言葉は拙く、気持ちは篭っていても明瞭に伝えたい事を伝えられるものでは無かったが、振り返り耳をぴこぴこと動かしたフュリエの少女は彼が告げんとする意味を良く良く理解していたらしい。 「ううん、いいんだよ。皆分かってるし――私は一番分かってるから」 理屈以上の感情なる怪物を人は時に制御する術を失ってしまう。ツァインは詫びたが、穏やかなるフュリエとてそれは同じであり、それが故に今がある。物理的な距離を置く事でこの後の関係を見つめ直す……という手段は実にオーソドックスだが、男女の関係を修復する時等にも使われる比較的有効な手段をして知られているのはご存知の通りであった。 「よう、エウリス。メリークリスマス」 「ところで、メリークリスマスってなあに?」 続いて声を掛けてきたユーニアに小首を傾げたエウリスは尋ねた。 「そう、そこだ。いいか、エウリス。 お前さんもここにいるからにはクリスマスという行事に興味があるはずだ。 オレ達が、クリスマスとはどんなものなのかについて、教えてやるぜ」 すかさず嘴を挟んだのは徳の高さには定評のあるフツであった。 「まずクリスマスは服装が大事なんだぜ。 だから、エウリスにも、このクリスマスの主役になってほしくて、サ。 さあ、そうと決まれば、このサンタ服を着るのだ! 肩が出る? 足がスースーする? だが、それがいい」 いや、結構徳が低かった! 「クリスマスってのはな、地球で一番盛り上がる祭りなんだぜ。 まあ百聞は一見にしかずってな。俺達と一緒に見て回ろうぜ!」 「わ……」 案外強引に――自分の手を引いたユーニアにエウリスは目を丸くした。 しかして、彼女は別段嫌がる風も無く『クリスマス』なる何ぞやを自身に教えるという少年についていく。 「エウリスさんはサンタって分かるッスかね。外の世界からスニッカとか来るッスけど。 見れるといいことあるんスよ。でも、子供が寝てる時に来るんで普段は見れないんスけど」 「こんな感じ?」と傍らの凛子を見上げたのはリルである。 「そうですねぇ」 しみじみほのぼのとエウリスに何やらを吹き込もうとする【嘘クリ】の面々を眺める凛子はまだ我関せずといった風であった。 「エウリスさん、エウリスさん! 私はクリスマスの――サンタさんの事を教えるのですよ!」 瞳をきらきらと輝かせたミリィが実に楽しそうに語り出した。 「サンタさんはですね、赤い服に真っ白お髭がふさふさのお爺さんなんです! クリスマスにだけ現れるのでたぶんアザーハイドだと思うのですが、詳しい詳細は分からないとされているのです。 そして此処からが重要です。彼はなんと、真夜中に不法侵入を繰り返して、靴下にプレゼントを詰め込んでいくのです! 教えてもいないのに欲しい物を知っていたりしますからちょっと怖いのですよ……!」 「サンタ……!」 エウリスと周囲を忙しなく飛ぶフィアキィが『サンタなる未知のアザーバイド』に警戒心を露にしている。 そんな何処か間抜けで温かで――心の休まる光景に凛子は小さな微笑を零していた。 「美味しいですよ」 凛子が白い皿に丁寧に取り分けたのは『クリスマスらしい』ブッシュ・ド・ノエルとクッキーである。 銀色のフォークと一緒にそれを受け取ったエウリスに彼女は優し気な口調のまま問い掛ける。 「最近は皆さんは……あちらはどうですか? ラ・ル・カーナにもこういうお祭りがあったりするのでしょうか?」 一時が全ての雪解けを生む事はあるまい。事態は単純ではなく、それ相応に時間が掛かる事は分かっていた。しかし、さりとてツァインの素朴で実直な想いに、ユーニアのぬいぐるみのプレゼントに、リルの気遣いに、ミリィの冗談に――凛子の優しさに。触れたエウリスがこの時間を悪いものに感じていない事は確かな話であった。 「なあ、エウリス。これからもずっとこんな風に、俺達一緒にいられるといいな。 俺はそう思ってるけど、お前はどうなんだろう。迷惑じゃないなら、今日が楽しかったなら――また一緒に遊ぼうぜ」 何処となく不安そうにそう言ったユーニアの目をじっと覗き込み、エウリスはぐっと顔を寄せた。 「な、何だ」 「うん、いいよ」 頬にキスをした彼女は「なっ!?」と声を上げて硬直した彼に不思議そうに呟いた。 「――ボトムの人は嬉しい時、こうするんじゃないの?」 彼女に良からぬ事を吹き込んだのは面々が最初では無かったらしい…… ●ダンス ホルターネックタイプの黒いドレス。 腰に結わえた大き目のリボンは彼女がステップを踏む度に舞って踊る。 「綺麗だ」 何時もと少しだけ雰囲気を変えて――髪を高めの位置で纏めた彼女に――アナスタシアに鷲祐は言った。もう一度。 「とても、綺麗だ」 胸元に、蜜柑色の猫のカフスピン。手を取って進めた時間は速い。 「一年、色々な事があった、とは。それだけ時間に追いつける奴らの台詞なんだろうな。或いは、埋められる奴の……」 「うん?」 アナスタシアは刹那的な『何か』を呟いた鷲祐に一瞬だけ眉を顰めたが―― 「いいや、何でも。さぁ、踊ろう。唯、踊ろう。 一年前の、その一年前のように。俺が求め、お前が応えた、あの日のように」 ただ、手を伸ばし、手を取って、ステップを踏み、ターンを決める。 目線を合わせ、外し、合わせ、微笑む。恋人の時間に遠慮は要らない。 モーツァルトが掛かるホールの床を軽いステップがからかっていた。 「ごめん。私ダンスなんて初めてだよー」 可愛らしい白のパーティドレスのその裾をちょんと摘んで、何処か気恥ずかしそうに言ったのはアリステアである。 「その、大丈夫……かな?」 「大丈夫、きちっとリードするよ」 上目遣いで尋ねる可憐な少女を今夜エスコートするのは彼女が日々夢想する『ちょっとロリコンだけど素敵なおじさま』ではない。 「リクエストには応えられないけどね。あたしは、女の子相手で全然いいんだけどさ。えへへ」 『ちょっと百合ッ気がガチだけど女の子には優しい』レイチェルである。断じて黒レイチェルではない。白い方。 「そんな事無いよ、今夜はありがとう。前から思ってたけど……レイチェルちゃんの髪の色いいなぁ。お日様みたいにきらきらしてる」 ダンスと呼ぶには幼い、ステップと呼ぶにもたどたどしい。 二人のやり取りはくすぐったく、少女同士特有の甘ったるさに満ちていたけれど。 「お日様、っていうのは初めて言われた。ありがとう。すごく嬉しい」 それが故に時間は幸福だ。何処までも幸福なのである―― 要するに賞賛は短ければ短い程、真に迫る事もあるという事だ。 「……綺麗だ」 要するに言葉が要らないなんて状況は――それだけ余裕が無くなっているという事でもある。 歯の浮くようなプレイボーイの台詞がそこに無くても、優希の零した言葉は実に強い意味を持っていた。 「……えっと……似合い、ますか?」 少しだけ居心地が悪そうに、はにかむような言葉を返した大和の頬には薄い朱色が差していた。 淡い青色のドレスの裾をふんわりと膨らめるようにくるりと一回転した彼女は僅かに照れたように笑っている。 優希の動悸が増したのと同じだけ、大和の頬は熱くなっている。 初々しいやり取りは二人が醸す、二人だけの夜の為のものであった。 「清しこの夜。エスコートをお願いしますね、ジェントル」 「今宵は宜しく頼む。良いクリスマスを」 気取った台詞に応え、一礼した優希がそっと差し出された大和の手を取る。 ホールの中央に向かう二人のやり取りは何処か非日常めいていて、間違いなく『クリスマスの魔法』が掛かっていた。 「折角真っ当な音楽を聞く機会だ。 単なる音の羅列としか認識できなくなれば風情がない。 分かるか、竜一。奴等は邪智暴虐の徒なのだ。音を楽しむ点で三流以下か『楽団』は……さては音楽離れを加速させる他業界の回し者か」 (……うん、なんか、珍しくユーヌたんの楽団に対する殺意が高いのはなんでなんだろうか…… いや、敵へ毒を吐くのはいつもの事なんだろうけども……) ユーヌの中に煮える憤懣やるかたないその『やる気』の正体は知れなかったが―― 何はともあれ、今夜はクリスマスイヴである。 「まあまあ」と取り成した彼は、特別な今夜に相応しく少しだけ何時もより気取ってユーヌの細くて小さい手を取った。 「――――」 「――そんな殺意を今は忘れるように一曲……と言わず、何曲でもお相手頂こうか」 まるで普段は三枚目を気取っているかのような竜一も真顔を向ければ十分様になっていた。 「では踊って音で楽しむあの感覚を思い出すか」 淡々とした口振りを変えぬユーヌの変化は台詞の前の咳払いである。 日頃の竜一がどうであれ、沙織のコーディネイトできちんと決めた竜一は特別である。 何より格好がどうだとかそういう事より何よりも『好きな相手とクリスマスを過ごせば普通の少女の胸は高鳴る』。 背中に腕を回す。身長差の所為で様にはならなかったけれど――不恰好でも身体をくっつけて音に揺られる。 「原初の音楽は鼓動らしいな?」 竜一の胸に顔をぺたんと押し付けて微かな声でユーヌは呟く。 「その原始じゃ、人は人に愛を、どう伝えていたんだろうね」 くるりくるりと影は舞い、 ――愛してる。君が居なければ生きる意味がない。きっと心で理解(わか)ってほしい。 それから、柔らかな唇はお互いの熱を啄ばんだ。 「何か当てられちゃいそうだね~☆」 「あっはっは、私への嫌味ですか!」 へらへら笑ってふらふら近付いてきた葬識の言葉にヤケクソ気味に笑ったのは言わずと知れたアシュレイであった。 「そんなところで壁の花? ……にしては刺と毒が多そうだけどねぇ~☆」 沙織の趣味か嫌がらせの一種か――『純白のドレス』に身を包んだアシュレイはどんよりとした顔をして見せた。 見た目は確かに美しい女である。しかして、三高平の住人に彼女が何者だかを知らない人間は少ない。 「何だか寂しそうだね~」 「寂しいですが何か!」 「何なら、ダンスマカブルと洒落込んでみる? なんてね。淑女の手を取らせてもらってい~い? 今夜は普通のダンスで」 血と死の舞踏こそ相応しい――そんな葬識も今夜は一端に『決めて』いた。 「神サマなんて信じてないのにゲンキンだよねぇ~! クリスマスにはしゃぐって☆」 皮肉めいた言葉遊びは何時もの通り、それでも。 「モトカレのことでも思い出した? でも、今だけは俺様ちゃんだけみててよね!」 殺人鬼の求愛は「殺させて」。 その心は「君を自分だけのものにしたいから」。 ふと目をやれば壁の花はもう一人。しかし専ら彼女の――陽菜の原因はたった一人以外からはノーサンキューの方にある。 「……うわぁ、超時空サゲマンでもアレかぁ」 絶望めいて重く苦しい声を上げたのは陽菜であった。 「ハァ~……今年こそはと思ってたのに。来年ダメだったら新しい恋でも探そうかなぁ……」 ●屋上 「此処で休もうか」 パーティの熱気に当てられれば、外が恋しくなる時も来る。 突き刺すような静かな夜の冷たさも、しんしんと舞い散る雪の感触も。 幾らか火照った肌にはやはり心地良い。 「人ゴミは嫌いだ――苦手なんだよね」 「もう、すぐ散らかすんだから……!」 着慣れない紳士服をポイポイと放り捨て『楽な格好』に戻った俊介を羽音は少しだけ困ったように、少し眩しそうに眺めていた。 「でも」 「でも?」 「豪華なパーティも素敵だけど、ここも静かでいいね」 夜風に冷える肌は俊介自身に温めて貰えるから。 「不思議だね……心で温まる」 冷たい手に手を重ねれば、羽音は何処までも幸せそうに笑っていた。 継ぎ接ぎの世界、壊れかけの世界、不具合ばかりが見える世界――そんな世界の片隅で。 (あたし、もっと強くなりたい。 俊介を守る刃になる。もっと鋭利に。もっと凶刃に。 貴方がいる、この世界が平和になるまで――きっと、エンジンは止まらない) 少女の決意が透明に響いている。 「わ、ちょっと寒いかもしれないデスね……貴樹は大丈夫デス? 風邪でも引いたら大変デスし、ここに居る間だけでもどうぞデスよ!」 「お言葉に甘えておくとするか」 何時でも元気で――代わりに少し騒がしい、孫のような年齢の少女に付き合って気持ちばかりはまだまだ若い時村貴樹はビルの上から見える夜の風景に目をやった。 「貴樹、ワタシ貴樹を日本でのパーパと言ってもいいくらい好きデスよ! ワタシのワガママにイヤな顔ひとつしないの、今までパーパ以外に居なかったデスしね!」 「成る程、言い得て妙だ」 親不孝者の息子がとっとと身を固めていたならば、孫とは確かにこんなものだったのかも知れない。 しかし、実際にシュエシアは孫ではないから――これは全く奇妙な関係にも程がある。 歳若い彼の息子ならばいざ知らず、中々これは想定外には違いない。 「これからワタシも……普通に結婚して普通に家庭を持つ日が来るかもしれません。 貴樹とずっと一緒に居るのは無理だって、現実も見てます。だから愛人くらいの距離感が一番いいんデスよね、きっと」 『愛人』たるその言葉の意味をどう理解しているのかは分からなかったが―― 「……今後も宜しくデスよ、貴樹! 我愛イ尓!」 彼女はそんな風に笑う。 「お忙しいところを申し訳ない事でございます。雪が降るクリスマスの夜となると、どうにも――」 「望郷の念に駆られるのです」と結んだアーデルハイトに付き合ったのは礼服を着たセバスチャン・アトキンスであった。 「ビルの屋上から見える光景は、山城から遠くに灯る街の明かりを見下ろす光景と重なって見える。 電気の星が散る眼窩の光景も素晴らしいものですが、時間に忘れられたかのようなあの頃の風景も――良く私の魂を揺さぶった」 「全く。ローエンヴァイスの御領地の事も思い出されますな。確かにこれも嫌いではありませんが」 全く故郷の話をするのならばこれよりも適した人物はいないだろう。完璧にして絶対の執事足る彼は主人にそうするのと同じように、実に理想的な聞き役の一人であった。 「セバスチャン様は、この街で迎えるクリスマスは何度目ですか?」 「三度目になりますか」 「そうですか」 短いやり取りには感情が滲んでいた。 アーデルハイトは懐かしい風景を望みながらも、決して現在を厭うていない。 故郷の風景は格別だろうが、今戻ったとしても新たな寂寥感を抱くのは否めまい。 (第二の故郷、三高平を望むか) 肌に触れた雪が解けた。女の体温は低くても雪を溶かす程度の温もりは、ある。 (真冬の寒さと異国の寂しさを供に、箱舟の航海を続けましょう。ここには、温かさと頼もしさもあるのだから) 「この時期欧州では家族と静かに過ごすみたいですね」 「日本のクリスマスはかえって少し不思議ですわ」 連れ立って屋上にやって来たのは亘とクラリスも同じである。 専ら情熱的な亘が年上のクラリスを追い回すという光景は三高平のあちこちで見られるそれであるが、彼女は彼女で案外満更でもないのか、それとも面白がっているのか――気まぐれな猫のように付き合っている風であった。 「宜しければ今宵の時間、もう少し自分に頂けませんか?」 自身のプレゼントを身に纏うクラリスに目を細めて――亘は恭しくそう尋ねた。 「うふふ。どうしましょうか」 名家の出身であるという彼女は言う程『お嬢様らしい』訳では無かったが、パーティともなればそれなりには華がある。 少しだけ悪戯気に思案する素振りを見せるクラリスに亘はもう一歩を踏み込んだ。 「今日はずっと――隣に居させて下さいませんか。愛しい貴方と、少しでも長く同じ時をを過ごしたいんです!」 噛まずに、今回は綺麗に言い切った彼の唇にひんやりとした感触が触れた。 クラリスの白い指先が亘の唇を横になぞる。 「そういう時は」 まるで澄ましたシャム猫のように。 「今日はずっと一緒に居ろ、そう言って下さるのが紳士の嗜みなのではなくて?」 「やっぱさみぃな」 「そうね」 華やかなる喧騒の残り香も忘れて深く深呼吸をする。 屋上で共に時間を過ごすのは夏栖斗とこじりの二人も同じだった。 手を差し出して一緒のポケットに入れていた。 「雪降ってきたぜ、寒いはずだよ」 「……ええ、そうよ」 二人で過ごす二度目のクリスマスは一度目とどう意味を変えていただろうか。 この街に来て、もう二年? まだ二年? こじりの中にその答えは無かったけれど。 「たくさんの事があったわ。うれしい事も、かなしい事も」 日常と言えない日常は源兵島こじりにとって御厨夏栖斗と共有した時間の全てである。 「沢山の人がいるんだよな、この世界には」 見下ろす風景は広く、世界はまるで何処までも続いているようだった。 明日に保証が無くても、未来に待ち受けるものがハッピー・エンドで無かったとしても。 「護らないとな」 「……うん」 気張る年下の彼氏にこじりは小さく頷いた。 (私は護らなくても良い) その言葉は口には出さずに。『背負われたくない。一緒に背負いたい』。その気持ちよ届けと。 毒吐く事も忘れて、ポケットの中で絡む指先とその熱にこくりと小さく頷いた。 「野暮だった? こんな話」 「やっと、気付いたかしら?」 「じゃあ、代わりに――メリークリスマス」 「ええ、メリークリスマス」 冷たいキスは微かにシャンパンの味がした。 凍えるような大気に抱かれ、澄み切った満天の星空の下―― 「寒いわ?」 ――氷璃は当然のような結論を口にした。 屋上の手すりにそっと触れ、後方を振り返った彼女の視界の中には沙織が居る。 他の誰であろう筈も無い、彼女が子供のように甘える唯一がそこに立っていた。 「まぁ、な」 今夜くらいは――Non.今夜だからこそね。 世界も、運命も、何もかも忘れて貴方と二人きりになりたいわ、沙織。 情熱的なその告白は彼女特有のものである。 フランス女は凍ったシャンパンみたいなもんだ――と他ならぬ彼は『良く分からない言い回し』で彼女に告げたが、当の彼女はそれに「ふぅん?」と笑うばかりだった。全く馬鹿馬鹿しい程の戯れは特別な夜でも大して変わらない。 「Joyeux Noël」 時を止めた氷璃には大人びた濃紺のドレスの裾が持ち上がる。 「似合うかしら?」 「ああ」 芝居がかった一礼と共に微笑んだ彼女はそっとその身体を歩み寄る彼に寄せた。 「寒いわ」 「言うと思った」 「だから、失くす事は怖くなる」 氷を溶かす熱の在り処はここだけだ。つまり、溶かされれば溶かされる程、夢から醒めた後の事が不安になるのだ。 「これまで、一度も無かったのに」 「飲み過ぎだぞ、お前」 「酔っている?」 氷璃は笑った。 「ふふっ、私を酔わせたものはワイン? それとも――」 「……全く、お前は」 紫煙を雪の空に燻らせた沙織は見慣れた人影に気付いて白い溜息を吐き出した。 「仕事ですし。余り、こういうのは得意ではありませんから」 全く少女らしからぬ自罰的な性質は高原恵梨香を構成する大要素の一つである。 「仕事ですから」と嘯いて何かと自分の後を追いかける彼女の存在に気付かぬ沙織では無い。 「女性のエスコート役はもう終わったんですか」 『難しい年頃』の彼女の一言に沙織はひょいと肩を竦めた。 「気にするな」と頭に置かれた手に珍しく「はい」と頷いた彼女は白い頬を――寒さにか――少し赤くしている。 「あの、室長」 「なあに」 「幼い頃はクリスマスというのはもっと胸が躍るものだった気がしていたのですが…… 今はその輝きが眩しくて近付くのも躊躇ってしまうようになりました。 居るべき世界が変わってしまった――そんな気がして……」 彼女らしからぬ言葉は殊更に彼女に年相応の風情を感じさせていた。 普段は努めてそれを維持しようと努力する鉄面皮の後ろに隠れた少女らしさは柔らかいボールのようだ。 「……らしくないですね。人並みの日常など捨てたアークの戦士がこんな事で弱気に感じるなんて」 やや早口で弁解めいた恵梨香は頭の上の沙織の手を外した。 「そうでもない」 「え?」 彼の言葉にきょとんと問い返し、 「普段のお前はそういう事を言わないから、これは全く『クリスマスらしい』」 「――――」 憎たらしいとはこの事である。 夜の闇に煙草の火が赤くちらつく。 恵梨香は折角だから今夜だけ、と。もう一つらしくない願い事を口にする事にした。 「明日からは強く信頼に足る戦士となる為に頑張ります。だから今夜は貴方の体温を少しだけ分けて下さい――」 ●靴下 「我々は、戦わねばならない!」 拳を握り締めた桃子・エインズワースの独壇場は独創的な独演会に違いない。 「我々は、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、まさにあのぽっと出の暴挙に正義の声を上げる断固とした鉄槌である!」 要約すれば金髪碧眼でミニスカ美少女とかキャラ被ってんだよ殺すぞ!? という私怨なのだが、言うと危険である。 「……いやちょっと待って?」 無表情を引き攣らせるという器用な芸当を見せたのはうさぎである。 桃子の用意した靴下のサイズは見るからに、見るからに…… 「しかしまぁ、巨大な靴下ですね。 これならばサンタも必ず捕まる事でしょうが、しかしサンタは敵対勢力ではないですからね。 困りました。こういう時は、仏のごとき優しさでサンタを見逃してあげるのが大事です。 見ても見なかったふりをしましょうか。いいですね、やはり私は格が違います」 独白めいて自己完結したのはベルベット、そしてうさぎの反応はもう少し激しかった。 「何すかその靴下。何ですかその靴下は!? しれっと流すには規格外すぎるサイズなんですけど。特注? ……一体何を入れるつもりですか! あ……あー……いや、愚問でした……」 桃子の困った性癖に『強さって何か』みたいな事を哲学し始めたうさぎはさて置いて。 ……サンタさんに会ってみたい=サンタさんを拿捕したいという桃子のどうでもいい呼びかけに集まったリベリスタは何か十名弱位居た。 その想いは諸々である。実に様々である。 「何やらアーク名誉ホーリーメイガス・桃子嬢が軍用レーダーを用い目標を撃滅粉砕する為の有志を募っていると聞き及んだ。 ならばこそ、不肖、酒呑雷慈慟。一戦力としてこの大一番に協力に馳せ参じた。 状況と達成目標を 指示があればそれに従おう 現場での指揮は任せあれ。 ええと、うん? 何に使うんだ? この靴下は。話が見えん……要するに人探しか? 成る程。了承したぞ」 天然ぶりを如何なく発揮し、 「目標を発見したら どうなされるお積もりで」 「潰します」 「……は?」 ……そもそも桃子の主目的を分かっていない酒呑雷慈慟の姿あり。 「超天使・桃子様。桃子様の為にもサンタを血祭り……じゃなくて捕縛しましょう♪ 桃子様がお望みになるなら不肖この私、障害物はデストロイ! 邪魔する者はジェノサイド! サンタが出現したらスナイプスナイプお手の物ですよ!!!」 「えらいえらい」 「やった! 桃子様に褒められた!」 何故かは知らないが桃子に鉄の忠誠を向けるエーデルワイスは言うまでも無く、 「サンタさんを捕まえるなんてナイスアイデアだね! 私ね、私もね。お兄ちゃんをこれに入れるんだ。梅子捕獲とサンタ捕獲は手伝うから、お兄ちゃん捕獲を手伝ってね! 今夜こそあの泥棒猫からお兄ちゃんを取り戻すんだよ! 待っててね、お兄ちゃん! お兄ちゃんペロペロ!」 こんな虎美とか、 「メルヒェンな舞姫ちゃんは、サンタさんにプレゼントをお願いするの。それは……サンタクロースッ 貴様の命だッ! 元はと言えば貴様さえ、貴様さえいなければ……誰も悲しむことは無い。貴様を倒せば、この世界は救われる! 歪曲運命黙示録、わたしの全てをかけて、この悪夢を終わらせるッ! てゆか、なんで世界滅びてないんですか!? マヤ人、もっと気合い入れてよ! ガッツが足りないよ!! わたしのメンタルヘルス的に、崩壊レベルはゲージ振り切ってるよ! もう、ブラウザの横スクロールで追いつかないくらい、遙か彼方ファラウェイだよ!! 燃え上がれ、アッパーマイハート……この偽りの聖夜を、サンタ色の血で染め上げるまでわたしの戦いは終わらないッ!」 長台詞を息継ぎなしでキメたもっと酷い舞姫とか、何時もの通りの混沌に満ちていた。 サンタの追跡と言えばNORAD(北アメリカ航空宇宙防衛司令部)のお遊びが有名だが、桃子のそれも似たようなもの。 曰く『米軍から横流しされた』というレーダーを屋上に用意した彼女はらぶらぶ★ばかっぷる共がはけるを幸いに行動を開始したのである。 「友軍、NORADより入電! S(シーエアラ)は奇妙な軌跡を描いて本州上空を侵攻中! 推定速度はマッハ30にも達しながらもソニックブームは観測されず! 本部はE案件と判断!」 「来やがったですか、えなちゃん少尉!」 「ええ、来やがりますですのことなのですよ! カーネル・桃子さん!」 レーダーに視線を落とすエナーシアの格好は何時ものスーツにインカムのオペレーター風である。 階級は適当だが本質的にノリの良い彼女は仲良しの桃子のお遊びに今日も全力で付き合う心算らしい。 「燃えてきたのですのだぜですぜー!」 「桃子さん、日本語がピンチなのですよ! は! Sはあと数分で三高平に到達! 当該空域に他に飛行物体は確認されず! 見敵必殺(Search&Destroy)! 今宵空を行くものは即ち奴! 躊躇いなくクラッカーで出迎えてやりなさい!」 「おー!」 「やらないでか!」 気炎を上げる(怖い)虎美と舞姫(じょせいじん)。 「全ては桃子様の御為に!」 「All Weapon's Free(全射手自由照準)! Let's party(サンタとdanceだわ)!」 危険人物エーデルワイスにノリノリのエナ少尉。 しかしこの酷いノリから一早く立ち直ったのもやはりエナーシアだった。 「……って、何をやらせるのです桃子さん><。」 頭を抱えるようにした彼女は「全然ノリノリじゃなかったのですよ?」と釘を刺す。 ニッコリ笑った桃子は盛り上げるだけ盛り上げておいて奇声を上げる面々をマルっと放置し。 「はい、えなちゃんにあげるです」 何やらクリスマスプレゼントらしき可愛いラッピングの包みを彼女に渡した。 「……う、うぎぎ。Mary Xmasなのです……」 そういうのが得意ではないエナーシアは視線を泳がせ何とも居心地が悪そうな顔をした。 「あの、もしもし」 そんな場に冷静淡々と口を挟んだのは一人比較的静かにしていたベルベットであった。 「桃子様、肝心の靴下を忘れたので貴方の靴下を下さい」 冗談ですが。 ●イルミネーション 「じゃんけんも面白いが、折角だしフラウと一緒にイルミネーションを見るのだ! レッツロマンチック、なのだぞ!」 「じゃんけんするなら糾華も呼ばないとっすよ! まっ、今日はメイと一緒にイルミネーションを見るからまた別の機会にっすね!」 ……辛うじて何故今夜するのか分からないじゃんけん大会を回避した五月(メイ)とフラウが楽しそうに歓談している。 雪のちらつく外は寒いが……手を繋いで一本のマフラーをぐるぐるである。 「大丈夫っすよ、メイの手が温かいから……って言うか、ちょっと恥ずかしいっすね」 「イルミネーションは見たことが無いから楽しみなのだ。雪とかもあんまり見た事無かったのだ。 そうか? メイは恥ずかしいより楽しいぞ! 初めて尽くしでフラウと一緒なのだ。嬉しいのだ」 宴もたけなわ……と言うより丁度二十五日にクライマックスが来る、というのは沙織が予告していた事実である。 三高平市のシンボル、ランドマークたるセンタービルは最新鋭の設備の整えられた摩天楼である。 背の高いビルを見上げるリベリスタ達はメイやフラウのみならず、日替わりの少し前に雪の積もる広場への移動を済ませていた。 「さぁて、そろそろか?」 勿論その場所には今夜これを仕掛けた沙織の姿もあった。 「ロマンチックな瞬間を二人で見上げて、聖なる夜に変わる瞬間をさおりんと一緒に過ごしたいと思ったのです!」 彼の傍らにはやはり無論と言うべきか、尻尾をパタパタと振るそあらさんの姿も見える。ごろんばたん何て擬音が良く似合いそうな彼女は腕時計(ロレックス)をちらと確認した彼の横顔を『ほぅ』と溜息を吐き、見上げていた。 特別な夜。 一年で一度だけ聖夜なんて呼ばれている夜なのだ。 友達と過ごすのもいい。恋人と、家族と過ごすのもいい。 集まった面々は期待に胸を膨らませ、その瞬間を待っていた。 「カウントダウンをしよう」 「うんうん、するで御座るよ!」 雷音の言葉に一も二も無く頷いたのは虎鐵。 「5、4、3……」「3、2、1……」 雷音の声を誰かが繋ぎ、次の瞬間―― 「――メリークリスマス!」 一斉に上がった声と共に光が世界に弾けていた。 まさに目の前のビルは光の柱に変わったようだった。空の星よりずっと鮮やかなそれは地上に降りた星屑の海。 シャンシャンシャン、と何処からか涼やかな音色が響き、気のせいか桃子の声が上がった気がした。 時は止まり―― ――めりくり! ――可愛らしい声が響いたのは一瞬の出来事。 目の前に現れた幻想的な風景は格別のものである。 無数の電飾が巨大なビルを一本の大きなツリーの如く飾っている。 その迫力は有名なテーマパークのそれと比べても全く遜色は無い。 「今年もスニッカちゃん来たのかなぁ」 一人きり、イルミネーションを見上げて。一日遊んで疲れ切った顔で、やり切った顔でしみじみと終が呟いた。 「また……一年生き延びちゃった。神様はオレに厳しいよね☆」 「雷音! イルミネーション綺麗でござるな!」 「うむ、イルミネーションは美しい」 一方、賑やかな方は賑やかだ。虎鐵に応えた雷音は羽をパタパタとさせてこの時間を喜んでいる。 「拙者、雷音と一緒にクリスマスを過ごせて幸せでござる……」 「……ありがとう、虎鐵」 額と額を合わせて、一言。 この時間に酔いしれるのは二人ばかりでは無い。 「今年も無事クリスマスを迎える事が出来たな」 「……ちょっと寒いけど、一緒に来て良かったわ」 寒さと光景に目を少し潤ませたニニギアの頭の上にランディの無骨で大きな手が乗った。 髪を軽く乱し、梳くようにした彼の手は彼の苛烈な性質を忘れてしまう程に優しく愛おしい。 「……嬉しいわ」 「ああ」 多くの言葉は要らない、そんな雰囲気である。 今年二人が用意したクリスマスプレゼントはニニギアが長いマフラーで、ランディが白いケープ。 大きな体で細かな編み物をした彼の姿を思えば寒い夜も何処か暖かなものになるのだ。 「イルミネーションか……たまにはいいな」 「うん」 ニニギアは爪先立ちをして彼の頬に口付けた。 「メリークリスマス!」 「キラキラでとっても素敵なのだ! 照らされて雪も光って見える気がするのだ! 思わず見惚れてしまうのだぞ。キラキラ! はじめて。キラキラ!」 「アレっすよ、あんまり見たことないならこれから沢山見に行こう。 ――お姫様が望むなら、うちがどんな所でも連れて行ってやるから」 メイとフラウも。 「イド君、こうやって二人で話すというのも悪くないものだろう?」 「私は今日が特殊な祭日である事を理解しており、この日に人と会うのは特別な意味を持つとされています。 私は彩音さんを認識して日が浅いですが、こうして会話する場を設けて頂いたことに感謝を示します」 「私からから見て、イド君に何が一番足りないか……考えることだと思うよ。 判断材料がないからとそこで考えを止めてはいけない。ヒトとして、考えることだ」 「これから」 I、私は学習を継続しアークに貢献すること それが私の最優先命令です それと共に皆と交流を深めたく思います これは命令に反しません。円滑な交流は効率を高めます 「情動を確認。きれい、と判断します……」 彩音にとっても彼女が見守るようにするイドにとってもこの一瞬は特別だ。 「ねぇ、カルナ。この一年、すごく幸せだったよ」 「私も。ですが……」 イルミネーションを見上げ、言葉を交わすのは悠里とカルナも同じである。 「あれから、もう一年にもなるのですね…… 待つ側がどれ位辛いか、身に染みた一年でもありました。 とても綺麗。貴方と過ごす時間は何時だって綺麗。でも、悠里――」 そこで辛うじて「危険な任務にばかり──」という言葉を飲み込んだカルナに、 「カルナ、愛してる。これからもずっと君と一緒にいたい」 少し『卑怯』な悠里が告げる。 そっと身を寄せ合い、光の海を見上げる時間に言葉は要らない。 人込みを探してみたり、ウェイターの快に話を聞いてみたり、良くじゃれている夏栖斗の様子を見てみたり。 随分とすれ違いを繰り返したティアリアの表情がやっと輝いたのは向こうから敗北感に打ちひしがれた桃子がやって来たその時だった。 「わあ!?」 「よかった、居ないのかと思ったわ。ふふ、逢いたい人に逢えた喜びについ、ね。ごめんなさい」 珍しく焦った声を上げた桃子は(彼女にとっては)突然抱きついてきたティアリアの様子に唯驚いている様子である。 「人の体温が心地いいのは寂しい証拠かしら。それともクリスマスの魔法?」 「何だか良く分からないですが! 寒いので大いに抱きしめてあげますです!」 ぎゅーっとくっつく桃子にティアリアは何処か嬉しそうである。 「ほら見て、イルミネーションも凄いから!」 まさに大切な誰かとの夜を演出したこの時間は安堵の溜息を吐き出した沙織の考えた通りになったようだ。 イヴが静かに幕を下ろし、賑やかなままクリスマス当日が始まった。 「メリークリスマスです」 恥ずかしそうに頬を染め、沙織に寄り添い身体を預けたそあらが思い出したように呟いてプレゼントの包みを渡す。 (さおりんに似合うと思って選んだです。イタリア製の銀色のカフス。袖口でさり気無く輝くっておされだと思うのです――) そあららしい贈り物は沙織がイタリア製のアイテムを好むという十分なリサーチのもとに用意されている。 「ありがと」 短く応えた彼は彼で懐から小さな四角の箱を取り出した。 「メリークリスマス」 それは彼女が『十二月の十二日から欲しがっていたもの』である。 銀色の輪に輝くちいさなそあら。ミニチュアダックスの尻尾がパタパタと揺れて、少女のようなそあらの顔は赤く染まった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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